判例検索β > 平成29年(く)第121号
再審請求棄却決定に対する即時抗告申立事件
事件番号平成29(く)121
事件名再審請求棄却決定に対する即時抗告申立事件
裁判年月日令和2年3月24日
裁判所名・部大阪高等裁判所  第4刑事部
結果棄却
裁判日:西暦2020-03-24
情報公開日2020-06-04 22:14:58
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主文
本件即時抗告を棄却する

第1


本件即時抗告の趣意
本件即時抗告の趣意は,請求人作成の即時抗告申立書(2通)並びに主任弁
護人安田好弘作成の即時抗告申立書,別紙(※別紙は全て省略)弁護人目録(1)記載の弁護人連名作成の即時抗告理由補充書(1),同(2),同(3),同(4)及び同(5),別紙弁護人目録(2)記載の弁護人連名作成の即時抗告理由補充書(6)その1と題する書面,別紙弁護人目録(1)記載の弁護人連名作成の即時抗告理由補充書(7)及び同(8),別紙弁護人目録(3)記載の弁護人連名作成の即時抗告理由補充書(9)及び同(10)に,これらに対する検察官の意見は,検察官北英知作成の意見書(1),同(2)及び意見書(1)(訂正)と題する書面に各記載のとおりであるから,これらを引用する。
論旨は,要するに,請求人が,夫であるA1に対し,砒素を混入させたくず湯を提供してこれを食べさせたが,同人を予後不明の急性砒素中毒にり患させたにとどまった殺人未遂事件(以下A1くず湯事件という。)及びカレーに亜砒酸を混入し,そのカレーを自治会長等67名に食べさせて4名を死亡させ,63名に急性砒素中毒の傷害を負わせた殺人,殺人未遂事件(以下カレー毒物混入事件という。)について,弁護人が原審に新証拠として提出した別紙1(原審新証拠一覧表)記載の各証拠(番号及び呼称は原決定にならう。)は,上記各事件につき刑訴法435条6号にいう無罪を言い渡すべき明らかな新証拠であって再審を開始すべきであるのに,これに当たらないとして請求人の再審請求を棄却した原決定は,その判断を誤ったものであるから,原決定を取り消し,再審を開始する旨の裁判を求めるというものである。
第2

本件の経過等
1
請求人は,平成10年10月,上記各事件の犯人であるとして起訴され,平
成14年12月11日,和歌山地方裁判所において,A1くず湯事件及びカレー毒物混入事件のほか,B1に対する殺人未遂事件2件,請求人単独又はA1との共謀による詐欺事件について有罪と認定され,請求人を死刑に処する旨の判決宣告を受けた。この判決につき,請求人は控訴したが,平成17年6月28日,大阪高等裁判所は,A1くず湯事件についての請求人の殺意の点につき,上記判決が確定的殺意を認めたことは是認できず,請求人の殺意は未必的なものにとどまるとしたものの,その事実誤認の点は判決に影響を及ぼすものではないとして,A1くず湯事件及びカレー毒物混入事件を含め,和歌山地方裁判所のした上記判決の有罪認定を是認し,請求人の控訴を棄却する旨の判決を宣告した。これに対し請求人は上告したが,最高裁判所は,平成21年4月21日,上告趣意のうち,判例違反をいう点は,事案を異にする判例を引用するものであって,本件に適切でなく,その余は,憲法違反をいう点を含め,実質は単なる法令違反,事実誤認の主張であって,刑訴法405条の上告理由に当たらないとしつつ,なお,所論にかんがみ記録を精査しても,請求人が,自治会の夏祭りに際して,参加者に提供されるカレーの入った鍋に猛毒の亜砒酸を大量に混入し,同カレーを食した住民ら67名を急性砒素中毒にり患させ,うち4名を殺害したが,その余の63名については死亡させるに至らなかったカレー毒物混入事件の犯人であることは,①上記カレーに混入されたものと組成上の特徴を同じくする亜砒酸が,請求人の自宅等から発見されていること,②請求人の頭髪からも高濃度の砒素が検出されており,その付着状況から請求人が亜砒酸等を取り扱っていたと推認できること,③上記夏祭り当日,請求人のみが上記カレーの入った鍋に亜砒酸をひそかに混入する機会を有しており,その際,請求人が調理済みのカレーの入った鍋のふたを開けるなどの不審な挙動をしていたことも目撃されていることなどを総合することによって,合理的な疑いを差し挟む余地のない程度に証明されていると認められる(なお,カレー毒物混入事件の犯行動機が解明されていないことは,請求人が同事件の犯人であるとの認定を左右するものではない。)とし,また,その余の事実についても,請求人の犯行(一部は夫A1との共謀による犯行)と認めた第1審判決を是認した原判決は,正当として是認することができ,本件につき,刑訴法411条を適用すべきものとは認められないとして,請求人の上告を棄却する旨の判決を宣告した。これに対し請求人は判決訂正の申立てをしたが,同年5月18日その申立てが棄却されて,同月19日,和歌山地方裁判所のした上記判決が確定した(なお,以下には,この和歌山地方裁判所の審理・判決を確定第1審確定第1審判決,その控訴審の審理・判決を控訴審控訴審判決という。また,確定第1審から最高裁までの審理・判決を,単に確定審あるいは確定審判決という場合がある。)。
2
確定第1審判決が認定した本件再審請求に係る罪となるべき事実の要旨は次
のとおりである。
(1)A1くず湯事件(確定第1審判決罪となるべき事実第4)
請求人は,A1を被保険者又は被共済者として請求人又はA1が生命保険相互会社等との間で締結していた生命保険契約等に基づく死亡保険金等をだまし取るため,A1を殺害しようと企て,平成9年2月6日午後1時ころ,和歌山市a所在の請求人方において,砒素を混入させたくず湯をA1(当時51歳)に提供してこれを食べさせたが,同人がおう吐して上記砒素の一部を体外に吐き出したため,同人を予後不明の急性砒素中毒にり患させたにとどまり,殺害の目的を遂げなかった。
(2)カレー毒物混入事件(確定第1審判決罪となるべき事実第1)請求人は,平成10年7月25日午後零時20分ころから同日午後1時ころまでの間に,和歌山市a所在のC1方ガレージ(以下,単にガレージという。)内において,人が死亡するに至るかもしれないことを認識しながら,あえて,2つ置かれていた寸胴鍋のうち,東側の寸胴鍋内のカレー(以下,この鍋を東カレー鍋という。)に亜砒酸を混入し,同日午後5時50分ころから同日午後7時ころまでの間,同市a所在の空き地のa第14自治会の夏祭り会場(以下,単に夏祭り会場という。)において,情を知らない同自治会員らをして,D1(当時64歳)ほか66名に前記カレーを用いたカレーライスを提供させ,そのころ,同所等において同人らにこれを食べさせ,よって,D1ほか3名を,同月26日午前3時3分ころから同日午前10時16分ころまでの間,同市内の医療法人E1病院ほか2か所において,急性砒素中毒により死亡させ,D2(当時61歳)ほか62名を急性砒素中毒にり患させたが,同人らがおう吐して前記亜砒酸の一部を体外に吐き出すなどしたため死亡させるに至らなかった。
3
請求人は,確定第1審判決が有罪とした事件のうち,A1くず湯事件及びカ
レー毒物混入事件につき,刑訴法435条6号にいう無罪を言い渡すべき明らかな証拠を新たに発見したとして,平成21年7月22日,和歌山地方裁判所に再審の請求をした。
平成29年3月29日,和歌山地方裁判所は,原審弁護人らが新証拠として提出した別紙1(原審新証拠一覧表)記載の各証拠のうち,A1くず湯事件についての新証拠(新弁4)は新規性を欠き,明白性も認められないとし,また,カレー毒物混入事件については,同事件についての新証拠のうちの新弁1,新弁10から19,新弁24から29,新弁81及び新弁82は新規性を欠き,その他の新証拠は新規性が認められるが,新規性を欠く新証拠を含めて検討をしても,明白性が認められないとして,再審請求を棄却した。
本件は,この原決定に対してなされた即時抗告申立事件である。
第3
1
原決定の判断の概要
原決定は,刑訴法435条6号にいう新規性につき,当該証拠が未だ裁判所
によって実質的な証拠価値の判断を経ていないことを意味すると解するのが相当であるとし,新規性については証拠方法と証拠資料の両面から検討すべきであって,証拠方法が同一であっても証拠資料としてその内容が異なる場合には新規性を肯定すべきであるが,証拠方法が同一でなくても証拠資料としてその内容が実質的に同一である場合には新規性を否定すべきであるとした。そして,A1くず湯事件につき,弁護人らが新たな証拠として提出したA1の平成21年7月19日付け陳述録取書(新弁4)における陳述内容は,A1の控訴審における証言内容と実質的に同一であって,証拠資料についてみれば実質的に同一であるから,新規性を欠き,念のため明白性について検討しても,これを欠くと結論付けた。また,カレー毒物混入事件についての新証拠のうち,請求人の次女であるF1の平成21年7月5日付け陳述録取書(新弁1),G1(新弁10),H1(新弁11から14),I1(新弁15から18),J1(新弁24,25),K1(新弁26)及びB1(新弁27)の各検察官調書写し,青色紙コップ(新弁28)及びプラスチック製小物入れ(新弁29),L1の警察官調書写し(新弁81)及びM1の検察官調書写し(新弁82)については,新規性を欠くとし,甲大学大学院工学研究科教授N1作成に係る意見書等(新弁28の2,29の2,32ないし35,40ないし52,59ないし69,72,75,77,78,80及び90)を含む,その余の新証拠(新弁2,3,5から9,20,28の2,29の2,30から80(枝番を含む),83から92)については,新規性を認めた。その上で,カレー毒物混入事件についての新証拠につき,新規性が認められないものも含めて,明白性を検討した上,これを否定し,請求人の再審請求を棄却した。
2
カレー毒物混入事件について,原決定が明白性を否定した理由の要旨は次の
とおりである(なお,以下に,甲1168,弁1職6等とあるのは確定第1審における証拠等関係カード記載の証拠番号を表す。また,特に断りのない限り,原決定の用いた略称を用いる。)。
(1)原決定は,確定第1審判決の事実認定及び証拠構造を


警察庁科学警察研究所(以下科警研という。)による鑑定(甲11
68等。原決定のいう科警研異同識別鑑定),乙大学理学部教授(当時)P1による鑑定(甲1170,1287,1292,1300等。原決定のいうP1異同識別鑑定),丙大学工学部教授(当時)Q1及び丁大学大学院工学研究科助教授(当時)R1による鑑定(職6ないし8等。原決定のいうQ1R1鑑定)(以下,これらを総称して異同識別3鑑定ともいう。)によれば,請求人の実兄方で保管されていた緑色ドラム缶(以下(A)緑色ドラム缶という。),ミルク缶(以下(B)H1ミルク缶という。),せんべい缶(上蓋に重と記載された白色缶。以下(C)重記載缶という。)及び円柱状の茶色プラスチック製容器(以下(D)H1タッパーという。),請求人夫婦が以前に住んでいたJ1方ガレージの棚の上から押収されたミルク缶(以下(E)J1ミルク缶という。)の各亜砒酸,当時の請求人方から押収されたプラスチック製小物入れ(以下(F)本件プラスチック製小物入れという。)付着の亜砒酸並びに夏祭り会場から押収された青色紙コップ(以下(G)本件青色紙コップという。)付着の亜砒酸(以下,これらを総称して嫌疑亜砒酸ともいう。)は,原料鉱石に由来する微量元素の構成が酷似していることから,製造段階において同一である,すなわち同一工場で,同一原料鉱石を用いて,同一工程で,同一機会に製造されたといえるばかりか,(C)重記載缶,(D)H1タッパー及び(E)J1ミルク缶の各亜砒酸並びに(F)本件プラスチック製小物入れ付着の亜砒酸及び(G)本件青色紙コップ付着の亜砒酸には製造後の使用方法に由来するバリウムをも共通して含有していること,異同識別3鑑定の分析結果からは東カレー鍋中の亜砒酸が嫌疑亜砒酸と製造段階において同一であることを推認させる複数の事情が認められ,亜砒酸自体が希少なものであることに加え,(G)本件青色紙コップがごみ袋に入っていた状況やごみ袋が置かれていた状況から考えて,(A)緑色ドラム缶,(B)H1ミルク缶,(C)重記載缶,(D)H1タッパー又は(E)J1ミルク缶の5点の亜砒酸粉末若しくは(F)本件プラスチック製小物入れに入っていた亜砒酸のいずれかが,(G)本件青色紙コップを介して東カレー鍋に混入された蓋然性が高いといえること,製造段階が同一であり,製造後の使用方法に由来するバリウムも含有するが,嫌疑亜砒酸とは異なる亜砒酸が東カレー鍋の中に混入される蓋然性は低く,本件における混入の場所や混入の機会を考えると,そのような亜砒酸が東カレー鍋に混入されると考えることは,現実的には極めて困難であるから,東カレー鍋に混入された亜砒酸は,(G)本件青色紙コップを介して,(A)緑色ドラム缶,(B)H1ミルク缶,(C)重記載缶,(D)H1タッパー又は(E)J1ミルク缶の5点の亜砒酸粉末若しくは(F)本件プラスチック製小物入れに入っていた亜砒酸のいずれかの亜砒酸である蓋然性が極めて高いこと


関係住民らの供述によれば,亜砒酸は,請求人がカレー鍋等の見張り番
をしていた平成10年7月25日午後零時20分頃から午後1時頃までの間に,東カレー鍋に混入された蓋然性が極めて高いこと


S1らの目撃供述によれば,請求人が見張り番をしていた前記午後零時
20分頃から午後1時頃までの間には,請求人が1人で見張りをしていた時間帯があり,その時間帯に請求人が東カレー鍋に亜砒酸を混入することが十分に可能であること,また,請求人が1人で見張りをしていた際にしきりに道路の方を気にしながら西側のカレー鍋(以下西カレー鍋という。)の蓋を開けるなどの不自然な言動をしていたこと


当時の請求人方の台所の排水管内の汚泥及び台所の排水が流れる会所の
汚泥から近隣周辺と比べて顕著に高濃度の砒素が検出されていて,台所流しから砒素が流されたことが推認されること,また,当時の請求人方の麻雀部屋のほこりからも亜砒酸が検出され,さらに,毛髪鑑定(甲63,1232,1294等)によれば,請求人の毛髪から通常では付着するはずのない無機の3価砒素の外部付着が認められ,請求人が亜砒酸に接触していた蓋然性が高いこと


請求人の実兄やJ1から押収された嫌疑亜砒酸は,いずれもA1がE2
工芸として白蟻駆除業をしていた当時に使っていたものであるが,それらは,平成7年春までは請求人の自宅ガレージ等の身近な所で保管されていて請求人が入手するのは極めて容易であり,その後についても,請求人がJ1方ガレージ内に立ち入ることは十分に可能で,自分の荷物が同ガレージ内に置いてあって立入りの目的を十分に説明できる立場にあって,少なくとも(E)J1ミルク缶の亜砒酸については請求人が容易に入手し得たこと


請求人は,カレー毒物混入事件発生の約1年半以内という近接した時期
に,保険金取得目的で,A1に対しては平成9年2月6日,B1に対しては同年9月22日,同年10月12日及び平成10年3月28日の合計4回にわたり食べ物に砒素を混入させ,人を殺害する手段として砒素を使用していたことが認められ(このうち平成9年10月12日は殺人未遂事件としては立件されていない。),請求人にとって,砒素は,発覚しない形で生命を奪える手段として位置づけられていたといえること


東カレー鍋に混入された蓋然性の高い嫌疑亜砒酸と接点のあったH1,
I1及びJ1並びに請求人夫婦と深いつながりのあったB1及びK1は,平成10年7月25日当日は当時の請求人方周辺に来ておらず,A1は東カレー鍋に砒素を混入していないと認められ,請求人以外の自治会住民で東カレー鍋に混入された蓋然性の高い亜砒酸と接点を持つ者が見当たらなかったこと
の7項目に整理した上,新規性を否定したF1の陳述録取書(新弁1)につき,更に明白性を検討してこれを否定し,次いで,本件当日の午後零時30分頃から午後1時頃までの間に,請求人がガレージで見張りをしていた状況を見た旨のS1の目撃供述につき,その視認状況を争う新証拠(新弁2,3,36,37)の検討をして,平成10年12月12日実施の検証に従事した警察官らが視認し得ることを確認している等として,これら新証拠とこれらに関連する旧証拠を総合考慮しても,S1の目撃供述は信用でき,上記③の事実認定はなお妥当なものであるとし,新弁87及び同88によっても,同人がF1を請求人と見間違えた蓋然性が高いともいえないとした。
(2)次に,原決定は,亜砒酸の同一性等について検討し,まず,新弁5,6,11から21,24に基づき,(F)本件プラスチック製小物入れがねつ造である旨の原審弁護人らの主張,新弁30(新弁28)に基づき,現場から見つかったとされる(G)本件青色紙コップがねつ造であるとする原審弁護人らの主張をいずれも排斥し,また,新弁7から10に基づき,昭和58年当時,(A)緑色ドラム缶在中の亜砒酸と同じ不純物が含まれる亜砒酸が和歌山県内ないし和歌山市内で多数流通していたとして,異同識別3鑑定の証拠価値を争う原審弁護人らの主張についても,その当時原審弁護人らが主張する事実があったとは認められない等として,これを排斥した。
次いで,原審弁護人らが,新弁11,15,16,18,甲1168,職6に基づき,(G)本件青色紙コップ付着の亜砒酸にはカルシウム等の混合物が含まれていないから,同コップを介して東カレー鍋に投入された亜砒酸は,このような混合物が含まれていた(C)重記載缶,(D)H1タッパー及び(E)J1ミルク缶から小分けされたものではなく,また,混合物が含まれていない(B)H1ミルク缶から請求人が小分けすることは不可能であり,(A)緑色ドラム缶から小分けしたとすると,H1が引き取る平成7年4月以前になり,その時期までに請求人が亜砒酸を小分けして所持する理由がないから,事件で使用された亜砒酸は請求人に由来しないとの主張,そして,新弁91,甲1168によれば,科警研異同識別鑑定においても,(C)重記載缶,(D)H1タッパー及び(E)J1ミルク缶の亜砒酸と,(G)本件青色紙コップ付着の亜砒酸,(A)緑色ドラム缶及び(B)H1ミルク缶の亜砒酸は混入物の有無により異なるとされているから,確定第1審判決が,請求人が,(A)緑色ドラム缶,(B)H1ミルク缶,(C)重記載缶,(D)H1タッパー,(E)J1ミルク缶の5点の亜砒酸粉末若しくは(F)本件プラスチック製小物入れに入っていた亜砒酸のいずれかを,(G)本件青色紙コップに入れてガレージに持ち込んだ上,東カレー鍋に投入したと認定したのは誤りである,との主張につき,科警研異同識別鑑定の内容や嫌疑亜砒酸の由来等を検討した上で,科警研異同識別鑑定で検出されたカルシウム等の混合物については,他の物質の添加又は外界に由来する汚染により混ざり合ったもので,(C)重記載缶,(D)H1タッパー及び(E)J1ミルク缶に均一に拡散して亜砒酸と混じり合うものではなく,その亜砒酸中にまだら状(不均一)に存在していると推認されるとし,また,(G)本件青色紙コップ付着の亜砒酸は量が少なく,混合物の有無及び濃度を確定できないとして,(G)本件青色紙コップから東カレー鍋に投入された亜砒酸が,混合物が検出された(C)重記載缶等に由来するものではないとはいえず,請求人の管理下にあったことがない(B)H1ミルク缶及び(C)重記載缶に入っていた亜砒酸が請求人によって小分けされて混入された可能性が完全に否定されているわけでもなく,さらに,(A)緑色ドラム缶及び(D)H1タッパーについては,平成7年4月H1に引き取られるまで当時の請求人方ガレージ等に保管され,(E)J1ミルク缶は引き取られずに本件当時も請求人が出入り可能な場所に保管されていたから,これらの亜砒酸を請求人が小分けして本件当時まで所持することは容易にできたとして,原審弁護人らの上記各主張を排斥した。
そして,原審弁護人らが,新弁30に基づき,(F)本件プラスチック製小物入れの外表面に砂などが付着していることなどから,同小物入れは屋外作業で使用されており,同小物入れの亜砒酸にはデンプン等が混ぜられていたと考えられるのに,(G)本件青色紙コップ付着の亜砒酸からはデンプンやセメント由来の物質は一切発見されていないとして,事件で使用された亜砒酸と(F)本件プラスチック製小物入れに入れられていた亜砒酸とは別物であると主張したことについても,新弁30によれば,(F)本件プラスチック製小物入れは屋外で使用されたことがあるとは推認できるが,その際デンプンやセメント由来の物質が添加されたり,外界に由来する汚染によりそれらの物質が混ざったとしても,均一に拡散して亜砒酸と混じり合わずに,その亜砒酸の中でまだら状に存在することになると推認され,(G)本件青色紙コップ付着の亜砒酸が,異同識別鑑定に供された際,粉末として付着している程度まで減少していたことから,東カレー鍋に投入された亜砒酸にデンプンやセメント等が含有されていたか否か,その濃度がどの程度であったなどということは確定できないというべきであり,(G)本件青色紙コップ付着の亜砒酸からデンプンやセメント由来の物質が一切発見されなかったことから,(G)本件青色紙コップにある亜砒酸が(F)本件プラスチック製小物入れにある亜砒酸から小分けされたものではなかったなどとは到底いえないとした。そして,確定第1審判決は,請求人が(A)緑色ドラム缶,(B)H1ミルク缶,(C)重記載缶,(D)H1タッパー,(E)J1ミルク缶の5点の亜砒酸粉末若しくは(F)本件プラスチック製小物入れに入っていた亜砒酸のいずれかの亜砒酸を,(G)本件青色紙コップに入れて東カレー鍋に混入した旨認定したにとどまり,(G)本件青色紙コップに小分けされた亜砒酸が上記5点又は(F)本件プラスチック製小物入れに入っていた亜砒酸のいずれかであるかを特定しておらず,したがって,上記5点のいずれかの亜砒酸が小分けされて,(F)本件プラスチック製小物入れ以外の容器に保管された後に(G)本件青色紙コップに入れられて事件に使用された可能性が否定されていないとし,この場合には,(F)本件プラスチック製小物入れの亜砒酸に添加されるなどした物質が(G)本件青色紙コップ付着の亜砒酸から検出されることもないとして,原審弁護人らの主張を排斥した。
さらに,N1異同識別論文等の新証拠(新弁28の2,29の2,30の2,31から34,38,40から42,44から52,59,60,63,66,69から78,80,89,90,92)により,異同識別3鑑定の誤りが明らかになったとする原審弁護人らの主張について,異同識別3鑑定のそれぞれの内容の概要をみた上で,異同識別3鑑定に関して確定第1審判決が示した判断の概要を摘示した後,N1異同識別論文等の主な内容を①から㉑までの21項目に整理して順次検討を加え,異同識別3鑑定に係る確定第1審判決の認定のうち,嫌疑亜砒酸について原料鉱石に由来する微量元素の構成が酷似しているとする点については十分にこれを是認できるものであるから,嫌疑亜砒酸が同種であるということができるものの,嫌疑亜砒酸と製造工場,原料鉱石,製造工程又は製造機会が異なる亜砒酸の中に原料鉱石に由来する微量元素の構成が嫌疑亜砒酸と酷似するものが存在しないとする点,(C)重記載缶,(D)H1タッパー及び(E)J1ミルク缶の各亜砒酸並びに(F)本件プラスチック製小物入れ及び(G)本件青色紙コップ付着の亜砒酸に製造後の使用方法に由来するバリウムも共通して含まれるとする点については相当性を欠く点があることは否定できないとした(なお,そのことが確定審判決に及ぼす影響についての判断は後記のとおり。)。
(3)また,原決定は,毛髪鑑定についての確定第1審判決の認定を争う原審弁護人らの主張についても,その論拠とするN1毛髪論文等(新弁35,39の1及び2,40,43,47,53から58,61,62,64から67,79,80,89)による主な指摘を①から⑳までの20項目に整理した上で検討を加えて,これらに理由がなく,毛髪鑑定等に係る確定第1審判決の事実認定は,なお是認できるとした(なお,以下には,原決定の整理した各項目とそれに対する判断部分を,原決定の表記に従い,N1異同識別論文等,N1異同識別論文等①,N1毛髪論文等,N1毛髪論文等①などと記載することがある。)。(4)そして,原決定は,原審弁護人らが,新弁24から27に基づき,請求人だけが亜砒酸混入の機会があったとするのは誤りであり,S1証言に信用性がないことと相まって,新弁24から27が明白性の要件を満たすなどとする主張,新弁81により,東カレー鍋が夏祭り会場に運ばれた後,カレーが提供されるまでに,東カレー鍋に亜砒酸が混入されたとするのが自然であり,請求人以外の者にも犯行機会があったとする主張,新弁82から86に基づき,請求人以外の者が見張りをしていた時間帯にも犯行の機会があったなどとして,請求人以外の者による犯行の可能性や請求人以外の者に犯行の機会があったとする主張をいずれも排斥し,請求人がカレー鍋等の見張り番をしていた平成10年7月25日午後零時20分頃から午後1時頃までの間に,亜砒酸が東カレー鍋に混入された蓋然性が極めて高いとした確定第1審判決の認定は相当であるとした。
(5)その上で,原決定は,新旧全証拠による総合評価の項において,確定第1審において取り調べられた異同識別3鑑定を含む各証拠に弁護人らから再審請求後に提出された新証拠を総合して検討すると,前記(1)①記載の間接事実のうち,嫌疑亜砒酸とは製造工場,原料鉱石,製造工程又は製造機会が異なる亜砒酸の中に原料鉱石に由来する微量元素の構成が嫌疑亜砒酸と酷似するものが存在せず,嫌疑亜砒酸が製造段階において同一であるとする点,(C)重記載缶,(D)H1タッパー及び(E)J1ミルク缶の各亜砒酸並びに(F)本件プラスチック製小物入れ及び(G)本件青色紙コップ付着の亜砒酸に共通して含有されていたバリウムが製造後の使用方法に由来するとされた点の2点については,確定第1審判決の説示は相当性を欠くといわざるを得ず,異同識別3鑑定の証明力が減退したこと自体は否定し難い状況にあるものの,異同識別3鑑定に関する新旧全証拠を総合しても,前記(1)①記載の間接事実のうち,亜砒酸自体が希少なものであり,(G)本件青色紙コップを介して東カレー鍋に亜砒酸が混入されたとの点はもとより,嫌疑亜砒酸についてはいずれも原料鉱石に由来する微量元素の構成が酷似しているとの点については,いささかの動揺も生じておらず,十分に是認できるし,嫌疑亜砒酸について原料鉱石に由来する微量元素の構成が酷似する以上,請求人の当時の自宅から押収された亜砒酸,請求人の実兄方で保管されていた亜砒酸及び請求人が以前に住んでいた居宅のガレージから発見された亜砒酸と組成上の特徴を同じくする亜砒酸が東カレー鍋に混入されたということができ,異同識別3鑑定の証明力が前記のとおり減殺されたからといって,それだけで直ちに請求人の犯人性が否定され,確定第1審判決における有罪認定に合理的な疑いが生じるわけではなく,同判決が請求人の犯人性を認定する際に依拠した前記(1)記載の7つの間接事実のうち前記(1)①以外の間接事実は,異同識別3鑑定以外の証拠によって認められたものであり,新証拠の提出により異同識別3鑑定の証明力が減退して前記(1)①記載の間接事実の一部について相当でない面があったとしても,その余の間接事実の認定に影響が及ぶものではないとした。そして,異同識別3鑑定の証明力を前記のとおり評価し,再審請求後に提出された証拠と確定第1審で取り調べられたその余の証拠とを総合的に評価した結果として,確定第1審判決の有罪認定につき合理的な疑いを生じさせ得るか否かについて検討するとし,カレーの調理状況やカレー鍋周辺の人の状況等から,東カレー鍋に亜砒酸を混入させる機会が,請求人がカレー鍋等の見張り番をしていた同日午後零時20分頃から午後1時頃までの間に限られていたこと,S1らの目撃供述によれば,請求人が見張り番をしていた同日午後零時20分頃から午後1時頃までの間に1人で見張りをしている時間帯があったことが認められ,請求人であれば東カレー鍋に亜砒酸を混入することが十分に可能であり,請求人は,1人で見張りをしていた際にしきりに道路を気にしながら西カレー鍋の蓋を開けるなどといった不自然な言動をしていたこと,当時の請求人方台所の排水管内にある汚泥及び同台所の排水が流れる会所の汚泥から,その近隣周辺と比べて顕著に高濃度の3価砒素が検出されており,具体的な時期の特定は困難ではあるが,少なくとも当時の請求人方台所シンクから,汚泥中の3価砒素量に顕著な差をもたらすほどの3価砒素が流されたことがあったと十分に推認できること,また,当時の請求人方麻雀部屋の椅子や床に置かれた棚内の花瓶から平成10年10月に採取されたほこりから3価砒素や亜砒酸が検出されたことが認められること,毛髪鑑定によれば,同年5月から同年10月4日までの間に請求人の毛髪の外部に砒素の付着する機会があり,請求人が逮捕された同日からそれほど離れていない時期まで請求人の周辺に亜砒酸が存在していたと推認されること,請求人が,平成7年春までは極めて容易に(A)緑色ドラム缶又は(D)H1タッパー在中の亜砒酸を入手でき,(E)J1ミルク缶在中の砒素については,平成10年7月25日時点でも容易に入手できたといえること,当時の請求人方台所流し台シンク下の収納庫から押収された(F)本件プラスチック製小物入れ在中の亜砒酸を請求人が容易に(G)本件青色紙コップを介して東カレー鍋に混入できたといえること,また,請求人の管理下にあったことがないと認められる(B)H1ミルク缶及び(C)重記載缶在中の亜砒酸についても,請求人により小分けされて東カレー鍋に混入された可能性が否定されていないこと,のみならず,請求人は,死亡保険金等の保険金取得目的で,A1に対しては平成9年2月6日,B1に対しては同年9月22日,同年10月12日及び平成10年3月28日の合計4回にわたり,食べ物に混入させた砒素を摂取させた事実が認められ,本件当時その事実が発覚しておらず,人に対して亜砒酸を使用することに対する抵抗感が請求人の中で希薄になっていたと推認されること,他方,嫌疑亜砒酸と接点のあったH1,I1及びJ1並びに請求人夫婦とつながりの強かったB1及びK1は,同年7月25日に請求人方周辺に来ておらず,A1も東カレー鍋に亜砒酸を混入していないと認められ,請求人以外の自治会住民で嫌疑亜砒酸と接点を持つ者は見当たらないこと等関係証拠から認められる諸事実に照らせば,東カレー鍋に亜砒酸が混入された機会は,平成10年7月25日午後零時20分頃から同日午後1時頃までの時間帯に限られており,その時間帯に請求人が東カレー鍋等の見張りを担当していて,請求人が1人だけで見張りをしていた時もあって,請求人には東カレー鍋に亜砒酸を混入させる機会があったのに対し,東カレー鍋に亜砒酸を混入させる具体的,現実的な機会があった者は請求人以外に見当たらない上,請求人は,一般の社会生活において極めて希少な亜砒酸を入手することが十分可能な立場にあり,東カレー鍋に亜砒酸を混入させることが可能であったし,現に同年10月からそれほど離れていない時期まで請求人の周辺に亜砒酸が存在していたばかりか,請求人が1人で東カレー鍋等の見張りをしていた時に不自然な言動をとっていたというこれらの間接事実だけでも,請求人がカレー毒物混入事件の犯人であることが非常に強く推認されることに加えて,請求人がカレー毒物混入事件発生前の約1年半以内という近接した時期に4回も通常の社会生活において希少な亜砒酸を犯罪目的で使用しており,このこと自体が,請求人がカレー毒物混入事件の犯人であることを肯定する重要な間接事実になるし,請求人は,亜砒酸を飲食物に混入しても発覚しないと思うようになって,人に対して亜砒酸を使用することに対する抵抗感が請求人の中で希薄になっていたといえるとした。そして,このように,異同識別3鑑定以外の証拠から認定できる間接事実を総合しただけでも,カレー毒物混入事件における請求人の犯人性が非常に強く推認されるといえるのであり,嫌疑亜砒酸について原料鉱石に由来する微量元素の構成が酷似しており,請求人の当時の自宅から押収された亜砒酸,請求人の実兄方で保管されていた亜砒酸及び請求人が以前に住んでいた居宅のガレージから発見された亜砒酸と東カレー鍋に混入された(G)本件青色紙コップ在中の亜砒酸の組成上の特徴が一致しているという事実は,新旧全証拠を検討してもなお相当なものとして認定できるとした。そして,請求人が入手可能な亜砒酸と東カレー鍋に混入された亜砒酸の組成上の特徴が一致するということは,確定第1審判決が指摘したとおり,嫌疑亜砒酸とは製造工場,原料鉱石,製造工程又は製造機会が異なる亜砒酸の中に原料鉱石に由来する微量元素の構成が嫌疑亜砒酸と酷似するものが存在せず,嫌疑亜砒酸が製造過程において同一であり,その亜砒酸に含有されているバリウムが製造後の使用方法に由来すると認められる場合と比べれば,その推認力が低下することは否定しがたいものの,亜砒酸自体が一般の社会生活において極めて希少であって,嫌疑亜砒酸と組成上の特徴が合致する亜砒酸を入手することが非常に困難であることに照らせば,その推認力の低下は極めて限定的であって,なお請求人にとって入手可能な亜砒酸が犯行に使用されたとしても矛盾しないという限度にとどまらず,請求人の犯人性を積極的に推認させる間接事実になることは優に認められることに照らせば,新旧全証拠を総合して検討してみても,確定第1審判決の有罪認定に合理的な疑いを生じる余地はないというべきであるから,弁護人らの提出したカレー毒物混入事件に係る新証拠はいずれも刑訴法435条6号にいう明白性を欠くとした。第4
1
当裁判所の判断
A1くず湯事件につき,A1の陳述録取書(新弁4)の新規性・明白性を認
めなかった原決定の判断は正当として是認することができる。また,カレー毒物混入事件についての新証拠のうち新弁1,10から19,24から29,81,82について新規性を否定し,また,新規性が否定された新証拠を含め,同事件に関し原審に提出された新証拠につき,いずれも明白性を否定した原決定の判断も正当として是認することができ,これらに当審で提出された新証拠(別紙2
当審新証拠

一覧表のとおり)を加えて検討しても,これを改める必要を認めない。以下,その理由について補足して説明する。
2
A1くず湯事件について
所論は,A1の陳述録取書(新弁4)における陳述内容は,確定審における
同人の証言の信用性を強く補強するものであって,新規性の要件を具備していることが明らかであるし,同証拠と確定審の証拠を総合的に判断すれば,請求人が無罪であることは明らかであって,明白性の要件も充足している旨主張する。しかしながら,A1の陳述録取書(新弁4)の内容が,控訴審における同人の証言内容と実質的に同一であって,新規性を欠くことは,原決定が適切に説示するとおりであり,確定審で取り調べられた証拠に同新証拠(新弁4)を加えて総合評価しても,A1くず湯事件につき,請求人の犯人性及び殺意を認めた確定判決の事実認定に合理的な疑いが生じる余地はなく,明白性が認められないことも,原決定が説示するとおりである。
所論は採用できず,論旨は理由がない。
3
カレー毒物混入事件について

(1)新規性について
所論は,F1の陳述録取書(新弁1)における陳述内容は,同人が平成14年2月9日にした証言より詳細にして具体的であり,G1(新弁10),H1(新弁11から14),I1(新弁15から19),J1(新弁24,25),K1(新弁26)及びB1(新弁27)の各検察官調書写し並びにL1の警察官調書写し(新弁81)中の各供述も確定第1審における同人らの各証言より詳細にして具体的であって,いずれも上記の各証言とは別の機会になされたものであるから,新規性を有するというべきであるのに,これらの新証拠に新規性を認めなかった原決定は誤っているという。
しかしながら,所論主張のこれらの新証拠が,上記各証言と実質的に同一であることは原決定が適切に説示するとおりであって,その陳述内容(新弁1)や各供述(新弁10から19,24から27)が,F1やG1等の確定第1審における各証言より詳細かつ具体的であることや,各証言とは別の機会になされたものであるからといって,その判断は揺らがない。
また,所論は,本件青色紙コップ(新弁28)及び本件プラスチック製小物入れ(新弁29)につき,証拠物検分結果報告書(新弁30)によれば,本件プラスチック製小物入れは,屋外で使用され,かつ,保管されていたものであって,およそ屋内で使用および保管されていたものではないことが明らかであるから,同小物入れが請求人の自宅の台所の流しの下の格納庫から発見されたことは,およそ不自然であるし,本件青色紙コップとされるものが青色でないなど,その同一性に重大な疑問を生じさせるものであるのに,本件青色紙コップ(新弁28)及び本件プラスチック製小物入れ(新弁29)につき,証拠の新規性を認めなかった原決定の判断は間違っているとも主張しているが,同各新証拠の立証事項は確定第1審において取調べ済みの証拠と同一であるとして,新規性を認めなかった原決定に誤りがあるとはいえないし,本件青色紙コップ(新弁28)及び本件プラスチック製小物入れ(新弁29)に新規性が認められる場合であっても,これらの新証拠と証拠物検分結果報告書(新弁30)を併せ検討しても,これらの新証拠に明白性が認められないことは,原決定が適切に説示するとおりであるから,所論主張の点をもって原決定の判断が左右されるものとはいえない。
所論はいずれも採用できない。
(2)明白性について


所論は,原審弁護人らが,新弁7ないし10に基づき,昭和58年当時,
(A)緑色ドラム缶の亜砒酸と同じ不純物が含まれる亜砒酸が和歌山県内や和歌山市内で多数流通していたと主張して,亜砒酸自体が一般の社会生活において極めて希少であるとした確定第1審判決の認定や異同識別3鑑定の証拠価値を争ったのに対し,原決定が,その当時,原審弁護人らが主張する多数流通の事実があったとは認められない等として,これを排斥した点につき,さらに,当審において新弁105,107を提出し,平成10年8月11日のU新聞(新弁105)によれば,和歌山県内の公立高校41校のうち約4割の18校で,亜砒酸等の毒物が使用されないまま保存されており,また,新弁107によれば,保健所が自治会単位で無料配布していた殺鼠剤にも低レベルであるが砒素が含まれていたというのであって,これらのことからも砒素が伝播していたことが分かるなどとし,確定第1審判決の上記認定や原決定の上記判断を争う。
しかしながら,確定第1審判決及び原決定が指摘するとおり,亜砒酸が法によりその製造,販売及び授与が厳格に規制されている薬物であって,一般人が容易に入手し得るものとはいえないこと等に照らせば,その希少性を肯定した確定第1審判決及びこれを支持した原決定に誤りはない。弁護人らが当審において新たに提出した上記各新証拠(新弁105,107)をみても,公立高校で保存されていた毒物については,各校とも箱に詰めて封印し,鍵付き保管庫に入れて保管しており,紛失・盗難はないとされ(新弁105),また,殺鼠剤についても,かつては殺鼠剤に砒素が使われていたものの,本件当時既にほとんど流通しておらず,無料配布されていた殺鼠剤というのも,100g中にワルファリンを0.1g含有するというものであって,その致死量は成人で体重10kg当たり3.74kgと毒性の強いものではないとされていること(新弁107)に照らせば,上記各新証拠によって,確定第1審判決の上記認定や原決定の上記判断が揺らぐものではない。加えて,所論がいうように,輸入された砒素が相当量あり,それらが国内に流通した可能性があるとしても,単に,同種中国産というだけではなく,本件で用いられた亜砒酸と同種ないし同一として矛盾しない程度の類似性を有する亜砒酸を措定した場合,そのようなものを入手する可能性は相当に低いといってよいし,確定第1審判決が認定し原決定も是認した請求人による東カレー鍋への毒物混入機会の存在,他に亜砒酸と結び付きを有する参加者の不存在等の諸事実に照らせば,相当量の亜砒酸が国内に流通していたことが,請求人の犯人性の認定に影響を及ぼすものとはいえない。この点,所論は更に,請求人に由来しない亜砒酸の存在を否定して,(A)緑色ドラム缶,(B)H1ミルク缶,(C)重記載缶,(D)H1タッパー,(E)J1ミルク缶の亜砒酸若しくは(F)本件プラスチック製小物入れ付着の亜砒酸と(G)本件青色紙コップ付着の亜砒酸とが同一であると認定するためには,現に過去に多量の亜砒酸が流通していたのであるから,単に亜砒酸が希少であるというだけでは足りず,およそ同一の亜砒酸が存在しないことまで立証される必要があるともいうが,独自の見解であって採用の限りではない(なお,亜砒酸の同一性についての原決定の判断とその相当性は前記のとおりであるが,この点は,所論を踏まえ,後に検討する。)。


また,所論は,原審弁護人らが,混合物の有無は,請求人の周辺から発
見された亜砒酸であるか否かを識別する上で重要な要素であり,科警研異同識別鑑定においても,(C)重記載缶,(D)H1タッパー及び(E)J1ミルク缶の亜砒酸と,(A)緑色ドラム缶,(B)H1ミルク缶の亜砒酸及び(G)本件青色紙コップ付着の亜砒酸とは,カルシウム,ケイ素,アルミニウム,カリウム,硫黄及びデンプンといった混入物の有無により異なるとされているから,確定第1審判決が,請求人が(A)緑色ドラム缶,(B)H1ミルク缶,(C)重記載缶,(D)H1タッパー,(E)J1ミルク缶の5点の亜砒酸粉末若しくは(F)本件プラスチック製小物入れに入っていた亜砒酸のいずれかの亜砒酸を,(G)本件青色紙コップに入れてガレージに持ち込んだ上,東カレー鍋に投入したとしたのは,異なっているものを同一として扱っている点において既に誤りであると主張したのに対し,原決定が,上記各元素等は,亜砒酸への他の物質の添加又は外界に由来する汚染により混ざったもので,(C)重記載缶,(D)H1タッパー及び(E)J1ミルク缶の中に均一に拡散して亜砒酸と混じり合うものではなく,その亜砒酸中にまだら状に存在していると推認される上,(G)本件青色紙コップの亜砒酸は,異同識別鑑定に供された際,その量が粉末として付着している程度にまで減少していたのであるから,(G)本件青色紙コップに付着していた亜砒酸につき上記の混合物のすべてが均一に付着していることはないとして,亜砒酸の異同識別において,混合物の有無およびその濃度について論じるのは無意味であるとした点につき,シロアリ駆除の際,亜砒酸にメリケン粉やセメントを混ぜて撒くのは,それによって砒素(亜砒酸)をシロアリに付着させて巣に持ち帰らせてシロアリを駆除するためであるから,よく撹拌されているはずであって不均一でないし,メリケン粉やセメントは,亜砒酸より付着力が強く,また,亜砒酸がメリケン粉やセメントより比重が重いことからすれば,(G)本件青色紙コップに亜砒酸とメリケン粉ないしセメントとの混合物が入れられていた場合,それらの混合物を捨てれば,比重の重い亜砒酸のほうがメリケン粉ないしセメントより落下しやすく,また,メリケン粉やセメントの方が,(G)本件青色紙コップの壁面に多く付着して残るはずであり,(G)本件青色紙コップ付着の亜砒酸を分析した場合,砒素(As)のみが検出され,混合物が検出されないということはあり得ないというべきであるから,科警研における鑑定(甲1168。以下甲1168鑑定ともいう。)におけるX線マイクロアナライザー等による分析の結果,砒素(As)のみが検出され,メリケン粉等に由来するケイ素等が検出されていない(G)本件青色紙コップ付着の亜砒酸が,それ以外のケイ素等も検出された(C)重記載缶,(D)H1タッパー,(E)J1ミルク缶の亜砒酸と由来を同じくする可能性があるとしたのは誤っているという。
しかしながら,確定第1審におけるH1やI1の各証言等によれば,A1が営んでいたE2工芸では,移植ごてを用いて緑色ドラム缶から現場に持参するミルク缶等に砒素(亜砒酸)を移し,その砒素(亜砒酸)に,メリケン粉やセメントの粉を,砒素(亜砒酸)とメリケン粉等の割合が1対1くらいになるように混入した上,移植ごてでよく混ぜて使用していたというにとどまるし,砒素(亜砒酸)とメリケン粉等を混ぜるために使用した後の移植ごてはそのまま緑色ドラム缶に戻しており,緑色ドラム缶の砒素(亜砒酸)にはメリケン粉等も含まれていたというのであって,このようなE2工芸における砒素(亜砒酸)とメリケン粉等との混合の状況や使用状況からは,E2工芸において,砒素(亜砒酸)とセメント等との混合の割合や程度等について,殊更注意が払われていた様子はうかがえず,(C)重記載缶,(D)H1タッパー及び(E)J1ミルク缶の各亜砒酸につき,それぞれ,どの一部を採取して鑑定に供しても,メリケン粉等の混合物由来の元素の有無やそれらの濃度につき,同様の結果が得られるほど均一に,砒素(亜砒酸)とメリケン粉等が混じり合った状態にあったとみることはできない上,(A)緑色ドラム缶,(B)H1ミルク缶,(C)重記載缶,(D)H1タッパー及び(E)J1ミルク缶の使用状況や保管状況等の詳細は明らかではなく,これらに在中していた亜砒酸の外部からの汚染の有無,汚染がある場合の汚染部位やその状況等も不明であることにも鑑みれば,それらの一部を採取した上そのごく一部を鑑定資料として鑑定に供した場合に,それらの各資料が,それらの元となる(A)緑色ドラム缶,(B)H1ミルク缶,(C)重記載缶,(D)H1タッパー及び(E)J1ミルク缶に在中していた各亜砒酸のいずれの部位から採取された場合であっても,混合物や外部からの汚染によるものを含めた含有元素やその濃度等につき,その異同を判断する指標とし得るほどに,鑑定資料の均一性が確保されていたとは考え難い。このことは,所論がいうような,科警研鑑定において実施された鑑定(甲1168)における高周波誘導結合プラズマ発光分光光度計による分析(以下ICP-AES分析という。)の際,複数の箇所からサンプリングしたものがそれぞれ水溶液化されて測定されたこととは別論であって,(G)本件青色紙コップ付着の亜砒酸を除いた(A)緑色ドラム缶,(B)H1ミルク缶,(C)重記載缶,(D)H1タッパー及び(E)J1ミルク缶の各亜砒酸につき,それらのごく一部のみを鑑定資料としてなされた検査の結果が直ちに,それらの鑑定資料が採取された(A)緑色ドラム缶等の各亜砒酸に含有されていた混合物によるものや外部からの汚染によるものに由来するものを含めた,(A)緑色ドラム缶等の上記の各亜砒酸に含まれていた元素の有無や組成比ないし成分比をそのまま表したものとみることはできないというべきである。また,所論が,比重の重い亜砒酸はカレーに混入され,あるいはその後の過程で散逸するなどし易く,他方,メリケン粉等は紙コップに付着して残りやすいという点についても,所論を前提とすれば,東カレー鍋に混入される前の(G)本件青色紙コップ内にあった亜砒酸と,東カレー鍋に混入された後に(G)本件青色紙コップに残留していた亜砒酸とでは,混合物を含めた含有元素の組成比ないし濃度比は同一ではない蓋然性がむしろ高いと考えられるから,組成比ないし濃度比をいう所論はこの点からしても採用できない。
しかも,(G)本件青色紙コップ付着の亜砒酸は,原決定が指摘するように,それに小分けされた亜砒酸が,東カレー鍋に混入されて(G)本件青色紙コップに粉末として付着している程度に減少していただけでなく,その後甲1168鑑定のために科警研に送付されるまでの間に,シアン検査(約1mℓの蒸留水を入れ,その蒸留水を検液とするもの。その後自然乾燥。),グトツアイト法による砒素の予備検査(資料内に蒸留水約1mℓを入れて検液を作り,その検液に所定の試薬を加えて検査するというもの。その後自然乾燥。)等を経ている上,甲1168鑑定に用いられた(G)本件青色紙コップ付着の亜砒酸は,異同識別鑑定に使う目的のために,科警研吏員のV1によって採取されたものであり,V1はその際,紙コップのコーティング剤等の不純物が混入しないようにと考え,あまり強くかき取るようなことをせず,肉眼と実体顕微鏡を用いて確認しながら,ミクロスパーテルを用いその底部から採取したというのであるから(甲1165,確定第1審におけるV1証言),その資料の採取には当初から人為的な選別操作が介在しているといわざるを得ない。また,採取された資料も,紙コップに付着した状態ではやや灰色がかった白色または紫色であったが,採取された状態では紫色またはほぼ白色であり,その量も0.0291g(29.1mg)とごく微量であった(甲1165,確定第1審におけるV1証言)。このような経緯や鑑定資料の採取状況等に照らすと,甲1168鑑定において,同鑑定に用いられた(G)本件青色紙コップから採取された資料について各種装置を用いて測定された結果が,東カレー鍋に混入時の同紙コップ内の亜砒酸(混合物や外部からの汚染による物質(以下混合物等という。)がある場合にはそれを含む。)に含有されていた各元素の組成比や成分比をそのまま反映しているとみることはできず,各元素の濃度比を反映するものとなっているとみることもできない。したがって,所論のいう混合物の違い(軽元素の含有の有無)やその濃度の違いをもって,(G)本件青色紙コップ付着の亜砒酸と他の嫌疑亜砒酸との異同を論じることは本件に適切ではないというべきである。原決定が,甲1168鑑定の際に実施されたX線マイクロアナライザーによる検査等で(C)重記載缶,(D)H1タッパー及び(E)J1ミルク缶からカルシウム,ケイ素,カリウム,アルミニウム若しくは硫黄の各元素又はデンプンが検出されたところ,これらの元素等は,亜砒酸への他の物質の添加又は外界に由来する汚染により混ざったものであって,(C)重記載缶,(D)H1タッパー及び(E)J1ミルク缶の中に均一に拡散して亜砒酸と混じり合うものではなく,その亜砒酸の中にまだら状に存在していると推認されるとし,(G)本件青色紙コップに小分けされた亜砒酸が東カレー鍋に混入されたため,亜砒酸の量が粉末として付着している程度にまで減少していたことを指摘し,混合物の有無及び濃度を詳細に調べても,東カレー鍋に混入される以前の(G)本件青色紙コップに取り分けられる等していた亜砒酸の混合物含有の有無及びその濃度は確定できないと説示するのも,そのような趣旨の指摘とみることができる。


なお,この点に関し,所論が,N1異同識別論文等や当審で提出したN
1作成の意見書(以下N1意見書という。)等に依拠し,甲1168鑑定におけるICP-AES分析による測定結果等を基に,嫌疑亜砒酸の砒素濃度,鉄や亜鉛等の軽元素の含有の有無及びその程度(濃度),デンプン含有の有無等の違いを指摘して,(G)本件青色紙コップ付着の亜砒酸と他の嫌疑亜砒酸とは別物であると主張する点についても,便宜上,ここで言及しておく。
上記のとおり,(G)本件青色紙コップは,それに取り分けられていた亜砒酸が東カレー鍋に混入された以降の残渣が付着していたものがごみ袋に投棄されていたところを発見押収されたものである上,科警研による甲1168鑑定がされる前に,2度蒸留水にさらされるなどしているだけでなく,同鑑定における資料の採取は,前記のとおり,人為的な一定の配慮の下でなされたものであって,同鑑定における(G)本件青色紙コップから採取された資料を測定した結果が,(G)本件青色紙コップを介し東カレー鍋に実際に混入された亜砒酸(混合物等がある場合にはそれを含む。)の組成比や成分比をそのまま表すものとみることはできない。このことは,(F)本件プラスチック製小物入れについても同様である。すなわち,(F)本件プラスチック製小物入れ付着の亜砒酸は,発見時には付着物の存在が肉眼では観察されておらず,科警研で亜砒酸付着の有無の鑑定をした際には,2倍程度のルーペで観察して,内部のキズの中に灰白色の粉末が確認されたという程度であるし(甲23,確定第1審におけるW証言),P1による鑑定(甲1170。以下甲1170鑑定ともいう。)の際にも,P1が実体顕微鏡で付着物の存在を確認して採取することができた極微量の資料が分析に用いられたに過ぎない。Q1R1鑑定においては,(F)本件プラスチック製小物入れにつき,P1が採取した上記資料(亜砒酸。以下P1採取分という。)のほか,兵庫県警察本部刑事部科学捜査研究所長X及び同研究所大型放射光研究科長Y1(両名は,Q1R1鑑定の鑑定補助者でもある。)が確定第1審で命じられ,鑑定を行った(職5,以下X1鑑定という。)際に,(F)本件プラスチック製小物入れ及び(G)本件青色紙コップから採取された付着物が鑑定資料とされたが,X1鑑定においても,(F)本件プラスチック製小物入れから付着物を採取する際には実体顕微鏡が用いられており,また,採取された資料(以下X1採取分という。)は秤量できないほど極微量であったことから,Q1R1鑑定においては,P1採取分及びX1鑑定採取分のいずれについても,微量元素の濃度数値はそもそも誤差が大きいことが予測され,定量判断に適するものではなく,濃度組成の違いに定量的な意味を見い出すことは困難であるとされた。このような(F)本件プラスチック製小物入れの付着物の採取状況等に照らせば,それから採取された資料を分析した測定結果が,(F)本件プラスチック製小物入れに入れられていた亜砒酸(混合物等がある場合にはそれを含む。)の組成比や成分比を,そのまま反映するものとは到底考え難い。そうすると,前記のような鑑定資料自体の混合物の不均一性の問題に加え,上記のように亜砒酸(混合物等がある場合にはそれを含む。)の組成比や成分比,含有比を反映しているとはいい難い(F)本件プラスチック製小物入れや(G)本件青色紙コップを含む嫌疑亜砒酸の異同識別が問題とされている本件において,嫌疑亜砒酸の砒素濃度,製造後に混入された混合物等の含有の有無やその程度(濃度)をもって,これらの異同識別を行うことも,やはり本件に適切ではないというべきである。
したがって,本件において,嫌疑亜砒酸の異同識別を行うに当たり,異同識別3鑑定で測定・分析された結果が,その鑑定資料とされた亜砒酸(混合物等がある場合にはそれを含む。)の元来の組成比や成分比を如実に反映するとはいえない資料((F)本件プラスチック製小物入れ・(G)本件青色紙コップ)を含むことからしても,製造後に混入された混合物等に由来する鉄や亜鉛等の軽元素の含有の有無(なお,亜鉛が亜砒酸の不純物であり,混合物ではないから異同識別の指標となる旨の所論は,亜鉛は環境による汚染により混入する可能性が高い旨の確定第1審におけるZ1の証言等に照らし,採用できない。亜鉛が環境による汚染等が考えられる元素であり,異同識別の指標に適さないものであることは,確定第1審判決及び原決定が適切に指摘するとおりであって,このことは,亜鉛の排水基準が本件及び確定第1審判決後である2006年に厳格化されたこと(新弁103)等のN1の指摘によって左右されるものとはいえない。)や甲1168鑑定におけるICP-AES分析の測定結果から元素の濃度比を算出し,それを指標として嫌疑亜砒酸の異同を論じることは本件に適切ではなく,軽元素の含有の有無や組成比,砒素を含む含有元素の濃度を根拠に(G)本件青色紙コップ付着の亜砒酸と他の嫌疑亜砒酸とが別物であるとする所論及びその依拠するN1異同識別等やN1意見書等はこの点からして既に採用できないというべきである。
そうすると,原決定がその可能性を示唆する,(A)緑色ドラム缶,(B)H1ミルク缶,(C)重記載缶,(D)H1タッパー又は(E)J1ミルク缶の亜砒酸が小分けされ,(F)本件プラスチック製小物入れ以外の容器に一旦保管された後に更に(G)本件青色紙コップに入れられてカレー毒物混入事件に使用された可能性を検討するまでもなく,製造後に混入された混合物由来の元素を含めて異同識別の指標元素とし,あるいは当該資料に含有されている上記元素の濃度比等を指標に異同識別を行うことの正当性をいう所論並びにN1異同識別論文等及びN1意見書等の新証拠は採用できない。
混合物からの比較を基に確定第1審判決の認定の誤りをいう所論は採用できず,その依拠するN1異同識別論文等の明白性を否定した原決定の判断に誤りはない。なお,所論は,N1異同識別論文等により,(G)本件青色紙コップ付着の亜砒酸と他の嫌疑亜砒酸とが別物である可能性が明らかになった以上,無罪推定の原則からして,請求人を犯人と認定することは許されないとも主張するが,(G)本件青色紙コップ付着の亜砒酸と他の嫌疑亜砒酸が別物である可能性があるとのN1異同識別論文等がそもそも採用できないことは前記のとおりであって,所論は前提を欠く。


異同識別3鑑定に関する所論について

異同識別3鑑定の概要等
異同識別3鑑定の内容等については,確定第1審判決及び原決定が摘
示するとおりであるが,その概要は次のとおりである。


科警研異同識別鑑定
科警研異同識別鑑定は,(G)本件青色紙コップ,(A)緑色ドラ
ム缶,(B)H1ミルク缶,(C)重記載缶,(D)H1タッパー及び(E)J1ミルク缶からそれぞれ分取された粉末を鑑定資料とし,ICP-AES分析の結果検出された15元素から,軽い元素等環境からの汚染により混在する可能性が高い元素,量があまりに少ない元素,後に混ぜものとして加えられた可能性のある元素を除外する必要があるとの見地から,セレン,スズ,アンチモン,鉛,ビスマスを異同識別の指標(以下指標5元素という。)として,上記の鑑定資料6点及び対照資料4点(E3株式会社から入手した亜砒酸2点及びE4株式会社から入手した亜砒酸2点)につき,この指標5元素及び砒素の濃度の平均値と標準偏差を算出(原決定別表1。ただし,測定は,(G)本件青色紙コップから分取された資料につき1回,(A)緑色ドラム缶,(B)H1ミルク缶,(C)重記載缶,(D)H1タッパー及び(E)J1ミルク缶から分取された各資料につき各5回,対照資料につき各2回)し,指標5元素の濃度の数値を,砒素濃度を1万とした対砒素比に置き換えた上,(A)緑色ドラム缶,(B)H1ミルク缶,(C)重記載缶,(D)H1タッパー及び(E)J1ミルク缶の資料内距離,(G)本件青色紙コップから分取された資料と(A)緑色ドラム缶,(B)H1ミルク缶,(C)重記載缶,(D)H1タッパー及び(E)J1ミルク缶から分取された資料並びに対照資料との資料間距離等を求め,また,(G)本件青色紙コップから分取された資料,(A)緑色ドラム缶,(B)H1ミルク缶,(C)重記載缶,(D)H1タッパー及び(E)J1ミルク缶から分取された各資料並びに前記対照資料4点の対砒素比の平均値を100倍した上で対数を取り作成したレーダーチャート(原決定別表3)によって示された各資料の特徴の比較を踏まえ,(G)本件青色紙コップから分取された資料(亜砒酸)と(A)緑色ドラム缶,(B)H1ミルク缶,(C)重記載缶,(D)H1タッパー及び(E)J1ミルク缶から分取された各資料(亜砒酸)は同一の物に由来すると考えて矛盾しないとしたものである(甲1168等)。㋑

P1異同識別鑑定
P1異同識別鑑定は,戊研究センターが管理する放射光施設スプリングエイト(以下SPring-8という。)において,高エネルギー放射光X線による蛍光X線分析を行った結果,鑑定資料である(A)緑色ドラム缶,(B)H1ミルク缶,(C)重記載缶,(D)H1タッパー及び(E)J1ミルク缶の各亜砒酸は,いずれも不純物としてスズ,アンチモン,ビスマス及びモリブデンを含んでおり,そのスペクトルには,アンチモン及びスズはほぼ同じ高さの小さなピークであり,ビスマスのピークはアンチモン及びスズに比べ数倍高いこと,モリブデンのピークも小さく,砒素の強い蛍光X線による妨害のため,時にあいまいであるといった共通の特徴があることが認められ,アンチモン及びビスマスは砒素と化学的性質が似ており,亜砒酸の結晶中に砒素と置き換わって存在することがあり,スズ及びモリブデンも亜砒酸の原料鉱石に含まれる元素であって,いずれも製造後に汚染されたり人為的に混入されたりするものではないと考えられることなどから,これら4元素を異同識別の指標(指標4元素)として用いることとしたところ,鑑定資料である(G)本件青色紙コップ付着の亜砒酸及び(F)本件プラスチック製小物入れに付着の亜砒酸のスペクトルも,上記と同一の特徴を有しており,また,P1がカレー既食分中から発見した結晶については,同一の特徴を有するスペクトルとそうでないスペクトルが得られ,モリブデンについては,別途己研究所が管理するフォトンファクトリー(以下フォトンファクトリーという。)において分析を行なったところ,いずれについてもその存在が確認された一方,対照資料とした中国産亜砒酸等(対象資料1から4)は,いずれも,そのスペクトルが上記の特徴を有さず,モリブデンを含んでいない点で,上記各鑑定資料と相違しており,上記4元素は亜砒酸の原料鉱石に含まれる元素であり,製造後の環境からの汚染によりこれらの元素が混入し,その組成上の特徴が偶然に一致する可能性はほとんどなく,不純物の含有割合が製造工程や製錬過程によって容易に変化することが実験的に認められること,鑑定資料である(D)H1タッパーの亜砒酸を純水に溶解し,加熱・冷却する等して再結晶させた結晶についてはスズがアンチモンに対して減少し,このことは再結晶により砒素と化学的性質の異なるスズの量が減少したことを示していて,亜砒酸の不純物の含有割合が製造工程,精製過程により容易に変化することが実験的にも認められることから,鑑定資料である(A)緑色ドラム缶,(B)H1ミルク缶,(C)重記載缶,(D)H1タッパー及び(E)J1ミルク缶の各亜砒酸,(F)本件プラスチック製小物入れ及び(G)本件青色紙コップ付着の各亜砒酸並びにP1がカレー既食分中から発見した結晶(鑑定資料10-1)は亜砒酸としての起源が同一である,すなわち,同一の工場が同一の原料を用いて同一の時期に製造した亜砒酸であるとしたものである(甲1170等)。㋒

Q1R1鑑定
Q1R1鑑定は,嫌疑亜砒酸及びP1がカレー既食分中から発見し
た結晶等を鑑定資料とし,薬品会社等から入手した亜砒酸10点を対照資料として,各鑑定資料の異同識別,各鑑定資料中のモリブデン,スズ,アンチモン,ビスマスの構成等から判明する事項,各鑑定資料中のバリウムの有無及びそこから判明する事項等を鑑定事項とするもので,SPring-8等においてなされた測定結果等から次のとおりの結論を導いている(職6ないし8)。
(A)緑色ドラム缶,(B)H1ミルク缶,(C)重記載缶,(D)H1タッパー及び(E)J1ミルク缶各在中の粉末(順に,鑑定資料1から5)は,亜砒酸を主成分とした粉末であるが,それらの資料中の亜砒酸の原料鉱石に含まれていると考えられるスズ,アンチモン,ビスマスの含有量はほぼ一定であり,また,鑑定資料1から5の含有量のばらつきは,鑑定資料4の(D)H1タッパーのぺレットの異なる5点で行った定量分析結果の相対標準偏差と同程度であるから,鑑定資料1から5は同種である。対照資料10点は,いずれもスズ,アンチモン,ビスマスの含有の有無及び含有比が,鑑定資料1から5の3元素の組成と異なるから,鑑定資料1から5と異種であり,鑑定資料1から5とは原料鉱石が異なるか,精製方法が異なるものと考えられる。鑑定資料1から5からはいずれもモリブデンが検出され,対照資料中には測定方法によりモリブデンが検出されたりされなかったりしたものがあった。なお,モリブデンを測定した数値は定量分析できるような信頼度の高い数値ではなく,モリブデンについては,その含有の有無のみの分析にとどめた。鑑定資料1から5は,バリウムの含有の有無により,鑑定資料1,2と鑑定資料3から5に分類できる。なお,鑑定資料3で,SPring-8のビームラインBL08ではバリウムを確認でき,プラズマ発光分析法(以下ICP法という。)では確認できなかった点については,ICP法では溶液化しない資料は対象にならないが,SPring-8における測定は化学的形態によらずすべてのバリウムを対象としていることを考えると,鑑定資料3にはバリウムが含まれているものと判断される。また,鑑定資料4と鑑定資料5に含まれるバリウムは異なった化学的形態であり,鑑定資料4のバリウムは,酸不溶成分中に存在し,亜砒酸中に含まれる二酸化ケイ素(石英)中の微量元素として存在すると考えられ,鑑定資料5のバリウムは,酸に溶解する成分中に存在し,亜砒酸に含有するカルシウム化合物の中の微量成分として存在すると考えられる。このようなバリウムの化学形態の違いや鑑定資料1から5が上記3元素の組成から同種と判断できること,バリウムが亜砒酸の原料鉱石中に含まれているとは考えにくいことから,鑑定資料3から5は,鑑定資料1,2と同種の亜砒酸に,その後の取扱上等の理由からほかの成分が加えられたものと考えられる。
(F)本件プラスチック製小物入れ付着物(鑑定資料6)は,不純物を含有した亜砒酸の結晶であるところ,P1採取分からはモリブデン,スズ,アンチモン,ビスマス,バリウムが検出された。なお,X1採取分からはスズ,ビスマス,バリウムのみが検出され,モリブデン,アンチモンは検出されなかったが,それは,資料量が極めて少なかったためと推定でき,鑑定資料6には,モリブデン,スズ,アンチモン,ビスマス,バリウムが含有されているといえる。したがって,鑑定資料6は鑑定資料1ないし5と同種と考えても矛盾はない(バリウムの含有から鑑定資料3ないし5と同種であると考えても矛盾はない)ものの,P1採取分,X採取分のいずれも,極めて量が少なく,微量元素の定量は困難であるので,鑑定資料6が鑑定資料1から5と同種であるとの判断はできない。また,鑑定資料6で検出された微量元素の濃度組成は,鑑定資料1ないし5と異なっているが,上記のとおり,鑑定資料6の微量元素の濃度数値は,そもそも測定誤差が大きいことが予測され,定量判断に適するものではないから,濃度組成の違いに定量的な意味を見いだすことは困難である。鑑定資料6は,モリブデン,バリウムの含有から対照資料10点とは異種である。
(G)本件青色紙コップの付着物(鑑定資料7)は,不純物を含有した亜砒酸の結晶であるが,スズ,アンチモン,ビスマス,モリブデンが検出され,その含有量のばらつきの程度が鑑定資料1ないし5とほぼ同じと認められるから,鑑定資料1から5と同種である。また,バリウムが含まれることから鑑定資料3から5と同種の可能性があるが,バリウムの化学形態が不明なためそのいずれであるかは判断できない。鑑定資料7は,スズ,アンチモン,ビスマス及びモリブデンの含有量から,対照資料10点とは異種である。
P1がカレー中から発見したとされる結晶(鑑定資料8)は,不純物を含有した亜砒酸の結晶であるが,スズ,アンチモン,ビスマスの含有比が鑑定資料1から5の含有比に近いことや,検出下限ぎりぎりではあるがモリブデンが検出されたことを考えると,鑑定資料1から5と類似している。すなわち,鑑定資料8の結晶を生成させた元の粉末は鑑定資料1から5の可能性がある。さらに,バリウムが含まれていることを考えると,鑑定資料3から5と類似している。しかし,鑑定資料8は,カレー中の結晶であって,溶解‐再結晶の過程を経ており,不純物の構成が当初のものと変わっている可能性があるから,鑑定資料1から5と同種であるとの判断はできない。なお,鑑定資料8は,スズ,アンチモン,ビスマス,バリウム及びモリブデンのすべてを含有することから,対照資料10点とは異種である。イ
所論は,科警研異同識別鑑定につき,不純物元素(セレン,スズ,
アンチモン,鉛,ビスマス)濃度の対砒素濃度比を100万倍して対数を計算し,砒素の濃度を含めず,異同識別には直接関係しない五角形のレーダーチャートにしたことは,(G)本件青色紙コップ付着の亜砒酸のルーツが(A)緑色ドラム缶の亜砒酸ではないことを認識して,これを隠ぺいした虚偽鑑定である(N1異同識別論文等⑨参照)のに,これを排斥した原決定の判断は不当であるという。しかしながら,科警研異同識別鑑定におけるレーダーチャートは,そもそも鑑定資料を分析した結果から得られた指標5元素の測定値を踏まえ,あくまで各鑑定資料の全体の特徴をみるために作成されたものであって,レーダーチャートそれ自体によって異同識別をしようとしたものではないことは,レーダーチャートの性質自体からも,また,甲1168鑑定における鑑定書の記載および確定第1審におけるZ1の公判供述等からしても明らかといえる。また,その作成に当たって,砒素濃度を含めず,対砒素比を用いたことも合理的なものといえる。すなわち,Z1が確定第1審公判で供述するように,資料に混合物が入れられていた場合,資料の元素濃度が薄められたり,濃くなったりする可能性があることから,主成分であることが明らかな砒素に着目し,かつ,環境からの汚染により混在する可能性が高い元素や量があまりに少ない元素,後に混ぜものとして加えられた可能性のある元素を除外するという見地から選定されたセレン,スズ,アンチモン,鉛及びビスマスを異同識別の指標(指標5元素)とし,これらの対砒素比を求めて比較検討したというのであって,指標5元素を選定した理由や異同識別の検討過程は十分な合理性を有するといえる一方で,資料そのものに含まれる砒素の濃度や環境からの汚染により混在する可能性の高い不純物等を基準として導かれる結果については,当該資料そのものに混ぜられた混合物の多寡や混合物の混ざり具合,環境による汚染等による影響の有無及び程度等の不確定な要素による影響を受ける可能性が高いことから,異同識別の指標ないし基準として用いるのは適当ではないといえる上,(G)本件青色紙コップ付着の亜砒酸の分析結果が,混合物等を含めた,東カレー鍋に混入された亜砒酸の組成比,含有比(濃度)等を反映したものとみることができないことは前記のとおりである。原決定が,亜砒酸の主成分である砒素の濃度は,環境からの汚染により亜砒酸に混入して亜砒酸の中にまだら状に存在する元素により左右されるから,環境からの汚染により混入した元素の多い部分では砒素の濃度が低くなり,環境からの汚染により混入した元素の少ない部分では砒素の濃度が高くなるため,(A)緑色ドラム缶,(B)H1ミルク缶,(C)重記載缶,(D)H1タッパー,(E)J1ミルク缶又は(F)本件プラスチック製小物入れの亜砒酸に含まれる砒素の濃度に係る傾向が,(A)緑色ドラム缶,(B)H1ミルク缶,(C)重記載缶,(D)H1タッパー,(E)J1ミルク缶又は(F)本件プラスチック製小物入れから取り分けられた亜砒酸に含まれていた砒素の濃度に係る傾向と一致するとは限らず,(G)本件青色紙コップに付着していた亜砒酸の粉末に含まれる砒素の濃度に係る傾向が,(G)本件青色紙コップから東カレー鍋に投入された亜砒酸中の砒素の濃度に係る傾向と一致するとは限らないことから,嫌疑亜砒酸に含まれている鉄,亜鉛及びバリウムといった元素の存否及び濃度又は砒素の濃度を詳細に分析しても,(A)緑色ドラム缶,(B)H1ミルク缶,(C)重記載缶,(D)H1タッパー,(E)J1ミルク缶又は(F)本件プラスチック製小物入れの亜砒酸のうちいずれが,(G)本件青色紙コップの亜砒酸と一致するかは特定できないというべきであるというのも,同様の趣旨をいうものと理解することができる。
この点,所論は,さらに,前記のとおり,攪拌による資料の均一性やメリケン粉等の付着力等を理由に,甲1168鑑定によれば,カルシウム,ケイ素,アルミニウム,カリウム,イオウ及び鉄等の各元素やデンプンが検出されている(C)重記載缶,(D)H1タッパーないし(E)J1ミルク缶の各亜砒酸とそれらの元素等が検出されていない(G)本件青色紙コップ付着の亜砒酸が由来を同じくする可能性があるとしたのは誤っているなどという。
しかしながら,攪拌による均一性やメリケン粉等の付着力を理由に(G)本件青色紙コップ付着の亜砒酸から上記各元素等が検出されていないことの不合理性をいう所論が採用できないことは前記のとおりであるし,(G)本件青色紙コップ付着の亜砒酸の採取状況等に照らしても,およそ不純物(混合物)を指標としてその異同識別を論じることが適切ではないことも既に述べたとおりである。加えて,確定第1審におけるZ1証言等によれば,所論が(G)本件青色紙コップ付着の亜砒酸から砒素のみが検出され,カルシウム等の元素が検出されていないことの主たる論拠とする甲1168鑑定におけるX線マイクロアナライザー検査は,ミクロン単位の局所を分析するものであって,測定箇所により測定値にばらつきが生じうるものであり,このことは,(G)本件青色紙コップ付着の亜砒酸につき,甲1168鑑定において行われたX線マイクロアナライザー検査では検出されなかったカルシウムやアルミニウム等の元素が,同鑑定におけるICP‐AES分析においては検出されていること(甲1168の表2。なお,ケイ素は濾別されたため測定されず,硫黄は不計測)からも裏付けられているといえる。したがって,甲1168鑑定におけるX線マイクロアナライザー検査の結果,(G)本件青色紙コップ付着の亜砒酸から砒素以外の不純物が検出されていないことや,同鑑定において行われた他の分析結果等を根拠に,(G)本件青色紙コップ付着の亜砒酸と(A)緑色ドラム缶,(B)H1ミルク缶,(C)重記載缶,(D)H1タッパー及び(E)J1ミルク缶の各亜砒酸に含まれる混合物の違いやその濃度の違いから,これらの鑑定資料の異同識別をいう所論は採用し難い。所論及びこれに沿うN1異同識別論文等の新証拠に当審で提出されたN1意見書等の新証拠を加えても,(G)本件青色紙コップ付着の亜砒酸と他の嫌疑亜砒酸が異なるとはいえない。
また,所論は,当審において新たに提出したN1作成の意見書(37)(新弁141)等に基づき,科警研の異同識別鑑定に用いられた資料内距離,資料間距離を計算するに際して用いられたユークリッド距離法は,自動車ガラスの異同識別により車種を判定する方法であり,本件でいえば,(A)緑色ドラム缶の亜砒酸の中国メーカー,メキシコ産,韓国産という程度の鑑定方法を提示するにとどまるものであって,(G)本件青色紙コップに(A)緑色ドラム缶から亜砒酸を取り分けたか否かを鑑定すべき本件における異同識別方法に用いることができる解析法ではない,などという。
しかしながら,本件における異同識別を,(A)緑色ドラム缶から亜砒酸を(G)本件青色紙コップに取り分けたか否かを鑑定すべきものと主張する点において,所論及びそれに沿うN1意見書等は独自の前提に立つものであって採用の限りではない上,所論のいうようにユークリッド距離法が自動車のガラスを異同識別するに足りる程度にとどまる解析方法であるとしても,一般に流通していて同種の自動車ガラスが多数存在し得る自動車のガラスを異同識別する場合とは異なり,亜砒酸が,一般に入手困難な毒物であって希少性が極めて高いことと相まって,なお,異同識別のための解析方法としての有用性は肯定できるといえるから,所論の指摘やN1意見書等をもって,ユークリッド距離法を用いて資料間距離,資料内距離を算出し,異同識別を判断する一要素とした科警研異同識別鑑定の信用性が揺らぐものとはいえない。

所論は,P1異同識別鑑定につき,甲1170鑑定の際に用いられた分析装置がお粗末であって,分析方法も杜撰で精度も悪く(N1異同識別論文等①参照),計測結果についてもピークの帰属を誤解したり,正確性を欠いたりしている上,アンチモンとスズが同程度含まれ,ビスマスがその数倍程度含まれ,モリブデンが存在しているという極めて曖昧な基準で異同識別を行い,類似しているように見えるデータのみを切り出し,類似していないデータを隠蔽し,意図的に科警研異同識別鑑定と同じ結論を出すという不正行為を行っているから,このようなP1異同識別鑑定が科警研異同識別鑑定と同一であることは何ら意味を持たず,また,当初から鑑定資料が同種ないし異同を判定できないとする鑑定結果とすることに決めていたというQ1R1鑑定によって裏付けられているともいえないのに,原決定が,P1異同識別鑑定は科警研異同識別鑑定及びQ1R1鑑定によって裏付けられている,として信用性を肯定したのは間違っているなどとして批判した(N1異同識別論文等①,⑩,⑪,⑫,⑭,⑮,⑰,⑱,⑲,⑳参照)のに対し,原決定が,P1鑑定の証明力の減退を部分的に認めて,確定第1審判決の判断,すなわち,(A)緑色ドラム缶,(B)H1ミルク缶,(C)重記載缶,(D)H1タッパー及び(E)J1ミルク缶の各亜砒酸並びに(F)本件プラスチック製小物入れ付着の亜砒酸及び(G)本件青色紙コップ付着の亜砒酸が,同一の工場で同一の原料を用いて同一時期に製造された亜砒酸であるとした判断部分については認定を後退させつつも,なお,嫌疑亜砒酸の組成上の特徴が酷似するとした上,その新旧全証拠による総合評価において,他の間接事実を挙げて,なお請求人が犯人であるとした確定審の判断は維持できるとしたのは,P1鑑定の評価を誤ったものである,請求人が犯人であることの決定的な証拠が崩壊した以上,請求人が犯人であるとすることはできないはずである,原決定は他の間接事実の証明力をかさ上げし,あるいは証拠構造を組み替えて,確定審の判断を維持した不当なものである,などと論難する。
しかしながら,所論が,甲1170鑑定につき分析装置や分析精度等をいう点については,P1は,甲1170鑑定の際,自ら機材をSPring-8に持ち込み,その場で組み立てて,同所での実績のない測定に臨んだものであり,その測定結果の精度が十分でないことを認めている(確定第1審におけるP1証言)。そして,それゆえに,P1は,指標となる元素を検討して4元素を選定し,その特徴(パターン)をみることによって,異同識別の指標としたものであるところ,P1異同識別鑑定に当たって用いられ,確定第1審判決が是認したパターン認識による分析手法の相当性,合理性,その限界等については,確定第1審判決及び控訴審判決が適切に説示するとおりである。また,所論がデータの隠蔽等をいう点については,不検出の測定結果や異なる測定結果についても鑑定書中で明らかにし,そのスペクトル図等を添付することが望ましく,その結果の違いについても鑑定書中に考察として記しておくのが望ましかったといえるから,P1異同識別鑑定にはそれらの点で必ずしも十分とはいえない面があり,その限度で所論の指摘にはもっともな点があるものの,P1は,その鑑定書(甲1170)において,SPring-8における蛍光X線分析によるスペクトルでは,モリブデンのピークは小さく,砒素の強い蛍光X線による妨害のため,時にあいまいであると記載するなど,ピークが不明瞭な測定結果の存在にも言及しているし,複数回測定したものについては,後にその測定結果が原審弁護人に開示され証拠請求もされている(甲1540)ことに照らせば,P1が,類似しているように見えるデータのみを切り出し,類似していないデータを隠蔽することにより,意図的に科警研異同識別鑑定と同じ結論を出すという不正行為を行ったとの所論は当たらない。
この点,所論は,当審において,P1の蛍光X線分析の現状と展望と題する論稿(新弁110)ないし物質の過去をX線で読む物質史と題する論稿(新弁111)を提出し,これらの論稿中でP1が,

和歌山毒カレー事件の鑑定では,亜ヒ酸に含まれる微量重元素が決め手になった。

などとし,SPring-8で当時測定した,粒径約100μmの1粒の亜ヒ酸の高エネルギー蛍光X線スペクトル等として図を示し,その図の説明文に1粒(約100μm)の亜砒酸結晶から得られたスペクトルスズ=7.4pg,アンチモン=10.5pg,(スズ,アンチモン<30ppm)などと記載していることを指摘して,P1が数値化したデータを有していて定量分析をしていることは明かであるのに,P1が確定第1審において,数値化することはそこに人為的な作業が加わるなどとし,

人為的なものを通すよりは,実際にX線を当てて得られる結果そのもので鑑定しようというのが私の態度です。

などと供述したのは明らかな虚偽であるなどとし,それに沿うN1意見書等を提出して,P1異同識別鑑定の信頼性を批判する。しかしながら,P1異同識別において,P1が所論指摘の数値データを異同識別の判断に当たり用いていないことは明らかであるから,所論指摘の論稿上の数値データの記載をもって直ちに,P1異同識別鑑定の信頼性が損なわれるものとはいえない上,当審で提出されたP1意見書(当審検3)によれば,所論が指摘する数値は,P1が,SPring-8により分析した資料の微量さを示すために,科警研の分析結果を用いて一粒の亜砒酸中に含まれるスズとアンチモンの重さを計算上算出した値であることが認められるから,この点についての説明を全く欠き,読む者をしてあたかも実際に本件における鑑定の際に計測した値であるかのように思わせる記載の在り方が,論稿を執筆して外部に発表する者の姿勢ないし倫理的な意味での当否等としてはともかく,所論が指摘する論稿の存在や所論に沿うN1意見書等の新証拠によって,本件で行われたP1異同識別鑑定の信頼性が揺らぐものとはいえない。
さらに,所論は,当審に提出したN1意見書(21)(新弁93)等に基づき,甲1170鑑定の際,P1は,フォトンファクトリーにおいて,(F)本件プラスチック小物入れに付着した亜砒酸粒子を透過させたX線ビームを(G)本件青色紙コップに照射し,これらの蛍光X線スペクトルを異なるメーカーの2つの検出器で同時に測定していることが新たに明らかになったとした上,検出器は装置の個体差が大きく,異なる検出器で測定したスペクトルを比較しても異同識別鑑定はできないから,P1異同識別鑑定は,前提を欠いた重大な欠陥のある鑑定であるなどとも主張する。
しかしながら,所論が指摘する,フォトンファクトリーにおける(F)本件プラスチック製小物入れ及び(G)本件青色紙コップの各本体の同時測定の点は,甲1170鑑定の鑑定書及び確定第1審におけるP1証言に表れていた事実である上,鑑定資料である(F)本件プラスチック製小物入れの付着物及び(G)本件青色紙コップの付着物をそれぞれ鑑定資料とした分析は,それぞれにつき,SPring-8だけでなく,フォトンファクトリーにおいても,所論指摘の測定とは別に行われている。その上で,P1は,鑑定資料とされていない(F)本件プラスチック製小物入れ及び(G)本件青色紙コップを同時に分析装置に搭載し,それらの本体(容器)それ自体を直接の対象とする蛍光X線分析による検査(所論のいう同時測定)をしたものであるし,その理由についても,放射光蛍光X線分析の手法によれば,非破壊でこれらのものを直接の検査対象とする分析できることを示すことで,その手法が科学捜査の分野で活用されるのではないかとの期待の下に,実際にこれらの資料(容器)を直接の検査対象とする分析を行い同様な情報が得られるかどうかを確認するため,所論指摘の実験(同時測定)をしたというにすぎず,所論指摘の(F)本件プラスチック製小物入れ及び(G)本件青色紙コップの各本体の同時測定によって得られた結果を異同識別の重要な判断要素として用いたものではないことは明らかであるから,所論及びこれに沿う前記N1意見書等は前提を欠いている。
所論が,Q1R1鑑定においては当初から鑑定意見が決められており,P1異同識別鑑定が科警研異同識別鑑定及びQ1R1鑑定により裏付けられているとはいえないとする点についても,Q1R1鑑定において当初から鑑定意見が決められていたとする所論が採用できないことは後述するとおりであるし,P1異同識別鑑定に示された4元素の分析結果とその特徴については,科警研異同識別鑑定及びQ1R1鑑定においても同様の結果が得られていることは確定第1審判決が適切に認定し指摘したとおりであって(確定第1審判決添付別表2参照),このように,P1異同識別鑑定に示された4元素の分析結果とその特徴が科警研異同識別鑑定及びQ1R1鑑定における各分析結果と整合することは,P1異同識別鑑定の結果を裏付けているといえるし,その分析結果の信頼性を支える有力な事情とみることができるから,これと同旨の原決定の判断に誤りはない。また,鑑定の結果,嫌疑亜砒酸と東カレー鍋に混入された亜砒酸が同一であると判断されたとしても,そのことが請求人の犯人性を決定づける唯一の証拠であるとも,決定的な証拠であるとも必ずしもいえないのであって,嫌疑亜砒酸と東カレー鍋に混入された亜砒酸との同一性とその程度が犯人性を含めた犯罪事実の認定に持つ重み(推認力)については,他の間接事実との関連で考察する必要があることは当然であるから,他の間接事実をも総合考慮し,なお請求人が犯人であるとした確定審の判断が維持できるとした原決定の判断が,他の間接事実の証明力のかさ上げであるとか,証拠構造の組み替えであるという所論の批判は当たらない。

所論は,Q1R1鑑定においては,鑑定前にXと打ち合わせが行わ
れ,鑑定前から,鑑定資料が同種であると結論するか,同種かどうか判定できないと結論することが決められていた(N1異同識別論文等㉑参照)のに,原決定が,(G)本件青色紙コップ付着の亜砒酸が(A)緑色ドラム缶,(B)H1ミルク缶,(C)重記載缶,(D)H1タッパーないし(E)J1ミルク缶のそれと同種であるか否かについて,R1とQ1の間で認識の相違が存在していたことなどから,Q1及びR1において,鑑定前にあらかじめ鑑定資料が同種である等と結論づけることを決めていたとは認められない等として,上記主張を排斥したのは不当であるという。
しかしながら,そもそも所論がQ1R1鑑定においては鑑定前から鑑定資料が同種であると結論するか,同種かどうか判定できないと結論することが決められていたとする新証拠(N1異同識別論文等)は,単に,N1がR1から聞いたというだけで何らの裏付けもないものである上,平成30年4月2日付け回答書(当審検5)において,R1は,N1がR1から所論主張の事実を聞いたとする会話の存在を否定するとともに,鑑定を始める前から鑑定結果を同種と決めていたことはなく,鑑定を始める前から結論を決めていたということはあり得ないと回答しており,同年3月4日付け回答書(当審検4)において,Q1が,X1はQ1R1鑑定の判断に加わっておらず,X1が同鑑定を主導した事実はないと明確に回答していることは,上記R1の回答を一定程度裏付けるものといえることからすれば,所論は前提において採用できないというほかない。
また,所論は,Q1R1鑑定におけるICP-AES分析(兵庫県警察本部科学捜査研究所において行われたもの)による砒素及びモリブデンの濃度と科警研異同識別鑑定におけるそれらとは比例関係にあって同一の傾向を示しているのに,Q1R1鑑定におけるSPring-8による測定結果が全く異なる傾向を示していることからすると,Q1R1鑑定におけるSPring-8の測定値は信用できないという。
しかしながら,Q1R1鑑定(その補充,訂正を含む。)が信頼できることは,確定第1審判決が適切に説示するとおりであるし,資料自体の不均一に起因した定量値のばらつきがあることは同鑑定自体が認めるところであって,同種の測定方法から同様の傾向が示される一方で,全く異なる計測方法により得られた結果同士を比較し,それらの傾向が異なるからといって,Q1R1鑑定の信頼性が損なわれるものとはいえない。

所論は,当審において新たに提出したN1作成の意見書(24)

と題する書面(新弁103)等に依拠し,(G)本件青色紙コップ付着の亜砒酸につき,モリブデンの濃度が他の嫌疑亜砒酸に比べて異常に低いというQ1R1鑑定の結果や,亜鉛濃度が他の嫌疑亜砒酸に比べて異常に高いという科警研の測定結果(甲1168)等も併せ考えれば,(G)本件青色紙コップ付着の亜砒酸と他の嫌疑亜砒酸とは由来を全く異にする亜砒酸であることが明らかになったとか,科警研鑑定において用いられた指標5元素に砒素を含めた6元素の濃度を用いてN1が作成した6角形レーダーチャートや,これに更に亜鉛を加えた7元素の濃度を用いてN1が作成した7角形レーダーチャートによれば,(G)本件青色紙コップ付着の亜砒酸が他の嫌疑亜砒酸とは別物であることが一層明らかになった,などとも主張する。
しかしながら,Q1R1鑑定による(A)緑色ドラム缶,(B)H1ミルク缶,(C)重記載缶,(D)H1タッパー,(E)J1ミルク缶の各亜砒酸及び(G)本件青色紙コップ付着の亜砒酸の各モリブデンの濃度は,順に,45,42,71,35,65,30(単位はいずれもmg/kg。なお,(F)本件プラスチック製小物入れ付着の亜砒酸(ただし,X1鑑定で採取されたもの)については検出下限値以下)であって,(G)本件青色紙コップ付着の亜砒酸(同鑑定における鑑定資料7)のモリブデンの濃度が,他の嫌疑亜砒酸(同鑑定資料1から5)に比べて異常といえるほど低いとはいえない(同鑑定書(職6)表4参照)。また,環境による汚染等によっても検出されやすい亜鉛の含有やその濃度をもって異同識別の指標とすることが適切ではないことや,N1の用いる濃度比が合理性を欠くことは,既に指摘したとおりである。

以上のほか,所論は,本件で問われているのは,亜砒酸の同一性の
問題であって,その起源が同じであるか否かではなく,起源を同じくするものは,本件関係亜砒酸だけではないから,亜砒酸に現に存在している不純物や混合物についても同一性が認められない限り,同一とはいえず,亜砒酸の希少性や(G)本件青色紙コップが捨てられていた状況は同一性の判断とは関わらないのに,原決定が,確定第1審判決は,異同識別3鑑定が嫌疑亜砒酸に含まれているすべての微量元素を指標として(G)本件青色紙コップの亜砒酸が(A)緑色ドラム缶,(B)H1ミルク缶,(C)重記載缶,(D)H1タッパー及び(E)J1ミルク缶又は(F)本件プラスチック製小物入れにある亜砒酸のうちどれと一致するかを特定したものではないとし,亜砒酸自体が希少なものであることや,(G)本件青色紙コップが捨てられていた状況等を加えて,(A)緑色ドラム缶,(B)H1ミルク缶,(C)重記載缶,(D)H1タッパー又は(E)J1ミルク缶から分取された亜砒酸若しくは(F)本件プラスチック製小物入れ付着の亜砒酸のいずれかが(G)本件青色紙コップを介して東カレー鍋に混入されたとの確定第1審判決の認定を是認したのは誤りである,という。
しかしながら,そもそも嫌疑亜砒酸と東カレー鍋に混入された亜砒酸との同一性やその程度が請求人の犯人性の認定に当たって証明力を有するか否かやその程度は,結局他の関係証拠から認められる情況事実(間接事実)との兼ね合いによって決まるものであって,嫌疑亜砒酸と東カレー鍋に混入された亜砒酸とが同一であるからといって,そのことから直ちに請求人が東カレー鍋に亜砒酸を混入した犯人であることが導かれるものではなく,所論は証明の命題と証明力の問題を混同している。そして,亜砒酸に含まれる不純物や混合物についても,環境による汚染の可能性や混合物の混入状況等に加え,前記のとおりの鑑定資料の採取状況等に照らすと,含有元素の濃度比等を本件について異同識別の指標として用いることは適切ではないというべきであるから,所論指摘の軽元素等や砒素濃度等を異同識別の指標としなければならないなどとはいえない。
その他種々主張する諸点を含め,異同識別3鑑定の信用性を争う所論はいずれも採用できない。


毛髪鑑定についての所論

毛髪鑑定の内容と確定審判決の判断


和歌山県警察本部から,請求人の頭髪中の砒素濃度につき,鑑定を
嘱託されたE5大学予防医学教室の助教授(当時)T1は,平成10年12月9日に請求人の左側前頭部,右側前頭部,右側後頭部,左側後頭部の4か所から採取された各毛髪中の砒素濃度を,同月11日に超低温捕集-還元気化-原子吸光光度計により測定したところ,原決定別表5請求人毛髪中砒素濃度一覧のとおりの結果が得られ,請求人の頭髪中の砒素濃度は,体内性の砒素であるジメチル化砒素(DMA)については,どの部位もほぼ同じであるが,無機砒素については前頭部の砒素量が後頭部に比べ3,4倍多く,特に右側前頭部からは通常は検出されない無機の3価砒素が検出された。また,T1から放射光による分析を依頼されたP1は,O1主任研究員を介してT1から受け取った請求人の毛髪のうちの右側前頭部の毛髪1本につき,同月16日,フォトンファクトリーにおいて,放射光分析装置を用い,砒素の付着を分析した結果,切断面から48mmないし52mmの地点にのみ砒素の強いピークが計測された。T1は,P1の上記放射光分析の結果も加え,請求人の頭髪に,一般健常者には認められない亜砒酸暴露(外部付着)が存在していたと判断する旨の鑑定書(甲63)を作成した(以下,この鑑定結果及びこれに関する確定第1審におけるT1証言をT1鑑定ともいう。)。


P1は,平成11年4月19日,和歌山地方検察庁から,請求人の
右側前頭部の毛髪の砒素付着の有無,毛髪に付着した砒素が長期間残存する可能性等を鑑定事項とする鑑定を嘱託された。この嘱託を受け,P1は,同年5月17日,フォトンファクトリーにおいて,放射光分析装置を用い,請求人の右側前頭部の毛髪の切断面から45mmから59mmの間をビームを1mmずつずらしながら,砒素の付着を分析したところ,切断面から51mmから52mmの地点に強い砒素の信号が計測された。


また,P1は,砒素が外部付着した場合に,どの程度の期間毛髪に
残存するかを確かめるため,同年4月20日,自らの右側頭部の毛髪数十本について,毛根から約5mmの部分にH1ミルク缶等の亜砒酸若干量を指で付着させ,その後毎日シャンプーして頭髪を洗った上,その毛髪のうち1本を同年5月13日に毛根から5mm付近を切断して採取し,フォトンファクトリーで放射光分析を行った。なお,この放射光分析の際は,砒素の直近に出現する鉛の影響を排除するため,12.2keV及び12.9keVのエネルギーのX線が使われた。その結果,切断面から5mm付近を最大として切断面から約15mm付近まで砒素が付着していた(甲1232)。


P1は,その後も,上記のとおり,砒素を付着させた自分の毛髪に
ついて,ほぼ毎日シャンプーでの洗髪を続けた上で,付着から5か月を経過した同年9月21日,そのうちの毛髪1本を毛根から約5mm付近で切断して採取し,同年10月13日,フォトンファクトリーにおいて,1mmずつビームをずらしながら,12.95keVのエネルギーのX線で放射光分析をした。その結果,切断面から58.5mmから60.5mmの付近に砒素が高濃度で残存していることが判明した(以下,この鑑定を甲1294鑑定といい,上記㋐から㋓におけるP1の鑑定等をP1毛髪鑑定ともいう。)。


確定第1審判決は,以上の分析結果等を踏まえると,通常は毛髪か
ら検出されない無機の3価砒素が被告人の右側前頭部の毛髪から検出されていること,無機砒素について前頭部の毛髪の砒素量が後頭部に比べ3,4倍多かったこと,右側前頭部の砒素の付着が局所的であることから,被告人の右側前頭部の毛髪には,平成10年12月9日の時点において,外部付着に由来する砒素が付着していたと認めた。また,請求人の右側前頭部に砒素が付着した時期については,その付着部位と人間の毛髪が伸びる速度を勘案すると,同日の4.7か月前ないし7.2か月前から請求人が逮捕された平成10年10月4日までの間となるから,その時期について広く考えても,5月から10月4日までの間に毛髪に付着したと認めた。イ
所論は,確定第1審判決が,通常は検出されない無機の3価砒素が請
求人の右側前頭部の毛髪から検出され,無機砒素について前頭部の毛髪の砒素量が後頭部に比べ3,4倍多かったとし,右側前頭部の砒素の付着が局所的であることから,請求人の右側前頭部の毛髪には,その採取日である平成10年12月9日の時点において,外部付着に由来する砒素が付着していたと認められるとしたことにつき,


N1毛髪論文等によれば,T1の分析方法では,3価砒素と5価砒
素が相互に酸化還元反応を起こしてしまうため,毛髪に付着した3価砒素と5価砒素を区別して検出することはできないことが明らかであるのに,T1鑑定に依拠し,請求人の毛髪から3価砒素が検出されたと認定した確定審判決の判断及びこれを是認した原決定は誤りであるし,N1毛髪論文等⑦の指摘に関し,原決定が,N1作成の和歌山地裁27年1月30日受付意見書に対する意見書12と題する書面(新弁62)で引用されているExtractionionofArsenicinHairandUsingSpeciatHPLC-ICPMSと題する論文では,T1鑑定に用いられた超低温捕集-還元気化-原子吸光法では頭髪中の砒素について3価砒素が5価砒素に部分的に酸化される旨指摘されているが,超低温捕集-還元気化-原子吸光法により頭髪中砒素濃度を分析する際に頭髪中の5価砒素が3価砒素に還元されることはないと説示したのは,上記の点についてのN1の指摘(新弁62)を看過したものである,


T1理論によれば,5価砒素は経口摂取によるから,請求人の毛髪
からまんべんなく検出されるはずであるのに,T1鑑定(甲63)によれば,請求人の左側前頭部の毛髪から0.090μgAs/gの,右側前頭部の毛髪から0.032μgAs/g(iAs(無機の3価砒素+無機の5価砒素)0.122μgAs/g-無機の3価砒素0.090μgAs/g)の,右側後頭部の毛髪から0.029μgAs/gの,左側後頭部の毛髪から0.036μgAs/gの,それぞれ5価砒素が検出されており,左側前頭部の毛髪から検出された5価砒素濃度は,右側前頭部を含む他の3か所の毛髪から検出された5価砒素濃度の約3倍になっている反面,右側前頭部の毛髪から3価砒素が0.090μgAs/g検出され,左前頭部の毛髪からは3価砒素が検出されておらず,この測定結果からして既にT1理論は破綻している,
として,確定審判決の上記認定・判断や原決定の上記説示を論難する。しかしながら,㋐の点については,N1がその意見書(新弁62)において引用する上記論文において,この論文の作成にT1が参加したどうかの点は当審に提出されたT1の意見書(当審検6)に照らし,ひとまず措くとしても,T1鑑定に用いられた超低温捕集-還元気化-原子吸光法では,頭髪中の砒素について3価砒素が5価砒素に部分的に酸化される旨指摘されているにとどまり,5価砒素が3価砒素に還元される旨の指摘はされていないことは,原決定が指摘するとおりである。また,科警研の鑑定書(甲49,52)においても,砒素ないし亜砒酸を含有する資料からアルカリ条件下で砒素を抽出した場合,3価砒素が5価砒素に,その率は一定しないものの,変化するとはされているものの,上記各鑑定書(甲49,52)によれば,砒素ないし亜砒酸を含有する資料からアルカリ条件下で砒素を抽出した場合,5価砒素が3価砒素に変化することはないとされており,その上で,酸性条件下で砒素を抽出した場合にも5価砒素が3価砒素に変化することがないことを前提に,対象資料中に含まれる3価砒素の算出が試みられ,一定の結果が得られている。アルカリ条件下での抽出の場合,3価砒素が5価砒素に変化すること等の上記の知見は実験結果を踏まえた考察から導かれたもので,実証を伴うものといえる。また,所論のいうように,3価砒素と5価砒素が相互変換するのであれば,同じ分析方法により測定された請求人の毛髪につき,右側前頭部の毛髪だけでなく,5価砒素が検出されている他の部位の毛髪からも3価砒素が検出されてしかるべきであるのに,請求人の右側前頭部の毛髪のみから3価砒素が検出され,他の3か所の毛髪のいずれからも3価砒素が検出されていないことは不合理であるといえる。加えて,T1は,T1鑑定に用いた超低温捕集-還元気化-原子吸光法により,尿中の砒素等を測定して3価砒素と5価砒素を各別に測定した実績を十分に有しており,このことは,T1が平成30年6月1日付け意見書(当審検6)において,反応液のpH濃度を選択することにより3価砒素と5価砒素とを区別して測定することは可能であるとしていることと整合的であることにも照らせば,3価砒素と5価砒素を区別して検出したT1鑑定の信頼性はなお保たれているというべきであって,何らの実証を伴うものではない3価砒素と5価砒素の相互酸化還元反応をいうN1異同識別論文等における指摘によって,この判断は揺るがない。したがって,T1の分析法によると,3価砒素が5価砒素に変化するだけでなく,5価砒素が3価砒素にも変化するというN1毛髪鑑定等における指摘及びこれに依拠した所論は採用できず,このことは上記と同旨の指摘をするN1意見書(新弁124)等によって左右されるものではない。超低温捕集―還元気化-原子吸光法により頭髪中砒素濃度を分析する際に頭髪中の5価砒素が3価砒素に還元されることはなく,毛髪鑑定において請求人の右側前頭部に付着していた3価砒素の一部が5価砒素に酸化されたために3価砒素の濃度が実態よりも低く計測された可能性があったにすぎず,一般人の毛髪からは検出されない3価砒素が請求人の頭髪から検出されたとする毛髪鑑定の信用性が減殺されることはないとした原決定の判断に誤りがあるとはいえない。また,㋑の点については,T1鑑定(甲63)によれば,請求人の左側前頭部の毛髪から検出された5価砒素の濃度は,他の部位の毛髪に比べて,3倍程度と,有意に高く,また,請求人の左前頭部の毛髪から検出された5価砒素の濃度は,右側頭部の毛髪と比べても約3倍の濃度となっている反面,同部位の毛髪から3価砒素が0.090μgAs/g検出され,左側前頭部の毛髪からは3価砒素が検出されていないことは,所論指摘のとおりである。しかしながら,T1の上記意見書(当審検6)によれば,毛髪に付着した3価砒素が大気中の酸素により酸化されて徐々に一部が5価砒素に変換するとされているから,T1理論によれば5価砒素が経口摂取によるものであるとの所論は,その前提自体に疑問がある上,外部付着によることが考え難く,したがって体内性砒素と考えられるジメチル化砒素(DMA)濃度についてみると,請求人の頭部の4か所から採取された毛髪中のそれは,0.026μgAs/gから0.037μgAs/gの範囲内にあってほぼ近似している。また,三酸化ヒ素(亜砒酸)に被曝した労働者の毛髪,血液,尿の砒素代謝物についてと題する論文(新弁39の1及び2)によれば,高濃度の砒素に暴露している労働者の場合であっても,その毛髪中の無機砒素濃度が,5価砒素に比し3価砒素が数倍程度高い場合もあることが認められる。そうすると,左側前頭部から検出された5価砒素の濃度が他の部位から採取された毛髪のそれに比べ,3倍程度高いことをもって,T1理論が破綻しているなどとはいえず,T1鑑定の信頼性を揺るがすものともいえない。

また,所論は,T1が1980年に発表した論文(新弁39の1及び
2)によれば,健常人からも,請求人の毛髪から検出された3価砒素の濃度と同程度の3価砒素が検出されているから,請求人の毛髪から3価砒素が検出されたことが外部付着の根拠となるものではなく,また,その濃度が健常人に比して高濃度とはいえないとし,原決定が,N1毛髪鑑定等④に対する判断において,健常人から3価砒素は検出されないとした根拠として引用した,分析技術が発達・高度化したことにより,健常人の毛髪中の3価砒素が不検出のレベルであることが確認されているというT1の意見(平成26年12月12日付け意見書)は,具体的な論拠も,裏付けとなる論文等もないものであって,T1の上記意見等により,上記の論文が確定審判決の毛髪鑑定に係る判断に動揺を与えるものではないとした原決定の判断は間違っている,という。
しかしながら,所論が指摘するとおり,健常人の毛髪からも3価砒素が検出され,その濃度が請求人の右側前頭部から検出された3価砒素の濃度と同程度であるとしても,請求人の他の部位の毛髪からは3価砒素が検出されておらず,また,請求人の左右前頭部の毛髪から検出された5価砒素の濃度が後頭部の毛髪(左右)に比し有意に高く,かつ,P1による分析の結果,3価砒素が検出された右側前頭部の毛髪中の1本から局所的に砒素が検出されていること(甲63図1)に照らせば,請求人の右側前頭部の毛髪から検出された3価砒素の濃度と同程度の3価砒素が健常人からも検出されたとする論文の存在等によって,毛髪鑑定についての上記確定審判決の判断が揺らぐものとはいえない。この点,所論は,P1の上記分析結果につき,検出された砒素が体内性のものであった場合であっても,1点でも検出下限に極めて近似する値で上回ればシャープなピークになるから,P1の上記分析結果をもって,請求人の毛髪に局所的に砒素が付着していたとはいえず(N1毛髪鑑定等⑭),また,蛍光X線スペクトルのピークと1次元分析における検出下限は別の問題であり,蛍光X線スペクトルのピークが明瞭であるからといって,1次元分析においてシャープなピークが現れるとは限らないのに,P1作成の鑑定書(甲1232)図2のスペクトル図(原決定図6)中に砒素元素特有の蛍光X線のピークが明瞭に表れていることから,P1の上記分析に供された請求人の右側前頭部の頭髪に含まれていた砒素の濃度は検出下限前後にとどまるものではなかったとして,上記の指摘を排斥した原決定は誤っているという。
しかしながら,上記スペクトル図の点を措いても,甲1232鑑定における鑑定書図1の1次元分析において,切断部から50~51mm部分と51~52mm部分の2か所から,異なる強度の砒素が検出されており,また,その1次元分析によるグラフが明瞭にシャープなピークを形成していることは明らかであるところ,これらのことは所論の指摘とはそぐわず,所論は前提を欠いているというべきである。この点に関し,所論は,N1意見書等に基づき,甲1232鑑定において,P1は,1999年(平成11年)5月17日,フォトンファクトリーにおいて,12.2~12.9keVのX線のエネルギーを使用して蛍光X線分析を行った結果,請求人の毛髪の切断面から50mmから53mmのところに砒素が局在していたとし,その1次元分析によるグラフ(同鑑定書図1)を示しているが,同鑑定書に掲げられているスペクトル図(甲1232図2)は,1998年(平成10年)12月14~16日に,フォトンファクトリーにおいて,20~21keVのX線エネルギーを使用して行われた蛍光X線分析の結果得られたものであり,同エネルギーを使用して蛍光X線分析をした場合,使用エネルギーが12.2~12.9keVの場合とは異なり,砒素だけでなく鉛も励起するところ,P1はその鉛のピークを砒素と誤って判定したものであるから,原決定が,同日,P1がフォトンファクトリーにおいて実施した蛍光X線分析の結果,請求人の右側前頭部の毛髪から砒素元素特有のピークが明瞭に観察されたと認定したのは誤りである,という。しかしながら,P1の確定第1審における供述によれば,フォトンファクトリーにおける蛍光X線分析の際,使用エネルギーは自由に変えられるところ,P1は,甲1232鑑定の際,砒素と鉛のピークが重なり,砒素のピークと鉛のピークを見誤る可能性があることから,鉛が付着していたとしても,砒素と間違うことのないエネルギーを使用することにし,砒素を励起するには十分であるが,鉛を励起することのないエネルギーである12.2ないし12.9keVを使用したことが認められるから,所論は前提を欠くというべきであって,これに沿うN1意見書等も採用できない。

また,所論は,P1の上記分析結果につき,資料汚染等による可能
性を指摘した(N1毛髪鑑定等⑲)のに対し,原決定がこれらを排斥したことの不当をいうが,T1鑑定(甲63)中には,P1の上記測定時の条件として,鋼鉄製のハッチという部屋で遠隔操作により行われたことが記載されていること,所論が汚染の可能性として指摘する点はいずれも抽象的可能性の域を出ないこと等に照らし,採用の限りではない。

さらに,所論は,T1鑑定ないしP1毛髪鑑定につき,いずれもブラ
ンク値(データ)を明らかにしていないとか,T1は鑑定資料の計測結果を測定して得られたチャートを明らかにしていないが,T1論文等に掲載されたチャートに照らせば,T1の分析法は分析能が悪く,ピークの分離がICP-AES分析のデータ(甲49)に比べ圧倒的に悪いとか,P1は計測した結果得られたスペクトル図を全て明らかにはしていない,などとして,T1鑑定及びP1毛髪鑑定の信用性を争う。
しかしながら,所論のいうブランク値(データ)は,予試験(機器の正常動作確認)レベルで行われるものであって,通常鑑定書に示すことやそのデータを開示したり,保存して保持することは求められておらず,現に,本件における他の多くの鑑定においても,ブランク(値)データは示されていない。また,鑑定の際に得られた測定結果やスペクトル図については,鑑定書中に記載したり,開示したりすることが望ましいとはいえるものの,鑑定書の作成方法は一律ではなく,記載の要否等については,作成者の裁量的判断が許容される性格のものであることから,それらの記載等がないことが直ちに,当該鑑定の信頼性を失わせるものともいえない。チャートの解析の点についてみても,T1はT1鑑定に用いられた超低温捕集-還元気化-原子吸光法に十分に習熟しているといえることからすれば,分析能やピークの分離が悪いからといって,T1のした解析結果の信頼性が直ちに損われるものとはいえない。
その他種々主張する諸点を含め,毛髪鑑定を争う所論はいずれも採用できない。⑥

新旧全証拠による総合評価についての所論

所論は,異同識別3鑑定は,確定審判決の証拠構造の核心であり,
その証明力の減殺は,それだけで直ちに,請求人が犯人であるとの確定審判決の事実認定に合理的疑いを生じさせるものであるのに,原決定は,確定審判決の証拠構造の組替もするなどして,原審新証拠につき明白性を否定したとして原決定の判断を争う。
しかしながら,再審請求事件の段階で,その受訴裁判所が,確定審判決が認定した7項目の間接事実のうちの一部について,証明力の減退を認めた場合,証明力が減退した部分についてはそのようなものと取り扱った上で,その間接事実の状況と他の認定できる間接事実を総合考慮することによって,確定審判決の判断,すなわち,請求人がカレー毒物混入事件の犯人であるとの認定に合理的な疑いが生じるか否かを検討することは当然であって,所論の批判は当たらない。この点,所論は,その依拠するN1異同別論文等やN1意見書等により,(G)本件青色紙コップ付着の亜砒酸とその余の嫌疑亜砒酸が別物であることが明らかになった,とか,原決定が組成上の特徴を同じくするという元素は,スズ,アンチモン,ビスマス及びモリブデンという重元素に限られ,かつ,それらが類似するとしても,せいぜい由来が同じと言っても矛盾はない程度のことしか意味しない,などと主張して,原決定の上記判断を論難するが,所論が依拠するN1の見解が採用できないことは既に述べたとおりであって,所論はいずれも前提を欠いている。

また,所論は,原決定が説示する新旧全証拠による総合評価は,証
明力の低いものを塗り重ねているに過ぎず,それによって証明力が高くなるものではない,とか,原決定の示すところは,せいぜい請求人が犯人であるとすればこれらの情況証拠が合理的に説明できるというにとどまり,決して,被告人が犯人でないとしたならば合理的に説明できない(あるいは少なくとも説明が極めて困難である)事実関係が存在するとはいえない,などという。しかしながら,異同識別3鑑定以外の証拠から認定できる間接事実を総合考慮した場合であっても,請求人がカレー毒物混入事件の犯人であるとの強い推認が働くことは,原決定が指摘するとおりであって,この判断を論難する所論は,異同識別鑑定から合理的に導かれる個々の間接事実の証明力を殊更低くみているのみならず,異同識別3鑑定以外の証拠から認定できる間接事実の総合考慮から導かれる請求人の犯人性評価についても正解していないものというべきであって,採用できない。ウ
なお,所論は,本件において,請求人がカレー毒物混入事件の犯行に
及ぶ動機が証拠上明らかではない以上,動機は不明ではなく,不存在というべきであり,犯人性認定の消極的事実である,というが,動機が証拠上明らかではないことと,動機がないこと(不存在)とを同視するもので,採用の限りではない。原決定の前記総合評価を争う所論は,その余の主張を含め,いずれも採用できない。
4
以上の次第であり,A1くず湯事件について,新証拠(新弁4)の新規性を
否定しつつ,これを旧証拠と総合して検討しても明白性も認められないとした原決定は正当として是認できる。また,カレー毒物混入事件についても,新証拠の一部につき新規性を否定しつつ,旧証拠に,新規性を否定されたものも含め,新証拠(原審段階で弁護人(請求人)が提出したもの)を総合して検討しても,請求人以外に東カレー鍋に亜砒酸を混入し得た者はおらず,請求人にはそれが可能であり,その機会もあったとの確定審の判断はいささかも動かず,また,異同識別3鑑定の推認力は低下したものの,その低下は極めて限定的であって,請求人の犯人性を積極的に推認させる間接事実になることは優に認められ,新旧全証拠を総合して検討しても,請求人がカレー毒物混入事件の犯人であるとした確定審判決の事実認定に合理的な疑いを生じる余地はなく,新証拠はいずれも無罪を言い渡すべき明らかな新証拠に該当しないとして,新証拠はいずれも刑訴法435条6号にいう明白性を欠くとした原決定の判断は正当であって,当審において弁護人(請求人)側が提出した新証拠を併せて検討しても,この判断は動かない。
よって,A1くず湯事件及びカレー毒物混入事件のいずれについても,再審を開始すべき事由は認められず,本件即時抗告は理由がないから,刑訴法426条1項により,主文のとおり決定する。
令和2年3月24日
大阪高等裁判所第4刑事部

裁判長裁判官

樋󠄀

口裕晃
裁判官

森岡孝介
裁判官

柴田厚司
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