事件番号 | 平成29(ワ)43480 |
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事件名 | 損害賠償請求事件 |
裁判年月日 | 令和2年8月28日 |
裁判所名・部 | 東京地方裁判所 |
裁判日:西暦 | 2020-08-28 |
情報公開日 | 2020-10-22 14:00:29 |
同日原本領収 平成29年(ワ)第43480号 (ワ)第30755号 口頭弁論終結日 裁判所書記官 損害賠償請求事件(第1事件),平成30年 損害賠償請求事件(第2事件) 令和2年6月19日 判1決主文 第1事件被告A及び第1事件被告学校法人Bは,第 1事件原告・第2事件原告に対し,連帯して,79万 2440円及びこれに対する平成28年6月17日か ら支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2 第1事件原告・第2事件原告の第1事件被告A及び 第1事件被告学校法人Bに対するその余の請求並びに 第1事件被告C及び第2事件被告に対する請求をいず れも棄却する。 3 訴訟費用は,第1事件原告・第2事件原告に生じた 費用を50分し,その48を第1事件原告・第2事件 原告の負担とし,その1を第1事件被告Aの負担とし, その余を第1事件被告学校法人Bの負担とし,第1事 件被告Aに生じた費用を100分し,その93を第1 事件原告・第2事件原告の負担とし,その余を第1事 件被告Aの負担とし,第1事件被告Cに生じた費用を 第1事件原告・第2事件原告の負担とし,第1事件被 告学校法人Bに生じた費用を100分し,その93を 第1事件原告・第2事件原告の負担とし,その余を第 1事件被告学校法人Bの負担とし,第2事件被告に生 じた費用を第1事件原告・第2事件原告の負担とする。 4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することがで きる。 事実及び理由 第1 1 請求 第1事件被告A,第1事件被告C及び第1事件被告学校法人Bは,第1事件原告・第2事件原告に対し,連帯して,1102万2440円及びこれに対する平成28年5月21日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2 第2事件被告は,第1事件原告・第2事件原告に対し,1102万2440円及びこれに対する平成28年5月21日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要 本件は,第1事件被告学校法人B(以下被告法人という。)が設置するD大学(以下本件大学という。)の女子ソフトボール部(以下本件部活動という。)においてキャプテンを務めていた第1事件原告・第2事件原告 (以下原告という。)が,①監督であった第1事件被告A(以下被告Aという。)から抱擁をされるなどのセクシャルハラスメント(以下,単にセクハラということがある。)行為を受け,その結果心的外傷後ストレス障害(以下PTSDという。)にり患したとして,被告Aに対しては不法行為に基づく損害賠償,被告法人に対しては使用者責任又は在学契約に伴う安全配 慮義務等の違反に基づく損害賠償として,②前記①のセクハラ行為について,被告法人,第1事件被告C(以下被告Cという。)及び第2事件被告(以下被告Eといい,被告法人,被告Cとあわせて被告法人らという。)が十分な調査や原告に対する説明を怠るとともに,被告Aに対し適切な処分をしなかったなどとして,被告C及び被告Eに対しては不法行為に基づく損害賠 償,被告法人に対しては代表者である被告Cがその職務を行うについて原告に加えた損害の賠償責任(私立学校法29条,一般社団法人及び一般財団法人に関する法律78条)又は在学契約に伴う安全配慮義務等の違反に基づく損害賠償として,被告ら各自に対し,1102万2440円及び不法行為の日である平成28年5月21日から支払済みまで民法(平成29年法律第44号による改正前のもの。以下同じ。)所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。 1 前提事実(当事者間に争いがないか掲記の証拠によって認められる事実)(1)被告法人は,本件大学等を設置,運営する学校法人である。(当事者間に争いがない) (2)原告は,平成6年1月生まれの女性であり,平成25年4月,本件大学に 入学するとともに本件部活動に入部し,平成28年5月当時にはキャプテンを務めていたが,平成29年3月に本件大学を卒業した。(当事者間に争いがない) (3)被告Aは,昭和17年生まれの男性(平成28年5月当時満73歳)で,平成23年頃から被告法人に職員として雇用され,本件部活動の監督を務め ていたが,平成30年10月31日付けで被告法人を退職した。(乙7,丙1,丙2) (4)被告Cは,平成27年1月,被告法人の理事長に就任した者である。被告Eは,平成21年4月から平成27年3月まで及び平成29年4月から現在まで本件大学の副学長を務める者であり,被告Cの娘婿である。(丙4,丙 5,弁論の全趣旨) (5)原告は,平成28年6月29日,被告法人の学生相談室の主任であり,カウンセラーを務めているF教授に対し,同年5月21日から同年6月頃にかけて被告Aからセクハラ行為を受けたことを相談した。このセクハラ行為の申告があったことは,平成28年7月下旬には当時の本件大学の学長である G学長(当時。)や被告Cに報告されていた。(甲22,丙4) (6)G学長は,平成28年9月3日,被告Cと共に被告Aと面談して事実関係を聴取し,被告Aが原告へのセクハラ行為を認める発言をしたことから,監督の職から解任した。なお,被告Cは,平成28年9月29日付けでこの解任を撤回し,被告Aを総監督という地位に就任させた。(乙7,丙1,丙4)(7)被告法人は,平成28年9月15日,被告Aの原告に対するセクハラ行為について第三者委員会(以下本件第三者委員会という。)を設置した。 被告法人から依頼を受けた弁護士3名から構成される本件第三者委員会は,平成28年12月22日付けで,調査報告書(以下本件調査報告書という。)を作成した。被告法人は,第1事件提訴後の平成30年6月14日,原告に対し,本件調査報告書を証拠提出する方法によって開示した。(丙1,顕著な事実) (8)被告法人では,ハラスメント防止に関する規程(平成26年4月1日施行,平成28年12月15日一部改正施行。以下本件防止規程という。)が定められている。平成28年12月15日の一部改正施行後の本件防止規程の概要は別紙記載のとおりである。(甲50) 2 争点 (1)被告Aの原告に対するセクハラ行為の有無及び不法行為の成否ア 原告の主張 被告Aは,原告に対し,監督と選手という濃密な支配従属関係に起因する強い畏怖心に乗じ,性的意図をもって,次の行為(以下本件各行為 という。)をし,もって,原告の性的自由及び性的自己決定権を侵害し,かつ,教育現場において性的な不快感を与えられずに研究し教育を受けるという原告の利益を侵害した。 本件各行為があったことは,①被告Aが,平成28年9月3日のG学長による事実関係の聴取の際にこれを認めたこと,②その後の減給に対して 異論を述べていないこと,③本件調査報告書においても本件各行為の一部の存在が認定されていることからも明らかである。 (ア)被告Aは,平成28年5月21日午後8時頃,本件大学の施設である埼玉県H市所在のグラウンド(以下Hグラウンドという。)に併設されている合宿所(以下本件合宿所という。)の監督室に原告を呼び出し,二人きりの状態で,原告に対し,椅子に座った体勢で自身の両膝を両手でパンパンと軽く叩きながら 「ここに座りなさい。」 と繰り返し述べ,原告をして被告Aの膝の上に30分以上腰かけさせた(以下本件行為1という。)。(イ)被告Aは,前記(ア)の体勢で,両腕を原告の身体の前方に回し,腹から胸の下あたりで交差させて原告の身体を引き寄せるとともに,自身の 額を原告の背中に30分以上くっつけた(以下本件行為2とい う。)。 (ウ)原告は,前記(イ)の後,被告Aの膝の上から立ち上がり,監督室にある被告Aのベッドに腰かけた。すると,被告Aは,それまで座っていた椅子から立ち上がり,原告の右隣のベッド上に腰かけた上で,お互いに 向き合う体勢になり,原告に対し, 「お前と心と心を通わせてやっていきたい。」 ,「心と心がつながらないとダメ。」 などと言って,右手で,原告の左胸を触った(以下本件行為3という。)。(エ)被告Aは,前記(ウ)に続けて,原告に対し, 「男女の関係は愛だよ。」 ,「おれは原告を女性として見ている。」 ,「原告が私のことを本当に信頼していたら,私が原告に脱げと言ったら,原告は脱げるんだよ。」 ,「行動で示せ。」 ,「原告と私とは赤い糸でつながっている。」 ,「家には女房がいるけど,グラウンドにはいない。お前がその代わりをやれ。」 ,「好きになってほしい。」 などと言った(以下本件行為4という。)。(オ)被告Aは,前記(エ)の発言をした約20分間のうち二,三分の間,原告の太ももをジャージの上から触った(以下本件行為5という。)。(カ)被告Aは,前記(エ)及び(オ)の後,原告に対し 「最近太ってきたんじゃないのか。」 と言いながら,左手で原告の右頬を数秒間触った(以下本件行為6という。)。(キ) 被告Aは,前記(カ)の後,原告に対し, 「ふたりのことは,私の女房とI(本件部活動で当時コーチを務めていたIのことを指す。),チームメイトの誰にも言うな。」 ,「言ったら私が変だと思われるだろ。」 ,「言ったらどうなるのか分かるよな。」 と言った(以下本件行為7という。)。(ク)被告Aは,前記(キ)の後,部屋を出ていこうとする原告に対し,身体の正面から抱きつき,被告Aの両手を原告の背中から腰あたりに回し,その状態を約30秒間続けた(以下本件行為8という。)。 (ケ)被告Aは,平成28年5月28日から同年6月17日までの間に,約6回,本件合宿所の監督室で二人きりになるように原告を呼び出し,入口の引き戸も閉めるよう指示した上で,身体を近付けて抱き付くという抱擁行為をした(以下本件行為9という。)。 (コ)被告Aは,日付は不明であるが午後10時頃,原告を本件合宿所の監督室に呼び出し,パジャマを着てベッドに横になった状態で 「一緒に寝ないのか。」 と述べた(以下本件行為10という。)。イ被告Aの主張 原告の主張は否認し又は争う。 (ア)被告Aは,①本件行為1に関連して,監督室で原告と話をした後に見送る際,腰痛等が強く立って見送ることがつらかったため,その旨を述べ,ここに座りなさいと膝を指し,原告を自身の膝の上に10秒から30秒ほど座らせた状態で,原告を励ます趣旨で背中を軽く叩いたこと, ②本件行為8又は本件行為9に関連して,平成28年5月21日から同年6月頃にかけて,原告を励ます趣旨で,原告と向き合った状態で,その両肩に手を乗せ,ぽんぽんと叩いたことが2回ほどあることは認めるが,それ以外に本件各行為は一切していない。 原告は,本件各行為後となる平成28年6月21日頃,被告Aに対し,手紙(以下6月の手紙という。)(乙3)を渡しているところ,その内容はキャプテンとしてチームをうまくまとめることのできない悩み等の相談であり,被告Aの本件各行為についての言及はない。仮に本件各行為があったとすれば,被害者である原告が被告Aに対してこのような相談はしないはずであって矛盾している。また,被告法人に招へいされた監督である被告Aが,3箇月後に全国大会を控えた平成28年5月 に,キャプテンである原告に対し,突如,本件各行為に及ぶ動機はない。被告Aは,平成28年9月3日のG学長による事実関係の聴取において本件各行為を認めたが,これは,G学長が,セクハラしたか,抱擁したか,原告の身体に触ったか又は嫌がらせを言ったか,というような抽象的な質問を繰り返し,被告Aがこれを否定しても取り合わず,約5時 間にわたり詰問を続け,これ以上拒否していると,外部報道やマスコミに訴えることになる,本学には大変マイナスのことになる,今認めれば話を漏らさずに処理するなどと述べたため,被告Aとしては,恩義のある被告法人のため嘘でも認めることがよいと考え, 「じゃ,私がやりました。」 と述べたものであって,虚偽の自白を強いられたものである。なお,本件行為4について,被告Aは,原告に対し, 「赤い糸でつながっているようだなぁ。」 という発言を全く別の機会にした可能性があるが,それはあえて大学を入り直してまで本件部活動に参加したという原告の入部の経緯を踏まえての発言である。また,被告Aは,その妻が合宿に同行しなかったときに,膝痛があることから,原告に対し,「女房がいないから代わりに取り込んでくれないか。」 と屋上の洗濯物の取り込みを頼んだことがあった。さらに,時期は不明であるが,被告Aは,原告に対し,29歳で初めて監督を経験したJ時代に,真夏の郡山で行われた決勝戦で,J高校ソフトボール部の部長が,選手らに対し,『ブラジャーなんか取ってこい』と言い,選手たちが応じたという出来事を目にした経験があり,こんなことまで言える監督と選手間の信頼関係に非常に驚いた。との話をしたことがあり,この発言が過大に受け止められた可能性がある。(イ)仮に,本件各行為に当たる事実が認められるとしても,セクハラ行為は,行為の態様,行為者の職務上の地位,年齢,行為を受けた側の年齢,両者のそれまでの関係,当該言動の行われた場所,その言動の反復 継続性,行為を受けた側の対応等を総合的にみて,それが社会的見地から不相当とされる程度のものである場合に初めて人格権侵害として違法となるというべきであるし,性的不快感を与える行為が不法行為といえるためには,相手方に対して性的不快感を与えることを殊更意図して行われたものであることを要する。 被告Aは,本件行為1に関連して,前記(ア)記載のとおり,原告を見送る際,腰痛等が強く立って見送ることがつらかったため,原告を自身の膝の上に30秒ほど座らせた状態で,原告を励ます趣旨で背中を軽く叩いたが,これは性的意図に基づくものではなく,また,原告も嫌がる素振りはなかったのであるから,被告Aと原告との間の監督とキャプテ ンという信頼関係がある中での1回だけの行為であって原告に対し過度に性的不快感を与える行為とまではいえないから,社会的見地からみて不相当とまではいえず,不法行為には当たらない。なお,被告Aは,当時満73歳であって,膝半月板損傷(右変形性膝関節症)で手術を受け通院を続けるなど膝痛を抱えていて,原告を30分も膝の上に座らせる ことは不可能であった。 また,被告Aは,本件行為8又は本件行為9に関連して,前記(ア)記載のとおり,原告を監督室に呼び出した際,原告と向き合った状態で,原告の両肩に手を乗せ,ポンポンと叩いたことが2回ほどあるが,監督として部員を励ます際に自然にされる類の身体的接触であって,その態様等からしても性的意図は全くなく,社会的見地からみて不相当とはいえず,不法行為には当たらない。 ウ 被告法人らの主張 被告Aが,原告に対し,本件各行為をしたことは,本件調査報告書に記載された限度で認め,その余は不知。 (2)本件各行為が行われたことに係る被告法人の使用者責任又は債務不履行責任の有無 ア 原告の主張 (ア)債務不履行責任(民法415条) 被告法人は,原告との間の在学契約関係上の信義則に基づき学生である原告の教育研究環境を整える義務及び安全配慮義務を負担しているところ,被告Aは被告法人が学生に対して負う前記義務の履行補助者の立 場にある。そして,原告は,被告Aによる本件各行為によって,著しい不快感を覚えたのであるから,被告法人は,原告に対する教育研究環境整備義務及び安全配慮義務違反の債務不履行責任を負う。 (イ)使用者責任(民法715条) 被告法人は,被告Aの使用者であるから,使用者責任を負う。 イ 被告法人の主張 原告の主張は否認し又は争う。 (3)本件各行為への対応に係る被告法人らの不法行為責任及び債務不履行責任の成否 ア 原告の主張 被告Cは被告法人の理事長として,被告Eは学長が不在となった本件大学の副学長という理事長に代わり法人内部の実務を取り仕切るナンバー2の権限を有する者として,被告法人は前記(2)ア(ア)でみた在学契約関係上の信義則上の義務の一環として,また本件防止規程4条1項に基づいて,それぞれ,原告から申告のあった本件各行為について誠実かつ適正な調査をして被害者である原告にその結果を説明するとともに,その調査結果に基づいて被告Aに対する学内での処分等のしかるべき対応をとるなど,教育研究環境整備義務及び安全配慮義務を負うところ,次のとおりこれを意図的に怠り,原告の精神的苦痛を拡大させた。よって,被告C及び被告Eは不法行為責任を,被告法人は債務不履行責任及び理 事長である被告Cがその職務を行うについて第三者に加えた損害を賠償する責任を負う(私立学校法29条,一般社団法人及び一般財団法人に関する法律78条)。 (ア)本件各行為に係る事案の調査,報告及び説明に関する不法行為a 被告法人らは,原告に対し,被告Aを総監督に復帰させた根拠,又は被告Aに対する処分の有無,内容及び根拠について,原告が要求し たにもかかわらず,一切説明しなかった。 b 被告法人らは,本件調査報告書において被告法人が被害者である原告に対して調査のプロセスを開示し納得感を得られるようにするのが肝要である旨の指摘がなされていたにもかかわらず,また,原告から開示要求があったにもかかわらず,被害申告をした原告に対する本件 調査報告書の開示に条件を付けるなどして,平成30年6月14日まで一切の開示を拒否した。 c 被告法人らは,原告に対する説明がないまま,遅くとも平成29年9月には,被告Aを,本件部活動の部員たちと接触する本件部活動の 現場に復帰させた。これは,本件防止規程4条2項に明確に違反する,原告の人格権に対する重大な侵害行為である。 d 被告C及び被告Eは,本件に関する隠ぺい工作をした。 すなわち,被告C及び被告Eは,本件についての調査を行い,被告Aに対して監督解任処分を行ったG学長に対する学長,理事及び評議員の解任解職処分をして被告法人から追放する一方,被告Aの代理人として活動していたK弁護士を被告法人の顧問弁護士とした。また, 被告C及び被告Eは,被告Eが平成28年12月20日付けで本件大学の事務局長に就任したことにより,ハラスメント防止対策委員会を設置することが可能であったにもかかわらず,これをせず,平成29年10月24日,教授会において,原告からの本件調査報告書の開示要求が相当期間にわたってなかったことをもって,開示要求は終了し たものと扱った上,被告Aに大きな性犯罪がみられなかったとの弁護士からの報告のみに基づいて被告Aに大きな疑義はないと断定し,被告Aを監督職に復帰させる旨の被告法人の判断を後押しし,被告法人と共に本件各行為のもみ消しを図った。 本件訴訟に至っても,被告Cは,被告法人の要請に基づいて定めた G学長と被告法人との間の守秘義務条項を理由として,法廷における供述を漫然と拒み,また,被告Eは本件調査報告書について,K弁護士から確認をしたにもかかわらず,被告Cから聞いたとの虚偽の供述をした。これらの行為は,本件各行為についての事案解明を阻害するものであって,本件防止規程4条2項に違反する。 (イ)被告Aに対する処分に関する不法行為 a 被告Cは,本件第三者委員会の調査報告が未了であるにもかかわらず,被告Aにつき,平成28年9月3日付けの監督職解任を同月29日付けで独断で撤回して本件部活動の総監督の地位に就かせ,同年1 0月以降,本件部活動の部員に対する指導を再開させた。被告Aは,原告に対するセクハラ行為だけではなく,原告の先輩部員である女子学生に対するセクハラ行為もしていた人物であり,被告Cは,F教授及びG学長を通じて,明確に被告Aのセクハラ行為の事実について認識していたにもかかわらず,原告を含めた女子部員と接触可能な指導現場に被告Aを復帰させたものである。 b 被告法人らは,被告Aに対し,原告に対する不法行為を認めさせた上で謝罪させることを含め何ら適切な処分をしなかった。 c 被告Aは,代理人であったK弁護士を通じて,当時の原告代理人であったL弁護士に対し,平成29年2月9日付けの通知書(甲23)を送付し,原告の公益財団法人日本ソフトボール協会に対する通報が被告Aの名誉を毀損し,L弁護士の被告Aに対する同年1月24日付 けの通知書(甲37)の内容が被告Aに対する恐喝罪に当たるなどと,原告が加害者であるかのような主張をすることで,原告に2次被害を与えているところ,被告法人らは,被告Aのこのような主張を撤回させることなく放置した。 イ 被告法人らの主張 原告の主張は否認し又は争う。 (ア)本件各行為に係る事案の調査,報告及び説明に関する不法行為被告Cは,被告Aの原告に対するセクハラ行為の問題について事務局長を委員長としたハラスメント防止対策委員会を開催すべきであると考 えたものの,平成28年7月末日に事務局長が辞任していたため,委員長が不在で当該委員会を開催できない状態(本件防止規程に従った正規の調査手続を執ることができない状態)であった。しかし,平成28年9月10日,本件部活動の部員らに対し,被告Aのセクハラ問題が公表される事態となったこともあり,被告Cは,至急事実関係の調査と対応 の検討が必要であると考え,同月15日の理事会において,本件第三者委員会を設置する旨の緊急付議事項を提案し,本件第三者委員会に対し,事実関係の調査と法律意見の提出を委嘱したものである。 被告C(被告法人)は,本件調査報告書が被告法人において事実関係の調査とその後の対応を検討するためのものであり,かつ,調査対象者である原告及び被告Aのプライバシーを多分に含むものであることから,第三者に提供することは予定していなかったところ,原告の意向や関係者へのプライバシー等に配慮しつつ,本件部活動の運営や部員らに更なる動揺を与えず,本件部活動の運営に悪影響を与えないように配慮する観点から,原告が第三者に本件調査報告書を開示しないと誓約するのであればこれを開示する旨を伝えたが,原告が同意しなかったために開示 に至らなかった。このような条件付きの開示は,被告法人において被告法人や被告Aをひぼう中傷するビラが配布される事態となり,本件部活動の運営にも支障が出ていた状況があったことに鑑み紛争の拡大を防ぐためのやむを得ない措置であり,原告に対する何らかの義務違反を構成するものではない。なお,被告C(被告法人)は,原告の代理人であっ たL弁護士と平成29年3月ないし4月頃までやり取りをしていたが,その後半年以上原告から何の請求もなく,原告本人からも,書面又は口頭による面談要請はなかった。 なお,被告Eは,平成28年当時から被告Aの本件各行為の件に一切関与しておらず,平成29年10月の教授会においても,被告Cから被 告Aの復帰の報告を受け,その事実を報告したにすぎない。 (イ)被告Aに対する処分に関する不法行為 被告Cは,平成28年9月3日のG学長による聴取の際の被告Aの自白が,概括的にセクハラを認めるというだけで悔悟した上でのものではないように感じたこと,その後被告Aから被告法人に対しセクハラを否 認する内容の内容証明郵便が送付されたことなどから,事実確認が十分でないとして,本件第三者委員会に調査を委嘱するとともに,被告Aの解任を撤回しつつ,当面の間謹慎させることとし,名目上の総監督に就任させ,本件部活動への参加を容認せず,部員らへの指導もさせないこととし,給与の減額処分をしたものである。 現に,被告Aは,平成28年9月から平成29年8月まで出勤せず,本件部活動の部員らへの指導は一切していない。被告Aが個人的にHグ ラウンドを訪問したことがあったとしても,被告C(被告法人)は,被告AやIからの報告がなかったため,被告Aに対しHグラウンドに行くことを慎むように伝える機会がなかっただけであって,被告AがHグラウンドを訪問することを容認していたわけではなく,平成29年2月の被告AのHグラウンド訪問を把握した際には,謹慎中である以上そのよ うな行動を慎むように伝えている。 また,給与の減額については,被告法人は,平成28年9月以降,謹慎に伴い本件部活動の指導業務をしないこと及び一連の騒動を起こしたことを理由として,被告Aの給与を3分の2に減給し,本件調査報告書の結果及び一連の騒動を起こした責任も踏まえて,同年12月以降もこ れを継続することとし,平成29年4月には基本給を月額45万円から35万円へと減額しており,適切な処分を課している。なお,平成28年12月当時,被告法人は,本件調査報告書の内容を踏まえて被告Aを総監督から解任することも考えたが,本件調査報告書によれば,被告Aの行為は重大な性犯罪に当たるものではなかったことから,謹慎と給与 の減額を継続しつつ,平成29年4月の段階で更なる給与の減額をしたものである。 なお,被告法人らは,被告A自身の立場,判断で原告に送付した通知書(甲23)の主張を撤回させるまでの義務を負うものではない。(4)因果関係及び損害の額 ア 原告の主張 被告Aの本件各行為によって,原告は,平成28年7月13日,PTSD,うつ状態及び不眠症と診断され,その治療を余儀なくされ,次のとおり合計1102万2440円の損害を被った。原告は,平成28年4月当時,キャプテンとしての役割,責任に悩んでいたためよく眠れないと感じていたことはあったが,その程度はひどいものではなく,持病である偏頭痛も鎮痛薬を常用するほどのものではなかったところ,本件各行為により,不眠症の程度は悪化し,偏頭痛についても鎮痛剤を常用せざるをえないほど深刻化したのであって,前記の症状は被告Aの本件各行為によるストレスと因果関係がある。 (ア)被告Aの本件各行為についての慰謝料 500万円 原告は,被告Aの本件各行為によりPTSD,うつ状態及び不眠症になり,現在も男性恐怖症や不眠症に悩まされ続けている。また,原告は,本件部活動の最後の大会の会場に行くこともできず,著しい精神的苦痛を被った。しかし,被告Aは,本件各行為を認めた上での謝罪をする意向はない旨を明らかにするなど原告への被害回復は全く図られていない。したがって,被告Aの本件各行為に係る原告の慰謝料としては500万円を下らない。 (イ)治療費等合計 a 2万0400円 Mクリニックの診察費(平成28年7月13日,同年9月23日,平成29年11月4日の3回分)及び文書料合計1万3640円 原告の通院が3回だけである理由は,精神的ダメージによりベッドから起き上がれず,また被告AがいるNにあるMクリニックに近づくことができない心理状態に陥っていたためである。原告は,友人との連絡も取れず,また,平成28年6月下旬の面接で現在の勤務先の内 定を得て以降,就職活動をしたくてもできない状態が相当期間にわたって続いていた。 b 社会医療法人財団石心会埼玉石心会病院の救急医療費 (ウ)前記(ア)及び(イ)についての弁護士費用 6760円 50万2040円 (エ)本件各行為後の被告法人らの対応についての慰謝料額 500万円 原告は,両親とF教授と共に,被告Aの本件各行為に係る責任追及を求め,被告法人に働きかけたにもかかわらず,被告C及び被告Eが主導 して被告Aを総監督に復帰させるなど,本件各行為の問題は全く解決されずむしろ事態のもみ消しが図られた。このような被告法人らの対応によって,原告の精神的苦痛はさらに拡大しており,その額は500万円を下らない。 (オ)前記(エ)についての弁護士費用 50万円 (カ)結論 以上のとおり,原告は,被告Aの本件各行為によって,前記(ア)ないし(ウ)の合計額552万2440円の損害を被り,被告法人らの本件各行為後の対応によって,前記(エ)及び(オ)の合計額550万円の損害を被った。 イ 被告Aの主張 (ア)PTSDは,生死にかかわるような実際の危険にあった場合などに発症するとされ,発症者はそのトラウマを忘れようと振る舞うことが多いと考えられるところ,平成28年6月21日,原告は,被告Aに対し, 6月の手紙を渡していることから,PTSDとの診断には疑問がある。仮に,原告がPTSDにり患していたとしても,その原因は,原告が本件部活動においてレギュラーメンバーではないにもかかわらずキャプテンを務めなければならないという負担の中で,チームメイトとの不和やチームをまとめられていないことに対してストレスを感じていたことで あって,その頃から既に不眠症状が現れていたというのであるから,平成28年5月21日から同年6月17日までになされたという本件各行為がPTSDにり患した原因とはいえないし,仮に原因の一部だったとしてもその寄与の割合は3割程度にすぎない。 (イ)仮に,本件各行為とPTSDへのり患との間に相当因果関係が認められるとしても,原告は精神科にわずか3回通院したのみであり,平成28年6月頃には,部活動と並行して就職活動を積極的にしていたこと, 被告Aには性的意図や計画性はなく,頻度や回数の点でも悪質ともいえないことも踏まえれば,原告が主張する慰謝料額は過大である。 (ウ)以上でみてきたように,原告にはキャプテンとしてのストレス等や元々の不眠症状があり,原告自身の通院態度及び服薬態度等が症状の発生等に寄与していることは否定し難いから,民法722条2項を類推適 用し,少なくとも7割の訴因減額がなされるべきである。 ウ 被告法人らの主張 原告が精神的な苦痛を受けた最も大きな要因は,被告Aによる本件各行為ではなく,原告自身が本件部活動における人間関係や部活動の運営,キャプテンなのにレギュラーではなく試合に出ることができないことな どについて悩んでいたことであるし,仮に,本件各行為と原告の損害との間に一定の因果関係が認められるとしても,その寄与の度合いは極めて低く,被告A及び被告法人の責任について,相当程度の減額がなされるべきである。 第3 1 当裁判所の判断 争点(1)(被告Aの原告に対するセクハラ行為の有無及び不法行為の成否)及び争点(2)(本件各行為が行われたことに係る被告法人の使用者責任又は債務不履行責任の有無)について (1)証拠(甲1ないし甲4,甲7の1ないし3,甲8,甲9,甲12ないし甲 18,甲22,甲46,甲47,乙2ないし乙4,乙6,乙7,丙1,丙2,丙3の1ないし11,丙4,丙5,証人I,原告本人,被告A本人,被告C本人)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。 ア 被告Aは,ソフトボールの日本男子ナショナルチームに招へいされるなどソフトボール選手として活躍した後,J高等学校,O株式会社,P高等学校,株式会社Q,株式会社R,中国のS大学などで,ソフトボ-ルチームの監督又はコーチを歴任し全国優勝の経験もある者であり,日本女子ソ フトボール界において,監督としての実力が高く評価されていた人物であった。被告Cは,本件部活動の強化のため,平成23年頃,被告Aを監督として招へいし,被告法人の職員とした。被告Aが監督になってから,本件部活動は平成24年度から平成27年度までT大学選手権大会で4連覇を達成した。本件部活動は,本件大学のホームページにおいて強化クラブ として監督や部員が紹介され,また,年間試合スケジュールも公開されるなど,被告法人としてその活動を対外的に積極的に発信するものとなっている。また,被告Aは,平成28年5月当時満73歳であって,膝半月板損傷(右変形性膝関節症)で手術を受け,膝痛を理由に通院を続けていた。(甲1,乙4,乙7,丙1,丙2,原告本人,被告A本人,弁論の全趣旨) イ 原告は,高校卒業後,宮城県内の大学に進学したが,本件部活動において被告Aの指導を受けたいと考えて,前記大学を中退し,平成25年4月,本件大学に入学するとともに本件部活動に入部した。(甲46,原告本人,弁論の全趣旨) ウ 被告Aは,原告が大学3年生であった平成27年9月頃の本件部活動の代替わりの際,キャプテンに,レギュラー選手ではなかった原告を任命した。なお,大学4年生の部員も,大学を卒業する平成28年3月までは引き続き練習に参加し,後輩の指導に当たっていて,本件部活動は同月の大会で優勝するなどしていた。(乙7,丙1,弁論の全趣旨) エ 平成28年4月頃,レギュラー選手の多くを構成していた本件部活動の大学3年生(原告の1学年下)の部員らは,本件部活動のコーチであったIに対し,原告の考え方が自分達と違うなどの不満を訴えており,Iは,原告のキャプテンとしてのチームのまとめ方や,被告Aからの指示の伝達がうまくいっていないと感じていた。(丙1,証人I) オ 原告は,平成28年4月頃,Iに対し,不眠症状により昼夜が逆転している旨を訴えていた。(丙1,証人I) カ 本件部活動は,平成28年5月14日又は15日,第68回全日本総合ソフトボール選手権大会東京都予選会で敗戦し,これを受けて,被告Aは原告に対し,監督である被告Aの心を理解しようとしなければならないなどと指導をした。(甲46,原告本人,弁論の全趣旨) キ 原告は,平成28年5月17日頃,被告Aに対して同月16日付けの手紙(以下5月の手紙という。)を渡し, 「正直,私はこの今のチームをどういう様にして引っぱっていけば良いのか,悩んでばかりいました。」 ,「私が監督の想いが分からなかったら,チームなんてうまくいきっこありません。」 ,「こんなチームですが,私がキャプテンで監督と一緒にこのチームで優勝したいです。」 ,「これから,監督の下で,監督と一緒に,この今のチームをどうにか変えたいです。立て直したいです。」 などと原告が本件部活動のチームのまとめ方で悩んでいること,また,「もっともっと監督のことが好きになりました。」 ,「今,更に,監督の事が大好きです。」 ,「監督と家族のような信頼関係で結ばれたいです。」 「これから,もっともっともっと近い存在になって心の中を誰よりも分かる,そんな人になりたいです。そして監督を支えたいし,もっと気持ちを分かりたいです。」 などと原告が被告Aと信頼関係を築いていきたいと思っていることを伝えた。(乙2,丙1,弁論の全趣旨)ク 原告は,平成28年5月21日,他の部員数名と共に,本件合宿所に宿泊していたところ,午後8時頃,被告Aから本件合宿所2階の監督室に呼び出された。 原告が監督室を一人で訪れると,被告Aは,原告に対し,椅子に座った体勢で自身の両膝を両手でパンパンと軽く叩きながら 「ここに座りなさい。」 と繰り返し述べ,原告をして被告Aの膝の上に数分間腰かけさせた上,両腕を,膝の上に腰かけた原告の身体の前方に回し,腹から胸の下あたりで交差させて原告の身体を引き寄せるとともに,自身の額を原告の背中に数分間くっつけた(本件行為1及び本件行為2)。原告は,強い違和感,不快感,緊張を感じたが,そのままの姿勢を維持せざるを得なかった。その後,原告は,被告Aの膝の上から立ち上がり,監督室においてあっ た被告Aのベッドに腰かけた。すると,被告Aは,それまで座っていた椅子から立ち上がり,原告の右隣のベッド上に腰かけた上で,お互いに向き合う体勢になり,原告に対し, 「お前と心と心を通わせてやっていきたい。」 ,「心と心がつながらないとダメ。」 などと言って,右手で,原告の左胸を触ったので(本件行為3),原告は,身体をのけぞらせて逃れようとした。 被告Aは,さらに,原告に対し, 「男女の関係は愛だよ。」 ,「おれは原告を女性として見ている。」 ,「原告が私のことを本当に信頼していたら,私が原告に脱げと言ったら,原告は脱げるんだよ。」 ,「行動で示せ。」 ,「原告と私とは赤い糸でつながっている。」 ,「家には女房がいるけど,グラウンドにはいない。お前がその代わりをやれ。」 などと言った(本件行為4)。これらの話をする間,被告Aは,二,三分の間,原告の太ももをジャージの上から触った(本件行為5)。その後,被告Aは,原告に対し 「最近太ってきたんじゃないのか。」 と言いながら,左手で原告の右頬を数秒間触った(本件行為6)。そして,被告Aは,原告に対し, 「ふたりのことは,私の女房とI,チームメイトの誰にも言うな。」 ,「言ったら私が変だと思われるだろ。」 ,「言ったらどうなるのか分かるよな。」 と言った(本件行為7)。この後,被告Aが他の部員の所に戻るよう指示したことから,原告は監督室を立ち去ろうとした。すると,被告Aは,部屋を出ていこうとする原告に対し,身体の正面から抱きつき,被告Aの両手を原告の背中から 腰あたりに回して抱き付く状態を約30秒間続け(本件行為8),その後,原告を立ち去らせた。(甲46,乙7,丙1,原告本人,被告A本人) ケ 原告は,平成28年5月21日午後10時頃,本件部活動の2学年上で元キャプテンであった先輩女性に対し,LINE(メールのようにインタ ーネット上で電子的に文字情報をやり取りできるアプリケーション。)及び電話を使って,Uだめだ,監督がイス乗っててあたしを膝の上のれっていわれてうしろからだきしめられた,ずっとかおもくっつけられた,太もも触られたし胸もないけど,触られたしほっぺも, 胸は前から,向き合って話ししてて,心と心って言いながら, あとは前から抱きしめられた,何も着てないのか?,って言われながらなどと,原告が,被告Aから膝の上に乗れと言われて,後ろから抱きしめられた状態で顔を身体にくっつけられたこと(本件行為1,2),太ももや頬を触れられたほか(本件行為5,6),心と心と言いながら胸を正面から触れられたこと(本件行為3),何も着てないのかと言 われながら正面から抱きしめられたこと(本件行為8)を伝えた。(甲2,甲46,原告本人) コ 被告Aは,平成28年5月28日から同年6月17日までの間にも,原告に対し,本件合宿所の監督室で二人きりになった際,入口の引き戸を閉 めた状態で,身体を近付けて抱き付く抱擁行為を約6回した。 また,被告Aは,上記の期間中に本件合宿所に宿泊した日の午後10時頃,原告を監督室に呼び出し,パジャマを着てベッドに横になった状態で, 「一緒に寝ないのか。」 と言った。(甲46,原告本人)サ原告は,被告Aから,悩みがあるなら手紙を書いてこい,と言われたことから,平成28年6月21日頃,被告Aに対し,6月の手紙を渡し, 「私は,キャプテンになる前チームのみんなと本当に仲が良かったです。」 ,「私もチームが大好きでみんなが好きで,嫌われているなんて思ったこともありませんでした。」 ,キャプテンで前のようなみんなとの信頼関係はどんどん崩れていきました。みんなから良く思われず,文句を言われて,信頼とは程遠いものにどんどんなっていきました。でも,それは私自身に問題があったから,だと思うので自分を改めようとしました。などと本件部活動の部員らとの関係に悩んでいることを相談するとともに,1か月ほど前から不眠症状になり,頭痛がひどいことなども伝えた。(乙3,丙1,原告本人,弁論の全趣旨) シ 原告は,平成28年6月29日,被告法人の学生相談室の主任であり,カウンセラーを務めているF教授(臨床心理士,臨床発達心理士の資格を 有する。)に対し,従前から相談していた就職活動の相談とともに,被告Aの本件各行為のうち,お前とは赤い糸でつながっている, 「男女の関係は愛だよ。」 ,「おれは女性として見ている。」 ,「脱げと言ったら脱げるんだよ。」 ,「行動で示せ。」 などと言われたこと(本件行為4),抱きしめられ(本件行為8),胸を触られたこと(本件行為3),「膝の上に座れ。」 と言われ断れなかったこと(本件行為1),「一緒に寝たい。」 と言われたこと(本件行為10)を報告し,相談をした。なお,原告自身の意向によって,同年8月末の全日本大学女子ソフトボール選手権大会が終わるまでは,被告Aに対し何も知らせず,事実関係の調査は留保することとなった。(甲16,甲22の資料①,丙1,弁論の全趣旨)ス 原告は,平成28年7月6日,被告Aとの間で本件部活動の部員がそれぞれやりとりをしている部活ノートに, 「信頼関係はあっても,一線はあると思う。私は,自分のお父さんとも信頼はあるものの,抱擁や接触関係は全く無い。だけど親のことは誰よりも信用している。」 と記載した。(甲22の資料⑤,甲47,原告本人)セ 原告は,平成28年7月12日,F教授に対し,電子メールで,最近視界が一瞬白くなることがある,寝ている時にけいれんしていると言われた,右目も痛い,何もかも疲れた。全部いやで,学校に行きたくない,病院に行くか迷っているなどと伝えた。これに対し,F教授は,早めに病院に行った方がいいと思う,練習は全く休めないのか,と返答した。(甲3) ソ 原告は,平成28年7月13日,上京した原告の母親及びF教授と共に,Mクリニックを受診し,頭痛や吐き気,ふらつき,不眠,目の痛み,視界が真っ白になったり切れたりする,就寝中にけいれんするなどの症状があることを訴えるとともに,被告Aに抱きしめられたこと(本件行為8),絶対に言うなと口止めされたこと(本件行為7),及び 「男女の信頼は愛だ。」 などと言われたこと(本件行為4)などを説明した。MクリニックのM医師は,診察の結果,原告についてPTSD,うつ状態,不眠症であると診断した。なお,平成28年9月23日付けのM医師の診断書には,同年5月頃から,本件部活動の監督によるセクハラ,パワハラがあり,同年7月13日に初診をし,同年9月23日時点でもPTSDの症状が残存しているため,継続的な通院加療が必要である旨の診断が記載されてい る(甲4,甲7の1・3,甲12ないし甲15,甲17,甲22の資料⑥,弁論の全趣旨) タ 原告は,平成28年7月13日,同年9月23日及び平成29年11月4日の3回,Mクリニックに通院した(甲7の1・2,甲8,弁論の全趣旨)。 チ 原告は,平成28年7月13日から同月31日までの間,本件部活動の練習を休み,仙台市内の実家に帰っていたが,同年8月1日頃,本件部活動の練習に復帰し,同月7日,本件部活動として,第31回東日本大学女子ソフトボール選手権大会に出場したが,1回戦で敗退した(甲22,甲46,乙7,原告本人,被告A本人,弁論の全趣旨) ツ 原告は,平成28年8月10日,Hグラウンドでの練習中に手足がけいれんして立っていられない状態になり,救急車で埼玉石心会病院に救急搬送された。被告Aは,翌11日になってから,原告の両親に連絡をした。(甲9,甲46,丙1,原告本人,被告A本人,弁論の全趣旨) テ 原告は,平成28年8月11日以降,本件部活動の練習に合流せずに帰宅し,それ以降練習に参加しておらず,同月26日に鹿児島県で開催され た文部科学大臣杯第51回全日本大学女子ソフトボール選手権大会(大学4年生である原告が参加する最後の大会であった。)にも参加できなかった。(甲46,原告本人,弁論の全趣旨) ト 前記大会が終了したことから,被告法人において被告Aの本件各行為に対する対応を開始することとなり,平成28年9月1日午前11時頃から 午後0時45分頃までの間,被告法人の応接室において,G学長が,被告Aに対し,被告C同席の下,原告の申告に係る事実関係について質問したが,被告Aは当該事実関係を否定した。(丙1,丙4,被告C,弁論の全趣旨) ナ 原告は,平成28年9月3日午前10時半頃から午後1時頃までの間,原告の両親及びF教授と共にG学長と面談し,被告Aによる本件各行為について報告した。その際に,原告は,G学長に対し,被告Aからの抱擁行為は5,6回くらいで強く抱き合うように求められたこと(本件行為9), 「女性として見る。」 ,「グラウンドには女房がいないから。」 と言われたこと(本件行為4), 「奥さん,コーチ,チームメイトにも誰にも言うな。」 ,「俺が変な人と思われる。」 ,「最初から誰にも言うな。」 と言われたこと(本件行為7),膝の上に座らせられて後ろから抱きつかれたこと(本件行為1,2)及び「一緒に寝ないか。それは違うな。」 (本件行為10)と言われたことなどを説明した。また,原告の父親は,G学長への要望として,被告Aの行為が許せないことからクビにした上で,本件部活動の部員や親に事実を伝えて,原告自身と親の名誉を回復したい,被告Aが辞めないのであればソフトボール協会やマスコミに言うしかないと述べた。その後,被告Cが合流し,原告及びその両親に対し,同日付けで本件部活動の監督とコーチを交代し,被告Aがコーチになり,Iが監督になる新体制での活動が開始したこと,被告Aには部員と二人きりにならないように話したことなどを説明した。(甲22の資料⑦,甲46,原告本 人) ニ G学長は,平成28年9月3日午後4時頃から午後9時頃までの間,被告C同席の下,被告Aから原告に対する本件各行為についての事実関係の聴取をした。被告Aは,当初,本件各行為について否認を続けていたが,G学長から,セクハラしたか,抱擁したか,原告の身体に触ったか,嫌が らせを言ったか,というような質問を繰り返し受ける中で,午後9時頃になって, 「じゃあ,私がやりました。」 と発言し,その場で本件部活動の監督職を解かれた。(乙7,丙4,被告A本人,被告C本人,弁論の全趣旨)ヌ 平成28年9月9日及び11日,当時,被告Aの代理人であったK弁護士は,被告法人に対し,被告Aの原告に対する本件各行為の事実を否認する旨の内容証明郵便を送付した。(被告C,弁論の全趣旨) ネ 被告法人の理事会は,平成28年9月15日,被告Cの提案に基づきV,W,Xの弁護士3名から構成される本件第三者委員会を設置し,被告Aの 原告に対する行為について調査及び報告を委嘱し,被告Aの監督解任などの処分の妥当性についての検討は,本件第三者委員会の報告を待ってすることとした。原告も,平成28年11月11日,本件第三者委員会のヒアリング調査に応じた。(甲46,丙1,弁論の全趣旨) ノ F教授は,平成28年10月21日,第三者委員会のヒアリングに際して,原告の承諾を得た上での情報提供として,原告との面接の概要をまとめた資料を作成した。同資料中には,平成28年7月13日の原告との面 談の際に,被告Aから好きになって欲しい(本件行為4)と言われたことがあったと聴取した旨の記載がある。ただし,同面談時の手書きのメモ(甲22の資料⑥)には,当該発言に係る記載は見当たらない。(甲22) ハ 本件第三者委員会は,平成28年12月22日付けで,本件調査報告書を被告法人に提出した。 本件調査報告書では,被告Aが,平成28年5月21日,原告を膝の上に座らせたこと(本件行為1)及びその後同年6月上旬までの間に少なくとも原告に対し2回抱擁をしたこと(本件行為8,9)については被告Aも認めているとし,また,趣旨や前後の文脈について原告と被告A の主張が対立しているものの 「好きになって欲しい。」 とか「信頼関係があれば,服を脱げるんだよ。」 といった発言があった事実もヒアリング調査の結果認めることができるとし,これらはセクハラに該当するものと判断したことが記載されている。(丙1)ヒ さいたま地方検察庁川越支部の検察官は,平成31年3月14日付けで,被告Aに対し,被告Aの原告に対する暴行被疑事件について同年2月15日に不起訴処分とした旨を告知した。(乙6) (2)本件各行為の認定についての補足説明 ア 本件各行為について,平成28年5月21日午後8時頃,被告Aが原告に対し本件合宿所の監督室において自身の膝の上に座ることを求め,少なくとも10秒から30秒程度原告をして膝の上に腰かけさせたことは当事者間で争いがないものの,被告Aはその余の本件各行為をしたことを否認しており,被告Aの供述(乙7,被告A本人)にはこれに沿う部分がある。イ しかし,まず本件行為1,2,3,5,6及び8については,当該行為があったとされる日時の直後に,原告が2学年上の先輩女性に対して被告Aから当該行為をされたことをLINEで伝えている上に(前記(1)ケ), 平成28年6月末頃以降,原告がF教授への相談,Mクリニックでの診療及びG学長との面談において同旨の報告,相談をしていること(前記(1)シ(本件行為1,3及び8),同ソ(本件行為8),同ナ(本件行為1及び2)),原告は,被告Aの指導を受けるためにわざわざ本件大学に入学し直した上(前記(1)イ),本件各行為の直前には,被告Aとの信頼関係を 築いていきたい旨の5月の手紙を差し入れるなどしていたものであって(前記(1)キ),本件各行為時点において,原告が被告Aを監督として信頼していたことがうかがわれるところ,そのような原告が被告Aを貶めるような虚偽の報告をする動機がないことからすると,被告Aから本件行為1,2,3,5,6及び8の行為を受けたとの原告の供述(甲46,原告 本人)の信用性は高く,これに反する被告Aの供述を採用することはできない。 ただし,本件行為1,2については,原告は30分以上原告が被告Aの膝の上に座らさせられていたと主張し,その旨を供述するが(甲46,原告本人),被告Aの年齢や膝が悪かったことなどに鑑みると(前記1 (1)ア),30分以上にわたって成人女性である原告を膝の上に座らせておくことは困難であったと考えられるから,その時間は数分程度のものであったと認める。 ウ また,本件行為4の被告Aの各発言については,原告が,本件行為4から約1か月後の平成28年6月29日,F教授に対し 「男女の関係は愛だよ。」 ,「おれは原告を女性として見ている。」 ,「脱げと言ったら脱げるんだよ。」 ,「行動で示せ。」 ,「お前とは赤い糸でつながっている。」 と言われたことを報告,相談し(前記(1)シ),同年7月13日にMクリニックにおいても「男女の信頼は愛だ。」 との発言があったことを述べており(前記(1)ソ),同年9月3日,G学長に対しても,女性として見る,「グラウンドには女房がいない。」 旨の発言があったことを報告しているところ(前記(1)ナ),その発言内容はいずれも具体的であること,前記イで検討したとおり原告が虚偽の報告をする動機がないことに照らすと,本件行為4のうち,被告Aが原告に対し, 「男女の関係は愛だよ。」 ,「おれは原告を女性として見ている。」 ,「原告が私のことを本当に信頼していたら,私が原告に脱げと言ったら,原告は脱げるんだよ。」 ,「行動で示せ。」 ,「原告と私とは赤い糸でつながっている。」 ,「家には女房がいるけど,グラウンドにはいない。お前がその代わりをやれ。」 との発言をしたことがあった旨の原告の供述(甲46,原告本人)の信用性は高く,これに反する被告Aの供述を採用することはできない。しかし,本件行為4のうち被告Aが原告に対し 「好きになってほしい。」 と言ったことについては,原告の供述(甲46,原告本人)においても言及がなく,平成28年10月21日付けのF教授作成の本件第三者委員会宛ての報告文書には記載があるものの,F教授が原告と面談をしたときの手書きのメモには記載がなく(前記(1)ノ),本件調査報告書においてはヒアリング調査の結果に基づいて当該発言があったことが認定さ れているが(前記(1)ハ),その認定の根拠となった具体的資料は明らかではないことからすると,原告からの聴取内容が整理・要約されていく過程で,具体的な発言内容と異なる発言が記録された可能性もあり得るから,当該発言があったとは認めるに足りない。 エ 本件行為7の口止めと解される発言については,原告が,平成28年7月13日M医師にした説明や(前記(1)ソ),同年9月3日のG学長への説明(前記(1)ナ)において言及されており,前記イで認定したとおり原告に虚偽の報告をする動機がないことに加え,前記ア及び前記イのとおり本件行為1ないし6の大部分及び本件行為8に該当する事実が認められることを前提にすれば,被告Aが原告に対し口止めを目的とした発言をすることは自然であることに照らし,被告Aから 「二人のことは,私の女房とI,チームメイトの誰にも言うな。」 ,「言ったら私が変だと思われるだろ。」 ,「言ったらどうなるのかわかるよな。」 と言われたとする原告の供述(甲46,原告本人)の信用性は高く,これに反する被告Aの供述は採用することができない。オ 本件行為9については,原告が平成28年9月3日のG学長との面談において具体的な抱擁の回数とともに抱擁行為があったことを報告していること(前記(1)ナ),前記イで判断したとおり原告に虚偽の供述をする動機がないことに加え,前記のとおり被告Aが本件行為8をした事実が認められるところ,それ以降も,同じように本件合宿所において同様の抱擁行為が繰り返されることは不自然ではなく,原告が同年7月6日に被告Aの 抱擁行為をやめてほしいとの内容を部活ノートに記載していること(前記(1)ス)とも整合的であるから,同年5月28日から同年6月17日までの間に,約6回の抱擁行為があったとする原告の供述(甲46,原告本人)の信用性は高く,これに反する被告Aの供述は採用することができない。カ 本件行為10については,原告が平成28年6月29日にF教授に対し相談,報告をした際にも 「一緒に寝たい。」 と言われたことを述べていること(前記(1)シ),同年9月3日,原告が両親同席の下でG学長と面談した際にも「一緒に寝ないのか。」 と言われたことを述べていること(前記(1)ナ),これらの発言内容は相応に具体的であって,前記イで判断したとおり原告に虚偽の報告をする動機がないことに鑑みると,その具体的な日時は不明であるものの,被告Aから 「一緒に寝ないのか。」 と言われたとする原告の供述(甲46,原告本人)の信用性は高く,これに反する被告Aの供述は採用することができない。キ なお,被告Aは,原告の6月の手紙の存在及び内容(前記(1)サ)は本件各行為があったことと矛盾していると主張するが,これまで多数の実績 を有し,日本の女子ソフトボール界において監督としての実力が高く評価されている著名な監督として絶対的立場にある被告Aに対し,キャプテンではあるもののレギュラーではない一選手であった原告が直接的に抗議することは容易ではなかったと推測されること,原告が,キャプテンとしての立場から,本件各行為を受けてもなお,本件部活動における課題を被告 Aに相談することはあり得ることに照らせば,矛盾するものとまではいえない。また,被告Aは,3箇月後に全国大会を控えていたことから本件各行為をする動機がなかったとも主張するが,全国大会まで3箇月もある平成28年5月の時点で本件各行為が行われたとしても特に不自然であるとは解されない。そのほかにも,被告Aは,本件各行為をしていないことに ついて主張するが,ここまでの認定判断に照らして採用することができない。 (3)本件各行為がセクハラ行為に該当するか否か 本件行為1ないし3,5,6,8及び9は,異性間での身体接触を伴う行為であって,膝の上に座らせて身体を密着させること,胸や太ももに触る こと及び抱擁を繰り返すことは,いずれも性的な意味合いを持つ行為として評価されるものであって,実際に原告は性的な不快感を覚えたものであるから,原告の性的自己決定権を侵害する違法な行為であったというべきである。また,本件行為4の各発言,本件行為7の口止めの趣旨と解される発言及び本件行為10の一緒に寝たい旨の発言についても,上記の行為と一体となっ て,被告Aの原告に対する性的な意図を感じさせる発言ということができ,原告に性的な不快感を与えるものであって,原告の性的自己決定権を侵害するものというべきである。 なお,被告Aは,監督と選手という信頼関係がある中で,選手を励ます際に自然にされる類の身体的接触に性的意図などないとも主張するが,女子選手を励ます際に胸や太ももを触る必要はないこと,被告Aは本件各行為について口止めをしていること(本件行為7)に照らし,被告Aとしては,本件各行為のもつ性的な意味合いを理解しながら,あえてこれを行ったものというべきであり,性的意図をもって故意に本件各行為をしたものと認められる。 (4)以上によれば,被告Aの原告に対する本件各行為に当たる事実は認めら れ(ただし,本件行為1,2については,原告が被告Aの膝の上に座っていた時間は数分程度であったものと認められ,また,本件行為4のうち 「好きになってほしい。」 という発言があったとは認めるに足りない。),これらはいずれもセクハラ行為として,原告に対する不法行為を構成する。また,前記(1)で認定したとおり,被告Aは被告法人の雇用する職員であって,被告Cによって本件部活動の強化のため招へいされ監督として指導に当たっていたものであること,本件大学における本件部活動は強化クラブと位置付けられ,ホームぺージ上でその活動が対外的に紹介されるなど被告法人のイメージアップや入学希望の学生を多く集める上で重要な役割を果たしていたものとうかがわれることからして,広報活動の一角を担う活動として 被告法人の事業の一部に位置付けられるものといえること,本件各行為が行われたHグラウンド及び本件合宿所は被告法人の施設であることからすると,本件合宿所において,本件部活動の指導の過程において,監督と部員という関係性を利用して実行された本件各行為は,被告法人の事業の執行についてなされたものと認めることができる。したがって,被告法人は,本件各行為 について使用者責任(民法715条1項)を負う。なお,原告は,本件各行為についての被告法人の債務不履行責任も主張するが,これが認められたとしても使用者責任より賠償額が高額になるとは認められないので,これ以上判断しない。 2 争点(3)(本件各行為への対応に係る被告法人らの不法行為責任ないし債務不履行責任の有無) (1)前記1で認定した事実に加え,証拠(甲5,甲6,甲11の1・2,甲22,甲23,甲25ないし甲32,甲35ないし甲39,甲40の1・2,甲42の1・2,甲44ないし甲46,甲48ないし甲51,乙6,乙7,丙1,丙2,丙3の1ないし11,丙4,丙5,証人I,原告本人,被告A本人,被告C本人,被告E本人)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認 められる。 ア G学長は,平成28年7月23日,F教授からの報告によって原告が被告Aによるセクハラについて被害申告をした事実を認識し,同月下旬頃,被告Cに対し,当該被害申告の事実を報告した。なお,この際,原告が,本件部活動に迷惑をかけたくないと希望したため,全国大会が終わる平成28年8月末頃までは被告Aに対する事実関係の確認等は留保されること になった。(甲22,丙4,被告C,弁論の全趣旨) イ 被告法人では,平成28年7月末日に事務局長が辞任し,後任がいない状態となった。(丙4,被告C,弁論の全趣旨) ウ 本件部活動に係る全国大会が終了したことから,平成28年9月1日午前11時頃から午後0時45分頃までの間,被告法人の応接室において, G学長が,被告Aに対し,被告C同席の下,原告の申告に係る事実関係について質問したが,被告Aは当該事実関係を否認した。(丙1,丙4,被告C,弁論の全趣旨。前記1(1)ト) エ 原告は,平成28年9月3日午前10時半頃から午後1時頃までの間,原告の両親及びF教授と共にG学長と面談し,被告Aによる本件各行為について報告した。また,原告の父親は,G学長及び被告Cに対し,要望として,被告Aの行為が許せないことからクビにした上で,本件部活動の部員や親に事実を伝えて,原告自身と親の名誉を回復したい,被告Aが辞めないのであればソフトボール協会やマスコミに言うしかないと述べた。(甲22の資料⑦,甲46,原告本人。前記1(1)ナ)オ G学長は,平成28年9月3日午後4時頃から午後9時頃までの間,被告C同席の下,被告Aから原告に対する本件各行為についての事実関係の聴取をした。被告Aは,当初,本件各行為について否認を続けていたが,G学長から,セクハラしたか,抱擁したか,原告の身体に触ったか,嫌がらせを言ったか,というような質問を繰り返し受ける中で,午後9時頃になって, 「じゃあ,私がやりました。」 などと発言した。そこで,被告Cは,被告Aに対し,本件部活動の監督の職務の解任と本件部活動の部員との接触禁止を通告する内容の職務指示書を交付した。(乙7,丙4,被告A本人,被告C本人,弁論の全趣旨。前記1(1)ニ) カ 平成28年9月9日及び11日,当時,被告Aの代理人であったK弁護士は,被告法人に対し,被告Aの原告に対する本件各行為の事実を否認す る旨の内容証明郵便を送付した。(被告C本人,弁論の全趣旨。前記1(1)ヌ) キ G学長は,平成28年9月10日頃,I及び本件部活動の部員に対し,被告Aによるセクハラ行為が存在したことなどを説明した。(乙7,丙1,証人I,被告A本人,弁論の全趣旨) ク 被告法人の理事会は,平成28年9月15日,被告Cの提案に基づき,V,W,Xの弁護士3名から構成される本件第三者委員会を設置し,被告Aの原告に対する行為について調査及び報告を委嘱し,被告Aの監督解任などの処分の妥当性についての検討は,本件第三者委員会の報告を待って することとした。原告も,平成28年11月11日,本件第三者委員会のヒアリング調査に応じた。(甲46,丙1,原告本人,弁論の全趣旨。前記1(1)ネ) ケ 被告Cは,被告法人の理事長として,平成28年9月29日付けで,被告Aに対し,前記オの職務指示書を撤回する旨の職務指示書を交付し,被告Aを本件部活動の直接の指導に当たらない総監督と称する地位に就けた。これにより,被告法人は,被告Aに対し,本件部活動の指導を認めないこ ととし,実際の本件部活動の指導は監督になったIが担うことになった。(甲45,乙7,丙1,丙3の1ないし11,丙4,証人I,被告A本人,被告C本人,弁論の全趣旨) コ 被告法人は,平成28年8月支給分では基本給45万円,役職手当6万円及び特別手当19万円であった被告Aの給与について,同年9月支給分 については役職手当及び特別手当を支給せず,同年10月支給分からは役職手当の半分(3万円)及び特別手当を支給しなかった。(乙7,丙2,丙4,被告A本人,被告C本人) サ 被告Aは,平成28年10月2日及び9日,個人の判断で,本件部活動の様子を見るためにHグラウンドなど本件部活動が活動しているグラウン ドを訪れた。(甲45,乙7,証人I,被告A本人) シ 平成28年10月9日付けで,本件部活動の卒業生保護者一同の名義で,被告法人に対し,貴校女子ソフトボール部Aによるセクシャルハラスメント及びパワーハラスメントの件と題する書面が送付された。当該書面 には,被告Aは標題の件の事実を認め解雇に至ったと聞いていたが,被告Aが東京都秋季リーグに現れ,バックネット裏に座り,本件部活動の部員たちと普通に接しているという,いまだに被告Aとつながりがあるのであれば,被告法人は一刻も早く被告Aを排除し,学生達を安心,安全な学生生活に戻してやってほしい,被害者学生には心のケアをお願いしますなど と記載されており,また,本件については原告の両親から明白な事実であると確認し,既に卒業した歴代のキャプテン,副キャプテンも被害を受けていたという事実を確認しているほか,被告AはP高校監督時,生徒へのセクハラで解雇された,実業団Rの監督時,マネージャーへのセクハラがあったとの証言もあり,年配のソフトボール関係者,指導者は誰でも知っているようであるとも記載されていた。(甲28) ス 被告Aは,平成28年10月17日,本件部活動の部員を自宅に呼び出した。(甲30,甲45,証人I) セ 原告の父親は,平成28年10月下旬頃,被告法人及び被告Cに対し,貴校女子ソフトボール部Aによるセクシャルハラスメント及びパワーハラスメントの対応不足の件と題する抗議文書を送付した。当該文書には,被告AがHグラウンドで行われた東京都秋季リーグ試合会場に現れ,何も なかったかの様にバックネット裏に座って選手やソフトボール関係者に話していたこと,しかも,原告の事実と相違する事を触れ回り,人格と名誉を貶める許されない言動をしていたと聞いていること,また,被告法人の理事長が被告Aの解任を撤回して総監督に就任させようとしていることは,それぞれ名誉毀損罪に当たり,被告法人にも重大な責任と罰則があること, さらに,第三者委員会の開催前に被告Aの解任を撤回することは遺憾であり,原告に対する侮辱であること,被告法人は,原告の心のケア,適切な対応を放置しており名誉毀損罪に当たること,この問題は日本ソフトボール協会及び日本ソフトボールの関係者にとっても関心事であると思われること,被告法人は,学生のために原点・概念を考え直してほしいことが記 載されていた。(甲29) ソ 原告及びその父親は,平成28年11月頃,公益財団法人日本ソフトボール協会に対し,被告Aの強制わいせつ及びパワーハラスメントによる被害の通報及び相談をした。これを受け,同協会は,平成28年11月30 日付けで,被告法人に対し,原告らから前記通報・相談が届いていること,本件第三者委員会による調査が行われているとのことであるから,その調査の結果を,被害者である原告らに対して,同年12月15日までに公式に説明報告する機会を設けることを要請する書面を送付した。(甲11の1・2,弁論の全趣旨) タ 原告の代理人であったL弁護士は,被告法人(G学長宛て)に対し,平成28年12月15日到達のAの処遇についてと題する書面を送付し, 本件第三者委員会の調査結果を明らかにすることを求めるとともに,被告法人が被告Aに対してした処分の内容及びその根拠を開示するように求めた。(甲31,甲32) チ 被告法人は,平成28年12月20日付けで,被告Eを事務局長に任命した。(甲51) ツ 本件第三者委員会は,平成28年12月22日付けで,本件調査報告書を被告法人に提出した。 本件調査報告書では,被告Aが,平成28年5月21日,原告を膝の上に座らせたこと(本件行為1)及びその後同年6月上旬までの間に少な くとも原告に対し2回抱擁をしたこと(本件行為8,9)については被告Aも認めているとし,また,趣旨や前後の文脈について原告と被告Aの主張が対立しているものの 「好きになって欲しい。」 とか「信頼関係があれば,服を脱げるんだよ。」 といった発言があった事実もヒアリング調査の結果認めることができるとし,これらはセクハラに該当するものと判断したことが記載されているほか,被告法人は,本件防止規程を置き,大学内でのセクハラに係る紛争を生じた場合には,速やかにハラスメント防止対策委員会の開催の要否を検討し,開催が必要と判断される場合には速やかに調査を実施する体制が整備されているが,被告Aの原告に対する本件各行為については,本件防止規程が遵守されず,被告 法人の適切な調査及び対応を困難にし,また,原告が当初希望していた範囲を超えて,混乱を生じさせ,結果として原告の精神的な不安,圧迫感を増大させたという特殊な事情が存在することが付言されている。また,本件調査報告書は,大学による調査は必ずしも容易ではないが,被害者は,大学による調査に対して,今ある証拠や資料の中で,少なくとも認められる範囲の事実だけでも認められることを希望していると考えられること,大学による調査は速やかに行われうるのであり,被害者と しても,どこまでこうした調査をしたかというそのプロセスに関心を持っているともいえること,したがって,大学としては,事情説明や弁明の機会の付与といった当事者の手続保障を遵守した上で誠実な調査をすることが,被害者の納得感に大きく影響するものであることに留意する必要があること,今後,ハラスメントに係る紛争が生じた場合には,被 害者がどういうことを求めているかとの視点に立って,調査を行うことが肝要であること,また,不確実な情報が伝播することによって当事者に二次被害が生じないように調査結果がでるまでに徒に情報が漏えいしたり,誤った情報が伝播したりすることを極力避けることが必要であると指摘している。(丙1。前記1(1)ハ) テ 平成28年12月15日に一部改正された本件防止規程の概要は,別紙記載のとおりである(なお,同日以前の本件防止規程の内容は証拠上不明である)。(甲50) ト L弁護士は,平成29年1月16日,被告法人(被告C宛て)に対し,Aの処遇についてと題する文書を送付し,前記タに加え,改めて,同 月20日までに本件第三者委員会による調査結果(本件調査報告書)の開示と,被告法人の被告Aに対する処分及びその根拠の開示,あるいは処分がなされていない場合には処分をしない根拠の開示をそれぞれ求めた。(甲5,甲6) ナ L弁護士は,被告法人から前記トの通知に対する回答がなかったことを受け,平成29年1月24日,被告法人に対し,被告Aの原告に対する不法行為に係る使用者責任に基づき,同年2月3日までに損害賠償金500万円の支払を求める内容の通知書を送付した。(甲35,甲36)。ニ L弁護士は,平成29年1月24日,被告Aに対し,被告Aの原告に対するセクハラ行為は不法行為に該当するとして同年2月3日までに損害賠償金500万円の支払を求め,これに応じない場合には,被告Aからセク ハラ行為を受けていた事実を公表せざるを得ないとする内容の通知書を送付した。(甲37,甲38) ヌ K弁護士は,平成29年2月9日付けで,L弁護士に対し,被告Aの代理人として,前記ニの通知に対し,不法行為の事実については,裁判で争う意向であること,原告が公益財団法人日本ソフトボール協会に対し強制わいせつ行為等を受けたとの事実と異なる通報をしたことなどを理由として反訴(損害賠償請求)をする用意があること,セクハラ行為を受けていた事実を公表するというのは恐喝罪に当たり得る不適切な要求であって撤回を求めることなどを内容とする通知書を送付した。(甲23)ネ 被告Aは,平成29年2月10日,11日,18日及び25日,本件合宿所を個人の判断で訪れ,本件部活動の部員に話しかけるなどの接触をした。(甲45,証人I,被告A本人,弁論の全趣旨) ノ 平成29年2月下旬,被告Aの歴代教え子ならびに被害者有志を作成名義とする被告A宛ての書面が被告法人に送付された。その内容は,被告Aが歴代の教え子等に対してもセクハラを繰り返していたなどとして,被告 Aがソフトボール界から身を引くことを要求するものであった。(甲39)ハ 被告法人の代理人である濱田将成弁護士(本件における被告法人らの代理人である。以下濱田弁護士という。)は,平成29年3月10日付けの書面で,L弁護士に対し本件調査報告書の開示について,原告から被 告法人に対し裁判手続等がされた場合には検討する旨を伝え,さらに同月23日付けの書面で,原告が本件部活動の関係者,部員・卒業生・入部予定者の出身高校の顧問の先生及びマスコミなどの学外に対し,調査報告書を開示しない旨を書面で同意する場合には,当事者のプライバシーに配慮し,名前をアルファベットに置き換えた上で開示に応じる旨の回答をした。しかし,L弁護士が当該同意をすることはできないとの応答をしたことから,本件調査報告書の開示はなされなかった。(甲40の1・2,甲42 の1・2,弁論の全趣旨) ヒ 被告法人は,被告Aの給与について,平成29年4月支給分から基本給を45万円から35万円へと減額し,役職手当及び特別手当は支給しないこととした。(乙7,丙2,丙4,被告A本人,被告C本人,弁論の全趣旨) フ 被告C,被告A,濱田弁護士及びK弁護士は,平成29年7月17日,Hグラウンドを訪問し,I及び本件部活動の部員に対し,被告Aの正式な現場復帰についての説明をしたところ,ある部員が被告Aの現場復帰を望まないと発言するなど,被告Aの現場復帰に対する大学4年生の部員らの反対が強かったことから,この時点で被告Aが現場に復帰することはなか った。(甲44,45,証人I,弁論の全趣旨) ヘ 被告C,被告A及びK弁護士は,本件部活動の大学4年生の部員らが引退したことから,平成29年9月9日,改めて大学3年生以下の部員を集めた本件部活動の集会を開催した。その場において,被告Cは,被告Aには,総監督として戻ってもらい,一人ひとりの練習をみてもらう旨を発言 し,被告Aは, 「今回は,私のとった態度,行動というのが誤解されたみたい。」 などと発言した。(甲26,甲27,甲45,証人I,弁論の全趣旨)ホ 被告Aは,平成29年9月10日,本件部活動に参加して指導を再開した。(甲45,証人I,弁論の全趣旨) マ 平成29年10月24日,本件大学経営学部の平成29年度第6回教授会が開催された。この際にされた,第三者委員会の報告内容に係る質疑応答の中で,被告Eは,本件第三者委員会の弁護士から,被告Aについて重大な性犯罪になるようなことはなかったと口頭で聞いていること,原告からは内容証明郵便が送付されてきたので弁護士を通した係争案件となったが,被告法人側の弁護士から反論をしたところ,半年間にわたって応答が なく提訴もなかったので,本件は終了したものと判断し,被告Aが平成28年9月から総監督として現場に戻ることが決定されたものと把握していること,どの機関がこれを検討,決定したのかは不明であるため確認することなどを説明をした。また,被告Eは,結論としては,被告Aには大きな疑義はないので,大学の職務に復帰することについて異論はないとも説 明した。なお,被告Cは,当該教授会に出席していなかった。(甲25,甲48,甲49,丙5,被告E本人,弁論の全趣旨) ミ 原告は,平成29年12月25日,第1事件に係る訴訟を提起した。被告法人及び被告Cは,平成30年6月21日,本件調査報告書を書証として提出した。(顕著な事実) ム 被告Aは,平成30年10月18日,本件部活動の監督職を辞任し,同月31日付で被告法人を退職した。(乙7,被告A) メ さいたま地方検察庁川越支部の検察官は,平成31年3月14日付けで,被告Aに対し,被告Aの原告に対する暴行被疑事件について同年2月15日に不起訴処分とした旨を告知した。(乙6。前記1(1)ヒ) モ 本訴原告代理人は,令和元年12月6日の本件訴訟第4回口頭弁論期日で行われた被告Cの当事者本人尋問において,被告Cに対し,平成28年9月3日にG学長が被告Aにどのような行為の有無について質問をしたのかと質問したが,被告Cは守秘義務に抵触するとして答えなかった。また, 本訴原告代理人は,被告Cに対し,本件第三者委員会においてはG学長の件も扱っていたかと質問したところ,被告Cは,G学長との間の守秘義務の存在と別件だと思うことの2点を理由に回答を拒んだ。(被告C本人)(2)原告は,被告法人らが,平成28年9月29日付で被告Aを総監督に復帰させたことや,その根拠を説明しないことが,原告に対する関係で不法行為となる旨主張し(前記第2の2(3)ア(ア)a及び同(イ)),前記(1)の認定事実によれば,被告Aは同月3日に本件部活動の監督の職を解任されたが,被告Cによって同月29日付けで総監督という役職に就任したこと,被告法人らは,原告に対し,本件訴訟に至るまで,総監督に就任させた根拠を説明していないことが認められる。 しかし,①平成28年9月当時の本件防止規程の内容は証拠上明らかでは ないものの,同年12月15日以降に一部改正施行された本件防止規程においては,学長が構成員に含まれていないハラスメント防止対策委員会がセクハラに係る事案に対応するものとされており,この点について同日以前はこれと異なる制度であったことをうかがわせる証拠はないことに照らすと,G学長が,直接,被告Aに面談して事実確認を行い,対応を決定することは, 被告法人の制度上予定されていなかったものといえること(本件調査報告書(丙1)においても,同旨の指摘がある。),②被告Aに対し,セクハラ行為の存在を理由に一定の不利益な処分を科すには,本来は被告法人の就業規則上の懲戒に関する規定に従って手続がされる必要があるところ,平成28年9月3日の監督解任についてこのような手続がとられたことを認めるに足 りる証拠はないことからすると,この監督解任は適切な手続の下で行われた懲戒処分等と位置付けられるものではなく(なお,そもそも本件部活動の監督の地位というものが,被告法人の職制上,どのように位置付けられるものであるのかは証拠上不明であるため,懲戒に関する規定によるべき問題であるのかも不明確であるが,ここではその点は措くものとする。),同日時点 では被告Aが本件各行為を自認する言動をとったことを踏まえ,セクハラの当事者の引き離しという観点から,とりあえず被告Aを本件部活動に実際に関与させないようにするためにとられた措置であるといえる。そして,その後に被告Aが本件各行為を否認する内容証明郵便を被告法人に送付したことなどを踏まえ,被告法人としては,被告Aの処遇として,監督という職からの解任ではなく,総監督という地位に位置づけ,本件部活動の実際の指導には関与させないこととしたものということができる。そうすると,被告Aを総監督という地位に就任させたことは,手続的に疑義のある監督解任という状態を解消し,原告からのセクハラの申告を受けて,被告Aを実際に本件部活動の現場から離れさせる措置であったといえ,被告Aに対する最終的な処分をしたものではないから,原告に対し,上記のような経過を説明すること が好ましかったとはいえるにしても,被告Aを総監督という地位に置いたこと,またそのことを説明しなかったこと自体が直ちに不法行為ないし何らかの義務違反を構成するとはいえない。 なお,被告Aは,平成28年9月以降も,本件部活動が行われている場に顔を出すことなどが複数回あったことは前記認定のとおりであるが,これは, 被告法人ないし本件部活動によって組織的に行われたものではなく,被告Aが,本来は訪れてはならないにもかかわらず個人的に訪れるなどしたものと認められるから,前記の認定を左右するものではない。 また,原告の主張には,被告Aを総監督の地位においたことのみならず,被告Aへの処分の有無,あるいは処分しなかったこと及びその根拠を説明し なかったこと自体が不法行為を構成するという主張も含まれているものと解される。確かに,セクハラ行為の被害申告をした者に対しては,それに対してどのような対応を行ったのか,あるいは行わなかったのかについて回答をすることが望ましいところではある。しかし,本件では,後記(3)でも触れるとおり,原告からの本件第三者委員会の調査結果の開示の求めに対し,被 告Aによる本件各行為の問題が,原告と被告Aという当事者以外においても取り上げられるようになった状況下において,被告法人が第三者へ開示しないことに同意することを条件として開示する意向を示したところ,原告が同意しなかったという平成29年3月頃のやり取りを最後に,同年12月の第1事件の提訴までの間,原告から被告法人らに対して正式に処分結果の開示等を求めたことを認めるに足りる証拠はない。このような経過を前提とした場合,被告法人らにおいて,被告Aへの処分の有無及びその根拠を説明しなかったことが違法であるとまではいえない。 (3)原告は,被告法人らが,本件調査報告書を開示しなかったことが,原告に対する不法行為となる旨主張する(前記第2の2(3)ア(ア)b)。しかし,原告が,平成28年12月及び平成29年1月に,被告法人に対 し,本件第三者委員会による調査結果の開示を求めたのに対し,被告法人は,同年3月頃,原告が本件部活動の関係者等の第三者に開示しないことに同意するならば,名前をアルファベットに置き換えた上で本件調査報告書を開示する旨を回答しており,一律に開示を拒絶していたわけではない。そして,平成28年9月3日のG学長と原告らの面談時に,原告の父親が,被告Aが 辞めないのであればソフトボール協会やマスコミに言うしかないと発言し,その後も被告法人らの対応に不満を表明していたこと,同年10月には本件部活動の卒業生保護者一同という名義で,平成29年2月には被告Aの歴代教え子並びに被害者有志という名義で,被告Aによるセクハラ等に関する文書が被告法人に送付されていたこと,また,原告が公益財団法人日本ソフト ボール協会に本件各行為に関する通報・相談を行った結果,同協会から被告法人に対して,本件第三者委員会による調査結果を原告やその父親に説明報告する機会を設けることを求められていたことなどの事実が認められるのは前記のとおりである(前記(1)エ,シ,セ,ソ及びノ)。このように被告Aによる本件各行為の問題が,原告と被告Aという当事者以外においても取り 上げられるようになった状況下において,強制力を有せず限界のある第三者委員会が限られた時間の中で行った調査の結果が第三者に開示されることは,無用の誤解を生む可能性もあり,第三者への開示をしないことへの同意を求めた被告法人の対応はやむを得ないものであったといえる。そうすると,前記の同意が得られないことを理由として,本件第三者委員会の調査結果である本件調査報告書を開示しなかった被告法人らの対応が不法行為を構成するとまではいえない。 (4)原告は,被告法人らが,原告に対する説明がないままに被告Aを平成29年9月に本件部活動の指導に復帰させたことが,本件防止規程4条2項(前記(1)テ)に違反する違法な行為であると主張する(前記第2の2(3)ア(ア)c)。しかし,平成29年9月時点では,原告は既に本件大学を卒業し,本 件部活動を離れていることからすると(前記第2の1(2)),原告に説明をしないまま被告Aを本件部活動の現場に復帰させることが直ちに原告の権利を侵害する不法行為を構成するものとはいえず,原告の主張は採用することができない。 (5)原告は,被告C及び被告Eが,本件に関する隠ぺい工作をしたと主張する (前記第2の2(3)アd)。 しかし,G学長の追放なるものと本件とのかかわりは証拠上明らかではないし,そのようなことがあったとしても,また,被告Aの代理人であったK弁護士を被告法人の顧問弁護士としたとしても,そのこと自体が本件の隠ぺいになるとは解されない。また,被告Eが本件大学の事務局長に就任したの は平成28年12月20日であるところ,この時点では本件各行為について既に本件第三者委員会が調査を行い,本件調査報告書の提出も間近であったことからすると(同月22日付けで提出されている。),この時点から改めて本件防止規程に基づく調査の手続を履践することはかえって混乱を招き,相当ではなかったといえる。また,被告Aを指導の現場に復帰させたことが 直ちに原告の権利を侵害するものとはいえないことは前記(4)記載のとおりである。また,被告Cが守秘義務を理由に供述を拒んだことや,被告Eが本件調査報告書の内容について誰から聞いたのかについて供述を変遷させることがあったとしても,そのこと自体が本件の隠ぺいであるとはいえない。原告の主張はいずれも到底採用することができない。 (6)原告は,被告法人らは,被告Aに対し,適切な処分をしなかったと主張する(前記第2の2(3)ア(イ)b)。 被告法人においては,被告Aに対し,原告からの本件各行為に係る申告に関連して,平成28年9月から約1年間にわたって本件部活動の指導を離れさせたことのほか,同月支給分から手当の一部ないし全額のカットを,平成29年4月支給分からこれに加えて基本給の減額を行ったことが認められる。 しかし,この給与のカット・減額は,どのような法令ないし就業規則上の根拠に基づき,どのような処分として行われたものかは証拠上明らかではなく(手当のカットについては,その開始時期に照らすと,本件部活動の指導を行っていたことに対する対価の支払が停止されたものとみることも可能である。),本件調査報告書において一部とはいえセクハラ行為が認められたこ とを踏まえてこれらの措置がされているのかは不明である。また,本件調査報告書において一部とはいえセクハラ行為が認められているところ,本件調査報告書を踏まえて被告法人が懲戒処分等を行ったか否か及びその内容については的確な証拠が提出されておらず,むしろ,被告Eが本件大学経営学部の教授会の際にした説明からは,正式には特段の処分は行われていないこと がうかがわれる(前記(1)マ。被告C本人も,被告Aの給与を減額したことや本件部活動の指導を禁じたことは,理事会等の決議を経たものではなく,被告Cの判断で行ったものであると供述している(被告C本人)。)。しかしながら,本件調査報告書が認定したセクハラ行為は,被告Aが,平成28年5月21日,原告を膝の上に座らせたこと(本件行為1)及びその 後同年6月上旬までの間に少なくとも原告に対し2回抱擁をしたこと(本件行為8,9),前後の経緯は不明であるものの被告Aが 「好きになって欲しい。」 とか「信頼関係があれば,服を脱げるんだよ。」 といった発言をしたことであり,これらがセクハラ行為に該当することは明らかであるものの,重大な性犯罪等に該当するものであるとまではいえないこと,被告Aは本件部活動の指導を主たる業務として被告法人に雇用されていたものとうかがわれるところ,平成28年9月から約1年間にわたり,本件第三者委員会による調査,報告の終了後も,本件部活動を指導する立場から外された状態が続き(被告Cはこれを謹慎と表現する(被告C本人)。),かつ,その根拠は必ずしも明らかではないにしても給与の減額を受けていたこと,これらの被告Cがした措置について,被告法人の理事会等の機関が事後に反対した事実はうかがわれないことからすると,被告法人は,被告法人が認識した被告Aの行為を前提として,被告Aに一定の不利益を科していたものであり,被告Aに対して何らの対応もしていなかったわけではないと認められる。そもそも,被告法人が雇用する被告Aに対しどのような処分をすべきかは就業規則等に基づき,被告法人によって定められるべきものであって,本件各行為の 被害者である原告の要望に基づき当然に解雇等の処分がされなければならないものではないことにかんがみても,本件の経過をみたときに,被告法人らの被告Aに対する対応が原告の何らかの法益を侵害したとまでいうことはできない。 また,被告Aは,平成28年9月9日及び同月11日以降,被告法人との 関係でも,本件各行為の存在を争っていたものであるから,被告法人らが本件各行為についてどのような認識を有していたかにかかわらず,被告Aをして原告に対し謝罪をさせることは困難であり,これをさせなかったことを問題とする原告の主張は採用することができない。 (7)原告は,被告AからL弁護士に対する平成29年2月9日付けの通知を撤 回させなかったことが被告法人らの不法行為になるとも主張するが(前記第2の2(3)ア(イ)c),被告Aが,自ら弁護士に委任して原告に対してした通知の内容について,被告法人らが何らかの管理監督をするような立場にないことは明らかであるから,原告の主張は採用することができない。(8)以上によれば,本件各行為の発生後の被告法人らの対応等について,いずれも不法行為は成立しないというべきであり,その場合,被告法人が債務不履行責任等を負うこともないというべきである。この点に係る原告の主張は いずれも採用することができない。 3 争点(4)(因果関係及び損害の額) (1)被告Aの本件各行為についての慰謝料 前記1で認定判断したとおり,被告Aの原告に対する本件各行為はその大 半を認めることができる。原告は,本件部活動の監督として絶対的立場にあり逆らうことができない被告Aから本件各行為を受けたものであり,遅くとも平成28年7月以降,心身に不調を来たし,PTSD等との診断を受け,同年8月26日の本件部活動における最後の大会にも参加することができなかった。また,本件各行為について,被告A及び被告法人らのいずれからも 特段の慰謝の措置は講じられていない。他方,本件各行為は平成28年5月21日から同年6月頃までの約1箇月間に行われたものであって,その態様も着衣の上からの接触や手で頬を触ることなどにとどまり,重大な性犯罪に該当するようなものではなかったものといえる。また,原告は本件各行為以前から不眠の症状を訴えるなどしており,本件部活動のキャプテンとしての 悩みやストレスを抱えていたとうかがわれる(前記1(1)エ,オ,キ,サ)ことからすると,PTSDとの診断が原告の状況を的確に表しているのかについては慎重な検討を要するところであり,原告の心身の不調や原告に現れた症状が全て本件各行為に起因するということはできない。これらの本件に現れた一切の事情を考慮すると,本件各行為に係る原告の精神的苦痛を慰謝 するためには70万円をもって相当と認める。 (2)治療費等 原告は,本件各行為があった後,Mクリニック及び石心会病院で治療を受け,治療費等として合計2万0400円を支払っていることが認められる(甲7の1ないし3,甲8,甲9)。前記(1)のとおり,原告は本件各行為以前から不眠の症状を訴えるなど,本件部活動のキャプテンとしての悩みやストレスを抱えていたとうかがわれるところではあるが,それを原因として, 本件各行為のある前に通院等をしていたことを認めるに足りる証拠はないから,これらの治療は本件各行為があったからこそ必要となったものというべきである。よって,その金額である2万0400円も本件各行為に起因する相当な損害として認める。 (3)弁護士費用 前記(1)及び(2)の損害の合計額は72万0400円となるところ,本件に係る弁護士費用として7万2040円を相当な損害として認める。(4)まとめ 以上を整理すると,被告Aによる本件各行為によって原告が被った損害の合計額は79万2440円となる。 なお,本件各行為は抱擁が繰り返されるなど継続的に行われていたものであるから,最後の行為が終了した平成28年6月17日をもって,本件各行為についての不法行為に係る損害賠償債務が遅滞となるものと解すべきである。よって,遅延損害金の起算日は平成28年6月17日となる。4 結論 よって,原告の被告Aに対する請求及び被告法人に対する請求は,79万2440円及びこれに対する平成28年6月17日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し,原告の同被告らに対するその余の請求並びに被告C及 び被告Eに対する請求は理由がないからこれを棄却することとして,主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第48部 裁判長裁判官 野村武範 裁判官 石神有吾 裁判官 西條壮優 別紙 (目的) 第1条 この規程は,D大学,およびD大学院(以下本学という。)の学生,教職員及び本学関係者が個人として尊重され,公正,安全で快適な環境の下,勉学,研究,教育及び職務遂行のために良好な環境を確保することを目的と して,ハラスメント等人格にかかわる不快な言動の発生を防止し,万一発生した場合には,これを排除するために必要な措置を定めるものである。(定義) 第2条 この規程におけるハラスメントとは,本条第2項の各号に定めるセクシャル・ハラスメント(略)を含み,本学の構成員相互の関係において, 本人が意図するかしないかにかかわらず,他の者とりわけ下位ないし弱い立場にあるものに対し,不快感,嫌悪感,威圧感,不安感,屈辱感等の精神的不利益を生じさせ,学習,教育,研究,就業の意欲を減退させ,教育研究環境または職場環境等を悪化させるあらゆる不適切な言動をいう。 2 次の各号に掲げる用語の意味は,当該各号に定めるところによる。(1)セクシャル・ハラスメント 本人が意図するかしないかにかかわらず,他の者の意に反する性的な言動であり,他の者にとって不快な性的言動として受け止められ,他の者にさまざまな不利益を与え,不快感,脅威または屈辱感を与え,教育研究環境,職場環境を悪化させることをいう。 (2)ないし(4) (略) (適用範囲) 第3条 この規程は,本学の構成員である教職員(常勤,非常勤を問わない。)及び学生(学部学生,大学院学生など,教育を受けるすべての者。)を対象と する。 (本学及び構成員の責務) 第4条 本学は,第1条の目的を達成するため,本学の構成員に対しハラスメントの防止のための啓発等の必要な措置を講ずるとともに,ハラスメント及びこれに起因する問題が発生した場合には,迅速に被害者の救済,違反者への措置及び再発防止のための対策を講じるものとする。 2 本学の構成員は,本規程にしたがいハラスメントに該当する言動を厳に慎まなければならない。また,本学におけるハラスメントの防止・対策のための調査等に協力しなければならない。 (防止対策委員会) 第5条 本学は,ハラスメントの防止及び問題解決に関する具体的な施策のためハラスメント防止対策委員会(以下委員会という。)を置く。 (任務) 第6条 委員会の任務は次の各号に掲げる事項とする。 (1)ハラスメントに関する相談への対応。 (2)ハラスメント問題の処置に関する学長及び当該事務部門へ部門長への勧告。 (3)ハラスメント問題における被害者の救済。 (4)ハラスメント防止に関する情報収集,研修・啓発活動の促進。(5)その他ハラスメントの防止・対策に関し必要な事項。 (委員) 第7条 委員会は次の委員をもって組織し,理事長が委嘱する。 (1)副学長 (2)事務局長 (3)総務部長 (4)学生支援部長 (5)学長の指名する教育職員2名 (6)事務局長(事務局長を欠く場合は総務部長)の指名する一般職員2名2・3 4 (略) 第1項第5号及び第6号の委員の指名に当たっては,性別のバランスに留意しなければならない。 (委員長) 第8条 委員会に委員長を置く。委員長は副学長がこれにあたる。なお,副学長を欠く場合は,前条第1項第5号により学長が指名する教育職員の数を3名とし,その中から学長が指名する者を委員長とする。 2 委員長は委員会を招集し,その議長になる。 3・4 (略) (委員会の組織等) 第9条 委員会が必要と認める場合,委員会の下に,次の組織等を置く。 (1)ハラスメント調停委員 (2)ハラスメント調査小委員会 2 前条各号の担当者は委員の中から委員長が指名し,第7条第4号の規定を準用する。 (ハラスメント調査小委員会) 第14条 委員会は,ハラスメントに関して相談者から裁定の申し立てがあったときは,ハラスメントの事実関係について調査を行うためハラスメント調査小委員会(以下調査小委員会という。)を設置する。委員会がハラスメント事象の解決のため必要と判断した場合も,同様とする。 2 前項により設置する調査小委員会の調査委員は,委員長が委員の中から3名を下回らない人数を指名する。 3ないし5 6 (略) 第1項の調査のため,調査小委員会は,申し立てをした者(以下,申立人という。)及びその申し立ての相手方(以下,被申立人という。)並びに必要がある場合には関係者から事情を聴取する。 7 (略) (調査報告及び不服申し立て) 第15条 調査小委員会は,個別のハラスメント事案についての救済及び処分に係る報告をまとめた場合には,直ちに委員長に提出するものとする。 2 前項の調査に係る報告は,調査小委員会の設置後,原則として2か月位以内にまとめるものとする。 3 第1項の報告の提出を受けた委員長は直ちに委員会を開催し,その対応及び処置を審議する。 4 委員長は,前項の審議の結果を理事長及び学長に報告するとともに,申立人及び被申立人に速やかに伝達しなければならない。 5 前項の伝達を受けた者がその内容に不服があるときは,7日以内に委員長に書面をもって不服申し立てを行うことができる。 6 前項の不服申し立てがあった場合,委員会は7日以内に再審議を行い,申立人及び被申立人にその結果を伝達するとともに,理事長及び学長に報告するものとする。 (措置) 第16条 理事長及び学長は,前条第4項の報告を受けたとき(前条第5項の不服申し立てがあった場合には,同条第6項の再審議の報告を受けたとき)は,報告に基づく所要の措置を講じなければならない。 2 前項の措置は,教職員の処分に係る事項については就業規則第47条第2項に基づいて理事長が懲戒委員会を招集してこれを行うものとし,学生の処分に係る事項については学長が教授会の意見を聞きこれを行うものとする。 以上 |