判例検索β > 令和1年(う)第101号
関税法違反、外国為替及び外国貿易法違反被告事件
事件番号令和1(う)101
事件名関税法違反,外国為替及び外国貿易法違反被告事件
裁判年月日令和2年3月5日
裁判所名・部広島高等裁判所  第1部
結果棄却
原審裁判所名広島地方裁判所
原審事件番号平成29(わ)232
裁判日:西暦2020-03-05
情報公開日2020-06-04 22:22:30
裁判所の詳細 / 戻る / PDF版
令和2年3月5日宣告

広島高等裁判所

令和元年(う)第101号
原審

広島地方裁判所

関税法違反,外国為替及び外国貿易法違反被告事件

平成29年(わ)第232号
主文
本件控訴を棄却する

第1


控訴趣意

本件控訴の趣意は,主任弁護人山﨑浩一ほか作成の控訴趣意書に,これに対する答弁は,検察官緒方淳作成の答弁書に,これに対する反論は,主任弁護人山﨑浩一ほか作成の答弁書への反論書に,それぞれ記載されたとおりであるから,これらを引用する。
本件は,被告人が,国際的な平和及び安全の維持を妨げることとなると認められるものとして政令で定める特定の地域である中華人民共和国を仕向地とする特定の種類の貨物であり,かつ,核兵器等の開発等のために用いられるおそれが特に大きいと認められる貨物として政令で定められ,その輸出に際して経済産業大臣の許可を受けなければならない貨物である,炭素繊維の製造用の装置である不融化炉の部分品である炉殻2点
(以下,
このうち,
原判示第1の各事実に係るものを
貨物A

同第2の1の各事実に係るものを貨物Bという。)及び炭化炉の部分品である炉殻1点(原判示第2の2の各事実に係るもの。以下,これを貨物Cといい,貨物A,貨物B及び貨物Cをまとめて本件各貨物という。)を,税関長に本件各貨物が経済産業大臣の許可を受ける必要のない貨物であるとの虚偽の輸出申告をした上で,これらを同大臣の許可を受けないで中華人民共和国に向けて輸出したという関税法違反,外国為替及び外国貿易法(以下外為法という。)違反の事案である。
論旨は,①原判決が,本件各貨物について,核兵器等の開発等のために用いられるおそれが特に大きいと認められる貨物として政令で定められた重合体繊維から他の繊維を製造する装置の部分品に該当するものと判断し,被告人の行為に本件各罰条を適用した点について,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の解釈適用の誤りがある,②原判決が,被告人に関税法違反,外為法違反の故意を認めた点等で判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認がある,というものである。第2

法令の解釈適用の誤りの論旨について

1
関係法令の解釈について



原判示の各行為に本件罰則の一つである外為法69条の6第2項2号(平成
29年法律第38号による改正前のもの。以下同じ。)を適用するには,本件各貨物が国際的な平和及び安全の維持を妨げることとなると認められるものとして政令で定める特定の地域を仕向地とする特定の種類の貨物(外為法48条1項)であり,かつ,核兵器等又はその開発等のために用いられるおそれが特に大きいと認められる貨物として政令で定める貨物(外為法69条の6第2項2号)に該当することが必要である。
そして,前記各法条の委任を受けた政令である輸出貿易管理令によれば,複合材料,繊維,プリプレグ若しくはプリフォームの製造用の装置又はその部分品若しくは附属品のうち,経済産業省令で定める仕様のもの,すなわち,複合材料,繊維,プリプレグ若しくはプリフォーム(ペイロードを300キロメートル以上運搬することができるロケット又は無人航空機に使用することができるものに限る。)の製造用の装置であって,重合体繊維から他の繊維を製造する装置又はその部分品若しくは附属品については,外為法69条の6第2項2号に該当するものとされている(輸出貿易管理令13条[平成29年政令第195号による改正前のもの。以下同じ。],同令別表第1の4の項(10),輸出貿易管理令別表第一及び外国為替令別表の規定に基づき貨物又は技術を定める省令[以下本件経済産業省令という。]3条11号二の㈠)。もっとも,輸出貿易管理令については,経済産業省により発出された輸出貿易管理令の運用についてとの通達
(昭和62年11月6日付け62貿局第322号・

輸出注意事項62第11号。以下本件通達という。)において,輸出貿易管理令で定められた繊維等の製造用の装置等の部分品若しくは附属品の該当性の除外要件として,

他の用途に用いることができるものを除く。

との基準が示されている。


本件通達は,法令の委任を受けた前記政省令と異なり,その性質上,行政庁
内部の運用基準にとどまるものであるが,事実上,経済産業省のホームページに掲載されるなどして公表されており,

他の用途に用いることができるものを除く。

との要件については,行政庁の担当部署のほか,業界の関係者においても,専用性の要件と呼ばれ,周知の事項となっていることがうかがわれる。そして,外為法や輸出貿易管理令の貿易管理実務の運用に当たっては,この要件を前提にした運用が,
相当程度,
定着しているものと認められる。
本件通達で示された運用基準は,
法令には明記されていない要件を課すもので,いわゆる限定的解釈に属するものであるところ,本件通達の発出の経緯については,原審記録上,必ずしも明らかではない。この点についての当審における事実取調べの結果によれば,その経緯は次のようなものであったとうかがわれる。すなわち,本件に関係する外為法の輸出規制は本来,1987年4月に発足した日本のほか34か国が参加するミサイル技術管理レジーム(MissileTechnologyControlRegime。以下MTCRともいう。)の下に,参加国は,MTCRガイドライン及び附属書に従って各国が制定した国内法令により規制を行うこととされた規制指針に基づき,整備された国内法規定であることが認められる。
そして,
前記レジームで合意された
MTCR附属書
では,
本件規制の対象となる装置の部分品若しくは附属品について,英文で,speciallydesignedcomponents,andaccessoriesとして,speciallydesigned(特に設計された)という修飾文言が付されており,かつ,同附属書の冒頭の3.用語の説明(a)で,その文言の意味として,あらかじめ定められた特定の目的のために独特な特質を有しているものとされ,

例えば,ミサイルに使用されるため『特に設計された』装置とは,それ以外の用途又は機能を有しない場合にのみ,そのように見なされる。

などとされている。国内法化に当たり,speciallydesignedに相当する要件は,法規たる法律,政令,省令中には規定されず,いわば法規に代替して本件通達により行政庁内部の運用基準として示されるところとなったものと考えられる。このような専用性の要件を課すことによる限定的解釈に基づく運用自体は,前記レジームで合意されたMTCR附属書を受けてのものであり,取り分け罰則に関する法令の解釈適用において,同附属書の趣旨に従い限定的解釈を施すことは,経済活動の自由を保障した憲法や,その制約を必要最小限にとどめることが望ましいとする外為法1条,47条の趣旨をも踏まえたものとして合理性があるといえる。


前記
MTCR附属書を踏まえると,
輸出貿易管理令別表第1の4の項(1

0)及び本件経済産業省令3条11号二の㈠が定める複合材料,繊維,プリプレグ若しくはプリフォーム(ペイロードを300キロメートル以上運搬することができるロケット又は無人航空機に使用することができるものに限る。)の製造用の装置であって,重合体繊維から他の繊維を製造する装置又はその部分品若しくは附属品の規定は,前記附属書のカテゴリーⅡ品目6の6.B.1.の完全なロケットシステム又は無人航空機システムであって,少なくとも500kgのペイロードを少なくとも300kmの射程距離まで運搬する能力のあるもの)に用いることが可能な構造複合材料,繊維,プリプレグ又はプリフォームを『生産(製造)』するための装置(重合体繊維を転換するための装置で,加熱時に繊維に張力を加える特別な装置を含むもの。),ならびにこれらのために特に設計された部分品及びその付属品に対応して国内法化された規定であるといえる。このうち,これらのために特に設計されたの該当部分は国内法化に当たり法令中に規定されずに本件通達により運用基準として示されたと考えられることは前示のとおりである。特に設計されたとは,MTCR附属書で前記のとおりの解釈が示されているところであって,本件通達の

他の用途に用いることができるものを除く。

との専用性の要件は,上記解釈を比較的忠実に表現したものと評価でき,それ自体は行政庁内部
の運用基準にとどまるとはいえ,輸出貿易管理令別表第1の4の項(10)の部分品若しくは附属品の範囲を限定する法令解釈として正当なものといえる。すなわち,問題となる貨物が,製造用の装置の部分品若しくは附属品として輸出規制の対象となるには,輸出貿易管理令別表第1の4の項(10)に規定されているような『装置』の部分品ないし附属品としての用途以外の用途に用いることができるものに該当しないこと(以下「専用性という。)」を要すると解するのが相当である。
そして,この専用性については,その限定的解釈の趣旨が,ミサイルに関する技術の拡散という公益目的と経済的自由の保障との調整にあることからすれば,専用性が否定される場合としては,当該貨物が他の用途にも用いられる可能性が,単なる抽象的,理論的なそれにとどまらず,具体的,現実的なものであることを要するというべきである。このような観点からは,少なくとも,当初から,輸出貿易管理令別表第1の4の項(10)の装置の部分品ないし附属品という特定の用途のために特に設計・製作された物品については,その製作目的と相まって,構造・仕様,機能・性能において独特な性質を有しているのが通常であり,他の用途への転用の可能性は具体的,現実的なものではなく,原則として専用性の要件を充足するものと考えられる。
2
本件各貨物について


本件各貨物が,その性能等からみて不融化炉ないし炭化炉の部分品である炉
殻に該当することは,専門家である複数の証人が一致して証言しており,揺るぎないものとして認められる。
そして,不融化炉及び炭化炉は,いずれも,本件経済産業省令の定める仕様を充足する炭素繊維を製造するための重合体繊維から他の繊維を製造する装置に該当することもまた複数の専門家証人の証言等から明らかに認められる。これらの点に関する原判決の(事実認定の補足説明)の項における認定・説示に誤りはない。よって,本件各貨物は,専用性の点をひとまず措けば,輸出貿易管理令別表第1
の4の項(10)の装置の部分品に該当し得るものといえる。


次に,専用性の要件について検討する。

本件各貨物が,いずれも,不融化炉又は炭化炉の製造を目的として特に作成された設計図や仕様書に基づき,ほぼそのとおりに製作されたものであることは,設計者である甲や丙の証言その他の証拠に加え,製作業者の供述等,設計図と本件各貨物の写真を比較対照した専門家らの証言,被告人供述等の証拠によって明らかに認められる。そして,その製作時に若干の修正が加えられた部分についても,これによって,不融化炉,炭化炉の炉殻としての性能が失われるものではないこと,すなわち,その修正部分は非本質的部分に過ぎないことが,これも専門家証人の証言等によって明らかである。この点についての原判決の認定・説示にも誤りはない。したがって,本件各貨物は,いずれも,不融化炉又は炭化炉を構成する部分品として用いられることを前提に特に設計され,その設計に基づいて製作されたものと認められる。
そうすると,本件各貨物は,炭素繊維の製造装置の炉殻という特定の用途に適合する構造・仕様,機能・性能を備えた独特の性質を有する物品であり,これが他の用途に転用される可能性は具体的,現実的なものとはいえず,原則として専用性を肯定することができる。この点について,所論は,本件各貨物が,乾燥炉の炉殻や排ガス処理装置として使用可能であると主張する。しかし,現実に,本件各貨物自体がそのように使用された事実はうかがわれない上,中国における特定の工場の製造施設のために特に設計された本件各貨物と構造・仕様,機能・性能において同等で,これに代替し得る物品が,既にいわば汎用品として存在しており,他の用途のために国内外で販売されていたというような市場の実態も証拠上うかがわれない。加えて,記録を検討しても,本件各貨物が乾燥炉の炉殻や排ガス処理装置として使用不可能とまでは認められないにせよ,専門家証人によれば,貨物A,Bについて,
陶磁器の乾燥炉には温度が高すぎて過剰仕様である,貨物Cについて,排ガス処理装置と言うには,ちょっと無理がある,このような立派な装置で排ガス処理をするというのは非常にもったいないなどと評価されているところである。
以上によれば,本件各貨物が,その設計上の用途として予定された不融化炉又は炭化炉の部分品以外の用途に使用される可能性は,抽象的なものにとどまり,具体的,現実的なものではなく,専用性を肯定することができ,輸出貿易管理令別表第1の4の項(10)の装置の部分品に該当するものと認められる。⑶

原判決が,
(事実認定の補足説明)
の第2項の6において説示するところも,

基本的にこれと同趣旨のものと解される。
その他,所論は,法令の解釈適用の誤りをるる主張するが,いずれも採用できない。


以上によれば,本件各貨物が外為法上の輸出規制の対象に該当するものと認
め,本件各貨物の輸出行為に外為法69条の6第2項2号を適用した原判決は正当である。論旨は理由がない。
第3
1
事実誤認の論旨について
所論

所論は,被告人には本件各犯罪事実の故意は認められないと主張する。なお,所論は,故意の点のほかにも,各貨物製造・輸出の目的,設備購入契約書の署名の偽造の有無及び設備購入契約書記載の売買契約の存否についても原判決がその認定を誤っていると主張するが,これらは,犯罪事実との関係においては,前記故意の認定に関わる間接事実ないし補助事実として位置づけられる事情に過ぎないから,以下,故意の有無について検討する中で,必要に応じて検討することとする。2
原判決の説示等



原判決は,要旨,次のとおり説示し,被告人の故意を認定した。


貨物Aについて

貨物Aが,客観的に不融化炉の炉殻としての性能を有することは専門家証人らの証言等によって明らかに認められる。
また,丁は,私は,自分が経営する会社と中国企業(以下「D社という。)
との間で炭素繊維生産事業に関し,被告人を総エンジニアとする提携協議書を取り交わし,
D社に対して炭素繊維製造設備を販売する内容の設備購入契約を締結した。被告人はテクノロジー担当者として前記契約に署名した。貨物Aは,前記事業の一環として中国に輸出されたものである。」との証言をしている。この証言は,提携協議書の記載や設備購入契約書の署名,当時のメール等によって裏付けられている上,その供述内容の自然さに照らしても信用性が高い。
さらに,甲は,

自分は,被告人から不融化炉及び炭化炉の設計図の作成を頼まれたが,被告人が炭素繊維製造設備を上海に送ると言っていた。と証言しており,

この証言は,ノートの記載による裏付けがあることや,虚偽供述をする特段の理由も見当たらないことから信用できる。
加えて,戊は,被告人の依頼を受けて上海の工場に不融化炉の据付作業を行ったと供述しており,
この供述は,
丁の供述と合致して相互に信用性を高め合っており,
両名が揃って虚偽を述べる理由もないから信用できる。
以上によれば,被告人は,貨物Aの輸出の前後において,貨物Aが不融化炉の炉殻であることを前提とした行動をとっているから,輸出時においても,貨物Aが不融化炉の炉殻だと認識した上で輸出したものと認められる。

貨物B及び貨物Cについて

貨物B,Cが,それぞれ客観的に不融化炉,炭化炉の炉殻としての性能を有することは,専門家証人らの証言によって明らかに認められる。
そして,証拠によれば,被告人が経営する会社が,中国企業(以下E社という。)に対し,炭素繊維製造用の設備セットの販売を内容とする設備購入契約を締結していることが認められる。
また,貨物B,Cをめぐる被告人の言動に関し,乙及び丙は,

被告人から,不融化炉や炭化炉を中国に輸出すると聞いた。

と証言している。乙の証言は,
メール等により,
丙の証言は,
丙作成の電気炉仕様書の記載により,
それぞれ裏付けられている上,両者の供述は一致して相互に信用性を高め合ってお
り,信用できる。
さらに,戊,己,庚は,被告人から依頼されて上海の工場で貨物B,Cについての築炉作業等を行ったと供述ないし証言している。これらの証言等は,書面の存在や出入国履歴によって裏付けられ,かつ,概ね一致して相互に信用性を高め合っているから,いずれも信用できる。
以上によれば,被告人は,E社に炭素繊維製造設備を販売する契約を締結して貨物B,Cを輸出し,その後,戊らに炭素繊維製造設備の築炉をさせているものと認められる。このような一連の経緯に照らせば,被告人は,輸出の時点において,貨物Bが不融化炉の炉殻,貨物Cが炭化炉の炉殻であると認識していたものと認められる。


以上の原判決の事実認定及び説示に,論理則,経験則等に照らして不合理な
点はない。以下,若干,補足して説明する。

前記第2の1における関係法令の解釈を前提とすると,本件において故意責
任を問うためには,本件各貨物が,本件経済産業省令の定める仕様を充足する炭素繊維を製造するための重合体繊維から他の繊維を製造する装置に該当する不融化炉ないし炭化炉の部分品であることと,他の用途に用いることができるものに該当しないこと(専用性)の未必的認識があれば足りるものと解される。イ
そして,証拠によれば,被告人は,本件各貨物を,それぞれ,不融化炉,炭
化炉製造のためであることを明示して設計図や仕様書を作成させた上で,その設計図に基づいて本件各貨物を製作させたものであり,実際にも,本件各貨物が,ほぼ完全にその設計図等のとおりに製作されたものであることを認識していたことは明らかである。
また,証拠によれば,被告人が最終的に製造を意図した炭素繊維の性能は,各契約上,それぞれ,X株式会社製のT800ないしT300,Y株式会社製のK63712の標準に達するものとされており,X株式会社の辛証人によれば,T300は同社製の炭素繊維の中では草創期に開発された低品質のものであるが,T300
にあっても,実際にロケットに使用された実績があるものと認められ,前記3種の炭素繊維は,いずれもペイロードを300キロメートル以上運搬することができるロケット又は無人航空機に使用することができるものに該当するものと推認される。
さらに,証拠によれば,被告人が納入しようとした製造装置は,T300程度の炭素繊維の製造が可能なものであったことが認められる。
加えて,被告人は,前記のとおり,本件各貨物が炭素繊維製造用の不融化炉又は炭化炉の部分品として特に設計され,ほぼその図面通りに製作されたものであることを十分に認識していたのであるから,特段の事情がない限り,本件各貨物が専用性を有することの認識を有していたものと推認されるものというべきである。ウ
被告人は,本件各貨物について,貨物A,Bについては,当初,不融化炉を
製作する為に設計を依頼したが,作成された設計図では不融化炉が製作できないと判断し,その後,竹の乾燥装置として製作したものであり,貨物Aについては,丁から何か炉に見合う物を送ってくれれば金を払うと言われ,不融化炉の機能を有しないものと認識して中国に輸出した,貨物Bについては,D,E社と別の中国人から,陶器の乾燥装置が欲しいとの要望があったことから同人に売却するとともにE社に対する借入金の担保としてE社宛に送付するため輸出した,貨物Cについては,当初,炭化炉を製作する為に設計等を依頼して製作したが,また別の中国人から,排ガス処理装置が欲しいとの要望があったことから同人に売却するとともにE社に対する借入金の担保としてE社宛に送付するため輸出したなどと供述し,本件各貨物が不融化炉ないし炭化炉としての機能を有することの認識がない一方,これらが竹や陶磁器用の乾燥装置や排ガス処理装置として利用可能であるとの認識を抱いていたと供述する。
しかし,複数の専門家証言に照らしても,本件各貨物は不融化炉ないし炭化炉の炉殻として十分な性能を有している一方で,これらを乾燥装置や排ガス処理装置として転用することに何ら合理性は見いだせない。また,被告人の供述によれば,貨
物B,Cは,E社に担保として預けたに過ぎず,後に運び出して他者に売却する予定であったということになるが,証拠によれば,貨物B,Cが,いずれも,E社工場内において,被告人の指示のもと,炉として組み上げられた上にアンカーボルトで据え付けられており,クリーンルームの壁を壊さなければ運び出すことができない状況になっていたものと認められることに照らしても,不自然極まりないものというべきである。被告人の供述は到底信用できない。前記の推認を覆すような事情はなく,被告人には本件についての故意が認められる。
3
所論の検討



所論は,丁は,共犯者として告発を受けていたにもかかわらず起訴されてお
らず,虚偽を述べて検察に協力している疑いがある,丁の証言内容は,被告人が,他の会社との関係もあるから契約書などに名前は出せないと言いつつ,提携協議書及び設備購入契約書に被告人の名前が入ることを了承したというもので不自然である,被告人が,自分が製造するのはピッチ系炭素繊維であるとD社に説明していたとしながら,提携協議書及び設備購入契約書上の炭素繊維は,●●系のXのT800ないしそれ以上の規格の炭素繊維の製造を目的とすることが前提とされており,不合理である,丁は,被告人に無断で被告人の名を冒用して中国企業からの投資を受けていたものである,設備購入契約書の署名は筆跡鑑定により,被告人のものと同一の筆跡か否か明確な結果が得られないとされており,丁により偽造されたものと考えられる,などとして,丁の証言が信用できないと主張する。しかしながら,丁の証言は,全体として相当に具体的かつ詳細である上,他の証拠ともよく整合するものである。特に,提携協議書及び設備購入契約書についての証言は,提携協議書には被告人の名前が総エンジニアとして記載されているものの被告人の署名はなく,設備購入契約書に,契約当事者ではなくテクノロジー担当者として被告人が署名していることなどをよく説明する合理的なものといえる。さらに,被告人に当事者として署名を求める案を示したところ,難色を示されて変更したとの経緯についての証言を的確に裏付ける書証も存在している(所論は,同
書証も丁が中国側をだますためにあえてねつ造したものだと主張するがそのようなことをうかがわせる証拠はない。)。所論の指摘を全て踏まえても,丁の証言の信用性は動揺しない。所論は採用できない。
また,
設備購入契約書の被告人の署名は丁による偽造であるとの所論についても,以上の次第で採用できない。


所論は,設備購入契約書記載の売買契約は,その実態は約3億円の借入契約
であり,中国外貨管理局の許可を得るために売買の体裁をとっただけであると主張する。
しかしながら,契約書上,売却する設備の内容や代金の支払時期等が詳細に定められており,架空契約というにはそぐわない内容であること,平成28年3月,E社から被告人に宛てて,一まとめの炭素繊維生産用の設備を買い付ける契約を締結したにもかかわらず,被告人がこれを適切に履行しなかったことなどを指摘し,被告人の法的責任を追及する旨のメールが送信されていることや,架空の売買契約を締結するのに,輸出規制の対象となっている貨物をあえてその目的物とするのは不自然かつ不合理であることなど,原判決が指摘する事情を踏まえれば,設備購入契約が真正な売買契約であったことは優に認められる。
所論は,①設備購入契約の支払方式の欄の記載と代金総額の記載が齟齬しているほか,②2回目の金銭の支払が,前記支払方式で定められた時期よりも早く実行されていることから,
同契約が真正なものでなかったことが明らかであると主張する。
しかしながら,①の点については,検察官が答弁書で指摘するとおり,前記契約書の支払方式の記載の項目が一つ誤記により欠落していることによるものに過ぎないと認められるし,
②の点については,
仮に所論の指摘のとおりであったとしても,
様々な理由が考えられるところであり,前記の結論を左右しない。⑶

また,所論は,主として被告人供述に依拠し,甲,乙,丙,壬,戊,庚,己
らの証言ないし供述の信用性を争うが,所論が依拠する被告人供述自体がおよそ信用できないことは前示のとおりである。その他,所論の指摘を踏まえても,これら
の証人の証言に信用性を認めた原判決に誤りはない。


その他,所論の指摘を全て踏まえても,被告人に故意を認めた原判決に事実
の誤認はなく,論旨は理由がない。
第4

結論

よって,刑訴法396条により本件控訴を棄却することとして,主文のとおり判決する。
令和2年3月17日
広島高等裁判所第1部

裁判長裁判官


裁判官

裁判官

田隆史水落桃子廣瀬裕亮和
トップに戻る

saiban.in