判例検索β > 平成30年(あ)第728号
殺人被告事件
事件番号平成30(あ)728
事件名殺人被告事件
裁判年月日令和2年8月24日
法廷名最高裁判所第二小法廷
裁判種別決定
結果棄却
原審裁判所名東京高等裁判所
原審事件番号平成29(う)750
原審裁判年月日平成30年4月26日
判示事項生命維持のためにインスリンの投与が必要な1型糖尿病にり患した幼年の被害者の治療をその両親から依頼された者が,両親に指示してインスリンの投与をさせず,被害者が死亡した場合について,母親を道具として利用するとともに不保護の故意のある父親と共謀した殺人罪が成立するとされた事例
裁判日:西暦2020-08-24
情報公開日2020-08-25 18:00:05
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平成30年(あ)第728号
令和2年8月24日

殺人被告事件

第二小法廷決定

主文
本件上告を棄却する
当審における未決勾留日数中740日を本刑に算入する。
理由
弁護人渡邊竜行の上告趣意は,憲法違反をいう点を含め,実質は単なる法令違反,事実誤認の主張であって,刑訴法405条の上告理由に当たらない。なお,所論に鑑み,職権で判断する。
1
第1審判決及び原判決の認定並びに記録によれば,本件の経緯は,次のとお
りである。
(1)

被害者(平成19年生)は,平成26年11月中旬頃,1型糖尿病と診断
され,病院に入院した。1型糖尿病の患者は,生命維持に必要なインスリンが体内でほとんど生成されないことから,体外からインスリンを定期的に摂取しなければ,多飲多尿,筋肉の痛み,身体の衰弱,意識もうろう等の症状を来し,糖尿病性ケトアシドーシスを併発し,やがて死に至る。現代の医学では完治することはないとされるが,インスリンを定期的に摂取することにより,通常の生活を送ることができる。
(2)

被害者の退院後,両親は被害者にインスリンを定期的に投与し,被害者は
通常の生活を送ることができていたが,母親は,被害者が難治性疾患である1型糖尿病にり患したことに強い精神的衝撃を受け,何とか完治させたいと考え,わらにもすがる思いで,非科学的な力による難病治療を標ぼうしていた被告人に被害者の治療を依頼した。被告人は,1型糖尿病に関する医学的知識はなかったが,被害者を完治させられる旨断言し,同年12月末頃,両親との間で,被害者の治療契約を締結した。被告人は,その頃,母親から被害者はインスリンを投与しなければ生きられない旨説明を受けるなどして,その旨認識していた。被告人による治療と称する行為は,被害者の状態を透視し,遠隔操作をするなどというものであったが,母親は,被害者を完治させられる旨断言されたことなどから,被告人を信頼し,その指示に従うようになった。被告人は,被害者の治療に関する指示を,主に母親に対し,メールや電話等で伝えていた。
(3)

被告人は,平成27年2月上旬頃,母親に対し,インスリンは毒であるな
どとして被害者にインスリンを投与しないよう指示し,両親は,被害者へのインスリン投与を中止した。その後,被害者は,症状が悪化し,同年3月中旬頃,糖尿病性ケトアシドーシスの症状を来していると診断されて再入院した。医師の指導を受けた両親は,被害者の退院後,インスリンの投与を再開し,被害者は,通常の生活に戻ることができた。しかし,被告人は,メールや電話等で,母親に対し,被害者を病院に連れて行き,インスリンの投与を再開したことを強く非難し,被害者の症状が悪化したのは被告人の指導を無視した結果であり,被告人の指導に従わず,病院の指導に従うのであれば被害者は助からない旨繰り返し述べるなどした。このような被告人の働きかけを受け,母親は,被害者の生命を救い,1型糖尿病を完治させるためには,被告人を信じてインスリンの不投与等の指導に従う以外にないと一途に考え,被告人の治療法に半信半疑の状態であった被害者の父親を説得し,同年4月6日,被告人に対し,改めて父親と共に指導に従う旨約束し,同日を最後に,両親は,被害者へのインスリンの投与を中止した。
(4)

その後,被害者は,多飲多尿,体の痛みを訴える,身体がやせ細るなどの
症状を来し,母親は,被害者の状態を随時被告人に報告していたが,被告人は,自身による治療の効果は出ているなどとして,インスリンの不投与の指示を継続した。同月26日,被害者は,自力で動くこともままならない状態に陥り,被告人は母親の依頼により母親の実家で被害者の状態を直接見たが,病院で治療させようとせず,むしろ,被告人の治療により被害者は完治したかのように母親に伝えるなどした。母親は,被害者の容態が深刻となった段階に至っても,被告人の指示を仰ぐことに必死で,被害者を病院に連れて行こうとはしなかった。(5)

同月27日早朝,被害者は,母親の妹が呼んだ救急車で病院に搬送され,
同日午前6時33分頃,糖尿病性ケトアシドーシスを併発した1型糖尿病に基づく衰弱により死亡した。
2
上記認定事実によれば,被告人は,生命維持のためにインスリンの投与が必
要な1型糖尿病にり患している幼年の被害者の治療をその両親から依頼され,インスリンを投与しなければ被害者が死亡する現実的な危険性があることを認識しながら,医学的根拠もないのに,自身を信頼して指示に従っている母親に対し,インスリンは毒であり,被告人の指導に従わなければ被害者は助からないなどとして,被害者にインスリンを投与しないよう脅しめいた文言を交えた執ようかつ強度の働きかけを行い,父親に対しても,母親を介して被害者へのインスリンの不投与を指示し,両親をして,被害者へのインスリンの投与をさせず,その結果,被害者が死亡するに至ったものである。母親は,被害者が難治性疾患の1型糖尿病にり患したことに強い精神的衝撃を受けていたところ,被告人による上記のような働きかけを受け,被害者を何とか完治させたいとの必死な思いとあいまって,被害者の生命を救い,1型糖尿病を完治させるためには,インスリンの不投与等の被告人の指導に従う以外にないと一途に考えるなどして,本件当時,被害者へのインスリンの投与という期待された作為に出ることができない精神状態に陥っていたものであり,被告人もこれを認識していたと認められる。また,被告人は,被告人の治療法に半信半疑の状態ながらこれに従っていた父親との間で,母親を介し,被害者へのインスリンの不投与について相互に意思を通じていたものと認められる。
以上のような本件の事実関係に照らすと,被告人は,未必的な殺意をもって,母親を道具として利用するとともに,不保護の故意のある父親と共謀の上,被害者の生命維持に必要なインスリンを投与せず,被害者を死亡させたものと認められ,被告人には殺人罪が成立する。以上と同旨の第1審判決を是認した原判断は正当である。よって,刑訴法414条,386条1項3号,181条1項ただし書,刑法21条により,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官

草野耕一

裁判官

菅野博之

岡村和美)
裁判官

三浦


裁判官

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