判例検索β > 令和1年(う)第1805号
不正競争防止法違反
事件番号令和1(う)1805
事件名不正競争防止法違反
裁判年月日令和2年7月21日
裁判所名・部東京高等裁判所  第10刑事部
結果破棄自判
原審裁判所名東京地方裁判所
原審事件番号平成30特(わ)1884
裁判日:西暦2020-07-21
情報公開日2020-08-26 16:00:21
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令和2年7月21日宣告

東京高等裁判所第10刑事部判決

令和元年(う)第1805号

不正競争防止法違反被告事件
主文
原判決を破棄する
被告人を罰金250万円に処する

その罰金を完納することができないときは,金2万円を1日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
原審における訴訟費用は被告人の負担とする。

第1


事案の概要及び本件控訴の趣意について
本件公訴事実の要旨は,要するに,火力発電システム等に係る施設又は設備を
構成する機器及び装置の研究,開発等に関する業務等を目的とする
A
株式会

社(以下本件会社という。
)が,タイ王国(以下タイという。
)ナコンシ
ータマラート県カノム郡において遂行していた火力発電所建設工事(以下本件工事という。また,本件工事現場及びその周辺を,現地という。
)に関して,
現地に建設した仮桟橋に,火力発電所建設関連部品を積載した総トン数500tを超えるはしけ3隻(以下本件はしけという。
)を接岸させて貨物を陸揚げす
るに当たり,同仮桟橋は,総トン数500t以下の船舶の接岸港として建設許可されたものであったため,タイ運輸省港湾局第4地方港湾局ナコンシータマラー
ト支局長として,同郡における桟橋使用禁止等を命ずる権限を持つ外国公務員等であった

B
から許可条件違反となる旨指摘され,貨物を陸揚げできなかった

ことから,同社の取締役常務執行役員兼エンジニアリング本部長として,同社の火力発電所建設プロジェクト等を統括していた被告人が,同社の執行役員兼調達総括部長
Y,同社の調達総括部ロジスティクス部長

Z
ほか数名と共謀の上,

Bに対し,正規の手続によらずに前記許可条件違反を黙認して本件はしけの仮桟橋への接岸及び貨物の陸揚げを禁じないなどの有利かつ便宜な取り計らいを受けたいとの趣旨の下に,本件会社の下請業者の従業員

C
を介し,現金110

0万タイバーツ(当時の円換算3993万円相当)を供与し,もって,外国公務員等に対し,国際的な商取引に関して営業上の不正の利益を得るために,その外国公務員等に,その職務に関する行為をさせないことを目的として,金銭を供与したというものである。
本件控訴の趣意は,要するに,⑴原判決は被告人に共謀を認定したが,原判決が説示する共謀は,本件の金銭の供与(以下本件供与という。
)と因果関係が
ないのに,その検討を一切しておらず,原判決には理由不備の違法がある,⑵原判決には,共犯者の原審証言の信用性の判断において矛盾があり,理由齟齬があ
る,⑶原裁判所は,共謀の成立時期や内容に関し釈明義務に違反し,あるいは不意打ち認定をしており,判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反がある,⑷被告人には本件共謀をした事実がないのに,共謀を認めて被告人を有罪とした原判決には,判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認があるというのである。

第2

原裁判所の判断の要旨

1
原判決は,要旨,以下のとおり説示して,被告人に本件の共謀を認定した。
2
前提事実
関係各証拠によれば以下の各事実が認められ,
当事者間にも概ね争いがない。

平成27年2月2日(以下,日にちはいずれも同月のものを指す。,本件)

工事現場付近の仮桟橋に本件はしけを接岸する予定が組まれていたが,同日,
本件会社が資材等の輸送の指導監督業務を依頼していた会社の現地輸送指導監督者

H
が,Bから,本件仮桟橋の建設許可では本件はしけを接岸でき

ず,接岸させるために金を払えとの要求を受け,Hから,本件会社の社員を通じて同社調達総括部ロジスティクス部a課長であった
P,
その上司のZ,

さらにその上司であるYに報告され,Pがタイに出張して事態の収拾に当たることが決定された。

Pは,現地で代替手段を見出せないことをZに報告するとともに,同社営
業戦略本部

Qに指示し,Qが現地企業に協力を依頼して,Bから要求され

た現金(以下本件現金という。
)の調達に向け調整に当たった。また,代
替手段が見出せないとの報告を受けたZは,要求どおり本件現金を支払うしかないことなどをYに伝え,Yも,本件供与をするしかないと考えるに至っ
た。Yは,5日,
カノム輸送リスク説明を主題とする会議を,10日に行
う旨被告人の日程を確保するとともに,Zに対し,被告人の判断を仰ぐまで現金の支払に向けた手続を停止するよう指示した。
Zは,
Pにその旨指示し,
その手続は一旦停止した。

10日,Y及びZは本件供与に関する資料を携え,本件会社本社内の被告
人用会議室で被告人と会議を行った
(以下
10日の会議という。。
)また,
Yは再度の会議を13日に設定し,同日,Y及びZは,上記会議室で被告人と会議を行った(以下13日の会議という。。


10日の会議の後,
ZはPに対し現金の支払に向けた手続の再開を指示し,

11日から13日にかけてその手続が進み,同日,現金が準備された。14
日,P及びHはCらを集め,カノム郡までの上記現金の運搬を依頼し,同人らはそれを引き受け,16日,CらはQら立会の下で運搬のために本件現金入りの旅行カバン2個を受け取った。

本件はしけは16日に仮桟橋に接岸し,17日には貨物の陸揚げが開始さ
れた。

3
本件現金の供与の有無について
本件現金のBへの受渡しの事実については,Cが供述しているところ,同供
述は,
Bが賄賂を要求したこと,
本件現金入りの旅行カバンを受け取ったこと,
はしけが接岸できたことなどの事実によく符合し,旅行カバンの受渡しに立ち会ったQの供述とも整合しているほか,本件現金を目撃した関係者が提供した現金の写真によっても裏付けられており,高度に信用することができるCの供述により,本件供与が17日に行われたことが優に認められる。
4


共謀の成否について
Yは,原審公判で,本件供与は,本件工事プロジェクト全体の納期やコストに影響を与えるため,自分のみでは判断できず,プロジェクト全体の責任を負い,ロジスティクスのみならず営業部門の業務も管理する立場にあり,
取締役常務執行役員という上役である被告人のお墨付きが欲しいと思い,本件供与を被告人に相談して判断してもらおうと考えたこと,
10日の会議で,
被告人に本件供与の要求等を伝えたところ,被告人は非常に困った様子であり,本件供与に反対されはしなかったものの,代替手段を検討するよう宿題を出され,了承を得られなかったこと,13日の会議で,代替手段が見当た
らなかったことを伝え,本件現金を供与するほかに選択肢はない旨の自らの意見を伝えると,被告人は

仕方ないな。

などと言って,本件供与を了承したこと,同会議での被告人の意見次第では,本件供与に向けた手続の停止は可能だったと思うことなどを証言する。
Yの原審証言は,
本件会社内の客観的な動き等に完全に沿ったものであり,

とりわけ,被告人が二度の会議を経て13日の会議に至って本件供与を了承したとする点や,その際,選択肢が尽きたことを含意する

仕方ないな。

との文言を用いたとする点は,本件会社内での検討,判断の経過とよく整合するものといえる。Yは本件の共犯者であり,自らの上役に当たると理解している被告人に刑事責任を負わせる内容の証言をしているから,その信用性は
慎重に検討する必要があるが,Yは,有罪が確定した自己の裁判手続から一貫して自己の犯行を認めており,本件発覚後の社内調査では,むしろ被告人の関与を隠ぺいしようとZらに働き掛けるなどしており,被告人に対する悪意等は窺われないことなどを考慮すると,Yが共犯者であることなどを踏まえても,その信用性は減殺されない。



また,Yの原審証言は,具体的詳細で基本的に信用できるZの原審証言とも基本的に整合しており,
信用性が高められている。
なお,
Zの原審証言は,
被告人が本件供与に了承したのが,二度の会議のいずれであるかについてはYの原審証言に反するが,この点がYの供述の信用性に及ぼす影響等については,共謀の成立時期の認定,判断の関係も含め,後述する。


これに対し,原審弁護人は,Yは,10日の会議の後に,ゴーサインは出していないが,本件供与の手続をZに指示したと証言しているにもかかわらず,
実際の現地の動きとしては,
留保が付いている様子がないことを捉えて,
Yの原審証言は信用できない旨主張する。
しかし,
このような現地の動きは,
10日の会議後,ZがPに対し,被告人がよきに計らえとおっしゃったなどと留保を付けずに本件供与の実行を指示したことに原因があるところ,
このZの指示は,Yの与り知らない場面でなされたものとみるのが相当であり,13日の会議の前までは本件現金の供与が現実に停止されていたこと,すなわち,Yの供述のとおり事実が推移したことにも照らせば,弁護人の主張する点は,Yの原審証言の信用性を否定するものとはいえない。⑷

そして,前記のとおり,被告人による了承の日にちについて,Yの原審証言(13日の会議)とZの原審証言(10日の会議)との間には食い違いがあるが,10日の会議では被告人から了承が得られなかったからこそ,了承を得るため改めて近接した時期である13日に会議を設定したものと解するのが合理的で自然である上,10日の会議で代替手段の検討を宿題として求
め,13日の会議でその検討結果の報告が行われたという事実経過からすれば,
10日の会議においては,
被告人が代替手段の検討を命じたにとどまり,
現金供与について了承しなかったとみるのが自然である。また,外国公務員等に対する賄賂の供与という違法行為であり,重大な問題の判断を求められたのに対し,その場で直ちに了承することは通常到底考え難いというべきで
あるから,被告人の了承の日にちは13日の会議であるとみるのが自然であり,これと同旨のYの供述の信用性はやはり高いというべきである。これに反するZの原審証言は,両会議の雰囲気はいずれも重く,30分程度の会議であり,日にちも近接していたことを踏まえると,Zの記憶として一部混同することは十分考えられるほか,10日の会議後,上司であるYの指示内容を踏み越えた内容の指示をPに出した事実につき,後になって自らこれに直面することを避けたいとの潜在的な心情から,10日の会議で被告人の了承
があった旨記憶を混同させたとして,あながちあり得ないことではないといえる。以上を要するに,Yの供述により,被告人による了承の日にちは13日の会議であると認定するのが相当である。


原審弁護人は,13日の会議でも,被告人はYらに代替手段を宿題として検討させていることや,13日の会議の終了後,本件会社営業戦略本部
T
に連絡するなどして,
Yらによる本件供与を阻止しようとしていたことから,
被告人は本件供与を了承していなかったと主張する。
しかし,Tが被告人に送信したメールの文面からは,代替手段の検討を依頼した被告人の真意を直截に受け止め切れていない可能性が見て取れ,被告人のTに対する依頼はさほど厳密かつ詳細でなかったと推認でき,代替手段
を探っていたことと本件現金の供与を了承したことは矛盾なく両立するというのが相当である(被告人について成立する本件現金の供与に係る共謀も,代替手段を見出した場合には供与を停止する留保を付した上でのそれと認められるとの趣旨である。。

5
以上の認定,判断を総合すると,被告人は,Y及びZから外国公務員等に対
して本件現金の供与をすることの了承を求められた際にこれを了承したことにより,
Y及びZとの間でその旨共謀し,
また,
この共謀の成立の前後にわたり,
Zの部下に当たるPや営業部門のQら関係者との間でもその旨順次,Zを通じて共謀したことが認められる。
第3

理由不備の論旨について
以上のとおり,原判決は,被告人の共謀が成立した時点を13日の会議と認定したが,所論は,被告人は13日の会議の際,10日の会議の直後にしたZのPに対する本件供与の指示を認識しておらず,また,13日の会議で被告人が了承したとの事実はPらに伝えられたこともなく,Pらが同会議の影響を受けたことなど一切なかったのであるから,被告人の了承と本件供与との間には因果関係がないのに,原判決は因果関係について一切検討していないから,理由不備の違法があると主張する。
しかし,
本件の現金の準備等を進めていたY以下の共犯者らと被告人との間で,外国公務員等への現金供与の実行行為について意思の合致が認定できれば,因果関係について論ずるまでもなく,被告人に順次共謀の成立が認められるというべ
きであって,原判決は上記意思の合致の有無につき判断を示していると解されるから(その当否については,後に検討する。,その理由に不備があるとはいえな)
い。所論は理由がなく,採用できない。
第4

理由齟齬の論旨について
所論は,原判決は,13日の会議の前までYが供与の準備の手続を意図的に停
止していたと認定し,Yの供述の信用性を肯定する根拠としているが,10日の会議の直後に,ZがPに本件供与を指示した事実も認定しており,10日から13日の間も現金の準備は現実に進行していたのであるから,理由齟齬の違法があると主張する。
しかし,理由齟齬とは,理由は付してあるが,主文と理由との間,又は理由相
互の間に食い違いがあり,その食い違いが理由を付していないと同視し得る程度のものであることをいうと解される。原判決は,11日から13日にかけて,現金の準備が進められていたことを前提としつつ,Yの指示どおり,供与の準備の手続は11日まで現に一旦停止し,その後,供与の準備のみ指示してその手続が再開したとの事実認定を前提に,その事実を同人の証言の信用性評価の根拠とし
て説示しているのであるから,その理由に齟齬はない。所論は理由がなく,採用できない。
第5

訴訟手続の法令違反の論旨について
所論は,①原審弁護人が求釈明を申し立てたにもかかわらず,原裁判所は,共
謀の日にちが10日なのか13日なのかを原審検察官に明らかにさせず,釈明義務を尽くさなかった違法がある,②原裁判所は,共謀の内容についても明らかにさせなかった結果,原審検察官さえも主張していない留保付きの共謀を認定したが,かかる訴訟手続は被告人に不意打ちを与えるものであるから,原裁判所の訴訟手続には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違反があると主張する。しかし,①については,原審検察官は,冒頭陳述で,10日及び13日の各会議に言及し,被告人は,遅くとも13日までに,タイ港湾局幹部の要求どおりに
現金を支払うしかないと決意し,
Z及びYに対して

仕方ないな。などと述べて,


これを支払うことを了承した旨主張しており,遅くとも13日の会議の時点では共謀の成立があった旨主張していることが明らかである。原審弁護人は,これを受けて,上記いずれの会議においても被告人に共謀が成立しない旨争い,その防御を尽くしていたことが認められるから,原裁判所の訴訟手続に,争点形成が十
分とはいい難いところがあるものの,釈明義務違反があるとは認められない。②については,原判決が,

被告人について成立する本件現金の供与に係る共謀も,代替手段を見出した場合には供与を停止する留保を付した上でのそれと認められるとの趣旨である。との説示が意味するところは必ずしも明確ではないが,

後述
するとおり,このような認定には事実の誤認があるから,所論は,原判決の誤っ
た事実認定を前提とするものであって,前提を欠くことに帰する。第6

事実誤認の論旨について

1⑴

所論は,本件供与の事実の有無に関し,原判決は,本件供与の事実がCの
供述により優に認められると説示するが,同人の供述は,自己の所有車両のナンバーを覚えていないのに,現金輸送に用いた車両の車種やナンバーは覚えている旨供述する不自然なもので,取調官の強い誘導によってなされたものである上,現金を運んだスーツケースの色等の客観的事実にも反する供述であって,信用できないから,本件供与の事実は厳格な証明ができていないなどと主張する。


しかし,本件供与が行われた事実についての原判決の認定は,論理則,経
験則等に照らして不合理なところがなく,
当裁判所も是認することができる。
すなわち,捜査官がCの供述を誘導したとすれば,自車のナンバーも供述して然るべきであるし,スーツケースの色も,同人が証言の際に自ら持参したスーツケースを基に供述しているのであって,所論の指摘は当たらない。そもそも,現金輸送の経緯については,関係者の供述が具体的に整合している上,その証言する現金輸送の時期と符合する時期に,本件はしけが現に接岸
し,貨物の陸揚げが実現しているということは,現金供与が首尾よく行われたことを相当程度推認させる事実であり,現に被告人もそのように認識していたのであるから,所論がるる主張するその余の点を考慮しても,これとよく符合するCの供述に高度の信用性を認めた原判決の説示に誤りはない。2⑴

所論は,被告人に共謀を認定した原判決は事実誤認であると主張するとこ
ろ,この点に関する原判決の判断は,論理則,経験則等に照らして不合理であるといわざるを得ず,その判断は,是認することができない。以下,その理由を説明する。


原判決は,13日の会議で,被告人が

仕方がないな。

と発言し,本件供与を了承した旨証言するYの原審証言の信用性について,慎重に検討する必
要があるとしながら,①同証言は本件会社内の客観的な動き等に完全に沿ったものであること,②Yは,有罪が確定した自己の裁判手続から一貫して自己の犯行を認め,本件発覚後の社内調査では,被告人の関与を隠ぺいしようとZらに働き掛けるなどしており,被告人に対する悪意等はうかがえないこと,③Zの原審証言とも基本的に整合することなどを説示して,前記のとお
り,Yの原審証言を基に,13日の会議で被告人が本件供与を了承し,共犯者らと順次共謀を遂げたと認定した。


この点に関し,Yは,被告人を除く本件共犯者のうち,本件会社での立場が最上位にあり,本件供与の意思決定に関与した者の中でも最も重い刑事責任を負わされる可能性があったことを考慮すると,更に同人より上位者であった被告人に,最終的な意思決定の責任を負わせる意図の下に供述する危険性は高いといえる。しかも,Yは,本件供与を自らの責任で決断することを
回避するため,関係部署とはいえ,本来は本件工事のロジスティクス部門を担当していない上役であった被告人からお墨付きを得るため,いわば被告人を本件供与の問題に巻き込んだ張本人であるから,引き込みの供述の危険は尚更高いといえる。したがって,原判決も説示するとおり,Yの供述の信用性の判断は慎重に行う必要がある。

3⑴

そこで,
Yの原審証言の信用性に関する原判決の説示について検討すると,①及び③については,Yは,原審公判で,10日の会議の後,Zに対し,本件供与に係る現金の準備のみを指示し,被告人の了解がない限り,現金は動かないという指示をしていたので,賄賂が支払われることはないと考えてい
た旨証言するが,同証言は,10日の会議で被告人が本件供与を了承した旨述べるZの原審証言と,被告人の了承の経緯や時期という核心部分において整合していない。関係証拠によれば,10日の会議後,ZはPに対し,被告人が

よきに計らえ。

と言ったと述べて本件供与を指示しており,Pら現地で対応に当たっていた共犯者らも,10日の会議以降,本件供与につき被告
人の了解が得られているものと認識して,本件供与に向けて準備を進め,13日の会議後に何らかの指示をZから受けたことはないことが認められる。そうすると,現地に伝えられた指示の内容は,Yの原審証言の内容と整合しておらず,被告人の共謀の成否に大きくかかわる核心部分において齟齬が見られるのであるから,Yの原審証言が本件会社内の客観的な動きと整合して
いるとはいえず,Zの原審証言とも基本的に整合しているとする原判決の説示は不正確で不合理であるといわざるを得ない。⑵
原判決は,Zの原審証言は,両会議の雰囲気や会議時間の類似性等から,記憶を一部混同することや,10日の会議後,上司であるYの指示内容を踏み越えた内容の指示をPに出した事実について,後になって自らこれに直面することを避けたいとの潜在的な心情から,10日の会議で被告人の了承があった旨記憶を混同させたとして,あながちあり得ないことではないなどと
説示する。しかし,本件工事の納期の遅れによる多額の遅延損害金の発生のリスクを抱え,本件はしけの接岸が喫緊の課題となっていた当時の緊迫した状況の中で,本件供与について被告人の了承が得られるかどうかは,Zらにとって,工期の帰趨を左右しかねない重大な問題であったはずであり,容易く記憶の混同を来すとは考え難い。また,Zの原審証言も相応に具体的で詳
細である上,同人は,本件供与の問題が発覚した直後から,本件会社の社内調査に対し,Yとの間で様々な口裏合わせを行うなどしており,その際に事実関係を確認し,記憶を喚起する機会が十分にあったと考えられることからすると,被告人の了承の経緯や時期という重要な事実関係について,Zが記憶を混同させた可能性があるという原判決の説示には疑問がある。また,1
0日の会議の後,Yの指示に反して,Zが独断で現地に対し本件供与を指示した可能性を指摘する原判決の説示は,部下のZが,その上司であるYの指示に従わないことの合理性をうかがわせる特段の事情がない限り,会社組織における上司と部下との間で一般的な上命下服の関係と整合せず,経験則に照らして不合理な推測といわざるを得ない。Yは,10日の会議の後,Zが
独断で現地に対して本件供与を指示したと供述することにより,自らが本件供与に消極的であったことを印象付け,自らの刑事責任の軽減を図る動機があったといえる。また,この点に関するZの供述は,10日の会議の後,Yに

払うなとは仰いませんでしたね。

などと言って,同人の了承を得てPに指示したというものであり,
具体的であって,
十分信用し得るものといえる。



そもそも,現地の港湾当局から受けた仮桟橋の建設許可の内容等は,本件会社の物流部門を統括するロジスティクス部において本来管理すべき責任があったことから,同部に手続上の瑕疵を招いた業務上の責任があったといえることに照らすと,ロジスティクス部長であったZや,その上司として同部を含む調達部門を総括する立場にあったYは,本件はしけが接岸できない事態を招いた手続上の瑕疵について責任を問われかねない立場にあったのであ
るから,両名が,前記の多額の遅延損害金の発生や増大を可能な限り抑制しなければならないとの焦燥に駆られ,一刻も早い着岸の実現に向けて強い意欲を抱いたであろうことは容易に推察される。このことは,現地から,本件はしけの接岸ができず,本件賄賂を要求された旨の報告を受けてから,Y及びZが比較的早期にその要求に応じる意向を固めていることからも合理的に
推認できる。このようなY及びZの置かれていた立場に照らせば,10日の会議で,被告人が本件供与につき反対する姿勢を明確には示さなかったことを受けて,Y及びZが本件供与の指示を現地に出したということは十分あり得ることといわなければならない。原判決は,このようなY及びZの本件会社内における立場を十分に考慮せず,経験則に即した慎重な判断を欠いてい
るものといわざるを得ず,13日の会議において被告人が仕方がないなと述べて本件供与を了承した旨述べるYの原審証言も信用性には疑問がある。また,Yは,10日の会議の後,実際には被告人の了承が得られていないにもかかわらず,Zとともに現地に対して本件供与を指示したことを隠ぺいし,被告人の指示により本件供与を行ったという体裁を取り繕うため,10
日の会議の後,支払のゴーサインは出さないが現金供与の準備はしておくようにZに指示した旨の責任逃れの供述をした疑いは十分ある。


加えて,関係証拠によれば,被告人が10日の会議の際,Yらに対し,本件供与によらずに本件はしけを接岸させる代替措置の検討を宿題として課し
たことや,13日の会議の際にもなお代替手段の検討を促す発言をしていたこと,同会議の後,被告人がTに代替手段の検討を依頼していること,被告人は,現地で本件供与がされたことを推知させるTからのメールを受信すると,

現地は私の理解の域を超えます。

と返信していることが認められる。このような被告人の言動は,被告人が本件供与には消極的であったことをうかがわせるものといえる。
そうすると,10日又は13日の会議で,被告人がしたという仕方がないなとの発言については,Y及びZが一致して証言し,被告人も,そのように発言した可能性は認めていることからすれば,被告人がこのような趣旨の発言をしたことは否定し得ないとしても,同発言が,本件供与に及ぶことについてYらとの間での最終的な意思の合致を示す文脈で述べられたものであったかについては,Y及びZの各証言が,前記のとおり核心部分において
整合しておらず,被告人の上記言動とも整合的でないことに加え,各30分間にわたるY,Z及び被告人の三者のみの二度にわたる会議の席上,本件供与という重大な意思決定につき,被告人が仕方がないなとの一言しか言及していないのは,いささか不自然な感を免れないことを考慮すると,多分に疑問の余地があり,被告人が本件供与を積極的に容認する意思で仕方がないなと発言したとみることには,合理的な疑いを挟む余地があるというべきである。


原判決は,
被告人が代替手段を模索していたことについて,
代替手段の検討を依頼したTが被告人に送信したメールの文面からは,代替手段の検討を依頼した被告人の真意を直截に受け止め切れていない可能性が見て取れると説示するほか,代替手段の検討は,

本件現金の供与を了承したことと矛盾なく両立するというのが相当である。

とした上で,

被告人について成立する本件現金の供与に係る共謀も,代替手段を見出した場合には供与を停止する留保を付した上でのそれと認められるとの趣旨である。

と説示している。
しかし,被告人は,本件供与という違法行為が検討されていることを知らないTに対し,その旨を秘して,婉曲に代替手段の検討を依頼したものと考えられるから,上記メールの内容が直截でないからといって,代替手段の検討を促したこと自体を否定できるものではない。また,被告人の共謀を,代替手段の不存在に係らせる留保付きのものとした説示は,被告人が本件供与行為を行う意思を固めていたこととは相容れないというべきであって,被告人に実行行為に及ぶことの意思の合致があるとはいえず,論理則に反する不合
理な認定といわざるを得ない。
そもそも,YやZが供述するように,被告人が本件供与を指示したとすれば,本件供与が首尾よく行われたか否かについて,被告人が関心をもつのは当然であって,Yらが上役である被告人に報告するのが,会社組織においては常識的な対応であるのに,Yらは,13日以降,本件供与の進捗状況やて
ん末について,一切被告人に報告していない。原判決が説示するように,代替手段の発見を一種の解除条件とする共謀が成立したというのであれば,尚更,代替手段の有無を被告人に報告することは必須であったというべきである。このような点からも,原判決の上記認定は,経験則に照らして不合理であるといわざるを得ない。

4
②については,
被告人が本件供与に明確な了承を与えていなかったとすると,
Yが社内調査において,
被告人の関与を指摘することに躊躇を覚えることはむ
しろ自然といえるから,
社内調査で被告人の関与を隠そうと画策したというY
らの言動をもって,
被告人の指示があったことを述べるYの原審証言の信用性
を高めることにはならない。

5
以上によれば,Yの原審証言の信用性を肯定した上で,被告人に順次共謀を認定した原判決の判断は,論理則,経験則等に照らして不合理であるといわざるをえない。

6⑴
検察官は,当審における答弁書において

告人が仕方がないと発言したと認定したことは,Y及びZが明確に証言しており,両名が,被告人の発言に対して向けたであろう注意や関心の程度等討と現金の準備を同時並行で進めることは,本件供与の前であれば当然あり得るのであって,これらが矛盾なく両立するとした原判決の説示は正当である旨主張する。


YとZの各供述は,被告人が本件

供与を了承した経緯や時点という核心部分において食い違っている上,両名が向けたであろう被告人の発言に対する注意や関心の程度を考慮すれば,被告人が了承したという経緯や時期について整合する供述をしてしかるべきであって,その供述の食い違いはなおさら不合理であるといわざるを得ない。,本件供与のための現金の

準備行為が論理的には矛盾するものでないとしても,
10日の会議後,
Yが,
現金の準備のみを指示したと証言する内容が,現地の共犯者らが受けた指示内容と整合しないことが,Yの原審証言の信用性を損なうものであることは前述のとおりである。
7
以上によれば,被告人の仕方がないなとの発言が,Yが原審公判で証言
するように,本件供与を行うことを最終的に了承した趣旨に出たものとみることには,経験則や論理則に照らして合理的な疑いが残り,Yの上記証言に基づいて被告人に共謀の成立を認定した原判決には,判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認がある。
8
被告人の罪責について更に検討すると,関係証拠によれば,被告人は,本件
当時,本件会社のエンジニアリング本部長兼取締役常務執行役員として,本件火力発電所の建設についても,予算や納期等を含めたプロジェクト全体を管理すべき立場にあったことが認められる。
被告人は,
そのような立場にあって,

件賄賂という違法な支出や,納期の遅れによる遅延損害金等の計画外予算の発生という,プロジェクトの管理に関わる被告人の所管業務にも関連して,本件供与の可否につきYやZから伺いを立てられたのであるから,Yらの報告により外国公務員等への賄賂の供与という違法行為の画策を知った段階で,これを阻止すべき職務上の義務があったことは明らかである。
しかるに,
被告人が,

の相談を持ち掛けられた10日及び13日の会議において,Yらに対し,本件供与を禁ずる指示を明確に示すことなく,代替手段の検討を促すにとどめたばかりか,前記のとおり,
仕方がないななどと述べて,本件供与に一定の理解
を示すかのような言動を示したことは,Yらに対し,事実上本件供与を黙認する態度を示したものとみられてしかるべきものである。
被告人は,本件会社の取締役として,直属の部下以外の従業員の活動に関しても監督義務を負うべき立場にあったのであって,Yらの本件供与の画策を知
った以上,これを阻止しなければならない職務上の地位にあったのに,Yらに対し本件供与に明確に反対する意思を示さず,事実上これを黙認するような上記言動をとったことは,本件供与を敢行しようとはやるYらに対して,本件供与に一種のお墨付きを与えるに等しく,同供与の実現を精神的に容易にするものであったといえる。前記のとおり,Yらは,10日の会議の後,被告人の了承
が得られていないのに,現地に対して本件供与の指示を出しており,現地では本件供与に向けて動き出していたから,13日の会議の段階で被告人が明確に本件供与を止めるよう指示したとしても,実際に本件供与を阻止し得ることは相当に困難であったと考えられる。しかしながら,被告人の2回の会議における上記言動が,Yらをして本件供与に対する抵抗感を減弱させ,安んじて本件
供与の実現に向けて事に当たらせ,精神的に後押しをしたことは否定できないところである。Y及びZが被告人に前記会議を申し入れ,二度にわたり本件供与の可否について伺いを立てた趣旨が,被告人の了解を求めるためであったことを,被告人は当然に認識した上で上記言動を示したものといえるから,被告人は,Yらが本件供与に及ぶことを認識しながら,これを幇助したものと認め
られる。したがって,論旨は,以上の限度で理由がある。
第7

破棄自判よって,刑訴法397条1項により原判決を破棄し,同法400条ただし書を適用して,被告事件について更に判決をする。
(罪となるべき事実)
原判決の犯罪事実の18行目に被告人は,Y,Zほか数名と共謀の上,とあるのを,
Y,Zほか数名が共謀の上と改め,27行目に

ことを目的として,金銭を供与した。

とあるのを,ことを目的として,金銭を供与した際,被告人は,同月10日及び同月13日に,本件会社本社において,Y及びZから上記供与の可否を諮問されたのであるから,直ちに上記供与を制止すべきであり,かつ,それを制止することが可能であったのに,上記供与を制止せず,もって,Yらの上記犯行を容易にしてこれを幇助した。と加えるほかは,同事実記載のとおりである。(証拠の標目)
原判決が証拠の標目に挙示したとおりである。
(法令の適用)
被告人の判示所為は,不正競争防止法21条2項7号,18条1項,刑法62条
1項に該当するところ,所定刑中罰金刑を選択し,判示の罪は従犯であるから同法63条,68条4号により法律上の減軽をした金額の範囲内で被告人を罰金250万円に処し,その罰金を完納することができないときは,同法18条により金2万円を1日に換算した期間被告人を労役場に留置し,原審における訴訟費用については,刑訴法181条1項本文により全部これを被告人に負担させることとする。
(量刑の理由)
本件は,タイにおける火力発電所建設プロジェクトに関し,資材の輸送に必要なはしけの接岸に当たって,外国公務員等である同国の港湾局幹部から接岸の許可を得るための賄賂を要求され,共犯者らにおいて現金1100万バーツ(当時の円換算3993万円相当)を外国公務員等に供与した際,被告人がこれを幇助したとい
う事案である。本件犯行は,本件会社の複数の部門や下請け業者等の多数の関係者が関与して行われた組織的な犯行であり,国際的にも腐敗防止が叫ばれている昨今の情勢の下で,上記のとおり外国公務員等に対し多額の現金を供与するという手段で,国際商取引における公正を害したものであって,厳しい非難を免れない。被告人は本件当時,上記プロジェクトを全体的に管理する責任を担っていたエンジニアリング本部長の職にあり,また,本件会社の取締役として,従業員等の不法行為を防止すべき監督義務者でもあったところ,判示の共犯者らから本件供与の可否を諮問され,本件犯行が敢行されようとしていることを把握しながら,共犯者である部下従業員らによる違法行為に対し毅然とこれを制止することなく,本件供与に一定の理解を示すかのような言動を示しつつ,本件供与に代わる代替手段の検討を促すなどするにとどまった結果,共犯者らが本件供与に及ぶ抵抗感を減弱させて本件犯
行の遂行を容易にしたのであって,本来果たすべき職責を果たさなかった点において責任を免れない。
他方,本件犯行は,Y及びZらによって主導的に行われたものであり,被告人はこれを毅然と制止しなかった点でその責任は軽視できないものの,代替手段の検討を促して終始消極的な姿勢を示しており,被告人が積極的に本犯の犯行を推進した
わけではなく,その帰責の主たる根拠は,Yらが違法行為に走るのを止めなかったという不作為に求められるにとどまる。その上で,被告人は本件会社による処分も受け,退職を余儀なくされるなど,一定の社会的制裁を受けており,前科前歴もないことなどの酌むべき事情もあるので,その刑事責任の重さに見合う刑として,主文の罰金刑にとどめるのが相当であると判断した。
よって,
主文のとおり判決する。

令和2年4月23日
東京高等裁判所第10刑事部

裁判長裁判官

朝山芳史
裁判官

平出喜

裁判官

髙森宣裕
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