判例検索β > 令和1年(行コ)第96号
遺族補償給付等不支給処分取消請求控訴事件
事件番号令和1(行コ)96
事件名遺族補償給付等不支給処分取消請求控訴事件
裁判年月日令和2年10月1日
裁判所名・部大阪高等裁判所  第13民事部
結果その他
原審裁判所名大阪地方裁判所
原審事件番号平成29(行ウ)34
判示事項の要旨本件は,被控訴人が控訴人に対し,被控訴人の配偶者は,①過重業務が原因で免疫力が低下し,その結果劇症型心筋炎を発症し,死亡した,②そうでなくとも,被控訴人の配偶者が過重業務により治療機会を喪失したために劇症型心筋炎を発症し,死亡したと主張して,業務起因性を認めずに療養補償給付等を不支給とした労働基準監督署長の決定の取消しを求めた事案につき,①については,過重業務による免疫力の低下が心筋炎を発症させるウイルス感染を生じさせた事情の一つとなった可能性は否定できないが,その他の事実を総合すると,被控訴人の配偶者の免疫力が低下していたものとまでは認め難いし,その上,過重業務によりウイルス性心筋炎を発症し劇症化するとの経験則が存在するとも認めることもできないから,業務起因性が認められるとする主張は採用できないとし,②についても,そもそも治療機会を喪失したとは認められないし,より早い時期に治療が開始されたとしても,劇症型心筋炎の発症を防ぎ得たと認めることはできないから,業務起因性が認められるとする主張は採用できないとして,業務起因性を認めて上記労働基準監督署長の不支給決定を取り消した原審判決を取り消した事案である。
裁判日:西暦2020-10-01
情報公開日2020-10-19 10:00:22
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主文1
原判決を取り消す。

2
被控訴人の請求をいずれも棄却する。

3
訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。

第1

実及び理由
控訴の趣旨
主文同旨

第2

事案の概要等
(本判決で新たに定めるほかは,略語は原判決の例による。


1
事案の概要
本件は,有限会社B(本件会社)の従業員であったA(亡A。昭和55年10月12日生,平成26年6月2日死亡)の配偶者である被控訴人が,亡Aが発症した疾病(急性心筋炎(劇症型)
《以下劇症型心筋炎と表記する。,急

性心不全)及び死亡は,本件会社における長時間労働等の過重業務が原因であって業務上の事由があるとして,労災保険法に基づき,大阪中央労働基準監督
署長(処分行政庁)に対し,療養補償給付及び休業補償給付並びに遺族補償年金及び葬祭料の各支給を請求したところ,処分行政庁が,平成26年12月5日に療養補償給付,遺族補償年金及び葬祭料を,同月8日に休業補償給付を,それぞれ不支給とする本件各処分を行ったので,被控訴人が控訴人に対し,本件各処分の取消しを求めた事案である。

原判決は,亡Aの劇症型心筋炎の業務起因性がないことを前提とする本件各処分は違法であるとして,これらを取り消したので,控訴人が原判決を不服として控訴した。
2
前提事実(当事者間に争いがないか,後掲各証拠及び弁論の全趣旨により容易に認めることができる事実)
前提事実は,次のとおり補正するほか,原判決の事実及び理由の第2の2
(3頁1行目~4頁21行目)
に記載のとおりであるから,
これを引用する。
原判決3頁7行目の末尾を改行の上,次のとおり加える。

ウ被控訴人は,亡Aの死亡当時の配偶者である。


原判決3頁15行目から同頁16行目にかけての急性「(劇症型)心筋炎,急性心不全と診断され,亡Aは,同日,同病院に入院した」を

心筋炎の疑いで同病院に緊急入院して治療が開始された。しかし,同日夜から心臓の状態が急激に悪化して,劇症型心筋炎,急性心不全となった(なお,急性心不全は,劇症型心筋炎によりなったものである

に改める。原判決3頁17行目の亡Aは,の後にその後,循環状態が急激に悪化し,を加え,同頁18行目の転院されたの後に(なお,転院時の診断名は「劇症型心筋炎,急性心不全である。」を加える。)
原判決4頁1行目の末尾に

なお,脳出血を含む出血は,補助人工心臓による治療時に見られる合併症である。

を加える。原判決4頁2行目の44頁の後に乙22を加える。

原判決4頁4行目の死亡を疾病(劇症型心筋炎,急性心不全)の発症及び死亡に改める。原判決4頁6行目の処分行政庁は,の後に平成26年12月5日及び同月8日,を加える。原判決4頁9行目の亡Aのから同頁11行目の決定をしたまでを

亡Aの死因である疾病(劇症型心筋炎,急性心不全)と長時間労働との因果関係は医学的に是認されているとまではいえないと判断して,上記審査請求を棄却する旨の決定をしたに改める。原判決4頁15行目から16行目にかけての過重労働による免疫力の低下が本件疾病の発症をもたらしたとの推認を肯定するに足りる医学的な論拠が示されたとはいえずを当審査会としては,過重労働や過大なストレスが免疫力の低下をもたらし,病気にり患しやすくなるとの一般論を否定するものではないが,本件被災者は,急激に増悪の症状を示す劇症型心筋炎にり患したものであったことからみて,過重労働による免疫低下が疾病(劇症型心筋炎,急性心不全)の発症をもたらしたとの推認を肯定するに足りる医学的な論拠が示されたとはいえずに改める。原判決4頁18行目の本件疾病を疾病(劇症型心筋炎,急性心不全)の発症に改める。原判決4頁19行目の(甲3)を(以下「本件裁決という。甲3)」
に改める。
3
本件の争点及びこれに対する当事者の主張
本件の争点及びこれに対する当事者の主張は,以下のとおり補正し,後記4
のとおり当審において被控訴人が追加した主張を付加するほか,原判決の事実及び理由の第3(4頁23行目~13頁16行目)に記載のとおりであるから,これを引用する。
原判決4頁23行目の冒頭から同頁26行目の末尾までを次のとおり改める。

1争点1(免疫力の低下を理由とする本件疾病の発症及び死亡の業務起因性の有無)⑵原判決8頁4行目の「考えられる。

の後につまり,宿主が過労状態ではなく,最も重要で早期の感染後4,5日の段階で自然免疫機構が正常に機能すれば,獲得免疫機構が働くまでもなく心筋炎にならないか,心筋炎になったとしても急性期にまで至らず自然治癒し劇症化することはあり得ない。を加える。


原判決8頁6行目の末尾を改行の上,次のとおり加える。
すなわち,訴訟上の因果関係の立証は,一点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく,経験則に照らして全証拠を総合検討し,特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認しうる高度の蓋然性を証明することであり,その判定は,通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ちうるものであることを必要とし,かつ,それで足りるものであるから(最高裁判所昭和50年10月24日第2小法廷判決(民集29巻9号1417頁。以下「最高裁昭和50年10月24日判決という。,亡Aが発症した本件疾病)
について同人の長時間労働との間に業務起因性は十分認められる。」



原判決9頁17行目の末尾を改行の上,次のとおり加える。
ウウイルス性心筋炎は,心筋にウイルスが侵入し,自然免疫,獲得免疫によってウイルスが排除できないという問題であるから,ウイルス感染の問題と切り離して長時間労働と心筋炎発症の問題とする論理は誤りである。過労などによって身体が弱っていると風邪を引かない人でも引きやすくなる上,ウイルスなどが肺に入って炎症(肺炎)にまで至り重篤化し,死亡に至ることは医学的な常識であるから,業務とウイルス感染とその悪化との間に因果関係が認められれば,本件について業務起因性を肯定するに必要にして十分である。亡Aは,月間250時間というあり得ない長時間の時間外労働を継続して疲労状態にあったもので,旧認定基準についての旧労働省労働基準局補償課編の解説書である「労災保険脳・心臓疾患の認定と事例(甲

26の9)においても,心筋炎についてもウイルス感染の直前あるいは感染初期の疲労状態にあると,病状の発現や重症化することがあり得ると記載されているところであり,これと異なる控訴人の主張は昭和
62年当時から自ら長年示してきた医学的知見・経験則に反するものである。



原判決9頁24行目の本件疾病を本件疾病の発症及び死亡に改め
る。



原判決10頁20行目の冒頭に最新の医学的知見が集約されたを加える。


原判決11頁8行目の末尾を改行の上,次のとおり加える。
そもそもウイルス性心筋炎は,免疫力の低下により発症するものではなく,心筋にウイルスが感染した場合に何らかの機序で過剰な免疫応答が発動された結果,重篤な心筋炎が発症すると考えられているものであるから,被控訴人が依拠するこれと異なる医学的意見は独自のものであって採用できない。


原判決12頁1行目の末尾を改行の上,次のとおり加える。

また,亡Aは,平成21年11月から本件疾病発症時まで,感冒等の感染症に罹患した事実はないから,亡Aが免疫力低下による易感染症の状態になかったことは明らかである。




原判決13頁16行目の本件疾病発症を本件疾病の発症及び死亡
に改める。

4
争点2(治療機会の喪失を理由とする本件疾病の発症及び死亡の業務起因性の有無)
(被控訴人の主張)

亡Aは本件レストランのオーナーシェフを除けば筆頭のシェフであって,亡Aがいなくては本件レストランで料理を出すことは事実上不可能な状況であった。そして,そもそも本件レストランにおいては,従業員が体調不良などの理由で欠勤することは予定されておらず,実際に欠勤することができなかった。

そのような中,亡Aは,平成24年11月19日頃には発熱,頭痛や関節痛などのウイルス感染(ウイルス性心筋炎)の前駆症状が出ていたのに,休暇はもとより,病院を受診し治療を受けることができないままに勤務を継続していた。そして,同月22日に帰宅した際には38度5分の発熱になっており,翌日の同月23日に休日診療所に赴くも,回復にとって最も重要な休
養は取れないまま出勤して,帰宅後に病状は更に悪化して38度8分の発熱となっていた。
亡Aが同日にかように悪化するまでの間に本件レストランを欠勤して安静にして治療を受けていたら,ウイルス性心筋炎を発症していたとしても,ここまで悪化することはなく,さらには劇症化にまで至らなかったはずであるし,仮に劇症化していたとしても予後がここまで悪くなることはあり得なかった。
このことは,
劇症型心筋炎を早期に診断した時に,患者を積極的に治療すると,90%以上の患者では後遺症の期間が最短となり,完全な回復が得られることになる劇症型心筋炎を迅速に診断し,適切な支持療法を早期に,開始すると,劇症型心筋炎患者の良好な予後が長期にわたって得られることが期待できる(乙27の1・2)との医学的知見に裏付けられており,現に
亡Aを直接診療したE医師は,被控訴人に対し,関節痛などの症状が出た時点で病院を受診していれば,亡Aが酷い状態(劇症型心筋炎・意識不明・瀕死の状態)にはならなかったと説明していた。
以上の経緯からすると,仮に亡Aの過重労働と本件疾病の発症及び死亡と
の間に因果関係が認められないとしても,亡Aは客観的にみて安静を要するような状況にあるにもかかわらず,休暇の取得その他安静を保つための方法を講じることができず引き続き業務に従事しなければならなかったため治療機会を喪失し,その結果,ウイルス性心筋炎が増悪,劇症化し,死亡するに至ったといえるから,そのこと自体が業務に内在する危険であって,この点
で本件疾病の発症及び死亡について業務起因性が認められるべきである。なお,治療機会喪失による因果関係を判断するに当たり,まずもって,仮に,当該労働者が業務への従事を軽減ないし免除された場合には,同労働者において安静又は医療機関の受診等の当該疾病の悪化を防止するに足りる対応をとり,その結果,疾病の増悪による死亡という結果を回避することがで
きたとの条件関係が認められることを要するというべきであるとの控訴人の主張は,同法理を明らかにした最高裁判決(最高裁判所平成8年1月23日第3小法廷判決・裁判集民事178号83頁,最高裁判所平成8年3月5日第3小法廷判決・裁判集民事178号621頁参照)に反するものであり失当である。
(控訴人の主張)
被控訴人主張に係る治療機会の喪失に係る法理は,死亡等の重大な結果が生じる危険のある疾病が発症したり,その前駆症状が発症したりすると,当該労働者は,何らかの具体的症状を自覚して直ちに安静を保った上で,できるだけ速やかに医師の診断を受けて,その指示により入院も含めた安静治療に専念するのが通常であるにもかかわらず,業務の繁忙や代替要員の欠如等
の業務上の事情から,安静の保持や適切な治療を受ける機会を喪失した点に,業務に内在ないし随伴する危険を見いだすものであるから,同法理を適用するには,まずもって,仮に,当該労働者が業務への従事を軽減ないし免除された場合には,同労働者において安静又は医療機関の受診等の当該疾病の悪化を防止するに足りる対応をとり,その結果,疾病の増悪による死亡という
結果を回避することができたとの条件関係が認められることを要するというべきである。
そして,この条件関係の有無については,事後的にみてその当時客観的に存在した全事情を基礎として判断するのではなく,①問題となる時点に現れていた客観的状況が,当該労働者又は周辺の者において,直ちに安静を保ち
又は医療機関の受診を要すると判断するに至るようなものであったか否か,②安静を保持し又は医療機関を受診した場合には,通常死亡等の重大な結果を生ずる疾病が発見されるなどして,これに起因する最悪の結果を回避することができたといえるか否かといった観点から考察する必要がある。亡Aは,平成24年11月19日は元気であり,同月20日に頭痛及び関
節痛を訴えたが,風邪を疑った程度で,市販の頭痛薬を飲んで寝たとされており,少なくとも同日時点までに現れていた客観的状況は,亡A又は周辺の者において,直ちに安静を保ち又は医療機関の受診を要すると判断するに至るようなものであったとは認められない。
そして,
その後,
状態が変わらず,
同月22日の深夜に帰宅後(亡Aの勤務時間に照らせば,日付は23日に変わっていたと認められる。),38度5分の発熱を認め,翌23日にはT診療所を受診していることに照らせば,亡Aは,同月22日の時点では,未だ直ちに安静を保ち又は医療機関の受診を要するとは考えていなかったと認められ,その時点までに現れていた客観的状況も,亡A又は周辺の者において,直ちに安静を保ち又は医療機関の受診を要すると判断するに至るようなものであったとは認められない。
ところで,ウイルス性心筋炎(急性心筋炎)の臨床徴候は多彩で,非特異
的な所見が多いことから,早期かつ軽症であるほど診断が困難であるとされ,そのため,一般には,症状と身体所見のみからの診断は容易ではない。心臓に特異的な徴候である胸痛や動悸を認めた際には,心電図検査や血液生化学検査,心エコー所見等が行われる確率が高まり,異常所見が認められた場合には,ウイルス性心筋炎の診断に至るものとされている。
亡Aにみられた前駆症状は,発熱,関節痛という非特異的なものであったこと,亡Aが初めて胸痛を訴えたのは平成24年11月24日の朝であることに照らせば,仮に,亡Aにおいて,同月22日までに医療機関を受診したとしても,心電図検査,血液生化学検査等が実施された可能性は低く,亡A
をウイルス性心筋炎と診断することは困難であったと考えられる。実際,T診療所を受診した同月23日の時点においてすら,亡Aを直接診察した医師は,感冒としてNSAID投与にて経過フォロー,解熱薬処方としたにとどまり,ウイルス性心筋炎であるとの診断をしていない。

なお,仮に,
亡Aが,
平成24年11月22日までに医療機関を受診し,
ウイルス性心筋炎と診断されていたとしても,そもそも,過重労働と心筋炎の発症・劇症化との関連性を認める医学的知見は存在しないから,業務からの離脱ないし軽減によって,心筋炎の劇症化を防ぐことはできない。その上,その時点での亡Aの心筋炎は軽症であったと認められるところ,軽症の急性心筋炎では,安静・臥床,保温,場合によって輸液等を行いながらの注意深い経過観察となるとされている。そうすると,亡Aに対して治療を実施されたとしても,上記治療が実施されたものにすぎず,安静・臥床によってウイルス性心筋炎の劇症化を防ぐことができるものではないから,仮に亡Aがウイルス性心筋炎であると診断されていたとしても,早期の治療によってその劇症化を回避することができたとは認められない。

さらに,亡Aのウイルス感染症発症から心筋炎による緊急入院までの期間,入院からPCPSを導入するまでの期間は,劇症型心筋炎患者の治療経過における平均日数と同じであるから,仮に同月19日から22日までの間,
亡Aに安静又は治療の機会がなかったとしても,
そのことによって,
亡Aのウイルス性心筋炎が自然的経過を超えて著しく増悪したとは認められない。


加えて,亡AがD病院に入院した時点では,亡Aのウイルス性心筋炎は劇症化に至っていないから,亡Aは,劇症化前に入院治療を受ける機会があったといえる。それにもかかわらず,亡Aは,入院中にウイルス性心筋炎が劇症化するに至り,その後,F病院に転院して迅速かつ適切な治療を
受けたものの,
それでもなお死亡という結果を回避できなかったのである。

以上によれば,
仮に亡Aがウイルス性心筋炎と診断されていたとしても,
早期の安静や治療によってウイルス性心筋炎の劇症化及びその後の死亡という結果を回避できたとは認められない。
したがって,本件において,亡Aに治療機会が与えられていれば,亡Aの
ウイルス性心筋炎の増悪による死亡という結果を回避することができたという条件関係は認められない。
なお,仮に上記条件関係が認められるとしても,亡Aの就業が不可避であったとは認められない。
被控訴人は,亡Aが医療機関に受診することは事実上不可能であったと主張するが,本件レストランにおいては,ランチ営業の終了からディナー営業の開始までの間に1時間程度の休憩時間があり,現に,被控訴人は,平成2
4年11月23日にこの時間帯を利用してT診療所を受診した事実があるから,亡Aが休憩時間を利用して医療機関を受診することは可能であったと認められる。
したがって,亡Aは,平成24年11月22日まで治療機会がなかったとする被控訴人の主張は認められない。

第3
1
当裁判所の判断
原判決の理由説示中,次のとおり補正するほか,同判決13頁18行目から27頁2行目までを引用する。
原判決13頁21行目から15頁13行目の末尾までを,次のとおり改め
る。
心筋炎についての医学的知見等

心筋炎の分類
心筋炎は,心筋を主座とした炎症性疾患である。
心筋炎の多くは,ウイルスや細菌などの病原体に感染することで発
症し,ウイルス,特にコクサッキーB群ウイルスへの感染によって発症する例が最も多いとされているが,近年では,分子生物学的検査法の進歩により,アデノウイルス,パルボウイルス及びヒトヘルペスウイルスも高頻度に検出されるようになっている。
心筋炎を発症すると,心筋壊死や炎症による心筋細胞の機能障害に
より,息切れ,呼吸困難,動悸,浮腫などの心不全症状や,右脚ブロックや房室ブロック等の刺激伝達障害を来す。
心筋炎は,発症様式により急性心筋炎と慢性心筋炎とに分類され,急性心筋炎の中で,発症初期に急激な経過で血行動態が悪化して心原性ショックに至り,体外循環補助を必要とする重症度を有するに至る心筋炎は劇症型心筋炎と呼ばれる。また,慢性心筋炎には遷延性と不顕性の二型がある。


(甲20,乙3,72)

心筋炎の発症経過等
コクサッキーB群ウイルスに感染すると,上気道感染(発熱,咳
嗽,咽頭痛,頭痛)や消化器症状(悪心,嘔吐,腹痛)といった前駆症状が生じるが,ウイルス感染による症状が軽微かあるいは不顕
性に終わった症例では,心症状が初発症状となる。
ウイルスは,CARなどのウイルス特異的受容体と結合して,心
筋細胞内へ侵入し,心筋細胞内で複製を行って増殖しつつ,ウイルス蛋白(プロアテーゼ)を産生して,直接,心筋傷害や心筋細胞壊死を引き起こすなどし,心筋炎を惹起する。ウイルスの心筋細胞内
での複製(増殖)は10日から14日までで,その後は中和抗体によるウイルスの排除,感染細胞融解,細胞障害性の抗体産生及び細胞免疫の働きにより心臓に炎症が生じることになる。すなわち,ウイルス性心筋炎はウイルス感染による心筋細胞への直接傷害と,それに引き続くウイルスに感染した心筋細胞を除去しようとする生体
の免疫反応によって,心筋細胞に重大な損傷が生じた結果として発症する。

(乙10の1・2,19,42,72)

ウイルス性心筋炎の病態は,経時的に次のように認められる。す
なわち,ウイルス感染による心筋細胞の直接的な傷害が生じた場合,これに反応して,樹状細胞(DC)
,ナチュラルキラー(NK)細胞
及びマクロファージ等の自然免疫細胞が心臓に移動して,特異的な適応免疫(獲得免疫)が反応することができるまでウイルスの増殖を制限することになる。ウイルス感染後4,5日までは,獲得免疫が十分に発動されておらず,自然免疫がウイルスの増殖を抑える重要な役割を果たしている。なお,ウイルス感染に対する自然免疫の最も重要な役割は,サイトカインの産生誘導である。サイトカインは,免疫担当細胞の成熟化や活性化を誘導し,自然免疫に続く獲得免疫の成立を促してウイルス除去に働くが,その一方で,炎症性サイトカインが有する陰性変力作用や細胞傷害作用は心機能を低下
させ,結果として心筋炎を重症化させることがある。
自然免疫による排除から逃れたウイルスは増殖し,プロテアーゼ

等を産生して直接心筋傷害や心筋細胞壊死を引き起こし,心筋ミオシン等の細胞内蛋白の放出,NK細胞,マクロファージの浸潤に引き続き,T細胞が浸潤する。このような炎症性細胞が心筋組織内に浸潤することによって,心筋傷害が起き,心筋炎が惹起されることになる。

自然免疫の活性化は,ウイルス抗原特異的なT細胞やB細胞の活
性化と増殖を引き起こし,数週間から数か月の間,これらによる獲得免疫が中心的な役割を果たすことになる。感染細胞や抗原提示細胞の主要組織適合抗原(MHC)クラスⅠ分子上に,ウイルス抗原ペプチドが抗原提示され,細胞障害性T細胞(CD8陽性T細胞)
から産生されたパーフォリンによる感染細胞の傷害が惹起され,また,ウイルス抗原特異的ヘルパーT細胞(CD4陽性T細胞)が活性化し,CD8陽性T細胞やB細胞の活性化を促す。活性化したB細胞はウイルス抗原への中和抗体を産生し,ウイルス排除を促す。これらの反応は,心筋の亜急性ないし慢性炎症を引き起こし,心筋
壊死,線維化,リモデリングが生じ,最終的に拡張型心筋症に特徴的とされる瘢痕形成を伴う心室拡張を呈する。
他方,ウイルス性心筋炎の経過中に自己免疫異常をきたし,これ
によって自己免疫性心筋炎が誘発されることがある。すなわち,ウイルスを認識するCD4陽性T細胞が心筋自己蛋白を抗原として
認識し,心筋細胞を攻撃する可能性や,ウイルス感染による心筋組織の破壊により心筋細胞内蛋白抗原が露出し,それらの自己蛋白に
反応する自己反応性T細胞が活性化されて自己免疫を誘導する反
応も示唆されている。
ウイルス性心筋炎においては,ウイルスの持つ生物活性,ウイル
スに対する宿主の防御機構,過剰な防御機構による自己傷害の三つの因子が複雑に絡み合い,病勢が刻々変化しているものと考えられ
ている。
(乙19,21,22,42,43の1・2,44の1・2,49の1・2,72)

心筋炎の診断及び治療
ウイルス性心筋炎
(急性心筋炎)
の臨床徴候は多彩で,
主徴候は,
感冒様症状(発熱,咽頭痛,関節痛等)や消化器病症状(嘔吐,腹痛,下痢等)であることが多く,軽症例を含めると,心筋炎は発生頻度の少ない疾患ではないと考えられる。しかし,症状や徴候が非特異的であるため,臨床上,症状や徴候が明白な心筋炎はまれであ
るとされ,非特異的な所見が多いことから,早期かつ軽症であるほど診断が困難であるとされている。そのため,一般には,症状と身体所見のみからの診断は容易ではなく,心臓に特異的な徴候である胸痛や動悸を認めた際には,心電図検査や血液生化学検査,心エコー所見等が行われる確率が高まり,
異常所見が認められた場合には,

ウイルス性心筋炎の診断に至るものとされている。
ウイルス性心筋炎の初発症状としては通常の急性心筋炎と同様に,発熱を伴う風邪様症状や,
嘔吐・下痢などの消化器症状を併発する。
主症状としては,ショックを含む心不全症状と不整脈による動悸や失神,長時間続く胸痛が多くみられる。劇症型心筋炎の中には,発症初期から血行動態の破綻を来す例もあるが,一方で軽微な初期症状でも急速に劇症化へ向かう症例が存在し,その病状変化は,日単位から,ときに時間単位で進行する。なお,平成5年の全国の大学病院等での剖検記録中,心筋炎は82例であり,うち劇症型心筋炎は30例あるが,劇症型心筋炎と正しく臨床診断されたのは1例にとどまり,劇症型心筋炎の症例の大部分は診断のつかないままに急
性の経過で死亡していることが示唆されている。
(甲20,乙3,72,73)
急性心筋炎と診断された場合でも,心徴候のみで心症状が顕著で
ない場合には,入院した上での安静臥床と,バイタルサイン,心電図,心エコー図,心筋トロポニン値等の注意深い経過観察のみで対
処できるが,急変時の心肺危機管理に迅速対応が可能な状況を構築しておく必要がある。また,不整脈に対する治療や心不全に対する管理も必要である。
また,活動性ウイルス感染時に運動をすることでウイルス複製が
亢進し,生存期間が短縮する可能性があるため,急性心筋炎患者は
身体活動を制限する必要があるとされ,軽症の急性心筋炎では,安静・臥床,保温,場合によって輸液等を行いながらの注意深い経過観察となる。しかし,心筋炎において早期の安静が劇症化を回避するとの医学的な裏付けはない。
(甲20,乙3,12,49の1・2,73)

一般的な急性心筋炎は,炎症期が1,2週間持続した後に回復期
に入る。心筋炎では,心筋壊死とともに炎症性物質による心筋細胞機能障害が起こり,両者が相まって心ポンプ失調を形成するが,多くの場合は炎症に伴う可逆的な心筋機能低下であり,急性期に全く収縮しなかった左室壁が回復期には機能的にはほぼ正常化することもまれではない。したがって,心筋炎に対する介入は,原因に対する介入,自然軽快までの血行動態維持(循環及び呼吸動態に基づく
心肺危機管理)炎症性物質による心筋機能抑制からの解放の三つに,
集約される。もっとも,ウイルス性心筋炎に対して一般的に臨床使用可能な抗ウイルス薬はまだ開発されていないし,炎症性物質(炎症性サイトカイン等)による心筋機能抑制に対する介入法として評価の定まったものがあるわけではない。

劇症型心筋炎の急性期管理方針は,心筋炎による血行動態の破綻
を回避し,
自然回復の時期までいかに橋渡しするかにかかっている。
循環動態の補助としては,PCPSが推奨されている。
(甲20,乙3,72,75)

心筋炎,劇症型心筋炎の発症頻度及び予後等
昭和33年から20年間の日本病理剖検報告によれば,37万7
841剖検例中434例の症候性心筋炎が報告されている。また海外の報告で非心臓死の剖検例の0.6%に無症候性心筋炎が見られたとの指摘もあり,これから軽症の心筋炎はもっと多く,心筋炎の
ほとんどは無症候性であると考えられている(乙3)

昭和57年度及び昭和60年度に行われた心筋炎に関する全国ア
ンケート調査によると,回答があった274例の急性心筋炎につき,予後は,約50%が後遺症を全く残さずに治癒し,約40%は何らかの後遺症を残すが,一般に心異常の程度は軽く良好であり(ただ
し,一部の症例において拡張型心筋症様の病像を呈することがあ
る。,
)約10%が死亡に至っていた。また,このアンケート調査中,
死亡症例は38例であるが,その内訳は未成年が7名であり,60歳以上は6名である(乙53)

愛知県内の大学病院と総合病院が昭和61年1月から平成11年
4月までに受け入れた47名の急性リンパ球性心筋炎の患者のうち,入院時に心原性ショックを起こしていなかった39例を対象とする研究では,うち12名が劇症型心筋炎となったが,ショックは入院後1.8±1.2日で発現した。劇症型となった12名の年齢は57.8±11.6歳でそうでない27名の40.7±17.3歳より高かった(乙77の1・2)


平成5年の全国の大学病院等での剖検記録中に心筋炎は82例あ
り,
うち劇症型心筋炎は30例あるが,その内訳は未成年が7名(0
歳児を2名含む。
)であり,60歳以上は10名である(乙72)

平成10年頃の新潟県内で発症した劇症型心筋炎についての集計
によると,18例のうち6例は最初の医療機関受診時に入院観察の
方針となり,全員生存退院できたが,最初の医療機関受診時に感冒の疑いで自宅療養を指示された12例は,帰宅後に病態が悪化し,1~2日後に入院となり,そのうち9例は急性期に死亡した(乙70)

平成11年に発表された日本国内のある医科大学の集中治療室の

臨床統計では,急性心筋炎28例の死亡率は25%で,うち10例の劇症型心筋炎についての死亡例は50%とされている(乙72)。
平成14年発行にかかる劇症型心筋炎の臨床に掲載されてい
る論文(
劇症型心筋炎の病理
。乙71)で検討対象とされている
死亡した劇症型心筋炎の臨床例は,①30歳の女性,②19歳の女
性,③58歳の男性,④65歳の女性,⑤60歳の男性,⑥14歳の男性,⑦14歳の男性の7例である(乙68,71)。
日本循環器学会学術委員会が平成14年に公表した調査では,劇
症型心筋炎52症例を調査した結果,ウイルス感染症発症から心筋炎による緊急入院まで平均5日間,入院からPCPSを導入するまでは平均1日間であったとされている。そして,PCPS施行例52例のうち30例は社会復帰が可能な生存退院であるが,1名は社会復帰不能例であり,21例は死亡している(乙75)

東京都立のある三次救急医療施設において平成15年4月から平
成25年11月までの間に受け入れた急性心筋炎患者は18例あり,そのうち6例が劇症型心筋炎であったが,6例のうち3例は来院後
6時間以内に,
1例は来院6日後に心原性ショックを呈した。
なお,
6例の年齢は24歳から70歳であり,
中央値は48歳であった
(乙
55)

平成21年のインフルエンザA型流行についての国立感染症研究
所からの報告では,推計患者数は2100万人であるところ,報告
のあった急性インフルエンザ心筋炎・劇症型心筋炎症例は15例であり,うち10例が劇症型心筋炎で,そのうち2例が死亡した。15例の内訳は,小児と65歳以上が5例であり,その余の10名の平均年齢は36歳であった(乙50,57の1・2)

日本循環器学会が平成24年5月から平成26年6月までの間に

心原性ショックが認められた患者979例について分析した研究
報告によると,うち22例が心筋炎であり,そのうち12例が30日以内に死亡した(乙56の1・2)

フィンランドにおける1970年から1988年の間に心筋炎を
死因とする639件についてされた調査では,致死性心筋炎の発生
率は,10万人当たり0.46人であり,男性の発症率が女性の発症率よりも高いとされ,また,心筋炎に対する死亡の割合は,小児及び45歳未満の成人が55歳以上の集団よりも高かった(乙47の1・2,51の1・2)

フィンランドにおいて,1977年から1996年までの20年
間に陸軍に徴集された平均年齢約20歳のフィンランド人男性6
7万2672名について行われた急性心筋炎の発症例の調査によ
ると,心筋炎の発症率は0.17%であり,同じ年齢の民間人と比較すると高い可能性があった。これについては,市民生活よりも軍事的状況下では呼吸器病原体による感染が促進されることと,徴集兵は,激しい訓練を受けていたことから,これが心筋炎の増悪因子
となった可能性が高いとの考察が明らかにされている(乙39)

イタリアのある病院において2001年5月から2016年11
月までの間に急性心筋炎と診断された187例(劇症型心筋炎が55例,非劇症型心筋炎が132例)を調査対象として行われた劇症型心筋炎と非劇症型心筋炎の生存率等の調査結果によると,母集団
全体のうち,院内死亡又は心移植術を行った劇症型急性心筋炎は25.5%であったのに対して,非劇症型心筋炎は0%であり,9年目の長期心移植未実施生存率は,劇症型心筋炎の患者は64.5%であったのに対し,非劇症型心筋炎の患者が100%であったとされており,劇症型心筋炎の短期・長期予後は,非劇症型心筋炎より
も悪いとされている(乙30の1・2)

日本循環器学会を初めとする関連学会による合同研究会によって
報告された急性および慢性心筋炎の診断・治療に関するガイドライン(2009年改訂版)(甲20,乙3)には,海外の論文を引

用して急性心筋炎の多くはウイルス感染に起因し,風邪類似の一相
性経過をとることから,心筋炎極期を乗り切ることができれば,劇症型であっても自然軽快し,その予後は良好であるとされている旨の記載があるが,2017年(平成29年)に発表された上記


イタリアにおける研究結果はこれを否定している。また,日本国内の複数の医学論文にも,劇症型心筋炎の予後が良好であるとする上記海外の論文にいう劇症型心筋炎が一般に定義されている劇症型
心筋炎とは異なるものであることを指摘するなどして,劇症型心筋
炎は予後が良好であるとする見解に反対する意見を明記するもの
がある(乙30の1・2,71,72,75)

劇症型心筋炎はかつて健康であった患者において多く発生すると
もいわれ,若年者の突然死例の5~10%は心筋炎が原因となっているともされている。アメリカ心臓協会及びアメリカ心臓学会によ
る研究では,心筋炎が競技選手の心突然死の第3の主因とランクづけられている(乙10の1・2,27の1・2,42,70)


心筋炎の発生機序ないし因子等について
心筋炎の原因となる心臓作用性ウイルスには,咳嗽の原因である

一般的なウイルスが含まれており,約90%の健常者が生涯にわたってこれらのウイルスのうち1種類以上に罹患するといわれてい
るが,必ずしも心臓疾患を伴うわけではなく,特定のごく少数のみが臨床学的症状を示すことになる(ただし,既存の研究に用いられた診断ツールの感受性の低さが一因となって,実際の発症率が低く
評価されている可能性があり,心筋炎の正確な発生率は未だ明らかになっていない。。ウイルス感染後に心筋炎の臨床症状を発症しや)
すい人もいれば,後に自然に改善する人,あるいは後に特発性DCM(非虚血性拡張型心筋症)へ進行する人もいることからすると,何らかの遺伝子的背景が,臨床的心筋炎症状の進行や心臓
のウイルス感染後のDCMの進行に必須であると考えられている。(乙12の1・2,46の1・2,49の1・2)
ウイルス性心筋炎は心臓向性ウイルスの全身感染の合併症である。ウイルス感染者のほとんどが重大な心臓疾患を発症しないが,重度のウイルス性心疾患へと進行する感染者もいるところ,後者が前者よりも感染性疾患に対する感受性が高いという裏付けは一般には
ない(乙43の1・2)

心筋炎が劇症化する機序は,ウイルス感染の量,免疫反応等から
の研究がおこなわれているが,解明されていない。ウイルス量の増大,自己抗体による心筋傷害の持続,自己免疫性の亢進(過剰な防御機構)などが複雑に関係しているとの考え,あるいは免疫応答の
異常によるウイルスの持続感染,自己抗体による心筋細胞への持続的傷害,Th1/Th2のバランスが崩れることによる自己免疫機序の遷延や再燃等が,機序の一部であるとの考えが示されている。心筋炎が劇症化する予測因子も,現時点では不明である。発症個
体側の因子として,罹患時の心筋病変の範囲・重症度や完全房室ブ
ロック・重篤な心室性不整脈の有無,腎機能等の諸因子が関与していることが推定される。また,心筋炎の発症要因と同様に,患者個体の遺伝的・自己免疫的素因等の関与によって劇症化しやすいとも考えられる。
(乙6,19,21,22,42,43の1・2,44の1・2,
49の1・2,72)
平成12年,日本循環器学会が発表した劇症型心筋炎の診療ガイ
ドラインの解説では,急性心筋炎のうちどのような患者が劇症化するかは現時点では全く分かっていないとされ,心筋炎を惹起する因子と個体の炎症に対する防御因子,すなわち免疫応答のバランスが
大きく負にシフトすることにより劇症化するのであろうと想定さ
れている(乙75)」



原判決23頁26行目の冒頭から24頁24行目の末尾までを,次のとおり改める。
亡Aの本件疾病発症の経過

本件レストランが休店日である平成24年11月18日(日曜日),
亡Aは,被控訴人の提案で家具屋に出かけ,レストランで夕食をする
など外出して過ごした。亡Aは,同日及び翌19日(月曜日)は,特段,身体の不調を訴えることはなかった。亡Aは,同月20日(火曜日)に帰宅した際に,頭痛や関節痛を訴え,市販の頭痛薬を服用して就寝したが,翌21日(水曜日)の朝の時点でも症状は変わらなかった。亡Aは,体調不良を感じながら働き続け,同月22日(木曜日)
に帰宅して初めて体温を測定したところ,体温が38度5分になっていた。
(甲33,
34,
被控訴人)

亡Aは,祝日である翌23日(金曜日)
,そのまま本件レストランに
出勤し,ランチ営業の終了後のディナー営業までの間の休憩時間に,
被控訴人も同行してT診療所を受診した。同診療所では,亡Aは,インフルエンザの疑いで簡易検査を受けたが陰性であり,血液検査等は実施できないことから,翌日,病院に行って精密検査を受けるよう指示され,痛み止め薬が処方された。
亡Aは,高熱状態であったが,その後,本件レストランに戻って稼
働していたところ,体調不良の様子を見かねた客が店長に対して帰宅させるよう意見してくれたことで,同日午後12時近くになって帰宅することができた。

(甲33,34,被控訴人)

亡Aは,
その後も熱が下がらず,
平成24年11月24日
(土曜日)
朝,胸痛を訴え始め,体温も39度を超えていたことから,同日早朝にD病院を受診した。
亡Aを診察したE医師は,急性心筋炎の疑いで亡Aを緊急入院させた。同病院が実施した胸部X線,心エコーでは左室収縮機能が保たれていることが認められ心機能には異常はなかったが,
心電図によれば,
亡Aには,全体の心機能は保たれていたものの,局在性の左室壁運動消失が認められ,心筋逸脱酵素の軽度上昇も認められた。なお,E医
師は,その時点では,亡Aの治療の見通しについて,炎症が治まったら1週間程度で退院ができるとの見通しを被控訴人に対して説明していた。

(甲33,34,乙17,被控訴人)

そうしたところ,亡Aには,同日の夜,完全房室ブロック(心臓の刺激伝達系障害による徐脈性不整脈)が出現し,急速に壁運動低下が
進行した。そして,翌25日(日曜日)には,側壁及び後壁を除く広範囲に左室壁運動低下が拡大し,EF(左室駆出率)は前日の71%から,20ないし25%にまで低下して,血行動態が悪化した。そのため,同日午後10時にはPCPSの挿入を行ったものの,PCPS挿入後も,心筋逸脱酵素値の上昇といった心筋の異常徴候がみられ,
壁運動の低下も進行した。
そこで,E医師らは,現状の治療によっては亡Aの血行動態を維持することは困難であると判断し,亡AをF病院へ転院させることとなった。なお,転院時の診断名は劇症型心筋炎,急性心不全であり,転院に当たり,亡Aの家族らに対しては,珍しい症例であり特効薬は
ないこと,現状の救命率は10%程度で転院して手術すれば30%くらいまで救命率が上がる可能性があるなどの説明がされた。

(甲3

3,34,乙1,17,21,被控訴人)

亡Aは,F病院に転院した後も,本件疾病の発症から血行動態が悪化する経過が早く,
心筋炎による心筋傷害の程度も非常に強度であり,
心臓機能が全く改善しなかった。そのため,亡Aは,同病院において平成25年1月7日までに左右心ともに植込型補助人工心臓を装着する手術を受け,これにより,その後,同年9月2日には独歩で退院することができるまでになった(乙1)


亡Aは,平成26年1月3日,心不全を理由にF病院に再入院し,その後,同年2月1日に脳出血が起こりカテーテル検査をし,同月2
日,
感染性脳動脈瘤として脳動脈瘤塞栓術(血管内手術)を実施す
るなどしたが,同年5月27日に再び脳出血を起こし,同年6月2日に脳出血を直接死因として死亡した(乙1)」


原判決26頁4行目の冒頭から同頁8行目の末尾までを以下のとおり改める。
アD病院の主治医であったE医師は,本件各処分前に大阪中央労働基準監督署宛に提出した意見書において,亡Aの確定診断名を「急性心筋炎(劇症型),心原性ショック,急性心不全とし,その診断根拠を来院時の心電図ST上昇から始まり心室性期外収縮出現,伝導障害出現と経時呼吸,心電図変化,心エコー上こちらも経時的に悪化する左室壁運動低下。入院日平成24年11月24日の心臓カテーテル検査にて冠動脈異常を認めなかった所見と記載した。
また,
上記確定診断疾病の一般的な機序としては
先行する感冒様のウイルス感染症状に続きウイルスが心筋へと感染し心筋の障害をきたす,そして,亡Aについては先行するウイルス感染が労働者の過労状態により自身の免疫力が低下していたことも影響し,心筋へと感染が拡大,極度の疲労と免疫力低下が手伝って劇症化したと考えられると説明した。

(乙1)

さらに同医師は,本件各処分前に大阪中央労働基準監督署宛に
追加して提出した意見書において,亡Aが過労によって劇症型心
筋炎を発症したと判断する根拠についてウイルス性心筋炎はあくまでも通常の我々生活の中で遭遇する種々の感染症,わかりやすいところで例えるなら感冒やインフルエンザのようなウイルス性感染症や,細菌性肺炎や膀胱炎など,また結核などの細菌感染症といった外的な感染源により生じる疾患の一種ということである。・・・したがって,・・・過労による疲弊・ストレス過剰状態がもたらす免疫力の低下による感染症全般に対する易感染性と感染症重篤化傾向につき検討することが重要で,必要にして十分である。・・・過労によって免疫力が低下しているとウイルスを含めてあらゆる感染症を発症しやすくなることや発症後に治りにくい,重症化する,病状の進展が早くなるなどは医学的にみても矛盾のない事実と判断できる・・・過労状態になく免疫力に問題がなければウイルス感染そのものをきたしにくく,また劇症型急性心筋炎であっても予後は良好であることが多いとされるところが,免疫力が低下している場合にはウイルス性の劇症型心筋炎に罹患しやすく,病状の急激な悪化,予後の不良(重篤化)に結びつくと考えられる。,亡Aが「過労状態で免疫力が大幅に低下していたため,劇症型心筋炎に罹患したうえ,軽快することなく一気に劇
症化(重篤化)したと考えることに矛盾はないと言える。
」と説明
した(甲21)」



原判決26頁9行目のG医師をF病院の主治医であったG医師に
改める。

2
争点1(免疫力の低下を理由とする本件疾病の発症及び死亡の業務起因性の有無)についての検討
労災保険法及び労働基準法に基づく保険給付は,労働者の業務上の疾病等
に関して行われる(労災保険法7条1項1号)ところ,労働者災害補償保険制度(以下労災保険制度という。
)は,使用者が労働者を自己の支配下に
置いて労務を提供させるという労働関係の特質を考慮し,業務に内在する各種の危険が現実化して労働者が疾病にかかった場合には,使用者の過失の有無を問わずに労働者の損失を填補する,いわゆる危険責任の法理に基づく制度であることを踏まえると,
労働者が
業務上
の疾病にかかった場合とは,
労働者が業務に起因して疾病にかかった場合をいい,そのような場合に当たるというためには,業務と疾病との間に相当因果関係が認められなければならないと解すべきである(最高裁判所昭和51年11月12日第2小法廷判決・裁判集民事119号189頁参照)

ところで,労災保険法12条の8第2項により労災保険の支給事由につい
ても適用される労働基準法75条2項を受けた労働基準法施行規則35条,同別表第1の2第2号から第10号は,業務上の疾病の多くが災害によらないものであり,業務起因性の判断が容易でないことから,当該業務に従事することによって,その業務が含んでいる特定の有害因子により当該労働者に当該疾病が発病し得ることが医学経験則上一般的に認められている類型を,
第2号ないし第9号については具体的に疾病を列挙することで,第10号については厚生労働大臣の指定に委ねることで業務上の疾病の範囲を定めている。そして,上記類型は以上のように定められたものであるから,上記類型に掲げられた業務に従事した労働者が当該疾病を発症した場合には,業務起因性の存在が事実上推定されるといえる。他方,本件疾病は,当該別表に示
されていない疾病であるから,同別表第11号のその他業務に起因することの明らかな疾病に該当するか否かの問題となるのであって,個別に業務と当該疾病との間に相当因果関係が認められるかという観点から判断され,その立証責任は被災を主張する側が負うものと解される。
なお,この相当因果関係を判断するためには,まず当該労働者は当該業務
に従事しなければ当該結果が生じなかったという事実的因果関係
(条件関係)
が前提として認められる必要があるが,この因果関係の立証は,一点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく,経験則に照らして全証拠を総合検討し,特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認しうる高度の蓋然性を証明することであり,その判定は,通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ちうるものであることを必要とし,かつ,それで足りるものである(最高裁昭和50年10月24日判決)

被控訴人は,亡Aが,本件疾病発症前,常軌を逸した長時間労働に由来する過労状態,
睡眠不足状態であったため,
免疫力の低下,
異常が生じており,
その結果,ウイルス感染によって心筋炎を発症し,更に劇症化したとして,亡Aが発症した本件疾病(劇症型心筋炎)及び死亡は,いずれも業務に起因
することが認められると主張する。
ところで,
被控訴人が本件各処分の前提となる各保険の給付請求において,
亡Aの長時間労働と業務起因性があると主張している疾病は,劇症型心筋炎及び急性心不全であるが,急性心不全は,劇症型心筋炎の転帰にすぎない。また,亡Aの死亡の直接死因は,脳出血であるが,これは劇症型心筋炎の治
療のために装着した人工補助心臓の合併症として起きたものであるから,亡Aは劇症型心筋炎に起因して死亡したということができる(この点は控訴人においても積極的に争っていない。。

したがって,本件においては,亡Aの劇症型心筋炎及び急性心不全の発症並びに死亡の業務起因性は,本件で定義した本件疾病(劇症型心筋炎)の発
症についての業務起因性について判断をすれば足りるということになる。そこで,以上を踏まえて検討するに,確かに,亡Aは,引用した原判決の
事実及び理由
の第4の1
平均して1か月当たり約250時間の時間外労働に従事し,その間の睡眠不足もあったと認められるところ,脳血管疾患又は虚血性心疾患等の発症
につき過重負荷による業務起因性を認めた認定基準によれば,仮に亡Aが脳血管疾患又は虚血性心疾患を発症していたならば,同疾患について本件業務との業務起因性を十分認められるだけの労働量であって,一般常識に照らしても,亡Aは疲労が相当蓄積していたことが認められるというべきである(ただし,対象疾病を脳血管疾患(脳内出血〔脳出血〕
,くも膜下出
血,脳梗塞,高血圧性脳症)と虚血性心疾患(心筋梗塞,狭心症,心停止〔心臓性突然死を含む。,解離性大動脈瘤)と定めている同基準は,長時〕

間労働等業務による負荷が長期間にわたって生体に加わることによって疲労の蓄積が生じ,脳・心臓疾患の発症の基礎となる血管病変等をその自然経過を超えて著しく増悪させるという医学経験則に基づくものであるから,本件疾病のような免疫動態や感染症の発症,増悪の場合に当てはめて論じることが直ちにできるわけではない。。



そして,一般的に疲労や睡眠不足の免疫力への影響については,その具体的機序は明らかではないものの,過重労働により身体に過度の負担がかかった場合,風邪(風邪症候群,以下風邪という。
)を頻繁にひく,風
邪がなかなか治らないなどの経験を多くの人がしているところであるから(引用した原判決の事実及び理由の第4の1

,甲19)
,長時間

労働や睡眠不足が免疫力の低下をもたらす可能性は否定できないところであって,この点は,大阪中央労働基準監督署の職業病相談員であるR医師(同

S医師(同エ)も否定しているわ

けではないし,さらに本件裁決をした労働保険審査会も,本件裁決の理由中において過重労働や過大なストレスが免疫力の低下をもたらし,病気にり患しやすくなるとの一般論を否定するものではないと述べているところであるから(補正の上引用した原判決の事実及び理由の第2の2間労働と睡眠不足が長期間続いたという事実は,
亡Aの
免疫力が本件疾病発症当時低下していたことを推認させる事実であるということができる。


そこで,本件において,亡Aの免疫力の低下を推認させると考えられるその他の事実の有無についても検討するに,D病院に入院直後の亡Aの血液検査の結果によれば,亡Aは,ヘモグロビン濃度,総蛋白,アルブミンについて,いずれも参考基準値内であったことが認められ(引用した原判決の事実及び理由の第4の1

にはないということが客観的に裏付けられており,これらに特段の身体不調を示す所見はないから,血液検査の結果は,免疫力の低下を推認させるものとはいえず,かえって免疫力が低下していなかったことを推認させる事実であるということができる。
また,亡Aと日常生活を共にしていた妻である被控訴人は,亡Aが毎日
の勤務に疲労を訴えていた旨を供述し,その作成に係るメモ(甲33)及び陳述書(甲34)においても同旨の陳述をしているが,他方で,亡Aが平成25年3月に本件会社を退職して独立することを計画して業務外でランチやディナーに出かけたり,シェフの集まりに参加したりするほか,休日には被控訴人とも積極的に外出していた事実を供述及び陳述している。
その上,同供述及び各陳述には,亡Aが,この間,免疫力の低下を示唆する典型的なエピソードである風邪にかかりやすくなっていたであるとか,発熱を繰り返していたなどの事実に触れる部分が全くなく,これをうかがわせる証拠もないから,これらの事実も,亡Aは,長期間,長時間労働と睡眠不足を継続してきていたが,必ずしも免疫力が低下していなかったこ
とを推認させる事実であるといえる(乙1(38,39頁)によれば,亡Aが平成21年11月以降本件疾病発症時まで医療機関を受診した事実がないことも認められる。なお,繁忙な亡Aが,医療機関を受診するだけの十分な時間的余裕がなかったであろうことは否定できないが,風邪等にかかった事実が被控訴人の供述にも,その作成に係るメモ(甲33)ないし
陳述書(甲34)にも触れられておらず,現に受診歴も全くない以上,風邪等にかかったり発熱を繰り返したりしていた事実はなかったものと認定するのが相当である。。

さらに,免疫力の低下によりヘルペスが出やすくなることが知られており,この事実は厚生労働省の研究班による報告書(甲26の6)においても示されているが,
被控訴人の供述及び被控訴人作成に係るメモ
(甲33)
及び陳述書(甲34)中には,亡Aにヘルペス由来の症状が出たなどの事
実について触れる部分はない。そして,本件レストランの同僚作成に係る陳述書(乙1の153頁から159頁)にも,本件レストランにおける仕事の過酷さや本件レストランで稼働していた従業員全般の睡眠不足を訴える部分があるものの,亡Aが風邪等を繰り返しひいていたとか,ヘルペスが出ていたなどの免疫力の低下を端的に示す事実に触れるところもないか
ら,これらの事実も亡Aの免疫力が低下していなかったことを推認させる事実であるといえる。
なお,被控訴人の供述によれば,亡Aの先輩女性従業員が平成24年4月に本件レストランを退職し,代わりに経験技量のない新人が入社したため,亡Aの業務上の負担がそれ以降増しており,亡Aが本件疾病発症の1
月以上前に発症した口内炎は,治癒しない状態が続いていたという事実が認められるが,上記のとおり,亡Aが風邪にかかっていた,ないしはかかりやすくなっていた事実は認められないし,他に免疫力の低下を示すヘルペス(口唇ヘルペス,帯状疱疹など)が出た事実が認められているわけではないから,その口内炎は,ヘルペス性のものではなく,アフタ性口内炎
であったと推認するのが相当である。そして,証拠(甲35)によれば,アフタ性口内炎は,原因不明とされ,複数の想定原因のうちの一つが免疫力の低下にすぎないというのであるから,他に免疫力の低下を示唆する身体症状がうかがえない亡Aについては,この口内炎の発症をもって免疫力の低下を推認させる事実とは言い難いというべきである。


そうすると,確かに亡Aは,本件疾病発症前,常軌を逸した長時間労働に由来する過労状態にあり,また,慢性的な睡眠不足状態であったことが認められ,これによる免疫力の低下が心筋炎を発症させるウイルス感染を生じさせた事情の一つとなっていた可能性を否定することはできないといえるが,
考えられ得るその他の免疫力の低下を推認させる事実については,いずれも免疫力の低下を示しておらず,かえって免疫力が低下していなかったことを推認させているというべきである。
したがって,上記諸事実を総合すると,亡Aについては,被控訴人が主張する免疫力が低下していたものとまでは認め難いから,さらにこれが原因となって本件疾病を発症し,その結果死亡するに至ったことを理由に業
務起因性をいう被控訴人の主張は採用できない。
その上,亡Aにつき過重業務と本件疾病(劇症型心筋炎)の発症との間に因果関係があると認められるためには,過重業務によりウイルス感染をしたことが認められるだけでは足りず,端的に本件疾病である劇症型心筋炎の発症に至ったことについての因果関係が認められなければならない
が,そもそも本件疾病(劇症型心筋炎)の発症については,その発症の機序はもとより,これを発症させる因子は医学的に不明であって,少なくとも過重業務によってウイルス性心筋炎を発症し劇症化するという経験則が存在することが認められるわけではない。
そうすると,亡Aが従事した過重業務が同人の免疫力の低下をもたらす
ものであったとしても,長時間労働が本件疾病の発症を招来した関係を是認し得る高度の蓋然性を認めることはできないから,長時間労働と本件疾病の発症との間に因果関係を認めることはできず,ひいては長時間労働と亡Aが死亡するに至ったことについて因果関係を認めることもできないというほかない。


これに対し,
被控訴人は,
最高裁昭和50年10月24日判決を前提に,
ウイルス性心筋炎である本件疾病も,
心筋にウイルスが侵入し,
自然免疫,
獲得免疫によってウイルスが排除できないというウイルス感染症の問題であるとし,ウイルス感染症である風邪が長時間労働や睡眠不足である場合にひきやすくなるだけでなく重篤化し,死亡に至ることが医学的な常識になっているから,これにより亡Aが同じウイルス感染症である本件疾病を発症したことについて業務起因性を肯定するに必要にして十分であると主張し,また,これを否定する控訴人の主張は,昭和62年の旧認定基準についての旧労働省労働基準局補償課編の解説書である労災保険脳・心臓疾患の認定と事例(甲26の9・甲25の引用文献9)にある記
載,すなわちウイルス性心筋炎では発熱,かぜ症候,消化器症状などに引き続いて不整脈,心不全,ショックなどを呈して発症し,急死することがある。慢性型では心筋症に似た病態をとることがある。ウイルス感染の直前あるいは感染初期の疲労状態にあると,病状の発現や重症化することがあり得る。との控訴人が長年示してきた医学的知見・経験則に反するものであるとする。

この被控訴人の主張は,要するに風邪は長時間労働や睡眠不足がある場合にひきやすくなるだけでなく重篤化するという医学的常識が,同じウイルス感染症である劇症型心筋炎にも当てはまる経験則であるから,最高裁昭和50年10月24日判決に従えば,この経験則を参照することにより,過重業務と劇症型心筋炎の発症との因果関係は当然に肯定されるという
ものと解される。そして,亡Aが本件疾病を発症したことについて業務起因性が認められるとするE医師及びI医師作成に係る各意見書(甲3,21,22,24,25)も,この趣旨をいうものと理解できる。
確かに,本件において認定されるべき長時間労働及び睡眠不足という特定の事実と本件疾病の発症という特定の結果発生との間の因果関係は,機
序の解明までは求められないところの不法行為法上の法的評価としての因果関係と同様であり,その判定は通常人を基準とするものであるけれども,そうであるからといって,法的判断として医学的知見と相容れない因果関係を認める判断が許されるわけではないから,ここで参照すべき経験則とは,医学的知見に照らしても首肯し得る経験則であることが必要というべきである。そして,仮に当該疾病に直接当てはまる経験則の存在が認められない場合において,これと類似する疾病についての経験則を参照するにしても,少なくともその経験則を参照することが医学的知見に照らして首肯し得るものであることが必要である。
したがって,風邪は過重労働や睡眠不足によってかかり易く重篤化しやすくなるという経験則が医学的常識として認められ,医学的知見に照らし
ても首肯し得るとしても,それが劇症型心筋炎について直接当てはまる経験則であるか否かがまず問われ,さらにそうでない場合においても,これを参照することが医学的知見に照らして首肯し得るかが問われるのであり,そうでない限り,風邪についての経験則の存在をもって,過重業務と劇症型心筋炎の発症との間の因果関係を認めるに足りる立証がされたと
はいえないというべきである。
そこで,そのような観点から検討すると,後に詳述するとおり,被控訴人主張に係る風邪についての医学的常識にもなっている経験則は,そもそも劇症型心筋炎が風邪とは明らかに異なる疾病であるのみならず,その発症態様が風邪のそれとは相当異なることから,劇症型心筋炎に直接当ては
まるとすることに疑問があるし,同じウイルス感染症であることを手掛かりに参照するにしても,風邪についての経験則を劇症型心筋炎の発症について参照することは医学的知見に照らして首肯し得ないことから,これを本件において参照すべき経験則であるということはできない。
すなわち,風邪は多くの人がかなりの頻度で罹患するウイルス感染症で
あるのに対し,ウイルス性の急性心筋炎はもとより,劇症型心筋炎は,さらに稀な疾患である。そして,そもそも全身性ウイルス感染の際に心筋細胞へのウイルスの侵入は稀ではないとされているが,必ずしも心臓疾患を伴うわけではなく,特定のごく少数のみが臨床学的症状を示し,そのうち一部が急性心筋炎を発症し,さらにその一部の者が劇症化して重篤な心筋傷害を来すのであるが,どのような誘因により劇症型心筋炎が発症するか,どのような患者が劇症化するかについては,現在もなお医学的に不明とされている。
そして,補正の上引用した原判決の事実及び理由の第4
のとおり,急性心筋炎を発症し劇症化する機序は,未だ解明されていないものの,その機序としては,免疫力の低下ではなく,自己免疫性の亢進(過
剰な防御機構),自己免疫機序の遷延や再燃等などの免疫の過剰反応が複雑に関係しているとの考えが示されているところ,過重労働や過大なストレスの免疫力の影響について検討した各種医学的文献には,過重労働や過大なストレスが免疫力を低下させるという意味で免疫の異常を生じさせるという記載はあるものの,それらに免疫が過剰に反応する意味で免疫力
の異常を生じさせることをいうものは認められず,過重労働や過大なストレスが免疫の過剰反応を生じさせるとの一般論が存するとも認められない。そうすると,過重労働や過大なストレスから劇症型心筋炎が発症するという推認は,劇症型心筋炎の発症が免疫の過剰反応などが複雑に関係しているとする上記認定に係る医学的知見とは相容れないものといわなけ
ればならない(引用した原判決の事実及び理由の第4の1

の論文

(乙38の1・2)は,睡眠不足が風邪の感受性を増すこと,すなわち免疫力の低下を示しているが,免疫の過剰反応が生じる可能性を示唆しているR医師の意見書(乙1の46頁)
及び同エで引用されたS医師の意見書(乙1の171頁)も,疲労がウイルス感染に関わった可能性をいって疲労による免疫力の低下を示唆しているものの,免疫の過剰反応の意味で免疫力の異常をもたらすことは示唆すらしていない。なお,M医師の意見書(乙22)において,
睡眠不足による免疫担当細胞や免疫応答の異常について述べている部分があるが,同医師は,免疫の異常を3類型で説明しており,ここでいう異常は免疫力の低下の意味で述べていると解されるから,同医師が睡眠不足で免疫の過剰反応が生じると述べているとは解されない。なお,前掲のE医師及びI医師の各意見書は,免疫力の低下を問題にしていて,免疫の過剰反応について触れるところはない。。

そのほか,心筋炎の劇症化の予測因子として,種々の因子が検討され,遺伝的要因も検討されているが,いずれにせよ,免疫力の低下が心筋炎の
発症及びその劇症化の要因である旨を端的に述べた医学的文献等は見当たらず,心筋炎ないし劇症型心筋炎患者の分析検討をした研究においても,免疫力低下に着目して分析検討した研究があるわけでもない。
そうすると,同じウイルス感染症とはいえ,劇症型心筋炎と風邪とは相当異なった疾病であって,その発症原因等を同様に論じることは医学的に
相当とは考え難く,現に同様に論じることが承認されていることを裏付ける医学的見解は,
前掲のE医師及びI医師の各意見書
(甲3,
21,
22,
24,25)のほかは認められないから,亡Aの業務と本件疾病の発症との間の因果関係を検討するに当たり,風邪についていわれる上記医学的常識ともいえる経験則が同じウイルス感染症である劇症型心筋炎にも当て
はまることを肯定するE医師及びI医師の各意見書で示された見解は,その可能性が全くないとはいえないものの,一般に承認された医学的見解とは認められず採用し難いといわなければならない。
そのほか,
のフィンランドの陸軍における急性心筋炎の発症例の調査は,職場環境
と心筋炎の発症の関連性を具体的に調査した資料といえるが,これによれば軍隊における心筋炎の発症率が,同じ年齢の民間人と比較すると高い可能性があったことがうかがえるから,これから激しい運動による免疫低下が急性心筋炎の発症と関連する可能性が示唆されているといえるものの,これだけでは劇症型心筋炎にまで及んで業務と急性心筋炎との間に医学的知見に照らしても首肯し得る経験則といえるほどの因果関係が肯定されるに十分であるとはいえないから,この調査結果を参照しても過重業務と劇症型心筋炎との間に因果関係を肯定するに足りる経験則の存在が裏付けられているとはいえない。
また,被控訴人指摘に係る文献(甲26の9・甲25の引用文献9)にある記載についても,これが脳血管疾患及び虚血性心疾患等の医学的解説として,心筋炎の症候と診断,予後の一般論について述べた箇所である上,

ウイルス感染の直前あるいは感染初期の疲労状態にあると,病状の発現や重症化することがあり得る。

として,飽くまでも可能性があることを述べるにとどまるものと解され,これによって,直ちに疲労状態とウイルス性心筋炎,さらには劇症型心筋炎との間の因果関係の存在が
医学的根拠のあるものと示されているとは理解できない。その上,平成13年12月当時の最新の医学的知見が集約された専門検討会報告書(乙4)によれば,この専門検討会では,外因であるウイルスによる感染症の急性心筋炎は,従来から,業務(過重負荷)との関連を評価する脳・心臓疾患の認定基準の対象疾病としては想定しておらず,専門検討会でも想定すべ
きとする根拠のある医学的な新知見はないと判断されている(乙19・4枚目)というのであるから,上記文献の一部記載をもって,疲労状態と急性心筋炎の重症化との因果関係が肯定できるに足りる経験則が医学的に裏付けられていると解することも相当ではないから,控訴人が,被控訴人の主張する医学的知見・経験則を示してきたとする被控訴人の主張は当た
らない。
そうすると,上記最高裁判決に従って判断すべきとする被控訴人主張は正当であるが,被控訴人主張に係る風邪についての経験則が過重業務と劇症型心筋炎の発症との間の因果関係を判断するに当たって直接当てはまる経験則とは認められず,また,同じウイルス感染症であることを理由にこれを参照することも医学的知見に照らして首肯し得るものとは認められないから,被控訴人主張に従って長時間労働及び睡眠不足の事実と本件
疾病の発症との間に因果関係を認めることができず,ひいてはその死亡との因果関係も認めることはできないと判断するのが相当である(なお,被控訴人は,控訴人が亡Aの発症原因として主張する遺伝的素因や自己免疫的素因の関与について具体的に主張立証されていない点を指摘するが,そもそも長時間労働と本件疾病の発症との間の因果関係について主張立証
責任を負うのは被控訴人であり,その立証が十分なものではないと判断される以上,控訴人が主張する他原因の主張立証が不十分であるとしても,そのことから翻って,被控訴人主張に係る因果関係が認められるわけではない。。

以上のとおりであるから,亡Aは,本件疾病発症前,常軌を逸した長時間
労働に由来する過労状態,睡眠不足状態であったために免疫力の低下,異常が生じており,その結果,ウイルス感染によって心筋炎を発症し,更に劇症化したとして,亡Aの本件疾病(劇症型心筋炎)の発症及び死亡について業務起因性が認められるとする被控訴人の主張は採用できない。
3
争点2(治療機会の喪失を理由とする本件疾病発症及び死亡の業務起因性の有無)についての検討
上記2で判示したとおり,亡Aの長時間労働及び睡眠不足と本件疾病の発症及び死亡との間に因果関係を認められないから,業務起因性があるとはいえないが,被控訴人は,そうであるとしても,亡Aは,客観的にみて安静を
要するような状況にあるにもかかわらず,休暇の取得その他安静を保つための方法を講じることができずに引き続き業務に従事しなければならなかったため治療機会を喪失し,その結果,心筋炎が増悪,劇症化し死亡するに至ったといえるから,治療機会喪失と本件疾病の発症及び死亡との間に因果関係が認められ,この点で業務起因性が認められると主張する。
疾病の発症が業務に起因しないものであったとしても,労働者の疾病が客観的にみて安静を要するような状況にあるにもかかわらず,労働者において休暇の取得その他安静を保つための方法を講じることができずに引き続き業務に従事しなければならないような事情が認められるときは,そのこと自体が業務に内在する危険であるということができるから,右事情の下に業務に従事した結果労働者の疾病が自然経過を超えて著しく増悪したときは,これ
は業務に起因するものというべきである。
そして,この治療機会の喪失と疾病が自然経過を超えて著しく増悪したこととの間の因果関係の存否の判断も,最高裁昭和50年10月24日判決に従って判断されるべきものであり,したがって,経験則に照らして統計資料その他の医学的知見に関するものを含む全証拠を総合的に検討し,治療機会
の喪失,すなわち治療を受けられなかった結果,疾病が増悪したこと,換言すると,治療機会があれば治療を受けることによって疾病の増悪が回避できたことを是認し得る高度の蓋然性が証明されれば,治療機会の喪失と疾病の増悪との間の因果関係は肯定されるものと解するのが相当である(最高裁判所平成11年2月25日第1小法廷判決・民集53巻2号235頁参照)。
そこで検討するに,補正の上引用した原判決の事実及び理由の第4ア記載のとおり,亡Aは,平成24年11月20日から,頭痛や関節痛を訴えていたというのであって,本件疾病の前駆症状を認識していたというのであるが,その後も医療機関を受診することなく,それより前から続く異常な長時間労働を継続して睡眠時間も十分とっていなかったと
いうのである。
しかし,亡Aは,同月23日には,ランチ営業が終わってからディナー営業までの間の休憩時間を利用して,本件レストランから必ずしも近隣とはいえないT診療所を受診しているというのであるから,それより前であっても,同じ時間帯を使って近隣の内科医を受診することが可能であったはずである。そして,これを否定する事情が認められない以上,この間も本件レストランでの稼働がいかに繁忙であったとはいえ,亡Aにとって治療機会が客観的に全くなかったとまでは認められない(被控訴人作成に係る陳述書(甲34)には,この時間帯であってさえ休憩をとることが困難な様子が記載され,また,被控訴人は,同月22日は忙しすぎて行けなかったと聞いたと供述しているが,この時点では,亡Aは体温測定さえして
いなかったのであるし,亡Aが同月23日にT診療所を受診するため本件レストランから出かけることを拒否されたような事実をうかがわせる証拠もないから,それより前であっても近隣の医院で受診することを妨げる事情はなかったと認められる。)。
また,
前駆症状が生じて身体の不調を感じ始めた同月20日以降につき,
被控訴人作成に係るメモ(甲33)及び陳述書(甲34)並びに被控訴人の供述中には,亡Aの身体状況が悪化し,被控訴人が亡Aに医療機関での受診を求める様子が繰り返し出てくるが,亡Aが一番簡易に身体の不調を客観的に把握する手段である体温測定をしたのが同月22日の帰宅後であるというのであるから,その行動からすると,被控訴人の求めにかかわら
ず,亡Aが感じていた身体の不調の程度は医療機関受診の必要性を亡Aに感じさせるものであったとまでは認められない。そうすると,亡Aが同月23日まで医療機関を受診しなかったのは,自ら,その必要性を認めていなかったからと推認せざるを得ないから,治療機会が与えられていなかったからとも認めることができない。

したがって,亡Aが従事していた業務が,客観的にも主観的にも,亡Aが必要な治療機会を得る機会を喪失させたとはいえず,本件においては,被控訴人主張に係る治療機会の喪失の法理を検討する前提条件が欠けているというほかない。

加えて,亡Aは,平成24年11月23日にはT診療所を受診したというのであるから,この時点で医師による治療を受ける機会があったといえるところ,同診療所での検査体制が平日の医療機関に比較して十分なもの
でなかったとしても,同診療所において亡Aを直接診察した医師は,血液検査等の必要性を考えたが,翌日の受診を勧めたにとどまったというのであるから,その時点であってさえ,亡Aについて,その症状から心筋炎の疑いを考えた治療が開始された可能性はほとんど考えられないということになる。

そうすると,亡Aが,それより前の日に医療機関を受診していたとしても同様であったものと推認するのが相当であるから,仮に亡Aが治療機会を喪失したといえるとしても,亡Aが直ちに急性心筋炎を前提とした治療を受けられたとは考えられず,結局,同月23日前に治療機会が得られなかったことと,その後の本件疾病の発症との間に因果関係があるとは認め
られないことになる(翌日に受診したD病院では,心筋炎の疑いで治療がすみやかに開始されているが,その時点では,亡Aは高熱のみならず胸痛を訴えていたのであるから,それより前の治療機会における診断と異なって当然ともいえる。)。

また,亡Aが,同月23日前に急性心筋炎ないしその疑いの診断を受けて治療が開始されていたとしても,亡Aの状態は,その段階では,明らかに軽症の急性心筋炎であるから,治療内容は,安静・臥床,保温,場合によって輸液等を行いながらの注意深い経過観察というものにすぎないことになる(乙73の4頁)。しかし,上記2に検討したとおり,過重な労働
や疲労が心筋炎を劇症化させるとの医学的な根拠はないだけでなく,・安静
臥床等を中心とした治療で心筋炎の劇症化を防ぎ得るという医学的な根拠があるわけではない。
現に,
同月24日の入院当初,
主治医のE医師は,
亡Aの病状について,
炎症が治まれば1週間程度で退院できるとの見込みさえ被控訴人に説明していたというのに,その後,設備の整った病院において入院治療を受けている状態の中で劇症化が急激に進んだというのであるから,亡Aについて
同月23日ないしそれより前に治療が開始されたとしても,本件疾病の発症を防ぎ得たと認めることはできないというほかない。

そして,亡Aの一連の治療経過についてみても,前駆症状の発現(同月20日)から5日目(同月24日)で入院し,翌日にPCPSの導入となったというものであるが,この経過は,日本循環器学会の研究報告の対象と
なった劇症型心筋炎52例の平均値(補正の上引用した原判決の事実及び理由の第4の1
)とほぼ一致する平均的なものであるというの

であるから,この点からも,亡Aが,過重労働ゆえに治療機会が奪われ,そのため重篤化がより加速されたような関係にあるとはいえないことが裏付けられているといえる。

したがって,亡Aは,客観的にみて安静を要するような状況にあるにもかかわらず,休暇の取得その他安静を保つための方法を講じることができずに引き続き業務に従事しなければならなかったため治療機会を喪失し,その結果,心筋炎が増悪,劇症化し死亡するに至ったとは認められないから,そのことを前提に,亡Aの本件疾病の発症及び死亡について業務起因性が認めら
れるとする被控訴人の主張は採用できない。
4
以上によれば,本件疾病はいずれの観点からも,前記労働基準法施行規則35条,同別表第1の2第11号にいうその他業務に起因することの明らかな疾病とは認められないから,亡Aの本件疾病発症のみならず,これに起因す
る急性心不全の発症及び死亡は労災保険の支給事由には該当しないというべきであって,その該当を理由とする被控訴人の各保険の給付請求を却下した本件各処分は違法であるとはいえない。
したがって,本件各処分の取消しを求める被控訴人の請求はいずれも理由がないところ,これと異なり被控訴人の請求に理由があるものとして本件各処分を取り消した原判決は失当であるから,これを取り消し,被控訴人の請求をいずれも棄却することとして主文のとおり判決する。

大阪高等裁判所第13民事部

裁判長裁判官

木敏和木納上寛子
裁判官

裁判官森崎英二は,転補のため署名押印することができない。

裁判長裁判官

木納敏和
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