判例検索β > 平成30年(ネ)第2335号
事件番号平成30(ネ)2335
裁判年月日令和2年3月17日
裁判所名・部東京高等裁判所
裁判日:西暦2020-03-17
情報公開日2020-06-11 18:00:28
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主1文
一審被告の控訴に基づき,原判決を次のとおり変更する。


一審被告は,別紙2訴訟承継目録訴訟承継人欄記載の一審原告ら並びに一審原告〔45〕-3,一審原告〔67〕-6及び一審原告〔95〕-3を除く一審原告らに対し,それぞれ110万円及びこれに対する平成23年3月11日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。



一審被告は,別紙2訴訟承継目録訴訟承継人欄記載の一審原告らに対し,それぞれ同別紙の同一審原告らに対応する認容額欄記載の金員及びこれに対する平成23年3月11日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。



一審原告〔45〕-3,一審原告〔67〕-6及び一審原告〔95〕-3の請求並びにその余の一審原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
2
控訴人である一審原告らの控訴をいずれも棄却する。

3
一審原告〔45〕-3,一審原告〔67〕-6及び一審原告〔95〕-3以外の一審原告らとの関係で生じた訴訟費用は,第1,2審を通じてこれを30分し,その29を同一審原告らの,その余を一審被告の各負担とする。
4
一審原告〔45〕-3,一審原告〔67〕-6及び一審原告〔95〕-3との関係で生じた控訴費用は,同一審原告らの各負担とする。

5
この判決は,第1項⑴及び⑵に限り,仮に執行することができる。ただし,一審被告が別紙2訴訟承継目録訴訟承継人欄記載の一審原告ら並びに一審原告〔45〕-3,一審原告〔67〕-6及び一審原告〔95〕-3を除く一審原告らに対し,それぞれ100万円の,別紙2訴訟承継目録訴訟承継人欄記載の一審原告らに対し,それぞれ同別紙の同一審原告らに対応する担保額欄記載の金員の担保を供するときは,その執行を免れることができる。事実及び理由

第1章

控訴の趣旨
第1控訴人である一審原告らの控訴の趣旨
1原判決を次のとおり変更する。
2一審被告は,別紙2訴訟承継目録訴訟承継人欄記載の一審原告らを除く控訴人である一審原告らに対し,
それぞれ1831万円及びこれに対する平成23年3
月11日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3
一審被告は,別紙2訴訟承継目録訴訟承継人欄記載の一審原告らに対し,
同別紙の同一審原告らに対応する控訴審合計請求額欄記載の金員及びこれに対する平成23年3月11日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。第2一審被告の控訴の趣旨
1原判決中,一審被告敗訴部分を取り消す。
2一審原告らの一審被告に対する請求をいずれも棄却する。
第2章

事案の概要等

本判決において使用する略語等は,特に断らない限り,原判決及び本判決が本文中で注記したもののほか,原判決の別紙用語・略語集記載のとおりである。第1事案の概要
1本件は,平成23年3月11日当時,福島県南相馬市Ⅰ区又は同区に隣接するⅡ区に生活の本拠としての住居等を有していた者又はこれらの者の相続人である一審原告らが,本件震災により発生した本件原発における事故(本件事故)に伴う放射性物質の放出及び避難指示等により,本訴提起時原告らは,自らの本来の住まい以外の場所での生活を強いられ,従前の生活を送れないことによる甚大な損害を被り,また自身の人生と生活の拠点であるⅠ(一審原告らは,
Ⅰとは,Ⅰ区における,人の
つながりや住環境,社会環境,自然環境をも含めた人的物的な環境の有機的な複合体であると主張する。
)を奪われたことにより不可逆的な損害を被り,その共通損害に
対する慰謝料等の額は少なくとも本訴提起時原告ら1人当たり合計3828万円を下らない等と主張して,
本件原発について原子炉の運転等をしていた一審被告に対し,
原賠法3条1項本文に基づき,慰謝料の一部請求として,訴訟承継のない一審原告らについては一審被告が認める850万円を超える部分である本訴提起時原告ら1人当たり2978万円及び弁護士費用300万円の合計3278万円並びにこれに対する本件事故発生の日である平成23年3月11日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を,訴訟承継のある一審原告らについては上記債権(遅延損害金債権を含む。
)のうち相続等した額の支払あるいは上記3278万円
の債権(遅延損害金債権を含む。
)と相続等した債権額を合わせた額の支払をそれぞ
れ求めた事案である。
2原判決
原審は,一審原告〔45〕-3,一審原告〔67〕-6及び一審原告〔95〕-3の請求をいずれも全部棄却し,その余の一審原告らの請求について,本訴提訴時原告ら各人に生じた慰謝料請求権等の額は一審被告が認める850万円を除き330万円となるとして,いずれも一部認容しその余の請求を棄却した。
3不服申立て
一審原告らのうち別紙1-1一審原告ら目録中被控訴人とのみ記載された12名(亡一審原告〔96〕-1Ⓐを含む。
)以外の者(以下控訴人である一審原告ら
という。が,

前記控訴の趣旨第1記載の判決を求めて控訴に及んだ。
控訴人である一
審原告らは,
原審においては本訴提起時原告ら1人当たり3278万円の損害賠償金の支払を求めていたが,当審においては,原判決を変更して1831万円の損害賠償金の支払を求めるとして不服申立ての範囲を限定した。したがって,本訴提起時原告ら1人当たりの損害賠償金が1831万円を超える部分は当審における審判の対象とならない。他方,一審被告は,原判決の請求認容部分を全部不服として控訴に及んだ。なお,当審において,別紙2訴訟承継目録記載の亡一審原告〔53〕―1Ⓑ,亡一審原告〔53〕―2Ⓒ及び亡一審原告〔96〕―1Ⓐが死亡し,同目録記載の一審原告らがその訴訟上の地位を承継し,また,原判決別紙1-1原告ら目録中の原告〔3〕-3Ⓓ及び原告〔3〕―4Ⓔは,当審において訴えを取り下げ,両名に対する原判決は失効している。
第2前提事実等
前提事実,争点及び争点に関する当事者の主張は,次項のとおり原判決を補正し,第2項及び第3項のとおり,当審における当事者双方の主張を附加するほか,原判決の事実及び理由欄の第2章事案の概要等の第2前提事実及び第3争点及び争点に関する当事者の主張に記載のとおりであるから,これを引用する。1原判決の補正
⑴原判決27頁1行目末尾に改行して次のとおり加える。別紙2訴訟承継目録(控訴審承継分)「死亡原告欄記載の本訴提起時原告ら
は,それぞれ同別紙の死亡日欄記載の日に死亡した。同別紙訴訟承継人欄記載の一審原告らは,当該本訴提起時原告らと,それぞれ同別紙続柄欄記載の関係にあり,相続人であって,死亡原告〔53〕-1については遺贈により,その他の死亡原告については遺産分割が成立したことによってそれぞれ同別紙相続割合記載の割合で,上記各本訴提起時原告らの請求権を取得した。
(弁論の全趣旨)

⑵原判決58頁12行目の上回るを下回ると改める。2当審における一審原告らの主張
⑴原判決の慰謝料算定方法について
原判決は,一審原告らの損害額を評価するに際して,避難慰謝料とⅠに生きることの喪失として一審原告らが主張したⅠの包括生活基盤(従前属していた自らの生活の本拠である住居を中心とする衣食住,家庭生活,学業・職業・地域活動等の生活全般の基盤及びそれを軸とする各人の属するコミュニティ等における人間関係をいう。
本件包括生活基盤。の崩壊ないし変容についての慰謝料を一括して評価,)
算定し
ている。しかし,本件事故によって放射性物質が撒き散らされ,5年4か月という長期間Ⅰ区内の住民全員が強制的に避難させられた結果,その間Ⅰ区内で生活する者は皆無となり,広大な森林の除染は手つかずのままで,従前存在した自然に囲まれた生活環境は破壊され,
長い歴史の中でⅠ区のコミュニティで培われてきた濃密な人間関
係も失われた。Ⅰ区内の各地域での住民相互の日常生活や農作業における共助,地域の消防団活動,各地域の神楽などの文化の伝承等は失われ,かつてのような形で復活する見込みはない。それらの総体として形作られてきたⅠに生きることを,本訴提起時原告らはもはや取り戻すことができない。
かかる意味から,
Ⅰに生きる
こと
の喪失による損害は不可逆的な性質のものであり,避難指示解除後に,従前と比較してごく僅かな人がⅠ区に帰還し,最低限の生活インフラが整備されたとしても,上記のような総体としてのⅠに生きることが回復されることはない。本件のように,突然に地域と対象者が広範に,長期にわたり,住民を従前属していた包括生活基盤から隔絶させ,
同基盤があった場所への帰還が可能となったときにも同基盤が顕著に変容しているということは,その人格に対する深刻な侵襲であり,本件包括生活基盤に関する利益の侵害があることは明らかであって,その程度は高く,憲法13条に根拠を有する人格権自体を実質的に侵害しているものといえる。一審原告らは,一審被告が発生させた本件事故により,Ⅰ区内に生活の本拠として有していた住まいから立退きを余儀なくされ,従前の住まい以外の場所での生活を強いられ,それまで送ってきた生活と異なる過酷な避難生活を長期間継続的に送らざるを得なかったが,避難を強いられたことによるこの避難慰謝料と,
Ⅰに生きることの喪失による損害の賠償
とは明らかに異なるものであり,
Ⅰ区内の空間線量が低減し復興が始まっていること
などをもって権利侵害性が否定されるものではない。
⑵Ⅰ区内の現状について
Ⅰ区内に戻って生活をしている住民の人数は,本件事故時と比較して極めて少数であるうえ,そのほとんどが高齢者である。そして,帰還した高齢者の子や孫がほとんどⅠに戻っていないので,ほとんどの場合,当該帰還者が亡くなると,その生活拠点には誰も居住しなくなることが予想される。
Ⅰ区内の産業,経済を支えるべき若年層は,就労場所がなく,農業の再開の見通しも立たず,Ⅰ区内に戻ろうにも戻れない状態にある。さらに,幼児や学齢期の子どもを持つ住民は,強制的に避難させられた各所で5年以上の生活を続けた結果,Ⅰ区内に戻ることは極めて困難なことになった。
Ⅰ区内の消防団は活動の継続が困難となり事実上消滅してしまった。Ⅰ区内の主だった職場(就業先)であった事業場も,一度はすべて撤退したため,戻ってきた事業場は僅かに過ぎず,診療所,病院の再開が公にされているが,ごく僅かな帰還者らに対応するための最低水準の態勢がかろうじて維持されているだけである。主要な産業である農業は壊滅状態にあり,農地の回復もほとんど行われていない。このように,Ⅰ区内で,ごく少数の住民が帰還し,ごく少数の商店が営業を始めるなどして限定的に生活インフラの回復が図られていたとしても,それらはかつてⅠ区内に存在した自然環境,人間関係,地域の伝統などが複合的に絡み合って形作られる総体としてのⅠに生きることとは全く異なるものであり,
Ⅰに生きることが喪
失させられたことは明らかである。
⑶Ⅰに生きる利益の侵害による損害
一審被告は,85か月にわたって月額10万円の支払をしてきたが,これは,前記⑴の区別に従えば,
避難慰謝料の弁済として支払ったものであり,
Ⅰに生きる
こと
の喪失による不可逆的な損害に対する慰謝料の支払を含むものではない。一審原告らは,
本件事故によってⅠ区内の住居等において平穏な日常生活を送っていたところを追い出され避難生活を強いられたが,この平穏な日常生活を送る利益の喪失による損害と,上記Ⅰに生きることの喪失による損害とは別個の損害である。原判決は,一審被告の既払金850万円のほかに300万円の慰謝料を認めたのであるから,850万円を避難慰謝料とすると,差額の300万円が一審原告らの本件包括生活基盤の変容,
すなわち
Ⅰに生きる
ことの喪失についての精神的損害ということになる。
しかし,原判決がいうところの過去に類を見ない規模のきわめて甚大な被害従,前属していた包括生活基盤及びそこから享受していた利益を大きく害したと評されるほどの重大な侵害が,僅か300万円という評価には納得できない。300万円の慰謝料は,交通事故などの後遺症でいえば,11級と12級の中間程度というかなり軽微なレベルである。本件では,Ⅰで平穏安全に充実した生活を送ることが奪われ,Ⅰ区民としてのアイデンティティが奪われたという慰謝料のみでも1000万円が支払われるべきである。なお,原判決は,交通事故算定論での死亡慰謝料2000万円ないし2800万円を賠償額の上限として斟酌しているものであるが,交通事故においても,長期の入通院後に死亡しあるいは重篤な障害を負うことにより,上記死亡慰謝料を遥かに超える損害が認定される場合もあり,本件において上記死亡慰謝料を賠償額全体の上限として設定すること自体が明白な誤りである。
⑷生活費増加分の加算について
原判決は,避難によって生じた生活費の増加分につき,慰謝料額に加算することによって斟酌するものとしており,その判断は妥当である。原判決は,この生活費増加分を慰謝料額に加算する場合の根拠につき,交通事故算定論における入院雑費1日1500円を示した上で,本件については,①生活費増加分は控えめに見積もらざるを得ない,②避難費用,一時立入費用,帰宅費用,財物価値の喪失又は減少は別に賠償が認められていることを勘案すべきであるとしている。しかしながら,原判決は,850万円を超える額としては300万円と判断し,結局生活費増加分をいくら上乗せしたかが分からない。この点,生活費増加分は,1日1500円,1か月5万円を下回らないというべきであり,
原判決が避難慰謝料の終期として認めた平成30年3月
末を終期として計算しても,
425万円分は生活費増加分として賠償が認められるべ
きである。なお,一審原告らが主張するとおり,避難生活が避難指示解除後3年は続くとすると,生活費増加分は665万円となる。
⑸本件における適切な慰謝料について
避難慰謝料について,原審では,1か月28万円を請求していたが,当審では,13万円減額して,1か月当たり15万円を請求し,そのうち85か月については月額10万円の弁済があったことを認める。上記15万円は,避難中の純粋の精神的損害を10万円とし,
それ以外に生活費増加損害相当額5万円を請求するというものである。なお,慰謝料が支払われるべき終期は,避難指示解除準備区域の指定解除から3年が経過した時であるから,
最初の85か月間の未弁済額は1か月当たり5万円であ
るが,残りの16か月間の未弁済額は1か月当たり15万円となる。よって,一審被告が更に弁済すべき避難慰謝料は665万円(50,000×85+150,000×16=6,650,000)である。これにⅠに生きることの喪失として主張した本件包括生活基盤の崩壊ないし変容分として原審で主張したとおりの1人当たり1000万円を加えると,合計1665万円となり,更に1割の弁護士費用相当額166万円を加算すると1831万円となる。
⑹請求棄却された一審原告らについて
原判決は,一審原告〔45〕-3,一審原告〔67〕-6及び一審原告〔95〕-3について,
本件事故時に生活の本拠をⅠ区内に置いていたという事実が認められないから,850万円を超える慰謝料額が発生するとは認められないとして,上記一審原告らの請求を棄却した。しかし,本件包括生活基盤の崩壊ないし変容を慰謝料発生原因とする原判決の立場に立つならば,本件事故当時にⅠ区内に生活の本拠たる住居を有していたかどうかで本件包括生活基盤の所在を判断することには合理性がなく,本件事故の前後を通じ,
一審原告らが継続的に一貫して属していたコミュニティはど
こか,人生の中心となる人間関係はどこにあったのかを考慮する必要がある。上記一審原告らは,いずれも,次に述べるとおり,包括生活基盤がⅠ区にある以上,これに関する利益の侵害の程度について,他の一審原告らと異なる判断をする理由はない。ア一審原告〔45〕-3について
同一審原告は,仙台市内の大学に進学する前,Ⅰ区を生活の本拠としてⅠ区における包括生活基盤(本件包括生活基盤)に支えられ生活を営んでいたものであるが,大学卒業後も祖父母らが暮らすⅠに戻り,
Ⅰを生活の本拠として家族と暮らしていく予
定であり,大学が休みのときや週末などに頻繁に帰省を繰り返し,Ⅰの実家での生活を継続していた。
イ一審原告〔67〕-6について
同一審原告は,本件事故時にⅠ区に居住していた両親の間に,平成23年●月●日に避難先で出生しており,本件事故時は胎児であったが,本件事故がなければ,出生後Ⅰを包括生活基盤として出生し成長していくことが確実であった。胎児は損害賠償請求においては生まれたものとみなされるところ(民法721条),同一審原告が本
件事故当時に胎児であったことの一事をもって他の一審原告らと異なる扱いをすべき合理的理由はない。
ウ一審原告〔95〕-3について
同一審原告は,
本件事故当時単身赴任中であり,
Ⅰ区内には居住していなかったが,
祖父の代に建てられたⅠ区内の自宅を所有し,家族も同自宅に暮らし,現在は同一審原告自身も自宅のあった土地に新たに家を建てて住んでいるのであるから,同一審原告の包括生活基盤があったのはⅠである。
3当審における一審被告の主張
⑴中間指針等の定める慰謝料の趣旨
中間指針等に基づく1人月額10万円の慰謝料は,本件事故発生直後からの政府の避難指示による避難生活の苦痛だけではなく,避難指示により従前享受してきた生活コミュニティからの隔絶や生活基盤の喪失等が生じることによる精神的苦痛を慰謝する趣旨を含んでいる。
そして,
一審被告は,
このような中間指針等の趣旨に基づき,
避難指示解除の21か月後である平成30年3月末までの85か月間にわたって,本件事故発生直後の慰謝料額と同額である1人月額10万円を,時間の経過に伴い逓減させることなく,継続して賠償している。したがって,原判決が,中間指針等に基づく慰謝料額において,本件事故による生活基盤の喪失に係る精神的損害が塡補されていないかのように説示することは誤っている。そして,避難指示解除は,放射線量低減のみならず,インフラの回復も前提として行われており,実際,避難指示解除後は放射線の影響の観点からは帰還して生活することが可能な状態となっており,平成30年2月28日の時点で現に2500人以上がⅠ区内に居住し,一審原告らも,原審口頭弁論終結時点において61名がⅠ区内に帰還し,生活を再開している。原賠法に基づく原子力損害の賠償請求の観点からは,放射線の影響に基づく住民に対する居住・移転の制限が解除され,帰還し得る状況に至った場合には,本件事故による権利侵害状態は基本的に解消されるものであり,帰還するとした場合の準備に必要と考えられる相当な期間の経過をもって,原子力損害としての慰謝料賠償は終期を迎えるとする中間指針等の考え方には合理性がある。したがって,遅くとも平成30年4月以降のⅠ区内の状況が一審原告らの人格的利益を侵害する客観的状況にあるとは評価できない。
そうすると,一審原告らの主張するⅠに生きることの喪失による損害に対する慰謝料については,
Ⅰという特定のコミュニティにおいて生活することの利益自体を
もって独立の不法行為上の保護法益と解することはできず,少なくとも平穏な日常生活を阻害されたことに対する慰謝料(日常生活阻害慰謝料)が賠償されている状況を前提とすれば,
上記利益は日常生活阻害慰謝料において想定されている被侵害利益としての平穏な日常生活を送ることに関する利益に内包されるものであり,上記利益を考慮するとしても,
日常生活阻害慰謝料の算定上の考慮事情として考慮されることが
あるにとどまるというべきであって,
Ⅰに生きることの喪失又はⅠ区の変容によ
り,避難生活に伴う損害とは別の損害が発生しているとは認められず,既に弁済済み又は弁済提供済みの慰謝料により填補されている。
また,
Ⅰに生きることの喪失・Ⅰ区の変容による精神的な苦痛は,現時点においては,私法上の権利といい得るような明確な実体を有するものとは認められず,権利性を有するものとは認められないし,違法な侵害となるかどうかは,被侵害利益である平穏生活利益の性質と内容,居住地の地域環境,侵害行為の態様,程度,侵害の経過等を総合的に考察して判断すべきものであり,そうした具体的事実関係を措いて共通の損害を見出せるものではない。
⑵原判決が説示する被侵害利益について
原判決は,
前記⑴の趣旨に基づく中間指針等に従った精神的損害に対する慰謝料支払の趣旨を正解せず,本件事故による放射線の作用による影響を離れて,避難指示解除後に帰還する住民の存在によって左右されるⅠ区内の状況自体に基づいて権利侵害が基礎付けられるかのような誤った説示をしており,原判決における本件包括生活基盤に係る利益についての被侵害利益の把握の仕方は,法的に保護される利益の外延を曖昧にし,不当に拡大するものであるから,不合理である。仮に本件事故以前と避難指示解除後のⅠ区において一定の変化が生じたとしても,そもそも地域のありようは不変なものではなく,
そこに住む住民の意思や行動によって形作られる性格の
ものであり,
避難指示解除によって本件事故の放射線の影響により帰還し得ないという侵害状態は解消されている中で,帰還するか否かについては,避難者各人の生活の事情等も踏まえて,各自が自由に判断することができるものであって,何人も帰還を強制されない。一審原告らが主張するⅠ区の変化なるものは,そのような事情によって生じているのであって,このようなⅠ区に生じた変化に対して,一審原告らにおいて様々な感慨や心情を抱くことは理解できるが,その内容は余りに抽象的かつ主観的で漠然とした感慨にとどまり,遅くとも平成30年4月以降においては,Ⅰ区内の状況に変化があることをもって,一審原告らの法律上保護される人格的利益に対する直接的かつ客観的な侵害をもたらすものとはいえない。
⑶原判決が説示する精神的苦痛の原因となる事実の認定・評価について原判決は,Ⅰ区内において,避難指示解除後においても,従前属していた本件包括生活基盤の不可逆的な著しい変容があるとの評価を示して慰謝料算定の考慮要素としている。しかしながら,避難指示解除後にⅠ区内において空間放射線量は大きく低減し,生活に影響のない水準となっており,実際に2500名を超える住民が帰還して生活しており,また,教育や各種の事業活動なども現に行われている実情にあり,
このような復興状況に係る実情について原判決においては適切に斟酌されていない。また,Ⅰ区内の空間線量率の状況は,年間1ミリシーベルトをも下回る程度にまで低減しており,Ⅰ区内に滞在することに伴い生ずる低線量被ばくによって客観的・科学的な危険にさらされているものとは評価できず,一審原告らが放射線被ばくへの漠然とした懸念やストレスを抱くことによって,その慰謝料請求権が基礎付けられるかのような原判決の説示は誤りである。


一審原告らの精神的苦痛がまちまちであることが十分に斟酌されていないこ
とについて
一審原告らは,
本件訴訟において一審原告らに共通する損害の賠償を求めているところ,
一審原告らの精神的苦痛の感じ方や避難指示解除後の生活状況等はまちまちであり,一審原告らが求めている共通する精神的損害の賠償という観点からは,その精神的苦痛の最も高い水準に合わせるということにはならないにもかかわらず,原判決は,
Ⅰに生きる
ことの喪失に係る慰謝料について,
最も精神的苦痛が大きい者
の水準に基づいて権利侵害を評価しているようであり,共通する被害の実情を過大評価しているといわざるを得ない。一審原告らに共通に認められる精神的損害の賠償額を判断する以上,
一審被告が提示している1人当たり850万円の慰謝料額を超えるものではないというべきである。
⑸財物損害や住居確保損害,就労不能損害や営業損害等の財産的損害の賠償がなされることの考慮について
一審原告らに対しては,精神的損害の外に,就労不能損害や営業損害,家財道具等の財物価値の喪失に係る賠償,移住や帰還をする場合の住居確保損害の賠償等,財産的損害の賠償が慰謝料とは別途なされており,世帯単位での賠償額は概ね数千万円から数億円に上っているのであって,
上記のような財産的な損害が適切に賠償されるこ
とは,
一審原告らの再出発のための大きな基礎が提供されていることを意味するから,そのような要素も,
慰謝料額の算定に当たって重要な一要素として位置づけられるべ
きであり,原判決は,このことを適切に評価しているとはいえない。一審被告が行ったこれらの財産的損害の賠償は,本来損害として認められる範囲を超えて行われたものであり,
850万円を超える慰謝料が認められる場合には上記事情を考慮すべきである。
⑹精神的損害を評価するに当たっての基礎事情の取り上げ方について原判決は,1人当たり1150万円の慰謝料額が相当であるとしているが,その検討に当たっては,一審原告らの主観的な感じ方だけではなく,多面的・客観的な基礎事情も総合評価する必要があるにもかかわらず,一審被告が指摘した諸事情について斟酌されている形跡がないものがあり,基礎事情の取り上げ方が一面的であり,妥当でない。
⑺中間指針等の定める慰謝料額の趣旨について
中間指針等に基づく賠償指針は,原賠法18条に基づく原賠紛争審査会の策定した自主的紛争解決規範であり,本件事故による精神的苦痛が相当程度大きいことを前提として,
大多数の被害者の精神的苦痛を慰謝するに足りる水準として定められているもので,
本件事故により生じた精神的苦痛に対する慰謝料の少なくとも平均的なものを下回らない水準であって,裁判手続においても,法規範に準ずる規範として最大限考慮され尊重されるべきである。実際にも,ほとんどの本件事故の被害者との間で中間指針等に基づく裁判外での紛争解決が図られている。にもかかわらず,原判決は,その趣旨を正解せず,中間指針等の定める慰謝料額を最低限の出発点となる慰謝料額であるかのように判断しており,慰謝料額の評価に当たって原賠法の解釈適用を誤った違法がある。
⑻交通事故に関するいわゆる赤い本に準拠して慰謝料額を算定することについて
原判決は,基礎事情が異なる交通事故に関するいわゆる赤い本に準拠して慰謝料額を判断するという誤りを犯しているとともに,仮に赤い本の基準を参照するとしても,
一審被告が提示している慰謝料額は優にこれを上回る水準にあることを正解していない点において誤っている。
⑼他の権利侵害事例における慰謝料額に関する裁判例等との比較について過去の類似又は同種事件の裁判例による慰謝料額の認容水準と比較しても,一審被告が提示している1人当たり850万円の慰謝料額は,これら裁判上の認容基準を上回る賠償水準となっているものであり,本件事故による被害の程度を考慮しても,一審原告らの精神的苦痛を慰謝するに十分なものである。したがって,これを超えて,1人当たり1150万円の慰謝料額を認容すべきとする原判決の判断は,社会通念により相当として容認される裁判所の裁量の範囲を逸脱するものである。また,政府の避難指示により一定期間避難を余儀なくされた本件は,公共用地の収用事例と居住地からの立退きを余儀なくされた点において類似するところ,生活基盤が確定的・不可逆的に失われる公共用地取得に伴う損失補償基準には精神的損失の補償に係る規定が置かれておらず,
これまでにダム建設に伴い立退きを迫られ精神的損失に関する補
償が行われた事例も本件において一審被告が一審原告らに対して賠償した額をはるかに下回るものであり,
公共用地取得に伴う精神的損失に対する補償と本件事故によ
る損害賠償との法的性格の相違を踏まえても,一審被告が既に賠償している1人当たり850万円の慰謝料額は,
一審原告らの精神的苦痛を十分に慰謝するに足りるもの
である。
第3章

当裁判所の判断

第1認定事実
1当裁判所が認定する事実は,
次項のとおり原判決を補正するほか,
原判決の
事実及び理由欄の第3章当裁判所の判断の第1認定事実に記載のとおり
であるから,これを引用する。
2原判決の補正
⑴原判決90頁26行目から91頁1行目にかけての一次的な一時的な

と改める。
⑵原判決113頁26行目の60,の次に72,を加える。⑶原判決117頁9行目末尾に改行して次のとおり加え,10行目の
47,の
次に92,を,同行から次行にかけての各原告ら本人尋問の次に,,当審証人Ⓕを加える。
平成20年4月に南相馬市立Ⅰ病院の院長に就任し本件事故時まで院長を務めたⒻ医師は,本件事故を契機に同病院を退職したが,Ⅲ区に仮設住宅が建設され,Ⅰ区に住んでいた被災者が多数避難生活を送るようになったことから,平成24年5月,Ⅲ区内に「Ⅸの名称で診療所を開設し,同診療所において仮設住宅に避難している多くのⅠ区の被災者の診療を行うようになった。同医師は,被災者の中には過酷な仮設住宅暮らしのためにうつ状態となった者が多数おり,その後復興住宅に引っ越したり,避難指示が解除されてⅠに戻っても心身の状態は回復しておらず,その原因として,
本件事故前のⅠでの生活にあった,
人と人とのいろいろなつながりが断ち切られ,
生きがいが失われたことが考えられる旨述べている。同医師の専門は外科であり,精神科や心療内科の診療経験はないが,患者にうつ病の可能性があることは分かり,また,うつ病を疑って親交のある精神科医に患者を紹介したところ,精神疾患を有していることが分かった例もある旨述べている。



原判決117頁24行目の

Ⅱ区4万1095人である。

の後に次のとおり
加え,118頁2行目の(甲A38,39,50,乙A173)を(甲A38,39,50,76,乙A173,182,195,230)と改める。そして,平成30年2月28日時点のⅠ区の居住者数は2512人,同日時点のⅢ区の居住者数は1万0813人,Ⅱ区の居住者数は4万1087人である。なお,同年4月30日時点のⅠ区の居住者数は2736人であり,そのうち65歳以上の高齢者の占める割合は49.8%(1362人)である。その後,Ⅰ区の居住者数は増加を続け,平成31年5月31日時点では3578人となっている。⑸原判決120頁9行目の

見込みである。

の次に

なお,平成30年4月6日時点では,Ⅰ中学校の在籍生徒数は60人となっている。

を加え,25行目の41,の次に75,を加える。⑹原判決120頁21行目末尾の後に

Ⅹの平成30年4月時点の在籍学生数は,更に増加して530人となった。

を加え,26行目の132,の次に197,を加える。
⑺原判決121頁7行目の

存在しない。から10行目の


立候補しなかった。


までを

存在しなかったが,平成30年12月6日には,生鮮食品も扱う公設民営スーパーであるⅠストアがⅠ区内にオープンした。

と改め,21行目の174の次に,201を加える。
⑻原判決122頁5行目の市立Ⅰ病院から7行目の

されている。

までを次のとおり改める。
平成31年3月に南相馬市が策定した「南相馬市立病院病床再編計画によれば,
当面は市立Ⅰ病院は,南相馬市立総合病院のサテライト診療として運営し,医師確保などに関する課題を解決した上で,上記総合病院との連携を密にした19床の附属有床診療所等の入院機能の整備を目指すとされている。

⑼原判決122頁12行目末尾に改行して次のとおり加える。ただし,その後の平成31年4月1日時点では,前記三医療機関のほか,皮膚科クリニックが1箇所(ただし,同クリニックはその後の令和元年6月に院長が死亡したことにより休診となった。,歯科医院が1箇所,調剤薬局が2箇所,整骨院・整)体院が5箇所,介護老人福祉施設が3箇所営業している。⑽原判決122頁13行目の
甲A38,43
の次に
,92,97,100,
を,
13行目から14行目にかけての乙A134の次に,217,当審証人Ⓕをそれぞれ加える。
⑾原判決124頁19行目末尾の後に次のとおり加え,
20行目の
45,の次
に88~91,甲B85の13を加える。
なお,平成30年度の水稲作付面積は63haであり,Ⅲ区の同年度の作付面積は約1200haである。本件事故の影響で営農が休止された南相馬市の農地のうち営農が再開された面積は,平成29年度で約4割にとどまっているが,株式会社農林中金総合研究所のⒼ氏は,営農再開のための努力が行われながら営農再開が進まない理由について,農地の除染,住民避難中の鳥獣被害,農地復旧の遅れに伴う農地の荒廃,風評被害による影響等をあげている。⑿原判決127頁1行目の6本訴提起時原告らの被害の実情等の前に次のとおり加える。
⑶Ⅰ復興アクション・プラン南相馬市は,平成29年11月に,避難指示解除後のⅠ区の状況変化を踏まえ,前記⑵の南相馬市復興総合計画に沿って,今後のⅠ区の課題解決に向けた施策を具体化する等の目的でⅠ復興アクション・プランを策定した。同プランには,Ⅰ区の現状及び課題について次のような記載がある。ア放射性物質対策の状況除染により空間線量率は低減したが,それでもなお,放射線被ばくに対する不安が,市外で避難生活を続ける要因となっており,放射線被ばくに対する不安を払しょくするための情報を発信する必要がある。イ医療,介護不足への対応避難指示解除後も医療機関は2割程度しか再開しておらず,福祉関係施設も2箇所の再開に留まっており,安心できる市民生活を送るためには,これら医療機関・福祉関係施設の再開が急務となっている。ウ子どもの教育環境Ⅰ区の小中学校の児童生徒数は,震災前の約1割前後にとどまっており,安心して遊べる環境や望ましい教育環境を整えることが重要である。エ地域経済の再生Ⅰ区の農業は,津波被害や農作物の作付制限等により,農業者の営農意欲が低下し,田畑も荒廃し,農業の未来が懸念される状況になっており,農業再生に向けた各種取組みが求められている。また,本件事故の影響による工場・店舗・事務所の移転や廃業等により,多くの雇用の場が失われ,未だ再開できない事業所があるとともに,再開事業所でも顧客の減少や労働力不足に直面している事業者が多く,事業再開や継続のための支援が求められている。オ地域コミュニティの再生本件事故に伴う避難指示により,多くの避難者は仮設住宅やアパート等のみなし仮設住宅で避難生活を送ってきたが,それらは居住スペースが狭隘であることから,世帯分離の生活を余儀なくされた家族が少なからずあり,そのことが,避難指示解除後のⅠ区への帰還にも影響し,親世代だけが帰還する割合が増え,高齢化率が高くなっている一因と考えられ,帰還住民が少ないことも相まって,多くの地域において社会的共同生活を担う世代の減少により地域コミュニティが再生できない状況にあり,その再生のための取組みが最も重要な課題となっている。(甲A78)⒀原判決128頁13行目の

感じている。の後に次のとおり加え,

13行目の
甲B〔1〕―1~3を甲B〔1〕―1~3,9と改める。

一審原告〔1〕―1は,多くの人がⅠに戻らないのは,放射能のせいというよりも,Ⅰの状況が元通りでないからであり,Ⅰには以前と違って働く場所がなく,生活できないから戻れるはずがないと考えている。

⒁原判決129頁4行目の

抱いている。

の後に次のとおり加え,4行目の甲B〔17〕―1・2を甲B〔17〕―1~3と改める。

一審原告〔17〕―1は,自宅周辺の世帯は,8世帯ほどが戻ってきているが,一番若い人でも55,56歳程度で,戻ってきているのはみな高齢者ばかりであると述べている。

⒂原判決130頁4行目の

感じている。の後に次のとおり加え,

同行から次行
にかけての(甲B〔22〕―1~7,原告〔22〕―1本人尋問)を(甲B〔22〕―1~7,9,一審原告〔22〕―1原審及び当審各本人尋問)と改める。一審原告〔22〕―1は,Ⅰ区のⅣ地区には本件事故前には160世帯くらいが暮らしていたが,今は50世帯前後が戻ってきているようである,戻ってきている人の3分の2以上は70代の人達のようであり,Ⅳに行った時にⅣに戻った人と会っても会話が続かないが,それは,共通の話題がなく,出て行った者にはⅣを出たという罪悪感が,残った者にはⅣを捨てられたという思いがあるからだと思っている旨述べている。⒃
原判決130頁26行目から131頁1行目にかけての

考えている。

の後
に次のとおり加え,同行の甲B〔24〕―1~3・10を甲B〔24〕―1~3・10・19と改める。

一審原告〔24〕―1は,同人が住んでいた部落の30軒中,Ⅰに戻ったのは8軒くらいであり,子育て世代を含めて家族全員で戻っているのは1軒だけである旨述べている。

⒄原判決131頁24行目の

葛藤を抱えている。の後に次のとおり加え,

13
2頁23行目の甲B〔29〕―1~7を甲B〔29〕―1~7・17と改める。
現在は,新しく建てたⅠの住宅に,月に3,4回帰っており,Ⅰでの暮らしと仙台での暮らしは半々くらいである,もと住んでいた部落は,帰還人口が少なく,地域の維持管理ができておらず,建物のほとんどは解体されており,高齢の夫婦が二人で戻っているのがほとんどである旨述べ,地域というものがなくなり,人と人とのつながりが断たれ,バラバラになってしまった,避難指示解除の時期が早すぎたと思う旨述べている。⒅
原判決136頁6行目の

罪悪感を抱いて生活している。

の後に次のとおり
加え,同行の甲B〔67〕―1~10を甲B〔67〕―1~10-2と改める。
平成29年4月には,一審原告〔67〕―3及び一審原告〔67〕-4夫婦の間に二女が出生した。一審原告〔67〕―3は,子ども達3人を自分と同じようにⅠで育てたかったが,Ⅰが変わってしまいⅠで育てることができず残念に思っている,放射能については,分からないことが多く,後で重大な危険が分かった場合には取返しがつかないので,放射線のリスクがあるⅠに住んで子育てをすることはできない,Ⅰで住んでいた際の同じ班の10数軒でⅠに戻ってきているのは2軒だけで,どちらも70代夫婦である旨述べている。⒆
原判決136頁26行目から137頁1行目にかけての

悩み続けている。


の後に次のとおり加え,同行の甲B〔91〕―1~8を甲B〔91〕―1~9と改める。
一審原告〔91〕―1は,平成30年夏の時点で,同一審原告が居住していたⅠ区のⅤ地区にあった72世帯のうち戻ったのは7世帯だと聞いており,戻ったのは60代ないし80代の者ばかりで子育て世代は戻っていない旨述べている。⒇原判決137頁1行目末尾に改行して次のとおり加える。
⑽世帯番号〔117〕世帯番号〔117〕の一審原告ら(一審原告〔117〕―1・2)は,本件事故当時,Ⅰ区Ⅳ地区に両名で暮らしていた。同一審原告らは,平成23年3月12日の避難指示により,Ⅱ区の仮設住宅へ避難し,その後2回仮設住宅を移った。同一審原告らは,平成28年2月にⅠ区Ⅵ地区に中古住宅を購入し,避難指示解除後の平成29年3月,別に暮らしていた息子夫婦及び孫1人と5人で上記中古住宅に暮らし始めた。なお,同一審原告らが従前住んでいたⅠ区Ⅳ地区所在の建物は,雨漏りや鳥獣被害が深刻で人が住める状態ではなかったため,同年2月ころにやむを得ず解体した。解体後の更地に家を建てなかったのは,放射線量がⅥ地区の方が少なく,近くにⅠ病院があったからである。Ⅰ区に帰り,子や孫と一緒に暮らせるようになり安心したが,Ⅰは自分達が知っているⅠとは全く別物であると思っている。人通りは少なく,同一審原告らが住むⅥ地区の班では,本件事故当時あった10軒中9軒が戻ってきているが,若い人達は戻ってきていないと述べている。一審原告〔117〕―1・2は現在仕事に就いておらず,同居している息子及びその妻は自宅からⅡ区にある建設会社に通っている。14歳の孫はⅠ中学校に通った後現在はⅡ区の高校に進学している。Ⅰでは買い物が不便なため,日々の買い物はⅡ区まで車で行って済ませており,Ⅰでは病院も不足していると思っている。今後年を重ねて行き,車の運転ができなくなった場合には,買い物や通院等が困難になるとの不安を抱いている。また,若い世代の人々が戻ってきておらず,町全体として,子や孫の代が支えてくれないのではないかとの不安もある。(甲B〔117〕―1~4,当審一審原告〔117〕―1本人尋問)⑾世帯番号〔85〕世帯番号〔85〕の一審原告ら(一審原告〔85〕―1~4)は,本件事故当時,一審原告〔85〕―3の娘を加えた5人家族でⅠ区のⅤ地区に居住していた。平成23年3月12日に,避難指示を受けて,一審原告〔85〕―1~4は,親戚宅を転々とした後,一審原告〔85〕―4は東京都内に,一審原告〔85〕―1及び娘は平成29年6月に建てた仙台市内の居宅に居住し,一審原告〔85〕―2は体調を崩して仙台市内の施設に入所し,一審原告〔85〕―3は平日は家族と離れてⅡ区内の仮設住宅に居住し,休日は仙台市内の居宅に戻る生活を続けていた。同一審原告が居住していたⅡ区内の仮設住宅は,平成31年3月末日に入居期限が到来し,同一審原告は,Ⅰ区内のⅦ地区の借家に転居した。また,Ⅰ区Ⅴ地区の自宅は,本件事故後居住していなかったことにより荒れ果てたため,平成29年2月に取り壊している。避難指示が解除された後,同一審原告らが居住していたⅤ地区で帰還している世帯は13世帯程度であり,年齢層としては65歳以上が半分以上である。一審原告〔85〕―3は,今後,妻や家族とともにⅤ地区の土地に家を建てて生活することはなく,週末のみ帰る仙台市内の居宅も自分の家という感じがしていない旨述べる。同一審原告は,Ⅰ区で生活しながら,津波被害地域の農地の復旧を目的とするふるさとⅠ区地域農業復興組合(以下「復興組合という。の仕事に従事しており,

現在は組合長の立場にある。
復興組合の仕事である農地の復旧は,Ⅲ地区と比較してもその進み具合は遅いが,その理由は,
当該農地で農業を継いでいこうという担い手が戻ってきていないことが原因であり,
担い手が戻ってこないのは本件事故によって長期避難を余儀なくされたからであると考えており,現在では,7年間にわたる復興組合の仕事がⅠの復旧復興に本当につながっているのか疑問があるとも感じている。
(甲B〔85〕―1~5,11
~13,当審一審原告〔85〕 ̄3本人尋問)

原判決138頁1行目の事態を自体と改める。
原判決148頁11行目末尾に改行して次のとおり加える。

なお,避難等にかかる同一世帯内の移動費用は,避難等に係る精神的損害とは別に,賠償の対象とされている。(乙A196)

原判決152頁12行目の総額約7兆5356億円の次に,
,平成30年3月30日現在で総額約8兆1632億円を加え,13行目の乙A146の次に,185を加える。
第2争点に対する判断
1一審原告らの請求について
一審原告らの請求は,本件震災に伴い,本件原発に発生した放射性物質放出等の事故(本件事故)により,本訴提起時原告らが,①避難を強いられ長期間の避難生活を送らざるを得ず,
その間継続的に精神的苦痛を被ったことによる慰謝料
(避難慰謝料。
避難生活に伴う生活費の増加分又はこれを原因とする精神的苦痛に対する慰謝料を含む。とともに,

これとは別に,
②本件包括生活基盤が崩壊ないし著しく変容したことによって精神的苦痛を被ったことによる慰謝料(
Ⅰに生きることの喪失による
慰謝料)を,原賠法3条1項に基づき,本件原発の運転等に係る原子力事業者である一審被告に対し,原子力損害の賠償として求めるものである。一審原告らは,原審においては,①については,本訴提起時原告ら1人に月額28万円の101か月分から中間指針等に基づき一審被告が支払った850万円を控除した1978万円を,②については,本訴提起時原告ら1人につき1000万円を,一律に請求したが,控訴人である一審原告らは,控訴に伴い,不服申立ての範囲を,①につき月額15万円の101か月分から上記850万円を控除した665万円に減額した(②については1000万円の請求を維持している。。なお,一審原告らが本件において請求するのは,)
全ての本訴提起時原告らに共通する損害の賠償としての慰謝料であるところ,このような慰謝料は,
本訴提起時原告らの生活状況や避難生活の状況等の個々の具体的な事情を考慮した上で個別に算定されるのが原則であるが,一審原告らが主張する被害が,本訴提起時原告ら全員が本件事故によって等しく被っていると認められる損害であり,
これに伴う精神的苦痛の性質及び程度においても差異がないと認められるものであれば,これを本訴提起時原告らに共通する損害(共通損害)と捉えて,各自について一律の慰謝料を算定することも許されるものと解され,その場合には,一審原告らの請求は,
上記共通の損害を超える個別の損害につき後に請求することを留保した一部請求ということになる。
また,一審原告らは,①の避難生活による損害と②のⅠに生きることの喪失による損害とは別個の損害であるとして,両者について個別に判断せず,一括して総額で慰謝料を算定した原判決は相当でない旨主張するが,一審原告らが主張するところによっても,両者は一個の訴訟物である損害賠償(慰謝料)請求権を基礎付ける損害項目にすぎず,慰謝料額の算定に当たり,各損害について個別に算定するか,一括して算定するかは,当事者の主張に拘束されるものではなく,裁判所がその合理的裁量により事案の内容等に即して判断すべきものと解される。
さらに,一審原告[45]―3,一審原告[67]-6及び一審原告[95]―3の請求については,
他の本訴提起時原告らと同列に論ずることができるかが前記のと
おり争われていることから,まずは同一審原告らを除く本訴提起時原告らについて上記請求の当否を検討した上で,その検討結果が一審原告[45]―3,一審原告[67]
-6及び一審原告
[95]
―3にも同様に妥当するかどうかを論ずることとする。
したがって,以下において本訴提起時原告らとの用語を用いる場合には,特に断らない限り,一審原告[45]―3,一審原告[67]-6及び一審原告[95]―3は含まれない。
なお,一審原告[78]―1・2について,その居住地はⅠ区に隣接する行政区であるⅡ区Ⅷであるが,
その生活の本拠としての住宅地の位置及び避難指示に対する対
応等の経緯からして,
生活の本拠をⅠ区内に置いていた本訴提起時原告らと同視する
のが相当であり,同一審原告らの居住地を含む概念としてⅠ区等ということがある。2避難慰謝料について
⑴本訴提起時原告らは,平成23年3月11日当時,Ⅰ区等に生活の本拠としての住所を有していた者であるところ,本件事故の発生とその後避難指示解除に至るまでの避難指示に基づく本訴提起時原告らの避難等の状況は,引用に係る原判決(第3章第1の3の⑵ないし⑷)が説示するとおりである。そして,本訴提起時原告らは,本件事故とそれによる居住地及びその周辺への放射性物質の飛来,これらによる避難
指示によって,十分な情報のないまま,何の準備もなく着の身着のままで避難所等へ避難した後,避難指示や原則として立入りを禁じられる警戒区域の指定を受け,生活用品の持ち出しもままならず,従前の学業,仕事,地域活動等の状況が激変する過酷な環境下で不自由な生活をせざるを得なかったこと,仮設住宅や借上げ住宅の生活もけっして快適なものではなく,不便や苦痛の多いものであったこと,Ⅰ区の避難指示が解除されたのは平成28年7月12日であり,実際に避難指示が解除されるまでの期間が5年4か月に及び,長期にわたる避難生活を余儀なくされたこと,しかも,避難中は避難指示解除の見通しも立たないという不安定な状況が長く続いたこと,その中で,
それまで一緒に暮らしてきた家族が別々に暮らさざるを得ないという世帯分離の状態となった者も多数あること,平成24年4月に警戒区域が避難指示解除準備区域及び居住制限区域に再編された後は住居における一定の活動が許容されたもののなお制約も多かったことなどが,概ね本訴提起時原告らに共通する事情として認められることも,引用に係る原判決(上記避難等の状況に係る引用部分に加え,第3章第1の6。ただし,前記補正後のもの。
)が説示するとおりである。
⑵以上によれば,本訴提起時原告らは,一様に,本件事故により従前の生活の本拠である住居地からの避難を余儀なくされてから避難指示が解除され帰還して日常生活を再開できるようになるまでの間,従前の住居地以外での生活を余儀なくされ,いつ帰還することができるか分からない状況のもと,従前の住居地での正常な日常生活の維持・継続が長期間にわたり著しく阻害され,これにより多大の精神的苦痛を受けたものと認められる。この場合の法益侵害としては,長期間にわたり従前の住居地への帰還を禁止,制限されるという点で,憲法22条1項で保障される居住・移転の自由に対する直接的な侵害に加え,本訴提起時原告らが本件事故前の住居地において有していた平穏な日常生活を送る利益(以下平穏生活権ということがある。)とい
う人格的利益(憲法13条)に対する侵害も認められるというべきである。⑶

避難生活に伴う上記精神的苦痛の程度には,従前の生活状況や避難後の経過,
家族状況等により個人差があることは否定できないが,前記⑴で指摘した事情は概ね本訴提起時原告らに共通して認められる事情であり,また,精神的苦痛の程度が避難期間の長さに比例して増大するものであることも本訴提起時原告らに共通して認められる事情であることからすれば,共通損害としての避難慰謝料は,前記⑴で指摘した事情に基づき,避難期間中の月額を決定した上で,これに避難に要する期間(ただし,期間の終期については争いがある。
)を乗ずることにより算出するのが相当であ
る。
3Ⅰに生きることの喪失に基づく慰謝料
一審原告らは,
本件事故によって本件事故前に本訴提起時原告らが有していたⅠの包括生活基盤(本件包括生活基盤)が喪失し,その喪失は不可逆的な性質のものであり,避難指示が解除されたからといってこれが回復されることはないから,その喪失につき,避難慰謝料とは別個の人格権侵害による共通損害として,1000万円の損害賠償が認められるべきである旨主張する。
前記2の避難慰謝料は,
避難により従前の生活の本拠である住居地において平穏な
日常生活を送ることができなくなったことによる精神的苦痛を人格権侵害に基づき賠償されるべき損害とするものであるが,かかる平穏生活権侵害はこれを支える従前の住居地における生活基盤の喪失を必然的に伴うものである。この場合の生活基盤の喪失は,時間の経過とともに従前の生活基盤とは別の新たな生活基盤が形成・確立され,最終的には避難指示が解除されて従前の生活の本拠地に帰還し,そこでの新たな生活を形成・確立することによって回復されることが前提となっていると解される。しかし,一審原告らが主張するⅠに生きることの喪失に基づく慰謝料の請求は,上記のような意味での生活基盤の喪失を問題とするものではなく,一審原告らが本件
事故前にⅠ区において享受していた生活基盤による利益(生活利益)が,避難指示が解除され帰還が可能となっても回復されていないこと,すなわちⅠ区における生活基盤による利益(生活利益)が本件事故により崩壊ないし著しく変容したこと(生活利益が著しく害されていること)を,避難慰謝料では考慮されていない新たな損害として主張し,これによる精神的苦痛に対する慰謝料を求めているものと解される。これに対し,一審被告は,一審原告らの主張するⅠに生きることの利益は独立の被侵害利益とはいえず,その喪失・変容が独立の損害ともいえないし,一審被告が提示している1人月額10万円の慰謝料には,本訴提起時原告らが避難指示以前に享受していたコミュニティからの隔絶や生活基盤の喪失等による精神的苦痛に対する慰謝の趣旨を含んでおり,一審原告らの主張するⅠに生きることの喪失による損害はこれに内包されていると主張するとともに,避難指示が解除されⅠに帰還することが可能となった場合には,本件事故による上記権利侵害状態は解消される旨主張するものである。
そこで,一審原告らが主張するⅠに生きることの喪失による損害を,避難生活による損害(避難慰謝料)とは別個の損害として賠償の対象とすべきかどうかについて検討するに,
地域の住民が従前属していた自らの生活の本拠である住居地を中心とする衣食住,家庭生活,学業・職業・地域活動等の生活全般の基盤及びそれを軸とする各人の属するコミュニティ等における人間関係において継続的かつ安定的に生活する利益(生活基盤に関する利益)は,人間としての生活や健全な人格形成等の基礎となるものであり,それが法的保護に値する利益であることは明らかであって,憲法13条に根拠を有する人格的利益であると解されるから,それが侵害されたと認められる場合には,
少なくともこれによって被った精神的損害は慰謝料算定の要素として考慮すべきものというべきである。そして,その場合には,前記2の趣旨の避難慰謝料には内包されない損害が含まれることも否定し難いところであり,その意味におい
て,
上記のような生活基盤に関する利益を,
Ⅰに生きる
ことの利益と呼ぶことも可
能であると解される。
そうすると,本件において検討されるべきは,本訴提訴時原告らがⅠ区において従前有していた生活基盤に関する利益が侵害されたといえるかどうかであり,本件事故
により,Ⅰ区における生活基盤に関する利益が侵害されたといえるほどに,帰還が可能となった時点以降も,
Ⅰ区における生活基盤が喪失あるいは変容しているといえる
かどうかである。
4Ⅰ区における包括生活基盤の喪失ないし著しい変容の有無等について本訴提起時原告らが本件事故前にⅠ区において有していた生活基盤が侵害されたといえるかどうかを検討するに当たり,
まずはⅠ区における生活基盤が本件事故によ
り喪失ないし変容したといえるかどうか,すなわち,避難指示が解除され帰還可能となった後にもⅠ区における生活基盤に関する利益が失われたままであるといえるかどうか,そして,それが認められるとして,その包括生活基盤の喪失ないし変容について本訴提起時原告らが被った精神的苦痛に対して避難慰謝料とは別に慰謝料を認めるべきかどうかについて,以下検討する。
なお,一審原告らが求める上記慰謝料請求は,避難慰謝料同様,一審原告ら全員に共通する損害の賠償請求であり,本訴提起時原告らのうち一部の者にとって必要かつ重要な従前のⅠ区における生活基盤が喪失・変容したからといって,それだけでは共通損害の発生を認めることはできず,本訴提起時原告ら全員に共通する損害として精神的苦痛をもたらす生活基盤の喪失・変容があることが必要である。その意味において,上記慰謝料請求は,本訴提起時原告らが被った精神的損害全てを賠償の対象とするものではなく,その対象は,性質上,限定的なものとならざるを得ない。⑴Ⅰの現状について
本件事故によってⅠ区においては引用に係る原判決(第3章第1の5。ただし,前記補正後のもの。
)が説示するとおりの被害があったと認められる。前記認定のとおり,Ⅰ区の人口は本件事故前に比して相当に減少しており,高齢者が約5割と高い割合を占めている。これに対し,子どもの人数は少なく,特に幼稚園,小中学校の在籍数は著しく減少していて,高校の在籍学生数は相応に多いものの,Ⅰ区からの通学者は少ない。また,本件事故前に比して鳥獣被害の大幅な増加が確認されている。商業施設等についても,本件事故前に比して減少しており,現時点においては一定数の店舗等は存在するものの,特にⅠ区内においては,平成30年12月に公設民営スーパーがオープンするまではスーパーマーケットが存在しておらず,日用品・食料品の調達にも支障がある状況であった。事業所についても,相応の数の事業所が再開しているが,大規模な就業機会を提供していた工場等は閉鎖したままであり,就業機会という面では本件事故前より減少している。そして,Ⅰ駅前の中心地では,多くの家屋が解体された状態となっている。
このような状況等からすると,Ⅰ区の人口が,特に働き手の世代や子どもが帰還するなどして大幅に増加することは見込まれず,そのことが商業施設等,事業所の再開や農業の復興のための障害ともなっているものと推認される。また,医療施設や福祉関連サービスも本件事故後減少している状況にある。交通事情は相応に復興しているものの本件事故前の利便性には及ばないと認められる状況にある。このようなⅠの状況は,
本件事故及びこれに伴う避難指示によって人々が避難したことによるものであると認められる。
⑵Ⅰの生活インフラや産業等の劣化,衰退について一審原告らは,避難指示解除後のⅠにおける現状として,医療・介護施設の不足,学校の生徒数の減少,農業の衰退,事業所の減少,スーパーマーケット等商業施設の減少等を挙げ,
これらにより本訴提起時原告らがⅠにおける包括生活基盤から得ていた利益が害され,これらは,本件包括生活基盤変容の一要素である旨主張する。これに対し,
一審被告は,
避難指示解除後にⅠ区内において空間放射線量は大きく低減し,
生活に影響のない水準となっており,実際に2500名を超える住民が帰還して生活しており,また,教育や各種の事業活動なども現に行われている実情にあり,このような復興状況に係る実情を斟酌すべきである旨主張する。
避難指示解除後のⅠの現状は前記⑴のとおりであるものの,Ⅰ区が属する南相馬市においては,Ⅰ区の現状の問題点を意識した上で,復興を促進するために,南相馬市復興総合計画を策定し,病院診療事業や教育推進事業,小売店舗開設事業等の具体的な施策を計画し,
これに沿ってより具体的にⅠ区の現状の分析及び対策を打ち出したⅠ復興アクション・プランを策定して,状況の改善に努めており,実際に,高校の在籍生徒数の増加,新規スーパーマーケットの開店,病院や介護施設数の増加等の成果も得られており,農業については,復興組合による農業の復旧に向けた取組みや,南相馬市による農林水産業再興プランの策定がなされ,医療施設についても,南相馬市による市立Ⅰ病院の市立総合病院と連携しての入院機能の整備等の取組みもなされているところである。しかし,避難指示解除以降のⅠにおける現状等をみると,これらの復興への取組みによっても,現時点(当審口頭弁論終結時点)において,Ⅰにおける生活インフラ等が本件事故前の水準に達していないことは明らかである。したがって,上記復興の取組み等が今後も継続されることが想定されることからすると,この点のみをもって,本件事故前の本訴提起時原告らの包括生活基盤が不可逆的・確定的に毀損されたということはできないものの,生活インフラ等の復旧は十分ではなく,現時点においてもその復旧に相当の期間を要すると見込まれることは,特に若い働き手の世代や子どもがⅠ区に帰還することの大きな阻害要因となっているというべきであり,
共通損害である生活基盤の変容があったかどうかを評価する上で重要な考慮要素となるというべきである。
⑶住民同士の親密な人間関係,コミュニティ,伝統の継承等の利益一審原告らは,本件事故前,Ⅰ区においては,二世代,三世代で同居し,行政区ごとに住民が組織化され,緊密な人間関係・コミュニティを基盤にして伝統行事や伝統文化が受け継がれてきたが,本件事故によりコミュニティが崩壊したり,伝統行事が行われなくなったことにより,
本訴提起時原告らがこれらによって享受してきた利益
を喪失したことは,
一審原告らが主張する本件包括生活基盤喪失の重要な要素である
旨主張する。しかしながら,一審原告らが主張する上記利益は,その価値をどこまで重要なものと考えるか等について,
本件事故前の家族構成,
職業,
Ⅰ区等での居住歴,
地域団体における役職の有無等,その置かれた立場等により個人差が大きいと考えられ,
上述した濃密な人間関係や伝統を守り受け継ぐためのコミュニティが失われたことによる精神的苦痛の程度にも,一審原告ら各人の間において看過し得ない差があるというべきであるから,
個別事情に基づく慰謝料の増額事由として考慮するかどうか
は格別,少なくとも,本訴提起時原告ら全員に共通する損害としての生活基盤の変容があったかどうかを評価するに当たっては,考慮要素とはならないというべきである。⑷低線量放射線被ばくについて
一審原告らは,
避難指示解除後にもⅠ区に放射線物質が残存するという健康被害が認められ,又は,少なくとも住民が放射線被ばくによる健康被害に対する不安を抱いており,
この点も,
Ⅰに生きる
利益が喪失したことを基礎付ける事情として考慮す
べきである旨主張する。これに対し,一審被告は,Ⅰ区内の空間線量率の状況は年間1ミリシーベルトをも下回る程度にまで低減しており,Ⅰ区内に滞在することに伴い生ずる低線量被ばくによって客観的・科学的な危険にさらされているものとは評価できず,
一審原告らが放射線被ばくへの漠然とした懸念やストレスを抱くことによって,その慰謝料請求権を基礎付けることはできない旨主張する。
現段階のⅠ区の空間線量が住民に重篤な健康被害をもたらすレベルにあると認めるには足りないことは,原判決(164頁20行目冒頭から165頁21行目の

認定をすることはできない。まで)

が説示するとおりである。
本件事故による本件原発
からの放射性物質の放出が避難指示の理由であったことからすれば,空間線量が健康被害をもたらすレベルを下回ったとして避難指示が解除されたからといって,帰還した住民が放射線による健康被害に対する不安を抱き,帰還していない住民がその不安故に帰還を躊躇し又は断念することや,本件事故による放射性物質の拡散及びそれによる被ばくという汚染環境下で生活することにより一定のストレスを感じることを,一概に不合理であるということはできない。しかしながら,前記認定のとおり,避難指示解除後は,高齢者以外の若い世代を含めて,相当数の住民がⅠ区に帰還して日常生活を営んでいることや,Ⅰ区内の空間線量が健康被害をもたらすレベルを相当程度下回る年間1ミリシーベルトをも下回る程度にまで低減していることからすれば,住民の中に前記のような不安やストレスを感じる者がいることをもって,共通損害としての慰謝料請求権を基礎付ける生活基盤の変容があるということはできないというべきである。
よって,この点に関する一審原告らの主張は採用できない。
⑸共通損害としての包括生活基盤の著しい変容の有無について本訴提起時原告らは,本件事故前から,Ⅰ区等を生活の本拠として居住し,学校,家族,地域,職場等において各人が築き上げてきた生活基盤に支えられて平穏な生活を営んでいた者であるところ,
平成23年3月11日に本件事故により広範囲かつ大
規模に放射性物質の放出がもたらされたことから,政府等による避難指示により,何の準備もなく突然従前の生活の本拠から切り離され,Ⅰ区等のほぼ全域の住民が避難生活を余儀なくされ,
平成28年7月12日の避難指示解除まで5年4か月にわたっ
て従前の生活の本拠地への帰還を許されず,その間,Ⅰ区という統合されて機能していた一つの地域社会がその活動をほぼ完全に停止し,個々の住民は,平成27年6月12日に避難指示解除の見通しがつくまで不安な状態に置かれ,地域社会全体としての復興に向けた取組みが阻害される状態が相当期間継続したものであり,これらの事情は,本訴提起時原告ら全員に共通して認められる事情である。
このような長期間にわたる避難生活の後に従前の生活の本拠地への帰還が許されたとしても,地域全体の住民が避難を強いられ,その間地域における社会活動がほぼ全面的に停止していたことからすれば,前述した個人の平穏な生活を支えていた生活基盤が大きく変容する状況となることは当然想定されるところである。実際にも,前記⑵で述べたとおり,
生活インフラ等が本件事故以前の水準に回復するにはなお相当
の期間を要しその間通常の生活を送る上で相当の不便等が生じることに加え,前記認定に係る本件事故発生から避難生活を経て避難解除後現在に至る多くの本訴提起時原告らの生活状況をみても,本件事故前に各人が享有していた生活の基盤(3世代家族同居のもとで家族に見守られて老後生活を送っていた高齢者,大学卒業後地元への貢献を志して地元に戻り就職し結婚した女性,地元の学校に進学して卒業後も地元での就職を考えていた未成年者等,
その形態は様々である。は,

本件事故に基づく長期
間の避難生活等により,その程度や内容に差があるとはいえ,一様に大きく変容したことがうかがわれる。そして,避難指示が解除されて従前の住居地に帰還が可能な状況になった現時点(当審口頭弁論終結時)においても,本件事故前のⅠ区における生活基盤は回復されておらず,回復可能かどうかも不確定であり,仮に今後も継続される復興の取組み等によって回復されるとしても相当長期間を要することが見込まれるところである。また,前記認定のとおり,平成23年3月11日時点で1万2842人であったⅠ区の人口は,
避難指示解除により帰還可能となって相当期間が経過し
た後の平成31年5月31日時点でも3578人にとどまっており,うち高齢者の占める割合が高い比率を占めているのは,
若い世代が,
従前の生活基盤が大きく変容し,
未だ整備されていないことにより,就労場所や子育ての環境等が整っていないなどとして,
帰還を断念して避難先に新たな生活基盤を求め又は帰還を躊躇していることに起因すると認められ,そのことは,一審原告らの各陳述書(当審において提出されたものを含む。以下同じ。
)及び一審原告らの各本人尋問の結果において一審原告らが
一様に述べるところである。そして,帰還者が少ないこと,特に多くの若い世代や子どもがⅠ区に帰還しないこと自体が,生活インフラの復旧等の生活基盤の回復を阻害する大きな要因となっていると認められる。そして,これら本訴提起時原告らの生活基盤の変容は,本件事故に伴う避難指示によって地域全体の住民が避難し,一つに統合されて機能していた地域社会が長期間にわたってその活動をほぼ完全に停止したことに起因して生じたものであることは前記のとおりである。
したがって,上記のような著しい生活基盤の変容に基づく損害は,人の現実の生活や営みということを考えると,避難指示により従前の生活の本拠における生活基盤から切り離されたこと自体に基づく精神的損害とは別個の損害というべきであって,避難慰謝料とは別に慰謝料による賠償の対象となると認めるのが相当である。前記認定によれば,本訴提起時原告らの中には,避難指示解除後も,避難期間中に避難先その他別の場所で定住するなどしたことによりⅠ区に帰還していない者も多いが,一審原告らの各陳述書及び一審原告らの各本人尋問の結果によれば,これらの者もⅠ区における生活を望みながら,先の見えない避難生活が続く中で,子どもの養育監護や家族の介護等のためやむを得ず新しい生活基盤の中での生活を選択せざるを得ない状況等となったために帰還できなかったと認めるのが相当であり,避難指示解除後にⅠ区等に帰還しないことがその任意かつ主体的な判断によるものとはいえないから,そのことによって,
従前の生活基盤の著しい変容を原因とする精神的損害に対する賠償が不要となるものではない。
以下,避難慰謝料とは別の損害として認められる上記慰謝料につき,その根拠となる生活基盤の変容を
本件生活基盤変容これに基づく精神的損害を

本件生活基盤変容に基づく損害
,この精神的苦痛に基づいて認められる慰謝料を本件生活基盤変容に基づく慰謝料ということがある。なお,
一審原告らが請求するのは本訴提起時原告ら全員に共通する精神的損害としての慰謝料であり,同原告らがそれぞれ享有していた,本件事故前の生活基盤及びこれから得ていた利益,
これに対して抱いていた愛着の程度,
その喪失及び変容の程度,
現在の生活基盤から得ている利益の程度等は,相応に多種多様であって,個別性の大きいものもあるから,
共通損害として認められる本件生活基盤変容に基づく慰謝料金
額は,本訴提起時原告ら全員につき共通して認められる前記事情に基づき,一部限定的に算定されることとなるのはやむを得ないところであって,共通損害に含まれない各人の個々の具体的事情による損害は,別途共通損害を超える個別の損害に基づく慰謝料請求(残部請求)において考慮されることになるものと解するほかはない。また,本件生活基盤変容に基づく慰謝料と避難慰謝料とは,本件事故前に本訴提起時原告らが生活の本拠地において営んでいた平穏な日常生活を営む利益(平穏生活権)を被侵害利益として含んでいる点において共通しているものの,避難慰謝料は,避難を要する期間中従前の生活の本拠から強制的に引き離されること自体を日々発生する損害と評価されるものであるのに対し,本件生活基盤変容に基づく慰謝料は,本件事故前のⅠ区における生活基盤に比して,避難指示解除以降のⅠ区における生活基盤が著しく損なわれた状況にあることによる利便性,安定性及び安心性等の変化をもって,本件事故による生活基盤の変容による損害と評価するものである。5慰謝料額について
⑴避難慰謝料
ア慰謝料額算定に当たって中間指針等の内容を考慮することについて一審被告は,
本件事故により本訴提起時原告らが受けた精神的苦痛に対する慰謝料につき,
中間指針等の考え方に基づき,
1人月額10万円とし,
賠償を要する期間を,
本件事故が発生した平成23年3月から避難指示が解除された平成28年7月の後更に相当期間が経過した平成30年3月まで(中間指針等では1年間を目安としているが,
一審被告はこれを拡張して1年9か月間としている。の7年1か月分)
(85か
月分)として1人当たり850万円を支払った上,中間指針等に基づく賠償指針は,大多数の被害者の精神的苦痛を慰謝するに足りる水準として定められたものであり,ほとんどの本件事故の被害者との間で中間指針等に基づいて裁判外での紛争解決が図られていることなどからすると,法規範に準ずる規範として最大限度尊重されるべきであり,また,その内容は合理的であるから,これを超える慰謝料は認められない旨主張する。
しかしながら,
中間指針等は,
当事者による自主的な解決に資する一般的指針

して原賠紛争審査会が策定したものであり(原賠法18条2項2号),その内容が裁
判所を拘束する規範となるものではなく,仮に一審被告が主張するように,実際に本件事故による原子力損害の被害者の多くとの間で中間指針等に基づき裁判外で紛争解決が図られているとしても,
そのことによってその内容が法規範又はこれに準ずる
規範となるものではないから,裁判所は,中間指針等の内容に拘束されることなく,当審の口頭弁論終結時までに顕れた諸事情を斟酌し,その合理的な裁量によって一審原告らの請求の当否を判断すべきである。
ただし,中間指針等は,原賠法18条1項に基づき設置された原賠紛争審査会が,会議公開のもとで多数回にわたる審議を経て定めたものであり,審議の議事録も公開され,
中間指針等自体において指針策定の理由も詳しく説明されているところであり,その内容が上記審議内容や策定理由を踏まえて本件事故による原子力損害の賠償基準として合理的なものであると認められるのであれば,中間指針等に基づく賠償額を斟酌して,本件における慰謝料額を算定することは妨げられないというべきである。イ中間指針等の内容の妥当性について
そこで,中間指針等の内容の妥当性について検討するに,中間指針等における避難等対象者に対する精神的損害の賠償等の内容,金額算定の考え方及び当該内容が策定されるに当たってなされた議論の概要は,引用に係る原判決(17頁5行目冒頭から21頁18行目末尾まで及び137頁3行目冒頭から143頁2行目末尾まで)に記載のとおりであって,中間指針等が定める精神的損害の賠償額(慰謝料額)は,避難等対象者が自宅以外での生活を長期間余儀なくされ,正常な日常生活の維持・継続が長期間にわたり著しく阻害されたために生じた精神的苦痛を賠償すべき損害として,その損害額は,
避難等による生活費の増加費用と合算した一定の金額をもって算定することとし,
1人月額10万円を目安とすることとされ,
その額の算定に当たっては,
特に,本件事故発生から6か月間(第1期)については,
地域コミュニティ等が広範囲にわたって突然喪失し,これまでの平穏な日常生活とその基盤を奪われ,自宅から離れ不便な避難生活を余儀なくされた上,帰宅の見通しもつかない不安を感じるなど,最も精神的苦痛の大きい期間といえるとした上で,自動車損害賠償責任保険における入院慰謝料
(日額4200円,
月額換算12万6000円)
を参考にしたとされる。
本訴提起時原告らが避難生活によって被った共通損害としての精神的苦痛を評価する基礎となる共通事情の概要は前記2⑴記載のとおりであるところ,中間指針等が精神的損害の賠償額(慰謝料額)の基礎とした上記算定根拠は,前記共通事情を斟酌したものと認められる。また,通常の生活費増加分を慰謝料額に加算するのが相当であることは,原判決(169頁4行目冒頭から15行目末尾まで)が説示するとおりである。
そして,
慰謝料額の算定に当たって,
入院慰謝料を参考にした点についても,
それまでの生活基盤から長期間にわたって隔絶されその間従前の平穏な日常生活が阻害されたという点で類似性が認められるから不合理であるとはいえない。ただし,前記認定に係る原賠紛争審査会第7回会議の議事録にもあるとおり,入院生活は身体傷害を伴い又行動自体が制限されているという点で避難生活の方が精神的苦痛は小さいと認められること,
避難等対象者の避難生活に伴う精神的苦痛は時間の経過とと
もに低減するのが一般的であるにもかかわらず避難解除まで慰謝料月額が減額されていないこと等からすれば,放射線被ばくによる健康被害に対する不安がある中での避難であることのほか,避難慰謝料には通常の生活費増加分が含まれていることや,避難生活の長期化に伴い,
いつ自宅に戻れるか分からないという不安が増大すること
等を考慮したとしても,
上記入院慰謝料月額12万6000円を若干下回る月額10
万円に従前の生活の本拠地に帰還するまでの月数を乗じて避難生活に伴う精神的損害に対する慰謝料額を算出するという中間指針等の考え方には合理性が認められ,本件全証拠によるも,
本件における相当な避難慰謝料の月額を10万円を上回る金額と
すべき事情があるとは認められない。
一審原告らは,本訴提起時原告らの避難生活の過酷な状況等からすれば,本訴提起時原告らの避難慰謝料が刑事補償の補償額よりも低くなることはあり得ない旨主張するが,被告人あるいは受刑者として抑留・拘禁等を受け,ほぼ完全に行動の自由が制限されて拘束状態に置かれたことを前提とする刑事補償制度と本件における避難慰謝料を同列に論じることはできず,一審原告らの上記主張は採用できない。ウ生活費増加分の加算について
一審原告らは,当審において,避難生活に伴う精神的苦痛に対する慰謝料算定の基礎となる月額につき,
10万円に生活費増加分5万を加算した月額15万円が相当で
ある旨主張する。
しかしながら,前述のとおり,生活費増加分を慰謝料に加算するのは,立証の困難な通常の生活費増加分の個別立証を要求することが迅速な救済という点から相当でないと考えられるからであり,ここで想定されているのは,前記認定のとおり,避難した大多数の住民に発生すると思われる通常さほど高額とならず,個人ごとの差違も少ない生活費に限られること,中間指針等においては,別途,生活費の増加分に対する賠償としての性質を含む避難費用,一時立入費用,帰宅費用,財物価値の喪失又は減少等につき損害賠償が認められていることからすれば,共通損害としての生活費増加分を避難慰謝料額に加算しても,月額10万円を上回るとはいえないというべきであり,一審原告らの上記主張は採用できず,生活費増加分を含めて中間指針等が月額10万円としたことに不合理な点は認められない。
エ避難慰謝料の賠償対象期間の終期について
一審被告は,避難慰謝料の賠償対象期間の終期につき,平成28年7月12日の避難指示解除後の平成30年3月分までとするのが相当であるとして,中間指針等に基づく前記月額10万円に平成23年3月から平成30年3月までの85か月を乗じた850万円が相当な慰謝料額であると主張し,その支払を了している。これに対して,一審原告らは,避難生活が5年以上に及んでいることから,避難指示が解除されても実際にⅠに帰還できる状態になるには相当の期間を要するとして,賠償対象期間の終期は,
避難指示解除後3年が経過した平成31年7月とすべきである旨主張する。避難指示により従前の生活の本拠地で生活できないことを根拠とする避難慰謝料は,その性質上,従前の生活の本拠地への帰還が可能となった時点で賠償の終期を迎えると解されるが,前記認定のとおり,原賠紛争審査会における意見等を踏まえ,中間指針等は,避難指示の解除から相当期間経過後を賠償対象期間の終期と定め,その理由につき,
避難生活が長期にわたったことから実際に帰還するには相応の準備期間を要することを挙げ,当面の目安を1年間としたが,一審被告は,その終期を延長して平成30年3月末までとした(避難指示解除後1年9か月経過時)。避難指示解除
については,その約1年前に予告がなされていること,避難指示解除前からⅠ区内には一時立入りをして帰還の準備をすることが可能であったこと等からすれば,避難指示が解除されてから1年9か月あれば,帰還のための準備期間として通常は十分であり,帰還に更に期間を要する特段の事情があれば,個別に賠償終期を遅らせて算定される慰謝料額を追加請求することも可能であるから,共通損害としての避難慰謝料の賠償対象期間の終期を一審被告が定めた平成30年3月末とすることが不合理であるとはいえない。
オ小括
以上検討したところによれば,本件生活基盤変容に基づく慰謝料とは区別される避難慰謝料について,一審被告が,これを中間指針等に基づき月額10万円と評価し,賠償対象期間の終期を中間指針等が目安とする1年を超える平成30年3月末とした上で,その総額を850万円と算定したことは不合理とはいえず,当審も共通損害に対する賠償としての避難慰謝料は総額850万円と評価するが相当であると判断する。そうすると,一審被告は,避難慰謝料に関しては,相当な金額を支払済みであるから,
上記850万円を超える避難慰謝料の支払を求める一審原告らの主張には理由がない。
⑵本件生活基盤変容に基づく慰謝料について
ア慰謝料額算定に当たっての基本的な考え方
本訴提起時原告らは,本件事故によって,平穏な日常生活とその基盤を奪われ,避難指示の解除により従前の生活の本拠地への帰還が可能になっても未だ回復されていない生活基盤の変容という人格的利益の侵害を受けており,これに基づく精神的苦痛に対して,一審被告が,避難慰謝料とは別個に慰謝料(本件生活基盤変容に基づく慰謝料)による賠償義務を負うことは,前記4で述べたとおりである。ただし,上記精神的苦痛の程度は,その性質上,避難慰謝料よりも各人の感じ方や生活状況等の個別事情による差異が大きく,
一審原告らが求めるものが本訴提起時原告ら全員に共通
する損害に対する慰謝料である以上,慰謝料額の算定に当たっては,前記4⑶で述べた住民同士の親密な人間関係,コミュニティ,伝統の継承等の利益等の個別事情を考慮外とするほか,前記4⑸で述べた本訴提起時原告らに共通して認められる事情,すなわち,
避難指示等により地域全体の住民が従前の生活の本拠を離れることを強いられ5年4か月にわたって帰還できなかったことにより,Ⅰ区の住民であれば誰もが経験したであろう従前の生活基盤の変容とこれに伴う精神的苦痛を認定し,これを賠償するに足りる慰謝料額を算定する必要がある。一審原告らはⅠに生きることの喪失による損害として,前記のとおり上記事由以外の種々の増額事由(本訴提起時原告らが被った具体的損害)
を主張した上で慰謝料額としては1000万円が相当である
とし,原判決もその主張の多くを認めて慰謝料額総額の算定要素として考慮し,一審被告が認める850万円を超える慰謝料額としては300万円が相当である旨説示する。しかし,それらの事由は,いずれもそもそも慰謝料額増額の事由となり得ないもの,既に避難慰謝料額の算定において考慮済みであるもの,個別の慰謝料額の増額事由とはなり得ても共通損害としての慰謝料額を算定するに当たっては個別性が強く増額事由とすることができないものであり,これらの事由を慰謝料額算定に当たり考慮要素として斟酌するのは相当でないというべきである。そうすると,上記慰謝料額の算定については,
自ずから従前の生活基盤の変容による影響や被った精神的損害
の少ない避難等対象者を想定した水準に留まらざるを得ない面があり,これを超える精神的苦痛を被ったと主張する者は,当該個別事情に基づき別途慰謝料の追加支払を求めるほかはない。
イ慰謝料額の算定
本件においては,避難指示解除後の期間を含む7年1月(85月)にわたり1人月額10万円総額850万円の避難慰謝料が支払われているところ,その支払には,その期間中従前の平穏な生活を支える生活基盤が失われたことによる精神的苦痛を慰謝する趣旨の支払が含まれており,これにより,本件生活基盤変容に基づく精神的損害の一部が塡補されていると認められる。また,引用に係る原判決の前提事実及び証拠
(乙A2,によれば,
3)
平成25年12月に策定された中間指針第四次追補では,
帰還困難区域に生活の本拠地を有した者については,
長年住み慣れた住居及び地域が見通しのつかない長期間にわたって帰還不能となり,そこでの生活の断念を余儀なくされた苦痛等の一括賠償として,中間指針第二次追補で示された600万円に,1人1000万円を加算し,上記600万円を月額に換算した場合の将来分(平成26年3月以降)の合計額(ただし,通常の範囲の生活費の増加費用を除く。)を控除し
た金額を賠償することとされ,加算額の算定に当たっては,過去の裁判例及び死亡慰謝料の基準等も参考とした上で,避難指示が事故後10年を超えた場合の避難に伴う精神的損害額
(生活費増加費用は含まない。の合計額を十分に上回る金額として,)

住所地での生活の断念を余儀なくされた精神的苦痛等に対する慰謝料が1000万円と評価されていることが認められるところであり,これとの比較において(上記1000万円自体が低額であるとの批判は措くとして)
,平成30年3月末まで避難慰
謝料の支払を受けた上でなお塡補されない本件提訴時原告らの本件生活基盤変容に基づく慰謝料は,帰還困難地域と異なり従前の生活の本拠地(旧住所地)への帰還自体は可能であることを考慮すべきであり,上記金額から相当程度減額されたものとなることはやむを得ないというべきである。さらに,前記認定したところによれば,中間指針等においては精神的損害以外にも種々の項目の損害賠償が別途なされているところ,その賠償は本件生活基盤変容に基づく慰謝料とは賠償対象を異にするから,直接慰謝料額算定の減額要因となるものではないが,それらの賠償は,帰還した従前の住居地での新たな生活基盤を構築するための,あるいは帰還を選択しなかった者が別の場所で新たな生活基盤を構築するための原資等とすることもできるものであり,これにより従前の生活基盤が変容した者の精神的苦痛が一定程度緩和される面があることも否定できない。
その他本件に顕れた一切の事情を考慮すると,本件生活基盤変容によって本訴提起時原告らに生じた共通の損害に対する慰謝料額としては,100万円をもって相当と認める。
なお,一審被告は,本訴提起時原告らに対し,精神的損害の賠償の外に多額の財産的賠償を行っているところ,
その賠償は本来損害として認められる範囲を超えて行っ
たものであるから,
この点を慰謝料額算定に当たって考慮すべきである旨主張するが,その賠償が慰謝料とは賠償対象を異にするものであることに加え,本件記録に照らしても,
上記財産的賠償がそもそも本訴提起時原告らの被った財産的損害に対する賠償として十分なものであったか否かは明らかでない。よって,一審被告の上記主張は採用できない。
また,一審被告は,過去の類似又は同種事件の裁判例による慰謝料額の認容水準や公共用地取得に伴う損失補償基準に精神的損失の補償に係る規定が置かれていないことなどと比較しても,1人当たり850万円の慰謝料額は一審原告らの精神的苦痛を十分慰謝するものである旨主張する。しかしながら,一審被告が指摘する過去の裁判例は,不法行為の対象とされた加害行為の態様や,その期間,被害者の被害態様等において,
いずれも多くの点で本件と事案の性質,
内容等を異にするものであるから,
上記各事例において認容された慰謝料額と比較することによって本件における共通損害としての慰謝料額の多寡を判断することは相当でない。また,無過失損害賠償責任たる原賠法に基づく損害賠償と公共用地取得に伴う損失補償とでは,その法的性質等を異にするものであることは明らかであるから,後者において精神的苦痛に対する補償がなされていない又は補償額が僅少であることは,本件における慰謝料額に関する判断を左右するものではない。よって,この点に関する一審被告の上記主張も採用できない。
6一審原告〔45〕-3,一審原告〔67〕-6及び一審原告〔95〕-3の請求について
⑴本訴提起時原告らの慰謝料請求のうち,避難慰謝料については,一審被告から既に支払を受けていることに争いがない850万円を超える部分につき,本訴提起時原告ら全員に共通する損害に対する同一額の慰謝料の支払を請求するものであるところ,前記のとおり,共通損害に対する賠償としては,一審被告が認め支払を了した850万円が相当な慰謝料額と認められるから,本件事故前の生活の本拠地がどこであったか(
〔45〕―3,
〔95〕―3)
,本件事故時に胎児であったことを慰謝料算定
に当たりいかに評価するか(
〔67〕-6)等その余の点について検討するまでもな
く,避難慰謝料に関する上記3名の一審原告らの請求は理由がない。⑵次に,上記3名の一審原告ら以外の本訴提起時原告らについては,前述のとおり,共通損害である本件生活基盤変容に基づく慰謝料として,1人当たり100万円を認容すべきであるところ,上記3名の一審原告らについても,他の本訴提起時原告ら同様,上記慰謝料請求権を認めるべきか否かを検討する。
ア一審原告〔45〕―3(以下,本項においては一審原告Ⓗという。)につい

証拠(甲B〔45〕―14~21,当審一審原告Ⓗ本人尋問)及び弁論の全趣旨によれば,一審原告Ⓗの本件事故の前後を通じての生活状況に関し,以下の事実が認められる。
a一審原告Ⓗは,平成3年●月●日生まれであり,一審原告〔45〕―4は一審原告Ⓗの弟である。一審原告Ⓗの両親は平成16年9月に離婚し,平成17年,同一審原告は弟とともに父方の祖父母である一審原告
〔45〕
―1及び亡一審原告
〔45〕
―2に引き取られ,以後Ⅰ区内において4人での生活が続いた。
bその後,一審原告Ⓗは,平成22年4月に仙台市所在の大学に進学し,同市内所在の学生寮の一室で暮らし同大学に通学していた。
cⅠ区内の実家には,
一審原告Ⓗが大学に進学した後も従前どおりの状態で部屋
が残され,大学進学後本件震災までの間,盆,正月,夏休み,冬休み,春休み等にはⅠの実家に帰省し,その他週末にも頻繁に帰省しており,住民登録も仙台市に移すことなく,Ⅰのままであった。
d一審原告Ⓗは,
大学で教員免許を取得した後,
Ⅰ区又は近隣地域で教職に就き,
Ⅰの実家から通うことを希望していた。
e本件事故の際,一審原告ⒽはⅠの実家に帰省していて被災し,しばらく避難所で暮らした後,大学が始まった後平成23年5月に前記寮に戻り,大学に通い始めたが,同年9月ころからうつ症状を自覚して大学に通えなくなり,平成24年4月には心療内科でうつ病の診断を受けたが,同年9月に復学した。一審原告Ⓗは,平成24年4月から同年9月までは,Ⅱ区の実母方で暮らし,復学後は角田市に転居して同市から大学に通うようになった。なお,角田市には同一審原告の実父が暮らしている。f以上の経緯から,一審原告Ⓗは,教員になるという当初の希望を諦め,大学卒業後は角田市の市民センターで働いた後,平成27年10月21日には,住民登録をⅠ区の実家から居住する角田市に移転し,
現在は宮城県大河原市で販売員をしている。
g一審原告Ⓗの祖母である一審原告〔45〕―1は,避難指示解除後の平成30年4月1日に一審原告Ⓗの弟である一審原告〔45〕―4とともに,Ⅰの実家に帰還している。なお,一審原告Ⓗの祖父である一審原告〔45〕―2は,避難中の平成27年●月●日に死亡している。
以上認定したところによれば,一審原告Ⓗが両親離婚後引き取られたⅠ区在住の祖父母と密接な関係を有し,Ⅰの実家に愛着を抱いていたことは認められるとしても,大学進学後は,Ⅰの実家は帰省先に過ぎず,生活の本拠は当時大学に通うために住んでいた仙台市所在の学生寮であったというべきである。本件生活基盤変容に基づく慰謝料は,生活の本拠から切り離されて避難生活を余儀なくされ,生活の本拠における従前の生活基盤が変容したことに基づく慰謝料であり,本件事故当時の一審原告Ⓗの生活の本拠がⅠ区にあったとは認められない以上,同一審原告に上記慰謝料請求権を認める前提を欠くというべきである。よって,その余の点について検討するまでもなく,一審原告Ⓗの請求には理由がない。
一審原告Ⓗは,
Ⅰの実家に生活の本拠がなくても包括生活基盤はⅠにあったのであるから,
生活基盤の変容に基づく慰謝料請求の可否につき他の一審原告らと異なる扱いをすべきではない旨主張する。しかしながら,本件事故時にⅠに生活の本拠を有していなかった同一審原告の請求を認める余地がないことは前述したとおりである。なお,一審原告Ⓗが大学進学時にⅠでの就職希望を抱いていたとしても,前記事情に本件事故後の同一審原告の居住地等をも併せ考慮すると,本件事故時に一審原告Ⓗの生活基盤がⅠ区にあったと評価することはできないというべきである。イ一審原告〔67〕-6について
一審原告
〔67〕
-6は,
本件事故時においては未だ胎児で出生していなかったが,
その父母である一審原告〔67〕―3・4は,本件事故前からⅠ区に居住して同所を生活の本拠としており,避難中の平成23年●月●日に一審原告〔67〕―6が出生したことが認められる(甲B〔67〕―3・10・10-2)
。胎児は,損害賠償請求
権については既に生まれたものとみなされる(民法721条)ことからすれば,本件事故による原子力損害に基づく損害賠償請求権の享有主体となり得ないわけではない。しかし,本件生活基盤変容に基づく慰謝料は,本件事故前からⅠ区内で平穏な生活を送っていた者が本件事故によってこれを支える生活基盤が変容したことに基づく慰謝料であることその他同慰謝料の内容,性質等に鑑みれば,本件事故当時胎児であり本件事故前にⅠにおける生活基盤による利益を享有していたとは認められない一審原告〔67〕―6に上記慰謝料を認めることはできない。
ウ一審原告〔95〕―3について
一審原告〔95〕―3は,本件事故当時,Ⅰ区に自宅を所有し,同自宅には妻子等の家族は居住していたが,
同一審原告自身は,
仕事の関係で海外に単身赴任しており,
本件事故後平成23年5月に一時帰国し,その後平成26年3月に退職したが,それまで年に1,2回帰国していて,退職直前の同年2月に帰国した後仮設住宅での生活を経て,現在はⅠ区に新たに建てた自宅に居住している(甲B〔95〕―3~11)。
以上認定したところによれば,本件事故当時の一審原告〔95〕―3の生活の本拠は海外の単身赴任先にあったというほかなく,同一審原告がⅠ区内に建物を所有し同建物に家族が居住していたことは,上記認定を左右するものではない。そして,本件生活基盤変容に基づく慰謝料は,生活の本拠から切り離されて避難生活を余儀なくされ,生活の本拠における従前の生活基盤が変容したことに基づく慰謝料であり,本件事故当時の同一審原告の生活の本拠がⅠ区内にあったとは認められない以上,同一審
原告に上記慰謝料請求権を認めるべき前提を欠くというべきである。よって,その余の点について検討するまでもなく,一審原告〔95〕―3の請求には理由がない。一審原告〔95〕―3は,同一審原告が所有する建物は同一審原告の祖父が建てた建物であり,同一審原告は,Ⅰで生まれ育ち,Ⅰの高校を卒業し,Ⅰで就職し,結婚後もⅠに居を構えていたのだから,同一審原告の生活基盤はⅠにあったとして,生活基盤変容に基づく慰謝料請求が認められるべきである旨主張するが,本件生活基盤変容に基づく慰謝料が認められるためには,その性質上避難指示区域内であるⅠ区内に生活の本拠を有し本件事故により避難を余儀なくされ,本件事故当時に享有していた生活基盤が変容したと認められることが必要であることは,前述したとおりであって,同一審原告の上記主張は採用できない。
7まとめ
以上検討したところによれば,一審原告〔45〕-3,一審原告〔67〕-6及び一審原告
〔95〕
-3を除く本訴提起時原告ら
(本訴係属中に取り下げた者を除く。

について生じた慰謝料の額は,
一審被告が認めて支払済みの850万円に100万円
を加算すべきであり,
これに本件事故と相当因果関係のある弁護士費用として相当と
認められる10万円を加えると,110万円となる。また,引用に係る原判決(第2章第2の5)記載のとおり,訴訟承継人のある一審原告らは,それぞれ別紙2訴訟承継目録の相続割合欄記載の割合で,同目録の死亡原告欄記載の本訴提起時原告らの上記請求権を相続等したから,同承継人たる一審原告らの認容額は,同目録の認容額欄記載の額となる。
第3結論
よって,原判決は一部相当でなく,一審被告の控訴には一部理由があるから,主文第1項記載のとおりこれを変更することとし,控訴人である一審原告らの控訴はいずれも理由がないからこれを棄却することとし,一審被告から申立てのあった仮執行宣言免脱につき原判決が提供を命じた担保額を,上記認容額の減額に対応させて減額することとして,主文のとおり判決する。
東京高等裁判所第24民事部

裁判長裁判官

村田
裁判官

住友隆行
裁判官

五嵐章裕十渉
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