判例検索β > 令和1年(わ)第512号
殺人
事件番号令和1(わ)512
事件名殺人
裁判年月日令和2年7月10日
裁判所名・部名古屋地方裁判所  岡崎支部
裁判日:西暦2020-07-10
情報公開日2020-09-03 10:00:19
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令和元年

第512号

殺人被告事件
主文
被告人を懲役3年に処する
この裁判が確定した日から5年間その刑の執行を猶予する。
名古屋地方検察庁岡崎支部で保管中の腰紐1本(令和2年領第119号符号9-1)を没収する。
訴訟費用は被告人の負担とする。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は,義母であるAを介護していたところ,同人が転倒して歩行困難となったのを機に,不眠等の症状が現れて体調を崩し,このままの状態では介護を続けられず家族に迷惑がかかるとの不安を募らせ,突発的に殺意を抱くと,令和元年7月6日午後11時30分頃から同月7日午前4時56分頃までの間に,愛知県蒲郡市a町bc番地前記A方において,同人(当時96歳)に対し,その頸部を両手で絞め付けた上,さらに,その頸部に腰紐(名古屋地方検察庁岡崎支部令和2年領第119号符号9-1)を巻き付けて絞め付け,よって,その頃,同所において,同人を頸部圧迫による窒息により死亡させて殺害した。
(証拠の標目)
省略
(法令の適用)
省略
(量刑の理由)
1
犯罪行為に関する事情
被告人は,
就寝中の被害者の首を両手で絞め,
抵抗されても犯行を継続したが,
これ以上手で絞めるのは難しいと考えると,
隣接する自宅まで腰紐を取りに行き,
これを使って被害者の首を絞めて殺害した。このような犯行態様は,強い殺意に
基づくものといえるが,絞殺の中でとりたてて悪質なものとはいえない。また,被害者は,
信頼していた被告人の手によって,
突然その命を奪われたものであり,
結果は重大である。もっとも,介護疲れを動機とする同種殺人事件では,人が亡くなっているのは当然であり,殺意が強いものがほとんどであるから,これらの事情は,刑を決める上で大きな影響を持たない。
そこで,本件犯行に至る経緯及び動機についてみると,被告人は,遅くとも,被害者が転倒して階段での移動ができなくなった平成29年3月頃以降,被害者がデイサービスを拒否したこともあって,自宅で体の清拭などの介護を行っていた。令和元年5月27日に被害者がトイレで転倒して歩行困難になってから,排泄等の介護が増え,負担を感じ,実妹の助言で介護ベッドを借り,介護サービスを利用するため要介護認定の申請をして,被害者からもショートステイ(短期入所生活介護)の利用について承諾を得ていた。しかし,同年6月13日に被害者が帯状疱疹にり患したため,ショートステイの利用を見合わせ,通院する際の介助を夫と行うようになった。被告人は,被害者が転倒したことや帯状疱疹にり患したことについて,早期に発見できなかった自分を責め,不安感等から不眠の症状や身体的な不調を感じるようになり,
同月19日頃には一睡もできなくなった。
この頃,被告人は,義妹に介護の手助けを求めるも遠回しに断られ,その後も介護を続ける中,内科で処方された睡眠薬を服用するも不眠の症状は完全には解消されず,同年7月4日頃には,夫に介護を行うのが限界である旨告げたが,夫から具体的な提案はされなかった。この頃,被告人は,不安と抑うつ気分の混合を伴う適応障害の症状の影響もあって,不眠等を抱えたままでは介護を続けることはできないといった将来への強い不安を募らせていた。同月6日,被告人は,心療内科に送ってもらう車内で次男に死にたいなどと告げたが,医師に治ると言われ,さらによく効くと言われて睡眠薬を処方されたことで,症状が改善して介護を行うことができるという期待を持った。ところが,同日夜,処方された睡眠薬を服用するも眠ることができなかったことで,前記不安が更に強くなり,家族に
迷惑をかけられないという思いから,突発的に殺意を抱くと本件犯行に及んだ。被告人が,協力を得られる親族と介護を分担せず,介護サービスも十分活用しないまま,介護の負担を自覚してから1か月半足らずで,家族に迷惑をかけたくないという動機から殺害を決意し,前記態様の犯行を実行したことは,被害者の命を軽く見たものとして非難されるべきである。しかし,介護サービスの利用も含め,
どのように介護を行っていくかは親族で協議するものと考えられるところ,前記のとおり,被告人なりに助けを求めていた中で,周囲からの十分な援助が得られずに,精神的に追い込まれていった状況からすると,介護負担軽減策を十分に講じなかったことについて被告人のみを責めることはできない。これに加えて,
適応障害による抑うつ状態も影響して本件犯行に至った経緯を考えると,被告人の意思決定に対する非難の程度は高いとはいえない。
以上の事情からすると,本件は,介護疲れを動機とする同種殺人事件の中では重い部類に属するものとはいえず,酌量減軽をした上での実刑,あるいは執行猶予を検討すべき事案である。
2
それ以外の事情
被告人は,本件の重大性を受け止めて罪に向き合い,今後は一人で抱え込まず周囲に相談する旨述べている。遺族である義妹や夫が,これまで献身的に介護等をしてきた被告人を責めることはできないと述べていること,夫が被告人を見守ると述べていること,現在,次男や実妹が被告人の様子を見に来ていることなどからすると,周囲の援助も期待できる。

3
結論
そこで,前記1の犯罪行為に関する事情から想定される刑の中で,前記2のそれ以外の事情を考慮した結果,主文の刑を科した上で,その刑の執行を猶予し,社会内で更生する機会を与えるのが相当であると判断した。

(求刑

懲役6年及び腰紐の没収)

令和2年7月10日

名古屋地方裁判所岡崎支部刑事部

裁判長裁判官

石井
裁判官

溝田泰之
裁判官

田中香里寛
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