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現住建造物等放火、器物損壊、威力業務妨害、非現住建造物等放火
事件番号令和2(う)162
事件名現住建造物等放火,器物損壊,威力業務妨害,非現住建造物等放火
裁判年月日令和2年4月22日
裁判所名・部東京高等裁判所  第11刑事部
結果棄却
原審裁判所名静岡地方裁判所  浜松支部
原審事件番号平成30(わ)369
裁判日:西暦2020-04-22
情報公開日2020-06-04 22:14:53
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令和2年4月22日宣告

東京高等裁判所第11刑事部判決

令和2年(う)第162号

現住建造物等放火器物損壊,威力業務妨害

非現住建造物等放火被告事件
主文
本件控訴を棄却する
当審における未決勾留日数中60日を原判決の刑に算入する。

第1


本件事案と控訴の趣意(略称は原判決に従う。)
本件は,被告人が,①平成29年4月24日,非現住建造物である本
件脇屋とこれに隣接した現住建造物である本件母屋に燃え移るかもしれないことを認識しながら,本件脇屋の外壁に近接しておかれた藁束にライターで点火し,本件脇屋及び本件母屋を全焼させた現住建造物等放火(原判示第1,平成30年10月10日起訴),②平成30年1月12日,本件店舗において,女子トイレ内の掃除用具入れの壁に掛けられていたほこり取りクリーナーに火をつけて,ほこり取りクリーナー等5点を溶解させるなどして,本件店舗従業員に消火活動などに従事することを余儀なくさせた器物損壊,威力業務妨害(原判示第2,平成30年2月26日起訴),③平成30年1月27日,本件神社の外壁下部付近に堆積していた枯れ葉等にライターで点火し,本件神社を全焼させた非現住建造物等放火(原判示第3,平成30年8月10日起訴)の各事案である。
本件控訴の趣意は,弁護人作成名義の控訴趣意書記載のとおりである。論旨は,原審裁判所の対応により,弁護人が,裁判員の解任請求をする機会を奪われたとする訴訟手続の法令違反の主張,各犯行時の完全責任能力を認めた点についての事実誤認の主張及び量刑不当の主張である。第2
1
原判決の概要等
原審における争点等

原審における主な争点は,公判前整理手続において,①原判示第1の事件(現住建造物等放火)における本件母屋への延焼可能性の認識及び本件母屋の現住性の認識,②原判示第2の事件(器物損壊,威力業務妨害)の犯人性,③原判示第3の事件(非現住建造物等放火)における本件神社への延焼可能性の認識及び建造物性の認識,④各犯行の責任能力,⑤有罪の場合の量刑とされた。
被告人の責任能力に関しては,平成30年5月から6月にかけて精神科の医師が被告人との面接や心理検査を行うなどして,その時点で起訴されていた原判示第2の事件とその時点で捜査中であった原判示第3の事件の犯行時の被告人の精神障害の有無や精神障害の犯行に与えた影響についての精神鑑定が行われており,医師は,原審公判における被告人質問も傍聴した上で,原判示第1の事件を含めた各事件についての精神障害の有無や精神障害の犯行に与えた影響に関し証言を行い,①本件犯行時被告人は病的放火にり患していた,②被告人の有する病的放火は,本件犯行に直接の影響を与えた旨の鑑定意見を述べ,その判断根拠などについても証言した。
2
原判決の要旨
原判決は,前記の争点①について,被告人の捜査段階供述の信用性を肯定するなどして,原判示第1の事件の現住性の認識及び延焼可能性の認識を認め,争点②について,現場を撮影していた防犯カメラ映像などによれば,被告人以外の者に犯行の機会がなかったと推認されるなどとして,原判示第2の事件の被告人の犯人性を認め,争点③について,現場の状況や犯行態様を検討して,原判示第3の事件の延焼可能性や建造物性の認識を認めた。なお,原判決は,原判示第1及び第3の事件当時の認識等に関する被告人の公判供述を,当時の状況を記憶のとおり述べているものとは扱っていない。

その上で,原判決は,責任能力について,精神鑑定を行った医師の証言は信用できるが,医師の証言する各犯行の機序自体から,被告人の病的放火が各犯行に与えた影響を十分に判断できないとした上で,当時の被告人の行為内容等を検討し,被告人の完全責任能力を認めた。なお,原判決は,病的放火という精神障害が行動制御能力に一定程度の影響を与えた疑いが残る点は情状で考慮するとも説示した。
そして,原判決は,各犯行の犯情,各犯行が非現住建造物等放火の罪による執行猶予中の再犯であること,精神障害が影響した疑い,原判示第1について自首は成立しないが被告人の供述で捜査が進んだこと,被告人の反省の程度や被害弁償の状況,前刑の猶予が取り消される見込みであることなどを考慮し,被告人を懲役7年に処した。
第3
1
訴訟手続の法令違反の主張について
所論は,原審の公判が行われている間に,起訴されていない放火事件の
関係者と推測される人物が,裁判員2名に対し,起訴されていない被告人の犯罪行為に関する話をして不当に干渉し,前記裁判員について,不公平な裁判をするおそれのある事情が生じたとし,弁護人らに速やかにその事実を通知しなかった原審裁判所の対応は,原審弁護人に裁判員の解任を請求する機会を奪い,公平な裁判を受ける権利を害するもので,判決に影響を及ぼす訴訟手続の法令違反がある旨主張する。
2
そこで,検討すると,当審における事実調べの結果によれば,原審が行われた静岡地方裁判所浜松支部の刑事訟廷管理官は,裁判員2名が公判中に傍聴人から声を掛けられ,一方的に話を聞かされたということがあった旨を,原判決後に,担当検察官と原審弁護人に対して報告した,という事実が認められるところ,その報告の概要は,①原審の裁判員2名が,公判中に,裁判所敷地外の喫煙所において,傍聴人から被告人に関する本件以外のものと思われる放火事件のことや窃盗事件等について一
方的に話を聞かされたこと,②傍聴人から聞かされた話の内容は,その裁判員が覚えている限り,裁判員ってどう選ばれるの私,Aなんだけど

Bに住んでいて被害にあった者なんだけど,そのときにBで20件くらい不審火があった,あの人だよ。

うちを燃やされた。

婦人会で財布が2回くらいなくなったことがあったというものであったこと,③当該裁判員は傍聴人の接触が判決に影響したことはないと述べていること,というものであったことが認められる。
3
しかしながら,前記の報告内容だけでは,所論がいうように,原審裁判所が,判決期日までに,所論指摘の裁判員について生じた事情について知っていたかどうかは判然とせず,仮に裁判所が知っていなかったのであれば,そもそも義務違反の主張の前提を欠くことになるが,そもそも,その点を解明するまでもなく,後記のとおり,裁判所には,所論が指摘するような,裁判員について生じた事情を訴訟当事者に報告する訴訟法上の義務はないから,所論は失当である。
すなわち,裁判員の参加する刑事裁判に関する法律(以下裁判員法という。)は,41条において,訴訟当事者に,同条1項各号のいずれかに該当することを理由に裁判員の解任を請求することを認めているが,43条は裁判所の職権による解任手続を規定しているから,裁判所が,裁判員について,裁判員法41条1項7号所定の不公平な裁判を行うおそれがあると疑うに足りる相当な理由があると思料するときは,43条所定の手続により,職権による解任手続を進めるべきであるし,他方,裁判所が,裁判員法41条1項7号所定の不公平な裁判を行うおそれがあると疑うに足りないと判断した場合には,そもそも解任は必要ないことになる。そうすると,裁判所は,裁判員について,裁判員法41条1項7号所定の不公平な裁判を行うおそれが疑われる事情があると認めた場合には,必要な範囲で裁判所として事情を確認し,確認した事
情を踏まえて43条所定の手続をとるかどうかを検討すれば足り,当事者に解任請求の機会を与えるために情報提供すべき訴訟法上の義務はないというべきであり,そのような義務を定める規定がないのもその趣旨と考えられる。以上によれば,所論が指摘する原審裁判所の措置に関し,訴訟手続の法令違反があるとはいえない。
なお,所論が,証拠以外の情報に裁判員が触れることが裁判の公平を妨げる旨主張する点について付言しておくと,裁判員は,裁判長から,事実の認定は証拠によることなどの説明を受けた上,法令を遵守する旨の宣誓をして裁判員の職務を行っているのであり(裁判員法39条,裁判員の参加する刑事裁判に関する規則36条),所論が指摘するような,公判手続外での第三者からの一方的な情報提供があっても,証拠裁判主義についての適切な理解があれば,裁判への影響はないといえるから,所論指摘の事情が,そのこと自体で,当該裁判員について不公平な裁判を行うおそれを生じさせるものということもできない。裁判員法は,何人も,被告事件に関し,選任された裁判員や補充裁判員に接触してはならない旨定めており(同法102条1項),被告事件の審判に影響を及ぼす目的で,事実の認定や刑の量定についての情報を提供することなどに罰則を定めるなどして(同法106条以下),裁判の公正やこれに対する信頼を確保するとともに,裁判員等の生活の平穏を保護し,その負担を軽減しようとしており,所論が指摘するような裁判員への情報提供はそれ自体容認できるものではないし,裁判員裁判を実施する第1審裁判所としてもそのような状況が生じないように努力すべきであるが,情報提供者に問題があるからといって,一方的に情報提供を受けただけの裁判員に公平な裁判を期待できなくなるわけではない。
これらによれば,訴訟手続の法令違反をいう論旨は理由がない。
第4

事実誤認の主張について

1
所論の要旨
原判決は,前記のとおり,被告人の行為内容等を中心に検討し,完全責任能力を認めているところ,所論は,医師が,火をつけると決めた時には,もうその行為は止められなかったと思う旨証言していることなどを指摘し,医師の証言によれば,被告人に完全責任能力を認めることはできず,被告人の完全責任能力を認めた原判決は,医師の供述の一部のみを過大に評価するなどした結果,事実を誤認している旨主張している。

2
当裁判所の判断
そこで検討すると,医師は被告人の面接などを行って鑑定を行っているが,以下のとおり,この鑑定には鑑定の時期,鑑定資料等の問題があり,その診断根拠からも,病的放火が犯行に直接の影響を与えた旨の医師の鑑定意見は,各犯行当時の被告人の責任能力判断にあたり,参考となる価値は低いといえる。
すなわち,①被告人の精神鑑定は,原判示第2の事実で起訴された後,原判示第3の事実で起訴される前に,原判示第2及び原判示第3の犯行時における被告人の精神障害の有無や犯行に及ぼした影響について,面接等を行った結果に基づくものであり,その時点で原判示第1の犯行(なお,原判示第1の犯行は,時系列的には,原判示第2及び第3の犯行より前に行われている。)に関する精神鑑定は,その時点では行われていないこと,②医師が面接した時点で,被告人は原判示第2の犯行を否認しており,医師は,各犯行とは別の被告人の放火体験なども聴取して,鑑定を進めた旨述べるなど,主に被告人の述べる放火の繰り返しに着目した考察をしているにすぎず,本件各犯行時の具体的な心理状態に着目して考察したものでないこと,③医師は,被告人の公判供述を踏まえて,原判示第1も含めた各犯行時の被告人の精神状態等について証言しているが,被告人の公判供述自体が犯行を否認するものや主観面を争うもので,原判決において,信
用性に疑問が示されていること,④医師は,病的放火が直接犯行に影響したという鑑定意見を述べているが,病的放火の診断自体が,放火を繰り返した事案の中で他の病気によるものを除くなどしておこなわれるもので,一種の消去法で判断されるという意味で症状に幅のあり得るものであり,病的放火という精神障害だけから,衝動性の程度や行動の制御への影響を考察できるものではないこと(なお,医師は,病的放火の事案の精神鑑定をした経験や臨床医としてそのような患者を扱った経験について証言していない。),⑤医師は,責任能力を判断する立場ではないこと,などによれば,本件において病的放火が犯行に直接の影響を与えた旨の医師の鑑定意見は,前記のとおり,鑑定の経緯,鑑定の基礎となる被告人の供述等の信用性,病名の点などから,責任能力の検討に当たり重視するほどの内容とはいい難い。原判決が被告人の行為内容等を中心に責任能力を検討することにした趣旨は必ずしも判然としないが,医師の鑑定意見に前記のような問題があることを考慮すると,その判断手法自体に誤りはない(なお,被告人の供述経過等を踏まえると,原審の公判が行われた後にさらに精神鑑定を行うべき事案ともいい難い。)。
そうすると,本件においては,被告人の行動やそれに関する被告人の供述を考察するなどして,当時の被告人の能力を検討するほかはないところ,前記のとおり,医師は,被告人が,行動の制御に影響しうる病的放火という精神障害である旨の鑑定意見を述べており,また,所論が指摘するとおり,医師は,火をつけると決めた時には,もうその行為は止められなかったと思う旨証言しているから,この点を踏まえた責任能力の考察が必要である。しかし,被告人は,公判廷において,一般論として,放火の衝動があっても,人がいるなどの外部的障害を認識した場合には放火をしないことになる旨述べているところ(原審記録266丁の248~251,253等),この一般論が当てはまらない精神状態であったことを窺わせ
る事情も見当らないことからすれば,被告人は,放火の衝動があっても,外部的障害を認識した場合にはその衝動が制御でき,外部的障害がないと考えて,放火を決断した場合に,その決断に従って行動しているものといえ,行動制御能力に特に問題がないといえるから,被告人の完全責任能力を認めた原判決の結論は是認できる。なお,所論は,医師が,放火を決意した場合に,制御ができなくなる旨の見解を述べているとして,責任能力を争っているが,被告人は,犯行を決意した後にも外部的障害があれば犯行をしない旨述べているし(医師も,人目につかないなどの条件が整うと放火の衝動を抑えることは難しいが,その後,状況が変わり,その条件が整わなくなった場合は,放火に及ばないことはできると思う,とする。原審記録266丁の339,344~345参照),決意したことにより,決意どおりの犯行を実行してしまうのは基本的には責任能力の問題ではなく,所論が引用する医師の意見も,責任能力を疑うべき所見を示すものとはいえないから,採用できない。
責任能力に関する原判決の説示には,特に善悪の判断能力が問題とされていないのに,善悪の判断能力に関する事情を過剰に検討したり,精神障害が本件犯行に影響を及ぼした疑いがあるとしながら,その疑いの程度や完全責任能力が認められる理由を分かりやすく示していないなどの問題があるが,原判決の説示も,結局は,行動の制御に関係する被告人の供述を中心に考察して完全責任能力を認めたものと解されるから,責任能力に関する原判決の判断に事実誤認はない。論旨は理由がない。
第5

量刑不当の主張について
所論は,①原判決は完全責任能力があることを前提に不当に重い量刑を
している,②前刑の裁判の際に被告人の精神障害が明らかにされ,あるいは,捜査機関が原判示第2の事件に被告人が関与していることを疑った段階で被告人に事情を確認するなどしていれば,犯行を防ぐことができた可
能性があり,精神障害のある被告人のみを責め執行猶予中の犯行であったと非難するのは不当である,などとして原判決の量刑は不当に重いという。しかし,①(責任能力判断の誤り)については,責任能力に関する主張が採用できないから前提を欠く。②(犯行を防ぐことができた可能性)については,被告人の精神障害の疑いは前刑の事件の弁護人も指摘し,被告人の夫が被告人の監督と今後の治療のサポートを公判において誓い,前刑判決後に被告人が精神科へ通院したこともあったのであるし,被告人は,放火の衝動があることを周囲に打ち明けていなかった旨述べているのであるから,各犯行が行われる前に被告人の精神障害が解明されなかったことを被告人のために考慮する事案とはいえない。なお,精神障害があることについては原判決も考慮しているし,猶予中の同種再犯が非難されるのはそれ自体当然のことである。また,所論の中には,捜査機関の活動で犯行を防ぐことが期待できたという主張もあるが,捜査機関の活動が被告人の意思決定に量刑上考慮するほどの影響を与えたとは窺われないから,捜査機関の活動に責任を転嫁するような事案ではない。
所論の指摘を踏まえて検討しても,被告人を懲役7年に処した原判決の量刑が不当とはいえない。論旨は理由がない。
第6

結論
よって,刑事訴訟法396条により本件控訴を棄却し,当審における
未決勾留日数の本刑算入につき刑法21条を適用して,主文のとおり判決する。
(検察官瓜生めぐみ出席)
令和2年4月22日
東京高等裁判所第11刑事部

裁判長裁判官

栃木力
裁判官

上岡哲
裁判官

小泉
満理子


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