判例検索β > 令和1年(わ)第127号
住居侵入
事件番号令和1(わ)127
事件名住居侵入
裁判年月日令和2年3月12日
裁判所名・部松江地方裁判所
結果その他
裁判日:西暦2020-03-12
情報公開日2020-06-04 22:22:23
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主文理由
被告人は無罪

第1

本件公訴事実

被告人は,正当な理由がないのに,令和元年9月9日午後2時30分頃,松江市内のアパートの1室であるA方に,水道工事業者を装って玄関から侵入したものである。
第2

当事者の主張の概要

後述のとおり,被告人は,Aの承諾を得て3回A方住居内に立ち入っているところ,本件公訴事実は3回目の立入行為が住居侵入罪に該当すると主張するものである。
この点,1回目に被告人がA方を訪問した際,被告人が,予めA方の水道の元栓を閉めているのにこれを秘し,応対したAに対し,水が出ますか等と尋ね,水回りを確認するという名目でA方に立ち入ったことについて当事者間に争いはない。そして,検察官は,この1回目の立入行為は,水道が使えないという窮状を作出し,Aに,被告人は水道の不具合を解消できる人物であると誤信させて立ち入ったもので,これは不正な料金請求に発展する悪質なものであるとした上で,Aは,そのような事情を知っていれば,本件公訴事実である3回目の自宅への立入りを,被告人に対し承諾するはずはないから,Aの承諾は錯誤に基づくもので無効であり,3回目の立入はAの意思に反する侵入に当たり,正当な理由もないから,住居侵入罪が成立すると主張する。
これに対し,弁護人は,1回目の立入行為と3回目の立入行為は別個に検討されなければならないところ,3回目の立入行為は,Aからトイレの不具合の申し出を受け,トイレの水漏れ作業のためにAの承諾を受けて行ったものであり,実際,当該作業のみを行っているのであるから,Aの承諾に基づく正当な目的による立入りで住居侵入罪は成立しない等と主張する。第3
1
当裁判所の判断
関係証拠によれば以下の事実が認められ,当事者間にも概ね争いがない。
(1)本件に至るまでの経緯
被告人は,令和元年6月に刑務所を出所し,清掃業を営む実父経営のBの下請けとして稼働していたが,その仕事内容は他の従業員と異なることはなかった。実父は反対していたが,被告人は,独自に営業活動をして仕事を増やそうとして,個人宅を訪問するなどしていた。
被告人は,同年7月中に7回ほど,A宅のインターホンを鳴らしたが,Aは居留守を使って無視していた。
(2)1回目の立入行為
令和元年9月4日,被告人は,Aが居留守を使っていると考え,Aの居室の外にある水道の元栓を閉め,A方で水道が使えないようにした上で,応対したAに対し,

そちらの家は水が出ますか。

等と尋ねて,Aをして水が出ないことを確認させた上,水回りを確認する風を装った。被告人のことを水回り関係の業者と考えたAの承諾を得て,被告人は室内に入り,風呂場やキッチン下等を点検,作業するふりをして,水が出ない不具合を解消したかのように装った。そして,Aに,

エアコンのフィルターの掃除をしたら節電になりますよ。ただ,今は工具がないので後日改めて来ます。

と言い,困ったことはないかを尋ねた。Aは,以前より,トイレの不具合があり,業者に相談しようと考えていたことから,被告人に対し,トイレの水を流すと止まらなくなることがあると述べた。すると,被告人は,後日エアコンを見るのと一緒にトイレも見ると言って,Aと携帯電話の番号を交換し,退出した。被告人は,不具合を解消したかのように装った行為に対し,料金を請求していない。A方室内での滞在時間は約15分である。
被告人はA方退室の際に,水道の元栓を開けて帰った。Aは,水が出るようになったことから,被告人をやはり水回りの業者だと考えた。
(3)2回目の立入行為被告人は,同月6日,Aに電話をかけ,トイレのタンクの中の写真だけを撮りに行くことの承諾を取り付け,同日,Aの室内に入り,トイレの写真を撮って退室した。A方室内での滞在時間は約10分である。
(4)3回目の立入行為(本件公訴事実関係)
同月9日,被告人はショートメールを通じて,Aから同日に訪問する許可を取り付け,A方室内のトイレのタンクの蓋を開ける等,何らかの作業をして,

タンクの中の栓が緩んでいたんで,ちゃんと閉めておきました。二,三回流してみたら直ってたんで,大丈夫だと思います。

等とAに説明した(なお,被告人は,浮きを手で絞め直したと供述するが(被告人供述調書11頁),水道業者は,フロート部の水量調整部のナットは固く締まっており,素手で調整するのは難しいと述べている(甲4)。)。そして,エアコンを見るために必要な脚立を置くためのベニヤ板を発注しているところである旨述べて,次回はエアコンを見る予定であると述べて立ち去った。その際,Aは,被告人から会社の名前を教えてもらっていなかったことに気付き,水道会社の人ですか,と被告人に尋ねると,被告人は,個人経営の便利屋であると答えた。被告人は,トイレ修理の料金は請求していない。A方室内での滞在時間は午後2時30分頃から午後3時頃までの約30分である。トイレの水は,この後数日間は普通に流れていたが,数日後に水が止まらなくなる不具合が再発した(Aの公判供述調書6頁)。
(5)Aが警察に相談するまでの経緯
被告人は,同日午後3時7分頃,Aに電話をしたがつながらず,午後3時15分頃,初めはお仕事があればと思いましたがそんなことよりお客様に一目惚れしてしまい,工事を何回にも分けてしまいました。(中略)いくら個人の会社とはいえあってはいけないことかもしれません。迷惑であれば本日のトイレの工事で完了に致します。等とメッセージを送り,午後3時45分頃,

きちんと伝えたいのですが一度電話でお話できますか。

等とするメッセージを送り,午後3時46分頃,Aに再度電話するなどしたがつながらなかった。Aはこの後,被告人からのメッセージと着信に気付き,その内容に気持ちが悪くなり,翌同月10日に警察に相談した。
2
公訴事実である3回目の立入行為が住居侵入罪に該当するか否かについて
(1)刑法130条前段の人の住居等に侵入しとは,住居権者の意思に反して立ち入ることをいうと解される(最高裁昭和58年4月8日判決・刑集37巻3号215頁参照)。公訴事実である3回目の立入りについて,被告人は住居権者であるAから許可を受けているところ,検察官は,1回目の訪問の際に被告人が水道の元栓を閉めたことを知っていたら,その後の立入りを承諾することはなかったとするAの供述は社会常識に照らして首肯でき,その承諾は錯誤に基づく無効なものであるから,結局,Aの意思に反する立入りにあたると主張する。
水道事故を装ったことを知っていたら,3回目の被告人の訪問の際に立入りを許可しなかったというAの感情は当然である。しかし,あくまで住居侵入罪の成否を問題とする以上,住居権者の自然的意思のみをもって判断することは相当ではなく,住居権,すなわち住居等の内部の領域を支配・管理する利益の侵害との関係で重要な事実について意思に反するかどうかを問題とすべきである。そして,誰を立ち入らせるかについて承諾を与える場合,その判断の根拠となった具体的事情があるはずであるから,承諾の前提をなしている重要な事実に錯誤がある場合に,その承諾は無効となるというべきである。
(2)この点,1回目の立入行為についてみると,被告人は水道の元栓を閉め,あたかも水道事故が生じたかのように偽装し,その不具合を解決するために訪問したかのように装い,住居権者であるAの立入の許可を得たものである。Aはあくまで,被告人を,室内の水が流れないという事故に対処してくれる水回り関係の業者であると信じて,被告人の立入りを認めたのであり,そのことが立入り承諾の前提をなしている以上,水回りの事故があるかのように偽装した上で得られた承諾は無効であるというべきである。
(3)他方,2回目及び3回目の立入行為は,1回目の立入りの際に,Aがトイレの不具合を申告し,その不具合の解消を被告人に委ねたことに対応したもので,Aが被告人の立入りを承諾したのは,被告人がトイレの修理をする人物であると判断していたからに他ならない。
この点,被告人も自認するとおり,被告人がBで行っていた仕事は主として清掃であって水回りは専門ではなく,トイレについては,簡単なパッキン交換や接続部の締め直しの経験があるに過ぎないし(被告人供述調書1ないし2頁),A方室内のトイレを検分した水道業者は,トイレの水が止まらない不具合は続いており,修理されたものとはいえないと判断している(甲4)。しかし,Aの供述によれば,3回目に被告人が訪問し,何かしらの作業をした後,数日間は水が止まらないという不具合は発生していなかったというのであるから,トイレの不具合に対し,被告人が何らの処置も施さなかったと断ずることについては,合理的疑いを容れる余地がある。また,被告人は,2回目の立入時は,トイレタンクの写真を撮影するとAに告げて,実際に写真を撮るだけで退出し,3回目の立入時も,トイレの修理をするという趣旨で,Aから立入りの承諾をもらい,トイレ内で作業することだけしかしていない。
そうすると,2回目及び公訴事実である3回目の被告人の立入りをAが承諾するにあたり,トイレの修理を行う被告人を立ち入らせるという事実については錯誤はないので,その承諾が無効となるとは解されない。
(4)なお,住居侵入罪の成否そのものについて検察官が言及するところではないが,3回目の立入行為直後に,被告人が,第3の1(5)に記載のメッセージをAに送信しているので,これが住居侵入罪の成否の判断に影響を及ぼすかについて念のため検討しておく。
Aに対して一目惚れした旨のメッセージを送付した理由について,被告人は,水道栓を止めたことに罪悪感を感じたが,そのことを正直に言いだせず,Aが断りやすい口実として,一目惚れしたというメッセージを送った旨供述する(被告人供述調書14ないし15頁)。しかしその供述内容は不自然で,容易く信用することはできない。もっとも,2回目及び3回目の立入りをした際に,被告人がトイレに関する作業しかしていないのは前述のとおりである一方,メッセージの内容を素直に読んでも,被告人がAに恋心を抱いたという内心を表出するもので,トイレの修理を行う被告人を立ち入らせるという立入り承諾の前提をなす重要事実に錯誤を及ぼす内容ではないから,承諾が無効となるものとは解せない。
3
結論

以上のとおり,本件公訴事実である3回目の立入り行為について,Aが与えた承諾が錯誤によって無効となるとは解されず,それゆえ意思に反する立入りとは言えないから,住居侵入罪は成立しない。
結局,本件公訴事実については犯罪の証明がないことになるから,刑事訴訟法336条により,被告人に対し無罪の言渡しをする。
(求刑

懲役1年

令和2年3月12日
松江地方裁判所刑事部
裁判官本村曉宏
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