判例検索β > 平成30年(わ)第4857号
金融商品取引法違反
事件番号平成30(わ)4857
事件名金融商品取引法違反
裁判年月日令和2年6月8日
裁判所名・部大阪地方裁判所
裁判日:西暦2020-06-08
情報公開日2020-06-25 12:00:12
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主文
被告人を懲役2年及び罰金200万円に処する
この裁判確定の日から3年間その懲役刑の執行を猶予する。
その罰金を完納することができないときは,金1万円を1日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は,A証券株式会社(以下Aという。)の従業員だった者であるが,同社の従業員Bらが,株式会社C(以下Cという。)とのファイナンシャルアドバイザリー契約の締結に関し知った,Cの業務執行を決定する機関において,株式会社東京証券取引所(以下東京証券取引所という。)が開設する有価証券市場に株式を上場していた株式会社D(以下Dという。)の株式の公開買付けを行うことについての決定をした旨の公開買付けの実施に関する事実を,Aの従業員として,平成28年7月27日頃(以下断らない限り年は平成28年である。),その職務に関し知ったところ,知人のEにあらかじめDの株式を買い付けさせて利益を得させる目的で,前記公開買付け実施に関する事実の公表前である同月27日頃,東京都内において,Eに対し,電話により,前記公開買付けの実施に関する事実を伝達し,Eにおいて,法定の除外事由がないのに,前記公開買付け実施に関する事実の公表前である同月28日から同年8月3日までの間,株式会社F証券を介し,東京都中央区(以下省略)所在の東京証券取引所において,E名義でD株式合計29万6000株を代金合計5326万8100円で買い付けた。(事実認定の補足説明)
1
本件の争点
本件の争点は,被告人が,CによるD株式の公開買付け(以下本件TOBという。)の実施に関する事実を職務に関して知ったといえるか否かである。

この点,弁護人は,被告人は本件TOBの実施に関する事実を職務に関して知ったのではなく,自らの知識と推論により,本件TOBが実施される可能性が高いと予測し,その予測をEに伝達したのにすぎないとして,無罪主張をしている。
2
前提事実
関係証拠によれば,以下の事実が認められる。
(1)

Rについて
Rは,Aにおいて,顧客企業に対し,企業買収や資金調達に関する提案等を行うとともに,顧客企業との契約に至った各種案件につき執行業務等を行う部署の一つである。


Rには,マネージングディレクター(部長相当),ディレクター(次長相当),ヴァイスプレジデント(課長相当)などからなるオフィサーと呼ばれる上位の構成員及びオフィサーの指示を受けて案件に従事するアソシエイトやファイナンシャルアナリストからなるジュニアと呼ばれる構成員がいた。
被告人は,平成27年4月にAに入社して以来,Rのジュニア(ファイナンシャルアナリスト)として勤務していた。


Rでは,オフィサーが各ジュニアの担当業務の繁忙状況を把握できるようにするため,スタッフィングシートと呼ばれる一覧表を作成し,Rの共用フォルダ内に保存することとされており,これにはRの従業員のみがアクセス可能であった。
スタッフィングシートには,ジュニアごとに,担当案件名(秘密保持の観点からプロジェクトネームと呼ばれる隠語で記載されている。),案件の種類,公表予定日,内容,他の担当メンバー等の記載項目が設けられている。各ジュニアは,おおむね週に1,2回程度の頻度で,かつ,担当する案件において重要事項があればその都度,スタッフィングシートの自身の欄の記
載内容を更新するよう指導されていた。

Rでは,各オフィサーの担当企業名等が記載されているR担当表と呼ばれる表(以下R担当表という。)がRの共用フォルダ内に保存されており,これにはRの従業員のみがアクセス可能であった。

(2)

本件TOBの経過等
Cは,オフィス家具,設備機器等の製造,販売を主に行っている上場会社である。また,Dは,設備機器,機械装置の製造販売を行っている上場会社で,同社株式の過半数をCが保有するCの子会社であった。


Cは,上場子会社であるDを完全子会社化する方針を決め,4月12日,Aとの間で,本件TOBに関するファイナンシャルアドバイザリー契約を締結した。そして,AにおいてはこれをRが担当することとなり,プロジェクトネームはInfinityと定められた。Rにおける担当メンバーは,オフィサーであるマネージングディレクターのG,ディレクターのH,ジュニアであるB,I,Jであった。


CとDは,6月13日,本件TOBの公表日を8月3日と定め,以降,C,D,A及びK(D側のファイナンシャルアドバイザー)の各担当者において,本件TOBに向けた準備が進められた。
そして,本件TOBは,予定通り,8月3日に公表された。

(3)

被告人とEとの関係及び本件株取引の経緯,概要
被告人とEは,大学入学以来の友人であり,株取引に関して情報交換をした
り,共同出資して株取引をしたりすることがあった。
Eは,被告人がRで勤務するようになってからも,被告人からの情報を頼りに株取引を行うことがあった。
Eは,平成28年に入って,被告人の情報提供を基にある会社の株取引を行い,これによって3月までに3000万円ほどの利益を得た。しかし,Eは,これに続いて,被告人からのTOBに関する情報を基に行った別の会社の株取
引を行ったところ,結果として同社のTOBが実施されず,これによって7月25日までに約1500万円程度の損失が生じた。
Eは,本件TOBの公表前である7月28日午前2時16分頃から,D株の購入を開始し,8月3日の本件TOB公表までの間に,合計29万6000株を買い付け,本件TOB公表時点でD株22万1000株を保有するに至ったが,本件TOB公表後8月4日までの間にそのすべてを売却し,D株の一連の取引により合計1539万9400円の利益を得た。
3
7月22日の事実経過について
(1)

関係証拠によれば,以下の事実が認められる。
Bは,7月22日午後4時11分頃から同日午後4時15分頃にかけて,R執務室内の自席(以下単に自席という。)で,Kの担当者と電話で,本件TOBにおけるD株式の買付価格についての通話をした。


被告人は,自席において,同日午後4時14分頃,4時22分頃,4時26分頃にそれぞれスタッフィングシートを閲覧した。また,被告人は,同日午後4時34分頃から,親子上場企業という単語でインターネット検索を行い,親子上場を行っている企業一覧という親子上場会社が列挙されている記事を閲覧した。


スタッフィングシートのBの欄には,本件TOBの案件名であるInfinityについての記載があった(なお,7月22日時点で既にInfinityの案件内容に関する基本的事項であるM&A,

親子上場解消,完全子会社化。親会社側FA

との記載はあったと考えられるが,この点については後に触れる。)。

(2)

検討
被告人は,7月22日にBが本件TOBに関する電話をしている最中から,
スタッフィングシートの閲覧を開始している。そして,その閲覧の数分後に,スタッフィングシート中のBのInfinity欄の案件内容の記載と一
致する親子上場解消という単語でのインターネット検索及び親子上場企業に関するインターネット記事の閲覧を行っている。このように,Bの本件TOBに関する通話と被告人によるスタッフィングシートの閲覧及び親子上場解消に関連するインターネット検索等が時間的に極めて近接している上,Bの通話内容,スタッフィングシートの記載内容及び被告人のインターネットによる検索等の対象がそれぞれ一致していることに照らせば,被告人がBの通話内容の一部を聞き取り,Infinityが親子上場解消,完全子会社化を目的とするM&A案件であることを認識し,それに関連する事項をインターネットで調べ始めたこと(ただし,後の経過からもうかがわれるとおり,この段階においては,被告人が本件TOBの対象となる株式の銘柄を特定するには至っていなかったと考えられる。)が推認される。
(3)

弁護人の主張について
この点,弁護人は,①当時のR内の執務環境からすれば,被告人の執務席からは,Bが自席で電話した際の通話内容を聞きとることはできない,②当時のスタッフィングシートの記載内容は証拠上明らかではない,③被告人が上記(1)イの行動に出たのは,Bの通話内容やスタッフィングシートの記載に基づくものではない旨主張する。


しかし,①の点について,Bによれば,自席からは,Rの他のメンバーの声が普通の声量であれば聞き取れる状況であったとのことであり(この点に関するBの供述に疑問を差し挟むべき事情は見当たらない。),数メートル程度しか離れていない被告人の席から,Bの会話内容がおよそ聞き取り得ないような環境であったとは考え難い。


②の点について,確かに,現存しているスタッフィングシートのデータは本件TOB公表後に更新されたものであり,7月22日時点の記載がこれと全く同じだったというわけではない。しかし,Infinityとの案件名とM&A,

親子上場解消,完全子会社化。親会社側FA

との基
本的な内容に関する記載は,Bがこの記載を始めた当初(5月末頃)からあったと考えられる(Bも同旨の供述をしており,この点にも疑いを差し挟むような事情はない。)。被告人が7月22日に検索した単語は,一定の具体性を有しており,特定の契機がない限りこのような検索をするとは考え難く,その直前のBの通話内容とスタッフィングシート閲覧が契機になったとの推認が働くというべきである。

③の点について,被告人は,7月中頃に行われた朝会と呼ばれる部内ミーティングにおいて,当時Rの部長であったLが,MによるNの完全子会社化の事例を挙げながら,市場変化もある中で今後親子上場解消案件がホットトピックになるだろうからそのような案件も顧客に対し提案していくようにという話をし,その話の中でRにも親子上場解消案件が存在すると述べていたことから,自分はそれ以降,親子上場解消案件について検索を行った旨供述する。
これに対し,Lは,そのような発言はしていない旨供述し,その根拠として,自動車産業はRが担当する顧客の業種と大きく異なっており,個人的にも関心を有していたものでもないこと,Rにおける案件を朝会で取り上げるのは,教育目的のため公表後の案件を取り上げることはあったが,公表前の案件について朝会で取り上げることはなかったこと,そもそも親子上場解消という言葉も自身は使わないことなどを挙げる。このLの供述は極めて明快で説得力に富むものであって,十分信用できる。これに反する被告人の供述は信用できず,被告人の7月22日のインターネット検索はLの発言が契機になったとする弁護人の主張は採用できない。

4
7月27日の事実経過について
(1)

関係証拠によれば,以下の事実が認められる。
被告人は,7月27日午後3時20分頃,自席において,スタッフィングシートを,同日午後3時23分頃にはR担当表をそれぞれ閲覧し,その直後
に,親子上場一覧という単語でインターネット検索を行い,親子上場を行っている企業一覧というウィキペディア記事や,Qというブログの親子上場リストTOBされる確率の高い順にというタイトルの記
事(当該記事には,Oに関しての記載はない。)をそれぞれ閲覧した。被告人は同日午後3時34分頃からは,Oという単語でインターネット検索を行ったり,同社株式に関するインターネット記事を閲覧したりした。イ
当時のR担当表のGの欄には,70社以上の顧客企業名が,Aとの結びつきの強さを示すA地位と呼ばれる序列に従って列記されていたところ,P,Oは,A地位が最も上位であることを示す主と位置づけられていたのに対し,CはA地位が下位であることを示す-と位置づけられていた。


Bは,同日午後7時12分頃,自席において,Hと電話で本件TOBに関する会話を5分46秒程度行った。


被告人は,自席において,同日午後7時13分頃,C´又はCな
どの単語でインターネット検索を行った(なお,それ以前に,被告人がCやDに関するインターネット検索等を行った形跡はうかがえない。また,この時点以降,被告人がPやOについてのインターネット検索等を行った形跡もない。)。


被告人は,自席において,同日午後7時14分頃,Cの有価証券報告書を閲覧し,午後7時20分にはCには「D子会社という単語で,午後7時21分
株価」との単語でそれぞれインターネット検索を行った。

平成27年1月1日から同年12月31日までの事業年度におけるCの有価証券報告書(3月23日提出)には,関係会社としてDが記載されており,同社における議決権の所有割合が52.6パーセントであること,Dは有価証券報告書を提出していることなどが記載されている。

Bは,遅くとも7月27日までには,スタッフィングシートの自身のInfinity欄の公表予定日欄に2016/8/3と記載していた。
(2)

検討
被告人は,7月27日午後3時台に,スタッフィングシート及びR担当表を
閲覧し,そこに記載されていたO及びそれに関連した事項に集中して検索を行っている。被告人が当時参照し得た資料を前提にすれば,同社に関する検索等を行う契機となり得るのは,R担当表のGの欄以外に考え難い。そして,かかる記載に着目したのは,スタッフィングシートのBのInfinity欄にオフィサーとしてGが記載されていたからであると推認できる。これらの事情を総合すると,被告人は,この段階において,スタッフィングシートにおけるBのInfinity案件の関係会社を探っていたが,まだCやDには着目していなかったことが推認できる。
これに対し,被告人は,同日午後7時台に,Bが自席で本件TOBに関する通話をした直後から,インターネットによる探索対象をCに関するものに切り替えている。このような変化が生じた時間とBが電話で本件TOBについて通話をした時間とがほぼ一致していること,本件TOBの内容と被告人のインターネットによる検索,閲覧対象とが符合していることに照らせば,被告人は,Bの通話内容,スタッフィングシート及びR担当表の記載内容並びにインターネットによる検索,記事閲覧から,この頃に,本件TOBの関係会社がCとDであると認識するに至ったことが推認される。
なお,補足するに,スタッフィングシートには,本件TOBの関係会社がCやDであると特定し得るような記載はない。また,R担当表のGの欄にCの記載はあるものの,極めて多数列挙されている会社の一つにすぎず,親子上場会社ということを前提にしても,その記載自体から本件TOBの関係会社がCであると特定することはできないと考えられる。そうすると,被告人が本件TOBの関係会社をCとDであると特定するに当たっては,Bの7月27日午後7
時台の通話の内容が決定的な意味を有していたと考えられる。一方,本件TOBの公表日については,7月27日時点においては既にスタッフィングシートにその旨の記載があったと考えられ,被告人がその記載を見て公表日を認識するに至ったと考えて矛盾はない。インターネットによる検索等は,本件TOBの関係会社の一方を特定した被告人が,もう一方を特定するために行ったものと考えられる。
(3)

弁護人の主張について
弁護人は,この点,被告人がCの検索を開始したのは,7月27日午後7時
頃,Jとの立ち話の際,同人から

Cが忙しい。

との発言を聞いたことがきっかけであり,Bの通話やスタッフィングシート等の内容に基づいて行ったものではない旨主張する。
これに対し,Jは,7月27日当時,自分にとって最も忙しかったのは本件TOBではなく,ケンブリッジという海外の企業が絡む別の案件であり,その頃,被告人に対し,立ち話において

Cが忙しい。

と発言をしたことはない旨供述する。Jは,本件TOBに関する当時の業務内容について,公開買付開始公告のドラフトを7月25日までに作成し,7月26日にCに提示した上,C側の修正意見を受けて修正したものとの比較版を,Bの指示を受けて作成していたとする一方,ケンブリッジ案件については,当時,株式価値の査定を行っていたとし,海外案件であることなど業務内容にも言及して当時の繁忙度を述べており,その説明には合理性があるといえる。
また,7月27日午後7時から午後7時14分までのJの執務用パソコンのログにおいて,本件TOBに関する行動は同案件に関するメールチェックのみであり,その他は翻訳などの外国向けの文書に関するものとうかがわれるものが含まれているなど,当時ケンブリッジ案件が最も忙しかったというJの供述には相応の裏付けがある。
以上の事情を踏まえれば,Jが当時,本件TOBよりもケンブリッジ案件の
方が忙しかったという同人の供述は信用できる。そうした状況でありながら,Jがあえて

Cが忙しい。

と実情とは異なる内容を被告人に述べることは考え難く,

Cが忙しい。

と述べたことを否定するJの供述は十分信用できる。これに反する被告人の供述は信用できない。
5
本件TOBに関する被告人からEへの伝達内容について
(1)

次に,被告人から本件TOBに関する事実の伝達を受けたとするEの供述
について検討する。
Eは,公判廷において,次のとおり供述している。

7月25日頃に,被告人から,親会社が子会社を買収する案件が近々ある旨聞かされていたが,その段階では,CやDといった具体的な銘柄についての話はなかった。


7月27日夜から翌28日未明にかけて,被告人から,電話又はライン電話で,親会社が子会社を買収する案件の会社が特定できたという話があった。被告人は,

それがどこやと思う。

その会社は椅子の会社やけど分かる。

とクイズ形式で問いかけてきた。これに対し,

Cじゃないか。

と答えたところ,被告人は,

何で分かったん。

と言い,Cが子会社であるD株のTOBを実施することを伝えられた。その電話ではCとDの話がメインで,他の銘柄の話はなかったと思う。その時の電話かそのすぐ後くらいには,TOBの公表日についても被告人から伝え聞いていた。被告人の話を聞き,被告人の言うTOBの情報は確実なものであると受け止め,これを契機にD株の買付けを開始した。


7月29日頃,被告人から電話があり,

Dの案件のメールが間違って届いたわ。

まさに我々が取引している銘柄やな。

すごい偶然やな。

他の銘柄やったらよかったのに。

と言われた。

他の銘柄やったらよかったのに。

という発言は,他の案件についてのメールであれば,その案件でも儲けることができたのにという意味と受け止めた。

(2)

E供述の信用性
Eが被告人と長年にわたり友人として親しい関係にあったことからすれば,Eが被告人に不利な虚偽の事項をあえて供述するような立場にはない。Eは,自身も刑事責任を負う立場ではあったものの,証言時においては既にEの刑事処分は確定しており,被告人が主張する内容が事実であれば,これに沿う供述をすることに支障や心理的抵抗があったとは考えられず,むしろ,被告人が刑事責任を負わない方向で供述する心理的な誘因があるともいえる。しかし,それにもかかわらず,被告人にとって不利となる事項につき,具体的なエピソードを交えつつ詳細に供述しており,その供述態度に不審を抱かせるようなものは見いだせない。誤送信メールに関するやりとりについても,Jが7月29日午後6時42分頃に本件TOBに関するメールを誤って被告人に送信したことなどの客観的事実とよく符合する上,被告人から誤送信メールについて伝えられた際のやりとりも自然で迫真的といえる内容である。この点は,これに先立って本件TOBに関する情報が伝えられたというE供述の核心部分と密接に関連しており,その信用性を補強する事情といえる。


弁護人は,E供述のうち,7月27日頃の被告人との間の電話で,D株を購入するか,C株を空売りするかを話し合った際,後者の方が利益が得られるということが共通認識になったと述べている点について,実際には,これと異なり,EはC株の空売りをせずD株を購入していることをE供述が信用できない理由として指摘する。
しかし,Eは,D株の購入を続けた経緯について,当初流動性がないと思っていたD株が実際にはそうではないとの認識を持ったことから,購入を続けたと説明しており,この説明に不自然さはなく,弁護人指摘の点は,D株の購入経緯についてのEの供述の信用性を揺るがすものとはいえない。

また,弁護人は,Eが,平成30年11月12日付け検察官調書におい
て,被告人から7月29日から8月1日にD株を買い付けるまでの間に

D株のTOBに関する誤送信メールを受け取った。

といった内容の話を伝えられたことはなかったかとの検察官の問いに対し,そのような記憶はない,被告人から,誤送信メールを受け取ったという内容と,誤送信メールを受け取った人の処遇について,送ったやつどうなるんやろうという内容のことを聞いた記憶はあるが,聞いた時期や詳しい内容については思い出せないと供述している点を指摘し,公判供述はこれと矛盾するなどと主張する。確かに,Eは,公判廷では,誤送信メールを受け取ったことに関する被告人との電話でのやりとりについて,具体的に供述しているものの,検察官の取調べに先立って行われた証券取引等監視委員会の取調べにおいては,当初,誤送信メールのやりとりについて全く思い出せなかったと言い,その後の証券取引等監視委員会の取調べや検察官の逮捕前の取調べでも,この点について繰り返し聴取を受けたが,誤送信メールのやりとりについて公判で述べられたような明確な供述はなされていなかったことが認められる。ただ,この点について,Eは,平成30年11月29日に逮捕されるまでは,証券取引等監視委員会でも検察庁でも否認寄りの供述をしていたが,逮捕される少し前に犯罪事実を認めて正直に話そうという気持ちになり,逮捕後すぐに逮捕事実を認めた,逮捕後はむしろ気持ち的に楽になり,本件についてゆっくり考える時間もあったので,記憶が喚起できたと説明していて,この説明に不自然,不合理な点はない。Eの供述経過についてみると,否認していた段階の供述には,内容に不安定なところがあったが,逮捕後認める態度を示すようになってからは,変遷も見られず,一貫していることがうかがえる。以上からすれば,Eの供述経過に関する弁護人指摘の事情は,Eの供述の信用性を揺るがすものとはいえない。

(3)

したがって,Eの供述は信用できる。
以上のとおり,信用性の認められるE供述によれば,被告人は,Eに対
し,CがDを買収するためTOBを実施予定である旨やその公表日を,予測に過ぎないなどと断ったりせず,確定的な事項として伝えたことが認められる。被告人が,本件の株取引の直前に,別の会社のTOBに関する情報を伝達したが,結果的にTOBが実施されなかったことによって,Eに多額の損失を生じさせたという事情があることも踏まえれば,本件TOBの内容に関し,被告人がEに不確実な予測に過ぎない事項をあえて確実な事項であるかのように伝えるとは考え難い。被告人が,7月27日頃にEに電話をした時点で,本件TOBについて,自身の推測ではなく,確定的な情報を得ており,その内容をEに伝達したことが推認される。
6
結論
前記3,4で検討したとおり,被告人は,7月22日にBの本件TOBに関する通話内容を聞き取ったことなどを契機に,本件TOBであるInfinity案件が,親子上場解消,完全子会社化を目的とするM&A案件であることを認識し,それに関連する事項をインターネットで調べ始めたが,この段階においては,TOBの対象になる株式の銘柄を特定するには至っていなかったこと,被告人は,7月27日午後3時台にも,スタッフィングシートやR担当表をそれぞれ閲覧した上,インターネットで,親子上場る検索を行ったり,「親子上場リスト一覧という単語によ
TOBされる確率の高い順に」というタ

イトルの記事を閲覧したりしたが,この段階においても,CやDにはまだ着目しておらず,別の銘柄のTOB(P,O)を念頭に置いていたこと,被告人は,同日午後7時台にBが本件TOBに関する通話をした際にその内容を聞き取り,さらに,スタッフィングシート及びR担当表の記載内容を参照し,その記載に関連する事項をインターネットで検索するなどした結果,本件TOBの関係会社がCとDであると認識するに至ったこと,以上の事実が推認される。Bの本件TOBに関する通話の時期と被告人によるスタッフィングシート及びR担当表の閲覧,インターネットによる検索等が相互に時間的に近接している上,内容的にも符合
していることを考え合わせると,偶然が重なってそのようになったとは考え難く,その推認力はかなり強いといえる。その上,E供述から認められる事実によると,被告人が,7月27日夜から翌28日の未明の段階において,本件TOBに関する確定的な情報をEに伝達したことが認められるのであり,このことは上述した推認を一層強くするものといえる。
以上からすれば,被告人が,Bの本件TOBに関する通話内容を聞き取るとともに,スタッフィングシートやR担当表といった内部資料を閲覧し,インターネットでその内容に関連する事項を検索するなどして,本件TOBに関する情報(関係会社,公表日等)を7月27日午後7時頃までに把握するに至り,その情報を7月27日夜から翌28日未明にかけて,Eに伝達した事実が合理的な疑いを容れる余地なく認められる。これらの情報のうち,被告人が本件TOBの関係会社がCとDであると特定するに当たっては,Bの7月27日午後7時台の通話の内容が決定的な意味を持ったと考えられるし,公表日もBの通話内容を通じて知ったか,そうでなければ,スタッフィングシートの記載を閲覧することによって知ったと考えられるが,いずれにせよ,被告人は,本件TOBの担当部署であったRの構成員であって,そのような内部者でなければ接し得ない通話内容や内部資料を基に,本件TOBに関する事実を認識するに至ったと認められる。被告人は,本件TOBの直接の担当者ではないが,被告人のRにおける地位及び本件TOBに関する事実を認識するに至った経緯に照らすと,被告人が本件TOBの実施に関する事実を職務に関して知った場合に該当すると解される。弁護人の主張は採用できない。
(法令の適用)
罰条
金融商品取引法197条の2第15号,167
条の2第2項

刑種の選択
懲役刑及び罰金刑を選択

労役場留置
刑法18条

刑の執行猶予

刑法25条1項

訴訟費用不負担

刑事訴訟法181条1項ただし書

(量刑の理由)
本件は,当時証券会社の従業員であった被告人が,知人に利益を得させる目的で,職務に関して知った上場企業の株式の公開買付けに関する情報をその知人に伝達し,その知人においてその情報を基に株取引を行ったというものである。被告人は,投資判断に影響を及ぼす内部情報に容易に接近できる証券会社の従業員としての立場を悪用し,積極的に内部情報を探索して知人に情報を漏えいしたのであり,その知人がその情報に基づいてした株取引は5000万円を超える規模に及んでいるのであって,本件犯行は証券市場の公正性や健全性を損なわせ,証券取引に対する信頼を揺るがす悪質なものであり,被告人の行為に対しては厳しい非難が妥当するといえる。
ただ,被告人に前科はなく,既にAを退社し異なる業種に就業しており,同種再犯に及ぶことは考え難いこと,現在の被告人の雇用主が被告人の雇用を継続する意向を示していることなどの事情もある。
そこで,以上の諸事情を総合考慮し,被告人を主文の懲役刑及び罰金刑に処した上,懲役刑についてはその執行を猶予するのが相当であると判断した。よって,主文のとおり判決する。
(求刑

懲役2年及び罰金200万円)

令和2年6月8日
大阪地方裁判所第9刑事部

裁判長裁判官

渡部市郎
裁判官

木内悠介
裁判官辻󠄀井由雅は転補のため署名押印することができない。

裁判長裁判官

渡部市郎
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