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損害賠償請求事件
事件番号令和1(受)877
事件名損害賠償請求事件
裁判年月日令和2年10月9日
法廷名最高裁判所第二小法廷
裁判種別判決
結果その他
原審裁判所名東京高等裁判所
原審事件番号平成30(ネ)3676
原審裁判年月日平成30年12月12日
判示事項少年保護事件を題材として家庭裁判所調査官が執筆した論文を雑誌及び書籍において公表した行為がプライバシーの侵害として不法行為法上違法とはいえないとされた事例
裁判日:西暦2020-10-09
情報公開日2020-10-09 18:00:04
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令和元年(受)第877号,第878号
令和2年10月9日

第二小法廷判決
主1
損害賠償請求事件


原判決中,被上告人の上告人らに対する共同不法行
為に基づく損害賠償請求を認容した部分を破棄する。

2
前項の部分につき,被上告人の控訴を棄却する。

3
上告人Y1のその余の上告を却下する。

4
上告人Y1と被上告人との間に生じた訴訟の総費用
は,これを200分し,その1を上告人Y1の負担
とし,その余を被上告人の負担とし,上告人アーク
メディア及び上告人金剛出版と被上告人との間に生
じた控訴費用及び上告費用は,被上告人の負担とす
る。
理由
令和元年(受)第877号上告代理人木村晋介,同石田由美子の上告受理申立て理由及び同第878号上告代理人森真二,同堀越友香の上告受理申立て理由について1
家庭裁判所調査官であった上告人Y1は,被上告人に対する少年保護事件を
題材とした論文を精神医学関係者向けの雑誌及び書籍に掲載して公表した。本件は,被上告人が,この公表等によりプライバシーを侵害されたなどと主張して,上告人Y1,上記雑誌の出版社である上告人アークメディア及び上記書籍の出版社である上告人金剛出版に対し,不法行為に基づく損害賠償を求める事案である。2
原審の適法に確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。

(1)ア

被上告人(当時17歳)は,平成N年,ナイフをリュックサックの中に
入れて持ち歩いたという非行事実に係る銃砲刀剣類所持等取締法違反保護事件(以下本件保護事件という。)について東京家庭裁判所に送致された。本件保護事件は,平成N+1年
月,不処分により終了した。被上告人は,先天的な発達障害

の一種であるアスペルガー症候群(以下本件疾患という。)を有するとの診断を受けていた。

東京家庭裁判所の家庭裁判所調査官であった上告人Y1は,本件保護事件の
調査を担当し,被上告人や父親からの聞き取り調査等を行った。なお,上告人Y1は,臨床心理士の資格を有し,発達障害に関する学会発表等の活動もしており,裁判所の研修機関が編集する専門誌において,広汎性発達障害に関する論文を発表したこともあった。
(2)ア

上告人アークメディアは,その発行に係る臨床精神医学に関する月刊誌
(以下本件月刊誌という。)において,本件疾患の症例報告に関する公募論文の特集を行うこととし,平成N+1年

月末を締切りとして論文を公募した。この

特集の趣旨は,本件疾患が,その頻度の多さ,見過ごされた成人例とその転帰の問題,一部でみられる触法問題等から,精神医学全体の大きな課題となっていることに注目し,その臨床知識を共有することをもって,精神医学,臨床心理学その他関連領域における研究活動の促進を図るとともに,本件疾患に対する正しい理解を広めることにあった。本件月刊誌は,精神医学の臨床や研究に関与する医療関係者等を読者と想定して市販されている専門誌であった。

上告人Y1は,平成N+1年

月以降,大阪家庭裁判所において勤務してい

たが,同月頃,本件月刊誌の編集委員長である大学教授から上記公募論文の執筆を勧められ,社会の関心を集めつつあった本件疾患の特性が非行事例でどのように現れるのか,司法機関の枠組みの中でどのように本件疾患を有する者に関わることが有効であるのかを明らかにするという目的で,本件保護事件を題材とした論文(以下本件論文という。)を執筆し,上記の公募に応募した。

上告人アークメディアは,本件論文を採用し,これを平成N+1年
月発行

の本件月刊誌(以下本件掲載誌という。)に掲載した(以下,上告人Y1が本件論文を本件掲載誌において公表した行為を本件公表という。)。被上告人は,本件公表の当時,19歳であった。(3)

上告人Y1は,本件保護事件における調査の際に作成した手控えを基礎資
料として本件論文を執筆した。その内容は,本件掲載誌における論文特集の前記趣旨に沿ったものであった。上告人Y1は,本件論文において取り上げた少年(以下対象少年ともいう。)が容易に特定されることがないように,対象少年の氏名や住所等の記載を省略しており,本件論文には,対象少年やその関係者を直接特定した記載部分はなく,対象少年や父親の年齢等を記載した箇所はあるものの,本件保護事件が係属した時期など,本件論文に記載された事実関係の時期を特定した記載部分もなかった。
他方において,上告人Y1は,本件論文の執筆に当たり,症例の事実それ自体を加工すると本件疾患の症例報告としての学術的意義が弱まることを懸念し,本件疾患の診断基準に合致するエピソードをそのまま記載していた。また,本件論文には,対象少年の家庭環境や生育歴に関して具体的な記載がされ,学校生活における具体的な出来事も複数記載されていたことから,これらを知る者が,本件論文を読んだ場合には,その知識と照合することによって対象少年を被上告人と同定し得る可能性はあった。なお,精神医学の症例報告を内容とする論文においては,一般的に,患者の具体的な症状のほか,家族歴,既往歴,生育・生活歴,現病歴,治療経過,考察等を必須事項として正確に記載することが求められていた。本件論文には,対象少年の非行事実の態様,母親の生育歴,小学校における評価,家庭裁判所への係属歴及び本件保護事件の調査における知能検査の状況に関する記載部分があり,これらの記載部分には,対象少年である被上告人のプライバシーに属する情報が含まれていた(以下,上記記載部分に含まれる被上告人のプライバシーに属する情報を本件プライバシー情報という。)。
(4)

上告人Y1は,平成N+2年

月までに家庭裁判所調査官を退官し,同年

月,大学の心理学部教授に就任した。
(5)

上告人金剛出版は,平成N+4年月,本件論文を含め,上告人Y1がそ
れまでに発表した論文を1冊にまとめた書籍(以下本件書籍という。)を出版した(以下,上告人Y1が本件論文を本件書籍に掲載して再公表した行為を本件再公表といい,本件公表と併せて本件各公表という。)。本件書籍は,少年事件において発達障害を有する者に関与した事例についての知識を共有することをもって,精神医学,臨床心理学その他関連領域における研究活動の促進を図るとともに,本件疾患を含む発達障害に対する正しい理解を広めることを目的としたものであり,研究者等を読者と想定して市販された専門書籍であった。(6)ア

被上告人は,本件保護事件の終了後,上告人Y1と接触することはなか
ったが,平成N+8年

月頃に上告人Y1に連絡を取って以降,その勤務先を訪問

するなどして上告人Y1と連絡を取り合うようになり,同年

月,上告人Y1か

ら本件書籍の交付を受けた。上告人Y1は,あらかじめ被上告人の了承を得た上,本件疾患を克服して社会適応を勝ち取った例として被上告人に関するエッセイを執筆し,平成N+9年

月,これを心理学関係の雑誌に公表したこともあった。

被上告人は,上告人Y1に対し,平成N+10年

月,本件書籍を出版した

ことに抗議し,これを絶版とすることを求める電子メールを送信し,この頃以降,上告人Y1の法的責任を追及するようになり,平成27年8月,本件訴訟を提起した。
3
原審は,上記事実関係等の下において,要旨次のとおり判断して,被上告人
の上告人らに対する本件各公表に係る損害賠償請求を一部認容した。本件論文に含まれる本件プライバシー情報は,少年保護事件の手続において得られたものであり,これを公表されない被上告人の法的利益は重要であって,本件論文の目的,本件掲載誌及び本件書籍の読者が限定されていること等を考慮しても,本件論文に記載された内容を公表する利益は,公表されない法的利益に優越しない。上告人Y1は,本件各公表によって,被上告人のプライバシーを違法に侵害したものであり,不法行為に基づく損害賠償責任を負う。上告人アークメディアは本件公表によるプライバシー侵害について,上告人金剛出版は本件再公表によるプライバシー侵害について,それぞれ上告人Y1との共同不法行為に基づく損害賠償責任を負う。
4
しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次
のとおりである。
(1)

プライバシーの侵害については,その事実を公表されない法的利益とこれ
を公表する理由とを比較衡量し,前者が後者に優越する場合に不法行為が成立するものと解される(最高裁平成元年(オ)第1649号同6年2月8日第三小法廷判決・民集48巻2号149頁,最高裁平成12年(受)第1335号同15年3月14日第二小法廷判決・民集57巻3号229頁)。そして,本件各公表が被上告人のプライバシーを侵害したものとして不法行為法上違法となるか否かは,本件プライバシー情報の性質及び内容,本件各公表の当時における被上告人の年齢や社会的地位,本件各公表の目的や意義,本件各公表において本件プライバシー情報を開示する必要性,本件各公表によって本件プライバシー情報が伝達される範囲と被上告人が被る具体的被害の程度,本件各公表における表現媒体の性質など,本件プライバシー情報に係る事実を公表されない法的利益とこれを公表する理由に関する諸事情を比較衡量し,本件プライバシー情報に係る事実を公表されない法的利益がこれを公表する理由に優越するか否かによって判断すべきものである。(2)ア

少年法は,少年審判を非公開とし(22条2項),審判に付された少年
本人を推知させる記事等を出版物に掲載することを禁止しており(61条),少年審判規則7条1項及び2項は,少年の付添人以外の者は,同条1項に定める場合を除き,少年保護事件の記録等を閲覧又は謄写することができないと定めている。これらの規定は,少年の健全な育成を期するため(同法1条),少年に非行があったこと等が公開されることによって少年の改善更生や社会復帰に悪影響が及ぶことのないように配慮したものである。また,家庭裁判所調査官は,裁判所の命令により,少年の要保護性や改善更生の方法を明らかにするため,少年,保護者又は関係人の行状,経歴,素質,環境等について,医学,心理学,教育学,社会学その他の専門的智識を活用して調査を行う(同法8条2項,9条)のであって,その調査内容は,少年等のプライバシーに属する情報を多く含んでいるのであるから,これを対外的に公表することは原則として予定されていないものというべきである。本件プライバシー情報は,被上告人の非行事実の態様,母親の生育歴,小学校における評価,家庭裁判所への係属歴及び本件保護事件の調査における知能検査の状況に関するものであるところ,これらは,いずれも本件保護事件における調査によって取得されたものであり,上記規定の趣旨等に鑑みても,その秘匿性は極めて高い。また,被上告人は,本件公表の当時,19歳であり,その改善更生等に悪影響が及ぶことのないように配慮を受けるべき地位にあった。さらに,本件保護事件の性質や処分結果等に照らしても,被上告人において,本件保護事件の内容等が出版物に掲載されるといったことは想定し難いものであったということもできる。イ
他方において,本件掲載誌における論文特集の趣旨は,本件疾患の臨床知識
を共有することをもって,研究活動の促進を図るとともに,本件疾患に対する正しい理解を広めることにあったところ,上告人Y1は,このような論文特集のための公募に応じ,本件保護事件を題材とした本件論文を執筆したものである。上告人Y1は,社会の関心を集めつつあった本件疾患の特性が非行事例でどのように現れるのか,司法機関の枠組みの中でどのように本件疾患を有する者に関わることが有効であるのかを明らかにするという目的で本件論文を執筆しており,その内容が上記論文特集の趣旨に沿ったものであったこと,本件各公表が医療関係者や研究者等を読者とする専門誌や専門書籍に掲載する方法で行われたこと等に鑑み,本件各公表の目的は重要な公益を図ることにあったということができる。そして,精神医学の症例報告を内容とする論文では,一般的に,患者の家族歴,生育・生活歴等も必須事項として正確に記載することが求められていたというのであり,本件論文の趣旨及び内容に照らしても,本件プライバシー情報に係る事実を記載することは本件論文にとって必要なものであったということができる。
また,本件論文には,対象少年やその関係者を直接特定した記載部分はなく,事実関係の時期を特定した記載部分もなかったのであり,上告人Y1は,本件論文の執筆に当たり,対象少年である被上告人のプライバシーに対する配慮もしていたということができる。もっとも,被上告人と面識があること等から本件論文に記載された事実関係を知る者が,本件論文を読んだ場合には,その知識と照合することによって対象少年を被上告人と同定し得る可能性はあったものである。しかしながら,本件論文に記載された事実関係を知る者の範囲は限定されており,本件論文が医療関係者や研究者等を読者とする専門誌や専門書籍に掲載するという方法で公表されたことからすると,本件論文の読者が対象少年を被上告人と同定し,そのことから被上告人に具体的被害が生ずるといった事態が起こる可能性は相当低かったものというべきである。そして,このことは,実際に,上告人Y1が被上告人に本件書籍を交付する以前において,被上告人又は被上告人と面識のある者等が,本件論文又は本件書籍を読んで,対象少年を被上告人と同定し,本件各公表が被上告人の改善更生等に悪影響を及ぼしたなどといった事情がうかがわれないことからも裏付けられている。

以上の諸事情に照らすと,本件プライバシー情報に係る事実を公表されない
法的利益がこれを公表する理由に優越するとまではいい難い。したがって,本件各公表が被上告人のプライバシーを侵害したものとして不法行為法上違法であるということはできない。そうすると,本件各公表が違法であることを理由とする被上告人の上告人らに対する損害賠償請求は,いずれも理由がない。
5
以上と異なる原審の前記判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令
の違反がある。論旨はこの趣旨をいうものとして理由があり,原判決中,被上告人の上告人らに対する共同不法行為に基づく損害賠償請求を認容した部分は破棄を免れない。そして,以上に説示したところによれば,被上告人の上告人らに対する上記損害賠償請求をいずれも棄却した第1審判決は正当であるから,上記破棄部分につき,被上告人の控訴を棄却すべきである。
なお,上告人Y1のその余の上告については,上告受理申立ての理由を記載した書面を提出しないから,これを却下することとする。よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。なお,裁判官草野耕一の意見がある。
裁判官草野耕一の意見は,次のとおりである。
私は,多数意見の結論に賛成であるが,それに至る理由は異なるので,私の考えるところをつまびらかにしたい。
1
上告人Y1が本件プライバシー情報を知り得たのは,ひとえに同上告人が少
年法に基づき本件保護事件を調査する権限を担当裁判官から与えられた結果に他ならない。そうである以上,上告人Y1が本件プライバシー情報を学術目的等に利用し得る場合があるとしても,被上告人の改善更生という同法の趣旨に抵触する態様で本件プライバシー情報を利用することは許されないというべきである。本件は,この点において,一般のプライバシー侵害案件に使われる判断枠組みだけでは適切な評価を行い得ない事案である。
2
上告人Y1は,本件保護事件が不処分により終了してから僅か半年後に本件
公表を行っており,この時点において,被上告人は,高等学校の生徒として多感な時期にあったことがうかがわれる。また,原審の認定によれば,本件論文の記載内容は,被上告人に関する情報を有している読者が対象少年を被上告人と同定し得る可能性を否定することができないものであったというのである。しかも,本件プライバシー情報の中には,被上告人が幼年時代に経験した深刻な出来事等も含まれており,多感な時期にあった当時の被上告人が本件公表の事実を知ったならば,いかほどの精神的苦痛を受けたか,そして,そのことが被上告人の改善更生にいかほどの悪影響を及ぼしたか,これらのことに思いを致すと,おそれにも似た感慨を抱かざるを得ない。以上の点に鑑みれば,本件公表の目的が本件疾患の症例報告により公益を図ることにあったとしても,本件公表における本件プライバシー情報の利用は,被上告人の改善更生という少年法の趣旨に抵触する態様のものであったというべきである。しかしながら,本件の事実関係によれば,本件公表によって被上告人が本件論文の対象少年であることが他者に同定されたと認めることはできず,被上告人自身は,本件公表から7年以上が経過した後になって,被上告人の十分な成長を見届けた上告人Y1が自発的に告知したことにより本件公表の事実を知ったものであり,その結果と本件公表との間に相当因果関係を認めることはできない(なお,上告人Y1による上記の告知が,被上告人に対する不法行為に当たるか否かは別論である。)。そうである以上,本件公表によってプライバシー侵害の結果が現実化したということはできず,本件公表が被上告人に対する不法行為に当たるということもできない。
3
以上に対して,本件再公表は,本件保護事件が不処分により終了してから約
3年が経過した後になされたという点において,本件公表とは前提が異なる。被上告人は,本件再公表の時点で既に成人しており,本件再公表における本件プライバシー情報の利用は,少なくとも少年としての被上告人の改善更生に悪影響を与えるという関係にはなく,本件再公表の違法性については,多数意見が用いている判断枠組みの下において,本件再公表当時における被上告人の生活状況等をも踏まえて,これを検討する余地がある。しかしながら,被上告人は,上告人Y1による自発的な告知により本件再公表の事実を知ったものであり,本件再公表によってプライバシー侵害の結果が現実化したということができないことは,本件公表と同じであるから,本件再公表の違法性を判断するまでもなく,本件再公表は被上告人に対する不法行為には当たらないというべきである。
(裁判長裁判官

岡村和美

裁判官

菅野博之

草野耕一)
裁判官

三浦


裁判官

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