判例検索β > 平成31年(わ)第302号
建造物侵入、殺人未遂、銃砲刀剣類所持等取締法違反被告事件
事件番号平成31(わ)302
事件名建造物侵入,殺人未遂,銃砲刀剣類所持等取締法違反被告事件
裁判年月日令和2年7月7日
裁判所名・部札幌地方裁判所
判示事項の要旨被告人が,精神科の主治医であり男女関係にあった被害者を殺害しようと思い,牛刀等の刃物2本を購入して被害者の経営する診療所に侵入し,診察室にいた被害者の顔や頭付近に向けて右手に持った前記牛刀を振り下ろすなどしたが,全治約1か月の左頸部切創等の傷害を負わせたにとどまった殺人未遂等の事案で,争点となっていた殺意及び責任能力について,いずれも認めた上,被告人に懲役4年を言い渡した事例。
裁判日:西暦2020-07-07
情報公開日2020-09-09 14:00:22
裁判所の詳細 / 戻る / PDF版
主文
被告人を懲役4年に処する
未決勾留日数中300日をその刑に算入する。
札幌地方検察庁で保管中の牛刀1本(平成31年領第341号符号1)及びペティナイフ1本(同符号2)を没収する。
理由
(犯行に至る経緯)
被告人は,
平成27年2月頃に通い始めた精神科病院でAが主治医となったところ,平成28年7月頃,Aが開業したC診療所に転院し,平成29年1月頃からAと男女関係を持つようになり,
平成30年3月に被告人の母とAの話し合いにより解消され
るまでその関係が続いた。
被告人は,医師と患者,しかも不倫関係という不安定な関係の中で,Aに雑に扱われているとストレスを感じ,被告人の境界性パーソナリティ障害の影響もあり,平成29年4月頃から,
Aが被告人の友人等に個人情報を漏らしているという思い込みを

するようになり,
平成30年2月頃にはその思い込みが妄想性障害といえる状態になった。そして,被告人は,遅くとも平成30年10月頃から,友人らに依頼してインターネット上にAやC診療所を誹謗中傷する内容の書き込みをしてもらったことから,Aが警察や弁護士に相談したため,同年11月には警察から連絡を受けることもあった。そして,平成31年1月29日,被告人は,友人から,前記書き込みに対し
てAが行った発信者情報開示請求についてプロバイダから照会書が届いた旨の連絡があったことなどから,Aに対する怒りを募らせた。
(罪となるべき事実)
第1被告人は,A(当時44歳)を殺害する目的で,平成31年2月8日午後6時36分頃,C診療所院長であるAが看守する札幌市(住所省略)Dビル4階所在
のC診療所に,北側出入口から侵入し,その頃,C診療所診察室において,被告人の方を向いて椅子から立ち上がろうとしたAに対し,殺意をもって,右手に持った牛刀(刃体の長さ約18.4センチメートル。平成31年領第341号符号1)をAの頭部付近に向けて振り下ろし,立ち上がったAに,ペティナイフ(刃体の長さ約11.9センチメートル。同符号2)を持って突き出した左手を掴まれると,さらに右手に持った牛刀をAの顔や頭部付近に向けて振り下ろしたが,Aに全治約1か月間を要する頭部切創,左頸部切創の傷害を負わせたにとどまり,殺害の目的を遂げなかった。
第2被告人は,業務その他正当な理由による場合でないのに,前記日時・場所において,前記牛刀1本及びペティナイフ1本を携帯した。
(事実認定の補足説明)

第1殺意の有無について
1まず,被告人の行為態様であるが,防犯カメラの映像によれば,罪となるべき事実で認定したとおりであったことが認められる。
この被告人の行為は,牛刀とペティナイフの2本の刃物を両手に持って,Aの顔や頭付近を集中的に狙って複数回切り付けるというものである。このようなこ
とをすれば,
牛刀などがあたった部位から出血をするなどしてAが死に至る可能性があるし,Aの動きによってはAの首にもあたる可能性があり,その場合は重要な血管を損傷して死に至る危険性がさらに高くなるといえる。
被告人の行為は,
それ自体客観的に人を死に至らしめる危険性の高い行為であるといえる。弁護人は,被告人の切り方は顔や頭を狙うものであり,首を切るようなもので
はないと主張する。しかし,前述のように,被告人の行為はAの首にあたらなくてもAを死に至らしめる危険性の高い行為であるし,実際にそうであったように,Aの動きによってはAの首にあたる可能性があるから,顔や頭付近を狙った以上,首を狙ったかどうかは,
被告人の行為が人の死ぬ危険性が高い行為であるか否か
の判断には関係がないというべきである。

そして,被告人の行為態様に加えて,被告人が,C診療所を訪れる前に,新品の牛刀とペティナイフという殺傷能力の高い刃物を2本購入し,
自ら凶器を準備
していることも考えれば,被告人は,自分の行為がAを死に至らしめる危険性の高い行為であることを分かって行ったと認められる。
2弁護人は,被告人の供述に基づき,被告人の行動は,Aの嫌いな血を流させて謝らせるためのものであり,刃物は軽くあてる程度に手加減したから,被告人には傷害罪が成立するにとどまると主張する。
しかし,証拠上認められる被告人の行為態様は,先に述べたものであり,C診療所に入ってから診察室に向かいAに牛刀を振り下ろすまでの被告人の言動に鑑みても,謝罪をさせるために手加減して行ったものとは到底認められない。3以上より,
被告人は人が死ぬ危険性の高い行為をそれと分かって行ったといえ
るのであり,殺意があったと認められる。
第2責任能力について
1先に認定した経緯に加え,被告人が,平成31年1月29日から犯行当日の朝までの友人とのやりとりでは,殺すなどの表現を用いてAに対する強い怒りを示すことが多くなり,
被告人自身がAに訴えられることを心配するような内容のメ

ッセージも送っていることからすれば,Aから反撃されたと考え,それまでにAに対して抱いていた不満や怒りがふつふつとよみがえり,これが動機となって本件犯行に及んだと考えるのが自然である。
2また,被告人は,あらかじめ殺傷能力の高い凶器を購入するなど犯行の準備をしている。そして,被告人は,凶器を購入した店内で約2時間過ごしたり,その
後にC診療所にすぐに行かずにコンビニエンスストアに寄ってコーラを購入したり,C診療所のあるビルの階段を利用したりするなどしており,これらの行動について,犯行をするか迷っていた旨の供述をしている。これらは,本件犯行前において,被告人が自分の行動の意味を理解し,コントロールする能力があったことを示すものといえる。

3被告人の精神鑑定を行ったB医師は,被告人には,境界性パーソナリティ障害及び妄想性障害があり,被告人はAとの交際中に境界性パーソナリティ障害の特徴であるストレス下での一過性の妄想的な考えが繰り返し生じ,平成30年2月頃にはそれが妄想性障害と診断される状態になったが,その程度は強固ではなく,本件犯行の直接の動機は,被告人が,インターネット上のAに対する書き込みに関してAが被告人の友人や被告人自身に対する訴えを起こそうとしていると考え,Aへの恨みをよみがえらせたことにあり,被告人の性格である境界性パーソナリティ障害によって説明可能であって,妄想性障害は被告人がAに恨みを持つに至った一因ではあるものの,実際の動機については,妄想よりも現実的な問題の割合の方が大きいと供述する。このB鑑定は,被告人の本件犯行動機を説明するものとして十分に信用できる。

4弁護人は,被告人の犯行直後の言動などから,本件犯行の直接の動機は,Aに個人情報を漏えいされたという妄想に基づくものであり,その妄想によるAの攻撃に対して攻撃的になったものであって,妄想性障害の強い影響により被告人は行動を制御する能力が著しく減退していたと主張する。
しかし,
被告人の犯行動機は,
先に述べたように,
妄想に基づくものではなく,

現実に起こった出来事に対する反撃といえる。また,たしかに被告人は本件犯行直後しきりに個人情報を漏らしたとしてAを責めているが,これはAに対する恨みや怒りの原因の一つを訴えたに過ぎないと説明することもでき,この点をもって本件犯行の動機が個人情報を漏らされたという妄想に基づくものと考えるのは相当ではない。

5以上の本件犯行の動機,本件犯行当日の被告人の行動のほか,被告人の精神障害に関するB鑑定からすれば,被告人について,本件犯行当時,自分の行為が悪い行為かどうかを判断する能力や,悪いことと分かって自分の意思で思いとどまる能力が著しく低下してはいなかったと認められる。
(法令の適用)


判示第1の行為


C診療所への侵入について刑法130条前段,
Aに対する殺人未遂について同法203条,
1
99条
判示第2の行為

包括して銃砲刀剣類所持等取締法31条の1
8第3号,22条

科刑上一罪の処理

刑法54条1項後段,10条(判示第1につい
て,1罪として重い殺人未遂罪の刑で処断)

刑種の選択
判示第1の罪について有期懲役刑を選択,判
示第2の罪について懲役刑を選択

法律上の減軽

判示第1の殺人未遂罪について刑法43条本
文,68条3号

併合罪の処理

刑法45条前段,47条本文,10条(重い
判示第1の罪の刑に同法47条ただし書の制
限内で法定加重)

未決勾留日数の算入
刑法21条


刑法19条1項2号,2項本文(判示牛刀及び


ペティナイフは,
殺人未遂の用に供した物で被
告人以外の者に属しない。)
訴訟費用の不負担

刑事訴訟法181条1項ただし書

(量刑の理由)
まず,本件における被告人の行為態様は先に述べたとおりであって,その結果,被害者は全治約1か月の左頸部切創等の傷害を負っている。被告人は,事前に凶器を準備するなどして,
このような被害者を死なせる危険性の高い行為に及んだのであるから,重大な犯罪を行ったといえる。
また,被害者が,精神科の主治医として,患者である被告人の精神状態等を把握し
て適切に対応すべき立場にあったにも関わらず,被告人と男女関係を持つなどしたため,被告人が被害者に不満や怒りを持つようになったのであるから,被害者の精神科医としての落ち度は大きいといえる。しかし,被告人は妄想性障害といえる状態ではあるものの,その程度は重いものではなく,被告人が男女関係解消後に友人らに被害者を中傷する書き込みをさせるなどしたことが本件犯行につながっているから,本件犯行に至る経緯については,被告人も強く非難されるべきである。そうすると,被告人の刑事責任は重いといえ,殺人未遂のうち,男女関係を理由に一人で刃物を使用して犯行に及んだが全治1か月程度の傷害を負わせるにとどまった事案の量刑傾向を踏まえ,被告人に前科前歴がなく,被告人が病院に入院して精神科治療を受けることなどについて被告人の母親が協力をしようとしていることを考慮してもなお,被告人に自分のした罪の重さに向き合わせるためにも,弁護人の主張
するように執行猶予を付するのではなく,
主文のとおりの懲役刑とするのが相当であ
ると判断した。
(求刑懲役5年,主文同旨の没収)
令和2年7月7日
札幌地方裁判所刑事第2部

裁判長裁判官

中川正隆
裁判官

宇野遥子
裁判官

田中大地
トップに戻る

saiban.in