判例検索β > 令和2年(う)第32号
殺人未遂被告事件
事件番号令和2(う)32
事件名殺人未遂被告事件
裁判年月日令和2年9月1日
裁判所名・部広島高等裁判所  第1部
結果破棄自判
原審裁判所名山口地方裁判所
原審事件番号平成31(わ)68
判示事項の要旨殺人未遂の事案において,殺意をもって被害者を刺突した旨の被告人の捜査段階の供述の信用性に疑いを入れる余地はなく,刺突行為が統合失調症の症状である作為体験によるものであったとの鑑定は前提条件を異にするものであって採用できないとして完全責任能力を肯定し殺人未遂罪の成立を認めた第1審判決は,鑑定事項として検討されるべき作為体験の存否を精神鑑定の前提条件となる事実関係と位置付け,鑑定を踏まえた多面的な検討を経ずに不十分な論拠の下に捜査段階の供述の信用性を肯定し,その反面,判断過程に不合理性のない鑑定及び起訴後の供述の信用性を排斥したものであって,その判断は論理則,経験則等に照らし不合理といわざるを得ないとして,原判決を破棄した上自判し,心神喪失の疑いがあるとして無罪を言い渡した事例
裁判日:西暦2020-09-01
情報公開日2020-11-02 12:00:25
裁判所の詳細 / 戻る / PDF版
令和2年9月1日宣告

広島高等裁判所

令和2年(う)第32号

殺人未遂被告事件

原審

平成31年(わ)第68号

山口地方裁判所

主文
原判決を破棄する
被告人は無罪

第1
1由
控訴趣意等
本件控訴の趣意は,弁護人濵田隆弘作成の控訴趣意書に記載されているとおり
であるから,これを引用する。論旨は,被告人は統合失調症の精神症状である作為体験により,
自己の意思とは関係なく体が動いたために長女を刺したものであって,殺意及び責任能力が否定されるべきであるから,完全責任能力を肯定し殺人未遂罪の成立を認めた原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認がある,というのである。
2
本件は,被告人が,自宅台所において,同居の長女Aに対し,殺意をもって,
背後から腰背部を出刃包丁で1回突き刺した(以下本件刺突行為という。)が,Aに取り押さえられて未遂に終わったとされる殺人未遂の事案である。公判前整理手続において確認された争点整理の結果は,客観的に,被告人が公訴事実の態様でAを刺して傷害が生じたこと,被告人が本件当時統合失調症に罹患していたこと,本件までのAの言動については,格別争いがない。これを前提に,検察官は,被告人は本件までのAの言動に対する怒りや恐怖心から突発的に殺意を抱いてAを刺したのであり,統合失調症の影響は受けておらず,完全責任能力であったと主張するのに対し,弁護人は,被告人は,統合失調症による作為体験に支配されて被告人の意に反して被害者を刺さざるを得なかったので殺意はなく,心神喪失であったと主張する。というものである。原判決は,殺意をもって刺突行為に及んだとする被告人の捜査段階の供述の信用
性に疑いを入れる余地はなく,行為当時に作為体験があったとする鑑定は,前提条件を異にするものであって採用できない旨説示し,完全責任能力状態での殺人未遂罪の成立を認めて被告人を懲役2年6月に処し,その刑の執行を4年間猶予する旨の判決を言い渡した。
3
しかしながら,原判決の前記判断は論理則,経験則等に照らし不合理であり,
判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認があるといわざるを得ず,破棄を免れない。
第2
1
原判決の内容等
原判決が認定した客観的事実

争いのある被告人の行為当時の主観面を除き,本件刺突行為前後の客観的な状況についての原判決の説示内容は記録に照らし是認できるところであり,これを改めて整理して摘示すると,以下のとおりである。


被告人は,平成6年8月頃に統合失調症を発症し,平成31年3月当時も通
院を継続しながら,被告人方において,被告人の夫B及び被告人夫婦の長女A,長女の子(以下孫という。)と4人で生活していた。


Aは,適応障害やパーソナリティ障害の診断を受けて通院していた。被告人
は,かねてより,Aから,バカボケ等の暴言,髪を引っ張る,物を投げる,蹴る等の暴力,孫の世話等の家事を押し付ける等の行動にストレスを感じつつも耐え忍んでいた。


Aは,平成31年3月5日から6日にかけて,被告人方において,被告人に
対しお前は馬鹿か等と罵り,その髪を切る,2階で使用していた電気ストーブを1階まで引きずり落として壊す,被告人の通報で警察官が臨場すると包丁を持ち出して自分の腹部に突き付ける仕草をする,B保管のトロフィーを破壊する,被告人の首を締める,2階にあったCDラジカセをゴルフクラブで破壊して1階に落とす,1階台所にかけてあった被告人の姑の写真が入った額縁を破壊してナイフを突き立てる,
2階に置いてある布団に煙草を押し付けて焦がす,
といった行動をした。

Aは,同月6日午後2時30分頃,Bが孫の迎えに行って家の中で被告人と二人きりになると,被告人に対し,その手首にガラス片を近付けた上で,Bが酒を飲んだら被告人が手首を切る旨一方的に約束させていたことを持ち出し,

あんたが死ぬんよ。

と述べるなどした。⑷

被告人は,同日午後3時30分頃,被告人方1階台所に立って食事の支度を
するふりをしていたところ,台所へやってきたAが冷蔵庫から物を取り出そうとして被告人に背を向けた際,流し台の扉を開けて包丁差しから出刃包丁を取り出し,Aの腰背部を同包丁で1回突き刺した(本件刺突行為)。


刺されたAは,被告人を仰向けに取り押さえて110番通報した。この際,
被告人はAに対し,

お母さんがやったんじゃない。病気がやったんよ。

等と発言した。
本件刺突行為から約15分後に警察官が臨場すると,被告人は,警察官に対し,

我慢の限界だったんです。喧嘩をして刺しました。

娘が暴れて物を壊すんです。この額縁も娘が壊したんです。

等と述べた。2
被告人供述の要旨
本件刺突行為前後の被告人の主観面について,原判決が説示する被告人の捜査段
階の供述及び起訴後の供述(起訴後の供述には,公判供述のほか鑑定面接の際の被告人の説明内容を含む。以下同じ)の各要旨は次のとおりである。⑴

捜査段階の供述の要旨

当日,Aにガラス片で手首を切ろうとされた後,これまでのAの暴言や暴力が走馬灯のように頭に浮かび,Aを殺すしかない,もう我慢ができないと思った。疲れてきて台所の隣室で横になっていた際,Aがお風呂に入っているときに蓋をして溺れさせたり首をロープで締めたりする殺害方法を考えたが,抵抗されるとできないと思った。包丁を買ってくることも考えたが,家にある包丁を使うのが手っ取り早いと思った。Aが近づいてくる足音が聞こえ,怖いと思うとともに,早く包丁で刺したいとも思い,Aが隙を見せるのを待つことにして,台所に行って食事の支度をするふりをしていた。Bがいると包丁を取り上げられて邪魔され,孫がいると衝撃的な場面を見せることになるので,Aを殺すのはAと二人きりになった今しかないと思った。包丁を持って前から行くと邪魔されるので背中から行こうと考えており,Aが背中を向けるのを待っていた。Aが冷蔵庫の前で背中を向けたので,隙ができたと思い,流し台の下の扉を開けて包丁差しから一番切れると考えた出刃包丁を選んで取り出し,Aの背中に振り下ろした。(原判決)⑵

起訴後の供述の要旨

Aからガラス片で手首を切られると思い,台所の隣室では殺されるんじゃないかと恐怖で一杯だった。このままでは何かされると思って台所に行き,Aが冷蔵庫のところに来たときには恐怖がどんどん大きくなっていた。包丁がしまってある流し台の下の扉を開けるときからAによる110番通報が終わるまで,守護霊に操られていた。守護霊に操られている最中も意識はあり,自分としてはAを刺したくなかったが,守護霊に抵抗することはできなかった。事件前から病気の影響があると罪が軽くなることを知っており,Aと離れるために少しでも罪を重くして刑務所に行きたかったので,取調べ等では守護霊のことは話さなかった。平成31年3月25日,同日選任された国選弁護人と接見した際に罪を重くするような弁護はできないと言われ,起訴当日の同月28日の同弁護人との接見の際に守護霊のことを初めて話した。(原判決)3
50条鑑定の要旨
原判決は,作為体験の存否を鑑定の前提条件となる事実関係と位置付けたことも
あって,鑑定の詳細に言及していないが,当審でその要旨を示すと,以下のとおりである。


病歴について

被告人は平成6年頃に統合失調症を発症し,その頃の症状は,幻視,幻聴,宗教妄想,憑依妄想,作為体験,独語等の陽性症状であった。平成23年頃からは,無為自閉的生活,自発性の低下,感情鈍麻,生活能力の低下などの陰性症状が認めら
れた。発症当時は陽性症状が主症状で程度も重かったが,現在までに長期経過し,精神科治療がされてきたこともあり,今も陽性症状のいくつかは残存しているが,生活に支障のない程度となり,一方,陰性症状や認知障害が徐々に顕在化してきたという経過をたどっている。


作為体験について

統合失調症の自我障害の一つに作為体験がある。作為体験は,自分の思考や行動を,自分がやっているのではなく,他者にさせられていると感じる体験である。自分の行動をあっ,やってるなと思いながら体験しているイメージで,自分の行動が私自身の営みとしては体験されない。自我障害(作為体験)は統合失調症に特徴的な症状と言われ,
診断基準の一つ,
DSMでは
奇異な妄想
に含まれる。
被告人は,作為体験について,守護霊が体の中に入っていて,自分が危険な時に注意してくれたり,出てきて体を勝手に動かして守ってくれたりする。その時は,体が浮ついて,別のものがいるような感じで,違和感がありしっくりこない。守護霊は絶対的なもので,抵抗できない。と説明している。体を動かす主が守護霊であり,絶対的なもので抵抗できず,自分を守ってくれるよい存在のため,なくなってほしくないと思っているのが特徴的である。この症状は,発症当時から現在まで継続していて,現在,被告人はこれを統合失調症の症状として理解できている。被告人が述べる,守護霊に体を操られる感じや,絶対的で抵抗できないという感覚は,統合失調症の作為体験として説明可能である。


ストレスと本件刺突行為の関係について

ストレスにより統合失調症が増悪することは,ストレス脆弱性モデルとして一般的によく言われている。被告人は,統合失調症に長年罹患し,そのような脆弱性を有していたところ,Aから長年にわたり,暴言や暴力を受けていたストレスを背景に,犯行前日からの暴言,暴力等により,我慢ができなくなり,Aに対する憎しみが増し,Aから離れたいという思いが強まったため,急激に作為体験が再燃し,意思と無関係に守護霊に身体を動かされ,本件刺突行為につながった。その結果,逮
捕勾留されてAと離れることができたことについて,被告人は,守護霊が守ってくれたのだと解釈している。
被告人が本件刺突行為の直後,Aに

病気がやったんよ。と発言しているのは,

本件刺突行為が作為体験によるものであることを理解していたためと解釈できる。⑷

本件刺突行為後の被告人の発言について

被告人は,逮捕時,精神障害を理由に免責されることがあるということを理解していたが,

病気のせいにすると罪が軽くなる,殺意があると言えば罪が重くなる。刑務所に入って娘と離れたい。

という理由で,病気の影響がなかった旨の虚偽の説明をした。
統合失調症の患者がそのような虚偽を述べることができるかどうかは,一般的に言えるものではなく,被告人の場合,虚偽を述べる能力があったからできたのだと思われる。


結論

本件刺突行為当時,被告人は,統合失調症の陽性症状である作為体験が生じ,守護霊によって自己の意思と関係なく体を動かされてAを刺してしまったものである。被告人の統合失調症の症状は重く,精神障害が本件犯行に与えた影響は強い。第3
1
検討
被告人が統合失調症に罹患していたことに争いはなく,
本件の実質的な争点は,

行為当時,統合失調症の陽性症状である作為体験が出現し,その精神症状の影響を受けて行為に及んだかどうかである。この点は,裁判員法50条の鑑定手続実施決定がされる前の段階から予定主張記載書面で主張されており,精神障害の有無及びその程度,精神障害があるときはその精神障害が本件犯行に与えた影響の有無ないし機序(影響の仕方)という本件鑑定事項において検討されるべき主題となっていたことは明らかである。
本件では,
行為当時の主観面に関する被告人の供述に,
前記のとおり捜査段階と起訴後とで変遷があり,作為体験の存否の判定に当たり,相異なる供述のそれぞれについて信用性をどう評価するかという,事実認定における証拠評価と実質的に共通する作業が鑑定においても求められたことになる。一般
的にいえば,鑑定の対象となる者が罪の免責あるいは刑の軽減を図る動機から精神症状があったかのように装う供述をする可能性もないではなく,鑑定人としては,裁判所から交付された一件資料のほか,過去の診療録,鑑定面接,諸検査,親族等からの事情聴取,鑑定留置中の行動観察等により得られた幅広い情報を基礎にし,専門的知見に基づき,対象者が供述する内心等の状態が精神症状の現れと見て精神医学的に矛盾がないか等の観点から供述の信用性を慎重に吟味する必要があり,その検討作業は正に鑑定の本分に属することといえる。その際,鑑定人が,検討の基礎に置くべき資料を考慮せず,あるいは信用性評価の前提事実となる事実関係の認識に誤りがあったというような場合には,鑑定の合理性が否定されることはあり得ると考えられる。しかし,そのような事情がなく,相当な資料を基礎として専門的知見に基づいた供述の信用性評価が行われ,それを前提に鑑定事項に対する見解が示された場合,その判断過程に不合理な点がない限り,鑑定は基本的に尊重されるべきものといえる。このような観点から,本件の鑑定についてみると,鑑定人の専門性,鑑定が基礎とした資料,鑑定手法に問題はなく,専門的知見に基づく判断過程を検討しても不合理な点は見当たらない。被告人が供述する過去の作為体験については,過去の診療録中にも同様の症状を被告人が訴えた旨の記載が散見されるところであり,鑑定内容は客観的資料によっても裏付けられているといえる。2
これに対し,原判決は,被告人の捜査段階の供述の信用性を検討し,その信用
性が高いとする一方,作為体験があったとする起訴後の供述について,犯行後の被告人の言動と整合していないことなどを指摘して捜査段階の供述の信用性に疑いを入れる余地はないとし,作為体験の存在を否定する判断を示している。その説示中には,
被告人が供述する作為体験が,
被告人の病歴,
Aとの関係でのストレス状況,
犯行直後のAに対しての発言等に照らし精神医学的に矛盾がないとした鑑定内容を踏まえての記述は全く見られない。原判決は,鑑定と切り離した形で,捜査段階と起訴後の各供述の信用性を単純に対比して作為体験の存否を判断しているといってよく,そのことは,作為体験の存否は鑑定の前提条件となる事実関係であるとする
旨の原判決の説示に端的に表れている。このような原判決の証拠評価の在り方,判断構造は,
精神障害の有無等についての鑑定を基本的に尊重したものとは言い難く,鑑定を採用できない合理的な事情を具体的に示さないまま,これを排斥するものであって,そのことだけから見ても,原判決の判断が論理則,経験則等に照らし不合理であることを疑わせるものである。そこで,以下においては,鑑定を踏まえ,原判決が捜査段階の供述が信用できるとした各論拠について検討することとする。⑴

原判決は,捜査段階の供述について,被告人は,かねてからのAの言動を受けて通院先の医師にもストレスを訴えていたことに加え,特に犯行前日から当日にかけてのAの容赦ない言動に晒されたことからすれば,被告人にはこれまでにないほどの強度のストレスが加わったと考えられる。そして,被告人は,本件犯行の約15分後,Aの110番通報で現場に臨場した警察官に対して『我慢の限界だったんです。けんかをして刺しました。』『娘が暴れて物を壊すんです。この額縁も娘が壊したんです。』等と述べているところ,これは自己の置かれた苦しい立場を告白する趣旨と捉えることができ,Aの言動に耐えかねてAを殺害しようと思った旨の供述は,本件犯行に至る経緯の説明として自然であり合理的でもある。また,殺害を思い立ってから実行するまでの思考過程の説明も,そのときどきの感情や思いついた複数の殺害方法等を交えた,詳細で具体性に富むものとなっており,実際の体験をそのまま再現したとみることができる反面,後から作り出したという疑念を容れる余地は小さい。として,基本的に高い信用性を有するとした。確かに,当時の状況の下で被告人がAに対する殺意を形成しても不自然,不合理とはいえないという限りでは,原判決の説示は誤りではない。
しかし,鑑定によれば,被告人がAとの関係から受けていた強度のストレスは,一方で,統合失調症に罹患し,ストレス脆弱性のある被告人に作為体験を再燃させる原因になり得ることが指摘されているところである。また,鑑定によれば,行為時に出現した作為体験が病気によるものであることを被告人が認識できており,作為体験が罪の免責あるいは刑の軽減事由になることも理解していたとの見解も示さ
れている。それを前提に見れば,刑務所に行ってでもAから離れたいと考えて,あえて罪を軽くする方向の作為体験を申告しなかったとの被告人の供述の信用性も直ちには否定し難いことといえる。
臨場した警察官に事件直後に述べた

我慢の限界だったんです。

などという被告人の発言について,これが自己の置かれた苦しい立場を告白する趣旨であると原判決が説示する点も,この種の発言は,病院での診察時に被告人が医師に対しAの暴言等を繰り返し訴えていたのと同旨のものであり,特に目的もなく自らの窮状を警察官に感情のままに述べたという見方ができるほか,罪を重くするために殺害の動機があるように述べた,というようにも理解できるなど,その発言の意図,趣旨は様々に解釈できるところである。原判決は,この発言は罪を軽くしたい意向が反映した発言と受け取るのが自然であって,守護霊のことを隠して少しでも罪を重くしたいという意向を持っている者の発言とは解し難いとも説示しているが,必ずしもそのように一義的に理解できるとはいえない。
また,殺害を思い立ってから実行するまでの思考過程についての被告人の説明が詳細であるなどと原判決が説示する点も,
被告人が警察官の取調べを受ける過程で,
本件行為よりも相当前の時期に考えたこととして語っていた殺害方法(風呂の蓋を閉めて溺死させるという方法)が,供述調書作成の段階で,本件刺突行為の直前に検討した幾つかの殺害方法の一つとして初めて頭に浮かんだ考えであるかのように録取された可能性が否定できない。そのほか,前記の思考過程のうち,店で買うよりも台所の包丁を使ったほうが手取り早いと考えた旨の供述部分は,いささか説明が過剰であり,作為的な供述との感も否めない。更にいえば,被告人の捜査段階の一連の供述調書の中には,本件刺突行為の前夜,Aの暴行を受けた際に出刃包丁でAを殺すことを考えたとする供述が録取されているものもある。これらの点からすると,思考過程の詳細な説明が,原判決がいう実際の体験をそのまま再現したとみることができるほどのものといえるかは多分に疑問である。
被告人は公判廷で,
本件刺突行為直前の状況について,直前のAの暴言,暴力により,殺されるんじゃないかという恐怖で一杯になって,隣の部屋で横になり震えていたが,Aの足音が聞こえ,このまま休んでいてはAに何かされると思ったので台所に立った旨供述し,捜査段階で述べたような,その場面でAの殺害方法をあれこれ考え,台所の出刃包丁を用いることにした等の思考の過程があったことを否定している。当時,被告人が前日来からのAの言動で睡眠が十分に取れず,精神的・肉体的に疲弊した状態にあったことなどからすると,単に恐怖に怯えて体を横たえていたとする公判廷での供述の方が,状況的にむしろ自然という見方もできるところである。原判決は,本件刺突行為直後の

病気がやったんよ。

とのAに対する発言について,病気のせいにしてAに許してもらうための発言であるとの捜査段階の説明は自然であるとも説示している。しかし,この点も,鑑定が指摘するとおり,被告人が実際に病的体験(作為体験)を自覚したからこそそのように述べたとも理解できる。捜査段階で罪を重くする方向で供述していたという当時の被告人の取調べへの対応を前提にすると,前記のとおりに発言の趣旨を取り繕うことは比較的容易であったと考えられる。むしろ,被告人は,前記の発言をしたことを,捜査の終盤に至り検察官から尋ねられるまで自分からは供述していなかったものであり,その供述経過は,精神障害を理由とする刑責の軽減を避けようとしたという被告人の説明と整合しているといえる。
このように,捜査段階の被告人の供述が信用できるとする原判決の論拠のそれぞれについて,鑑定を踏まえて検討すると,作為体験があったことと矛盾しない別の見方も十分に成り立つところであり,原判決が挙示する論拠から直ちに捜査段階の供述の信用性が高いとは言い切れないというべきである。


一方,原判決は,被告人の起訴後の供述の信用性については,被告人は,発症当初から医師には『包丁を持つな。』『娘をやっつけろ。』等の幻聴の症状や自分の意思とは違うものに動かされて洗浄剤を飲んだ等の作為体験の症状を訴えていたが,幻聴や作為体験を原因として他害に及んだ旨の訴えはなかったところ,起訴後の供述のように本件犯行が守護霊に操られたもの,すなわち作為体験によるものだとすると,被告人にとって初めての他害の作為体験が,実娘を背後から包丁で刺すという,実に衝撃的な形で現れたことになる。にもかかわらず,本件犯行から警察官が臨場するまでの約15分間のうちに,Aに取り押さえられた状態で,本来であれば衝撃的な病的体験として訴えたいであろうはずの作為体験について,罪が軽くならないように話さない方がいいと逆方向に考えを巡らせた上で,臨場した警察官を始め取調べを担当した警察官に対し,作為体験のことは話さず,一貫して前記説明を続けていたことになるが,衝撃的な病的体験を経験した直後の混乱状況の中にあって,短時間で一貫した説明を作り出すことができたなどとは考え難く,事実経過として不自然である。などと説示する。しかし,被告人は,作為体験の下でも,自らの行為自体は認識できたというのであるから,被告人にとって,認識していた事実経過に整合するように,殺意があり,自らの意思で刺した程度の虚偽の供述を約15分後に臨場した警察官に述べることがさほど困難なことであったとは考えられず,鑑定人も,被告人の陰性症状の程度を踏まえて,
被告人にこのような虚偽を述べる能力はあった旨指摘している。
被告人が本件刺突行為の直後,

病気がやったんよ。

とAに述べていたのに,臨場した警察官にはそのことには言及せず,

けんかをして,刺しました。

と事実経過と異なる説明をあえてした上,

刑務所に行きたい。

弁護士なんて要らない。

などと語ったという状況は,Aと離れるため刑務所に行きたいとの一心から刑の軽減等につながる病的体験を敢えて隠したとする起訴後の供述とむしろ符合しているということができ,衝撃的な病的体験を経験した直後の混乱状況の中にあって,短時間で一貫した説明を作り出すことができたなどとは考え難いとの原判決の見方は一面的なものといえる。
ところで,
被告人については,
本件により現行犯逮捕されてから,
公訴提起の3日
前まで弁護人の選任はなく,国選弁護人選任後に,それまでの殺意を認める供述から,作為体験があったとする供述へと供述内容を変遷させているところ,被告人はこの点について,弁護人から罪を重くするような弁護はできないと言われ,うそを
つき続けるわけにはいかないと考えたと説明している。この説明は,被告人が起訴直前まで弁護人の実質的な援助を受けられずにいた状況をも踏まえると,一応納得できるものであり,供述の変遷は不合理とは断じ得ない(付言すると,本件では,逮捕の時点で既に被告人が統合失調症に罹患していることが捜査機関に判明しており,勾留請求の資料中にもそのことが現れていたものとうかがわれ,また,勾留延長の段階でも被疑者の責任能力に関する医師の意見聴取未了が延長事由の一つとされていたのであるから,被告人が弁護人の選任を希望していなくても,刑訴法37条の4に基づく職権による国選弁護人の選任がされるべき事案であったといえる。)。
検察官は,当審における答弁書において,被告人の起訴後の供述によれば,包丁を取り出した時点からAが警察に通報し終えるまでの間,守護霊に操られて抵抗できなかったはずの被告人が,その間に病気のせいである旨をAに話すことができたことになり,矛盾があると主張する。しかし,検察官が指摘する被告人及びAの公判廷での各供述はいずれも,Aが被告人に馬乗りになる,被告人が前記の発言をする,Aの110番通報という流れを前提とする弁護人の質問に順次答えていった結果のものであり,110番通報と被告人の発言との先後関係が明示的に問われて供述したものではない。Aは,捜査段階の取調べに対しては,病気がやった旨の発言は110番通報より後であったと明確に供述しており,この点に関する被告人及びAの各公判供述は,弁護人の誘導を受けて正確さを欠いた可能性があるから,この点をもって被告人の起訴後の供述の信用性が排斥できるということにはならない。
3
以上のとおり,原判決が捜査段階の供述の信用性を肯定する論拠として説示す
る点は,鑑定を踏まえて検討すると,必ずしもそのような論拠に挙げる見方のみが成り立つとはいえず,むしろ行為直後のAに対する

病気がやったんよ。

との発言や,捜査官や弁護人に対し,刑を重くしてもらいたいと不自然といえるほどに述べていたことなどは,
鑑定及び起訴後の供述と整合するものといえる。
そうすると,

行為時に作為体験があったとする鑑定及び起訴後の供述の信用性は排斥できない。原判決は,鑑定事項として検討されるべき作為体験の存否を精神鑑定の前提条件となる事実関係と位置付け,鑑定を踏まえた多面的な検討を経ずに不十分な論拠の下に捜査段階の供述の信用性を肯定し,その反面,判断過程に不合理性のない鑑定及び起訴後の供述の信用性を排斥したものであって,その判断は論理則,経験則等に照らし不合理といわざるを得ない。
以上によれば,本件刺突行為は,統合失調症の陽性症状である作為体験の影響によるものであった可能性が否定できず,殺意及び完全責任能力を肯定した原判断には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認がある。論旨は理由がある。第4

破棄・自判

よって,刑訴法397条1項,382条により原判決を破棄し,同法400条ただし書を適用してさらに次のとおり判決する。
本件公訴事実は,被告人は,平成31年3月6日午後3時30分頃,被告人方台所において,A(当時33歳)に対し,殺意をもって,その腰背部を出刃包丁(刃体の長さ約16センチメートル)で1回突き刺したが,同人に抵抗されたため,同人に加療約10日間を要する腰背部刺創の傷害を負わせたにとどまり,殺害の目的を遂げなかったものである。というものである。関係証拠によれば,
本件刺突行為の外形的事実は認められるが,
鑑定等によれば,
被告人は上記行為の当時,統合失調症に罹患しており,その陽性症状である作為体験が出現し,守護霊により体を動かされ,自らの意思によらないで行為に及んだ可能性が否定できない。鑑定によると,陽性症状である作為体験が出現することは,統合失調症として重症であり,その作為体験に抵抗して行動することは困難であったといえるから,被告人は本件行為当時,心神喪失の状態にあったとの合理的な疑いがある。
よって,本件公訴事実について犯罪の証明がないことに帰し,刑訴法404条,336条により,被告人に対し,無罪の言渡しをすることとして,主文のとおり判
決する。
令和2年9月1日
広島高等裁判所第1部

裁判長裁判官


裁判官

裁判官

田隆史水落桃子廣和瀬裕亮
トップに戻る

saiban.in