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B型肝炎損害賠償請求事件
事件番号平成24(ワ)1560
事件名B型肝炎損害賠償請求事件
裁判年月日令和2年6月23日
裁判所名・部福岡地方裁判所  第2民事部
結果棄却
裁判日:西暦2020-06-23
情報公開日2020-07-20 10:00:16
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主文
1原告の請求を棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求の趣旨
被告は,原告に対し,1300万円及びこれに対する平成24年5月22日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要等
本件は,その乳幼児期(0~6歳時)に集団ツベルクリン反応検査及び集団予
防接種(以下,併せて本件予防接種等という。
)を受け,B型肝炎ウイルスに
感染して,慢性B型肝炎を発症した原告が,本件予防接種等を実施していた被告に対し,本件予防接種等の際,被接種者に対して同じ注射器(針又は筒。以下同じ。
)が連続して使用されたことによってB型肝炎ウイルスに感染し,感染状態が一時的でなく持続的に続くこととなって(持続感染)
,これにより,①慢性B

型肝炎を発症した上,②これが,6年以上にわたって持続した(以下慢性肝炎の長期持続ということがあり,①及び②の病状を併せて本件各基礎事情といい,それぞれ個別に「本件基礎事情①」などということがある。)と主張し,国
家賠償法1条1項に基づき,本件基礎事情②に基づく損害として,1300万円(包括一律請求としての損害額1250万円及び弁護士費用50万円)及びこれ

に対する不法行為の後である訴状送達日の翌日(平成24年5月22日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
被告は,原告の求める損害を基礎づける病状(本件各基礎事情)について,その原因となる原告のB型肝炎ウイルス持続感染は本件予防接種等との間に因果
関係がなく
(請求原因の否認)また,

慢性B型肝炎が6年以上にわたって持続し
た(本件基礎事情②)としても,それはB型肝炎ウイルス持続感染によって最初に発症した慢性B型肝炎
(本件基礎事情①)
の経過の一部にすぎず,
したがって,
本件基礎事情②に基づく損害は,慢性肝炎の長期持続が鎮静化した平成26年12月1日(原告の主張)ではなく,最初に慢性B型肝炎を発症した時点(本件基礎事情①)である昭和61年5月2日に発生しているから,当該損害賠償請求権についての除斥期間は経過した(抗弁)と主張し,原告の請求の棄却を求めている。
1前提事実
(争いのない事実並びに後掲証拠及び弁論の全趣旨によって容易に認められる事実。枝番号のあるものは,特に断りのない限り,枝番号を含む。以下同じ。


(1)

B型肝炎について
B型肝炎ウイルスとその感染機序
(ア)

B型肝炎とは
B型肝炎は,宿主の肝細胞に住み着いて増殖するB型肝炎ウイルス(H
BV)に感染することによって発症する肝炎(ウイルスを排除しようとする宿主の免疫反応〔免疫応答〕により,自らの肝細胞を破壊し,肝臓に炎症を起こした状態)であり,慢性化して長期化すると,肝硬変,肝がんを発症させることがある。
(甲A56,57〔1頁〕
,60,62,乙A2の
2,37の2,61,62,68,71〔1頁〕
,75)
(イ)

B型肝炎ウイルスの感染機序
B型肝炎ウイルスは,核酸の種類によりDNAウイルスに分類されるが,
脱殻(ウイルスが核又は細胞質に運ばれてウイルス遺伝物質を露出,ゲノム発現が可能になった状態)によりウイルス核酸を細胞内に送り込み,その核酸を鋳型としてウイルスの遺伝子(ウイルスゲノム)を複製し,ウイルスを作るのに必要な蛋白(後述するHBs抗原,HBe抗原等。)を合
成する。
複製されたウイルスの遺伝子は合成された蛋白と細胞内で組み合
わされてウイルス粒子となり,宿主細胞外へと放出される。このような過程を経て,宿主細胞でウイルス粒子を形成し,増殖するようになることで感染が成立する。感染の態様は,主として血液を介して人から人へ感染する。B型肝炎の原因となるB型肝炎ウイルスの感染様式には,①感染成立後一定期間の後にウイルスが生体から排除されて治癒するもの
(一過性の
感染)と,②ウイルスが年余にわたって生体(主として肝臓)の中に住み
ついてしまうもの(持続感染。B型肝炎ウイルスに持続感染した患者のことをB型肝炎ウイルスキャリアという。
)とがある。
(甲A62,乙A
2の2,55,57)
(ウ)

持続感染の主な感染経路
成人がB型肝炎ウイルスに持続感染することはまれである。他方,免疫
が未発達の幼少期にある者がB型肝炎ウイルスに感染すると,
持続感染に
至りやすい。B型肝炎ウイルス持続感染の主な感染経路は,出産時の垂直感染
(母子感染)乳幼児期における水平感染
と,
(注射針・注射器の共用,
輸血,性交渉等。
)である。
(甲A56,57〔1頁〕
,62,乙A57,7
1〔1頁〕



B型肝炎の病状等
(ア)

急性肝炎と慢性肝炎
成人が初めてB型肝炎ウイルスに感染した場合に生じる一過性の肝炎
は,急性B型肝炎と呼ばれる。他方,主としてB型肝炎ウイルスキャリアに生じる,
ある程度の期間持続する肝炎は,
慢性B型肝炎と呼ばれるB(型慢性肝炎と呼ばれることもある。以下,単に慢性肝炎という。。)
(甲A62,乙A2の2,61)

(イ)

肝炎による肝細胞の破壊と再生
肝炎により肝細胞が破壊されると(壊死)
,破壊された組織の再生が追

い付かない部分に,
線維芽細胞によりコラーゲンが産生されて線維化が生
じ,肝臓の機能が低下する。肝細胞が破壊された後は,肝臓の中に存在する肝細胞が分化して新しい肝細胞が発生し,線維は体内に吸収されて,肝臓が再生される。
(乙A61,68)
肝炎が,長期間持続し,又は大きな炎症(後述するALT値が正常値上限の10倍,すなわち300以上であることが一つの目安である。)を伴
うなどして,肝細胞の破壊が繰り返された場合,肝臓の再生が追い付かな
くなり,肝硬変へ進展する。肝臓の再生速度が肝細胞が破壊される速度を上回ると,線維化の程度は軽減し,さらには改善することもある。このことは,肝硬変まで進展した場合でも同様である。
(甲A57〔69頁〕
,乙
A15の2,
46の2,
50の2,
51の2,
52の2,
53の2,
61,
62,68,71〔69頁〕
,75)

(ウ)

肝硬変
肝硬変とは,
反復する炎症に伴う肝細胞の壊死と線維化による肝臓の硬

化により肝機能の低下を来した,慢性肝炎の終末像とされる。肝硬変に至ると,肝細胞の機能不全や,種々の合併症が生じるようになるほか,年率1~8%の確率で肝がんが発生する。もっとも,B型肝炎ウイルスキャリ
アにおいては,肝硬変に進展していない慢性肝炎の場合でも年率0.5~0.
8%程度の確率で,
また,
肝炎の症状が認められない場合でも年率0.
1~0.4%程度の確率で,肝がんが発生する。
(乙A15の2,52の
2,92,99)

慢性肝炎等の検査項目及びその意義
慢性肝炎は,臨床的には,6か月以上にわたってALT値などの肝機能検査値に異常があり,B型肝炎ウイルス感染が持続している病態と定義され,組織学的には,門脈域にリンパ球を主体とした細胞浸潤と線維化を認め,肝実質内には種々の程度の肝細胞の変性・壊死所見を認めるものとして,肝細
胞の線維化と壊死・炎症の程度により分類される。
(甲A62,乙A62,
71,72,96,110)
B型肝炎ウイルス感染の有無や,慢性肝炎等病状の診断に用いられる,主な検査項目とその意義は,次のとおりである。
(ア)

ウイルスマーカーによる診断
ウイルスに感染すると,血液中にウイルスの核酸(遺伝子)や抗原(ウ
イルス蛋白)といったウイルスの成分と,抗原に対する免疫反応により産出される抗体が出現する。そこで,B型肝炎の診断や治療では,ウイルス感染後に血中に出現する抗原や抗体の有無,ウイルス量などが,感染の有無等の指標(ウイルスマーカー)として用いられる。B型肝炎ウイルスの主要なウイルスマーカー及びその臨床的意義は,
次のaからeまでのとお

りである。
(甲A56,62,乙A57,60,62,69)
a
HBs抗原(甲A56,62,乙A57,60,62,69)
DNA型ウイルスであるB型肝炎ウイルスの粒子は,ウイルスDNA
を含む,コア粒子と,これを覆う外殻から成り立っている。HBs抗原は,上記外殻を構成する蛋白である。
HBs抗原が陽性であるとの反応は,B型肝炎ウイルスが肝臓に住み
着いてB型肝炎ウイルスに感染している状態にあることを示す。
b
HBs抗体(甲A56,62,乙A57,60,62,69)
HBs抗体は,HBs抗原に対する抗体であり,B型肝炎ウイルスの
感染を防御する働きを持つ。
HBs抗体が陽性であるとの反応は,かつてB型肝炎ウイルスに感染
したことがある状態を指す。
c
HBe抗原
HBe抗原は,本来,B型肝炎ウイルスのコア粒子の一部を構成する
蛋白であるが,これとは別個に,B型肝炎ウイルスが増殖する際,HBe抗原を過剰に産生した結果,血中に分泌されるものがある。B型肝炎ウイルスにとってのHBe抗原の役割は必ずしも明らかとなっていないが,血中に分泌されたHBe抗原は,宿主の免疫応答を抑制し,又はかく乱する作用をもたらすなど,B型肝炎ウイルスの持続感染と関連していると考えられている。
(甲A56,60,62,乙A57,58,6
0,62,68,69)
上記のようなHBe抗原の産生の仕組みから,HBe抗原が陽性であ
るとの反応(以下HBe抗原陽性などということがある。
)は,B型
肝炎ウイルスの増殖力が強い状態にあることを示す。もっとも,B型肝炎ウイルスには,増殖時のHBe抗原の産生が停止又は低減する遺伝子変異(転写・複製の下となったウイルス粒子〔鋳型〕と異なる塩基配列を持つ核酸が生み出されることをいい,以下単に変異ともいう。一定の変異の有無により,変異のないウイルスを野生株,変異のあるウイルスを変異株と呼ぶことがある。以下,HBe抗原の産生を低減又は減少させる遺伝子変異が生じたウイルスをHBe抗原非産生変異株という。が生じることがあり,

この変異が生じたウイルスが増殖すると,

HBe抗原の有無及び量は,B型肝炎ウイルスの増殖状態を必ずしも反映しなくなる。
(乙A68,76)
d
HBe抗体(甲A56,62,乙A60,62,68,69)
HBe抗体は,HBe抗原に対する抗体であり,免疫応答により産生
される。HBe抗体は,HBe抗原に結合してしまうため,HBe抗原の量が多い場合には検出されず,HBe抗原の減少とともに検出されるようになる。
HBe抗体陽性の状態は,B型肝炎ウイルスの増殖力が弱い状態にあることを示す。もっとも,HBe抗体の有無及び量も,HBe抗原と同様,HBe抗原非産生変異株の発生により,B型肝炎ウイルスの増殖状
態を必ずしも反映しなくなる場合がある。
e
HBV-DNA量
体内のB型肝炎ウイルスの量を具体的に把握するために,かつては,B型肝炎ウイルスのDNAポリメラーゼ(B型肝炎ウイルスの複製酵素としてウイルス内に存在する酵素の一種。基準値は30cpm未満である〔甲B357-19の11枚目。以下,単位表記は略する。。
〕)を測定
する方法が用いられていたが,現在では,B型肝炎ウイルス(HBV)
の遺伝子(以下HBV-DNAという。
)の定量測定が可能となって
いる。
(甲A56,
62,乙A5の8の2,7,57,60,62,69,
82)
HBV-DNA量の測定法には,PCR法,TMA法などがある。PCR法の測定値の単位はlog

copies/mlであり(以下,H

BV-DNA量については,特に断りのない限りPCR法による検査結果を表すものとし,単位表記は略する。,7.0以上(TMA法の7.)
0LGE/ml〔以下,単位表記は略する。
〕に相当する。
)が高ウイル
ス量,4.0~7.0未満が中ウイルス量,4.0未満が低ウイルス量(以下低値ということもある。
)である。低ウイルス量の場合,一般

に,
肝炎の活動性
(炎症の程度)
は高くなく,
感染性も弱い。
(甲A56,
乙A57,69)
もっとも,上記各測定法の検出量には限界があるため,検査結果が基準値未満(以下,HBV-DNA量の検査結果が基準値未満である場合を
HBV-DNA量が陰性であるなどという。
)であったとしても,

ウイルスが体内に存在する可能性を否定することはできない。
(乙A7)
(イ)

ALT値による診断
慢性肝炎の病状の重さを把握するためには,①炎症の程度,重さと,②
炎症を起こしていた期間の2点が重要とされる。
(乙A68)
肝細胞の壊死・炎症や,線維化の程度の正確な判断には,肝生検の実施が必要となるものの,肝生検は,肝臓に針を刺して細胞を採取するという侵襲的な検査であることなどから,実施は必ずしも容易でない。
(乙A6
8,112)
そのため,臨床的には,肝細胞が破壊される際に血中に放出される肝細胞内の酵素であるAST(GOT)や,ALT(GPT)の値による評価・推測が行われる。ALT値が一定期間高値を示し,かつ変動が認められる
場合には,肝細胞の壊死が高度であり,肝炎の活動性が高い可能性が大きいとされる。
(乙A68,75,112)
ALT値の正常値について,明らかなコンセンサスは存在せず,検査施設ごとに,独自の基準値が定義されている。日本肝臓学会(肝炎診療ガイドライン作成委員会編)
B型肝炎治療ガイドライン(第3.0版)(乙A

71。以下本件ガイドラインという。
)は,ALT値の正常値を30U
/L(以下,単位表記は略する。
)以下としている(以下,特記しない限
り,ALT値の正常値とは,ALT値が本件ガイドラインの上記基準値以下である場合を指すものとする。。
)(甲A57〔4頁〕
,乙A71〔4,1
2頁〕



B型肝炎ウイルスキャリアの自然経過
B型肝炎ウイルスキャリアの病状の自然経過は,
宿主の免疫応答とウイル
ス増殖の状態(HBV-DNA量)によって,いくつかの病期
(疾病の
経過を,その特徴により区分した時期をいう。
)に分けて説明されることが

多い(本件ガイドラインは,免疫寛容期,免疫応答期,低増殖期,寛解期の4つの病期に区分している。。その概要は,次の(ア)から(オ)までのとおりで)
ある。
(甲A56,57〔1,2,67,68頁〕
,58~62,69,乙A
57,60,62,63,68,71〔1,2,12,56,67,68頁〕,
75)

(ア)

免疫寛容期
乳幼児は,B型肝炎ウイルスに対する宿主の免疫応答が未発達のため,B型肝炎ウイルスに感染すると持続感染に至ることが多い。その後,多くの例で,HBe抗原陽性の状態となり,かつウイルス増殖が活発でありながら,ALT値は正常で肝炎の活動性がほとんどない状態(免疫寛容の状態)が,数年から20年以上の長期間にわたって持続する(以下,この状態の患者のことを無症候性キャリアという。。

(イ)

免疫応答期
成人に達すると,B型肝炎ウイルスに対する免疫応答が活発となり,活
動性肝炎となることが多い。
そして,
自然経過においては,
年率7~16%
程度の割合で,HBe抗原陽性・HBe抗体陰性の状態から,HBe抗原陰性・HBe抗体陽性の状態に変化する現象である,HBe抗原セロコンバージョン(以下,単にセロコンバージョンともいう。
)が生じる。
セロコンバージョンが生じないまま肝炎が持続してHBe抗原陽性の状態が長期間続くと,年率約2%の割合で肝硬変に進展し,さらには肝がん,肝不全に進展し得る。
また,
セロコンバージョンが生じても,
後記(ウ)のとおり,
ウイルス増殖

が低下せず,HBe抗原陰性の状態のまま,慢性肝炎が持続する症例もある。
(ウ)

低増殖期
セロコンバージョンが生じると,多くの場合は,①HBe抗原が陰性,
②ALT値が正常,③HBV-DNA量が低値,という状態が持続するようになる(以下,この状態を慢性肝炎の鎮静化という。この状態の患者についても,
無症候性キャリアと呼ぶことがあるが〔甲A56の4
頁〕
,以下では,
非活動性キャリアという。。もっとも,一部の症例で

は,セロコンバージョンが生じても,慢性肝炎が鎮静化せず,HBe抗原
陰性の状態で長期持続する。
非活動性キャリアの80~90%は,
肝硬変や肝がんに進展するリスク
が低く,長期予後が良好である。他方,当初非活動性キャリアと診断された症例のうち,10~20%は,HBe抗原陰性の状態でB型肝炎ウイルスが再増殖して,ALT値の上昇が見られるようになり(このような経過について,原告は,当初発症した慢性肝炎とは別の病状であるとの理解の下で慢性肝炎の再発である旨主張し,被告は,当初発症した慢性肝炎と別の病状ではないとの理解の下で慢性肝炎の再燃である旨主張するなど,どのように呼ぶかについて意見の違いはあるものの,以下では,このような経過を,
繰り返される場合を含めて,慢性肝炎の再発」

という。,)再び免疫応答期に入る(これを「再活性期

と位置付ける見解もある。。)

さらに,慢性肝炎が再発した後,HBe抗体が消失して,HBe抗原が再度出現する(HBe抗原陽性の状態となる)こともある(以下,この現象をリバースセロコンバージョンという。。

HBe抗原陽性の状態で生じる慢性肝炎は,
HBe抗原陽性慢性肝炎と
呼ばれることがあり,HBe抗原陰性の状態で生じる慢性肝炎は,HBe
抗原陰性慢性肝炎と呼ばれることがある。上記のとおり,HBe抗原陽性慢性肝炎には,最初に慢性肝炎を発症した場合(慢性肝炎の長期持続を含む。
)と,セロコンバージョンによりHBe抗原が陰性化した後,慢性肝炎が再発し,
リバースセロコンバージョンが生じてHBe抗原が陽性化し
た場合とがあり,HBe抗原陰性慢性肝炎には,セロコンバージョンによ
りHBe抗原が陰性化した後,慢性肝炎が鎮静化せず,長期持続した場合と,慢性肝炎がいったん鎮静化した後に再発した場合とがある。
(エ)

寛解期
セロコンバージョンを経た一部の症例では,さらに,HBs抗原が消失
してHBs抗体が出現する,HBs抗原セロコンバージョンが生じ,血液検査所見,肝組織所見ともに改善する。
(オ)

B型肝炎ウイルスキャリアの80~90%の症例は,
慢性肝炎発症後,
自然経過で,
セロコンバージョンと慢性肝炎の鎮静化が起こり,
非活動性
キャリアとなる。このような経過の症例は,予後が良く,治療を必要としないことが多い。他方,慢性肝炎の発症後,HBV-DNA量が十分低下せず慢性肝炎が持続する症例では,
肝硬変への進行や,
肝がん合併の危険
性が高い。このため,積極的な治療が必要である。


慢性肝炎の治療
現在の医学では,B型肝炎ウイルスを完全に排除することは困難なため,B型肝炎ウイルスの増殖を持続的に抑制することにより慢性肝炎を鎮静化させて,
線維化の進行,
肝硬変や肝がんへの進展を防ぐことが重要とされる。

(甲A56,57〔3頁〕
,62,乙A57,71〔3頁〕
,112)
B型肝炎ウイルスの増殖を抑制する治療(抗ウイルス療法)に使われる主な薬は,
①インターフェロン及び②核酸アナログ製剤である。甲A57(
〔5,
6頁〕
,65,乙A53の2,61,63,71〔5,6,23,33頁〕,
112)

インターフェロンは,HBV-DNA増殖抑制作用,抗ウイルス作用(この作用を優先する場合は連日投与)
,免疫賦活作用(免疫応答を活性化させ
る作用)を有する注射薬である。副作用が生じやすく,その治療の都度,入通院を要するものの,奏功した場合,高確率で,ウイルスの増殖が抑制されることでHBe抗原陰性の状態となるという効果が持続する。
(甲A56,

57〔5,6頁〕
,65,乙A57,71〔5,6,23,24,28,32,
33頁〕

核酸アナログ製剤は,強力なHBV-DNA増殖抑制作用をする。治療には,
これを服用することで足り,
ほとんどの症例で抗ウイルス作用を発揮し,
慢性肝炎を鎮静化させるものの,長期投与が必要であり,薬剤耐性を持つ変
異株が出現することもある。
現在までに保険適用となった核酸アナログ製剤
として,
ラミブジン
(製品名ゼフィックス)アデホビル

(製品名ヘプセラ)

エンテカビル(製品名バラクルード)などがある。
(甲A57〔5,6頁〕

65,乙A47の2,48の2,49の2,71〔5,6,33,53頁〕)
そのほか,強力ミノファーゲンシー(以下強ミノという。
)や,ウルソ
デオキシコール酸(SNMC。以下ウルソという。
)などの肝庇護薬を
用いた治療が行われることもある。
(甲A62,乙A53の2)

(2)

原告の予防接種,B型肝炎ウイルス感染及び臨床経過等に関する事情等出生から乳幼児期まで
原告(昭和●●年●月●●日生まれ)は,B型肝炎ウイルスキャリアであるが,0歳から6歳頃までにB型肝炎ウイルスに感染した可能性が高い。原告は,昭和●●年●月●●日に満7歳になるまでの間に,日本国内にお
いて集団予防接種等を受けた。
原告がB型肝炎ウイルスに持続感染した原因は,垂直感染,輸血及び性行為ではない。また,原告の父母はB型肝炎ウイルスキャリアではない。(原
告の父母について,甲BS16-8~10・12)

慢性肝炎の発症とその後の経過
原告は,遅くとも昭和61年5月2日までに,HBe抗原陽性の状態で慢性肝炎を発症した。その後,原告は,経過観察を受けていたが,昭和62年2月16日時点においては,
セロコンバージョンは生じておらず
(同日以降,
平成9年11月10日までの間の医療記録は存在しない。,
)遅くとも平成1
5年2月頃には,セロコンバージョンが生じた。

原告は,平成16年1月頃,核酸アナログ製剤であるラミブジンの服用を開始した。

前記ア及びイを含む,原告の,医療記録等から明らかになる診療経過は,別紙2(医療記録等により認められる診療経過等)のとおりであり,医療記
録等から明らかになる血液検査等の結果は,別紙3(医療記録等により認められる血液検査の結果等)のとおりである。
(3)

被告の過失責任
予防接種等において注射器が,被接種者ごとに取り換えられることなく,連続して使用(連続使用)された場合,先行する被接種者にB型肝炎ウイルス感染者がいると,後行の被接種者は,ほぼ確実に,B型肝炎ウイルスに感染するといえるところ,被告は,遅くとも昭和26年には,本件予防接種等
の際,注射器を連続使用すれば,B型肝炎ウイルスに感染した被接種者の後行の被接種者がB型肝炎ウイルスに感染するおそれがあることを予見できた。
したがって,被告は,原告に本件予防接種等を実施するに当たっては,各実施機関に対し,注射器について,被接種者1人ごとに,交換又は徹底した
消毒の励行等を指導して,
B型肝炎ウイルスへの感染を未然に防止すべき義
務があった。それにもかかわらず,被告は,原告が本件予防接種等を受けた可能性のある昭和●●年から昭和●●年までの間,各実施機関に対して,注射器の交換又は徹底した消毒の励行等を指導せず,
注射器の連続使用の実態
を放置して,上記義務を怠った(本件予防接種等は,被告による伝染病予防
行政上の公権力の行使に当たる。。


被告は,
本件予防接種等と原告のB型肝炎ウイルス持続感染との間の因果
関係を否認し,損害賠償責任を争っている。

(4)

基本合意の締結等(基本合意の締結につき,甲A63,64)
当時,被告に対して,各地で111件の訴訟を提起していた全国B型肝炎訴訟原告団・弁護団は,平成23年6月28日,被告との間で,B型肝炎訴訟に関する和解の手続及び内容等について,合意を取り交わした(以下基本合意という。。被告は,基本合意において,上記111件の訴訟におけ)
る原告らに対して,次の(ア)から(キ)までのとおりの,病態(病状)等の区分
に応じた,定額の和解金と,弁護士費用相当額(平成23年1月11日よりも後に提訴された場合には,
次の各和解金に対する4%の割合による金員。

を支払うこととされた。
(ア)
(イ)

肝硬変(軽度)

(ウ)

慢性肝炎(後記(エ)及び(オ)に該当する者を除く。


(エ)

慢性肝炎
(発症後提訴までに20年を経過したと認められる者のうち,

死亡,肝がん又は肝硬変(重度)
2500万円

現に治療を受けている者等)
(オ)

3600万円

1250万円

300万円

慢性肝炎
(発症後提訴までに20年を経過したと認められる者のうち,

上記(エ)に該当しない者)

150万円

(カ)
(キ)

無症候性キャリア(一次感染者又は出生後提訴までに20年を経過し
無症候性キャリア(後記(キ)に該当する者を除く。


た二次感染者)

600万円

50万円

前記アの原告団・弁護団及び被告は,平成27年3月28日,基本合意に定めのなかった,死亡又は発症から20年を経過した死亡・肝がん・肝硬変の患者及び家族に対する和解金の支払等について,
多中心性発生による肝が
ん(過去に発症した肝がんの根治後における,非がん部〔治療後の残存肝〕
から発生した新しい肝細胞がん)を再発した場合は,当該多中心性発生による肝がんを再発した時期を肝がんの発症の時期とみなすなどの合意を取り交わした(以下基本合意(その2)という。。


基本合意を受けて,
特定B型肝炎ウイルス感染者給付金等の支給に関する
特別措置法(以下特措法という。
)が制定(平成24年1月13日)さ

れ,また,基本合意(その2)を受けて,特措法の一部を改正する法律が制定(平成28年8月1日)された。
(5)

本件訴訟提起及び和解協議の不調(顕著事実)


原告は,平成24年4月27日,本件訴訟を提起した。


被告は,仮に,原告が慢性肝炎の発症について損害賠償請求権を有していたとしても,
同請求権は除斥期間の経過により消滅していると主張する一方
で,原告については,特措法6条1項7号の慢性B型肝炎にり患した者のうち,当該慢性B型肝炎を発症した時から20年を経過した後にされた訴えの提起等に係る者に該当するとして,同法に基づき,原告に対し,312万円(300万円及びこれに対する4%の弁護士費用相当額〔特措法7条2項〕
)を支払う旨の和解を提案した。


これに対し,原告は,原告の損害賠償請求権は除斥期間を経過していない旨主張し,和解協議は不調に終わった。

2争点及び争点に関する当事者の主張
本件の争点は,(1)
B型肝炎ウイルス持続感染と本件予防接種等との間の因

果関係の有無(争点1)
,(2)慢性肝炎の病状等に関する医学的知見(慢性肝炎
の6年以上にわたる長期持続
〔本件基礎事情②〕最初に発症した慢性肝炎
は,
〔本
件基礎事情①〕とは別の病状か。
)及び原告の具体的な病状はどのようなものか
(争点2)(3)


除斥期間の起算点は,
慢性肝炎の発症
(本件基礎事情①)
時か,

慢性肝炎の長期持続(本件基礎事情②)終了時か(慢性肝炎の発症〔本件基礎事情①〕に係る損害と慢性肝炎の長期持続〔本件基礎事情②〕に係る損害とは,質的に異なる損害といえるか。(争点3)

,(4)

原告が主張する損害はどの程度か

(争点4)である。
(1)

争点1(B型肝炎ウイルス持続感染と本件予防接種等との間の因果関係の
有無)
(原告の主張)

次のアからウまでに照らせば,原告は本件予防接種等によってB型肝炎ウイルスに持続感染した蓋然性が高く,原告のB型肝炎ウイルス持続感染と本件予防接種等との間には,因果関係が認められる。

B型肝炎ウイルスは,極めて強い感染力を有するが,血液を媒介としてしか感染せず,考えられる感染経路は,①出産(垂直感染),②輸血,③性行
為,④滅菌不十分な医療器具の連続使用による予防接種等である。イ
原告は,0歳から6歳頃までにB型肝炎ウイルスに持続感染しており,その原因は,垂直感染,輸血又は性行為ではない。


原告は,満7歳になるまでの間に本件予防接種等を受けているところ,本件予防接種等では,いずれも,注射器が連続して使用されていた。本件予防接種等において,
B型肝炎ウイルス感染者に対して使用した注射器をその後

の被接種者にも連続して使用した場合,後の被接種者は,ほぼ確実に,B型肝炎ウイルスに感染する。

前記イのとおり,原告に,前記アの①~③を原因とする感染の可能性はなく,原告の個別事情に照らしても,原告のB型肝炎ウイルス持続感染の原因は,前記④以外に考えられない。

以上からすれば,原告のB型肝炎ウイルス持続感染と本件予防接種等との間には,因果関係が認められる。
(被告の主張)
原告のB型肝炎ウイルス感染の原因が本件予防接種等にあることは,否認ないし争う。

B型肝炎ウイルスが極めて強い感染力を有することと,原告が主張する感染経路があることは認めるが,
感染者の血液中のB型肝炎ウイルス量が多い
場合,感染者の体液(唾液,汗,涙,尿,精液等)を介してB型肝炎ウイルスに感染することもあるから,
B型肝炎ウイルスに感染した父親等からの家
庭内感染も,感染経路としては十分考えられる。


しかるに,原告の感染原因が家庭内感染でないことは何ら立証されておらず,
原告が本件予防接種等によってB型肝炎ウイルスに持続感染した蓋然性が高いとはいえないから,
原告のB型肝炎ウイルス持続感染と本件予防接種
等との間に,因果関係は認められない。

(2)

争点2(慢性肝炎の病状等に関する医学的知見及び原告の具体的な病状)(原告の主張)

医学的知見に照らせば,慢性肝炎の長期持続は,最初に発症した慢性肝炎とは別の病状であること
B型肝炎ウイルスキャリアの大多数(80~90%)は,自然経過で,10歳代後半から20歳代頃に免疫寛容期から免疫応答期に移行して慢性肝炎を発症した後,年率7~16%(平均11.5%)程度の割合で自然経過
のうちにセロコンバージョンが生じて慢性肝炎が鎮静化し,
非活動性キャリ
アとなり,良好な予後を送る。
これに対し,B型肝炎ウイルスキャリアの一部は,セロコンバージョンが生じないまま慢性肝炎が長期持続するところ,この症例は,予後が悪いとされる。そして,セロコンバージョンの上記平均年率(11.5%)からすれ
ば,慢性肝炎を発症した者のうち,慢性肝炎が6年以上にわたり長期持続する者は50%にも満たないことに照らせば,
少なくとも慢性肝炎が6年以上
にわたり長期持続する症例は,例外的ということができる。
したがって,
慢性肝炎の6年以上にわたる長期持続
(本件基礎事情②)
は,
例外的な,予後の悪い症例であって,最初に発症した慢性肝炎(本件基礎事
情①)とは,医学的にみて,別の病状である。

原告の具体的な病状
前提事実のほか,原告の具体的な事情として,原告は,遅くとも昭和61
年5月2日までに,HBe抗原陽性の慢性肝炎を発症したところ,核酸アナログ製剤を服用した後も,平成24年4月27日に本件を提訴するに至るまで,慢性肝炎が継続していた。
(被告の主張)

医学的知見に照らせば,慢性肝炎の長期持続は,最初に発症した慢性肝炎の経過の一部にすぎないこと

B型肝炎ウイルスに持続感染した場合,ウイルスが体内から排除されることはまれであり,慢性肝炎を発症した後は,非活動性キャリアとなった場合でも,体内に残存するウイルスに対して,軽度ながら炎症は持続する。そして,
非活動性キャリアと診断された症例の10~20%はその後慢性肝炎が再発等するところ,慢性肝炎が再発等する症例と,そうでない症例との鑑別は困難なため,非活動性キャリアと診断されたとしても,6~12か月ごとの経過観察は必要とされている。
また,慢性肝炎を発症すると,肝細胞の壊死・炎症が持続する結果として線維化が生じるが,これと並行して,肝細胞の再生や線維の吸収による再生も進行するため,肝細胞の線維化は,必ずしも不可逆的に進行するものではない(現在では,治療水準の進歩,改善により,核酸アナログ製剤を用いた
ウイルス増殖の抑制が可能となっているため,
線維化の改善は更に容易にな
っている。。すなわち,慢性肝炎とは,一度発症すると,B型肝炎ウイルス)
が体外に排出されるまで,
免疫応答とウイルス増殖力により規定される一定
の幅の中で,肝機能障害の軽快と増悪とが繰り返されて,多種多様な経過を辿る,長期持続性・可逆性の疾患であり,慢性肝炎の長期持続も,慢性肝炎
の再発等も,当初発症した慢性肝炎の,上記幅の中で生じる経過の一部にすぎない。
そうすると,セロコンバージョンが生じずに,又はセロコンバージョン後も慢性肝炎が長期持続する症例だけを殊更に例外視して別の病状として扱うことに合理性はない。

加えて,自然経過でセロコンバージョンが起こる症例の割合は,1年に5%程度であって,
慢性肝炎発症後にセロコンバージョンが起こる症例の割
合は,発症から14年で初めて50%を超えるといえるから,この点でも,慢性肝炎が6年以上にわたる長期持続について,
例外的な症例であるとはい
えない。

したがって,
慢性肝炎の6年以上にわたる長期持続
(本件基礎事情②)
が,
医学的にみて,当初発症した慢性肝炎(本件基礎事情①)と別の病状であるということはできない。

原告の具体的病状
原告については,昭和61年5月2日時点で,慢性肝炎を発症していた。その後の病状については,慢性肝炎の予期できる症状のとおりである。
(3)

争点3(除斥期間の起算点)
(被告の主張)
不法行為により発生する損害の性質上,加害行為が終了してから相当の期間
が経過した後に損害が発生する場合には,当該損害の全部又は一部が発生した時が除斥期間の起算点となる(最高裁平成16年4月27日第三小法廷判決・民集58巻4号1032頁)

次のア及びイのとおり,
原告は,
本件訴訟を提起したとき
(前提事実(5)ア)
より20年以上前の時点である昭和61年5月2日に慢性肝炎を発症しており(本件基礎事情①)
,この慢性肝炎を発症した時点で,実体法上は,慢性肝炎
の6年以上にわたる長期持続(本件基礎事情②)に係る損害も発生しているか
ら,当該損害に係る原告の請求については,除斥期間が経過している。ア
除斥期間の起算点の考え方
(ア)

最高裁昭和42年7月18日第三小法廷判決・民集21巻6号155
9頁及び最高裁平成6年2月22日第三小法廷判決・民集48巻2号441頁(以下平成6年判決という。
)を踏まえれば,身体に蓄積する物質
が原因で人の健康が害される(蓄積進行性)
,又は一定の潜伏期間が経過
した後に症状が現れる(遅発性)疾病において,最初に発生した損害がその後進行・拡大した場合,当該進行・拡大に係る損害は,加害行為後に発生した最初の損害と牽連一体を成す損害であるから,
最初の損害が発生し
た時に,その後の進行・拡大という将来の損害まで含む全損害につき一個
の損害賠償請求権が成立し,除斥期間が進行するのが原則である。このような事案で例外的に新たな除斥期間の起算点を観念し得るのは,当該進行・拡大に係る損害が,最初の損害とは質的に異なる損害として,これが生じた時点で,最初に発生した損害とは別個の,新たな損害賠償請求権が成立したと評価できる場合に限定される。
(イ)

原告は,損害がその後進行・拡大した場合であっても,当該進行・拡大
に係る損害が生じるかどうかを,
最初の損害発生時に確定することができ

なければ,当該進行・拡大に係る損害は,最初の損害とは質的に異なる旨主張するが,このような主張は,損害が一度に発生しないすべての場合に妥当し,いたずらに訴訟物の細分化を図るものであって,失当である。平成6年判決を踏まえれば,質的に異なる損害に当たるというためには,単に,最初の損害発生時に,これがその後進行・拡大するかを確定するこ
とができなかったというだけでは足りず,じん肺の特異性のように,その疾病の性質に鑑み,最初の損害発生時においては,その後に進行・拡大する損害について,その賠償を請求することが全く不可能であり,最初の損害も含めた単一の損害賠償請求権を実体法上の権利として観念し得ないような事情(最初の損害と後の損害について,①各損害に対応する病状の
間に,損害額の算定にも影響するような看過できない差異がある,又は,②前後の損害の基礎をなす病状には,医学的観点から比較して,類型的な軽重の相違があるなど,
病状に基づく損害に対する法的評価が異なってし
かるべき事情)が認められる必要がある。

慢性肝炎の長期持続に係る損害は,最初の慢性肝炎発症に係る損害と,質的に異ならないこと
(ア)

前記(2)アのとおり,慢性肝炎の6年以上にわたる長期持続(本件基礎
事情②)は,肝硬変や肝がんといった,最初に発症した慢性肝炎(本件基礎事情①)の上位の病状ではなく,その後予想される一連の経過の一部にすぎないところ,
これらの間に,
じん肺の管理区分に対応する病状の間や,
慢性肝炎及び肝硬変,
又は肝硬変重度及び軽度の間においてそれぞれみら
れるような,
損害額の算定に影響するような看過できない差異
(前記ア(イ)
①)や,医学的観点から比較した類型的な軽重の相違(前記ア(イ)②)は認められない。
(イ)

原告は,法及び法解釈は,不合理や不可能を強いるものであってはな
らないところ,
将来発生するかどうかを確定することができない損害の賠

償請求権に係る除斥期間が,
現実に請求できない時点から起算されること
は,
長年苦しみ続けてきた被害者である原告に不合理な結果をもたらすものであるから,許されない旨主張する。
しかし,原告がここで主張する被害者側の不合理な結果は,除斥期間制度を採用したことによる論理的帰結であって,本件に限らず,いずれの不
法行為にも該当するものであるから,
立法により解決すべき問題であると
いわざるを得ない。

原告の生活状況等
原告の慢性肝炎の経過を見ても,病態・病状に基づく損害に対する法的評価が異なってしかるべき差異を見出すことはできない。すなわち,慢性肝炎
を発症した後,慢性肝炎が6年以上にわたって持続したことは,持続する慢性肝炎の経過の一部に過ぎず,これを切り取って,その前後の慢性肝炎の病状を比較した場合でも,同様である。
(原告の主張)
原告の,慢性肝炎の6年以上にわたる長期持続(本件基礎事情②)に係る損害は,
当初慢性肝炎を発症した
(本件基礎事情①)
時に発生したものではない。
除斥期間の起算点は,6年以上にわたり長期持続した慢性肝炎(本件基礎事情②)が鎮静化した日(平成26年12月1日)である。したがって,上記損害に係る原告の損害賠償請求権は,除斥期間を経過して
いない。

除斥期間の起算点の考え方
(ア)

不法行為制度の趣旨
損害の填補及び公平な分担を目的とする民法の不法行為制度の趣旨及
び最高裁の判例に照らせば,
発生する確率が低いため,
最初の損害発生時
点において,
その損害が進行・拡大していくかどうかを確定することがで
きず,上記時点で客観的に権利行使の可能性がない場合には,その進行・拡大に係る損害は,将来,損害が進行・拡大した時点において初めて賠償請求できるようになるというべきである。
(イ)

質的に異なる損害の意義
平成6年判決のいう質的に異なるとは,法的異質性を意味する。医
学的に見れば,当該病状が,当初の損害の進行・拡大にすぎない場合であっても,当初の損害が発生した時点で,その後の進行・拡大を医学的に確定することができないために,
当初の損害発生時に,
あらかじめ将来進行・
拡大した場合の賠償を求めることが不可能(将来の進行・拡大に係る損害賠償請求が,
当初の損害が発生した時点では認容されないこと)
であれば,

当該進行・拡大に係る損害は,質的に異なる損害といえる。
最高裁は,当初の損害と後の損害の客観的異質性ではなく,後の損害の発生の不確実性(法的異質性)に着目し,あらかじめ将来の損害を請求・立証することが不可能であるかどうかを判断基準に,
時効期間や除斥期間
の起算点を繰り下げて,
何ら落ち度のない被害者の犠牲によって加害者が

救済されるという不当な結果を,できる限り回避してきた。
最高裁は,質的に異なる損害について,被告が主張するような限定的な判断基準は示していないし,
そのような判断基準を用いるべき合理的な根
拠もない。じん肺も,医学的には一つの病状が進行・拡大したケースであり,管理区分に対応する病状に差異があるのは,進行性・不可逆というじ
ん肺の特質から結果的に生じたものにすぎない。
基本合意及び特措法においても,肝硬変(重度)
,肝がん,死亡の損害額
はいずれも3600万円とされ,
各損害の間に差異は認められていないし,
また,肝硬変(軽度)及び肝硬変(重度)
,並びに多中心性発生による肝が
んを再発した場合の,その再発に係る肝がん及び最初の肝がんは,いずれも同一の病状であるが,これらは,いずれも質の異なる損害として扱われている。


慢性肝炎の長期持続に係る損害は,
最初に発症した慢性肝炎に係る損害と
は質的に異なること
(ア)

慢性肝炎の長期持続と,最初に発症した慢性肝炎との間には,医学的
観点から比較して,類型的な軽重の相違が認められること
仮に,被告主張のとおり,質的に異なる損害というためには,医学的観
点から比較して,
類型的な軽重の相違が認められなければならないとして
も,前記(2)アのとおり,慢性肝炎の発症(本件基礎事情①)に係る損害と,慢性肝炎の6年以上にわたる長期持続(本件基礎事情②)に係る損害の間には,医学的観点から比較して,類型的な軽重の相違があるから,質的に異なる損害といえる。
(イ)

最初に慢性肝炎を発症した時点で,その後,慢性肝炎が長期持続する
かどうかを確定することはできないこと
慢性肝炎を最初に発症した(本件基礎事情①)時点では,その後,慢性肝炎の6年以上にわたる長期持続(本件基礎事情②)が生じるか否かを確定することはできないところ,次のa及びbのとおり,長期持続に係る損害は,最初の慢性肝炎発症時点では請求不可能な損害であるから,この損害が,最初の慢性肝炎発症時点において発生していたとみるのは,慢性肝炎という疾病の特質及び実態に反し非現実的であって,
このようにその賠
償を求めることが不可能な将来の損害をも包含する単一の損害賠償請求
権なるものが,
最初の慢性肝炎の発症時点において既に実体法上の権利と
して発生したものと考えることはできない。したがって,6年以上にわたり長期持続した慢性肝炎が鎮静化した時点で,
質的に異なる損害が発生し
たというべきである。
a
前記(2)アのとおり,HBe抗原陽性慢性肝炎を発症した後,セロコンバージョンが生じないまま,6年以上慢性肝炎が長期持続する症例(本件基礎事情②)は,全体の50%を下回るから,最初の慢性肝炎発
症時点(本件基礎事情①)で,その後6年以上慢性肝炎が長期持続する蓋然性はなく,慢性肝炎の6年以上の長期持続に係る損害が,将来請求として認められる余地はない。
b
そして,慢性肝炎の長期持続に係る損害は,鎮静化した時に初めて確定されるから,
慢性肝炎の長期持続に係る損害賠償請求権の除斥期間の

起算点は,慢性肝炎の鎮静化時点とすべきである。
(ウ)

慢性肝炎の6年以上にわたる長期持続(本件基礎事情②)に係る損害
が,慢性肝炎の発症(本件基礎事情①)に係る損害と質的に異なる損害と扱われるべきことは,前記各事実に加え,基本合意において,慢性肝炎に係る損害を検討するに当たって想定されていたのが,
B型肝炎ウイルスキ
ャリアの80%以上が辿る,
HBe抗原陽性慢性肝炎発症後にセロコンバ
ージョンが生じて鎮静化する症例であること,慢性肝炎の鎮静化が,障害等級の認定において,治癒として扱われていること等からも,明らかである。

また,基本合意は,当時,全国B型肝炎訴訟原告団が,一定程度の範囲の被害者ごとに包括一律請求を行っていたことを受けて,
多数の被害者の
迅速な被害回復を目的として,
特定の病状ごとに損害額を定めたものであ
るから,基本合意で,慢性肝炎の病状について,さらに持続期間による区別がされていなかったことは,これが,医学的又は社会的に,最初に発症
した慢性肝炎と一体の病状として認識されていたことの根拠とはならないし,これを受けて制定された特措法が,除斥期間の解釈における規範となることもあり得ない。

原告の生活状況等
(ア)

原告は,
両親の下で暮らし,
高校卒業後,
●●●●として働きながら,

●●●●●●●●●●●●●の手伝いなどしていた。昭和59年頃,●●歳の時に,
B型肝炎ウイルスに感染していることを指摘されて感染が判明
し,以後,毎月血液検査を受けるようになった。
約1年後には,食欲がなくなり,倦怠感を覚えるようになって,昭和61年3月には,
医療機関に入院して強ミノの注射を受けて安静にしている
ほかなく,
不安を募らせ,
同年5月に腹腔鏡による肝生検を受けた際には,

その過程で,激痛で叫ぶほどの痛みが襲った。
退院後3か月ほどして職場に復帰したが,肝機能数値は下がらず,倦怠感も続き,さらに,数か月後には急激に肝機能数値が悪化したこともあって,仕事中の休み時間はもとより,就業後や休日も,横になって休んで過ごすことが多かった。
その後も,当初は月に1,2回,その後は1,2か月に1回の経過観察
のための通院を余儀なくされ,平成10年頃からは,週に2,3日,強ミノの注射を受けるようになった。
(イ)

原告は,
上記のような,
通院の負担や体調不良などの負担,
制約の他,

対人関係でも,慢性肝炎ウイルスキャリアであることを意識して,生活をせざるを得なかった。
原告は,交際相手との関係でも,慢性肝炎ウイルスキャリアであることを告げるかどうか悩み,葛藤があった。幸い,結婚に至り二人の子供をもうけたが,
子供への感染を恐れて,
頬ずりや頬へのキスをしたことはなく,
子どもの遊び相手をすることも十分にはできず,
後に子供から寂しかった

と言われている。
また,
職場や地域の親睦の場において飲酒を勧められることもあったが,偏見などを恐れてB型肝炎だと言うことはできず,
体調不良などとごまか
すしかなく,心苦しい思いをしてきた。
原告は,平成22年8月,腹部エコー検査を受けて,がんの可能性を指摘され,
頭が真っ白になるほどの衝撃を受けた。
幸いがんではなかったが,
肝硬変や肝がんに進行していくことに不安を抱えている。

原告は,このように,日常生活における様々な制約と,病態が進行する可能性への恐怖心に悩まされるなど,多くのものを犠牲にしてきた。(4)

争点4(原告の損害の程度)
(原告の主張)


包括一律請求について
(ア)

B型肝炎ウイルスキャリアに生じる損害
慢性肝炎は,進行性,致死性,難治性の疾患である。B型肝炎ウイルス
キャリアになると,高い頻度で肝炎を発症してこれが慢性化し,さらに肝硬変,肝がんへと進展していく。また,慢性肝炎や肝硬変に至らない場合でも,肝がんに進展する可能性がある。そして,肝硬変や肝がんに進展すると,死に至る可能性が極めて高くなる。他方で,現代医学では,B型肝炎ウイルスに持続感染した場合に,
体内から完全にウイルスを排除するこ
とはできない。そして,抗ウイルス療法に用いられるインターフェロンや核酸アナログ製剤には,
副作用がある上,
治療効果が確実とはいえないし,

治療による経済的負担や時間的制約も極めて重い。
そして,日常生活において,B型肝炎ウイルスに感染する危険はほとんどないにもかかわらず,B型肝炎ウイルスキャリアは,学校,職場,家庭等,日常生活・社会生活の様々な場面で,感染を懸念した差別や偏見を受け,行動の自己抑制を強いられている。

以上から明らかなとおり,B型肝炎ウイルスキャリアであることは,それ自体が人生に対する深刻な脅威であり,B型肝炎ウイルスキャリアは,生涯にわたって,
病状の進展や,
発がんによる死の恐怖に直面し続ける上,
病状や治療のために多大な経済的負担を被り,
日常生活を大きく制約され
る。
加えて,B型肝炎ウイルスキャリアは,国から何の補償も受けられないまま放置され,社会から偏見や差別を受け,時には家族ぐるみで社会から
疎外される,
悲惨な生活を強いられてきた。
原告も例外ではなく,
前記(3)
ウのとおり,大きな制約を受けながら生活をしてきたのである。
(イ)

包括一律請求によるべきこと
前記(ア)のとおりであるから,B型肝炎ウイルスキャリアは,精神的に
も,経済的にも,社会的にも,大きな負担を強いられるところ,これらの
損害は,相互に影響し合い,被害者である原告の人生に複雑かつ深刻な影響をもたらすものであるから,
個別積算方式による立証で損害の全容を把
握することは不可能であり,
被害者の多面的被害を正しく評価して早期救
済を図るためには,
複雑多岐にわたる損害を総体として有機的に関連付け
て捉える,包括請求方式によるべきである。

また,被害者らには,予防接種という共通の原因により,B型肝炎ウイルス持続感染及びこれによる慢性肝炎等の発症という共通の結果が生じている。そして,慢性肝炎は進行性の疾患であるから,被害の程度は症状の段階により異なるものであるところ,人間一人ひとりの生命,身体,健康の価値に差異はなく,社会生活上の権利が平等であることに照らせば,
症状の段階に応じた一律請求方式によるべきである。
したがって,原告の損害賠償請求については,包括一律請求によることが認められるべきである。

具体的な損害額
B型肝炎ウイルスキャリアにおいて,
慢性肝炎が6年以上にわたり長期持
続した場合,当初発症した慢性肝炎により生じたものとは別に,医療費,障害等級第9級程度の労働能力喪失及び精神的苦痛といった甚大な被害が見込まれ,少なくとも,1250万円の損害が生じるというべきである。前記アのとおり,原告は,慢性肝炎が6年以上にわたり長期持続した(本件基礎事情②)ものであるから,原告の損害額は,1250万円に弁護士費用50万円を加えた,1300万円を下らない。

(被告の主張)
慢性肝炎が進行性,致死性,難治性の疾患であること,慢性肝炎の病状及びそのリスクは認めるが,その余は不知ないし争う。
第3当裁判所の判断
1争点1
(B型肝炎ウイルス持続感染と本件予防接種等との間の因果関係の有無)(1)

因果関係の考え方について
訴訟上の因果関係の立証は,一点の疑義も許されない自然科学的証明ではな
く,経験則に照らして全証拠を総合検討し,特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認し得る高度の蓋然性を証明することであり,その判定は,通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るものであることを必要とし,かつ,それで足りるものと解すべきである(最高裁昭和50年10月24日第二小法廷判決・民集29巻9号1417頁参照)

(2)

水平感染の可能性について

前提事実及び後掲証拠により,次の各事実が認められる。
(ア)

感染経路
B型肝炎ウイルスの感染経路としては,出生時に生じる垂直感染と,水
平感染とがあり,水平感染の具体例としては,注射器の連続使用,輸血,社会生活や家庭生活での濃厚接触が挙げられる。
(乙A12の2)
(イ)
本件予防接種等
予防接種とは,疾病に対して免疫の効果を得させるため,疾病の予防に
有効であることが確認されているワクチンを,人に注射し,又は接種することをいう(予防接種法2条1項)

(ウ)

母子間感染阻止事業
昭和61年に,HBe抗原陽性の状態の母親から生まれた新生児に公費
でワクチン等を使用するという,母子間感染阻止事業が開始された結果,昭和61年生まれ以降の世代における新たなB型肝炎ウイルスキャリア
の発生は,ほとんどみられなくなった。
(甲A57〔1頁〕
,乙A71〔1
頁〕
,112)

前記アの認定事実によると,昭和61年から母子感染阻止事業が開始された結果,
新たなB型肝炎ウイルスキャリアの発生がほとんどみられなくなったというのであり,この事実は,①同事業開始以前においては,母子間の垂
直感染によるB型肝炎ウイルスキャリアが相当数存在し,これらが,原告が本件予防接種等を受けた時期に,
本件予防接種等の被接種者の中に相当数含
まれていたこと,及び②同事業開始以後,水平感染によるB型肝炎ウイルスキャリアの発生がほとんどなくなったことを示すものであるから,一般に,幼少時において,
本件予防接種等における注射器の連続使用による感染を除

けば,家庭内感染を含む水平感染の可能性は極めて低いものと認められる。(3)

原告の個別的事情
前提事実及び証拠(甲BS16-2)によれば,原告は,昭和●●年●月●●日に出生してから満7歳になるまでの間に,
ツベルクリン反応
・BCG,
ジフテリア及び百日咳につき本件予防接種等を受けたことが認められる。そ
して,
上記予防接種等においては注射針又は注射筒が連続使用されることがあった(前提事実(5)ア)


原告は,
前記アの期間内にB型肝炎ウイルスに持続感染した可能性が高い
ところ,その感染原因は,垂直感染又は輸血ではない(前提事実(2)ア)。


前記アの期間内に原告の父母その他同居する家族がB型肝炎ウイルスに感染していたことをうかがわせる具体的な事情は認められない。
(4)

B型肝炎ウイルス持続感染と本件予防接種等との間の因果関係について前記(3)の認定事実によると,原告は,水平感染によりB型肝炎ウイルスに
持続感染したものと認められるところ,本件において,原告について,本件予防接種等のほかには,感染の原因となる可能性の高い具体的な事実の存在はうかがわれず,家庭生活での濃厚接触を含む,他の原因による感染の可能性は,一般的,抽象的なものにすぎない。
他方,
本件予防接種等の被接種者の中にB型肝炎ウイルス感染者が存在した場合に,注射器が連続使用されると,後の被接種者は,ほぼ確実に,B型肝炎ウイルスに感染し,被告は,原告が本件予防接種等を受けた可能性のある昭和
●●年から昭和●●年までの間,本件予防接種等の実施機関に対して,注射器の交換又は徹底した消毒の励行を指導せず,上記期間に実施された本件予防接種等においては,消毒が不十分なまま,注射器が連続使用されていた(前提事実(3)ア)
というのであるから,
本件予防接種等は,
原告の感染の原因となる可
能性の高い具体的な事実ということができる。
このことと,
前記(2)イの事実を

併せて考えれば,原告は,本件予防接種等における注射器の連続使用によってB型肝炎ウイルスに持続感染した蓋然性が高いというべきであり,経験則上,本件予防接種等と,原告のB型肝炎ウイルス持続感染との間の因果関係を肯定するのが相当である。
2争点2(慢性肝炎の病状等に関する医学的知見及び原告の具体的な病状)
(1)

前提事実及び後掲証拠によれば,B型肝炎に関する医学的知見について,
以下の各事実が認められる。

セロコンバージョンについて
(ア)

B型肝炎ウイルスは,遺伝子変異が生じやすい。B型肝炎ウイルスの
遺伝子変異は,ウイルス増殖に影響を及ぼすのみならず,肝炎の重篤度や発がん性,宿主免疫からの回避などにより,様々な病状の発現(無症候性キャリア,慢性肝炎,非活動性キャリア,肝硬変)に関与し,薬剤耐性変異株の出現等,多くの臨床的問題を引き起こす。
(甲A60,乙A58,6
2,71〔15頁〕
,75,76,82)
(イ)

B型肝炎ウイルス遺伝子の,HBe抗原の産生にかかわるコアプロモ
ーター領域,又はプレコア領域に変異が生じたウイルス(HBe抗原非産生変異株)は,増殖時にHBe抗原の産生を停止し,又はその産生量を低
減するようになって,その結果,セロコンバージョン(HBe抗原の陰性化)が生じる。これらの領域の変異は,B型肝炎ウイルスキャリアにおいて高頻度に見られる。もっとも,これらの領域に変異が見られない場合であっても,セロコンバージョンは生じ得るため,セロコンバージョンが生じる原因は,複数あると考えられている。
(甲A58,乙A5の2,64,

66,67,68,73,74)
(ウ)

セロコンバージョンが生じ,B型肝炎ウイルスの増殖が抑制されると,
肝細胞の壊死・炎症が下火になり,ALT値が上昇するほどの肝細胞の破壊が続かない状態となるが,B型肝炎ウイルスは,増殖が抑制されても,体内から完全に排除されることはないため,
残存するウイルスに対する免

疫応答は生じており,ALT値が正常であっても,肝生検所見により,炎症が認められる場合がある。もっとも,HBV-DNA量が3.3未満であれば,肝炎の活動性も,肝線維化も,いずれも軽度にとどまる。(乙A6
8,71〔68頁〕
,75,99)

セロコンバージョン後の経過に関する知見の変遷
(ア)

かつてはセロコンバージョンが生じれば,総じて予後が良いものと考
えられ,臨床的治癒として扱われていた。
(甲A58,60,乙A63,7
3,74)
(イ)
しかし,HBe抗原が陰性化しても予後の悪い症例が報告されるよう
になり,
また,
HBV-DNA量を高感度に測定できるようになったほか,
HBe抗原非産生変異株が発見されるなど,
B型肝炎ウイルスの遺伝子構
造及び機能に関する知見が集積され,遅くとも平成元年頃までには,HBe抗原陰性の状態でもウイルスが増殖し,
肝病変が進展する場合があるこ
とが確認された。そして,HBe抗原の陰性化が,必ずしもウイルス増殖の減弱や,ウイルス量の減少を意味しないことが明らかとなり,慢性肝炎を発症したB型肝炎ウイルスキャリアについて,
ウイルス量をモニターす

ることの重要性が認識されるようになった。
(甲A58,
乙A67,
74,
81,83,84,103,107,108)
(ウ)

そして,
平成15年頃には,
B型肝炎ウイルスキャリアの自然経過
(病

期)について,ALT値,組織所見,ウイルスマーカーなどを評価した上で,免疫寛容期(無症候性キャリア)
,免疫応答期(HBe抗原陽性慢性肝

炎及びセロコンバージョン後も鎮静化しないHBe抗原陰性慢性肝炎),
低増殖期(非活動性キャリア)
,再活性期(又は免疫応答期)
(セロコンバ
ージョン後非活動性キャリアを経たHBe抗原陰性慢性肝炎)
,寛解期な
どに分類されるようになった。
(甲A58,59,69,乙A36の2,6
4,94,96)


慢性肝炎の症状及び進展リスクについて
(ア)

慢性肝炎から肝硬変へは連続的に移行するものであるところ,炎症の
強さ及び持続期間により,肝細胞の線維化の程度等,肝臓の病理形態的変化には,かなりの幅がある。すなわち,炎症が弱く持続期間が短ければ正常な肝臓に近く,他方,炎症が強く持続期間が長ければ肝硬変に近い状態となる。慢性肝炎は,自然経過で著明に改善することがある一方,短期間に悪化することもある。我が国の肝硬変の症例は,50歳以上の者に多いが,
20歳未満で肝硬変に至る者も少数ながらいる。
(乙A68,
112)
(イ)

HBe抗原陽性慢性肝炎は,HBV-DNA量が6から10まで(中
ウイルス量から高ウイルス量)
の範囲で変動し,
肝炎が持続的に生じる傾
向があるとされる。そのため,肝炎の活動性は高く,病状の進展も早いとされる。
(甲A56,乙A57,96,106)
他方,
HBe抗原陰性慢性肝炎は,
HBV-DNA量が3から8まで
(低
ウイルス量から中ウイルス量)の範囲で変動し,間欠的に激しい肝炎を起こす傾向があり,自然寛解する可能性が低いとされる。本件ガイドラインは,HBe抗原陰性慢性肝炎について,HBe抗原陽性の状態の慢性肝炎と比較して,高齢であり,肝臓の線維化が進展した症例が多いため,より進んだ病期と認識すべきであると説明している。
(甲A56,58,6
0,乙A57,62,71〔68頁〕
,82)
もっとも,慢性肝炎による肝細胞の壊死・炎症の程度は,その時のウイ
ルスの量や宿主の免疫応答の程度に左右されるため,
同じ患者であっても
時期によって異なり,
また,
同じウイルス量であっても患者ごとに異なる。
(乙A68,75)
インターフェロン治療を行いHBe抗原陰性の状態となった症例は,治療介入が必要であると専門家が判断した,
肝炎の活動性がもともと高い症

例であるから,
HBe抗原陰性の状態となった後もALT値の上昇を伴う
肝炎が持続しやすく,
リバースセロコンバージョンが起こることもあるの
で,自然経過観察例とは別に考える必要があるとされる。
(乙A68)
(ウ)

HBe抗原陰性・HBe抗体陽性の状態でウイルスの増殖を伴う慢性
肝炎患者は,
HBe抗原非産生変異株が増殖していることが多い。
ただし,
遺伝子変異は,一度に全てのウイルスに生じる訳ではない。また,HBe抗原非産生変異株が,
ウイルスの増殖力の全てを決定している訳ではなく,
慢性肝炎の病状には,他の遺伝子変異等も関与しているとされるなど,慢性肝炎の再発の原因は必ずしも明らかとなっていない。
(甲A58,
68,
乙A67,68,72,73,76)

(エ)

慢性肝炎は,
ウイルス要因
(ウイルス遺伝子・ウイルスの産生する様々

な蛋白〔HBe抗原等〕,宿主要因(年齢・性・並存疾患・ウイルスに対)
する免疫応答に関する遺伝子・線維化や腫瘍の合併を規定する遺伝子など。
)や環境要因が複雑に絡んで予後に影響を及ぼす疾患であり,その影響について,
現在解明されていることはその一部にすぎない。
(乙A68)
現状では,
B型肝炎ウイルスキャリアの肝臓からB型肝炎ウイルスを完
全に排除することはできないため,全てのB型肝炎ウイルスキャリアが,
肝炎,肝硬変,肝がんのリスクを持ち合わせているといえるが,知見の集積により,
高リスクのB型肝炎ウイルスキャリアを選び出すことは少しず
つ可能となってきている。
(乙A68)
(オ)

HBV-DNA量とその後の臨床経過には強い関連があり,HBV-
DNA量が多いほど,肝硬変や肝がんに進展するリスクは高くなる。HB
V-DNA量が4.0未満になると慢性肝炎は鎮静化し,肝発がん率も低下する。
(甲A56,乙A57,62,71〔17頁〕

(カ)

現代の医学では,非活動性キャリアについて,鎮静化後に慢性肝炎が
再発しない者と,
長期経過の中で再発する者との厳密な鑑別は困難であり,
非活動性キャリアと診断された後でも,
6~12か月ごとの経過観察が必

要である。
(乙A71〔67頁〕


慢性肝炎の治療
(ア)

本件ガイドラインは,治療対象を選択する上で最も重要な基準を,①
組織学的進展度,②ALT値,③HBV-DNA量とし,その推奨する慢性肝炎の抗ウイルス療法の開始基準を,
HBe抗原の状態が陽性か陰性か
を問わず,HBV-DNA量3.3以上かつALT値31以上と設定している。ただし,HBe抗原陽性慢性肝炎については,ALT値が上昇した場合でも,線維化の進行度が高くなく,肝炎が劇症化する可能性がないと判断されれば,自然経過でのセロコンバージョンを期待して,1年間程度
治療を待機することも選択肢とされる。
(甲A57
〔68頁〕乙A71

〔1
0~14,68頁〕

(イ)

本件ガイドラインは,HBe抗原陽性慢性肝炎では,HBe抗原の陰
性化により肝不全のリスクが減少し,生存期間が延長するとして,まず目指すべき目標はセロコンバージョン(HBe抗原の陰性化)であるとし,他方,HBe抗原陰性の慢性肝炎では,まず目指すべき目標を,非活動性キャリアの状態(ALT値30以下及びHBV-DNA量3.3未満)と
設定し,線維化が進行している例では,さらにHBV-DNAの持続的な陰性化を目指すとしている。そして,HBe抗原陽性慢性肝炎でも,HBe抗原陰性慢性肝炎でも,最終的な目標は,HBs抗原の陰性化としている。
(乙A71〔65,68頁〕

また,
本件ガイドラインは,
HBe抗原の状態が陽性か陰性かを問わず,

非活動性キャリアの状態といった短期目標を達するための治療は,原則と
してインターフェロンを第一選択とし,
インターフェロンの効果不良例や,
肝線維化が進展し肝硬変に至っている可能性が高い症例については,核酸
アナログ製剤を第一選択としている。
(乙A71〔66,69頁〕

(ウ)

慢性肝炎患者は,日常生活において,基本的には,飲酒,肥満,過労を
避け,適度の運動と適正な食事をとることが肝要であるとされる。(乙A
35の2)

肝硬変の治療
(ア)

肝硬変は,機能的な分類として,主として肝細胞機能不全の程度によ
り代償性肝硬変と,非代償性肝硬変に分類される。代償性肝硬変は,肝機能が比較的維持され,機能の低下を補うことができる状態であり,症状はあまり現れない。非代償肝硬変は,肝臓の障害が強くなって体に必要な機能が果たせなくなり,黄疸や出血傾向,腹水,むくみなどの症状が現れ,命にかかわることもある状態である。
(乙A15の2,46の2,51の

2,52の2,53の2,99)
(イ)

本件ガイドラインは,肝硬変は慢性肝炎と比較して肝不全や肝がんに進展するリスクが高いため,より積極的な治療介入が必要であるとして,①HBV-DNA量が陽性であれば,HBe抗原陽性・陰性の状態であるかどうかを問わず,また,ALT値及びHBV-DNA量の程度にかかわらず,肝硬変を治療対象とするという,慢性肝炎とは異なる治療適応基準を採用し,②HBV-DNA量について,その低下ではなく,HBe抗原
陰性の状態の維持を目指すとして,
慢性肝炎とは異なる短期目標を採用し,
治療方法としては,核酸アナログ製剤の投与を推奨している(特に非代償性肝硬変では,
インターフェロン治療は禁忌とされる)乙A71


〔14,
15,69~71頁〕

(ウ)

肝硬変は不可逆的な症状ではなく,核酸アナログ製剤を長期投与する
ことで線維化の改善が可能となる。もっとも,本件ガイドラインは,核酸アナログ製剤投薬中止後の慢性肝炎の再発は,
肝不全を誘発するリスクが
あるため,基本的には,肝硬変においては,生涯にわたる治療継続を基本とし,線維化が改善し,又は慢性肝炎の治療中止検討基準に該当した症例においても,治療中止を推奨していない。
(乙A71〔70頁〕


(エ)

代償性肝硬変の患者は,
日常生活において,
基本的には,
慢性肝炎と同

様,規則正しい生活をし,十分な睡眠をとり,過労や飲酒を避けるべきとされる。非代償性肝硬変の患者は,日常生活において,さらに,アミノ酸製剤の服用や,頻回食が必要とされる。
(乙A35の2)
(2)

慢性肝炎の病態等に関する理解

ア(ア)

前提事実(1)及び前記(1)の認定事実によれば,①B型肝炎ウイルスキ
ャリアは,B型肝炎ウイルスに感染した後,免疫応答が働かないまま体内でウイルスが増殖する時期(免疫寛容期)を経て,免疫応答が働くようになって肝炎を発症し(免疫応答期)
,ウイルスの増殖力が弱まると,肝炎
が鎮静化する(低増殖期)
,といった経過を辿るものの,B型肝炎ウイル
スを体内から完全に排除することは困難であり,
ウイルス量と免疫応答と
のバランスによって,免疫応答期のまま経過し,あるいは低増殖期から免疫応答期に逆戻りすることがあること,
②B型肝炎ウイルスキャリアのう
ち,10~20%程度は,上記①の経過において,HBe抗原陽性慢性肝炎を発症した後,㋐セロコンバージョンが生じないまま,HBe抗原陽性慢性肝炎が長期持続する,㋑セロコンバージョンが生じても,HBe抗原陰性の状態で慢性肝炎が長期持続する,㋒セロコンバージョンが生じて,慢性肝炎が鎮静化した後にHBe抗原陰性の状態で慢性肝炎が再発する,㋓㋒の後,
リバースセロコンバージョンによりHBe抗原陽性慢性肝炎の
状態になる,といった経過を辿ること,③HBe抗原陽性慢性肝炎には,
高ウイルス量の下で持続的に生じるといった傾向が,
HBe抗原陰性慢性
肝炎には,
中ウイルス量の下で間欠的に生じるといった傾向がそれぞれみ
られるなど,
慢性肝炎の経過についての一般的な傾向は病期によって説明
され得るものであり,また,慢性肝炎の長期持続の症例や再発の症例は,慢性肝炎発症当初と比較すれば,
線維化等が進行している場合が多いとい

うことができるものの,肝炎の活動性は,様々な影響により変動する,ウイルスの増殖力と免疫応答の強さのバランスによって定まり,
肝臓の線維
化の進行も可逆的であって,
短期間であっても肝硬変に至るような症例も
存在することから,慢性肝炎患者の具体的な肝細胞の壊死・炎症の程度及び線維化の程度を,特定の病期,セロコンバージョンの有無,又はセロコ
ンバージョンが生じるまでの期間等によって類型的に把握することはできないこと,
④B型肝炎ウイルスの遺伝子に関する技術の発展と知見の集積に伴い,慢性肝炎が肝硬変や肝がんに進展する高リスク要因(HBe抗原非産生変異株の存在や高ウイルス量など)
が明らかになってきているほ
か,特にインターフェロン治療を行った症例は,慢性肝炎の長期持続又は
再発の可能性が高いと認識されてきているものの,
セロコンバージョンが
生じる原因,慢性肝炎が再発する原因等は,特定されるに至っていないことから,非活動性キャリアと診断された場合であっても,今後再発する可能性があり,経過観察を要するものとされていること,⑤本件ガイドラインにおいては,慢性肝炎の治療は,HBV-DNA量(低値)及びALT値(31以上)を基準として,抗ウイルス療法(第一選択は原則としてインターフェロン。が開始され,

非活動性キャリア化
(ALT値30以下,
HBV-DNA量3.0未満)及びHBV-DNA量の陰性化(線維化が進行している場合。
)を目指すものとされており,HBe抗原の有無(陽
性か陰性か)や持続期間によって治療の扱いを異にすることなく,他方,肝硬変に至った場合には,
代償性肝硬変と非代償性肝硬変で区別を設けた

上,生涯にわたる治療継続を基本として,核酸アナログ製剤によりHBV-DNA量の陰性化の維持を目指すものとされていることが認められる。(イ)

前記(ア)からすれば,B型肝炎ウイルスキャリアの80~90%は,慢
性肝炎を発症した後,やがては鎮静化して良好な予後を辿るものの,10~20%は,慢性肝炎が鎮静化せず長期持続し,又は鎮静化しても再発して不良な予後を辿るところ,現代医学では,慢性肝炎の長期持続又は再発の原因が必ずしも明らかとなっておらず,
体内からB型肝炎ウイルスが完
全に排除されることもまれであるため,慢性肝炎は,一たび発症すれば,生涯にわたり,それが長期持続し,又は再発する可能性を保有し続ける疾患であると認識されているものと認められる。そして,HBe抗原の有無
自体は,
慢性肝炎から肝硬変や肝がんに進展する高リスク要因とはされて
おらず,慢性肝炎の症状を直接左右するとは考えられていない一方で,慢性肝炎の具体的な症状は,
ウイルスの増殖力及び免疫応答の強さにより決
まると考えられていること,治療においては,ALT値及びHBV-DNA量又は線維化の進行の程度が基準とされ,
HBe抗原の有無や病期によ

って,特段異なる取扱いはされていないこと,肝硬変にまで至った場合には,治療基準等を別に扱うものとされていることからすれば,肝硬変に至らない慢性肝炎の経過の中においては,
いくらかの症状の差異があるとし
ても,対応を異にする必要があるとは考えられておらず,肝硬変に至るまでの段階として,HBe抗原陽性慢性肝炎であっても,HBe抗原陰性慢性肝炎であっても,あるいは長期持続の症例であっても,同様の基準の下に取り扱われているものということができる。

そうすると,慢性肝炎の長期持続は,医学的に,慢性肝炎という一つの病状の中での,連続する経過の一部であると認識され,かつ,その経過の一部について,特段異なる取扱いはされていないのであるから,慢性肝炎の長期持続(本件基礎事情②)と,慢性肝炎の発症(本件基礎事情①)とが,医学的にみて,異なる病状であるということはできない。


原告の主張について
原告は,B型肝炎の自然経過において,多くの症例では,セロコンバージョン後,ウイルスの活動性が低下して,慢性肝炎が鎮静化するのであって,セロコンバージョンが生じずに,
あるいはこれが生じても慢性肝炎が長期持

続する症例は,例外的である旨主張する。
しかしながら,前記認定のとおり,慢性肝炎は,一たび発症すれば,B型肝炎ウイルスが体外に排出されるまで,慢性肝炎が長期持続し,又はいったん鎮静化しても再発する可能性がある疾患である上,慢性肝炎による壊死・炎症の程度や線維化の進行,慢性肝炎の持続期間等は,HBe抗原の有無に
よってある程度の傾向はあるものの,患者の個別要因により大きく異なり,炎症が長期間持続して肝硬変に至る症例もあれば,
高度な炎症により短期間
で肝硬変に至る症例もあり(前記(1)ウ(ア))
,慢性肝炎が長期持続している
といっても,ALT値をみると,比較的低値にとどまったままで,すなわち大きな炎症は生じずに数年を経過するときもあれば,
激しい炎症が続くとき

もあるなど,様々な症例があるのであって(前提事実(2))
,これらは,いず
れもB型肝炎ウイルスキャリアが辿る可能性のある多様な経過の一つとして認識されている上,慢性肝炎の長期持続に至る割合も,10~20%と通常想定されないというほど低い割合とはいえず,ことに,インターフェロン等の治療介入を行った場合には,
これらの経過を辿る可能性が高いとの認識
により経過観察等が行われているなど(前記(1)ウ(イ))
,慢性肝炎の長期持
続に至る以前の段階や,当初発症した慢性肝炎の段階で,慢性肝炎の長期持
続を見据えた扱いがされているのであるから,臨床の場面においては,慢性肝炎という一つの疾患について,
その具体的な経過に応じて必要な処置がと
られているということができ,
慢性肝炎の長期持続がB型肝炎ウイルスキャ
リアにおいて比較的少ない症例であるとしても,そのことが直ちに,医学的にみて,これが例外的であるとか,最初に発症した慢性肝炎と別の病状であ
ることの根拠にはならないというべきである。なお,原告は,慢性肝炎の2年以上の長期持続という事情についても損害を基礎づける事情と主張しているが,慢性肝炎が2年以上にわたり長期持続する者の割合は,原告の主張においても,
慢性肝炎を発症した者のうち80%に満たない程度というので
あり,6年以上にわたり長期持続する者の割合(50%)をはるかに上回る
ものであって,例外的な事情といえないことは明らかであり,採用することはできない。
(3)

原告の具体的な病状
前提事実及び証拠(甲BS16-5・6・13・16~18,原告本人)によれば,原告について,概要,昭和61年3月頃にALT値が273となり,同年3月から5月まで入院して治療を受ける中で,遅くとも同年5月2日までに慢性肝炎を発症したこと,
退院時の同月末にはALT値が21に下
降し,同年6月頃にはHBe抗原が陰性化したものの,HBe抗体の陽性化には至らず,かえって同年8月より再びALT値が上昇し,同年10月にA
LT値が737となり,HBe抗原が陽性化したこと,ALT値が,同年11月から下降をはじめ,昭和62年2月頃には25となって,再びHBe抗原が陰性化したこと(ただし,HBe抗体の陽性化には至っていない。,そ)
の後,平成15年11月頃までは,ALT値は異常値のまま推移したため,原告は,平成16年1月頃,核酸アナログ製剤(ラミブジン)の服用を開始し,その頃から平成24年5月頃までの間,ALT値はおおむね異常値(30から83まで)の間で推移し,他方,HBV-DNA量はおおむね低ウイ
ルス量であるか,又はHBV-DNA量は陰性であったこと,平成26年12月1日にはHBs抗原セロコンバージョンが認められたため,
原告はラミ
ブジンの服用を中止し,
以後は年2回の通院による経過観察を受けているこ
と,の各事実が認められる。その詳細は別紙4(原告の病状等について)の1イ具体的病状記載のとおりである。

前記アの認定事実によれば,原告は,遅くとも昭和61年5月2日頃までにHBe抗原陽性の状態で慢性肝炎を発症して,その後,平成15年11月頃までの間,ALT値は,一時的に30未満となることがあったものの,おおむね異常値で推移していたというのであるから,この間,慢性肝炎が鎮静
化したものとは認められず,その後,平成16年1月からは核酸アナログ製剤(ラミブジン)の服用を開始したところ,平成26年頃にHBs抗原が陰性化し,以後,原告は核酸アナログ製剤の服用を中止して,年2回程度の通院による経過観察のみ受けているというのであるから,
少なくとも平成26
年12月1日にHBs抗原の陰性化が認められた時点において,
慢性肝炎は

鎮静化したものと認めるのが相当である。
したがって,原告は,昭和61年5月2日頃までに慢性肝炎を発症し,これが,
少なくとも平成16年1月頃までの約17年にわたって長期持続して,その後,平成26年12月1日頃に慢性肝炎が鎮静化したものであるから,当初発症した慢性肝炎(本件基礎事情①)が,6年以上にわたって長期持続
した(本件基礎事情②)と認められる。
3争点3(除斥期間の起算点)
(1)

除斥期間の起算点の考え方について

ア(ア)

民法724条後段は,被害者側の認識のいかんを問わず一定の時の経
過によって法律関係を確定させるため,
請求権の存続期間を画一的に定め
た,
除斥期間の規定であると解される
(最高裁平成元年12月21日判決

民集43巻12号2209頁)

そして,同条後段は,その起算点を不法行為の時と規定しており,加害行為が行われた時に,
その損害と牽連一体をなす範囲について損害賠
償請求権が成立し,加害行為の時が,その起算点となると考えられる。他方,
身体に蓄積した場合に人の健康を害することとなる物質による損


(蓄積進行性)一定の潜伏期間が経過した後に症状が現れる損害
や,
(遅
発性)のように,当該不法行為により発生する損害の性質上,加害行為が終了してから相当の期間が経過した後に損害が発生する場合には,損害の
発生を待たずに除斥期間の進行を認めることは,
被害者にとって著しく酷
であるし,また,加害者としても,自己の行為により生じ得る損害の性質
からみて,相当の期間が経過した後に被害者が現れて,損害賠償の請求を受けることを予期すべきであると考えられるから,
当該損害の全部又は一
部が発生した時に,当該損害についての損害賠償請求権が成立し,その時が,除斥期間の起算点となると解される(最高裁平成16年4月27日第三小法廷判決・民集58巻4号1032頁,最高裁平成16年10月15
日第二小法廷判決・民集58巻7号1802頁参照)

(イ)

これを,B型肝炎ウイルスに持続感染して慢性肝炎を発症した場合に
ついてみると,乳幼児期にB型肝炎ウイルスに持続感染した場合,肝炎が発症しない無症候性キャリアの状態が十数年以上続き,
実際に炎症が生じ
るのは成人期に達してからである(前提事実(1)ア(ウ),エ(ア))というのであるから,慢性肝炎を発症したことによる損害は,その性質上,加害行為が終了してから相当期間が経過した後に発生するものと認められ,その
除斥期間の起算点は,加害行為(本件予防接種等)の時ではなく,損害が発生した時ということになる
(最高裁平成18年6月16日第二小法廷判
決・民集60巻5号1997頁〔平成18年判決〕。


そして,不法行為による損害は,牽連一体をなす範囲,すなわち相当因果関係の範囲内で全損害が発生し,
加害行為が終了してから相当期間経過した
後に発生する損害についても,加害行為の時点で,これと相当因果関係にある損害の範囲が客観的には確定され得るのであり,
損害発生時から損害が進
行・拡大したとしても,加害行為時にその発生を予見することが可能であったものについては,
当初の損害の賠償請求権に含まれるものということがで

き,
除斥期間の起算点は,
最初の損害が発生したときとなるものと解される。
もっとも,最初の損害から進行・拡大した損害であっても,それが最初の損害と質的に異なるものであるときには,
最初に発生した損害とは別個の新た
な損害賠償請求権が成立したと評価し得るのであり,
当該損害が発生したと
きから除斥期間が起算されることになるものと解される
(最高裁平成6年2

月22日第三小法廷判決民集48巻2号441頁

〔平成6年判決〕
参照。。

本件でいえば,本件予防接種等(加害行為)によりB型肝炎ウイルスに感染した後,相当期間を経て慢性肝炎が発症すること(本件基礎事情①)で,原告に当初の損害が発生したことになる。そして,前記2の認定判断のとおり,現代の医学では,B型肝炎とは,80~90%の症例において予後が良
好であるものの,発症した慢性肝炎が長期間にわたり持続することにより,線維化が進行して肝硬変や肝がんにまで進展するリスクを,
生涯にわたり保
有し続ける疾患であると認識されていることからすれば,
慢性肝炎の長期持
続は,それが6年以上にわたるものであっても,医学的にみて,慢性肝炎の進行・拡大として,一般に想定されるものといえる。そうすると,慢性肝炎
の発症の時点で,慢性肝炎の長期持続による損害は,当初の損害発生時(加害行為時)にその発生を予見することが可能な損害というべきである。原告についても,
遅くとも昭和61年5月2日頃までにHBe抗原陽性の
状態で慢性肝炎を発症して以降,ALT値はおおむね異常値で推移し,経過観察を受けていたというのであるから,
慢性肝炎の長期持続は想定されてい
たものといえ,これを予見できなかったということはできない。
したがって,慢性肝炎の6年以上にわたる長期持続(本件基礎事情②)に
基づく損害は,最初に発症した慢性肝炎(本件基礎事情①)による損害と牽連一体のものということができる。

これに対して,原告は,当初の損害が進行・拡大したにすぎない損害であっても,
その後にこれが進行拡大するかを医学的に確定することができず,・
そのため,当初の損害発生時点では,その進行・拡大した場合の賠償を求め
ることが不可能な場合には,現実に損害が進行・拡大した時点を除斥期間の起算点とすべきである旨主張する。
その趣旨は,後の損害である慢性肝炎の6年以上にわたる長期持続(本件基礎事情②)による損害が,最初の損害である慢性肝炎の発症(本件基礎事情①)とは質的に異なる損害であるとの主張とも解され,そうであれば後に
検討するが,上記主張が,本件基礎事情②による損害の発生を予見不可能とする趣旨の主張であるとすれば,かかる主張を採用することはできない。すなわち,前記2のとおり,慢性肝炎の性質上,これを最初に発症(本件基礎事情①)した時点で,その後の経過として,慢性肝炎の長期持続が想定されるのであり,慢性肝炎の持続期間等を具体的に認識できないことは,牽連一
体をなす範囲で損害賠償請求権が成立することを妨げないし,
民法724条
後段が,当事者の主観を要件としていないことに照らしても,原告に具体的な予見可能性がなかったというだけで損害が発生していなかったということはできない。
したがって,原告の上記主張は採用することができない。


以下,慢性肝炎の長期持続による損害が,最初の慢性肝炎発症による損害と質的に異なるものといえる事情があるかをみることとする。
(2)

慢性肝炎の発症(本件基礎事情①)に係る損害と慢性肝炎の6年以上にわ
たる長期持続(本件基礎事情②)に係る損害は,質的に異なる損害といえるかア(ア)
不法行為における損害が,加害行為がなければ被害者が現在置かれて
いたであろう仮定的事実状態と加害行為がされたために被害者が置かれている現実の事実状態の差をいうものであることからすれば,損害が質的に異なるといえるかについては,事実状態の差に対する法的評価として,
被害の状態や被害回復の在り方などの諸事情を総合考慮して,
経験則
に従って判断されるべきものと解される。

(イ)

被告の主張について
被告は,質的に異なる損害について,病状に基づく損害に対する法的評
価が異なってしかるべき事情と捉え,当該事情としては,前後の損害の基礎をなす病状を医学的観点から比較して,
類型的な軽重の相違がある場合,
又は,前後の損害を比較して,各損害に対応する病状に損害額の算定にも影響するような看過できない差異がある場合に限られる旨主張する。なるほど,損害の基礎となる事実状態において,医学的知見から異なる事実(疾病,病状等)と評価し得るのであれば,法的評価として質的に異なるものといい得ることがあろうし,
損害額の算定において大きな差異が
あるような基礎事情,例えば,病状や被害者の置かれた状況等に差異があ
れば,やはり,法的評価として質的に異なるといい得ることがあろうが,質的に異なる損害が,
上記二つの類型が認められる場合にとどまるとまで
限定的に解すべきかは疑問であり,
平成6年判決のじん肺訴訟における判
断をみても,質的に異なる損害の基礎事情とされているのは,じん肺法上の管理区分に該当する各病状に係る損害に,
医学的にみて差異があるとい

う点だけではなく,じん肺法が,医学的にはじん肺という一つの疾患の中の病状について,
その進展を防ぐために取るべき対策である健康管理方法
等に区分を設けたこと自体にもあると考えられるのであって,
質的に異な
る損害か否かについては,医学的見地のみならず,社会的事実も考慮すべきものであると解される。
したがって,被告の上記主張は上記限度で採用することができない。イ
そこで,
まず,
医学的見地から,
慢性肝炎の6年以上にわたる長期持続
(本
件基礎事情②)が,最初に発症した慢性肝炎(本件基礎事情①)と質的に異なるといえるかをみると,前記2の認定判断のとおり,医学的には,慢性肝炎の長期持続は,最初に発症した慢性肝炎の病状の一部である上,HBe抗原の有無や,持続期間に応じた,特段の取扱いがなされているともいえないのであるから,抽象的に,慢性肝炎の6年以上にわたる長期持続という事実
のみを捉えて,医学的見地から,質的に異なる損害が生じたものと評価することはできない。

次に,医学的見地以外の事情から,上記慢性肝炎の6年以上にわたる長期持続(本件基礎事情②)に係る損害が,当初発症した慢性肝炎(本件基礎事
情①)と質的に異なるといえるかをみる。
前提事実及び後掲証拠によれば,以下の事実が認められる。
(ア)

基本合意説明書
全国B型肝炎訴訟原告団・弁護団及び被告は,平成23年6月28日,
基本合意に際し,
基本合意書の解釈・運用について疑義が生じた場合には,
札幌地方裁判所が平成23年1月11日及び同年4月19日に,
双方に提
示した各基本合意書(案)についての説明
(以下,同年1月11日に提
示されたもの〔乙A86〕を基本合意説明書という。
)の記載を十分尊
重する旨合意した。
(顕著事実)
基本合意説明書においては,
慢性肝炎の病状の区分にあるもののう

ち,肝機能障害が鎮静化している者に係る和解金額について,
慢性肝炎について,一般に,B型肝炎ウイルスに持続感染した者は,その後,肝炎を発症しても,ほとんどはやがて沈静化し,中には,肝炎の発症を自覚しない者もいるといわれているが,本人も周囲も肝炎の発症に気付かずに沈静化した場合に,その者が訴訟において過去に慢性肝炎となったことを立証しうるとはいささか考え難いことから,本基本合意案にあたって実際上考慮していたのは,肝炎の発症を自覚した者の受けた苦痛その他の損害に見合う和解金の額のいかんである。,この点,やがて沈静化しうるB型肝炎は,同じウイルス性肝炎であっても,発症後肝硬変等に移行することの多いC型肝炎と同列に論じることはできないが,他方において,肝炎の発症により,感染による損害とは質的に異なる損害,すなわち,少なくとも肝機能障害のある間は継続する死に対する現実的,具体的な恐怖や,発症前を上回る社会生活上の差別的取扱その他の被害による損害が発生するであろうこと,また,沈静化した後においても,一定の率で肝がんとなる危険があることから,たとえ肝機能障害が沈静化したとしても,その損害に見合う和解金の額は,いわゆるC型肝炎救済特別措置法におけるC型肝炎ウイルスの無症候性キャリアに対する給付金の額を下回るべきではないと考えた。とされている。(乙A86)
(イ)

障害等級の認定
厚生労働省の,胸腹部臓器の障害認定に関する専門検討会は,平成16
年頃,認定基準等の見直しのための検討を行った結果,慢性肝炎の鎮静化については,
ALT値が持続的に正常であることは医学的には慢性肝炎の
病状が進行しないことを意味するとして,
B型肝炎ウイルスが陰性化して
いなくても,
ALT値が持続的に正常である場合に限り治癒とすることが
適当であり,他方,ALT値が基準値を超え,持続的に高値を示した場合は,加療を要することから,再発として取り扱うことが適当であるとの趣
旨の報告をした。
(甲A72)
また,同検討会は,障害等級について,慢性肝炎(ウイルスの持続感染が認められ,かつ,AST値,ALT値が持続的に基準値を超えないものに限る。
)は第11級相当であり,代償性肝硬変(ウイルスの持続感染が
認められ,かつ,AST値,ALT値が持続的に基準値を超えないものに限る。
)は第9級相当であり,非代償性肝硬変については,治療が不可欠であることから治癒として障害認定することは適当でないと報告した。こ
の点について,
同検討会は,
代償性肝硬変は,
通常自覚症状はないものの,
肝機能の低下は慢性肝炎にとどまっている場合よりも明らかに高いから,持続的に肝機能検査値が基準値を超えない場合にあっても,
生活等におい
て,慢性肝炎よりも高度の制限が必要と考えられると説明している。(甲
A72,73)

(ウ)

じん肺について

a
じん肺とは,
粉じんを吸入することによって肺に生じた線維増殖性変

化を主体とする疾病をいう(じん肺法第2条1号)

b
じん肺は,
肺内の粉じんの量に対応し,
これが存在する限り進行する,

特異な疾患であり,その病変は不可逆的であり,現在の医学では治療は
不可能である。
(弁論の全趣旨)
c
じん肺法は,
エックス線写真像と肺機能障害の程度の組み合わせによ

る,
管理1から管理4までの
じん肺管理区分じん肺法4条2項)

を,
都道府県の労働局長が決定する手続を定めている(じん肺法13条)。
管理区分の決定を受けた労働者を雇用する事業者は,同管理区分に従
い,健康管理のための措置として,当該労働者について,作業時間の短縮や,作業転換を行う義務を負う。また,管理4と決定された労働者等は,療養を要するものとされる(じん肺法20条の2~23条)


前提事実(4)及び前記ウで認定した事実によれば,㋐肝硬変については,
これを慢性肝疾患という,
本来は慢性肝炎と連続した病状の一部とする見解
はあるものの(Aの意見書〔乙A68〕,深刻な肝機能障害をもたらし,肝)
がんなどのリスクが慢性肝炎とは明らかに異なるなどの点から,肝硬変を,医学的にみて,慢性肝炎と異なる病状として,治療方針等において異なる扱いをすることが共通認識となっていたこと,㋑慢性肝炎については,平成元年頃までには,B型肝炎という長期進行性の疾患においては,その経過の中で,
慢性肝炎の長期持続といった病状が予測されることが医学的に明らかとなっていたものの,
B型肝炎ウイルスを体内から排除することは困難であり,
一たび慢性肝炎を発症した患者は,
生涯にわたり肝硬変や肝がんに進展する
リスクを保有し続けると考えられていること,㋒基本合意においては,慢性肝炎と肝硬変が区別され,また,肝硬変は,更に軽度と重度とで区別された
のに対し,慢性肝炎は,提訴までに20年を経過したか否かで区別がされる一方,軽重や鎮静化の有無など,症状の程度による区別はされず,むしろ,肝炎が生じている間に継続する死に対する現実的恐怖や差別的取扱いその他の被害による損害をも含めて,その損害額が検討されていたこと,㋓障害等級の認定においては,慢性肝炎が鎮静化した場合が,第11級相当と,代
償性肝硬変については,
これと区別されて第9級相当と扱われていることが
認められる。
これらの事実は,
慢性肝炎が,
長期持続の可能性のある疾患であること
(上
記㋑)を踏まえ,その発症後に,確定的な進行は予測できないものの,慢性肝炎による肝細胞の壊死・炎症や線維化の程度は個人差が大きく,特定の病
期に対応するものではない上,線維化は可逆的であることから,じん肺のように進行の程度に応じた救済を図ることは困難であると認識されており,慢
性肝炎において,
肝硬変に至らない段階については将来のリスクを含めた損
害評価を同じくするものとして一括した対応を図ることとされたものであると理解できる。

そうすると,
慢性肝炎の6年以上にわたる長期持続
(本件基礎事情②)
は,
慢性肝炎の発症(本件基礎事情①)により予測できる経過であり,他方,肝硬変については,同様に予測可能な経過ではあるものの,少なくとも,医学的観点から比較して,
慢性肝炎とは類型的な軽重の相違のある病状であるこ
とが医学的な共通認識とされていた上,
障害等級の認定の手続や基本合意の
趣旨においても,その治療及び補償を含めた対応について,慢性肝炎と肝硬変とを別の枠組みとして扱うこととし,慢性肝炎の長期持続については,じ
ん肺の管理区分や肝硬変のような段階に応じた特段の枠組みとして扱うことはせず,
さらに基本合意において慢性肝炎が現に長期持続していても発症
から20年で除斥期間に係る扱いをしていたのであり,また,多中心性発生による肝がんを再発した場合に,
肝がんを再発した時期を肝がんの発症の時
期とみなすなどの合意が取り交わされたのに対して,
慢性肝炎の長期持続に

ついて,格別の定めがされておらず,かえって,慢性肝炎の発症後は,肝硬変に至る前の段階として,
死への恐怖や社会的制約の負担などについて一体
のものとして考えられていたのであるから,社会的には,B型肝炎ウイルスキャリアについては,慢性肝炎を発症した後,肝硬変又は肝がんに至るまでの過程が,
慢性肝炎という一個の病状として認識されているものと認めるの

が相当であり,その期間が6年以上にわたっても変わるところはない。そうすると,慢性肝炎の長期持続を,当初の慢性肝炎の発症と区別する社会的事実を認めることはできない。なお,原告は,基本合意や特措法などの解釈が規範的意味をもつものではない旨主張するが,前記認定判断のとおり,それらの規範性ではなく,
その成立経緯や受け止めをめぐる事実を考慮するもの

であって,採用することはできない。
したがって,社会的にみても,慢性肝炎の6年以上にわたる長期持続(本件基礎事情②)は,慢性肝炎の経過の一部分であって,さらに区別して取り扱うべき質的に異なる損害ということはできない。

原告の主張について
(ア)

慢性肝炎発症時点で将来請求が不可能であったとの主張について
原告は,時効期間・除斥期間の起算点については,損害の客観的な異質性を殊更重視するべきではなく,じん肺の事案と同様に,損害立証の困難性こそを考慮すべきであるとし,
原告が最初に慢性肝炎を発症した時点に
おいて,
生じるかどうかを確定できない将来の慢性肝炎の長期持続に係る
損害が認容される余地はなかった旨主張する。
確かに,昭和61年5月2日頃までに慢性肝炎を発症し,これが,少なくとも平成16年1月頃までの約17年にわたって長期持続したという原告の症例は,B型肝炎ウイルスキャリアの中で,比較的発症する割合の低いものであり,現代の医学では,慢性肝炎を発症した時点において,そ
の後の具体的経過
(当該慢性肝炎がどの時点からどの程度長期持続するか)
を確定することはできない。
しかしながら,発症する割合が低く,また,その時期,内容が具体的に確定できないからといって,損害賠償を求める余地がないとはいえない。すなわち,前記2(1)イのとおり,遅くとも平成元年頃にはHBe抗原が
陰性化しても予後の悪い症例が確認されていたのであり,
慢性肝炎の上記
性質を踏まえても,
本件を含むB型肝炎に関する損害賠償請求で広く行わ
れているように,慢性肝炎が発症した時点で,将来のリスクを考慮して行う包括一律請求の方法により損害賠償を求めることは可能であったと考えられるし,また,前記2(1)ウのとおり,慢性肝炎の長期持続について
も,高リスク因子が把握されるようになっているのであるから,数年の臨床経過に基づいて,
慢性肝炎の長期持続の蓋然性を立証することは可能で
あったというべきである(その損害についても,肝硬変に至るまでの,病状の進展への不安や社会的制約を受けることの負担などについて,一体と
して捉えられていたのであるから,
具体的な損害の賠償を求めることもで

きたといえる。。原告についても,慢性肝炎の長期持続が現実に生じるま)
で,将来請求を行う術がなかったということはできない。
(イ)

基本合意の経過について
原告は,基本合意説明書の記載からすれば,基本合意及び基本合意(そ
の2)において,
慢性肝炎の病状として想定されていたのは,B型肝炎
ウイルスキャリアの大多数が辿る,
慢性肝炎の発症後に間もなくセロコン
バージョンが生じて鎮静化する症例であった旨主張する。
しかしながら,当時の知見に照らせば,慢性肝炎について,これが長期持続する可能性があることは明らかとなっていたのであるから(前記2(1)イ)
,これを黙示的に除外するとは通常考えられず,他に,基本合意において,慢性肝炎の長期持続や,再発事例を除外したと認めるに足りる証
拠もない。
したがって,原告の上記主張は採用できない。
(ウ)

障害等級の認定について
原告は,障害等級の認定において,慢性肝炎の鎮静化が治癒として
扱われていることから,少なくとも社会的には慢性肝炎の長期持続は,最初の慢性肝炎とは別の病状として扱われている旨主張する。
しかしながら,上記取扱いは,ウイルスが体内に存在する限り医学的には治癒に至らないものの,
当面の病状の進展が考え難い状態に至っている
慢性肝炎患者について,
症状固定と同様に扱うことで救済を図ろうとする
趣旨に基づくものと解されるところ,
慢性肝炎が長期持続した場合でも障

害等級は変わらないのであり,慢性肝炎の長期持続に係る病状を,最初の慢性肝炎とは別の病状として取り扱っているものではないから,
障害等級
の認定において上記取扱いがされていることは,
上記エの認定判断を左右
しない。原告の上記主張は採用できない。
(エ)

じん肺について
原告は,じん肺の事案において,医学的には一つの病状が進行・拡大し
たケースであるにもかかわらず,
管理区分に応じた取扱いがされている旨
主張する。
なるほど,じん肺もまた,B型肝炎と同様に,病状の進行の速度や程度などが多様であり,具体的に予後が予測できない疾患であって,特定の時点の病状をとらえた際に,
その病状が今後どの程度まで進行するのかはも
とより,進行しているのか,固定しているのかすらも,現在の医学では確定できないとされる。その上で,しかもその病変は不可逆的であることから,患者の救済を図るべく,病状の進行程度等に応じて行政上の管理区分が設けられている。B型肝炎においても,病態として異なるか否かの異論はあるにしても,病状の進行程度等の医学的観点から,あるいは病状や患
者の受ける社会生活上の制約や精神的負担を含めた観点から,
基本合意等
により,慢性肝炎,肝硬変(重度,軽度)
,肝がんなどの区別を設けるだけ
でなく,
多中心性発生による肝がんの再発の場合にはこれを発症の時期と
みなすとするなどの取扱いがされ,患者の救済が図られている。
しかしながら,B型肝炎は,じん肺の病変が不可逆的であるとされてい
るのに対し,未だ解明されていない点も多くあるものの,医学の進歩により,病態の解明が進み,B型肝炎ウイルスの増殖を抑え,HBV-DNA量を改善させる治療薬の開発などの対応策が採られるようになってきているのであり,
肝機能障害を生じさせる線維化を改善することも可能だと
されてきているのであって,不可逆的な疾患ではないのである。しかも,
慢性肝炎を発症したことにより,患者は,その後,長期にわたって,社会生活上の制約や精神的負担を受ける可能性があるが,
これに対する補償と
しては,
B型肝炎が多様な経過をたどり得ることから,
肝硬変に至る前の,
肝硬変や肝がんに至る危険性がある段階として,
慢性肝炎の長期持続や慢
性肝炎の再発を区別しない一体としての範囲が考えられている。
そうする

と,じん肺法の扱いを考慮するとしても,基本合意等において区別がされている以上に,慢性肝炎を,6年以上の長期持続のものとそうではないものと区別して,それぞれ別個の損害と考えることはできない。原告の上記主張は採用できない。

さらに,原告において,当初の慢性肝炎の発症とは別個の新たな損害が発生したものと認めるべき事情があるかを検討する。

(ア)

前記2(3)の認定事実と,
前提事実並びに証拠
(甲BS16-6・16・

17,原告本人)及び弁論の全趣旨によれば,原告について,慢性肝炎を発症するまでは,●●●●●●●●●●●●●を行っていたこと,昭和61年頃,慢性肝炎を発症して,入院治療を受けるなどしたものの,退院後も慢性肝炎は鎮静化しなかったこと,
職場復帰を果たした後も定期的に通
院を続け,好きだった飲酒を避け,できるだけ安静にし,また子供ともスキンシップを控えるなど,
肉体的にも精神的にも負担の大きい生活を送ら
ざるを得なくなったこと,慢性肝炎が20年近く持続し,核酸アナログ製剤の服用を開始してもALT値の正常化はほとんど見られず,
平成26年
に至ってようやくHBs抗原が陰性化したものの,それまでの間,長期に
わたり,
肝硬変や肝がんに進行する可能性への恐怖心を抱き続けていたこ
とが認められる。
その詳細は,
別紙4
(原告の病状等について)2の生活状況等のとおりである。
(イ)

当時の医学的知見及び上記経過に照らせば,最初に慢性肝炎を発症し
た時点において,原告について,慢性肝炎が長期持続するか否かについて確定することはできなかったものの,最初に慢性肝炎を発症した後,入院治療を受ける中で,
1年の間にセロコンバージョンとリバースセロコンバ
ージョンを繰り返しALT値も度々異常値を示していたことなどに照らせば,最初に発症した慢性肝炎の経過の中で,今後,慢性肝炎が長期持続する可能性は具体的に予測でき,少なくともその段階で,今後の慢性肝炎
の長期持続や再発等の可能性を含めた将来請求を行うことは可能であったと認めるのが相当である。また,原告は,長年ALT値が持続して正常値を示すことがないまま,経過観察の状況にあったところ,原告の慢性肝炎が長期持続した点について,格別,経過観察における想定外の病状であると取り扱われたと認めるに足りる証拠もないことからすれば,
原告の臨
床経過は,
当初発症した慢性肝炎という一個の病状の中で予見される経過
の中で生じたものということができる。ここにおいて,慢性肝炎の6年以
上にわたる長期持続という事実(本件基礎事情②)をもって,当初の慢性肝炎の発症(本件基礎事情①)とは別の社会的事実ということはできず,他に,社会的に,これを別の症状として扱うべき事情も認められない。したがって,原告について,慢性肝炎の6年以上にわたる長期持続(本件基礎事情②)に係る損害が,当初の慢性肝炎の発症(本件基礎事情①)
に係る損害とは質的に異なると認めることはできない。

小括
(ア)

前記アからカまでのとおりであり,原告の慢性肝炎が6年以上にわた
って長期持続した(本件基礎事情②)ことをもって,原告に,当初の慢性肝炎の発症(本件基礎事情①)とは質的に異なる損害が発生したものと認めることはできない。
したがって,原告について,本件基礎事情②に係る損害賠償請求権は,除斥期間が経過しているといわざるを得ない。
(イ)

原告は,法や法解釈が,被害者の犠牲の上に加害者を救済するという
不合理な結果をもたらすものであってはならない旨主張する。
原告は,前記認定のとおり,B型肝炎ウイルスに感染して,慢性肝炎を発症して以降,B型肝炎ウイルスキャリアとして,症状の改善を図り,増悪を防ぐための負担はもとより,
社会生活の中で様々な制約を受けること
になり,精神的,肉体的のみならず,経済的にも負担を負い,また,原告
の家族等においても,同様の負担があったことが認められる。原告においては,慢性肝炎を発症(本件基礎事情①)して以降,その6年以上にわたる長期持続(本件基礎事情②)及びこれに伴う上記制約や負担と闘い,健康を回復させ,
家族や社会とのつながりを回復することこそが最も重要な
目標であり,
加害者に対して損害賠償を求めるために闘うことが最も重要
なことではなかったということができる。その結果,B型肝炎という遅発性の健康被害に係る事案であり,かつ,進行等や見通しが必ずしも具体的
に予測できず,長期にわたって経過観察や,治療を継続しなければならない病状に係る損害について,上述のとおり,法理論的には,慢性肝炎を発症(本件基礎事情①)することにより,同時点で,その6年以上にわたる長期持続(本件基礎事情②)及びこれに伴う上記制約や負担について,賠償を求めることができるものの,特に,少なくとも慢性肝炎が17年以上
にわたって持続していた原告においては,上記制約や負担は大きく,これと闘いながら損害賠償を求めることは,
困難な面があったものと推察され
る。その意味で,本件が,法的安定を目的とし,権利の失効を定める除斥期間を適用することが相応しい事案であったとはいい難い。
しかしながら,
そのような事情をもってしても,
法的安定性を求める法の建前を崩すまで

の事情として,汲むことはできないのである。原告の上記主張は採用することができない。
4以上からすれば,慢性肝炎の6年以上にわたる長期持続(本件基礎事情②)に係る損害が,当初の慢性肝炎が発生した時(本件基礎事情①)に発生していなかったとみることはできず,原告の個別事情を踏まえても,原告の請求は,除斥期間が経過しているから,争点4(原告の損害の程度)について検討するまでもなく,理由がない。
第4結論
以上のとおり,原告の請求には理由がないから,主文のとおり判決する。
福岡地方裁判所第2民事部

裁判長裁判官

立正佳
裁判官

足永田早苗
裁判官川上タイは,転補のため,署名押印することができない。
裁判長裁判官


別紙1~4[※省略]

立正佳
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