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危険運転致死被告事件
事件番号令和1(う)129
事件名危険運転致死被告事件
裁判年月日令和2年3月17日
裁判所名・部広島高等裁判所  第1部
結果棄却
原審裁判所名広島地方裁判所
原審事件番号平成29(わ)260
判示事項の要旨カーブ進入時の被告人車両の速度である時速99kmから112kmはカーブでの限界旋回速度を超えていたとまでは認められないものの,「進行を制御することが困難な高速度」(自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律2条2号)に該当するとして,カーブで対向車線に自車を進出させて対向車両に衝突させ,その運転者を死亡させた被告人の行為につき危険運転致死罪の成立を認めた原判決の判断が是認された事例
裁判日:西暦2020-03-17
情報公開日2020-06-04 22:15:08
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令和2年3月17日宣告

広島高等裁判所

令和元年(う)第129号
原審

広島地方裁判所

危険運転致死被告事件

平成29年(わ)第260号
主文
本件控訴を棄却する

第1


控訴趣意について

本件控訴の趣意は,主任弁護人板根富規ほか作成の控訴趣意書及び主任弁護人板根富規作成の控訴趣意書2に,
これに対する答弁は,
検察官田村章作成の答弁書に,
これに対する反論は,主任弁護人板根富規ほか作成の主張書面に,それぞれ記載されたとおりであるから,これらを引用する。
本件は,被告人が,右方に湾曲する道路において,その進行を制御することが困難な高速度である時速約99kmから112kmで普通乗用自動車を走行させたことにより,
自車を道路のカーブに応じて進行させることができず,
対向車線に進出させ,
対向進行してきた被害者運転の普通貨物自動車に自車を衝突させ,よって,同人に緊張性気胸等の傷害を負わせ,死亡させたという事案である(なお,前記速度での走行は,後記のとおり,カーブ進入地点でのものであることは,公判前整理手続の経過から明らかである。)。
論旨は,①被告人車両の走行速度が進行を制御することが困難な高速度であると認定し,さらに被告人にその旨の故意を認定した点で原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認がある,②被告人を懲役5年の実刑に処した原判決の量刑は,重過ぎて不当であるというのである。
第2
1
事実誤認の論旨について
被告人の車両走行速度が進行を制御することが困難な高速度に該当する
との点について


原判決の説示等


原判決は,この点について,要旨,次のとおり説示している。

被告人車両の高機能エアバッグセンサーには,衝突5秒前から被告人車両の速度が1秒ごとに記録されており,この記録と実況見分調書等の資料から導かれる衝突直前の被告人車両の速度は,衝突4秒前で時速113.16km,衝突4秒前から3秒前の間に通過した②地点(後記のとおり,カーブ進入地点と認められる。実況見分調書添付の交通事故現場見取図②地点である。以下,この交通事故現場見取図上の地点については,単に①地点というように略記する。)で時速約99kmから112km,衝突3秒前で時速101.35km,衝突3秒前から2秒前の間に通過した③地点(②地点から約25.2メートル先で,被告人車両の後輪のスリップが始まった地点)で時速約96km,衝突2秒前で時速94.56kmであった。他方,本件カーブの曲率半径,路面の勾配,路面とタイヤとの摩擦係数から算出される③地点における限界旋回速度は,時速約92kmであった。ここで,③地点における被告人車両の速度及び限界旋回速度は計算上の数値であるから,多少の誤差を生じる可能性があり,③地点における被告人車両の実際の速度が限界旋回速度を超えていたことが常識に照らして間違いないとまではいえない。他方,②地点における被告人車両の速度,衝突3秒前及び2秒前の速度,②地点と③地点との間の距離(25.2m)等に照らせば,③地点における被告人車両の速度は,限界旋回速度である時速約92kmを下回っていたとしても,それにほぼ近い速度であったと認められる。このような速度で被告人車両を走行させた場合,ハンドルやブレーキ操作の僅かなミスで遠心力とタイヤの摩擦力との均衡が崩れる状態にあった。
加えて,本件衝突の機序は,本件カーブ進入前からのブレーキ操作によって被告人車両の前輪荷重が増す一方で後輪の荷重が減少して後輪の摩擦力が低下していたところ,本件カーブに進入して遠心力が後輪の摩擦力を上回り,カーブ外側に横滑りを始め,被告人が更にブレーキをかけつつハンドルを右に切っていたことで,車体前部がカーブ内側を向き対向車線に進出し,被害者車両と衝突したものと考えら
れ,被告人において急ハンドルや急ブレーキなどの格別異常な操作を行ったことはなかったものと認められる。
このように,被告人車両が限界旋回速度にほぼ近い速度で③地点を走行し,わずかな操作ミスで本件衝突を引き起こしたことを前提に被告人の行為について検討すると,③地点の25.2m手前に位置する本件カーブ進入地点(②地点)において,時速約99kmから112kmという他の自動車の実勢速度に比べても相当な高速度で自車を走行させたという被告人の行為は,ハンドルやブレーキ操作の僅かなミスで容易に制御を失い,
進路から逸脱させるなどして事故を発生させることとなる速度,
すなわち進行を制御することが困難な高速度での走行であったといえる。イ
原判決の前記説示に,論理則,経験則等に照らし不合理な点はない。以下,
若干,補足して説明する。
(ア)高機能エアバッグセンサーの記録等によれば,被告人車両は,本件カーブに進入する前の直線道路を,衝突5秒前から4秒台の時点で時速129.10km程度で走行し,
カーブ進入に際し減速していく中で本件事故に至ったものと認められる。(イ)ところで,本件公訴事実は,一連の被告人の走行行為のうち,曲線道路に進入する地点における走行行為を訴因として特定したものであり,その地点は,証明予定事実記載書4添付の現場見取図上の①地点であり,衝突地点から広島市方面側へ約70メートルの地点
(以下,
この地点のことを
カーブ進入地点
という。

であるとされている。実況見分調書等の証拠上,本件カーブがどの地点から始まっているかは,必ずしも明確にはされていないが,被告人車両の速度を解析した科学警察研究所の甲証人の証言では,カーブ進入地点が②地点であることが前提とされており,この点について,双方当事者から特段の異論も示されていないことから,カーブ進入地点は②地点であると認めるのが相当である。そして,高機能エアバッグセンサー等の証拠から,②地点での被告人車両の速度が時速約99kmから112kmの間であり,スリップが生じた③地点でのそれが時速約96kmであったことが認められる。
また,
③地点での限界旋回速度は時速約92kmと認められる。もっとも,

これらの数値は,一定の理論の下での推計値であることを踏まえると,被告人車両の速度は,限界旋回速度を超える高速度であったか,これを超えないまでも,限界旋回速度とさほど変わらない高速度であったと認めるのが相当であり,この限りで,
原判決の認定を是認することができる。
そして,本件事故状況について捜査機関の嘱託を受けて鑑定を行った乙は,本件におけるような限界旋回速度とさほど変わらない速度での走行は,車両のタイヤの摩擦力と遠心力が,ぎりぎりのところで均衡が保たれている状況であり,わずかなハンドル操作やブレーキ操作のミスで,その均衡が崩れ,後輪が遠心力に負けて横滑りを起こしかねない状況にあった。本件事故のきっかけは被告人のわずかな運転操作ミスによる後輪の横滑りにあり,後輪が横滑りした原因は,限界旋回速度を超えていても超えていなくても,速度の出し過ぎであったと認められる旨を証言している。同証人の衝突に至る機序の説明は合理的であり,その信用性は十分である。この証言を踏まえれば,③地点における被告人車両の速度が,進行を制御することが困難な高速度に該当することは明らかである。そうすると,その手前に位置し,より高速度であったことが明らかな②地点での被告人車両の速度が,進行を制御することが困難な高速度であったことも優に認められる。⑵

所論の検討

所論は,本件事故の原因は,被告人車両の速度の出し過ぎによるものではなく,急なブレーキ操作あるいはハンドル操作,
もしくはその双方によるものであるから,
被告人車両の進行速度は進行を制御することが困難な高速度には該当しないと主張する。この点について,被告人は,原審公判廷における被告人質問で

③地点でブレーキペダルががたがたした。ブレーキペダルを下から突き上げられるような感じだった。

などと供述し,所論は,この被告人供述を根拠として,これがいわゆるABSの作動であり,被告人によって急な強いブレーキ操作が行われた証左であると主張するものである。しかし,甲証人は,その豊富な交通事故鑑定の経験等に基づく専門的知見を踏まえ,急ブレーキをかけたのであれば,ABSが起動した
場合でも,タイヤ痕が必ず印象されると証言しているところ,本件事故現場にタイヤ痕等の被告人の前記供述の裏付けとなるような客観的痕跡は,何も発見されていない。また,被告人自身,急激なハンドル操作についてはなかったものと供述している。
結局,証拠を検討しても,被告人が急なブレーキ操作やハンドル操作を行ったことはうかがわれず,この点の原判決の説示に誤りはない。なお,仮に所論がいうような運転操作が行われて,それが,③地点でのスリップと対向車線への進出を招いた原因であったとしても,それは,進行を制御することが困難な高速度の運転に誘発されたものであり,その危険性が現実化した運転ミスといえるから,危険運転行為の認定を左右するものとはいえない。いずれにせよ,所論は採用できない。2
故意の点について



原判決の説示等


原判決は,この点について,要旨,次のとおり説示している。

被告人車両が小型車であるのに,衝突5秒前の速度が時速129.10kmであったことからすると,このような速度で被告人車両を運転走行するには,アクセルペダルを相当に踏み込まなければならないし,それにより生じるエンジン音も相当大きいものであったと考えられる。加えて,被告人車両の窓は開いており,車外から入る風の音もそれなりに大きいものであったと考えられる。これらの事情から,被告人は,本件当時,速度計を確認していなかったとしても,非常に高速度で自車を走行させていること自体は認識していたものと推認できる。そして,被告人は,本件カーブに差し掛かる前に少なくとも2台の自動車を追い越したことを自認しているが,他の自動車の速度状況や追越しに関する規制等の道路状況を併せ考えると,被告人は,勤務先への到着を急ぐあまり,自車及び他車の交通の危険を冒し,交通違反の程度も大きい運転をしていたことがうかがわれ,この点も,被告人が非常な高速度で運転していたことの認識を裏付ける一事情といえる。
また,本件カーブは,被告人の通勤経路でもあって,被告人は,直線の続く道路
の先に本件カーブが存在することを認識しており,前記のような高速度で被告人車両を進行させればカーブを道なりに沿って曲がることができない可能性を認識していたからこそ,衝突に至るまでブレーキをかけ続けていたものといえる。そうすると,被告人は,自車の速度が,その進行を制御することが困難な高速度であることを基礎付ける事実関係を十分に認識していたと認められる。イ
原判決の前記事実認定及び説示に,論理則,経験則等に照らして不合理な点
はない。


所論の検討


所論は,被告人が,本件カーブに進入する前に,いつもよりも強めのブレー
キ操作を行って減速し,この操作によって十分に本件カーブを曲がり切れる速度まで減速できたと認識したものであるから,本件故意が認められないと主張する。しかしながら,衝突5秒前で本件カーブに差し掛かる直前の被告人車両の速度が毎時50kmの制限速度を大幅に超える時速約129.10kmという高速度であり,その後,減速したとはいえ,カーブ進入地点でなお時速約99kmから112kmであったことからして,被告人は,自車が非常に高速度でカーブに進入したことを認識していたものと推認される。その後,減速措置を継続することにより,本件カーブを曲がり切れると誤信したとしても,それは,基礎事実を認識した上で,危険性についての評価を誤ったものに過ぎず,この誤信は,故意を阻却するものではない。所論は採用できない。

所論は,被告人は,衝突の5秒前にスピードの出し過ぎに気付き,それから
の5秒間,必死にブレーキを踏み続けているのであって,②地点までにスピードを落としきれなかったことは過失に過ぎず,進行を制御することが困難な高速度を出すことの認識・認容が認められないとも主張する。
しかしながら,原判決が説示するような本件カーブ進入前における被告人の認識内容からして,被告人が,カーブ進入前の衝突の5秒前の時点で初めて速度の出し過ぎに気付いたというのは,あり得ないことである。

被告人は,自らの高速運転を認識・認容し,高速度であっても減速を続ければ本件カーブを通過できると判断していたに過ぎない。被告人が,本件カーブへの進入前後にブレーキを踏み続けていたことは所論のとおりと認められるが,必死にといった心理状態であったことは,被告人自身も供述していない。要は,自らの行為の危険性を安易に考えていたというにとどまる。所論は採用できない。3
小括

よって,原判決には事実誤認はない。論旨は理由がない。
第3

量刑不当の論旨について

本件事案の内容は,前記第1で示したとおりであるところ,原判決が,(量刑の理由)の項で説示する内容は,正当として是認できる。
所論は,本件動機・経緯が,仕事に穴をあけてはいけないという必死の思いから速度を上げ過ぎてしまったというものであること,被告人がカーブ手前でブレーキをかけて減速していること,当時,被告人が勤務時間にして月に300時間を超える過酷な勤務状態にあり,これが本件に影響を及ぼしていることなどの事情から,本件には執行猶予が相当であると主張する。
しかしながら,少なくとも指定最高速度の二倍近くに及ぶ被告人車両の速度等を考慮すれば,本件が,同種事案の中にあっても,決して軽い部類に属するものではなく,執行猶予が相当な事案とは到底いえないとした原判決の評価は正当であり,所論の主張を全て考慮しても,被告人を懲役5年の実刑に処した原判決の量刑が重過ぎて不当とはいえない。
論旨は理由がない。
第4

結論

よって,刑訴法396条により本件控訴を棄却することとして,主文のとおり判決する。
令和2年3月25日
広島高等裁判所第1部

裁判長裁判官


裁判官

裁判官

田隆史水落桃子廣瀬裕亮和
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