判例検索β > 平成26年(行ウ)第104号
原爆症認定申請却下処分取消等請求事件
事件番号平成26(行ウ)104
事件名原爆症認定申請却下処分取消等請求事件
裁判年月日令和2年1月31日
裁判所名・部大阪地方裁判所  第2民事部
裁判日:西暦2020-01-31
情報公開日2020-06-04 22:27:50
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主1文
厚生労働大臣が平成26年6月10日付けで亡Cに対してした原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律11条1項に基づく認定の申請を却下する旨の処分を取り消す。

2
原告A及び原告Bの各請求並びに原告Cのその余の請求をいずれも棄却する。

3
訴訟費用は,
原告Aに生じた費用
(承継前原告たる亡Aに生じた費用を含む。

の全部と被告に生じた費用の3分の1を原告Aの負担とし,原告Bに生じた費用の全部と被告に生じた費用の3分の1を原告Bの負担とし,原告Cに生じた費用(承継前原告たる亡Cに生じた費用を含む。)の2分の1と被告に生じた
費用の6分の1を原告Cの負担とし,その余の費用を被告の負担とする。事実及び理由
第1章
第1
1
請求
第1事件
厚生労働大臣が平成25年11月22日付けで亡Aに対してした原子爆弾被
爆者に対する援護に関する法律
(平成6年法律第117号。法
以下
という。

11条1項に基づく認定の申請を却下する旨の処分を取り消す。
2
被告は,原告Aに対し,300万円及びこれに対する平成26年5月30日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2
1
第2事件
厚生労働大臣が平成25年3月15日付けで原告Bに対してした法11条1項に基づく認定の申請を却下する旨の処分を取り消す。

2
被告は,原告Bに対し,300万円及びこれに対する平成27年1月10日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第3
1
第3事件
主文1項と同旨
2
被告は,原告Cに対し,300万円及びこれに対する平成27年1月10日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2章

事案の概要
本件は,法1条に規定する被爆者(以下,単に被爆者という。)である
亡A,原告B及び亡C(以下本件各被爆者という。)が,それぞれ法11
条1項に基づく認定(以下原爆症認定という。)の申請(以下,亡Aに係るものを本件A申請と,原告Bに係るものを本件B申請と,亡Cに係るものを本件C申請といい,これらを併せて本件各申請という。)をしたところ,厚生労働大臣から,本件各申請を却下する旨の処分(以下,本件A申請に係るものを本件A却下処分と,本件B申請に係るものを本件B却下処分,本件C申請に係るものを本件C却下処分といい,これらを併せて本件各却下処分という。)を受けたことから,原告らが,①本件各却下処分の取消しを求めるとともに,②被告に対し,厚生労働大臣が,本件各申請について原爆症認定の要件を充足していたにもかかわらず,本件各却下処分をしたことは違法である旨を主張して,国家賠償法(以下国賠法という。)
1条1項に基づき,それぞれ,慰謝料及び弁護士費用合計300万円並びにこれに対する訴状送達の日の翌日(原告Aにつき平成26年5月30日,原告B及び原告Cにつきいずれも平成27年1月10日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
第1
1
関係法令等の定め
被爆者
法において,被爆者とは,原子爆弾が投下された際当時の長崎市の区域内に在った者(法1条1号)等であって,被爆者健康手帳の交付を受けたものをいう(同条)。

2
被爆者に対する医療の給付
厚生労働大臣は,
原子爆弾の傷害作用に起因して負傷し,
又は疾病にかかり,
現に医療を要する状態にある被爆者に対し,
必要な医療の給付を行う。
ただし,
当該負傷又は疾病が原子爆弾の放射能に起因するものでないときは,その者の治癒能力が原子爆弾の放射能の影響を受けているため現に医療を要する状態にある場合に限る(法10条1項。なお,同項にいう放射能の語は,放射線を意味するものと解されている。)。
3
原爆症認定の手続
(1)

法10条1項に規定する医療の給付を受けようとする者は,あらかじめ,
当該負傷又は疾病が原子爆弾の傷害作用に起因する旨の厚生労働大臣の認定(原爆症認定)を受けなければならない(法11条1項。以下,同項に基づく原爆症認定の申請の対象とされた疾病を申請疾病という。)。

(2)

厚生労働大臣は,原爆症認定を行うに当たっては,疾病・障害認定審査会
の意見を聴かなければならない(法11条2項,法施行令9条)。なお,疾病・障害認定審査会は,法の規定に基づきその権限に属させられた事項を処理するが(厚生労働省組織令133条1項),同審査会においては,原子爆弾被爆者医療分科会(以下医療分科会という。)が前記事項
を処理することとされている
(同条2項,・
疾病障害認定審査会令5条1項)。
4
原爆症認定に関する審査の方針の策定及び改定の経過
原爆症認定をするには,①被爆者が現に医療を要する状態にあること(以下要医療性という。)のほか,②現に医療を要する負傷若しくは疾病が原子
爆弾の放射線に起因するものであるか,又は当該負傷若しくは疾病が放射線以外の原子爆弾の傷害作用に起因するものであって,その者の治癒能力が原子爆弾の放射線の影響を受けているため現に医療を要する状態にあること(以下
放射線起因性という。)を要すると解されているところ,医療分科会は,次のとおり,原爆症認定に関する審査の方針の策定及び改定を行った。
(1)

原爆症認定に関する審査の方針
医療分科会は,平成13年5月25日付けで,概要,次のとおりの内容の原爆症認定に関する審査の方針(乙A18。以下旧審査の方針という。)を策定し,原爆症認定に係る審査に当たっては,この方針を目安としてこれを行うものとした。

放射線起因性の判断
(ア)

判断に当たっての基本的な考え方
申請に係る疾病等における放射線起因性の判断に当たっては,原因確
率(疾病等の発生が原爆放射線の影響を受けている蓋然性があると考えられる確率)及びしきい値(一定の被曝線量以上の放射線を浴びなければ疾病等が発生しない値)を目安として,当該申請に係る疾病等の放射線起因性に係る高度の蓋然性の有無を判断する。
この場合にあっては,当該申請に係る疾病等に関する原因確率が,①おおむね50%以上である場合には,当該申請に係る疾病の発生に関して原爆放射線による一定の健康影響の可能性があることを推定し,②おおむね10%未満である場合には,当該可能性が低いものと推定した上
で,当該申請者の既往歴,環境因子,生活歴等も総合的に勘案して判断を行う。また,原因確率又はしきい値が設けられていない疾病等に係る審査に当たっては,当該疾病等については放射線起因性に係る肯定的な科学的知見が立証されていないことに留意しつつ,当該申請者に係る被曝線量,既往歴,環境因子,生活歴等を総合的に勘案して,個別に判断
する。
(イ)

原因確率の算定
原因確率は,白血病,胃がん,大腸がん,甲状腺がん,乳がん,肺が
ん,肝臓がん,皮膚がん(悪性黒色腫を除く),卵巣がん,尿路系がん(膀胱がんを含む),食道がん,その他の悪性新生物及び副甲状腺機能亢進症について,それぞれ,申請者の性別,被曝時年齢及び被曝線量に応じた所定の率とする。
(ウ)

しきい値
放射線白内障のしきい値は,1.75シーベルトとする。

(エ)

原爆放射線の被曝線量の算定
申請者の被曝線量の算定は,初期放射線による被曝線量の値に,残留
放射線(誘導放射線)による被曝線量及び放射性降下物による被曝線量
の値を加えて得た値とする。そして,①初期放射線による被曝線量は,申請者の被爆地及び爆心地からの距離(2.5kmまで)の区分に応じた所定の値とし,②残留放射線による被曝線量は,申請者の被爆地,爆心地からの距離
(広島市に投下された原子爆弾
(以下
広島原爆
という。

については700mまで,長崎市に投下された原子爆弾(以下長崎原爆という。)については600mまで)及び爆発後の経過時間(72時間まで)の区分に応じた所定の値とし,③放射性降下物による放射線の被曝線量は,原爆投下の直後に所定の地域に滞在し,又はその後,長期間にわたって当該所定の地域に居住していた場合についてそれぞれ所定の値とする。


要医療性の判断
要医療性については,当該疾病等の状況に基づき,個別に判断するものとする。

(2)

新しい審査の方針
医療分科会は,平成20年3月17日付けで,概要,次のとおりの内容の新しい審査の方針(以下,後記イ及びウによる改定後のものも併せて新審査の方針ともいう。)を策定し,原爆症認定に係る審査に当たっては,この方針を目安としてこれを行うものとした。(乙A1)(ア)

a
放射線起因性の判断
積極的に認定する範囲
被爆地点が爆心地より約3.
5km以内である者又は原爆投下より約
100時間以内に爆心地から約2km以内に入市した者等から,
放射線起因性が推認される疾病(悪性腫瘍(固形がんなど),白血病等のほかに,放射線起因性が認められる心筋梗塞が含まれる。)に
ついての申請がある場合については,格段に反対すべき事由がない限り,当該申請疾病と被曝した放射線との関係を積極的に認定するもの
とする。
前記認定の判断に当たっては,積極的に認定を行うため,申請者から可能な限り客観的な資料を求めることとするが,客観的な資料がない場合にも,申請書の記載内容の整合性やこれまでの認定例を参考にしつつ判断する。

b
前記aに該当する場合以外の申請
前記aに該当する場合以外の申請についても,申請者に係る被曝線量,既往歴,環境因子,生活歴等を総合的に勘案して,個別にその起因性を総合的に判断するものとする。

(イ)

要医療性の判断
要医療性については,当該疾病等の状況に基づき,個別に判断するも
のとする。

医療分科会は,平成21年6月22日付けで,前記ア(ア)a掲記の放射線起因性が推認される疾病に放射線起因性が認められる甲状腺機能低下症等を付加する旨の改定を行った。(乙A2)


医療分科会は,平成25年12月16日付けで,前記ア(ア)a(放射線起因性の判断につき積極的に認定する範囲)に関し,心筋梗塞,甲状腺機能低下症等については,被爆地点が爆心地より約2.0km以内である者又は原爆投下より翌日までに爆心地から約1.0km以内に入市した者のいずれかに該当する者から申請がある場合については,格段に反対すべき事由がない限り,当該申請疾病と被曝した放射線との関係を積極的に認定するものとする旨等の改定を行った。(乙A3)
第2

前提事実(顕著な事実,当事者間に争いのない事実並びに掲記の証拠(枝番号を含むものは特段の記載がない限り全て含む。)及び弁論の全趣旨により容易に認定できる事実)

1
原子爆弾の投下
アメリカ合衆国軍は,昭和20年8月6日午前8時15分,広島市に広島原爆を投下し,同月9日午前11時2分,長崎市に長崎原爆を投下した。
2
本件各却下処分に至る経緯等
(1)


本件A却下処分に至る経緯等
亡Aは,昭和13年▲月▲日生まれの男性であり,長崎原爆が投下された際当時の長崎市内に在った者として,被爆者健康手帳の交付を受けた被爆者である。(乙B6,21)


亡Aは,平成25年7月9日,厚生労働大臣に対し,食道がんを申請疾病とする原爆症認定の申請(本件A申請)をした。(乙B1)


厚生労働大臣は,平成25年11月22日付けで,疾病・障害認定審査会の意見を聴いた上で,
本件A申請を却下する旨の処分
(本件A却下処分)
をした。(乙B20)


亡Aは,平成26年5月16日,本件A却下処分の取消し等を求めて,本件訴訟(第1事件)を提起した。(顕著な事実)


亡Aは,平成27年▲月▲日,死亡し,その妻である原告Aが本件訴訟(第1事件)を承継した。(顕著な事実)

(2)

本件B却下処分に至る経緯等
原告Bは,昭和18年▲月▲日生まれの男性であり,長崎原爆が投下された際当時の長崎市内に在った者として,被爆者健康手帳の交付を受けた被爆者である。(乙C5,6)


原告Bは,平成24年11月26日,厚生労働大臣に対し,心筋梗塞を申請疾病とする原爆症認定の申請(本件B申請)をした。(乙C1)ウ
厚生労働大臣は,平成25年3月15日付けで,疾病・障害認定審査会の意見を聴いた上で,本件B申請を却下する旨の処分(本件B却下処分)をした。(乙C7)


原告Bは,平成25年4月10日,厚生労働大臣に対し,本件B却下処分につき,異議申立てをしたが,平成26年7月14日付けで,同申立てを棄却する旨の決定を受けた。(乙C8,9)


原告Bは,平成26年12月26日,本件B却下処分の取消し等を求めて,本件訴訟(第2事件)を提起した。(顕著な事実)

(3)

本件C却下処分に至る経緯等
亡Cは,昭和16年▲月▲日生まれ(被爆者健康手帳上の生年月日。亡Cの陳述書(甲D1)には,亡Cは,昭和15年▲月中旬頃に生まれた旨の記載があるものの,同手帳上の生年月日と大きく離れていないので,以下,同手帳上の生年月日を前提として検討する。)の男性であり,長崎原爆が投下された際当時の長崎市内に在った者として,同手帳の交付を受け
た被爆者である。(乙D4,5)

亡Cは,平成26年2月21日,厚生労働大臣に対し,大腸がん及び胆管がんを申請疾病とする原爆症認定の申請(本件C申請)をした。(乙D1)


厚生労働大臣は,平成26年6月10日付けで,疾病・障害認定審査会の意見を聴いた上で,本件C申請を却下する旨の処分(本件C却下処分)をした。(乙D10)


亡Cは,平成26年8月1日,厚生労働大臣に対し,本件C却下処分につき,異議申立てをしたが,同年12月12日付けで,同申立てを棄却する旨の決定を受けた。(乙D11,12)


亡Cは,
平成26年12月26日,
本件C却下処分の取消し等を求めて,
本件訴訟(第3事件)を提起した。(顕著な事実)

亡Cは,平成27年▲月▲日,死亡し,その妻である原告C(なお,亡Cの死亡後,婚姻前の氏に復した。)が本件訴訟(第3事件)を承継した。(顕著な事実)

3
放射線に関する知見
(1)

放射線の種類(甲A209)
放射線のうち,物質を構成する原子を電離(正電荷のイオンと負電荷の電
子に分離する能力)する能力を有する電離放射線(以下,放射線というときは,電離放射線をいう。)には,粒子線(電荷をもつアルファ線及びベータ線等,電荷をもたない中性子線等がある。)及び電磁波(ガンマ線等)があり,同じ電離数であれば,電離密度が高い方がより健康影響が大きいとされる。
アルファ線は,
空気中では数cm程度しか飛ばず,
薄紙1枚で完全に停止さ
せることができるため,体外から体表に接触する場合(外部被曝),皮膚を
透過できず,健康影響は現れない一方,電離密度が高いため,アルファ線を放出する放射性物質が体内に摂取された場合(内部被曝),健康影響があり得るとされる。
ベータ線は,空気中では数mの距離まで届き,アルミニウム等の薄い金属板で停止させることができるため,外部被曝による健康影響があり得るもの
の,主に,内部被曝による健康影響があり得る。ただし,電離密度は低いとされる。
ガンマ線は,空気中では数十~数百mの距離まで届き,鉛や鉄等によりエネルギーを弱めることができるにすぎないため,体を通過することで,外部被曝による健康影響があり得る。ただし,電離密度は低いとされる。
中性子線は,質量が同じである陽子(水素の原子核)と衝突すると最も効果的に速度を失う上に,電離密度は高いため,人体に多く含まれる水分子を構成する水素の原子核と衝突(電離)すると,健康影響があり得るとされる。(2)

放射線に関する単位等
放射線量は,放射線が物質や人体に及ぼす作用や影響の大きさにより評価
され,どのような作用や影響に注目するかによって,次のとおり,いくつかの線量とその単位が定義されている。(乙A114,130,193,弁論
の全趣旨)

吸収線量
体重キログラム当たりの吸収エネルギーとして定義される量で,放射線の種類によらず適用できる定義であり,その単位はグレイ(Gy)である。1グレイは,体重1キログラム当たり1ジュールのエネルギー吸収がある
ときの吸収線量を示す。

等価線量
放射線が人体に及ぼす生物学的影響を考慮に入れた放射線量であり,吸収線量の単位をグレイとしたときの等価線量の単位はシーベルト(Sv)である。等価線量は,吸収線量(グレイ)に,放射線の種類及びエネルギー
に応じた放射線荷重係数
(ベータ線及びガンマ線は1,
アルファ線は20,
中性子線はエネルギー量によって2.5~約20)を乗じて求められる。ウ
実効線量
臓器・組織の各部位で受けた線量を,がんや遺伝性影響の感受性について重み付けして全身で足し合わせた量であり,
その単位はシーベルト
(Sv)

である。各部位に均等に,ガンマ線1Gyの吸収線量を全身に受けた場合,実効線量で1000mSv(=1Sv)に相当する。
なお,日本において,自然から受ける放射線量は,一人当たり年間平均2.1ミリシーベルトである。
第3

争点等
本件の争点は,次の5点であり,これらに関する当事者の主張の要旨は,順に,別紙2~6のとおりである(同各別紙中で定義した略称は,以下においても同様に用いる。)。
12
亡Aの原爆症認定要件該当性(争点2)

3
原告Bの原爆症認定要件該当性(争点3)

4
亡Cの原爆症認定要件該当性(争点4)

5
放射線起因性の判断基準(争点1)

国家賠償責任の成否(争点5)

第3章
第1
1
当裁判所の判断
争点1(放射線起因性の判断基準)について
判断枠組み

(1)

法10条1項,11条1項の規定によれば,原爆症認定をするためには,
①被爆者が現に医療を要する状態にあること(要医療性)のほか,②現に医療を要する負傷若しくは疾病が原子爆弾の放射線に起因するものであるか,又は当該負傷若しくは疾病が放射線以外の原子爆弾の傷害作用に起因するものであって,その者の治癒能力が原子爆弾の放射線の影響を受けているため現に医療を要する状態にあること
(放射線起因性)
が必要であると解される。
そして,通常の民事訴訟における訴訟上の因果関係の立証は,一点の疑義も許されない自然科学的証明ではないが,経験則に照らして全証拠を総合検討し,特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認し得る高度の蓋然
性を証明することであり,その判定は,通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るものであることを必要とすると解されるところ,行政処分の要件として因果関係の存在が必要とされる場合に,その拒否処分の取消訴訟において原告がすべき因果関係の立証の程度についても,特別の定めがない限り,前記の通常の民事訴訟における場合と異なるものではないと
いうべきである。これを行政処分たる原爆症認定についてみると,法は,健康管理手当や介護手当の支給要件については,いずれも弱い因果の関係で足りる旨を明文で規定している(27条1項,31条)のに対して,原爆症認定における放射線起因性については,因果関係の立証の程度に関する特別の定めを置いていない。
そうすると,原爆症認定における放射線起因性については,放射線起因性が存しないことを理由としてされた原爆症認定に係る不認定処分の取り消しを求める原告において,原子爆弾の放射線が,当該原告の負傷若しくは疾病又は治癒能力の低下を招来した関係を是認し得る高度の蓋然性を証明する必要があり,その判定は,通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るものであることを要すると解すべきである(平成6年法律第117
号による廃止前の原子爆弾被爆者の医療等に関する法律に係る最高裁平成12年判決参照)。
(2)

原爆症認定における放射線起因性に係る立証の程度等について前記(1)の
とおり解するとしても,人間の身体に疾病等が生じた場合に,その発症に至る過程においては,多くの要因が複合的に関連しているのが通常であり,特定の要因から当該疾病等の発症に至った機序を逐一解明することには困難が伴う。殊に,放射線に起因する疾病等は,放射線に起因することによって特異な症状を呈するものではなく,その症状は放射線に起因しない場合と同様であり,また,放射線が人体に影響を与える機序は,科学的にその詳細が解明されているものではなく,長年月にわたる調査にもかかわらず,放射線と
疾病等との関係についての知見は,統計学的,疫学的解析による有意性の確認など,限られたものにとどまっており,これらの科学的知見にも一定の限界が存する。
そうすると,放射線起因性の判断に当たっては,当該疾病の発症等に至った医学的・病理学的機序を直接証明することを求めるのではなく,当該申請
者の放射線への被曝の程度と,統計学的・疫学的知見等に基づく当該申請者の申請疾病等と放射線被曝との関連性の有無及び程度とを中心的な考慮要素としつつ,これに当該疾病等の具体的症状やその症状の推移,当該疾病等に係る他の原因(危険因子)の有無及び程度,申請者におけるその他の疾病に係る病歴(既往歴)等を総合的に考慮して,原子爆弾の放射線への被曝の事実が当該申請に係る負傷若しくは疾病又は治癒能力の低下を招来した関係を是認し得る高度の蓋然性が認められるか否かを経験則に照らして判断するの
が相当である。
2
被曝線量の評価方法
放射線起因性の判断に当たっては,
前記1(2)のとおり,
当該申請者の放射線
への被曝の程度が中心的な考慮要素の一つとなる。そして,前記関係法令等の
定め,前記前提事実及び弁論の全趣旨によれば,厚生労働大臣が原爆症認定を行うに当たっては,原則として医療分科会の意見を聴かなければならないところ,医療分科会は,旧審査の方針の下において,被爆者の被曝線量を,①初期放射線による被曝線量の値に②残留放射線(誘導放射線)による外部被曝線量の値及び③放射性降下物による外部被曝線量の値を加えて得た値として算定
し,④内部被曝による被曝線量については特に考慮していなかった(前記関係法令等の定め4(1)ア(エ))のであり,新審査の方針の下においても,大枠としては同様の評価方法を踏襲しているものと認められる。
そこで,以下,新審査の方針の下における医療分科会の具体的な被曝線量の評価方法を踏まえて,前記①~④の評価方法の合理性を検討し,さらに,これ
らに関連する⑤いわゆる遠距離被爆者及び入市被爆者に被爆後に生じた症状の評価等について検討を加えた上で,被曝線量の評価方法について検討する。(1)

初期放射線による被曝線量の評価(前記①)について初期放射線とは,原子爆弾のウランやプルトニウムが臨界状態に達し,爆弾が炸裂する際に放出される放射線(炸裂直前の爆弾内部で生じた核分
裂反応の際に放出される即発放射線と,炸裂後に生じた火球内の核分裂生成物から放出される遅発放射線とに分かれる。)であり,主にガンマ線及び中性子線からなる。(乙A122の1,152,弁論の全趣旨)初期放射線による被曝線量について,旧審査の方針は,原子爆弾による放射線の線量評価システムであるDS86に基づいて算定された爆心地からの距離(2.5kmまで)に応じた値によって推定するものとし,新審査の方針においても,DS86を改定したDS02に基づく値を利用して
いる。(前記関係法令等の定め4(1)ア(エ),乙A20,194)イ
DS86は,日米合同の研究者グループが1986年(昭和61年)に取りまとめた線量評価システムであるところ,広島原爆と長崎原爆の物理学的特徴と,放出された放射線(原爆放射線を構成するガンマ線及び中性子線)の量及びその放射線が空中をどのように移動し,建築物や人体の組
織を通過した際にどのような影響を与えたかについての核物理学上の理論的モデルとに基づいて,
初期放射線による被曝線量を算出している。
(乙
A63,121~123)
DS02は,日米合同の研究者グループが2002年(平成14年)に取りまとめた線量評価システムであるところ,DS86の計算値と実測値
の不一致等が指摘されるなどしたことを受け,DS86の策定後の研究の成果を踏まえて再検討した結果,その原因が,実測値にはバックグラウンド線量(原爆放射線以外の日常生活において被曝し得る自然放射線や人工放射線に係るもの)が含まれていたことにあり,基本的な計算値には問題がなかったとして,初期放射線による被曝線量を算出し直している。(乙
A66)

DS86及びDS02に関し,原告らは,DS86による線量評価方式は,爆心地から遠距離において過小評価となっているところ,DS02においても,その問題点は解消されておらず,初期放射線による被曝線量を
正しく算出する方式であるということはできない旨主張するのに対し,被告は,DS02は,専門家集団が,DS86の問題点等を踏まえ,当時の最新の技術及び手法等を用いて策定されたものであって,現在においても相当の信頼性のある科学的知見である旨主張するので,以下検討する。(ア)

証拠
(乙A63,
66,
121~123)
及び弁論の全趣旨によれば,

(a)DS86の線量評価方式は,当時の最新の核物理学の理論に基づき,高度なシミュレーション計算法と演算能力の高い高性能のコンピュータを用い,爆弾の構造,爆発の状況,爆発が起きた環境(大気の状態,密度等),被爆者の状態等に関する諸条件を可能な限り厳密かつ正確に再現し,
データ化して被曝線量を推定したものであること,
(b)DS86は,
ICRPから承認され,世界の放射線防護の基本的資料とされるなど,
国際的に通用する体系的線量評価方式として取り扱われてきたこと,(c)
DS02は,DS86の基本的な評価方法を踏襲した上で,更に進歩した最新の大型コンピュータを駆使し,最新のデータやDS86の策定後に可能となった最新の計算法を用いるなどして,DS86よりも高い精度で被曝線量の評価を可能にしたものであること等が認められ,他方,
DS02の線量評価方式の計算過程に疑問を抱かせる事情を認めるに足りる証拠はない。
そうすると,DS02の線量評価方式は,被爆者の初期放射線による被曝線量の評価システムとして相当の科学的合理性を有するものであるということができる。

(イ)

ただし,DS02は,コンピュータによるシミュレーション計算の
結果を基礎として策定されたものである以上,それに基づく被曝線量の計算値(推定値)は,自ずと近似的なものにとどまらざるを得ず,DS02に係る報告書も,代表的なDS02被爆者線量の合計誤差は広島・長崎両市とも30%程度であり,誤差の範囲は合計線量の27~45%であるとする(乙A66)。
また,DS02の計算値と実測値との一致又は不一致についてみると,
DS02に係る報告書においては,
(a)初期放射線のうちガンマ線の
線量について,広島原爆及び長崎原爆の爆心地から約1500m以遠の距離における測定値につき,推定バックグラウンド線量の誤差に大きく影響されるので,
正確に決定することができないとされるとともに,
(b)
初期放射線のうち熱中性子線(運動エネルギーの低い中性子線)につい
て,バックグラウンドの影響を極めて低く抑えた環境における測定においても,広島原爆については爆心地から地上距離1400m付近でコバルト60及びユーロピウム152の測定値がいずれも計算値を上回っており,塩素36についても,爆心地からの地上距離が1100~1500m以遠では測定が困難であるとされている(乙A66)。

以上によれば,DS02においても,爆心地から約1500m以遠等の遠距離の地点において初期放射線による被曝線量を過小評価している可能性を完全には否定することができない。

以上を総合すれば,DS02は相当の科学的合理性を有し,これによって初期放射線による被曝線量を推定することは合理的ということができる
が,その適用に当たっては,前記ウ(イ)のとおり,具体的な個人の被曝線量の計算値(推定値)において約30%の誤差があることに加え,爆心地から1500m以遠等の遠距離の地点における被曝線量が過小評価になっている疑いがあることをも考慮する必要があるというべきである。
(2)

残留放射線(誘導放射線)による外部被曝線量の評価(前記②)について誘導放射線とは,原子爆弾の初期放射線の中性子が建物や土壌等を構成する物質の特定の元素の原子核と反応を起こすこと(誘導放射化)によって生じた放射性物質(誘導放射化物質)が放出する放射線である(乙A123,135,弁論の全趣旨)。

誘導放射線による被曝線量について,
旧審査の方針は,
申請者の被爆地,
爆心地からの距離(広島原爆については700mまで,長崎原爆については600mまで)及び爆発後の経過時間(72時間まで)の区分に応じた所定の値としていた(前記関係法令等の定め4(1)ア(エ))。これに対し,新審査の方針には,誘導放射線による外部被曝線量の算定基準は明示されていないが,医療分科会は,旧審査の方針の考え方を基本的に踏襲し,その後に現れたDS02に基づくRの論文(乙A139。以下R論文と
いう。)等をも踏まえて線量を算定しているものと認められる。(乙A1~3,18,20,弁論の全趣旨)

R論文は,
誘導放射線
(ガンマ線)
による地上1mでの外部被曝線量
(空
気中組織カーマ)を求めた結果,爆発直後から無限時間同じところに居続けたと仮定したときの放射線量(積算線量)は,爆心地においては,広島
で120センチグレイ,長崎で57センチグレイ,爆心地から1000mの地点においては,広島で0.39センチグレイ,長崎で0.14センチグレイ,爆心地から1500mの地点においては,広島で0.01センチグレイ,長崎で0.005センチグレイとなったとし,これ以上の距離での誘導放射線被曝は無視して構わないと結論付けている。(乙A139)
その計算過程の合理性を疑わせる事情は特に見当たらないこと等に照らすと,医療分科会が新審査の方針において用いている誘導放射線による外部被曝線量の算定方法は,相当の科学的根拠に基づくものということができる。

しかしながら,広島及び長崎の土壌に由来する誘導放射線については,誘導放射化物質となり得る元素の含有量・濃度に測定者や測定場所によってかなりのばらつきがあることが認められ(乙A55,127),計算の前提に一定の制約があるということができる。そして,R論文では,地表面(土壌)から生ずる誘導放射線(ガンマ線)を地表1mの高さで積算し
ているところ,原子爆弾の中性子によって誘導放射化するものとしては,土壌のみならず,建物等の建築資材,空気中のほこり,ちり等のほか,人体や遺体等も想定される上(弁論の全趣旨),被曝の形態も,誘導放射化したほこり,ちり等が身体に付着した場合や,口や傷から体内に取り入れられた場合,誘導放射化した瓦礫や人体に接触した場合など様々なものが考えられるのであって,前記の方法によってこれらすべての場合を的確に算定できるかについては疑問もあり得る。また,R論文は,爆心地から6
00~700m以遠においては,原子爆弾の中性子線がほとんど届かないため,誘導放射線もほとんど発生しないことを前提としているが,原子爆弾の爆発時に生じた強烈な衝撃波や爆風によって,誘導放射化した土壌等が粉じんとなって舞い上がり,遠距離に飛散した可能性も十分にあるというべきである。さらに,R論文は,爆心地から1000mの地点における
誘導放射線による外部被曝線量は1センチグレイにも満たないとするが,後記(5)のとおり,
初期放射線にほとんど被曝していないいわゆる入市被爆
者や遠距離被爆者にも放射線被曝による急性症状とみられる症状が一定割合生じている旨の調査結果が複数報告されており,これらの調査結果については,前記の外部被曝線量評価だけでは合理的に説明することが困難で
ある。

これらの点を考慮すると,新審査の方針の下における誘導放射線による被曝線量の評価については,過小評価となっている疑いがあるというべきであり,実際に被爆者の被曝線量を評価するに当たっては,爆心地から600~700m以遠の地域にも誘導放射化物質が相当量存在していた可能
性を考慮に入れ,かつ,その被爆状況,被爆後の行動・活動の内容,被爆後に生じた症状,健康状態等に照らして,誘導放射化物質による様々な形態での外部被曝及び内部被曝の可能性を十分に検討する必要があるというべきである。
(3)

放射性降下物による被曝線量の評価(前記③)について放射性降下物による放射線とは,原子爆弾の核分裂によって生成された放射性物質(核分裂生成物)等で地上に降下したもの(放射性降下物)が放出する放射線である(乙A63,123,弁論の全趣旨)。
放射性降下物による放射線の外部被曝線量について,旧審査の方針は,DS86に係る報告書(乙A63)の分析結果に基づき,原爆投下の直後に所定の地域に滞在し,又はその後,長期間にわたって当該地域に居住し
ていた場合についてそれぞれ所定の値としており,具体的には,広島原爆についてはa・b地区につき0.006~0.02グレイ,長崎原爆についてはc地区につき0.12~0.24グレイとしていた(前記関係法令等の定め4(1)ア(エ),乙A18)。これに対し,新審査の方針には,放射性降下物による放射線の外部被曝線量の算定基準は明示されていないが,
医療分科会は,旧審査の方針の考え方を基本的に踏襲し,前記報告書の分析結果等によって線量を算定・評価しているものと認められる(乙A1~3,弁論の全趣旨)。

放射性降下物については,原子爆弾投下の数日後から複数の測定者が放射線量の測定を行い,これらの調査の結果,a・b地区及びc地区において,
それぞれ放射線の影響が比較的顕著にみられることが判明し,
これは,
原子爆弾の爆発後,両地区において激しい降雨があり,これによって放射性降下物が降下したことによるものであることが確認されている(乙A63,123,125~128)。そして,DS86に係る報告書は,これ
らの調査結果を総括して,地表1mの高さにおける放射性降下物の累積的被曝への寄与は,c地区では,おそらく20~40レントゲンの範囲であり,a・b地区では,おそらく1~3レントゲンの範囲であるとし,これを組織吸収線量に換算すると,長崎については12~24ラド(0.12~0.24グレイ),広島については0.6~2ラド(0.006~0.
02グレイ)になると結論付けている(乙A63)。
同報告書の分析は,前記のとおりの原子爆弾投下直後の調査に基づく複数の調査報告等を総括したものであり,その後の調査結果による推定値もこれと特に矛盾するものではないこと(乙A125,129)等をも考慮すると,医療分科会が新審査の方針において用いている放射性降下物による放射線の外部被曝線量の算定方法は,相当の科学的根拠に基づくものということができる。


しかしながら,放射性降下物の測定結果については,前記分析自体が測定等の精度の非常に低いことを強調しているほか(乙A63),原子爆弾投下後数箇月以内の複数の測定結果からは,放射性降下物が相当不均一に存在していたことが推認され(乙A126~128),放射性降下物の降下形態やその後の集積により局地的に強い放射線を出す場合があり得る。

これらの点を考慮すると,前記算定方法による放射性降下物による放射線の外部被曝線量の算定については,前記のような測定精度や測定資料等の制約から一定の限界が存するというべきである。

(4)

内部被曝による被曝線量の評価(前記④)について内部被曝とは,呼吸,飲食,外傷,皮膚等を通じて体内に取り込まれた放射性物質が放出する放射線による被曝をいう(弁論の全趣旨)。旧審査の方針においては,
前記関係法令等の定め4(1)アのとおり,
内部
被曝による被曝線量は特に考慮されておらず,新審査の方針の下においても,医療分科会は,旧審査の方針の考え方を基本的に踏襲し,内部被曝による被曝線量を重視していないものと認められる(乙A1~3,弁論の全
趣旨)。

内部被曝について,DS86に係る報告書では,昭和44年及び昭和56年にc地区の住民を対象とするホールボディカウンターを用いた測定結果に基づき,昭和20~60年の40年間に及ぶセシウム137(半減
期30年)に係る内部被曝線量を積算したところ,男性で10ミリレム(0.0001グレイ),女性で8ミリレム(0.00008グレイ)と推定されるとしている(乙A63)。また,R論文は,ナトリウム24(半減期15.0時間)とスカンジウム46(半減期83.8日)に着目して計算した結果,広島原爆投下当日に爆心地から1㎞以内の地点において8時間の片付け作業に従事した場合の内部被曝線量の推定は0.06マイクロシーベルトであるとして,外部被曝に比べ無視できるレベルであるとし
ている(乙A139)。
医療分科会が内部被曝による被曝線量を重視していないのは前記のような科学的知見に基づくものと認められるところ(弁論の全趣旨),内部被曝による被曝線量を重視しない医療分科会の方針は,相当の科学的根拠に基づくものということができる。


しかしながら,前記の報告等からは,短時間で大きな内部被曝を生じさせる可能性のある半減期の短い放射性物質等による内部被曝線量については不明である上,
前記(3)イのとおり,
爆心地付近に限らず局地的に放射性
降下物や誘導放射化物質が集積するなどしている場合があり得ることも考
慮すると,内部被曝線量は無視し得る程度のものであると評価することには,なお疑問が残るといわざるを得ない。
また,原告らは,内部被曝は,外部被曝とは異なり,(ア)呼吸等により放射性物質が取り込まれた特定の臓器等に局部的集中的に被曝が生じること,(イ)数cm~数mの飛距離しかないアルファ線,ベータ線であっても,
その線源となる放射性物質が体内に取り込まれればこれらによる被曝が確実であること,(ウ)原爆放射線の90%以上を占める半減期の短い放射性物質については,短期間に大量の被曝をもたらすものであること,(エ)放射性物質が体内に取り込まれると,体内被曝が長期間継続することといった特徴があり,一部的な外部被曝よりも身体に大きな影響を及ぼす可能
性が十分にある旨主張し,これに沿う証拠(甲A103,195,204,証人S等)を提出している。
原告らの前記主張内容は,科学的知見として確立されたものであるとはいい難い状況にある(乙A55,141等)ものの,内部被曝の機序については必ずしも科学的に解明・実証されておらず,また,低線量放射線による継続的被曝が高線量放射線の短時間被曝よりも深刻な障害を引き起こす可能性について指摘する見解があり,例えば,原子力安全委員会の放
射線障害防止基本専門部会・低線量放射線影響分科会も,核分裂中性子線等については同じ被曝線量であれば長期にわたって被曝した場合(低線量率の場合)の方がリスクも上昇するという逆線量率効果,被曝した細胞から隣接する細胞に被曝の情報が伝わるバイスタンダー効果,放射線被曝を受けた細胞に生じた遺伝的変化が間接的な突然変異を誘発するゲノム不
安定性誘導等の可能性を指摘するところであり(甲A139),これらの見解を一概に無視することまではできない。加えて,後記(5)のとおり,いわゆる入市被爆者等に放射線被曝による急性症状とみられる症状が一定割合生じているとの調査結果があり,推定される外部被曝線量だけでは必ずしもこれを十分に説明し得ないこと等にも照らすと,被曝線量の評価
に当たって,内部被曝線量は無視し得る程度のものであるとしてこれを考慮しないことには,疑問が残るといわざるを得ない。

被告の主張に対する判断
被告は,原爆で問題となる内部被曝は放射性降下物及び誘導放射線によ
るものであるところ,(a)放射性降下物及び誘導放射線の線量がいずれも健康への影響という見地からは極めて少ないものであったこと,(b)被曝線量が同じ場合には,内部被曝による健康影響は外部被曝による健康影響と同等又は外部被曝より低いこと,(c)体内に取り込まれた放射性核種は代謝により排出されること,(d)小児甲状腺がんが多数発生したチェルノ
ブイリ原発事故と異なり,原子爆弾の被爆者については,甲状腺等の特定の臓器にがんが多数発生したという傾向が全くみられないこと等からすると,原爆由来の放射性物質による内部被曝は,人体の健康への影響という観点からは重視する必要がないというのが現在の科学的知見である旨主張する。
しかしながら,
前記(a)についてみると,
前記(2)及び(3)で検討したとこ
ろによれば,放射性降下物及び誘導放射線の線量がいずれも健康への影響
という見地からは極めて少ないものと評価することは相当でない。前記(b)についてみると,前記ウ(ア)~(エ)の主張に沿う見解が存することに鑑みると,人体の健康への影響という観点からは放射性物質による内部被曝を重視する必要がないということはできない。前記(c)についてみると,体内に取り込まれた放射性核種が体外に排出されるまでには相応の日数
を要する上,半減期の短い放射性核種による内部被曝の場合には,体外に排出されるまでに相当の内部被曝が生じているのであるから,被告主張の点をもって,人体の健康への影響という観点からは放射性物質による内部被曝を重視する必要がないということはできない。前記(d)についてみると,被爆者に甲状腺等の特定の臓器にがんが多数発生したという傾向が全
くみられないとする根拠が明らかではない上,チェルノブイリ原発事故により小児甲状腺がんが増加したということは,かえって,放射性物質による内部被曝が人体の健康に影響を与えることを明確に裏付けるものであるというべきである。
したがって,被告の前記主張は,採用することができない。


以上によれば,被爆者の被曝線量を評価するに当たっては,当該申請者の被爆状況,被爆後の行動・活動の内容,被爆後に生じた症状,健康状態等に照らして,誘導放射化物質及び放射性降下物を体内に取り込んだことによる内部被曝の可能性の有無を十分に検討する必要があるというべきで
あり,また,内部被曝による身体への影響には,一時的な外部被曝とは異なる特徴があり得ることを念頭に置く必要があるというべきである。(5)

遠距離被爆者及び入市被爆者に生じた症状の評価等(前記⑤)について遠距離被爆者に生じた症状について
放射線被曝による急性症状について,被告は,出血傾向(歯茎からの出血,紫斑を含む。)につき2グレイ程度,脱毛につき3グレイ程度,下痢
につき4グレイ程度のしきい値がある旨主張するところ,広島原爆・長崎原爆について爆心地から1500mの地点について,
DS02
(乙A66)
に基づき,初期放射線による被曝線量を推定すると,1グレイを下回るから,前記主張のとおりのしきい値の存在とDS02とを前提とすると,爆心地から1500m以遠において初期放射線のみでは出血傾向,脱毛,下
痢といった放射線被曝による急性症状が生じることはほとんどないこととなる。
しかしながら,原子爆弾投下後比較的早期に行われた調査として,①広島・長崎における被爆直後の生存者(広島6882名,長崎6621名。甲A147)を調査した結果に基づく日米合同調査団報告書(甲A14
8),②昭和20年10月から広島原爆の被爆者5120名を調査した結果に基づく東京帝国大学医学部診療班の原子爆弾災害調査報告(甲A149),③昭和32年1月~同年7月に広島原爆の爆心地から2.0~7.0kmの一定地区に住む被爆者(広島原爆投下当時広島市内にいた者に限る。)の生存者全員(3946名)を対象としたT原爆残留放射能障碍の統計的観察(甲A150)等があるところ,これらの調査結果からは,
調査対象者に占める脱毛や出血傾向
(紫斑等)
が生じたとする者の割合が,
爆心地から1500~2000mの地点で被爆した者については10%前後以上,
2000m以遠で被爆した者についても数%以上存在し,
かつ,
これらの症状(特に脱毛)を生じたとする者の割合が,爆心地からの距離
や遮蔽の存在に応じて減少する傾向があると認められる(この傾向は,その他の調査結果(甲A151,152等)ともおおむね合致しているというべきである。)。以上のような傾向に照らすと,爆心地からの距離が1500m以遠において被爆した者に生じたとされる脱毛や出血傾向等の症状は,全てとはいえないまでも,その相当部分について放射線による急性症状であるとみるのが自然である。
そうすると,
爆心地から1500m以遠にみられる脱毛等の症状につき,

初期放射線のみによる外部被曝が主たる原因であると理解することは困難であって,むしろ,誘導放射化した大量の粉じん等や放射性降下物から発せられる放射線により外部被曝及び内部被曝をしたことによるものとみるのが,自然かつ合理的であるというべきである(なお,前記の調査結果によれば,遮蔽の有無により急性症状の発症率に有意な差があることに
ついては,遮蔽の有無により原子爆弾の爆発直後に発生した短命の誘導放射化物質や放射性降下物への接触の程度に差が生じたためと考えることも可能である。)。

入市被爆者に生じた症状について
原子爆弾投下時には広島市内又は長崎市内におらず,その後に市内に入った者(いわゆる入市被爆者)についても,例えば,(a)原子爆弾投下時には広島市内に居なかった者で,投下直後(原爆投下から3箇月以内をいう。以下(a)において同じ。)に同市内に入ったものの中心地(爆心地から1km以内)には出入りしなかった104名には,発熱,下痢,脱毛等の
症状はみられなかったが,同様の者で投下直後に中心地に入った525名のうち230名(43.8%)にこれらの症状(急性症状の特徴を備えるもの)がみられ,そのうち投下から20日以内に中心地に出入りした人に有症率が高く,投下から1箇月後に中心地に入った人の有症率は極めて低く,中心地滞在時間が4時間以下の場合は有症率が低く,10時間以上の
人に有症率が高いなどとする報告(甲A150),(b)広島原爆の爆心地から約12km又は約50kmの地点にいた陸軍船舶司令部隷下の将兵のうち原子爆弾投下後に入市して負傷者の救援活動等に従事した233名について,下痢患者が多数続出したほか,ほとんど全員が白血球3000以下と診断され,発熱,点状出血,脱毛の症状も少数ながらあったとする報告(甲A118),(c)賀北部隊工月中隊に所属し原子爆弾投下後に入市して作業に従事した99名に対するアンケート等調査の結果,その約3分
の1が放射線による急性障害に似た諸症状を訴えており,そのうちほぼ確実な急性症状として,脱毛6名,歯茎等からの出血5名,白血球減少2名があったなどとする報告(乙A103)等がある。
以上の調査結果等によれば,入市被爆者についても,放射線被曝による急性症状とみられる脱毛,下痢,発熱等の症状が少なからず生じており,
爆心地付近に入った時期が早く,また滞在時間が長いほど有症率が高いという傾向があると認められるのであって,このような傾向に照らすと,前記のような症状が,放射線被曝以外の原因のみによるものと理解することは困難であって,むしろ,その多くは,誘導放射化した大量の粉じん等や放射性降下物から発せられる放射線による外部被曝及び内部被曝をした
ことによるものとみるのが自然かつ合理的であるというべきである。ウ
被告の主張に対する判断
被告は,放射線被曝による急性症状には,発症時期,程度,回復期等について明確な特徴があることが一般的な医学的知見として確立している
一方で,被爆者が被爆当時に経験したとする下痢等の身体症状は,他の要因(衛生状況・栄養状況の悪化,劣悪な生活環境又は精神的影響等)によっても生じる非特異的なものであるため,当該身体症状が放射線被曝による急性症状であるか否かは,前記のとおり確立した科学的知見に照らして,慎重に吟味・鑑別することが不可欠であるところ,高度に専門的な国
際機関等においてされた多くの研究報告によれば,遠距離被爆者及び入市被爆者が放射線被曝による急性症状を発症したとは考え難い旨主張する。しかしながら,遠距離被爆者については爆心地からの距離や遮蔽の有無等に応じて脱毛等の発症率が増減し,入市被爆者については爆心地付近に入った時期が早く,また滞在時間が長いほど有症率が高いという傾向が見られ,このような傾向に照らすと当該症状の多くが放射線被曝以外の原因によるものと理解することが困難というべきことは前記イのとおりであ
り,仮に,自然災害や東京大空襲等において嘔吐,下痢,脱毛等の症状が一定割合で生じていたとしても,直ちに前記の評価を左右するものということはできない。
したがって,被告の前記主張は,採用することができない。

以上によれば,個別の遠距離被爆者・入市被爆者に生じた前記のような症状が放射線被曝による急性症状であるか否かについては,これらの症状が放射線被曝以外の原因によっても生じ得るものであること等を踏まえて慎重に検討する必要があるとしても,遠距離被爆者・入市被爆者に生じた症状が,およそ放射線の影響によるものではないとすることは不合理であり,遠距離被爆者・入市被爆者であっても健康に影響があり得る程度の放
射線被曝をし得ることを否定することはできないというべきである。(6)

小括
以上のとおり,新審査の方針の下での被曝線量の評価方法は,科学的合理
性を肯定することができるものの,シミュレーションに基づく推定値であることや測定精度の問題等から一定の限界が存することに十分留意する必要がある上,特に誘導放射線及び放射性降下物による放射線については,内部被曝の影響を考慮していない点を含め,地理的範囲及び線量評価の両方において過小評価となっている疑いがあるという問題点がある。そうすると,DS02等により算定される被曝線量は,飽くまでも一応の目安とするにとどめ
るのが相当であり,被爆者の被曝線量を評価するに当たっては,当該申請者の被爆状況,被爆後の行動・活動の内容,被爆後に生じた症状,健康状態等に照らし,様々な形態での外部被曝及び内部被曝の可能性の有無を十分に検討する必要があるというべきである。
3
申請疾病と放射線被曝との関連性
放射線起因性の判断に当たっては,前記1(2)のとおり,統計学的・疫学的知
見等に基づく当該申請者の申請疾病等と放射線被曝との関連性の有無及び程度が中心的な考慮要素の一つとなる。
そこで,本件各申請における申請疾病と放射線被曝との関連性について,検討する。
(1)

食道がん(本件A申請)並びに大腸がん及び胆管がん(本件C申請)につ
いて
原告A及び原告Cは,前記知見等に基づけば,仮に低線量域の放射線被曝であっても,前記各申請疾病を含む固形がんと放射線被曝との関連性を肯定することができる旨主張する。これに対し,被告は,0.1ないし0.2グレイを下回るような放射線被曝と固形がんの発症率との関連性について認め
た疫学的知見は存在しない旨主張する。
そこで,以下,食道がん,大腸がん及び胆管がん等を含む固形がんの一般的知見を踏まえた上で,
固形がんと放射線被曝との関連性の有無を検討する。

固形がんの一般的知見等について
(ア)

固形がんは,体や臓器の表面等を構成する細胞(上皮細胞)から発生
する悪性腫瘍である。
悪性腫瘍は,体を構成する細胞に由来し,進行性に増殖するもの(腫瘍)のうち,当該増殖が局所にとどまらず,血管やリンパ管等の周囲組織に浸潤し,血流やリンパ流に乗って遠隔臓器にも転移し,宿主を死に至らしめるものであり,がん(固形がん及び血液がん)並びに肉腫(上
皮細胞以外から発生するもの)に分けられる。
(乙A510,511)
(イ)

悪性腫瘍は,
細胞に遺伝子変異等が多段階的に起きることにより発生

するとされ,様々な外的要因や内的要因が指摘されている。
外的要因としては,化学物質(タバコの煙中に含まれる様々な化学物質),放射線,紫外線等が挙げられ,内的要因としては,細胞増殖の際のDNA複製に伴うエラーのうち,DNAの修正機能による修復が不完全にされてしまった場合や,遺伝的要因等が挙げられている。
そのうち,放射線についてみると,一般に,細胞を構成する原子を電離させる作用(前記前提事実3(1)参照)により,DNAに化学反応が生じ,DNAが損傷することがあるところ,前記修正機能による修復が不
完全にされてしまった場合に,これががん化することがあるとされており,理論的,確率論的には,人体を通過する放射線量が少なくても,がん細胞が発生することがあり,その量が多くなればなるほど,がん細胞が発生する確率が高くなるとされている。
(乙A118,193,401,512)

(ウ)

食道がんの90%以上を占める扁平上皮がんは,
飲酒歴,
喫煙歴のあ

る中高年男性(50歳以上,特に60~70歳)に好発し(全体の年代の68%を占め,男女比は6:1である。),喫煙及び飲酒の両者を併用することでその危険性が増加することが知られ,そのほかに,野菜・果物の摂取不足,熱い食事等が危険因子として挙げられている。(乙A402,504,514)
(エ)

大腸がんは,大腸(結腸,直腸,S字結腸)に発生するがんであり,
その好発年齢は50歳以上で,その罹患率は高齢になるほど高くなり,死亡率は男性が女性の約2倍とされる。また,大腸がんの危険因子は,家族歴(直系親族に同じ病気の人がいるか否か),過体重,肥満,飲酒等がある。(乙A519)
(オ)

胆管がんは,肝臓と十二指腸の間にある管(胆管)にできるがんであり,その間の袋(胆のう)にできるがんと併せて胆道がんという。罹患率の男女比は約2:1であり,胆管がんは,50~80歳で多く発症し,60歳台にピークを迎えるとされる。(乙A523,524)

固形がんと放射線被曝との関連性について
(ア)

食道がん,大腸がん及び胆管がん等を含む固形がんについては,放
射線被曝との関連性につき,次の知見等があることが認められる。なお,次の知見等で挙げられている概念のうち,(a)相対リスクとは,当該要因(例えば放射線被曝)がある場合にリスク(例えば食道がんの発症)が何倍になるかを示す値をいい,(b)過剰相対リスクとは,相対リスクから1を控除した値をいう(当該要因によって増加したリスクの割合を意味することとなる。)。(乙A108,109,弁論の全趣旨)a
LSS第13報(甲A120・503),LSS第14報(甲A514・B18~20・乙A117)において,固形がんについては,一貫して有意な放射線の影響が確認されており,特に,LSS第14報において,①主要部位のがん死亡のリスクは,胃,肺,肝臓,結腸,
乳房,胆のう,食道,膀胱及び卵巣で有意に増加した,②固形がんによる過剰に死亡する率は,集団年齢が上がるのにおおむね比例して上昇を続け,多くのがん発症部位における相対リスクは子どものときに放射線に被曝した場合に高かった,③全固形がんについて過剰相対リスクが有意となる最小推定線量範囲は0~0.2Gyであり,定型的な
線量しきい値解析ではしきい値が認められなかった旨の指摘がされている。
b
悪性腫瘍(固形がんなど)については,旧審査の方針においてもその関連性が肯定され,新審査の方針においても,放射線起因性が推認される疾病に含まれ(乙A1~3),被爆地点が爆心地より約3.5km以内である者又は原爆投下より約100時間以内に爆心地から約2km以内に入市した者については,
格段に反対すべき事由がない限
り,当該申請疾病と被曝した放射線との関係を原則的に認定するものとされている(乙A3)。
c
若年者の放射線被曝ががん発生に及ぼす影響について,原爆放射線の人体影響1992(甲B32)やUNCEARの2006年報告書
(甲B29)において,放射線被曝時の年齢が若い時ほど発症のリスクが大きくなると報告され,LSS第14報では,
①年齢が若いとき
に放射線被曝した者はがん死亡の相対リスクが高くなり,全固形がんについて,線形モデルに基づく男女平均の1グレイ当たりの過剰相対危険度は,被爆時年齢が10歳若くなると約29%増加すること,②
低年齢の時に被爆した者ほど放射線に対する感受性は高く,がん発生等のリスクが生涯にわたり増大する旨の報告がされている。
(イ)

これらの知見等によれば,一般的には食道がん,大腸がん及び胆管
がん等の固形がんと放射線被曝との関連性を肯定することができるというべきである。
(ウ)

被告の主張に対する判断
被告は,(a)0.1ないし0.2グレイを下回るような放射線被曝と固
形がんの発症率との関連性について認めた疫学的知見は存在しないこと,
(b)仮にこれを下回るような放射線被曝による固形がんの発症のリスクは極めて低いこと,がんは一般的に発症し得る疾病であることからすると,推定被曝線量が前記数値を下回る場合,がんが放射線に起因するものであるか否かは,
相当慎重に検討されなければならない旨主張する。
前記(a)については,
関係証拠を検討しても,
低線量域の放射線被曝と
固形がんの因果関係を積極的に否定するものは見当たらず,
前記(ア)aの

とおり,低線量の放射線であってもこの関連性を認めたものがあること等を踏まえると,前記(b)のとおり,被曝線量が低い場合に,がん発症の確率が低くなること等を考慮しても,低線量の放射線被曝との関連性が否定されることとはならないというべきである。
したがって,被告の前記主張は,採用することができない。

小括
以上の検討によれば,一般的には食道がん,大腸がん及び胆管がんと放
射線被曝との関連性を肯定することができるというべきである
(2)

心筋梗塞(本件B申請)について
原告Bは,統計学的・疫学的知見等に基づけば,仮に低線量域の放射線被
曝であっても,心筋梗塞と放射線被曝との関連性を肯定することができる旨主張する。これに対し,被告は,少なくとも0.5グレイ以下の放射線被曝と心筋梗塞との間に統計学的に有意な関連性を認めた疫学的知見は存在しない旨主張する。
そこで,以下,心筋梗塞の一般的知見を踏まえた上で,心筋梗塞と放射線被曝との関連性の有無を検討する。


心筋梗塞の一般的知見等について
(ア)

心筋梗塞は,心臓の栄養血管である冠動脈の部分的な又は完全な閉
鎖によって,急激に冠動脈血流が減少し,心臓を構成する筋肉である心筋の壊死を来す虚血性心疾患であり,大部分の症例で,冠動脈硬化が原因であるとされる。(乙A531~534)
(イ)

動脈硬化のうち,頻度の高い病変である粥状動脈硬化(アテローム
動脈硬化)は,血管内皮細胞の機能障害や傷害に始まり,血液中のLDLコレステロール等が内膜へ蓄積するなどして粥腫(アテローム)を形成し,粥腫と繊維組織とが混在したプラーク(内膜の肥厚性病変)を形成して生じると考えられている。
そして,心筋梗塞は,主に,脂質に富み繊維組織の少ない不安定プラークが,何らかの刺激等によって破裂やびらんを生じ,形成された血栓によって冠動脈が閉塞されることによって生じると考えられている。(乙A535,536)
(ウ)

動脈硬化及び虚血性心疾患(心筋梗塞を含む。)の危険因子として
は,脂質異常症(高LDLコレステロール血症,高トリグリセライド血症又は低HDLコレステロール血症。なお,従前,日本動脈硬化学会は,
そのガイドラインにおいて,動脈硬化の危険因子の一つとして,高脂血症という文言を用いていたが,低HDLコレステロール血症を含む表現としては適切ではない等の観点に立ち,動脈硬化性疾患予防ガイドライン2007年版(乙A572)以後,脂質異常症との文
言を用いている。),高血圧症,喫煙,糖尿病,加齢,肥満等が挙げら
れており,保有している危険因子が多いほど,虚血性心疾患の原因となる動脈硬化が加速度的に速まるとされている。脂質異常症,高血圧症及び喫煙は,
動脈硬化及び虚血性心疾患の3大危険因子ともいわれている。
(乙A532,536,538,542,543,572,弁論の全趣旨)


心筋梗塞と放射線被曝との関連性について
(ア)

心筋梗塞を含む心疾患については,放射線被曝との関連性につき,
次の知見等があることが認められる。
なお,
各知見で挙げられている概念のうち,
(a)信頼区間とは,
例えば,
90%信頼区間であれば,100回の同一の調査を行い,同一の計算方法を用いた場合,90回はこの信頼区間の中に母平均値が入ることをいい,(b)P値とは,当該要因がある群とない群とで発症率が等しいとする仮説が正しいと仮定した場合に当該結果が起こる確率をいい(0.05を下回る場合に前記仮説が誤りであり両群に有意な差があると判定す
ることが多い。),相対リスク及び過剰相対リスクとは,前記(1)イ(ア)に記載のとおりである。(乙A108,109,弁論の全趣旨)
a
LSS第11報(甲A501)は,一定の被爆者集団の昭和25年~同60年までの循環器疾患による死亡率は線量との有意な関係を示し,
うち,
昭和41年~同60年については,
被爆時年齢が低い群
(4
0歳未満)では,循環器疾患全体の死亡率及び脳卒中又は心疾患の死亡率は線量と有意な関係を示したなどとする。

b
LSS第12報(甲A502)は,前記aの被爆者集団の昭和25年~平成2年までのがん以外の疾患による死亡者について解析した結果,心疾患(死亡数6826人)の1シーベルト当たりの過剰相対リスクは0.14(90%信頼区間は0.05~0.22,P値は0.003)であり,そのうち冠状動脈性心疾患(死亡数2362人)の
過剰相対リスクは0.06(90%信頼区間は0.06~0.20)であるとした上で,その考察においては,

低線量,例えば約0.5Svにおいてどの程度の関連性があるかはまだ不明であるが,影響はもはや最も高い線量域に限らない。

心筋梗塞および脳梗塞,ならびにアテローム性動脈硬化症と高血圧症の様々な指標について有意な線量反応が観察されている。

と指摘している。c
LSS第13報(甲A120・503)は,昭和43年から平成9年までの期間における心疾患の1シーベルト当たりの過剰相対リスクは0.17(90%信頼区間は0.08~0.26,P値は0.001)としている。

d
LSS第14報(甲A514・B18~20・乙A117)は,昭和41年(1966年)~平成15年の長期追跡調査期間における線量反応の変化については,循環器・呼吸器・消化器疾患のリスクがすべて1965年以降有意に増加したと指摘した。そして,追跡調
査の初期(昭和25年~同40年)と後期(昭和41年~平成15年)における非がん疾患の死亡率の線量反応関係を比較したところ,初期における線量反応関係…には約1.5Gy未満で放射線影響は基本的に認められなかったが,後期においては,全体的にがん以外の疾患についてほぼ線形の線量反応関係が認められ,両期間における線量反応の形状の差異は有意であったとしている。e
AHS第8報(甲A504・乙A570)は,40歳未満で放射線被曝した人の心筋梗塞(ただし,喫煙及び飲酒の因子を調整する前のもの。)について,1シーベルト当たりの相対リスクに有意な二次線量反応関係を認めたとしている(P値は0.049,1シーベルト当たりの相対リスクは1.
25,
95%信頼区間は1.
00~1.
69)


f
G報告は,心疾患による死亡及び心筋梗塞が増加しており,大動脈弓の石灰化及び網膜細動脈硬化を認めることから,被爆者でも放射線被曝の影響として動脈硬化による心・血管疾患が増加していると考えられ,さらには,動脈硬化あるいは心・血管疾患の危険因子である高血圧,高脂血症及び炎症にも放射線被曝が関与していることも明らかになり,これらを介して動脈硬化が促進され,心・血管疾患の増加に
つながったと考えられるとしている。
g
F報告は,昭和62年~平成15年までに被爆者を対象とする健康診断を受診した40歳から79歳の被爆者1万6335例につき,大動脈脈波速度(PWV)を測定したところ,被曝と大動脈硬化の関連を認める結果が出たとし,特に被爆時年齢が20歳未満の男性の若年
直接被爆者では大血管の動脈硬化が強く,特に10歳未満の近距離被爆者に強いとの結果を得たとし,最近の循環器疾患と被曝についての疫学的研究においても若年被爆者における同様の結果が報告されているとしている。
h
H論文は,昭和25年~平成15年の間に,対象者のうち8463人が心臓病で死亡し,心疾患については1グレイ当たり0.14の過剰相対リスク(95%信頼区間は0.06~0.23,P値は0.001未満)があったとされ,さらに,線形モデルが最も適合し,低線量被曝領域でも過剰リスクがあることが示唆されたが,線量反応関係は一定の被曝線量以上に限定しており,0~0.5グレイの被曝線量では有意差は認めなかったとし,結論として,0.5グレイを上回る
被曝線量は心疾患のリスク上昇に関連していたが,それより少ない線量では明確ではなかったとしている。
i
なお,平成19年12月17日付け原爆症認定の在り方に関する検討会報告(乙A20)は,心筋梗塞については,原爆被爆者を対象とした疫学調査のみならず,
動物実験を含む多くの研究結果により,

一定以上の放射線量との関連があるとの知見が集積してきており,認定疾病に追加する方向でしきい値の設定等の検討を行う必要があるとしており,これを受けて,平成20年3月17日付けで医療分科会により策定された新しい審査の方針には,放射線起因性が推認される疾病の一つとして,放射線起因性が認められる心筋梗塞が
掲げられ,更に,平成25年12月16日付け改定後の同方針では,心筋梗塞につき,被爆地点が爆心地より約2.0km以内である者又は原爆投下より翌日までに爆心地から約1.0km以内に入市した者のいずれかに該当する者から申請がある場合については,格段に反対すべき事由がない限り,放射線起因性を積極的に認定するものと
された(前記関係法令等の定め4(2)ア(ア)a,ウ)。
(イ)

以上のとおり,心筋梗塞については,放射線被曝との関連性を肯定
する疫学的知見が集積している上,さらに,近時,放射線被曝が,ヘルパーT細胞数の減少に伴う免疫機能低下を引き起こし,ウイルスによる慢性的な炎症反応を誘発し,心筋梗塞の発症の促進に寄与していることを示唆する複数の研究報告が示されており(LSS第12報(前記(ア)b)及びG報告(同f)のほか,Uほか原爆放射線が免疫系に及ぼす長期的影響:半世紀を超えて(甲A510)),放射線被曝が粥状動脈硬化及び心筋梗塞の発症を促進する機序についても科学的な知見が集積しつつあるということができることに加えて,医療分科会が策定した新審査の方針において,心筋梗塞に関して,被爆地点と爆心地との距離等の一定の要件を満たす申請者については,格段に反対すべき事由がない限り,放射線起因性を積極的に認定するものとされていることも併せ考慮すると,一般的には心筋梗塞と放射線被曝との関連性を肯定することができるというべきである。

(ウ)
a
被告の主張に対する判断
被告は,①LSS第11報及び第12報は,心筋梗塞等よりも広いカテゴリである循環器疾患による死亡率が放射線被曝と有意な関
連を示したものにすぎない,②LSS第13報は,心疾患等のがん以外の疾患の死亡率について,低線量域における線量反応関係は不確実
であるとしており,心疾患における低線量の放射線被曝との関連性についての仮説を提示したものにすぎない,③AHS第8報は,40歳未満で被爆した人の心筋梗塞について,統計上喫煙と飲酒による影響が出ないようにこれらの因子を調整した場合のP値は0.14としており,
放射線被曝との間に有意な関係が示されているとはいえない上,

虚血性心疾患のカテゴリでみると,前記の因子を調整しなかった
場合も調整した場合も,有意な関連がない,④G報告は研究途上における可能性を述べるものにすぎず,F報告も若年時の近距離被曝により動脈硬化がより強くなる可能性を示したにすぎない,⑤H論文も,心筋梗塞ではなくより広いカテゴリである心疾患について放

射線との関連性を指摘したものにすぎない(H論文に添付されたウェブ表B(甲A507の2の末尾)によれば,心筋梗塞のカテゴリ
については,その死亡率と放射線被曝との関連性は統計学的に有意とはいえない。)上,0.5グレイ以下の低線量被曝については,心疾患の死亡率との間に統計学的に有意な関係を示す結果は得られなかったとされているなどとして,前記各知見は,いずれも心筋梗塞や狭心症の放射線起因性を認める根拠となる科学的知見とはいえない旨主張する。
しかしながら,前記①についてみると,LSS第12報(甲A502)は,冠状動脈性心疾患の過剰相対リスク自体は正の値を示している上,心疾患のその他(過剰相対リスクは0.17,90%信頼

区間は0.05~0.31)の中には,心不全と記載されている
ものが1787例(55%)含まれているところ,その中には心筋梗塞も一定数が含まれているとみるのが自然であることも考慮すると,統計学的な有意性が直ちに否定されるものではないというべきである。前記②についてみると,LSS第13報(甲A120・503)
は,心疾患を含むがん以外の疾患のリスクについて,1Sv以下の線量においても増加していることを示す強力な統計的証拠がある。低線量における線量反応の形状については著しい不確実性が認められ,特に約0.5Sv以下ではリスクの存在を示す直接的証拠はほとんどないが,LSSデータはこの線量範囲で線形性に矛盾しない。

リスク増加の全般的特徴から,また機序に関する知識が欠如していることから,因果関係については当然懸念が生ずるが,この点のみからLSSに基づく所見を不適当と見なすことはできない。

などとしており,低線量域を含む放射線被曝との関連性を強く示唆する内容であるということができる。前記④についてみると,G報告やF報告も,各種の
研究結果に基づき,放射線被曝の動脈硬化への影響について合理的に説明するものであり,これを単なる可能性を示したものにすぎないとして一概に無視することはできないというべきである。前記⑤についてみると,H論文は,0.5グレイ未満の結果は統計的に有意でなかったとするものの,心疾患に関しては,線形モデルがよく適合し,推定しきい値線量の最良の予想は0グレイ(95%信頼区間の上限は約0.5グレイ)であったなどとしていることからしても,心疾患と低線量の放射線被曝との関連性を強く示唆するものとみるべきである(なお,少なくとも高線量域において心筋梗塞と放射線被曝との関連性が認められることにはほぼ異論がないこと(弁論の全趣旨)等に照らすと,前記ウェブ表Bの心筋梗塞及び虚血性心疾患の分類に係るデ
ータについては,その信頼性を慎重に検討する必要があるところ,H論文は,死亡診断書上の分析の正確さについて,広いカテゴリ(脳卒中及び心疾患)についてはかなりよかったとしているのに対し,
より細かな疾患の下位分類については精度は貧弱と言わざるをえない(死亡診断書と剖検報告書との一致率は,虚血性心疾患では69
%であり,高血圧性心疾患では22%にとどまる。)としていることからすれば,高血圧性心疾患に分類されているもののうち一定程度は虚血性心疾患又は心筋梗塞である可能性がある上,心不全とは心臓の機能不全を意味する概念であるから,心不全のカテゴリには一定程度の虚血性心疾患又は心筋梗塞が含まれていると考えるのが自然であ
り,同表の心筋梗塞及び虚血性心疾患に係るデータを数値どおりに捉えて,心疾患のうち虚血性心疾患及び心筋梗塞については放射線との間に関連性がないと結論付けることは相当ではないというべきである。)。
以上によれば,仮にAHS第8報において心筋梗塞と放射線被曝と
の間に有意な関連が認められていないとしても(前記③),前記(ア)及び(イ)に掲記の各知見により,
一般的には心筋梗塞と放射線被曝との
関連性を肯定することができるというべきである。
b
また,被告は,UNSCEAR2006年(平成18年)報告書(乙A526)は,LSS第12報及び第13報並びにAHS第8報の内容を総括して,
約1-2Gy未満の線量における電離放射線への被ばくと心血管疾患の罹患との間に因果関係があると結論づけるには現在不十分であるとし,UNSCEAR2010年(平成22年)報告書(乙A527)においても同様に結論付けられており,2011年(平成23年)4月に発表されたICRPの声明(乙A528)においても,H論文などの最近の研究結果等も踏まえた上で,循環器疾患
のしきい吸収線量が0.5グレイ程度まで低い可能性があるとの指摘がされているにすぎず,ICRP2012年(平成24年)勧告(乙A529)においても,それ以下の線量域におけるリスクの不確実性が強調されているのであって,これら最新の国際的に合意された科学的知見に反する結論を導くことは許されない旨主張する。

しかしながら,前記の報告書や声明は,いずれも,低線量域の放射線被曝と心筋梗塞等の因果関係を積極的に否定するものではない上,約1-2グレイ(Gy)未満の線量域での致死的な心血管疾患と放射線被ばくの間の関連を示す証拠は,これまで日本の原爆被爆者のデータ解析から得られているだけである(乙A526),放射線被ばくに関連した致死的な心血管疾患の過剰リスクを示す唯一の明確な証拠は,心臓への線量が約1-2Gy未満では,原爆被爆者のデータから得られている(乙A527)などとしており,被爆者については致死的な心血管疾患と低線量の放射線被曝との関連性を示す証拠があることを前提としていると解されることからすれば,前記の報告書や
声明があるからといって,直ちに前記イのような結論を導くことが許されなくなるものではないというべきである。
c
したがって,被告の前記各主張は,いずれも採用することができない。


小括
以上の検討によれば,一般的には心筋梗塞と放射線被曝との関連性を肯定することができるというべきである。

第2
1
争点2(亡Aの原爆症認定要件該当性)について
認定事実
前記前提事実2(1)並びに掲記の証拠及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が
認められる。

(1)

被爆前の生活状況
亡Aは,7歳であった昭和20年8月9日当時,長崎市e町所在の本件社
員寮に,
父母,
姉2人,
兄弟2人の合計7人で暮らしていた。
本件社員寮は,
爆心地から南方向約4.3kmの地点に位置する。(甲B2,43,乙B6,11,21)
(2)

被爆等の状況
亡Aは,昭和20年8月9日,本件社員寮の2階で兄2人と遊んでいたところ,長崎原爆により,辺りが閃光に満たされると同時に,爆風で本件社員寮のガラスが割れ,
室内の厚い扉が轟音を立てて外れるなどしたため,
敷地内にある防空ごうに逃げ込んだ。
父母及び姉2人もまた,本件社員寮内又はその付近において,長崎原爆
に被爆した。
(乙B6,7,11,21)

亡Aは,長崎原爆投下の翌日以降,母らと共に,本件社員寮付近の防空ごうにとどまりつつ,本件社員寮の片付けをするなどした。

(3)

被爆後の健康状態等
健康状態等
(ア)

亡Aは,昭和62年8月頃,N病院において,甲状腺腫の手術を受
けた。(乙B1,2,16)
(イ)

亡Aは,平成24年8月,上部消化器官内視鏡検査において食道が
んを疑われ,同年9月,検査により食道がん及びリンパ節移転が確認されたことから,同年11月,摘出手術等を受けた。(甲B44の6,4
5,乙B2,16)
(ウ)

亡Aは,平成25年3月,肝結節等の出現を指摘され,平成26


2月,多発肝腫瘍等が認められ,同年7月,ステント留置の手術等が行われるも,同年8月,肝移転の増悪等が認められ,V病院に入院するなどした。(甲B11)

(エ)

亡Aは,平成27年▲月▲日,死亡した。

生活習慣
(ア)

亡Aは,喫煙者であったが,平成4年6月頃以降,禁煙している。
(乙B16,弁論の全趣旨)
(イ)

亡Aは,少なくとも30歳代頃から,飲酒するようになり,少なく
とも50歳代ころからは,ほぼ毎日ビールを飲み,時にウイスキーも飲み,少なくとも平成20年頃以降は,これに加え,連日にわたりアルコールを多量に摂取することがあり,そのために,二日酔い,胃痛等の体調不良が生じるなどし,大腸がんが発見された平成24年8月の時点においても,ほぼ毎日ウイスキーを2杯程度飲んでいた(以上につき,甲
B5,10,11,乙B2,4,16)
(4)

家族の健康状態(乙B7,11,21)

アイ2
父は,昭和24年▲月▲日,脳溢血を発症して死亡した。
次姉
(昭和5年頃生)
は,
昭和43年▲月,
胃がんを発症して死亡した。

事実認定の補足説明
(1)

亡Aの被爆地点について
原告Aは,亡Aは,爆心地から約4.0~4.3kmの長崎市e町fの社員寮(本件社員寮)において,長崎原爆に被爆した旨主張するが,証拠(甲B43の地図2,乙B6)によれば,本件社員寮は,被爆地点から南方約4.3kmの地点に所在したものと認めるのが相当である。
(2)

亡Aの入市について
原告Aは,亡Aらは,昭和20年8月10日又は11日,父が米国軍の上陸の噂を聞いたことから,家族全員でgに住む知人宅へ避難することとし,父が引く大八車に乗るなどして,徒歩で,本件社員寮から長崎駅へ向かい,
当時の国鉄長崎本線
(長崎駅からq駅を経て道ノ尾駅までは北上し,

同駅を過ぎてからは北東方面に進むなどしてg駅等に至る。)に沿う街道を通り,q駅やその先の爆心地付近を通って,翌日(同月11日又は12日)にgに到着し,その到着後,米軍の上陸がないことを確認すると,数時間仮眠して,同日の明るいうちに出発し,行きと同じ経路をたどって,遅くともその翌日に本件社員寮へ帰宅した旨主張するので,以下,検討す
る。
イ(ア)

長崎原爆が投下された当時本件社員寮において亡Aと同居していた
家族及び亡Aの被爆者健康手帳交付申請書の記載内容等は次のとおりである。

亡Aの被爆者健康手帳交付申請書(昭和56年5月1日付け。乙B21)
2「キ被爆の状況の(1)直接被爆者又は,海上被爆者の場合

あなたは,その翌日からどうしましたか。」の項目について,

父親は親戚(被爆にあった)の消息さがし,家族は防空ゴーにて様子を見ると記載され,(2)入市被爆者の場合には斜線が引

かれ,亡Aの印鑑が押印されており,同申請書に添付された申立書と題する書面においても,(原爆投下の)

翌日から父は親戚の様子を確認するためq方面に行き,そのひどい様子を更にくわしく知らされました。(中略)それから数日は家の片付けや何かで家族全員多忙な日を送ったと思います。

と記載されている。②

母の被爆者健康手帳交付申請書(昭和44年6月19日付け。乙B7の4)

長崎(広島)市内で被爆したときの状況の原爆がおちたとき,どこで何をしていましたか(例自宅の庭でまき割りをしていた等)の項目について,昭20.7.30e町r番地の自宅にて直撃弾をうけ負傷,友人宅で病床に伏していたと記載され,〇原爆がおちた後,その日はどうしましたか(行動を書いてください)の
項目について,前記の如く負傷した身体でもあり,どうすることも出来なかったので,そのまゝ病床についていたと記載されているが,
原子爆弾がおちた後,爆心地方面に立入ったときの状況
の項目
(同
項目中には,原子爆弾がおちた日から入市するまでのあなたの行動をくわしく書いてください(ただし市外からの入市者のみ書いてください)との項目等が複数ある。)については,空欄のままである。③

長兄の被爆者健康手帳交付申請書(昭和44年6月19日付け。乙B7の5)
長崎(広島)市内で被爆したときの状況の〇原爆がおちた後,その日はどうしましたか(行動を書いてください)の項目について,

当時母は米軍機からの直撃弾をうけ重傷のためs寮の1階に病臥していたが原爆落下の恐怖のためか容体が思わしくなかったので,その日はほとんど家族の者と母のまわりに集まりそのときの様子を話し合いました。

と記載されているが,原子爆弾がおちた後,爆心地方面に立入ったときの状況の項目については,空欄のままである。


次兄の被爆者健康手帳交付申請書(昭和44年6月19日付け。乙B7の6)
長崎(広島)市内で被爆したときの状況の〇原爆がおちた後,その日はどうしましたか(行動を書いてください)の項目について,あの騒ぎのためかショックで母の容体がかんばしくなくその日は家族皆そろって母のそばにいたと回答したが,原子爆弾がおちた後,爆心地方面に立入ったときの状況の項目については空欄のままである。
(イ)

母は,前記②及び③のとおり,長崎原爆投下の約10日前の昭和2
0年7月30日に米軍機からの直撃弾を受け負傷して本件社員寮において療養中であったというのであるから,そのような状況下で,仮に,真実,亡Aを含む家族全員で,本件社員寮からgまでの約20km(往復約40km。甲B3,4,43,乙B11,15)もの長距離を徒歩で移動し,その途中で長崎原爆により甚大な被害を受けて凄惨な状況であった爆心地付近(長崎駅,q駅付近)を通過した経験が実在するのであれば,
これは,亡Aを含む家族全員にとって忘れ難いものとなっていたものと考えられるのであって,被爆者健康手帳の交付申請の際にも,原子爆弾がおちた後,爆心地方面に立入ったときの状況等の質問項目が設けられた申請書にこの経験に関する何らかの記載がされるのが自然である。そうであるにもかかわらず,前記(ア)のとおり,長崎原爆が投下され
た当時本件社員寮において亡Aと同居していた家族の被爆者健康手帳交付申請書(前記②~④)には,家族全員で,徒歩で,長崎原爆投下の1~2日後(昭和20年8月10日又は11日)に本件社員寮から長崎駅付近まで赴いたことや,その翌日にはgに赴いたことは,一切記載されていない。そして,亡Aの被爆者健康手帳交付申請書(前記①)には,
長崎原爆投下後,亡A及び母らは本件社員寮付近の防空ごうにとどまる一方,父のみが,長崎原爆投下の翌日,長崎市内の様子を見に行った旨明確に記載されているところでもある。
そうすると,長崎原爆投下後,亡A及び母らは本件社員寮付近の防空ごうにとどまる一方,父のみが,長崎原爆投下の翌日,長崎市内の様子を見に行ったというべきであって,家族全員が,長崎原爆投下の数日後に本件社員寮とgとの間を徒歩で往復し,その途中で爆心地付近を通過した旨の原告Aの主張する事実は容易に認めることができないといわざるを得ない。
ウ(ア)

これに対し,本件においては,次のとおり,亡Aを含む家族全員が,
長崎原爆投下の数日後に爆心地付近を経由して本件社員寮とgとの間を徒歩で往復した旨の原告Aの主張に沿う証拠がある。
a
長姉の供述録取書(甲B2)
(a)亡Aを含む家族全員は,
爆心地付近を経由して本件社員寮とgを
往復した,
(b)本件社員寮を出た後の経過について,
長崎駅に着いたが
負傷者が多数おり,いくら待っても汽車には乗れそうになく,q駅へ行って汽車に乗ることにしたが,そこでも負傷者で満員で母を汽車に
乗せることはできそうになかったので,gまで歩いて行くことになったが,道中,多数の死傷者がおり,できるだけ見ないようにしていた旨の記載がされている。
b
証人I(長姉の夫。長崎原爆投下当時,本件社員寮に住み,後に長姉と婚姻した。)の供述
(a)父母らが,長崎原爆投下後,本件社員寮において,gへ避難することについて話合いをしており,証人Iは,父らに対し,自身の実家へ避難することを提案したが,gへ行くことが決定されたので,亡Aを含む家族全員がgへ避難したのだと思う,(b)後に,長姉から,道ノ
尾駅の手前(長崎側)のhという地名を通っていたことや,その
道中,多数の死傷者がいたことを聞いた旨供述する。
c
N病院のソーシャルワーカーによる亡Aからの聴取書(作成時期不詳。乙B11)
亡Aを含む家族全員は,長崎原爆投下により日本が敗戦して進駐軍が攻めて来ると考え,昭和20年8月11日又は12日,本件社員寮を出て,q駅付近を北上し,爆心地付近及びiを経由して,gに到着
したが,戦争で負けてもすぐに進駐軍が攻めて来るわけではないと考えを改め,gへの到着当日の夕方には,本件社員寮に帰るべく出発した旨の記載がされている。
(イ)
証拠(甲B3,4,36~39,43,乙B8,11,15)及び
弁論の全趣旨(被告第9準備書面13頁の地図)によれば,[ⅰ]長崎原爆投下当時の国鉄長崎本線は,長崎駅を起点とし,q駅,道ノ尾駅と北上し,同駅を過ぎてからは北東方面に進むなどしてg駅に至っており,同本線に沿って街道が走行し,道ノ尾駅の手前(長崎方面)の地点にhという地名が存在することが認められる一方で,[ⅱ]iという地名は長
崎原爆投下当時存在せず,昭和47年10月2日に新線(既存の長崎本線からq駅先において東方へ分岐し,その後北上してg駅に合流する。なお,この新線はh付近を通らない。)が開設された際に,当該新線にi駅が開設されたことが認められる。そうすると,亡Aを含む家族全員が,徒歩で,本件社員寮から,hを経由してgに赴いた旨の証人Iの供

(前記(ア)b)hを経由することなくgに赴いた旨の前記聴取書と,
(同
c)とは,本件社員寮からgに至る経路という重要な点において,相互に食い違う内容のものであって,いずれも信用性に疑問があるといわざるを得ない。このことに,仮に,真実,亡Aを含む家族全員で,本件社員寮からgまでの片道約20km(往復約40km)もの長距離を徒歩で移
動し,その途中で長崎原爆により甚大な被害を受けて凄惨な状況であった爆心地付近を通過した経験が実在するのであれば,亡Aらの被爆者健康手帳の交付申請の際にも,申請書にこの経験に関する何らかの記載がされるのが自然であるにもかかわらず,この点の記載が一切されていないこと,亡Aの被爆者健康手帳交付申請書には,長崎原爆投下後,亡A及び母らは本件社員寮付近の防空ごうにとどまった旨明確に記載されていること,証人Iは,実際に亡Aを含む家族全員が,本件社員寮を出発し,又は帰宅するのを目撃したのではなく,gへ実際に避難したとの点は,証人Iの推測の域を出るものではないこと等を考慮すると,亡Aを含む家族全員が,長崎原爆投下の数日後に本件社員寮とgとの間を徒歩で往復し,その途中で爆心地付近を通過した旨の証人Iの供述及び前記
聴取書は,いずれも採用することができないというべきである。
また,前記長姉の供述録取書(前記(ア)a)は,自ら及び亡Aを含む家族全員が,長崎原爆投下の数日後に本件社員寮とgとの間を徒歩で往復し,その途中で爆心地付近を通過した旨が具体的に記載されたものである。しかしながら,仮に,真実,自ら亡Aを含む家族全員で,本件社員
寮からgまでの片道約20km(往復約40km)もの長距離を徒歩で移動し,その途中で長崎原爆により甚大な被害を受けて凄惨な状況であった爆心地付近を通過した経験が実在するのであれば,亡A,母,長兄及び次兄の被爆者健康手帳の各交付申請の際にも,各申請書にこの経験に関する何らかの記載がされるのが自然であるにもかかわらず,この点の記
載が一切されていない(なお,亡Aらの前記各申請書には,長姉の作成した被爆証明書が添付されているところ,母,長兄及び次兄の各申請書に添付された被爆証明書(いずれも昭和44年6月19日付けのもの)の原子爆弾がおちたあと申請人が爆心地方面に立ち入ったことを証明する場合の項目は,いずれも空欄のままである(乙B7の4
~6)し,亡Aの申請書に添付された被爆証明書(昭和56年9月11日頃作成のもの)の申請者に関することの項目中の

被爆事実について(申請者が直接被爆したこと,入市したこと,救護などしたことは,次のようないきさつから知っています。)

との項目には,

8月9日の被爆時は上記の寮で昼食の用意をしていた。

との記載がされているにとどまり,家族全員で爆心地付近を通過したこと等の記載はされていない(乙B21)。)こと,亡Aの被爆者健康手帳交付申請書に
は,長崎原爆投下後,亡A及び母らは本件社員寮付近の防空ごうにとどまった旨明確に記載されていること等に鑑みると,前記長姉の供述録取書の内容は,不自然なものであって,容易に採用することができないというべきである。
(ウ)

そして,他に,亡Aを含む家族全員が,長崎原爆投下の数日後に爆
心地付近を経由して本件社員寮とgとの間を徒歩で往復したことを認めるに足りる証拠はない。

(3)
したがって,原告Aの前記主張は,採用することができない。
亡Aの被爆後の健康状態等について
原告Aは,亡Aは,被爆するまでは健康な少年であったが,被爆後は,発
熱やのどの痛みに悩まされ,のどの痛みは継続し,中学校卒業くらいまで,よく扁桃腺が腫れ,高熱を出したほか,倦怠感に悩まされた旨主張し,N病院のソーシャルワーカーによる亡Aからの聴取書(乙B11)には同旨の記載がある。
しかしながら,前記聴取書には,亡Aが,被爆後,本件社員寮とgを往復した際に入市した旨の記載があるとともに,当該入市後,前記のような健康状態の不良があった旨の記載がされているところ,当該入市の事実があったものと認めることができないことは前記(2)の検討のとおりであり,当該入市
後に生じたとする前記の健康状態の不良に関する記載を含め,直ちに採用す
ることは困難である(なお,前記聴取書によっても,入市以前と比べて発熱やのどの痛みがひどくなった時期やその程度等の詳細は具体的に明らかではない。)。そして,ほかに,前記の健康状態の不良を認めるに足りる証拠もない。
したがって,原告Aの前記主張は,採用することができない。
(4)

亡Aの飲酒量等について
原告Aは,亡Aは,毎日の飲酒はなく,営業上の接待をする際に飲酒する
のが主であった旨主張するので,以下,検討する。

亡Aが毎年1~2回程度受診する被爆者健康診断の問診票(昭和63年~平成13年の一部。甲B46)には,お酒を飲みますかの問いに一貫してはいに丸が付けられ,その量について,ビールについては,1日小若しくは中1本又は0.5本と記載されているほか,これに

加え,ウィスキーについて1日1杯と記載されていることがある。イ
また,亡Aの診療録には,亡Aから聴取した内容として,次の記載がある。
(ア)

a
N病院の診療録(乙B17)
平成20年2月5日

2/4~胃痛,下痢あり。飲み過ぎだと思う。


b
平成21年2月6日
年末~ほぼ毎日飲酒(3合/day)+ウイスキー4~5杯/day来週から飲み会が更に増える
c
平成21年12月3日

12/2~下痢あり。胃痛あり。飲み過ぎたと思う

2日酔でしんどいビール350ml1本洋酒ロック4~5杯/日飲む
仕事のため止めれず
(イ)
a
V病院の診療録(甲B11,乙B16)
平成24年8月29日最終更新
お酒ウイスキー2杯/日
b
問診票(平成24年8月頃作成)
12.お酒を飲みますか?の項目の飲むにチェックマーク
が入れられ,40年前から飲んでいるとの記載がある。


前記ア及びイの各記載を踏まえると,亡Aは,少なくとも30歳代頃から,飲酒するようになり,少なくとも50歳代頃から,ほぼ毎日ビールを
小瓶又は中瓶で0.5~1本程度飲み,時にウイスキーも飲み,少なくとも平成20年頃以降は,連日にわたりアルコールを多量に摂取することがあり,そのために,二日酔い,胃痛等の体調不良が生じるなどし,大腸がんが発見された平成24年8月の時点においても,ほぼ毎日ウイスキーを2杯程度飲んでいたことが認められる。

そうすると,亡Aの飲酒量等は,原告Aが前記アのとおり主張する程度にとどまっていたものということはできず,同主張は,採用することができない。
3
放射線起因性について

(1)

亡Aの放射線被曝の程度について
まず,亡Aの被爆状況についてみると,亡Aは,長崎原爆投下時,爆心地から直線距離にして約4.
3km離れている本件社員寮にいたものである
ところ(前記認定事実(1),(2)ア,前記2(1)),爆心地から約4km以上離れた地点における初期放射線の推定被曝線量は0であるなどとする証
拠(甲A204,証人S)及び弁論の全趣旨によれば,DS02においても,爆心地から約1500m以遠等の遠距離の地点において初期放射線による被曝線量を過小評価している可能性を完全には否定することができないこと(前記第1の2(1))を踏まえても,初期放射線による推定被曝線量は有意な程度ではなかったと考えられる。

他方で,
亡Aが当時いた本件社員寮は,
長崎原爆の爆風でガラスが割れ,
室内の厚い扉が轟音を立てて外れるなどしていることからすると(前記認定事実(2)ア),その爆風に乗って,誘導放射化した大量の粉じん等が本件社員寮付近に飛散した可能性も否定できない。そうすると,亡Aは,当該粉じん等が衣服,
髪,
皮膚等に付着するなどして外部被曝した可能性や,
呼吸等を通じて体内に取り込むなどして内部被曝した可能性があるということができる。


次に,
亡Aの被爆後の状況についてみると,
亡Aは,
長崎原爆投下後も,
本件社員寮にとどまり,片付けなどをしていたのであって(前記認定事実(2)イ)爆心地付近に立ち入ったと認めることはできない

(前記2(2))

また,亡Aについて,長崎原爆投下後,昭和62年8月(49歳)頃まで
は,
特段の健康状態の不良があった事実を認めることもできない
(同(3))

さらに,長崎原爆については,爆心地からほぼ真東に約3kmの地点に位置するc地区(乙A63・212頁の図2)において,長崎原爆投下後に激しい降雨があったことにより,放射性降下物が降下したことが確認されている(前記第1の2(3))一方,本件社員寮が位置する長崎市e町は爆心地
からほぼ真南に約4.3kmの地点にあり(前記認定事実(1)),同地点において,降雨等による放射性降下物の降下があったことを認めるに足りる証拠もない。そうすると,前記第1の2(5)アのとおり,遠距離被爆者に生じた症状(出血傾向,脱毛,下痢等)について,初期放射線のみによる外部被曝が主たる原因であると理解することは困難であって,むしろ誘導放
射化した大量の粉じん等や放射性降下物から発せられる放射線により外部被曝及び内部被曝をしたことによるものとみるのが,自然かつ合理的であると解されることを踏まえてもなお,亡Aについて,初期放射線以外による外部被曝又は内部被曝をした可能性があるということはできるものの,これを具体的に認めることは困難である。

この点について,原告Aは,①本件社員寮は,爆心地との間に丘陵その他の障害物がない地域にあり,その厚い扉が破損するほどの強力な爆風を受けるなどしており,爆心地付近から拡散された誘導放射化した粉じんや放射性降下物の微粒子を相当量含む粉じん等が積もったり浮遊したりしていたと考えられるから,亡Aは,本件社員寮において長期間生活することで,相当量の残留放射線を外部被曝するとともに,飲食物と共にかなりの放射性物質を体内に取り込んだり,屋外にいた際等において衣服や肌に前記粉じん等を接触させて吸収し続けたりするなどして内部被曝をすることで,相当量の放射線を被曝した可能性があり,このことは,②K論文において,広島原爆の爆心地から4.1kmで被爆した女性の肺組織からアルファ線が出ていることが確認されたことや,
爆心地から約3kmのc地区

において黒い雨として放射性降下物が降下したとされていること等からも明らかである旨主張し,③亡Aの被爆者健康診断を担当してきたS医師も,長崎原爆の投下により爆心地付近で発生した放射性物質等が,同付近で発生する激しい上昇気流に乗って水蒸気と共に上空に吸い上げられ,爆心地から約3~4kmの地点において,
上空で水蒸気が冷えてできた水に混

じり,放射性降下物として地上に降下するので,放射性降下物による被曝という観点では,同地点が最も危険である旨供述(証人S,意見書(甲B33))する。
しかしながら,前記③については,証人Sが供述する経過による放射性降下物が降下した事実が認められ得る(このこと自体は,甲A103等に
よっても裏付けられる。)としても,そのことをもって,長崎原爆の爆心地から約3~4kmの地点に,
満遍なく相当量の放射性降下物の降下があっ
たという事実が認められることにはならないし,また,亡Aが居住するとともに被爆した場所でもある本件社員寮の位置する長崎市e町において,相当量の放射性降下物の降下があったという事実が認められることにも
ならない。また,前記②についてみると,K論文における症例は,広島原爆投下後に特に多く黒い雨が降ったとされるb地区において被爆し,畑の野菜を食べるなどして自宅で約2週間過ごした女性についてのものであるところ(甲A204),このようなb地区の症例や,c地区における事例等を踏まえても,
長崎原爆の爆心地から約3~4kmの地点に満遍なく相
当量の放射性降下物の降下があったという事実が認められることにはならないし,長崎市e町において,相当量の放射性降下物の降下があったと
いう事実が認められることにもならないない。
したがって,前記証人Sの供述から,亡Aについて,初期放射線以外による外部被曝又は内部被曝の具体的な可能性を認めることは困難であって,原告Aの前記主張は,採用することができない。

そこで,亡Aの健康状態等(前記認定事実(3)ア)から,初期放射線以外による外部被曝又は内部被曝をした可能性について検討する。
原告Aは,亡Aは,平成23年8月の被爆者健康診断における内視鏡検査において,食道に異常が認められていないにもかかわらず,平成24年8月の同検査及びその後の詳細な検査において,食道の内腔の壁のうち5
分の2程度に病変がみられるなどの進行性の食道がん(ステージⅢ。予後が悪いとされる。)と診断されるに至り,かつ,根治手術を受け,予後は良好であったにもかかわらず,食道がんが再発して平成27年3月に死亡したのであり,このようなあまりにも急速な食道がんの進行及び転帰の原因としては,放射線被曝以外に考えられない旨主張し,S医師は,これに
沿う供述(証人S,意見書(甲B33))をする。
そこで検討すると,証拠(乙A510,511,563)によれば,①がん(悪性腫瘍)は,一般的に,増殖性が高く,発育が早い上に,しばしば無秩序に過剰な増殖をするために,最終的に細胞壊死や出血を伴うことがあること,②がんは,病期(Ⅰ~Ⅳ期)が上になるに従い,予後(病気
や治療などの医学的な経過についての見通し)は不良となること,③がんの根治手術においては,がんをすべて取り除くことを目標として,がんそのものの切除に加えて,がんの再発や転移が起こらないように,がんが広がっている可能性がある臓器や組織なども含めて切除することがあること,④ある特定のがんと診断された人のうち5年後に生存している人の割合が,日本人全体で5年後に生存している人の割合に比べてどのくらい低いかで表した5年相対生存率(100%に近いほど治療で生命を救うことのでき
るがんとなる。においては,

男性全体
(平成18年~同20年の診断例)
で59.1%であるのに対し,部位別でみると,食道がんは36.0%と低くなっていることが認められる。以上の各事実によれば,がんは,一般的に,
増殖性が高くて発育が早く,
根治手術が選択された場合であっても,
その病期に従い予後が悪い場合があり得,特に,食道がんは,5年相対生
存率が全体の中でも低いということができるから,
前記認定事実(3)アのと
おりの亡Aの食道がんに係る治療等の経過に関して,前記証人Sの供述のとおり,その進行及び転帰が早いと評価できるとしても,これは,食道がんに一般的にみられる前記の各特徴を備えたものであるということができるのであって,放射線被曝という観点を抜きにして説明し難いものである
ということはできない。
したがって,原告Aの前記主張は,採用することができない。

以上検討したところによれば,亡Aは,誘導放射化物質及び放射性降下物から発せられる放射線による外部被曝及び内部被曝を受けた可能性があるということができるものの,それ以上に進んで,その放射線被曝量が
どの程度かを具体的・定量的に認めることはできないといわざるを得ない。(2)

亡Aの申請疾病(食道がん)の危険因子について
前記第1の3(1)で説示したとおり,
一般的には,
本件A申請に係る申請
疾病たる食道がんと放射線被曝との関連性を肯定することができるとい
うべきであるが,亡Aに係る食道がんの放射線起因性の証明の有無(原子爆弾の放射線への被曝の事実が食道がんを招来した関係を是認し得る高度の蓋然性が認められるか否か)を経験則に照らして判断するに当たっては,当該食道がんに係る他の原因(危険因子)の有無及び程度を考慮する必要がある(前記第1の1(2)。なお,この見地からは,危険因子があるからといって,食道がんと放射線被曝との間の関連性が直ちに否定されるわけではないことは,当然のことである。)。

そして,食道がんの危険因子としては,加齢(年齢)及び性差,飲酒歴,喫煙歴のほか,野菜・果物の摂取不足,熱い食事等が挙げられている(前記第1の3(1)ア(ウ))ため,以下,亡Aに係る食道がんについて問題となる危険因子の有無及び程度を検討する。

危険因子の有無及び程度
(ア)

加齢(年齢)及び性差
食道がんは,
中高年男性
(50歳以上,
特に60~70歳)
に好発し,

全体の年代の約68%を占め,全体の性別では男女比が6:1と男性に多い(前記第1の3(1)ア(ウ))。
亡Aは平成24年8月に食道がんが発見された時点において74歳で
あり,食道がんを好発する前記の中高年男性に当たるということができる。
したがって,亡Aには,加齢(年齢)及び性差という食道がんの危険因子を有していたと認められる。
(イ)

飲酒歴
飲酒歴と食道がんの関連性についてみると,後掲の証拠によれば,①
飲酒したことがある人の群では,
飲酒したことのない人の群と比較して,
食道がんの発生リスクは3.3倍高く,アルコール摂取量が1日当たり30g以上の場合,食道がんの90%を占める食道扁平上皮がんの罹患率比は4.61となる旨の報告(乙A516),②(a)飲酒を続けている人は,飲酒をしない人と比較して,ハザード比(罹患率比又は死亡率比に相当し,これが1より大きい場合,ある疾患へのかかりやすさが対照群より高いということを意味する。)が2.40であり,1日当たりのアルコール摂取量が増えるにつれ,
ハザード比は上昇し,
(b)アルコール
22gを1単位とした場合の1日当たりの1.0~1.9単位の飲酒量の場合には1.58,(c)2.0~2.9単位の飲酒量の場合には3.74,(d)3.0単位以上の飲酒量の場合には6.39にまで上昇する旨の報告(2005年(平成17年)6月付け(乙A517)。なお,以上の(a)~(d)の95%信頼区間はいずれも1以上である。),③平成2年(1990年)から平成16年(2004年)まで,中年以上の日本人
男性約4万5000人を追跡調査した大規模な多目的コホート研究における,非飲酒者と比べ,毎日1単位(日本酒1合=アルコール度数15度なら1合(アルコール20g)。乙A515参照)未満飲酒している飲酒者のリスクは1.6倍,毎日1単位以上2単位未満の飲酒者で2.6倍,毎日2単位以上の飲酒者であれば4.6倍であった旨の報告があ
ることが認められる。また,前記②については,JointEffects論文においても,前記②の各数値をやや下回る数値が確認されている(甲B15のTable5。ただし,前記②のうち,(a)について2.28,(b)について1.48,(c)について3.34,(d)について4.62であり,(b)を除き,信頼区間は1以上である。)。

亡Aは,
前記認定事実(3)イ(イ)のとおり,
少なくとも30歳代頃から,
飲酒するようになり,少なくとも50歳代頃から,ほぼ毎日ビールを飲み,時にウイスキーも飲み,少なくとも平成20年頃以降は,これに加え,連日にわたりアルコールを多量に摂取することがあり,大腸がんが発見された平成24年8月の時点においても,ほぼ毎日ウイスキーを2
杯程度飲んでいたものであるところ,ウイスキー2杯が仮にいずれもシングルであるとすれば,ほぼ毎日ウイスキーダブルを1杯(アルコール20g。乙A515参照)程度飲んでいたこととなり,前記各報告に照らし,食道がんの発生リスクを高めるものであるということができる。しかも,亡Aは,平成20年頃以降は,例えば,ほぼ毎日日本酒3合及びウイスキー4~5杯等を飲酒する時期があり
(前記2(4)イ(ア)b。
3合/dayは,日本酒を指すものと解される。),これを前提にすると,日本酒だけでもアルコール60gを摂取していることとなるから,食道がんの発生リスクは更に高まることとなる。
以上によれば,
平成24年8月に食道がんが発見された時点において,
食道がんに係る危険因子としての飲酒歴の程度は高かったといわざるを
得ない。
(ウ)

喫煙歴
飲酒歴と食道がんの関連性についてみると,食道がんによる死亡に係
るハザード比について,過去に喫煙をしていた者(Ex-smokers)は,喫煙をしたことがない者(Non-smokers)と比較して,ハザード比は2.71(95%信頼区間1.16~6.36)となる旨の報告(2005年(平成17年)6月付け。乙A517)があることが認められ,JointEffects論文においても,前記ハザード比は2.03(95%信頼区間1.16~3.55)である旨報告されている(甲B15のTable4)。亡Aは,前記認定事実(3)イ(ア)のとおり,喫煙者であったが,平成4
年6月頃以降,禁煙しているというのであるから,前記報告における過去に喫煙をしていた者(Ex-smokers)に当たり,食道がんが発見された平成24年8月までに20年もの禁煙期間が続いているとしても,食道がんに係る危険因子としての喫煙歴が存在するということができる。(エ)

飲酒歴と喫煙歴が複合的に存在する場合
飲酒歴と喫煙歴が複合的に存在する場合についてみると,①前記第1
の3(1)ア(ウ)のとおり,喫煙及び飲酒の両者を併用することで食道がん発生の危険性が増加することが知られており,②JointEffects論文においても,食道がんによる死亡に係るハザード比について,現在も飲酒し喫煙する者は,
飲酒をしたことも喫煙をしたこともない者と比較して,
ハザード比は2.54(95%信頼区間1.18~5.48)である旨報告されている。他方,JointEffects論文においては,過去に喫煙を
していた者は,飲酒をしたことも喫煙をしたこともない者と比較して,ハザード比は1.50(95%信頼区間0.66~3.41)であり,統計学的に有意であるとまでいうことはできないものの,ハザード比自体は1以上であることからすると,前記①の知見と矛盾するものであるということはできない。そして,喫煙歴があるというだけで喫煙歴のな
い者との比較における前記ハザード比は2.71又は2.03となること(前記(ウ))からすると,喫煙歴のある者で飲酒を続けている者について,これらのうちいずれかが存するよりも,食道がんの発生の危険が高まるものというべきである。
亡Aが,喫煙歴のある者で飲酒を続けている者であることはこれまで
の検討から明らかであって,
これらのうちいずれかが存する場合よりも,
食道がんの発生のリスクは高いものということができる。

原告Aの主張に対する判断
(ア)

加齢(年齢)及び性差に関する主張
原告Aは,①加齢(年齢)について,LSS第14報において,被爆
者の全固形がんによる死亡率は,生涯を通じて増大し続けていることが示されており,加齢(年齢)によりがんの好発年齢となることは,放射線被曝の影響を否定するものではあり得ず,②性差について,男性に食道がんの罹患者が多いのは,その生活習慣(喫煙及び飲酒)によるものであって,性差そのものが危険因子となるものではない旨主張する。そこで,前記①について検討すると,LSS第14報(甲A514・B18~20・乙A117)においては,(a)原爆被爆者の全固形がんによる死亡に係る,非被爆者に対する同死亡数の1グレイ当たりの過剰相対リスク(被爆時年齢30歳の人の到達年齢70歳における男女平均は0.42)は,同平均値を基準に,被爆時年齢が10歳若くなるごとに約29%増加し,到達年齢が高齢になればなるほど減少する一方,同様の過剰絶対リスク(前記平均は26.4)は,被爆時年齢が10歳若くなるごとに増加するごとに約19%増加し,到達年齢が高齢になればなるほど増加する旨,
(b)がんの部位別にみると,
食道がんにおける前記過
剰相対リスク(前記平均は0.60)は,同平均値を基準に前記過剰相
対リスクは,被爆時年齢が10歳若くなるごとに約35%減少し,到達年齢が高齢になればなるほど減少する旨(ただし,前記0.60の95%信頼区間の下限はデータがない。)の各報告がされている。そうすると,原爆被爆者の全固形がんによる死亡は,到達年齢が高齢になるに従い,増加するということができるところ(前記(a)の過剰絶対リスク),
殊に,食道がんについてみれば,原爆被爆者であるか否かを問わず,加齢(年齢)がその危険因子とされているのであって(前記イ(ア)),原爆被爆者についても,同様の傾向があることを指摘するにとどまるというべきである。このことは,前記(a)の過剰相対リスクが,到達年齢が高齢になればなるほど減少していること,すなわち原爆被爆者と非被爆者の
各過剰絶対リスクの差が減少していることからもうかがわれる。したがって,前記の各報告から,高齢の原爆被爆者が食道がんにより死亡した場合に,当該食道がんが放射線起因性のある場合があることは否定し得ないにしても,加齢(年齢)自体が,食道がんの重要な危険因子であることもまた否定されないというべきであり,原告Aの前記主張は,採用
することができない。
次に,前記②について検討すると,原告Aの主張は,男性と女性の間には生活習慣(喫煙及び飲酒)に大きな差異があることを前提とするものであると解されるところ,このように解すべき根拠はなく,採用することができない。
(イ)

喫煙歴に関する主張
原告Aは,亡Aは,平成24年8月に食道がんが発見される前の約2
0年間にわたり禁煙しており,その喫煙歴は,食道がんの危険因子としては極めて低かった旨主張する。
そこで検討すると,cessation論文によれば,食道がんのリスクについて,喫煙と飲酒を継続した場合と比較して,飲酒を継続しつつ禁煙を継続した場合,禁煙期間が10年未満であればオッズ比は0.71,10年以上であれば0.28になるとされる(甲B17)。そうすると,禁煙期間が長ければ長いほど,喫煙によるリスクは低下する疫学的知見が存するということはできるところ,他方で,過去に喫煙をしていた者は,喫煙をしたことがない者と比較して,食道がんのリスクを高める旨
の知見が存在することは前記イ(ウ)のとおりであって,
禁煙期間が長いこ
とをもって,食道がんの危険因子としての喫煙歴を無視してよいということにはならないというべきである。
原告Aの前記主張は,
以上の限度で採用することができるにとどまる。
(ウ)

a
飲酒歴及び喫煙歴の複合効果に関する主張
原告Aは,飲酒及び喫煙が相互に影響した場合に食道がんのリスクをどのように増加させるかを研究したJointEffects論文によれば,亡Cは,非喫煙者又は禁煙者に区分されるところ,同区分において,①飲酒歴の有無(飲酒なし,断酒者又は飲酒者)により区分されたハザード比の多くは1未満となり,②飲酒量(1単位未満,1単位以上
3単位未満又は3単位以上)により区分されたハザード比は全てにおいて1未満となることからすると,飲酒及び喫煙が複合したことにより食道がんのリスクを高める要因とはならない旨主張する。
しかしながら,亡Aは,平成4年6月頃に禁煙するまで喫煙していたのであり
(前記認定事実(3)イ(ア))前記区分によれば禁煙者

(Joint
Effects論文におけるEx-smokers)に当たるものである。そして,前記①は,JointEffects論文の1027頁Table6の”Bysmokinganddrinkingstatus”(喫煙及び飲酒状況)の区分中のハザード比を指摘するものであるところ,亡Aは飲酒者(JointEffects論文におけるdrinkers)に当たる(同(イ),前記2(4))から,同区分によれば,ハザード比は1.50(95%信頼区間0.66-3.41)と1を超
えることとなる(Ex-smokers,Drinkersの欄)。そうすると,前記①に係る主張は,亡Aが該当しない区分のハザード比を含めるものであって,前提を欠くというべきである。また,前記②は,前記Table6の”Bysmokedcigarettesandconsumedalcoholinunitsperday”(1日当たりの喫煙本数及び飲酒量別分類)のハザード比を指摘する
ものであるところ,同分類は,非喫煙者(Non-smokers)であるか,1日当たり1本以上の喫煙をする者(1-20(cigarettes/day)又は21+)であるかにより区分され,亡Aが該当する禁煙者はいずれにも含まれないものと解されるから,前記②に係る主張は,亡Aが該当しない区分のハザード比を根拠とするものであって,やはり前提を欠くという
べきである。
なお,
原告Aは,
JointEffects論文に基づき,
前記Table6
の前記①及び②以外の分類におけるハザード比が1未満となるものを列挙するが,前記①以外に禁煙者であるか否かにより分類するものはなく,前記②と同様,前提を欠くというべきである。したがって,原告Aの前記主張は,いずれも採用することができな
い。
b
また,原告Aは,禁煙及び禁酒が食道がんのリスクをどのように減少させるかを研究したcessation論文によれば,長年の禁煙という事実が,食道がんの危険因子としての飲酒・喫煙歴が並存することにより高められたリスクを低下させる要因となることが明らかとなっており,20年にわたり禁煙した亡Aについても,前記リスクは低下している旨主張する。

そこで検討すると,
前記(イ)のとおり,
禁煙期間が長ければ長いほど,
喫煙によるリスクは低下する疫学的知見が存するということはできるところ,他方で,過去に喫煙をしていた者は,喫煙をしたことがない者と比較して,食道がんのリスクを高める旨の知見が存在するのであって,食道がんの危険因子としての飲酒及び喫煙歴が複合することに
より食道がんのリスクが高まること自体は否定し得ないというべきである。
原告Aの前記主張は,以上の限度で採用することができるにとどまる。
(3)

検討
一般的には,本件A申請に係る申請疾病たる食道がんと放射線被曝との関
連性を肯定することができ(前記第1の3(1)),また,亡Aは,誘導放射化した大量の粉じん等から発せられる放射線による外部被曝及び内部被曝を受けた可能性があるということができるものの,それ以上に進んで,その放射線被曝量がどの程度かを具体的・定量的に認めることはできないといわざるを得ない(前記(1))。そして,亡Aは,平成24年8月に食道がんが発見された時点で,食道がんの危険因子としての加齢(年齢)及び性差,飲酒歴並びに喫煙歴を有しており,特に,その飲酒歴は,食道がんの危険因子としての程度も高いことに加えて,喫煙及び飲酒の両者を併用することで食道がん
発生の危険性が増加すること(前記(2)イ(エ))も併せ鑑みると,亡Aが20年にわたり禁煙していたことにより,食道がん発生のリスクが一定程度は低下していたと考えられることを踏まえても,亡Aは,同月の時点において,前記の各危険因子が重畳的に作用して,食道がんが発症したと考えても何ら不自然・不合理ではない。そうすると,亡Aが,長崎原爆の被爆時点で7歳と幼齢であったことや,放射線起因性が認められている甲状腺腫の病歴があること(前記認定事実(3)ア(ア))等を考慮しても,長崎原爆の放射線が亡A
の食道がんを招来したことについて,通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るに足りる程度の高度の蓋然性が証明されたものと認めることはできない。
したがって,亡Aの申請疾病である食道がんについては,放射線起因性を認めることができない。

4
小括
以上の検討によれば,亡Aの申請疾病である食道がんについて,放射線起因性があるものと認めることはできず,要医療性の有無を検討するまでもなく,亡Aの原爆症認定申請を却下した本件A却下処分は適法である。

第3
1
争点3(原告Bの原爆症認定要件該当性)について
認定事実
前記前提事実2(2)並びに掲記の証拠及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が
認められる。
(1)

被爆前の生活状況
原告Bは,2歳7箇月であった昭和20年8月9日当時,長崎市j町k所
在の自宅(爆心地から南南東に約3.5kmの地点)で,母並びにその養母及びその内縁の夫であるOの合計4名で暮らしていた。(甲C2,6,10,13,乙C10,11,原告B本人)
(2)

被爆等の状況
原告Bは,昭和20年8月9日,自宅の南側を流れるj川にかかる石橋の上で町内の子どもらと遊んでいたところ,長崎原爆による光線が上空を走り,唇に何らかの物が当たって怪我をした。原告Bは,母に連れられて,自宅へ避難した。自宅は,爆風により,屋根瓦,障子やふすまが飛び,ガラスが割れるなどし,その周辺は,粉じんが立ち込めた。(甲C2,7~9,原告B本人)

原告Bは,被爆後,自宅において,母の養母が亡くなる小学校4年生のときまで生活した。(原告B本人)

(3)

被爆後の健康状態等
健康状態等
(ア)

原告Bは,被爆後から10歳頃までの間,下痢を繰り返し,通院する
などした。(乙C5,原告B本人)
(イ)

原告B(当時50歳頃)は,平成5年頃,心筋梗塞の診断を受け,経
皮的冠動脈形成術(PCI)を受けた。(甲C5,乙C2,12)(ウ)

原告B(当時60歳)は,平成15年2月7日,胸痛を訴えて救急搬
送され,不安定狭心症,急性心筋梗塞の疑い,高トリグリセライド血症,耐糖能異常等の各診断を受けて入院となり,
冠動脈のうち左前下行枝
(L
AD)6番に100%の狭窄が認められたことから,同月15日,経皮的冠動脈形成術を受け,同月26日,退院した。
原告Bは,前記入院中及び退院時に,糖尿病の治療薬であるベイスン錠並びに高血圧症の治療薬であるディオバン錠,アーチワン錠及びプレ
ラン錠等が処方された。
(甲C5,乙C12~16)
(エ)

原告Bは,平成15年5月8日,前記(ウ)の術後の経過観察のために
入院したところ,冠動脈のうち左前下行枝(LAD)に再狭窄が生じ,左動脈主幹部(LMT)及び左回旋枝(LCX)の起始部に75%の狭窄病変があることが認められ,冠動脈バイパス術を受けることとなり,同月23日,一旦退院した。ところが,原告Bは,同月25日,胸痛発作を訴えて救急搬送されて再入院し,狭心症及び虚血性心疾患のほか,高血圧症及び糖尿病の診断を受け,同年6月11日,冠動脈バイパス術を受けると,同年7月8日,退院した。
原告Bは,前記入院中及び退院時において,前記ベイスン錠,ディオバン錠及びアーチワン錠のほか,高血圧症の治療薬であるプレドリック
錠並びに脂質異常症の治療薬であるリピトール錠等を処方された。(乙C12~15,17)
(オ)

原告Bは,平成16年5月,心臓カテーテル検査をした結果,冠動脈
に複数の狭窄がみられた。(甲C5)
(カ)

原告Bは,平成23年10月4日,救急搬送され,不安定狭心症,高
血圧症,胃潰瘍,高コレステロール血症,陳旧性心筋梗塞及び腰痛症である旨診断を受け,経皮的冠動脈形成術を受けると,同月6日,退院した(乙C12)

生活習慣
原告Bは,20歳頃から,平成15年2月に入院(前記ア(ウ))するまで
の約40年間にわたり,最大1日1箱程度(14~20本)の喫煙習慣を有していたが,同入院以降,禁煙している。(甲C2,5,乙C4,12,原告B本人)
2
事実認定の補足説明
(1)

被爆後の状況について
原告Bは,長崎原爆投下後間もなく,長崎駅の横にある長崎魚市場が再開
すると,同付近にある長崎港に船団を有するOに連れられ,長崎魚市場又は長崎港に頻繁に行った旨主張し,原告Bは,これに沿う供述(原告B本人,陳述書(甲C2))をする。
しかしながら,原告Bが長崎魚市場等に行ったとの事実は,原告Bの被爆者健康手帳交付申請書(昭和48年8月2日受付。乙C5)及びこれに添付された申述書等や,本件B申請に係る申請書(乙C1)においても見当たらないのであって,本件訴訟において初めて主張又は供述されるに至ったものである。そして,ほかに,原告Bが長崎魚市場等に行ったとの事実を裏付ける証拠もないことに照らすと,当該事実を認めることはできない。したがって,原告Bの前記主張は,採用することができない。

(2)

鼻血の有無について
原告Bは,被爆後から,鼻血が止まらずに頻繁に病院に通い,その際,注
射を受けたことがあるばかりか,鼻血が出やすい状況は成人後も続き,特に20歳代,30歳代の頃は,洗面所で洗顔しようと下を向いた際,急に鼻血が流れたり,勤務中に鼻血が止まらなくなったりしたことが何度もあった旨主張し,原告Bは,鼻血は現在まで続いている旨供述(原告B本人,陳述書(甲C2))をする。
しかしながら,原告Bの前記主張を前提にすれば,原告Bは,その被爆者健康手帳交付申請書(昭和48年8月2日受付。乙C5)の受付時点におい
て30歳であり,鼻血の症状が特にひどかった時期に当たり,原告Bの供述によっても,同時点において鼻血は継続していたものと考えられるにもかかわらず,前記申請書に添付された調査票をみると,原爆によると思われる急性症状(おおむね六カ月以内)の鼻血が出たの欄は空欄のままとなっているのであって,同じくげり(下痢)の欄には,20年以上も前の
下痢の症状に関し,いつからの欄に当時,いつまでの欄に10才,ていどの欄に通院と必要事項が記載されていることも併せ考慮すると,原告Bは,前記原爆によると思われる急性症状(おおむね六カ月以内)の各症状欄を通覧した上で,げり(下痢)については,これに相当する症状があったものと認識して必要事項を記載した一方,鼻血が出たについては,これに相当する症状はないものと認識して,同欄に何らかの記載をしなかったものと考えるのが合理的である。この点について,原告Bは,単なる書き忘れもっと真剣に書けばよかった等と供述するところ,以上の説示に照らし,鼻血が出たの欄を空欄のままとしたことの合理的な説明になっているとは言い難い。そして,ほかに,原告Bが主張する鼻血の症状を裏付ける証拠もないことに照らすと,当該症状を認めることはできない。

したがって,原告Bの前記主張は,採用することができない。
3
放射線起因性について
(1)

原告Bの放射線被曝の程度について
まず,原告Bの被爆状況についてみると,原告Bは,長崎原爆投下当時,爆心地から直線距離にして約3.
5km離れている自宅付近の屋外にいたも
のであるところ(前記認定事実(1),(2)ア),DS02に依拠するならば,その推定被曝線量は約0.8ミリグレイとごくわずかである上に(乙A112,113),W医師も,前記の距離であれば,被曝した放射線の種類は被曝初期放射線よりも誘導放射線等が主となる旨供述している(証人
W)。そうすると,爆心地から約1500m以遠等の遠距離の地点において初期放射線による被曝線量を過小評価している可能性を完全には否定することができないこと(前記第1の2(1))を踏まえても,初期放射線による推定被曝線量は有意な程度ではなかったと考えられる。
他方で,長崎原爆の爆風により,原告Bの自宅は一部破損し,その周辺
に粉じんが立ち込めているところ,その粉じんの中には,爆心地付近における初期放射線により誘導放射化し,爆風に乗って自宅付近に飛散した粉じんが含まれている可能性は十分にあるというべきであり(前記第1の2(2)ウ),そのことは,新審査の方針において,固形がんや放射線起因性のある心筋梗塞について,爆心地から約3.5km以内の地点において直接被
爆した場合に,原則として,放射線起因性を積極的に認定することとされていたこと(前記関係法令等の定め4(2)ア(ア)a)からも裏付けられるというべきである。そして,原告Bは,前記のとおり,当時屋外におり,しかも,唇に何らかの物が当たって怪我をしたというのであるから(前記認定事実(2)ア),原告Bが,これらの粉じん状の放射性物質を,前記怪我の傷口から,
あるいは呼吸等により体内に取り込むなどして内部被曝したり,
前記放射性物質が衣服,頭髪及び皮膚等に付着するなどして外部被曝した
りした可能性(誘導放射化物質から発せられる放射線による外部被曝及び内部被曝の可能性)があるというべきである。

次に,原告Bの被爆後の状況についてみると,原告Bは,被爆後,前記自宅において,母の養母が亡くなる小学校4年生のときまで生活したもの
であるところ(前記認定事実(2)イ),長崎駅(爆心地から南南東に約2.5km。甲C6,10)の横にある長崎魚市場等に頻繁に行った事実を認めることができない(前記2(1))。さらに,長崎原爆については,爆心地からほぼ真東に約3kmの地点に位置するc地区
(乙A63・212頁の図2)
において,長崎原爆投下後に激しい降雨があったことにより,放射性降下
物が降下したことが確認されている(前記第1の2(3))一方,自宅が位置する長崎市j町は爆心地から南南東に約3.5kmの地点にあり(前記認定事実(1)),同地点において,降雨等による放射性降下物の降下があったことを認めるに足りる証拠もない。
そうすると,
前記第1の2(5)アのとおり,
遠距離被爆者に生じた症状(出血傾向,脱毛,下痢等)について,初期放
射線のみによる外部被曝が主たる原因であると理解することは困難であって,むしろ誘導放射化した大量の粉じん等や放射性降下物から発せられる放射線により外部被曝及び内部被曝をしたことによるものとみるのが,自然かつ合理的であると解されることを踏まえてもなお,原告Bについて,その被爆後の状況から,初期放射線以外による外部被曝又は内部被曝をし
た可能性があるということはできるものの,これを具体的に認めることは困難である(なお,原告Bについて,被爆後に下痢の事実があったことは前記認定事実(3)アのとおりであるところ,
下痢自体は,
日常生活において
も発現し得るものである上に,原告Bに係る下痢の頻度,程度等の詳細は具体的に明らかではない。)。
この点について,
長崎原爆の爆心地から約3~4kmの地点に満遍なく相
当量の放射性降下物の降下があったとか,長崎市j町において,放射性降
下物の降下があったと認めることができないことは,
前記第2の3(1)イに
おいて説示したところと同様である。

そこで進んで,原告Bの被爆後の健康状態等について検討する。
(ア)

まず,
原告Bが作成した被爆者健康手帳交付申請書
(昭和48年8月

2日受付。乙C5)に添付された調査票には,下痢以外の症状の記載がないことが認められ,その他の本件証拠を精査しても,原告Bに長崎原爆被爆による放射線被曝により,下痢以外の急性症状が現れたとは認めることができない。そして,当該下痢については,前記イのとおり,その頻度等は明らかではない。

(イ)

次に,その他の症状等について検討する。
原告Bは,平成5年,50歳で心筋梗塞を発症し,その後,通院を継
続するも,狭窄を繰り返しているのであり,その原因としては,放射線による内部被曝があり,生涯にわたって心臓に対する傷害が進んでいることが考えられ,そのことは,K論文(甲A204)において,b地区において被爆した女性の肺組織内において,被爆から53年後にアルファ線の飛跡が確認されたことからも裏付けられる旨主張し,W医師は,これに沿う供述(証人W,意見書(甲C3))をする。
そこで検討すると,原告Bは,①平成15年2月7日に入院し,冠動脈に狭窄が認められたものの,平成5年に心筋梗塞を発症した後も,当
該入院の時点までは,喫煙を継続していた上(前記認定事実(3)イ),当該入院時に,高トリグリセライド血症,耐糖能異常等の各診断を受けたほか,入院中又はその退院時に,糖尿病及び高血圧症の各治療薬の処方を受け(同ア(ウ)),②同年5月8日に冠動脈に再狭窄が生じ,また,別の部位に狭窄が広がっていることが認められたものの,同時に,高血圧症及び糖尿病の診断を受け,入院中又は退院時に,これらの治療薬の処方を受け(同(エ)),③平成23年10月4日に救急搬送された際も,不
安定狭心症に加え,高血圧症,高コレステロール血症の診断を受けたものであるところ(同(カ)),以上の糖尿病,高血圧症,耐糖能異常及び脂質異常症(高トリグリセライド血症や高コレステロール血症が含まれる。)は,心筋梗塞及びその原因となる動脈硬化の危険因子であり,前記①~③の各時点において,これらの危険因子を複数有していたという
ことができる。そうすると,通院を継続していたにもかかわらず前記①~③の冠動脈の狭窄等が繰り返される原因としては,以上の危険因子を複数有していたことが考えられるのであって,K論文における症例のとおり,内部被曝が長期間継続する場合があることは否定し得ないとしても,
原告Bについても同様であるとまでいうことは困難である。
そして,

前記②と③の間に,原告Bが主張するとおり,原告Bについて,平成15年5月,平成16年5月及び平成18年6月に冠動脈の狭窄が見られたとしても(なお,平成16年5月及び平成18年6月については,本件証拠をみても,狭窄があったことを認めるに足りない。),その間においても,前記の各危険因子は存したものとうかがわれることからする
と,前記の判断を左右するものではない。
したがって,原告Bの前記主張は,採用することができない。

以上検討したところによれば,原告Bは,誘導放射化物質から発せられる放射線による外部被曝及び内部被曝を受けた可能性があるということが
できるものの,それ以上に進んで,その放射線被曝量がどの程度かを具体的・定量的に認めることはできないといわざるを得ない。
(2)

原告Bの申請疾病(心筋梗塞)の危険因子について
前記第1の3(2)で説示したとおり,
一般的には本件B申請に係る申請疾
病たる心筋梗塞と放射線被曝との関連性を肯定することができるというべきであるが,原告Bに係る心筋梗塞の放射線起因性の証明の有無(原子爆
弾の放射線への被曝の事実が心筋梗塞を招来した関係を是認し得る高度の蓋然性が認められるか否か)を経験則に照らして判断するに当たっては,当該心筋梗塞に係る他の原因(危険因子)の有無及び程度を考慮する必要がある(前記第1の1(2)。なお,この見地からは,危険因子があるからといって,動脈硬化やこれを原因とする心筋梗塞と放射線被曝との間の関連
性が直ちに否定されるわけではないことは,当然のことである。)。そして,
動脈硬化又は虚血性心疾患の危険因子としては,
脂質異常症
(高
LDLコレステロール血症,高トリグリセライド血症又は低HDLコレステロール血症),高血圧症,喫煙,糖尿病,加齢,肥満等が挙げられている(前記第1の3(2)ア(ウ))ため,以下,原告Bに係る心筋梗塞について
問題となる危険因子の有無及び程度を検討する
(なお,
①AHS第8報
(甲
A504・乙A570)は,心筋梗塞につき有意な二次線量を認めた上で(同イ(ア)e),喫煙や飲酒の因子を調整しても結果は変わらなかったとし,②H論文も,心疾患の放射線リスクを認めた上で,喫煙,アルコールの摂取量,教育,職業,肥満(BMI肥満度指数),糖尿病等の交絡因子
(当該要因とリスクの間の関連性をゆがめる他の因子。本件でいえば,放射線被曝と心筋梗塞の関連性をゆがめる因子。乙A110参照)を調整しても,心疾患の放射線リスクの評価にほとんど影響を及ぼさなかったとしているが,このような交絡因子の調整は,一般的な疫学的因果関係の判断のために行われるものであるから(乙A107),これによっても,個々
の具体的事例において心疾患が他の危険因子によって発症したものとみることが否定されるものではなく,申請疾病たる心筋梗塞に係る放射線起因性の証明の有無を経験則に照らして判断するに当たっては,当該心筋梗塞に係る危険因子の有無及び程度の検討が必要というべきである。)。イ
危険因子の有無及び程度
(ア)

喫煙
証拠(乙A538,541)によれば,喫煙と虚血性心疾患との関連
について多くの調査が行われ,喫煙が虚血性心疾患の発症率及び死亡率を高めていることが証明されており,例えば,①MRFIT試験(多危険因子介入試験)においては,1日1~25本喫煙した場合の相対危険率は2.1であり,25本以上では2.9と高くなっているとされていること,日本人の場合,喫煙者での虚血性心疾患の相対危険率は,非喫煙者に比し,男性1.73と高くなっているとされていること,②諸外国のデータでも,喫煙と合併する主要危険因子(高血圧,脂質異常症,糖尿病)が重なると,死亡,心筋梗塞のリスクを20倍高くし,このことは,日本の大規模調査でも明らかにされていること,③煙草の粒子成
分の一つであるCOは,組織酸素欠乏を生じさせ,また動脈硬化の促進因子であり,活性酸素は,細胞の酸化過程や炎症に関与し,虚血性心疾患を進行させるとされていることが認められる。
原告Bは,20歳頃から,平成15年2月に入院するまでの約40年間にわたり,1日1箱程度(14~20本)の喫煙習慣を有していたも
のであり(前記認定事実(3)イ),申請疾病である心筋梗塞を発症した平成5年頃においても,
同程度の喫煙をしていたものと認められるところ,
前記の各知見等に照らすと,心筋梗塞の危険因子としての喫煙の程度は相当高いということができる。
(イ)

加齢(年齢)
動脈血管は加齢に連れて少しずつ傷が付くなどすることから,
加齢は,

動脈硬化性疾患及び虚血性心疾患の独立した危険因子とされ,男性の場合,45歳から冠動脈疾患による死亡率や発症率が上昇し,年齢層が上がるに連れて,動脈硬化性疾患のリスクが明らかに増加するとの調査結果や,急性心筋梗塞発症は50歳代から増加がみられ,虚血性心疾患は高齢者で圧倒的に多く,70歳以降で発症率がピークとなる研究結果があり,動脈硬化性疾患予防ガイドライン(2006年改訂版)」
(乙

A508)及び同(2012年改訂版)(乙A538)によれば,虚血性心疾患の危険因子としての年齢要因は,男性については45歳以上とされている(乙A508,538,542,543)。
原告Bの心筋梗塞発症年齢(平成5年頃)は,冠動脈疾患による死亡率や発症率が上昇するとされ,前記ガイドラインにおいても虚血性心疾
患の危険因子とされている45歳を超えていた(50歳であった。)から,加齢という心筋梗塞の危険因子を有していたと認められる。

原告Bの主張に対する判断
(ア)

喫煙に関する主張
原告Bは,20歳から心筋梗塞を発症した50歳までの間,1日1箱
にいかない程度(14~20本)の喫煙をしていたにとどまり,その本数の少なさに鑑みても,心筋梗塞を発症させるに足りるものということはできない旨主張する。
しかしながら,前記イ(ア)のとおり,MRFIT試験(多危険因子介入試験)においては,1日1~25本喫煙した場合の相対危険率は2.1であり,25本以上では2.9と高くなっているとされているのであって,前記の1日当たり14~20本の喫煙量が,決して少量であるということはできず,心筋梗塞を発症させるに足りないとまでいうことはできない。

(イ)

加齢(年齢)に関する主張
原告Bは,①法が,その前文において,被爆者の高齢化を前提としていることからすると,被爆者が高齢であるという事実を,放射線起因性を否定する事情に用いることは妥当でない,②また,平成24年発表の原爆放射線の人体影響改訂第2版(甲A513)によれば,放射

線被曝に関連してみられる免疫系の変化の多くは加齢に伴って免疫機能が衰退して行く様相と類似しており,放射線被曝によって免疫老化が促進される可能性があり,免疫老化の促進に伴って炎症応答が増強され,それにより炎症が関わる疾患発生のリスクが高くなる可能性があるとされ,Pら原爆放射線のヒト免疫応答におよぼす影響(甲A511)によれば,1グレイの放射線被曝は約9年の免疫学的加齢に相当する効
果を示すことが分かったとされていること等からすると,加齢は放射線起因性を否定する理由にはならないというべきである旨主張する。そこで検討すると,①法は,その前文において,

高齢化の進行している被爆者に対する保健,医療及び福祉にわたる総合的な援護対策を講じ(中略)るため,この法律を制定する。

と規定しているものの,法
を通覧しても,
申請疾病の一般的な危険因子として加齢が存する場合に,
当該申請疾病に係る放射線起因性の有無を判断するに当たり,加齢を考慮することを禁じる旨の規定は見当たらない。
また,②原告Bの主張するように,放射線被曝によって免疫老化が促進される可能性がある,1グレイの放射線被曝は約9年の免疫学的加齢
に相当する効果を示すことが分かった等の見解は存するものの,原告Bについては,受けた放射線被曝量がどの程度かを具体的・定量的に認めることができないことは前記(1)のとおりであって,
本件記録を精査して
も,
1グレイの放射線被曝を受けたと認めることはできない上に,
また,
前記のような可能性があること自体は否定できず,申請疾病の放射線起
因性の証明の有無(原子爆弾の放射線への被曝の事実が申請疾病を招来した関係を是認し得る高度の蓋然性が認められるか否か)を経験則に照らして判断するに当たって,この可能性の存在を考慮すべきであるとしても,そうであるからといって,当該申請疾病に係る一般的な危険因子として加齢が存する場合に,一律に加齢を考慮すべきでないということにはならない。
したがって,原告Bの前記各主張は,いずれも採用することができな
い。
(3)

検討
一般的には,本件B申請に係る申請疾病たる心筋梗塞と放射線被曝との関
連性を肯定することができ(前記第1の3(2)),また,原告Bは,誘導放射化物質から発せられる放射線による外部被曝及び内部被曝を受けた可能性があるということができるものの,それ以上に進んで,その放射線被曝量がどの程度かを具体的・定量的に認めることはできないといわざるを得ない(前記(1))。そして,原告Bは,平成5年頃の心筋梗塞発症の時点で,心筋梗塞に係る危険因子としての喫煙を有しており,それらの程度も高く(前記(2)
ア,イ(ア)),また,虚血性心疾患の危険因子とされている45歳を超える50歳であったこと(同(イ))に加えて,心筋梗塞を含む虚血性心疾患に関しては,保有している危険因子が多いほど,その原因となる動脈硬化が加速度的に速まるとされていること(前記第1の3(2)ア(ウ))も併せ鑑みると,心筋梗塞の症状やその推移(前記認定事実(3)ア(イ)~(カ))に照らしても,原告B
は,同月の心筋梗塞発症の時点で,喫煙及び加齢(年齢)という心筋梗塞に係る危険因子を有していたところ,これらが重畳的に作用して,心筋梗塞が発症したと考えても何ら不自然・不合理ではない。そうすると,原告Bが,長崎原爆の被爆時点で2歳7箇月と幼齢であったことや,前記発症時点において,客観的に,脂質異常症,高血圧及び糖尿病等の危険因子を有していた
ことを認めるに足りる証拠はないこと,放射線被曝によって免疫老化が促進される可能性があるとの見解があること等を考慮しても,長崎原爆の放射線が原告Bの心筋梗塞を招来したことについて,通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るに足りる程度の高度の蓋然性が証明されたものと認めることはできない。
したがって,原告Bの申請疾病である心筋梗塞については,放射線起因性を認めることができない。

4
小括
以上の検討によれば,原告Bの申請疾病である心筋梗塞について,放射線起因性があるものと認めることはできず,
要医療性の有無を検討するまでもなく,
原告Bの原爆症認定申請を却下した本件B却下処分は適法である。
第4
1
争点4(亡Cの原爆症認定要件該当性)について
認定事実
前記前提事実2(3)並びに掲記の証拠及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が
認められる。
(1)

被爆前の生活状況
亡Cは,4歳7箇月の昭和20年8月9日当時,長崎市l町m番地所在の
叔父方(爆心地から南南東に約4.4kmの地点)に,父母,姉及び弟と共に疎開し,生活していた。(甲D1,20,乙D4,5,16,亡C本人)(2)

被爆等の状況
亡Cは,昭和20年8月9日,叔父方内で遊んでいたところ,長崎原爆により,建具が倒れたりガラスが割れたりした。亡Cは,当時叔父方にいた母,姉及び弟と共に,自宅付近の防空ごうに避難した。(乙D1,4,5,7)

イ(ア)

亡Cは,防空ごうにおいて,勤務先であるX造船所(当時の長崎県西
彼杵郡のt島所在。乙D16参照)から駆け付けた父と合流すると,叔父方へ戻り,昭和20年8月9日午後4時頃,父と共に父の知人を探しに行くこととし,歩いたり父におぶわれたりしながら,長崎市n町,県庁付近,長崎駅付近を経由して爆心地に近づくなどしたが,日が暮れる頃に中断し,叔父方へ戻った。
亡Cは,その翌日及び翌々日も,父と共に,父の知人が暮らす長崎市o町や爆心地から0.5kmのp町を歩くなどした。
(甲D1,20,乙D4,亡C本人)

(イ)

亡C,父母,姉及び弟は,昭和28年まで,叔父方又はその付近に住
み,付近の井戸水を生活用水に使い,付近の畑でとれた芋や野草を食べるなどした。(甲D1,乙D1,7,亡C本人)
(3)

被爆後の健康状態等
亡Cは,被爆直後から,頻繁に下痢や下血,貧血やだるいといった症状が起き,本件訴訟(第3事件)提起時点においても継続している。また,亡Cは,中学生の頃から,歯茎から血が出るようになったほか,徐々に歯が抜けていき,30歳になる前に歯が全て抜け,総入れ歯となった。(甲D1,亡C本人)


亡Cは,
平成19年12月,
前立腺がんである旨の診断を受けて入院し,
平成20年3月,根治的前立腺全摘除術を受け,同月中に退院した。(甲D3)


亡Cは,平成25年10月(当時72歳),大腸内視鏡検査により,S字結腸にポリープがある旨の指摘を受け,その後,大腸がんである旨の診断を受けたことから,
同年12月13日,
内視鏡による切除手術を受けた。

(甲D4,8,乙D3)

亡Cは,平成25年11月(当時72歳),胆管がんである旨の診断を受け,同年12月16日,開腹手術を受けるも,がん性腹膜炎の所見のため,試験開腹となり,同月24日から,全身化学療法が開始された。(甲D4~8,乙D3)


亡Cは,平成26年12月,腸閉塞のため入院し,一度退院したが,再び救急外来で受診後,小腸間膜等に無数の腹膜播種結節が認められたことから,平成27年1月,小腸切除術を施行され,同月中に退院した。(甲D9)

亡Cは,平成27年2月以降も,胆管がん等に対して抗がん剤治療を継続していたが,胆管がんの進行に伴い,がん性腹膜炎の症状等がみられ,
同年▲月▲日,死亡した。(甲D10~12)
(4)

家族の健康状態
父(明治39年生)は,被爆者健康手帳を取得しておらず,昭和40年▲
月▲日(当時58又は59歳),がんにより死亡した。(乙D1,4,6)2
事実認定の補足説明
(1)

亡Cの被爆状況について
原告Cは,亡Cは,叔父方前の屋外で友人と遊んでいたところ,長崎原爆
に被爆し,爆風にあおられて打撲した旨主張し,亡Cは,これに沿う供述をする(亡C本人,陳述書(甲D1))。
しかしながら,①亡Cの被爆者健康手帳交付申請書(昭和59年5月20日付け。乙D4)には,長崎原爆投下時は叔父方内で遊んでいた旨の記載があるとともに,被爆した場所について,屋内に丸を付していること,②N病院のソーシャルワーカーによる亡Cからの聴取書(乙D1。作成時期不詳であるが,本件C申請のあった平成26年2月2日に近接した日に作成さ
れたと考えられる。)にも,亡Cが叔父方にいた旨の記載があることからすると,亡Cは,本件C申請までの間,一貫して,叔父方内において被爆したとの認識を有していたものと認められるところ,本件訴訟(第3事件)において初めて,当該認識と異なる主張又は供述をするに至った理由は明らかではない。

以上に照らし,亡Cの前記供述は,直ちに採用することが困難であるところ,ほかに,亡Cが叔父方前で遊んでいた際に長崎原爆に被爆したことを認めるに足りる証拠もない。
したがって,原告Cの前記主張は,採用することができない。
(2)

亡Cの入市状況について
被告は,亡Cの被爆者健康手帳交付申請書(昭和59年5月20日付け。
乙D4)には,亡Cが父と共に被爆当日から3日間にわたって爆心地付近に入市した事実は全く記載されておらず,長崎原爆投下の翌日からも両親と同じ行動をしていた旨記載されている上,亡C作成に係る母の被爆者健康手帳交付申請書(同日付け。乙D7)にも,長崎原爆投下の翌日以降,叔父方に帰り,夫(亡Cの父)と2人で片付けをするなどしていた旨記載されている
のであるから,亡Cは,長崎原爆投下の当日以降,叔父方付近にとどまっていたというべきであるし,長崎原爆投下当時,爆心地付近は火災等により灼熱の焦土と化していたというのであり,およそ幼子を連れて歩き回るような状況ではなかったというべきであって,亡Cの父が,長崎原爆投下の当日から3日間,当時4歳であった亡Cを連れてq町等の爆心地付近へ行き知人ら
を探していたこと自体,信用しがたい旨主張する。
そこで検討すると,亡Cは,昭和20年8月9日には,父と共に,父の知人であるn町のおばちゃんの家に立ち寄り,さらに市内を巡るなどし,日が暮れると叔父方に戻り,同月10日にも,p町のおじちゃんの家に立ち寄り,さらに,q付近を探すなどし,同月11日にも爆心地付近を同様
に探すなどしたが,探している人は見つからず,探している間,川に飛び込んでいる人や,壁に焼き付いた人などを見かけるなどした旨供述するところ(亡C本人,甲D1),これは,N病院のソーシャルワーカーによる亡Cからの聴取書(乙D1。前記のとおり,平成26年2月2日に近接した日に作成されたと考えられる。)の記載内容とおおむね整合するものであるという
ことができるし,一定の具体性を持った内容であるということができる。他方で,
①亡Cの被爆者健康手帳交付申請書
(昭和59年5月20日付け。
乙D4)には,

あなたは,それから(判決注・原爆投下後)どうしましたか。その日の行動を順を追って書いてください。

との欄には,

母に連れられて防空ごうに避難しました。

と記載され,

あなたは,その翌日(判決注・原爆投下の翌日)からどうしましたか。

との欄には,

両親と同じです。

と記載され,(2)入市被爆者の場合の記載欄には斜線が引かれ
ており,長崎原爆投下の日から3日間にわたり入市した旨の記載はなく,②亡Cが作成した母の被爆者健康手帳交付申請書
(昭和59年5月20日付け。
乙D7)には,

あなたは,その翌日(判決注・原爆投下の翌日)からどうしましたか。

に対する記載欄には,

翌朝早く,自宅に帰り,主人と2人で,傷んだ所を補修したり,後片付けをしてそこで住みました。

と記載されているものの,前記①に関し,亡Cは,平成26年4月10日,兵庫県からの問い合わせに対し,入市の事情を記載しなかった理由について,被爆者健康手帳交付申請をした当時は近所の方の証明を添付してすぐ手帳を取得することができたので申請に入市のことを詳しく書くことは求められなかった
旨を回答しており(乙D6),不合理なものとはいえない。そして,亡Cの供述によれば,長崎原爆投下から3日間,夜は必ず叔父方に戻ってきていたというのであるから,亡Aが母と行動を共にしていた旨の前記①の記載や,母が父と叔父方の片付けをしていた旨の前記②の記載が,亡Cが父と共に爆心地付近を歩き回るなどしていたことと相反するものであるということもで
きない。他方,亡Cが,長崎原爆投下から3日間,入市することなく叔父方にとどまっていたと認めるべき証拠はほかに見当たらない。
以上の次第で,前記の亡Cの供述は信用することができ,同供述に基づけば,前記認定事実(2)イ(ア)のとおりの事実を認定することができる。したがって,被告の前記主張は,採用することができない。

(3)

亡Cの被爆後の症状について
被告は,亡Cに急性症状を発症したことを認めるに足りる客観的証拠は何ら提出されていない旨主張する。
そこで検討すると,亡Cは,被爆直後から,頻繁に下痢や下血,貧血やだるいといった症状が起き,本件訴訟(第3事件)提起時点においても継続している上に,中学生の頃から,歯茎から血が出るようになったほか,徐々に歯が抜けていき,30歳になる前に歯が全て抜け,総入れ歯となった旨供述
するところ(亡C本人,甲D1),これは,N病院のソーシャルワーカーによる亡Cからの聴取書(乙D1。前記のとおり,平成26年2月2日に近接した日に作成されたと考えられる。)の記載内容とおおむね整合するものであるということができるし,一定の具体性を持った内容であるということができる。他方,亡Cに以上の症状が生じたことと相反する証拠はほかに見当
たらないこと(なお,亡Cの被爆者健康手帳交付申請書(昭和59年5月20日付け。乙D4)には,被爆後に生じた症状を記載する欄がない。)も併せ考慮すると,以上の症状があったことを客観的に裏付ける証拠はないことを踏まえても,以上の亡Cの供述は信用することができるというべきであって,
これに基づけば,
前記認定事実(3)アのとおりの事実を認定することがで

きる。
したがって,被告の前記主張は,採用することができない。
3
放射線起因性について
(1)


亡Cの放射線被曝の程度について
まず,亡Cの被爆状況についてみると,亡Cは,長崎原爆投下時,爆心地から直線距離にして約4.
4km離れている叔父方にいたものであるとこ
ろ(前記認定事実(1),(2)ア,前記2(1)),爆心地から約4km以上離れた地点における初期放射線の推定被曝線量は0であるなどとする証拠(甲A204,証人S)及び弁論の全趣旨によれば,DS02においても,爆
心地から約1500m以遠等の遠距離の地点において初期放射線による被曝線量を過小評価している可能性を完全には否定することができないこと(前記第1の2(1))を踏まえても,初期放射線による推定被曝線量は有意な程度ではなかったと考えられる。
他方で,亡Cが当時いた叔父方は,長崎原爆の爆風で建具が倒れたりガラスが割れたりしていることからすると(前記認定事実(2)ア),その爆風に乗って,誘導放射化した大量の粉じん等が叔父方付近に飛散した可能
性も否定できない。そうすると,亡Cは,当該粉じん等が衣服,髪,皮膚等に付着するなどして外部被曝した可能性や,呼吸等を通じて体内に取り込むなどして内部被曝した可能性があるということができる。

次に,亡Cの被爆後の状況についてみると,亡Cは,昭和20年8月9日午後4時頃,父と共に父の知人を探しに行くこととし,歩いたり父におぶわれたりしながら,長崎市n町,県庁付近,長崎駅付近を経由して爆心地に近づくなどしたが,日が暮れる頃に中断し,叔父方へ戻り,その翌日及び翌々日も,爆心地付近(同地点から0.5kmのp町等)を歩くなどしたというのであり(前記認定事実(2)イ(ア),前記2(2)),その長崎原爆
投下と入市までの時間的近接性及びその入市態様(爆心地までの距離,活動,時間等)に照らし,(a)その間に,空気中に漂っていた,又は地面から空気中に巻き上げられた粉じん状の放射性物質を呼吸等を通じて体内に取り込むなどして,内部被曝したり,(b)前記(a)の放射性物質が衣服,頭髪及び皮膚等に付着するなどして,外部被曝したりした可能性(誘導放
射化物質から発せられる放射線による外部被曝及び内部被曝の可能性)が十分あるというべきである。
また,亡Cは,昭和28年まで,叔父方又はその付近に住み,付近の井戸水を生活用水に使い,付近の畑でとれた芋や野草を食べるなどしているところ(前記認定事実(2)イ(イ)),前記アのとおり,誘導放射化した大量
の粉じん等が叔父方付近に飛散した可能性が否定できないことからすると,これらの飲食物が,前記粉じん等により汚染された可能性もまた否定できず,亡Cが,これらの飲食物の摂取を通じて,内部被曝した可能性も否定できない。

そこで進んで,亡Cの被爆後の健康状態等について検討する。
(ア)

まず,亡Cは,①被爆直後から,頻繁に下痢や下血,貧血やだるいと
いった症状が起き,本件訴訟(第3事件)提起時点においても継続していることに加え,②中学生の頃から,歯茎から血が出るようになったほか,徐々に歯が抜けていき,30歳になる前に歯が全て抜け,総入れ歯となったというのである。
前記①については,
前記第1の2(5)イのとお
り入市被爆者にみられた症状とも合致する上に,これらの症状が併発,
継続していることについて,放射線被曝以外に何らかの合理的な理由を容易に想定し難いことに照らすと,前記②について,放射線被曝との関連性を裏付ける知見や発症例に係る報告等がないことを踏まえても,前記①及び②の亡Cに現れた症状等は,前記イにおける誘導放射化物質から発せられる放射線による外部被曝及び内部被曝の可能性を裏付けるも
のであるというべきである。
(イ)

また,父(明治39年生)は,被爆者健康手帳を取得しておらず,昭
和40年▲月▲日
(当時58又は59歳)がんにより死亡している

(前
記認定事実(4))。父は,亡Cと共に,長崎原爆投下の日から3日間,爆心地付近を歩き回るなどしたのであり,死亡年齢が,全がん死亡率が男女共に60歳代から増加する旨の統計の結果(乙A520)に照らし,比較的早期に死亡したと評価できることからすると,父に固有の危険因子の有無及び程度や,前記の点を除く父の被爆等の状況が必ずしも明らかではないこと(なお,N病院のソーシャルワーカーによる亡Cからの聴取書(乙D1)には,父が,長崎原爆当日,X造船所から亡Cらが避
難した防空ごうに戻ってきた際,長崎市の惨状を母に伝えた旨の記載があり,防空ごうに戻ってくるまでの間に,爆心地付近を経由した可能性がある。)を踏まえても,父が前記のとおりがんにより死亡したことは,前記イにおける誘導放射化物質から発せられる放射線による外部被曝及び内部被曝の可能性を裏付けるものであるというべきである。

以上検討したところによれば,亡Cの放射線被曝量がどの程度かを具体的・定量的に認めることは困難である一方で,亡Cは,長崎原爆投下の日
から3日間にわたり,
父と共に爆心地付近を歩き回るなどしたことにより,
誘導放射化物質から発せられる放射線による外部被曝及び内部被曝を受けた可能性が十分にあり(前記イ),しかも,亡C及び父の健康状態等は,当該可能性を裏付けるものであることからすると(前記ウ),当該可能性は相当程度具体的なものであるということができる。


被告の主張の検討
(ア)

被告は,亡Cは,爆心地から約4.4kmの地点に所在した叔父方の
屋内で長崎原爆に被爆したものであり,仮に,爆心地から3.5km地点で被爆した場合のDS02に基づく推定被曝線量は0.0008グレイであるから,亡Cの場合,これを更に大幅に下回る線量となる。また,亡Cには,放射線被曝に起因する急性症状があったとは認められず,ほかに,亡Cが高線量の被曝をしたことを推認させる特段の事情を認めるに足りない(誘導放射線又は放射性降下物により発せられた放射線による外部被曝又は内部被曝は,人体の健康への影響という観点からは重視
する必要がないこと等は別紙2の第2の2(2)~(5)のとおりである。)旨主張する。
しかしながら,まず,亡Cにつき急性症状が認められないことを前提とする部分は,前記2(3)のとおり,採用することができない。この点を措き,DS02に基づく亡Cの初期放射線の推定被曝線量が前記被告主
張のとおりであるとしても,DS02の推定によれば低い放射線量にとどまる場合に,急性症状を発症したとみられる例があることや(甲A151~153),原爆投下後に入市したにすぎない者に放射線起因性があるとみられる症状が発症した例があると紹介されていること(甲A157,170)などからすれば,DS02による推定被曝線量のみをもって,放射線起因性を否定するということには一定の限界があるというべきであって,亡Cの放射線被曝の程度が,およそ人体に影響を及ぼす
ような程度のものとはいえないなどということはできない。
したがって,被告の前記主張は,採用することはできない。
(イ)

また,被告は,申請疾病の放射線起因性の判断に当たっては,原爆
症認定申請者の放射線被曝の程度に基づく当該疾病の発症リスクを定量的に評価しなければならないことを前提に,原告Cは,亡Cの被曝の程
度や,その結果,どの程度肝臓がんおよび胆管がんを発症するリスクが上昇するのか,それがいかなる医学的・疫学的見地を根拠とするものであるか等について何ら具体的に主張せず,当該リスクを定量的に評価することができない旨主張する。
しかしながら,放射線被曝線量の推定方法や,放射性物質を体内に取
り込んだ場合における人体への影響の度合いについては,いまだ確立したものは見当たらないのであるから,定量化された被曝線量を現時点で明確に示し得ない点をもって,放射線起因性の判断をすることができないとすることはできない。
したがって,被告の前記主張は,採用することができない。

(2)

亡Cの申請疾病(大腸がん及び胆管がん)の危険因子について
前記第1の3(1)で説示したとおり,
一般的には本件C申請に係る申請疾
病たる大腸がん及び胆管がんと放射線被曝との関連性を肯定することができるというべきであり,亡Cに係る大腸がん及び胆管がんの放射線起因性
の証明の有無(原子爆弾の放射線への被曝の事実が大腸がん及び胆管がんを招来した関係を是認し得る高度の蓋然性が認められるか否か)を経験則に照らして判断するに当たっては,当該大腸がん及び胆管がんに係る他の原因
(危険因子)
の有無及び程度を考慮する必要がある
(前記第1の1(2)。
なお,この見地からは,危険因子があるからといって,大腸がん及び胆管がんと放射線被曝との間の関連性が直ちに否定されるわけではないことは,当然のことである。)。


大腸がんの危険因子の有無及び程度
(ア)

大腸がんの危険因子としては,加齢(年齢)及び性差のほかに,家
族歴(直系親族に同じ病気の人がいるか否か),過体重,肥満,飲酒等があるとされる(前記第1の3(1)ア(エ))。そこで,以下,亡Cに係る危険因子として被告が主張する加齢(年齢)及び性差の有無並びに程度について検討する(なお,父はがんにより死亡したものであり(前記認定事実(4)),原告Cは,胃がんにより死亡した旨主張するところ,これを疑わせる事情は見当たらないし,被告も,亡Cの家族歴を危険因子であると主張していない。)。

(イ)

独立行政法人国立がん研究センターがん対策情報センターホームペ
ージ(乙A519)には,大腸がんの好発年齢は,男女ともに50歳以上であり,また,罹患率は高齢になるほど高くなって,大腸がんの罹患率及び死亡率は,ともに男性が女性の約2倍と高い傾向にある旨の記載がある(前記第1の3(1)ア(エ))。もっとも,同ホームページには,大腸がんの具体的な罹患率及び死亡率に関する記載はなく,同じホームページ(乙A520)の記載をみる限り,全がんについていえば,好発年齢が男女ともに50歳以上であり,罹患率は高齢になればなるほど高くなって,その罹患率及び死亡率の男女比は2:1であることが認められる一方,大腸がんについて,その好発年齢は明らかではなく,大腸がん
の死亡率の男女比は41.6:33.6(うち結腸がんの同比は26.1:25.0)であることや,部位別のがんの罹患率のうち男性が女性より高いものとして,
大腸がんが挙げられていないことが認められる
(い
ずれも平成22年を基準とする。乙A520)。
そうすると,亡Cは,72歳の時に大腸がんが発見された男性であり(前記認定事実(3)ウ)これに近接する年齢の時点において大腸がんに,
罹患したものと認められるから,全がんの好発年齢において大腸がんに
罹患したものであるということができる一方,性差が危険因子であるとまでいうことはできない。

胆管がんの危険因子の有無及び程度
(ア)

胆管がんの危険因子としては,加齢(年齢)及び性差があるとされ
る(前記第1の3(1)ア(オ))。そこで,以下,亡Cに係る危険因子とし
て被告が主張するものの有無並びに程度について検討する。
(イ)

胆管がんの好発年齢は50歳~80歳であり,その頻度は,50~
59歳で18.3%,60~69歳で38.3%,70~79歳で30.3%であり,ほかの年代が10%未満となっており,罹患率の男女比は約2:1とされる(乙A524)。

そうすると,亡Cは,72歳の時に胆管がんが発見された男性であり(前記認定事実(3)エ)これに近接する年齢の時点において胆管がんに,
罹患したものと認められるから,胆管がんの好発年齢においてこれに罹患したものであるということができ,かつ,性差も危険因子の1つとなる。

(3)

検討
一般的には,本件C申請の申請疾病たる大腸がん及び胆管がんと放射線被
曝との関連性を肯定することができる(前記第1の3(1))ところ,亡Cは,誘導放射化物質から発せられる放射線による外部被曝及び内部被曝の可能性が十分にあり(前記(1)イ),当該可能性は相当程度具体的なものであるということができる(同エ)。そして,亡Cは,大腸がんの診断を受けた時点で,大腸がんに係る危険因子としての加齢(年齢)を有するとともに(前記(2)イ),胆管がんに係る危険因子としての加齢(年齢)及び性差を有していたということができる(同ウ)ものの,他に程度の高い危険因子があるということはできないことに加えて,放射線被曝時の年齢が低いほどがん発症のリスクが高まる(前記第1の3(1)イ(ア)c)ところ,亡Cが,長崎原爆の被爆
時点で4歳7箇月と幼齢であったことも併せ考慮すると,長崎原爆の放射線が亡Cの大腸がん及び胆管がんを招来したことについて,通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るに足りる高度の蓋然性が証明されたものということができる。
したがって,亡Cの申請疾病である大腸がん及び胆管がんについては,放
射線起因性を認めることができる。
4
要医療性について
前記認定事実(3)ウ~カのとおり,亡Cは,平成25年12月,大腸がんにつき内視鏡による切除手術を受ける一方,同月,胆管がんについては,試験開腹にとどまったことから,全身化学療法が開始され,平成27年2月以降も,抗
がん剤治療を継続していたものである。そうすると,亡Cは,大腸がん及び胆管がんについて,積極的治療を継続して行う必要があったことは明らかであるということができるから,亡Cの申請疾病である大腸がん及び胆管がんについて,要医療性が認められる。
5
小括
以上の検討によれば,
亡Cの申請疾病である大腸がん及び胆管がんについて,
放射線起因性及び要医療性を認めることができるから,本件C申請を却下した本件C却下処分は違法というべきであり,取消しを免れない。

第5
1
争点5(国家賠償責任の成否)について
判断枠組み
(1)

国賠法1条1項は,
国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員が個別
の国民に対して負担する職務上の法的義務に違背して当該国民に損害を加えたときに,国又は公共団体がこれを賠償する責任を負うことを規定するものであるから,原爆症認定申請に対する却下処分が放射線起因性又は要医療性の要件の充足に関する判断を誤ったものとして違法であるとしても,そのことから直ちに国賠法1条1項にいう違法があったとの評価を受けるものではなく,原爆症認定に関する権限を有する厚生労働大臣が職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と当該却下処分をしたと認め得るような事情がある場合に限り,国賠法1条1項の適用上違法の評価を受けるものと解するのが相当である(最高裁平成元年(オ)第930号,同第1093号同
5年3月11日第一小法廷判決・民集47巻4号2863頁参照)。ところで,厚生労働大臣が原爆症認定を行うに当たっては,申請疾病が原子爆弾の傷害作用に起因すること又は起因しないことが明らかである場合を除き,
疾病・障害認定審査会の意見を聴かなければならないとされている(法
11条2項,法施行令9条)。これは,原爆症認定の判断が専門的分野に属
するものであることから,厚生労働大臣が処分をするに当たっては,原則として,必要な専門的知識経験を有する諮問機関の意見を聴くこととし,その処分の内容を適正ならしめる趣旨に出たものであると解され,厚生労働大臣は,特段の合理的理由がない限り,その意見を尊重すべきことが要請されているものと解される。そして,同審査会には,法の規定に基づき同審査会の
権限に属させられた事項を処理する分科会として,医療分科会を置くこととされ(疾病・障害認定審査会令5条1項),医療分科会に属すべき委員及び臨時委員等は,
厚生労働大臣が指名するものとされているところ
(同条2項)

医療分科会の委員及び臨時委員は,放射線科学者,被爆者医療に従事している医学関係者,内科や外科等の専門的医師といった,疾病等の放射線起因性
について高い識見と豊かな学問的知見を備えた者により構成されていることが認められる(弁論の全趣旨)。以上に鑑みれば,厚生労働大臣が原爆症認定申請につき同審査会の意見を聴き,その意見に従って却下処分を行った場合においては,その意見が関係資料に照らして明らかに誤りであるなど,答申された意見を尊重すべきではない特段の事情が存在し,厚生労働大臣がこれを知りながら漫然とその意見に従い却下処分をしたと認め得るようなときに限り,職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と当該却下処
分をしたものとして,国賠法1条1項の適用上違法の評価を受けると解するのが相当である。
(2)

これに対し,原告らは,法が,人類史上最悪の被害を受けた被爆者を救
済するための社会保障と国家補償の性格を有する特殊な立法であることに加え,最高裁平成12年判決が,放射線起因性の判断に当たっては,原子爆
弾の線量評価システムであるDS86に基づく放射線量の計算式を形式的に当てはめるのではなく,
被爆者の被爆後の症状や健康状態等をも踏まえる
必要があることを説示していること等を踏まえると,
放射線の影響があるこ
とを否定し得ない負傷又は疾病にかかり,
医療を要する状態となった場合に
は,放射線起因性が推定され,放射線の影響を否定し得る特段の事情が認め
られない限り,厚生労働大臣は,その負傷又は疾病について放射線起因性があるものとして,原爆症認定をすべき職務上の法的義務を負う旨主張する。しかしながら,原告らの前記主張は,原爆症認定の判断を誤った場合には国賠法1条1項の適用上も違法であるとする見解と実質的には同じ趣旨であると解さざるを得ず,このような見解を採用することができないことは,
前記(1)で説示したところに照らせば明らかである。
したがって,原告らの前記主張は,採用することができない。
2
本件A却下処分及び本件B却下処分について
前記第2及び第3で説示したとおり,①亡Aの申請疾病である食道がんにつ
いて放射線起因性は認められず,本件A却下処分は適法であり,②原告Bの申請疾病である心筋梗塞について放射線起因性は認められず,本件B却下処分は適法である。そうすると,厚生労働大臣が本件A却下処分及び本件B却下処分をしたことが,国賠法1条1項の適用上違法であると認めることはできない。3
本件C却下処分について
(1)

本件C却下処分は,厚生労働大臣が疾病・障害認定審査会(医療分科会)
の意見を聴いた上で,その意見に従ってされたものである(前記前提事実2(3)ウ)。そして,同審査会は,亡Cの被爆者健康手帳交付申請書(昭和59年5月20日付け。乙D4)の記載(同書面からは,亡Cの入市状況は一切明らかでない。前記第4の2(1),(2)参照)やN病院のソーシャルワーカーによる亡Cからの聴取書(乙D1)の記載(同(1),(3)参照)等を踏まえつ
つ,亡Cに係る被曝線量,既往歴,環境因子,生活歴等を総合的に勘案した上で,厚生労働大臣に対し,亡Cの申請疾病である大腸がん及び胆管がんについて,
放射線起因性はないとの意見を述べたものと認められる
(乙D10)

以上のとおりの亡Cの被爆等の状況に係る関係資料の内容や同審査会が当該意見を述べるに至った経緯等に照らせば,同審査会の当該意見が関係資料に
照らして明らかに誤りであるなど,答申された意見を尊重すべきではない特段の事情が存在したということはできず,他にこのような事情を認めるに足りる客観的かつ的確な証拠もない。
そうすると,厚生労働大臣が同審査会の意見に従って本件C却下処分をしたことにつき,国賠法1条1項の適用上違法であるとは認められない。
(2)

これに対し,原告Cは,厚生労働大臣は,新審査の方針に則って放射線起
因性の判断をしているのであるから,新審査の方針に明示された基準に該当する者については,当然に放射線起因性を肯定し,原爆症認定をすべき職務上の法的義務を負う旨主張する。
しかしながら,本件C申請時に存した書面の記載(前記第4の2(1),(2)参照)からは,本件C却下処分時においては,亡Cが父と共に入市したことが明らかであったとはいえない状況にあったというべきである。
したがって,原告Cの前記主張は,採用することができない。
4
小括
以上によれば,原告らの被告に対する国賠法1条1項に基づく損害賠償請求は,その余の点について判断するまでもなく,いずれも理由がない。
第4章

結論
以上のとおりであって,原告Cの請求のうち,本件C却下処分の取消しを求
める請求は理由があるからこれを認容し,原告A及び原告Bの各請求並びに原告Cのその余の請求はいずれも理由がないからこれらを棄却することとして,主文のとおり判決する。
大阪地方裁判所第2民事部

裁判長裁判官
三輪方大黒田吉人
裁判官

裁判官
山﨑岳志
(別紙2)
争点1(放射線起因性の判断基準)に係る当事者の主張の要旨

第1
1
原告らの主張の要旨
原爆症認定における放射線起因性の判断基準
(1)

放射線起因性の立証の程度
①放射線被曝の影響について確立された科学的知見が存在しないこと,②
特定の要因から当該疾病の発生機序を立証することは一般的に困難であること,③放射線被曝に起因する疾病の特徴(被曝線量と身体損傷との相関関係は明確ではないこと,長期間経過後に影響が出る可能性があること,放射線
被曝に特異な症状があるわけではないこと)等の特殊性からすれば,放射線起因性の立証の程度は実質的に軽減されるべきである。
(2)

放射線起因性の具体的な判断方法
放射線起因性の判断に当たっては,①被爆者に対する総合的な援護政策を
講じることを目的として制定されたという法の国家補償的性格に留意するこ
とを基本とし,②当該疾病の発症等に至った医学的・病理学的機序を直接証明することを求めるのではなく,原爆症認定申請者の被爆の状況,被爆後の行動やその後の生活状況,具体的症状や発症に至る経緯,健康診断や検診の結果等を全体的,総合的に考慮した上で放射線起因性を判断し,③当該疾病等に係る他の原因(危険因子)の影響と原爆放射線による影響が併存し得る
ことなどを踏まえ,原爆放射線被曝の事実が疾病の発生又は進行に影響を与えた関係が合理的に是認できる場合には,放射線起因性を認めるのが相当である。
2
被曝線量の評価
(1)

初期放射線による被曝線量
被告は,原子爆弾による放射線の線量評価システムであるDS86(1986年策定。甲A212・乙A63。以下,単にDS86という。)及びこれを引き継いだ同DS02(2002年策定。乙A66。以下,単にDS02という。)に基づいて初期放射線による被曝線量を推定しているところ,DS02は,特に爆心地から遠距離に行けば行くほど実測値が前記推定に係る値を上回るなどの不一致が生じるなどしており,遠距離における初期放射線の放射線量を過小評価しているなどの問題点がある。
(2)

誘導放射線による被曝線量
被告は,爆心地から600~700m以遠においては誘導放射線がほとん
ど発生していないなどと主張する。しかし,誘導放射化された土壌等が粉じんとして遠距離に飛散する可能性があり,また,初期放射線に被曝していないいわゆる入市被爆者や遠距離被爆者にも放射線被曝による急性症状が生じていることなどに照らすと,爆心地から600~700m以遠の地域にも誘導放射化物質が相当量存在していたというべきである。
(3)

放射性降下物による被曝線量
放射性物質(誘導放射化したものを含む。)を大量に含んだ原子雲から激
しい雨(黒い雨)として降った放射性降下物については,被告が主張する広島原爆につきa又はb(以下a・b地区という。),長崎原爆につきc▲丁目及び▲丁目又はd(以下c地区という。)にとどまらず,より広範囲にわたり降ったとの調査(甲A133等)があり,その周辺においても,水分が蒸発した放射性物質を含む構造物等(黒い煤)が降下しているのであって,少なくとも爆心地から2~4kmの範囲においては,多量の放射性物質が降ったことが推認されるのであって,放射性降下物による被曝についても看過すべきではない。
(4)

内部被曝
内部被曝は,外部被曝とは異なり,①呼吸等により放射性物質が取り込ま
れた特定の臓器等に局部的集中的に被曝が生じること,
②数cm~数mの飛距
離しかないアルファ線,ベータ線であっても,その線源となる放射性物質が体内に取り込まれればこれらによる被曝が確実であること,③原爆放射線の90%以上を占める半減期の短い放射性物質については,短期間に大量の被曝をもたらすものであること,④放射性物質が体内に取り込まれると,体内被曝が長期間継続することといった特徴があり,一部的な外部被曝よりも身
体に大きな影響を及ぼす可能性が十分にある。
(5)

遠距離被爆・入市被爆
遠距離被爆者及び入市被爆者を対象とした調査結果によれば,これらの被
爆者に生じた脱毛,皮下出血等の症状は,誘導放射線(前記(2))及び放射性降下物(前記(3))による外部被曝及び内部被曝(前記(4))の影響によるも
のとみるのが自然である。
3
申請疾病と放射線被曝との関連性

(1)

食道がん(本件A申請)並びに大腸がん及び胆管がん(本件C申請関係)がん全般
がんは,財団法人放射線影響研究所がとりまとめた原爆被爆者の死亡率調査に関する報告書(以下LSSという。)第13報(甲A120・503),LSS第14報(甲A514・B19・20・甲D14・乙A117),Dらの報告(甲B23)等において,有意な放射線の影響が確認されてきていること,新審査の方針において,放射線起因性が推認される疾病に固形がんが挙げられていること等からすると,被爆者に生じたがんと放射線被曝との間に関連性があることは明らかである。
そして,仮に被曝放射線が低線量であるとしても,広島市又は長崎市に居住していたが原爆投下時には両市にいなかった者を含む調査であるLSS第14報では,全固形がんにつき過剰相対リスクが有意となるしきい
値の線量はゼロであり,低線量域においても,がん発生等のリスクが高いこと等が報告されている。
また,若年者の放射線被曝ががん発生に及ぼす影響について,原爆放射線の人体影響1992(甲B32)や原子放射線の影響に関する国際連合科学委員会(以下UNSCEARという。)の2006年報告書(甲B28)において,放射線被曝時の年齢が若い時ほど発症のリスクが大きくなると報告され,LSS第14報では,①年齢が若いときに放射線被曝
した者はがん死亡の相対リスクが高くなり,全固形がんについて,線形モデルに基づく男女平均の1グレイ当たりの過剰相対危険度は,被爆時年齢が10歳若くなると約29%増加すること,②低年齢の時に被爆した者ほど放射線に対する感受性は高く,がん発生等のリスクが生涯にわたり増大する旨の報告がされている。さらに,1962年から1999年の37年
間に観察された長崎原爆被爆者の腫瘍症例から重複がん症例を抽出して検討した報告(甲D15)によれば,若年被爆者は,重複がんの頻度も高いことが明らかとなっている。

食道がん並びに大腸がん及び胆管がん
Eらの論文(2018年(平成30年)6月・甲A210,211)で
は,長崎原爆の被爆者の大腸,胆道,食道及び前立腺等にプルトニウムの沈着による内部被曝があったことが報告された。
そうすると,食道がん並びに大腸がん及び胆管がんは,放射線被曝(低線量の場合を含む。)との間に関連があることは明らかである。
(2)

心筋梗塞(本件B申請)
LSS第11報(甲A501),LSS第12報(甲A502),LSS第13報(甲A120・503)において,循環器疾患については,高線量域から低線量域にかけて線量反応関係が示されていること,財団法人放射線影響研究所がとりまとめた成人健康調査
(以下
AHS
という。


第8報(甲A504・乙A570)においても,年数の経過に連れて心筋梗塞の線量反応関係が明らかになったとされていること,動脈硬化の原因となる免疫機能の低下等と放射線の影響に関する研究報告もあること(甲A511~513,515等),新審査の方針において,心筋梗塞が放射線起因性を積極的に認定する疾病に含まれたこと等からすると,被爆者に生じた循環器疾患と放射線被曝との間に関連性があることは明らかである。イ
心筋梗塞については,
喫煙,
脂質異常症,
高血圧,
耐糖能異常及び年齢(加
齢)等の危険因子が存するところ,AHS第8報(甲A504・乙A570),F(広島原爆傷害対策協議会健康管理・増進センター)の原爆被爆者と心血管疾患(甲A505。以下F報告という。),G(放射線影響研究所)の原爆被爆者の動脈硬化・虚血性心疾患の疫学(甲A506。以下G報告という。),Hら『放射線被曝と循環器疾患のリスクの関係』広島,長崎の被爆者データに基づく1950-2003(甲A507。以下H論文という。)等の知見によれば,放射線の心臓血管疾患(心筋梗塞を含む。)への影響は,飲酒,喫煙,糖尿病,肥満等の交絡因子を考慮しても消失しないとされている。また,最近の研究によれば,前記危険因子のうち,脂質異常症及び高血圧は,放射線被曝から引
き起こされている事象であるから,これらの存在は,放射線起因性を否定するものではなく,かえってこれを肯定するものであるとされている。さらに,加齢について,法が,その前文において,被爆者の高齢化を前提としていることからすると,被爆者が高齢であるという事実を,放射線起因性を否定する事情に用いることは妥当でない。

第2
1
被告の主張の要旨
原爆症認定における放射線起因性の判断基準
(1)

放射線起因性の立証の程度
法10条1項の放射線起因性の要件該当性の主張立証責任は,原告らが負
うべきところ,同要件を満たすというためには,原爆放射線と申請疾病の発症との間に事実上の因果関係があることが必要であり,その立証は,一点の疑義も許されない自然科学的証明ではないが,経験則に照らして全証拠を総合検討し,当該申請者が浴びた原爆放射線が当該申請疾病の発症を招来した関係を是認し得る高度の蓋然性を証明することであり,より具体的には,通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得る証明であることを必要とする。

(2)

放射線起因性の具体的な判断方法
放射線起因性の有無については,①当該申請者の原爆放射線への被曝の程
度と,②統計学的・疫学的知見等に基づく申請疾病等と原爆放射線被曝との関連性の有無及び程度とを中心的な考慮要素としつつ,③これに当該疾病等に係る他の原因(危険因子)の有無及び程度等を総合的に考慮して,原爆放
射線への被曝の事実が当該申請に係る負傷若しくは疾病又は治癒能力の低下を招来した関係を是認し得る高度の蓋然性が認められるか否かを経験則に照らして判断すべきである。
そして,前記②については,前記知見等の分析評価が中心となるところ,疫学研究は,疾病の発生原因を集団的に考察したものであり,個々人の疾病
の発生原因を特定するために用いることはできないと理解され,当該研究の結果から個人の疾病に関していえることは,前記知見等においてその線量反応関係(放射線被曝線量が増えるに従って疾病発症リスクが増大するという関係)として示された相対リスク等を基に,これをいわばものさしとして用いることで,原爆放射線被曝の程度に応じて当該疾病を発症するリスク
の有無ないし程度を推認することができるにとどまるのである。
そうすると,
前記①の被曝の程度は,以上のものさしに対応できるよう,定量的に評価する必要がある。そうでなければ,前記知見等を基に,放射線被曝の程度から当該疾病の発症リスク等を推認することは不可能である。
2
被曝線量の評価
(1)

初期放射線による被曝線量
初期放射線による被曝線量評価については,日米の放射線学の第一人者が1986年に策定した線量評価システムであるDS86及びこれを更新する最新のシステムとしてDS02が存在しているところ,DS02は,実測値とのかい離の程度がごくわずかであることからも明らかなとおり,その精度は高いということができ,初期放射線の評価方法として一般的な妥当性を有しているというべきである。
(2)

誘導放射線による被曝線量
従前から,広島原爆及び長崎原爆による初期放射線の中性子は,爆心地か
ら600~700m程度を超えるとほとんど届かないことが判明していた。また,DS02に基づいた最新の分析においても,爆発から無限時間同じ所に滞在していたというあり得ない仮定に基づいて算出された誘導放射線の積算放射線量でさえ,爆心地から1.5kmの地点において,広島では0.0001グレイ,長崎では0.00005グレイであるから,これ以上の距離での誘導放射線被曝は無視して構わないとされている。以上のとおり,最新の
科学的知見に基づけば,広島原爆及び長崎原爆から放出された誘導放射線による被曝線量が,一般的に健康への影響がある程度に高線量であったとみることは必ずしも合理的ではない。
(3)

放射性降下物による被曝線量
多数の調査研究,原爆投下当時の試料に基づき測定された実測値並びに広
島原爆及び長崎原爆の爆発状況によれば,広島原爆及び長崎原爆から放出され,地上に降り注いだ放射性降下物による被曝線量は,健康被害の影響という見地からみると極めて少ない量である(特に線量の高いことが判明した広島のa・b地区及び長崎のc地区においてすら,その積算線量が限られていたことが判明している。)。

(4)

内部被曝
原爆で問題となる内部被曝は放射性降下物及び誘導放射線によるものであるところ,①放射性降下物及び誘導放射線の線量がいずれも健康への影響という見地からは極めて少ないものであったこと(前記(2)及び(3)),②被曝線量が同じ場合には,内部被曝による健康影響は外部被曝による健康影響と同等又は外部被曝より低いこと,③体内に取り込まれた放射性核種は代謝により排出されること,④小児甲状腺がんが多数発生したチェルノブイリ原発
事故と異なり,原子爆弾の被爆者については,甲状腺等の特定の臓器にがんが多数発生したという傾向が全くみられないこと等からすると,原爆由来の放射性物質による内部被曝は,人体の健康への影響という観点からは重視する必要がないというのが現在の科学的知見である。
(5)

遠距離被爆・入市被爆
放射線被曝による急性症状には,発症時期,程度,回復期等について明確
な特徴があることが一般的な医学的知見として確立している一方で,被爆者が被爆当時に経験したとする下痢等の身体症状は,他の要因(衛生状況・栄養状況の悪化,劣悪な生活環境又は精神的影響等)によっても生じる非特異的なものであるため,当該身体症状が放射線被曝による急性症状であるか否
かは,前記のとおり確立した科学的知見に照らして,慎重に吟味・鑑別することが不可欠であるところ,高度に専門的な国際機関等においてされた多くの研究報告によれば,遠距離被爆者及び入市被爆者が放射線被曝による急性症状を発症したとは考え難い。
3
申請疾病と放射線被曝との関連性
(1)

食道がん(本件A申請)並びに大腸がん及び胆管がん(本件C申請)放射線被曝によるがん発症のメカニズムについては,現在有力に考えられ
ている見解によれば,次のとおりである。すなわち,ガンマ線等の放射線に被曝し,これらの放射線が人体を通過する際,人体を構成する原子が持つ電子を弾き飛ばされる(電離作用)などすると,DNAに化学反応が生じてDNAが損傷することがあるところ,
通常,
修復酵素により修復されるものの,
一部が不完全であることがあり,その結果,異常な細胞が発生し,これががん化することがあるとされている(乙A193)。これによれば,理論的,確率論的には,たった1つの放射線が人体を通過することで,がん細胞が発生することはあり得,人体を通過する放射線の量が多くなればなるほど,がん細胞が発生する確率は高くなることとなる。国際放射線防護委員会(以下ICRPという。)の2007年勧告(乙A118)は,以上のような理解を背景に,100ミリシーベルト(≒0.1グレイ)を下回る低線量域でも,がんの発生率が被曝線量の増加に正比例して増加するであろうと仮定するのが科学的にもっともらしいという見解(LNTモデル)を支持するも
のとされている。しかしながら,0.1~0.2グレイを下回るような放射線被曝であれば,理論的にも,がんの発症率はさらに低くなる上に,この程度の放射線被曝と固形がん
(造血器から発生する血液がん以外のがんをいう。
以下同じ。)の発症率との関連性について認めた疫学的知見は存在しない。仮に,100ミリグレイを下回る低線量の放射線被曝とがん発症との関連
性があるとしても,前記のとおり,放射線に被曝すれば必ずDNAを損傷するわけではなく,他方,非被爆者であっても,日常生活において一般に生じ得る要因によりおおむね30%はがんで死亡するものとされており,その割合は,
100ミリグレイを下回る放射線被曝による理論的ながん死亡率
(0.
5%未満)と比べて高いことからすれば,低線量の放射線被曝によるがん発
症リスクは極めて低いというべきである。
(2)

心筋梗塞(本件B申請)
原告Bが,その申請疾病である心筋梗塞と低線量の放射線被曝との間に統計学的に有意な関連性を認めた疫学的知見として主張する次の報告等は,いずれも,当該関連性を肯定するものということはできない。

すなわち,①LSS第11報及び第12報は,心筋梗塞等よりも広いカテゴリである循環器疾患による死亡率が放射線被曝と有意な関連を示したものにすぎない,②LSS第13報は,心疾患等のがん以外の疾患の死亡率について,低線量域における線量反応関係は不確実であるとしており,心疾患における低線量の放射線被曝との関連性についての仮説を提示したものにすぎない,③AHS第8報は,40歳未満で原爆に被爆した人の心筋梗塞について,統計上喫煙と飲酒による影響が出ないようにこれら
の因子を調整すると,放射線被曝との間に有意な関係が示されているとはいえない上,虚血性心疾患のカテゴリでみると,前記の因子を調整しなかった場合も調整した場合も,有意な関連がない,④G報告は研究途上における可能性を述べるものにすぎず,F報告も若年時の近距離被曝により動脈硬化がより強くなる可能性を示したにすぎない,⑤H論文も,心筋梗塞ではなくより広いカテゴリである心疾患について放射線との関連性を指摘したものにすぎない(H論文に添付されたウェブ表B(甲A507の2の末尾)によれば,心筋梗塞のカテゴリについては,その死亡率と放射線被曝との関連性は統計学的に有意とはいえない。上,)0.
5グレイ以下の低線量被曝については,心疾患の死亡率との間に統計
学的に有意な関係を示す結果は得られなかったとされているなどとして,前記各知見は,いずれも心筋梗塞の放射線起因性を認める根拠となる科学的知見とはいえない。

むしろ,UNSCEARの2006年(平成18年)報告書(乙A526)は,LSS第12報及び第13報並びにAHS第8報の内容を総括して,
約1-2Gy未満の線量における電離放射線への被ばくと心血管疾患の罹患との間に因果関係があると結論づけるには現在不十分であるとし,
UNSCEAR2010年(平成22年)報告書(乙A527)においても同様に結論付けられており,2011年(平成23年)4月に発表され
た国際放射線防護委員会の声明(乙A528)においても,H論文などの最近の研究結果等も踏まえた上で,循環器疾患のしきい吸収線量が0.5グレイ程度まで低い可能性があるとの指摘がされているにすぎず,ICRP2012年(平成24年)勧告(乙A529)においても,それ以下の線量域におけるリスクの不確実性が強調されているのであって,これら最新の国際的に合意された科学的知見に反する結論を導くことは許されない。以上
(別紙3)
争点2(亡Aの原爆症認定要件該当性)に係る当事者の主張の要旨
第1
1
原告Aの主張の要旨
放射線起因性
(1)

亡Aの被爆等の状況等
被爆等の状況
(ア)

亡Aは,7歳当時の昭和20年8月9日,亡Aの父母(以下,それ
ぞれ父,母という。なお,以下,争点2の項において親族呼称
で記載された者は,特に明記しない限り,亡Aから見た親族を指す。)並びに2人の姉及び2人の兄弟と共に,長崎市e町f所在の社員寮(以下本件社員寮という。)に住んでおり,本件社員寮において,長崎原爆に被爆した。本件社員寮は,爆心地から南方に約4.0~4.3kmの地点に位置し,倒壊を免れはしたものの,爆風により,厚い扉が破損
するなどした。
(イ)

亡Aらは,昭和20年8月10日又は11日,父が米国軍の上陸の
噂を聞いたことから,家族全員でgに住む知人宅へ避難することとし,父が引く大八車に乗るなどして,徒歩で,本件社員寮から長崎駅へ向かい,
当時の国鉄長崎本線
(長崎駅からq駅を経て道ノ尾駅までは北上し,
同駅を過ぎてからは北東方面に進むなどしてg駅等に至る。)に沿う街道を通り,q駅やその先の爆心地付近を通って,翌日にgに到着した。gまで歩くことになったのは,長崎駅に着いたが負傷者が多数おり,いくら待っても汽車には乗れそうになく,q駅へ行って汽車に乗ることにしたが,そこでも負傷者で満員で母を汽車に乗せることはできそうに
なかったからである。
(ウ)

亡Aらは,gに到着後,米軍の上陸がないことを確認すると,数時間仮眠して,
前記(イ)のとおり到着した昭和20年8月11日又は12日
の明るいうちに出発し,行きと同じ経路をたどって,遅くともその翌日に本件社員寮へ帰宅した。
(エ)

前記(イ)及び(ウ)の被爆後の状況は,亡Aらと共にgを往復した長姉
及び長姉から当時の話を聞いたその夫(証人I)の記憶に基づくもので
あるところ,
長姉の供述録取書
(甲B2)
には,
gを往復した際の道中,
多数の死傷者がいたので,できるだけ見ないようにしていた旨の記載があるなど,具体性を持つものであり,証人Iも,長姉から,長崎市の惨状や,道ノ尾駅の手前のhという地点を通過したこと等を聞いた旨具体的に供述するものであって,信用することができる。


被爆後の健康状態等
(ア)

被爆後の健康状態
亡Aは,被爆するまでは健康な少年であったが,被爆後は,発熱やの
どの痛みに悩まされ,のどの痛みは継続し,中学校卒業くらいまで,よく扁桃腺が腫れ,高熱を出したほか,倦怠感に悩まされた。
(イ)
a
病歴等
亡Aは,昭和62年8月,N病院において,甲状腺腫の手術を受けた。

b
亡Aは,平成24年8月,定期的に受けている被爆者検診の上部消化器官内視鏡検査において食道がんを疑われ,同年9月,検査により
食道がん及びリンパ節移転が確認されたことから,同年11月,摘出手術等を受け,予後は良好であったにもかかわらず,その後,食道がんが再発し,急速に進行した。
c
亡Aは,その後も複数回にわたる入院検査,治療及び投薬等を受けるなどしていたが,平成27年▲月▲日,死亡した。

(ウ)

生活習慣等
a
飲酒
亡Aは,毎日の飲酒はなく,営業上の接待をする際に飲酒するのが主であり,営業上の接待をする際に,通常より多く飲酒する程度であった。

b
喫煙
亡Aは,かつて,喫煙していたが,平成4年頃(平成24年に食道がんの手術等をする20年前)には禁煙した。

(エ)

家族の健康状態

ab
父は,昭和24年▲月▲日,脳溢血を発症して死亡した。
次姉(昭和4年~同6年生)は,昭和43年▲月,胃がんを発症して死亡した。

(2)

亡Aの放射線被曝の程度
亡Aは,長崎原爆投下後,本件社員寮とgを往復することにより,爆心地付近を2回にわたり通過しており,新審査の方針が定める原爆投下後100時間以内の入市要件を満たしている。そして,亡Aは,この間,誘導
放射化した粉じんや放射性降下物の微粒子を相当量含む粉じん等が充満する中を移動したことにより,長時間にわたり,これらを大量に外部被曝したり,呼吸等により体内に取り込んだりするなどしたことで,内部被曝したと考えられる。その上,亡Aは当時7歳で身長は低く,本件社員寮とgの往復の間,大八車の中で寝るなどしていたことから,舞い上がる粉じん
等を吸い込みやすかったと考えられる。

また,本件社員寮は,爆心地との間に丘陵その他の障害物がない地域にあり,その厚い扉が破損するほどの強力な爆風を受けるなどしており,爆心地付近から拡散された誘導放射化した粉じんや放射性降下物の微粒子を
相当量含む粉じん等が積もったり浮遊したりしていたと考えられるから,亡Aは,本件社員寮において長期間生活することで,相当量の残留放射線を外部被曝するとともに,飲食物と共にかなりの放射性物質を体内に取り込んだり,屋外にいた際等において衣服や肌に前記粉じん等を接触させて吸収し続けたりするなどして内部被曝をすることで,相当量の放射線を被曝した可能性があり,このことは,Kほか広島フォールアウト地域4重がん症例の肺がん組織で証明された内部被ばく(甲A204。以下K論文という。)において,広島原爆の爆心地から4.1kmで被爆した女性の肺組織からアルファ線が出ていることが確認されたことや,爆心地から約3kmのc地区において黒い雨として放射性降下物が降下したとされていること等からも明らかである。

さらに,亡Aは,平成23年8月の被爆者健康診断における内視鏡検査において,食道に異常が認められていないにもかかわらず,平成24年8月の同検査及びその後の詳細な検査において,食道の内腔の壁のうち5分の2程度に病変がみられるなどの進行性の食道がん(ステージⅢ。予後が悪いとされる。)と診断されるに至り,かつ,根治手術を受け,予後は良好であったにもかかわらず,食道がんが再発して平成27年3月に死亡し
たのであり,このようなあまりにも急速な食道がんの進行及び転帰の原因としては,放射線被曝以外に考えられない。

以上に加え,前記(1)イ(ア)のとおり,亡Aには,被爆後,発熱やのどの痛みに悩まされるなど,放射線による急性症状として典型的な症状がいくつも出ていることからすれば,亡Aが相当程度強度の放射線被曝を受けた
ことは明らかであり,仮に,爆心地付近への入市の事実が認められなかったとしても,以上の評価が左右されるものということはできない。(3)

亡Aの申請疾病(食道がん)の危険因子
加齢(年齢)及び性差
被告は,加齢(年齢)及び性差は食道がんの危険因子となる旨主張するが,加齢(年齢)について,LSS第14報において,被爆者の全固形がんによる死亡率は,生涯を通じて増大し続けていることが示されており,加齢(年齢)によりがんの好発年齢となることは,放射線被曝の影響を否定するものではあり得ない。また,性差について,男性に食道がんの罹患者が多いのは,その生活習慣(喫煙及び飲酒)によるものであって,性差そのものが危険因子となるものではない。


飲酒歴
亡Aは,毎日の飲酒はなく,営業上の接待をする際に飲酒するのが主であって,飲酒量自体かなり少ない。
そして,消化器がんへの生活習慣の寄与度は約30%弱とする報告(甲B29)があることも踏まえると,飲酒歴が食道がんに及ぼす影響は極め
て低いと考えられる。

喫煙歴
亡Aは,食道がん発生まで約20年禁煙しており,亡Aは,平成24年8月に食道がんが発見される前の約20年間にわたり禁煙しており,その喫煙歴は,食道がんの危険因子としては極めて低かった。


飲酒歴及び喫煙歴の複合効果
飲酒及び喫煙が相互に影響した場合に食道がんのリスクをどのように増加させるかを研究したLほかJointEffectsofSmokingandAlcoholDrinkingonEsophagealCancerMortalityinJapaneseMen:FindingsfromtheJapanCollaborativeCohortStudy(和文名:日本人男性の食道がん死亡率における喫煙と飲酒の複合結果について2014年(平成26年)付け(甲B15,16。以下JointEffects論文という。)によれば,亡Cは,非喫煙者又は禁煙者に区分されるところ,同区分において,①飲酒歴の有無(飲酒なし,断酒者又は飲酒者)により区分されたハ
ザード比の多くは1未満となり,②飲酒量(1単位未満,1単位以上3単位未満又は3単位以上)により区分されたハザード比は全てにおいて1未満となることからすると,飲酒及び喫煙が複合したことにより食道がんのリスクを高める要因とはならない。
むしろ,禁煙及び禁酒が食道がんのリスクをどのように減少させるかを研究したMほかSmokinganddrinkingcessationandtheriskofoesophagealcancer(甲B17。以下cessation論文という。)に
よれば,長年の禁煙という事実が,食道がんの危険因子としての飲酒・喫煙歴が並存することにより高められたリスクを低下させる要因となることが明らかとなっており,20年にわたり禁煙した亡Aについても,前記リスクは低下している。
以上のとおり,亡Aの飲酒及び喫煙歴は,亡Aの食道がんを発生させる
リスクとしては極めて低いものである。

以上のとおり,食道がんの危険因子としての亡Aの加齢(年齢)及び性差,飲酒並びに喫煙歴は,亡Aの申請疾病である食道がんの発症リスクを高めるものということはできず,ほかに,その発症リスクを高める危険因子は存しないのであるから,放射線の影響がなくとも亡Aの申請疾病であ
る食道がんが発症したといえるような特段の事情はない。
(4)

検討
亡Aは,相当程度強度の放射線被曝を受けたと考えられ,仮に爆心地付近
への入市の事実がなくとも同様であるところ(前記(2)),亡Aは7歳という放射線の感受性が強い時期に被曝をしている上に,放射線被曝と食道がんとの間には強度の関連があり,低線量被曝であっても同様であること(別紙2の第1の3(1))放射線の影響がなくとも食道がんが発症したといえるよう,
な特段の事情もなく(前記(3)),むしろ,放射線起因性の明らかな甲状腺腫を発症したこともあること(前記(1)イ(イ)a)や,亡Aと行動を共にした父
及び次姉が早期に死亡しており(同(エ)),その死に放射線が影響していると考えられることからすれば,亡Aの申請疾病である食道がんの放射線起因性は明らかである。
2
要医療性
亡Aは,平成24年9月に食道がんの手術を受けた後も,肝移転の増悪等により,複数回にわたる入院検査,治療及び投薬等を受けるなどしていたのであるから,亡Aの申請疾病である食道がんについて,要医療性があることは明ら
かである。
3
結論
以上のとおり,亡Aの申請疾病である食道がんについては,原爆症認定要件を充足する。

第2
1
被告の主張の要旨
放射線起因性
(1)

亡Aの被爆等の状況等
被爆等の状況
亡Aは,昭和20年8月9日の長崎原爆投下当時,爆心地から約4.0
~4.3km地点の本件社員寮内において被爆し,同月10日~13日頃までの間も,本件社員寮周辺にとどまっていたのであって,亡Aが,父の知人を頼って,前記期間中に爆心地付近を経由して本件社員寮と同知人の家のあるgを往復した事実は否認する。
亡Aの被爆者健康手帳交付申請書(昭和56年5月1日付け)及びこれ
に添付された申立書(乙B21の下方通し番号949,950頁)をみると,亡Aの父は長崎原爆投下の翌日に親戚を探しに行ったが,亡Aらは本件社員寮の敷地内の防空ごうにおいて様子を見たとか,本件社員寮の片付け等をしていた旨の記載があり,本件社員寮付近にとどまっていたものと合理的に解される記載がされており,亡Aの母及び2人の兄の被爆者健康
手帳交付申請書(乙B7の4~6)にも,gに避難した旨の記載がなく,これらの交付申請書が被爆者健康手帳の取得を目的とするもので,あえて爆心地付近に入市しなかったことを前提とする虚偽の記載をする必要はないこと等に照らすと,亡Aは爆心地付近に入市しなかったものというべきである。そうであるところ,亡Aは,新審査の方針に合わせるかのように,本件A申請に係る申請書(平成25年7月9日付け)に添付したN病院のソーシャルワーカーによる亡Aからの聴取書(作成時期不詳。乙B11)には,昭和20年8月11日又は同月12日に爆心地付近に入市した旨記載するに至り,本件訴訟の訴状においては,同月10日又は11日に入市した旨主張しており,さらに主張内容を変遷させている。
しかも,前記書面に記載された避難経路の地名であるiは存在しな
い上に,昭和47年に開通した長崎本線(新線)におけるトンネル路線の名前を指すとすれば,亡Aらは,当時,同トンネルのない帆場岳を越えて,長崎原爆前の空襲により重傷を負っていた母と共にgに向かったことになるところ,これが容易には考え難いものであることからすれば,本件A申請に係る申請書の記載や本件訴訟(第1事件)における主張は,新審査
の方針に沿うよう後付けされたものであることが疑われる。
さらに,亡A及び母の各被爆者手帳交付申請書(乙B7の4,21)では,
同居人欄に長姉の記載がないなど,
長姉に関する記載が一切ない一方,
長姉と同一姓名の人物の作成に係る亡A及び母が被爆したことの被爆証明書が添付されているところ,この記載を前提とすれば,長姉が同居して
いた亡Aらとともにgに避難した旨記載された長姉の供述録取書(甲B2)の記載は信用できないし,仮に,長姉が亡Aらと同居していたとして,前記各交付申請書において亡A及び母の被爆証明をした第三者が長姉であるとすれば,長姉が,3親等内の親族が作成することはできない被爆証明書を作成したということとなり,家族のために虚偽の申請をすることを
いとわない長姉の前記供述録取書の記載は信用することができず,その内容に沿うその夫の証人Iの供述もまた信用することができない。

被爆後の健康状態等
亡Aが,長崎原爆の被爆後,発熱やのどの痛みに悩まされ,のどの痛みは継続したことや,中学校卒業くらいまで,よく扁桃腺が腫れ,高熱を出したほか,倦怠感に悩まされた事実については,これを裏付ける客観的資料がなく,否認する。

(2)

亡Aの放射線被曝の程度
申請疾病の放射線起因性の判断に当たっては,原爆症認定申請者の放射線
被曝の程度に基づく当該疾病の発症リスクを定量的に評価し,これを他原因による発症リスクと比較して放射線起因性の有無を判断するほかない(別紙2の第2の1(2))。
しかるところ,亡Aは,爆心地から4.0~4.3kmの地点に所在した自宅の屋内で長崎原爆に被爆したものであり,放射線被曝に起因する急性症状を発症したとも認められないことを前提とすると,DS02に基づく初期放射線の推定被曝線量は0.1~0.2グレイを大幅に下回る線量である。ま
た,亡Aには,放射線被曝に起因する急性症状があったとは認められず,ほかに,亡Aが高線量の被曝をしたことを推認させる特段の事情を認めるに足りない(誘導放射線又は放射性降下物により発せられた放射線による外部被曝又は内部被曝は,人体の健康への影響という観点からは重視する必要がないこと等は別紙2の第2の2(2)~(5)のとおりである。)。日本人1人当た
りの自然放射線の年間被曝線量が,年間2.1ミリシーベルトであることに鑑みれば,亡Aの前記推定被曝線量は,およそ人体に影響を及ぼすような程度のものとは考え難い。
原告Aは,亡Aの被曝の程度や,その結果,どの程度食道がんを発症するリスクが上昇するのか,それがいかなる医学的・疫学的見地を根拠とするも
のであるか等について何ら具体的に主張せず,当該リスクを定量的に評価することができない。
(3)

亡Aの申請疾病(食道がん)の危険因子
食道がんは,
放射線被曝に特異的な疾病ではない。
すなわち,
悪性腫瘍は,

国民の死因の1位であり,がんの統計’13(乙A502)によれば,男性,女性ともに,おおよそ2人に1人が一生のうちにがん(悪性腫瘍のうち上皮性のもの)と診断されるなどしている。特に,食道がんについては,性別では男女比が6:1と男性に多く,年齢では60歳ないし70歳代に好発し,全体の年代の約68%を占める。その組織型が日本で90%以上と頻度の高い扁平上皮がんである場合,飲酒及び喫煙が重大な危険因子として挙げられている。
そうであるところ,亡Aは,平成24年8月(当時74歳),食道がんと
診察されている。そして,診療録をみると,飲酒歴は40年,飲み過ぎと思うなどと述べるなど,亡Aは,長期間にわたり,常態的な飲酒の習慣を有していたほか,平成4年6月(54歳)の時点まで喫煙の習慣を有していた。以上のとおり,亡Aは,申請疾病である食道がんについて,加齢(年齢)及び性差(男性),飲酒並びに喫煙歴といった重大な危険因子を重畳的に有している。そうすると,亡Aは,放射線被曝とは無関係に,食道がんに罹患するリスクが高かったというべきである。
(4)

検討
亡Aについて,本件社員寮とgとの間の往復の事実を認めることができな
い以上,亡AのDS02に基づく初期放射線の推定被曝線量は0.1~0.2グレイを大幅に下回るごく僅かなものであるというべきである。そして,そのような被曝の程度でがんが発症するか否かについては,現在の疫学的知見をもってしても定かでなく,
万一,
そのようなことが起こり得るとしても,
その可能性は極めて乏しいというべきである。それに対して,亡Aは,食道
がんを発症しやすい男性である上,
好発年齢である74歳の頃発症しており,
その上,
食道がんの危険因子となる飲酒や喫煙歴を有していたのであるから,放射線被曝とは無関係に食道がんが発症したと考えても,何ら不自然な状況になかったというべきである。
以上を総合考慮した場合,亡Aの食道がんが放射線被曝によって発症したことについては,通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るに足りる高度の蓋然性の立証がされたとはいえないから,その放射線起因
性は認められないというべきである。
2
要医療性
不知ないし争う。

3
結論
以上のとおり,亡Aの申請疾病である食道がんについては,原爆症認定要件を充足しない。
以上
(別紙4)
争点3(原告Bの原爆症認定要件該当性)に係る当事者の主張の要旨
第1
1
原告Bの主張の要旨
放射線起因性
(1)

原告Bの被爆等の状況等
被爆等の状況
(ア)

原告Bは,2歳当時の昭和20年8月9日,爆心地から約3.5km
の長崎市j町k所在の自宅(以下単に自宅という。)の南側を流れるj川にかかる石橋の上で近所の子どもたちと遊んでいた際,長崎原爆
に被爆した。原告は,その際,唇に何らかの物が当たって,怪我をし,現在も異物が唇内に残ったままになっている。
j町で被爆した多くの被爆者が,同町において,すさまじい爆風が吹き,粉じんが立ちこめたと述べており,原告Bも,粉じんの立ちこめる中に身を置かれたものと考えられる。

(イ)

原告Bは,長崎原爆投下後間もなく,長崎駅の横にある長崎魚市場
が再開すると,同付近にある長崎港に船団を有するO(原告Bの母の養母の内縁の夫。また,以下,争点3の項において親族呼称で記載された者は,
特に明記しない限り,
原告Bから見た親族を指す。に連れられ,

長崎魚市場又は長崎港に頻繁に行った。

(ウ)

原告Bは,長崎原爆投下後,約10年間にわたり,前記(ア)の自宅に
住み,その間,付近の井戸の水を飲み,近所の畑でとれた農作物を口にしていた。

被爆後の健康状態等
(ア)

原告Bは,被爆後から小学生の頃まで,頻繁に下痢をするようにな
った。また,原告Bは,被爆後から,鼻血が止まらずに頻繁に病院に通い,その際,注射を受けたことがあるばかりか,鼻血が出やすい状況は成人後も続き,特に20歳代,30歳代の頃は,洗面所で洗顔しようと下を向いた際,急に鼻血が流れたり,勤務中に鼻血が止まらなくなったりしたことが何度もあった。
(イ)

原告Bは,平成5年(当時50歳),心筋梗塞を発症した。原告B
は,緊急入院し,カテーテル治療を受け,退院後,現在に至るまで,心筋梗塞の投薬治療を継続し,2箇月に1回以上の頻度で通院している。(ウ)

原告Bは,平成15年2月,冠動脈造影の結果,左前下行枝#6が
100%閉塞していたため,同月7日から入院し,バルーン拡張術及びステント留置術を受け,同月26日まで入院した。
(エ)

原告Bは,平成15年5月,冠動脈造影の結果,#1,2,4,5
に75%,#6に75~90%,#8に100%,#11に75%の狭窄が認められたため,同年6月,冠動脈バイパス術(4枝)を受けた。(オ)
原告Bは,平成16年5月,心臓カテーテル検査の結果,#1に7
5%,#2及び3に50%,#5に50~75%,#6に75%,#7に100%,#HLに75%,#11に75%の狭窄が認められた。(カ)

原告Bは,平成18年6月,左前行枝#6から7のステント内に5
6%狭窄,ステント出口遠位にも比較的高度の狭窄が,右冠動脈の#2に76%の狭窄が認められた。
(キ)

原告Bは,平成21年5月,心臓カテーテル検査の結果,#1,2,
5に75%,#6に99%のステント内再狭窄,#13に90%狭窄が認められた。
(ク)

原告Bは,平成23年9月,胸部絞扼感を覚え,救急搬送され,心
臓カテーテル検査の結果,左内胸動脈#12が閉塞,高位側壁枝に99%狭窄が認められ,同年10月,左回旋枝に対する経皮的冠動脈形成術を受けた。

生活習慣
原告Bは,20歳頃から,平成15年2月に入院するまでの約40年間にわたり,
最大1日1箱程度
(14~20本)
の喫煙習慣を有していたが,
同入院以降,禁煙している。

(2)

原告Bの放射線被曝の程度
前記(1)ア(ア)のとおり,原告Bは,爆心地から3.5kmの遮蔽のない屋外で直接被曝しており,相当量の初期放射線に外部被曝すると共に,放射性物質を含む大量の粉じんを吸い込むことで,健康に影響を及ぼす程度の内部被曝をしたと考えられる。原告Bは,被爆した際,唇を怪我しているため,傷口からも被爆した可能性が高い。また,原告Bは約10年間にわ
たり口にしていた井戸の水や農作物は放射性物質を多量に含んでいたものと考えられ,自宅付近の大気についても,放射性物質を含んだちりやほこりで汚染されていたため,これらによっても,相当量の内部被曝をしたと考えられる。子どもであった原告Bは,背丈が低く,成人よりも浮遊した放射性降下物による被曝の影響を受けやすかったと考えられ,
そのことは,

同じj町で14歳の時に被曝した女性の体験記からも窺われる。

また,原告Bは,被爆直後より,長崎魚市場付近に行くことで爆心地に近づいており,浮遊した放射性降下物が体や衣服に付着して外部被曝するとともに,呼吸により内部被曝したと考えられる。


さらに,原告Bは,平成5年,50歳で心筋梗塞を発症し,その後,通院を継続するも,狭窄を繰り返しているのであり,その原因としては,放射線による内部被曝があり,生涯にわたって心臓に対する傷害が進んでいることが考えられ,そのことは,K論文(甲A204)において,b地区において被爆した女性の肺組織内において,被爆から53年後にアルファ線の飛跡が確認されたことからも裏付けられる。


以上に加え,前記(1)イ(ア)のとおり,原告Bには,被爆後,頻繁に下痢をしたり鼻血が止まらなくなるなど,放射線による急性症状として典型的な症状がいくつも出ていることからすれば,原告Bが相当程度強度の放射線被曝を受けたことは明らかであり,仮に,爆心地付近への入市の事実が認められなかったとしても,以上の評価が左右されるものということはできない。

(3)

原告Bの申請疾病(心筋梗塞)の危険因子
喫煙
原告Bは,20歳から心筋梗塞を発症した50歳までの間,1日1箱にいかない程度(14~20本)の喫煙をしていたにとどまり,その本数の少なさに鑑みても,心筋梗塞を発症させるに足りるものということはでき
ない。

加齢(年齢)
法が,その前文において,被爆者の高齢化を前提としていることからすると,被爆者が高齢であるという事実を,放射線起因性を否定する事情に用いることは妥当でない。

また,平成24年発表の原爆放射線の人体影響改訂第2版(甲A

513)によれば,放射線被曝に関連してみられる免疫系の変化の多くは加齢に伴って免疫機能が衰退して行く様相と類似しており,放射線被曝によって免疫老化が促進される可能性があり,免疫老化の促進に伴って炎症応答が増強され,それにより炎症が関わる疾患発生のリスクが高くなる可
能性があるとされ,
Pら
原爆放射線のヒト免疫応答におよぼす影響
(甲
A511)によれば,1グレイの放射線被曝は約9年の免疫学的加齢に相当する効果を示すことが分かったとされていること等からすると,加齢は放射線起因性を否定する理由にはならないというべきである。

以上のとおり,心筋梗塞の危険因子としての原告Bの喫煙及び加齢(年齢)は,原告Bの申請疾病である心筋梗塞の発症リスクを高めるものということはできず,ほかに,その発症リスクを高める危険因子は存しないのであるから,放射線の影響がなくとも原告Bの申請疾病である心筋梗塞が発症したといえるような特段の事情はない。
(4)

検討
原告Bは,長崎原爆により,相当程度の外部被曝及び内部被曝をしたと考
えられ,
仮に爆心地付近への入市の事実がなくとも同様である上に
(前記(2))

原告Bは2歳という放射線の感受性が強い時期に被曝をしている。そして,放射線被曝と心筋梗塞との間には関連性があるところ(別紙2の第1の3(2))原告Bには放射線の影響がなくとも心筋梗塞を発症したといえるよう,
な特段の事情もないことを踏まえると(前記(3)),原告Bの申請疾病である
心筋梗塞の放射線起因性は明らかである。
2
要医療性
原告Bは,申請疾病である心筋梗塞のために,定期的に通院して,経過観察を行うとともに,血圧を下げ,血液の流れを良くし,心臓の働きを改善するための複数の投薬を受けている。原告Bは,これらの投薬や狭窄状況の確認のた
め,
今後も通院治療が必要とされており,
要医療性があることは明らかである。
3
結論
以上のとおり,原告Bの申請疾病である心筋梗塞については,原爆症認定要件を充足する。

第2
1
被告の主張の要旨
放射線起因性

(1)

原告Bの被爆等の状況等
被爆等の状況
(ア)

原告Bは,長崎市j町k番地(爆心地から約3.5km)にある石橋
の上で,長崎原爆に被爆した。
(イ)

原告Bが,被爆後,Oに連れられて長崎魚市場又は長崎港に頻繁に行っていた事実は否認する。
被爆時に近接し,かつ原爆症認定とは無関係に作成された中立性,客観性の高い原告Bの被爆者健康手帳交付申請書(昭和48年8月2日受付。乙C5)及びこれに添付された申述書等においては,前記事実に係る記載は一切ないばかりか,本件B申請に係る申請書(乙C1)におい
てすらそのような記載はなく,本件訴訟において初めて主張されるに至ったものであって,前記事実があった旨の原告B本人の供述は信用することができない。

被爆後の健康状態等
原告Bが,被爆後鼻血が続いた事実は,否認する。

原告Bの被爆者健康手帳交付申請書
(昭和48年8月2日受付。
乙C5)
及びこれに添付された調査票の,急性症状のうち下痢の欄には,10歳まで通院していた旨の記載があるほかは,鼻血を含め何ら記載はないのであって,
鼻血に関する原告Bの主張は,
前記調査票の記載から変遷している。
(2)

原告Bの放射線被曝の程度
申請疾病の放射線起因性の判断に当たっては,原爆症認定申請者の放射線
被曝の程度に基づく当該疾病の発症リスクを定量的に評価し,これを他原因による発症リスクと比較して放射線起因性の有無を判断するほかない(別紙2の第2の1(2))。
しかるところ,原告Bは,爆心地から約3.5km離れた屋外において長崎原爆に被爆したものであり,放射線被曝に起因する急性症状を発症したとも認められないことを前提とすると,DS02に基づく誘導放射線の推定被曝線量は0.0008グレイとなる。
原告Bは,原告Bの被曝の程度や,その結果,どの程度心筋梗塞に罹患す
るリスクが上昇するのか,それがいかなる医学的・疫学的見地を根拠とするものであるか等について何ら具体的に主張せず,当該リスクを定量的に評価することができない。
(3)

原告Bの申請疾病(心筋梗塞)の危険因子
喫煙
原告Bは,20歳頃から60歳頃(平成15年頃)まで1日約14~20本の喫煙習慣を有していたのであり,平成5年時点では,約30年の喫
煙歴を有していたことになる。

加齢(年齢)
原告Bは,平成5年当時は50歳であり,心筋梗塞の危険因子として加齢を考慮する45歳を優に超えていた。


その他の危険因子について
原告Bは,平成15年2月に不安定狭心症によりQ病院に入院した際,高トリグリセライド血症や耐糖能異常の診断を受けている上,複数の高血圧症の治療薬を処方されていること,Q病院に入院中,原告Bの食生活につき食べ過ぎや油分の取り過ぎを指摘されるとともに,原告Bやその妻も,原告Bが野菜嫌いである旨述べるなど,その食生活に問題があったことな
どの事情を考慮すると,原告Bは,平成5年に心筋梗塞を発症した当時においても,高血圧症,脂質異常症及び糖尿病の危険因子を有していた可能性は否定できない。
(4)

検討
前記(2)のとおり,原告Bは,爆心地から約3.5kmの自宅付近で被爆したとうかがえ,被爆直後に長崎魚市場等に入市した事実も,被爆後の急性症状も認められず,その推定被曝線量は,DS02における線量評価の誤差を考慮しても約0.0008グレイ程度とごく僅かであったというべきである。


また,別紙2の第2の3(2)のとおり,心筋梗塞については,1~2グレイ未満の放射線被曝との間に直接的な因果関係は認められておらず,医療従事者における放射線防護の観点から高く見積もっても,0.5グレイをしきい値とする,確定的影響に係る疾病であるとされる。そうであるところ,原告Bの前記推定被曝線量は,しきい値である0.5グレイの約600分の1というごく僅かなものと考えられるし,仮に,心筋梗塞の発症にしきい値がないとの前提に立ったとしても,原告Bの放射線被曝の程度が
極めて小さいことに鑑みれば,当該放射線被曝による心筋梗塞発症リスクの上昇も極めて小さい。
したがって,
原告Bの放射線被曝による心筋梗塞の発症リスクの上昇は,
認められないか,仮にあってもごく僅かであるので,原告Bの心筋梗塞が放射線に起因するものであるか否かは慎重に検討する必要がある。

その上,
前記(3)のとおり,
原告Bは,
心筋梗塞を発症した平成5年当時,
少なくとも,約30年の喫煙歴,加齢(年齢)といった心筋梗塞の危険因子を有していたほか,高血圧,脂質異常症,糖尿病等及び家族歴といった危険因子を重畳的に有していた可能性もあり,専らこれらの他原因のみによっても心筋梗塞を発症したものとして,十分に説明がつく状況であっ
た。

以上を総合すれば,原告Bの心筋梗塞が,放射線被曝とは無関係に発症したのではないかという合理的な疑いが十分に存するというべきである。よって,原告Bの申請疾病である心筋梗塞が,原告Bが受けた放射線被曝によって発症したことについては,通常人が疑いを差し挟まない程度に
真実性の確信を持ち得るに足りる高度の蓋然性の立証がされたとはいえないから,その放射線起因性は認められないというべきである。
2
要医療性
不知ないし争う。

3
結論
以上のとおり,原告Bの申請疾病である心筋梗塞については,原爆症認定要件を充足しない。
以上
(別紙5)
争点4(亡Cの原爆症認定要件該当性)に係る当事者の主張の要旨
第1
1
原告Cの主張の要旨
放射線起因性
(1)

亡Cの被爆等の状況等
被爆等の状況
(ア)

亡Cは,4歳当時の昭和20年8月9日,爆心地から約4.4kmの
長崎市l町m番地所在の叔父方(以下単に「叔父方という。なお,以下,争点4の項において親族呼称で記載された者は,特に明記しない限り,亡Cから見た親族を指す。)に疎開していた。
亡Cは,同日,叔父方前の屋外で友人と遊んでいたところ,長崎原爆に被爆し,爆風にあおられて打撲し,当時叔父方にいた母,姉及び弟と共に,自宅付近の防空ごうに避難した。

(イ)

亡Cは,防空ごうにおいて,勤務先から駆け付けた父と合流すると,
叔父方へ戻り,昭和20年8月9日午後4時頃,父と共に父の知人を探しに行くこととし,歩いたり父におぶわれたりしながら,長崎市n町,県庁付近,長崎駅付近を経由して爆心地に近づくなどしたが,日が暮れる頃に中断し,叔父方へ戻った。
亡Cは,その翌日及び翌々日も,父と共に,父の知人が暮らす長崎市
o町や爆心地から0.5kmのp町を歩くなどした。
(ウ)

亡Cは,昭和28年まで,叔父方又はその付近において,父,母,
姉及び弟とともに生活し,その間,叔父方の井戸から井戸水をくみ上げて生活用水として使用し,叔父方付近のグラウンドで収穫された芋を食べ,汁物を作るのに海水をくみ,その中に叔父方付近に自生していた野草を入れるなどして食べていた。

被爆後の健康状態等
(ア)

亡Cは,被爆して間もなくの頃から,下痢や下血,歯茎からの出血
や貧血,湿疹,だるいなどの症状が出た。小学校に入学してからも,貧血などで体の調子が悪いことが多く,湿疹も続いていた。また,風邪をひきやすく,体がだるい,疲れやすい等の症状も続いていた。また,被
曝後,亡Cの歯は抜け始め,30歳には総入れ歯となった。
(イ)

亡Cは,前記(ア)のような健康状態であったことから,特に健康には
気を使い,規則正しい生活を送り,酒を飲まず,喫煙はせず,定期的に健康診断を受けていた。
(ウ)

亡Cは,平成20年頃,前立腺がんを発症し,手術を受けた。

(エ)

亡Cは,平成25年10月,大腸内視鏡検査により,S字結腸にポ
リープがある旨の指摘を受け,その後,大腸がんである旨の診断を受けたことから,同年12月13日,内視鏡による切除手術を受けた。(オ)

亡Cは,平成25年11月,胆管がんである旨の診断を受け,同年
12月16日,開腹手術を受けるも,がん性腹膜炎の所見のため,試験
開腹となり,同月24日から,全身化学療法が開始された。
(カ)

亡Cは,平成26年12月,腸閉塞を発症し,その後,がんが小腸
に転移して,小腸を切除する手術を受けた。
さらに,亡Cは,がん性腹膜炎を発症して入退院を繰り返し,痛み止めや点滴,下剤の投与などを受けていたが,平成27年▲月▲日,死亡
した。

家族の健康状態
(ア)

叔父の妻は,長崎原爆投下当時,長崎市の市街地付近の軍事工場で
働いており,叔父方に元気に戻ってきたものの,その後苦しみ始め,毛髪が抜けて全身が赤くはれ上がり,数日後に死亡した。
(イ)

亡Cを連れて知人らの捜索をした父は,昭和40年頃,胃がんで死亡した。
また,
長崎原爆当時叔父方にいた母と姉は,
腎不全で死亡した。
(2)

亡Cの放射線被曝の程度
亡Cは,昭和20年8月9日~11日,爆心地から0.5kmの地点にまで足を踏み入れ,原爆投下から100時間以内に長崎市内に入市し,長時間歩き回っており,新審査の方針が定める原爆投下後100時間以内の入
市要件を満たしている。そして,亡Cは,この間,誘導放射化した粉じんや放射性降下物の微粒子を相当量含む粉じん等が充満する中を移動したことにより,長時間にわたり,これらを大量に外部被曝したり,呼吸等により体内に取り込んだりするなどしたことで,内部被曝したと考えられる。その上,亡Aは当時4歳で身長は低く,舞い上がる粉じん等を吸い込みや
すかったと考えられる。

また,亡Cは,叔父方において,長崎原爆投下の数日後に死亡した叔母に接触したほか,被爆後8年あまり長崎県l町で生活することで,相当量の残留放射線に被曝するとともに,ちりやほこりを吸い込んだり,食物を摂取したりすることで,放射性物質を多量に体内に取り込み,内部被曝を
していると考えられる。

以上に加え,①前記(1)イ(ア)のとおり,亡Cには,被爆して間もなくの頃から,下痢や下血,歯茎からの出血や貧血,湿疹,だるいなどの症状が出たほか,歯は30歳までに全て抜けるなど,放射線による急性症状として典型的な症状がいくつも出ていることや,②亡Cと行動を共にした父が
胃がんで,母及び姉が腎不全で死亡していることも併せ考慮すれば,亡Cが相当程度強度の放射線被曝を受けたことは明らかである。
(3)

亡Cの申請疾病(大腸がん及び胆管がん)の危険因子
被告は,(年齢)
加齢
及び性差は食道がんの危険因子となる旨主張するが,

加齢(年齢)について,LSS第14報において,被爆者の全固形がんによる死亡率は,生涯を通じて増大し続けていることが示されており,加齢(年齢)によりがんの好発年齢となることは,放射線被曝の影響を否定するものではあり得ない。
また,
被爆者の高齢化を踏まえると,
被告の主張によれば,
原爆症認定される者はほぼいなくなるのであって,かかる主張は不合理である。
以上のとおり,大腸がん及び胆管がんの危険因子としての亡Cの加齢(年
齢)及び性差,飲酒並びに喫煙歴は,亡Cの申請疾病である大腸がん及び胆管がんの発症リスクを高めるものということはできず,ほかに,その発症リスクを高める危険因子は存しないのであるから,放射線の影響がなくとも亡Cの申請疾病である大腸がん及び胆管がんが発症したといえるような特段の事情はない。

(4)

検討
亡Cは,相当程度強度の放射線被曝を受けたと考えられ(前記(2)),亡C
は4歳という放射線の感受性が強い時期に被曝をしている上に,放射線被曝と大腸がん及び胆管がんとの間には強度の関連があり,低線量被曝であっても同様であること(別紙2の第1の3(1)),放射線の影響がなくとも大腸が
ん及び胆管がんが発症したといえるような特段の事情もなく(前記(3)),むしろ,複数のがんを相次いで発症していること(前記(1)イ(ウ)~(オ))や,亡Cと行動を共にした父が早期に死亡しており(同ウ(ア)),その死に放射線が影響していると考えられることからすれば,亡Cの申請疾病である大腸がん及び胆管がんの放射線起因性は明らかである。

2
要医療性
亡Cは,申請疾病である大腸がん及び胆管がんにつき,前記1(1)イ(オ)及び(カ)のとおり,化学療法及び服薬治療を継続し,がん性腹膜炎を発症して,痛み止めなどの対症療法を受けていたのであるから,要医療性がある。
3
結論
以上のとおり,亡Cの申請疾病である大腸がん及び胆管がんについては,原爆症認定要件を充足する。
第2
1
被告の主張の要旨
放射線起因性
(1)


亡Cの被爆等の状況等
被爆等の状況
(ア)

亡Cが叔父方前で被爆した事実は否認する。
亡Cの被爆者健康手帳交付申請書(昭和59年5月20日付け。乙D
4)には,亡Cが長崎原爆投下時に叔父方内で遊んでいた旨の記載があり,本件C申請に係る申請書(平成26年2月21日付け)に添付されたN病院のソーシャルワーカーによる亡Cからの聴取書(乙D1)にも同様の記載があり,あえて屋外ではなく屋内で被爆した旨虚偽の記載をする必要はないこと等に照らすと,亡Cは,叔父方内で被爆したものというべきである。
(イ)

亡Cが昭和20年8月9日から同月11日までの間に爆心地付近に
入市した事実は否認する。
亡Cの被爆者健康手帳交付申請書(昭和59年5月20日付け。乙D4)には,亡Cが父と共に被爆当日から3日間にわたって爆心地付近に入市した事実は全く記載されておらず,長崎原爆投下の翌日からも両親と同じ行動をしていた旨記載するところ,亡C作成に係る母の被爆者健
康手帳交付申請書
(同日付け。
乙D7)
には,
長崎原爆投下の翌日以降,
叔父方に帰り,夫(亡Cの父)と2人で片付けをするなどしていたと記載されているのであるから,亡Cは,長崎原爆投下の当日以降,叔父方付近にとどまっていたというべきであるし,長崎原爆投下当時,爆心地付近は火災等により灼熱の焦土と化していたというのであり,およそ幼
子を連れて歩き回るような状況ではなかったというべきであって,亡Cの父が,長崎原爆投下の当日から3日間,当時4歳であった亡Cを連れてq町等の爆心地付近へ行き知人らを探していたこと自体,信用しがたい。

被爆後の健康状態等
亡Cが被爆後に下痢等の症状を発症した事実は否認する。
亡Cに急性症状を発症したことを認めるに足りる客観的証拠は何ら提出
されておらず,湿疹ができたという点についても,亡C自身,にきびにできた膿を指す旨供述しているにとどまり,にきびとの違いも定かではない。(2)

亡Cの放射線被曝の程度


申請疾病の放射線起因性の判断に当たっては,
原爆症認定申請者の放射
線被曝の程度に基づく当該疾病の発症リスクを定量的に評価し,
これを他
原因による発症リスクと比較して放射線起因性の有無を判断するほかない(別紙2の第2の1(2))。

(ア)

しかるところ,亡Cは,爆心地から約4.4kmの地点に所在した叔
父方の屋内で長崎原爆に被爆したものであり,仮に,爆心地から3.5km地点で被爆した場合のDS02に基づく推定被曝線量は0.
0008
グレイであるから,亡Cの場合,これを更に大幅に下回る線量となる。(イ)

原告Cの主張によれば,
①母と姉はいずれも腎不全で死亡し,
②父は

胃がんで死亡したとのことであるところ,①腎不全については,その疾病概念は広く,母と姉の病状の詳細は不明であるし,そもそも,その発症と放射線被曝との関連性を認めた疫学的知見は存在せず,②胃がんについても,放射線被曝以外の原因によっても生じ得るものである上,本件証拠上,父の詳細な被曝状況は不明であるから,父が胃がんを発症したからといって,亡Cが高線量の被曝をしたことが裏付けられるものではない。

(ウ)

また,亡Cには,放射線被曝に起因する急性症状があったとは認め
られず,ほかに,亡Cが高線量の被曝をしたことを推認させる特段の事情を認めるに足りない(誘導放射線又は放射性降下物により発せられた放射線による外部被曝又は内部被曝は,人体の健康への影響という観点からは重視する必要がないこと等は別紙2の第2の2(2)~(5)のとおりである。)。そうすると,亡Cの前記推定被曝線量が人体に影響を及ぼすような程度のものとは考え難いことは,別紙3の第2の1(2)のとおり
である。

他方,原告Cは,亡Cの被曝の程度や,その結果,どの程度大腸がんおよび胆管がんを発症するリスクが上昇するのか,それがいかなる医学的・疫学的見地を根拠とするものであるか等について何ら具体的に主張せず,当該リスクを定量的に評価することができない。

(3)

亡Cの申請疾病(大腸がん及び胆管がん)の危険因子
大腸がんは,大腸に発生するがんで,日本人では,S状結腸及び直腸にが
んができやすいといわれている。大腸がんの好発年齢は50歳以上であり,罹患率は高齢になるほど高くなって,大腸がんの罹患率及び死亡率は,ともに男性が女性の約2倍と高い傾向にある。大腸がんは,家族歴,過体重,肥満,飲酒等がリスク要因とされている。胆管がんは,胆管(肝臓と十二指腸の間にある管)にできるがんで,50歳以上で多く発症するとされており,高齢になればなるほど罹患者数が増加するとされている。また,肝門部胆管がんの男女比は,約2:1である。
そうであるところ,亡Cは,大腸がん及び胆管がん発見時にいずれも72
歳であった男性であるから,好発年齢を20年以上も上回って,大腸がんができやすいS状結腸に発症している。また,仮に,放射線被曝が寄与したにもかかわらず,前記のように好発年齢を20年以上も経過した後に胆管がんが発症するとは考えがたい。
(4)

検討
前記(1)のとおり,亡Cには昭和20年8月9日~11日に長崎原爆の爆心地付近に入市した事実を認めることができない以上,亡CのDS02に基づく初期放射線は放射線被曝の程度については,推定被曝線量は0.0008グレイであるから,亡Cの場合,これを更に大幅に下回る線量となる。そして,そのような被曝の程度でがんが発症するか否かについては,現在の疫学的知見をもってしても定かでなく,万一,そのようなことが起こり得るとし
ても,
その可能性は極めて乏しいというべきである。
それに対して,
亡Cは,
大腸がん及び胆管がんの好発年齢を20歳以上も上回ってこれらのがんを発症しているのであるから,亡Cは,原爆放射線に被曝していない一般的な高齢の男性が発症するのと同様,加齢に伴って発症したものと考えるのが自然かつ合理的である。

以上を総合考慮した場合,亡Cの大腸がん及び胆管がんが放射線被曝によって発症したことについては,通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るに足りる高度の蓋然性の立証がされたとはいえないから,その放射線起因性は認められないというべきである。
2
要医療性
不知ないし争う。

3
結論
以上のとおり,亡Cの申請疾病である大腸がん及び胆管がんについては,原爆症認定要件を充足しない。
以上
(別紙6)
争点5(国家賠償責任の成否)に係る当事者の主張の要旨

第1
1
原告らの主張の要旨
厚生労働大臣が本件各却下処分をしたことが国賠法1条1項の適用上違法であること
(1)

法が,
人類史上最悪の被害を受けた被爆者を救済するための社会保障と国
家補償の性格を有する特殊な立法であることに加え,平成6年法律第117号による廃止前の原子爆弾被爆者の医療等に関する法律に係る最高裁平成10年(行ツ)第43号同12年7月18日第三小法廷判決・裁判集民事198号529頁(以下最高裁平成12年判決という。)が,放射線起因性の判断に当たっては,原子爆弾の線量評価システムであるDS86に基づく放射線量の計算式を形式的に当てはめるのではなく,被爆者の被爆後の症状や健康状態等をも踏まえる必要があることを説示していること等を踏まえる
と,放射線の影響があることを否定し得ない負傷又は疾病にかかり,医療を要する状態となった場合には,放射線起因性が推定されるのであって,放射線の影響を否定し得る特段の事情が認められない限り,厚生労働大臣は,その負傷又は疾病について放射線起因性があるもの判断すべき職務上の法的義務を負う。
また,厚生労働大臣は,新審査の方針に則って放射線起因性の判断をして
いるのであるから,
新審査の方針に明示された基準に該当する者については,
当然に放射線起因性があるものと判断すべき職務上の法的義務を負う。そして,厚生労働大臣は,要医療性についても,当時存する関係資料等から,これを肯定できる場合には,要医療性があるものと判断すべき職務上の法的義務を負う。
(2)

本件各被爆者の被爆等の状況
(別紙3~5の各第1の1(1))
に照らせば,
本件各被爆者が,それぞれ,放射線の影響があることを否定し得ない負傷又は疾病にかかり,医療を要する状態となった場合に当たることは明らかであり,放射線の影響を否定し得る特段の事情もない以上,厚生労働大臣は,本件各被爆者の申請疾病(亡Aの食道がん,原告Bの心筋梗塞並びに亡Cの大腸がん及び胆管がん)について,それぞれ放射線起因性があるものと判断す
べき職務上の法的義務を負っていた。
また,以上に照らせば,本件各被爆者が,新審査の方針に明示された基準に該当する者に当たることも明らかであったのであるから,この点からしても,厚生労働大臣は,前記の本件各被爆者の申請疾病について,それぞれ放射線起因性があるものと判断すべき職務上の法的義務を負っていた。
それにもかかわらず,厚生労働大臣は,本件各申請について,前記の本件各被爆者の申請疾病につき,放射線起因性を認めず,本件各却下処分をしたのであるから,厚生労働大臣が本件各却下処分をしたことは,国賠法1条1項の適用上違法である。
2
損害等
本件各被爆者は,当然に受けられるべき原爆症認定を受けることができず,本件各却下処分により精神的,肉体的,経済的苦痛を受けており,当該苦痛に対する慰謝料は,各200万円を下らない。また,違法な本件各却下処分により,本件訴訟の提起を余儀なくされたのであり,本件訴訟を提起するために代理人に支払うことを約した着手金・報酬のうち,少なくとも各100万円は,
本件各却下処分と相当因果関係を有する損害に当たるというべきである。そして,亡Aは,平成27年▲月▲日に死亡し,その妻である原告Aが亡Aの前記損害賠償請求権を相続した。また,亡Cは,同年▲月▲日に死亡し,その妻である原告Cが亡Cの前記損害賠償請求権を相続した。
第2

被告の主張の要旨
本件各却下処分がいずれも適法であることは,別紙2~5の各第2(被告の主張の要旨)のとおりである。
したがって,本件各却下処分が違法であることを前提とする国賠法上の請求には理由がないというべきである。
以上
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