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精神保健指定医指定取消処分取消請求事件(甲事件)、戒告処分取消請求事件(乙事件)、慰謝料等請求事件(丙事件)
事件番号平成28(行ウ)254
事件名精神保健指定医指定取消処分取消請求事件(甲事件),戒告処分取消請求事件(乙事件),慰謝料等請求事件(丙事件)
裁判年月日令和2年6月4日
裁判所名大阪地方裁判所
裁判日:西暦2020-06-04
情報公開日2020-11-26 14:00:40
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令和2年6月4日判決言渡
平成28年(行ウ)第254号

精神保健指定医指定取消処分取消請求事件(甲事

件)
平成30年(行ウ)第37号
戒告処分取消請求事件(乙事件)

平成30年(行ウ)第121号

慰謝料等請求事件(丙事件)

主1文
本件訴えのうち,厚生労働大臣が平成30年3月7日付けで原告に対してした戒告処分の取消しを求める部分を却下する。

2
厚生労働大臣が平成28年10月26日付けで原告に対してした精神保健指定医の指定の取消処分を取り消す。

3
被告は,原告に対し,33万円及びこれに対する平成30年3月7日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

4
原告のその余の請求を棄却する。

5
訴訟費用はこれを2分し,その1を原告の負担とし,その余を被告の負担とする。

事実及び理由
第1

請求

1
主文2項に同旨(甲事件)。

2
厚生労働大臣が平成30年3月7日付けで原告に対してした戒告処分を取り消す(乙事件)。

3
被告は,原告に対し,110万円及びこれに対する平成30年3月7日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え(丙事件)。

第2
1
事案の概要
事案の要旨
甲事件は,精神保健及び精神障害者福祉に関する法律(以下精神保健福祉法という。)18条1項に基づく精神保健指定医(以下指定医という。)
の指定を受けていた医師である原告が,厚生労働大臣から,平成28年10月26日付けで精神保健福祉法19条の2第2項に基づく指定医の指定の取消処分(以下本件指定取消処分という。)を受けたため,本件指定取消処分は事実誤認があるほか,本件指定取消処分の手続に違法があるなどと主張して,本件指定取消処分の取消しを求める事案である。

乙事件及び丙事件は,原告が,厚生労働大臣から,平成30年3月7日付けで医師法(令和元年法律第37号による改正前のもの。以下同じ。)7条2項1号に基づく戒告処分(以下本件戒告処分という。)を受けたため,本件戒告処分は事実誤認により違法であるなどと主張して,本件戒告処分の取消しを求めるとともに,国家賠償法1条1項に基づき,損害賠償として110万円
及びこれに対する本件戒告処分がされた日からの遅延損害金の支払を求める事案である。
2
関係法令の定め等
(1)


指定医の職務等
指定医は,精神科病院の管理者の命を受けて,①任意入院又は措置入院を継続する必要があるか否かの判定(精神保健福祉法21条3項,29条の5参照),②医療保護入院又は応急入院の必要があるか否か及び任意入院が行われる状態にないか否かの判定(同法33条1項,33条の7第1項参照),③入院中の者につき,隔離その他の行動の制限を必要とするか否かの判定(同法36条3項参照),④定期の報告に係る措置入院者又は
医療保護入院者の診察(同法38条の2第1項,2項参照),⑤措置入院者を一時退院させて経過を見ることが適当か否かの判定
(同法40条参照)
の職務を行う(同法19条の4第1項)。

指定医は,
前記アのほか,
厚生労働大臣又は都道府県知事の命を受けて,
①措置入院又は緊急措置入院を必要とするか否かの判定(精神保健福祉法29条1項,29条の2第1項参照),②移送の際の行動の制限を必要と
するか否かの判定(同法29条の2の2第3項,34条4項参照),③措置入院を継続する必要があるか否かの判定
(同法29条の4第2項参照)

④移送を必要とするか否かの判定(同法34条1項,3項参照),⑤定期の報告等又は退院等の請求による審査に係る入院中の者の診察(同法38条の3第3項,6項,38条の5第4項参照),⑥精神科病院に対する立
入検査,質問及び診察(同法38条の6第1項参照),⑦任意入院,医療保護入院又は応急入院を継続する必要があるか否かの判定(同法38条の7第2項参照),⑧精神障害者保健福祉手帳の返還を命ずる際の診察(同法45条の2第4項参照)の職務を行う(同法19条の4第2項)。ウ
心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する法律(以下医療観察法という。)に規定する指定医療機関(病院又は診療所に限る。)に勤務する指定医は,入院を継続して医療を行う必要があるか否かの判定,行動の制限を行う必要があるか否かの判定,外出及び外泊の適否の判定等を行う(同法87条)。

(2)

指定医の指定
精神保健福祉法18条1項は,厚生労働大臣は,その申請に基づき,次に該当する医師のうち同法19条の4に規定する職務を行うのに必要な知識及び技能を有すると認められる者を,指定医に指定する旨規定する。(ア)

5年以上診断又は治療に従事した経験を有すること(同法18条1
項1号)

(イ)

3年以上精神障害の診断又は治療に従事した経験を有すること(同
法18条1項2号)
(ウ)

厚生労働大臣が定める精神障害につき厚生労働大臣が定める程度

の診断又は治療に従事した経験を有すること(同法18条1項3号)(エ)


略(同法18条1項4号)

精神保健福祉法19条の6,精神保健及び精神障害者福祉に関する法律
施行令2条の2及びその委任を受けた精神保健及び精神障害者福祉に関する法律施行規則1条1項5号は,指定医の指定を受けようとする者は,申請書に,精神保健福祉法18条1項3号に規定する厚生労働大臣が定める精神障害につき厚生労働大臣が定める程度の診断又は治療に従事した経験を有することを証する書面を添えて提出しなければならない旨規定する。

精神保健及び精神障害者福祉に関する法律第18条第1項第3号の規定に基づき厚生労働大臣が定める精神障害及び程度(昭和63年4月8日厚生省告示第124号〔平成26年2月18日厚生労働省告示第32号による改正前のもの〕。以下精神科実務経験告示という。乙2)は,
精神保健福祉法18条1項3号所定の厚生労働大臣が定める精神障害について,統合失調症圏,躁うつ病圏,中毒性精神障害(依存症に係るものに限る。),児童・思春期精神障害,症状性又は器質性精神障害(老年期認知症を除く。),老年期認知症の6つを定めるとともに,同号所定の厚生労働大臣が定める程度について,次のとおり定めている。

(ア)

統合失調症圏,躁うつ病圏,中毒性精神障害(依存症に係るものに
限る。),児童・思春期精神障害,症状性若しくは器質性精神障害(老年期認知症を除く。)又は老年期認知症のいずれかにつき,精神保健福祉法29条1項の規定により入院した者(以下措置入院者という。)又は医療観察法42条1項1号若しくは同法61条1項1号の決定により入院している者(以下医療観察法入院対象者という。)につき1例以上
(イ)

統合失調症圏につき,措置入院者,精神保健福祉法33条1項の規
定により入院した者(以下医療保護入院者という。)又は医療観察法入院対象者につき2例以上
(ウ)

躁うつ病圏につき,措置入院者,医療保護入院者又は医療観察法入
院対象者につき1例以上

(エ)

中毒性精神障害(依存症に係るものに限る。)につき,措置入院者,
医療保護入院者又は医療観察法入院対象者につき1例以上
(オ)

児童・思春期精神障害につき,措置入院者,医療保護入院者又は医
療観察法入院対象者につき1例以上
(カ)

症状性又は器質性精神障害(老年期認知症を除く。)につき,措置
入院者,医療保護入院者又は医療観察法入院対象者につき1例以上(キ)

老年期認知症につき,措置入院者,医療保護入院者又は医療観察法
入院対象者につき1例以上

精神保健指定医の新規申請等に係る事務取扱要領(厚生労働省障害保健福祉部精神・障害保健課長通知・平成22年2月8日障精発0208第2号。以下指定医事務取扱要領という。乙3)は,2(1)において,精神保健福祉法18条1項3号及び精神科実務経験告示に規定する診断又は治療に従事した経験については,指定医の指定申請時に提出するいわゆるケースレポートにより,指定医として必要とされる法的,医学的知
識及び技術を有しているかについて確認するものとすることを定め,2(2)
ア,イ及びキにおいて,ケースレポートの対象となる患者について,次のとおり定めている。
ア精神科実務経験告示に定める8例以上の症例については,精神病床を有する医療機関において常時勤務(中略)し,当該医療機関に常時勤務する指定医(以下「指導医という。)の指導のもとに自ら担当
として診断又は治療等に十分な関わりを持った症例について報告するものであり,少なくとも一週間に4日以上,当該患者について診療に従事したものでなければならない。

原則として,当該患者の入院から退院までの期間,継続して診療に従事した症例についてケースレポートを提出するものとすること。」

キ同一症例について,同時に複数の医師がケースレポートを作成することは認められないものであること。


指定医事務取扱要領は,3(1)において,指導医について,

以下の役割を担うものとすること。

として,次のとおり定めている。

アケースレポートに係る症例の診断又は治療について申請者を指導すること。イケースレポートの作成に当たり,申請者への適切な指導及びケースレポートの内容の確認を行い,指導の証明を行うこと。


(3)

指定医の指定の取消し等
精神保健福祉法19条の2第2項は,指定医が同法若しくは同法に基づく命令に違反したとき又はその職務に関し著しく不当な行為を行ったとき
その他指定医として著しく不適当と認められるときは,厚生労働大臣は,その指定を取り消し,又は期間を定めてその職務の停止を命ずることができる旨規定する。

精神保健福祉法19条の2第3項は,同条第2項の規定により,指定医の指定を取り消し又は期間を定めて職務の停止を命じようとするときは,
あらかじめ,医道審議会の意見を聴かなければならない旨規定する。(4)

医師免許の取消し等
医師法7条2項は,医師が同法4条各号のいずれかに該当し,又は医師としての品位を損するような行為のあったときは,厚生労働大臣は,戒告(1号),3年以内の医業の停止(2号)又は免許の取消し(3号)の処
分をすることができる旨規定し,医師法4条4号は,前号(罰金以上の刑に処せられた者)に該当する者を除くほか,医事に関し犯罪又は不正の行為のあった者を掲げている。イ
医師法7条の2第1項は,厚生労働大臣は,戒告又は3年以内の医業停止処分を受けた医師又は医師免許取消処分を受け,その後再免許を受けようとする者に対し,医師としての倫理の保持又は医師として具有すべき知
識及び技能に関する研修として,再教育研修を受けるよう命ずることができる旨規定し,同法33条の2第2号は,同法7条の2第1項の規定による命令に違反して再教育研修を受けなかった者は,50万円以下の罰金に処する旨規定する。
(5)

行政庁が不利益処分をしようとする場合の手続
行政手続法12条1項は,行政庁は,処分基準を定め,かつ,これを公にしておくよう努めなければならない旨規定し,同条2項は,行政庁は,処分基準を定めるに当たっては,不利益処分の性質に照らしてできる限り具体的なものとしなければならない旨規定する。


行政手続法13条1項(1号ロ)は,行政庁が名宛人の資格又は地位を直接にはく奪する不利益処分をしようとするときは,意見陳述のための手続として聴聞の手続を執らなければならない旨規定する。


行政手続法15条1項は,行政庁は,聴聞を行うに当たっては,聴聞を行うべき期日までに相当な期間をおいて,不利益処分の名宛人となるべき者に対し,予定される不利益処分の内容及び根拠となる法令の条項,不利
益処分の原因となる事実,聴聞の期日及び場所等を書面による通知をしなければならない旨規定し,同条2項(1号)は,同書面においては,聴聞の期日に出頭して意見を述べ,及び証拠書類又は証拠物を提出することができることを教示しなければならない旨規定する。

行政手続法20条1項は,主宰者(聴聞を主宰する者をいう。同法17条1項参照)は,最初の聴聞の期日の冒頭において,行政庁の職員に,予定される不利益処分の内容及び根拠となる法令の条項並びにその原因となる事実を聴聞の期日に出頭した者に対し説明させなければならない旨規定し,同条2項は,当事者又は参加人は,聴聞の期日に出頭して,意見を述
べ,及び証拠書類等を提出し,並びに主宰者の許可を得て行政庁の職員に対し質問を発することができる旨規定する。


行政手続法24条1項は,主宰者は,聴聞の審理の経過を記載した調書を作成しなければならない旨,同条2項は,前項の調書は,聴聞の期日における審理が行われた場合には各期日ごとに,当該審理が行われなかった場合には聴聞の終結後速やかに作成しなければならない旨,同条3項は,主宰者は,聴聞の終結後速やかに,不利益処分の原因となる事実に対する
当事者等の主張に理由があるかどうかについての意見を記載した報告書を作成し,同条1項の調書とともに行政庁に提出しなければならない旨,同条4項は,当事者又は参加人は,同条1項の調書及び同条3項の報告書の閲覧を求めることができる旨規定する。
3
前提事実
以下の事実は,当事者間に争いがないか,掲記の各証拠(枝番のあるものは特記しない限り全枝番を含む。以下同じ。)及び弁論の全趣旨により容易に認めることができる。
(1)


原告
原告は,平成9年3月にA大学医学部を卒業し,同年4月から同大学精神医学教室の研修医となり,同月22日,医師免許を取得した。原告は,平成11年4月に同大学大学院に入学し,平成15年3月に卒業した後,同年4月から同大学院精神機能病態学助手,平成18年11月から同学内講師,平成20年1月から同講師として勤務するとともに,同大学附属病院精神神経科(以下本件病院という。)において診療に従事し,同年
4月からB病院の診療部長として勤務するとともに,上記大学精神医学教室の客員講師となり,平成22年5月から上記医療法人の理事長及び上記病院の院長となった。(甲1,23,64の2,65)

原告は,平成18年6月16日,厚生労働大臣から指定医の指定を受けた(甲2)。

(2)

原告のケースレポートへの署名

原告は,C医師が平成23年6月24日付けで行った指定医の指定の申請の際に提出した第5症例(以下本件症例という。)のケースレポート(以下本件ケースレポートという。)のケースレポートの証明の項目の

このケースレポートは,私が常勤として勤務したA大学附属病院において,上記期間中私の指導のもとに診断又は治療を行った症例であり,内容についても,厳正に確認したことを証明します。

との記載の下の指導医署名欄に署名した(以下本件証明行為という。)。なお,本件症例は,平成18年6月13日から同年7月12日までの間,同病院に医療保護入院として入院した患者(以下本件患者という。)の診療に従事したとする症例
であり,同患者は,同日から任意入院となって入院を続け,同年10月1日に退院した(以下,本件患者の任意入院中における診療に関するものも含めて本件症例ということがある。)。(以上につき,甲19,乙13)(3)

本件指定取消処分及びその手続
厚生労働大臣は,平成28年7月20日付けで,原告に対し,予定される処分の内容を指定医の指定の取消し又は職務の停止,根拠となる法令の条項を精神保健福祉法19条の2第2項,処分の原因となる事実をC医師が指定医の指定の申請の際に提出した本件ケースレポートの対象症例である本件症例につき,同医師自ら担当として診断又は治療等に十分な関わりを持った症例とは認められないところ,原告は,同医師の指導医として,本件ケースレポートに署名していることが,同法19条の2
第2項所定のその他指定医として著しく不適当と認められるときに抵触すると考えられることなどとし,聴聞の期日を同年8月12日午前10時からとする旨を通知した(甲22)。

厚生労働省社会・援護局障害保健福祉部企画課の厚生労働事務官は,平成28年8月15日,
聴聞の主宰者として,
原告及びその代理人出頭の下,
原告に対する聴聞(以下本件聴聞という。)を実施した(甲23)。

原告は,同日,本件聴聞の終了後,聴聞の審理の経過を記載した調書及び主宰者の意見を記載した報告書(以下聴聞調書等という。)の閲覧を求めたところ,厚生労働省の職員は,本件指定取消処分がされた平成28年10月26日までに聴聞調書等の閲覧をさせることはなかった。

厚生労働大臣は,平成28年10月25日,医道審議会に対し,精神保健福祉法19条の2第3項に基づき,原告を含む89名の指定医に対する指定の取消し又は職務の停止の処分について,意見を求めたところ,医道審議会は,翌26日,原告について,指定医の指定取消しを行うことが妥当であるとの答申をした(乙9,10)。

厚生労働大臣は,平成28年10月26日,同日付けで,原告に対し,C医師が申請者として指定医の指定申請時に提出した本件ケースレポートは,その対象となった症例に係る診療録,その他病院からの提出書類の内容を勘案した結果,申請者自身が担当として診断又は治療に十分な関わりを持った症例とは認められず,この事実から,原告は,申請者がケースレポートを作成する際の指導・確認という指導医の責務を怠り,精神保健福
祉法18条1項の要件を満たさない申請について要件を満たすものと誤認させ,不適切な指定医の指定を招いたと認められるとし,これは,同法19条の2第2項に規定する
指定医として著しく不適当と認められるとき
に該当するとして,指定医の指定の取消処分(本件指定取消処分)をした(甲2)。

(4)

本件戒告処分
厚生労働大臣は,平成30年3月5日,医道審議会に対し,医師法7条4項に基づき,原告を含む37名の医師に対する戒告処分又は医業の停止処分について意見を求めたところ,医道審議会は,同月7日,原告について,戒告処分が妥当であるとの答申をした(乙31,32)。


厚生労働大臣は,平成30年3月7日,同日付けで,原告に対し,指定
医の指定の申請に当たり,申請者がケースレポートを作成する際の指導・確認という指導医の責務を怠り,C医師の本件ケースレポートに署名をしたこと(医師法4条4号に規定する医事に関する不正の行為)を理由として,医師法7条2項1号の規定に基づき戒告処分(本件戒告処分)をした(甲66)。

(5)

再教育研修
厚生労働大臣は,平成30年3月23日付けで,原告に対し,医師法7条
の2第1項所定の再教育研修を受けるよう命じ,原告は,同月24日,再教育研修を受講し,同月28日,その旨医籍に登録された(乙37,38)。(6)

本件訴えの提起等
原告は,平成28年11月24日,本件指定取消処分の取消しを求めて訴
え(甲事件)を提起し,平成30年3月12日,本件戒告処分の取消しを求めて訴え(乙事件)を提起し,同年6月22日,本件戒告処分を原因とする損害賠償金及びその遅延損害金の支払を求める訴え
(丙事件)
を追加した
(顕
著な事実)。

第3
1
争点
本件指定取消処分取消請求の争点
(1)

本件指定取消処分の実体上の違法事由


本件指定取消処分についての裁量の範囲等


精神保健福祉法19条の2第2項の指定医として著しく不適当と認められるときに該当するとした判断の適否(ア)

指定医事務取扱要領2(2)アの自ら担当として診断又は治療等に十分な関わりを持った症例との要件
(以下
十分な関わり要件
という。

の意義
(イ)

C医師の本件症例への関わりの程度と十分な関わり要件該当性

(ウ)

本件証明行為をもって指定医として著しく不適当と認められるときに該当するとした判断の適否ウ
(2)

本件指定取消処分を選択した判断の適否
本件指定取消処分の手続上の違法事由

アイ
原告が提出した陳述書等の資料を勘案しなかったこと


聴聞手続における質問に対する回答の拒否

オ2
聴聞期日における聴聞通知書に記載されていない事実の追加


処分基準の非公表

聴聞調書等を閲覧する機会の侵害

本件戒告処分取消請求の争点
(1)

本件戒告処分の実体上の違法事由

(3)
3
本件戒告処分取消請求の訴えの利益(本案前の争点)

(2)

本件戒告処分の手続上の違法事由

国家賠償請求の争点
本件戒告処分の国家賠償法上の違法性の有無等

第4
1
争点に関する当事者の主張
本件指定取消処分取消請求の争点について
(1)

本件指定取消処分の実体上の違法事由
本件指定取消処分についての裁量の範囲等

(原告の主張)
裁量権の逸脱又は濫用の有無を判断するに当たっては,当該処分の性質により,裁量の広狭が異なることを考慮することが重要であり,当該処分の内容や判断過程について,いかなる要素を重視すべきかについて,十分に検討すべきである。
この点,精神保健福祉法19条の2第2項による指定医の指定の取消し
又は職務の停止の処分が処分対象者の職務の制限及び経済的な損失を与えるものであることや精神病患者に対する損害を与え得ることは,裁量の範
囲を制限する根拠となる。
(被告の主張)
精神保健福祉法19条の2第2項は,指定医の指定の取消し又は職務の停止に係る処分事由として,同法又は同法に基づく命令に違反したときという事由に加え,規範的な評価を要する事由を掲げた上で,これらの事由
が認められるときは,上記の各処分をすることができると定めており,被処分者が上記の規範的な処分事由に該当するか否か及びこれらの処分事由が認められる場合に指定の取消し又は職務の停止のいずれかの処分を選択するかについては,法令上具体的な基準が定められていないことからすると,厚生労働大臣の合理的な裁量に委ねられているものと解される。そう
すると,厚生労働大臣がその裁量権の行使としてした指定医の指定取消処分は,それが社会通念上著しく妥当性を欠いて裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したものと認められるものでない限り,その裁量権の範囲にあるものとして違法とならないものというべきである。
そして,同処分事由は,法令上の義務等に違反した場合のみに該当する
のではなく,いわば道義的な役割・責務や職業倫理に背いた場合にも該当すると判断されることはあり得る。

精神保健福祉法19条の2第2項の指定医として著しく不適当と認められるときに該当するとした判断の適否
(ア)

十分な関わり要件の意義

(原告の主張)
精神保健福祉法18条1項3号の趣旨を踏まえると,十分な関わり要件とは,
指定医の職務を行う上で指定医の指定を申請する医師
(以下
申請医という。)が必要な知識及び技能を得ることができたといえる程度に実質的な関わりをもった症例をいうものと解すべきである。
また,ここにいう診断又は治療等とは,狭義の診察や投薬といっ

た治療行為を指すのではなく,実質的に指定医の職務を行う上で必要な知識及び技能を得ることができる経験を含むものといえる。
被告の主張は,主担当という精神保健福祉法にも指定医事務取扱
要領にもない要件を加重するものであって,不当であるが,結局のところ,十分な関わりのある者を主担当と言い換えているだけである。(被告の主張)
厚生労働大臣が,申請医が指定医の職務を行うのに必要な知識,技能を有するかを判断するに当たっては,ケースレポートのみで確認するとしていることからすると,ケースレポートに記載する症例が十分な関わ
り要件に該当するためには,申請医が当該疾病に関する必要な知識,技能を有することが確認できる程度に,主担当の医師として直接に患者と接し,入院から退院まで継続的に,質的にも量的にも十分な診断,治療等を行ったものと認定することができる症例であることが必要であることは明らかである。なお,ここでいう主担当とは,特定の患者に対
する診断又は治療について複数の医師が関与している場合に,申請者が他の医師の役割と比較して補助的な役割でないことを要求する趣旨である。
また,精神保健福祉法18条1項3号が,申請医が従事していなければならない経験の対象を診断又は治療として限定していることなど
からすれば診断又は治療等の等に含まれるような,症例検討会
等への参加等,診断や治療に付随する関わりを主として持っていたにすぎない場合や,主担当としてではなく主担当に指導,助言をするなど補助的な立場で診断や治療に関わっていたにすぎない場合は,十分な関わり要件に該当しない。

そして,以上のことは,複数の医師が同一症例に関与する場合(チーム医療)においても何ら変わりはない。

(イ)

C医師の本件症例への関わりの程度と十分な関わり要件該当性

(原告の主張)
a
立証責任の所在
本件の性質に鑑みれば,C医師の関与の程度については被告が立証責任を負うべきである。

b
事実認定のあり方
医師法24条は,補助者を使用して診療録を記載させることを否定するものではなく,複数名で主治医態勢を組むチーム医療に係る本件症例については,診療録に記載がないことを重視すべきではない。関係者の陳述等も含め,総合的に事実認定をすべきである。

診療録の記載により十分な関わり要件該当性を判断するという事前の指導等はなく,診療録の記載をもって十分な関わり要件該当性を判断するのは不意打ちである。
c
C医師の関与の程度及び当てはめ
本件症例の患者が入院した当時,本件病院では,講師又は助教,後期専攻医又は前期専攻医,研修医など複数名で主治医態勢を組むことが一般的であり,このように上級医と下級医が診療を共に行う屋根瓦方式が採用されていた。同方式の下では,診察した医師がそれぞれ患者の状況を他の医師と共有しながら主治医全体で把握し,治療方
針等を議論していた。
本件症例は,症例数が少なく,身体的な問題がある症例であったため,原告,C医師以外に5名の医師が主治医として関わっていた。C医師は,原告に次ぐ立場にあり,本件症例と同じアルコール依存症の治療経験を有していたことから重要な役割を担っており,下級医を指
導する立場にあった。
一般的に,入院時には主治医が入院サマリーを作成し,その後,症
例検討会で患者の状況や治療方針などが議論されていたところ,本件症例の入院サマリーにはC医師の名が記載されており,C医師は,症例検討会にも参加していた。
入院中の診察についても,診療録は下級医が記載したが,C医師も下級医と共に診察を行っていた。本件症例において,C医師は,平成
18年6月22日及び同年7月12日に診療録の記載を行っているが,それ以外の場合にも下級医と共に診察を行っていた。また,平日夕方には全医師が参加して行われるミーティングが開かれており,本件症例についても議論がされたところ,C医師もそのほとんどに加わっていた。

一般的に,退院時には,退院サマリーを作成し,症例検討会でその内容が発表され,討議がされていたところ,本件症例の退院サマリーにはC医師の名が記載され,C医師は症例検討会にも参加していた。以上のとおり,C医師は,本件症例の患者の状況を適宜把握し,治療方針を検討することで,指定医としての職務を行う上で必要な知識
と技能を得る上で十分な関わりを持っていた。したがって,本件症例が十分な関わり要件を満たすことは明らかである。
(被告の主張)
a
立証責任の所在
本件指定取消処分は裁量処分であるから,裁量権の範囲の逸脱又は
その濫用があることの立証責任は,原告が負う。
b
事実認定のあり方
医師には診療録の記載義務があること(医師法24条)等からすれば,診断又は治療に十分な関わりがあったかは,原則として診療録の
記載内容から判断されるべきである。ただし,これは,診療録以外の記録から十分な関わり要件該当性を判断することを否定するものでは
ない。
c
C医師の関与の程度及び当てはめ
本件症例の患者の入院期間は約4週間であるところ,
その診療録中,
C医師による記載は1回しかなく,他の医師の記載回数に比して明らかに少ない。また,関係者の陳述を踏まえても,C医師は,飽くまで
も下位の医師に対する指導,助言など補助的な立場から本件症例に関わっていたにすぎない。したがって,C医師の関与の程度は希薄であり,本件症例は十分な関わり要件を満たさない。
(ウ)
本件証明行為をもって指定医として著しく不適当と認められるときに該当するとした判断の適否(原告の主張)
本件症例は十分な関わり要件を満たすから,本件証明行為は適切なものであるが,仮に本件症例が十分な関わり要件を満たさないとしても,以下の点に照らすと,本件証明行為をもって指定医として著しく不適当と認められるときに該当すると判断することは不当であり,裁量権の範囲の逸脱又はその濫用により違法である。
a指定医として著しく不適当と認められるとき
の解釈については,
その具体例として,指定医の職務に関し精神障害者の人権を侵害した場合等が挙げられており,このような具体例に準ずる程度の不当性が必要というべきである。

b
指定医事務取扱要領において,ケースレポートの作成に関して指導医に求められていたのは,ケースレポートの作成に当たり,申請者への適切な指導及びケースレポートの内容の確認を行い,指導の証明を行うことであり,ケースレポートの内容に誤りがあるかの確認を
超えて,
申請者が指定医の要件を満たすことを証明することではない。
原告は,
本件症例について,
自ら診察を行うなどして関与しており,

C医師が本件症例の症例検討会に参加していたことや実際に診察を行っていたことを記憶しており,平日のほとんど毎日本件症例に実質的に関与していたことを認識していたのであって,その関与が十分なものと判断していた。また,原告は,C医師が本件症例によって,指定医として必要とされる法的,医学的知識及び技術の習得に足りるもの
であったことを十分に認識していた。
したがって,C医師が本件症例を通じて,指定医として必要とされる法的,医学的知識及び技術を取得したものと判断してした本件証明行為は合理的なものであり,仮に,事後的に基準を満たさない不十分な症例への証明行為であったと判断されたとしても,そのことをもっ
て,上記で述べた程度の不当性があるとされるべきではない。
c
行政庁は,処分基準を定め,かつこれを公にしておくよう努めなければならず(行政手続法12条1項),処分基準を定めるに当たっては,不利益処分の性質に照らしてできる限り具体的なものとしなければならない(同条2項)とされているが,厚生労働省は,原告が本件
証明行為を行った時点で,
十分な関わり要件の該当性の判断について,
何ら具体的な基準を公表していなかった。このような処分の予測可能性を持つことができない状況の下では,個々の指導医の判断に一定の裁量が認められるべきである。
(被告の主張)
a
指定医として必要とされる知識,技術及び資質は,先輩指定医である指導医による適切な指導によって習得するものであり,精神保健福祉法における指導医制度は,このような方法により,指定医の指定の申請をしようとしている者が指定医としての基礎的条件を充足するこ
とができるよう,指導医に積極的な役割を担わせたものといえる。また,厚生労働大臣がケースレポートの記載内容のみで,個々の申請者
の資質を事細かに判断するのはおよそ困難であり,むしろ,的確な判断材料を供し得る指導医の地位に着目し,ケースレポートの証明欄に指導医が自署するものとされている。
このような理由から,
指導医は,
指定医制度の趣旨を実現するために欠かせない重要な役割を担っているといえる。

そして,指導医は,指定医の身分を有することを前提とした上で,指定医の指定の申請をしようとする者に対して指導を行うものであるし,
精神障害者の人権確保を図るという指定医制度の趣旨に鑑みれば,上記指導医の役割は,指定医の職務の在り方として当然に導かれるものというべきである。

b
原告は,C医師の指導医でありながら,同医師が診断又は治療に十分な関わりを有していない症例が記載されたケースレポートにつき,ケースレポートを作成する際の適切な指導を怠った上,実際の事実とは異なる事実につき指導医としての証明を行ったのであり,
その結果,
本来は指定医の指定の要件を満たしていないC医師が指定医の指定を
受けるという重大な事態を招いているのであるから,このような原告の行為は,指定医制度の趣旨を没却するものであり,その趣旨を潜脱する申請者の行為を助長し,実質的に加担するものである。また,これを漫然と放置すれば,更に同様の事態を招くなど患者の人権侵害の高度の危険を生じさせることとなる。

そうすると,本件証明行為における原告の指導医としての責務懈怠をもって,指定医として著しく不適当と認められるときに該当す
るとした厚生労働大臣の判断に,裁量権の範囲の逸脱又はその濫用はない。
c
なお,指定医の指定を申請する者が,十分な関わり要件を満たさないことによって,直ちに精神保健福祉法18条1項3号の要件を満た
さないことになるわけではないが,指定医事務取扱要領が,厚生労働大臣に委ねられた指定医の指定における裁量判断を実質化する観点から詳細な審査基準を定めたものであることから,同取扱要領が定める要件を満たさないことは,精神保健福祉法18条1項3号の要件や同法19条の4に規定する職務を行うのに必要な知識及び技能を有する
と認められないことを推認させるものである。
そして,指定医事務取扱要領は,精神科実務経験告示に定める8例以上の症例の経験に関し,
ケースレポートによる確認を行うこととし,
対象となる症例につき,精神保健福祉法18条1項3号及び精神科実務経験告示の趣旨を踏まえた要件を充足する症例であることを求めて
いるから,ケースレポートは,申請者が指定医の指定要件を充足しているかどうかを判定するための重要な資料となり,それが提出されることによって,申請者が指定医の指定要件を充足していることを初めて判定できるのである。そこで,十分な関わり要件を満たさない症例に関するケースレポートを提出することは,指定医の職務を行うのに
必要な知識及び技能を有しない医師が指定医に指定され,人権制約を伴う措置入院等に係る事態を招くことになる。

本件指定取消処分を選択した判断の適否

(原告の主張)
(ア)

処分基準の不合理性
本件指定取消処分にあたっては,診療録への記載が週1回未満と

いう処分基準が用いられたが,このような処分基準は事前に公表されていなかったし,その内容も不合理であるから,このような処分基準に基づく本件指定取消処分は違法である。
(イ)

考慮すべき事情の範囲,内容等
本件指定取消処分による精神病患者への実害を把握するため,原告の
指定医業務としての実績が考慮されなければならないし,地域医療に与える影響も考慮されなければならないのに,厚生労働大臣は,これらを十分に考慮せずに当該処分を行った。
本件指定取消処分は,処分時から5年以上前の本件証明行為を問題にするものであるところ,時の経過により,応報目的が弱まることや,証拠及び記憶の消失によって防御権が十分に行使できなくなることから,処分の相当性が弱まることが考慮されるべきであった。
また,行政機関が事前に開示した情報や指導内容から不意打ちの処分とならないか,処分基準が適正であるかについても考慮に入れて裁量の
逸脱,濫用となるかが判断されるべきである。
(被告の主張)
(ア)

処分基準の不合理性について
診療録への記載が週1回未満というのは,原告を含む89名の指

定医の指定取消処分をしたことについて,その経緯ないし考え方を分かりやすく示したものにすぎず,指定取消しの処分基準ではない。
(イ)

考慮すべき事情の範囲,内容等
原告が考慮すべきとする事情は,考慮すべき事情でないか,原告の主
張との関連が不明であるか,前提を欠くものである。
原告は,処分に当たり,指定医としての職務を行えなくなることにより生ずる損害や地域医療に対する影響,指定医としての過去の実績を考慮すべきと主張するが,精神保健福祉法は,指定医として著しく不適当と認められる者に指定医としての職務を行わせることを予定していないのであるから,原告の主張には理由がない。また,問題とされる行為から相当期間が経過していることを考慮すべきとも主張するが,指定医の
指定の取消しは,患者の人権保障等を図る観点から行われるものであるから,仮に問題とされる行為から相当期間が経過していても,指定の取
消しの必要性が低下することはなく,かかる主張には理由がない。(2)

本件指定取消処分の手続上の違法事由
処分基準の非公表

(原告の主張)
本件指定取消処分は,指定医の指定の申請に係る一斉調査が行われた中でされたところ,別の症例に対する調査等から,診療録への記載が週1回未満であったことが処分基準として用いられたことは明らかである。精神保健福祉法19条の2第2項のその他指定医として著しく不適当と認められるときという要件については,確かに一般的な基準を定める
ことは困難であるが,行政手続法12条1項の趣旨が不意打ち的な処分をしないことにあることからすると,行為規範としてできる限り基準を示しておくべきであり,その基準を明示しなかったのであれば,行政手続法12条1項又はその類推適用により,当該処分が違法になると解すべきである。

本件指定取消処分は,原告が本件症例についてC医師の指導医としてケースレポートの作成指導,証明行為が著しく不適切であったとしてされた処分であるから,その行為規範である十分な関わり要件について,基準を明確化する必要があった。原告は,事前に診療録への記載が週1回未満という基準が定められていれば,その基準を満たさない症例を申請のため
のケースレポートとして認めることはなかったはずである。
そのような基準を設けること自体は容易であったのに,それを明示せずに用いた本件指定取消処分は,行政手続法12条1項に反するものとして違法というべきである。
(被告の主張)

十分な関わり要件は,指定医事務取扱要領で明確かつ具体的に定められた上,同取扱要領は公表されている。

他方,精神保健福祉法19条の2第2項に係る処分基準は定められてはいないものの,行政手続法12条1項は,努力義務を規定するにとどまるのであって,処分基準が定めていないからといって,直ちに処分が取り消されるべき違法があるとはいえない。
なお,原告は,厚生労働大臣が診療録への記載回数が,週1回未満の者という基準を設けて判断した旨主張するが,それは処分基準などではないから,原告の主張は前提を誤るものであり,理由がない。

聴聞期日における聴聞通知書に記載されていない事実の追加

(原告の主張)
厚生労働省は,本件聴聞の期日において,不利益処分の原因となる事実
に,聴聞の通知書(甲22)に記載されていない

医師法24条1項において,医師は,診療をしたときは,遅滞なく診療に関する事項を診療録に記載しなければならないとされる。

という事実を追加した。厚生労働大臣は,処分基準に関わる重要な事実を聴聞の通知書に記載せず,原告の防御の機会を奪ったまま本件指定取消処分をしたのであり,行
政手続法15条1項及び同法20条1項に違反し,違法である。
(被告の主張)
本件指定取消処分の理由は,原告が指導医として署名した本件ケースレポートについて,申請者自身が担当として診療又は治療に十分な関わりを持った症例とは認められなかったという事実を原因とするものであり,原
告が追加したとする事実は,不利益処分の原因となる事実ではないから,本件聴聞の期日において,不利益処分の原因となる事実を変更したものではない。

原告が提出した陳述書等の資料を勘案しなかったこと

(原告の主張)
厚生労働大臣は,本件指定取消処分に係る命令書において,判断に利用
した資料を明記しているところ,原告が提出した陳述書等の資料は含まれていない。また,かかる陳述書等を勘案すれば,本件指定取消処分をしないと判断すべきであるし,そうでなくても追加調査してしかるべきであったのにしていないのであって,これらの資料を勘案せずに本件指定取消処分をしたことは明らかである。

このことは,
原告に証拠提出権を保障した行政手続法20条2項に反し,
違法である。
(被告の主張)
厚生労働大臣は,本件指定取消処分に当たり,原告が提出した資料等も踏まえて判断したのであって,原告の主張は,単に,命令書の記載に陳述書の文字が記載されていないことを論難するにすぎない。エ
聴聞手続における質問に対する回答の拒否

(原告の主張)
原告は,
本件聴聞の手続において,
主宰者の許可を得て質問を発したが,
厚生労働省の職員は,直ちに回答せず,約2か月後に回答書を送付したものの,予定される不利益処分の内容及び根拠となる法令並びにその原因となる事実に係る質問には該当しないため,回答は差し控える(甲6)として,回答を拒否した。
しかしながら,いずれも予定される不利益処分の内容及び根拠となる法令並びにその原因となる事実に係る質問であり,原告が防御権を行使する上で重要な事項であった。
厚生労働大臣は,合理的な理由なく質問を拒否し,本件指定取消処分をしたのであるから,行政手続法20条2項に反し,違法である。
(被告の主張)

行政庁の職員が当事者の質問に対して回答しなければならないのは,行政庁の職員が負うべき説明義務の範囲,すなわち予定される不利益処分の内容及び根拠となる法令の条項並びにその原因となる事実(行政手続法20条1項)に係る質問に限られるというべきである。
本件における原告の質問は,いずれも指定医事務取扱要領の意味ないし行政解釈に関するものや,医師法24条1項の行政解釈に関するもの,聴聞対象者の選定基準に関するものなど,上記説明義務の範囲に係る質問と
は直接関係しない事項であるから,本件聴聞の手続における原告からの質問に対する対応につき,
行政手続法20条2項の違反があるとはいえない。

聴聞調書等を閲覧する機会の侵害

(原告の主張)
原告は,平成28年8月15日,本件聴聞の期日の終了後に聴聞調書等の閲覧を求めたが,厚生労働省は,医道審議会が開かれた同年10月26日までに,それらの閲覧をさせなかった。行政手続法24条4項が聴聞調書等の内容の適正さを確保し,聴聞における手続の手続的権利の保障を図るために閲覧を認めた趣旨からすれば,どれだけ遅くても処分が決定され
る前には閲覧が認められるべきである。また,聴聞調書等は,速やかに作成することが求められており(行政手続法24条2項,3項),それらの作成に2か月半もかかるはずもないのであるから,処分前の閲覧を拒否するために作成を遅らせたものと考えざるを得ない。
以上から,厚生労働大臣が,原告の聴聞調書等の閲覧権を侵害したこと
は明らかであり,その違法性は著しいといえる。
(被告の主張)
行政手続法24条4項は,聴聞手続の透明性の確保や,当事者の手続的権利の保障,処分後における争訟の便宜のために,当事者に聴聞調書等の閲覧権を認めているのであって,処分の名宛人となるべき者に対し,聴聞
手続ないし処分に至るまでの間に反論の機会を保障するための規定ではない。

したがって,処分前に,当事者に聴聞調書等の閲覧をさせなければならないとはいえない。
また,本件においては,平成28年8月8日から同月15日までの間において,
89名以上という多数の者への聴聞を並行して行っていたために,聴聞調書等の数が膨大であったなどの事情から,その作成に2か月以上の
期間を要したのであって,時間を要したことには合理的な理由がある。以上より,本件聴聞の聴聞調書等の閲覧手続について,閲覧権の侵害があったとはいえず,原告の主張は理由がない。
2
本件戒告処分取消請求の争点
(1)

本件戒告処分取消請求の訴えの利益(本案前の争点)

(原告の主張)
処分の性質や侵害の程度,被処分者の地位等によっては単なる金銭賠償より,処分それ自体の取消しを通じてその違法を宣言する方がより有効適切であり,かつ法感情に適合する場合,又は処分が法律上,名誉,社会的信用という人格的利益の低下を当然に予想した処分であり,その効果が残存しているといえる場合には,訴えの利益が認められるべきである。
原告は,本件戒告処分により,甚大な名誉・社会的信用の侵害を被り,仮に国家賠償請求によって金銭的な填補がされてもこれを完全に回復することができず,処分の取消しを認めるのが有効適切であり,医師法の趣旨に沿っ
て,本件戒告処分を受けた原告の氏名が公表されているところ,本件戒告処分は,法律上の効果として,原告の社会的信用を低下させることが予定されていたものであった。
以上より,本件戒告処分を取り消す法律上の利益があるといえるから,訴えの利益が認められるべきである。

被告が引用する判決(最高裁平成15年3月11日第三小法廷決定・裁判集民事209号155頁)は,弁護士に対する日本弁護士連合会による戒告
処分に関する判断で,本件戒告処分と異なる処分であり,かつ判断内容も執行停止の申立てにおいて回復困難な損害がないことの理由中で指摘したものにすぎず,本件には射程が及ばない。
(被告の主張)
医師に対する戒告処分は,被処分者である医師としての資格や医業の継続
等に制限を加えるものではない上,当該医師に告知された時にその効力が生じ,告知によって完結する(最高裁平成15年3月11日第三小法廷決定・裁判集民事209号155頁参照)。
そのため,本件戒告処分は,原告に対し,告知された時点で完結し,その効力が消滅したと認められるところ,原告は,本件戒告処分を受けたことにより,
医師としての資格や医業の継続等に何らの制限も加えられない。
また,
医師法には,処分を受けたことを将来の処分の加重事由とするなどの不利益取扱いを認める規定は存しない。
以上に照らすと,原告には,本件戒告処分の法的効果を除去することによ
って回復すべき権利又は法律上の利益は存在していないと認められるから,本件戒告処分取消しの訴えは,訴えの利益が認められない。
(2)

本件戒告処分の実体上の違法事由

(原告の主張)

本件戒告処分は,本件指定取消処分と同一の事実関係を根拠として,原告がC医師の本件ケースレポートに署名をしたことについて,医師法4条
4号にいう医事に関し…不正の行為のあった者に該当するとしてされたものである。

前記1(1)イ(ア)及び(イ)の各(原告の主張)で主張するとおり,本件症例は,
十分な関わり要件を満たすから,
本件証明行為は適切なものである。


また,仮に本件症例が十分な関わり要件を満たさないとしても,本件戒告処分は,本件指定取消処分において,本件証明行為がその他指定医として著しく不適当と認められるときに当たるとされたことを前提としているところ,前記1(1)イ(ウ)の(原告の主張)のとおり,本件証明行為がその他指定医として著しく不適当と認められるときに該当するとはいえず,ひいては,医師法4条4号の医事に関し…不正の行為に該当しない。


本件戒告処分は,前記1(1)ウの各(原告の主張)での主張と同様に,不合理な処分基準が用いられ,考慮すべき事情を考慮せずにされた。

以上より,本件戒告処分は違法である。

(被告の主張)
争う。

(3)

本件戒告処分の手続上の違法事由

(原告の主張)
本件指定取消処分については,前記1(2)の各(原告の主張)のとおり,手続上の違法があるところ,本件戒告処分は,本件指定取消処分の原因となる事実と同一の事実について,原告への制裁として同一の目的のために重ねて
行われる不利益処分である。したがって,本件指定取消処分と後行する本件戒告処分は一体として行われたものといえ,前記の本件指定取消処分の手続上の違法は,本件戒告処分にも承継され,同様に取り消されるべきである。(被告の主張)
争う。

3
国家賠償請求の争点
本件戒告処分の国家賠償法上の違法性の有無等
(原告の主張)
(1)

本件戒告処分の違法性は,前記2の各(原告の主張)のとおりである。
(2)

原告は,
本件戒告処分時において,
本件指定取消処分を求める訴えを提起

しており,同訴訟において提出した資料も含めて,本件戒告処分を行うか否
かを判断する上で判断資料とすることができたところ,原告が医師法4条4号の医事に関し…不正の行為を行ったものといえないことは明らかであった。また,厚生労働大臣は,本件戒告処分がされ,公表されることなどにより,原告が損害を被ることは認識し得た。
これらの事情のもとで,厚生労働大臣は,本件戒告処分をしたのであるか
ら,故意又は過失があったことは明らかである。
(3)

本件戒告処分は,全国的に公表され,原告が受けた名誉,信用棄損は甚大
である。また,原告は,本件戒告処分を受けたことを理由に再教育研修命令を受けざるを得ず,精神的苦痛を負った。
原告が被った有形,無形の経済的な損害及び精神的苦痛に伴う慰謝料は,
100万円を下らず,弁護士費用については10万円を下らない。(被告の主張)
(1)

国家賠償法1条1項にいう違法が認められるためには,公務員が,権
利又は法益を侵害された個別の国民との関係において順守すべき職務上の法的義務を負っていることを前提とし,かかる法的義務に違反したことが認められる必要がある。
(2)

医師法7条2項に基づく処分の要否及び内容については,
厚生労働大臣の

合理的な裁量に委ねられているところ,本件戒告処分は,原告が,指定医の指定の申請を行ったC医師が診断又は治療に十分な関わりを有していない症例を本件ケースレポートに記載したことにつき,ケースレポートを作成する際の指導・確認という指導医の責務を怠り,本件ケースレポートに署名し,その結果,指定医の指定の要件を満たさない申請について要件を満たすものと誤認させ,不適切な指定医の指定を招いたことを前提とするものであるところ,このような原告の行為が,医事に関し…不正の行為(医師法4条
4号)に該当することは明らかであり,このような行為は,指定医制度の趣旨を没却するものであり,その趣旨を潜脱する申請者の行為を助長し,実質
的に加担するに等しいものである。また,これを漫然と放置すれば,更に同様の事態を招くなど患者の人権侵害の高度の危険を生じさせることとなる。そうすると,本件戒告処分を行ったことには合理性が認められるから,本件戒告処分がその裁量権の範囲を逸脱し又は濫用するものとは認められず適法であり,職務上の法的義務に違背する行為ではない。

第5
1
当裁判所の判断
認定事実
前記前提事実に加え,掲記の各証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

(1)

本件病院の精神科病棟における診療態勢
本件病院では,本件患者が入院していた平成18年6月13日から同年7月12日までの当時(以下,本件病院の態勢等については,特に断らない限り,その当時のことをいう。),患者が入院すると,複数の医師が主治医となって共に診療を行うこととされ,主治医のうち,講師や助教等の
経験が豊富ないわゆるスタッフ医師が上級医,経験の浅い前期専攻医や研修医が下級医,上級医と下級医の中間的な立場にある,数年単位で精神科の臨床経験がある医師が中級医とされ,それぞれの立場に従った役割を果たすものとされていた(D証人,原告本人)。
そして,上級医は,複数の主治医からなるチーム全体を管理し,中級医
以下の医師を指導し,
診療全体に影響する重要な判断及び決定をするほか,
指定医の業務を行い,中級医は,上級医の指導を受けながら日々の実践的な診療における判断及び決定をするとともに下級医の指導をし,
下級医は,
上級医及び中級医の指導を受けて診療録の記載や処方箋の発行,検査の依頼をすることとされていた(甲15,81,D証人,原告本人。以下,上
級医が中級医以下の医師を指導し,中級医が下級医を指導する態勢を屋根瓦方式という。)。
本件病院では,入院係とされた医師が患者ごとに主治医を決定し,一覧表を作成してパソコンに保存して管理をしており,原告,C医師らが入院係を担当していた(甲81,86,乙7)。

本件病院では,患者が入院すると,主治医において,1週間以内に入院サマリー(患者の現病歴,現症,検査所見,暫定診断,その診断に関する
コメント,
治療方針等が記載されるもの)
を作成するものとされていた
(甲
10,15,乙13〔4頁〕)。
入院サマリーは,
主治医のうち下級医が原案を作成し,
中級医が確認し,
その指示に基づいて下級医が修正し,更に上級医が確認し,その指示に基づいて下級医が修正するという過程を経て作成され,
その内容が週に1回,

教授も出席して開催される症例検討会で発表されて協議がされ,同協議の内容を反映して完成されるものとされていた。そして,入院サマリーの作成に関与する主治医は,当該患者を診察した上で,症例検討会での質疑に対応できるよう,周到に準備をするものとされていた。(以上につき,甲10,13~15,86,D証人,原告本人)

また,患者が退院すると,入院サマリーと同様の過程を経て退院サマリーが作成されるものとされ,主治医は,症例検討会における退院サマリーの協議に備え,周到に準備をするものとされていた(甲10,13~15,D証人)。

本件病院では,平日は,毎日午後5時に医局に出勤している全ての医師が集まり,当直医への引継ぎを兼ねて30分から60分間程度,ミーティング(以下終了ミーティングという。)を行い,当日の入院患者の状況について報告し合い,治療方針について議論をすることとされており,本件患者が医療保護入院をしている間は,毎回の終了ミーティングで取り上げられ,報告及び議論がされていた(甲9,10,86)。


本件病院において,複数の医師が一緒に診察を行い,そのうちの一人が
診療録に記載をする場合,記載した者以外の署名を残すか否かについて,明確な決まりはなく,そのような場合,下位の立場の医師が記載をする傾向にあった(甲11,15,D証人,原告本人)。
(2)

C医師の本件病院における立場等
C医師は,平成14年5月に医師になり,E医療センター(当時のF病院。)精神科において約3年間勤務し,別の病院の精神神経科で約1年間勤務した後,平成18年4月に本件病院の専攻医となった。C医師は,その1か月後の同年5月,本件病院においていわゆるスタッフ医師が不足していた事情もあり,助手になったが,スタッフ医師として一番上の立場で後期専攻医以下の立場の医師を指導する立場に立つことは荷が重いと感
じ,許可を得て,助手でありながら二番目の立場で診療に当たることになった。(以上につき,甲9,86)

C医師は,本件病院において,リエゾン(身体疾患に伴う精神疾患を有する患者に対し,
心身の両面に配慮しながら治療を行う精神医学の一分野)
の担当をしていた(甲10,11,15,86,原告本人)。


E医療センターは,G地方における精神科の基幹病院と位置付けられており,措置入院患者等,精神科救急領域の患者が集まりやすい病院であったところ,C医師は,同病院で勤務していたとき,1年目は,外来は上位の医師に陪席し,入院患者については,上位の医師の下で主治医として担当するほか,一部の患者については一人で担当し,2年目以降は,外来を
任され,入院患者は基本的に一人で担当していた。また,C医師は,同病院において,
アルコール等の中毒性精神障害の入院患者について2,
3例,
外来患者を含めると7,8例を担当したことがあった。(以上につき,甲9,10,81,86,原告本人)
(3)

本件症例に係る診療経過の概要等
本件患者は,長期間にわたる多量の飲酒歴があったところ,平成18年
6月12日(以下で記載する本件症例に関する出来事は,いずれも平成18年のものであり,年の記載は省略する。),不審な行動が出現して路上で警察に保護され,翌13日,兄に連れられて本件病院を受診した。そして,本件患者は,意識変容,記憶障害及び見当識障害がみられ,アルコール離脱症候群(アルコール依存症)と診断され,兄の同意を得て,本件病
院に医療保護入院(精神保健福祉法33条)をすることとなった(乙13〔4,10,18,19,26頁〕。
本件患者は,アルコール離脱症状のほか,肝機能障害,低カリウム血症等の身体合併症が認められ,それらの治療も必要とされた(甲60,乙13〔4,35頁〕)。


入院係であった原告及びC医師は,6月13日,本件患者の主治医を編成し,上級医の立場として原告,中級医の立場としてC医師,H医師及びI医師,下級医の立場として前期専攻医のJ医師及びD医師のほか,研修医のK医師がなった(研修医は,その後,L医師,M医師が順次交替して
主治医となった。以下,これらの本件患者の主治医らを総称して本件主治医グループという。)(甲10,15,86,乙13,D証人)。本件主治医グループの中で,C医師は,精神科の経験年数が5年目で,原告に次ぐ立場にあり,その次に精神科の経験年数が3年目で助手のH医師,精神科の経験年数が4年目で大学院生のI医師が続くという位置付け
であった(甲12,14,86,原告本人)。
J医師及びD医師は,4月から本件病院で前期専攻医として勤務するようになったところであり,本件患者の入院時において,前期専攻医として3か月に満たない経験しか有しておらず,それ以前の精神科での経験は,研修医として3か月又は6か月程度診療に携わったことがあっただけであ
ったから,上位の立場の医師と共に診察を行うことも多く,患者の状態の判断,投薬の種類や量等の決定を含む治療方針の決定については,単独で
判断するのではなく,上位の立場にある医師の判断を仰ぐことが多かった(甲11,13,60,61,81,D証人,原告本人)。

本件病院では,アルコール依存症の症例は少なく,身体合併症も認められる本件症例のような症例に携わった経験があるのは,本件主治医グループの中では,原告のほか,E医療センターで同様の経験を有していたC医
師しかいなかった(甲10,60,61,81,86,D証人,原告本人)。原告は,アルコール薬物医学会の役員をしたこともあり,アルコールを含めた様々な依存症の診療における画像検査等の重要性に関する研究を行っていた(甲60,81)。

本件患者は,6月13日及び翌14日,低カリウム血症と診断され,カリウムの点滴又は点滴と内服薬による補正が行われたところ,J医師が本件診療録にこれらのことを記載した(甲60,乙13〔35~37頁〕)。

原告,J医師,D医師及びK医師は,6月14日,担当看護師4名と共に,本件症例の入院目的,治療方針,看護方針等についての情報を共有するカンファレンスを行った(乙13〔293頁〕,D証人)。


D医師は,6月18日(日曜日),3回にわたり,本件診療録に本件患者に対する問診の結果を記載したところ,その中に健忘はコルサコフ症候群によるもの?との記載がある(乙13〔48,49頁〕)。

原告は,6月19日,その日の午後に開催される症例検討会に備えるため,C医師を含む主治医らに対し,依存症の一般的知識,依存症における
脳画像検査の意義のほか,酒害教育や酒害教育への脳画像検査の活用などについての指導を行った(甲60,61,D証人)。

本件主治医グループの下級医が本件症例の入院サマリーの原案を作成し,上位の各医師がそれを順次確認し,修正する過程を経て作成した入院
サマリーが,同日,症例検討会で発表され,その場でされた議論を踏まえて,
本件主治医グループにおいて,
最終的な入院サマリーを完成させた
(甲

10,60,D証人,原告本人)。本件主治医グループに属する医師は,いずれも同症例検討会に臨むまでの間に,本件患者を診察した(甲15)。ケ
原告,D医師及びK医師は,同日,担当看護師6名と共に,本件症例について,主治医側で決めた治療方針等の情報を共有するためのカンファレンスを行い,そこで,点滴を終了する方針についても共有がされた(乙1
3〔294頁〕,D証人)。

同日,本件患者に対する点滴及び心電図検査が中止され,D医師が本件診療録にこのことを記載した(乙13〔55頁〕,D証人)。


D医師は,同日,本件患者に対し,患者がたばこを吸いたいと述べたのに対し,1日に吸う本数を6本とするよう述べ,本件診療録にこのことを
記載した(乙13〔56頁〕)。

6月21日,本件患者に投与されていた低カリウム血症に対する薬を減量することとなっていたところ,J医師が本件診療録にこのことを記載した(乙13〔55,60,151頁〕)。


6月22日,本件患者に対して処方されていた抗不安薬であるジアゼパムの減量がされ,K医師及びD医師が,それぞれ本件診療録にこれらのことを記載した(乙13〔60~63頁〕)。


C医師は,同日,本件患者を診察し,気分,睡眠の状況,飲酒欲求等について問診し,その表情を観察し,ジアゼパムの減量の影響はみられず,特に気分も問題ない旨診断し,本件診療録にこれらのことを記載した(乙
13〔63,64頁〕,D証人)。もっとも,同日午後10時以降,本件患者に対し,ジアゼパムの頓服の投与がされた(乙13〔151頁〕)。ソ
6月23日の午前9時頃から,本件患者に対し,酒害についての説明がされ,J医師が本件診療録にこのことを記載した(乙13〔66頁〕)。

原告が同日午前10時40分頃から本件患者を診察し,酒害について説明をした(乙13〔65頁〕)。


6月26日,本件患者は,服薬の時間帯が変更され,睡眠剤(アモバン)の頓服を指示され,D医師が本件診療録にこのことを記載した(甲61,乙13〔67頁〕)。


6月27日,本件患者に対し,酒害教育が行われ,J医師が本件診療録にこのことを記載し,D医師との連名で署名をした(甲60,61,乙1
3〔128,129頁〕,D証人)。

6月28日,本件患者に対し,アルコール依存症の評価尺度を用いて酒害教育がされ,J医師が本件診療録にこのことを記載した(甲60,乙13〔132頁〕)。


H医師は,6月29日午前10時15分頃,本件患者に対し,酒害について説明をし,本件診療録にこのことを記載した(乙13〔132頁〕)。

6月29日午後2時40分頃,本件患者に対し,酒害教育として,アルコールの脳に対する影響の説明がされ,D医師が本件診療録にこのことを記載した(乙13〔69頁〕)。


原告は,7月1日,本件患者の前頭葉機能検査をするに当たり,脳画像検査の有用性について,C医師を含む全主治医に対する説明をし,D医師は,この説明を受けて,本件診療録に,脳画像検査をしながら酒害教育していく旨の記載をした(甲61,乙13〔71頁〕)。


D医師は,7月1日及び3日,本件患者に対し,酒害教育に関する資料を指摘しながら説明を行った(甲61,
乙13
〔71,
72頁〕,D証人)。


D医師は,7月4日,本件診療録に,本件患者に対するジアゼパムを減薬する旨の記載をした(甲61,乙13〔73頁〕)。


7月6日,本件患者に対し,脳画像検査の結果を示しつつ,酒害教育がされ,D医師が本件診療録にこのことを記載した(乙13〔77頁〕)。

H医師は,7月8日,本件患者を診察し,酒害への理解が不十分であると判断し,引き続き酒害教育(education)を続けていく旨を本件診療録に
記載した(乙13〔78頁〕)。

7月10日,本件患者に対し,生い立ちや飲酒歴についての聞き取りがされ,D医師が本件診療録にこのことを記載した(乙13〔80頁〕)。

7月11日,本件患者に対し,処方されていた薬(ザイロリック,ビタメジン)の処方を中止することとされ,J医師が本件診療録にこのことを
記載した(乙13〔82頁〕)。

本件患者は,7月12日,医療保護入院としては退院し,任意入院となって入院を続けることになった(乙13〔84頁〕)。


C医師は,同日,本件患者の入院が任意入院となった後,本件患者を診察し,睡眠の状況,気分,飲酒欲求等について問診し,表情に力がなく,
会話も小声で抑揚がなく,受動的(passive)な印象であって,今後の目標がないことから,
以前の飲酒習慣に戻る可能性が懸念される旨の診断をし,
本件診療録にその旨の記載をした(乙13〔84頁〕)。

本件患者は,10月1日,本件病院を退院し,本件主治医グループのうちの下級医が退院サマリーの原案を作成し,上位の医師の確認及び修正を
経た退院サマリーが症例検討会で発表され,そこでの議論を踏まえ,本件主治医グループにおいて,
最終的な退院サマリーを完成させた
(乙13
〔5,
272頁〕)。
(4)

本件診療録の記載
本件診療録の入院診療録と題する書面の担当医欄には,N・Dr,C・Dr,H・Dr,I・Dr,J・Dr,K・Drと記載され,下部の主治医欄には,N・Dr,C・Dr,H・Dr,I・Dr,J・Dr,K・Dr→L・Dr→M・Drと記載されている(乙13〔3頁〕)。


本件診療録のうち,本件患者が医療保護入院していた期間中(6月13日~7月12日の30日間)の記載をみると,J医師及びD医師のいずれ
か一方が,6月25日,7月2日及び同月9日の3日(いずれも日曜日)を除いて毎日記載しており,そのうち,J医師が記載し,単独の署名又は押印をしたものが13回(10日),J医師が記載したが署名も押印もしなかったものが2回(6月14日及び6月20日),J医師が記載し,D医師と連名の署名をしたもの(研修医とも連名の署名をしたものを含む)
が3回(3日)あり,D医師が記載し,単独の署名を付したものが15回(12日)ある。そして,研修医(K医師又はL医師)による記載が11回(11日),I医師による記載が4回(3日),H医師による記載が3回(3日),C医師による記載が2回(6月22日と7月12日),原告による記載が6回(6日)ある(甲60,乙13〔34~84,127~
132頁〕)。ただし,C医師による7月12日の記載は,本件患者の入院が同日,医療保護入院から任意入院に切り替わった後にされたものである(乙13〔84頁〕)。
ウHIJD
K」と記載されており,退院サマリーの主治医欄には,N本件症例の入院サマリーの主治医欄には,「NCHIJ(5)DCK→L→Mと記載されている(乙13〔4,5頁〕)。
本件症例に対するC医師の関わり
C医師は,前記(3)(ク,セ,ホ,マ)のとおり,本件主治医グループの一
員として,入院サマリーの作成に携わり,その際に本件患者を診察し,6月22日及び7月12日に自ら診察をし,退院サマリーの作成に携わったことが認められる。また,その他のC医師の本件症例に対する関わりとして,次のとおりの事実が認められる。

C医師は,しばしばJ医師及びD医師と共に本件患者を診察したり,それらの医師の本件患者に対する診察に同席したりし,そのような診察後に
本件患者の治療方針等について議論をしたり,指導をしたりしていた(甲10,11,13,D証人)。


C医師は,J医師及びD医師に対し,本件症例に関し,酒害教育の具体的な方法について教えたり,
自ら本件患者に対する酒害教育を行うに際し,
J医師及びD医師を同席させて見せたり,J医師及びD医師が酒害教育を行う際に同席して指導したりした(甲11,13,60,61,86,D証人)。


C医師は,本件患者に対する治療方針のうち,重要度が低く,上級医の判断を要するまでもないものについて決定をすることがあり,それらをJ医師及びD医師に指示することがあった(甲10,86,D証人)。
(6)

原告の本件証明行為
C医師は,当時B病院の院長として勤務していた原告に対し,平成23年
6月24日付けで作成した本件ケースレポートについて,指導医として署名するよう依頼し,原告は,それに応じ,本件ケースレポートの

このケースレポートは,私が常勤として勤務したA大学附属病院において,上記期間中私の指導のもとに診断又は治療を行った症例であり,内容についても,厳正に確認したことを証明します。

との記載の下の指導医署名欄に署名をした(本件証明行為)(甲19,原告本人)。
(7)

本件指定取消処分に至る経緯等
O病院の指定医の指定取消処分
厚生労働大臣は,平成27年4月15日及び同年6月17日付けで,O病院の指定医(11名の申請医と12名の指導医)につき,指定医の指定
申請時に,申請者が自ら担当として診断若しくは治療に十分な関わりを有していない症例をケースレポートとして提出し,又は,指導医が当該ケースレポートに係る指導及び確認を怠りながら,指導医としてケースレポートに署名したとして,指定医の指定の取消処分をした(甲7,28,乙1,4)。


前記アの処分を契機とした調査等

厚生労働大臣は,前記アの処分を契機として,平成21年1月から平成27年7月までの間に指定医の指定の申請をした3374人を対象に調査をした。具体的には,まず,複数の医師が同一症例の同一入院期間についてケースレポートを重複して提出している症例を特定し,それらの症例について,各患者が入院していた医療機関に診療録の写しの提出を求めた
上で,
診療録への記載が全くないか,
診療録への記載が週1回未満であり,
記載内容からも診断又は治療に十分な関わりがあったとは認められない申請者については,更なる調査をするため,医療機関に対し,診断又は治療に十分な関わりがあることを示す関係資料の提出を求めた。
厚生労働大臣は,原告を含む処分対象者に対する聴聞,医道審議会にお
ける審査及び答申を経て,平成28年10月26日,申請医及び指導医の合計89名の指定医の指定取消処分をし,厚生労働省は,それら89名の実名を行政処分対象者として掲げたプレスリリースを発出し,報道もされた。(以上につき,甲22,乙1,5,10)

本件指定取消処分に関する調査
厚生労働大臣は,前記イの調査の過程で,C医師が指定医の指定申請時に提出したケースレポートの対象症例のうち,本件症例を含む3症例が他の申請医と重複して提出されていることを特定し,
A大学附属病院に対し,
本件症例に関する診療録の写しの提出を求め,提出された診療録を精査したところ,本件症例については,本件診療録にC医師の記載が2回しかな
かったことから,更なる調査のための関係資料の提出を求め,同病院の病院長は,診療態勢に関する資料や本件症例等に対するC医師の関与についての見解を示した書面を提出した(甲16~18,乙5,6)。
(8)

本件戒告処分等
厚生労働大臣は,平成30年3月7日付けで,原告に対し,本件戒告処分をした。原告を含む指定医に対する戒告処分がされたことは公表され,
報道もされた。(以上につき,前記前提事実(4),甲68,69)イ
原告に対し,本件戒告処分がされた情報は,インターネット上に残存しており,それらを閲覧することができる(甲68,69)。

2
前記認定事実(5)(本件症例に対するC医師の関わり)についての補足説明前記認定事実(5)は,
本件診療録に直接記載されていない事実をも認定したも
のであるところ,
そのように認定した理由について,
以下で補足して説明する。
(1)

本件病院において,
複数の医師が一緒に診察を行い,
そのうちの一人が診

療録に記載をする場合,その者以外の者の署名を残すか否かについて,明確な決まりはなかったものと認められる(前記認定事実(3)エ)。そして,屋根瓦方式の下では,下級医が中級医以上の医師と一緒に診察す
ることもしばしばあったと考えられるところ,本件症例においても,複数の主治医が一緒に診察するようなこともしばしばあったと考えられ,連名の署名がされているのは3回だけであり(6月17日,24日,27日),そのいずれもが下級医のみの署名であることからすると(乙13〔46,67,129頁〕),複数の医師が一緒に診察をしたが,そのうちの一人の署名のみがされた場合もしばしばあったものと考えられる。また,本件症例において,本件診療録への記載が1日に1回だけのこともあることに照らせば,診察をしたが,特記すべきことがない場合等,診察したこと自体が診療録に残らない場合もあると考えられるから,本件症例において,医師が診察をしな
がら,
本件診療録に記載がなかったこともしばしばあったものと認められる。(2)

原告,
C医師及びD医師は,
立場の異なる複数の医師が一緒に診察をした

場合,下位の立場の医師が診療録への記載をしていた旨の証言や供述(甲86,D証人,原告本人)をしているところ,経験の少ない医師が診療録への記載をすることで,診療録の記載方法を学ぶのみならず,当該症例についても考察を深める契機となるものと考えられることから,立場の異なる複数の医師が一緒に診察をした場合,教育的観点から,下位の立場の医師が記載を
し,署名をする傾向にあったとしても不自然ではない。そして,本件診療録をみると,下級医であるJ医師,D医師及び研修医による記載が多くなっており
(前記認定事実(4)イ)その傾向が表れたものと理解することができる。,
(3)
ところで,本件患者の主治医として,精神科医としての経験年数に応じ,
上級医として原告,中級医としてC医師,H医師及びI医師,下級医としてJ医師,
D医師及び研修医から成る本件主治医グループが構成されていた
(前
記認定事実(3)イ)そして,

本件病院では,
上級医は,
チーム全体を管理し,
中級医以下の医師を指導し,診療全体に影響する重要な判断及び決定をするほか,指定医の業務を行い,中級医は,上級医の指導を受けながら日々の実
践的な診療における判断及び決定をするとともに下級医の指導をし,下級医が上級医及び中級医の指導を受けて診療録の記載や処方箋の発行,検査の依頼をするものとされており(前記認定事実(1)ア),本件主治医グループも,それぞれの主治医が地位に応じた役割を果たすことを期待して構成されたものとみられ,実際にも,概ね期待した役割に応じて診療に携わっていたもの
と認められる。
そのような中で,J医師及びD医師は,本件患者の入院時,前期専攻医となって3か月に満たない経験しか有しておらず
(前記認定事実(3)イ)殊に,

本件病院では本件症例のようなアルコール依存症の症例は少なかったことから
(前記認定事実(3)ウ)D医師の証言

(D証人)
や原告の供述
(原告本人)

にあるように,J医師及びD医師が本件症例において,単独で判断又は実施をすることができる事項は限られていたものと考えられる。
(4)

そして,本件診療録の記載に基づき,前記認定事実(3)エ~マのとおりの
事実が認められるところ,J医師及びD医師は,自らが本件診療録に記載したもののうち,複数のもの(前記認定事実(3)エ,カ,コ~ス,ソ,チ~テ,ナ,ヌ,ネ,ヒ,フ)について,C医師から指示を受けたり,C医師と一緒に診察をしたりするなど,C医師の関与があった可能性がある旨の供述又は
証言をしている(甲60,61,D証人)。
上記のようなJ医師及びD医師の当時の経験や立場に照らせば,例えば,カリウムの補正
(前記認定事実(3)エ)点滴及び心電図検査の中止

(同コ)

低カリウム血症に対する薬の減量(同シ),抗不安薬であるジアゼパムの減量(同ス,ネ),酒害教育に関するもの(同ソ,ツ,テ,ナ,ヌ,ヒ),睡眠剤の頓服(同チ),薬の処方の中止(フ)について,J医師及びD医師が単独の判断又は単独で行ったものではないとする供述及び証言は,十分に信用することができ,
本件主治医グループの上級医又は中級医と共に行ったか,
それらの指示を受けて行ったものとみられる。

そして,これらについて,C医師の関与の可能性があったとする点についての供述及び証言については,
そのうち,
点滴及び心電図検査の中止
(同コ)
については,そのような治療方針が,看護師を含むカンファレンスで共有されていたことからすると(同ケ),C医師の指示ではなかった可能性が十分にあり,このようなものが含まれていることからすると,上記の供述及び証
言は,明確な記憶に基づくものではなく,C医師が果たしていた役割を根拠に推測しているものであるとみられるから,それらの全てについて,C医師の関与があったと認定することは相当ではない。
もっとも,本件主治医グループの上級医及び中級医のうち,上級医である原告は,本件主治医グループ全体を管理するなどの役割を果たしていたこと
からすると,頻繁に自ら診察をしたり,重要でない事項について下級医に指示をしたりしていたとは考えにくい。そして,その次の立場にある中級医のうち,C医師のみがE医療センターで,精神科医としてアルコール依存症の症例を担当した経験もあったものと認められ(前記認定事実(2)ウ),中級医の中でもC医師がその経験も踏まえ,本件症例に深く関わることが期待され
ていたこと,現に自ら本件診療録に記載をするなど主治医として本件症例に携わっていたことが認められることからすると,C医師が下級医に指示をす
るなどして本件症例に実際に関わっていたとする原告,C医師,J医師及びD医師の供述や証言(甲60,61,81,86,D証人,原告本人)は,基本的に信用することができる。
また,D医師は,本件症例に限らないことについてではあるが,C医師と共に診察をする場合のことについて,
C医師から声を掛けられて出発したり,

自らが付き添うことを申し出て出発したりすることがあった旨具体的に証言し,その内容からみて,真に体験したことをそのまま証言していたものと認められるから,D医師がC医師と共に診察に行くことがしばしばあったことを認めることができる。
以上からすると,J医師及びD医師が本件診療録に記載したもの(前記認
定事実(3)エ,カ,コ~ス,ソ,チ~テ,ナ,ヌ,ネ,ヒ,フ)のうち,いくつかについては,具体的に特定することはできないものの,C医師が共に診察し,又は指示するといった関与があったと認めるのが相当である。(5)

以上により,C医師は,本件患者に対する関わりとして,客観的な記録が
残っていないことから具体的な日時を特定して認定することは困難であるも
のの,
前記認定事実(5)で認定した限度で,
そのようなことがあったものと認
められると判断した。
3
争点1(1)(本件指定取消処分の実体上の違法事由)について
(1)


本件指定取消処分についての裁量の範囲等(争点1(1)ア)
精神保健福祉法19条の2第2項は,指定医がこの法律若しくはこの法律に基づく命令に違反したときという事由のほか,指定医がその職務に関し著しく不当な行為を行ったときその他指定医として著しく不適当と認められるときという規範的な評価を要する事由を掲げ,これらの事由が認められるときは,指定医の指定を取り消し,又は期間を定めてその
職務の停止を命ずる処分をすることができると定めている。そして,同項の規定上,被処分者が上記の規範的な処分事由に該当するか否か及びこれ
らの処分事由が認められる場合に指定の取消し又は職務の停止のいずれの処分を選択するかについては,具体的な基準が定められていない。また,指定医の指定においては,精神保健福祉法19条の4所定の指定医の職務を行うのに必要な知識及び技能を有すること(精神保健福祉法18条1項柱書き)や厚生労働大臣が定める精神障害につき厚生労働大臣が定める程度の診断又は治療に従事した経験を有すること(同項3号)といった専門的見地からの判断を要する事項が要件とされており,その指定の取消しや職務の停止に関わる上記の規範的な処分要件該当性の有無や処分選択についてもまた,専門的見地からの判断を要するものというべきであることを
考慮すると,かかる規範的な処分要件該当性の有無及び処分選択に関する判断については,精神保健福祉法19条の2第3項に基づき医道審議会の意見を聴く前提の下で,厚生労働大臣の合理的な裁量に委ねられているものと解される。
したがって,厚生労働大臣が精神保健福祉法19条の2第2項に基づき
その裁量権の行使としてした指定医の指定の取消しの処分は,同項所定の規範的な処分要件該当性の有無及び処分選択に係るその判断が,重要な事実の基礎を欠き又は社会通念に照らし著しく妥当性を欠くものと認められる場合に限り,裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したものとして違法となると解するのが相当である。

イ(ア)

精神保健福祉法18条1項は,患者本人の意思によらない入院医療
や一定の行動制限を行うことがある精神科医療において,指定医が患者の人権にも十分に配慮した医療を行うのに必要な資質を備えている必要があるとの観点から,5年以上診断又は治療に従事した経験(1号)及び3年以上精神障害の診断又は治療に従事した経験(2号)に加え,厚生労働大臣が定める精神障害につき同大臣が定める程度の診断又は治療に従事した経験を有すること(3号)等の要件を満たす医師であり,か
つ各種の入院や行動制限の要否の判定などの同法19条の4所定の職務を行うのに必要な知識及び技能を有することを指定医の指定の要件としており,その指定につき厳格な要件を定めている。
(イ)
前記の規定を受けて,精神科実務経験告示は,精神保健福祉法18
条1項3号の厚生労働大臣が定める精神障害及び同大臣が定める程度について,6つの精神障害について,合計で8例以上の症例を経験しなければならないと具体的に定め,指定医事務取扱要領は,同号の診断又は治療に従事した経験について,指定医の指定申請時に提出するケースレポートにより確認するものとし,ケースレポートの対象と
する患者については,指導医の指導のもとに自ら担当として診断又は治療等に十分な関わりをもった症例について報告するものであり,少なくとも一週間に4日以上,当該患者について診療に従事したものでなければならず,原則として入院から退院までの期間継続して,当該患者について診療に従事した症例を対象とするものでなければならない旨を定め
ているところ,指定医事務取扱要領のかかる内容は,前記の指定医の指定について厳格な要件を定めた精神保健福祉法の趣旨に沿うものということができ,合理性を有するものということができる。
(ウ)

また,指定医事務取扱要領が,ケースレポートの対象となる症例と
して,申請医が自ら担当として診断又は治療等に十分な関わりを持ったものに限っており(同2(2)),指導医の役割として,

ケースレポートの作成に当たり,・・・ケースレポートの内容の確認を行い,指導の証明を行うこと。

(同3(1))と定めていることからすると,同取扱要領は,
指導医に対し,
申請医がケースレポートに記載した症例につき,
自ら担当として診断又は治療等に十分な関わりを持ったことについ
ての証明をも求めているものと解される。そして,同取扱要領がケースレポートにより,指定医として必要とされる法的,医学的知識及び技術
を有しているかについて確認するものとした上で,ケースレポートの内容の正確性等を担保するため,指定医である指導医に証明等を求めたことは,審査の在り方として合理性を有するものであるということができる。
(2)

精神保健福祉法19条の2第2項の
指定医として著しく不適当と認められるときに該当するとした判断の適否(争点1(1)イ)ア
本件指定取消処分は,本件ケースレポートの対象症例である本件症例が十分な関わり要件を満たすものではなかったとの事実を前提に,原告が行った本件証明行為につき,C医師の本件ケースレポートを作成する際の指導・確認という指導医の責務を怠り,精神保健福祉法18条1項の要件を
満たさない申請について要件を満たすものと誤認させたなどとして,精神保健福祉法19条の2第2項に規定する指定医として著しく不適当と認められるときに該当することを理由とするものである。そこで,本件症例が十分な関わり要件を満たすものではなかったといえるか否かについて検討する。


十分な関わり要件の意義(争点1(1)イ(ア))
指定医事務取扱要領は,精神保健福祉法18条1項3号及び精神科実務経験告示に規定する診断又は治療に従事した経験については,指定医の指定申請時に提出するケースレポートにより,指定医として必要とされ
る法的,医学的知識及び技術を有しているかについて確認するものとしている。また,精神保健福祉法において,指定医は,患者の意思に基づかない入院の判定等の職務を行うこととされており,患者の人権にも十分に配慮した医療を行うに必要な資質を備えていることが求められていることに鑑みると,ケースレポートに記載する症例は,当該申請医が当該症例を通
じ,精神保健福祉法の求める上記の指定医としての資質,すなわち相応の法的,医学的知識及び技術を得ることができたかどうかを判定できるもの
でなければならず,当該申請医が当該症例に十分な関わりを有していたことが当然の前提として必要となる。このような観点から,指定医事務取扱要領は,ケースレポートの対象として,申請医が自ら担当として診断又は治療等に十分な関わりを持った症例に限ることとしたものと解される。
そして,自ら担当として,十分な関わりを持ったとの文言が用い

られていることをも踏まえると,指定医事務取扱要領にいう自ら担当として診断又は治療等に十分な関わりを持った症例との要件(十分な関わり要件)とは,当該申請医自身が当該症例を受け持つ立場で直接的かつ継続的に当該患者の診断又は治療等に携わった場合をいうものであり,他の医師が行う診断又は治療の補助や助言をするなどの補佐的な立場で関与す
るにとどまる場合はこれに含まれないものと解するのが相当である。なお,
十分な関わり要件の判断においては,
診断又は治療等とあることから,
診断及び治療のみに限られず,等に含まれ得る診断及び治療に関連する行為も考慮の対象とすることができるものと解される。

C医師の本件症例への関わりの程度と十分な関わり要件該当性(争点1(1)イ(イ))
(ア)

十分な関わり要件該当性の判断における事実認定について,
被告は,

原則として診療録の記載内容から判断されるべきである旨を主張する。医師に診療録の記載義務があること(医師法24条)や,診療録が日常の診療等の結果が記録されるものであることなどからすると,診療録が医師の診療等の事実を認定する際の有力な証拠であるということができるが,複数の医師が担当する場合など,診療に関与した医師であっても診療録に記載しないことがあり得ることからすると,十分な関わり要件該当性の判断において,診療録の記載内容以外の資料を用いることは
当然に許されるものというべきであり,本件症例に関するC医師の関わりを含めた事実経過は,前記認定事実のとおり,本件診療録の記載以外
の証拠も用いて認定した。以下,そのようにして認定した前記認定事実を基に,本件症例が十分な関わり要件を満たすものではなかったかどうかを検討する。
(イ)
前記認定事実のとおり,C医師は,本件患者が入院すると,本件主
治医グループの一員となって,①入院サマリーの作成に関し,下級医が作成した原案を確認するなどし,主治医として症例検討会での検討に参加し,本件主治医グループの一員として入院サマリーを完成させ,②しばしばJ医師又はD医師と共に,
又は単独で直接本件患者を診察したり,
それらの医師の診察に立ち会ったりし,そのような診察後に本件患者の
治療方針等について議論をしたり,指導をしたりしており,③J医師及びD医師に対し,酒害教育の具体的な方法について教えたり,自ら本件患者に対する酒害教育を行うに際し,J医師又はD医師を同席させたりして指導をし,④本件患者に対する治療方針のうち,上級医の判断を要するまでもない重要でないものについて決定をし,それらをJ医師及び
D医師に指示することがあり,⑤また,本件患者が任意入院として入院してから以後のことではあるが,退院サマリーの作成にも関与していたものである。
また,C医師が自ら本件診療録に記載したのは,任意入院に切り替わった直後のものを含め2回しかないが,J医師やD医師などの下級医と
比較すると本件診療録への記載回数は少ないものの,主治医であった他の中級医との記載回数を比較しても概ねその回数は変わらないし,6月22日の記載(前記認定事実(3)セ)からは,本件患者の抗不安薬(ジアゼパム)の減量の影響を気にかけていた様子がうかがわれるなど,抗不安薬の減量の経過等を把握していた主治医としての関わりがなければそ
のような記載をしたとも考えにくいのであって,他の主治医と遜色のない程度の関わりがあったと評価することができる。

以上からすると,C医師は,本件主治医グループの中で,中級医として期待される役割を十分に果たしていたものとみられ,自身が本件症例を受け持つ立場で診断又は治療等に携わっていたということができ,その関与は,本件患者が入院してから任意入院に切り替わるまでの間,直接的かつ継続的に携わっていたと評価されるべきものであり,他の医師
が行う診断又は治療の補助や助言をするなどの補佐的な立場で関与するにはとどまるものではなかったというべきである。
したがって,本件症例は,十分な関わり要件を満たすものであったというのが相当である。

そうすると,原告が本件証明行為を行った本件ケースレポートは,十分な関わり要件を満たす症例について作成されたものであるから,本件症例につきC医師に十分な関わり要件を満たさないことを前提に,本件証明行為を精神保健福祉法19条の2第2項に規定する指定医として著しく不適当と認められるときに該当するとした本件指定取消処分は,裁量判断の前提となる重要な事実の基礎を欠くものといわざるを得ない。

よって,本件指定取消処分は,厚生労働大臣の裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したものとして違法であるというべきである。
(3)

以上によれば,
本件指定取消処分は,
本件指定取消処分取消請求に係るそ

の余の争点について判断するまでもなく,取消しを免れない。
4
争点2(1)(本件戒告処分取消請求の訴えの利益)について
(1)

処分の効果が期間の経過その他の理由によりなくなった場合には,当該
処分を受けた者がその取消しを求める訴えの利益は失われるのが原則であるが,当該者がその場合においてもなお処分の取消しによって回復すべき法律上の利益を有するときは,その取消しを求める訴えの利益は失われない(行政事件訴訟法9条1項括弧書き参照)。そして,法令の規定や行政手続法12条1項に基づいて定められ公にされている処分基準により,処分を受けた
ことを理由とする不利益な取扱いがある場合に,当該処分を受けた者が将来において上記の不利益な取扱いの対象となり得るときは,上記規定等により上記の不利益な取扱いを受けるべき期間内はなお当該処分の取消しによって回復すべき法律上の利益を有するものと解される(最高裁判所平成27年3月3日第三小法廷判決・民集69巻2号143頁参照)。
これに対し,処分を受けたことを理由とする将来の不利益な取扱いを定めた法令の規定等がなく,処分を受けたことが将来の処分における情状として事実上考慮される可能性があり得るにとどまる場合には,それは処分の法的効果ではなく処分がもたらす事実上の影響にすぎないというべきであり,ま
た,処分が失効後も取り消されないことにより当該処分を受けた者の名誉,感情,信用等が損なわれる可能性の存在が認められるとしても,それは処分がもたらす事実上の効果にすぎないというべきであって,上記のような可能性の存在をもって,
処分の取消しによって回復すべき法律上の利益を有することの根拠とする
ことはできないものと解される(最高裁判所昭和55年11月25日第三小法廷判決・民集34巻6号781頁参照)。
(2)

これを本件戒告処分についてみると,医師法7条2項1号に基づく医師
に対する戒告処分は,被処分者である医師に対し,その非行の責任を確認させて反省を促し,再度過ちのないように戒めることを内容とするものと解され,告知された時にその効力が生じ,告知によって完結するものである。そして,
同法7条の2第1項の規定によれば,
前記の戒告処分を受けた医師は,
厚生労働大臣から再教育研修を受けるよう命じられることがあるが,前記前提事実((4)イ及び(5))のとおり,原告は,平成30年3月7日付けで本件戒告処分を受けた後,同年3月23日付けで厚生労働大臣から再教育研修を
受けるよう命じられ,同月24日,これを修了している。また,他に,本件戒告処分を受けたことを理由とする不利益な取扱いを定める法令の規定や行
政手続法12条1項に基づいて定められ公にされている処分基準は見当たらず,本件戒告処分を受けた者が将来において上記の不利益な取扱いの対象となり得ると認めるべき事情もうかがわれないから,本件戒告処分の取消しによって回復すべき法律上の利益があるということはできず,本件戒告処分の取消しを求める訴えの利益を認めることはできない(最高裁判所昭和56年
12月18日第二小法廷判決・裁判集民事134号599頁参照)。(3)

これに対し,原告は,本件戒告処分により,甚大な名誉・社会的信用の侵
害を被り,仮に国家賠償請求によって金銭的な填補がされてもこれを完全に回復することができない旨,また,医師法の趣旨に沿って,本件戒告処分を受けた原告の氏名が公表されているから,本件戒告処分は,法律上の効果と
して,原告の社会的信用を低下させることが予定されていた旨主張する。しかしながら,原告が主張する不利益は,いずれにしても,事実上の不利益にすぎないものであって,取消しによって回復すべき法律上の利益があるとはいえないから,その主張を採用することはできないというべきである。5
争点3(本件戒告処分の国家賠償法上の違法性の有無等)について(1)

違法性及び過失の有無
本件戒告処分は,本件指定取消処分と同一の事情,すなわち,原告がした本件証明行為をもって,申請者がケースレポートを作成する際の指導・確認という指導医の責務を怠り,C医師の本件ケースレポートに署名をし
たとしてされたものであるところ,本件症例が十分な関わり要件を満たさないものであったことが前提となっているものである。
本件症例が十分な関わり要件を満たすものであったことは,前記2で説示したとおりであり,原告が行った本件証明行為をもって,指導医の責務を怠ったということの前提を欠くことになるから,本件戒告処分は,重要
な事実の基礎を欠き又は社会通念に照らし著しく妥当性を欠く処分をしたものと評するほかはなく,裁量権の範囲を超える違法なものというべきも
のであり,国家賠償法上も違法なものであったと評価すべきである。イ
そして,厚生労働大臣は,医師に対する戒告処分が被処分者に対し,大きな影響を与え得るものであり,慎重にされるべきものであるところ,本件戒告処分に至る調査その他,本件に現れた一切の事情を考慮すると,原告がした本件証明行為について非難することができるか否かを適切に検討
していなかったというべきであって,本件戒告処分をしたことについて過失があったというべきであるから,
被告は,
国家賠償法1条1項に基づき,
原告に生じた損害を賠償すべき義務を負う。
(2)

損害額


原告が本件戒告処分を受けた事実については,公表及び報道がされ,現在でもインターネットにその情報が残存しており(前記認定事実(8)),これによって原告の名誉及び信用が毀損されたことが認められる。その他,原告は同処分を受けたことにより,再教育研修を受講せざるを得なかったこと(前記前提事実(5))など本件に現れた一切の事情を考慮すると,原告の精神的苦痛を慰謝するための慰謝料は,
30万円とするのが相当である。


本件戒告処分と相当因果関係にある本件訴訟における弁護士費用は3万円とするのが相当である。


以上より,被告は,原告に対し,本件戒告処分をしたことにより,合計33万円の損害賠償義務を負うことになる。

第6

結論
以上の次第で,本件訴えのうち,本件戒告処分の取消しを求める部分は不適法
であるから却下することとし,本件指定取消処分取消請求及び国家賠償請求については,本件指定取消処分の取消し並びに国家賠償法1条1項に基づく損害賠償金として33万円及びこれに対する本件戒告処分をした日である平成30年3月7日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を求める限度で理由があるから認容し,その余は理由がないから棄却することとし,仮執行宣言
については,
相当でないからこれを付さないこととして,
主文のとおり判決する。
大阪地方裁判所第7民事部

裁判長裁判官

松永栄治
裁判官

宮端謙一
裁判官大塚穂波は,差支えにより署名押印することができない。

裁判長裁判官

松永栄治
(別紙省略)

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