判例検索β > 令和2年(わ)第385号
現住建造物等放火被告事件
事件番号令和2(わ)385
事件名現住建造物等放火被告事件
裁判年月日令和2年10月22日
裁判所名・部札幌地方裁判所
判示事項の要旨自殺を決意した被告人が,未明に,父母及び弟が現在する自宅の自室に灯油をまいた上で放火し,自宅を全焼させたという現住建造物等放火の事案で,大変危険な犯行であり重い結果を生じさせたものの,近隣家屋への延焼は避けられ,死傷者がいないこと,被告人のアスペルガー症候群が本件犯行に影響を与えたことは否定できないことなどは,被告人に対する非難を一定程度減じる事情といえるとして,懲役3年,執行猶予5年(付保護観察)を言い渡した事例。
裁判日:西暦2020-10-22
情報公開日2020-11-24 12:00:33
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主文
被告人を懲役3年に処する
この裁判が確定した日から5年間その刑の執行を猶予する。
被告人をその猶予の期間中保護観察に付する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は,生活態度等を父親に叱責された際に祖父の形見と考えていたモニターを壊されたこと等にショックを受けた上,家を出て祖母方へ行く旨の被告人の意向に対し,母親から突き放され,祖母らからも断られ,行き場がないと絶望して自殺しようと考え,実父であるAら3名が現に住居に使用し,かつ,同人ら3名が現にいる札幌市a区bc条d丁目e番f号所在の当時の被告人方居宅(木造亜鉛メッキ鋼板葺2階建,床面積合計83.43平方メートル)に放火しようと考え,令和2年3月20日午前4時頃から同日午前4時46分頃までの間に,同居宅2階の被告人が使用する居室内において,床上に積み重ねた衣類に灯油をまいた上,手に持っていたティッシュペーパーにライターで点火し,これをその衣類の上に置いて火を放つなどし,その火を同室の床板,天井等に燃え移らせ,よって,同居宅を全焼させて焼損したものである。
(法令の適用)
罰刑酌条種量の選減
刑法108条


所定刑中有期懲役刑を選択


刑法66条,71条,68条3号

刑の執行猶予

刑法25条1項


刑法25条の2第1項前段

護観察
訴訟費用の不負担

刑事訴訟法181条1項ただし書

(量刑の理由)
被告人は,一般に人が寝ている未明の時間帯に,民家等が隣立する住宅街の中の自宅2階の自室において,床の上に積み上げた衣類や床上等に約3リットルの灯油をかけた上で火を放つという燃え広がりやすい方法を用いて放火した。隣室にいた弟や1階で寝ていた両親はもちろん,近隣住民の生命等を強く脅かす大変危険な犯行である。本件犯行により,被告人の父が所有していた当時の自宅が全焼したほか,近隣の民家等にも屋根が一部損壊するなどの相当額の財産的な損害が生じたのであって,近隣住民の中には厳しい処罰を望む者がいるのも理解できる重い結果を生じさせたというべきである。
しかしながら,本件犯行による死傷者はなく近隣家屋に延焼するまでの深刻な事態は幸いにも避けられたのであって,自宅を全焼させられた被告人の家族や財産的被害を被った近隣住民の複数の者が被告人の厳しい処罰までは望んでいないことは考慮できる事情といえる。また,本件犯行に至る経緯や動機についてみると,被告人は,判示の経緯で本件犯行に及んだものであるが,このような経緯によるストレスへの対処力の弱さが元来の性格傾向のみならず,アスペルガー症候群の影響に由来していること,その結果,犯行時に適応障害を起こした状態で自殺を決意し,放火を思いとどまることができなかった点も,反社会的,攻撃的あるいは反抗的な被告人の行動パターンのみならず,その背景にあるアスペルガー症候群の影響を否定はできないことを指摘できる。これらは,本件における被告人に対する非難を一定程度減じる事情ということができる。
そうすると,本件犯行に関する事情は悪いものの,同種事案((処断罪)現住建造物等放火,(共犯関係等)単独犯,(処断罪と同一または同種の罪の件数)1件,(被害状況)全焼1棟,(燃料使用)あり,(動機)心中・自殺)の量刑傾向の中では,本件が重い部類に位置付けられる事案であるとはいえない。その上で,現時点では未だ確定的ではないものの,本件をきっかけとして,被告人の障害の特性に応じた福祉的支援を受けながら就労しつつ自立した生活を送るための環境整備が進められていること,現在20歳と未だ若年で犯罪歴もない被告人が本人なりに更生について考えていることなどの事情も考慮し,今回に限っては刑の執行を猶予し,社会内処遇により更生の機会を与えることとする。ただし,本件の経緯や被告人の特性のほか,被告人には本件が重く危険な犯行であり二度と繰り返してはならないことを長く考え続けて反省を深める必要があること,本件のきっかけは自らの生活態度上の問題にあって前記就労を維持しつつその改善にも取り組む必要があること等からすると,被告人の更生のためには,前記福祉的支援とは別に,相当期間にわたり,公的な枠組による補導援護の下で更生を図る必要性が高いといえる。そこで,執行猶予の期間は最も長い5年間とした上,その間保護観察に付するのが相当であると判断した。
(求刑-懲役4年)
令和2年10月22日
札幌地方裁判所刑事第1部
裁判長裁判官

石田寿一
裁判官

古川善敬
裁判官

田中大

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