判例検索β > 令和1年(ネ)第365号
損害賠償請求控訴事件
事件番号令和1(ネ)365
事件名損害賠償請求控訴事件
裁判年月日令和2年9月16日
裁判所名・部広島高等裁判所  第4部
結果棄却
原審裁判所名広島地方裁判所
原審事件番号平成30(ワ)505
原審結果棄却
裁判日:西暦2020-09-16
情報公開日2020-10-12 14:00:19
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主文1
本件控訴を棄却する

2
控訴費用は,控訴人の負担とする。
事実及び理由

第1

控訴の趣旨

1
原判決を取り消す。

2
被控訴人は,控訴人に対し,50万円を支払え。

3
訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。

第2
1
事案の概要
控訴人は,平成30年2月28日付けで夫となるべき者(以下,Aという。)と共に,控訴人は控訴人の氏を,AはAの氏をそれぞれ称するものとして婚姻届を提出したが,同婚姻届は,夫婦が婚姻の際に定めるところに従い夫又は妻の氏を称すると定める民法750条の規定及び婚姻しようとする者は夫婦が称する氏を届け出なければならないと定める戸籍法74条1号の規定(これらの規定を併せて,以下本件各規定という。)に違反することを理由に受理されなかった。
本件は,控訴人が,本件各規定は憲法14条1項,24条1項及び2項,我が国が批准した市民的及び政治的権利に関する国際規約(以下自由権規約という。)2条1項及び3項⒝,3条,17条1項,23条各項並びに女子に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約(以下女子差別撤廃条約という。)2条,16条1項⒝及び⒢に違反するものであるから,これを改廃して夫婦同氏制に加えて夫婦別氏制という選択肢を新たに設けない立法不作為は国家賠償法1条1項の適用上違法の評価を受けると主張して,
被控訴人に対し,
国家賠償法1条1項に基づく損害賠償請求として慰謝料50万円の支払を求める事案である。
原審は,本件各規定は憲法14条1項,24条1項及び2項並びに自由権規約の各規定に反するものとはいえず,また,女子差別撤廃条約は自動執行力がなく,同条約の規定は国家賠償法1条1項の適用上違法の評価を基礎付けるものではないから,上記立法不作為は国家賠償法1条1項の適用上違法の評価を受けるものではないとして控訴人の請求を棄却した。控訴人がこれを不服として控訴をした。
2
前提事実(後掲証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)⑴

控訴人は,昭和58年9月にAと挙式し,その数か月後,婚姻後の夫婦の氏をAの氏と定めて婚姻届を提出したが,旧姓を通称使用することに限界を感じ,平成2年1月13日にAとの離婚届を提出した。しかし,この離婚は,控訴人が旧姓を使用するための形式的なもので,控訴人は,その後もAと夫婦として生活してきた(甲3,96の2)。



最高裁判所大法廷は,本件と同様に民法750条が憲法14条1項,24条等に違反するとして,国家賠償が請求された事案に関し,平成27年12月16日,民法750条は憲法14条1項及び24条に違反しないとする旨判示した(最高裁平成26年(オ)第1023号同27年12月16日大法廷判決・民集69巻8号2586頁参照。以下平成27年最高裁判決という。)。



控訴人とAは,平成30年3月2日,広島市●区長に対し,控訴人は控訴人の氏を,
AはAの氏をそれぞれ称するものとして婚姻届を提出した
(甲3)




広島市●区長は,同月6日,上記⑶の婚姻届が本件各規定に違反していることを理由として,これを受理しないこととし,その頃,その旨を控訴人に通知した(甲4)。

3
条約の規定
自由権規約及び女子差別撤廃条約のうち,本件に関連する規定は別紙自由権規約・女子差別撤廃条約の規定に記載のとおりである。
4
争点及び当事者の主張


本件各規定が憲法14条1項に違反するか否か

(控訴人の主張)
本件各規定は,以下にみるとおり,信条又はそれに準ずる事項に基づく差別的取扱いであり,
それに伴って生じる不利益が重大であるにもかかわらず,
そのような差別的な取扱いを正当化するに足りる合理的な根拠が存在しないから,憲法14条1項に違反し,違憲である。

本件各規定は,構造上も文言上も夫婦別氏での婚姻を希望する信念ないし信条を基準として法律婚の成否を区別しており,その構造上,差別的取り扱いをしていることは明らかである。すなわち,民法750条は,婚姻の際に定めるところに従って夫又は妻の氏を称する旨を定め,戸籍法74条1号は,その文言上,夫婦が称する氏を婚姻届の必要的記載事項と定めていることから,これらの規定が相まって,夫婦同氏が婚姻の要件(形式的成立要件)に転化しており,その結果,夫婦が称する氏を婚姻の際に定めることができない者,すなわち,夫婦別氏を希望する考え方を有する者は法律婚の効果を享受することができない一方,これを定めることができる者は婚姻が許されるのであって,両者は,本件各規定の文言上,法的に区別して取り扱われている。
氏は,人が個人として尊重される基礎であり,その個人の人格の象徴であって,人格権の一内容を構成するものであるから,夫婦が,婚姻後も別氏を称するか,一方の氏を変更して同氏を称するかは,夫婦としてのあり方を含む個人としての生き方に関する自己決定に委ねられるべき事項であって,その選択は,人生に関する信念であり,憲法14条1項にいう信条ないしそれに準ずる事項に当たるというべきである。したがって,夫婦同氏制を定める本件各規定は,信条による法的な差別的取り扱いを定めているものにほかならない。


原判決は,本件各規定が,夫婦別氏を希望する者とそうでない者とを区別することなく一律に適用されるから差別的取扱いに当たらないと説示するが,法律が一律に適用されるからといって,差別的取扱いに当たらないとはいえない。憲法14条1項は,法適用の平等だけでなく,法そのものの内容も平等の原則に従って定立されるべきであるという,法内容の平等をも意味するものであるし,
異なる立場・状況にある者を同じに扱うのは,
同じ立場・状況にある者を別異に取り扱うのと同様,平等に反する。また,仮に夫婦別氏が信条に該当しないとしても,夫婦双方が婚姻後も継続して生来の氏の継続使用を希望し,かつ,互いのそうした希望を尊重し合う夫婦として生きるか,夫婦の一方が氏を変更することによって不利益を被る面があるとしても同氏であることに一体感を感じ同氏夫婦として生きるかは,夫婦としてのあり方を含む個人としての生き方に関する自己決定に委ねられるべき事項であるから,本件各規定がそのような自己決定に委ねられるべき事項に基づいて別異の取扱いをしていることに違いはない。したがって,本件各規定は重要な権利・利益について別異の取扱いをするものであるといえるから,それが信条に該当するか否かを問わず,厳格な判断基準が適用され,これを正当化する合理的な根拠は存在しない。

夫婦別氏を希望する夫婦は,法律婚をすることができない結果として,夫婦同氏を選択して法律婚をした夫婦と比較して,重大な権利又は利益に関する不利益を受けている。
具体的には,法律婚をすることができない結果として,配偶者として法定相続人になることができない(民法900条),配偶者として後見開始の審判の請求をすることができない(同7条),夫婦間の子が嫡出推定を受けることができない(同772条),共同して親権を行使することができない(同818条3項),所得税について配偶者控除を受けることができない(所得税法83条),相続税について配偶者に対する相続税額の軽減を受けることができない(相続税法19条の2)等の法律上の不利益を受けているほか,不妊治療に関する助成金を受給することができない,被保険者の配偶者として生命保険の受取人になることができない,居住不動産の住宅ローンの連帯保証人になることができない,治療方針の選択等について配偶者として同意権者になることができないなどの事実上の不利益を受けることがある。これらに加え,国民の中に法律婚を尊重する意識が幅広く浸透していることから,法律婚をしていない夫婦は,正式な夫婦ではないとされ,夫婦であることの社会的承認を得ることが容易ではないという状況もある。

他方,このような重大な権利又は利益に関する不利益を伴う差別的取扱いであるにもかかわらず,
これを正当化するに足りる合理的な根拠はない。
すなわち,夫婦別氏を希望する夫婦に対する別異取扱いが許容されるためには,
夫婦同氏を原則とすることに合理性が認められるだけでは足りず,さらに進んで,夫婦同氏に例外を許容せず,夫婦同氏を一律に強制することの合理性が認められなければならないところ,そのような合理性は認められない。
この点,夫婦同氏制度を正当化する根拠として,夫婦同氏には,①家族という一つの集団を構成する一員であることを,対外的に公示し,識別する機能があり,②家族の一員であることを実感する機能があるとされている。
しかしながら,①については,現代社会における家族の形態が様々であること,通称の使用が社会的に広がっていることなどを踏まえれば,社会において,氏の同一性によってのみ家族の一員であることが公示されているという実態があるとまでいうことはできないのみならず,むしろ,氏の同一性によってのみ家族の一員であることが公示されるべきであるとすることは,親と子の氏が異なる非嫡出子等に対する差別が助長されるという弊害すら生じさせるものであるから,夫婦同氏に例外を許容しないことを正当化する根拠としては合理性に乏しい。また,②については,たしかに,国民の中には,氏の同一性によって家族の一員であることを実感する者が一定数存在するが,そうであるからといって,氏の同一性によってそのような実感をしない者も存在するのであるから,夫婦同氏を原則とするにとどまらず,
それに例外を許容しないことまで正当化する根拠とはならない。
(被控訴人の主張)
本件各規定は,夫婦別氏を希望する者と夫婦別氏を希望する者以外の者のいずれに対しても,婚姻をする場合には,夫又は妻の氏を称するものとすることを定めているものであるから,そもそも,夫婦別氏を希望する者と夫婦別氏を希望する者以外の者との間で別異の取扱いをするものではなく,その文言上,夫婦別氏を希望する者であるか,それ以外の者であるかについて,法的な差別的取扱いを定めているわけではない。
したがって,本件各規定は,控訴人が主張するように,信念ないし信条を基準として法律婚の成否を区別するものではなく,本件各規定の定める夫婦同氏制それ自体に形式的な不平等は存在しないから,本件各規定は,憲法14条1項に反しない。


本件各規定が憲法24条に違反するか否か

(控訴人の主張)

憲法24条2項は,婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては,法律は,個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して,制定されなければならないと規定する。この規定は,具体的な制度の構築を第一次的には国会の合理的な立法裁量に委ねるとともに,その立法に当たっては,同条1項も前提としつつ,個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚すべきであるとする要請,指針を示すことによって,その立法裁量の限界を画したものであり,本質的に様々な要素を検討して行われるべき立法作用に対してあえて立法上の要請,指針を明示していることからすると,その要請,指針は,単に,憲法上の権利として保障される人格権を不当に侵害するものではなく,かつ,両性の形式的な平等が保たれた内容の法律が制定されればそれで足りるというものではないのであって,憲法上直接保障された権利とまではいえない人格的利益をも尊重すべきこと,両性の実質的な平等が保たれるように図ること,婚姻制度の内容によって婚姻をすることが事実上不当に制約されることのないように図ること等についても十分に配慮した法律の制定を求めるものであり,この点でも立法裁量に限定的な指針を与えるものと解される(平成27年最高裁判決参照)。このように,憲法24条においては,憲法13条,14条を裁判規範として検討する局面ではすくい上げることのできなかった様々な権利や利益,
実質的平等の観点等を,
立法裁量に限定的な指針を与えるものとして検討すべきものとされ,憲法24条は,憲法13条や14条1項の範囲にとどまらない固有の意義を有している。
これを本件についてみると,氏は,人が個人として尊重される基礎であって,その選択は,個人の生き方,家族の在り方に関する自己決定に委ねられるべきであるほか,氏は,個人を他人から識別し特定する機能を有するため,それを変更することは,個人が築いた業績,実績,成果などの連続性を失わせ,これらの法的利益にも影響を与えかねないとともに,氏を変更した者に対してアイデンティティの喪失感をもたらすものである。加えて,婚姻後も就労を継続する女性が増加していること,初婚年齢が上昇し,女性が婚姻までに個人の業績等を築く機会が増加していること,再婚率が上昇し,自身と子の氏の同一性を確保するために氏を続用する需要が高まっていること,社会のグローバル化,IT化に伴って,婚姻前後で氏の連続性を維持する必要性が高まっていることといった社会情勢の変化に加え,男女共同参画の推進の重要性,夫婦別氏を許容する方向での国民の意思の変化,国際的動向等を踏まえれば,本件各規定に基づく選択肢なき夫婦同氏制という制度は,個人の尊厳と両性の平等の要請に照らして合理性を欠き,国会の立法裁量の範囲を超える状態に至っている。もっとも,本件各規定は,形式的には,婚姻後の夫婦がいずれの氏を称するかについて,夫婦となろうとする者の間の協議による選択に委ねているが,実際には,婚姻をする夫婦の約96%において,夫の氏を称することが選択されている。この状況は,女性の社会的経済的な立場の弱さ,家庭生活における立場の弱さ,種々の事実上の圧力など様々な要因によるものであり,夫の氏を称することが形式的には妻の意思に基づくものであったとしても,その意思決定の過程に現実の不平等と力関係が作用しているといえるから,本件各規定は,実質的には,大多数の夫婦にとって,妻に対してのみ氏の変更を強制するものであって,婚姻における両性の実質的な平等が保たれているとはいい難い。
以上によれば,本件各規定は,人格的利益として尊重されるべき氏の選択という事項について,実質的には,妻に対してのみ不利益を課すものであり,それによって,氏の変更を希望しない妻が法律婚をすることをためらわせ,事実上,婚姻をすることを制約しているというべきであるから,本件各規定は,婚姻制度の内容によって婚姻をすることを事実上不当に制約するものであり,憲法24条が明示する立法上の要請,指針に反する。平成27年最高裁判決は,氏に関する人格権について,氏が婚姻及び家族に関する法制度の一部として法律においてその具体的な内容が規律されていることから,上記人格権の内容も,憲法の趣旨を踏まえつつ定められる法制度をまって初めて具体的に捉えられるとした上,現行民法における氏に関する規定を通覧してそれを無批判に肯定し,これらの規定から,氏には家族の呼称としての意義があるため,一つに定めることにも合理性があると判示したが,憲法上の人権の内容を,下位法である民法及び戸籍法の解釈により決するべきではない。このような思考様式は,人権の保障内容は法制度により具体化されるのであるから,人権の保障内容は制度の枠内に限定されるという制度優先思考に陥っており,不当である。
また,平成27年最高裁判決は,婚姻の重要な効果として夫婦間の子が夫婦の共同親権に服する嫡出子となるということがあるところ,嫡出子であることを示すために子が両親双方と同氏である仕組みを確保することにも一定の意義があると判示するが,この公示機能は,その反面として,両親と氏が共通でない子どもは非嫡出子である(可能性が高い)ということも同時に公示するものであり,その公示機能の必要性を説くことは,非嫡出子差別につながる危険性をはらむものである。

平成27年最高裁判決は,夫婦同氏制度は婚姻前の氏を通称として使用することまで許さないものではなく,近時,婚姻前の氏を通称として使用することが社会的に広まっているところ,上記の不利益は,これが広まることにより一定程度は緩和され得ると判示し,被控訴人もこれに沿った主張をする。
しかし,婚姻前の氏の通称使用は,婚姻前の氏を使用し続ける実際の社会的必要性から,便宜的に,かつ,事実上社会に広まっているものに過ぎず,国会が法制度として確立したものではない。また,婚姻前の氏の通称使用は,上記のとおり便宜的なもので,使用の許否,許される範囲等が定まっているわけではないため,戸籍上の氏と通称として使用する氏が異なることによる社会生活上の様々な不都合が生じている。たとえば,会社の人事上の書類等において,戸籍上の氏と通称として使用する氏の両者を併記することによって,事務処理が煩雑となり,手続上のミスが発生する原因となっていること,パスポートに両者を併記することによって,出入国の際に,パスポートの偽造等の違法行為を疑われる場合があること,そもそも,生活上使用する各種書類に両者を併記し,又は通称を表記するための事務手続の負担が膨大であること,本人確認の際,証明書類に通称として使用する氏を表記している場合,それが戸籍上の氏と異なることを説明するために自身が婚姻しているというプライバシーに関する情報を不必要に開示しなければならないことなどの不都合が生じている。そして,これらの不都合によって生じる負担については,多くの場合,女性である妻が一方的に引き受けている状況がある。
したがって,婚姻前の氏の通称使用は,戸籍上の氏の変更に伴って生じる不利益を緩和するための措置として十分であるとはいえない。

平成27年最高裁判決については,5人の最高裁判事が,多数意見と異なり,本件各規定が憲法24条に違反する旨の意見を述べており,多数の法学者等からも反対意見が表明されているほか,
以下のとおり,
同判決後,
その判断の基礎とされた社会情勢等に変化があったことからすると,現時点において,選択肢なき夫婦同氏制の改廃を行わないことは,憲法24条2項の認める立法裁量の範囲を超えて違憲である。
女子差別撤廃委員会は,平成28年3月7日付けで,我が国に対し,平成27年最高裁判決は本件各規定を合憲であると判断したが,本件各規定が実際には多くの場合に女性に対して夫の氏を選択せざるを得なくしていることから,女性が婚姻前の氏を保持できるように本件各規定を改正すべきである旨勧告した。
平成27年最高裁判決以降も,女性の有業率,共働き世帯の割合,育児中の女性の有業率,女性管理職の割合等は,いずれも増加し続けており,このような女性の社会進出の進展という社会情勢の変化に伴って,婚姻前後における女性の氏の連続性を維持することが一層重要になってきている。
家族の在り方に関する国民の意識についても,内閣府が実施した家族の法制に関する世論調査によれば,選択的夫婦別氏制度の導入について,平成24年に実施された調査では反対意見が賛成意見を上回っていたが,平成29年に実施された調査では賛成意見が反対意見を逆転するに至ったほか,夫婦別氏が家族の一体感に影響を与えないとする意見の割合が増加し続けており,もはや国民の意識によれば,夫婦同氏に例外を許容しないことを正当化することはできない。
平成27年最高裁判決以降,全国各地の地方議会において,選択的夫婦別氏制度の導入を求める意見書が次々に採択されているほか,
政府は,
女性の活躍の推進を成長戦略として位置付けており,女性活躍の視点に立った制度等を整備していくことが重要であるとして,選択的夫婦別氏制度の導入に関し,

の世論調査の結果について分析を加え,引き続き

検討を行う旨を表明している。
(被控訴人の主張)

憲法24条の要請,指針に応えて具体的にどのような立法措置を講ずるかの選択決定が国会の多方面にわたる検討と判断に委ねられていることに照らすと,婚姻及び家族に関する法制度を定めた法律の規定が憲法14条1項等に違反しない場合に,更に憲法24条にも適合するものとして是認されるか否かは,当該法制度の趣旨や同制度を採用することにより生ずる影響につき検討し,当該規定が個人の尊厳と両性の本質的平等の要請に照らして合理性を欠き,国会の立法裁量の範囲を超えるものとみざるを得ないような場合に当たるか否かという観点から判断すべきである。
平成27年最高裁判決は,これを前提として,婚姻によって氏を改めるものにとって,そのことによりいわゆるアイデンティティの喪失感を抱いたり,
婚姻前の氏を使用する中で形成してきた個人の社会的な信用,
評価,
名誉感情等を維持することが困難になったりするなどの不利益を受ける場合があることは否定できないとした上で,他方,夫婦同氏制度には,家族という一つの集団を構成する一員であることを対外的に公示し,識別する機能,家族の一員であることを実感する機能があること,夫婦の子が嫡出子であることを示すために子が両親双方と同氏である仕組みを確保することにも一定の意義があること,夫婦同氏制度自体には男女の形式的な不平等があるわけではないこと,通称の使用によって夫婦同氏制度による弊害が一定程度は緩和され得ることなどを総合的に考慮すれば,
本件各規定は,
憲法24条に違反するものではない旨を判示したものである。
以上によれば,控訴人が夫婦同氏に例外を許容しないことの弊害として指摘する種々の問題点を踏まえても,なお本件各規定が憲法24条に違反するということはできない。

婚姻夫婦は,形の上では二人の間の関係であっても,法律制度としてみれば,家族制度の一部として構成され,身近な第三者ばかりでなく広く社会に効果を及ぼすことがあるものとして位置づけられる。このような法律制度としての性格や,現実に夫婦,親子などからなる家族が広く社会の基本的構成要素となっているという事情などからすると,法律上の仕組みとしての婚姻夫婦も,その他の家族関係と同様,社会の構成員一般からみてもそう複雑なものでないものとして捉えることができるよう規格化された形で作られていて,個々の当事者の多様な意思に沿って変容させることに対しては抑制的であるべきである。
このように,複雑さを避け,規格化するという要請の中で仕組みを構成しようとする場合に,法律上の効果となる柱を想定し,これとの整合性を追求しつつ他の部分を作り上げていくことに何ら不合理はないが,現行民法における婚姻制度を特徴づけるのは嫡出子の仕組み
(民法772条以下)
であり,これこそが婚姻制度において想定される法律上の効果となる柱であるといえる。夫婦の氏に関する規定は,夫婦それぞれと等しく同じ氏を称する程のつながりを持った存在として嫡出子が意義づけられていること(民法790条1項)を反映していると考えられるところ,婚姻制度について,複雑さを避け,規格化するという要請の中で,民法750条が,法律上の効果となる柱である嫡出推定との整合性を追求しつつ,婚姻をする夫婦の氏をそのいずれかの氏とする仕組みを設けていることは,後記ウのとおり,そのような仕組みを社会の多数が受け入れていることをも踏まえると,十分に合理性を有するというべきである。

現在の我が国においても,夫婦同氏は夫婦という生活共同体の共通の呼称であるファミリーネームとして国民に深く浸透している。また,夫婦同氏・夫婦別氏制度に対する国民意識については,これまで内閣府において累次世論調査が実施され,直近のものとしては平成29年12月に実施されているが,
現在の法律を改める必要はないとする考えが29.
3%,
夫婦同氏制を前提として,婚姻によって氏を改めた人が婚姻前の氏を通称としてどこでも使えるように法律を改めることについては,構わないとする考えが24.4%であり,これらの合計が過半数を占めるのに対し,夫婦別氏制を導入しても構わないとする考えは42.
5%にとどまっており,
上記世論調査においても,夫婦別氏制の導入に対しては賛否が分かれていて,
その実現を是認する見解がすう勢化いているとはいえない状況にある。そうすると,控訴人が指摘する平成27年最高裁判決以後の事情の変化を踏まえてもなお,本件各規定をめぐる社会情勢につき,控訴人の主張を裏付けるような事情の変化があったとまでは認められない。



本件各規定が自由権規約に違反するか否か

(控訴人の主張)

本件各規定は,戸籍法74条1号を介して氏の変更を婚姻の形式的要件とし,夫婦の一方が氏を変更しなければ婚姻することができないとしている点で,家族に対する恣意的な干渉を禁止する自由権規約17条1項,家族の保護を定めた同条約23条1項,婚姻の権利を定めた同条2項,婚姻の自由を定めた同条3項に違反する。
また,本件各規定により,我が国の夫婦のうち約96%が,婚姻をするために,妻の側が自己の氏を変えていることから,各配偶者が自己の婚姻前の姓の使用を保持する権利に関して女性が差別されていることから,男女の平等を求め,女性に対する差別を禁止する自由権規約2条1項,3条に違反するとともに,婚姻の場面における男女の平等を求め,女性に対する差別を禁止する同23条4項にも違反する。
さらに,本件各規定が改廃されないままとなっている事実は,婚姻前の自己の姓の使用を保持するために婚姻することができない者,又は婚姻したために婚姻前の自己の姓の使用を保持することができない者に対する立法上の機関による救済措置を要求する自由権規約2条3項⒝に違反する。イ
自由権規約の解釈に際しては,特段の事情がない限り,自由権規約によって設置された履行監視機関である人権委員会の一般的意見に基づいてこれを行うのが相当であるところ,自由権規約23条4項に関する一般的意見は,①各配偶者が自己の婚姻前の姓の使用を保持する権利及び②平等の基礎において新しい姓の選択に参加する権利の双方について男女の同等の権利が確保されていることを求めている
(なお,
一般的意見には上記①
又は②の文言が用いられているが,その前後の文脈に照らすと,類型的に上記①や②について配偶者間の権利の平等が確保されないことが多いという実情を踏まえて,これらが特に例示されたものであり,その双方が確保される必要があるものと解すべきである。)。
この点,仮に一般的意見が我が国の裁判所による条約解釈を法的に拘束する効力を有しないとしても,人権委員会は,自由権規約によって設置された履行監視機関であり,高潔な人格を有し,かつ,人権の分野において能力を認められ個人の資格で職務を遂行している18人の委員で構成されていること,我が国は人権委員会がそのような役割を与えられていることを前提として受け入れて自由権規約を締結していることからすると,我が国の裁判所は自由権規約を解釈する際には,特段の事情がない限り,同委員会の一般的意見に基づいてこれを行うのが相当である。そして,本件において,上記一般的意見と異なる独自の解釈・適用をすべき相応の理由と根拠があるとは認められない。
そして,我が国においては,本件各規定により約96%もの夫婦において女性が自己の姓を変えていることから,自己の婚姻前の姓の使用を保持する権利及び平等の基礎において新しい姓の選択に参加する権利が女性に対して保障されているとはいえない。
したがって,本件各規定は上記アのとおり自由権規約23条4項等に違反する。
(被控訴人の主張)
控訴人が指摘する一般的意見は,法的拘束力を有するものではなく,これに従うことを自由権規約の締約国に義務付けているものではない。また,控訴人が指摘する自由権規約の各規定の中に,各配偶者の婚姻前の姓の使用の保持に明示的に言及したものはなく,各配偶者が婚姻前の姓の使用を保持するための措置をとることを締約国に直ちに求めていると解することはできない。
したがって,本件各規定が控訴人の主張する自由権規約の各規定に違反するとはいえない。


本件各規定が女子差別撤廃条約に違反するか否か

(控訴人の主張)

本件各規定の存在により,夫婦の一方が氏を変更しなければ婚姻することができないから,本件各規定は,自由かつ完全な合意のみにより婚姻する権利が実現されなければならないと定めた女子差別撤廃条約16条1項⒝に違反する。また,本件各規定及び我が国における慣習ないし慣行により,夫婦の約96%が婚姻の際,妻の側が自己の氏を変えており,男女の平等を基礎として女性が氏を選択する権利や自由を享有し又は行使することを害し又は無効にする効果を有しているから,同条約1条に定義される女性に対する差別に当たり,これを禁止する同条約2条(a)にも違反する。さらに,本件各規定及び慣習ないし慣行により,男女が平等ないし同一の権利を有する状態とはなっておらず,自由かつ完全な合意のみにより婚姻することについて,実際的に,男女が同一の権利を有する旨を明記する同条約2条(a),16条1項⒝に違反する。
加えて,本件各規定及び慣習ないし慣行により,姓を選択する権利について,妻が姓を選択する権利を有しており,かかる権利が夫及び妻ともに同一でなければならない状態とはなっておらず,姓を選択する権利について,
夫及び妻が同一の個人的権利を有する旨を明記する同条約2条(a),1
6条1項⒢にも違反する。
また,本件各規定及び慣習ないし慣行が現在まで存置されているという事実は,効果として男女の平等が図られていない状態をもたらすものを撤廃する政策を全ての適当な手段により,かつ,遅滞なく追求すること,男女の平等の原則の実際的な実現を法律その他の適当な手段により確保すること,効果として男女の平等が図られていない状態をもたらすいかなる行為又は慣行も差し控えること,既存の法律,慣習及び慣行を修正し又は廃止することを要求する同条約2条柱書き,⒞,⒟,⒡にも違反する。イ
被控訴人は,条約を裁判規範として用いるためには,当該条約に自動執行力が認められることが必要であると主張するが,条約は,批准,公布によって,直ちに国内法的効力を有し(憲法98条2項),国内法上その条約解釈権限に制約がある場合や,条約の規定が不明確,不完全であって直接依拠することができないといった特段の事情がない限り,その条約の規定に直接依拠して,法令の合法性を判断することができると解すべきであり,自動執行力が認められなければ裁判規範として用いることができないものではない。そして,本件は,本件各規定が女子差別撤廃条約に違反することを理由として,本件各規定を改廃する立法措置をとらないことが国家賠償法上違法であると主張する事案であるから,本件各規定が同条約に違反しているか否かを判断するに足りる程度の明確性が個別の規定に認められれば,
同条約を裁判規範として用いることができると解すべきであり,
上記アの女子差別撤廃条約の各規定は,上記の程度に明確であるから,本件において裁判規範として用いることができる。
仮に,条約を裁判規範として用いるためには,当該条約に自動執行力が認められることが必要であるとしても,上記アの女子差別撤廃条約の各規定は,自動執行力の客観的要件である明確性がある上,我が国の意思として,女子差別撤廃条約の自動執行力を排除する意思があったことを認めることはできないから,同条約の自動執行力について主観的要件を欠くとはいえない。したがって,同条約の上記各規定には自動執行力がある。ウ
原判決は,国内法上の措置がとられていないことを,条約違反の有無の判断を回避する理由として掲げているが,女子差別撤廃条約は,締約国に差別撤廃実現のための立法,施策,救済等を義務付けているものであり,差別撤廃を目的とした法制度,施策,救済等を実現しないこと自体が条約違反となる。
また,女子差別撤廃委員会は,平成15年,平成23年及び平成28年に,日本の民法が夫婦の氏の選択などに関する差別的な規定を依然として含んでいると指摘し,上記規定を廃止し,女性が婚姻前の姓を保持できるよう夫婦の氏の選択に関する法規定を改正することを勧告した。同委員会は,女子差別撤廃条約により設置された唯一かつ公式の国際機関であり,締約国が同条約を遵守しているか否かを審査等する権限を有する,条約実施機関であるから,締約国において同条約を解釈する際には,特段の事情がない限り,
同委員会の勧告等に基づいてこれを行うべきである。そして,
被控訴人が政府報告書等において,夫婦同氏制が女性差別に当たらないとの意見を述べたことは一度もなく,本件において,同委員会とは異なる独自の解釈・適用をすべき相応の理由と根拠があるとは認められない。以上によれば,本件各規定は,上記アのとおり女性差別撤廃条約16条1項⒝等に違反するものである。
(被控訴人の主張)
女子差別撤廃条約16条1項⒝及び⒢は,
自動執行力を持つ条約ではなく,
我が国の国民に対して直接権利を付与するものではないから,合意のみにより婚姻をする同一の権利及び姓を選択する個人的権利につき,夫婦同一の権利が同条約により保障されているものとはいえず,本件各規定の定める夫婦同氏制が女子差別撤廃条約に違反するとはいえない。すなわち,条約は,原則として国家間の関係を規律する法規範であり,直接に締約国内の個人の権利義務を規律するものではないから,条約が,締約国に対して,同国内において何らかの措置をとることを義務付ける内容のものであったとしても,原則として,その義務を履行するための具体的な措置は各締約当事国の国内法に委ねられている。
もっとも,いわゆる自動執行力を有する条約については,国内法による補完,
具体化がなくとも,
内容上そのままの形で国内法として直接に実施され,
私人の法律関係について,国内の裁判所及び行政機関の判断根拠として適用することができるが,条約に自動執行力が認められるためには,私人の権利義務を直接に国内裁判所で執行可能な内容のものにするという締約国の意思が確認できること(主観的要件)と,条約の規定において私人の権利義務が明白,確定的,完全かつ詳細に定められていて,その内容を具体化する法令に待つまでもなく国内的に執行可能な規定であること(客観的要件)が必要である。
しかし,女子差別撤廃条約の各実体規定は,締約国は・・・適当な措置をとると定められており,締約国に対して,女子差別を撤廃するという目的を達成するために適当な国内的措置をとることを義務付ける内容のものにとどまるもので,我が国の意思としても同条約を自動執行力のない条約であると理解していたと解されるし,同条約16条1項の内容に照らしても,私人の権利義務が明白,確定的,完全かつ詳細に定められていて,その内容を具体化する法令に待つまでもなく国内的に執行可能な規定であるとはいえないから,同条約に自動執行力は認められない。


本件各規定について改廃する立法措置をとらないことが,憲法又は条約に違反することを理由として国家賠償法上違法であるといえるか

(控訴人の主張)
立法不作為に関する国家賠償法上の違法性につき,判例は,国会議員の立法行為又は立法不作為は,原則として国家賠償法上違法の評価を受けないとしつつ,例外として,権利利益を合理的な理由なく制約するものとして,憲法の規定に違反するものであることが明白であるにもかかわらず,国会が正当な理由なく長期にわたってその改廃等の立法措置を怠る場合などは,違法の評価を受けることがあるという基準を用いる(最高裁昭和53年(オ)第1240号同60年11月21日第一小法廷判決・民集39巻7号1512頁以下)が,この基準は,国家賠償法1条1項の文言を無視し,国会議員の立法行為又は立法不作為については国会無答責の原則を採用したといえる点,要件を過度に加重して,憲法が定める三権分立の趣旨を完全に没却させる効果を生じさせている点において誤りである。
仮に,上記判例の基準を用いるとしても,被控訴人が本件各規定を改廃する立法措置をとらないことは,国家賠償法1条1項の規定の適用上違法である。
すなわち,前記⑴,⑵の(控訴人の主張)のとおり,本件各規定は憲法14条1項及び24条に違反するものであるところ,被控訴人は,平成8年,法務省法制審議会から,夫婦別氏制を含む民法の一部を改正する法律案要綱の答申を受けたのであるから,遅くともこの時期には,本件各規定の改廃の必要性を認識していたというべきであるにもかかわらず,現在まで20年以上の長期にわたって,正当な理由なく,本件各規定を改廃する立法措置をとることを怠っている。また,条約は,批准,公布によって,直ちに国内法的効力を有し(憲法98条2項),かつ,一般の法律より上位の規範であると解されるから,自由権規約及び女子差別撤廃条約という条約に違反する本件各規定について,改廃する立法措置をとらないことは,国家賠償法1条1項の規定の適用上違法である。加えて,女子差別撤廃条約の条約実施機関である女子差別撤廃委員会から三度にわたり夫婦の氏の選択に関する法規定の改正を勧告され,さらに,平成27年最高裁判決において5名の最高裁判事が民法750条について憲法24条に違反するとの意見を述べ,その多数意見においても,この問題につき国会において議論するよう求めているにもかかわらず,国会は,その後,現在に至るまで,形式的な問答を繰り返すばかりであり,上記問題点を踏まえて,法の改廃を現実的な選択肢とし,これを実質的に議論した形跡は見当たらない。また,個人の氏の問題は,個人の尊厳の問題であり,
単なる多数決原理によって判断されるべきものではなく,
自由主義の問題であり,立法府における裁量も相当程度制限されると解するのが相当である。
(被控訴人の主張)
国会議員の立法過程における行動が,国家賠償法1条1項の規定の適用上違法と評価されるのは,現存する法律の規定が憲法の規定に違反するものであることが明白であるにもかかわらず,正当な理由なく長期にわたってその改廃等の立法措置を怠るなどの例外的な場合に限られる。
これを本件についてみると,前記⑴及び⑵の(被控訴人の主張)のとおり,本件各規定が憲法14条1項及び24条に違反するものであることが明白であるとはいえない。また,平成27年最高裁判決が,本件各規定が憲法14条1項及び24条に違反しない旨を判示しているところ,同判決後,現在まで,同判決の判断を覆す事情が認められないことを踏まえると,本件各規定を改廃する立法措置をとらないことが国家賠償法1条1項の規定の適用上違法と評価することはできない。
さらに,控訴人が主張する自由権規約上の権利及び女子差別撤廃条約上の権利は,いずれも各条約により我が国の国民に直接保障された権利であるとはいえないから,本件各規定を改廃等する立法措置をとらなかった国会議員の立法不作為が国家賠償法1条1項の適用上,違法の評価を受けるものではない。


損害額

(控訴人の主張)
控訴人が被った精神的苦痛を金銭的に評価すれば,少なくとも50万円を下回ることはない。
(被控訴人の主張)
争う。
第3

当裁判所の判断

1
争点⑴(本件各規定が憲法14条1項に違反するか否か)及び争点⑵(本件各規定が憲法24条に違反するか否か)について


本件各規定の意味
民法750条は,
昭和22年法律第222号による改正前の民法
(以下
旧民法
という。788条を改正したものであるところ,

旧民法下では,

は家の名称であって,妻は,婚姻の効力として,夫の家に入るとされていたことから,夫と同じ氏を称することになっていた。
これに対し,民法750条は,旧民法788条において定められていた婚姻の効力に係る・・・ノ家ニ入ルという規定を・・・の氏を称するという文言に改めた上で,婚姻の効果として夫婦が称することとなる氏については,婚姻の際に定めるものという要件を明記し,夫婦について,憲法24条や憲法14条1項も踏まえて,氏の選択における両性の機会的平等を保ちつつ,夫婦は常に同じ氏を称するとしたものであって,この規定により,婚姻当事者において婚姻の際に夫婦が称する氏についての合意をすることが婚姻の実質的成立要件になっているということができる。他方,戸籍法74条1号は,民法750条の規定を受けて,夫婦が称する氏を婚姻届における必要的記載事項と定めた手続規定に過ぎず,夫婦同氏制は民法750条の規定によって形作られているということができる。
したがって,
控訴人は,
戸籍法74条1号も含めた本件各規定が違憲であると主張するものの,本件は,民法750条が憲法24条及び憲法14条1項に違反するか否かを判断した平成27年最高裁判決の射程範囲内にあると解するのが相当である。また,民法750条は,上記のとおり旧民法以来の夫婦同氏制を踏襲しているが,それは,昭和22年の民法改正当時,夫婦同氏制が社会に定着しており,当時の国民感情にも社会的慣習にも適合していたことによるものであって,憲法24条や憲法14条1項の各規定を踏まえても,その当時は合理性を有するものであったということができる。
そこで,
本件では,
昭和22年の民法改正後の社会情勢の変化等によって,
本件各規定の定める夫婦同氏制が合理性を欠くことになり,憲法24条や憲法14条1項に反する状況に至っているというべきか否かが問われている。この点について,控訴人は,夫婦同氏制を原則とすることに合理性が認められるだけでは足りず,さらに進んで,夫婦同氏に例外を許容せず,夫婦同氏を一律に強制することの合理性が認められなければならないと主張し,平成27年最高裁判決においても,5名の最高裁判事が同様の意見を述べているものであり,これも一つの見解であるということはできる。しかしながら,当裁判所は,法律婚によって得ることのできる利益を受けるための要件としての夫婦同氏制が合理性を欠き,国会の立法裁量の範囲を超えるものとみざるを得ないような場合に当たるか否かという観点から検討すべきであると考えるので,
上記の見解は採らない。
その理由は次の⑵で述べるとおりである。


婚姻についての基本的方針を定めている憲法24条の趣旨についてア
憲法24条1項は,

婚姻は,両性の合意のみに基いて成立し,夫婦が同等の権利を有することを基本として,相互の協力により,維持されなければならない。

と規定する。これは,婚姻をするかどうか,いつ,誰と婚姻をするかについては,当事者間の自由かつ平等な意思決定に委ねるべきであるという趣旨を明らかにしたものと解される。


憲法24条2項は,

配偶者の選択,財産権,相続,住居の選定,離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては,法律は,個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して,制定されなければならない。

と規定する。
これは,婚姻及び家族に関する事項は,関連する法制度においてその具体的内容が定められていくものであることから,憲法24条2項は,具体的な制度の構築を第一次的には国会の合理的な立法裁量に委ねるとともに,その立法に当たっては,同条1項も前提としつつ,個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚すべきであるとする要請,指針を示すことによって,その裁量の限界を画したものというべきである。


このように,憲法24条が,本質的に様々な要素を検討して行われるべき立法作用に対してあえて立法上の要請,指針を明示していることからすると,その要請,指針は,単に,憲法上の権利として保障される人格権を不当に侵害するものでなく,かつ,両性の形式的平等が保たれた内容の法律が制定されれば足りるというものではないのであって,憲法上直接保障された権利とまではいえない人格的利益をも尊重すべきこと,両性の実質的な平等が保たれるように図ること,婚姻制度の内容により婚姻をすることが不当に制約されることのないように図ること等についても十分に配慮した法律の制定を求めるものであり,この点でも立法裁量に限定的な指針を与えるものである。

他方で,婚姻及び家族に関する事項は,国の伝統や国民感情を含めた社会情勢における種々の要因を踏まえつつ,それぞれの時代における夫婦や親子関係についての全体の規律を見据えた総合的な判断によって定められるべきものである。特に,憲法上直接保障された権利とまではいえない人格的利益や実質的平等は,その内容として多様なものが考えられ,それらの実現の在り方は,その時々における社会的条件,国民生活の状況,家族の在り方等との関係において決められるべきものである。


憲法24条の要請,指針に応えて具体的にどのような立法措置を講ずるかの選択決定が,上記のとおり国会の多方面にわたる検討と判断に委ねられているものであることからすれば,婚姻及び家族に関する法制度を定めた法律の規定が憲法24条に適合するものとして是認されるか否かは,当該法制度の趣旨や同制度を採用することにより生ずる影響につき検討し,当該規定が個人の尊厳と両性の本質的平等の要請に照らして合理性を欠き,国会の立法裁量の範囲を超えるものとみざるを得ないような場合に当たるか否かという観点から判断すべきものとするのが相当である。


以上を前提として,本件各規定の合理性等について検討する。

夫婦同氏制は,旧民法が施行された明治31年に我が国の法制度として採用され,上記⑴のとおり,昭和22年の民法改正の際にも踏襲され,長く我が国の社会に定着してきたものである。
そして,制度としての婚姻夫婦は,家族制度の一部として構成され,身近な第三者だけでなく,広く社会に効果を及ぼすことがあるものとして位置づけられることがむしろ一般的であり,現行民法においても,親子関係の成立,相続における地位,日常の生活において生ずる取引上の義務などについて,夫婦となっているか否かによって違いが生ずるような形で夫婦関係が規定されている。
このような法律制度としての性格や,
現実に夫婦,
親子などからなる家族が広く社会の基本的構成要素となっているという事情などからすると,法律上の仕組みとしての婚姻夫婦も,その他の家族関係と同様,社会の構成員一般からみてもそう複雑でないものとして捉えることができるよう規格化された形で作られているものといえるし,これを個々の当事者の多様な意思に沿って変容させることに対しては慎重に考える必要があると解される(選択的夫婦別氏制度を導入するに当たっては,後記イのとおり,子の氏の問題等多方面にわたる慎重な検討が必要である。)。
また,氏は,家族の呼称としての意義があるところ,現行民法の下においても,家族は社会の自然かつ基礎的な集団単位と捉えられ,夫婦が同一の氏を称することは,上記の家族という一つの集団を構成する一員であることを,対外的に公示し,識別する機能を有している。とりわけ,婚姻の重要な効果として夫婦間の子が夫婦の共同親権に服する嫡出子となる(民法790条1項,818条1項)ということがあるところ,嫡出子であることを示すために子が両親双方と同氏である仕組みを確保することにも一定の意義があるといえる。これに対し,控訴人は,この公示機能は,その反面として,両親と氏が共通でない子どもは非嫡出子である(可能性が高い)ということも同時に公示するものであり,その公示機能の必要性を説くことは,非嫡出子差別につながる危険性をはらむと主張するが,婚姻と結び付いた嫡出子の地位を認めることは,必然的とはいえないとしても,歴史的にみても社会学的にみても不合理とはいい難く,そのような考え方が憲法24条と整合しないということもできない。
そうすると,家族を構成する個人が同一の氏を称することにより家族という一つの集団を構成する一員であることを実感することに意義を見いだす考え方があることも理解できるし,子の立場として,いずれの親とも等しく氏を同じくすることによる利益を享受しやすいということもできる。加えて,本件各規定の定める夫婦同氏制それ自体に男女間の形式的な不平等が存在するわけではなく,夫婦がいずれの氏を称するかは,夫婦となろうとする者の間の協議による自由な選択に委ねられている。
以上によれば,控訴人の主張する夫婦同氏制から生ずる支障ないし問題点,すなわち,婚姻によって氏を改める者にとって,そのことによりいわゆるアイデンティティの喪失感を抱いたり,婚姻前の氏を使用する中で形成してきた個人の社会的な信用,評価,名誉感情等を維持することが困難になったりするなどの不利益を受ける場合があり得ること,氏の選択に関し,夫の氏を選択する夫婦が約96%と圧倒的多数を占めている現状があり,妻となる女性が上記の不利益を受ける場合が多い状況が生じているものと推認できること,夫婦となろうとする者のいずれかがこれらの不利益を受けることを避けるために,あえて婚姻をしないという選択をする者が存在することをも考慮しても,夫婦同氏制を定める本件各規定が,婚姻をすることを事実上不当に制約するものであるとまではいえず,直ちに個人の尊厳と両性の本質的平等の要請に照らして合理性を欠く制度であると認めることはできないから,憲法24条に直ちに反するものということはできないし,また,夫婦別氏を希望する夫婦が法律婚をすることができない結果として,夫婦同氏を選択し法律婚をした夫婦と比較して様々な利益を享受できないとしても,これが法の下の平等を定めた憲法14条1項に直ちに違反するものということもできないというべきである。

これに対し,控訴人は,本件各規定のうち民法750条の規定が憲法24条に違反するものではないとした平成27年最高裁判決について,氏に関する人格権の内容が具体的な法制度をまって初めて具体的に捉えられるとした上,現行民法の規定を通覧してそれを無批判に肯定し,これらの規定から夫婦同氏制の合理性を導き出した点で,人権の保障内容が制度の枠内に限定されるという制度優先思考に陥っており,
不当であると主張する。
しかし,これまでに述べてきたことに加え,以下に述べる平成8年2月26日に法務省法制審議会総会で決定された婚姻制度等に関する民法の一部を改正する法律案要綱に至る経緯等も踏まえると,夫婦同氏制の例外を許容すること,すなわち,選択的夫婦別氏制度を導入するに当たっては,子の氏の問題等多方面にわたる慎重な検討が必要であることは明らかであるというべきであるから,当裁判所は,控訴人の上記主張も採用しない。すなわち,証拠(甲13,14)によれば,①同法律案要綱の決定に先立つ審議において,選択的夫婦別氏制の類型は一様ではなく,種々の構成が考えられることから,そのうちどのような構成を採用すべきかについて審議が行われ,また,婚姻後の夫婦の氏の転換を認めるべきか否か,実子の氏をどのように定めるか,別氏夫婦に複数の子がある場合に,子相互間で氏が異なることを認めるか否か,別氏夫婦の子について,その氏を他方の親の氏に変更することを認めるか否か,選択的夫婦別氏制が導入された場合,現行法の下で成立した夫婦についても,別氏を称することを認めるか否かといった問題についても併せて審議されたこと,②平成6年7月に公表された改正要綱試案においては,選択的夫婦別氏制の構成について,夫婦は,婚姻の際に,夫婦の氏についての定めをするのを原則とするが,その定めがないときはそれぞれの氏を称するという考え方(A案),婚姻によっては氏に変更を生じないのを原則とし,同氏となるためには別段の合意を必要とするという考え方(B案),夫婦は,婚姻の際に,夫婦の氏についての定めをしなければならないが,自己の氏が夫婦の氏とならなかった当事者の一方は,一定期間内に届け出ることによって,婚姻前に称していた氏を称し続けることができるという考え方(C案)が併記されていたこと,③上記法律案要綱は,上記のいずれの考え方も採らず,夫婦は,婚姻に際して,夫婦の氏の定めをするか,それぞれの氏を称するとする定めをするかのいずれかを選択するという考え方を採用したこと,④選択的夫婦別氏制の基本的な構成以外にも,上記改正要綱試案においては,婚姻後の別氏夫婦から同氏夫婦への転換及び同氏夫婦から別氏夫婦への転換を認めるか否か,子が称する氏を定める時期(婚姻時か子の出生時か),複数の子について異なる氏を定めることの可否など重要な部分において異なる案が併記されていたこと,⑤上記法律案要綱は,婚姻後の別氏夫婦から同氏夫婦への転換及び同氏夫婦から別氏夫婦への転換は,いずれも認めないこととし,また,別氏夫婦は,婚姻の際に,夫又は妻のいずれかの氏を,子が称する氏として定めなければならず,したがって,別氏夫婦に複数の子がある場合,すべての子について上記の定めが適用されること,別氏夫婦の子は,特別の事情があるときを除いて,父母の婚姻中は,自己と氏を異にする父または母の氏を称することができないものとしたこと,現行法のもとで婚姻によって氏を改めた夫又は妻は,婚姻中に限り,配偶者との合意に基づき,改正法の施行の日から1年以内に届け出ることによって別氏夫婦になることができることを定めたことが認められる。

更に,控訴人は,平成27年最高裁判決を前提としても,同判決後,判決の基礎とした社会情勢等に変化があったことからすると,現時点において本件各規定が憲法24条2項の認める立法裁量の範囲を超えている旨主張する。
後掲証拠及び弁論の全趣旨によれば,平成27年最高裁判決後の事情として,次の事実を認めることができる。


総務省統計局が実施した平成29年就業構造基本調査の結果の
概要によれば,
平成24年に実施された同内容の調査結果と比較して,
女性の有業率が2.5%上昇して50.7%となり,過去5年間に出産,育児のために前職を離職した者が23万1000人減少し,夫婦共働き世帯の割合が3.4%増加して48.8%となった。なお,女性の有業率は,平成30年,令和元年は更に増加している。(甲47の1,105,127)


内閣府大臣官房政府広報室が平成28年10月に公表した男女共同参画社会に関する世論調査の概要によれば,一般的に女性が職業をもつことについて,子供ができても,ずっと職業を続ける方がよいと回答した者の割合が,平成26年8月に実施した同内容の調査結果から9.4%上昇して54.2%となった。(甲51)



内閣府大臣官房政府広報室が平成29年12月に実施した家族の法制に関する世論調査(調査項目の一つが選択的夫婦別氏制度の導入に対する考え方)の結果によれば,夫婦が希望する場合には,同じ名字(姓)ではなく,それぞれの婚姻前の名字(姓)を名乗ることができるように法律を改めた方がよいという意見についてどう思うかの質問については,

婚姻をする以上,夫婦は必ず同じ名字(姓)を名乗るべきであり,現在の法律を改める必要はないと回答した者の割合は29.3%,

夫婦が婚姻前の名字(姓)を名乗ることを希望している場合には,夫婦がそれぞれ婚姻前の名字(姓)を名乗ることができるように法律を改めてもかまわないと回答した者の割合は42.5%,

夫婦が婚姻前の名字(姓)を名乗ることを希望していても,夫婦は必ず同じ名字(姓)を名乗るべきだが,婚姻によって名字(姓)を改めた人が婚姻前の名字(姓)を通称としてどこでも使えるように法律を改めることについては,かまわないと回答した者の割合は24.4%であった。
上記調査結果は,平成24年12月に実施された同内容の調査結果と比較すると,

の割合が7.1%の減少,
の割合が7.0%の上

昇,

の割合が0.4%の上昇であったが,これらの割合の増減につ

き,それ以前からの調査結果を通覧すると,

の割合は平成8年の3

9.8%から平成13年にいったん29.9%まで減少した後,平成18年には35.0%に増加し,平成24年には更に36.4%まで増加していたものであり,

の割合は,平成8年の32.5%から平

成13年にいったん42.
1%まで増加した後,
平成18年には36.
6%に減少し,平成24年には更に35.5%まで減少していたものである。なお,

の割合は平成8年以来概ね22%から25%の範囲

内に納まっており,大きな変動はない。
他方,家族の一体感(きずな)に関して,家族の名字(姓)が違うと,家族の一体感(きずな)が弱まると思うと回答した者の割合は,平成24年の36.1%から4.6%減少して31.5%となり,家族の名字(姓)が違っても,家族の一体感(きずな)に影響がないと思うと回答した者の割合は平成24年の59.8%から4.5%上昇して64.3%となった。これらの割合の上昇ないし減少の傾向は,平成8年の調査時から続いており,家族の名字(姓)が違っても,家族の一体感(きずな)に影響がないと思うと回答した者の割合は,平成8年の調査時には,家族の名字(姓)が違うと,家族の一体感(きずな)が弱まると思うと回答した者の割合とほぼ拮抗していたのに対し,平成29年の調査時には前者が後者の2倍を超えるに至っている。(甲38)


内閣官房のすべての女性が輝く社会づくり本部が平成30年6
月12日付けで公表した女性活躍加速のための重点方針2018
においては,
女性活躍の視点に立った制度等の整備の項目で,

選択的夫婦別氏制度の導入に関し,平成29年12月に実施した家族の法制に関する世論調査の結果について分析を加え,引き続き検討を行う。

との方針が示された。(甲56の4)⑤

平成27年最高裁判決以降も,多くの地方議会から選択的夫婦別氏制度の導入や国会での審議等を求める意見書が国会等に提出されている。(甲43の1~17,52の2,53の2,79の1~11,99の1~12,108の1~24,121の1・2,142の1~22,149,151の1~4)
また,証拠(甲67の2,111の1~5・7)及び弁論の全趣旨に
よれば,婚姻前の氏を用いて銀行口座を開設したり,クレジットカードを作成したりすることができるか否かは,金融機関・カード会社により対応が異なること,不動産登記簿が婚姻前の氏を併記する対応をしていないため,住宅ローンに関する金融機関との金銭消費貸借契約や抵当権設定契約を婚姻前の氏を用いて締結することができないこと,所得税,地方税及び固定資産税の納税通知書及び領収書はいずれも戸籍名のみで表記され,特に所得税については,納税名義にも還付名義にも婚姻前の氏は使用できないこと,国外では夫婦別氏を選択できるため,国外に渡航・居住した際には,婚姻前の氏の通称使用の必要性が理解されず,別人に成り済ましていることが疑われるなどの問題が生じること,弁護士が成年後見人,
保佐人,
補助人又は後見監督人としての業務を行う場合,
成年後見等に関する登記事項証明書に記載されるのは戸籍上の氏名のみであることが認められるところであり,婚姻前の氏を通称使用できる場面は限られるし,また,仮にこれが今後広まっていったとしても,複数の氏を使用するために混乱を生じたり不利益を受けたりする場面があることは否定できない。
以上からすると,法的な裏付けのない通称使用には限界があるといわざるを得ず,国会等に対して選択的夫婦別氏制度の導入等を求める意見も多く上がっているところではあるが,なお,本件各規定を改廃して選択的夫婦別氏制度を導入すべきであるというのが国民の意思であるというまでには至っていない状況にあるというべきであるから,平成27年最高裁判決後に夫婦同氏制を定める本件各規定が憲法24条や憲法14条1項に反する状態に至っているというまでの事情の変化があったとはいえないといわなければならない。


したがって,本件各規定が憲法24条ないし憲法14条1項に違反するという控訴人の主張は採用できない。

員会が我が国に対し本件各規定の改廃を行うよう度々勧告していることは重く受け止めるべきであり,憲法24条2項によって婚姻及び家族に関する法制度の構築を国民から委ねられている国会には,控訴人や控訴人と同様に選択的夫婦別氏制度の導入を切実に求めている人々の声にも謙虚に耳を傾け,選択的夫婦別氏制度の導入等について,現在の社会情勢等を踏まえた真摯な議論を行うことが期待されているものと考える。
2
争点⑶(本件各規定が自由権規約に違反するか否か)について⑴

人権委員会は,
自由権規約28条の規定に基づいて設置された機関であり,
その適当と認める一般的な性格を有する意見(一般的意見)を締約国に送付しなければならない(自由権規約40条4項)ところ,証拠(甲18の1・2,19の1・2)によれば,人権委員会は,平成2年6月24日,自由権規約23条4項に関する一般的意見として,各配偶者が自己の婚姻前の姓の使用を保持する権利又は平等の基礎において新しい姓の選択に参加する権利は,保障されるべきである旨の意見(一般的意見19)を採択したこと,平成12年3月29日,
自由権規約3条に関する一般的意見として,
締約国は,
自由権規約23条4項の義務を果たすために,夫婦の婚姻前の氏の使用を保持し,又新しい氏を選択する場合に対等の立場で決定する配偶者各自の権利に関して性別の違いに基づく差別が起きないことを確実にしなければならない旨の意見(一般的意見28)を採択したことが認められる。


控訴人は,本件各規定は,①夫婦の一方が氏を変更しなければ婚姻することができない(夫婦の一方の氏の変更を婚姻の形式的要件とする)点で家族に対する恣意的な干渉を禁止する自由権規約17条1項,家族の保護を定める同23条1項,婚姻の権利を定めた同条2項及び婚姻の自由を定めた同条3項に違反する,②本件各規定等により,大半の事例において婚姻に際し妻の側が自己の氏を変えていることから,各配偶者が自己の婚姻前の氏の使用を保持する権利に関して女性が差別されているとして,婚姻の場面における女性に対する差別を禁止する自由権規約23条4項,男女の平等を求め,女性に対する差別を禁止する同2条1項,3条にも違反する,③本件各規定が改廃されないままとなっている事実は,婚姻前の自己の氏の使用を保持するために婚姻することができない者,又は婚姻したために婚姻前の自己の氏の使用を保持することができない者に対する立法上の機関による救済措置を要求する自由権規約2条3項⒝に違反すると主張する。
しかし,自由権規約の上記各規定は,いずれも各配偶者の婚姻前の氏の使用の保持について明示的に言及するものではなく,これらの規定によって各配偶者が自己の婚姻前の氏の使用を保持する権利が保障されていることが具体的に定められているとはいえないから,夫婦の一方の氏の変更が婚姻の形式的要件となっていることが,直ちに自由権規約の上記各規定に違反するということはできない。また,各配偶者の婚姻前の氏の使用の保持に言及した自由権規約3条及び23条4項に関する人権委員会の一般的意見は,条約解釈の指針ないし補足的手段となり得るものではあっても,締約国の国内機関による条約解釈を法的に拘束する効力を有するものとは認められないから,我が国の裁判所による条約解釈を法的に拘束する効力を有するものではない。
これに対し,控訴人は,人権委員会が自由権規約によって設置された履行監視機関であり,人権の分野において能力を認められている委員で構成されていること,我が国も人権委員会の役割を受け入れることを前提として自由権規約を批准していることなどから,自由権規約を解釈する際には,特段の事情がない限り同委員会の一般的意見に基づいてこれを行うべきであると主張するが,上記のとおり,一般的意見に締約国の国内機関による条約解釈を法的に拘束する効力があるとはいえない以上,控訴人の上記主張を考慮しても上記結論は左右されない。


したがって,本件各規定が自由権規約に違反するという控訴人の主張は,採用できない。

3
争点⑷(本件各規定が女子差別撤廃条約に違反するか否か)について⑴

女子差別撤廃委員会は,女子差別撤廃条約17条の規定に基づいて,同条約の実施に関する進捗状況を検討するために設置された委員会であるところ,証拠(甲20の1・2,21の1・2,22の1・2,25の1・2)によれば,女子差別撤廃委員会は,平成6年,採択した一般勧告の中で,16条1項⒢について各パートナーは,共同体における個性及びアイデンティティを保持し,社会の他の構成員と自己を区別するために,自己の姓を選択する権利を有するべきである。法もしくは慣習により,婚姻若しくはその解消に際して自己の姓の変更を強制される場合には,女性はこれらの権利を否定されている。と言及したこと,平成15年,我が国に対し,民法が,夫婦の氏の選択などに関する,差別的な規定を依然として含んでいることに懸念を表明した上,民法に依然として存在する差別的な法規定を廃止し,法や行政上の措置を条約に沿ったものとするよう勧告をしたこと,
平成21年,
我が国に対し,前回の最終見解における勧告にもかかわらず,民法における夫婦の氏の選択に関する差別的な法規定が撤廃されていないこと,及び差別的規定の撤廃が進んでいないことを説明するために世論調査を用いていることに懸念を表明した上で,選択的夫婦別氏制度を採用することを内容とする民法改正のために早急な対策を講じるよう要請し,女子差別撤廃条約は締約国の国内法体制の一部であることから,同条約の規定に沿うように国内法を整備するという義務に基づくべきである旨の指摘をしたこと,平成28年,我が国に対し,2015年12月16日に最高裁判所は夫婦同氏を求めている民法750条を合憲と判断したが,この規定は実際には多くの場合,女性に夫の姓を選択せざるを得なくしていることに懸念を表明するとともに,女性が婚姻前の姓を保持できるよう夫婦の氏の選択に関する法規定を改正するよう要請したことが認められる。


控訴人は,我が国では,本件各規定の存在により,婚姻をするためには夫婦の一方が必ず氏を変えることを法律により強制されているから,自由かつ完全な合意のみにより婚姻する権利が実現されなければならないことを定めた女子差別撤廃条約16条1項⒝に違反し,また,我が国の慣習ないし慣行と相まって大半の事例では妻の側が自己の氏を変えていることから,女性に対する差別に当たり同条約1条に違反するほか,実際的に男女が同一の権利
各規定及び上記慣習ないし慣行により,氏を選択する権利について,妻がこれを有しており,夫及び妻が同一でなければならない状態にあるとはいえな
そこで検討するに,条約は,原則的には,締約国相互において国際法上の権利義務を発生させる文書による国家間の合意であり,各締約国とその個々の国民との間の権利義務を直接規律するものではないから,当該条約が個人の権利を保障する趣旨の規定を置いていたとしても,これにより個々の国民がその所属する締約国に対して当然に条約の定める権利を主張することが可能になるものではなく,締約国が相互に自らの国に所属する個々の国民の権利を保障するための措置をとることを義務付けられ,その内容を具体化するための国内法上の措置が講じられることによって初めて権利行使が可能となるに過ぎない場合もある。他方,我が国において,ある条約の規定が,その内容を具体化するための国内法上の措置をとることなく,個々の国民に権利を保障するものとして,そのままの形で直接に適用されて裁判規範性を有するためには,条約の内容をその公布により個々の国民の権利義務を直接に定めるものとするという締約国の意思が確認できることと,条約の規定において個々の国民の権利義務が明確かつ完全に定められていて,その内容を補完し,具体化する法令をまつまでもない内容となっていることが必要になると解される。
これを女子差別撤廃条約の上記各規定についてみると,別紙自由権規約・女子差別撤廃条約の規定の2項に記載のとおり,これらの規定は,いずれも締約国が上記の各権利を確保するよう適当な措置をとり,又は措置をとることを約束するという形式で規定されており,直接,個々の国民に権利を付与する文言になっておらず,締約国がその権利の実現に向けた積極的施策を推進すべき政治的責任を負うことを宣言したものであって,締約国が国内法の整備を通じてその権利を確保することが予定されているといえる。また,女子差別撤廃条約の上記各規定の内容をみても,氏を選択する権利には様々な形があり得るのであって,上記各規定により個々の国民が保有する具体的権利の内容が一義的かつ明確に定められたものとはいえないから,その内容を具体化する法令の制定を待つまでもなく国内的に執行可能なものであるとはいえない。
そうすると,本件各規定のうちに女子差別撤廃条約の規定に沿わない部分があるとしても,これにより直ちに本件各規定が違法であるということはできないから,控訴人の上記主張は採用できない。


控訴人は,女子差別撤廃委員会が我が国に対し本件各規定の改廃を行うようたびたび勧告しているところ,同委員会は女子差別撤廃条約により設置された唯一かつ公式の国際機関であり,締約国が同条約を遵守しているか否かを審査等する権限を有する条約実施機関であることから,締約国において同条約を解釈する際には,同委員会の勧告等に基づいてこれを行うべきであると主張するが,前記3において人権委員会の一般的意見について述べたところと同様,上記勧告に従った本件各規定の改廃をしないことが直ちに条約違反となるものではないから,控訴人の上記主張も採用できない。


したがって,本件各規定が女子差別撤廃条約に違反するという控訴人の主張は,採用できない。

4
結論
以上のとおり,本件各規定が憲法,自由権規約又は女子差別撤廃条約に違反するという控訴人の主張はいずれも採用できないから,控訴人の請求は,その余の争点につき検討するまでもなく,理由がない。
よって,控訴人の請求はこれを棄却すべきところ,これと結論を同じくする原判決は相当であるから,本件控訴を棄却することとし,主文のとおり判決する。
広島高等裁判所第4部

裁判長裁判官

横溝邦彦
裁判官

鈴木雄輔
裁判官

沖本尚紀
(別紙)
自由権規約・女子差別撤廃条約の規定

1
自由権規約


2条

1項
この規約の各締約国は,その領域内にあり,かつ,その管轄の下にあるすべての個人に対し,人種,皮膚の色,性,言語,宗教,政治的意見その他の意見,国民的若しくは社会的出身,財産,出生又は他の地位等によるいかなる差別もなしにこの規約において認められる権利を尊重し及び確保することを約束する。


3項
この規約の各締約国は,次のことを約束する。


救済措置を求める者の権利が権限のある司法上,行政上若しくは立法上
の機関又は国の法制で定める他の権限のある機関によって決定されることを確保すること及び司法上の救済措置の可能性を発展させること。⑵

3条
この規約の締約国は,この規約に定めるすべての市民的及び政治的権利の享
有について男女に同等の権利を確保することを約束する。


17条1項
何人も,その私生活,家族,住居若しくは通信に対して恣意的に若しくは不
法に干渉され又は名誉及び信用を不法に攻撃されない。


23条
1項

家族は,社会の自然かつ基礎的な単位であり,社会及び国による保護を受ける権利を有する。

2項

婚姻をすることができる年齢の男女が婚姻をしかつ家族を形成する権利は,認められる。
3項

婚姻は,両当事者の自由かつ完全な合意なしには成立しない。

4項

この規約の締約国は,婚姻中及び婚姻の解消の際に,婚姻に係る配偶者の権利及び責任の平等を確保するため,適当な措置をとる。その解消の場合には,児童に対する必要な保護のため,措置がとられる。

2
女子差別撤廃条約


1条
この条約の適用上,女子に対する差別とは,性に基づく区別,排除又は制限であって,政治的,経済的,社会的,文化的,市民的その他のいかなる分野においても,女子(婚姻をしているかいないかを問わない。)が男女の平等を基礎として人権及び基本的自由を認識し,享有し又は行使することを害し又は無効にする効果又は目的を有するものをいう。



2条
締約国は,女子に対するあらゆる形態の差別を非難し,女子に対する差別を撤廃する政策をすべての適当な手段により,かつ,遅滞なく追求することに合意し,及びこのため次のことを約束する。
男女の平等の原則が自国の憲法その他の適当な法令に組み入れられていない場合にはこれを定め,かつ,男女の平等の原則の実際的な実現を法律その他の適当な手段により確保すること。


女子の権利の法的な保護を男子との平等を基礎として確立し,かつ,権限のある自国の裁判所その他の公の機関を通じて差別となるいかなる行為からも女子を効果的に保護することを確保すること。



女子に対する差別となるいかなる行為又は慣行も差し控え,かつ,公の当局及び機関がこの義務に従って行動することを確保すること。



女子に対する差別となる既存の法律,規則,慣習及び慣行を修正し又は廃止するためのすべての適当な措置(立法を含む。)をとること。


16条1項
締約国は,
婚姻及び家族関係に係るすべての事項について女子に対する差別
を撤廃するためのすべての適当な措置をとるものとし,特に,男女の平等を基礎として次のことを確保する。


自由に配偶者を選択し及び自由かつ完全な合意のみにより婚姻をする同一の権利



夫及び妻の同一の個人的権利(姓及び職業を選択する権利を含む。)以上

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