事件番号 | 令和1(行ウ)536 |
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事件名 | 手続却下処分取消請求事件 |
裁判年月日 | 令和2年9月16日 |
裁判所名 | 東京地方裁判所 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
裁判日:西暦 | 2020-09-16 |
情報公開日 | 2020-10-08 20:00:51 |
同日原本領収 裁判所書記官 令和元年(行ウ)第536号 手続却下処分取消請求事件 口頭弁論終結日令和2年8月5日 判原決告 メディミューンエルエルシー 同特許管理人 山上本米健策良大輔福難被早田史皓石 同補佐人弁理士 波千永川大輔告聡登至国 処分行政庁兼裁決行政庁 特 同指定代理人 神永濵田彩子今福智文尾﨑友美大江摩主許庁長官暁弥子文1 原告の請求をいずれも棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 3 この判決に対する控訴のための付加期間を30日と定める。 事実及び理由 第1請求 1特許庁長官が平成30年3月28日付けで原告に対してした,特願2016-573770号についての平成28年12月16日付け提出の国内書面に係る手続の却下の処分を取り消す。 2特許庁長官が平成31年4月10日付けで原告に対してした, 平成30年6月 29日付けの行政不服審査法による審査請求を棄却する旨の裁決を取り消す。第2事案の概要 1原告は,発明の名称をIL-21に特異的な結合性分子およびその使用とする発明につき,平成26年4月8日に米国商標特許庁に対して行った米国特許出願 (US61/976,684) を優先権の基礎となる出願とし, 平成27年4 月7日,同庁を受理官庁として,千九百七十年六月十九日にワシントンで作成された特許協力条約(以下,単に特許協力条約という。)に基づき,外国語で国 際特許出願(PCT/US2015/024650。以下本件国際出願という。)をした。 本件国際出願は,その指定国に日本国を含むものであったが,原告は,特許法(以下, 単に 法 という。184条の4第1項が定める特許協力条約2条(ⅺ) ) の優先日から2年6月の国内書面提出期間(その末日は平成28年10月11日) 以内に, 法184条の4第3項所定の明細書及び請求の範囲等の翻訳文 (以下 明細書等翻訳文という。)を提出しなかった。 本件は,原告が,被告に対し,原告が国内書面提出期間内に明細書等翻訳文を提出することができなかったことについて,法184条の4第4項所定の正当な理由があったにもかかわらず,特許庁長官が同条3項により本件国際出願が 取り下げられたものとみなして国内書面に係る手続を却下したのは違法であると主張して,上記却下処分の取消しを求めるとともに,上記却下処分について原告がした行政不服審査法(以下行審法という。)による審査請求を棄却した特許庁長官の裁決には理由付記の不備の違法があるとして,上記裁決の取消しを求める事案である。 2前提事実 (当事者間に争いのない事実又は文中掲記した証拠及び弁論の全趣旨により認定することができる事実。なお,本判決を通じ,証拠を摘示する場合には,特に断らない限り,枝番を含むものとする。) (1)原告及びその関係者等 ア 原告は,アメリカ合衆国(以下米国という。)の会社であり,A氏(以下 A氏 という。は, )平成28年当時, 原告の知的財産関係の顧問 (Senior PatentAttorney)であった。(甲10,12,13,16,20) イ BostonPharmaceuticalsInc.(以下BP社という。)は,米国の会社であり,B氏(以下B氏という。)は,平成28年当時,BP社の最高業務責任者であった。(甲16,20,22) ウ Ropes&Gray,LLP(以下RPLLPという。)は,平成28年当時,世界各地に事務所を有し,約1200名の弁護士を擁していた。(甲11~ 13) 同年当時,C弁護士(以下C弁護士という。)は,RPLLPのコーポレート部門のパートナー弁護士であり,D弁護士(以下D弁護士という。は, ) 同部門のアソシエイト弁護士であり, E弁護士 (以下 E弁護士 という。)は,その知的財産部門のパートナー弁護士で,同部門の共同代表 であった。(甲9~14) (2)本件各手続 ア 前記のとおり,原告は,本件国際出願の国内書面提出期間内に,所要の明細書等翻訳文を提出しなかったことから,同出願は,法184条の4第3項により,取り下げられたものとみなされた。なお,原告は,本件国際出願に 係る特許を受ける権利をBP社に譲渡したと主張するが, 同出願の出願人の 記録の変更の手続(特許協力条約に基づく規則92の2.1(a)(i))はとられていない。 イ 原告は,平成28年12月16日,特許庁長官に対し,本件国際出願について,国内書面(甲2)及び明細書等翻訳文を提出するとともに,国内書面提出期間内に明細書等翻訳文を提出することができなかったことについて法184条の4第4項所定の正当な理由がある旨を記載した回復理由書(乙1)を提出した。 ウ 特許庁長官は,平成29年8月2日付け(同月4日発送)の却下理由通知書(甲7)により,原告に対し,国内書面提出期間内に明細書等翻訳文を提出することができなかったことについて正当な理由があるとはいえないこ とから, 本件国際出願は法184条の4第3項の規定により取り下げられたものとみなされ,同期間の経過後にされた国内書面に係る手続は,特許庁に係属していない出願に対して行われた不適法な手続であることから,法18条の2第1項の規定により却下すべきものである旨の通知をした。エ 特許庁長官は, 原告から平成29年10月4日付けの弁明書の提出を受け た後,平成30年3月28日付け(同月30日発送)の手続却下の処分と題する文書(甲3)により,原告に対し,以下の理由により,法18条の2第1項の規定に基づき上記国内書面に係る手続を却下する旨の処分(以下本件却下処分という。)をした。 (ア)BP社がRPLLPに対して本件国際出願の国内移行手続の期間管理 を委任していたとは認められないので,BP社自身が,自らの責任において, 国内書面提出期間の徒過を回避するために相応の措置を講じる必要があったところ,本件では,BP社において,期間徒過を回避するための相応の措置が講じられていたとは認められない。 (イ)仮に, BP社がRPLLPに対して本件国際出願の国内移行手続の期間 管理を委任していたとしても,RPLLPのD弁護士において,国内書面提出期間の徒過を回避するための相応の措置が講じられていたということはできない。 オ 原告は, 平成30年6月29日付けの 行政不服審査法による審査請求書 と題する文書(甲4)により,特許庁長官に対し,本件却下処分について審査請求(以下本件審査請求という。)をし,本件審査請求の審理員に対し,同年12月3日付けの反論書(甲8)を提出した。 カ 特許庁長官は, 本件審査請求の審査員の平成31年2月5日付けの審理員 意見書(甲6。以下本件審理員意見書という。)による本件審査請求は棄却するのが相当である旨の意見及び行政不服審査会の同年3月29日付 けの答申書(乙2)による本件審査請求は棄却すべきである旨の諮問に係る判断は妥当である旨の答申を受け,同年4月10日付けの裁決書(甲5)により, 本件審査請求を棄却する旨の裁決(以下本件裁決という。)をし,同裁決書の謄本は,同月12日に原告に送達された。 本件裁決の理由(本件審理員意見書の第3を引用)は,要旨,以下のとお りである。 (ア)審査請求人(原告)の主張を考慮しても,RPLLPのE弁護士が国内書面提出期間の徒過を回避するために相当な注意を尽くしていたということはできない(仮に,同弁護士が業務を遂行できない状況にあったとすれば,RPLLPには,知的財産部門の責任者である同弁護士の業務等を 代替する者を設けることが求められているというべきであるが,こうした措置は講じられていない。)。 (イ)RPLLPにおいては,担当部署間において本件国際出願の国内移行手続に関する事務を引き継ぐ場合には,確実に引き継がれるよう必要な措置を講じることが求められるところ,E弁護士が平成28年8月8日付け電 子メールに応答しなかったにもかかわらず,コーポレート部門から同氏に対する引継ぎの確認は行われておらず,コーポレート部門と知的財産部門との間において必要な措置が講じられておらず,このような観点からしても, RPLLPが国内書面提出期間の徒過を回避するために相当な注意を尽くしていたということはできない。 (ウ)結論として,一件記録を精査しても,本件国際出願の国内移行手続を受任していたRPLLPが,国内書面提出期間の徒過を回避するために相当な注意を尽くしていたことを認めるに足りる証拠はない。 キ 原告は,令和元年10月11日,当裁判所に対し,本件訴訟を提起した。 (3)本件国際出願に係る国内書面提出期間の徒過に至るまでの経緯ア BP社による特許を受ける権利等の買収 (ア)BP社は,平成27年12月22日,RPLLPとの間で,BP社の知的財産資産獲得における事業戦略に関し,RPLLPがBP社を代理する旨の委任契約をし,平成28年2月から,本件国際出願の特許を受ける権利等の原告からの買収案件にRPLLPを関与させた。(甲9,14,22) (イ)原告は,平成28年6月21日,BP社との間で,その名称をIL-21に特異的な結合性分子およびその使用とする発明について,本件特許出願に係る特許を受ける権利を含むあらゆる原告の権利,権原及び利益(関係者からはIL21資産又はMEDI7169などと呼ばれ ている。以下,総称して本件知財資産という。)を譲渡等する旨の契約を締結した。(甲20) (ウ)上記譲渡契約に基づく米国商標特許庁に対する譲渡書類の届出に関し,B氏は,平成28年6月29日,RPLLP(D弁護士)に依頼し(甲9添付書類A),同弁護士は,同年7月18日,A氏とも協議しつつ,同庁に対する手続を行った(甲9(甲9の2,2頁),甲16添付書類G)。イ 知財資産の管理に関する原告,BP社及びRPLLP間のやりとり(平成28年8月8日まで) (ア)B氏は,平成28年6月24日午後4時16分,C弁護士に対し,本件知財資産の管理に関する提案を要請する電子メール(甲16添付書類A,甲22添付書類C)を送信した。 これに対し,同弁護士は,同日午後5時14分,E弁護士と協議して返答する旨の電子メール(甲16添付書類B,甲22添付書類D)を返信した。 (イ)原告のF氏(以下F氏という。)は,平成28年6月29日午前11時16分,BP社の事業開発部副部長のG氏(以下G氏という。)に対し, BP社が本件知財資産の知財顧問としてどの事務所に依頼するの かを尋ねる電子メール(甲9添付書類B,甲16添付資料E,甲22添付書類G)を送信した。 これに対し,G氏は,同日午前11時59分,F氏に対し,RPLLPが担当し, 同事務所のD弁護士が追って対応することを伝える電子メール (甲9添付書類B,甲16添付資料E,甲22添付書類H)を返信した。 G氏の上記メールに関し, D弁護士は, 同日午後0時7分, 同氏に対し, 「お手すきの際に,これが何に関して/何がされなければならないのかを明確に説明していただけますでしょうか。」 との電子メール(甲9添付書類B,甲22添付書類I)を送信したところ,G氏は,同日午後0時35分,「本日お話ししたBP/Medi特許譲渡に関してだと認識しています。」 との電子メール(甲9添付書類B,甲22添付書類J)を返信したが,続いて,B氏は,同日午後0時44分,D弁護士及びG氏に対し,初期届出がなされなければなりません。D弁護士のメールに対しRPLLPが届出をするよう今朝お願いしました。7169の継続的知財管理についてはさらなる議論が必要です。C弁護士とE弁護士が草案を作成中です。 と記載された電子メール(甲9添付書類B,甲22添付書類K)を送信した。 (ウ)RPLLPのC弁護士は,平成28年7月6日,B氏に対し,E弁護士が検討した本件知財資産の知財管理の草案を送付する電子メール(甲16添付書類F,甲22添付書類L)を送信したところ,同月27日午後4時 44分,B氏から,上記草案の内容に同意する旨の電子メール(甲14添付書類A,甲16添付書類I,甲22添付書類P,甲31添付書類A)を受信したが,同日午後4時46分,同氏から,同メールを撤回する旨の電子メール(甲14添付書類B。以下本件撤回メールという。)を受信した。 これに対して,C弁護士は,B氏に対し,明確な説明を求める電話や電子メールをしなかった。(甲14) ウ 平成28年8月8日のやり取り (ア)A氏は,平成28年8月8日午前11時58分,B氏及びD弁護士に対し,個別に,本件国際出願を含む本件知財資産の特許関連書類(以下本件ファイルという。)が格納されたドロップボックスのリンクをD弁護 士に知らせる電子メール(ただし,同メールには,同資産について,MEDI7169ではなくMEDI7734と記載されている。甲9添付書類F,甲10添付書類D・E,甲16添付書類J,甲22添付書類Q,甲31添付書類D)を送信した。 同各電子メールには, D弁護士宛てのメッセージとして このメールで,MEDI7734に対する全ての知財審査過程遂行関連書類を含むBoxフォルダへのリンクを提供します。これらの書類にアクセス可能であることをご確認ください。…近づいている期限としてはPCT出願の30ヶ月国内以降期限が2015年10月8日です。…Medimmuneはこれらの出願の特許審査過程の遂行に対して一切の責任を負わず,ファイルを閉鎖することをご承知おきください。と記載されている。(イ)D弁護士は,上記電子メールを受けて,同日午後0時5分,C弁護士に対し,原告が本件ファイルの移管を開始したようだが,どのように進めればよいか指示を仰ぐ電子メール(甲9添付書類C,甲10添付書類A,甲31添付書類B)を送信した。 これに対し,C弁護士は,同日午後0時21分,D弁護士に対し,RPLLPが引き受けたと仮定しましょう。B氏から確認のメールを受信し,その後B氏はメールを撤回しようとしましたが,ご存じのとおり,実際にはそのようにはなりません。追信を待っていましたが結局来ませんでした。E弁護士と協働してください。などと記載された電子メール(甲9添付書類C,甲10添付書類A,甲31添付書類B)を返信した。 (ウ)D弁護士は,同日午後0時37分,E弁護士に対し,上記A氏からのメールを添付し,宛先のカーボンコピーにC弁護士を入れて, 「原告がBP社への本件ファイルの移管を開始したことを報告します(添付メール参照)。…E弁護士がファイルをレビューした際にA氏から何か必要である場合のために紹介しておこうと思います。」 などと記載された電子メール(甲9添付書類D,甲10添付書類B,甲11添付書類E,甲31添付書類C)を送信した。 これに対し,E弁護士から,D弁護士に宛て,同日から同月22日まで事務所を不在にし,その間,メール又は留守番電話へのアクセスは制限されるので, 迅速な対応が必要な場合には補助者宛てに連絡してほしい旨の 記載された自動不在通知メール(甲9添付書類E)が送信された。E弁護士の補助者とパラリーガルは,E弁護士宛てのメールをモニタリングしていた(甲17)ところ,同補助者は,同日,上記メールを赤のカテゴリーに分類し,フラグを付した。 (エ)B氏は,同日午後1時23分,D弁護士に対し,上記A氏からのメール を受け取ったか確認する電子メール (甲9添付書類F, 甲16添付書類J, 甲22添付書類R) を送信したところ, 同弁護士は, 同日午後1時32分, 上記A氏からのメールを受け取ったことを確認し,E弁護士も宛先とする予定である旨を記載した電子メール (甲9添付書類F, 甲16添付書類J, 甲22添付書類S)を返信した。 (オ)D弁護士は,同日午後6時39分,A氏に対し,宛先のカーボンコピーにB氏,C弁護士,E弁護士を入れて,以下に共有されたフォルダにアクセスできたことをお知らせします。また,追ってこれらの資料をレビューする当所の特許顧問であるE弁護士を紹介したいと思います。なお,以下ではMEDI7734に言及されていますが,これらの書類がMEDI7169に関連する書類であることをご確認頂けますでしょうか。などと記載され, この記載の後に上記A氏からのメールが引用された電子メー ル(甲9添付書類G,甲11添付書類F,甲16添付書類K,甲22添付書類T,甲31添付書類D)を送信した。 E弁護士の補助者は,上記メールを赤のカテゴリーに分類し,フラグを付した。(甲17) エ E弁護士のインドへの帰国及びその後の経緯 (ア)E弁護士は,平成28年8月8日から同月20日,父の死亡による葬儀のためにインドに滞在しており,同月23日までにはRPLLPの事務所に戻り仕事に復帰したものの,その後も,国内書面提出期間の末日である同年10月11日までに,D弁護士からの同年8月8日付けメールを見る ことはなかった。(甲9,11,29) (イ)D弁護士は,同年8月8日以降,国内書面提出期間の末日までに,E弁護士やその補助者等に連絡を取ることはなかった。(甲10) (ウ)D弁護士とE弁護士は,同年10月17日,事務所内で会話をしたのをきっかけに,国内書面提出期間の徒過に気づいた。C弁護士は,同月18 日, E弁護士から, 同期間が徒過していることを伝えられ, B氏に対して, その旨を伝えた。その後,E弁護士は,同月20日から同月24日にかけて,B氏に対し,国内書面提出期間の徒過の救済手続について集めた情報等を伝える電子メール(甲22添付書類X)を送信した。(甲9~11,14,22,31) (エ)B氏は,同月24日午前11時56分,C弁護士及びE弁護士に対し,本件ファイルに関する全ての知財活動を別の法律事務所に移管することを要請する電子メール(甲22添付書類Y)を送信し,同月25日午後8時48分,E弁護士から,同要請に従い本件ファイルを移管することを伝える電子メール(甲22添付書類Y)を受信した。 3争点 (1)法184条の4第4項所定の正当な理由の有無(本件却下処分の違法の有無) (2)本件裁決の理由付記の不備の有無(本件裁決の違法の有無)第3争点に関する当事者の主張 1争点(1)(法184条の4第4項所定の正当な理由の有無(本件却下処分の 違法の有無))について (原告の主張) 法184条の4第4項所定の正当な理由は,第三者の監視負担に配慮しつつ実効的な救済を確保できる要件として,特許法条約12条のDueCare(相当な注意)基準を採用したものであることを考慮すると,法184条の4第4項 所定の正当な理由があるときは,特段の事情のない限り,出願人(代理人を含む。)として,相当な注意を尽くしていたにもかかわらず,客観的にみて国内書面提出期間内に明細書等翻訳文を提出することができなかったときをいうと解される(知財高判平成29年3月7日・判時2363号79頁)。これを本件についてみると,以下のとおり,本件国際出願の国内移行手続に関 する期間管理の責任を負っていたRPLLPにおいて,相当な注意を尽くしていたにもかかわらず, 客観的にみて国内書面提出期間内に明細書等翻訳文を提出す ることができなかったのであるから,原告には,同期間を徒過したことについて法184条の4第4項所定の正当な理由があったというべきである。(1)RPLLPによる本件国際出願の国内移行手続の受任 RPLLPは,以下のとおり,遅くとも平成28年8月8日までに,BP社から本件国際出願の国内移行手続を受任し,国内書面提出期間の管理を引き受けていたので,同期間の管理責任は,RPLLPのみにあり,BP社にはなかった。 ア RPLLPが国内書面提出期間の管理を引き受けていたことは,以下のとおり,電子メールのやり取りを含む関係者の行動に照らし,明らかである。 (ア)本件知財資産の管理の委託先に関するBP社の意向確認 BP社は,平成28年6月29日,本件知財資産の知財顧問としてどの事務所に依頼をするかを原告に尋ねられ,D弁護士を宛先に加えた上で,RPLLPが担当する旨をメールで回答している(前記前提事実(3)イ(イ))。 (イ)本件知財資産の管理に関する提案に対するBP社の同意 RPLLPのC弁護士は,B氏から,本件知財資産に関する知財サービスの草案を要請され,平成28年7月6日に同草案を送付したところ,B氏は,同月27日,C弁護士に対し,同草案の内容に同意する旨の電子メールを送信した(前記前提事実(3)イ(ウ))。 なお,B氏からは,その直後に,送信した電子メールを撤回する旨のメール (本件撤回メール) が同弁護士に送信されているが (前記前提事実(3) イ(ウ)),これは,B氏が意図して送ったものではない上,関係者らは,その後も取引を継続しているので,同メールは,RPLLPが国内書面提出期間の管理を引き受けたことにつき,何ら影響を与えるものではない。 本件撤回メールが送信されたのは,B氏が電子メールを送信するのに使用していたMicrosoftのoutlookの直近の電子メールインターフェースに設けられているResendandRecallのボタンを誤ってクリックしたためであると考えられる。 (ウ)RPLLPに対する本件ファイルの移管 A氏は,平成28年8月8日,D弁護士及びB氏に対し,個別に,本件ファイルが格納されたドロップボックスのリンクを知らせる電子メールを送信し(前記前提事実(3)ウ(ア)),本件ファイルの移管が完了した。BP社の適切な指示がなければ, 原告からRPLLPに対して本件ファイル の移管が行われるはずがないので,BP社がRPLLPに委任する意思の下,原告に指示したことは明らかである。 (エ)本件ファイルの移管に関するBP社の認識及び行動 本件ファイルの移管後,RPLLPのD弁護士は,本件ファイルへのアクセスができた旨の確認メールをA氏及びB氏に送っているが,同弁護士は,その前に,B氏に対して,A氏からのメールを受信したことを報告するとともに, RPLLPの特許顧問であるE弁護士を原告に紹介したい旨 の連絡をしている(前記前提事実(3)ウ(エ)(オ))。 このように,B氏は,原告がRPLLPに対して本件知財資産の移管を行おうとしていることを認識していたのであるから,BP社がRPLLPに委任する意思がなければ,RPLLPに対して,何らの行動もとらないことを指示し,又は,RPLLPが受任者としての行為をすることを容易 に止めることができた。 しかし,B氏は,本件ファイルの移管に異議を唱えず,むしろ,D弁護士に原告からのメールを転送し,同メールを受信したかどうかを積極的に確認している(前記前提事実(3)ウ(エ))。 以上のBP社の行動に照らすと,同社が本件知財資産の管理をRPLL Pに委任していたことは明らかである。 (オ)本件ファイルの移管に関するRPLLPの認識及び行動 また,RPLLPの側も,本件撤回メールが真意ではないとした上で,平成28年8月8日,D弁護士からE弁護士に宛てて,原告から本件ファイルの移管があったことを通知した上で,A氏及びB氏に対し,本件ファ イルの移管を確認した旨を連絡し,併せてE弁護士を紹介し,同弁護士がファイルをレビューすることなどを伝えている(前記前提事実(3)ウ(イ)~(オ))仮に, 。 RPLLPがBP社からの委任の有無に疑義を抱いていたの であれば, 原告からのファイル移管の際にBP社に確認をすることもでき たが,RPLLPはそのような行動をとっていないことに照らすと,RPLLPの側もBP社から国内書面提出期間の管理の委任を受けたと認識していた。 (カ)平成28年8月8日以降のRPLLPの行動 E弁護士は,平成28年10月17日,D弁護士との会話の後すぐに,同僚に対し, 日本を含む様々な地区の外国弁護士に国内書面提出期間の徒 過等の救済手続に関してアドバイスを求めるよう要請し,さらに無償で他の国内移行手続の期限についても確認した。また,C弁護士は,同月18 日,B氏に対し,同期間を徒過したことを通知している。 このようなRPLLPの行動に照らすと,RPLLPが同期間の管理を受任しており,同期間の徒過について責任があると認識していたことは明らかである。 イ 本件審理員意見書(甲6)にも本件国際出願の国内移行手続を受任していた本件LLPがとの記載があり,本件審査請求の審理員も国内書面提出期間の管理責任がRPLLPにあることを認めている。 そして, 本件裁決 (甲 5)の判断は,本件審査請求の審理員の意見に沿ったものであるから,特許庁長官も本件国際出願の国内移行手続の期間徒過を回避すべく相応の措置を講ずべき者はRPLLPであることを認めている。 (2)国内書面提出期間の徒過に正当な理由があること RPLLPのD弁護士及びE弁護士は,いずれも,本件国際出願に係る国内書面提出期間の徒過を回避するために相当な注意を尽くしているので,同期間の徒過については法184条の4第4項所定の正当な理由がある。ア コーポレート部門(D弁護士)の対応 (ア)D弁護士は,平成28年8月8月,E弁護士に対し,原告から本件ファイルの移管があったことを通知し,必要に応じて原告の担当者と連絡を取るよう具体的に指示するとともに,A氏及びB氏に対し,本件ファイルへのアクセスが可能となったことを確認し,知的財産部門のE弁護士を紹介しているのであるから,D弁護士の所属するRPLLPのコーポレート部門から知的財産部門への国内書面提出期間の管理に関する伝達は適切に 行われた。 (イ)D弁護士のE弁護士に対する平成28年8月8日付けの本件ファイルの移管を知らせる電子メールについては,E弁護士から自動不在通知が返信され,その後,D弁護士は,E弁護士やその補助者に同電子メールの受信確認を行っていないが,それは,E弁護士が仕事に復帰するのが同月2 3日の予定であり, 本件国際出願の国内書面提出期間の末日までには1か 月以上の期間があることや,E弁護士が特許分野において25年以上ものキャリアを有していることを考慮して,緊急にE弁護士に連絡を取る必要がないと考えたからである。 また,RPLLPでは,期限徒過を防止するため,弁護士の補助者等が 弁護士の受信メールを毎日モニタリングしており,実際,E弁護士の補助者は,このプラクティスに従って,D弁護士からの同月8日付けの電子メールにフラグを立てていたので (前記前提事実(3)ウ(ウ)(オ))D弁護士が , E弁護士にその受信確認を行う必要はなかった。 このため,D弁護士の取った行動は,RPLLPのコーポレート部門と 知的財産部門との間での一般的な手順に従ったものであり,合理的なものであった。 イ 知的財産部門(E弁護士)の対応 (ア)E弁護士は,平成28年8月8日から同月22日までの間,父の葬儀へ の準備・参加のためにインドにいたことから,D弁護士からの同月8日付けの2通のメール (前記前提事実(3)ウ(ウ)(オ)) を読むことができず, その 後にRPLLPに戻り仕事復帰した後も,父の死で深い悲しみに暮れていたことから,同各電子メールを読み落とした。 RPLLPでは,電子メールの読み落としを防ぐため,弁護士の補助者が弁護士に送信される電子メールの内容を常時モニタリングしており,実際,E弁護士の補助者は上記メールにフラグを付していたのであるから,E弁護士は,通常の状況であれば,同各メールを読み落とすことはなかったが, 同弁護士の最愛の父の死及びそれに伴う宗教上の行事への参加という特殊な事情が生じたため,上記各メールの読み落としという想定し得ない事態が生じたものである。 このように,本件において,上記各メールの読み落としという想定し得ない事態が生じたのは,E弁護士の補助者が上記メールにフラグを付すなど, 同各メールの読み落としを防ぐための相当の注意を尽くしていたにもかかわらず,E弁護士の父の死及びそれに伴う宗教上の行事への参加という特殊な事情が生じたことによるものであるから,RPLLPは,本件国 際出願の国内提出期間内に明細書等翻訳文を提出することは客観的にみてできなかったというべきである。 (イ)RPLLPは, 父の死の悲しみに暮れるE弁護士に代わって新たな責任 者を設けるという措置を講じていないが, E弁護士が特許分野において2 5年以上ものキャリアを有していたことを考慮すると,RPLLPにおい てE弁護士が父の死によってフラグ付けされた電子メールを読み落とすということは想定できなかった。実際,E弁護士は,父を失った悲しみなどから電子メールを適切にレビューすることができなかった平成28年8月8日頃以外は,正常な行動を取っていた。 また,RPLLPは,平成28年当時,約1200名ものスタッフを抱 える超大規模法律事務所であり,各スタッフの近親者の生死を全て把握するということはできないし,各スタッフに近親者の生死の報告を求めることもできない。さらに,近親者の死亡による影響は個人差がある。このように, E弁護士が本件国際出願の国内移行手続ができない状態に あったということは外部から認識できなかったのであるから,RPLLPがE弁護士の代わりに新たな責任者を設けなかったことをもって,法184条の4第4項所定の正当な理由が失われることはない。 (被告の主張) 法184条の4第4項所定の正当な理由があるときとは,原告の主張するとおり,特段の事情のない限り,出願人(代理人を含む。)として,相当な注意を尽くしていたにもかかわらず,客観的にみて国内書面提出期間内に明細書等翻 訳文を提出することができなかったときをいうと解するのが相当である。しかし,本件経緯等からは,出願人側において国内書面提出期間の徒過を回避するために相当な注意を尽くしていたにもかかわらず,客観的にみて同期間内に明細書等翻訳文を提出することができなかったとは認められず,かつ,E弁護士が父の死による精神的ダメージを受けたことをもって,同期間の徒過を回避する のが困難な特段の事情があったとも認められないから,同期間内に明細書等翻訳文が提出できなかったことについて法184条の4第4項所定の正当な理由があるということはできない。 (1)RPLLPによる本件国際出願の国内移行手続の受任の有無について本件において, RPLLPが本件国際出願の国内移行手続を受任していたと 認めることはできないので,その国内書面提出期間の管理について相当な注意を尽くすべき者は,RPLLPではなく,BP社であるところ,同社が同期間の徒過を回避するために相当な注意を尽くしていたということはできない。すなわち,B氏は,一度,C弁護士に対し,本件知財資産に関する知財サービスの草案に同意する旨の電子メールを送信し,本件国際出願の国内移行手続 を依頼するも,すぐに本件撤回メールにより,上記依頼を撤回している。そして,その後も,上記移行手続について,BP社がRPLLPに依頼する旨の意思表示をした事実やRPLLPがBP社に受任する旨の意思表示をした事実はいずれも確認できない。 したがって, BP社がRPLLPに本件国際出願の国内移行手続を委任して いたとは認められない。 (2)BP社の対応について 本件国際出願の国内書面提出期間の徒過に至ったのは,BP社が本件国際出願の国内移行手続に関し,RPLLPに対して明確な意思表示をしなかったことが大きな原因の一つになってBP社とRPLLPとの間で委任の有無について認識の齟齬が生じ,同期間の管理がされなかったということにある。 すなわち,C弁護士の宣誓書(甲14)には,C弁護士は,RPLLPがBP社から正式に本件国際出願の国内書面提出期間の管理の委任を受けていないとの認識であった旨の記載があるのに対し,B氏の宣誓書(甲16)には,BP社においては,その国内移行手続の管理をRPLLPに委任したことは決定済みであるとの認識であった旨の記載がある。また,原告が提出した回復理 由書(乙1)にはBP社は,ROPESLLPに対し既に本PCT出願の国内書面提出にかかる手続を依頼済みであると認識していました。他方で,ROPESLLPは未だBP社から同手続についての正式な依頼を受けていないと認識していたため,本件の期限徒過が生じてしまいました。との記載がある。 以上によれば,BP社とRPLLPとの間で委任につき認識の齟齬があったことは明らかであり,本件国際出願の国内書面提出期間の徒過が生じたのは,結局のところ,BP社とRPLLPの両者において,委任の有無に関する確認が不十分であったということに帰するので,このような状況を招来したBP社が同期間の管理について,相当な注意を尽くしていたとはいえない。 (3)原告の主張を前提とした場合の正当の理由の有無について 仮に,RPLLPが本件国際出願の国内移行手続を受任していたとしても,RPLLPは国内書面提出期間の徒過を回避するために相当な注意を尽くしていたとはいえない。 ア コーポレート部門(D弁護士)の対応について RPLLPは,法律事務・知財事務等を取り扱う大規模な有限責任事業組 合であり, 担当者1名に生じた事情によって引継ぎが困難となる事情は見当 たらず,また,国内書面提出期間内に明細書等翻訳文の提出がないという事態が取下擬制(法184条の4第3項)という重大な結果を生じさせるものであることを十分認識していたはずであるから, 本件国際出願の国内移行手 続が確実に担当部署ないしは担当者に引き継がれるよう必要な措置を講じ るべきであった。 しかし,E弁護士には,コーポレート部門のC弁護士からD弁護士への電子メールによる指示の内容が共有されていなかった。そうすると,D弁護士からE弁護士に宛てた平成28年8月8日付けの2通の電子メールの内容のみをもって,直ちに,E弁護士において,自らが担当者となって国内書面 提出期間の管理をすべきことになったことを認識することができたとはいえず,E弁護士への確実な引継ぎを行ったということはできない。現に,E弁護士の補助者やパラリーガルの各宣誓書(甲17,18)によれば,D弁護士の上記各メールは,RPLLPの知的財産部門において,本件国際出願の国内移行手続の指示とは受け取られていなかったことは明ら かであり,そのために知的財産部門が,上記各メールを受付弁護士補助者に送信せず,本件国際出願を新規案件として扱うことはなかった。 そして,RPLLPのコーポレート部門は,上記各メールをE弁護士に送信した以外には, 知的財産部門に対し何ら明確な指示や引継ぎを行っておら ず, E弁護士ほか知的財産部門に対して進捗状況の確認なども一切していな い。 したがって,RPLLPが,国内書面提出期間の徒過を回避するべく,本件国際出願の国内移行手続が担当部署又は担当者に確実に引き継がれるよう必要な措置を講じていたとは認められない。 イ 知的財産部門(E弁護士)の対応について (ア)本件において, RPLLPがBP社から本件国際出願の国内移行手続を 受任していたのであれば,RPLLPはその国内書面提出期間の徒過を回 避するために相当な注意を尽くすべき者であり,RPLLP内での担当者が知的財産部門のE弁護士であったとすれば,E弁護士において同期間の徒過を回避するために相当な注意を尽くすことが求められる。 本件においては,仮に,E弁護士において,その父の急死のため,平成28年8月8日から同月20日までの間インドに滞在し,その後も悲嘆に 暮れていたとしても,帰国してから上記期間が満了するまでの約1か月半の間に,E弁護士の補助者がフラグ付けした電子メールの内容を確認し,必要に応じてコーポレート部門に確認をするなどして本件国際出願の国内移行手続をすることが,客観的に困難であったとは認められない。そうすると,E弁護士が上記期間の徒過を回避するために相当な注意を 尽くしていたとは認められない。 (イ)原告は,E弁護士が本件国際出願の国内移行手続ができない状態にあったということは外部から認識できない以上,RPLLPがE弁護士の代わりに新たな責任者を設けることで,国内書面提出期間の徒過を回避することは不可能であったと主張するが,大規模な事務所であるRPLLPにお いて, E弁護士以外の者によって本件国際出願の国内移行手続に係る業務が不可能であったなどという状況は認められない。 2争点(2)(本件裁決の理由付記の不備の有無(本件裁決の違法の有無))について (原告の主張) 本件裁決には固有の瑕疵があるから,違法である。 裁決の固有の瑕疵(行訴法10条2項)としては,裁決の主体,手続,形式の違法に関する事由などがあるが, 裁決書において理由の付記がないことも上記瑕 疵に含まれる。 本件裁決は,本件審査請求の審理員の意見に沿って判断しているが,法184条の4第4項所定の正当な理由があることについて,本件審査請求の審査庁は,証拠や事実の調査,評価及び検討を十分に行っていないので,本件裁決には理由付記の不備の瑕疵があるというべきである。 (被告の主張) 本件裁決には固有の瑕疵がないから,適法である。 本件裁決の取消しを求める本件訴訟においては,原処分主義(行訴法10条2項)が妥当し,本件裁決の固有の瑕疵のみを主張し得るのであり,本件却下処分の違法事由を主張することができない。 しかるに,本件裁決に理由付記の不備があるとの原告の主張は,原処分の違法事由をいうにすぎないものであり,本件裁決固有の瑕疵をいうものではないので, 原告の主張は,本件裁決の取消しを求める請求原因としては,それ自体失当である。 本件裁決は,行審法の規定に沿った手続で行われ,本件裁決の裁決書(甲5)には,行審法50条1項各号所定の事項が記載され,特許庁長官による記名押印もあるから,本件裁決の裁決主体の瑕疵,審理手続の瑕疵及び裁決の形式等の形 式面の瑕疵はなく, 本件裁決の固有の瑕疵の存在を基礎付けるような事情は存在 しない。 第4当裁判所の判断 1争点(1)(法184条の4第4項所定の正当な理由の有無(本件却下処分の違法の有無)について (1)正当な理由の意義 法184条の4第3項により取り下げられたものとみなされた国際特許出願の出願人は, 国内書面提出期間内に当該明細書等翻訳文を提出することがで きなかったことについて正当な理由があるときは,その理由がなくなった日から2月以内で国内書面提出期間の経過後1年以内に限り,明細書等翻訳文等の翻訳文を特許庁長官に提出することができる(同条の4第4項)。同項が定める 正当な理由 があるときとは, 国際特許出願を行う出願人 (代理人を含む。 ) として,相当な注意を尽くしていたにもかかわらず,客観的にみて国内書面提出期間内に明細書等翻訳文を提出することができなかったときをいうものと解するのが相当である(知財高裁平成29年3月7日判決・判時2363号79頁)。 (2)RPLLPによる本件国際出願の国内移行手続の受任の有無について本件国際出願の国内移行手続について,原告は,遅くとも平成28年8月8日までに,RPLLPがBP社から受任し,国内書面提出期間の管理も引き受けていたと主張する。 ア しかし, 前記前提事実(3)ア(ア)ないし(ウ)によれば, RPLLPは, 本件知 財資産の譲渡契約の締結に関与し,BP社の委託を受けて,譲渡書類の届出を行ったものの,他方,同イ(イ)(ウ)によれば,BP社の最高業務責任者であるB氏は,平成28年6月29日,D弁護士らに対し,本件知財資産の継続的管理を依頼するかどうかについては更なる議論が必要である旨を伝え,加 えて,同年7月27日,C弁護士に対し,RPLLPの提案した同資産の知 財管理草案に一度は同意する旨の電子メールを送信したものの, その直後に, これを撤回する旨の連絡(本件撤回メール)を送信したとの事実が認められる。そして,その後,BP社とRPLLPとの間で,本件知財資産の継続的な管理についての議論がされ,あるいは,BP社からRPLLPに対して本件国際出願の国内移行手続を明示的に委託する旨の連絡がされたことをう かがわせる証拠はない。 以上によれば,本件において,BP社が本件国際出願の国内移行手続をRPLLPに対して委任したと認めるに足りる証拠はない。 イ また,前記前提事実(3)ウ(イ)によれば,RPLLPのC弁護士は,平成28年8月8日,D弁護士からの照会に対し,本件国際出願に係る特許を受ける権利を含む本件知財資産の管理について 「RPLLPが引き受けたと仮定しましょう。…B氏はメールを撤回しようとしましたが,ご存じのとおり,実際にはそのようにはなりません。追信を待っていましたが結局来ませんでした。」 と回答しているが,これは,C弁護士が,その時点において,RPLLPがBP社から依頼を受けるに至っていないとの認識を有していたことを示すものであるということができる。また,本件において,D弁護士の所属するコーポレート部門から知的財産 部門に対して, 本件国際出願の国内移行手続を進めるようにとの明示的な指 示がされたことを示す証拠はなく,知的財産部門においても,本件知財資産管理の移管がされたことを前提とする手続(コンフリクトチェック,パラリーガルに対する移入の通知,処理予定管理表への期限の入力等)はとられていない(甲11,17)。 そうすると,RPLLPの側においても,本件国際出願の国内移行手続をBP社から依頼されたとは認識していなかったと認めるのが相当である。ウ 以上によれば,本件国際出願の国内移行に関する期間管理の責任を負っていたのはBP社であるというべきところ,同社は,本件国際出願の国内書面 提出期間を認識していたにもかかわらず(前記前提事実(3)ウ(ア)),国内書面提出期間の徒過を回避するための必要な措置を何ら講じることなく,同期 間を徒過させたものであって, 同期間の徒過を回避するのが困難な特段の事 情があったとも認められない。 したがって, BP社が同期間内に明細書等翻訳文が提出できなかったこと について法184条の4第4項所定の正当な理由があるということはできない。 エ これに対し,原告は,本件国際出願の国内移行手続をRPLLPがBP社から受任した根拠として,①BP社は,平成28年6月29日,本件知財資産の知財顧問としてRPLLPに依頼をする旨をA氏に伝えていること,② BP社は, 本件知財資産の管理に関するRPLLPの草案に同意しているこ と,③原告からRPLLPに対して本件ファイルが移管され,それをBP社もRPLLPも認識していたこと, ④RPLLPが本件国際出願の国内書面 提出期間の徒過についての責任を認めていることなどを挙げる。 (ア)しかし,前記前提事実(3)イ(イ)によれば,上記①の連絡は,BP社のG氏が平成28年6月29日午前11時59分に原告のF氏に対して宛て た電子メールによるものであるが,BP社の最高業務責任者であるB氏が,同日午後0時44分,RPLLPのD弁護士等に対し,本件知財資産の継続的管理を依頼するかどうかについては更なる議論が必要である旨を伝える電子メールを送信していることは,前記判示のとおりである。これによれば,BP社は,同日の時点において,本件知財資産の管理を RPLLPに依頼するとは決定していなかったと認めるのが相当であり,G氏の上記電子メールを根拠にして,BP社がRPLLPに対して本件国際出願の国内移行手続を委任したと認めることはできない。 (イ)原告は,B氏は,本件知財資産の管理に関するRPLLPの草案に同意していたと主張するが,前記前提事実(3)イ(ウ)のとおり,B氏は,上記草 案の内容に同意する旨の電子メールを送信した直後に,同メールを撤回する旨の電子メール(本件撤回メール)を送信しているとの事実が認められる。そして,その後,B氏が,RPLLPに対し,本件撤回メールが誤送である旨の連絡をしたなどの事実は認められず,BP社とRPLLPとの間で上記草案についての議論がされた形跡もない。 そうすると,B氏がRPLLPの作成した上記草案に同意していたと認めることはできないというべきである。 (ウ)原告は,原告からRPLLPに対して本件ファイルが移管され,それをBP社もRPLLPも認識していたことを本件国際出願の国内移行手続をBP社がRPLLPに委任した根拠として挙げるが,原告が本件ファイルの移管に際し,BP社に加えて,RPLLPに同ファイルへのアクセスを許容したとしても,そのことから直ちに,本件国際出願の国内移行手続 をBP社がRPLLPに委任したということはできない。 BP社が同手続をRPLLPに委任したかどうかは, BP社とRPLL Pとの電子メールのやり取りその他の事情も考慮して認定すべきところ,BP社からRPLLPに対して本件国際出願の国内移行手続を明示的に委任する旨の連絡がされたことがなく, 両者間の電子メールのやり取りを 総合しても, かかる委任がされたと認められないことは前記判示のとおり である。 (エ)原告は,RPLLPが本件国際出願の国内書面提出期間の徒過についての責任を認めていることも上記委託の根拠として挙げるが,このような事後の事情は, BP社とRPLLPの委託関係の有無を直接的に推認し得る 事情ではなく,上記の結論を左右しない。 (オ)以上のとおり,原告の上記主張は採用し得ない。 (3)原告の主張を前提とする場合の正当の理由の有無について 上記(2)のとおり,本件国際出願の国内移行に関する期間管理の責任を負っていたのはBP社であるというべきであるが,仮に,原告の主張に基づき,RPLLPが本件国際出願の国内移行手続を受任していたとしても,以下のとおり,RPLLPには国内書面提出期間の徒過について正当の理由があるということはできない。 ア コーポレート部門の対応について (ア)本件において,本件知財資産に関する案件を担当し,BP社と直接的なやり取りをしていたのは,パートナー弁護士であるC弁護士及びアソシエイト弁護士であるD弁護士であるところ(甲9,10,14,16),RPLLPが本件国際出願の国内移行手続を受託したのであれば,まず,同部門を通じ, その受託内容の詳細についてBP社と打ち合わせるなどして 確定すべきところ,同部門の上記各弁護士がBP社との間において,その受託内容の詳細について協議している形跡がないことは前記判示のとおりである。 かえって,前記前提事実(3)イ(ウ)のとおり,C弁護士は,B氏から本件撤回メールを受け取ったにもかかわらず,本件知財資産の取扱いを他の法律事務所に依頼することを決定したのであれば,本件の取扱いをなぜRPLLP以外の事務所に依頼したかを説明させる困難な立場にB氏を追い詰めたくないとの理由から,本件撤回メールの趣旨をB氏に確認せず(甲14),その後も,本件国際出願の国内移行手続に関する受託内容の詳細をBP社と協議していないが,BP社との交渉窓口であるコーポレート部門としては, 同手続をBP社から受託したかどうかに疑義があるので あれば,その旨をBP社に確認し,BP社との間でその受託内容の詳細を協議した上で,知的財産部門とその情報を共有することは当然である。しかるに,同部門のC弁護士及びD弁護士は,同部門として行うべき上記の基本的な業務を行っておらず,その理由が客観的な状況からして合理的であるということもできない。 (イ)次に, RPLLPが本件国際出願の国内移行手続を受託したのであれば,コーポレート部門としては,実際の手続を担当する知的財産部門に明確な指示を与えることが必要となるところ,前記前提事実(3)ウ(ウ)(オ)のとおり,コーポレート部門のD弁護士は,原告からの本件ファイルの移管に関するメールの宛先に知的財産部門のE弁護士を加えるなどしているもの の,同弁護士に直接宛てた電子メールには,本件ファイルの移管が開始されたこと及びE弁護士をA氏に紹介することが記載されているにすぎず,これをもって, 本件国際出願の国内移行手続を行うように指示したとは理 解し得ない。RPLLPの知的財産部門においても,コーポレート部門から同手続の開始の指示があったことを前提とする手続はとられていないことは,前記判示のとおりである。 そうすると,RPLLPのコーポレート部門は,本件国際出願の国内移行手続を担当する知的財産部門に対し,同手続に必要な業務を開始するように明確な指示を与えるべきところ,適時に適切な指示を与えることを怠ったというべきである。 これに対し,原告は,D弁護士のE弁護士に対する平成28年8月8日 の2通の電子メールによる連絡により,コーポレート部門から知的財産部門への国内書面提出期間の管理に関する伝達は適切に行われたと主張するが,上記の理由から,原告の主張は採用し得ない。 (ウ)さらに,前記前提事実(3)ウ(ウ)のとおり,E弁護士が父の葬儀のためインドに帰国していたことから,D弁護士からE弁護士に宛てて送信された 電子メールに対しては,自動不在通知メールが返送されているところ,同メールにはE弁護士が平成28年8月8日から同月22日まで事務所を不在にする旨の記載があるので,D弁護士は,E弁護士が同月23日から事務所に復帰することを認識していたものと考えられる。しかるところ,D弁護士は,E弁護士が事務所に復帰してから本件国際出願の国内書面提 出期間の末日であると当時認識されていた同年10月8日までの間に,同弁護士に国内移行手続の開始や進捗状況について確認していない。その理由について,原告は,E弁護士の経験を信頼し,あるいはRPLLPにおいて弁護士の補助者等が弁護士の受信メールを毎日モニタリングする態勢が確立していたからであると主張するが,E弁護士が職場に復 帰して以来,何らの連絡もないのであるから,D弁護士としては,少なくとも,E弁護士に対して,本件国際出願の国内移行手続を知的財産部門が開始したこと,そして,本件国際出願の国内書面提出期間の期限が近づいてきた段階においてその進捗状況を確認すべきは当然である。 しかるに,D弁護士は,知的財産部門に対する上記の基本的な確認を行わなかったのであるから,その職責に照らし,本件国際出願の国内書面提出期間の徒過を回避するために相当な注意を尽くしたということはでき ない。 (エ)以上のとおり, RPLLPのコーポレート部門に属するC弁護士及びD 弁護士は, 本件国際出願の国内書面提出期間の徒過を回避するために相当 な注意を尽くしていたということはできず,そうせざるを得ないような特段の事情が存在したとも認められない。 イ 知的財産部門の対応について (ア)RPLLPの知的財産部門が本件国際出願の国内移行手続を開始しなかったことについては,BP社及びRPLLPのコーポレート部門の対応に照らし,やむを得なかったものと認められるが,E弁護士については, 同部門の共同代表を当時務めており,その不在中にD弁護士から本件ファイルの移管が開始した旨の電子メールを2通受領しており,しかも,そのメールには本件国際出願の国内書面提出期間の期限が記載されたA氏の電子メールが添付され,補助者によりフラグも付されていたのであるから,平成28年8月23日に事務所に復帰した後,同各メールに目を通した上 で,知的財産部門の対応について,D弁護士に確認又は協議すべき責務を負っていたというべきである。 しかるに,E弁護士は,上記各メールを読み落としたというのであるから, 本件国際出願に係る国内書面提出期間の徒過を回避することについて,その職務に求められる基本的な注意義務を尽くしたということはできな い。 (イ)これに対し, 原告は, E弁護士による上記各メールの読み落としは,E 弁護士の父の死及びそれに伴う宗教儀式への参加という特殊な事情により生じたものであると主張する。 しかし,同弁護士が父の死により精神的なショックを受けていたという事情を考慮しても, 特許分野において長年のキャリアを有する同弁護士が, 事務所に復帰し, その業務を再開してから本件国際出願の国内書面提出期 間の末日までの約1か月半の間に,不在中に送信された電子メールを開封してその内容を確認し,必要な指示や連絡をすることすら困難な状況にあったと認めるに足りる証拠はない。 そうすると,上記の事情をもって,本件国際出願の国内書面提出期間の徒過を回避することが困難な特段の事情があったということはできない。 ウ 以上のとおり,仮に,原告の主張に基づき,RPLLPが本件国際出願の国内移行手続を受任していたとしても, RPLLPには国内書面提出期間の 徒過について正当の理由があるということはできない。 (4)小括 したがって,BP社及びRPLLPは,いずれも,本件国際出願に係る国内 書面提出期間の徒過について法184条の4第4項所定の正当な理由があるということはできないので,本件却下処分が違法であるとはいうことはできない。 2争点(2)(本件裁決の理由付記の不備の有無(本件裁決の違法の有無))について (1)行訴法10条2項は, 「処分の取消しの訴えとその処分についての審査請求を棄却した裁決の取消しの訴えとを提起することができる場合には,裁決の取消しの訴えにおいては,処分の違法を理由として取消しを求めることができない。」 と規定しているところ,法は,審決等に対する訴え(法178条6項)を除いて,これと異なるいわゆる裁決主義の定めを置いていないのであって,原告は, 原処分である本件却下処分の取消しの訴えを提起することができる以上,本件裁決の取消しの訴えにおいては,裁決手続の瑕疵など本件裁決に固有の瑕疵のみを違法事由として主張することができ,本件却下処分の実体的な違法事由を本件裁決の違法事由として主張することはできないと解される。(2)原告の主張する理由付記の不備の主張は,国内書面提出期間内に明細書等翻訳書を提出できなかったことについて法184条の4第4項所定の正当な理由があることを前提に,本件審査請求の審査庁が,証拠や事実の調査,評価及び検討が網羅的にできていないということを内容にするものであるところ,このような主張の内容は,結局のところ,本件却下処分の実体的な違法事由を内容とするものであって,本件裁決の違法事由として主張することができない ものというべきである。 (3)本件裁決の裁決書(甲5)には,原告が主張する国内書面提出期間の徒過に関する事実経緯等が認定された上で,同認定事実に基づき,法184条の4第4項所定の正当な理由の意義を踏まえ,本件における正当な理由の有無等が検討され, その結論及び理由が記載されていることは, 前記前提事実(2) カ記載のとおりである。 (4)したがって,本件裁決に理由付記の不備により違法であるということはできない。 3結論 以上のとおり,本件却下処分及び本件裁決には違法があるとはいえないから, 原告の請求はいずれも理由がないので,これらをいずれも棄却することとして,主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第40部 裁判長裁判官 佐達文三藤井大有齊藤 裁判官 裁判官 敦 |