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危険運転致死傷(予備的訴因 過失運転致死傷)
事件番号令和1(わ)187
事件名危険運転致死傷(予備的訴因 過失運転致死傷)
裁判年月日令和2年6月16日
裁判所名・部津地方裁判所
裁判日:西暦2020-06-16
情報公開日2020-07-06 12:00:18
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令和2年6月16日宣告
事件名

危険運転致死傷(予備的訴因

事件番号

過失運転致死傷)

令和元年(わ)第187号
主文
被告人を懲役7年に処する
未決勾留日数中120日をその刑に算入する。
訴訟費用は被告人の負担とする。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は,平成30年12月29日午後9時53分頃,普通乗用自動車(以下被告人車両という。)を運転し,津市a町b番c号先の片側3車線の直線道路(以下本件道路という。)の第3車両通行帯を鈴鹿市方面から松阪市方面に向かい進行するに当たり,法定速度(60km/h)を遵守するはもとより,速度を調節して進路の安全を確認しながら進行すべき自動車運転上の注意義務があるのにこれを怠り,法定速度を遵守せず,速度を調節せずに進路の安全確認不十分のまま漫然時速約146kmで進行した過失により,左方路外施設から中央分離帯の開口部に向かって横断してきたA(当時44歳)運転の普通乗用自動車(以下被害車両という。)右側面に被告人車両前部を衝突させ,よって,同人に外傷性大動脈破裂の傷害を負わせ,同日午後11時35分頃,三重県四日市市de番地f所在のg病院において,同人を同傷害に基づく出血性ショックにより死亡させ,被害車両の助手席に同乗していたB(当時58歳)に多発外傷の傷害を負わせ,同日午後10時45分頃,津市hi丁目j番地所在のk病院において,同人を同傷害により死亡させ,被害車両の後部座席右側に同乗していたC(当時31歳)に交通外傷の傷害を負わせ,平成31年1月3日午後10時44分頃,上記k病院において,同人を同傷害に基づく多臓器不全により死亡させ,被害車両の後部座席中央に同乗していたD(当時37歳)に外傷性大動脈破裂の傷害を負わせ,平成30年12月29
日午後11時20分頃,上記g病院において,同人を同傷害に基づく出血性ショックにより死亡させるとともに,被害車両の後部座席左側に同乗していたE(当時2けいこつひこつ

8歳)に加療期間不詳の胸部大動脈損傷,骨盤骨折,右脛骨腓骨開放骨折等の傷害を負わせた。
(証拠の標目)
省略
(主位的訴因を認定しなかった理由)
1
主位的訴因に係る公訴事実の要旨

主位的訴因に係る公訴事実の要旨は,被告人が,本件道路の第3車両通行帯を進行するに当たり,その進行を制御することが困難な時速約146kmの高速度で被告人車両を進行させたことにより,被告人車両の進行を制御できず,左方路外施設から中央分離帯の開口部に向かって横断してきた被害車両右側面に被告人車両前部を衝突させ,よって,判示の死傷結果を生じさせたというものである。2
争点と当裁判所の判断の骨子
危険運転致死傷罪(自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関
する法律(以下単に法ということもある。
)2条所定の犯罪)を成立させるた
めには,被告人において,①法が特に取り上げた類型の危険な運転行為を,②故意に(それと分かりながら敢えて)行ったと認められることが必要であるところ,本件の主たる争点は,①被告人の運転行為が,法2条2号所定の危険な運転行為の類型(すなわちその進行を制御することが困難な高速度で自動車を走行させる行為)に当たり得るか,②(争点①が肯定されることを前提に)被告人が,法2条2号所定の危険な運転行為
(すなわちその進行を制御することが困難な高速度で自動車を走行させる行為)をしていると分かっていたと認定できるか,の
2点である。
ところで,法2条2号にいうその進行を制御することが困難な高速度で自動車を走行させる行為とは,その字義に照らし,そのような高速度では自車を制御することが物理的に困難な状態になっていることを意味すると解される。すなわち,高速度走行は,一般に,進路に飛び出してくる人や物の発見が遅れたり,自車の周囲の急な状況の変化に即応した咄嗟の対応を困難にする危険をはらんでいるものであるが,法2条2号は,
進行を制御することが困難なという限定を付
けているから,上記のような高速度走行の持つ一般的な危険を問題にしているとみることは許されず,飽くまでも,
物理的な意味での制御困難性
,言葉を換えて言
えば,
速度が速すぎるため,自分の思い描いた進路に沿って自車を走行させることが困難な状態になっていること,具体的には,
そのような高速度で自車の走行を続ければ,当然に,あるいはハンドルやブレーキの操作の僅かなミスによって,自分の思い描いた進路から自車を逸脱させて事故を発生させることとなると認められる状態になっていることを問題にしていると解されなければならない(以上の解釈については,当事者双方とも前提にしている。。

本件において,①被告人が,判示の日時頃,被告人車両を運転して本件道路の第3車両通行帯を鈴鹿市方面から松阪市方面に向かい,法定速度(60km/h)を大幅に超過する高速度で進行中,左方路外施設から中央分離帯の開口部に向かって横断してきた被害車両を回避することが困難な状況に陥り,同車の右側面に被告人車両の前部を衝突させる交通事故(以下本件事故という。
)を起こし,
それによって,判示の死傷結果を生じさせたこと,②しかし,本件道路が片側3車線の直線道路であったことや,被告人車両の性能を前提とすれば,いくら被告人車両が法定速度を大幅に超過する高速度で走行していたとはいえ,障害物がない状況で直進走行している限りにおいては,
物理的な意味での制御困難性は生じなか
ったこと(なお,本件事故当時,小雨が降り,路面が濡れていたことを考慮しても,この点の評価は変わらないこと)
,③すなわち,被害車両が被告人車両の進路に進
出してきたことなどによって,被告人車両の通過できる進路の幅やルートが制限されたという特別な状況が付け加わって,はじめて物理的な意味での制御困難性が問題になり得る状況が生じたこと,以上の3点は,関係証拠上明らかに認められ,
当事者間にも概ね争いがない。
このように,本件において物理的な意味での制御困難性を基礎付けるには,㋐道路の形状や路面の状況,㋑被告人車両の性能,㋒被告人車両の実際の速度といった典型的な事情に加えて,
被告人車両の進路に進出してくる他の車両の存在等によって,被告人車両の通過できる進路の幅やルートが制限されているという特別な状況を付加することが不可欠であったことから,①そもそもこのような特別な状況を前提事実として考慮することが許されるのか否か(争点①),②(許
されるとして)被告人に物理的な意味での制御困難性が生じる状況の認識(少なくとも未必的な認識)があったと認めることができるか否か,本件の問題状況に即して敷衍すると,
自車の進路に進出してくる車両等の存在によって,自車の通過できる進路の幅やルートが限られていて,そのため,そのままの高速度で進行すると,ハンドルやブレーキの操作の僅かなミスによって自車を進路から逸脱させる危険が生じる状況に至るという具体的な可能性について,少なくとも現実に頭に思い浮かべていたと認定することができるか否か(争点②)が争われることとなった(なお,検察官は,主位的訴因に係る危険運転致死傷罪の実行行為として,被害車両が路外施設から本件道路への進出を開始した時点(以下被害車両の進出開始時点という。)までの被告人の運転行為を問題にする旨釈明しているから,被害車両の進出開始時点までの被告人の認識内容と運転行為を前提に,争点を検討することになる。。

当裁判所は,争点①については,
物理的な意味での制御困難性を検討す
る前提事実として,
自車の進路に進出してくる車両等の存在によって,自車の通過できる進路の幅やルートが限られているという客観的な道路の状況を考慮することはできると解した上で,被害車両の進出開始時点における他の車両の状況も含めて考察すると,この時点における客観的な道路の状況は,
自車の通過できる進路の幅やルートが限られていて,そのため,そのままの高速度で進行すると,ハンドルやブレーキの操作の僅かなミスによって自車を進路から逸脱させる危険が生じる状況であったと評価できると判断し,この時点における被告人の運転行為は,その進行を制御することが困難な高速度で自動車を走行させる行為に当たり得ると考えた。しかし,争点②については,被告人に物理的な意味での制御困難性が生じる状況の(未必的な)認識があったと認めるには合理的な疑いが残ると考え,結論として,主位的訴因である危険運転致死傷罪の成立は認定できないと判断した。以下,争点に対する判断を中心に,当裁判所の考えを補足して説明する。3
争点①についての判断
法令の解釈

前に示したとおり,法2条2号にいうその進行を制御することが困難な高速度で自動車を走行させる行為とは,そのような高速度では自車を制御することが物理的に困難な状態になっていることを意味すると解されるところ,この判断に当たっては,道路の形状や路面の状況等の道路の状況のほか,車両の構造や性能などの客観的事実に照らして判断すべきであるが,ここでいう道路の状況には,カーブや道幅等の道路の物理的な形状のみならず,駐車車両や他の走行車両等によって客観的に進路の幅が狭められているなどの状況があるのであれば,そうした道路上の車両等の存在も含めて考慮することができると解される。
これに対し,弁護人は,法2条2号該当性の判断の場面では,道路上の他の車両や歩行者等を考慮すべきでない旨主張するが,駐車車両や他の走行車両等の存在に応じて進路が定まるという意味において,道路上の車両等も道路の物理的な形状と同視できるのであって,両者を殊更別異に解すべき理由はないから,弁護人の主張は採用できない。
本件への当てはめ
以上の解釈を前提に,本件事故について検討する。

検討の前提となる事実関係

関係証拠によれば,検討の前提となる事実関係として,次の事実が認められる。本件事故現場付近の全体的状況

本件道路は,別紙に示すとおり,片側3車線の直線道路であり,本件事故現場付近では,上り線と下り線との間に中央分離帯が設けられ,中央分離帯には自動車が通行できる開口部が存在していた。
被害車両進出開始時点の状況
被告人車両は,平成30年12月29日午後9時53分頃,本件道路の第3車両通行帯を鈴鹿市方面から松阪市方面に向かい時速約146kmで進行していたところ,被害車両が,本件道路沿いの飲食店に併設された駐車場から中央分離帯の開口部に向かって,本件道路の横断を開始した。
この時に道路上に存在していた車両の位置関係は,別紙に示すとおりであり,被告人車両が①の地点にあり,被害車両が㋑の地点にあったほか,被告人車両の左前方の第2車両通行帯上(本件事故現場直前の交差点内)の○の地点に,証人Fが甲
運転し,松阪市方面に向かい時速約55kmで進行する車両(以下F車両という。
)が存在していた。この時の被告人車両と他の車両との間の直線距離は,被害車両との間が約132.6m,F車両との間が約36.1mであった。本件事故の状況
被告人は,その後も第3車両通行帯を進行したが,左方路外施設から進出して本件道路を横断してくる被害車両を発見したことから,被害車両が第3車両通行帯まで進出してくると判断した上,その後方を通過しようとハンドルを左転把させて被
第2車両通行帯上にあった被害車両の右側面に被告人車両前部を衝突させた。進路変更に要する距離等
本件事故当時の路面(小雨が降り,路面が濡れていたこと等)や被告人車両の状態等を前提にすると,被害車両の進出開始時点で別紙の①の地点を時速約146kmで進行していた被告人車両の場合,第2車両通行帯へ車線変更するためには約92mが,第1車両通行帯へ車線変更するためには約116mが,停止するためには約172.3mが,それぞれ少なくとも必要であった。


検討

以上認定の事実をもとに,被害車両の進出開始時点における他の車両の存在も含めた道路の状況について検討すると,この時点において,被害車両が被告人車両の左前方約132.6mの地点で左方路外施設から本件道路の横断を開始していた上,被告人車両の左前方約36.1mの地点(被告人車両と被害車両の間)をF車両が走行し,他方で,中央分離帯の存在等によって被告人車両が右側に車線変更することはできない状況にあった。このような道路の状況に加えて,時速約146kmで進行する被告人車両が第2車両通行帯へ車線変更するだけでも約92mの距離が少なくとも必要であったが,本件では車線変更に際してF車両を回避する動きが必要となることや,第2車両通行帯に車線変更するだけでは,被害車両の一部が第2車両通行帯に残っている可能性があって,さらに進路変更が必要となる可能性があったことをも踏まえれば,被告人車両が本件事故現場付近を通過する際に,進行できる幅やルートは相当限定されていたといえる。
このように,幅やルートが限定された進路を,時速約146kmもの高速度で狙いどおりに進行させることは極めて困難で,ハンドルやブレーキの操作の僅かなミスによって,自分の思い描いた進路から自車を逸脱させて事故を発生させる危険があったこと(すなわち物理的な意味での制御困難性が生じていたこと)は明らかである。そして,本件事故は,こうした危険が正に現実化した事故であった。小括
したがって,被害車両の進出開始時点における被告人の運転行為は,(被告人に
おいて本件事故時のように自車の進路が狭まりつつある状況を認識しつつ運転していたのであれば)法2条2号所定のその進行を制御することが困難な高速度で自動車を走行させる行為に当たるといってよい。4
争点②についての判断
法2条2号の犯罪を成立させるために必要な故意の内容

もっとも,本件で法2条2号の犯罪を成立させるためには,本罪の故意が認めら
れなければならない。
本罪の故意があったというためには,法2条2号の規範に直面していたといえなければいけないので,高速度走行の持つ一般的な危険を理解していたというだけでは足りず,
物理的な意味での制御困難性を発生させ得る状況を認識していたことが不可欠である。しかも,本件では,法定速度を大幅に超過する高速度で走行していたことの認識があっただけでは足りず,
自車の進路に進出してくる車両等の存在によって,自車の通過できる進路の幅やルートが限られていて,そのため,そのままの高速度で進行すると,ハンドルやブレーキの操作の僅かなミスによって自車を進路から逸脱させる危険が生じる状況(以下,
自車の進路が狭められ,すり抜けることが極めて困難になっている状況,あるいは,単に問題の状況と表
現することがある。
)の認識が必要である。
そして,認識の程度としては,現に目の前に問題の状況が見えていた場合に限られず,その可能性を認識していれば足りるが,
気付くべきであったのに,気付かなかったという不注意を処罰する過失犯ではない以上,問題の状況が発
生し得ることを,
後から考えれば理解できるというだけでは足りないことは明
らかで,
具体的な可能性として,現実に頭に思い浮かべていたと認定できることが,最低限必要と解される。
検察官の主張
検察官は,前項に示したような故意の理解を前提にしつつ,①被告人の認識していた道路の状況や,②被告人の交通事故歴等の存在を指摘して,被告人が問題の状況に思い至らなかったはずはない旨主張する。すなわち,①被告人は,中央分離帯に開口部が散在する上,道路端には飲食店や駐車場等の路外施設が立ち並び,本件事故発生地点前後の交差点には右折レーンが設けられているという本件道路の状況を認識していたのであるから,被告人が進行する第3車両通行帯上に他の車両が進出してくる蓋然性を当然に認識していたと認められる,②被告人は,過去に,中央分離帯開口部を通過する車両に起因する交通事故や,被告人が高速度で自車を
走行させていた際に,他の車両が被告人車両との距離の目測を誤って進路変更し,被告人自身が急回避等の措置を講じざるを得なくなることを経験していたのであるから,中央分離帯開口部を通過する車両が存在するであろうという具体的な可能性を認識していたと認められる,というのである。
検察官の主張の検討

検察官の指摘①(被告人の認識していた道路の状況)について確かに,被告人は,本件道路を日常の通勤経路として利用しており,本件
道路沿線上の飲食店等の路外施設や脇道のほか,中央分離帯開口部や交差点及びその手前の右折レーンの存在について認識していたと認められる。
しかしながら,このような道路の状況を認識していたからといって,それだけでは,
自車の進路が狭められ,すり抜けることが極めて困難になっている状況(問
題の状況)が発生する可能性を具体的に想起するまでには至らないのが通常である。被告人についても同様であって,検察官指摘の道路状況の認識は,問題の状況
が生じ得ることを,具体的な可能性として,現実に頭に思い浮かべなかったはずはないと断定できるほどの事情とはいえない(なお,①本件道路が高速道路ではなく,刻一刻と走行できる幅やルートが変わる一般道路であったことや,②交通量がまばらであったため,路外から車両が進入してくる可能性があったこと,③被告人車両の走行速度が時速約146kmという異常な高速度であったために,他の車両の運転者が,被告人車両との距離の目測を誤って被告人車両の進路に進出する危険があったことを加味して考えても,上記判断は変わらない。。

そもそも,被告人は,片側3車線の広い幹線道路の第3車両通行帯を走行していたのであって,路外施設から本件道路に進入してくる車両との関係では道路交通法上の優先通行権を有していた。このような状況で,路外施設から本件道路に進入してくる車両の存在に殊更に注意を払いながら運転する者はまずいないと考えられる。しかも,本件事故当時は,夜間で,周囲を並走する車両はまばらだったと認められる。被告人が本件事故当時に認識していた道路の状況は,通常の場合より
も,
問題の状況を具体的に想起することが困難な道路状況であったといわなければならない(なお,被告人車両の走行速度が時速約146kmであり,時速60km程度で走行する場合に比して視野が狭くなるため,運転者である被告人の警戒心が高められた可能性があることを加味して考えても,上記判断は変わらない。。)
加えて,被告人は,本件事故当日,本件道路を鈴鹿市方面から松阪市方面に向かい進行するに当たり,時速約百数十kmの高速度で走行しながら,本件事故現場付近に至るまで複数台の走行車両を追い抜いていたと認められるが,この間,特段の支障なく進行できており,他の車両が被告人車両の走行車線に入ってこようとする挙動をしたために被告人において急な進路変更を余儀なくされるなどの出来事もなかったと認められる。
以上のとおりで,本件の証拠上は,被害車両の進出開始時点に至るまでの道路状況の中には,被告人の否定にもかかわらず,
自車の進路が狭められ,すり抜けることが極めて困難になっている状況(問題の状況)が発生する可能性を具
体的に想起しなかったはずはないと断定できるだけの事情は見出せなかった。なお,故意を認定するのに必要な可能性の認識の程度について,改めて付言しておく。被告人においても,
問題の状況が絶対に生じないといいきれ
るような道路状況ではなかったことは当然に理解していたと認められるし,上の道路状況からも,この程度の危険性の認識が被告人にあったことは容易に推認することができる。しかし,この程度の希薄な状況認識で,
他の車両等が第三車両通行帯に進出する蓋然性を認識し,ひいては自車の進路が狭められ,すり抜けることが極めて困難になっている状況を認識していたと評価するのであれば,法定速度を多少なりとも超過して本件道路を走行する運転者の多くが,自車の進路に入り込んでくる他車に気付くのが遅れて,回避困難な状況に陥り,自車を他車に衝突させて人身事故を惹起した場合,法2条2号の危険運転致死傷罪に問われ得ることになる。しかし,このような扱いは,
物理的な制御困難性を要件にすること
で,危険運転致死傷罪の処罰範囲を明確にしようとした立法者の意思に反する結果
となりかねない。故意を成立させるには,
問題の状況の可能性の認識があ
れば足りるとはいえ,
後から考えればそうした可能性もあったことは当然に理解できるという程度の希薄な状況認識では足りないのであって,具体的な可能性として,現実に頭に思い浮かべたといえる程度には具体性を持った状況認識が不可欠であることは,ゆるがせにされてはならないと考える。

検察官の指摘②(被告人の交通事故歴等の存在)についてまず,被告人が中央分離帯開口部を通過する車両に起因する交通事故を経
験していると指摘する点についてであるが,確かに,関係証拠によれば,被告人は,平成24年頃に,中央分離帯の開口部から反対車線へ方向転換しようとした前方車両を追い抜こうとして自車の右サイドミラーを前方車両に接触させるという交通事故を起こしているほか,平成25年3月頃には,他の車両が左方路外施設から進出して自車の前方を横切り,中央分離帯の開口部に向かったことから,自車を急停止させたところ,後続車両に追突されたという交通事故を経験していると認められる。しかし,これらはいずれも5年以上も前の古いものであるから,このような交通事故歴があることを根拠に,本件事故当時に被告人が中央分離帯開口部を通過する車両の存在を思い浮かべながら運転していたはずであるなどということができないことは明らかである。
次に,被告人が高速度で自車を走行させていた際に,他の車両が目測を誤って進路変更し,被告人自身が急回避等の措置を講じざるを得なくなることを経験していたと指摘する点についてであるが,確かに,関係証拠によれば,被告人は,過去に,一般道を時速百十数kmから百数十kmで走行する中で,車線変更した先に他の車両が進路変更したことから急きょ元の車線へハンドルを切り直すことや,前方車両が減速したため急回避することがあったと認められる。しかし,①検察官指摘の経験は本件事故直近の時期のものとは認められない上,②のとおり,被告人が認識していた本件事故当時の道路状況の中には,自車の進路が狭められ,すり抜けることが極めて困難になっている状況を具体的に想起する
ことを困難にさせるような状況も存在していた。また,③被告人は,高速度で自車を走行させても特段の事故を起こさず急回避等を行い得ていたこともまた証拠上明らかである。このような事情の下においては,検察官指摘のような経験を被告人がしていたことを考慮しても,被告人が,本件事故当時,
自車の進路が狭められ,すり抜けることが極めて困難になっている状況が発生する可能性を想定していなかったとみる余地が多分にある。
小括
以上のとおりで,被害車両の進出開始時点に至るまでの間に,
自車の進路が狭められ,すり抜けることが極めて困難になっている状況が発生する可能性を具体的に想起しなかったはずはないと断定できるだけの事情が存在したとは認定できない以上,被告人が,被害車両の進出開始時点において,
自車の進路に進出してくる車両等の存在によって,自車の通過できる進路の幅やルートが限られていて,そのため,そのままの高速度で進行すると,ハンドルやブレーキの操作の僅かなミスによって自車を進路から逸脱させる危険が生じる状況(問題の状況)が発生し得
ることを,
具体的な可能性として,現実に頭に思い浮かべていた
,すなわち,法
2条2号所定の犯罪の故意があったと認定するには,合理的な疑いが残るといわざるを得ない。
5
結論

よって,主位的訴因である危険運転致死傷罪の成立は認められないと判断した。(法令の適用)
省略
(量刑の理由)
1
本件は,被告人が,法定速度60km/hを大幅に超過する時速約146
kmもの高速度で普通乗用自動車を走行させた結果,安全確認を怠った過失と相まって,左方路外施設から進出してきたタクシーに自車を衝突させ,タクシーの運転手及び乗客3名の合計4名を死亡させるとともに,乗客1名に瀕死の重傷を負わせ
過失運転致死傷の事案である。
2
まず,犯罪行為そのものに関する事情(犯情)に着目して,過失運転致死
罪を処断罪とする事案の量刑傾向(平成26年度から平成30年度までの犯罪白書に記載されたもの)を踏まえて,本件の量刑について検討する。
本件事故の結果,何ら落ち度のない4名の尊い命が失われ,1名が瀕死の重傷を負い,一命をとりとめたものの,今なお本件事故の後遺症に苦しめられている。被害結果は誠に重大である。被害者らが受けた肉体的・精神的苦痛や無念さは計り知れず,かけがえのない家族あるいは婚約者を理不尽にも奪い去られるに至った遺族ら,そして重傷を負った被害者は,悲痛な心情を訴えており,被告人に対し峻烈な処罰感情を抱くのも極めて当然である。
また,本件事故の原因となった過失は,安全確認不十分のまま,法定速度を大幅に超過する高速度で走行するというもので,
(法の定める危険運転の要件は充
足しないものの)死傷事故を招く危険の高い行為を敢えて行ったとの評価を免れ難いところであって,誰しもが犯しがちな一瞬の気のゆるみによる不注意(いわゆる単純過失)の範疇を大幅にはみ出しており,殊更な無謀運転として,故意犯に準ずる実質を持つ,非常に危険で悪質な行為であったといわなければならない(なお,弁護人は,路外施設から進出して本件道路を横断しようとした被害車両の安全確認が不十分であった面もある旨指摘する。しかし,被害車両の運転手は,被告人車両が常軌を逸した高速度で走行していて,その存在に気付くことが困難であったために,本件道路に進入してきたに過ぎないのであって,本件事故は,専ら被告人の異常な運転に起因するものといえる。弁護人指摘の点をもって,被告人の刑事責任の程度を減ずべき事情とみる余地はない。。しかも,被告人は,過去に速度超過によ)
る罰金刑を受けるなどしながら,その経験を生かすことなく,速度違反の無謀運転を重ねる中で,本件事故に至ったと認められ,交通法規や他者の安全を無視した身勝手な運転態度が本件事故を招いたというべきであって,厳しい非難を免れない。もとより,被告人が本件のような異常な高速度で走行したことにつき,緊急やむを
得ない事情など皆無であった。
以上のような本件の犯情の悪質さは,他に想定し得る過失運転致死傷の事案との比較において類を見ないところであって,上記量刑傾向の中で最も重い部類に位置付けるほかはない。本件については,執行猶予を付す余地はなく,基本的に法定刑の上限をもって処断すべきである。
3
以上を前提に,一般情状について検討すると,被告人が事実を認め反省の
弁を述べるとともに,免許を再取得し再び運転することはしない旨述べていること,罰金刑に処せられた交通前科1件以外に前科がないこと,被告人車両に付された自動車保険により損害が賠償される見込みであることなどの事情が認められるが,いずれも被告人の刑期を具体的に減じるべき事情とまではいえない。その上で,本件で死亡した被害者ごとにそれぞれ遺族らがおり,その遺族らや重傷を負わされた被害者の切実な心情等も踏まえると,被告人について,法定刑の上限である懲役7年に処することは,誠にやむを得ないものと考えられる。4
以上の次第で,当裁判所は,主文の刑が相当であると判断した。

(求刑

主位的訴因につき懲役15年,予備的訴因につき懲役7年)
津地方裁判所刑事部
裁判長裁判官

柴田
裁判官

檀上誠信介
裁判官

樋口瑠惟
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