判例検索β > 令和1年(う)第1823号
談合
事件番号令和1(う)1823
事件名談合
裁判年月日令和2年9月16日
裁判所名・部東京高等裁判所  第3刑事部
結果破棄自判
原審裁判所名東京地方裁判所  立川支部
原審事件番号平成30(わ)855
裁判日:西暦2020-09-16
情報公開日2020-10-23 16:00:20
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令和2年9月16日宣告

東京高等裁判所第3刑事部判決

令和元年

談合被告事件

1823号
主文
原判決を破棄する
被告人を罰金100万円に処する
その罰金を完納することができないときは,金1万円を1日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
原審における訴訟費用は被告人の負担とする。
理由
本件控訴の趣意は,検察官長谷川保作成の控訴趣意書及び検察官小林俊彦作成の意見書に記載されたとおりであり,事実誤認及び法令適用の誤りの主張である。これに対する答弁は,主任弁護人郷原信郎及び弁護人新倉栄子共同作成の答弁書,答弁書補充書及び検察官意見書に対する意見書に記載されたとおりであり,控訴棄却を求めるものである。

以下では,本件公訴事実及び原判決の判断概要を摘示した上で,便宜上,法令適用の誤りの主張から検討する(なお,原則として,会社名については,初出〔別表を含む。〕以外は株式会社の表記を省略し,人名については,初出以外は姓のみで表記する。)。
第1本件公訴事実

本件公訴事実は,被告人は,土木工事業等を目的とする株式会社Aの代表取締役であるが,東京都青梅市が平成29年4月21日に執行した「幹32号線改修工事(擁壁設置その2工事)の指名競争入札に際し,Aに同工事を落札させようと考え,同社従業員B及び別表記載のC株式会社代表取締役Dほか4名と共謀の上,公正な価格を害する目的で,同表記載のとおり,同月7日頃から同月20日頃まで
の間,東京都青梅市内又はその周辺において,Dらとの間で,口頭又は電話で通話するなどの方法により,A以外の入札参加業者がAの入札金額を上回る金額で入札し,又は入札を辞退することによりAに同工事を落札させる旨順次合意し,もって談合した」というものである。
第2原判決の概要
1前提となる事実関係
原判決は,Aにおける被告人,B(A工事部長)及びM(Aの経理事務等を担当。以下Mという。)の立場,別表記載の関係者(以下Dらという。)の各会社における役職等を認定した上で,幹32号線改修工事(擁壁設置その2工事)(以下本件工事という。)の内容,Aが本件工事を落札する経緯等について,概要,以下のとおり認定している(以下,平成29年の出来事は,原則として,月
日のみで示す。また,原審における証言及び被告人の供述については,公判手続更新前のものを含め,それぞれ証言(公判)供述と表記する。)。
幹32号線改修工事は,青梅市内の南北道路の整備計画の一環として進められている工事であり,青梅市は,平成27年7月,幹32号線改修工事(擁壁設置その1工事)(以下その1工事という。)の制限付き一般競争入札を施行
し,E株式会社(以下Eという。)が落札した。
本件工事は,その1工事に続いて行われる擁壁設置等工事(工期は平成29年4月21日から平成30年3月29日まで)であり,青梅市は,最終的に,本件工事について指名競争入札を施行することとし,3月30日,その指名業者を,株式会社N,株式会社O,P株式会社,E,G,I,K,C,A及びQ株式会社の1
0社とした(以下本件指名業者という。)。
青梅市の担当者は,4月7日,本件指名業者に対し,電子入札サービスにより,入札日時を同月21日正午,予定価格を税込みで1億518万1200円(税抜価格は9739万円)とすることなどを記載した指名通知書等を送信した。本件工事について,Eは,随意契約ではなく指名競争入札になり,予定価格
が低かったことから,満額(税抜きの予定価格)での入札を決めた。Gは落札する予定がなく,Iは応札する意思がなかった。Kは,落札を目指さず,満額での入札を決めた。Cは,入札を辞退することとした。
本件工事の入札の結果,Aが9700万円で落札した。なお,I,K,P及びEは,いずれも予定価格と同額である9739万円で入札し,N,O及びQは辞退,G及びCは不参加であった。
被告人は,3月中旬頃から4月20日頃までの間に,CのD,EのF,GのH,KのL及びIのJとの間で,直接あるいは電話で,本件工事に関する話をした。2公正な価格を害する目的の有無
原判決は,当事者の主張の要旨を摘示した上で,これを踏まえた判断の視点について説示しているが,その概要は,以下のとおりである。

ア検察官の主張
本件工事は予定価格を一定程度下回ったとしても利益が見込める工事であり,被告人は,本件工事の受注によってAが収益を得るとともに,Aの入札参加資格である格付等級の維持,資金調達の円滑化等の目的から,本件工事を積極的に受注したいという意思を有していた。そのような被告人が,本件工事を落札するためには,
他に落札希望業者がいることを想定して,その業者よりも低くなるであろうと考える金額で入札する必要があり,その金額が自由競争で形成される公正な価格となるところ,被告人は,積極的な受注意思を実現するため,他の指名業者に連絡を取ってその動向を確認し,その結果,予定価格をわずかに下回る価格で入札し,本件工事を落札できたのであるから,被告人には,公正な価格よりも入札施行者に不利益
な価格を形成させる認識があり,公正な価格を害する目的があったといえる。そして,被告人に積極的な受注意思があったということは,①本件当時のAの財務状況等,②本件工事の採算性,③本件工事受注による融資面やAの格付等級の維持等の利益,④受注意欲を示すDらに対する被告人の言動から認められる(以下,それぞれを検察官の主張①などという。)。

さらに,本件工事の落札率は他の工事の落札率に比して極めて高く,そのこと自体が,公正な価格を害する目的があったことを推認させる。
イ弁護人の主張
本件工事は難易度が高く,利益率が低いことなどから,Aにとって受注したい工事ではなかったが,指名競争入札になれば不調になるおそれがあり,その場合は発注者である青梅市に迷惑が掛かるので,R協会(以下協会という。)会長の立場にあった被告人は,Aで受注するしかないと考え,他の指名業者に連絡するなどして受注意思を確認し,会長としての責任感から本件工事の入札をした。すなわち,被告人は,落札希望業者がいない場合に,満額入札者間の抽選による落札(この場合は予定価格が公正な価格となる。)や再入札(この場合は予定価格の引き上げが考えられる。)になることを避けようとして,他の指名業者の意向を確認したので
あるから,自由競争による価格より低い価格で落札するのであって,入札施行者に不利益な価格の形成をしようとの認識はなく,公正な価格を害する目的はない。ウ判断の視点
本件指名業者のうち,被告人が話をしたDらが所属する5社は,元々,受注の意思がないか,予定価格以下の金額での入札の意思はなく,被告人が連絡を取らなか
った他の4社も,予定価格での入札や入札辞退をしており,実質的には競争状態になかったことから,これを前提にすると,被告人に公正な価格を害する目的があったか否かの判断の中心は,被告人が,そもそも本件工事をAで受注したいと考えていたのかという,本件工事の積極的な受注意思の有無ということになる。その上で,原判決は,検察官の主張①ないし④を順次検討し,被告人が,本
件工事について,積極的な受注意思を有していたとはいえないとした上,本件工事の落札率から,被告人に公正な価格を害する目的があったとはいえないとして,概要,以下のとおり説示している。

検察官の主張①(Aの財務状況等)については,Aの平成29年5月期の財
務状況をみると,Aの経営状況が芳しくなかったことが認められるが,後記のとおり,被告人が本件工事を採算の良い工事と認識していたとは認められないことからすると,その受注に消極的であったと考える方が整合的である。また,Aが他の工事を受注する可能性も十分にあったから,被告人が,本件工事を受注しなければ,Aの売上高が不足するなどの問題が生じると認識していたとも考え難い。さらに,Aが資金繰りに困難を来していたとは認められず,被告人が,現金を得るため,本件工事を積極的に受注したいと考えていたとも認められない。以上によれば,本件当時のAの財務状況が良好ではなかったとしても,それが本件工事の積極的な受注意思に結び付くといえるかには疑問が残る。

検察官の主張②(本件工事の採算性)については,本件工事の採算は,入札
時点では積算価格を中心に判断することになるところ,Bによる本件工事の積算結果は予定価格を上回る9743万円であり,利益が出る特別の見込みがあったともいえない。結果として,本件工事によって,Aには約1267万円(請負金額の約10.17パーセント)の売上総利益があったが,満足のいく数値とはいえなかったことに照らすと,事後的にみても,本件工事が十分な利益が出る工事であったとまではいえない。そうすると,被告人が,本件工事は十分な利益が見込めるような採算性の良い工事であると認識していたとは認められない。本件工事の採算性は,
被告人の積極的な受注意思を推認させるような事情ではない。

検察官の主張③(本件工事受注によるAの利益)については,被告人が,金
融機関から有利に融資を受けたり,東京都や青梅市におけるAの格付等級を維持するため,本件工事を積極的に受注する意思を有していたとは認められない。エ
検察官の主張④(受注意欲を示す被告人の言動)については,関係証拠(F
及びJの各証言及び検察官調書)によれば,被告人が,平成29年3月頃,本件工事に関心を持っていたことが認められるが,弁護人の主張によっても,協会の会長である被告人は,本件工事の入札が不調に終わると,青梅市と協会との関係に悪影響が出るのではないかと危惧していたというのであるから,被告人が本件工事の入札に関心を抱いていたことは不自然ではない。

また,指名通知日(4月7日)以降の被告人の発言についても,F及びLに対する発言は,その時期等からすると,被告人が受注意思を示したものと評価できないことはないが,被告人の積極的な受注意思を表していると評価することには無理がある。他方,D,H及びJに対する発言は,本件工事を受注する意思があることを示したものと認めるのが相当であるが,そのような発言は,被告人は,本件工事をできる業者がいなければAが責任を持ってやらざるを得ず,他の業者にもその旨断っておきたいと考えたとする弁護人の主張とも矛盾しないから,被告人の積極的な受注意思を示す言動であるとはいえない。

同種工事の落札率と比較して,本件工事の落札率が高いことも,擁壁設置に
は様々なものがあり,難易度や採算性,競り合いの状況が異なることなどに照らすと,それだけで,被告人に公正な価格を害する目的があったことが推認されるとはいえない。
さらに,原判決は,弁護人の上記主張に沿う被告人の検察官調書(原審乙4)及び公判供述について,①本件工事を受注したくないと思ったという被告人の供述は,本件工事はAにとって難易度が高く,採算性も高くない工事であり,本件当時のAの財務状況の改善等にもつながらないという状況と整合すること,②本件工事
が入札となり,Eに受注する意思がないことを知った被告人が,本件工事の入札が不調に終わるかもしれないと考えるのは自然であり,協会の会長という立場から,青梅市に迷惑が掛からないようにしたいと考えたことも理解できることなどに照らすと,被告人の上記供述を排斥することはできないとした。
以上の検討を踏まえ,原判決は,被告人は,本件工事を積極的に受注する意
思を有していたとはいえないから,もともと低い価格で入札することは考えておらず,他の指名業者の動向を確認することで高い価格での入札ができたわけでもなく,また,他の業者が自由競争により低い価格で落札することを排除する意図もなかったから,被告人には,自由競争により形成される落札価格を引き上げているという認識はなく,公正な価格を害する目的があったとは認められないとした。
3被告人とDらとの間の談合行為の有無
原判決は,被告人がDらと話した内容が談合行為に該当するかも争点になっているので付言するとして,概要,以下のとおり説示している。
被告人とD,H及びJとのやり取りをみると,被告人は,D,H及びJに対しては,落札への意欲を示すとともに,Hとの間でも,Aが落札する必要がある旨の話をして,上記3名が異論を唱えていないことからすると,被告人と上記3名との間には,黙示的であったとしても,Aを落札者とする合意があったと認められる。一方,被告人とF及びLとのやり取りをみると,被告人の言動が受注意思を示すものであったとしても,Fがそれを肯定して,Aに落札させることに合意したとまでは認められないし,Lは積算書を受け取っているが,応札する以上は積算書が必要であるから,それだけでは,Aに落札させることを合意したとみることには無理が
ある。
そうすると,談合したと認められるのは,本件指名業者のうち,Aを含めた4社であるが,そうであるとしても,談合が行われれば,もっと低い価格で入札が行われたということが全くあり得ないとまではいえないから,入札等の公正を害する抽象的危険がなかったとはいえない。

4
そして,原判決は,結論として,被告人に公正な価格を害する目的があった
と認定することはできないとして,被告人に対し無罪の言渡しをした。第3法令適用の誤りの主張について
1
論旨は,要するに,原判決の説示を全体としてみると,原判決は,被告人に
公正な価格を害する目的が認められるためには,本件工事を受注する意思があるだけでは足りず,これとは区別された本件工事を積極的に受注する意思が必要であるとしていることが明らかであるが,公正な価格を害する目的を認定するためには,積極的な受注意思が必要であるという原判決の判断は,刑法96条の6第2項にいう公正な価格を害する目的の解釈・適用を誤ったものであって,公正な価格(入札において自由競争が行われたならば成立したであろう落札価格)より,入札施行者
に不利益な価格を形成させる認識があれば足りるという上記目的の正当な解釈を前提にすると,原判決が判断の基礎とした事実経過を前提としても,被告人に公正な価格を害する目的があったと認定できるから,上記の誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかである,というのである。
2当裁判所の判断
そこで検討すると,
,原判決は,公正な価格を害する目的の有無という事実認定上の争点に関する当事者の主張等を踏まえ,上記争点の判断に当たっては,被告人が本件工事をAで受注したいという積極的な受注意思を有していたか否かが判断の中心になるとしているのであって(なお,原審記録によれば,原審裁判所は,第4回打合せにおいて,論点は,公正な価格を害する目的の前提となる被告人の積極的受注意欲の有無と考えている
旨述べており,積極的な受注意思は,被告人について,公正な価格を害する目的の有無を判断するに当たり,判断の前提となる事実であるという考え方を示したものと解される。),公正な価格を害する目的が認められるためには,入札の対象となった工事に関する積極的な受注意思が必要であるという法令解釈を示したものとはいえない(なお,所論は,公正な価格を害する目的に関する正当な解釈を前提
にすると,原判決が判断の基礎とした事実経過を前提としても,被告人に公正な価格を害する目的があったと認定できるとも主張する。この点の所論は,被告人が,Dらと連絡を取り,Dらが所属する5社は予定価格よりも低い価格で入札することはないと認識したため,予定価格を若干下回る金額で入札すれば,本件工事を落札できると考え,上記金額をAの入札価格としたとするものであって,談合がなけれ
ば,被告人はより低い価格で入札したはずであるという前提に立っているが,原判決は,本件工事を受注したくなかったが,入札が不調に終わるのを回避するため,協会の会長としての責任感から入札をしたという被告人の供述を排斥することはできず,被告人は,もともと低い価格で入札することは考えていなかったとしているのであるから,所論は,判断の基礎となる事実関係について,原判決と同じ前提に
立つものとはいえない。)。
法令適用の誤りの論旨は理由がない。
第4事実誤認の主張について
1
論旨は,要するに,関係証拠により認められる各間接事実を適正に評価すれ
ば,本件工事の入札について,①被告人には公正な価格を害する目的があり,②被告人がF及びLとも談合をしたと認められるのに,これらの事実は認定できないとして,被告人を無罪とした原判決には,判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認がある,というのである。
2当裁判所の判断
所論を踏まえ,原審記録を調査し,当審における事実取調べの結果を併せて検討すると,被告人に公正な価格を害する目的は認められないとした原判決の判断
は,本件工事の採算性,本件当時のAの財務状況等に照らした本件工事受注の意味合い,被告人のDらに対する言動に関する認定・評価や,これらの総合評価を的確に行っておらず,論理則・経験則等に照らして不合理であって,是認することができない。
以下,その理由を説明する。
本件工事の採算性について


原判決は,本件工事の採算性について,本件工事の採算は,入札時点では積
算価格を中心に判断することになるところ,Bによる本件工事の積算結果は予定価格(9739万円)を上回る9743万円であり,利益が出る特別の見込みがあったともいえない上,本件工事によって,Aには約1267万円(請負金額の約10.17パーセント)の売上総利益があったが,満足のいく数値とはいえなかったことに照らすと,事後的にみても,本件工事が十分な利益が出る工事であったとまではいえないから,被告人が,本件工事は十分な利益が見込めるような採算性の良い工事であると認識していたとは認められないと説示する

しかし,Aで経理事務等を担当していたMは,警察官調書(原審甲8)にお
いて,当該工事の売上げに占める対外的な支払(原価)の割合を70%に抑え,30%をAに残すことを目標にしており(以下30%の数値目標ともいう。),30%の数値目標を設定しているのは,Aにおける年間の人件費や管理費等の固定費が,年間(一事業年度)売上目標である3億5000万円の30%分に相当する1億500万円であることが理由であるとして,工事粗利益が30%あれば,最低限の利益は確保できたと認識していた旨供述している。また,Mは,当審公判でも,上記供述内容には間違いがなく,30%の数値目標は,被告人や工事部長のBにも伝えていた旨証言し,Bは,検察官調書(原審甲10)において,これに沿う供述をしている。また,被告人も当審公判において,Mから,30%の数値目標や,工事粗利益が30%あれば,最低限の利益は確保できるということを聞いていた旨供述している。これらの供述ないし証言の信用性を疑わせる事情は認められない。
そして,Bが作成した本件工事の工事費積算内訳書(原審甲3添付資料12,以下本件内訳書という。)をみると,同内訳書③の現場管理費と同④の一般管理費の合計が2996万円余りであって,工事価格9700万円の約30.8%となっている。この積算によれば,本件工事について,30%以上の工事粗利益を確保することが可能であるから,30%の数値目標との関係では,入札する工事価格と
して問題はなく,本件工事は採算を見込むことができるものであったと認められる。被告人は,当審公判で,工事受注に関する話があったときは,当該工事の工事粗利益の報告を受けること,本件内訳書を見たことを認めた上,積算をした段階で,30%の工事粗利益を確保することが難しい場合は,Bからその旨の話が出ると思うが,本件工事について,そのような話を聞いたということは余り記憶にない旨供述
していることに照らすと,被告人は,本件工事の入札価格である9700万円が,少なくとも30%以上の工事粗利益を確保できるものであって,本件工事は採算を見込むことができるものであることを認識していたと認められる。ウ
これに対し,原判決は,上記イのような点を全く検討しないまま,本件工事
の採算性は,被告人の積極的な受注意思を推認させるような事情ではないとしている。しかも,原判決は,本件工事について,利益が出る特別の見込みがあった事情は見当たらず,事後的にみても,他の工事と比較して十分な利益が出る工事であったとまではいえないとした上,被告人が,十分な利益が見込めるような採算性の良い工事であると認識していたとは認められないとしており,本件工事の採算性について,いわば不相当に高いハードルを設定し,被告人の積極的な受注意思とは結び付かないとするものであって,不合理である。

弁護人は,30%の数値目標は最低限のものであり,それを下回ると最終赤
字になる可能性が高いという数値であって,実際に本件工事を施工した結果も,本社経費を含めた決算では600万円程度の赤字となっていることは,本件工事の工事内容や施工条件から採算悪化を懸念して,被告人に対し,本件工事を無理に取りに行くことはない旨進言したBの見方を裏付けていると主張する。しかし,Mの警察官調書(原審甲8)及び当審証言によれば,Aは,本件工事により約1267万円の売上総利益を計上しているところ,本社経費は固定費として総額でかかるものであって,必ずしも工事別に紐付くものではないことから,Aでは,工事粗利益として30%が確保されているかは把握していたが,それ以上に本社経費を含めた上での利益率を工事毎に算定することはしていなかったことが認め
られるから,弁護人が主張する点は,本件工事では少なくとも30%以上の工事粗利益を確保できることから,本件工事は採算を見込むことができるものであると被告人が認識したという認定を左右するものではない。
本件当時のAの財務状況等に照らした本件工事受注の意味合い

原判決は,被告人が本件工事を採算の良い工事と認識していたとは認められ
ないことからすると,その受注に消極的であったと考える方が整合的であり,Aが他の工事を受注する可能性も十分にあったから,被告人が,本件工事を受注しなければ,Aの売上高が不足するなどの問題が生じると認識していたとも考え難いなどとして,本件当時のAの財務状況が良好ではなかったとしても,それが本件工事の積極的な受注意思に結び付くといえるかには疑問が残ると説示する(上記第2の2

しかし,被告人が,十分な利益を見込むことができるという意味で,本件工件工事は採算を見込むことができるものであることを認識していたと認められるから,このような点を考慮することなく,被告人が本件工事を採算の良い工事と認識していたとは認められないということから,直ちに,その受注に消極的であったと考える方が整合的であるとした原判決の説示は相当ではない。

Mの警察官調書(原審甲8)及び当審証言によれば,Aでは,年間にかかる
固定費(人件費,管理費等)を約1億500万円と見込んで,固定費を賄って利益を上げるため,本件当時以前から,年間売上目標を3億円から3億5000万円と設定しており,経営者である被告人も,これを認識していたことが認められるところ,Aが本件工事を受注することができれば,上記の年間売上目標の3分の1程度に当たる1億476万円(Aの入札価格に基づく税込みの契約金額)の売上げを計上することができることになる。そして,資料入手報告書(原審甲34)によれば,平成24年7月以降,本件当時までにAが落札した公共工事の落札価格は,本件工事の9700万円が最高額であり,これに比較的近いものとしては,平成24年8
月に落札した工事の8270万円,平成26年10月に落札した工事の7960万円がある程度であるから,本件工事を受注することができれば,Aとしては,数年に1回程度の高額の売上げを計上することができることになる。
他方,原審証拠(甲7等)によれば,Aは,平成29年5月期に約2058万円の損失を計上し,また,平成28年5月期に約2361万円あった繰越利益剰余金
が約303万円に大幅減少していることなどが認められ,本件当時のAの経営状況には厳しいものがあったといえる。また,Mの当審証言及び被告人の当審公判供述によれば,本件当時も,Mは被告人に対し,少なくとも月1回はAの経営状況(財務状況や資金繰り)に関する報告をしており,被告人は,平成29年3月頃,Mから報告を受けて,同年5月期の決算が赤字になる見通しであることを認識していた
ことが認められる。
このようなAの経営状況も踏まえると,Aの年間売上目標の3分の1程度に当たる売上げを計上することができ

本件

工事を受注することの意味は,大きいと認められる。

この点について,原判決は,Aが本件工事を受注しない場合に,他の工事を
受注する可能性が十分にあったから,被告人が,本件工事を受注しなければ,Aの売上高が不足するなどの問題が生じると認識していたとも考え難いと説示するが,本件当時,平成30年5月期に売上げを計上できる工事として,本件工事以外にどのような公共工事が発注されるかは明らかではないこと(被告人も原審公判で,このことを認めている。)などに照らすと,原判決の上記説示は相当とはいえない。弁護人は,仮に公共工事の元請受注が少なければ,下請受注をしたり,民間工事を
受注することになると主張するが,本件当時,本件工事の受注による売上げの計上に代わり得るものとして,所論がいう点について具体的な見通しがあったとはいえない。

以上によれば,被告人は本件工事の受注に消極的であったと考える方が整合
的であるとした上,本件工事を受注してその売上げを計上することの意味合いについて,本件当時のAの経営状況に照らした十分な検討をしないまま,本件当時のAの財務状況が良好ではなかったとしても,それが本件工事の積極的な受注意思に結び付くといえるかには疑問が残るとした原判決の判断は不合理である。被告人のDらに対する言動について

原判決は,指名通知日(4月7日)以降の被告人の発言について,①F及び
Lに対する発言は,その時期等からすると,被告人が受注意思を示したものと評価できないことはないが,被告人の積極的な受注意思を表していると評価することには無理がある,②D,H及びJに対する発言は,本件工事を受注する意思があることを示したものと認めるのが相当であるが,そのような発言は,被告人は,本件工事をできる業者がいなければAが責任を持ってやらざるを得ず,他の業者にもその
旨断っておきたいと考えたとする弁護人の主張とも矛盾しないから,被告人の積極的な受注意思を示す言動であるとはいえないと説示する(

しかし,原判決は,検察官の主張④(受注意欲を示す被告人の言動)に関す
る上記説示に先立ち,検察官の主張①ないし③(Aの財務状況等,本件工事の採算性,本件工事受注によるAの利益)を順次検討し,いずれも本件工事に関する被告人の積極的な受注意思と結び付くものとはいえないという評価をしている。そして,原判決が上記説示①において,被告人のF及びLに対する発言は,本件工事の受注意思を示したものと評価できないことはないとしながら,何の理由も付さないで,被告人の積極的な受注意思を表していると評価することには無理があるとしていることなどに照らすと,検察官の主張④に関する原判決の説示は,検察官の主張①ないし③に対する上記評価,すなわち,被告人の言動以外には,被告人の積極的な受
注意思と結び付く客観的事情は認められないという評価を前提としたものと解され
ある。

Dらの各検察官調書(原審甲11ないし14,16)等の原審証拠によれば,
被告人のDらに対する言動等として,以下の事実が認められる(なお,Hの検察官調書〔原審甲13〕は,検察官の取調べを受けるに先立ち,Hが弁護士の関与のもとで作成し,検察官に提出した上申書と内容が整合することなどに照らして,信用できる。)。
被告人は,指名通知日の4月7日,CのDに電話をかけ,

今日,指名あったか。ほかの皆さんがよければ,うちにやらせてもらいたいんだけど。

と言った。
その際,Dは,

指名されました。当社は積算しない予定です。

と答えた。被告人は,3月中旬から同月下旬頃,青梅市内の建設業者の会合で会ったEのFに対し,

幹32号線,今年も出るからよ。協会として頑張ってやろうな。

などと耳打ちした。本件工事の入札の3日前である4月18日,被告人は,協会の懇親会に出席した際,Fに対し,

あれ頼むな。

と言った。これに対し,Fは,
Eが満額での入札を決めていたこともあって,

あー,まあ。

と答えた。被告人は,4月7日頃,GのHに電話をかけ,

その2工事について,うちで行きたいんだけど。

と言った。これに対し,Hは,

協力しますよ。

などと答えた。
被告人は,3月下旬頃から4月1日までの間に,IのJに対し,

Eがやっている横が出る予定だよ。

と言った。Jは,4月7日,被告人に電話をかけ,本件指名業者に入ったことを伝えたところ,被告人は,

分かった。よろしく頼む。

と言った。被告人は,4月10日に協会の理事会で会ったJに対し,

32号行きたいんだよ。よろしく頼む。

と言った。これに対し,Jは,

分かりました。

と答えた。
被告人は,指名通知日の翌日である4月8日,KのLに電話をかけ,

入ってるかい。

と尋ねたところ,Lは,本件指名業者に入っているという意味で,

入ってます。

と答えた。本件工事の入札の直前である4月20日頃,被告人は,Lに電話をかけ,

どうすんだい。

と尋ねた。その際,被告人は,

うちは満額で入れます。

と答えたLから,本件工事に関する積算資料(工事費積算内訳書)をもらいたいと依頼され,これに応じた。


上記イの点を踏まえ,以上のような被告人の言動をみると,D,H及びJに
対する発言は,その内容自体が,本件工事をAで受注したいというものであって,積極的な受注意思を表すものと評価できる。また,F及びLに対する発言も,本件工事の入札の直前の時期にされたものであることや,その頃のD,H及びJに対する発言とは,別の理由からのものであることをうかがわせる事情がないことに照らすと,積極的な受注意思を表すものと評価できる。
被告人の供述について

原判決は,できれば本件工事を受注したくなかったが,3月頃,関係者から
聞いた情報等から,本件工事の入札が不調になるおそれがあると考え,その場合,発注者である青梅市に迷惑を掛けることになるし,地元の業者が工事を取りづらくなることを心配して,協会の会長としての責任感から,本件工事を受注する業者がいないのであれば,Aで責任を持って受注するしかないと考え,入札をしたなどという被告人の供述を排斥することはできないと説示する(

が,こ

のような原判決の判断は,首肯することができない。

原判決は,本件工事はAにとって難易度が高く,採算性も高くない工事であ
り,当時のAの財務状況の改善や,その他の利点も特別にはない状況であったとして,このような状況は,本件工事を取りたくないと考えていたという被告人の供述Aにとって本件工事は採算を見
込むことができるものであり,経営状況が厳しい中で,Aの年間売上目標の3分の1程度に当たる売上げを計上することができる本件工事を受注することの意味は大きいと考えられるから,これに反する原判決の判断は不合理である。

原判決は,本件工事が入札となり,Eに受注する意思がないことを知った被
告人が,本件工事の入札が不調に終わるかもしれないと考えるのは自然であり,協会の会長という立場から,青梅市に迷惑が掛からないようにしたいと考えたことも理解できると説示するが,被告人のDらに対する言動は,上記のような事情からAが本件工事を受注することを説明するものではなく,被告人の供述にそぐわない。また,被告人は,本件指名業者の中に,予定価格どおりの金額で入札する業者(K)がいることを認識しており,本件工事の入札が不調にならないことが分かっていたのに,予定価格どおりの金額ではなく,これを若干下回る金額で入札したというのは不合理であり,本件工事がAにとって難易度の高い工事であるなど,被告人が原審公判でるる供述する理由により,本件工事を受注したくなかったというのであれ
ば,尚更である。さらに,被告人は,3月中下旬頃及び4月18日に,本件工事に先立つその1工事を施工したEのFと話した際,本件工事も同社が受注することを考えるように水を向けることもしていない。

原判決は,被告人が連絡を取ったのは,いずれも本件工事の場所に近い青梅
市a地区に所在する業者であることも,被告人の供述と整合すると説示するが,被告人に積極的な受注意思があった場合でも,a地区の工事は同地区の業者が受注するという青梅市の建設業界の慣行を踏まえ,同地区の業者に連絡して,b地区のAが受注する意思を事前に伝えたとみることができるから,この点の原判決の説示も説得的なものではない。
小括
以上のとおり,Aにとって本件工事は採算を見込むことができるものであり,経営状況が厳しい中で,Aの年間売上目標の3分の1程度に当たる売上げを計上することができる本件工事を受注することの意味は大きいと考えられるところ,このような点も踏まえ,4月7日以降の被告人のDらに対する言動をみると,本件工事について,被告人には積極的な受注意思があったと認められる。これに反する被告人の供述は信用できないから,このような被告人の供述を排斥することはできないと
して,本件工事を積極的に受注する意思を有していなかった被告人は,もともと低い価格で入札することは考えておらず,他の指名業者の動向を確認することで高い価格での入札ができたわけでもないとした原判決の判断は不合理である。そして,積極的な受注意思を有していた被告人は,Dらに連絡を取り,本件工事を受注したいという意思を直接又は間接に示すなどした上,Dらが所属する5社は,
少なくとも本件工事の予定価格以下での入札はしないと認識し,Aとして,予定価格の10万円単位以下の部分を機械的に削っただけの価格で入札しているところ,30%の数値目標との関係では,Aが入札した工事価格(9700万円)から,120万円余り金額を引き下げることが可能であることにも照らすと,仮に,被告人が上記のような認識を有していなければ,予定価格の10万円単位以下の部分を機
械的に削っただけの価格で入札したとは考え難い。そうすると,被告人には,公正な自由競争で形成される価格よりも,入札施行者に不利益な価格を形成する認識,すなわち,公正な価格を害する目的があったと認められる(なお,被告人が連絡を取っていない業者が,Aよりも低い価格で入札する可能性を排除することはできないが,この点は,公正な価格を害する目的に未必的な面があることを示しているに
すぎない。)。
第5結論
以上のとおり,被告人には公正な価格を害する目的が認められないとした原判決の判断は不合理であるから,原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認がある。この点の事実誤認をいう論旨は理由がある(なお,検察官は,原判決が被告人とF及びLとの間の談合行為を認めなかった点の事実誤認も主張しているが,原判決は,被告人とD,H及びJとの間で談合があったと認定しており,この点の判断に誤りは認められないところ,入札参加者の一部の者によって談合が行われた場合であっても,入札の公正を害する抽象的危険が認められる以上,談合罪は成立するし,この点が犯情に大きく影響するとまではいえないから,上記の主張は,判決に影響を及ぼすことが明らかなものであるとはいえない。)。
第6破棄自判
よって,刑訴法397条1項,382条により原判決を破棄し,同法400条ただし書を適用して更に判決する。
(罪となるべき事実)
上記第1の本件公訴事実と同一である。

(証拠の標目)
省略
(事実認定の補足説明)
1
本件工事の指名競争入札に際し,被告人が公正な価格を害する目的で,Dら
との間で談合行為をしたと認定できることは,上記第4の2で説示したとおりである。
2
上記第4の2でみた被告人とFとのやり取りにおいて,Fは,

あれ頼むな。

という被告人の発言の趣旨を理解した上で,Eは本件工事の受注に積極的ではなく,満額での入札を決めていたことから,異論を述べていないことなどに照らすと,被告人とFとの間で,Aを落札者とする合意が黙示的に成立したと認められる。また,上記第4の2でみた被告人とLとのやり取りの状況に加え,被告人がAの積算資料をLに提供するという通常では考え難い行為に及んでいることに照らすと,被告人とLとの間でも,Aを落札者とする合意が黙示的に成立したと認められる。
(法令の適用)
上記罪となるべき事実の被告人の行為は,刑法60条,96条の6第2項,1項に該当するので,所定刑中罰金刑を選択し,その所定金額の範囲内で被告人を罰金100万円に処し,その罰金を完納することができないときは,同法18条により金1万円を1日に換算した期間被告人を労役場に留置し,原審における訴訟費用は,刑訴法181条1項本文により被告人に負担させる。
(量刑の理由)

本件は,被告人が,青梅市発注の比較的大規模な公共工事の指名競争入札に際し,公正な価格を害する目的で,指名された業者5社の関係者と談合したという事案であるが,入札制度を無意味にして,公共工事の入札に対する信頼を失わせるものであって,犯情はよくない。加えて,被告人が主導して談合を行っていることも考慮すると,被告人の刑事責任を軽視することはできず,被告人に前科前歴がないこと
などを考慮しても,主文の罰金刑が相当である。
(原審検察官の求刑

罰金100万円)

令和2年9月17日
東京高等裁判所第3刑事部

裁判長裁判官

中里智美
裁判官

河原俊也
裁判官

友重雅

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