判例検索β > 令和1年(わ)第425号
覚せい剤取締法違反、関税法違反被告事件
事件番号令和1(わ)425
事件名覚せい剤取締法違反,関税法違反被告事件
裁判年月日令和2年3月18日
裁判所名・部札幌地方裁判所
判示事項の要旨覚せい剤入りの郵便物を日本国内で受領し,更にこれを所持したという覚せい剤取締法違反・関税法違反被告事件において,被告人の覚せい剤についての故意を否定し,無許可の輸入の限度での関税法違反の成立を認め,覚せい剤の所持について無罪とした事例。
裁判日:西暦2020-03-18
情報公開日2020-06-04 22:15:01
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令和2年3月18日宣告
令和元年(わ)第425号

覚せい剤取締法違反,関税法違反被告事件
判決主文
被告人を罰金100万円に処する
未決勾留日数のうち,その1日を金5000円に換算してその罰金額に満つるまでの分を,その刑に算入する。
札幌地方検察庁で保管中の別表記載の物を没収する。
本件公訴事実中,覚せい剤の所持の点については,被告人は無罪。理由
(罪となるべき事実)
被告人は,氏名不詳者らと共謀の上,
1
令和元年5月17日(現地時間をいう。以下同じ。),アメリカ合衆国所在のAサービスセンターにおいて,覚せい剤である塩酸フェニルメチルアミノプロパンの白色結晶合計約900.1グラム(別表の番号1から5まではその鑑定残量。)を隠し入れた郵便物1個(以下荷物①という。)を,札幌市(住所省略)(以下本件民泊施設という。)に宛てて発送し,荷物①を同国所在のサンフランシスコ国際空港から出発して積替地である同国所在のシンシナティ・ノーザンケンタッキー国際空港に到着する航空機に搭載させ,更に同空港から出発して千葉県成田市所在の成田国際空港に到着する航空機に搭載させ,同月19日,同航空機に搭載された荷物①を同空港に到着させた上,荷物①を,東京都江東区(住所省略)B株式会社C保税蔵置場に搬入させ,同月23日,同所において,東京税関職員による検査を受けさせ,もって関税法上の輸入してはならない貨物である覚せい剤を輸入しようとしたものの,同職員に発見されたため,その目的を遂げなかったが,被告人は,荷物①に隠匿された物はトリュフ等の高級食材であると認識し,これを税関長の許可を受けないで輸入する無許可輸入の犯意を有するにとどまっていた。2
同月17日,アメリカ合衆国所在の郵便局において,覚せい剤であるフェニルメチルアミノプロパン塩酸塩を含有する粉末合計約1091.047グラム(別表の番号6から78まではその鑑定残量。)を隠し入れた郵便物1個(以下荷物②という。)を,本件民泊施設に宛てて発送し,荷物②を上記サンフランシスコ国際空港から出発して上記成田国際空港に到着する航空機に搭載させ,同月20日,同航空機に搭載された荷物②を同空港に到着させた上,同月21日,荷物②を,川崎市(住所省略)所在のD郵便局に到着させ,同月22日,横浜税関川崎外郵出張職員に提示させて通関させ,もって関税法上の輸入してはならない貨物である覚せい剤を輸入したが,被告人は,荷物②に隠匿された物はトリュフ等の高級食材であると認識し,これを税関長の許可を受けないで輸入する無許可輸入の犯意を有するにとどまっていた。

(証拠の標目)
省略
(事実認定の補足説明)
第1

本件公訴事実の要旨
本件の公訴事実の要旨は次のとおりである。
被告人は,氏名不詳者らと共謀の上,営利の目的で,みだりに,

1
令和元年5月17日,アメリカ合衆国において,覚せい剤を隠し入れた荷物①を本件民泊施設に宛てて発送し,その後,これを上記成田国際空港に到着する航空機に搭載させ,同月19日,同航空機に搭載された荷物①を同空港に到着させた上,これを航空機外に搬出させて日本国内に持ち込み,もって覚せい剤を本邦に輸入するとともに,同日,荷物①を上記保税蔵置場に搬入させ,同月23日,同所において,税関職員による検査を受けさせ,もって関税法上の輸入してはならない貨物である覚せい剤を輸入しようとしたが,同職員に発見されたため,その目的を遂げなかった。2

同月17日,アメリカ合衆国において,覚せい剤を隠し入れた荷物②を本件民泊施設に宛てて発送し,その後,これを上記成田国際空港に到着する航空機に搭載させ,同月20日,同航空機に搭載された荷物②を同空港に到着させた上,これを航空機外に搬出させて日本国内に持ち込み,もって覚せい剤を本邦に輸入するとともに,同月21日,荷物②を,川崎市内の上記郵便局に到着させ,同月22日,税関職員に提示させて通関させ,もって関税法上の輸入してはならない貨物である覚せい剤を輸入した。

3
第2

同月25日,川崎市内において,覚せい剤を所持した。
客観的事実関係
本件において,次の事実関係については証拠上明らかに認定することができ,
被告人の行動については自身も認めているところである。
1
荷物①及び荷物②の流れ
荷物①(覚せい剤が入ったプラスチックボトル等を内容とする。)は,判示1のとおり,アメリカ合衆国から,本件民泊施設宛てに送付され,東京都江東区内の保税蔵置場に搬入されていたが,税関職員に覚せい剤を発見され,以後配達されることがなかったものである。
荷物②(覚せい剤が入った銀色密封袋73袋がカップ麺容器36個(12個単位で包装されているもの3箱)に麺とともに封入されており,これらのほかスナック菓子等を内容とする。)は,判示2のとおり,アメリカ合衆国から,本件民泊施設宛てに送付され,後記のとおり被告人が受領したものである。

2
被告人の行動
被告人は,中華人民共和国香港特別行政区(以下単に香港という。)に居住していたところ,親交の深いEと称する人物(以下Eという。)から,日本において2個の荷物を受領し,これを指定されたところに運搬する仕事があると誘われてこれを承諾した。そして,被告人は,Eらの指示に従い,令和元年5月20日,北海道内の新千歳空港から本邦に入国し,以後同月24日まで,本件民泊施設に滞在した。
被告人は,同月24日午前9時43分頃,本件民泊施設で荷物②を受領し,午前11時38分頃,その段ボール箱を開封して,カップ麺等を取り出した。被告人は,このカップ麺等を荷物に入れ,同月24日午後零時9分頃,本件民泊施設を出て,これを携帯し,鉄道を乗り継ぐなどして東京都内に行って台東区内のホテル(以下本件ホテルという。)に宿泊した。
被告人は,同月24日から翌25日にかけて,本件ホテルにおいて,カップ麺の各容器を開け,覚せい剤の封入されていた銀色密封袋合計73袋(以下本件銀色密封袋という。)を取り出した。
被告人は,同月25日午前10時18分頃,本件ホテルから,本件銀色密封袋をビニール袋に入れた状態で持って出て,午前10時20分頃,駅のコインロッカーに預けた。その後,被告人は,ピンク色の手提げかばんを購入し,午後1時28分頃,同コインロッカーで本件銀色密封袋を取り出してこの手提げかばんに入れ,鉄道を乗り継いで川崎市内に行った。被告人は,午後3時頃,麻薬取締官により任意同行を求められ,手提げかばんに入っていた本件銀色密封袋内から覚せい剤が発見された。
被告人は,香港出発前から,上記の任意同行の直前まで,E及びEから仕事の指示役として紹介を受けた氏名不詳者(被告人はこの者をFと呼称しており,以下Fという。)から,携帯電話の通話・通信を通じて指示を受けながら,上記の行動に及んでいた。
第3

本件における争点
本件において,公訴事実1及び2に関し,被告人が,荷物①及び荷物②に覚せ
い剤等の違法薬物(以下単に違法薬物という。)が入っている可能性を認識していたか,また,公訴事実3に関し,被告人が違法薬物を所持している可能性を認識していたかが争点になっている。第4
1
検察官が指摘する間接事実についての検討
検察官は,まず,被告人がEから説明を受けた仕事の内容等から,荷物①及び荷物②に違法薬物が入っていると容易に推測できると主張する。まず,被告人がEから本件の仕事を紹介された経緯及びEから受けたこの仕事に関する説明について検討する。

Eと被告人とのメッセージ等の客観的証拠として残っているものとしては,次のものがある。
被告人は,平成31年4月27日当時,通信アプリ内で,Eを含む他7名が参加するグループチャットに参加していた。そして,同日から翌28日にかけての同グループチャットにおいて,Eが,勤務先の会社が人材を募集する,と書き込んだ。Eは,これに続けて,その仕事について,本当に違法なものではないと保証するがグレーゾーンの仕事である,主たる国としては日本へ行って客に荷物を渡す仕事である,日本への渡航費用,日本での滞在費や交通費はいずれも会社が負担する,別途報酬も支払われる,いつでも出発できる人でなければできない仕事である,などとも書き込んだ。
被告人は,これに引き続き,E個人とのチャット等で,この仕事についてより詳しい説明を求めた。これに対して,Eは,仕事の内容は日本で受け取った荷物を客に渡すことであって,出入国に際して物品を持っていくものではない,香港から最初に向かう目的地が日本国内のどこであるかは仕事の度に異なるが,香港への帰国は東京からという点は決まっている,出発の日は事前に伝えるが時間は前日になるまで教えることはできない,などと説明した。


また,被告人は,Eから,荷物の中身について,外見とは異なるものであると聞いていたとも供述する。
一般論として,外国に行き,国際的に輸送されてきた荷物を受領して運搬した上,これを他の者に渡す仕事を想定した場合において,もともと受領を企図している者があえて別の者にこれを受領させるというのは,本来輸入自体が禁止されており,税関等を直ちに通過することができない荷物を自己に代わって受領させようとする動機に基づくことが容易に考えられる。そして,外見とは異なる物品が入っているとすれば,輸入,運搬等の時点で内容物について検査されることをおそれ,これを防止しようとしていたと見るのが自然であり,内容物について,輸入,所持等が禁止されているものであることも容易に想像できるところであるといえる。
しかも,渡航,宿泊等の費用を負担し,報酬をも支払うものであるとすれば,荷物の受領,運搬等を依頼することに多額の利益を得ることが見込まれるのであって,このように,多額の費用をかけて,輸入自体が禁止される物品を受領しようとするのであれば,このような物品としては,違法薬物がまず想起できるところである。したがって,このような場合において,一般的には,このような仕事を引き受けた者が荷物には違法薬物が入っている可能性があると認識していた可能性は高いといえる。
もっとも,被告人は,Eから,送付される荷物の中身がトリュフ等の高級食材であり,関税を免れるためにこのような形で送付されるものであるとの説明を受けており,Eに対して荷物の中身について問題があるか否かを尋ねても問題がないとの回答があったので,これを信じていた旨供述する。そして,被告人は,そのような説明を信じた根拠として,①Eは,被告人の家族と親しく,家族同然であり,Eが自分をだますようなことをするはずがないと考えていたこと,②Eは食品に関する仕事に従事していたこと,③Eの勧誘はグループチャットで被告人以外の者にも知られていたこと等を供述する。確かに,①の点について見ると,Eは,被告人の次姉G(以下Gという。)がソーシャル・ワーカーとして勤務していた教育・宿泊施設の入所者であって,同人とは,いわば師弟関係にあり,被告人とその家族との関係でも親しく,さらに,被告人の家族が,家庭環境に恵まれないEを積極的に受け入れようとして様々な行事に招待しており,取り分け被告人はその家族の中でもEとの間で特に親しく,コンサートや旅行に共に行く関係にあった。そして,Eは,グループチャットにおいても,前記のとおり,本当に違法なものではないと保証するがグレーゾーンに属する仕事である旨書き込んでいたところである。被告人が,このように,従前から親しくしていたEから仕事について説明され,よもや,グレーゾーンにとどまるのではなく,違法性が高い仕事を紹介されるはずがないと考えていたというのにも理解できる面がある。
また,②についても,Eは実際に食品関係の仕事に従事をし,日本と香港との間での食材の輸出入に関与していたことがうかがわれ,被告人もこのことをよく知っていたことが認められ,Eはグループチャットにおいて会社には各地に支店があるなどとも書き込んでいるのであるから,この点もEの説明を信じた理由として理解し得る。
さらに,③についても,グループチャットは,被告人及びE以外にも,Eの教育等にも関わっていたGを始めとして6名が参加していたところであり,被告人が,このようなグループチャットが違法薬物に関わる仕事についての勧誘に用いられるとは思わなかったと述べるのにも理解できる面がある。これらの事情を総合すると,被告人が,運搬するのはEの説明のとおりトリュフ等の高級食材であると信じ,違法薬物が入っている可能性について全く思い至っていないというのも,不合理であるとはいえない。
なお,検察官は,被告人が,荷物を受け取る場所について毎回変わることや,直前にならないと目的地を伝えられないこと等について知っていたことを指摘する。しかしながら,これらの事情は,格別に不自然なものとまではいえず,このことから当然に荷物の中身について違法薬物が含まれているかもしれないと考えていたとまではいい難い。被告人が上記の認識であったことについては,次の2点からも裏付けられている。

Eは,平成31年3月頃,Gがかつて世話をしていたHに対しても,日本に行って民泊施設に宿泊してトリュフを受け取り,これを列車に乗って運び,他の者に渡すことによって関税を免れるとの仕事に関わっていると話すとともに,その仕事の手伝いをしてほしいと依頼していたとの事実が認められ,このことからしても,Eが被告人に対して同様の説明をしていた可能性が認められる。


また,被告人は,友人のIに対して,令和元年5月頃,日本に行ってトリュフ等の高級食材を受け取り,別の場所に運搬する仕事があると話すなどして誘っており,同人から違法薬物に関わることになるのではないかと尋ねられた際も,被告人は,仲が良く,家族との付き合いも深い友人がこれまで携わってきた仕事であって,この友人は絶対に騙すことはないと答えていたところである。
以上の2点は,Eが被告人に対して仕事の内容についてトリュフ等の高級
食材を受け取り運搬することであると説明し,被告人がこの説明を信じたことを裏付けるものであるといえる。
したがって,一般論としてはともかく,こと本件に限っては,被告人がEからの説明を信じた旨供述するのも,不合理なものとして排斥できるものではない。
検察官は,次のとおり指摘して被告人の供述が信用できない旨主張するので,以下検討する。

検察官は,Eらとのやり取りの中で,食材,トリュフ,関税
等を明示したものがない旨指摘する。
しかしながら,E,被告人らのやり取りの中でこのような文言が明示されていなかったからといって,被告人の供述が直ちに信用できないということにはならない。むしろ,Eが食材に関する仕事に就いていることはこのグループチャットのメンバーにおいて共通の認識であったことがうかがわれるから,Eが自らの勤務する会社において人員を募集している旨書き込んでいれば,食材に関する仕事についてのものであると解釈するのが自然であるといえる。また,Eのグループチャットの中での書き込みの中には,仕事先として日本が多いことの理由として,日本では税金が高いことをも記載されており,この記載は,少なくともEの意識又はEの他者に対する説明として,税金の多寡に着目していることをうかがわせるものであるといえる。

検察官は,被告人において,関税逃れの仕組み等について,何らEに尋ねず,Eから詳しい説明も受けなかった旨指摘する。
しかしながら,被告人は,関税について十分な知識を有していなかったと認められる上,仕事に就くに当たって,その仕事がいかなる仕組みで成り立っているのかといったビジネスモデルにまで関心を持っていなかったと考えられる。そして,常識的に考えて,一時的に仕事を引き受けようとする者が,仕事の背景やビジネスモデルに関心を抱かないということは不自然なことではない。まして,Eは,被告人らの家族と親密な関係にあり,かつ,輸入食材を扱う仕事に就いていたのであるから,被告人が,Eの説明を受けてこれを信じ,この仕事における関税を免れようとする仕組みについて更に尋ねたり説明を求めたりしなかったというのも,格別不自然なものではない。


検察官は,関税を逃れるために,Eから説明を受けた方法で荷物を受け取ることは,被告人の渡航費用や報酬額等,またトリュフに係る関税額,トリュフの流通,輸出入の実態等の点から不自然・不合理である旨主張する。
しかしながら,トリュフ等の高級食材に係る価格,関税額,輸出入の実態が一般常識であるとまではいえない。そして,被告人は,トリュフの価格,関税額,輸出入の実態についてほとんど知識がなかったのであるから,経済的合理性を検討することまでは難しく,被告人がEからの説明を不自然・不合理であると感じなかったというのも無理からぬところであるといえる。

検察官は,被告人が捜査段階では公判とは異なる供述をしており,変遷があったことを指摘する。
しかしながら,被告人の本件に関する認識やその根拠といった根幹部分については一貫しているところであって,検察官が指摘する点は,いずれも,重要な点ともいえず,供述の信用性に影響を与えるものとはいえない。個別の点についても,次のとおり考えられる。
被告人は,捜査の当初Eのことを供述しておらず,隠していたものの,その後にEのことを供述するようになったところである。
この点,被告人が,捜査の当初,親密なEをなお信頼しており,専らFから騙されていたと考えていたことから,Eをかばい,Eのことをあえて供述しなかったとも考えられるところであり,このような供述態度は,被告人とEとの親密さや被告人のEに対する心情等を考慮すれば,理解できないものではない。検察官は,こうした変遷の理由に関する捜査段階の供述の不合理性をも指摘するが,このような些末な点が被告人の供述の信用性に影響するものではない。
被告人は,捜査段階では,一度抱いた荷物の中身に対する疑問を払しょくした経緯について,

荷物の中身が違法なものではないか,何度も何度もEに確認した。

などと供述していたところである。被告人は,この点について,捜査官からこの点を何度も繰り返し質問されたので,この質問を肯定することが自身の主張を聞き入れてもらうにあたり有利に働くと考え,このように供述した旨説明する。たしかに,このような内容は,自身が違法薬物についての認識がなかったことについての少なくとも一時的な説明にはなる。被告人は,その法廷での様子に照らすと慎重に考えながら話すことが必ずしも得意ではなく,このような被告人の性格等をも考慮すれば,このような変遷があったからといって,被告人の供述が信用できないということにはならない。2
次に,検察官は,被告人が現に令和元年5月上旬頃までには,本邦で受け取る荷物の中には違法薬物が入っているのではないかと認識した旨指摘する。この点,被告人の公判供述の中には,Eからグレーゾーンの仕事であると知らされていたことから,荷物の中身が法律で禁止されているものではないかと心配になった,法律で禁止されているものの例としてはけん銃,覚せい剤,金等を思い浮かべた,との内容もある。
しかしながら,被告人がいったんはこのような不安感を抱いたものの,Eからの説明等により,トリュフ等の高級食材であると納得し,違法薬物が入っているのではないかとの疑いが払しょくされたと考えていた可能性が残る。もともとの不安感が相当抽象的で,かつ,書き込みを読んだ直後のごく一時的なものにとどまっていた可能性があることに加え,前記の被告人とEとの関係,被告人のEが勤務する会社についての認識に照らすと,書き込みを読んだ後,さほど時間が経過していない中で,Eから説明を受けてこのような不安感が払しょくされたというのも必ずしも不合理ではない。そして,被告人がEからこの説明を受けたことにより,本件の仕事に携わることを承諾したと見ることができる。
したがって,この点に関する検察官の主張は,荷物①及び荷物②の輸入の時点における認識に結び付くものではない。

3
さらに,検察官は,被告人が荷物②を受け取る前後にとった数々の行動からは,被告人が荷物②の中身が違法薬物であることをあらかじめ認識していたことが見て取れる旨指摘する。これらの行動は,一見すると不審な行動であるといえなくはないものもあるが,全体として概ね,被告人が,特別に親しいEから受けた説明に疑問を持つことがなく,そのためE又はFの指示にその意味を深く考えることなく従っていたことによるものとして説明がつくところであり,被告人が荷物②の中身が違法薬物であることを認識していたことを推認させるものであるとはいえない。以下その行動について説明を加える。
荷物②及び本件カップ麺の容器の開封時における行動ア
検察官は,被告人が,香港からゴム手袋を持参していたこと,本件民泊施設において荷物②を開封する際に民泊施設備付けのゴム手袋を着用していたことを指摘する。
この点,被告人は,香港からゴム手袋を持参したのは,Eから,民泊施設で自分で掃除をする際に必要だから持っていくように指示されたからであり,荷物②の開封の際は,Eから,税関職員が立ち入ってきた場合に備えてゴム手袋を着用するように指示されたので,民泊施設に備え付けてあったゴム手袋を着用した,と供述する。このような香港からゴム手袋を持参した理由が不合理とまではいえない。また,荷物②の開封については,被告人がEの説明を信じて関税逃れの仕事に関わっているという認識であり,荷物②の中身に疑問を抱いていなければ,Eによる指示に従って手袋を着用していたというのも,あながち不自然なものとまではいえない。しかも,荷物②を開封する際に違法薬物が入っている可能性を認識して,指紋等の付着を避けるためにゴム手袋を着用したというのであれば,本件ホテルにおいて本件カップ麺の容器を開けて本件銀色密封袋を取り出す際にも,香港から持参し,なお所持していたゴム手袋を着用していたはずである。それにもかかわらず,被告人は,73袋もの本件銀色密封袋を取り出す際にこれを着用していないのであって,違法薬物が入っている可能性を認識していた者の行動としては著しく不自然である。この点,被告人は,荷物②を開封した際はEの指示によりゴム手袋を着用していたものの,本件カップ麺の容器を開ける際にはE又はFからゴム手袋の着用の指示を受けていなかったので,着用しなかった旨供述している。こうした相違点は,被告人が供述するところにより説明できるところであり,このことからも,被告人が,荷物の中身について考えず,E又はFからの指示に従うまま行動していたにすぎないと考えられる。この点に関する検察官の指摘は採用できない。

また,検察官は,被告人が本件ホテルにおいて本件カップ麺の容器から本件銀色密封袋を取り出してそのうち1袋を手のひらに載せて写真を撮影した際にも,手のひらにティッシュペーパーを敷いた上に本件銀色密封袋を置いていたこと,本件銀色密封袋から被告人の指紋が検出されなかったことから,被告人は本件銀色密封袋を直接手で触れておらず,自己の指紋が残らないようにしていた旨主張する。
この点,被告人は,本件カップ麺の容器の中には粉が多く入っており,手を汚したくなかったことから,本件銀色密封袋を取り出す際にはその端をつまんだものであって,写真撮影の際は手のひらに粉が付かないようにティッシュペーパーを敷いた旨供述する。
そして,本件カップ麺は,もともと調味料等が別袋に封入されているものではなかったから,その容器の内部には粉が多かった可能性も大いに考えられる。
そうすると,本件カップ麺の容器から取り出す際に,本件銀色密封袋に粉がついているのではないか,そして,自身の手指にもこれがつくのではないか,などと不安になり,その端のみをつまんでいたというのも不合理ではない。また,本件銀色密封袋を取り出した後,写真撮影の際にティッシュペーパーを敷いたという点については,本件銀色密封袋にさほど粉が付いていないようにもうかがわれ,やや不自然さは残るものの,指紋等が付かないようにこれを敷いたとまではいい難い。むしろ,もし被告人が本件銀色密封袋に違法薬物が封入されていることを想定し,指紋を残すことを警戒していたとすれば,所持していたゴム手袋を着用したり,上記の写真撮影に際しても,その場に置いたりして撮影するのがいたって自然であるのに,上記のとおり,被告人はこのような行動に出ていなかったのであるから,被告人が本件銀色密封袋に直接触れて指紋を残すことを警戒していたとは認められない。
なお,この点に関連して,検察官は,本件銀色密封袋は,特段厚みのあるものではなく,重量も15グラム前後であって,被告人が,その中身について,一般的なトリュフの形状とは異なる結晶様又は粉末様のものと認識していたと指摘する。
しかしながら,被告人は,本件銀色密封袋を現実に見て,自分が想像していたトリュフと異なるのではないかとの疑問を抱いたものの,Eに電話をして,Eからは,トリュフであるから安心してほしい旨言われた旨供述する。そして,被告人はIに電話をかけ,本件銀色密封袋の中身について,つぶつぶ感があるが,第三者に対してトリュフであると確認した旨話していたところであって,この点に関する被告人の供述が裏付けられている。なお,この点,検察官は,本件銀色密封袋の内容物に疑問があればこれを開封して確かめることが考えられたのにこのような行動に出なかったとも主張するが,他人の荷物を預かって運搬している中,検察官が指摘するような行動に出ることは社会常識に照らしてもおよそ期待できないから,この点に関する検察官の主張も採用できない。
したがって,被告人が本件カップ麺の容器を開けた前後の行動についても,違法薬物が入っている可能性を認識していたと推認する根拠にはならない。
荷物②の運搬等の状況

検察官は,札幌市から東京都まで,36個にも上る本件カップ麺の容器等を開封せずに,しかも手荷物検査を要する航空機ではなく鉄道を利用して運搬したこと等の事情を指摘する。
たしかに,札幌市から東京都まで鉄道を利用して移動することは,その交通事情を知っていれば,通常は選択しない経路であるとはいえる。しかしながら,被告人は,日本への渡航歴がわずかで,北海道を訪問したこともなく,交通事情を十分に知らなかったところである。そして,被告人は,Fから,令和元年5月24日午前11時36分頃から札幌駅の切符売場の写真や乗換案内の検索結果を受信して,切符の購入及び列車の乗車について具体的な指示を受け,午前11時47分頃には電話を受けてから,午後零時9分には本件民泊施設を出発した上,札幌駅で列車に乗車し,この列車が午後1時32分に発車するまでその通話を継続していたものである。被告人は,このようにFから急かされ,その指示を受けるままに行動していたのであるから,航空機ではなく鉄道により移動することに疑問を持たなかったとしても,あながち不自然なものであるとはいえない。また,被告人が荷物②の中にトリュフ等の高級食材が入っていたと考えていたのであれば,Fの指示に従って本件カップ麺及びスナック菓子の包装を開けず,そのまま運搬するというのも,運搬の仕事を引き受けている立場として,むしろ自然な行動であるといえる。

検察官は,被告人が,本件ホテルにおいて本件銀色密封袋を取り出し,中味が一般的なトリュフの形状とは異なる結晶様又は粉末様のものと認識した後も,本件銀色密封袋のみをビニール袋に入れたものを持って本件ホテルを出て,いったんそれを駅のコインロッカーに保管した後,コインロッカーに戻ってそれを取り出し,新たに購入したバッグに入れて運搬したことを指摘する。
しかしながら,これまで説示してきたとおり,被告人は,本件銀色密封袋を取り出した後もEに対してその中身がトリュフである旨確認しているところであって,その後の行動を見ても,E又はFからの指示に従ったものとして説明がつくものであり,これらの行動から,違法薬物が入っている可能性を認識していたと推認することはできない。
被告人の連絡等の状況

検察官は,被告人が,荷物②を受領してから逮捕されるまでの間,荷物②の段ボール箱の開封状況,本件カップ麺の容器から取り出した本件銀色密封袋,被告人自身の容ぼう等を動画又は静止画に撮影し,これをFに送信するなどし,またFから千円札の番号部分の写真を送付され,その千円札を所持する相手が客だと伝えられるなど,荷物②の受け渡しのための連絡を頻繁にとりながら,わざわざ手間をかけ,人目に付かない慎重な方法で本件銀色密封袋の受け渡しをしようとしていた旨指摘している。しかしながら,この点も,被告人は,いわばグレーゾーンに属する仕事であると認識した上,E又はFから指示を受けるままに行動をしていたのであるから,関税を免れるために人目に付かない慎重な方法で受け渡しをする必要があったと考えていたとして説明ができなくはない。このことをもって違法薬物が入っている可能性を認識していたと推認することもできない。


この点,検察官は,更に,被告人が,Fから,被告人自身の容ぼう等を撮影するよう指示された際,Eに対して,そのことについて今回は本当にとても問題があるとのメッセージを送ったことを指摘し,被告人が荷物の中身が違法薬物であると認識していたからこそ,自分の容姿が相手に伝わるのを問題視したと主張する。
しかし,一般に,特に女性にとっては,違法な仕事に関与などしていなくても,知り合いでもない者に対してみだりに自身の顔写真を送信し,これが流通される事態を避けたいという心情も理解できるところである。今回は本当にとても問題があるとのメッセージも,会ったことのない者に対し,待ち合わせ用として,持ち物,更には服装の写真ではまだ足りないとして,顔の写真を送信するという,被告人にとって不快な行為をFから指示されたことに対する不満の表明とみる余地が多分にある。したがって,この点についても,被告人の違法薬物の認識を推認させるものとはいえない。
4
以上の検討によれば,検察官が主張する事実は,被告人に違法薬物の認識がなかったとしても,必ずしも説明のつかない事実とはいえないか,相応の説明ができる事実といえる。したがって,これらの事実をもってしても,被告人が荷物②について違法薬物が入っている可能性を認識していたと認めることはできない。
そして,被告人が,本邦において受領する荷物に違法薬物が入っている可能性を認識していたと認めることができない以上,荷物①についても,違法薬物が入っている可能性を認識していたと認めることもできない。

第5
1
結論
公訴事実1及び2について
これまでの検討によれば,被告人が荷物①及び荷物②のいずれについても,違法薬物が入っている可能性があると認識していたと認定するには合理的疑いが残る。そうすると,覚せい剤取締法上の覚せい剤の輸入の罪は成立しない。もっとも,被告人も,荷物①及び荷物②のいずれについても,税関長の許可が及んでいない貨物を輸入する意思は有していたところである。被告人は,税関長の許可を受けないでトリュフ等の高級食材を輸入する意思で,輸入してはならない貨物である覚せい剤を輸入したことになるから,貨物を無許可で輸入する罪の故意及びその限度での氏名不詳者らとの共謀が成立し,貨物を無許可で輸入する罪(判示2)及びその未遂罪(判示1)が成立することになる。
2
公訴事実3について
公訴事実3についても,被告人には違法薬物を所持しているとの故意(未必的なものを含む。以下同じ。)を認定するには合理的疑いが残る。第4の3において検討したとおり,荷物②を受け取った後の被告人の行動は,いずれも,荷物②の中身が違法薬物かもしれないことを認識していなかったとしても説明できるものであるから,荷物②を受け取った後のいずれかの時点で被告人に故意が生じたと認めることもできない。
また,第4の3において検討した事実の中には,荷物②の中身が違法薬物かもしれないと気が付く契機になり得るものもあり,そのような機会が複数積み重なることにより,少なくともいずれかの時点で被告人に故意が生じたのではないかという点も問題となる。しかし,本件では,Eが,被告人に対し,その香港出発前から,任意同行の直前まで,頻繁に指示を出したり,話し相手になったりしている。被告人にとって信頼する友人であるEの口から説明されることにより,客観的に考えれば不審な指示であっても,疑いを持たないこともあり得る上,今まさに親しく会話しているEから紹介された仕事の内容に疑いを抱くことは困難であったとも考えられる。そうすると,被告人が,荷物②の中身が違法薬物かもしれないとさえ思わなかったとしても,不合理ではない。なお,被告人の公判供述の中には,任意同行に至る直前には本件銀色密封袋の中身が違法薬物ではないかと思った旨のものがある。
しかしながら,仮に被告人が本件銀色密封袋に違法薬物が封入されている可能性を認識したと認められるとしても,その時点は,被告人の公判供述によれば,被告人がFに対して最後に写真を送信した令和元年5月25日午後2時59分よりも後ということになる。この供述を排斥できる証拠は見当たらない。このことを前提にすると,被告人が違法薬物の可能性を認識して所持していたのは午後3時の任意同行までの1分間程度ということになる。また,被告人が違法薬物の可能性を認識した後に,所持の客観的状態に変化が生じたものでもない。そして,被告人は,所持の開始時点では違法薬物の可能性の認識がなかったものの,その後に違法薬物の可能性の認識を持つに至ったという点で,本件は,当初から認識して違法薬物を所持していた事例とは異なり,違法薬物の所持が自らの意思によって積極的に開始されたものと評価することはできない。被告人の違法薬物の可能性の認識を持つに至ってから後の意図についてみても,それを積極的に所持し続ける意図があったとも認められない。前記の事実関係に加えてこのような認定評価をも考え併せると,被告人について,一定程度継続的に支配する意思による管理があったとまでは認定できない。そうすると,本件においては,いずれにせよ,自らの意思に基づいて違法薬物を保管する実力支配関係を有していたものと認定評価することはできない。
したがって,公訴事実3については無罪の言渡しをする。
(法令の適用)


判示1の事実について

刑法60条,関税法111条3項,1項1号,67条
(客観的には関税法109条3項,1項,69条の1
1第1項1号に該当するが,貨物の無許可輸入の認識
を有していたにすぎない。)

判示2の事実について

刑法60条,関税法111条1項1号,67条(客観
的には関税法109条1項,69条の11第1項1号
に該当するが,貨物の無許可輸入の認識を有していた
にすぎない。)

(判示1及び2の犯行では,2つの同種の中身の貨物が,アメリカ合衆国内から,同じ日に,同じ差出人名で,本件民泊施設に宛てて発送されている。いずれの発送も被告人に受領させるために行われたもので,同一の犯意に基づくものと認められる。そうすると,判示1及び2の各貨物について,中身である覚せい剤の梱包態様が異なること,運搬業者が異なることを踏まえても,判示1及び2の犯行は一体のものとして包括一罪と評価するのが相当である。)
刑種の選択

罰金刑を選択未決勾留日数の算入

刑法21条(1日を5000円に換算して算入)


いずれも関税法118条1項本文


(別表1から5までに記載の物は,いずれも判示1の
罪に係る覚せい剤である。別表6から78までに記載
の物は,いずれも判示2の罪に係る覚せい剤である。
客観的行為としては関税法109条1項1号(判示1
の罪についてはこれに加えて3項),69条の11第
1項1号に該当することから,同法の没収の趣旨を考
慮した。)
訴訟費用の不負担

刑事訴訟法181条1項ただし書

(量刑の理由)
被告人は,本件の無許可輸入によって自らも利益を得ようと考えていたものである。そこで見込まれた利益に加え,被告人が認識していた交通費,宿泊費等の経費をも加えると,被告人にも,何らかの犯罪組織が違法な利益を得ようとする行為に加担する意思があったと認められ,この点での責任非難は免れない。このように違法に利益を上げようとする行動に対する抑止的効果を考慮し,主文の罰金刑を定めた。
(検察官

志村康之,横田英剛,弁護人

白諾貝(主任),川上有,小林奈津美,

横井千穂各出席)
(求刑

懲役12年及び罰金400万円,主文同旨の没収)
令和2年3月18日
札幌地方裁判所刑事第1部
裁判長裁判官

島戸純
裁判官

平手
健太郎

裁判官

宮原翔子
(別表省略)
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