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遺族補償年金等不支給処分取消請求事件
事件番号平成27(行ウ)77
事件名遺族補償年金等不支給処分取消請求事件
裁判年月日令和2年7月29日
裁判所名名古屋地方裁判所
裁判日:西暦2020-07-29
情報公開日2020-11-10 16:00:28
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令和2年7月29日判決言渡

同日原本領収

裁判所書記官

平成27年(行ウ)第77号

遺族補償年金等不支給処分取消請求事件

口頭弁論終結日令和2年2月13日

当事者の表示


別紙1当事者目録記載のとおり
主文1
原告の請求をいずれも棄却する。

2
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由

第1請求
1
豊田労働基準監督署長が原告に対し平成24年10月30日付けでした労働
者災害補償保険法に基づく遺族補償給付及び葬祭料を支給しない旨の各処分をいずれも取り消す。
2訴訟費用は被告の負担とする。
第2事案の概要
本件は,
トヨタ自動車株式会社
(以下
本件会社
という。に勤務していたa

(以
下本件労働者という。
)の妻である原告が,本件労働者が平成22年●月●日頃
に自殺した(以下本件自殺という。
)のは本件会社における過密・過重な業務,
上司からの継続的なパワーハラスメント(以下パワハラという。
)によって本件

労働者がうつ病を発病した結果であり業務に起因すると主張して,豊田労働基準監
督署長(以下処分行政庁という。
)に対して労働者災害補償保険法(以下労災保険法
という。に基づく遺族補償給付及び葬祭料の支給を請求したところ,)
処分
行政庁から,平成24年10月30日付けで,本件自殺は業務に起因するものとは認められないとして,遺族補償給付及び葬祭料をいずれも支給しない旨の処分(以
下本件各処分という。
)を受けたため,被告に対し,本件各処分の取消しを求め
た事案である。
1前提事実(末尾に証拠等を掲げた事実以外は当事者間に争いがない。)


当事者等

原告は,本件労働者(昭和44年●月●日生まれ)の妻であり,本件自殺当時,本件労働者の収入により生計を維持していた。


本件会社は,自動車の製造等を目的とする株式会社であり,平成21年3月末時点で,従業員数は約7万人(受入出向者を含む。,資本金は3970)
億5000万円であった。本件会社は,自動車等の生産拠点として,国内に複数の工場を有しているほか,海外にも多数の会社を設立している。(乙6
4の13及び16)



本件労働者の業務内容等

本件労働者は,高等専門学校機械工学科を卒業後の平成2年4月,本件会社に入社し,各種研修を受けるなどした。
(乙31,32)


本件労働者は,平成2年10月1日,第1生技部ドライブトレーン生産技術室に配属されてから平成17年1月1日に異動になるまで,CVJ(ConstantVelocityJointの略であり,ドライブシャフト又は等速ジョイント
ともいわれる。前輪駆動車のエンジンの動力をタイヤにつなぐ製品である。以下同じ。の加工及び組付の生産準備業務に従事した。

なお,
本件会社にお
いて生産準備業務とは,設計部署からの図面に基づき,各工場における生産設備の準備(設備の新設と既存の設備の改造がある。
)を行う業務をいう。
(乙32,33,82の2)


本件労働者は,平成17年1月1日,b工場製造エンジニアリング部製造技術室に異動し,
プロペラシャフト生産工場維持管理業務等に従事した。
(乙
32)


本件労働者は,平成19年1月1日,ドライブトレーン生技部(後に駆動・シャシー生技部に名称が変更されたが,以下では,名称変更の前後を問わず,
ドライブトレーン生技部という。
)ドライブライン計画室に異動
するとともに主任に昇格し,
再度,
CVJの生産準備業務に従事した。
なお,
ドライブトレーン生技部は,駆動及びシャシー系の生産準備業務を担当する部であり,同部の下には各室が設けられ,各室の下には10名前後の各グループが設けられている。ドライブライン計画室は,CVJ,ディファレンシャル,
プロペラシャフト等の自動車の足回りの部品の生産設備

に係る生産準備業務を担当していた。
(乙12,25の1及び2,乙32,8
2の2)

本件労働者は,
ドライブライン計画室の中でもCVJの生産準備業務を担
当する5グループ(後に4グループに名称が変更されたが,以下では,名称変更の前後を問わず,
5グループという。
)の主任として,平成20

年4月頃から平成21年9月下旬まで,
本件会社のb工場における新型プリ
ウスのCVJ生産に係る生産準備業務に従事した(以下,新型プリウスに関連する上記業務を新型プリウス関連業務という。。
)(甲A45,乙12,
25の1及び2,乙33,71,82の2,弁論の全趣旨)

本件労働者は,
平成21年9月下旬頃から,
中華人民共和国
(以下
中国
という。
)に所在しCVJ等を生産するTianjinFengjinAutoPartsCo.,Ltd.(天津豊津汽車伝動部件有限公司。以下TFAPという。
)における新型カロ
ーラ及び新型カムリのCVJ生産に係る生産準備業務並びにCVJに関するTFAPから本件会社に対する問合せの窓口業務等に従事した(以下,TFAPに関連する上記業務をTFAP関連業務という。。
)(甲A45,乙

32,33,64の16,乙82の2)

本件労働者は,平成21年から平成22年の本件自殺までの間,前記のほか,主なところでは,以下の業務に従事した。
ドライブトレーン生技部では,部全体の取組として,3年後,5年後,
10年後の業務のイメージ作りを各業務について行うこととなり(以下,これに関連する業務を2020年ビジョン関連業務という。,本件労)
働者は,平成21年5月頃から同年12月まで,CVJ生産ラインに関して検討するチームの取りまとめ役として,部内報告会で報告を行うなどした。
(乙12,13,33,80,82の2)
本件労働者は,年に2回(7月,12月)
,企画部署から提示される生産
計画に対して現在のラインで対応可能かどうかを調査し,対応が困難な場
合の対策等を検討する業務(以下年計業務という。
)に従事していた。
(乙12,13,33)
本件会社は,従業員に対し,年度末を期限として,1年に1件以上,特許申請につながる技術的なアイディアを出すように指示をしていた。本件労働者は,
平成21年10月にその提出を済ませていた。
(乙18,
70)


本件労働者の業務に係る関係者等
平成21年から平成22年の本件自殺までの間,本件労働者が所属するドライブライン計画室の室長はc(以下c室長という。,5グループ)
の長はd(以下dグループ長という。
)であり,両者は,本件労働者の

上司の立場であった。
(乙12,13,25の1及び2)
新型プリウス関連業務について,本件労働者は,5グループに所属し本件労働者の部下の立場にあるeとともに従事した。
(甲A40,乙25の
1,乙71)
本件労働者のTFAP関連業務の前任は,5グループの主任のf(以下
f主任という。
)であった。また,本件労働者は,TFAP関連業務の
中で,当時,本件会社からTFAP製造部に出向し,同部の室長の立場にあったg(以下g室長という。
)とやり取りをすることがあった。
(乙
16,乙25の1,85)
本件労働者は,本件労働者と同じく5グループの主任であり,b工場で
勤務していた期間を除いて常に同じグループで勤務していたh(以下h主任という。)に対し,度々,業務について相談していた。
(乙14,h
主任)


本件労働者の労働時間等

本件会社は,平成20年9月に起こったいわゆるリーマンショックの影響で業績が悪化したことを踏まえ,
従業員の残業規制を行っていた。
(乙12,
82の2)


本件労働者の平成21年10月10日以前の時間外労働時間数(1週間の労働時間が40時間を超える時間数)は,次のとおりである。(乙7の3,乙35)
平成21年4月14日から同年5月13日:16時間30分
平成21年5月14日から同年6月12日:5時間

平成21年6月13日から同年7月12日:1時間30分
平成21年7月13日から同年8月11日:なし
平成21年8月12日から同年9月10日:1時間30分
平成21年9月11日から同年10月10日:なし


精神障害の発病
本件労働者は,平成21年10月頃,ICD-10のF32うつ病エピソードを発病した。⑸

本件自殺
本件労働者は,平成22年●月●日,愛知県豊田市所在の雑木林内で縊死しているところを発見された。遺体の状況や遺書が存在したことなどから,本件
労働者は,同月●日頃,自殺したものと認められる。(甲A5,6)⑹

本件訴訟に至る経緯

原告は,平成23年6月17日,処分行政庁に対し,労災保険法に基づく遺族補償給付及び葬祭料の支給を請求したが,処分行政庁は,平成24年1
0月30日付けで,業務上疾病に該当しないとしていずれも不支給とする旨の処分(本件各処分)をした。(乙3の1,乙4の1,乙5,6)イ
原告は,
平成24年12月25日,
愛知労働者災害補償保険審査官に対し,
本件各処分を不服として審査請求をしたが,同審査官は,平成25年12月26日付けで,これを棄却する決定をした。(甲C4,乙67,76)

原告は,平成26年1月24日,労働保険審査会に対し,前記イの棄却決定を不服として再審査請求をしたが,同審査会は,平成27年1月23日付
けで,これを棄却する裁決をした。(甲C5,乙77,81)

原告は,平成27年7月10日,本件訴訟を提起した。(当裁判所に顕著な事実)


心理的負荷による精神障害の認定基準について
労働省(現・厚生労働省)は,精神障害の業務起因性を適正・迅速に判断するための基準を策定するため,精神医学等の専門家で構成される精神障害等の労災認定に係る専門検討会を設置し,同専門検討会から提出された精神障害等の労災認定に係る専門検討会報告書を踏まえ,
平成11年9月,
心理的負荷による精神障害等に係る業務上外の判断指針を策定し,これに基づき
業務起因性の判断を行ってきた。その後,厚生労働省は,精神障害の労災請求件数が大幅に増加し,
審査の迅速化及び効率化が求められるようになったこと
から,精神医学及び法学等の専門家で構成される精神障害の労災認定の基準に関する専門検討会を設置し,業務起因性の認定基準に関する検討を依頼した。厚生労働省は,上記専門検討会から平成23年11月8日付けで提出され
た精神障害の労災認定の基準に関する専門検討会報告書の内容を踏まえ,同年12月26日,業務起因性に関する新たな判断基準として,別紙2心理的負荷による精神障害の認定基準(以下認定基準という。
)を策定し,上
記判断指針を廃止した。
(乙1,2,64の74)
2本件の争点及び当事者の主張

本件の争点は,本件自殺の業務起因性であり,特に,業務による心理的負荷がどの程度であったかが争われている。当事者の主張は以下のとおりである。(原告の主張)
本件労働者は,以下のとおり,リーマンショックという未曽有の事態下で時間外労働が原則禁止された状態で,いくつもの重要かつ緊急の課題を課せられ,過重・過密な業務に従事した。加えて,本件労働者は,その間,上司からは支援を受けることができなかったばかりか,パワハラを受け続けるなどし,これらによる強い心理的負荷の結果,うつ病を発病し,本件自殺に至ったのであるから,本件自殺には業務起因性が認められるべきである。


判断枠組みについて
労災補償制度は,
労働者が人たるに値する生活を営むための必要を充たすべ
き労働条件の最低基準(労働基準法1条参照)を定立することを目的に,負傷
や疾病等が業務上であることのみを要件として,各種補償の給付を行う法定救済制度であり,
同制度を危険責任の法理や民事法上の無過失賠償責任の論
理で説明することはできない。
よって,
労災保険法の
業務上
の判断につき,
危険責任の法理に基づいて厳格に判断することは制度の趣旨に合致するものではない。

具体的には,業務起因性の判断に当たって必要とされる因果関係は,①業務による心理的負荷の程度については,平均的労働者ではなく,本件労働者本人を基準に判断すべきであり,②業務が他の原因と共働して精神障害の発病に至らしめたのであれば,それで足りると解すべきである。
被告は,業務起因性の判断に当たり,認定基準によるべきであると主張する
が,認定基準は,飽くまで行政による労災認定の基準にすぎず,訴訟における相当因果関係の判断基準ではない。認定基準は,因果関係の範囲を厳しく絞っており不当な内容であるため,認定基準に当てはまる場合には,相当因果関係があると強く推認されるものの,認定基準に該当しないことでもって,業務起因性が否定されるべきではない。



新型プリウス関連業務について

業務内容
本件労働者は,
①新型プリウスのCVJの自動組付ラインを立ち上げる業務,
②新型プリウスのCVJのチームリーダーとしてメンバーの進捗状況をフォローし,
メーカーやb工場と連携しながら自動組付ラインを含む3つの
ラインを予定どおり立ち上げる業務に従事した。


業務の重要性と責任の重さ
本件会社が採用するトヨタ生産方式の下では,生産準備業務が遅れると,自動車そのものの生産が滞ることとなるため,期限厳守が求められていた。加えて,本件会社は,当時,リーマンショックにより売上げが激減し,未曽有の危機に瀕していたが,ハイブリッド車の人気等からプリウスの売上
げは好調を維持しており,新型プリウスは,本件会社にとって極めて重要な車種であった。本件労働者は,このように本件会社の命運がかかった新型プリウスについて,
その必要量の生産ができるかどうかという非常に重い責任
を負っていた。
また,本件会社は,リーマンショック後,極端な原価低減に取り組んでい
たところ,自動組付ラインを立ち上げて必要な作業者を減らすことは,その方針に適うものであり,ドライブトレーン生技部としても重要な業務であった。

困難な業務であったこと
本件労働者は,3つのラインの同時立上げを担当していたところ,これは,当時,本件会社においても注目を集めた大掛かりなものであった。また,自動組付ラインの立上げは,本件会社にとっても初めての試みであった。
特に,本件労働者は,自動組付ラインについてトレーサビリティ(生産
した製品の情報を蓄積するシステム)やオメガクランプ(材料を留めるクランプの一種)等,当時としては新しい取組を行うこととなり,中でも上司の指示によりオメガクランプの導入を目指したものの,結局,これを導入することができなかった。
自動組付ラインの立上げは,
b工場に3つあるラインのうち1つに関す
るものであるが,リーマンショック前に計画された当時は,仮に自動化が上手くいかなくても他の2つのラインでバックアップ可能と考えられて
いたため,十分に事前の準備を行った上でのものではなく,それでも特段の問題は生じなかった。しかし,リーマンショック後,本件会社では原価低減,生産性の向上が求められ,さらに新型プリウスの生産量を確保する必要性が急激に高まり,自動組付ラインの重要性が格段に増すこととなった。本件労働者は,このような状況下で,限られた時間の中,十分に練ら
れていない新しい取組を行わなければならなかった。
自動組付ラインは,平成21年4月に量産を開始したものの,その前後を通じて不具合が多発しており,本件労働者は,同年9月までその対策に取り組むこととなった。また,自動組付ラインは,量産開始時点で,コストや稼働能力の点で目標に到達しないままであり,本件労働者は,これに
ついても同月まで取り組んでいた。

過密労働,人員削減による影響
本件会社では,後記⑹のとおり,従来から従業員の労働密度が高かったところ,リーマンショック以降,残業規制により労働時間が減らされ,さ
らに労働密度が高くなり,従業員には過重な負荷が生じていた。
また,本件会社は,リーマンショックにより全社的に収益改善が必要になった結果,大幅な人員削減を行い,平成21年1月から平成22年1月にかけて,ドライブトレーン生技部の総員は384名から306名に,ドライブライン計画室の総員は74名から50名に,5グループの総員は1
8名から11名になった。現に,新型プリウス関連業務についても,平成21年3月までは本件労働者含め3名で担当していたところ,同年4月からは2名で担当することとなり,担当する専門メーカーの従業員も削減された。

b工場からのプレッシャー
そもそも,b工場側は,不具合によりラインの停止が繰り返されて必要量の生産ができなくなることを危惧して自動組付ラインの導入を好ましく思
っていなかった。そんな中,現に,自動組付ラインには不具合が続出していたため,b工場側の上記のような思いはさらに強くなり,本件労働者は,b工場側から強力なプレッシャーを受けていた。

上司による支援の欠如とパワハラ
本件会社では,
意思決定のスピード化等を理由に中間管理職を半分程度

に減らしたことがあり,平成21年当時,中間管理職は多忙で部下に対するケアが不足していた。また,本件会社は,従業員に対し,肉体的,社会的,心理的等,あらゆる種類のストレスを使って,その生産活動を管理しており,パワハラを生みやすい労務管理を行っている。
そして,現に,本件労働者は,新型プリウス関連業務について,上司か
らの適切な支援を受けることがなく,ドライブトレーン生技部の部長からはプレッシャーを受けるのみであったし,dグループ長及びc室長からは支援を受けることができなかったばかりか,後記⑺のとおりパワハラを受けていた。

まとめ
以上のとおり,新型プリウス関連業務は,本件会社にとって重要な業務であり,本件労働者が重大な責任を負っていただけでなく,その業務自体非常に困難なものであった。さらに,その過程において,自動組付ラインには不具合が多発し,
量産開始までに目標の性能に到達することもできなかったた

め,本件労働者は,量産開始後もその対応に追われたばかりか,b工場側から強力なプレッシャーを受けていた。他方,本件労働者は,上司から適切な支援を受けることができないばかりか後記⑺のとおりパワハラを受けており,上司とb工場の板挟みの状態にあった。


TFAP関連業務について

重要で責任が重い業務であったこと
当時の中国市場は,
急激な経済成長が見込まれていたところ,
本件会社は,

国内外の競合他社と比較して進出が遅れていたため,戦略的に重点化している地域であった。
加えて,
本件会社は,
当時,
強力な原価低減を進めるべく,
現地企業から部品を調達する考えを示しており,TFAPでも,臨機応変にCVJ等の部品供給を行うことができるようにすることが求められていた。本件労働者の業務は,
このような当時の本件会社の喫緊の方針に適った重要

かつ緊急のものであった。
また,本件労働者は,TFAP内のラインに生じた不具合対応の業務も行っていたところ,
現に稼働しているラインの不具合を放置すると生産が停止
することになるばかりか,事故の原因にもなり得るため,本件労働者には緊急の対処が求められており,その意味でも責任の重い重要な業務であった。

未経験かつ問題のある業務への変更等
TFAP関連業務は,本件労働者にとって初めての海外業務であったが,本件労働者は,これを事実上,一人で担当することとなった。また,前任のf主任が担当していた頃から,生産設備に不具合が生じていたばかりか,f主任からの引継ぎは不十分であった。


困難な業務であったこと
本件労働者は,安価に作られた汎用性のないTFAPのライン(第3ライン)に汎用性を持たせる業務等に従事していたが,リーマンショック直後であった当時,本件会社が極端な経費節減を行っていたため,予算を掛
けずに業務を行わざるを得なかった。そのため,専門家であるスーパーバイザー(以下SVという。
)を派遣することもできず,現地事業体であ
るTFAPに改造等の作業を行わせる必要があったが,後記のとおり,現地のg室長との交渉は困難なものであった。
加えて,
海外業務であるため,
現地に行って現物を確認することができないという困難もあった。本件会社の海外担当者は,一般に現地の事情を優先しがちになるところ,g室長は,その傾向が特に強く,自身が正しいと考えることは絶対に妥協
せず,相手方が謝罪するまで責め続ける人物であり,前任のf主任も,g室長との関係に悩んでいた。しかも,g室長は,本件労働者がTFAP関連業務を担当することになった直後,本件労働者に対し,b工場の海外支援グループを使ってはいけないなどと指示をして本件労働者を困惑させた。また,本件会社は,極端なヒエラルキー組織であるところ,主任の立
場の本件労働者が室長の立場にあるg室長に対し意見を言うことは,ほとんど不可能であり,
本件労働者にとってg室長との折衝は,
困難を極めた。

過密労働
本件会社では,前記のとおり,従来から従業員の労働密度が高かったところ,リーマンンショック以降,残業規制により労働時間が減らされ,さらに
労働密度が高くなり,従業員には過重な負荷が生じていた。

上司による支援の欠如とパワハラ
本件労働者は,前記のとおり,事実上,単独で業務を担当していたところ,相談できる相手がおらず,前任のf主任を始め同僚からの支援を得ることができなかった。そもそも残業規制の影響により従前より忙しくなっ
た職場においては,誰かに相談すること自体困難であった。
本件労働者は,
上司であるdグループ長及びc室長からも支援を受ける
ことができなかったばかりか,後記⑺のとおりパワハラを受けていた。カ
まとめ
本件会社は,中国市場を重視していたことに加え,リーマンショック後の収益改善活動の中で原価低減を喫緊の課題としており,中国における低価格車の生産は,本件会社からのいわば至上命令であった。他方,このような本件会社の方針により負担を強いられることとなるTFAP側が抵抗を示すのは当然であり,特にg室長は,原則論を貫き,一切妥協をせず,必要な予算等を徹底して要求するなどし,本件労働者は,本件会社とTFAPの板挟みの状態にあった。しかも,本件労働者は,このような困難な業務を十分な
引継ぎや支援もない状態で担当せざるを得なかったばかりか,上司から継続的なパワハラを受けていたのである。


2020年ビジョン関連業務について

重要で責任が重い業務であったこと
2020年ビジョン関連業務は,ドライブトレーン生技部の本来の重要な
任務であり,
現に,
わずかの期間に部長や室長クラスが何度も会議に出席し,
メンバーが何度も報告を行い,その内容に対し,上司が厳しく細かい注文をしていた。また,その内容も,単に,
夢を語るようなものではなく,実現
することを前提としたビジョンを提示することを求められた業務であった。本件労働者は,このように重要な業務について,CVJ生産ラインに関して
検討するチームのリーダーとして重い責任を負っていた。

困難な業務であったこと
将来の消費者の動向,商品の動向を考慮して10年先あるいはもっと先の状況を予測することは,本来,経営者が行うべきものであり,一担当者
にこれを求めることは酷であった。特に,当時はリーマンショックによる未曽有の経済危機下で,本件会社も,かつてない危機に直面していたばかりか,自動車産業自体も,ガソリン車からハイブリッド車,さらには電気自動車にシフトしようとしていた時期であり,そのような時期に10年先のビジョンを描くというのは,そもそも不可能な業務であった。加えて,
本件労働者は,
上司による抽象的,
又は一貫しない指示に翻弄されていた。
本件労働者は,このような困難な業務を事実上,一人で担当していた。また,本件労働者にとっては,未経験の新規の業務であったばかりか,決められた発表期限までに必要な業務を行わなければならなかった。さらに上司からも様々な指示がされ裁量性も乏しい業務であった。

業務量の増加,労働密度
本件労働者は,
ドライブトレーン生技部の部長が出席する会議に9回出

席し,
当該会議に向けて行われた打合せも含めれば30回もの会議に出席したが,
このような業務を厳しい残業規制により労働密度が高くなった状
況下で,
新型プリウス関連業務やTFAP関連業務と並行して行わざるを
得なかった。
被告は,2020年ビジョン関連業務について,ドライブトレーン生技
部の仕事が谷間の時期にあったために行われたと主張するものの,部としての仕事の繁閑と個人の業務の繁閑は無関係である。本件会社においては,職場全体の仕事の量が少ないからといって,個々の従業員が担う業務量やこれによる負荷が軽くなることはない。

上司によるパワハラ
本件労働者は,2020年ビジョン関連業務に関しても,後記⑺のとおりdグループ長及びc室長からパワハラを受けていた。



その他の業務について
本件労働者は,前記の他にも,発明提案書の提出,年計業務及びその他付随業務に多忙な合間を縫って従事しなければならなかった。



残業規制等による過密労働について

本件会社が成長を続け,高収益を上げている理由は,トヨタ生産方式にあるところ,これを支える本件会社の人事システムが継続的改善と人間性尊重を内容とするトヨタウェイである。トヨタウェイの下では,本
件会社のために絶えず改善の努力を続け(継続的改善)
,参加と無駄のない
労働によってやりがいと満足を見出す(人間性尊重)ことのできるトヨタマンを作り出すことが重視されており,本件会社では,労使関係,人事評価制度,
賃金制度等あらゆる社内の制度がこの目的のために構築されている。そして,これらすべてが,本件会社の従業員による高密度かつ長時間の労働につながっていた。

本件会社がリーマンショック後に残業を禁止した期間中は,長時間労働はなくなったものの,本件会社が開発・設計部門の労働者に与える課題は以前と同じか,むしろ多くなったため,さらに労働密度は高くなっていた。


上司によるパワハラ

本件労働者は,
新型プリウス関連業務についてトラブルが続出していたこ
とから,平成21年当初頃から約1年間にわたり,少なくとも週1回以上,
dグループ長及びc室長からパワハラと評価せざるを得ない叱責を受けていた。dグループ長は,怒涛のように喋り,一方的に怒鳴って本件労働者を叱責し,
本件労働者は反論や説明を一切することができないような状態であった。また,dグループ長は,このような叱責の後,本件労働者に対し何らフォロー等を行うこともなかった。c室長は,フロアにいる全員に聞こえる
ほどの大声で本件労働者を叱責していた。ドライブライン計画室は,他部署のスペースも設けられているワンフロアで業務を行っており,dグループ長及びc室長が本件労働者を叱責する際には,周囲にその状況が分かる状態であった。

本件労働者は,平成21年12月,精神科を受診した際,上司との関係に悩んでいる旨を述べ,原告に対しても,上司から自分が駄目な人間であると思うほどの罵声を浴びせられ,自信喪失している旨を述べていた。また,eは,新型プリウス関連業務に関して,本件労働者とともにdグループ長及びc室長から叱責を受けることが度々あったところ,両名の言動に耐え切れな
くなり,本件会社を退職した。
(被告の主張)
以下のとおり,本件労働者には,精神障害を発病させるに足りる業務上の強い心理的負荷が存在したとは認められず,本件労働者の精神障害の発病及び本件自殺について,業務起因性は認められない。


判断枠組みについて
精神障害の発病に業務起因性が認められるには,業務と発病した精神障害と
の間に条件関係及び相当因果関係が存在することが必要である。
条件関係の有無は,業務上一定以上の大きさを伴い,客観的に精神障害の発病に寄与し得るだけの心理的負荷が実際に精神障害の発病に寄与し,当該心理的負荷がなければ精神障害は発病しなかったことについて,高度の蓋然性をもって認められるかどうかにより判断されるべきである。

また,相当因果関係の要件は,使用者の労災補償責任の性質が危険責任を根拠とすることに照らせば,業務に内在する危険が現実化して精神障害が発病したと認められるかどうかにより判断されるべきである。そして,これが認められるには,①業務による心理的負荷が,平均人を基準として,客観的に精神障害を発病させるに足りる程度のものであったこと,②業務による心理的負荷が,
その他の業務外の要因に比して相対的に有力な原因となって,精神障害を発病させたことが必要であり,上記①及び②を判断するに際しては,認定基準に依拠するのが最も適切である。


新型プリウス関連業務について
本件労働者は,
CVJの生産準備業務について18年の経験があったところ,

そのような本件労働者にとって,新型プリウス関連業務は,以下のとおり過重な心理的負荷を生じさせるような業務ではなかった。

本件労働者が主に担当していたのは,新型プリウスのCVJの自動組付装置の立上げの業務であったが,当該業務は,予定どおり平成21年3月には
完了し,同年4月以降,量産を開始している。量産開始の時点で一部不具合改善作業が残っていたものの,それも同年9月には担当を終えており,その間,重大な問題は生じていない。また,本件労働者の同年4月以降の時間外労働時間は,前記前提事実⑶イのとおりであり,特に同年6月以降はほぼ残業を行っていなかった。本件労働者とともに業務に従事したeも,その業務自体にはそれほど大きなトラブルはなかった旨供述している。

原告は,
本件会社の事業展開と関連させて本件労働者にかかった心理的負
荷について論じているが,自動車の一部品であるCVJの生産準備業務に携わるにすぎない本件労働者に過重な負担が生じていたことを具体的に指摘するものではない。


また,
原告は,
平成21年3月頃の人員削減を指摘するが,
これは,
同月,
予定していた業務が完了したために行われたものである。


原告は,
本件会社における残業規制や上司からのパワハラについても言及
するが,後記⑹及び⑺のとおり,過重な心理的負荷があったことを示すものではない。



TFAP関連業務について
本件労働者は,平成21年9月から,それまでの国内業務から海外業務であ
るTFAP関連業務に仕事の内容が変化することとなったものの,以下の事情からすれば,その担当職務の変化による心理的負荷は弱にとどまるし,担当職務自体,過重な負荷になるようなものでもなかった。

本件労働者は,初めて海外業務に従事することになったものの,TFAP関連業務は,国内での作業が海外業務になっただけで,その業務内容に大き
な変化はなく,
本件労働者は,
前任のf主任から十分な引継ぎを受けていた。

本件労働者は,改造検討等の主たる業務は一人で担当していたものの,前任のf主任もそのような体制で業務を行っていたし,必要があれば,f主任を始めとした周囲の同僚や上司に相談することもできた。


原告は,予算の問題,SVレス化,現地確認ができないこと,g室長との関係等について縷々主張し,TFAP関連業務が困難な業務であった旨主張する。しかし,本件労働者がTFAP関連業務に従事した時期は,CVJ生産設備の改造をどのように進めていくかを検討していた段階で,それほど忙しくない時期であったし,そもそも大規模な改造は予定されておらず,特筆すべき課題も見当たらなかった。海外業務であることから,本件労働者が現地で確認することができないことは確かであるが,電子メールやテレビ会議
等により問題なく連絡を行うことが可能であった。また,g室長との関係についての原告の主張には何ら根拠がなく,g室長は,現地の担当者としていわば当然の対応を行っていたにすぎない。
そして,
本件労働者が既にCVJの生産準備業務について18年の経験を
有するベテランであったことも踏まえると,TFAP関連業務に上記したよ
うな多少の困難があったとしても,それにより本件労働者に過重な負荷が生じていたとはいえず,現に,本件自殺の時点で業務に特段の遅れは生じていなかった。加えて,TFAP関連業務について本件労働者の後任となった者は,本件労働者に比べて相当経験の浅い者であったが,問題なく業務をこなしていた。

さらに付言すると,本件労働者は,平成21年9月下旬にTFAP関連業務の担当になった後,わずか二,三週間後である同年10月中旬には精神障害を発病しているところ,TFAP関連業務がこれほどの短期間で精神障害を発病させるほど過大な心理的負荷を与えるものであったことを示す事実は存在しない。



2020年ビジョン関連業務について

2020年ビジョン関連業務は,日頃のルーティンワークに流されることなく将来のビジョンを考える姿勢を持つべきであるという考えの下に開始されたものであり,飽くまで将来の夢を語るような業務にすぎず,担当者に
おいて,2020年(令和2年)の計画を立案していく責任があったわけではない。このような取組を行うことができたのは,リーマンショックに起因して業務が減少したからこそである。本件労働者が2020年ビジョン関連業務を担当していた際,時間外労働をほぼ行っていなかったことにも,その負荷が過重ではなかったことが表れている。

原告は,本件労働者が主観的,断片的に会議のやり取りの結果を記録したにすぎないメモの記載から,本件労働者が上司から様々な指示を受けていた
などと詳細に主張するが,これは,実際のやり取りを推測するものにすぎない。
仮に,
本件労働者が上司から諸々の指示を受けていたとしても,
それは,
飽くまで本件労働者らが描いたビジョンに対するアドバイスにすぎず,何らかのノルマが課されていたわけではない。スケジュールについても,当初は平成21年8月までに構想をまとめる予定であったが,進捗状況を踏まえて,
同年12月まで延期されている。


その他業務について
本件労働者は,平成21年から平成22年にかけて,前記のほか,特許申請や年計業務等に従事したが,これらが過重な業務であったとは認められない。


残業規制等について

本件会社では,平成21年6月以降,原則として残業が禁止になったが,本件労働者は,同年9月には新型プリウス関連業務を終了していた。また,当時は自動車の生産台数も減っていた時期であり,生産台数が減ればラインの改造も必要なく,本件労働者の業務自体も減った時期であった。残業規制により本件労働者の業務の負担が増えた事実はない。


仮に,
残業規制や人員削減等により本業に関する業務時間が逼迫していたのであれば,2020年ビジョンという夢を語る試み,若手を鍛える試みを新たに始めようという気運が生まれるとは思われない。


原告は,本件会社においては過密労働が恒常化していたとか,リーマンショックに起因する残業規制と人員削減により業務の困難さが高まったなどと主張するが,
本件会社が労働基準法をはじめとした労働関係諸法規に違反
していた事実は認められず,原告の主張は,抽象的で裏付けに乏しいものである。


上司によるパワハラについて
原告は,本件労働者が上司からパワハラを受けていた旨主張する。しかし,dグループ長及びc室長による指導は,いずれも通常の業務指導の範囲内のも
ので,本件労働者をいわれもなく殊更攻撃したり,その人格を否定したりするものではなかった。本件労働者の直属の上司であるdグループ長は,仕事に関しては厳しい人物ではあるものの,褒めるときは褒めるなど叱責一辺倒ではなかったし,
本件労働者と他の部下との間でその扱いを異にすることはなかった。同じく,c室長も,仕事に関しては厳しい人物ではあるものの,その述べる内
容はもっともなことばかりであり,人格を否定するような発言をすることはなかった。また,仮に原告の主張を前提にしても,本件労働者がdグループ長及びc室長から叱責を受けたのは,業務に関する事項についてのみであり,業務指導の範囲を逸脱した言動があったとは認められず,その心理的負荷の程度は中にとどまる(認定基準別表1上司とのトラブルがあった参照)


第3当裁判所の判断
1精神障害に関する業務起因性の判断枠組みについて


労働者の疾病等を業務上のものと認めるためには,業務と疾病等との間に相当因果関係が認められることが必要である(最高裁昭和51年11月12日第
二小法廷判決・裁判集民事119号189頁参照)そして,

労災保険制度が,
労働基準法上の危険責任の法理に基づく使用者の災害補償責任を担保する制度であることからすれば,上記の相当因果関係を認めるためには,当該疾病等の結果が,
当該業務に内在又は通常随伴する危険が現実化したものと評価し得ることが必要である(最高裁平成8年1月23日第三小法廷判決・裁判集民事
178号83頁,最高裁平成8年3月5日第三小法廷判決・裁判集民事178号621頁参照)



現在の医学的知見によれば,精神障害発病の機序について,環境由来の心理的負荷(ストレス)と,個体側の反応性・脆弱性との関係で決まるという考え方(以下ストレス-脆弱性理論という。
)が合理的であるというべきとこ
ろ,ストレス-脆弱性理論によれば,環境由来のストレスが非常に強ければ,個体側の脆弱性が小さくても精神障害を発病するし,逆に,個体側の脆弱性が
大きければ,ストレスが小さくても破綻が生じるとされる。
(乙1,2,64の
74)


このようなストレス-脆弱性理論を前提とすれば,精神障害の業務起因性の判断においては,環境由来のストレスと個体側の反応性・脆弱性とを総合考慮し,業務による心理的負荷が,当該労働者と同程度の年齢,経験を有する同僚
労働者又は同種労働者であって,日常業務を支障なく遂行することができる者(平均的労働者)を基準として,社会通念上客観的にみて,精神障害を発病させる程度に強度であるといえる場合に,当該業務に内在又は通常随伴する危険が現実化したものとして,当該業務と精神障害の間に相当因果関係を認めるのが相当である。



そして,前記前提事実⑺のとおり,厚生労働省は,精神障害の業務起因性を判断するための基準として,認定基準を策定しているところ,認定基準は,行政処分の迅速かつ画一的な処理を目的として定められたものであり,裁判所を法的に拘束するものではないものの,精神医学及び法学等の専門家により作成された報告書に基づき策定されたものであって,その作成経緯及び内容等に照
らしても合理性を有するものといえる。そうすると,精神障害に係る業務起因性の有無については,認定基準の内容を参考にしつつ,個別具体的な事情を総合的に考慮して判断するのが相当というべきである。
2認定事実
前記前提事実,
後掲の証拠及び弁論の全趣旨によれば,
次の事実が認められる。



本件会社における生産活動等について

本件会社は,その生産活動に当たり,①異常が発生したら機械が直ちに停止し,
不良品を作らないこと自働化,

)及び②各工程が必要な物だけ流れ
るように停滞なく生産すること(
ジャスト・イン・タイム
)の2つを重視
しており,このような基本思想に基づく生産方式をトヨタ生産方式と呼んでいる。その中でも,
ジャスト・イン・タイムについては,
必要なものを,必要なときに,必要なだけという意味で用いられており,自動車のように多くの部品から組み立てられる製品を大量に,かつ効率良く生産するためには,
緻密な生産計画を立てる必要があるとされている。
(甲A36,

82の2)

本件労働者が所属した5グループは,CVJの生産設備を国内外の工場に導入することを業務としていた。なお,上記導入業務とは,以下の業務をいう。
(乙82の2)
設計部署が作成した製品の図面に基づき,当該製品をどの順番で生産するかを検討し,そのための設備について仕入先や工場と打合せを行い,決まった設備を工場に設置する。

工場に設置された設備により,試作を行い,製品の量産ができる状態にする。
量産開始後,設備の維持及び改善を行う。

本件会社においては,生産ラインの稼働能力に関する指標として,サイクルタイム
(特定の工程を完了するのに要する時間をいう。
以下同じ。及び可

動率(一定時間のうち,実際にラインが稼働していた時間の割合をいう。以下同じ。
)が用いられている。なお,本件労働者は,可動率に近い数値を簡易に把握するために,
サイクルタイムどおりに設備が稼働した場合の生産量を
基準に,実際の生産量がどれだけであったかを算定した数値(以下簡易可動率という。)を用いることがあった。
(甲A103,乙88,e,弁論の全
趣旨)


新型プリウス関連業務について

b工場では,平成20年時点で,CVJの生産ラインとして,SPGi-1,SPGi-2,SPGi-3及びSPGi-4の4つが稼働していたところ,SPGi-2ないし4について,新型プリウスのCVJを生産することができるように改造を行うこととなった。
(甲A40,乙87の2)


SPGi-2ないし4には,それぞれ,加工ライン5つ(アウター,ケージ,シャフト,インボード及びトリボード)及び組付ライン1つがあった。また,SPGi-2及び4の組付ラインは,手動によるラインであったが,SPGi-3の組付ラインは,
新型プリウスのCVJ生産のための改造に着
手する以前から,その一部が自動化されており,当該改造を行うに当たり,
その大部分を自動化することとされた。なお,本件会社において,組付ラインの大部分を自動化することは,
当時,
初めての試みであった。
(甲A40,
42,乙87の2,乙88,e)

本件労働者は,平成20年4月頃から,新型プリウス関連業務に従事することとなった。本件労働者は,主にSPGi-3の自動組付ラインの立上げ
の主担当として,e及び派遣社員のjとともに業務に従事した。本件労働者は,その他,SPGi-2及び4の組付ラインの担当者並びにSPGi-2ないし4のシャフトの加工ラインの担当者からの相談に応じることも業務としていた。
(甲A21,40,42,乙71,e)

SPGi-3の自動組付ラインの立上げについては,以下の事実が認められる。
SPGi-3の自動組付ラインの立上げについては,
平成20年10月
の時点で当初の計画から1か月半の遅れが生じていた。
(甲A16)
SPGi-3の自動組付ラインについては,可動率95%,サイクルタ
イム30秒を目標とし,平成21年4月に量産開始予定とされていた。しかし,平成20年12月23日以降,平成21年3月12日までに10回の量産試験運転が実施されたが,いずれにおいても可動率又は簡易可動率が安定して目標に達することはなかった。甲A16,

17,
45,
乙88)
その後,平成21年3月26日までの間に,可動率90%,サイクルタイム32秒で生産のピークにも対応可能であることが確認された。(甲A
45)

平成21年4月1日から量産が開始された。その頃,jが担当を外れ,その後は,本件労働者とeで業務を担当することとなった。
(甲A40,
45,乙71)
量産開始後,平成21年4月23日頃まで,可動率は70%から80%と安定しない状態が続いた。
(甲A45)

平成21年4月25日及び同月26日に実施された工事により,可動率は90%となり,その後も数値は安定したが,ラインが30分以上停止する事態
(ドカ停)
が同年5月21日頃まで度々生じていた。
(甲A45,
e)
平成21年5月21日頃以降は,毎日の出来高は概ね目標量を達成するようになり,同年6月25日頃には,主要な課題については概ね対策が完
了した。
(甲A45)
それ以降も,慢性的な不具合として,トリポード圧入不良及びインボード挿入不良等の問題が生じていた。
(甲A45)

本件労働者は,平成21年2月27日,同年3月11日,同月19日及び同月25日,ドライブトレーン生技部の部長であるk(以下k部長とい
う。に対し,

SPGi-3の自動組付ラインの不具合,
可動率及びサイクル
タイム等に関して報告し,k部長から各種の指摘を受けた。なお,ドライブトレーン生技部において,グループの主任が部長に対し定期的な報告以外に業務の進捗について報告をするのは,大きな問題が生じた場合等に限られ,まれなことである。
(甲17,52,53,乙25の1,c室長)


SPGi-3の自動組付ラインについて,
本件労働者とb工場の関係とし
て,以下の事実が認められる。
本件労働者は,平成21年3月16日,SPGi-3による量産開始に関する会議において,b工場側から,自動組付ラインの改造がとても量産に移行できるような段階ではないこと,安全・品質・コストを達成しなければならないことなどについて厳しい指摘を受けた。
(甲A17,45)

本件労働者は,平成21年5月19日,b工場における新型プリウスの量産開始に関する会議において,b工場側から,SPGi-3の自動組付ラインについて,
問題が改善しないのであれば自動化をやめることも検討
すべきであるなどと当時の状況に対して厳しい指摘を受けた。
(甲A18)
本件労働者は,前記以外にも,SPGi-3の自動組付ラインによる量
産開始(平成21年4月)の前後で,b工場担当者と適宜,やり取りを行い,
自動組付ラインの不具合について指摘を受けるなどした。
(甲A16,
17,45,50)

本件労働者は,平成21年9月下旬頃,SPGi-3の自動組付ラインの不具合対応を含む新型プリウス関連業務が収束時期にあったことから,担当
を外れることとなり,SPGi-3の自動組付ラインについては,eのみで担当することとなった。そして,eは,平成22年1月,SPGi-3の自動組付ラインに関する業務を終了した。
(甲A45,乙18,82の2)

eは,SPGi-3の自動組付ラインの立上げについて,15年以上同種業務を行ってきた現在のeの立場からすると,
その業務内容自体は大きな問

題もなくこなせる業務量であったと感じるが,他方,本件労働者は他部門との調整を上手くこなす方ではなかったため,本件労働者にとっては心理的負荷を感じる業務であったかもしれない旨供述している。
(乙71,e)

TFAP関連業務

TFAPでは,平成21年9月時点で,CVJの生産ラインとして,第1ラインないし第5ライン(以下,単に第1ラインなどと記載する。)の5
つが稼働していた。そのうち,第3ラインは,元々,中国で販売されたカムリ(以下中国カムリという。
)のCVJの加工及び組付を行うラインとし
て製造されたものであり,他の車種に流用することを予定していないものであった。また,第5ラインは,製品の加工は行わず,RAV4やハイランダー等のCVJの組付のみを行うラインであり,b工場にあるラインとほぼ同
様のラインであった。
(甲A39,乙87の2,乙88,m,h主任)

本件労働者は,平成21年9月末頃以降,f主任の後任として,TFAP関連業務に従事することとなったが,これは,本件労働者にとっては初めての海外業務であった。f主任は,本件労働者に対し,必要な書類一式を交付した上,進捗状況の説明を行ったが,特に問題は生じていない旨を述べた。
なお,f主任は,TFAP関連業務を本件労働者に引き継いだ後,5グループと同じフロアで執務するドライブライン計画室1グループで業務を行っており,席も本件労働者の近くであった。
(乙13,16,25の2,乙82
の2,f主任)

TFAP関連業務のうち,本件労働者が平成21年10月末までに担当した可能性のある業務で主なものは,
以下のとおりである。
(甲A45,
乙64
の64,乙82の2)
560L,398L及び816L(いずれも車種のコード)のCVJの組付について第5ラインに生じていた不具合への対応(以下第5ライン不具合対応業務という。。)
560LのCVJ単品を中国現地で生産できるように第3ラインに必要な改造を行う業務(以下560L現調化業務という。。

新型カローラのCVJ生産のためにラインに必要な改造を行う業務(業務のコードは023A。以下023A関連業務という。


新型カムリのCVJ生産のために第3ラインに必要な改造を行う業務(業務のコードは055A。以下055A関連業務という。

TFAPからの問合せに対する窓口業務

本件労働者が作成していた平成22年1月14日までの週報
(以下
週報
という。
)には,平成21年9月24日の週からTFAP関連業務に関する記載がみられるように

の業務については以下のとお

り記載されている。
(甲A45)

第5ライン不具合対応業務については,平成21年9月24日から同年11月5日までの5週間分の週報に記載され,具体的にはUBJ・S/A×シャフト圧入不良の問題に取り組んだとされている。560L現調化業務については,平成21年10月22日から平成22年1月14日までの11週間分の週報のうち10週間分の週報に記載さ
れているが,①TFAP主体で実施すること,及び②平成22年1月末に予定どおり完了する予定であることが一貫して記載されている。また,023A関連業務に関する記載によれば,560L現調化業務についてもメーカーSVを利用しない方向で検討が進められたことがうかがわれる。023A関連業務については,平成21年11月26日から平成22年
1月14日までの6週間分の週報のうち5週間分の週報に記載されているが,現地工事を560L現調化業務と同じくTFAP主体で実施し,メーカーSVを利用しない方向でTFAPとも合意したことが一貫して記載されている。
055A関連業務については,平成21年12月10日からの1週間分
の週報に記載されているが,今後,どこまでTFAP主体で実施し,メーカーSVを利用しないこととできるかをTFAPが判断する予定であることが記載されている。

本件労働者は,5グループのスキルドパートナー(定年後再雇用)であるlと二人でTFAP関連業務に従事したが,lは,輸出に係る手続業務を担当し,改造検討等の主たる業務は,本件労働者が一人で担当した。なお,f主任も,同様の体制で業務を行っていた。
(乙16,17,25の1)

本件労働者は,適宜,テレビ会議やメール等により,TFAP側の担当者と連絡を取っており,g室長との間でやり取りをすることもあった。なお,g室長の本件会社における職層は,
当時,
本件労働者と同じく主任であった。
(乙13,14,85,g)


本件労働者は,TFAP関連業務を担当するようになって間がない頃,b工場の海外支援グループに所属しTFAP等の海外事業体を支援する業務を行っていたmに対し,g室長からb工場海外支援グループを相手にせず,図面等が必要な場合は直接TFAPに依頼するように言われたが,どうすべきかなどと相談した。
(甲A39,m)


本件労働者は,同じ5グループの主任であるh主任に対し,主に第3ライン改造業務について,
TFAP側の要求が大掛かりな改造を要するものであ
り対応に困っている旨,度々相談をしていた。
(乙14,h主任)


TFAP関連業務については,本件自殺時点で遅れは生じていなかった。その後,dグループ長がしばらく窓口業務等を担当した上,平成22年4月
からは,当時入社5年目のnが担当することとなった。nは,前記オと同じ体制でTFAP関連業務に取り組み,
その後,
大きな問題なくこれを終えた。
(乙15,18,59の2,n)

2020年ビジョン関連業務について

ドライブトレーン生技部のk部長は,平成21年,若い従業員に夢を持って仕事をしてもらいたいとの考えの下,部全体の取組として,2020年ビジョン関連業務を開始することとし,ドライブトレーン生技部が扱う各業務について,3年後,5年後,10年後の業務のイメージ作りを行うこととした。本件労働者は,CVJ生産ラインに関して検討する10名ほどのチームの取りまとめ役を担当した。
(乙12,13,33)


2020年ビジョン関連業務については,平成21年5月29日,同年6月15日,同月29日,同年7月13日,同月27日,同年8月7日,同年9月9日にビジョンフォロー確認会が,同年11月13日,同年12月9日にビジョン進捗報告会が開催され,k部長は,それぞれに参加して,業務の進捗を確認するなどした(以下,ビジョンフォロー確認会及びビジョン進捗報告会を併せて,
部長報告会という。。
)(甲A8,9,乙80)


本件労働者は,いずれの部長報告会にも参加したほか,各回の部長報告会に先立って,室内や部内で実施された打合せにも参加した。また,本件労働者は,平成21年11月13日の部長報告会の際,事前に作成したCVJ技術の棚と題する書面(既に完了した技術とこれから開発すべき技術をまとめたもの)を用いて報告を行い,そこで受けた指示を踏まえて当該書面を
修正するとともに,2020年(令和2年)までのCVJロードマップと題する書面を作成し,平成21年12月9日の部長報告会で再度報告を行った。
なお,
上記各書面の作成に要した時間は約25時間であった。
(甲A8
ないし10,45,乙18,64の64,乙80)

2020年ビジョン関連業務は,当初,平成21年8月までに構想をまとめることとされたが,その後の進捗状況を踏まえ,同年12月まで期限が延期された。
(乙18)



労働時間等

本件労働者の1日の所定労働時間は8時間であったが,1週間の労働時間が40時間を超えない範囲で,特定の日の労働時間を8時間又は特定の週の
労働時間を40時間を超えて設定することがあるとされていた。また,所定休日は,土曜日,日曜日,本件会社が定める特定休日であった。
(乙26の1
及び2,乙29の1及び2,乙35,弁論の全趣旨)

本件会社は,
平成20年9月に起こったいわゆるリーマンショックの影響
で業績が悪化したことを踏まえ,従業員の残業の目標時間を設定することとし,同年12月から平成21年5月までの間,ドライブトレーン生技部を含む各部では,
部全体の平均の残業時間を1か月当たり10時間以内とするこ
とが目標とされていた。その後,本件会社は,従業員に対し,同年6月から平成22年夏頃までの間,
原則として残業を行わないよう要請していた。
(乙
12,82の2,弁論の全趣旨)

本件労働者の各月の超過勤務時間数(①当月中の所定労働時間外の勤務時間数の合計から,
②当月中の遅出や早退をした日の所定労働時間に不足する時間数の合計を控除して算出する。は以下のとおりである。

なお,
本件労働
者は,平成21年1月以降,1日の所定労働時間(8時間)を超えて勤務したこともあるものの,そのような場合には,当月中のその他の日に所定労働
時間(8時間)に満たない時間数で退勤することで超過勤務時間数を抑えており,残業が原則禁止となる直前の同年5月以降は,超過勤務をするにしても,1か月に数回,数時間程度行うにとどめていた。また,本件労働者は,平成21年1月以降,休日出勤をしていない。
(甲A7,乙35,64の47
及び48)

平成20年9月:59時間30分
平成20年10月:35時間30分
平成20年11月:50時間
平成20年12月:8時間
平成21年1月:4時間30分

平成21年2月:2時間
平成21年3月:19時間
平成21年4月:31時間30分
平成21年5月:7時間
平成21年6月:なし

平成21年7月:なし
平成21年8月:なし
平成21年9月:なし
平成21年10月:なし
平成21年11月:なし
平成21年12月:なし
平成22年1月:2時間


本件会社は,内部資料の社外への持出しを禁止していたため,本件労働者は,自宅で仕事をすることはなかった。
(甲A1,乙13)



上司の言動等

dグループ長は,本件労働者に対し,SPGi-3の自動組付ラインの立上げの業務に問題が生じるようになった平成20年末頃から,本件労働者が
作業の進捗状況の報告等を行う際に,1週間に1回ほどの頻度で,大きな声で叱り付けるようになった。c室長も,本件労働者に対し,執務フロアにいる多くの従業員に聞こえるほどの大きな声で叱り付けることがあった。本件労働者は,dグループ長又はc室長から叱られた直後は,落ち込んだ様子を見せていたが,そのような状態が尾を引いている様子はなかった。(甲A4

0,乙14,71,e,h主任)

eは,主に議事録を提出した際,本件労働者と同じようにdグループ長及びc室長から叱責を受けていた。は,
e
平成21年4月又は同年5月頃には,
怒られるために出社しているような状態であると感じるようになり,同年10月には,そのような状況を苦にして退職を決意し,平成22年2月に転職
先を見つけ,同年6月1日,本件会社を退職した。なお,eは,dグループ長は一方的に叱責をするのみで指導や提案をすることはなかったが,c室長は叱責をするものの,筋の通らないことは言わず,叱責の後には方向性を示してくれると感じていた。
(甲A40,乙71,e)


精神科の受診等

本件労働者は,平成21年12月12日,本件労働者の様子を心配した原告の勧めにより,oメンタルクリニックにおいてp医師の診察を受けた。本件労働者は,
その際,
p医師に対し,
大要,
①2か月前から食欲もなくなり,
不眠の症状が生じていること,②その頃,国内業務から中国業務に変更になって,仕事上の悩みが多くなり,仕事の進め方も全く分からないこと,③現地の日本人スタッフと相性が良くないこと,④上司が厳しい人であり,相談
しにくいこと,
⑤他に相談できる相手がおらず,
一人で抱え込んでいること,
⑥仕事が上手くいけば症状は改善すると思うがそう簡単にいくとは思えないこと,⑦飽くまで自分の問題であり,診察を受けても悩みがなくなるとは思っていないこと,⑧似た症状は以前にもあったが,今回が症状としては最も顕著であることを述べた。また,原告は,p医師に対し,本件労働者は以
前にも落ち込んでいるときがあり,いつかは診察を受けることになるであろうと思っていた旨を述べた。
(甲B1,2,乙9の2)

p医師は,本件労働者について,外見的には抑うつ的にみえないものの,心理テストの結果や問診内容によれば抑うつ状態及び不安状態にあるものと判断し,
診療録上の傷病名として,
うつ病
と記載した。
また,
p医師は,

本件労働者に対し,睡眠を十分に取ること,このままでは仕事に行けなくなるため状況を改善する必要があること,妻(原告)や上司,あるいは中国の現地スタッフとコミュニケーションを取るようにすることが重要であることを説明し,薬を処方した。
(甲B1ないし3,乙9の1及び2)

本件労働者は,p医師の診察を受けた後,原告に対し,自身の悩みについて話すようになり,具体的には,薬を飲んでも効果がないこと,仕事で上司から罵声を浴びせられること,それは今までに経験したことのないひどい叱られ方で自分が駄目な人間であると悲しく思うほどであり,自信喪失にもなること,
それでも本件労働者一人で仕事を進めないといけないことなどを述べていた。
(甲A3,乙11,原告)


愛知労働局地方労災医員協議会精神障害専門部会(以下専門部会という。
)は,平成24年10月17日付けで,p医師の診察の結果を踏まえれば,本件労働者に発病した精神障害は,ICD-10のF32うつ病エピソードであり,発病時期は平成21年10月上旬頃である旨の意見書を作成した。
(甲B4,乙8)
3平成21年9月末までの心理的負荷の強度について
以下では,
本件労働者が遅くとも平成21年10月中旬頃までにはICD-10のF32うつ病エピソードを発病していたことを前提に,まずは,同年
9月末までの業務上の心理的負荷の程度について検討する。

新型プリウス関連業務について

本件労働者は,
主にSPGi-3の自動組付ラインの立上げに係る業務を
担当していたところ,当該業務については,以下の事実を指摘することができる。
本件会社が採用するトヨタ生産方式及びジャスト・イン・タイムの思想からすると,本件会社において,自動車の部品の生産ラインが量産に入る
時点で,
目標とされた可動率及びサイクルタイムを実現していることは重
要な意味を持つ。
(e,m,h主任)
SPGi-3の自動組付ラインは,平成20年末頃に量産試験運転を開始して以降,平成21年4月の量産開始時点においてもなお,目標の可動率を実現することはなく,同月25日及び同月26日に工事が実施される
まで,
可動率がピーク時にも対応可能な90%で安定することはなかった。また,同年5月21日頃までは,ラインが30分以上停止する事態が度々生じていた。
ドライブトレーン生技部においては,部長が各室のグループの主任に対し業務の進捗状況の報告を求めるのはまれであり,これは大きな問題が生
じた場合等に限られるところ,本件労働者は,k部長に対し,平成21年2月から同年3月にかけて4回,SPGi-3の自動組付ラインに関する報告をしており,本件労働者の担当していた業務の状況が,ドライブトレーン生技部においても相応の問題として扱われていたことを示している。SPGi-3の自動組付ラインの立上げに前記のような問題が生じていることについては,実際にラインで部品を生産することになるb工場側からも様々な懸念が示され,本件労働者は,主担当としてこれに対応する
こととなった。
本件労働者は,
SPGi-3の自動組付ライン立上げに係る業務につい
て遅れが生じ始めた平成20年末頃から,
dグループ長に1週間に1回ほ
どの頻度で,
大きな声で叱責を受けるようになった。
また,
本件労働者は,
c室長にも多くの従業員に聞こえるほどの大きな声で叱り付けられるよ
うになった。その程度は,同様の叱責を受けていたeをして,本件会社の退職を決意させるほどのものであり,本件労働者も,これを苦に感じており,また,dグループ長及びc室長に対し,相談しにくさを感じていた。なお,dグループ長は,大声で怒鳴り付けるようなことはしていない旨供述し
(dグループ長)c室長は,

本件労働者とは仕事のことで話すこと

はほとんどなく,
叱った記憶もない旨供述する
(乙12,
c室長)
ものの,
自己の退職理由を具体的に説明するeの供述や本件労働者がp医師や原告に述べた内容に反するほか,dグループ長及びc室長が厳しい口調であったとするh主任の供述(乙14,h主任)とも整合せず,採用できない。イ
以上によれば,本件労働者は,SPGi-3の自動組付ラインの立上げに係る業務について,本件会社において重視されている目標を実現することができず,本件労働者が何らかの不利益を受けたわけではないものの,そのような事態が所属している部内でも相応の事態として扱われ,他部門からも様々な指摘がされていた。加えて,本件労働者は,上司2名から,その業務
について,度々強い叱責を受け,相談のしにくさを感じてもいた。これら事実は,
本件労働者にとっては相応の心理的負荷になる事情であったと認められる。

原告は,前記で検討した事実に加え,①3つのラインの同時立上げは,本件会社においても注目を集めた大掛かりなものであったこと,
②自動組付ラ
インの立上げは,本件会社にとって初めての試みであり,さらに,トレーサビリティやオメガクランプ等,新しい取組を行ったこと,③残業規制下で労
働密度が非常に高かったこと,④人員が削減されたことなどを指摘する。エ
しかし,原告の前記ウの指摘については,以下のとおり,前記ア及びイで検討した以上に,心理的負荷として考慮すべき事情であるとはいえない。本件労働者は,SPGi-3の自動組付ラインのほか,他の組付ライン
又は加工ラインの担当者から相談を受ける業務を行っていたものの,新型プリウスのCVJ生産ライン3つをb工場に導入する業務の全体を総括していたわけではない。原告は,dグループ長が,本件労働者に対し,平成21年1月20日の面談の際,新型プリウスのCVJの生産ライン導入の全体を見てほしい旨を述べていたこと(甲A11)を指摘するが,全体
を総括する責任を負うことまで求める趣旨であったとは認められない。本件会社は,
その大部分を自動化した組付ラインを立ち上げるのが初め
てであったものの,eが供述するとおり,SPGi-3の自動組付ラインの立上げに係る業務の内容自体は,CVJの生産準備業務について長年の経験を有する者にとっては過重なものではなく,
前記ア及びイで検討した

以上に,
その業務の新規性故に本件労働者に心理的負荷が生じていたよう
な事情は見受けられない。原告は,トレーサビリティやオメガクランプといった新しい取組が行われた旨も指摘するものの,そのような新しい取組を行ったことも含めた業務を行った結果として,前記アのような事態に至っており,これについては既に前記イのとおり評価済みであるから,原告
が指摘する新規性のある取組を独立して心理的負荷となり得る事由として検討するのは相当ではない。
本件会社は,平成20年12月から残業規制を開始し,本件労働者も,それ以前に比べて大幅に超過勤務時間数を減少させたことが認められる。しかし,本件労働者は,SPGi-3の自動組付ラインの量産開始に近接した時期であって当該ラインに係る問題に最も重点的に取り組んだものと思われる平成21年3月及び同年4月には,19時間及び31時間30
分の超過勤務を行っており,必要な超過勤務を行うことはできていたものと認められる。その後,本件労働者は,同年5月には7時間の超過勤務にとどまり,同年6月以降は残業が原則禁止となったため,超過勤務を行っていないところ,その頃には,上記ラインに関する問題は収束を見せ始めていた。

原告は,残業規制下での勤務であったことを心理的負荷となる事情として主張するところ,確かに,このような規制が存在したことにより,従前に比べて労働密度が高くなることは十分あり得ることではあるものの,2020年ビジョン関連業務やその他の担当業務を踏まえても,本件労働者が,残業規制下では処理することが困難な業務量を担っていたとか,その
業務の遅れにより何らかの不利益を受けたなどという事情は認められない。
jは,
平成21年4月頃にSPGi-3の自動組付ラインの立上げに係
る業務の担当を外れたことが認められるものの,これは,その時点で量産開始に至ることができたからであり,eも,人員削減による影響はそれほ
どなかった旨供述している(乙71)



2020年ビジョン関連業務について

原告は,①本件労働者は,2020年ビジョン関連業務を実質一人で担当していた,②2020年ビジョン関連業務は,当初は夢を語るようなもので
あったものの,本件労働者が作業をこなしていくに従って難しい業務を追加されており,指示も一貫していなかった,③10年先あるいはもっと先の将来の状況を予測することは,本来,経営者や管理職が行うべきで,一担当者が行うのは酷である,④k部長らは,会議の度に指示を出し,次の会議までの実現を求めており,本件労働者にとっては緊急の業務かつ裁量性のない業務であった,⑤生産準備業務を担当するドライブトレーン生技部は,将来の会社の利益になるように量産の設備の開発を進めていく必要があるところ,
2020年ビジョン関連業務は,まさにその本来の任務であるし,現に,メンバーは何度も報告を行い,これに対して上司が厳しく細かい注文をしていることからも,
重要で責任の重い業務であったことが現れているなどと主張
し,
その業務内容自体を心理的負荷となり得る事情として考慮すべきである旨主張する。


しかし,本件労働者は,飽くまで,CVJに関する検討を行うチームの取りまとめ役であり,本件労働者が作成したメモ(甲A8,9)からも,本件労働者が他の従業員と共同で業務に当たっていたことは明らかである。また,本件会社が2020年ビジョン関連業務を業務として従業員に取り組むように指示している以上,業務の進捗に従って追加の指示がされるのは当然で
あるばかりか,本件労働者が作成したメモ(甲A8,9)を見ても,従前の成果を覆滅させたり,
事後対応に過重な負担が生じたりするような指示がさ
れていたとは認められない。また,2020年ビジョン関連業務は,本件会社における今後のCVJの生産について,経営責任が伴うような明確な方向性を示すことが求められていたわけではないことは明らかである。

以上によれば,2020年ビジョン関連業務は,その業務内容自体に本件労働者と同程度の経験を有する者にとって,過重な心理的負荷になり得るような要素が含まれていたとは認められず,原告の前記主張を採用することはできない。



その他業務について
原告は,本件労働者が前記で検討した以外の業務(前記前提事実⑵キ及び

参照)にも従事した旨指摘する。しかし,本件証拠上,これら業務により,既に検討したところと別個に考慮すべき心理的負荷が生じていたとは認められない。


まとめ
以上検討したところからすれば,平成21年9月末までに本件労働者に生じ
ていた心理的負荷としては,前記⑴ア及びイに記載したとおり,①重視されていた目標を実現できなかったこと,②上司であるdグループ長及びc室長から叱責を受けていたという事情を考慮できるにとどまる。そして,上記①は,何らかのノルマが達成できなかったことに類するものの,これにより本件会社の経営に影響を及ぼし,
あるいは事後対応に多大な労力を費やしたという事実は

認められない。また,上記②は,dグループ長によるものが週に1回程度であったことやc室長によるものが多くの従業員に聞こえるような大声であったことは軽視し難いものの,それらが本件労働者に対する業務指導の範囲を逸脱しており,
その中に本件労働者の人格や人間性を否定するような言動が含まれ,あるいはこれが執拗に行われたものとは認められない。

そうすると,上記①及び②の事情による心理的負荷の程度は,本件労働者と同程度の経験を有する同種労働者を基準にしても決して弱いものではないとはいえるものの,多くても中と解され,一般に精神障害を発病させるほどの心理的負荷であったとまでは認められない。
4平成21年9月末以降の心理的負荷の強度について
以下では,本件労働者が遅くとも平成21年10月中旬頃までには,ICD-10のF32うつ病エピソードを発病していたことを前提に,同年9月末
以降の業務上の心理的負荷の程度について検討する。

TFAP関連業務について

TFAP関連業務について,①本件労働者は,平成21年9月末頃,それまでは国内業務を担当した経験しかなかったところ,初めての海外業務としてTFAP関連業務を担当することとなった一方,
②dグループ長及びc室
長による前記のような叱責が続いていたため,本件労働者は,新しく担当する業務であるにもかかわらず,dグループ長及びc室長に対してTFAP関連業務について相談しにくい状況が続いていたことを指摘でき,これらは,本件労働者にとって心理的負荷となり得る事情であったと認められる。

原告は,
前記に加え,
TFAP関連業務について,
①本件会社が,
当時,
中国市場を戦略的に重視していたことに加え,リーマンショック後の情勢下で現調化を進めており,このような当時の本件会社の喫緊の方針に適った重要かつ緊急の業務であったこと,②現に稼働しているラインの不具合に対応する業務である以上,緊急に対応する必要があったこと,③本件労
働者にとって初めての海外業務であるにもかかわらず,事実上一人で担当することとなったこと,④f主任からの引継ぎが不十分であったこと,⑤安価に作られた汎用性のない第3ラインに汎用性を持たせることが求められたが,本件会社が極端な経費節減を行っていたため,本件労働者が予算を掛けずに業務を行わざるを得ず,専門家であるSVを派遣することな
く,TFAPに改造等の作業を行わせる必要があったこと,⑥現地のg室長との交渉が困難なものであったこと,⑦現地に行って現物を確認することができなかったこと,
⑧残業規制下で労働密度が非常に高かったことな
どを指摘する。
また,本件労働者は,p医師に対し,TFAP関連業務に変更になり仕
事の進め方が分からないこと,g室長との関係に悩んでいることを述べ,mやh主任に対しても,
g室長との関係やTFAP関連業務について相談
をしていたことが認められる。

しかし,原告の前記イ

の指摘については,以下のとおり,前記アで検討

した以上に,心理的負荷として考慮すべき事情であるとはいえない。使用者の方針に沿う重要な業務であるということのみでもって,業務内容自体の心理的負荷に直結するとはいえない。
本件労働者は,第5ライン不具合対応業務に従事したものの,スケジュールの遅れ等,何らかの問題が生じていた事実は認められず,不具合対応の業務であることのみでもって,考慮すべき心理的負荷が生じていたとは認められない。
一般に,
初めて海外業務を担当することになる従業員に対しては配慮が
必要な場面もあり得るとは思われるものの,TFAP関連業務のうち本件労働者が担当した部分は,現地に行って確認することができないことのほかに,海外業務であること特有の問題があったとは見受けられない。そし
て,現地で現物を確認することができないことは,国内業務にはない困難な点ではあったと思われるものの,各種通信手段を用いることは可能であるし,f主任及びnも,本件労働者と同じ体制で業務をこなしていたばかりか,
そのことにより何らかの具体的な問題が生じた事実も認められない。そうすると,CVJの生産準備業務について既に18年以上の経験を有し
ていた本件労働者にとって,
TFAP関連業務のうち本件労働者担当部分
を一人で担当することが,
特段の困難が生じるような業務であったとは認
められない。
f主任からの引継ぎについては,その内容が不十分であり,これにより本件労働者の業務の進行に支障が生じていたような事実は認められない。
また,f主任は,TFAP関連業務を本件労働者に引き継いだ後も,本件労働者と同じドライブライン計画室の他のグループに所属し,本件労働者の近くの席で業務を行っており,仮に引継ぎに不十分な点があれば,本件労働者は必要な確認を行うことも可能であった。
第3ラインは,
当初,
中国カムリの専用ラインとして製造されたもので,

汎用性を持たせることが予定されていなかったこと,本件労働者は,このような第3ラインについて,560L現調化業務及び055A関連業務として他の車種の部品生産もできるよう改造する業務を行ったこと,本件労働者は,
いずれの改造についても専門家であるメーカーSVを利用せずに
行うことができるかどうかを検討し,TFAP側と協議を行っていたこと,本件労働者は,
TFAP側からの提案が多額の費用を要するものであった
ため対応に苦慮していたことが認められる。しかし,560L現調化業務及び055A関連業務について,スケジュールの遅れ等,何らかの問題が生じていた事実は認められないし,本件会社が本件労働者に対し達成困難なノルマを課していたとか,TFAPが本件労働者に対し,無理な要望を行い,
本件労働者がこれに対する対応を強いられたなどという事実も認め
られない。
g室長との関係について検討するに,原告は,本件会社の海外担当者は一般に現地の事情を優先しがちであるところ,g室長はその傾向が特に強い人物であった旨主張し,本件労働者は,現にg室長とのやり取りや関係構築に悩みを感じていたことが認められる。しかし,f主任は,g室長に
ついて,
仕事に関して細かく筋の通らないことには妥協しない人物であり,きっちりと説明をしないと理解してもらえない場合もあるものの,特異な人物であるとは思われない旨供述し(乙16,f主任)
,lも,g室長は筋
道の通った話をする人物で一方的な態度を取ることはなく,その要求も現場として当たり前のものばかりであった旨述べ(乙17,20)
,h主任

も,同様の供述をするにとどまっており(乙14,h主任)
,g室長が,本
件労働者に対し,業務として相当な範囲を超えて,心理的に追い込むような態様で,
一方的に過度な要求を行っていたなどという事実は認められな
い。なお,本件労働者は,mに対し,g室長からb工場海外支援グループを相手にせず図面等が必要な場合は直接TFAPに依頼するように言わ
れた旨相談していたことが認められるが,
そもそも,
上記発言の内容自体,
趣旨が明らかではなく,g室長がこのような発言をしたという事実を支える証拠もない。
また,
原告は,
本件会社は極端なヒエラルキー組織であり,
主任の立場の本件労働者が室長の立場にあるg室長に対し意見を述べることはほとんど不可能であったと主張するが,
g室長の本件会社における
職層は本件労働者と同じく主任であり,原告の主張は採用できない。本件会社においては,平成21年6月以降,残業が原則禁止となったた
め,本件労働者も同年9月及び10月には,超過勤務を行っていない。しかし,既に検討したところと同じく,このような規制が存在したことにより,従前に比べて労働密度が高くなることは十分あり得るものの,2020年ビジョン関連業務やその他の担当業務を踏まえても,本件労働者が,残業規制下では処理することが困難な業務量を担っていたとか,その業務
の遅れにより何らかの不利益を受けたなどという事情は認められない。⑵

2020年ビジョン関連業務について
前記3⑵と同じく,2020年ビジョン関連業務は,その業務内容自体に本件労働者と同程度の経験を有する者にとって過重な心理的負荷になり得るような要素が含まれていたとは認められない。なお,本件労働者は,平成21年
10月までの間に,
同年11月13日及び同年12月9日の部長報告会で用い
る資料作成を行っていたことが認められるものの,これにより,他の業務が逼迫していたなどという事実は認められない。


その他の業務について
前記3⑶と同じく,本件証拠上,本件労働者が従事していたその他の業務に
より,
既に検討したところと別個に考慮すべき心理的負荷が生じていたとは認められない。


まとめ
以上検討したところからすれば,平成21年9月末から同年10月中旬頃ま
での間に本件労働者に生じていた心理的負荷としては,前記⑴アに記載したとおり,①業務内容に変更があったこと,②dグループ長及びc室長からの叱責が続いていたことにより本件労働者がdグループ長及びc室長に対し相談をしにくい状況が続いていたことを指摘することができるにとどまる。そして,上記①は,これにより仕事量が著しく増加し,あるいは過去に経験したことがない仕事内容に変更となって常時緊張を強いられる状態になったものとは認められない。また,上記②は,前記のとおり,それらが本件労働者に対する業務指導の範囲を逸脱しており,その中に本件労働者の人格や人間性を否定するような言動が含まれ,あるいはこれが執拗に行われたものとは認められない。そうすると,上記①及び②の事情による心理的負荷の程度は,前記3で検討したところと同じく,本件労働者と同程度の経験を有する同種労働者を基準に
しても決して弱いものではないといえるものの,多くても中と解され,一般に精神障害を発病させるほどの心理的負荷であったとまでは認められない。5総合評価
以上検討したところによれば,平成21年9月末頃までの間に本件労働者に生じていた業務による心理的負荷,及び同月末頃以降同年10月中旬頃までの間に
本件労働者に生じていた心理的負荷については,いずれもその程度は精神障害を発病させる程度の強度であったということはできない。そして,これら心理的負荷は,dグループ長及びc室長による叱責の点で,相互に関連し,連続して生じたものであるが,その内容や態様に照らすとき,これらを総合して評価するとしても,その程度が強に至るとは認められない。よって,本件労働者が平成2
1年10月中旬頃までに発病した精神障害と本件会社における業務との間に相当因果関係を認めることはできない。
第4結論
以上のとおり,本件各処分は適法にされたものというべきであり,原告の請求は理由がないから,いずれも棄却することとして,主文のとおり判決する。
名古屋地方裁判所民事第1部

裁判長裁判官

井上泰人
裁判官

伊藤達也井上泰人
裁判官野村武範は転補のため署名押印できない。

裁判長裁判官
別紙1
(省略)

別紙2
(省略)

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