判例検索β > 平成28年(ワ)第24051号
損害賠償請求事件
事件番号平成28(ワ)24051
事件名損害賠償請求事件
裁判年月日令和2年5月29日
裁判所名・部東京地方裁判所
裁判日:西暦2020-05-29
情報公開日2020-08-14 16:00:27
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令和2年5月29日判決言渡
第24051号
口頭弁論終結日

同日原本領収

裁判所書記官

損害賠償請求事件

令和2年1月22日
判主決文1
原告らの請求をいずれも棄却する。

2
訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由

第1
1
請求
被告は,原告Aに対し,1億7159万9202円及びこれに対する平成22年12月24日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2
被告は,原告Bに対し,2310万円及びこれに対する平成22年12月24日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3
被告は,原告Cに対し,1100万円及びこれに対する平成22年12月24日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2
1
事実関係
事案の概要
本件は,被告が運営する慶應義塾大学病院(以下被告病院という。)において先天性心疾患の治療のため人工心肺下の心臓手術(以下本件手術
という。)を受けた原告A並びにその両親である原告B及び原告Cが,術後,原告Aが低酸素性虚血性脳症を発症して脳神経障害の後遺症を残すに至ったのは,被告病院の医師らが,①術前に再度心エコー検査を実施する注意義務,術中に,②脳モニターを使用する注意義務及び③血液ガス分析の結果から送血カニューレの位置や角度を調整する注意義務を負っていたにもかか
わらず,これらを怠ったことによるものであると主張して,被告に対し,診療契約上の債務不履行又は不法行為(使用者責任)に基づく損害賠償請求として,原告Aについて1億7159万9202円,原告Bについて2310万円,原告Cについて1100万円の各損害金及びこれらに対する本件手術の日である平成22年12月24日から各支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
2
前提事実
以下の事実及び医学的知見は,当事者間に争いがないか,又は,掲記の証拠及び弁論の全趣旨によって容易に認められる。


当事者等

原告Aは,平成22年9月5日生まれの女児である。
原告Bは同Aの父であり,原告Cは同Aの母である(以下では,原告B
及び同Cを併せて原告両親という。)。
(甲A1〔6頁〕)

被告は,被告病院を運営する法人である。
D(以下D医師という。)は,小児循環器を専門とする医師であり,本件当時,被告病院に所属して診療を行いながら,足利赤十字病院でも診
療を行っており,両病院において,原告Aの診療を担当した者である。E(以下E医師という。)は,本件当時,被告病院心臓血管外科の診療副部長を務める医師であり,被告病院において,本件手術を担当した者である。


医学的知見

心房中隔欠損症(ASD)
先天性心疾患の一つであり,左右の心房を隔てる心房中隔に欠損孔があり,欠損孔を通じて左房から右房への短絡(血液の交通)が生じる疾患である。

ASDの頻度は,全先天性心疾患の約7~13%であり,女性に多い。ASDを有する患児のうち数%が乳児期に心不全を呈するが,多くの場合,思春期までは無症状である。加齢とともに,運動耐容能の低下,動悸,息切れ,易疲労性が現れる。うっ血性心不全,僧帽弁逆流,三尖弁逆流,肺高血圧を合併することもある。
ASDは,早期の外科的治療により予後が改善することが報告されており,25歳未満の手術例では,術後の生活の質,生命予後は一般と変わら
ないとされる。
(甲B1,2,6,乙B2の1)

心室中隔欠損症(VSD)
先天性心疾患の一つであり,左右の心室を隔てる心室中隔に欠損孔があり,欠損孔を通じて左右の心室に短絡が生じる疾患である。

VSDの発生頻度は,先天性心疾患の中で最も多い。
VSDは欠損孔の自然閉鎖が認められることが多い疾患であり,2歳までに25~40%が自然閉鎖する。
欠損孔が小さい場合には,基本的に内科的に管理する。欠損孔が大きく,肺高血圧や心不全を伴う乳児では,呼吸困難,哺乳力低下,尿量減少,体
重増加不良,肝腫大等の症状があり,手術による閉鎖が必要となる。VSDを有する乳児(ほとんどが生後6か月以内)の最大6分の1がうっ血性心不全を生じるが,手術で欠損孔を閉鎖しない限り,以後6か月以上生存することはできない。大きなVSDを有する乳児で最も経過が不良な場合は,生後2~6か月で心不全と肺合併症を生じて,1~2か月の経
過で死亡する。
幼少期に手術が実施された場合,長期経過は良好なことが多い。
(甲B1,2,6,乙B2の2,B3)

大動脈肺動脈窓(APW)
先天性心疾患の一つであり,上行大動脈の左側と肺動脈の右側の間にある大動脈肺動脈中隔に欠損孔(窓)があり,欠損孔を通じて大動脈から肺動脈への短絡が生じる疾患である。
APWは,全先天性心疾患の0.2~1.5%を占めるにすぎない稀な疾患である。
APWでは,左右短絡(左心系から右心系への短絡)及び高度の肺高血圧を来し,多くの場合,乳児期早期から重篤な症状を呈し,多呼吸,哺乳
困難,体重増加不良,肝腫大,乏尿等の心不全の症状が見られるため,早期の手術介入(欠損孔の閉鎖)が必要である。遠位APW(type2)では,経大動脈切開をしなければ,術中に欠損孔の位置を診断することは難しい。
APWを根治しない場合の乳児の予後は不良であり,生後1年以内の死
亡率は40%とされる。
(甲B3,6,7,乙B2の3,B4)

心臓血管系における血管及び上半身の体循環の動脈について
大動脈は左室から全身へ血液を送り出す血管であり,その根元の部分
(左室から出た部分)を大動脈基部,大動脈基部から上方へ伸びた部分を上行大動脈,上行大動脈に続き左方向へ背側に湾曲した部分を大動脈弓部,大動脈弓部に続き下方へ伸びた部分を下行大動脈という。
大動脈弓部からは,腕頭動脈(無名動脈),左総頸動脈及び左鎖骨下動脈の3本の動脈が分枝する(頸部分枝)。

腕頭動脈は,わずかに上行してすぐに右鎖骨下動脈と右総頸動脈に分かれる。
左右の鎖骨下動脈からは脳及び脊髄を栄養する椎骨動脈が分枝する。左右の総頸動脈は,上行して,外頸動脈と内頸動脈に分枝する。内頸動脈は,更に,眼動脈,前大脳動脈,中大脳動脈に分枝する。前大脳動脈は
脳の前頭葉及び頭頂葉を栄養し,中大脳動脈は中脳及び大脳半球側面を栄養する。


事実経過

原告Aは,平成22年9月5日,出生した。
(甲A1〔6頁〕)


原告Aは,同年9月25日,心雑音を指摘された。
原告Aは,同年10月5日,心雑音を指摘されるとともに,心エコー検
査(1回目の心エコー検査)を受けて,心房中隔欠損症(ASD)と診断された。
(甲A2,21〔1,2頁〕~23,乙A3〔26頁〕)

原告Aは,同年10月19日,心エコー検査(2回目の心エコー検査)を受けて,ASD及び心室中隔欠損症(VSD)と診断された。

(甲A2,21〔2頁〕,乙A11〔1頁〕)

D医師は,同年11月4日,足利赤十字病院において,原告Aに対し,心エコー検査(3回目の心エコー検査)を実施して,ASD,VSD,うっ血性心不全,肺高血圧症と診断した。
(甲A3,21〔2頁〕,乙A11〔1頁〕)


D医師は,同年11月8日及び同月18日,足利赤十字病院において,原告Aに対し,心エコー検査(4,5回目の心エコー検査)を実施した。(甲A4,5,21〔2頁〕)


原告両親は,同年11月24日,原告Aの法定代理人として,被告との間で,原告Aの先天性心疾患の治療について診療契約を締結した。
同日,D医師は,被告病院において,原告Aに対し,心エコー検査(6回目の心エコー検査)を実施して,前記エと同様の診断をした。
(甲A21〔1,2頁〕,乙A3〔6~8,23頁〕,11〔1頁〕)キ
被告病院小児科のF医師(以下F医師という。)は,同年12月22日,原告Aに対し,心エコー検査(7回目の心エコー検査。以下本件心エコー検査という。)を実施した。本件心エコー検査において,原告Aについて,ASD及びVSDに加えて,大動脈肺動脈窓(APW)の存在が疑われる所見が得られた。(乙A1の1〔69頁〕,1の2〔191頁〕)

E医師を執刀医とする原告Aの手術チームは,原告AにASD及びVSDに加えてAPWが存在することを想定して,同年12月24日,本件手
術を実施した。
しかし,本件手術の結果,原告AにAPWは存在しないことが判明した。(乙A11〔2頁〕,12〔2頁〕)

原告Aは,本件手術後,低酸素性虚血性脳症を発症した。
(乙A1の1〔128頁〕,A3〔43頁〕)


原告Aは,平成23年4月10日,被告病院を退院したが,その際,左上肢優位の痙性四肢麻痺,体幹の筋緊張低下,追視なし及び嚥下障害等の脳神経障害を残していた。
(乙A4〔18頁〕)



専門家の意見
本件訴訟においては,小児心臓外科を専門とするG医師(以下G鑑定人という。)及びH医師(以下H鑑定人という。),並びに麻酔科を専門とするI医師(以下I鑑定人という。)及びJ医師(以下J鑑定人という。)の4名を鑑定人として,鑑定が実施された。

3
争点


被告病院の医師らが,本件心エコー検査で初めて指摘されたAPWの所見に関して,過去6回にわたり実施されAPWの所見が確認されなかった心エコー検査の記録を取り寄せて分析した上,再度心エコー検査を実施する注意義務を負っていたか否か(再度心エコー検査を実施する注意義務の有無)



被告病院の医師らが,本件手術において,無侵襲脳内酸素飽和度モニター(脳モニター)を使用して,前額部の脳局所酸素飽和度(rSO2)を測定し,術中に脳に虚血や灌流障害が生じていないかモニタリングを行い,虚血等が生じていることを示す数値が認められた場合には,送血カニューレを動かして位置や角度を調整する注意義務を負っていたか否か(脳モニターを使用する注意義務の有無)



被告病院の医師らが,遅くとも原告Aの代謝性アシドーシスが進行してBE値(ベースエクセス)が-7.7を下回った平成22年12月24日午後0時25分頃の時点において,頸部分枝(特に腕頭動脈及び左総頸動脈)の灌流障害による脳の虚血を疑い,送血カニューレの位置や角度を調整する注意義務を負っていたか否か(血液ガス分析の数値から原因を探索し解
消する注意義務の有無)


再度心エコー検査を実施する注意義務違反と結果との間の相当因果関係


脳モニターを使用する注意義務違反と結果との間の相当因果関係



血液ガス分析の数値から原因を探索し解消する注意義務違反と結果との間の相当因果関係


4
原告らの損害
当事者の主張



争点⑴(再度心エコー検査を実施する注意義務の有無)についてア
原告らの主張
APWは,比較的稀な疾患であり,また,心エコー検査による鑑別が困難なこともあるため,その存在が疑われる場合でも,実は存在しない可能性がかなりある。原告Aは,本件心エコー検査で初めてAPWの可能性を指摘されたものの,過去6回の心エコー検査では一度も指摘されていなかったのであり,実際に,APWは存在しなかった。

APW閉鎖術においては,ASD及びVSDのみの閉鎖術と比べ,心臓からより遠位(頭側)の上行大動脈の頸部分枝に近い部位に送血カニューレを挿入しなければならず,この場合,カニューレ先端の位置や角度によっては,頸部分枝への灌流が阻害されて不可逆的な脳損傷が発生するおそれがあるから,APWの存否は慎重に確認する必要がある。なお,術前,原告Aに重篤な心不全症状は存在しなかったから,予定日を変更することなく早急に本件手術を実施する必要はなかった。
したがって,被告病院の医師らは,本件心エコー検査で初めて指摘されたAPWの所見に関して,過去6回にわたり実施されAPWの所見が確認されなかった心エコー検査の記録を取り寄せて分析した上,再度心エコー検査を実施して,APWの存否を確認する注意義務を負っていた。しかし,被告病院の医師らは,過去の心エコー検査の記録を取り寄せ
て分析することも,また,再度心エコー検査を実施することもなく,本件心エコー検査の結果のみからAPWの疑いがあるとして,それを前提に本件手術を実施し,APWの疑いがない場合の挿入位置に比べ,心臓からより遠位(頭側)の上行大動脈の頸部分枝に近い部位に送血カニューレを挿入した。


被告の認否・反論
被告病院の医師らにおいて,過去の心エコー検査の記録を取り寄せて分析しなかったこと,再度心エコー検査を実施しなかったこと,APWの疑いがあることを前提に予定日を変更することなく本件手術を実施し
たこと,APWの疑いがない場合の挿入位置に比べ,心臓からより遠位(頭側)の上行大動脈の頸部分枝に近い部位に送血カニューレを挿入したことは認めるが,過去の心エコー検査の記録を取り寄せて分析した上,再度心エコー検査を実施する注意義務を負っていたことは争う。
原告Aの術前の心不全の状況は,体重増加不良,哺乳不良,頻呼吸や
陥没呼吸が見られるなど,極めて重篤であり,外科手術以外に治療方法は存在しなかったから,救命するためには,APWの存否にかかわらず,できるだけ速やかに手術を実施する必要があった。
また,本件心エコー検査は,小児の心エコー検査に習熟し稀な先天性心疾患を含め数多くの症例を扱ってきた経験豊かな小児循環器の専門医が,検査に適した機器・環境の下で,十分な時間をかけて実施したものである上,原告Aの心不全徴候が強く,胸部レントゲン画像上,右肺優
位の肺血管陰影や右肺動脈の拡大が認められたことをも考慮して,APWの可能性を疑ったものであるから,その判断の信用性は高く,過去の検査記録の取寄せや再度の心エコー検査を実施する必要性は乏しい。心エコー検査はその読影に限界があるため有益性は必ずしも高くない一方で,術前の検査を追加ないし反復することは原告Aの身体に大きな
負担を生じさせるおそれがあるから,再度心エコー検査を実施することなく,術中の目視によってAPWの存否を確認することにした判断には合理性がある。

争点⑵(脳モニターを使用する注意義務の有無)についてア
原告らの主張
心臓血管外科手術において体外循環に起因する脳灌流量の不足やカニューレトラブル等を未然に防ぐために脳モニターが存在し,これを使用することは医療水準となっていた。本件手術当時,被告病院には脳モニターが常備されていたし,また,本件手術では頸部分枝に近い部位に送
血カニューレが挿入されるため,脳灌流障害をもたらす可能性が高かったから,被告病院の医師らは脳モニターを使用すべきであった。
なお,脳モニターで測定される前額部の脳局所酸素飽和度(rSO2)は,脳に限局した灌流障害が生じた場合には必ずしも中心静脈酸素飽和度(ScvO2)と相関せず,また,脳の灌流障害が生じた場合には,
ScvO2の値は影響を受けないため,ScvO2をモニタリングしていれば十分というものではない。
したがって,被告病院の医師らは,本件手術において,脳モニターを使用して,rSO2を測定し,術中に脳に虚血や灌流障害が生じていないかモニタリングを行い,虚血等が生じていることを示す数値が認められた場合には,頸部分枝への灌流障害を疑い,これを解消するために,送血カニューレを動かして位置や角度を調整する義務を負っていた。
しかし,被告病院の医師らは,脳モニターを用いたモニタリングを怠り,術中に脳に虚血等が生じていることを見逃したため,送血カニューレの位置や角度の調整を行わなかった。

被告の認否・反論
被告病院の医師らが本件手術において脳モニターを使用しなかったこと,送血カニューレの位置や角度の調整を行わなかったことは認めるが,心臓血管外科手術において脳モニターを使用することが医療水準となっていたことは否認し,被告病院の医師らが脳モニターを使用する注意義務を負っていたことは争う。

脳モニターは,その信頼性は懐疑的であり,本件手術当時,小児を含む心臓外科の麻酔管理において術中の標準的モニターとして推奨されておらず,実際に,心臓手術の設備が充実している都内の多くの施設においても,その使用は一般的ではなかった。
また,脳酸素需給バランスの標準的なモニターはScvO2であり,
rSO2はScvO2と相関しその代用若しくは補助的なモニターと考えられているところ,被告病院の医師らは,本件手術において,ScvO2を適切にモニタリングしている。
さらに,一旦挿入した送血カニューレを完全人工心肺・心停止下で動かすことは,そのこと自体に,挿入箇所からの出血,一旦使用した箇所
が利用できなくなる可能性,かえって血流が悪くなる可能性,奥に入れすぎ又は抜けてしまう可能性等の重大なリスクを伴うものであり,特に原告Aのように大動脈のサイズが小さい乳児における上記リスクは,過少に見積もられるべきではない。


争点⑶(血液ガス分析の数値から原因を探索し解消する注意義務の有無)について


原告らの主張
原告Aの血液ガス分析のデータは,人工心肺開始前には低酸素や虚血を示す異常は認められなかったのに,開始後は,BE値(ベースエクセス)が急激に低下し,Lac(乳酸値)は上昇して,代謝性アシドーシスの進行を示した。
その際,体外循環の流量は確保されており,十分な尿量があったから,
腎臓等の下半身には灌流障害は発生しておらず,他方,送血カニューレが頸部分枝に近い部位に挿入されていたのであるから,被告病院の医師らは,上記の代謝性アシドーシスの原因は,脳に灌流障害が発生し局所的に虚血による嫌気性代謝が進行したことによるものと推論すべきであった。

このように,脳の灌流障害が疑われた以上,被告病院の医師らは,送血カニューレを動かし位置や角度を調整して灌流障害を解消する必要があった。
したがって,被告病院の医師らは,遅くとも原告Aの代謝性アシドーシスが進行してBE値が-7.7を下回った平成22年12月24日午
後0時25分頃の時点において,頸部分枝(特に腕頭動脈及び左総頸動脈)の灌流障害による脳の虚血を疑い,送血カニューレの位置や角度を調整する注意義務を負っていた。
しかし,被告病院の医師らは,頸部分枝の灌流障害による脳の虚血を疑わなかったため,送血カニューレの位置や角度の調整を行わなかった。

被告の認否・反論
人工心肺開始後にBE値が低下しLacが上昇したこと,体外循環の流量は確保されており十分な尿量があったこと,送血カニューレが頸部分枝に近い部位に挿入されていたこと,被告病院の医師らがカニューレの位置や角度の調整を行わなかったことは認めるが,被告病院の医師らが,原告AのBE値が-7.7を下回った時点において,頸部分枝の灌
流障害による脳の虚血を疑い,送血カニューレの位置や角度を調整する注意義務を負っていたことは争う。
BE値の低下は,何らかの嫌気性代謝の存在を示唆する所見ではあるが,脳虚血を示唆するものではないし,また,開心術中にLacが上昇することは稀ではなく,低心拍出状態,心原性ショック,又は,アドレ
ナリン,プロポフォールあるいはラクテートリンゲル液の使用等の様々な原因が考えられるほか,原告Aの場合には,手術開始直前までの心不全に起因する末梢循環不全による乳酸の発生が,遅れて数値として現れた可能性もあった。
他方,脳酸素需給バランスの指標であるScvO2は90%以上を維
持しており良好であったし,送血温度,脱血温度,鼻咽頭温度及び直腸温度が同様の変化を見せていたから,被告病院の医師らは,全身で偏りなく血液循環が行われ,酸素が消費されていると判断した。
そして,上記⑵イ

のとおり,一旦挿入した送血カニューレを動かす

ことにはリスクが伴うから,脳の灌流障害を疑う合理的な理由のない本
件においては,カニューレを動かすべきではなかった。


争点⑷(再度心エコー検査を実施する注意義務違反と結果との間の相当因果関係)について

原告らの主張
APWは,過去6回の心エコー検査で指摘されず,結果的にも存在しなかったのであるから,再度心エコー検査が実施されていれば,本件心エコー検査におけるAPWの指摘が誤りであり,これが存在しないことを術前に確認できた。
その場合には,ASD及びVSDの閉鎖術のみが行われることとなり,送血カニューレが本件手術における挿入位置に挿入されることはなかったから,頸部分枝への灌流障害による脳の虚血が生じなかった高度の蓋然性
がある。
したがって,再度心エコー検査を実施する注意義務違反と低酸素性虚血性脳症の発症という結果との間には相当因果関係がある。

被告の認否・反論
APWが過去6回の心エコー検査で指摘されず結果的にも存在しなかっ
たことは認めるが,その余は否認する。
送血カニューレの直径からすれば,これが頸部分枝を塞ぐことは物理的にあり得ず,脳の虚血は生じ得ない。
そもそも,原告らは,本件における送血カニューレの位置や角度にいかなる問題があり,いかなる機序で脳灌流障害が生じたのかを特定しておら
ず,原告らの主張はそれ自体失当である。


争点⑸(脳モニターを使用する注意義務違反と結果との間の相当因果関係)について

原告らの主張
被告病院の医師らが,本件手術において脳モニターを使用してrSO2を測定し,遅くとも代謝性アシドーシスが明らかになった平成22年12月24日午後0時5分頃までに脳に虚血が生じていることを認識して,送血カニューレの位置や角度を調整していれば,頸部分枝への灌流障害による脳の虚血が生じず,本件手術後,低酸素性虚血性脳症を発症しなかった
高度の蓋然性がある。
したがって,脳モニターを使用する注意義務違反と低酸素性虚血性脳症の発症という結果との間には相当因果関係がある。

被告の認否
被告病院の医師らが本件手術において脳モニターを使用してrSO2を測定しなかったこと,人工心肺開始後,送血カニューレの位置や角度を調整しなかったこと,本件手術後,原告Aが低酸素性虚血性脳症を発症した
ことは認めるが,その余は否認する。


争点⑹(血液ガス分析の数値から原因を探索し解消する注意義務違反と結果との間の相当因果関係)について

原告らの主張
被告病院の医師らが,血液ガス分析の数値から原因を探索し,脳に虚血
が生じていることを認識して,送血カニューレの位置や角度を調整していれば,頸部分枝への灌流障害による脳の虚血が生じず,本件手術後,低酸素性虚血性脳症を発症しなかった高度の蓋然性がある。
したがって,血液ガス分析の数値から原因を探索し解消する注意義務違反と低酸素性虚血性脳症の発症という結果との間には相当因果関係がある。

被告の認否
被告病院の医師らが,人工心肺開始後,送血カニューレの位置や角度を調整しなかったこと,本件手術後,原告Aに低酸素性虚血性脳症が発症したことは認めるが,その余は否認する。



争点⑺(原告らの損害)について

原告らの主張
原告Aの損害
a
介護費用(提訴時まで)

1929万円

原告Aは,平成23年4月10日,被告病院を退院して以降,自宅で原告両親の介護を受けており,同日から訴訟提起の日の前日(平成28年7月20日)までに生じた介護費用は,以下のとおりである。1万円(1日に要する介護費用)×1929日(平成23年4月10日から平成28年7月20日までの日数)
=1929万円
b
将来介護費用

7159万7305円

1万円(1日に要する介護費用)×365日×19.6157(5
歳女性の平均余命81.64歳に対応するライプニッツ係数)
=7159万7305円
c
10万0695円

d
介護に必要な器具の費用
介護実費(提訴時まで)

150万6388円

e
将来介護実費

221万0061円

11万2668円(1年に要する介護実費)×19.6157(5歳女性の平均余命81.64歳に対応するライプニッツ係数)
=221万0061円
fg
その他費用

h
治療・リハビリの交通費

後遺症による逸失利益

100万円
5万9800円
3523万5026円

466万7200円(賃金センサス平成22年・男女計学歴計)×100%(労働能力喪失率)×7.5495(18歳から67歳までの49年間に対応するライプニッツ係数)
=3523万5026円

i
後遺症による慰謝料

2500万円

原告Aは,被告病院の医師らの注意義務違反により,重篤な後遺症を残し,以後の人生を重度の障がい者として生きることを余儀なくされたのであり,その苦痛を金銭に換算すると,2500万円を下回ることはない。

j
弁護士費用

1559万9927円
k
合計

1億7159万9202円

原告両親の損害
a
固有の慰謝料

各1000万円

原告両親は,被告病院の医師らの注意義務違反により,実子である原告Aに重篤な後遺症が残り,両親として原告Aの生涯にわたる介護
を余儀なくされ,原告Aの死亡に比肩する精神的苦痛を被ったものであり,これを金銭に換算すると,各1000万円を下回ることはない。b
原告Bのその他の損害


1000万円



家の建築費
車の購入費

100万円

c
弁護士費用


原告B

210万円



原告C

100万円

d
合計



原告B

2310万円



原告C

1100万円

被告の認否
争う。

第3
当裁判所の判断

1
認定事実
前記前提事実,証拠(甲A21,乙A11~13,原告C本人,証人D医師,同E医師及び同K〔以下K医師という。〕のほかは,掲記のとおり)及び弁論の全趣旨によれば,以下の医学的知見及び事実が認められる。⑴

医学的知見

APWの鑑別検査
APWの鑑別には心エコー検査が有用であり,上行大動脈の拡大及び大動脈肺動脈中隔の欠損が見られるほか,カラードプラ法(ドプラ効果を用いて血流を二次元的に可視化するもので,一般的には,探触子に近づく血流を赤で,遠ざかる血流を青で表示し,血流速度を色の濃さで表示する。)によって大動脈から肺動脈への血流が見られる。
もっとも,心エコー検査による鑑別を行う場合,大動脈肺動脈中隔の欠
損を認識することが困難な場合もある。すなわち,欠損のない正常例においてもアーチファクト(虚像)として断裂像を呈することがあり,真の欠損孔との鑑別が必要となる。また,カラードプラ法で得られる血流速度は三次元空間内を流れる血流速度の探触子に向かう成分のみであるため,一つの血流であっても,血流の方向と超音波ビームの方向の位置関係によっ
ては異なる色で表示されたり,全く表示されないことがあり,また,反対に,異なる血流であっても,探触子に向かう流速成分が近似している場合には,両者の区別が困難なことがある。
なお,心エコー検査は,非侵襲的で診断能力の高い検査法であるが,検査が長時間にわたると,新生児や乳児では,体温の低下を来して,心不全
やチアノーゼの悪化を招く可能性があるため,注意が必要とされる。(甲B3,6,14,乙B11)

APWに対する手術における送血カニューレの挿入位置
先天性心疾患に対する開心術においては,人工心肺を使用し,体外循環
下で手術手技を行うが,その際には,送血カニューレを挿入して,上行大動脈に送血する。
APWに対する手術においては,人工心肺の送血カニューレは,ASD及びVSDのみに対する手術におけるカニューレの挿入位置よりも遠位(心臓から遠い位置)に挿入される。それは,送血カニューレを,上行大
動脈の可能な限り遠位の,欠損孔から十分に離れた位置に挿入することによって,欠損孔の修復の妨げにならないようにする必要があるからである。(甲B13,乙B6,証人E医師〔9頁〕,G鑑定人,H鑑定人,J鑑定人)

人工心肺使用中の循環動態に関するモニター
人工心肺使用中の患者は,人工的な血液循環等の非生理的な状況にある
から,患者と人工心肺の状態を把握して生命維持に当たる必要がある。人工心肺使用中の患者の循環動態に関するモニターとしては,以下のようなものがある。
無侵襲脳内酸素飽和度モニター(脳モニター)
脳モニターは,近赤外線分光法(NIRS)の一種であり,近赤外線
を体表(前額部)から経頭蓋骨的に投射し,脳組織内で反射して返ってきた信号を分析して,脳組織内の酸素飽和度(脳局所酸素飽和度〔rSO2〕)を計測するものであり,非侵襲的・連続的なモニターが可能である。
rSO2は,前額部にプローブを装着して,プローブ装着部位直下の
虚血変化を経時的に検出する。脳モニターが示すrSO2の絶対値は,様々な因子により影響を受け,真の酸素飽和度と異なるため,信頼性はない。そのため,麻酔開始前に得られた値を基準値として,術中のrSO2値が基準値から20~30%低下した場合に虚血の可能性が示唆されるにとどまる。

本件手術当時に公表されていた,日本心臓血管外科学会等複数の学会が作成した人工心肺装置の標準的接続方法およびそれに応じた安全教育等に関するガイドライン(平成19年3月作成。以下本件ガイドラインという。)には,人工心肺使用中の脳モニターの使用についての言及はない。

被告病院では,本件当時,成人に対する手術には脳モニターを使用していたが,小児の心臓手術には使用しておらず,小児の心臓手術で脳モニターをScvO2モニターと併用するようになったのは,平成28年頃からであった。
(甲B8~10,乙B7,証人E医師〔26~28頁〕,同K医師〔33頁〕,I鑑定人,J鑑定人)
中心静脈血酸素飽和度(ScvO2)
ScvO2は,上大静脈を灌流する血液中の酸素飽和度であり,生体における酸素消費及び酸素運搬の関係を示すパラメータである。
上大静脈は,上半身の血液を集めて右房に流れ込む静脈であり,頭部,頸部,胸部,肩甲部,上肢からの血液を受ける。
(乙B15,G鑑定人,I鑑定人,J鑑定人)

pH(水素イオン濃度),BE値(ベースエクセス),Lac(乳酸値)
全身又は一部の組織が虚血(低酸素)となり,細胞レベルで酸素を使用しない代謝(嫌気性代謝)が進むと,乳酸が産生されることで酸が増加してアシドーシスに傾くため(代謝性アシドーシス),循環動態の悪い患者は,血液が酸性に傾きやすい。
アシドーシスを示す指標として,pH,BE値,Lacがある。pHは,酸性又はアルカリ性の度合いを数値で表すものであり,7が中性であり,それ未満であれば酸性,それより大きければアルカリ性を示す。
BE値は,塩基過剰の程度を示す指標であり,BE値がマイナスの場合はアシドーシスが存在する。成人の場合,体外循環中であっても,pHは7.35~7.45,BE値は0±4が望ましいとされる。
末梢の血液循環が非常に悪い患者では,嫌気性代謝により産生された乳酸が末梢組織に貯蔵され,人工心肺の開始により末梢循環動態が改善
されることで,貯蔵された乳酸が全身の血液に循環し,Lacの上昇と代謝性アシドーシスが認められることがある(ウォッシュアウト)。(甲B19,20,乙A12〔11頁〕,G鑑定人)
尿量
尿量は,良好な循環動態が得られなければ維持されない。腎臓は,血流の自己調節機能が破綻するのが比較的早いため,尿量が維持され,腎血流が保たれている場合には,身体の主要臓器の血流も保たれていると
いうことになる。
尿量は,最低でも1ml/kg/時が必要で,5~10ml/kg/時が望ましいとされる。
(甲B19)


事実経過

原告Aは,平成22年9月5日午前5時23分,群馬県太田市に所在する藤井レディースクリニックにおいて,原告両親の次女として,出生した。出生時の体重は3062g,身長は47.0㎝であった。
(甲A1〔6頁〕)


原告Cは,同年9月25日,原告Aに感冒症状(鼻汁・咳)が見られたため,同原告に,群馬県太田市に所在する太田東こども&おとな診療所(以下太田東診療所という。)を受診させた。
同診療所のL医師は,原告Aに心雑音があると指摘した。
原告Cは,同年10月5日,藤井レディースクリニックで原告Aに生後1か月健診を受けさせたが,その際にも,原告Aに心雑音があると指摘さ
れた。
そのため,原告Cは,同日,原告Aに太田東診療所を受診させたが,L医師は,原告Aに対し,心エコー検査(1回目の心エコー検査)を実施して,ASDと診断した。
(甲A2,21〔1,2頁〕~23,乙A3〔26頁〕)


原告Cは,太田東診療所から足利赤十字病院の紹介を受け,同年10月19日,原告Aに同病院を受診させた。
足利赤十字病院小児科のM医師は,同日,原告Aに対し,心エコー検査(2回目の心エコー検査)を実施して,直径5㎜のASD及び直径約4~6㎜のVSDが認められると診断した。
(甲A2,21〔2頁〕,乙A11〔1頁〕)


原告Aは,同年11月4日,足利赤十字病院において,D医師の診察を受けた。
D医師は,原告Aに対し,心エコー検査(3回目の心エコー検査)を実施して,ASD,VSD,うっ血性心不全,肺高血圧症と診断した。この際,原告Aには,陥没呼吸が認められた。

D医師は,原告Cに対し,原告Aに手術が必要であることを説明して,被告病院での手術を勧めた。
(甲A3,21〔2頁〕,乙A3〔2頁〕,11〔1頁〕,証人D医師〔4頁〕)

原告Aは,同年11月7日,原告Cが授乳した後に嘔吐した。
また,原告Aについて,頻呼吸,陥没呼吸があり,呼吸が苦しそうであったため,原告Cは,足利赤十字病院の救急外来を受診させ,原告Aは,精査加療目的で同病院に入院することになった。入院時の原告Aの体重は4.22㎏,身長は56.0㎝であった。
M医師は,原告Aを診察して,頻呼吸(60~70/分),陥没呼吸,
頻脈(160~180回/分),哺乳不良を認めたことから,心不全の増悪を疑った。
(甲A21〔3,4頁〕,乙A3〔22,26頁〕)

D医師は,同年11月8日,足利赤十字病院において,原告Aに対し,心エコー検査(4回目の心エコー検査)を実施して,VSDは大きく,ASDは直径約5㎜程度であり,いずれも左右短絡が目立つ旨診断した。(甲A4,21〔6頁〕)

原告Aは,同年11月13日,内服薬により陥没呼吸の程度が軽減して,心不全症状の増悪はないと考えられたため,試験外泊として自宅に戻り,同月15日,そのまま足利赤十字病院を退院した。
(甲A21〔6頁〕,乙A3〔26頁〕)


D医師は,同年11月18日,足利赤十字病院において,原告Aに対し,心エコー検査(5回目の心エコー検査)を実施して,VSDは直径6.5㎜,ASDは直径4.8㎜であり,いずれも有意に左右短絡が認められる旨診断した。
D医師は,同日,M医師の代筆により,被告病院に宛てて,原告Aの診
療情報提供書(患者紹介状)を作成した。その内容は,原告Aには,出生後から頻呼吸が認められていたが,生後1か月半頃からは頻呼吸が増悪して,陥没呼吸を伴うようになり,同年11月7日からは,心不全症状の増悪と考えられる状態になったため,経過観察の目的で足利赤十字病院に1週間程度入院した。現在は全身状態及び呼吸状態が比較的安定しているこ
とから,被告病院心臓外来の受診を勧めたというものであった。
(甲A5,21〔6頁〕,乙A3〔22頁〕)

原告両親は,足利赤十字病院から被告病院の紹介を受け,同年11月24日,原告Aに同病院を受診させた。

D医師は,原告Aに対し,心エコー検査(6回目の心エコー検査)を実施して,ASDは直径6.5㎜,VSDは直径約8.3㎜であり,ASD,VSD,うっ血性心不全,肺高血圧症と診断した。
その際,原告Aは,体重は4114g,身長は55.8㎝とやせている状態で,表情は良く,にこにこして,活発に動いており,チアノーゼや浮
腫は認められず,呼吸数は50回/分程度であり,陥没呼吸はあるものの,同年11月4日の足利赤十字病院における診察時よりも軽度であった。(甲A6,21〔1,2頁〕,乙A3〔6~8,22,23頁〕,11〔1頁〕)

同年12月1日,原告Aについて,被告病院の小児科循環器班及び心臓血管外科の医師らによる心臓合同カンファレンスが開かれたが,その結果,VSD(2型),ASD,肺高血圧症,両心負荷,うっ血性心不全であり,
体重増加不良から見て心不全は重度と診断され,利尿薬の投与等の一般的な心不全の治療を行ったにもかかわらず,改善せず,体重が増加しないため,栄養状態等がより悪くなる前に,また,呼吸器がウイルスに感染しないうちに,できるかぎり早期に手術を実施するのが妥当と判断され,同月24日に手術を実施する予定とされた。

(乙A3〔8,26頁〕,11〔1,2頁〕,12〔1頁〕,証人D医師〔5,6頁〕,同E医師〔5,6頁〕)

原告Aは,同年12月2日,足利赤十字病院において,D医師の診察を受けた。
D医師は,原告Cに対し,上記コの内容を説明し,原告両親は,同年1
2月24日に原告Aに手術を受けさせることを決め,D医師にその旨申し込んだ。
D医師は,原告Aに強い陥没呼吸が認められたため,同原告が被告病院に入院後,同病院小児科のN医師に,呼吸器病変の合併について診察を依頼する方針とした。

(甲A21〔7頁〕,乙A3〔8頁〕,証人D医師〔20~23頁〕)シ
原告Aは,同年12月21日,ASD及びVSDに対する手術を受ける目的で,被告病院に入院した。入院時の原告Aの体重は4216g,身長は58.6㎝であり,著しい体重増加不良の状態であった。

原告Aは,同日,胸部レントゲン検査を受けた。その結果,右心室の肥大が疑われる所見及び右肺血管の透過性亢進,右肺の部分的な無気肺,両肺の過膨張の所見が得られた。原告Aには著明な陥没呼吸も認められたが,被告病院小児科のN医師は,上記の画像所見及び陥没呼吸については,肺疾患の可能性は低く,ASD及びVSDによる高肺血流量によるものと判断した。
(乙A1の1〔68,69頁〕,A3〔9頁〕)


同年12月22日
原告両親は,午後1時から1時間程度,E医師から,原告Aに対する手術について説明を受けた。E医師は,原告両親に対し,慶應義塾大学病院小児(先天性)心臓血管外科手術説明書(甲A8,乙A1の3
〔153頁〕。(以下本件説明書という。))を示し,その中の心臓の模式図に書込みをしながら,概要,以下のような説明を行った。原告Aの病名は,心室中隔欠損及び心房中隔欠損であり,肺へ向かう血流が多い状態にあり,その根治のために欠損孔の閉鎖術を行う。手術は,人工心肺・心停止法によって実施し,手術時間は正味2時間である。
手術早期(術後30日以内)の死亡率は1.0%(数値はE医師が本件説明書に手書きで書き込んだ。なお,本件説明書には,心臓血管手術共通の術後早期合併症として脳神経障害(~1%)という記載があ
る。)と予測される。
原告Bは,以上の説明を聞いた上で,本件説明書の下部に,原告A及
び同Bの氏名を記入した。
また,原告Bは,同Aに対するASD及びVSDの閉鎖術について担当医から十分な説明を受け,診療上手術が必要であることを了解し,その実施を承諾する旨が記載された承諾書(乙A1〔154頁〕)に,原告A及び同Bの氏名及び住所を記入し,押印した。

さらに,E医師は,原告両親に対し,慶應義塾大学病院における小児(先天性)心臓血管外科手術について(乙A6)と題する書面を渡した。同書面には,手術担当医,手術前の準備,手術の方式(術式),手術の危険性及び合併症(

脳神経障害(~1%):特に人工心肺を使用した手術・・・で発生することが多いと言われています。大多数は一過性ですが,後遺症を残す場合があります。

という記載がある。),手術後の入院治療,退院等に関する説明が記載されている。
(甲A8,21〔8,9頁〕,乙A1の3〔153~154頁〕,A6,11〔2頁〕,12〔2頁〕,証人E医師〔17~20頁〕)
被告病院小児科のF医師は,術前の状況確認のため,原告Aに対し,本件心エコー検査を実施した。その結果,原告Aの腕頭動脈の直径は約
6.4㎜,左総頸動脈の直径は約3.4㎜,左鎖骨下動脈の直径は約3.5㎜と計測された。
原告Aの手術を担当するE医師等の心臓血管外科の医師ら及びD医師やF医師等の小児科循環器班の医師らは,本件心エコー検査の結果についてカンファレンスを行った。その結果,上行大動脈と肺動脈の分岐部
に,前者から後者へ流入するカラーが見られた上,原告Aの心不全徴候が強く,胸部レントゲン画像上も右肺優位の肺血管陰影が認められ,右肺動脈が6.1㎜と拡大していたことからすると,これまで確認されていたASD及びVSDに加え,直径9㎜程度と推定される大動脈肺動脈窓(APW)が存在すると考えて矛盾しない所見が認められると判断さ
れた。そこで,原告Aの手術においては,APWの存在が疑われることを前提とする術式を採ることとなった。
(乙A1の1〔55,56,69頁〕,1の2〔191頁〕,1の3〔142,143頁〕,A5の1,2,A10,11〔2頁〕,12〔7頁〕,証人D医師〔7~13頁〕,同E医師〔7~9頁〕)

E医師は,上記カンファレンスの結果を踏まえ,午後7時頃,原告両親に対し,本件説明書を示しながら,本件心エコー検査の結果,新たにAPWが疑われたため,これに対する手術を実施することから,手術時間は延長されて3~4時間になり,手術早期(術後30日以内)の死亡率は上昇して,3.0%と予測されることなどを説明した上,本件説明書を交付した。
(甲A21〔9,10頁〕,乙A1の3〔153頁〕,A11〔2頁〕,
12〔2頁〕)

本件手術
本件手術の実施
同年12月24日,被告病院において,本件手術(心室中隔欠損パッ
チ閉鎖,心房中隔欠損直接閉鎖,試験的大動脈切開)が実施された。手術チームは,心臓血管外科のE医師,O医師及びP医師の3名,麻酔担当のK医師及びQ医師の2名,手術室麻酔科責任者のR医師及びS医師の2名,臨床工学技師のT技師,U技師及びV技師の3名並びに看護師で構成された。
(乙A1の2〔141,143頁〕,2,7,12〔2頁〕)

入室から執刀開始まで
a
原告Aは,午前9時30分,手術室に入室した。入室時の原告Aの体重は4216g,身長は58.6㎝,心拍数は121回/分,SpO2
(経皮的動脈血酸素飽和度)は98%であった。

b
原告Aに対し,午前9時40分,麻酔薬のプロポフォールが投与され,午前9時44分,挿管が行われた。

c
K医師らは,術中の原告Aの状態を把握するため,以下のモニターを装着した。


中心静脈カテーテル
右頸静脈から挿入して上大静脈内に留置し,静脈血のScvO2
(中心静脈血酸素飽和度)を測定する。


心エコー
経食道で挿入し,心臓を映す。



挿管チューブ
気管から挿入し,ETCO2(呼気終末期二酸化炭素濃度)を測
定する。



サチュレーション
手指に装着し,SpO2等を測定する。



観血的動脈圧ライン(Aライン)
右足背部の動脈に確保し,体血圧のモニター及び動脈血液ガス検
体等の採取部位として使用する。

d
原告Aの血圧
原告Aの血圧は,入室時(午前9時30分)には収縮期血圧92
~100mmHg/拡張期血圧67mmHgであり,午前9時40分には120mmHg台/65mmHgであったが,以後,約80mmHg/30mmHg台にまで下がり,その状態がしばらく継続し,午前10時50分以降は,
収縮期血圧は50mmHg台に低下し,午前11時25分以降は,更に40mmHg台に低下した。
(乙A1の2〔141~147頁〕,2,13〔2,3頁〕)
執刀開始から人工心肺開始まで
a
E医師らは,午前11時3分,本件手術の執刀を開始した。
E医師らは,原告Aの胸部を切開し,続いて,胸骨正中切開,胸
腺亜全摘,心膜切開をして,心臓を露出した。また,VSDを閉鎖するために縫着する予定で,心膜の一部を採取し,液体処理をして保存した。

b
前記のとおり,原告Aの血圧が低下したため,K医師らは,午前11時5分,原告Aに対し,ショック症状に適応のあるメチルプレドニゾロンを150㎎注射した。
また,K医師らは,午前11時22分,ヘパリン(抗血液凝固剤)とともに,フェニレフリン(昇圧剤)を50㎍投与し,更にエフェドリン(昇圧剤)を1㎎投与したが,午前11時30分には,収縮期血圧が30mmHg台にまで低下したため,エピネフリン(アドレナリン)
を3㎍投与した。
c
原告Aの収縮期血圧は,午前11時35分には40mmHgまで,午前11時40分には50mmHg台まで回復した。

d
E医師らは,午前11時43分,原告Aに人工心肺を装着するために,送血カニューレを,遠位の上行大動脈の頸部分枝に近い部位から
大動脈弓部に向け,カニューレに付されているデプスマークに合わせて,約5㎜挿入した。送血カニューレの挿入位置は,別紙の本件挿入位置と記載された位置(以下本件挿入位置という。)であり,腕頭動脈の直下であった。送血カニューレの外径直径は,8Fr(約2.7㎜)であった。

原告Aについて,送血カニューレを挿入する際,用手的に抵抗な
く動脈血を採血することができた。
e
原告Aの収縮期血圧は,午前11時45分,60mmHg台にまで回復した。

f
E医師らは,午前11時52分には原告Aの上大静脈に,午前11時54分には下大動脈に,それぞれ脱血カニューレを挿入した。
(乙A1の2〔142,143頁〕,2,12〔6,7頁〕,13〔1~4頁〕,B1,証人E医師〔9~11頁〕,同K医師〔6,7頁〕)
人工心肺開始から1回目の大動脈遮断解除まで

a
原告Aは,午前11時55分,人工心肺が開始されて,体外循環の状態に入り,午前11時56分,完全体外循環となった。
原告Aについて,人工心肺を接続した際,動脈側の回路で拍動が触知され,人工心肺を開始した際,送血側の回路の内圧に異常はなく,また,人工心肺流量が目標に到達した時点と上下大静脈に挿入した2本のカニューレの位置を固定した時点のいずれにおいても,2本の脱
血カニューレから脱血されてくる静脈血の色調に明らかな差異は見られなかった。
b
E医師らは,原告Aについて,午後0時8分,大動脈遮断を行い
(1回目の大動脈遮断),心筋局所冷却を開始し,また,42mlの輸血をするとともに,ミオコール(血管拡張剤)を投与し,更に,送
血温を下げることにより低体温化を行った。
c
E医師らは,原告Aについて,心停止下で,ASD及びVSDの閉鎖術のために,右房を切開し,固定処理した自己心膜を整形し,それをパッチとして用いてVSDを縫合して閉鎖し,三尖弁の前尖と中隔尖の辺縁同士を縫合することにより弁形成を行い,ASDは巾着縫合
で直接閉鎖した。
d
次に,E医師らは,原告Aについて,APWを確認するため,大動脈基部の右室流出路で大きく覆われている部分を部分的に剝離し,大動脈切開を左側の面で縦方向に置き,右冠動脈口の高さを越えて下方に延長した上で,上行大動脈を内面側から観察したが,APWは確認
できなかった。
(乙A1の2〔141,143頁〕,1の3〔143頁〕,2,7,12〔8,9頁〕,13〔4~6頁〕,証人K医師〔28~30
頁〕)
1回目の大動脈遮断解除から手術の終了まで

a
E医師らは,原告Aについて,ASD及びVSDに対する手術を終え,切開していた右房及び大動脈を縫合閉鎖して,午後0時59分,大動脈遮断を解除した(1回目の大動脈遮断解除)。
b
E医師らは,原告Aについて,午後1時13分,人工呼吸を再開したが,午後1時15分,心電図上のST部分の有意な上昇や右室壁運動の悪化が見られたため,術中の右冠動脈閉塞を疑い,人工呼吸を中
止した上,午後1時22分,再度,大動脈を遮断し(2回目の大動脈遮断),大動脈切開の縫合線を一旦ほどき,心臓の状態を確認した。c
E医師らは,午後1時29分,原告Aの心臓を再縫合し,午後1時30分,大動脈遮断を解除したところ(2回目の大動脈遮断解除),心電図と右室壁運動が回復していることが確認された。

d
E医師らは,原告Aについて,午後1時44分,体外循環を終了させ,午後1時45分,人工心肺を終了させた。

e
人工心肺使用中の原告Aの循環動態に関するデータ等


人工心肺使用開始前から同終了後までの原告Aの尿量及び血液ガ
ス分析のデータは,以下のとおりであった。

時刻

尿量

pH

Lac

mmol/L

(累積)ml

BE値

mmol/L

午前10時30分

7.386

午前10時42分

7.365

+3.5

0.8

午後

0時3分

7.340

-4.1

3.7

午後

0時25分

午後

0時26分

7.379

-7.7

4.1

午後

0時42分

午後

1時5分

7.288

-11.2

5.8

午後

1時23分

12

13

17

午後

1時28分

7.410

-8.3

6.1

午後

1時36分

午後

1時57分

7.228

-6.4

8.0

午後

2時50分

7.382

-1.3

7.8



19

人工心肺使用開始前から同終了時までの原告Aの灌流量,体温及
び脱血温度,送血温度は,以下のとおりであった。
灌流量

鼻咽頭温度

直腸温度

脱血温度

送血温度

ml/kg/分









34.2

34.5

時刻
午前11時22分
午前11時55分

70

34.9

35.2

33.1

29.2

午前11時56分

181

34.4

34.9

33.7

32.5

午後

0時5分

202

33.6

33.8

33.4

33.3

午後

0時7分

202

33.4

33.7

33.1

33.1

午後

0時8分

202

33.4

33.7

33.1

33.0

午後

0時18分

209

31.8

32.1

31.6

31.4

午後

0時25分

209

31.3

31.6

31.2

31.2

午後

0時32分

212

31.9

32.1

32.0

32.2

午後

0時38分

216

31.9

32.1

32.0

32.0

午後

0時42分

216

31.9

32.2

32.0

32.0

午後

0時53分

214

31.5

31.9

31.7

31.8

午後

0時56分

207

31.6

31.9

32.4

34.6

午後

0時59分

209

33.0

32.9

34.4

36.2

午後

1時5分

219

35.8

35.4

35.6

36.6

午後

1時21分

219

36.5

36.4

36.1

36.7

午後

1時22分

219

36.7

37.0

36.2

36.4

午後

1時23分

219

36.7

37.0

36.2

36.4

午後

1時30分

219

36.5

37.0

36.4

36.7

午後

1時36分

198

36.8

37.0

36.4

36.5

午後

1時42分

36.3

36.7

36.0

36.1

午後

1時44分

36.0

36.6



原告AのScvO2(中心静脈血酸素飽和度)は,人工心肺使用
中,90%前後で推移していた。

f
E医師らは,原告Aについて,午後3時57分,胸骨閉鎖を行った。(乙A1の2〔141~147,153頁〕,2,7,12〔10
頁〕,13〔6,7頁〕,証人K医師〔7~11,13~15,
32頁〕)
手術チームは,午後4時8分,本件手術を終了した。
(乙A2,12〔10頁〕)
原告両親は,午後5時30分,E医師及びD医師から,術後の説明を
受けた。その概要は,以下のとおりである。
本件手術直前の本件心エコー検査で疑われたAPWは,術中直視下では確認できなかった。APWの確認のために,通常のASD及びVSDに対する手術に比べ必要な処置が増え,技術的にも難易度が上がった。人工心肺離脱の際,右心室が急激に張ったため,APWの確認のために
切開した大動脈を縫合閉鎖する際に,右冠動脈を一部引き連れた可能性があったことから,縫合部位を再度開き,縫合し直したところ,右心室の動きや張りは少しずつ改善した。これにより手術時間が長くなり,結果的に原告Aに必要以上の負担を掛けてしまい,申し訳なく思う。しかし,APWの確認をしないわけにはいかなかった。現時点の評価として
は,右心室の機能は徐々に改善してくるものと思われる。
(甲A21〔12頁〕,乙A1の1〔71頁〕,原告C本人〔5頁〕)ソ
被告病院の看護師は,同年12月30日,原告Aに対し,全抜鉤を実施した。
(乙A1の1〔45,77頁〕)


原告Aは,平成23年1月1日,自発呼吸はできる状態であったが,腹臥位で入眠中刺激すると,ときどき手足がつっぱる様子が見られた。
(乙A1の1〔43頁〕)

原告Aについて,同年1月3日午前3時頃,覚醒しているが,追視しない様子が見られた。
(乙A1の1〔42頁〕)


原告Aについて,同年1月6日午前9時頃,開眼しているが,おとなしく,追視しない様子が見られた。
(甲A21〔15頁〕,乙A1の1〔38頁〕)


原告Aについて,同年1月7日午前3時頃,一点を凝視している様子や頻呼吸が認められた。
原告Aについて,同日午前10時頃,腹臥位にすると足がつっぱって,
着地せず,神経学的に問題がある可能性があるため,抜管し,鎮静を止めた上で,神経学的に評価を行っていく予定とされた。
原告Aについて,同日午後2時30分,体を反り返らせ,下肢を突っ張る様子が見られたが,硬直や痙攣等ではないと考えられた。
(乙A1の1〔36,38頁〕)


原告Aは,同年1月8日午後6時頃,腹臥位で静かに開眼していたが,同日午後6時30分,看護師が体位変換をした際,下肢のつっぱりが強い様子が見られた。
(乙A1の1〔35頁〕)


原告Aは,同年1月9日午前10時頃,下肢のつっぱりは強くないが,視点が合わず,同日午後9時頃,看護師が体位変換をした際,下肢のつっぱりは強くないが,無表情が続いた。
(乙A1の1〔34頁〕)

原告Aは,同年1月10日,下肢の関節が硬く,刺激がないとほとんど入眠している状態であり,同月11日,ミダゾラムの投与が中止され,同月12日,目は少し合うものの,手足の動きが弱く,下肢関節の可動性は
変わらず悪い状態であった。
(乙A1の1〔31~33頁,101頁〕)

同年1月13日,原告Aに挿入されていた気管チューブが抜管された。被告病院小児科のW医師は,同日,原告Aに対し,頭部エコー検査を実施した。その結果,両側脳室が拡大している所見があり,低酸素脳症にお
けるびまん性の萎縮の可能性があると考えられた。
W医師は,原告Aの,視線が合わない,筋緊張亢進,関節拘縮,不随意運動,採血時の痛覚鈍麻等の神経所見について神経班に相談した。原告Aについて,脳波検査が実施され,痙攣の重積や基礎波に徐波がないか精査されたが,明らかな所見は見られなかった。

W医師は,原告Aの呼吸が安定し次第,頭部造影MRI検査を実施して血管走行を確認する方針とした。
(乙A1の1〔106~108頁〕)

F医師は,同年1月14日,原告Cに電話を架け,原告Aについて,神経に異常がある可能性があるため,頭部のCT検査やMRI検査を実施することを伝えた。原告Cが,神経に異常があった場合の対応について尋ねると,F医師は,リハビリを実施する旨答えた。
原告Aについて,同日,頭部CT検査が実施された。その結果,両側大脳半球には広範,高度の萎縮が,両側視床には低酸素性虚血性脳症後
の陳旧性病変と考えられる嚢胞状病変がそれぞれ認められた。
原告Aは,同日,看護師が体位変換や吸引を行っても,ほとんど啼泣せず,下肢のつっぱりが強く,力が入っている状態であり,覚醒すると右手を招くような動作があり,筋肉の緊張が強い様子が見られた。(甲A21〔16頁〕,乙A1の1〔26,30,124頁〕,原告C本人〔9頁〕)

原告Aについて,同年1月18日,頭部MRI検査が実施された。被告病院小児科神経班の医師らは,同年1月19日,頭部MRI画像上,慢性の全般性脳萎縮及び層状壊死が認められ,全般性低酸素性虚血性障害後の慢性変化に一致する所見であると診断した。
また,同日,被告病院小児科循環器班及び神経班がカンファレンスを行ったが,その際,神経班は,頭部MRI画像の所見は低酸素性虚血性脳症
(HIE)と矛盾せず,本件手術中の人工心肺開始後の急激な乳酸値の上昇と末梢血管の収縮を認めたが,明らかな原因は不明であると説明した。(乙A1の1〔124,125,128頁〕)

原告Aについて,同年1月20日,脳波検査が実施されたが,症候性てんかんを示唆する所見は認められなかった。

(甲A21〔17頁〕,乙A1の1〔129頁〕,1の2〔149頁〕)ヒ
同年1月21日,被告病院において,本件手術及び術後の原告Aの状態について,心臓血管外科,小児科,麻酔科及び臨床工学技師によるカンファレンスが行われた。

その際,心臓血管外科に対しては,送血カニューレが腕頭動脈や総頸動脈等を閉鎖する可能性について質問があったが,カニューレの直径は8Fr(約2.7㎜)であるから,物理的に動脈を閉鎖する可能性は低い旨の回答がされた。また,頭部へのサチュレーション(酸素飽和度)等のモニターの装着の有無について質問があったが,装着していない旨の回答がさ
れた。
麻酔科に対しては,送血カニューレの挿入時の循環動態の変化について質問があったが,カニューレ挿入から人工心肺開始までの間にScvO2の低下等は認められなかった旨の回答がされた。
臨床工学技師に対しては,人工心肺が開始されてから,乳酸値やアシドーシスが悪化していることについて質問があったが,人工心肺自体が生体に侵襲的なものであるから,異常とはいえない旨の回答がされた。また,
脳モニターの装着の有無について質問があったが,装着していない旨の回答がされた。
E医師は,原告Aの術後経過について,人工心肺離脱後の血液ガス分析のデータは良くないが,手術室での経過上,脳血流障害を起こす可能性のある出来事は認められないと述べた。

(乙A1の2〔125~128頁〕)

E医師,D医師,F医師及び小児科神経班の医師らは,同年1月22日,原告両親に対し,同Aの病状について,概要,以下のような説明を行った。本件手術後,鎮静を軽減していく過程で,視線が合わない,手足に力が
入っているという神経症状が見られたため,頭部のCT検査やMRI検査を実施して精査したところ,脳全体に萎縮が認められることが判明した。血液が脳に届かないなど何らかの理由で脳の細胞に十分な酸素が行き渡らなかったために生じた可能性がある。しかし,記録上,本件手術において,脳に血液が届いていないことを示す事情は認められず,人工心肺回路につ
いても,送血カニューレの位置にも,脳に血液を供給する血管にも異常はなかった。術前に明らかな神経の異常はなく,術後の呼吸管理で酸素の取り込みが悪いということもなく,血液検査でも全身に影響を与えるような病態の存在を示す異常は認められなかった。カンファレンスの結論としては,原因不明ということである。人工心肺を使用することで神経に症状が
出ることは確率的にゼロではない。重要なのは今後の発育であり,なるべく良い方向に発育を促していくため,医療側は全力を尽くす。今後の治療としては,リハビリを実施し,痙攣を抑える薬剤を呼吸状態とのバランスを取りながら処方することになる。脳の萎縮の程度は軽いとはいえず,障害が残る可能性は不明である。
(甲A15,21〔17~22頁〕,乙A1の2〔130~136頁〕,原告C本人〔9頁〕)


原告Aは,同年4月10日,被告病院を退院した。
それ以降,原告Aは,群馬県立小児医療センターを受診しつつ,太田総合病院の訪問看護を受けている。
原告Aは,現在,寝たきりの状態であり,移動にはバギーカーを必要とし,言葉を発することはできず,定期的に痙攣があり,嚥下はできず,栄
養摂取は経鼻管を用いて行う状態である。
(甲A21〔1,23~27頁〕,乙A1の2[102頁〕,原告C本人〔17,18頁〕)
2
争点⑴(再度心エコー検査を実施する注意義務の有無)について⑴

原告らは,被告病院の医師らは,本件心エコー検査で初めて指摘されたAPWの所見に関して,過去6回にわたり実施されAPWの所見が確認されなかった心エコー検査の記録を取り寄せて分析した上,再度心エコー検査を実施して,APWの存否を確認する注意義務を負っていたにもかかわらず,これを怠り,過去の心エコー検査の記録を取り寄せて分析すること
も,また,再度心エコー検査を実施することもなく,本件心エコー検査の結果のみからAPWの疑いがあるとして,それを前提に本件手術を実施し,APWの疑いがない場合の挿入位置に比べ,心臓からより遠位(頭側)の上行大動脈の頸部分枝に近い部位に送血カニューレを挿入したと主張する。⑵ア

まず,過去の心エコー検査の記録を取り寄せて分析する注意義務の有無について検討する。
前記認定のとおり,本件心エコー検査を実施したF医師を含む被告病院の医師らは,本件心エコー検査の結果についてカンファレンスを行い,上行大動脈から肺動脈への血流を示す所見が認められ,原告Aの強い心不全徴候や従前の胸部レントゲン画像上の所見も併せ考慮して,APWの存在が疑われると判断したが,その際,過去の心エコー検査の記録を取り寄せて分析することはなかった。

この点について,G鑑定人,H鑑定人及びJ鑑定人の3名は,一致して,不適切ではない旨の意見を述べる。
その理由として,G鑑定人は,一般に,心エコー検査の結果を最もよく理解できるのはそれを実施した者であり,本件心エコー検査は,本件手術直前に,手術方法に影響を与えかねない他の合併心血管疾患の見落しがな
いかを確認するために,専門医が実施したものであるから,その信頼性は最も高いことを挙げ(鑑定人調書〔3,4頁〕),また,H鑑定人は,解剖学的異常は短期間に変化するものではないところ,本件心エコー検査は,信頼できる施術者が高性能の機器を用いて実施した最新の結果であることを挙げており(H鑑定人),いずれも医学的合理性のある意見であると認
められる。
以上によれば,被告病院の医師らが,過去の心エコー検査の記録を取り寄せて分析する注意義務を負っていたということはできない。

次に,本件心エコー検査の後,本件手術を行う前に,再度心エコー検査を実施する注意義務の有無について検討する。
前記認定のとおり,原告Aには,体重増加不良(平成22年11月24日から同年12月21日の間に102gしか増加していない。),頻脈,頻呼吸,陥没呼吸が認められていたが,これを踏まえて,被告は,原告Aの術前の心不全の状況は極めて重篤であり,外科手術以外に治療方法は存
在しなかったから,救命するためには,APWの存否にかかわらず,できるだけ速やかに手術を実施する必要があったと主張するのに対し,原告らは,原告Aに重篤な心不全はなかったと反論する。
原告Aの心不全の程度について,G鑑定人は,原告Aにはうっ血性心不全があり,その重症度を判断するに当たって最も重視されるのは体重増加不良であるが,この点について上記のような著しい不良が認められる以上,遅くとも1~2か月以内には手術を実施する必要があるという状態であった旨の意見を述べる(鑑定人調書〔6頁〕)。H鑑定人も,体重増加不良を考慮すると,もう少し早い時期に手術を実施すべきであったという意味で心不全は重篤であった旨の意見を述べる(鑑定人調書〔7頁〕)。また,J鑑定人は,すぐにでも手術を実施すべきという状態ではないが,全身状
態が安定している間に可能な限り早期に実施することが望ましいという状態であった旨の意見を述べる(鑑定人調書〔8頁〕)。他方,I鑑定人は,重篤という概念の捉え方にもよるが,麻酔科医の立場からすると,前投薬としてセルシンシロップ(眠剤)とモルヒネ(麻薬)が投与されていることから,重篤とはいえない旨の意見を述べる(鑑定人調書〔6,7頁〕)。
以上によれば,原告Aの心不全は,少なくとも手術を実施する小児心臓外科医の立場からは,通常よりも早期に手術を実施すべきという状態であったと認められる。
以上を踏まえて,再度心エコー検査を実施する注意義務の有無について検討する。

この点について,D医師は,本件心エコー検査の結果の説得力は相当に大きいものであり,また,APWが存在しないことを前提として術式を選択した場合に,術中にその存在が判明したときは,手術が成り立たなくなるため,APWが存在する可能性を否定できない場合には,存在することを前提に手術に臨む必要があるから,再度の心エコー検査を実施してもA
PWの存在を否定できない可能性が高い以上,それを実施する必要性は乏しく,他方,心不全を有する原告Aにとって心エコー検査の実施に伴う身体的負担は小さくないことなどを総合的に判断した結果,再度の心エコー検査は実施しなかったと証言する(証人D医師〔12,13頁〕)。そして,G鑑定人は,APWが存在する場合に,それが存在しない前提で手術をすることには大きな問題があるが,APWが存在しない場合に,それが存在する前提で手術をしても大きなリスクの増加はなく,患者の心
不全の状態によっては,疑い診断のままで手術をすることも不合理ではないという理由により(鑑定人調書〔4頁〕),また,H鑑定人は,再度心エコー検査を実施してAPWの存否を確認することが望ましいとしながら,比較的稀で見逃されることの多い病変が見つかった場合に,それは存在しないという除外確定診断をつけることは困難であり,手術はいずれにして
もAPWが存在することを前提にせざるを得ないという理由により(鑑定人調書〔5頁〕),いずれも,再度の心エコー検査を実施しなかったことは不適切ではない旨の意見を述べる。
これに対し,J鑑定人は,再度の心エコー検査を実施しなかったことは不適切であるとするが,それは,APWの存否を確認できた方が望ましい
ことから,可能であれば再度の検査を実施するという選択肢もあったと思われるという趣旨にとどまるものであるし,また,再度の検査を実施したとしても,APWは存在しないと断定することは非常に難しいため,それが存在する前提で手術の準備をする必要があり(鑑定人調書〔5,22頁〕),再度の検査を実施したとしてもその後の経過に変化はないという
のであるから,法的な意味で再度の心エコー検査を実施する義務があったという趣旨を述べるものではないと解される。
以上によれば,被告病院の医師らが,再度心エコー検査を実施する注意義務を負っていたということはできない。


なお,APWの存在が疑われることを前提に実施された本件手術における送血カニューレの挿入位置(別紙記載の本件挿入位置)について,G鑑定人は,本件挿入位置に挿入する場合,送血カニューレの位置や角度によっては腕頭動脈の血流が不十分になる可能性があるため,自分は,本件挿入位置とは異なり,小弯側(大動脈弓部の近位〔心臓寄りの内側〕)に挿入するが(鑑定人調書〔9,10頁〕),小児においては,ウイリス動脈輪が発達しており,脳内の動脈が左右で交通しているため,左右どちらか
に血液が流れれば,脳全体に流れることになり,腕頭動脈の血流が不十分になったとしても脳障害は生じないから,本件挿入位置は不適切ではない旨の意見を述べる(鑑定人調書〔27,30,37,38頁〕)。H鑑定人も,本件挿入位置は教科書的に正しく,また,小児では,両方の頸動脈が閉塞しない限り脳障害は生じないから,本件挿入位置は不適切ではない
旨の意見を述べる(鑑定人調書〔10,33,37,38頁〕)。これに対し,J鑑定人は,麻酔科医としての経験から,本件挿入位置について,これほど腕頭動脈の基部に近い位置に挿入するのは見たことがなく,不適切である旨の意見を述べるが(鑑定人調書〔11,35頁〕),これは,あくまでも麻酔科医としての経験に基づくものにすぎず,他方で,本件挿入
位置への挿入であっても人工心肺は機能するという話も聞くと述べており(鑑定人調書〔36頁〕),小児心臓外科を専門とするG鑑定人及びH鑑定人が小児における脳の血管の構造等の医学的知見に基づき述べる意見に比して,その妥当性は相対的に低いというべきであって,採用することができない。

以上によれば,本件挿入位置が不適切であったということはできない。3
争点⑵(脳モニターを使用する注意義務の有無)について⑴

原告らは,被告病院の医師らは,本件手術において,脳モニターを使用して,前額部の脳局所酸素飽和度(rSO2)を測定し,術中に脳に虚血や
灌流障害が生じていないかモニタリングを行い,虚血等が生じていることを示す数値が認められた場合には,送血カニューレを動かして位置や角度を調整する義務を負っていたにもかかわらず,脳モニターを用いたモニタリングを怠り,術中に脳に虚血等が生じていることを見逃したため,送血カニューレの位置や角度の調整を行わなかったと主張する。

前記認定のとおり,本件手術当時に公表されていた本件ガイドラインには,人工心肺使用中の脳モニターの使用についての言及はない。
本件手術において中心静脈酸素飽和度(ScvO2)によるモニタリングが行われた一方,脳モニターは使用されなかったことについて,G鑑定人は,ScvO2によるモニタリングについて,上大静脈(上半身の灌流静脈)の酸素飽和度を測定するものであり,上半身の灌流は脳灌流がその多くを占め
るため,脳の血流異常を把握できるものであって,当時としては優れたモニタリングであるとし,他方,脳モニターについては,脳の表面の一部を測定するにすぎず,脳全体は測定できないため,当時は採用していない施設が多く,現在でも採用していない施設があるから,本件手術当時,これを使用しなかったことは不適切ではない旨の意見を述べる(鑑定人調書〔18,19
頁〕)。H鑑定人は,ScvO2によるモニタリングについて,乳児は頭部が大きく,上大静脈の血流のうち脳の血流が占める割合が高いため,これによって,脳全体の酸素需給バランスや脳灌流障害の有無を評価することができるし,他方,脳モニターについては,本件手術当時使用していた施設は現在の半数以下と考えられ,ガイドライン上も必要性が示されていないから,
本件手術当時,これを使用しなかったことは不適切ではない旨の意見を述べる(鑑定人調書〔18,20頁〕)。I鑑定人は,ScvO2によるモニタリングについて,本件手術当時としては優れたモニタリングといえるし,他方,脳モニターについては,本件手術当時,小児用プローベを使用する施設は極めて稀であったから,これを使用しなかったことは不適切ではない旨の
意見を述べる(鑑定人調書〔19,20頁〕)。また,J鑑定人は,ScvO2によるモニタリングについて,本件手術当時としては先進的なモニタリングといえるし,他方,脳モニターについては,この使用により予後が改善することを示すエビデンスレベルの高い研究はほとんどなく,ScvO2はrSO2と相関するという知見もあるから,これを使用しなかったことは不適切ではないが,送血カニューレを遠位に挿入する本件手術においては,偏心性の送血となり脳灌流に左右差が生じる可能性があることも考慮して,新
生児用のプローベが用意されているのであれば,脳モニターを使用することも考えられる旨の意見を述べる(鑑定人調書〔19,21頁〕)。このように,本件手術において脳モニターを使用しなかったことは不適切とはいえないという点では,4名の鑑定人の意見は一致している。以上によれば,被告病院の医師らが,脳モニターを使用する注意義務を負
っていたということはできない。


これに対し,原告らは,ScvO2は,rSO2,バイタルサイン,乳酸値等の測定と組み合わせて初めてモニターとして使用できるものであるから,被告病院の医師らは,ScvO2によるモニタリングに加え,脳モニターを併用する注意義務を負っていたと主張し,これを裏付ける見解として
乙B第15号証の論文を援用する。
しかしながら,上記論文は,人工心肺を使用しない両方向性グレンシャント手術という本件手術とは異なる術式の手術における症例報告にすぎない上,本件手術当時,ScvO2によるモニタリングは一般的ではなかった,あるいは,脳モニターの使用は医療水準となっていたなどの内容を述べるもので
はないから,脳モニターを使用する注意義務の存在を基礎付けるものではない。
原告らの上記主張は採用することができない。
4
争点⑶(血液ガス分析の数値から原因を探索し解消する注意義務の有無)について


原告らは,被告病院の医師らは,遅くとも原告Aの代謝性アシドーシスが進行してBE値が-7.7を下回った平成22年12月24日午後0時25分頃の時点において,頸部分枝(特に腕頭動脈及び左総頸動脈)の灌流障害による脳の虚血を疑い,送血カニューレの位置や角度を調整する注意義務を負っていたにもかかわらず,これを怠ったと主張する。


前記認定のとおり,本件手術中の同年12月24日午後0時26分,原告AのBE値は-7.7,Lacは4.1となり,同日午後1時5分には,BE値は-11.2,Lacは5.8となったが,この間,人工心肺から原告Aへの灌流量は200ml/kg/分以上が維持され,ScvO2(中心静脈血酸素飽和度)は90%前後で推移し,鼻咽頭温度及び直腸温度は,送血温度の
変化に追従して変化していた。
この点について,E医師は,送血カニューレの位置の異常は,ほとんどの場合,人工心肺開始直後に判明するところ,本件では,送血カニューレを挿入した深さ(約5㎜のデプスマークに合わせて挿入した。),角度(目視による。),人工心肺開始後の流量(200ml/kg/分以上)及び脱
血の色調(上大静脈と下大静脈から返ってくる静脈血の色調に明らかな差異がないかをチェックする。)等を確認したが異常は見られなかったから,カニューレの位置に異常があったとは考えられず,Lacが上昇してアシドーシスが進行した原因としては,最初に灌流障害を疑うべきではあるが,本件では,ScvO2が良好な数値を維持していた上,鼻咽頭温度と直腸温
度が同調して上下しているため,血流が一方に偏ったとは考えにくいことから,灌流障害は否定的である反面,人工心肺開始前の状態が極めて悪かったため,各種の昇圧剤が投与されるなどしており,これによって発生した嫌気性代謝がその後に反映されて乳酸の産生を促したと考えるのが最も自然であると証言する。

また,E医師は,送血カニューレを動かすとしても,動かし方の目安がないため,やみくもに動かすことになり,誤って抜けてしまったり,灌流圧がかえって悪化してしまったりするリスクがあることから,カニューレの位置の異常を示唆する所見がない限り,動かすべきではないと証言する(証人E医師〔10~16頁〕)。

この点について,G鑑定人は,原告Aは,人工心肺使用下で,全身の循環血液量の約3倍に相当する輸液等を受けることによって,全身にサイトカイン(催炎物質)が生じていたと考えられ,1回目の大動脈遮断解除までのBE値の低下やLacの上昇は,体外循環の影響による末梢循環不全や心停止液の注入によるものとして許容範囲内の変化であり,その他に脳灌流障害を疑わせるデータは認められないという理由により(鑑定人調書
〔39,43頁〕),また,H鑑定人は,BE値の低下やLacの上昇の原因は,麻酔開始から人工心肺開始までの間の低血圧によって全身の循環不全が生じていたところに,人工心肺が開始され循環が正常化したことによってウォッシュアウトが生じたものと考えられる一方で,人工心肺開始後については,流量は維持されており,人工心肺回路の作動状況や全身循
環の指標に問題はなかったという理由により(鑑定人調書〔39,42,43頁〕),いずれも,頸部分枝の灌流障害による脳の虚血を疑うことはできず,したがって,送血カニューレの位置や角度を調整しなかったことは不適切ではない旨の意見を述べる。
これに対し,麻酔科医であるJ鑑定人は,BE値の低下やLacの上昇の
原因は,灌流障害によって臓器に虚血が生じたことにあり,同年12月24日午後0時25分頃の時点では経過観察は妥当であるが,Lacが5.8まで上昇した同日午後1時5分の時点では,直接的な脳灌流障害の所見がなくても,送血カニューレを微調整して変化が起こるか否か見るという判断があってもよかったという意味で,カニューレの位置や角度を調整しなかったこ
とは不適切である旨の意見を述べる(鑑定人調書〔38,42頁〕)。しかしながら,原告らが主張する同日午後0時25分頃の時点において,被告病院の医師らが送血カニューレの位置や角度を調整する注意義務を負っていなかったことについては,J鑑定人を含め,3名の鑑定人の意見が一致しているところである。
なお,J鑑定人は,その後の同日午後1時5分の時点では,送血カニューレを微調整して変化が起こるか否か見るという判断があってもよかったとい
うが,この意見自体,法的な意味で,カニューレの位置や角度を調整する義務があったということまで述べる趣旨とは解されないし,また,カニューレを動かすことには種々のリスクが伴うから,合理的な理由や必要性がないのにカニューレを動かすべきではないところ,本件において,カニューレを動かす合理的な理由や必要性があったことを認めるに足りる証拠はない。
以上によれば,被告病院の医師らが,遅くともBE値が-7.7を下回った同年12月24日午後0時25分頃の時点において,送血カニューレの位置や角度を調整する注意義務を負っていたということはできない。5
まとめ


以上のとおり,被告病院の医師らに注意義務違反があったということはできない。



なお,原告Aに生じた脳神経障害の原因について検討すると,G鑑定人は,低血圧,貧血,呼吸不全,肺換気不全,送血カニューレの位置の異常による脳灌流障害,空気塞栓,その他原因不明の事象が考えられるが,前
4者については,血液ガス分析のデータや血圧から否定的であり,また,カニューレの位置の異常による脳灌流障害を疑わせる所見は見られないため,空気塞栓の可能性が最も高い旨の意見を述べる(鑑定人調書〔50,51,73頁〕)。H鑑定人は,麻酔開始から人工心肺開始までの間の低血圧による脳灌流不全が原因である可能性が最も高い旨の意見を述べる
(鑑定人調書〔50頁〕)。I鑑定人は,空気塞栓等の塞栓症の可能性が高い旨の意見を述べる(鑑定人調書〔50頁〕)。J鑑定人は,可能性の高い順から,人工心肺中の何らかの原因による脳灌流障害による虚血,人工心肺開始前に遷延した低血圧に起因する脳虚血,原因不明の脳虚血が原因となった可能性がある旨の意見を述べる(鑑定人調書〔49,61,62頁〕)。
このように,原告Aに生じた脳神経障害の原因については,4名の鑑定人
の意見が一致しておらず,結論として不明といわざるを得ない。


原告Aは本件手術の結果として極めて重篤な後遺症を残すに至ったものであり,本人はもとより,その健全な成長を楽しみにしていた原告両親の悲痛な心情は察するに余りある。
しかしながら,人体の複雑さは無限であるのに対し,人知は有限であり,
これを前提としたときに,被告病院の医師らに注意義務違反があったとはいえない以上,被告に対して法的責任を追及することはできない。以上の次第で,被告の債務不履行責任又は不法行為責任(使用者責任)が成立する余地はない。
第4

結論
よって,原告らの請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとして,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第34部

裁判官

清光

成実

裁判長裁判官中園浩一郎及び裁判官田中邦治は,転補のため,署名押印することができない。

裁判官

清光

成実

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