判例検索β > 平成28年(行ウ)第220号
原爆症認定申請却下処分取消等請求事件
事件番号平成28(行ウ)220
事件名原爆症認定申請却下処分取消等請求事件
裁判年月日令和2年6月3日
裁判所名・部大阪地方裁判所  第2民事部
裁判日:西暦2020-06-03
情報公開日2020-07-08 16:00:15
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主1文
厚生労働大臣が平成28年3月3日付けで原告に対してした原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律11条1項に基づく認定の申請を却下する旨の処分を取り消す。

2
原告のその余の請求を棄却する。

3
訴訟費用は,これを2分し,その1を原告の負担とし,その余は被告の負担とする。
事実及び理由

第1

請求

1
主文1項と同旨

2
被告は,原告に対し,100万円及びこれに対する平成28年9月28日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2

事案の概要
本件は,原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律(平成6年法律第117号。以下法という。)1条に規定する被爆者(以下,単に被爆者という。である原告が,法11条1項に基づく認定(以下原爆症認定という。))
の申請(以下本件申請という。)をしたところ,厚生労働大臣から,本件申請を却下する旨の処分(以下本件却下処分という。)を受けたことから,原告が,①本件却下処分の取消しを求めるとともに,②被告に対し,厚生労働大臣が,本件申請について原爆症認定の要件を充足していたにもかかわらず,本件却下処分をしたことは違法である旨を主張して,国家賠償法(以下国賠法という。)1条1項に基づき,慰謝料100万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日(平成28年9月28日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

1
関係法令等の定め
(1)

被爆者
法において,被爆者とは,原子爆弾が投下された際当時の長崎市の区域内に在った者(法1条1号)等であって,被爆者健康手帳の交付を受けたものをいう(同条)。
(2)

被爆者に対する医療の給付
厚生労働大臣は,原子爆弾の傷害作用に起因して負傷し,又は疾病にかか
り,現に医療を要する状態にある被爆者に対し,必要な医療の給付を行う。ただし,
当該負傷又は疾病が原子爆弾の放射能に起因するものでないときは,その者の治癒能力が原子爆弾の放射能の影響を受けているため現に医療を要する状態にある場合に限る(法10条1項。なお,同項にいう放射能の語は,放射線を意味するものと解されている。)。
(3)

原爆症認定の手続
法10条1項に規定する医療の給付を受けようとする者は,
あらかじめ,
当該負傷又は疾病が原子爆弾の傷害作用に起因する旨の厚生労働大臣の認定(原爆症認定)を受けなければならない(法11条1項。以下,同項に基づく原爆症認定の申請の対象とされた疾病を
申請疾病
という。。



厚生労働大臣は,原爆症認定を行うに当たっては,疾病・障害認定審査会の意見を聴かなければならない(法11条2項,法施行令9条)。なお,疾病・障害認定審査会は,法の規定に基づきその権限に属させられた事項を処理するが(厚生労働省組織令133条1項),同審査会においては,原子爆弾被爆者医療分科会(以下医療分科会という。)が前記事項を処理することとされている(同条2項,疾病・障害認定審査会令5条1項)。

(4)

原爆症認定に関する審査の方針の策定及び改定の経過
原爆症認定をするには,①被爆者が現に医療を要する状態にあること(以
下要医療性という。)のほか,②現に医療を要する負傷若しくは疾病が原子爆弾の放射線に起因するものであるか,又は当該負傷若しくは疾病が放射線以外の原子爆弾の傷害作用に起因するものであって,その者の治癒能力が原子爆弾の放射線の影響を受けているため現に医療を要する状態にあること(以下放射線起因性という。)を要すると解されているところ,医療分科会は,次のとおり,原爆症認定に関する審査の方針の策定及び改定を行った。

新しい審査の方針の策定
医療分科会は,平成20年3月17日付けで,概要,次のとおりの内容の新しい審査の方針(以下,後記イによる改定後のものも併せて新審査の方針ともいう。)を策定し,原爆症認定に関する審査に当たっては,この方針を目安に行うものとした。(乙A1)

(ア)

放射線起因性の判断
a
積極的に認定する範囲
被爆地点が爆心地より約3.
5km以内である者又は原爆投下より約
100時間以内に爆心地から約2km以内に入市した者等から,
放射線起因性が推認される疾病(悪性腫瘍(固形がんなど),白血病等のほかに,放射線起因性が認められる心筋梗塞が含まれる。)に
ついての申請がある場合については,格段に反対すべき事由がない限り,当該申請疾病と被曝した放射線との関係を積極的に認定するものとする。
前記認定の判断に当たっては,積極的に認定を行うため,申請者から可能な限り客観的な資料を求めることとするが,客観的な資料がない場合にも,申請書の記載内容の整合性やこれまでの認定例を参考にしつつ判断する。

b
前記aに該当する場合以外の申請
前記aに該当する場合以外の申請についても,申請者に係る被曝線量,既往歴,環境因子,生活歴等を総合的に勘案して,個別にその起因性を総合的に判断するものとする。
(イ)

要医療性の判断
要医療性については,申請疾病の状況に基づき,個別に判断するものとする。


新しい審査の方針の改定

(ア)

医療分科会は,平成21年6月22日付けで,前記ア(ア)a掲記の放射線起因性が推認される疾病に放射線起因性が認められる甲状腺機能低下症等を付加する旨の改定を行った。(乙A2)

(イ)

医療分科会は,平成25年12月16日付けで,前記ア(ア)a(放射線起因性の判断につき積極的に認定する範囲)に関し,心筋梗塞,甲状腺機能低下症等については,被爆地点が爆心地より約2.0km以内である者又は原爆投下より翌日までに爆心地から約1.0km以内に入市した者のいずれかに該当する者から申請がある場合については,
格段に反対すべき事由がない限り,当該申請疾病と被曝した放射線との関係を積極的に認定するものとする旨等の改定を行った。(乙A3)
2
前提事実(顕著な事実,当事者間に争いのない事実並びに掲記の証拠(枝番号を含むものは特段の記載がない限り全て含む。)及び弁論の全趣旨により容易に認定できる事実)
(1)

原子爆弾の投下
アメリカ合衆国軍は,昭和20年8月6日午前8時15分,広島市に原子
爆弾(以下広島原爆という。)を投下し,同月9日午前11時2分,長崎市に原子爆弾(以下長崎原爆という。)を投下した。
(2)

本件却下処分に至る経緯等
原告は,昭和15年▲月▲日生まれの女性であり,長崎原爆が投下された際当時の長崎市の区域内に在った者として,被爆者健康手帳の交付を受けた被爆者である。(甲C1)

原告は,平成27年8月6日,厚生労働大臣に対し,同年に再発した乳がんを申請疾病とする原爆症認定の申請(本件申請)をした。(乙C1,弁論の全趣旨)


厚生労働大臣は,平成28年3月3日付けで,疾病・障害認定審査会の意見を聴いた上で,本件申請を却下する旨の処分(本件却下処分)をし,原告は,同月9日頃,本件却下処分がされたことを知った。(乙C10,弁論の全趣旨)


原告は,平成28年9月8日,本件却下処分の取消し等を求めて,本件訴訟を提起した。(顕著な事実)

(3)

放射線に関する知見


(ア)

放射線の種類(乙A101,102)
アルファ線は,2個の陽子と2個の中性子から成る粒子線であって,物質との相互作用が強く,物質透過中に急速にエネルギーを失っていくので,
空気中では数cm程度しか飛ばず,
薄い紙1枚で完全に停止させる
ことができる。
したがって,アルファ線被曝により健康影響が現れるのは,アルファ線を放出する物質が体内に摂取された時(内部被曝)のみであるとされる。

(イ)

ベータ線は,高速度の電子から成る粒子線であって,空気中では数十cm~数mの距離まで届き,物質透過力は中程度である。
アルファ線と同様,主な健康影響が生じるのは,体内に摂取された時(内部被曝)であるとされる。

(ウ)

ガンマ線は,電磁波であって,質量も電気も持たないために,物質との相互作用の程度が他の放射線に比べて弱く,
その物質透過力は大きい。

(エ)

中性子線は,電気を持たない中性子から成る粒子線であって,それ自体は電荷を帯びていない。
人体の70%を占める水分子を構成する水素の原子核,すなわち正の電荷を帯びた陽子にぶつかると,
陽子ははじきとばされて体内で電離
(電
荷を帯びた状態になること。イオン化ともいう。)を引き起こし,種々の傷害を誘発するとされ,吸収された線量が同じであれば,ガンマ線よりも中性子線の方が人体に重度の障害を引き起こすとされる。

放射線に関する単位等
放射線量は,放射線が物質や人体に及ぼす作用や影響の大きさにより評価され,どのような作用や影響に注目するかによって,次のとおり,いくつかの線量とその単位が定義されている。
(乙A101,103,104,
弁論の全趣旨)

(ア)

吸収線量
放射線が物質と相互作用を行った結果,その物質の単位質量当たりで吸収されたエネルギーの量である。吸収線量の単位として,グレイ(Gy)が用いられている。1グレイは,物質1キログラム当たり1ジュールのエネルギー吸収があるときの吸収線量を示す。

(イ)

等価線量
放射線の種類やエネルギーによって人体に与える影響の程度を表すものであり,吸収線量の単位をグレイとしたときの等価線量の単位はシーベルト(Sv)である。等価線量は,吸収線量(グレイ)に,放射線の種類及びエネルギーに応じた放射線荷重係数
(ベータ線及びガンマ線は1,
アルファ線は20,中性子線はエネルギー量によって5~20)を乗じて求められる。

(ウ)

実効線量
放射線の種類及び被曝部位による違いを考慮したものであり,その単位はシーベルト(Sv)である。実効線量は,等価線量に,その被曝部位の放射線感受性を表す組織荷重係数を乗じて求められる。
なお,日本において,自然から受ける放射線量は,一人当たり年間平均2.1ミリシーベルト(1000ミリシーベルト=1シーベルト)である。
3
争点等
本件の争点は,次の3点であり,これらに関する当事者の主張の要旨は,順に,別紙2~4のとおりである(同各別紙中で定義した略称は,以下においても同様に用いる。)。
(1)
(2)

1
原告の原爆症認定要件該当性(争点2)

(3)
第3

放射線起因性の判断基準(争点1)

国家賠償責任の成否(争点3)

当裁判所の判断
争点1(放射線起因性の判断基準)について
(1)

判断枠組み
法10条1項,
11条1項の規定によれば,
原爆症認定をするためには,
①被爆者が現に医療を要する状態にあること(要医療性)のほか,②現に医療を要する負傷若しくは疾病が原子爆弾の放射線に起因するものであるか,又は当該負傷若しくは疾病が放射線以外の原子爆弾の傷害作用に起因するものであって,その者の治癒能力が原子爆弾の放射線の影響を受けているため現に医療を要する状態にあること(放射線起因性)が必要であると解される。
そして,通常の民事訴訟における訴訟上の因果関係の立証は,一点の疑義も許されない自然科学的証明ではないが,経験則に照らして全証拠を総合検討し,特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認し得る高度の蓋然性を証明することであり,その判定は,通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るものであることを必要とすると解されるところ,行政処分の要件として因果関係の存在が必要とされる場合に,その拒否処分の取消訴訟において原告がすべき因果関係の立証の程度についても,特別の定めがない限り,前記の通常の民事訴訟における場合と異なるものではないというべきである。これを行政処分たる原爆症認定についてみると,法は,健康管理手当や介護手当の支給要件については,いずれも弱い因果の関係で足りる旨を明文で規定している(27条1項,31条)のに対して,原爆症認定における放射線起因性については,因果関係の立証の程度に関する特別の定めを置いていない。
そうすると,原爆症認定における放射線起因性については,放射線起因性が存しないことを理由としてされた原爆症認定に係る不認定処分の取り消しを求める原告において,原子爆弾の放射線が,当該原告の負傷若しくは疾病又は治癒能力の低下を招来した関係を是認し得る高度の蓋然性を証明する必要があり,その判定は,通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るものであることを要すると解すべきである(平成6年法律第117号による廃止前の原子爆弾被爆者の医療等に関する法律に係る最高裁平成12年判決参照)。

原爆症認定における放射線起因性に係る立証の程度等について前記アのとおり解するとしても,人間の身体に疾病等が生じた場合に,その発症に至る過程においては,
多くの要因が複合的に関連しているのが通常であり,
特定の要因から当該疾病等の発症に至った機序を逐一解明することには困難が伴う。殊に,放射線に起因する疾病等は,放射線に起因することによって特異な症状を呈するものではなく,その症状は放射線に起因しない場合と同様であり,また,放射線が人体に影響を与える機序は,科学的にその詳細が解明されているものではなく,長年月にわたる調査にもかかわらず,放射線と疾病等との関係についての知見は,統計学的,疫学的解析による有意性の確認など,限られたものにとどまっており,これらの科学的知見にも一定の限界が存する。
そうすると,放射線起因性の判断に当たっては,当該疾病の発症等に至った医学的・病理学的機序を直接証明することを求めるのではなく,当該申請者の放射線への被曝の程度と,統計学的・疫学的知見等に基づく当該申請者の申請疾病等と放射線被曝との関連性の有無及び程度とを中心的な考慮要素としつつ,これに当該疾病等の具体的症状やその症状の推移,当該疾病等に係る他の原因(危険因子)の有無及び程度,申請者におけるその他の疾病に係る病歴(既往歴)等を総合的に考慮して,原子爆弾の放射線への被曝の事実が当該申請に係る負傷若しくは疾病又は治癒能力の低下を招来した関係を是認し得る高度の蓋然性が認められるか否かを経験則に照らして判断するのが相当である。
(2)

被曝線量の評価方法
放射線起因性の判断に当たっては,
前記(1)イのとおり,
当該申請者の放射

線への被曝の程度が中心的な考慮要素の一つとなる。そして,厚生労働大臣が原爆症認定を行うに当たっては,原則として医療分科会の意見を聴かなければならないところ(前記関係法令等の定め(3)イ),証拠(乙A1,11)及び弁論の全趣旨によれば,医療分科会は,被爆者の被曝線量の評価に当たっては,①初期放射線による被曝線量,②残留放射線(誘導放射線)による外部被曝線量及び③放射性降下物による外部被曝線量を考慮するとともに,④被曝線量が同じであれば,内部被曝による健康影響は外部被曝による健康影響と同等であるものとして,新審査の方針を定めたものと認められる。そこで,以下,新審査の方針の下における医療分科会の具体的な被曝線量の評価方法を踏まえて,前記①~④の評価方法の合理性を検討し,さらに,これらに関連する⑤いわゆる遠距離被爆者及び入市被爆者に被爆後に生じた症状の評価等について検討を加えた上で,被曝線量の評価方法について検討する。

初期放射線による被曝線量の評価(前記①)について(ア)

初期放射線とは,
原子爆弾のウランやプルトニウムが臨界状態に達し,
爆弾が炸裂する際に放出される放射線(炸裂直前の爆弾内部で生じた核分裂反応の際に放出される即発放射線と,炸裂後に生じた火球内の核分裂生成物から放出される遅発放射線とに分かれる。)であり,主にガンマ線及び中性子線からなる。(乙A127(乙A150と同じ。以下,乙A127のみを掲げる。),131の1,弁論の全趣旨)
初期放射線による被曝線量について,新審査の方針は,DS86を改定したDS02に基づく値を利用している。(乙A11)

(イ)

DS86は,日米合同の研究者グループが1986年(昭和61年)に取りまとめた線量評価システムであるところ,広島原爆と長崎原爆の物理学的特徴と,放出された放射線(原爆放射線を構成するガンマ線及び中性子線)の量及びその放射線が空中をどのように移動し,建築物や人体の組織を通過した際にどのような影響を与えたかについての核物理学上の理論的モデルとに基づいて,初期放射線による被曝線量を算出している。(乙A130~132,139)
DS02は,日米合同の研究者グループが2002年(平成14年)に取りまとめた線量評価システムであるところ,DS86の計算値と実測値の不一致等が指摘されるなどしたことを受け,DS86の策定後の研究の成果を踏まえて再検討した結果,その原因が,実測値にはバックグラウンド線量(原爆放射線以外の日常生活において被曝し得る自然放射線や人工放射線に係るもの)が含まれていたことにあり,基本的な計算値には問題がなかったとして,初期放射線による被曝線量を算出し直している。(乙A133)

(ウ)

DS86及びDS02に関し,原告は,DS86による線量評価方式は,爆心地から遠距離において過小評価となっているところ,DS02においても,その問題点は解消されておらず,初期放射線による被曝線量を正しく算出する方式であるということはできない旨主張するのに対し,被告は,DS02は,専門家集団が,DS86の問題点等を踏まえ,当時の最新の技術及び手法等を用いて策定されたものであって,現在においても相当の信頼性のある科学的知見である旨主張するので,以下検討する。
a
証拠(乙A130~133,139)及び弁論の全趣旨によれば,(a)DS86の線量評価方式は,当時の最新の核物理学の理論に基づき,高度なシミュレーション計算法と演算能力の高い高性能のコンピュータを用い,爆弾の構造,爆発の状況,爆発が起きた環境(大気の状態,密度等),被爆者の状態等に関する諸条件を可能な限り厳密かつ正確に再現し,データ化して被曝線量を推定したものであること,(b)DS86は,国際放射線防護委員会(ICRP)から承認され,世界の放射線防護の基本的資料とされるなど,国際的に通用する体系的線量評価方式として取り扱われてきたこと,
(c)DS02は,
DS86
の基本的な評価方法を踏襲した上で,更に進歩した最新の大型コンピュータを駆使し,最新のデータやDS86の策定後に可能となった最新の計算法を用いるなどして,DS86よりも高い精度で被曝線量の評価を可能にしたものであること等が認められ,他方,DS02の線量評価方式の計算過程に疑問を抱かせる事情を認めるに足りる証拠はない。
そうすると,DS02の線量評価方式は,被爆者の初期放射線による被曝線量の評価システムとして相当の科学的合理性を有するものであるということができる。

b
ただし,DS02は,コンピュータによるシミュレーション計算の結果を基礎として策定されたものである以上,それに基づく被曝線量の計算値(推定値)は,自ずと近似的なものにとどまらざるを得ず,DS02に係る報告書も,代表的なDS02被爆者線量の合計誤差は広島・長崎両市とも30%程度であり,誤差の範囲は合計線量の27~45%であるとする(乙A133)。
また,DS02の計算値と実測値との一致又は不一致についてみると,
DS02に係る報告書においては,
(a)初期放射線のうちガンマ線
の線量について,広島原爆及び長崎原爆の爆心地から約1500m以遠の距離における測定値につき,推定バックグラウンド線量の誤差に大きく影響されるので,正確に決定することができないとされるとともに,
(b)初期放射線のうち熱中性子線
(運動エネルギーの低い中性子
線)について,バックグラウンドの影響を極めて低く抑えた環境における測定においても,広島原爆については爆心地から地上距離1400m付近でコバルト60及びユーロピウム152の測定値がいずれも計算値を上回っており,塩素36についても,爆心地からの地上距離が1100~1500m以遠では測定が困難であるとされている(乙A133)。
以上によれば,DS02においても,爆心地から約1500m以遠等の遠距離の地点において初期放射線による被曝線量を過小評価している可能性を完全には否定することができない。
(エ)

以上を総合すれば,DS02は相当の科学的合理性を有し,これによって初期放射線による被曝線量を推定することは合理的ということができるが,その適用に当たっては,前記(ウ)bのとおり,具体的な個人の被曝線量の計算値(推定値)において約30%の誤差があることに加え,爆心地から1500m以遠等の遠距離の地点における被曝線量が過小評価になっている疑いがあることをも考慮する必要があるというべきである。


残留放射線(誘導放射線)による外部被曝線量の評価(前記②)について
(ア)

誘導放射線とは,原子爆弾の初期放射線の中性子が建物や土壌等を構成する物質の特定の元素の原子核と反応を起こすこと(誘導放射化)によって生じた放射性物質
(誘導放射化物質)
が放出する放射線である
(乙
A132,弁論の全趣旨)。
新審査の方針には,誘導放射線による外部被曝線量の算定基準は明示されていないが,医療分科会は,DS02に基づくRの論文(乙A127。以下R論文という。)等をも踏まえて線量を算定しているものと認められる。(乙A1~3,11,弁論の全趣旨)

(イ)

R論文は,誘導放射線(ガンマ線)による地上1mでの外部被曝線量(空気中組織カーマ)を求めた結果,爆発直後から無限時間同じところに居続けたと仮定したときの放射線量(積算線量)は,爆心地においては,広島で120センチグレイ,長崎で57センチグレイ,爆心地から1000mの地点においては,広島で0.39センチグレイ,長崎で0.14センチグレイ,
爆心地から1500mの地点においては,
広島で0.
01センチグレイ,長崎で0.005センチグレイとなったとし,これ以上の距離での誘導放射線被曝は無視して構わないと結論付けている。(乙A127)
その計算過程の合理性を疑わせる事情は特に見当たらないこと等に照らすと,医療分科会が新審査の方針において用いている誘導放射線による外部被曝線量の算定方法は,相当の科学的根拠に基づくものということができる。

(ウ)

しかしながら,
広島及び長崎の土壌に由来する誘導放射線については,
誘導放射化物質となり得る元素の含有量・濃度に測定者や測定場所によってかなりのばらつきがあることが認められ(乙A107,137),計算の前提に一定の制約があるということができる。そして,R論文では,地表面(土壌)から生ずる誘導放射線(ガンマ線)を地表1mの高さで積算しているところ,原子爆弾の中性子によって誘導放射化するものとしては,土壌のみならず,建物等の建築資材,空気中のほこり,ちり等のほか,人体や遺体等も想定される上(弁論の全趣旨),被曝の形態も,誘導放射化したほこり,ちり等が身体に付着した場合や,口や傷から体内に取り入れられた場合,誘導放射化した瓦礫や人体に接触した場合など様々なものが考えられるのであって,前記の方法によってこれらすべての場合を的確に算定できるかについては疑問もあり得る。また,
R論文は,爆心地から600~700m以遠においては,原子爆弾の中性子線がほとんど届かないため,誘導放射線もほとんど発生しないことを前提としているが,原子爆弾の爆発時に生じた強烈な衝撃波や爆風によって,誘導放射化した土壌等が粉じんとなって舞い上がり,遠距離に飛散した可能性も十分にあるというべきである。さらに,R論文は,爆心地から1000mの地点における誘導放射線による外部被曝線量は1センチグレイにも満たないとするが,後記オのとおり,初期放射線にほとんど被曝していないいわゆる入市被爆者や遠距離被爆者にも放射線被曝による急性症状とみられる症状が一定割合生じている旨の調査結果が複数報告されており,これらの調査結果については,前記の外部被曝線量評価だけでは合理的に説明することが困難である。
(エ)

これらの点を考慮すると,新審査の方針の下における誘導放射線による被曝線量の評価については,過小評価となっている疑いがあるというべきであり,実際に被爆者の被曝線量を評価するに当たっては,爆心地から600~700m以遠の地域にも誘導放射化物質が相当量存在していた可能性を考慮に入れ,かつ,その被爆状況,被爆後の行動・活動の内容,被爆後に生じた症状,健康状態等に照らして,誘導放射化物質による様々な形態での外部被曝及び内部被曝の可能性を十分に検討する必要があるというべきである。

(ア)

放射性降下物による被曝線量の評価(前記③)について放射性降下物による放射線とは,原子爆弾の核分裂によって生成された放射性物質(核分裂生成物)等で地上に降下したもの(放射性降下物)が放出する放射線である(乙A132,139,弁論の全趣旨)。新審査の方針には,放射性降下物による放射線の外部被曝線量の算定基準は明示されていないが,医療分科会は,DS86に係る報告書(乙A139)の分析結果等をも踏まえて線量を算定しているものと認められる。(乙A1~3,11,弁論の全趣旨)。

(イ)

放射性降下物については,原子爆弾投下の数日後から複数の測定者が放射線量の測定を行い,これらの調査の結果,a・b地区及びc地区において,それぞれ放射線の影響が比較的顕著にみられることが判明し,これは,原子爆弾の爆発後,両地区において激しい降雨があり,これによって放射性降下物が降下したことによるものであることが確認されている(乙A132,135~139)。そして,DS86に係る報告書は,これらの調査結果を総括して,地表1mの高さにおける放射性降下物の累積的被曝への寄与は,c地区では,おそらく20~40レントゲンの範囲であり,a・b地区では,おそらく1~3レントゲンの範囲であるとし,これを組織吸収線量に換算すると,長崎については12~24ラド(0.12~0.24グレイ),広島については0.6~2ラド(0.
006~0.
02グレイ)
になると結論付けている
(乙A139)

同報告書の分析は,前記のとおりの原子爆弾投下直後の調査に基づく複数の調査報告等を総括したものであり,その後の調査結果による推定値もこれと特に矛盾するものではないこと(乙A135,141)等をも考慮すると,医療分科会が新審査の方針において用いている放射性降下物による放射線の外部被曝線量の算定方法は,相当の科学的根拠に基づくものということができる。
(ウ)

しかしながら,放射性降下物の測定結果については,前記分析自体が測定等の精度の非常に低いことを強調しているほか(乙A139),原子爆弾投下後数箇月以内の複数の測定結果からは,放射性降下物が相当不均一に存在していたことが推認され(乙A136~138),放射性降下物の降下形態やその後の集積により局地的に強い放射線を出す場合があり得る。

(エ)

これらの点を考慮すると,前記算定方法による放射性降下物による放射線の外部被曝線量の算定については,前記のような測定精度や測定資料等の制約から一定の限界が存するというべきである。


(ア)

内部被曝による被曝線量の評価(前記④)について内部被曝とは,呼吸,飲食,外傷,皮膚等を通じて体内に取り込まれた放射性物質が放出する放射線による被曝をいう(弁論の全趣旨)。新審査の方針の下においては,被曝線量が同じであれば,内部被曝による健康影響は外部被曝による健康影響と同等であるものとして,放射線量の評価をしているものと認められる(乙A1~3,11,弁論の全趣旨)。

(イ)

内部被曝について,DS86に係る報告書では,昭和44年及び昭和56年にc地区の住民を対象とするホールボディカウンターを用いた測定結果に基づき,
昭和20~60年の40年間に及ぶセシウム137
(半
減期30年)に係る内部被曝線量を積算したところ,男性で10ミリレム(0.0001グレイ),女性で8ミリレム(0.00008グレイ)と推定されるとしている(乙A139)。また,R論文は,ナトリウム24(半減期15.0時間)とスカンジウム46(半減期83.8日)に着目して計算した結果,広島原爆投下当日に爆心地から1㎞以内の地点において8時間の片付け作業に従事した場合の内部被曝線量の推定は0.06マイクロシーベルトであるとして,外部被曝に比べ無視できるレベルであるとしている(乙A127)。
医療分科会が内部被曝による被曝線量を重視していないのは前記のような科学的知見に基づくものと認められるところ(弁論の全趣旨),内部被曝による被曝線量を重視しない医療分科会の方針は,相当の科学的根拠に基づくものということができる。
(ウ)

しかしながら,前記の報告等からは,短時間で大きな内部被曝を生じさせる可能性のある半減期の短い放射性物質等による内部被曝線量については不明である上,
前記ウ(イ)のとおり,
爆心地付近に限らず局地的に
放射性降下物や誘導放射化物質が集積するなどしている場合があり得ることも考慮すると,内部被曝線量は無視し得る程度のものであると評価することには,なお疑問が残るといわざるを得ない。
また,原告は,内部被曝は,外部被曝とは異なり,(a)呼吸等により放射性物質が取り込まれた特定の臓器等に局部的集中的に被曝が生じること,(b)数cm~数mの飛距離しかないアルファ線,ベータ線であっても,その線源となる放射性物質が体内に取り込まれればこれらによる被曝が確実であること,
(c)原爆放射線の90%以上を占める半減期の短い放射
性物質については,
短期間に大量の被曝をもたらすものであること,
(d)
放射性物質が体内に取り込まれると,体内被曝が長期間継続することといった特徴があり,一部的な外部被曝よりも身体に大きな影響を及ぼす可能性が十分にある旨主張し,これに沿う証拠(甲A103,194,715,証人X等)を提出している。
原告の前記主張内容は,科学的知見として確立されたものであるとはいい難い状況にある(乙A107,151等)ものの,内部被曝の機序については必ずしも科学的に解明・実証されておらず,また,低線量放射線による継続的被曝が高線量放射線の短時間被曝よりも深刻な障害を引き起こす可能性について指摘する見解があり,例えば,原子力安全委員会の放射線障害防止基本専門部会・低線量放射線影響分科会も,核分裂中性子線等については同じ被曝線量であれば長期にわたって被曝した場合(低線量率の場合)の方がリスクも上昇するという逆線量率効果,被曝した細胞から隣接する細胞に被曝の情報が伝わるバイスタンダー効果,放射線被曝を受けた細胞に生じた遺伝的変化が間接的な突然変異を誘発するゲノム不安定性誘導等の可能性を指摘するところであり(甲A139),これらの見解を一概に無視することまではできない。加えて,後記オのとおり,いわゆる入市被爆者等に放射線被曝による急性症状とみられる症状が一定割合生じているとの調査結果があり,推定される外部被曝線量だけでは必ずしもこれを十分に説明し得ないこと等にも照らすと,被曝線量の評価に当たって,内部被曝線量は無視し得る程度のものであるとしてこれを考慮しないことには,疑問が残るといわざるを得ない。
(エ)

被告の主張に対する判断
被告は,原爆で問題となる内部被曝は放射性降下物及び誘導放射線によるものであるところ,
(a)放射性降下物及び誘導放射線の線量がいずれ
も健康への影響という見地からは極めて少ないものであったこと,(b)被
曝線量が同じ場合には,内部被曝による健康影響は外部被曝による健康影響と同等又は外部被曝より低いこと,
(c)体内に取り込まれた放射性核
種は代謝により排出されること,
(d)小児甲状腺がんが多数発生したチェ
ルノブイリ原発事故と異なり,原子爆弾の被爆者については,甲状腺等の特定の臓器にがんが多数発生したという傾向が全くみられないこと等からすると,原爆由来の放射性物質による内部被曝は,人体の健康への影響という観点からは重視する必要がないというのが現在の科学的知見である旨主張する。
しかしながら,
前記(a)についてみると,
前記イ及びウで検討したとこ
ろによれば,放射性降下物及び誘導放射線の線量がいずれも健康への影響という見地からは極めて少ないものと評価することは相当でない。前記(b)についてみると,前記(ウ)(a)~(d)の主張に沿う見解が存することに鑑みると,人体の健康への影響という観点からは放射性物質による内部被曝を重視する必要がないということはできない。
前記(c)についてみ
ると,体内に取り込まれた放射性核種が体外に排出されるまでには相応の日数を要する上,
半減期の短い放射性核種による内部被曝の場合には,
体外に排出されるまでに相当の内部被曝が生じているのであるから,被告主張の点をもって,人体の健康への影響という観点からは放射性物質による内部被曝を重視する必要がないということはできない。
前記(d)に
ついてみると,被爆者に甲状腺等の特定の臓器にがんが多数発生したという傾向が全くみられないとする根拠が明らかではない上,チェルノブイリ原発事故により小児甲状腺がんが増加したということは,
かえって,
放射性物質による内部被曝が人体の健康に影響を与えることを明確に裏付けるものであるというべきである。
したがって,被告の前記主張は,採用することができない。
(オ)

以上によれば,被爆者の被曝線量を評価するに当たっては,当該申請者の被爆状況,被爆後の行動・活動の内容,被爆後に生じた症状,健康状態等に照らして,誘導放射化物質及び放射性降下物を体内に取り込んだことによる内部被曝の可能性の有無を十分に検討する必要があるというべきであり,また,内部被曝による身体への影響には,一時的な外部被曝とは異なる特徴があり得ることを念頭に置く必要があるというべきである。


(ア)

遠距離被爆者及び入市被爆者に生じた症状の評価等(前記⑤)について遠距離被爆者に生じた症状について
放射線被曝による急性症状について,被告は,出血傾向(歯茎からの出血,紫斑を含む。)につき2グレイ程度,脱毛につき3グレイ程度,下痢につき4グレイ程度のしきい値がある旨主張するところ,広島原爆・長崎原爆について爆心地から1500mの地点について,
DS02
(乙
A133)に基づき,初期放射線による被曝線量を推定すると,1グレイを下回るから,前記主張のとおりのしきい値の存在とDS02とを前提とすると,爆心地から1500m以遠において初期放射線のみでは出血傾向,脱毛,下痢といった放射線被曝による急性症状が生じることはほとんどないこととなる。
しかしながら,原子爆弾投下後比較的早期に行われた調査として,①広島・長崎における被爆直後の生存者(広島6882名,長崎6621名。甲A147)を調査した結果に基づく日米合同調査団報告書(甲A148),②昭和20年10月から広島原爆の被爆者5120名を調査した結果に基づく東京帝国大学医学部診療班の原子爆弾災害調査報告(甲A149),③昭和32年1月~同年7月に広島原爆の爆心地から2.0~7.0kmの一定地区に住む被爆者(広島原爆投下当時広島市内にいた者に限る。)の生存者全員(3946名)を対象としたT原爆残留放射能障碍の統計的観察(甲A150)等があるところ,これらの調査結果からは,調査対象者に占める脱毛や出血傾向(紫斑等)が生じたとする者の割合が,爆心地から1500~2000mの地点で被爆した者については10%前後以上,2000m以遠で被爆した者についても数%以上存在し,かつ,これらの症状(特に脱毛)を生じたとする者の割合が,爆心地からの距離や遮蔽の存在に応じて減少する傾向があると認められる(この傾向は,その他の調査結果(甲A151,152等)ともおおむね合致しているというべきである。)。以上のような傾向に照らすと,爆心地からの距離が1500m以遠において被爆した者に生じたとされる脱毛や出血傾向等の症状は,
全てとはいえないまでも,
その相当部分について放射線による急性症状であるとみるのが自然である。
そうすると,爆心地から1500m以遠にみられる脱毛等の症状につき,初期放射線のみによる外部被曝が主たる原因であると理解することは困難であって,むしろ,誘導放射化した大量の粉じん等や放射性降下物から発せられる放射線により外部被曝及び内部被曝をしたことによるものとみるのが,自然かつ合理的であるというべきである(なお,前記の調査結果によれば,遮蔽の有無により急性症状の発症率に有意な差があることについては,遮蔽の有無により原子爆弾の爆発直後に発生した短命の誘導放射化物質や放射性降下物への接触の程度に差が生じたためと考えることも可能である。)。
(イ)

入市被爆者に生じた症状について
原子爆弾投下時には広島市内又は長崎市内におらず,その後に市内に入った者(いわゆる入市被爆者)についても,例えば,(a)原子爆弾投下時には広島市内に居なかった者で,投下直後(原爆投下から3箇月以内をいう。以下(a)において同じ。)に同市内に入ったものの中心地(爆心地から1km以内)には出入りしなかった104名には,発熱,下痢,脱毛等の症状はみられなかったが,同様の者で投下直後に中心地に入った525名のうち230名(43.8%)にこれらの症状(急性症状の特徴を備えるもの)がみられ,そのうち投下から20日以内に中心地に出入りした人に有症率が高く,投下から1箇月後に中心地に入った人の有症率は極めて低く,
中心地滞在時間が4時間以下の場合は有症率が低く,
10時間以上の人に有症率が高いなどとする報告(甲A150),(b)広島原爆の爆心地から約12km又は約50kmの地点にいた陸軍船舶司令部隷下の将兵のうち原子爆弾投下後に入市して負傷者の救援活動等に従事した233名について,下痢患者が多数続出したほか,ほとんど全員が白血球3000以下と診断され,発熱,点状出血,脱毛の症状も少数ながらあったとする報告(甲A118),(c)賀北部隊工月中隊に所属し原子爆弾投下後に入市して作業に従事した99名に対するアンケート等調査の結果,その約3分の1が放射線による急性障害に似た諸症状を訴えており,そのうちほぼ確実な急性症状として,脱毛6名,歯茎等からの出血5名,白血球減少2名があったなどとする報告(甲A124・乙A110)等がある。
以上の調査結果等によれば,入市被爆者についても,放射線被曝による急性症状とみられる脱毛,下痢,発熱等の症状が少なからず生じており,爆心地付近に入った時期が早く,また滞在時間が長いほど有症率が高いという傾向があると認められるのであって,このような傾向に照らすと,前記のような症状が,放射線被曝以外の原因のみによるものと理解することは困難であって,むしろ,その多くは,誘導放射化した大量の粉じん等や放射性降下物から発せられる放射線による外部被曝及び内部被曝をしたことによるものとみるのが自然かつ合理的であるというべきである。
(ウ)

被告の主張に対する判断
被告は,放射線被曝による急性症状には,発症時期,程度,回復期等について明確な特徴があることが一般的な医学的知見として確立している一方で,被爆者が被爆当時に経験したとする下痢等の身体症状は,他の要因(衛生状況・栄養状況の悪化,劣悪な生活環境又は精神的影響等)によっても生じる非特異的なものであるため,当該身体症状が放射線被曝による急性症状であるか否かは,前記のとおり確立した科学的知見に照らして,慎重に吟味・鑑別することが不可欠であるところ,高度に専門的な国際機関等においてされた多くの研究報告によれば,遠距離被爆者及び入市被爆者が放射線被曝による急性症状を発症したとは考え難い旨主張する。
しかしながら,遠距離被爆者については爆心地からの距離や遮蔽の有無等に応じて脱毛等の発症率が増減し,入市被爆者については爆心地付近に入った時期が早く,また滞在時間が長いほど有症率が高いという傾向が見られ,このような傾向に照らすと当該症状の多くが放射線被曝以外の原因によるものと理解することが困難というべきことは前記イのとおりであり,仮に,自然災害や東京大空襲等において嘔吐,下痢,脱毛等の症状が一定割合で生じていたとしても,直ちに前記の評価を左右するものということはできない。
したがって,被告の前記主張は,採用することができない。
(エ)

以上によれば,個別の遠距離被爆者・入市被爆者に生じた前記のような症状が放射線被曝による急性症状であるか否かについては,これらの症状が放射線被曝以外の原因によっても生じ得るものであること等を踏まえて慎重に検討する必要があるとしても,遠距離被爆者・入市被爆者に生じた症状が,およそ放射線の影響によるものではないとすることは不合理であり,遠距離被爆者・入市被爆者であっても健康に影響があり得る程度の放射線被曝をし得ることを否定することはできないというべきである。


小括
以上のとおり,新審査の方針の下での被曝線量の評価方法は,科学的合理性を肯定することができるものの,シミュレーションに基づく推定値であることや測定精度の問題等から一定の限界が存することに十分留意する必要がある上,特に誘導放射線及び放射性降下物による放射線については,内部被曝の影響を考慮していない点を含め,地理的範囲及び線量評価の両方において過小評価となっている疑いがあるという問題点がある。そうすると,DS02等により算定される被曝線量は,飽くまでも一応の目安とするにとどめるのが相当であり,被爆者の被曝線量を評価するに当たっては,当該申請者の被爆状況,被爆後の行動・活動の内容,被爆後に生じた症状,健康状態等に照らし,様々な形態での外部被曝及び内部被曝の可能性の有無を十分に検討する必要があるというべきである。
(3)

申請疾病と放射線被曝との関連性
放射線起因性の判断に当たっては,前記(1)イのとおり,統計学的・疫学的
知見等に基づく当該申請者の申請疾病等と放射線被曝との関連性の有無及び程度が中心的な考慮要素の一つとなる。
そして,本件申請は,乳がんを申請疾病としてされたものであるところ,原告は,前記知見等に基づけば,仮に低線量域の放射線被曝であっても,乳がんを含む固形がんと放射線被曝との関連性を肯定することができる旨主張する。これに対し,被告は,0.1ないし0.2グレイを下回るような放射線被曝と固形がんの発症率との関連性について認めた疫学的知見は存在しない旨主張する。
そこで,以下,乳がんを含む固形がんの一般的知見を踏まえた上で,放射線被曝との関連性の有無を検討する。

(ア)

固形がんの一般的知見等について
がん(悪性腫瘍)は,体を構成する細胞に由来し,進行性に増殖するもの(腫瘍)のうち,当該増殖が局所にとどまらず,血管やリンパ管等の周囲組織に浸潤し,血流やリンパ流に乗って遠隔臓器にも転移し,宿主を死に至らしめるものであり,①造血器でできるもの(血液がん。白血病等)②上皮細胞でできるもの

(上皮性腫瘍。
乳がんが含まれる。,

③上皮細胞以外でできるもの(肉腫)に分けられ,②及び③を指して,固形腫瘍(固形がん)ということもある。(乙A601,603)
(イ)

悪性腫瘍は,細胞に遺伝子変異等が多段階的に起きることにより発生するとされ,様々な外的要因や内的要因が指摘されている。
外的要因としては,化学物質(タバコの煙中に含まれる様々な化学物質),放射線,紫外線等が挙げられ,内的要因としては,細胞増殖の際のDNA複製に伴うエラーのうち,DNAの修正機能による修復が不完全にされてしまった場合や,遺伝的要因等が挙げられている。
そのうち,放射線についてみると,一般に,細胞を構成する原子を電離させる作用により,DNAに化学反応が生じ,DNAが損傷することがあるところ,前記修正機能による修復が不完全にされてしまった場合に,これががん化することがあるとされており,理論的,確率論的には,人体を通過する放射線量が少なくても,
がん細胞が発生することがあり,
その量が多くなればなるほど,がん細胞が発生する確率が高くなるとされている。
(乙A602,603,605)
(ウ)

乳がんは,30歳代から増加し,40歳代後半から50歳代前半でピークを迎えるとされる一方,60歳代や70歳代の罹患率も高いとされる。(乙A608~610)


乳がんと放射線被曝との関連性について

(ア)

乳がん等を含む固形がんについては,放射線被曝との関連性につき,次の知見等があることが認められる。
なお,次の知見等で挙げられている概念のうち,(a)相対リスクとは,当該要因(例えば放射線被曝)がある場合にリスク(例えば乳がんの発症)が何倍になるかを示す値をいい,(b)過剰相対リスクとは,相対リスクから1を控除した値をいう(当該要因によって増加したリスクの割合を意味することとなる。)。(乙A121,122,弁論の全趣旨)a
LSS第12報(甲C9),LSS第13報(甲C10),LSS第14報(甲C11・乙A623),本件業績報告書(甲C8)において,乳がんについては一貫して有意な放射線の影響が確認されており,LSS第12報及びLSS第13報によれば,女性乳房の過剰相対リスクは0.79とされ,他の固形がんと比較しても高い部類に属し,本件業績報告書においても,推定過剰相対リスクが1.59とされ,LSSコホート集団の中では充実性腫瘍の最も高いリスク推定値であるとされている。
また,LSS第14報においては,全固形がんについて過剰相対リスクが有意となる最小推定線量範囲は0~0.2Gyであり,定型的な線量しきい値解析ではしきい値が認められなかった旨の指摘がされている。
b
悪性腫瘍(固形がんなど)については,新審査の方針においても,放射線起因性が推認される疾病に含まれ(乙A1~3),被爆地
点が爆心地より約3.
5km以内である者又は原爆投下より約100時
間以内に爆心地から約2km以内に入市した者については,
格段に反対
すべき事由がない限り,当該申請疾病と被曝した放射線との関係を原則的に認定するものとされている(乙A3)。

c
年少者の放射線被曝ががん発生に及ぼす影響について,本件業績報告書(甲C8)や原爆放射線の人体影響1992(甲C12)において,放射線被曝時の年齢が若い時ほど乳がん発症のリスクが大きくなると報告され,LSS第14報では,①年齢が若いときに放射線被曝した者はがん死亡の相対リスクが高くなり,全固形がんについて,線形モデルに基づく男女平均の1グレイ当たりの過剰相対危険度は,被爆時年齢が10歳若くなると約29%増加すること,②低年齢の時に被爆した者ほど放射線に対する感受性は高く,がん発生等のリスクが生涯にわたり増大する旨の報告がされている。

(イ)

これらの知見等によれば,一般的には乳がんと放射線被曝との関連性を肯定することができるというべきである。
(ウ)

被告の主張に対する判断
被告は,(a)0.1ないし0.2グレイを下回るような放射線被曝と固形がんの発症率との関連性について認めた疫学的知見は存在しないこと,
(b)仮にこれを下回るような放射線被曝による固形がんの発症のリスクは極めて低いこと,がんは一般的に発症し得る疾病であることからすると,推定被曝線量が前記数値を下回る場合,がんが放射線に起因するものであるか否かは,
相当慎重に検討されなければならない旨主張する。
前記(a)については,
関係証拠を検討しても,
低線量域の放射線被曝と
固形がんの因果関係を積極的に否定するものは見当たらず,前記(ア)aのとおり,低線量の放射線であってもこの関連性を認めたものがあること等を踏まえると,前記(b)のとおり,被曝線量が低い場合に,がん発症の確率が低くなること等を考慮しても,低線量の放射線被曝との関連性が否定されることとはならないというべきである。
したがって,被告の前記主張は,採用することができない。


小括
以上の検討によれば,一般的には乳がんと放射線被曝との関連性を肯定することができるというべきである。

2
争点2(原告の原爆症認定要件該当性)について
(1)

認定事実
前記前提事実(2)並びに掲記の証拠及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が

認められる。

被爆前の生活状況
原告は,4歳10箇月の昭和20年8月9日当時,長崎市e町内の自宅(爆心地から南南西に約9.8kmの地点)に,父母及び6人のきょうだいと住んでいた。(甲C2,乙C3,7,原告本人)

(ア)

被爆等の状況(甲C2,乙C3,6,7,原告本人)
原告は,昭和20年8月9日,母に連れられて,長崎市f町内の叔母方(爆心地から南南東に約3.6kmの地点)に行き,叔母方の中庭で遊んでいたところ,長崎原爆が投下された。長崎原爆により辺りが明るく光り,その爆風により叔母方のガラスが全て割れるなどした。原告は,飛んできた何らかの物体により,
額を負傷し,
母及び叔母に連れられて,
叔母方の裏庭にあった防空ごうに避難し,
同所において一晩を過ごした。

(イ)

原告は,昭和20年8月10日,叔母方の裏庭の防空ごうにおいて,原告及び母を捜しに来た父と合流した。そして,父母は,P工場(爆心地から南に約2km以内の地点)
に勤務する伯父が長崎原爆投下後に長崎
市e町内の伯父方に帰宅していないことから,原告を叔母方に残し,叔母方に来ていた次兄と共に,爆心地付近まで伯父を捜しに行ったが,発見できなかったため,原告及び次兄と共に,自宅へ帰宅した。

(ウ)

父母は,昭和20年8月11日,原告及び次兄を連れて叔母方へ行った後,原告を叔母方に残し,次兄と共に,前日と同様,爆心地付近へ伯父を捜しに行き,伯父を発見することができたが,伯父は全身に火傷を負い,連れて帰ることができなかったため,前日同様,原告及び次兄と共に,自宅へ帰宅した。

(エ)

父は,昭和20年8月12日,原告及び母と共に,叔母方へ行き,母及び原告を叔母方に残し,親戚と共に,リヤカーを持って伯父を迎えに行き,伯父をリヤカーに乗せて叔母方経由で伯父方へ連れて行き,原告及び母と共に自宅へ帰った。

(オ)

母は,昭和20年8月12日から約1箇月程度,ほぼ毎日原告を連れて伯父方へ行き,つわの葉に油を塗って伯父の火傷をした箇所に貼り付けるなどの看病をした。原告は,母のそばで,つわの葉をきれいに拭いて母に渡すなどの手伝いをした。

被爆後の健康状態等

(ア)

貧血症
a
原告は,昭和35年頃,貧血症により通院して鉄剤の処方を受け,昭和42年7月頃にも,貧血症,めまい等で通院した。(甲C2,乙C1,原告本人)

b
原告が平成24年~平成26年の間に年2回受けた健康診断(法7条に基づくもの)において,原告のヘモグロビンの値は,その基準値の下限であると考えられる12.0g/dl(乙C9の1856頁参照)を一貫して下回る状態が続いた。(甲C1)

c
原告は,平成25年2月20日~同月3月5日の間に乳がん(後記(ウ)a)の術後の化学療法開始目的で入院した際,貧血症と診断され,鉄剤の処方を受け,平成27年3月までに複数回行われた検査においても,ヘモグロビンの値が基準値を一貫して下回るなどし,鉄剤の処方を受けた。(乙C9)

(イ)

甲状腺機能低下症
a
原告は,
平成7年頃,
甲状腺機能低下症により通院した。
(甲C2,
乙C1,原告本人)

b
原告は,平成24年11月に乳がんの手術のために入院した際,甲状腺機能低下症と診断され,平成25年2月20日~同月3月5日の間に乳がん
(後記(ウ)a)
の術後の化学療法開始目的で入院した際にも,
同様の診断を受けた。(乙C9)

(ウ)

乳がん
a
原告は,平成24年11月,以前より右乳房のしこりの存在を自覚していたことから診察を受けたところ,右乳がんであり,浸潤性の硬がん(リンパ管や血管の存する間質にがん細胞が広がる浸潤性のものの中でも,
浸潤性の発育と間質の著明な増殖が特徴的であるとされる。
乙A612,
626)
である旨の診断を受け,
腫瘍摘出手術を受けた。
原告は,同手術後,平成26年5月まで,複数回にわたり入院するなどして化学療法を継続し,これ以降,経過観察を受けていた。(甲C2,3,乙C9)
b
原告は,平成27年3月,診察を受けたところ,前記aの手術創下部の皮膚に発赤がみられ,前記aの右乳がんが再発した旨診断され,腫瘍摘出手術を受けた。原告は,同手術後,本件申請をした同年8月6日時点において,化学療法を継続している。(乙C1,2,9,原告本人)

(エ)

白内障
原告は,
平成27年1月及び2月,
網膜剥離及び右眼の白内障により,
それぞれ手術を受けた。(甲C2,乙C1,原告本人)

(2)

事実認定の補足説明


原告の入市の有無について

(ア)

原告は,
昭和20年8月10日及び同月11日,
父母及び次兄と共に,
P工場付近を含む爆心地付近を歩き回ったり母におぶわれたりした旨主張し,原告は,これに沿う供述をする(原告本人,陳述書(甲C2))ので,以下検討する。

(イ)

原告の被爆者健康手帳交付申請書(昭和49年4月26日付け。乙C3)の記載内容等は次のとおりである。


前記申請書
法第2条第1号(直接被爆者)のうち,被爆後の行動欄に,
8月10日11日f町叔父(O)捜す為お母さんについていったと記載され,法第2条第2号(後の入市者)のうち,
入市の期間欄に,昭和20年8月10日11日2日間,入市の方法(乗物等について)欄に,徒歩母に背負れ又は歩行,入市の経路,通過した町名欄に,長崎市g町kh町i町jf町,入市の理由(目的)とその結果欄に,母の(兄)O直接被爆者P工場で被爆消息不明で捜す為に母と一緒に連行
と記載されている。


前記①に添付された叔母作成に係る原告の被爆証明書

後に入市した月日及び町名について(被証明人(判決注・原告を指す。)が後に入市したことは,つぎのようないきさつから知つています)

欄に,

S(判決注・母を指す。)の兄のOの消息不明のため親類の者がf町のU方に集りその時A(判決注・原告のこと。以下同じ。)はf町に両親と来ており両親はmの方にOをさがしにゆきAはU方におりました

と記載されている。③

前記①に添付された叔父作成に係る原告の被爆証明書

後に入市した月日及び町名について(被証明人(判決注・原告を指す。)が後に入市したことは,つぎのようないきさつから知つています)

欄に,(従兄)Oの被爆消息不のため兄V(判決注・父を指す。),S(判決注・母を指す。),A,W(判決注・次兄を指す。)等が捜しに来ている時死体作業終了後一緒に捜しに爆心地を行動したので入市したこと証明出来ます。但シAはf町に残こると記載されている。

(ウ)

前記②及び③には,父母及び次兄は,原告と共に,長崎市f町にある叔母方へ来たが,原告を叔母に預けて,消息不明の伯父を捜しに行ったことが明確に記載されているところ,この記載が,爆心地にいた伯父が父母等によって発見された昭和20年8月11日及びその前日である10日の父母,原告等の動静を指すことは明らかである(これに対し,原告は,この記載は,原告が,同月12日に父が伯父を連れて帰るために入市している間に叔母方で待っていたときのことを記載したものである旨主張するが,前記②及び③の記載内容に照らして採用することができない。)。そして,前記①の入市の経路,通過した町名に記載された各地名が,自宅から叔母方までの間にある地名を指すものと解されること(乙C7)からすると,原告は,自宅から叔母方に来て滞在したことをもって入市と称することを前提に,前記①の各記載をしたものと解することが可能であるところ,このように解することで,前記②及び③の内容と一致するものとなる。そして,以上の記載は,母が,同月10日及び同月11日,父及び次兄らと共に伯父を捜す為に爆心地付近を歩き回るなどした旨の記載のある(その際に同道者として原告は記載されていない。)母の被爆者健康手帳入市日補足申請書(昭和45年8月20日付け。乙C6)と整合するものであって,前記①~③の各記載内容は,基本的に信用することができる。
他方,原告が長崎原爆に被爆した当時4歳10箇月であって,その当時父母と共に赴いた具体的な場所を細かに記憶しているとは考え難いことも考慮すると,前記①~③の各記載内容に反する原告の前記(ア)の供述は採用することができない。

原告の伯父の看病への関与の有無及び内容等について
被告は,原告が昭和20年8月12日から約1箇月間にわたり伯父の看病を手伝ったことを裏付ける客観的資料は何ら提出されておらず,当該事実があったものと容易に認めることはできない旨主張する。
そこで検討すると,原告は,昭和20年8月12日から約1箇月間にわたり,母に連れられて伯父方へ行き,つわの葉に油を塗って伯父の火傷をした箇所に貼り付けるなどの看病をし,母のそばで,つわの葉をきれいに拭いて母に渡すなどの手伝いをした旨を具体的に供述するところ(原告本人,甲C2),これは,①前記ア(ウ)のとおり基本的に信用することのできる原告の被爆者健康手帳交付申請書やこれに添付された叔母及び叔父の各被爆証明書に,原告が母に連れられて伯父方へ行き,母が伯父の看病をするそばでできる限りの手伝いをした旨記載されていること,②母の被爆者健康手帳入市日補足申請書(昭和45年8月20日付け。乙C6)に,約1箇月間,ほぼ毎日伯父方へ行き,油で体を拭いてやるなどした旨記載されていることとも整合するものである。そして,これらの各記載と相反する証拠は見当たらないことを併せ考慮すると,前記の原告の供述を信用することができるというべきであって,これに基づけば,前記認定事実イ(オ)のとおりの事実を認定することができる。
(3)

放射線起因性について


(ア)

原告の放射線被曝の程度について
まず,原告の被爆状況についてみると,原告は,長崎原爆投下時,爆心地から直線距離にして約3.6km離れている叔母方の中庭(屋外)にいたものであるところ(前記認定事実イ(ア)),DS02に依拠するならば,
その推定被曝線量は約0.
9ミリグレイと僅かである上に
(乙C8)

原告の主治医であるX医師も,前記の距離であれば,初期放射線の被曝はそれほど問題ない程度である旨供述している(証人X)。
他方で,長崎原爆の爆風により,叔母方の窓ガラスが全て割れるなどしているところ(前記認定事実イ(ア)),爆心地付近における初期放射線により誘導放射化した物質を含む粉じんがその爆風に乗って叔母方付近まで運ばれてきた可能性は十分にあるというべきであり(前記1(2)イ(ウ)),そのことは,新審査の方針において,固形がんや放射線起因性のある甲状腺機能低下症について,爆心地から約3.5km以内の地点において直接被爆した場合に,原則として,放射線起因性を積極的に認定することとされ(前記関係法令等の定め(4)),叔母方が当該地点から僅か100mしか離れていないことからも裏付けられるというべきである。そして,原告は,長崎原爆投下当時屋外におり,しかも,額に何らかの物が当たって負傷したというのであるから(前記認定事実イ(ア)),原告が,前記の粉じん状の放射性物質を,傷口から,あるいは呼吸等により体内に取り込むなどして内部被曝したり,前記放射性物質が衣服,頭髪及び皮膚等に付着するなどして外部被曝したりした可能性(誘導放射化物質から発せられる放射線による外部被曝及び内部被曝の可能性)があるというべきである。
(イ)

次に,原告の被爆後の状況についてみると,原告は,昭和20年8月10日及び同月11日,父母らと共に爆心地付近に立ち入ったと認めることはできないものの(前記(2)ア),同月9日~同月12日の間,叔母方に滞在していたものであり(前記認定事実イ(イ),(ウ)),前記(ア)のとおり,叔母方付近には,爆心地付近における初期放射線により誘導放射化した物質を含む粉じんがその爆風に乗って運ばれてきた可能性は十分にあるというべきであって,叔母方に滞在中,呼吸や飲食により体内に取り込むなどして内部被曝したり,前記放射性物質が衣服,頭髪及び皮膚等に付着するなどして外部被曝したりした可能性(誘導放射化物質から発せられる放射線による外部被曝及び内部被曝の可能性)がある。また,原告は,昭和20年8月12日から約1箇月間,ほぼ毎日,母について伯父方へ行き,長崎原爆により全身に火傷を負った伯父の看病の手伝いをし,具体的には,母が伯父の火傷した箇所に貼るつわの葉をきれいに拭くなどして母に手渡すなどしている(前記認定事実イ(オ))。伯父は,長崎原爆投下当時,爆心地から南に約2.0km以内のP工場に勤務しており(同(イ)),同所付近にいた際に,長崎原爆により,前記の火傷を負ったものと認められるところ,その被爆地点や負傷状況等に照らし,伯父の体全体が誘導放射化し,あるいは伯父の体に誘導放射化した粉じん等が付着していることが十分に考えられ(前記1(2)イ(ウ)),前記のような伯父の看病の内容に照らし,
原告が,
伯父の看病において,
伯父の体や前記の粉じん等に触れるなどして,これらから発せられる放射線により外部被曝又は内部被曝をした可能性もあるというべきである。(ウ)

そこで進んで,原告の被爆後の健康状態等について検討する。
a
原告は,昭和35年頃及び昭和42年7月頃に貧血症により通院して鉄剤の処方を受け,平成24年以降も,ヘモグロビンの低下が一貫して見られ,鉄剤の処方を受けているところ(前記認定事実ウ(ア)),鉄欠乏性貧血が進行した場合にヘモグロビンの低下が見られること(乙A615,616)をも踏まえると,原告は,慢性的に鉄欠乏性貧血の状態にあったものと認められる。
貧血症については,証拠(乙A132)によれば,長崎原爆の投下から10年以上経過した昭和55年に行われた調査において,被爆者の中には,腎不全等の原因を特定することのできない貧血症の者が含まれる旨の結果が示されているのであって,この点につき,放射線被曝そのものと密接な関係があるか否かは明らかでない旨の評価があることを踏まえても,放射線被曝と貧血症の関連性がないものとまでいうことはできない。

b
また,原告は,平成7年頃,甲状腺機能低下症により通院し,平成24年及び平成25年においても,甲状腺機能低下症と診断されている(前記認定事実ウ(イ))。
甲状腺機能低下症については,その原因の一つとして,放射線により甲状腺が破壊された場合が挙げられている上に(乙A621),放射線被曝との関連性を肯定する疫学的知見も存することからすると(甲A105(文献番号30),154の2の40等),放射線被曝との関連性を有する疾病であるということができ,このことは,新審査の方針においても,被爆地点又は入市時期の条件はあるものの,積極的に放射線起因性を肯定する範囲に含まれていること(前記関係法令等の定め(4)イ)からも裏付けられる。
c
前記a及びbのとおり,原告は,放射線被曝との関連性がないものとまでいうことのできない貧血症や,その関連性を有するものと認められる甲状腺機能低下症を重複して発症しており,
このような事実は,
原告が前記(ア)及び(イ)のとおりの誘導放射化物質による外部被曝又は内部被曝をした可能性を裏付けるものであるというべきである。

(エ)

以上検討したところによれば,原告の放射線被曝量がどの程度かを具体的・定量的に認めることは困難である一方で,原告は,①長崎原爆投下時に爆心地から約3.6kmの地点に所在する叔母方の屋外におり(前記(ア))②長崎原爆の投下により叔母方に飛散した粉じん状の放射性物,
質を,傷口から,あるいは呼吸等により体内に取り込むなどしたばかりか(前記(ア)),③昭和20年8月9日~同月12日の間に叔母方に滞在中,呼吸や飲食により体内に取り込むなどし(前記(イ)),更には,④体全体が誘導放射化した伯父の体,あるいは伯父の体に付着した誘導放射化した粉じん等に触れるなどしたのであって(前記(イ)),初期放射線を外部被曝し(前記①),かつ,前記②~④の複数の原因により,誘導放射化物質から発せられる放射線による外部被曝及び内部被曝を受けた可能性があり,しかも,原告が放射線被曝との関連性を否定し得ない又は関連性を有する疾病に複数罹患するなどしたことが前記の外部被曝及び内部被曝の可能性を裏付けるものであることからすると(前記(ウ)),当該可能性は相当程度具体的なものであるということができる。

(オ)

被告の主張の検討
a
被告は,申請疾病の放射線起因性の判断に当たっては,原爆症認定申請者の放射線被曝の程度に基づく当該疾病の発症リスクを定量的に評価しなければならないことを前提に,原告は,原告の被曝の程度や,その結果,どの程度乳がんを発症するリスクが上昇するのか,それがいかなる医学的・疫学的見地を根拠とするものであるか等について何ら具体的に主張せず,当該リスクを定量的に評価することができない旨主張する。
しかしながら,放射線被曝線量の推定方法や,放射性物質を体内に取り込んだ場合における人体への影響の度合いについては,いまだ確立したものは見当たらないのであるから,定量化された被曝線量を現時点で明確に示し得ない点をもって,放射線起因性の判断をすることができないとすることはできない。
したがって,被告の前記主張は,採用することができない。
b
また,被告は,DS02に基づく原告の初期放射線の推定被曝線量は最大に見積もっても約0.9ミリグレイとごく僅かであり,①原告が放射性降下物に汚染された飲食物の摂取等により高線量の内部被曝をしたとは認められないこと,②伯父の看病の手伝いにより受けた放射線の被曝線量はごく僅かであること,③原告が過去に罹患した疾病は,いずれも,被爆者でなくとも発症し得る疾病であること,④ほかに,
前記推定を修正すべき具体的事情も認められず,
前記推定線量は,
日本人1人当たりの自然放射線量が年間2.1ミリシーベルトであることに鑑みれば,およそ人体に影響を及ぼすような程度のものとは考え難い旨主張する。
しかしながら,
前記①及び②についてみると,
前記1(2)ウ~オのと
おり,誘導放射線及び放射性降下物による被曝線量評価につき,新審査の方針が依拠していると解されるDS86に係る報告書及びR論文の分析結果は,
被曝線量評価として過小評価となっている疑いがあり,
内部被曝による身体への影響には,一時的な外部被曝とは異なる特徴があり得ること(同エ)等を踏まえるならば,前記①及び②によるそれぞれの被曝線量自体が僅かであると断定することはできないというべきであり,特に,前記②について,被告が挙げる,いわゆるJCO臨界事故で約25グレイもの高線量被曝をした従業員の人体の誘導放射化を調査した結果や,広島原爆投下直後から被爆者の救護等に当たっていた賀北部隊の被曝線量と比較して,直ちに原告の放射線被曝線量が僅かであるということもできない。この点を措くとしても,これに加えて,原告は,長崎原爆の投下により叔母方に飛散した粉じん状の放射性物質を,傷口から,あるいは呼吸等により体内に取り込むなどした可能性もあり(前記(ア)),これらの複数の原因により誘導放射化物質から発せられる放射線による被曝線量が僅かであると断定することもできないというべきである。
また,前記③についてみると,被告が主張するように,貧血症及び甲状腺機能低下症について,それぞれを個別にみれば放射線被曝以外の原因により発症する場合があること等を踏まえても,放射線被曝と関連性の否定し得ない又は関連性のある疾病に複数罹患したことは,誘導放射化物質から発せられる放射線による外部被曝及び内部被曝を受けた可能性を裏付けるものであるというべきである。
そうすると,前記④につき,DS02に基づく原告の初期放射線の推定被曝線量を修正すべき具体的事情が認められないということはできない。
したがって,被告の前記主張は,採用することができない。

原告の申請疾病(乳がん)の危険因子について

(ア)

前記1(3)で説示したとおり,一般的には本件申請に係る申請疾病た
る乳がんと放射線被曝との関連性を肯定することができるというべきであるが,他方で,原告に係る乳がんの放射線起因性の証明の有無(原子爆弾の放射線への被曝の事実が乳がんを招来した関係を是認し得る高度の蓋然性が認められるか否か)を経験則に照らして判断するに当たっては,当該乳がんに係る他の原因(危険因子)の有無及び程度を考慮する必要がある(前記1(1)イ。なお,この見地からは,危険因子があるからといって,乳がんと放射線被曝との間の関連性が直ちに否定されるわけではないことは,当然のことである。)。
なお,本件申請に係る申請疾病は,平成27年3月に診断された右乳がんであるところ(乙C1,2,弁論の全趣旨),これは,平成24年11月に診断された右乳がんが再発したものであることからすると(前記認定事実ウ(ウ)),本件申請における放射線起因性の検討(危険因子の有無及び程度の検討)においては,同月に診断された右乳がんについてみるのが相当である(以下,原告の乳がんをいうときは,断りのない限り,同月に診断された右乳がんを指す。)。
(イ)

乳がんの危険因子の有無及び程度
乳がんの危険因子としては,年齢,出産歴がないこと,授乳歴がないこと,アルコール飲料の摂取,喫煙,肥満及び遺伝等があることが認められる(乙A609,611,612,前記1(3))。そこで,以下,原告に係る危険因子として被告が主張する加齢(年齢)及び肥満について検討する(その余の,危険因子については,その存在を認めるに足りる証拠はない。)。
a
加齢(年齢)
乳がんの年齢階級別罹患率は,30歳代から増加し,40歳代後半から50歳代前半が最も多いが,我が国の人口構成の高齢化に伴い,患者数は60歳代前半が最も多く,70歳代前半でも罹患率は依然として高いとされる(前記1(3))。
そうすると,原告は,72歳である平成24年11月,右乳がんである旨の診断を受けたものであり(前記認定事実ウ(ウ)a),これに近接する年齢の時点において乳がんに罹患したものと認められるから,罹患率の高い年齢層において罹患したものということができる。
b
肥満
証拠(乙A626)によれば,乳がんの危険因子としての肥満は,食生活の欧米化等を背景に,閉経後の肥満がある場合に,乳がんの発生に関わるエストロゲンが多くなることから,乳がんの危険因子となるものとされ,閉経前の女性では,肥満は乳がんのリスクを減少させる旨の指摘がされていることが認められる。
そうであるところ,原告は,72歳の平成24年11月に乳がんにより入院した時点において,身長151.7cm,体重65.5kgであり(乙C9),肥満の程度をみるBMI値(体重(kg)/身長(m)の2乗。25以上で肥満と判断される。弁論の全趣旨)は28.5であり,原告は,同時点において,BMI値上肥満であると判断されることとなるものの,このような傾向が,原告の閉経前後を通じてみられるものか否かは証拠上明らかであるということはできず,原告が前記入院時点で肥満であると判断されることをもって,直ちに,乳がんの危険因子を有していたということにはならないというべきである。

検討
一般的には,本件申請の申請疾病たる乳がんと放射線被曝との関連性を肯定することができる(前記1(3))ところ,原告は,誘導放射化物質から発せられる放射線による外部被曝及び内部被曝の可能性があり,当該可能性は相当程度具体的なものであるということができる(前記ア(エ))。他方で,
原告は,
乳がんの診断を受けた時点で,
その危険因子としての加齢
(年
齢)を有していたということができる(同イ(イ)a)ものの,他に程度の高い危険因子があるということはできないことをも考慮すると,長崎原爆の放射線が原告の平成24年11月診断に係る乳がんを招来し,その結果,本件申請に係る申請疾病である平成27年に乳がんを再発,招来したことについて,通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るに足りる高度の蓋然性が証明されたものということができる。
したがって,原告の申請疾病である同年に再発した乳がんについては,放射線起因性を認めることができる。
(4)

要医療性について
前記認定事実ウ(ウ)bのとおり,
原告は,
申請疾病である平成27年に再発

した乳がんにつき,本件申請をした同年8月6日時点において,その治療として,
化学療法を継続していたというのであるから,
要医療性が認められる。
(5)

小括
以上の検討によれば,原告の申請疾病である乳がんについて,放射線起因
性及び要医療性を認めることができるから,本件申請を却下した本件却下処分は違法というべきであり,取消しを免れない。
3
争点3(国家賠償責任の成否)について
(1)

判断枠組み
国賠法1条1項は,国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違背して当該国民に損害を加えたときに,国又は公共団体がこれを賠償する責任を負うことを規定するものであるから,原爆症認定申請に対する却下処分が放射線起因性又は要医療性の要件の充足に関する判断を誤ったものとして違法であるとしても,そのことから直ちに国賠法1条1項にいう違法があったとの評価を受けるものではなく,原爆症認定に関する権限を有する厚生労働大臣が職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と当該却下処分をしたと認め得るような事情がある場合に限り,国賠法1条1項の適用上違法の評価を受けるものと解するのが相当である(最高裁平成元年(オ)第930号,同第1093号同5年3月11日第一小法廷判決・民集47巻4号2863頁参照)。
ところで,厚生労働大臣が原爆症認定を行うに当たっては,申請疾病が原子爆弾の傷害作用に起因すること又は起因しないことが明らかである場合を除き,疾病・障害認定審査会の意見を聴かなければならないとされている(法11条2項,法施行令9条)。これは,原爆症認定の判断が専門的分野に属するものであることから,厚生労働大臣が処分をするに当たっては,原則として,必要な専門的知識経験を有する諮問機関の意見を聴くこととし,その処分の内容を適正ならしめる趣旨に出たものであると解され,厚生労働大臣は,特段の合理的理由がない限り,その意見を尊重すべきことが要請されているものと解される。そして,同審査会には,法の規定に基づき同審査会の権限に属させられた事項を処理する分科会として,医療分科会を置くこととされ(疾病・障害認定審査会令5条1項),医療分科会に属すべき委員及び臨時委員等は,厚生労働大臣が指名するものとされているところ(同条2項),医療分科会の委員及び臨時委員は,放射線科学者,被爆者医療に従事している医学関係者,内科や外科等の専門的医師といった,疾病等の放射線起因性について高い識見と豊かな学問的知見を備えた者により構成されていることが認められる(弁論の全趣旨)。以上に鑑みれば,厚生労働大臣が原爆症認定申請につき同審査会の意見を聴き,その意見に従って却下処分を行った場合においては,その意見が関係資料に照らして明らかに誤りであるなど,答申された意見を尊重すべきではない特段の事情が存在し,厚生労働大臣がこれを知りながら漫然とその意見に従い却下処分をしたと認め得るようなときに限り,職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と当該却下処分をしたものとして,国賠法1条1項の適用上違法の評価を受けると解するのが相当である。

これに対し,原告は,法が,人類史上最悪の被害を受けた被爆者を救済するための社会保障と国家補償の性格を有する特殊な立法であることに加え,最高裁平成12年判決が,放射線起因性の判断に当たっては,原子爆弾の線量評価システムであるDS86に基づく放射線量の計算式を形式的に当てはめるのではなく,
被爆者の被爆後の症状や健康状態等をも踏
まえる必要があることを説示していること等を踏まえると,
放射線の影響
があることを否定し得ない負傷又は疾病にかかり,
医療を要する状態とな
った場合には,放射線起因性が推定され,放射線の影響を否定し得る特段の事情が認められない限り,厚生労働大臣は,その負傷又は疾病について放射線起因性があるものとして,
原爆症認定をすべき職務上の法的義務を
負う旨主張する。
しかしながら,原告の前記主張は,原爆症認定の判断を誤った場合には国賠法1条1項の適用上も違法であるとする見解と実質的には同じ趣旨であると解さざるを得ず,
このような見解を採用することができないこと
は,前記アで説示したところに照らせば明らかである。
したがって,原告の前記主張は,採用することができない。
(2)

検討
本件却下処分は,厚生労働大臣が疾病・障害認定審査会(医療分科会)の意見を聴いた上で,その意見に従ってされたものである(前記前提事実(2)ウ)。そして,同審査会は,原告の被爆者健康手帳交付申請書(昭和49年4月26日付け。乙C3)の記載(同書面からは,原告がした母による伯父の看病の手伝いの内容等は判然としない。)等を踏まえつつ,同記載からは直ちに新審査の方針による積極的認定の対象とはならないことを前提として,原告に係る被曝線量,既往歴,環境因子,生活歴等を総合的に勘案した上で,厚生労働大臣に対し,原告の申請疾病である乳がんについて,
放射線起因性はないとの意見を述べたものと認められる
(乙C10)

以上のとおりの原告の被爆等の状況に係る関係資料の内容や同審査会が当該意見を述べるに至った経緯等に照らせば,同審査会の当該意見が関係資料に照らして明らかに誤りであるなど,答申された意見を尊重すべきではない特段の事情が存在したということはできず,他にこのような事情を認めるに足りる客観的かつ的確な証拠もない。
そうすると,厚生労働大臣が同審査会の意見に従って本件却下処分をしたことにつき,国賠法1条1項の適用上違法であるとは認められない。イ
これに対し,原告は,厚生労働大臣は,新審査の方針に則って放射線起因性の判断をしているのであるから,新審査の方針に明示された基準に該当する者については,当然に放射線起因性を肯定し,原爆症認定をすべき職務上の法的義務を負う旨主張する。
しかしながら,前記主張は,原告が昭和20年8月10日及び同月11日に爆心地付近に入市した事実があることを前提とする主張であるところ,
これが認められないことは前記2(2)アのとおりであるから,
原告の前
記主張は,その前提を欠くものであって,採用することができない。
(3)

小括
以上によれば,原告の被告に対する国賠法1条1項に基づく損害賠償請求
は,その余の点について判断するまでもなく,理由がない。
第4

結論
以上のとおりであって,原告の請求のうち,本件却下処分の取消しを求める請求は理由があるからこれを認容し,その余の請求は理由がないからこれを棄却することとして,主文のとおり判決する。

大阪地方裁判所第2民事部

裁判長裁判官
三輪方大黒田吉人山﨑岳志
裁判官

裁判官

(別紙2)
争点1(放射線起因性の判断基準)に係る当事者の主張の要旨

第1
1
原告の主張の要旨
原爆症認定における放射線起因性の判断基準
(1)

放射線起因性の立証の程度
①放射線被曝の影響について確立された科学的知見が存在しないこと,②
特定の要因から当該疾病の発生機序を立証することは一般的に困難であること,③放射線被曝に起因する疾病の特徴(被曝線量と身体損傷との相関関係は明確ではないこと,長期間経過後に影響が出る可能性があること,放射線被曝に特異な症状があるわけではないこと)等の特殊性からすれば,放射線起因性の立証の程度は実質的に軽減されるべきである。
(2)

放射線起因性の具体的な判断方法
放射線起因性の判断に当たっては,①被爆者に対する総合的な援護政策を
講じることを目的として制定されたという法の国家補償的性格に留意することを基本とし,②当該疾病の発症等に至った医学的・病理学的機序を直接証明することを求めるのではなく,原爆症認定申請者の被爆の状況,被爆後の行動やその後の生活状況,具体的症状や発症に至る経緯,健康診断や検診の結果等を全体的,総合的に考慮した上で放射線起因性を判断し,③当該疾病等に係る他の原因(危険因子)の影響と原爆放射線による影響が併存し得ることなどを踏まえ,原爆放射線被曝の事実が疾病の発生又は進行に影響を与えた関係が合理的に是認できる場合には,放射線起因性を認めるのが相当である。
2
被曝線量の評価
(1)

初期放射線による被曝線量
被告は,原子爆弾による放射線の線量評価システムであるDS86(1986年策定。乙A139。以下,単にDS86という。)及びこれを引き継いだ同DS02(2002年策定。乙A133。以下,単にDS02という。)に基づいて初期放射線による被曝線量を推定しているところ,DS02は,特に爆心地から遠距離に行けば行くほど実測値が前記推定に係る値を上回るなどの不一致が生じるなどしており,遠距離における初期放射線の放射線量を過小評価しているなどの問題点がある。
(2)

誘導放射線による被曝線量
被告は,爆心地から600~700m以遠においては誘導放射線がほとん
ど発生していないなどと主張する。しかし,誘導放射化された土壌等が粉じんとして遠距離に飛散する可能性があり,また,初期放射線に被曝していないいわゆる入市被爆者や遠距離被爆者にも放射線被曝による急性症状が生じていることなどに照らすと,爆心地から600~700m以遠の地域にも誘導放射化物質が相当量存在していたというべきである。
(3)

放射性降下物による被曝線量
放射性物質(誘導放射化したものを含む。)を大量に含んだ原子雲から激
しい雨(黒い雨)として降った放射性降下物については,被告が主張する広島原爆につきa又はb(以下a・b地区という。),長崎原爆につきc3丁目及び4丁目又はd(以下c地区という。)にとどまらず,より広範囲にわたり降ったとの調査(甲A133等)があり,その周辺においても,水分が蒸発した放射性物質を含む構造物等(黒い煤)が降下しているのであって,少なくとも爆心地から2~4kmの範囲においては,多量の放射性物質が降ったことが推認されるのであって,放射性降下物による被曝についても看過すべきではない。
(4)

内部被曝
内部被曝は,外部被曝とは異なり,①呼吸等により放射性物質が取り込ま
れた特定の臓器等に局部的集中的に被曝が生じること,
②数cm~数mの飛距
離しかないアルファ線,ベータ線であっても,その線源となる放射性物質が体内に取り込まれればこれらによる被曝が確実であること,③原爆放射線の90%以上を占める半減期の短い放射性物質については,短期間に大量の被曝をもたらすものであること,④放射性物質が体内に取り込まれると,体内被曝が長期間継続することといった特徴があり,一部的な外部被曝よりも身体に大きな影響を及ぼす可能性が十分にある。
(5)

遠距離被爆・入市被爆
遠距離被爆者及び入市被爆者を対象とした調査結果によれば,これらの被
爆者に生じた脱毛,皮下出血等の症状は,誘導放射線(前記(2))及び放射性降下物(前記(3))による外部被曝及び内部被曝(前記(4))の影響によるものとみるのが自然である。
3
申請疾病と放射線被曝との関連性
(1)

乳がんは,財団法人放射線影響研究所がとりまとめた原爆被爆者の死亡
率調査に関する報告書(以下LSSという。)第12報(甲C9),LSS第13報(甲C10),LSS第14報(甲C11・乙A623)や,業績報告書RERFTR5-92

原爆被爆者における癌発生率。第2部:充実性腫瘍

(甲C8。以下本件業績報告書という。)等において,有意な放射線の影響が確認されてきている上に,
新審査の方針においても,
放射線起因性が推認される疾病に乳がんを含む固形がんが挙げられていること等からすると,被爆者に生じたがんと放射線被曝との間に関連性があることは明らかである。
また,仮に被曝放射線が低線量であるとしても,広島市又は長崎市に居住していたが原爆投下時には両市にいなかった者を含む調査であるLSS第14報では,全固形がんにつき過剰相対リスクが有意となるしきい値の線量はゼロであり,低線量域においても,がん発生等のリスクが高いこと等が報告されている。
(2)

そして,
とりわけ,
若年者の放射線被曝ががん発生に及ぼす影響について

みると,本件業績報告書や原爆放射線の人体影響1992(甲C12)は,放射線被曝時の年齢が若い時ほど乳がん発症のリスクが大きくなると報告され,LSS第14報では,
①年齢が若いときに放射線被曝した者はがん死亡
の相対リスクが高くなり,全固形がんについて,線形モデルに基づく男女平均の1グレイ当たりの過剰相対危険度は,被爆時年齢が10歳若くなると約29%増加すること,②低年齢の時に被爆した者ほど放射線に対する感受性は高く,
がん発生等のリスクが生涯にわたり増大する旨の報告がされている。(3)

以上のとおり,放射線被曝による乳がんの発症リスクは他のがんよりも高
く,ことに若年者の放射線被曝の当該リスクはより高いことからすると,放射線被曝(低線量の場合を含む。)と乳がんとの間に関連性があることは明らかである。
第2
1
被告の主張の要旨
原爆症認定における放射線起因性の判断基準
(1)

放射線起因性の立証の程度
法10条1項の放射線起因性の要件該当性の主張立証責任は,原告が負う
べきところ,同要件を満たすというためには,原爆放射線と申請疾病の発症との間に事実上の因果関係があることが必要であり,その立証は,一点の疑義も許されない自然科学的証明ではないが,経験則に照らして全証拠を総合検討し,当該申請者が浴びた原爆放射線が当該申請疾病の発症を招来した関係を是認し得る高度の蓋然性を証明することであり,より具体的には,通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得る証明であることを必要とする。
(2)

放射線起因性の具体的な判断方法
放射線起因性の有無については,①当該申請者の原爆放射線への被曝の程
度と,②統計学的・疫学的知見等に基づく申請疾病等と原爆放射線被曝との関連性の有無及び程度とを中心的な考慮要素としつつ,③これに当該疾病等に係る他の原因(危険因子)の有無及び程度等を総合的に考慮して,原爆放射線への被曝の事実が当該申請に係る負傷若しくは疾病又は治癒能力の低下を招来した関係を是認し得る高度の蓋然性が認められるか否かを経験則に照らして判断すべきである。
そして,前記②については,前記知見等の分析評価が中心となるところ,疫学研究は,疾病の発生原因を集団的に考察したものであり,個々人の疾病の発生原因を特定するために用いることはできないと理解され,当該研究の結果から個人の疾病に関していえることは,前記知見等においてその線量反応関係(放射線被曝線量が増えるに従って疾病発症リスクが増大するという関係)として示された相対リスク等を基に,これをいわばものさしとして用いることで,原爆放射線被曝の程度に応じて当該疾病を発症するリスクの有無ないし程度を推認することができるにとどまるのである。
そうすると,
前記①の被曝の程度は,以上のものさしに対応できるよう,定量的に評価する必要がある。そうでなければ,前記知見等を基に,放射線被曝の程度から当該疾病の発症リスク等を推認することは不可能である。
2
被曝線量の評価
(1)

初期放射線による被曝線量
初期放射線による被曝線量評価については,日米の放射線学の第一人者が
1986年に策定した線量評価システムであるDS86及びこれを更新する最新のシステムとしてDS02が存在しているところ,DS02は,実測値とのかい離の程度がごく僅かであることからも明らかなとおり,その精度は高いということができ,初期放射線の評価方法として一般的な妥当性を有しているというべきである。
(2)

誘導放射線による被曝線量
従前から,広島原爆及び長崎原爆による初期放射線の中性子は,爆心地から600~700m程度を超えるとほとんど届かないことが判明していた。また,DS02に基づいた最新の分析においても,爆発から無限時間同じ所に滞在していたというあり得ない仮定に基づいて算出された誘導放射線の積算放射線量でさえ,爆心地から1.5kmの地点において,広島では0.0001グレイ,長崎では0.00005グレイであるから,これ以上の距離での誘導放射線被曝は無視して構わないとされている。以上のとおり,最新の科学的知見に基づけば,広島原爆及び長崎原爆から放出された誘導放射線による被曝線量が,一般的に健康への影響がある程度に高線量であったとみることは必ずしも合理的ではない。
(3)

放射性降下物による被曝線量
多数の調査研究,原爆投下当時の試料に基づき測定された実測値並びに広
島原爆及び長崎原爆の爆発状況によれば,広島原爆及び長崎原爆から放出され,地上に降り注いだ放射性降下物による被曝線量は,健康被害の影響という見地からみると極めて少ない量である(特に線量の高いことが判明した広島のa・b地区及び長崎のc地区においてすら,その積算線量が限られていたことが判明している。)。
(4)

内部被曝
原爆で問題となる内部被曝は放射性降下物及び誘導放射線によるものであ
るところ,①放射性降下物及び誘導放射線の線量がいずれも健康への影響という見地からは極めて少ないものであったこと(前記(2)及び(3)),②被曝線量が同じ場合には,内部被曝による健康影響は外部被曝による健康影響と同等又は外部被曝より低いこと,③体内に取り込まれた放射性核種は代謝により排出されること,④小児甲状腺がんが多数発生したチェルノブイリ原発事故と異なり,原子爆弾の被爆者については,甲状腺等の特定の臓器にがんが多数発生したという傾向が全くみられないこと等からすると,原爆由来の放射性物質による内部被曝は,人体の健康への影響という観点からは重視する必要がないというのが現在の科学的知見である。
(5)

遠距離被爆・入市被爆
放射線被曝による急性症状には,発症時期,程度,回復期等について明確
な特徴があることが一般的な医学的知見として確立している一方で,被爆者が被爆当時に経験したとする下痢等の身体症状は,他の要因(衛生状況・栄養状況の悪化,劣悪な生活環境又は精神的影響等)によっても生じる非特異的なものであるため,当該身体症状が放射線被曝による急性症状であるか否かは,前記のとおり確立した科学的知見に照らして,慎重に吟味・鑑別することが不可欠であるところ,高度に専門的な国際機関等においてされた多くの研究報告によれば,遠距離被爆者及び入市被爆者が放射線被曝による急性症状を発症したとは考え難い。
3
申請疾病と放射線被曝との関連性
がんは,細胞の遺伝子が変異することで起こる疾患であるところ,放射線がDNAを損傷した結果,突然変異が起こることがあり,理論的にはがんの原因となる可能性が全くないとはいえず,被曝線量が増加すれば,がんの発症頻度が上がる一方,被曝線量が低いほどがんの発症頻度は低下する。そうすると,0.1~0.2グレイを下回るような低線量の放射線被曝であれば,理論的に,がんの発症率は極めて低くなる上に,この程度の放射線被曝と固形がんの発症率との関連性について認めた疫学的知見は存在しない。
仮に,100ミリグレイを下回る低線量の放射線被曝とがん発症との関連性があるとしても,前記のとおり,放射線に被曝すれば必ずDNAを損傷するわけではなく,他方,非被爆者であっても,日常生活において一般に生じ得る要因によりおおむね30%はがんで死亡するものとされており,その割合は,100ミリグレイを下回る放射線被曝による理論的ながん死亡率
(0.
5%未満)
と比べて高いことからすれば,低線量の放射線被曝によるがん発症リスクは極めて低いというべきである。
以上
(別紙3)
争点2(原告の原爆症認定要件該当性)に係る当事者の主張の要旨
第1
1
原告の主張の要旨
放射線起因性
(1)

原告の被爆等の状況等


(ア)

被爆等の状況
原告は,4歳10箇月当時の昭和20年8月9日,爆心地から約9.8kmの長崎市e町内の自宅(以下,単に自宅という。)に住んでいた。
原告は,同日,母(以下,争点2及び3の各項において親族呼称で記載された者は,特に明記しない限り,原告から見た親族を指す。)に連れられて,
爆心地から約3.
6kmの同市f町内の叔母
(母の妹であるU。
以下,単に叔母という。)方に行き,その中庭(屋外)で遊んでいたところ,
長崎原爆に被爆し,
その爆風により何らかの物が額に当たり,
額を負傷した。原告は,母と叔母と共に,叔母方の裏庭にあった防空ごうに避難し,同所において一晩を過ごした。

(イ)

原告は,昭和20年8月10日,叔母方の裏庭の防空ごうにおいて,自宅から捜しに来た父らと合流した。父母は,爆心地から2km以内のP工場に勤務する伯父(母の兄であるO(以下,単に伯父という。)が長崎原爆投下後に長崎市e町内の伯父方に帰宅していないことから,次兄及び原告を連れて叔母方を出発し,Q駅付近を通り,爆心地付近一帯を歩き回るなどして伯父を捜し,原告は,母におぶわれたり一緒に歩いたりするなどして母と行動を共にしたが,伯父を発見するに至らず,自宅へ帰った。原告は,同月11日も,前日と同様,父母及び次兄と共に,爆心地付近一帯を歩き回るなどして伯父を捜し,伯父を発見するに至ったが,全身に火傷を負っていたため伯父方へ連れて帰ることができず,夜は自宅へ帰った。
父は,同月12日,母及び原告と共に叔母方へ行き,母及び原告を叔母方に待機させ,親戚と共にリヤカーを持って伯父を迎えに行き,伯父をリヤカーに乗せて叔母方へ戻ったが,母が伯父の手当等の看病をすることとなったため,伯父を伯父方へ連れて行き,母及び原告と共に自宅へ帰った。
(ウ)

母は,昭和20年8月12日から約1箇月程度,原告を連れて伯父方へ行き,つわの葉に油を塗って伯父の火傷をした箇所に貼り付けるなどの看病をし,原告は,母のそばで,つわの葉をきれいに拭いて母に渡すなどの手伝いをした。

(エ)

なお,原告は,当時4歳と幼少であったため,前記(ア)~(ウ)の事実の記憶はなく,身体の弱い原告に被爆者健康手帳交付申請を勧めるべく原告のもとを訪れた母から,同申請(昭和49年)の前頃に初めて知らされたものであり,同事実は,原告が現在記憶する限りで供述したところによるものであるところ,原告が前記の事実を知った経緯等に照らし,母が原告に伝えた同事実は真実であると考えられることに加え,原告が母親っ子であり,現に伯父の看病にも必ず付き添っていたこと等からしても,母が伯父を捜している間,叔母方で待っていたはずがなく,覚えていないことは覚えていない旨供述するなど真摯に供述していること等を踏まえると,原告の供述やそのもととなる母の供述は信用することができる。
被告は,昭和32年に作成された母の被爆者健康手帳交付申請書(乙C6)に原告と共に伯父を捜すなどした旨の記載がないことを指摘するが,当時,根強い被爆者差別があり,娘である原告が結婚差別に遭うことを恐れて記載しなかったものである。また,被告は,原告の被爆者健康手帳交付申請書(乙C3)に添付された叔母及び叔父(父の弟であるY。以下叔父という。)による各被爆証明書に,父母が昭和20年8月10日及び同月11日に伯父を捜しに行っている間,原告が叔母方で待っていた旨記載されていることを指摘するが,同記載は,原告が,同月12日に父が伯父を連れて帰るために入市している間に叔母方で待っていたときのことを記載したものであると解される。

被爆後の健康状態等

(ア)

急性症状
原告は,被爆後,下痢をした。

(イ)

貧血
原告は,昭和35年頃,貧血で通院し,造血剤を処方されたほか,昭和42年7月頃にも,貧血とめまい,吐き気で通院した。

(ウ)

甲状腺機能低下症
原告は,平成7年,甲状腺機能低下症により,通院している。
原告の甲状腺のサイズは,甲状腺超音波診断ガイドブック(改訂
第3版。甲C15)の記載に照らすと,6歳の少女の標準の大きさ程度しかなく,著しい萎縮がみられる。

(エ)

声帯ポリープ及び大腸ポリープ
原告は,昭和48年,声帯ポリープにより手術を受け,平成27年,大腸ポリープ摘出手術を受けた。

(オ)

乳がんの発症及びその再発等
原告は,平成24年,右乳がんの腫瘍摘出手術を受けたが,平成27年3月に再発し,腫瘍摘出手術や化学療法を受け,経過観察を受けると共に,手に生じたリンパ浮腫の治療を行うなどしている。

(カ)

前記(ア)の下痢の症状は,放射線被曝後の典型的な急性症状である上
に,前記(イ)~(オ)はいずれも類型的に放射線起因性が高く認められる。ウ
家族の健康状態

(ア)

母(被爆当時40歳)
母は,前記アのとおり,長崎原爆投下時から昭和20年8月12日に叔母方から自宅に帰るまでの間,さらには伯父を看病した同日からの約1箇月間,
いずれも原告と行動を共にしたものであるところ,
平成元年,
膀胱がんで死亡した。

(イ)

次弟(昭和21年生(胎児被爆))
次弟は,母の胎内で被爆したものであるところ,昭和22年,白血病で死亡した。

(ウ)

父(被爆当時42歳)
父は,長崎原爆に直接被爆していないが,昭和20年8月10日及び同月11日,
伯父を捜すために原告と共に爆心地付近を歩き回るなどし,
同月12日,
伯父を迎えに再度爆心地付近に入市したものであるところ,
昭和33年,肝臓がんで死亡した。

(エ)

次兄(被爆当時16歳)
次兄は,長崎原爆に直接被爆していないが,昭和20年8月10日及び同月11日,伯父を捜すために原告と共に爆心地付近一帯を歩き回るなどしたものであるところ,昭和39年,白血病で死亡した。

(オ)

以上のとおり,原告と共に昭和20年8月10日及び同月11日,爆心地付近を歩き回るなどした者は,いずれも若くして放射線被爆との関連性の強い疾病により死亡している。

(2)

原告の放射線被曝の程度
原告は,昭和20年8月10日及び同月11日,爆心地付近一帯を歩き回るなどし,新審査の方針が定める原爆投下後100時間以内の入市要件を満たしている。また,原告は,同月12日から約1箇月間にわたり,長崎原爆により全身に火傷を負った伯父の看病を手伝うなどもしているのであって,原告は,以上の間,誘導放射化した粉じんや放射性降下物の微粒子を相当量含む粉じん等が充満する中を移動したことにより,長時間にわたり,これらを大量に外部被曝したり,呼吸等により体内に取り込んだりするなどしたことで,内部被曝したと考えられる。その上,原告は当時4歳で身長は低く,
舞い上がる粉じん等を吸い込みやすかったと考えられる。
以上に加え,①前記(1)イのとおり,原告には,被爆後,放射線被曝による典型的な急性症状である下痢の症状があらわれ,放射線被曝と関連性の強い疾病に次々と罹患していること,②原告と共に爆心地付近に入市した父母(胎内の次弟を含む。)及び次兄が若くして放射線被曝と関連性の強い疾病により死亡したことも併せ考慮すれば,原告が相当程度強度の放射線被曝を受けたことは明らかである。

仮に,原告が昭和20年8月10日及び同月11日に爆心地付近を歩き回るなどした事実が認められず,この間,原告が叔母方にとどまっていた事実が認められるにすぎないとしても,原告は,同月9日,爆心地から約3.6km離れた叔母方の屋外で直接に被爆し,額を怪我するなどしているのであり,新審査の方針が定める爆心地から3.5km以内の地点における直接被爆の距離要件を僅か100m超えているにすぎない。これに加え,同月10日~同月12日に叔母方にとどまり,前記アのとおりの看病の手伝いをするなどしていたのであり,叔母方付近に飛散した誘導放射化した粉じんや放射性降下物の微粒子を相当量含む粉じん等により長時間にわたり大量に外部被曝したり,これらの粉じん等を呼吸等により体内に取り込んだりするなどしたことで,内部被曝したと考えられるとともに,誘導放射化した伯父の体に触れるなどしたことによる外部被曝又は内部被曝も十分に考えられる。
以上に加え,前記アの①の点をも併せ考慮すれば,原告が相当程度強度の放射線被曝を受けたことは否定し得ない。
(3)

原告の申請疾病(乳がん)の危険因子
被告が乳がんの危険因子として主張するところは,争う。

(4)

検討
原告は,相当程度強度の放射線被曝を受けたと考えられ(前記(2)),原告
は4歳という放射線の感受性が強い時期に被曝をしている上に,放射線被曝と乳がんとの間には強度の関連があり,低線量被曝であっても同様であること(別紙2の第1の3)からすれば,原告の申請疾病である乳がんの放射線起因性は明らかである。
2
要医療性
原告は,申請疾病である乳がん及びこれに伴う手のリンパ浮腫につき,前記1(1)イ(オ)のとおり,化学療法を受け,現在も経過観察及び治療を継続しているのであるから,要医療性がある。

3
結論
以上のとおり,原告の申請疾病である乳がんについては,原爆症認定要件を充足する。

第2
1
被告の主張の要旨
放射線起因性
(1)

原告の被爆等の状況等


被爆等の状況

(ア)

原告が昭和20年8月10日及び同月11日に爆心地付近一帯を歩
き回るなどした事実は否認する。
前記事実は,
原告の主張によれば,
原告が記憶しているものではなく,
母から伝え聞いたものであるところ,①母の被爆者健康手帳交付申請書(昭和32年6月10日付け。乙C6)には,爆心地附近にはいりこんだ月日と場所欄について,母については,昭和20年8月10日及び同月11日に爆心地付近一帯に立ち入った旨の記載が,
父については,
両日及び同月12日に爆心地付近一帯に立ち入った旨の記載がある一方,原告については何らの記載がなく,原子爆弾がおちたあと爆心地方面に立ち入つたときの状況について欄においても前記と同旨の記載があるにとどまっており,②原告の被爆者健康手帳交付申請書(昭和49年4月26日付け。乙C3)には,
被爆後の行動欄に

8月10日1日f町1叔父(O)捜す為お母さんについていった。

との記載があ
り,入市の経路,通過した町名欄をみても,自宅から叔母方のあるf町までの経路が記載されるにとどまっているなど,叔母方へ母に連れられて行ったことをもって入市したことが前提とした記載となっており,前記申請書に添付された叔母などの被爆証明書においても,父母が爆心地付近に伯父を捜しにいっている間,原告が叔母方に残った旨の記載がされているのであって,原告が同月10日及び同月11日に入市した事実は,以上の記載と矛盾する。そして,原告は,新審査の方針に沿うように供述内容を変遷させたものであって,当該事実があったものということはできない。
(イ)

原告が昭和20年8月12日から約1箇月間にわたり伯父の看病を手伝った事実は,否認する。
前記事実を裏付ける客観的資料は何ら提出されておらず,当該事実があったものと容易に認めることはできない。


被爆後の健康状態等
原告には被爆後に下痢の症状があった事実は否認する。
前記事実を裏付ける客観的資料は何ら提出されておらず,当該事実があったものと容易に認めることはできない。

(2)

原告の放射線被曝の程度
申請疾病の放射線起因性の判断に当たっては,
原爆症認定申請者の放射
線被曝の程度に基づく当該疾病の発症リスクを定量的に評価し,
これを他
原因による発症リスクと比較して放射線起因性の有無を判断するほかない(別紙2の第2の1(2))。

まず,初期放射線の被曝についてみると,原告は,爆心地から約3.6kmの地点に所在した叔母方の屋外で長崎原爆に被爆したものであり,DS
02に基づく推定被曝線量は最大に見積もっても約0.9ミリグレイとごく僅かである。


次に,誘導放射線又は放射性降下物により発せられた放射線による被曝線量が比較的高線量となる場合があるとしても,それはごく一部の例外的事象にとどまるというべきところ(別紙2の第2の2(2)~(5)),叔母方付近の水,食料,粉じんや大気が高濃度の放射性物質に汚染されていたことを裏付ける証拠は一切ないというべきであり,原告が放射性降下物に汚染された飲食物の摂取等により高線量の内部被曝をしたとは認められない。

原告は,原告が母による伯父の看病の手伝いをしたことを,高線量の外部被曝及び内部被曝をした事情として主張するところ,仮に,当該事実が認められるとしても,原告は母のそばにいた程度に過ぎず,直接伯父に触れることすらしていないし,その時間も限られていたものというべきであり,このような行為により一定程度高線量の被曝をしたことになると認められる具体的な証拠は示されておらず,むしろ,①いわゆるJCO臨界事故で約25グレイもの高線量被曝をした従業員の人体の誘導放射化を調査した結果において,調査対象者のうち汚染検査において最も高い放射線量を示した者の右肩部の放射線量の測定結果は1時間当たりで約0.00001グレイにすぎなかったところ,この値は,歯科撮影1回程度の放射線量に過ぎないものであること,②広島原爆投下直後から被爆者の救護等に当たっていた賀北部隊でさえ,その被曝線量は最大で0.13~0.18グレイ程度に過ぎず,原告が前記手伝いにより受けた放射線の被曝線量はごく僅かである。

原告は,被爆後に下痢があった旨主張するところ,仮に下痢の症状があったとしても,当時の食生活や環境が原因であるとも考えられ,放射線被曝による急性症状であるということもできない。
また,原告は,放射線被曝と関連性の強い疾病に次々と罹患した旨主張するところ,①貧血については,貧血の治療を受けたとされる昭和35年及び昭和42年当時,20歳及び27歳と若年であり,若年世代に一般的にみられる鉄欠乏性貧血とも考えられること,②声帯ポリープ及び大腸ポリープは,被爆者でなくとも広く一般にみられる疾病であること,③甲状腺機能低下症については,自己免疫性の橋本病による甲状腺機能低下症の可能性もあること(なお,そもそも,甲状腺機能低下症の診断基準に甲状腺の大きさは含まれておらず,原告の甲状腺機能低下症が橋本病によるものではないことの根拠とはならない。)に照らし,原告に高線量の放射線被曝があったことの根拠とはならない。


以上のとおり,原告の推定被曝線量は,全体量として0.9ミリグレイ程度であり,ほかに,当該推定を修正すべき具体的事情も認められない。当該線量は,日本人1人当たりの自然放射線量が年間2.1ミリシーベルトであることに鑑みれば,およそ人体に影響を及ぼすような程度のものとは考え難い。

(3)

原告の申請疾病(乳がん)の危険因子
乳がんは,年間約6万人程度が罹患し,日本人女性で一生のうちに乳がん
に罹患する人は18人に1人ともいわれている一般的な疾病である上に,女性が罹患するがんのうち,罹患リスク及び死亡リスクが高い部位として乳房が挙げられている。
乳がんの年齢階級別罹患率は,30歳代から増加し,40歳代後半から50歳代前半でピークを迎えるとされているものの,我が国における人口構成の高齢化に伴い,患者数では60歳代前半が最も多くなっているともされており,70歳代前半でも罹患率は依然として高い。
原告は,72歳頃,右乳がんに罹患し,74歳頃に再発したものと考えられることから,原爆放射線に被曝していない一般的な高齢の女性が発症するのと同様,加齢に伴って発症したものと考えるのが自然かつ合理的である。さらに,閉経後(50歳代中盤以降)の乳がんのリスクファクターとして肥満が挙げられるところ,
原告が乳がんに罹患していた72歳時点において,
原告は慎重151.7cm,体重65.5kgであり,BMI(肥満の基準は25以上)を計算すると28.5となり,当時肥満状態であったといえる。よって,原告は加齢に加えて,肥満という危険因子を重複して有していたのであるから,
原子爆弾による放射線被曝という要素を考慮するまでもなく,
これらの危険因子によって乳がんに罹患したと考えるのが自然かつ合理的である。
(4)

検討
前記(2)のとおり,原告の放射線被曝の程度については,初期放射線による
影響は僅少であり,
例外的に高線量の放射線を被曝した事情は認められない。
そして,そのような被曝の程度でがんが発症するか否かについては,現在の疫学的知見をもってしても定かでなく,万一,そのようなことが起こり得るとしても,その可能性は極めて乏しいというべきである。それに対して,原告は,乳がんの罹患につき,加齢及び肥満という危険因子を重複して有していたのであるから,原告は,原爆放射線に被曝していない一般的な高齢の女性が発症するのと同様,加齢及び肥満という危険因子に伴って発症したものと考えるのが自然かつ合理的である。
以上を総合考慮した場合,原告の乳がんが放射線被曝によって発症したことについては,通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るに足りる高度の蓋然性の立証がされたとはいえないから,その放射線起因性は認められないというべきである。
2
要医療性
不知ないし争う。

3
結論
以上のとおり,原告の申請疾病である乳がんについては,原爆症認定要件を充足しない。
以上
(別紙4)
争点3(国家賠償責任の成否)に係る当事者の主張の要旨

第1
1
原告の主張の要旨
厚生労働大臣が本件却下処分をしたことが国賠法1条1項の適用上違法であること
(1)

法が,人類史上最悪の被害を受けた被爆者を救済するための社会保障と
国家補償の性格を有する特殊な立法であることに加え,平成6年法律第117号による廃止前の原子爆弾被爆者の医療等に関する法律に係る最高裁平成10年(行ツ)第43号同12年7月18日第三小法廷判決・裁判集民事198号529頁(以下最高裁平成12年判決という。)が,放射線起因性の判断に当たっては,原子爆弾の線量評価システムであるDS86に基づく放射線量の計算式を形式的に当てはめるのではなく,被爆者の被爆後の症状や健康状態等をも踏まえる必要があることを説示していること等を踏まえると,放射線の影響があることを否定し得ない負傷又は疾病にかかり,医療を要する状態となった場合には,放射線起因性が推定されるのであって,放射線の影響を否定し得る特段の事情が認められない限り,厚生労働大臣は,その負傷又は疾病について放射線起因性があるもの判断すべき職務上の法的義務を負う。
また,厚生労働大臣は,新審査の方針に則って放射線起因性の判断をしているのであるから,新審査の方針に明示された基準に該当する者については,当然に放射線起因性があるものと判断すべき職務上の法的義務を負う。そして,厚生労働大臣は,要医療性についても,当時存する関係資料等から,これを肯定できる場合には,要医療性があるものと判断すべき職務上の法的義務を負う。
(2)

原告の被爆等の状況等(別紙3の第1の1(1))に照らせば,原告が,放射線の影響があることを否定し得ない負傷又は疾病にかかり,医療を要する状態となった場合に当たることは明らかであり,放射線の影響を否定し得る特段の事情もない以上,厚生労働大臣は,原告の申請疾病(乳がん)について,放射線起因性があるものと判断すべき職務上の法的義務を負っていた。また,以上に照らせば,原告が,新審査の方針に明示された基準に該当する者に当たることも明らかであったのであるから,この点からしても,厚生労働大臣は,原告の申請疾病について,放射線起因性があるものと判断すべき職務上の法的義務を負っていた。
それにもかかわらず,厚生労働大臣は,本件申請について,放射線起因性を認めず,本件却下処分をしたのであるから,厚生労働大臣が本件却下処分をしたことは,国賠法1条1項の適用上違法である。
2
損害等
原告は,当然に受けられるべき原爆症認定を受けることができず,本件却下処分により精神的,肉体的,経済的苦痛を受けており,当該苦痛に対する慰謝料は,100万円を下らない。

第2

被告の主張の要旨
本件却下処分が適法であることは,別紙3の第2(被告の主張の要旨)のとおりである。
したがって,本件却下処分が違法であることを前提とする国賠法上の請求には理由がないというべきである。
以上
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