判例検索β > 平成31年(わ)第243号
傷害、傷害致死、暴行、強要被告事件
事件番号平成31(わ)243
事件名傷害,傷害致死,暴行,強要被告事件
裁判年月日令和2年3月19日
裁判所名・部千葉地方裁判所  刑事第5部
裁判日:西暦2020-03-19
情報公開日2020-04-07 14:00:20
裁判所の詳細 / 戻る / PDF版
平成31年

第243号,第320号,第425号

傷害,傷害致死,暴行,強要

被告事件
令和2年3月19日

千葉地方裁判所刑事第5部判決

主文
被告人を懲役16年に処する
未決勾留日数中210日をその刑に算入する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は,Aと婚姻し,その間に長女Bをもうけたが,Bの出生後ほどなく,A及びBと別れて暮らすようになり,平成23年にはAと離婚した。しかし,被告人は,平成28年7月頃,Aからの連絡で再会し,約8年ぶりにBとも再会して同年9月頃からBも含めて3人で生活するようになり,平成29年2月にはAと再婚し,同年6月15日には次女が出生した。ところが,次女の出生後,Aが体調を崩して入院するなどしたため,被告人は,同年7月末頃,Bと次女を連れて千葉県野田市の実父母方に一時身を寄せ,同年9月頃からは,千葉県野田市内のアパート(後出の被告人方)において,退院したAも合流して家族4人で生活するようになった。その中で,被告人は,Bに対し,暴力を振るうなどの虐待に及ぶようになり,以下の第1ないし第3,第5及び第6の各行為に及び,Aに対しても第4の行為に及んだ。
第1

被告人は,平成29年11月上旬頃,千葉県野田市内の被告人方において,B(当時9歳)に対し,その頭部を手で殴るなどの暴行を加えた。
第2

被告人は,上記第1の事実が明るみになり,Bが児童相談所に一時保護されたり実父母方に預けられたりしたためBと離れて生活した時期を経て,平成30年4月頃から被告人方にBを引き取って生活するようになっていたが,同年7月10日頃から,Bに対し,殊更に家族から疎外するような言動をしたり,長時間にわたり廊下や浴室,玄関に立ち続けさせ,あるいは屈伸をすることを無理強いしたり,さらには身体にあざが残るような暴力を振るったりするようになった。
そして,被告人は,同月30日午前5時40分頃から同日午前6時41分頃までの間,被告人方において,B(当時9歳)がかねてから上記のような虐待を受けていたため被告人を極度に畏怖していたことに乗じ,もしその要求に応じなければBの身体に更にいかなる危害を加えるかもしれない気勢を示すなどして,その旨Bを怖がらせ,Bに命じ,被告人方浴室で,トイレの便器を用いないでした大便を右手に持たせて被告人のカメラ機能付き携帯電話機の被写体にさせ,もってBに義務のないことを行わせた。
第3

被告人は,Bが被告人と一緒に暮らしたくない旨被告人の実父母に訴え,また,同人らにあざがあることなどを見とがめられたことをきっかけに,平成30年9月からBを再び実父母方に預けていたが,実父母方の都合等で同年末から翌年始にかけてBを被告人方に引き取ることになった。そして,被告人は,平成30年12月30日頃から平成31年1月3日頃までの間,被告人方において,B(当時10歳)に対し,その身体を両手首をつかんで引きずり,その身体を両手首をつかんで引っ張り上げた後に両手首を離して床に打ち付けさせたりしたほか,態様不詳ながらその顔面及び胸部を圧迫し又は打撃するなどの暴行を加え,よって,Bに全治約1か月間を要する顔面打撲及び胸骨骨折の傷害を負わせた。

第4

被告人は,前記第3の行為の間である同月1日頃,Bに対する暴行を見かねたAがこれを制止しようとしたことに憤慨し,被告人方リビングにおいて,A(当時31歳)に対し,その胸倉をつかんでその顔面を平手で殴り,Aをその場に押し倒してその胸部に自己のでん部を密着させてAの身体に馬乗りになり,さらに,立ち上がったAの大腿部を足で蹴る暴行を加えた。

第5

被告人は,前記第3のとおりBを負傷させたため,外に連れ歩けないと考え,予定していた家族旅行をキャンセルしたが,その不満をBにぶつけ,同月5日頃,前記第3の暴行に加え,その頃Bを被告人方浴室等に立たせるなどしていたためBが被告人を極度に畏怖していたことに乗じ,被告人方リビングにおいて,B(当時10歳)に対し,

責任取れよ,年末年始,年末に戻せ。大晦日の日に戻せ。ごめんなさいって言うならやれよ。時間戻してくれよ。5日前に戻してくれよ。

俺もう何も信用してないよお前のことなんか。てか,二度と信用しねーよ。だからやるまでやらせるっつってんだろ。ガタガタ言ったってとにかくやれって言うだろ俺は。聞いてねーだろお前の話なんか。

生活があんだよ,お前と違って。お前みたいに暇人じゃないんだよ,こっちの3人は。楽しい予定もあったのに。全部お前のせいでそれなしだよ。

立てよ。行けよ。何やってんだよ。風呂場行けよ。行けっ。

などと,もしその要求に応じなければBの身体に更にいかなる危害を加えるかもしれない気勢を示して語気鋭く申し向け,その旨Bを怖がらせ,首を横に振って嫌がるBの着衣をつかんで被告人方廊下に引っ張り出す暴行を加え,さらに,Aに助けを求めるBに対し,

やることあんだ行けよ,邪魔だから。行けっつってんだよ。行けよ早く。

などと前同様に語気鋭く申し向けながら自己の身体を更にBに近づけ,Bを怖がらせ,Bを被告人方浴室に行かせて同所及び被告人方脱衣所で立たせ続けるなどし,もってBに義務のないことを行わせた。
第6

被告人は,上記第5の行為の後も,Bを実父母方に帰さず,また,小学校にも登校させないまま,被告人方で生活させていたが,同月22日午後10時頃から同月24日午後11時8分頃までの間,Bを飢餓状態にするとともに強度のストレスを与えることにより著しく衰弱させることも構わないと考え,被告人方において,B(当時10歳)に対し,食事を与えないとともに,長時間,被告人方リビング及び被告人方浴室に立たせ続けたり肌着のみの状態で暖房のない被告人方浴室に放置したりするなどして十分な睡眠を取らせなかったほか,その間の同日午後1時頃には,被告人方浴室において,水に濡れた肌着のみを着用させたBに,

5秒以内に服を脱げ。5,4,3,2,1。

などと申し向けては直ちにその頭部及び身体にボウルに入れた冷水を浴びせかけることを数回にわたり繰り返した上,服を脱ぎ終えたBに

シャワーで流せよ。お湯じゃないだろう。なんでお湯なんだ。

などと申し向けてシャワーでその身体に冷水を浴びせかけ,同日午後4時頃には,被告人方リビングの床にうつ伏せにしたBの背中に座り,その両足をつかんでその身体を反らせるなどし,さらに,同日午後9時50分頃には,被告人方寝室に入ろうとしたBに

寝るのはだめだから。

などと申し向けて被告人方浴室に連れ込み,シャワーでその顔面に冷水を浴びせ続けるなどの暴行を加えた。その結果,Bは,前記一連の行為による飢餓状態及び強度のストレス状態に起因するケトアシドーシス等に陥り,よって,同日午後11時8分頃までに,同所において,これに基づくショック若しくは致死性不整脈又は溺水により死亡した。
(事実認定の補足説明)
第1
1
判示第1について
争点

被告人は,Bの頭部を殴るなどの暴行は加えていない旨供述し,弁護人も,判示第1については無罪である旨主張する。
2
Bの生前の供述
Bの生前の供述内容

この事実に係る直接証拠は,次のようなBの生前の供述である。

Bは,平成29年11月6日,当時通っていた小学校で行われたいじめにかんするアンケート(以下本件アンケートという。)において,

お父さんにぼう力を受けています。夜中に起こされたり,起きているときにけられたりたたかれたりされています。先生,どうにかできませんか。

などと記載した(甲98)。

この記載に気付いた担任教諭Xは,校長の指示を受け,翌7日,Bから本件アンケートの記載内容に関して聞き取りを行った。Bは,Xからの質問に対し,母親(A)がいないときに被告人から頭を拳で10回くらい殴られたり,背中や首を蹴られたりしたと述べ,片方の手を口に当て,片方の手を頭の後ろに乗せ,顔を下に沈める動作をしながら,口を塞がれ,顔を床に押し付けられる,自分の体は大丈夫かなと思ったとも話し,さらに,昨日(同月6日)も被告人に叩かれた,頭,背中,首を蹴られたなどと話した上で,頭の方に手を近づけて,今も痛いと言い,Xは,これらを本件アンケートに赤ボールペンでメモした。さらに,Xは,同月2日にBが目を赤くしていて結膜炎と説明していたことについても,被告人からの暴力であるのかと質問したところ,Bは,これも被告人に殴られたと答えるなどした(甲98,X証言。Xは,上司や関係機関に報告する必要も意識し,誘導にならないように注意してBに質問したと述べている上,証言に係るBの供述内容の正確性についても,Bの態度や表情の具体的な描写に加え,本件アンケートに記載された走り書きにより十分裏付けられている。)。

これを受けて,Bは,同月7日,C児童相談所に一時保護されることとなり,
同日行われた同所の児童福祉司甲との面談において,Bは甲に対し,被告人から,叩かれたり,蹴られたりする,夜中に立たされるため寝不足で,学校へ行くのがつらい旨を打ち明けた(甲証言)。さらに,同所の児童心理司乙も同月10日,17日及び28日にBから聞き取りを行い,そこでもBは,被告人から首や背中をゴンと殴られる,壁に向かって寝るように言われて,足で壁に押さえつけられ,鼻が壁に当たって痛かった,口と鼻を押さえつけられて息ができなかったことがあるなどと打ち明けた(乙証言)。(甲及び乙も,Bが打ち明けた内容やその際の様子等について具体的に証言している上,誘導することのないよう聞き取る手法等にも照らし,Bの供述を忠実に再現するものとして信用性を疑わせる事情はない。)Bの生前供述の信用性
X,甲及び乙の各証言に表れたBの生前供述の内容は,まさに自分自身に直接向けられた被告人の言動,あるいは直接身体に加えられた有形力で,かつ,いずれも単純なものであって,当時9歳の児童であっても,認識や知覚さらには記憶が容易かつ可能な事柄であるといえる。また,Bの供述は,単に被告人から夜中に立たされたというだけでなく,寝不足になり学校へ行くことがつらかったなど,それに伴って自身が困った具体的エピソードを伴っていたり,被告人から足で壁に押さえつけられたことについても,鼻が壁に当たって痛かったなどと自己の体験として特徴的と捉えた内容を率直かつ具体的に供述したりしている。Bから聞きとったXらも,Bが自分の言葉で,淡々と,ときには涙を流しながら話をしてくれたと証言しており,当時9歳の児童ながら,耳を傾けてくれた大人に対し,身に起こったことをありのまま精一杯伝えようとしていたBの様子をうかがうことができる。また,Bは,本件アンケートへの記載をきっかけに児童相談所に一時保護され,突如,被告人からだけでなく母親からも離され,一人で見知らぬ人々と共同生活する状況になった。被告人から逃れたかったとしても,ここまでの状況をBがあらかじめ想定できていたとは考えにくい。それでもなお,Bは,一時保護後に甲及び乙に対しても,Xに話した内容と同旨の被害を一貫して供述し続けている。この点,弁護人は,虚偽の供述をしたBが児童相談所に保護されるなど大事になったことから,後に引けなくなった疑いがあると指摘する。しかし,そうであれば,Bの供述には,予想を超えた事態への当惑や動揺,あるいはそれを糊塗しようと次第に誇張した内容になるなどの変化が表れそうに思われるところ,Bの供述内容にそのような変遷や混乱,前後の矛盾等は格別見当たらないのであり,弁護人の指摘には理由がない。
加えて,同月10日に行われた児童相談所における診察においてBの顔面に内出血が認められたこと(甲115)や,同年12月13日に実施された医学診断においてBにPTSDの疑いがある旨の診断がされていること,さらには,同年11月3日午前1時22分にBが脱衣所でうずくまる様子を撮影した写真や同月4日にBが大泣きする様子を撮影した動画が存在すること(甲100)は,同月上旬頃,被告人から,夜中に立たされたり,繰り返し殴る蹴るなどの暴行を受けたりしたとするBの供述と整合的であり,Bの供述を一定程度支えるものといえる。以上からすれば,Bの供述は十分に信用することができる。
3
被告人の供述と評価

これに対し,被告人は,公判廷において,同月上旬頃,Bに対し暴行を加えたことは一切ない,心当たりと言えば,寝相の悪いBを布団に戻すために抱き上げたり,毛布を掛け直したりしていたので,これらの行動をBは暴行と勘違いしているのではないかと思うと供述する。
しかし,当時9歳のBが,抱き上げられたり,毛布を掛けられたりする行為を,殴ったり,蹴ったりする暴行と勘違いするとはおよそ考えられない。また,

お父さんにたたかれたというのは,うそです。

などと記載されたB作成の書面(甲99資料11)があるものの,これは,平成30年2月24日,被告人が作成した文案をLINEを利用してAに対して送信し(甲117資料2),Aを介してBにその文案どおりの文章を書くように指示したことにより,Bが文案と一言一句違わずに書いたものであることが明らかである。すなわち,この書面はBが自発的にした供述とは評価できないものであり,前記2のB供述の信用性を左右する証拠価値はないし,被告人の供述を裏付けるようなものでは全くない。平成29年11月上旬頃,Bに対し一切暴行を加えていないという被告人の供述は,到底信用できない。4
結論

信用できる前記2(1)のようなBの供述によれば,Bは,Xから聞き取りを受けた日である平成29年11月7日の前日に,被告人に叩かれ,頭,背中,首を蹴られ,頭部の痛みが聞取り時も続いていたことが明らかであるから,同月6日頃にも,被告人がBに対し殴る蹴るの暴行を加えていたこと,かつ,これがその時点で最終の暴行であることが認められる。そして,このBの供述では,被告人による暴行の打撃方法及び部位の対応関係にあいまいなところがあるが,Bは,叩かれた暴行があることを明言し,これに加えて頭,背中,首を蹴られたと述べている。また,Bは,それまでの被告人からの暴行の内容としても,頭部を拳で殴られたことがあることを再三説明している。してみると,聴取前日頃の暴行被害についても,被告人が(他の殴る蹴るの暴行ならば間違いなくしたといえるが,)Bの頭部を手で殴る暴行だけはしていないとは考え難く,むしろ典型的な攻撃態様として当然に行っていた蓋然性が高いということができる。以上によれば,存在自体に疑いがないBの頭部に対して加えられた被告人の攻撃の態様について,証拠上最も適すると思料されるが,他の方法も排除しない含みを持たせる趣旨で,公訴事実記載のとおり手で殴るなどの暴行と認定することが相当である。したがって,被告人が判示第1記載のとおりの犯行を行ったと認められる。
第2
1
判示第2について
被告人の実質的な否認供述等

被告人は,公判廷において,判示第2の事実について間違いない旨供述する。しかし,他方では,平成30年7月30日もそれ以前も,Bを立たせたり,屈伸をさせたりしたことはあるが,いずれもBが自ら立ったり屈伸を始めたりしたものであり,Bを虐待したことはなく,また,Bが自ら大便を持ち,

撮りたければ撮れよ。

と言ったから撮影したなどとも供述している。これは,Bを怖がらせ,強要したことを実質的には否定しているとも見受けられることから,判示第2の強要罪が認められることについても補足して説明する。
2
被告人のBに対する虐待



平成30年7月10日より前の時点について

Bは,判示第1の事実が明るみになり,児童相談所に一時保護されたり被告人の実父母方に預けられたりして被告人と離れて生活した時期を経て,平成30年4月頃から被告人方に引き取られて被告人と一緒に生活するようになっていたが,以後同年7月10日頃より前の時点では,被告人がBを虐待していたことをうかがわせる証拠はない。


平成30年7月10日頃以降の虐待の有無及び内容


Bの身体のあざの存在など
しかし,被告人とAは,同月12日から同月23日にかけて,Bの左肘,太腿,臀部にあざがあり,あざが見えてしまうから学校やプールを休ませる旨をLINEでやりとりしている(甲117)。このことからすれば,この頃,Bの体に複数のあざが次々とできていたことが認められる。また,被告人が撮影した写真(甲101資料5,6)によれば,同月14日には,Bの口元が腫れて,Bの手や服に血が付着していることが認められる。このように,同時期にBの体のあちこちにあざや腫れが次々とできていたと認められることからすると,これらのあざや腫れはその全てが自己転倒などの不慮の事故によって生じたものとは考え難いのであり,少なくとも相当部分が第三者から何らかの暴力を振るわれたことによってできたものと強く推認できる。

上記あざ等が被告人の暴力により生じたものであること

そして,Bは,同月9日から16日にかけて学校を休んでいること(甲116),被告人方において,Bに暴力を振るうことができるのは被告人及びAしかいないこと,被告人の撮影した動画によれば,Bがママ助けてなどと繰り返し声を上げ(甲101資料13),他方,Aは,Bを罵倒する被告人を非難する発言もしている(甲101資料7)ことが認められることなどを併せ考えると,Bに暴力を振るっていたのは被告人以外には考えられない。Aも,すべて被告人がやったことであると思う旨証言しているところ,暴力を振るっている場面を直接見たわけではないものの,時間的にも場所的にも極めて近くにいた立場からの認識を述べたもので,かつ,自身が行為者でないと含意する点を含めて,上述したところとも整合的であり,相応の証拠価値を有するといってよい。以上の次第で,Bのあざや腫れは被告人がBに何らかの暴力を振るったことにより出来たものと認められる。ウ
被告人の供述と評価

この点,被告人は,BのあざはBが床に寝ころんで暴れたため,被告人がBを押さえつけて出来たものである,Bの口元の腫れはBが被告人の手を噛んだためで,被告人の血がBの手等に付いたと供述し,自傷その他不慮の事故によるものであるとして,暴力を振るったこと,ひいては当時の虐待を否認する。
しかし,被告人の供述は,前記イのような証拠関係から合理的に導かれる事実関係と相いれないのはもとより,その供述自体においても,多くの疑義がある。すなわち,まず,被告人の供述には,Bが暴れ出した経緯,どのように押さえたためにあざができたのか,Bが被告人の手を噛んだ状況等について具体的に説明するところがない。被告人の手を噛んだことでBの口元が腫れるというのも,それだけの説明では不自然さを否めない。次に,被告人は,Bが暴れたりするため,Bの異常を疑い病院に連れて行くことを考え,Bの状態を説明する際に使うべくその動画を撮影するようになったなどとも供述する。しかしながら,Bが暴れる様子自体を撮影した動画や写真は見当たらないし,この文脈で,前出のBに手を噛まれて出血したという点を振り返ると,噛まれたという被告人の手の状態を合わせて撮影することなしに,Bの口元や着衣のみが撮影されていることも不合理である。さらに,そもそも,被告人以外,A,担任教師X,児童相談所の職員である甲及び乙に加え,被告人の親族である被告人の母や妹も含めて,いずれの証言・供述にも,Bがわけもなく手をつけられない程に暴れたことがあるなどという話は一切表れていない。また,障害,疾病,その他Bの身心の発育に問題があったことを示唆する何らの証跡も表れていない。自己表現ができない児童が不満やストレスを暴れることにより表現する例を耳にすることがあるが,乙は,Bが年齢相応以上に言語で自己表現ができる力を備えていたと評価しているほか,被告人が平成30年7月10日に撮影した動画(甲101資料2,4)には,Bが,立ったままの姿勢で,被告人に対し,はっきりとした強い口調で反論し,非難し,抵抗する様子があり,Bが言葉で自らの意思を表現できていたことが認められる。それにもかかわらず,Bが突如わけもなく暴れ出すというのは不可解というほかない。なお,当時の動画中に含まれるBの言辞には,ぞんざいで粗野なものも見られるが,そのような発言に至る文脈が明らかでなく,また,理由もなく暴れるという状態を示唆するものでもない。
以上によれば,この点に関する被告人の供述はおよそ信用できず,前記ア,イの認定をいささかも揺るがすものではない。

(ア)

平成30年7月10日頃以降のその他の虐待行為
被告人が撮影した動画(甲101資料2)によれば,この頃,被告人がB
を殊更に家族から疎外し,邪険にする趣旨の発言を繰り返していることも認められる。
(イ)

また,被告人が撮影した動画(甲101)及びAの証言によれば,被告人
が,同年7月頃,Bに対し,深夜などの時間も含め,長時間にわたって立たせたり,屈伸をさせたり,正座や土下座をさせたりしたことが認められ,被告人もこの点は争っていない。
その態様自体において,Bに苦痛を与えることを意図した行いと見ざるを得ないところ,被告人は,Bの何らかの不行状に対する制裁として行ったのだというのでもなく(もとより,そのようなものだとしても今日体罰として正当化される余地はないが,動機の合理的な理解は可能となるといえる。),専らBが自ら

立っていればいいんだろ。

屈伸すればいいんだろ。

と言い,自発的に廊下に立ったり屈伸をしたりすることを始めるが,すぐにやめてしまうため,自分が言ったことは最後までやり遂げるようにさせようと思って,立たせたり屈伸をさせたりしたもので,最初から無理強いしたものではない旨述べる。しかし,まだ9歳のBがなぜ突如そのようなことを言い出し,そのようなことをやり始めるのか,片や被告人においても,その場面でそれをBにやり遂げさせる必要性あるいは必然性がどこまであるのかについて,具体的に了解できるような説明は一切なく,被告人が供述する内容は余りに脈絡に欠けた不自然,不合理なものといわざるを得ない。仮に,Bが

立っていればいいんだろ。

屈伸すればいいんだろ。

などと発言したこと自体はあったとしても,それは,本件の具体的な証拠状況の下では,先行して被告人から立っていることや屈伸をすることを繰り返し無理強いされていて,それが恒例となっていたとか,あるいはより大きな苦痛を与えることを示唆される中でそれを避けるためにしたなど,そのように仕向ける被告人の強制の文脈抜きに合理的に考えることはできない。被告人がいうような,Bが任意にそのような発言をして立ち続けたり屈伸したりしたとみる余地はない。
(ウ)

このようにBは,同月10日頃以降,被告人から肉体的にも精神的にもい
われのない苦痛を与えられ続けていたことが認められ,これらも虐待と評するに十分な仕打ちといえる。

判示第2の行為の直前の虐待行為

そして,被告人が撮影した動画(甲101資料13)によれば,判示第2の犯行の約1時間前の当日午前5時40分頃から,被告人は,荒い呼吸で既に相当疲弊しているとうかがわれるBに対し,少なくとも30分近くにわたり,Bが,被告人に許しを乞うたり,Aに助けを求めたり,しきりに大便がもれそうだからトイレに行かせてほしい旨を懇願したりしているにもかかわらず,強い口調で2倍の速さでやれとか早くやれなどと言ったり,しゃがみ込んでうめくBに近付いて,パシッという音を立て,その後Bの声がくぐもるような行動をして立ち上がらせたりして,屈伸を続けるように無理強いしており,Bも苦しそうに屈伸を続けていることが認められる。
3
大便を持ち,被写体となることを強要したこと



判示強要行為の認定について

前記2(2)ア,イ,エ及びオに認定の事実は,いずれもBにいわれのない苦痛を無理強いする虐待以外の何物でもなく,これら一連の虐待を受けることによってBが被告人を極度に畏怖していたことは,同オの事実にも明らかに表れている。よって,公訴事実にいうかねてからの虐待とこれによりBが被告人を極度に畏怖していた事実は,上述のような内実を伴うものとして優に認められる。その上で,被告人は,平成30年7月30日午前6時41分頃,Bが被告人方浴室において大便を素手で持つ様子を撮影している(甲101資料14)。しかも,被告人は,前記2(2)オのとおり,直前に被告人が強い口調で屈伸を命じていることや,その際に被告人がBを叩いたとまでは断じられないとしても,Bの直近でパシッという音を立てるなど恐怖心を抱かせるに足りる挙動もしていることなどからすれば,被告人が,被告人を極度に畏怖しているBに対し,更なる危害を加えかねない気勢を示して,Bを怖がらせ,Bに命じ,大便を持たせて被写体にしたことが強く推認される。


被告人の供述と評価

これに対し,被告人は,Bが便が漏れそうだといったのは屈伸をやりたくない言い訳だと思っていたところ,Bは浴室で大便をしてしまい,被告人が片付けようとビニール袋を取りに行っている間に自分で便を丸め,被告人に対して

撮りたければ撮れよ。

などと言ったので,被告人はBに言われたとおりに撮影しただけであるなどと供述する。しかしながら,Bがトイレの便器を用いないでした大便を手に持った経緯は,これを直接詳らかにする証拠はないものの,前記2(2)オに照らせば,被告人の強制によるものとしか評し得ない。また,被写体となった点についても,撮影されたBは大便を持った手をカメラの方に差し出し,カメラから顔を背けており,被告人が供述するような発言とはおよそそぐわない様子で写っている。そもそも,自己が排泄した大便であっても,これを素手で持つことに嫌悪感を覚えることは当然である上,さらにそのような姿が撮影されることはBの年齢であっても恥辱と屈辱以外の何物でもないというべきで,およそBが自ら進んで自発的に行ったとは考えられない。仮に,被告人の供述するようなBの発言があったとしても,その文脈は,前記2(2)エ(イ)で論じたのと同様,被告人にそのように仕向けられたから発言したにすぎないと考えるのが自然である。
したがって,被告人の供述はおよそ信用できず,上記(1)の推認を覆すものではない。
4
結論

以上の次第で,前記3(1)のとおり,被告人は訴因とされた強要行為に及んだことが優に認められる。その上で,訴因に含まれるかねてからの虐待及びこれによるBの被告人に対する畏怖の事実を具体化する趣旨で,既に説示したような経緯を略記し,判示第2のとおり認定した。
第3
1
判示第3及び第4について
争点及び前提事実

被告人は,平成30年12月30日頃から平成31年1月3日頃までの出来事について,Bの両腕をつかんで,引きずったりその身体を引っ張り上げたことはあるが,その余の暴行は加えておらず,傷害を負わせたこともない旨供述し(判示第3),同月1日,Aの顔面を平手で殴り,馬乗りになったことはあるが,その余の暴行は加えていない旨供述し(判示第4),弁護人も,被告人と同旨の主張をする(なお,これらに引き続くBに対する強要の事実(判示第5)は,行為自体は証拠上明らかで,被告人も争っていない。被告人が経緯について争うところは,本節で問題とする判示第3及び第4に係る認定の帰趨によりおのずから明らかとなる関係にある。)。
なお,以下の検討の前提として,証拠上明らかな当時の被告人やBらの生活状況を略記すると,判示第2の事実の後である平成30年9月2日,Bが被告人の実父母らに被告人と一緒に暮らしたくない旨訴え,また,身体にあざがあることなどを見とがめられたことをきっかけに,Bは再び実父母方に預けられ,同所で生活していた。しかし,実父母方の都合等で同年末から翌年始にかけてBは一時的に被告人方に帰されることになり,平成30年12月25日,被告人がBを迎えに来て,Bは被告人方に移った。そして,同月29日,Bの冬休み中の宿題などを持ち帰るため,Bは被告人と共に被告人の実父母方を訪れ,被告人の実父母及び妹に姿を見せている。
2
(1)

Bの傷害
顔面打撲について

被告人の父,母及び妹の各供述(甲107,111,114)並びにAの証言によれば,平成30年12月29日には,Bの顔面にあざなどのけががなかったことが認められ,被告人もこの点は争っていない。
他方,Bの司法解剖を行ったD医師の証言によれば,平成31年1月5日に被告人が撮影した動画(甲102資料11)中のBの顔面の画像から,その時点でBの左右の目の周りや左右の頬部には皮下出血と見られる変色及び腫れが認められ,受傷から概ね1週間以内と認められる。また,同月4日夕方に被告人が撮影した写真や動画(甲102資料2ないし9)からも,Bの顔面には上記D医師指摘の部位に相当するあたりに一見して明らかにあざのようなものが認められる。これらによれば,Bは,被告人の実父母方を訪れた後,上記同月4日の撮影前までの間に,顔面打撲の傷害を負ったものと認めるのが相当である。
さらに,D医師の証言によれば,その形成原因についても,目の周りは顔の他の部分よりも凹んでいるため自己転倒によってはあざが生じにくい部位であり,Bの目の周りのあざは,鈍体による打撃や圧迫により非偶発的に生じた可能性が高く,これには第三者による殴ったり蹴ったりする暴行も含まれるというのである。(2)

胸骨骨折について

また,D医師の証言によれば,解剖時,Bの遺体には,胸骨骨折が認められ,それは前方皮質が陥没するように骨折していること,胸骨の強度,周辺の肋骨等に骨折を伴わないことなどから,前方から骨折部位に比較的限局した強い打撃又は圧迫が加えられたものと推定できるものである。また,骨折部の周辺の状態(治癒過程で見られる仮骨形成,石灰化)からすれば,少なくとも同月24日の死亡時において受傷から一,二週間あるいはそれ以上が経過しており,胸骨骨折が生じた時期は,(上記(1)の顔面打撲の傷害が生じた時期で,かつ,)後述のAが暴行があったと証言する平成30年12月30日頃から平成31年1月3日頃までの間で矛盾しないことが認められる。
3
Aの証言



Aの証言要旨

Aは,判示第3及び第4にかかる平成30年12月30日から平成31年1月3日までの間の出来事について,公判廷において,要旨以下のとおり証言する。すなわち,平成30年12月30日の夜,自宅のリビングにいると,浴室からドンという何かにぶつかるような大きな音が聞こえ,見に行くと,脱衣所に被告人がおり,浴室にBが立っていた。Bは,左右どちらの目だったか両目だったか覚えていないが,ボクシングをしたみたいにまぶたを腫らしていた。Bが動けなくなっていたので,シャワーを浴びるのを手伝うと,Bの左肩に拳大の大きさのあざがあり,左腰のあたりにすり傷のようなものがあった。平成31年1月1日の午前中に,Bは,廊下で被告人から1時間ほど屈伸をさせられていた。被告人は,床に座り込んだBの背後から両手首をつかんで持ち上げ,Bをリビングから玄関へ引きずっていった。その後,被告人は,Bの両手首をつかんで無理やり立たせ,Bの手を離してBを床に打ちつけるということを数回繰り返していた。Bが顔からうつぶせになった状態で倒れてぐったりしていたので,Aが,Bの命が危ないと思い,被告人に対し,

あなたがやっていることは虐待だよ。

と言って止めようとすると,被告人は,

お前は何も分かっていない。

と言ってAの胸ぐらを右手でつかんでリビングへ連れて行き,Aを床に仰向けに押し倒して,Aの胸の上にお尻を乗せて馬乗りになり,膝かけをAの口に突っ込んだり,Bに命じて持って来させたコップの水をAの顔にかけたりした。被告人は,同日の夕方頃にも,午前中と同様,廊下でBを引きずったり,床に打ち付けさせたりしていた。これを見たAが,廊下で,被告人に対し,

警察に通報する。

と言うと,被告人は,言葉は忘れたが,何か言いながらAの胸ぐらを右手でつかんでリビングへ連れて行き,右手の平手でAの左頬を殴った後,Aを床に仰向けに押し倒し,Aの胸の上にお尻を乗せて馬乗りになった。寝室から次女の泣き声が聞こえたので,被告人が立ち上がり,次女を抱っこして戻ってくると,Aに立つように言い,立ったAの太ももを右足で蹴った。同月2日頃,Bは,呼吸がしづらそうな感じで苦しそうに,胸が苦しいと言い,心臓のあたりに手を当てて,

ここが痛い。

と言っていた。同月3日,被告人は,服を着たまま濡れてぐったりしているBを台所のほうに連れてきて,無理やり立たせて床に打ちつけていた。その後,AがBを風呂に入れた際,Bは,意識がもうろうとして浴槽に沈みそうになっており,Bは自力で動ける状態ではなかったため,Aと被告人がBを着替えさせて寝室へ連れて行った。平成30年12月30日より前の時点においては,Bの顔面に打撲は見当たらず,Bが胸の痛みを訴えることもなかった。この後,被告人が判示第5の犯行に及んだ際には,被告人の発言に同調してBを責める言動をしてしまったが,本当は被告人に対してのストレスを,Bにぶつけてしまったのだと思う。


Aの証言の信用性

Aは,BやAが被告人から受けた暴行について,克明かつ具体的に証言しているところ,とりわけ,被告人がBの両手首をつかんで無理やり立たせて手を離し,これによりBの体を床に打ちつけさせたことや,Aの胸の上に馬乗りになった被告人から口に膝掛けを突っ込まれたことなどは,体験した者でなければ具体的に想起し難い特徴的な内容を含むものである。また,被告人の暴行により徐々に衰弱していくBの様子や,ぐったりとしたBの命の危険を感じて,被告人のBに対する暴行を止めようとしたが,逆に被告人から暴行を受けることになった様子を,自然な脈絡をもって説明するものである。その上,Aの証言は,平成31年1月4日に撮影された写真及び動画(甲102資料2ないし9)の中のBの顔面の状況や動作の様子,Bが苦しいなどと発言していることなどとも整合しているといえる。この点,弁護人は,Aについて,被告人との間で離婚訴訟が係属していることや,既に有罪判決が確定したとはいえ判示第6のうち傷害について共犯者として罪に問われていたことなどからすると,被告人に責任を転嫁しようとするおそれがある旨主張する。しかし,Aは,Bに対し,後述の判示第6の事実に関する部分も含め,自らも虐待と目される行為に関与した部分があることついては素直に認めている。その上で,被告人のBに対する暴行については,目撃したことや記憶にあることとそうでないこととを区別して証言している上,自身に対する暴力については,千葉県に転居後被告人から暴力を受けたのは本件を含めて2回しかない旨証言していることなどに照らすと,事実を誇張したり,責任を被告人に押し付けようとしたりする態度は見受けられず,弁護人の主張には理由がない。
したがって,Aの証言は十分信用できる。
4
被告人の供述



被告人の供述要旨

これに対し,被告人は,公判廷において,要旨以下のとおり供述する。すなわち,被告人は,平成30年12月30日,Bが脱衣所で暴れて,寝そべるようにしていたため,立ち上がらせようとBの両脇を抱えて持ち上げ,リビングへ連れて行こうとしてBの両脇を抱えたまま引きずったが,Bが抵抗して再び脱衣所に戻るということを数回繰り返した。また,Bが脱衣所の洗面台にしがみついたため,被告人は,Bを引き離そうと,後ろからBの両腕を引っ張ったり,洗面台の蛇口に顔を入れていたBの髪をつかんで思いっきり顔を上げさせたりした。その際に,Bの顔を見ると目のあたりにあざができていた。このあざは,脱衣所でBと揉み合いになりBを床に押さえつけた際や洗面台にしがみついているBの顔を引っ張り上げようとした際に出来たと思う。平成31年1月1日の午後に,Bが勉強を始めたが,間違えているところを直すように言うと,Bは

立ってりゃいいんだろう。

と言うので,

勝手にしてください。

と言うと,Bは10分ほど立っていた。被告人は,Bがしゃがんでふてくされた態度をとったため,Bを立たせようとしたところ,突然Aが被告人の胸倉をつかんで

てめぇ,殺すぞ。

と言ってきた。Aは,ちゃぶ台をひっくり返したり,逃げるBの背中を蹴るなどした。被告人は,Aを止めるために馬乗りになり,Aの頬を平手打ちした。Aは,泣きながら,ごめんなさいと言って落ち着きを取り戻した。同月2日にBが胸の苦しさを訴えることはなかった。同月3日の午後,被告人はBと洋室の片付けをすることになったが,Bがすぐに片づけをしなくなったために注意した。すると,Bは足をばたつかせたり蹴ったりして,クローゼットの板を割ったり,壁に穴を空けたりして暴れ始めた。被告人は,Bを廊下に立たせた後,謝ってほしくて

何か言うことないの。

と言うと,Bは

そこで屈伸をします。

と言ったため,屈伸をやらせた。その後,Bがおもらしをしたため風呂に入れたが,AからBが歩けないと聞かされ,被告人とAでBを支えて寝室へ移動させて寝かせた。


被告人の供述の信用性

前記2の認定ないしその前提となる法医学的所見に照らせば,床に押さえ付けたり,洗面台から顔を引っ張り上げた際に目の周りにあざができたのではないかという被告人の供述は,Bの顔面打撲が生じた原因としてはあまりに不自然であるし,Bの胸骨骨折の形成原因については何ら説明できていないことになる。また,供述内容自体を見ても,Bが突如自ら立っていると言ったり,屈伸をしたりするというのが,脈絡のない不自然なものであることは前記第2の2(2)エ(イ)のとおりであり,被告人においても,勉強をするように言ったり,謝るように言ったりするのではなく,Bの言うとおりに,何らの必要も意味もない行為をさせるというのは,不自然不合理というほかない。さらに,Bが突然暴れ出すという点についても,Bのそのような傾向をうかがわせる証拠が他に存しないことは前記第2の2(2)ウで説示したとおりである上,暴れている様子の描写も抽象的ないしあいまいなものに終始しており,現実の出来事として全くイメージができない。Aについても,突然暴言を吐いて暴れ始めたかと思えば,被告人が平手打ちをしたことで泣きながら落ち着きを取り戻したというのであって,Aが当時双極性障害を患っていたとはいえ,入院するほどではなく,自宅で療養できていたことなども併せ考えると,脈絡がなくあまりに不自然である。ここでも被告人の供述は到底信用できない。5
関係証拠からの認定

以上検討した証拠関係によれば,次のとおり認定することができる。⑴

判示第3について


信用できるAの証言によれば,被告人は,(a)平成31年1月1日及び3日
の両日,Bの両手首をつかんでその身体を引きずり,両手首をつかんで身体を引っ張り上げた後,両手首を離して正面から床に打ち付けさせるような暴行を加えたことが認められるほか,(b)平成30年12月30日,浴室から大きな音が聞こえ,その直後にBがボクシングをしたかのようにまぶたを腫らしており,浴室にいたBの近くにいたのは脱衣所にいた被告人だけであったというのであるから,上記負傷も被告人がBに何らかの暴行を加えたことによるものと容易に推認できる。そして,これらに前示の法医学的所見も併せ考えれば,Bの顔面打撲は,被告人による上記(a)の暴行のほか,被告人が同(b)のようにBの顔面に対し何らかの打撃又は圧迫を内容とする暴行を加えたことにより生じさせたものと認められ,そのような暴行が行われた時期は,Aの証言にそれが具体的に述べられている平成30年12月30日頃から平成31年1月3日頃までの間と認めるのが相当である。イ
また,前記2(2)のとおり,胸骨骨折が生じたのが,Aが被告人のBに対す
る具体的な暴行の存在を証言している期間(上記ア)である平成30年12月30日頃から平成31年1月3日頃までの間で矛盾しないことに加え,D医師の証言にあるように,胸骨を骨折した場合には痛みや息苦しさを感じることがあることに照らすと,Aの証言において,平成30年12月30日より前に胸の痛みや息苦しさを訴えていたことはないBが,平成31年1月2日頃,胸の痛みや息苦しさを訴えていたというのは,これに沿うものといえる。したがって,Bは,それより前に胸骨骨折の傷害を負っていたとみるのが合理的であり,Bの胸骨骨折が生じたのは,被告人のBに対する前記アのような暴行があった期間内であるといえる。その上で,D医師の証言から認められる,胸骨が胸部の中央にある比較的硬い骨で,かなり強い外力がなければ骨折しないこと,自己転倒の場合には肋骨等が骨折せずに胸骨骨折のみ生じることは考え難いことなどの知見も併せると,Bの胸骨骨折は殴ったり蹴ったりする暴行を含む,第三者による鈍体の圧迫又は打撃により生じた蓋然性が高いといえる。そして,上記の期間,被告人方にいたBに対して暴行を加えることができるのは被告人及びAしか想定できないところ,信用できるAの証言によれば,上述のとおり,その時期に被告人がBに対し前記アのような暴行を繰り返していたこと,Aは被告人のBに対する暴行を止めようとしていたことが認められることも併せ考えれば,Bの胸骨骨折も,被告人がBの胸部に対し何らかの方法で強度の打撃又は圧迫を加えたことにより生じさせたものと推認でき,これに合理的な疑いを差し挟むに足りる証拠はない。

よって,前記ア及びイから,判示第3のような被告人のBに対する暴行とこ
れによる傷害の事実を認定することができる。


判示第4について

信用できるAの証言によれば,被告人が判示第4記載のとおり,Aに対する暴行を行ったものと認められる。
第4
1
判示第6について
争点

被告人は,平成31年1月22日から同月24日の間に,Bをリビングや浴室に立たせ続け,同日,Bに冷水を浴びせかけたことはあり,その結果Bを死亡させたことは間違いない旨供述し,弁護人も傷害致死罪の成立自体は争っていない。しかし,被告人は,その余の行為は行っておらず,Bを強度に衰弱させることも構わないとは考えていなかった旨供述し,弁護人も被告人と同旨の主張をするので,犯行態様及び被告人の認識内容が争点である。
2
Aの証言



Aの証言要旨

Aは,判示第6について,公判廷において,要旨以下のとおり供述する。すなわち,平成31年1月21日,被告人は,インフルエンザに罹患していることが判明し,自宅で過ごすようになった。翌22日,被告人は,Bのことを

あいつの存在が嫌だ。

と述べ,Bを寝室で生活させることとし,同日の夕食は寝室で食べさせた。同日午後10時頃,被告人は,Bをリビングで台所の壁に向かって立たせた。翌23日の午前10時頃にAが起床すると,Bは立ったままでいた。Aが,Bに対し,

今までずっと立っていたの。

と聞くと,Bは,「そうだよ。」と答えた。AはBの分も朝食を作ったが,被告人が

あげなくてもいい。

と言ったので,Bは朝食を食べていない。被告人は,Bを廊下に連れて行き,立たせていたところ,Bがおもらしをした。朝食は昼食と兼用だったので,Bは昼食も食べていない。被告人は,昼頃から病院へ向かったが,出かける際に,Bに対し,おもらしをした罰として浴室で駆け足をするように言った。被告人は,同日午後1時半頃に帰宅すると,Bが駆け足をやっていなかったなどと咎めて,Bに素足の状態で玄関の三和土で駆け足をやらせた。同日午後7時頃に,Aと被告人は夕食を食べたが,Bの分を作ろうとすると被告人に止められるので,Bの分は作らなかった。夕食後に,Bが廊下でおもらしをしたため,その罰として,被告人は,Bを浴室に立たせた。夜中に被告人からBがおもらしをしていると呼びに来たので,Aは,着替えを持って浴室にいった。浴室に暖房器具はなかった。同月24日の午前10時頃に,Aが起床すると,Bは浴室に肌着及び下着のみを着用した状態で立っており,全身が濡れて,肌着から肌が透けるような状態であった。被告人とAは,朝食兼昼食を食べた。AがBの分も用意しようとしたが,被告人から用意しなくていいと言われたので,用意しなかった。同日午後1時頃に,Aが次女を風呂に入れようとしたところ,浴室にBがいた。被告人は,浴室にいるBに対し,

5秒以内に服を脱げ。5,4,3,2,1。

と言ってカウントダウンを行い,ボウルに溜めた水をBの頭や体全体にかけた。これが数回繰り返された。Bがビクッとしたので冷水をかけたのだと思った。Bが服を脱いだところ,被告人は,Bに対し,

シャワーで流せ。

と言い,Bが温水のシャワーを出そうとすると,被告人は

お湯じゃないだろう。なんでお湯なんだ。

と言って,Bの体に冷水のシャワーをかけた。Bは体が麻痺しているのか,冷水のシャワーをかけられても反応があまりなかった。同日午後4時頃,被告人は,リビングで,Bをうつ伏せにして,Bの背中に馬乗りになり,両手でBの足首を持ち上げてプロレス技のようなことをしていた。Bはぐったりした様子であった。その後,Bは,廊下へ連れて行かれ,廊下でおもらしをした。同日午後6時頃,被告人とAは夕食を食べたが,Bの分は作っていない。Bは廊下にいた。夕食後に被告人は,少し休むと言って,寝室へ行った。同日午後9時頃,Aは,Bをトイレに行かせ,シャワーを浴びさせた。Bは,シャワーを浴びた後,テーブルの前でぼーっとしており,とても疲れた様子であった。同日午後9時50分頃,Bが寝室へ入ろうとすると,被告人が

寝るのはだめだから。

といい,廊下でBがおもらししたところを片付けさせるため,Bを廊下へ連れて行った。廊下へ連れて行く際に,被告人は,Aに対し,

まさかBに御飯を食べさせていないよね。

と言い,Aは被告人に,

食べさせていないよ。

と言った。その後,Aは生きているBを見たことはなく,浴室からドーンという何かにぶつかるような大きな音が聞こえた。被告人がBが動かないと呼びに来たので,Aが浴室へ向かうと,浴室の床にBが白目をむき,口を半開きにして倒れていた。


Aの証言の信用性


D医師の証言等によれば,Bの死因はケトアシドーシスに基づくショック若
しくは致死性不整脈又は溺水であると認められる。ケトアシドーシスとは,ケトン体が血中に大量に蓄積することにより,血液が酸性(アシドーシス)になっている状態をいい,これ自体がショックや致死性不整脈をひき起こし死因となり得る病態とされる。そして,一般に,血中のケトン体の濃度が5000から7000μmol/Lを超えるとケトアシドーシスとなるところ,Bのケトアシドーシスの状態は,血中のケトン体の濃度が8351μmol/Lと異常に高い数値となっていた。ところでケトン体の濃度が上昇する機序は,エネルギーとなる糖質が体内に取り込まれない場合や何らかの原因でインスリンが生成されない場合(例えば糖尿病等)に,エネルギーを生み出すために体内の脂肪酸が分解されてケトン体が生じるというものである。Bについては,糖尿病等の所見はなく,飢餓状態に置かれた糖質の欠乏だけでは前記のような高い数値は説明できない。インスリンの作用を阻害するものとしてストレスによって生じるストレスホルモンがあり,過度のストレスも相まって血中ケトン体濃度の異常な上昇がもたらされたと考えることができる(同証言,甲119)。
Aの証言は,Bが丸2日食事を与えられなかった上,被告人がBに対し,昼夜を問わず長時間立たせて睡眠を取らせなかったり,真冬に浴室に放置したり,冷水を浴びせ続けたりするなど強度のストレスを与えることを繰り返し行ったというものであり,D医師の医学的見解ともよく整合している。

Aは,当時の経緯や状況について,飢餓と強いストレスにより次第に衰弱し
ていくBの様子を含め,事の成り行きとして自然かつ具体的に証言している。もっとも,Aは,実の娘であるBが衰弱し,ついには死亡するまでの状況について,あまり感情を交えることなく淡々と証言しており,そこに違和感を覚えなくもない。しかし,かかるAの供述態度は,感情を切り離すことで自らの精神状態を保とうとしているものと考えられ,Aが心の病を抱えるとともに,被告人からDV被害を受けており,被告人から娘が虐待されるのを目にしながら守ってあげることもできず,ついに死に至るのを座視せざるを得なかったという経緯に照らすと,理解可能であり,証言の信用性を減殺するものとはいえない。

Aの証言の信用性に関して被告人へ責任を転嫁するおそれを指摘する弁護人
の主張については,判示第6においては,A自身も傷害の限度ながら幇助犯として起訴され,有罪の確定判決を受けているという事情があるけれども,前記第3の3(2)で説示したところが妥当し,理由がないというべきである。すなわち,Aは,判示第6の事実に関わる事実に関しても,見たことと見ていないことを区別して証言している上,とりわけ,自身もBに食事を与えていなかったことや衰弱しているBに対し失禁して汚した服を洗うように言ったことなど,自らが批判を受ける事柄も含め証言しており,自己の関与を隠蔽,矮小化したり,被告人の言動や責任を誇張し過大に証言したりする態度は見受けられない。
したがって,Aの証言には高い信用性が認められる。
3
被告人の供述



被告人の供述要旨

これに対し,被告人は,公判廷において,要旨以下のとおり供述する。すなわち,平成31年1月22日の夕食は,Bも食べた。被告人は,それ以降,Bが食事をしているかを知らず,食事を与えないようにAに指示をしたこともない。被告人は,同日午後10時くらいから翌23日午前2時過ぎまで,Bをリビングの端に立たせたが,Bは途中でストーブの前で寝ていることもあった。同日昼頃に,被告人が,手を抜いて勉強するBを注意したところ,Bが

立ってりゃいいんだろう。

と言ったので,被告人はBを廊下に立たせた。被告人は,病院へ行く前に,Bが自分から駆け足をやると言っていたので,浴室で駆け足をやるように言った。しかし,被告人が病院から帰ってきた際に,Bが駆け足をやっていなかったので,被告人はBに駆け足をやらせた。同日夜,Bが脱衣所でおもらしをしたので,被告人がBにおもらしをしたことを咎めたところ,Bは

朝の6時まで立っています。

8時まで立っています。

などと言ったので,被告人は,同月24日午前3時頃までBを浴室に立たせたが,途中で,Bがリビングに来てストーブの前で寝ていることもあった。同日朝,ストーブの前で寝ているBを起こして

もう朝8時なんだけど,どうすんの。

と聞くと,Bは自ら浴室に立ちに行った。その後,次女を風呂に入れることになり,被告人は浴室にいたBに対し,ボウルに入れた水を浴びせかけたり,服を早く脱ぐようカウントダウンをしたが,シャワーで冷水を浴びせかけることはしていない。その後,被告人は,Bをリビングに1時間程立たせたが,Bが立つのを止めたので立たせようとした。すると,Bが暴れたので,被告人は中腰になりBの両足首を持って押さえた。被告人が,Bの体を反らせるようなことはしていない。被告人は,Bを廊下に再び立たせ,自身は夕食を食べて寝室で寝た。午後10時頃,Bが寝室へ入ってきたところ,被告人はBにおもらしをした場所を片付けさせるためにBを廊下へ連れだした。Bがなげやりな態度をとったため,被告人が咎め,きちんとやるように言ったところ,Bは尿で濡れているところに体をこすりつけたりして暴れたので,被告人はBを床に押さえつけた。被告人は,Bを落ち着かせようと思い,Bを浴室へ連れて行き,冷水のシャワーをBのおでこ付近からかけた。シャワーをかけた回数は3回ほどで,1回につき長くても3秒程度である。Bが首を振って嫌がっていたので,押さえつけてシャワーをかけていた。Bが落ち着いたと思ったので,シャワーを止めたところ,Bが座るように床に落ちた。Bの体が冷たかったので,温水のシャワーをかけ続けた。Aを呼びに行き,110番通報をした。Bが倒れて,110番通報をするまでの時間は,10分ほどである。⑵

被告人の供述の信用性

D医師の証言によれば,Bの遺体には肺の膨隆等の溺水の所見があり,生前に,大量の水が口の中に入ったか,意識障害がある状態で口の中に水が入ったことにより相当程度の水が肺に入ったものと認められる。しかしながら,被告人の供述によれば,立っているBのおでこ付近から,シャワーで合計3回,1回につき長くとも3秒程度水をかけたにすぎないというのであって,Bの口の中に大量の水が入る状態ではない上,Bは首を振っていたというのであるから,意識障害が生じていた状態でもなく,被告人の供述は,溺水に関するD医師の所見と整合しない。また,救急隊が被告人の110番通報から約8分で被告人方に到着し,その後Bの遺体に死斑や死後硬直が現れていることを確認しているところ,D医師の証言によれば,死斑や死後硬直が生じるのは死後1時間半程度経過してからであると認められることに照らせば,Bが倒れてから10分程度で110番通報をしたという被告人の供述も,Bの遺体の状況という客観的証拠と整合しない。
また,被告人の供述はここでも,Bが自ら立っているなどと言ったからそうさせたなどという,脈絡を欠いた不自然なものとなっていることは,他の事実の経緯において論じたのと同じである。
なお,被告人の供述には,死亡する日の昼頃,Bが浴室で浴槽に腰掛けて鼻歌を歌っていたとか,その日の夜,死亡する直前のBが,床に寝転がったというだけでなく暴れたとかというものがある。これらも衰弱が進んでいたとうかがわれるBの挙動として違和感を禁じ得ないところである。もっとも,前者については,衰弱しきった体で一人浴室に放置され,空腹や寒さ,疲労,孤独,なすすべのなさを紛らわせようと歌を口ずさむということならば,あり得ることのようにも思われる。また,後者についても,失禁した場所に寝転んだ状態で,被告人からの虐待に対する残る力を振り絞っての抵抗や防御として手足をばたつかせるということならば,あったとしても不自然ではない。しかし,いずれも断片的には被告人の述べるような場面ないし光景が存在したことは否定できないとしても,その文脈は,他の証拠関係に照らして今述べたとおりの理解しか不可能で,被告人の供述するようなものではあり得ないというべきである。被告人の供述にはこのような箇所が散見される。被告人は,実際にあった出来事の都合の良い部分のみをつまみ食い的に述べることをもって,事実しか述べていないと強弁しているというほかはない。被告人の供述は信用できない。
4
結論

信用できるAの証言によれば,被告人は,平成31年1月22日の夕食を最後に,Aに指示するなどしてBに食事を与えなかった上,昼夜を問わず長時間Bをリビングや浴室に立たせ続けたり,肌着のみの状態で浴室に放置したりするなどしており,十分な睡眠を取らせなかったものと認められる。また,同日午後1時頃に被告人がBにシャワーで冷水を浴びせかけたり,同日午後4時頃,リビングの床にうつ伏せにしたBの背中に座り,その両足をつかんでその身体を反らせる暴行を加えたものと認められる。
加えて,D医師の証言によれば,生前に相当程度の水が肺に入ったものと認められるところ,被告人がBにボウルで水をかけたり,それに引き続いて冷水シャワーを浴びせたりした時点では,Bがむせるような状態にあったとは認められない上,その後もBがAと言葉を交わすなどしていたことなどに照らすと,この機会に肺に水が入ったとは認められない。そうすると,同日午後9時50分頃に被告人がシャワーを浴びせた際に,相当程度の水が肺に入ったと認めるのが相当であって,その頃,被告人がBの顔面にシャワーを浴びせ続けていたと認められる。また,その際のシャワーが冷水であったことは,被告人も自認しているところであり,また,Aの証言によれば,被告人は,同日に,ボウルで冷水をかけたり,お湯を使おうとしたBに対し,お湯じゃないだろうなどと言いながら,シャワーで冷水をかけたりしていることが認められることからすると,同日午後9時50分頃にシャワーを浴びせ続けた際も冷水であったと認めるのが相当である。
そして,食事を与えないままにしていれば,飢餓状態となることや,食事を与えないことや十分睡眠を取らせないことにより,人間の最低限の欲求を制限するとともに,真冬に暖房のない浴室に放置したり,冷水を浴びせ続けたりすれば,強度のストレスを与えることになること,さらにはこれらにより強度に衰弱することは,被告人も容易に認識し得るといえる。そして,被告人は,Bを衰弱させないようにするための手立ては何ら講じておらず,かえって追い打ちをかけ,現に弱るに任せていたと認められることからすると,被告人は,Bを強度に衰弱させることも構わないと考えていたと認められる。
これらと前示死因によるBの死との因果関係も明らかである。
よって,被告人が判示第6記載のとおりの犯行を行ったものと認められる。(量刑の理由)
1
総説

本件は,被告人が,罪となるべき事実において認定したとおりの一連の経過をたどり,Bへの虐待をエスカレートさせて行き,最終的に,判示第6の傷害致死の犯行に及んでBを死亡させたという児童虐待の事案である。
2
犯情の検討



傷害致死の犯行態様

そこで,量刑の中心となる傷害致死罪の犯行態様について見るに,被告人は,Bに食事を丸2日間与えないとともに,昼夜を問わずリビングや浴室に立たせ続けるなどして十分な睡眠を取らせなかったもので,食事や睡眠という人間が生きていくために最低限必要なものを奪うとともに,度々の失禁を余儀なくさせるなど排せつ・衛生など人としての自律的な生活をも失わせていた。さらに,被告人は,連日にわたり,厳冬期の冷え切った浴室で,濡れた肌着や下着のみを着た状態で立たせ続けたり,駆け足をさせたり,シャワーなどで冷水を多数回浴びせかけるなどしたほか,Bをうつ伏せにしてその背中に座りBの両足をつかんで反らせる暴行を加えるなど,Bの体力と気力を徹底的に奪いながら,ストレスを与え続け,衰弱させていった。Bの死亡時の栄養状態は必ずしも悪くなく,飢餓状態は一時的なものといえるが,遺体から検出された異常に高い血中のケトン体の濃度は,そのような飢餓状態のみでは説明できないほどに強度のストレスが与えられたことを示唆している。分別がつき始めたといっても,周囲が天真爛漫と評し,なお無邪気なまま人の善意を信じて育つことが許される年頃の女子児童が,そのようなケトアシドーシスに陥って生命を失うほどまでのストレスにさらされたというのは,尋常では考えられないほどに凄惨で陰湿な虐待であったことを雄弁に物語っている。


先行する各虐待の位置付け等

しかも,被告人は,児童相談所の一時保護や被告人の実父母方でBを預かったことをきっかけに中断することはあったものの,起訴されているだけでも1年2か月余りもの長期間にわたり,断続的に虐待を繰り返していた挙句にBを死に至らしめている。それまでの虐待の内容を見ても,Bに対し殴るなどの暴行を加えた(判示第1)ほか,Bを家族から疎外するような言動を繰り返し,精神的にも追い詰めていくとともに,Bを深夜に立たせて睡眠を取らせなかったり,屈伸を無理強いしたり,トイレに行くことも許さないなど,Bにひたすら苦痛を与え,生理的欲求に対してもこれを制限してコントロールする中で,それに屈するBの屈辱的な姿をこれ見よがしに撮影する(判示第2)などして,徹底的にいじめ,支配しようとした。さらに,平成30年の年末頃から翌平成31年1月初め頃には,全治約1か月間を要する胸骨骨折の傷害を負わせたほか,顔面に変色や腫れが明らかな皮下出血を生じさせるほどの過激な暴行を加え(判示第3),理不尽な不満のはけ口として更にBに苦痛を強いる(判示第5)など,虐待を常態化させ,エスカレートさせるとともに,嗜虐の度も高めてきたことが見て取れる。また,これら一連の虐待は,Bに肉体的苦痛を与えるだけでなく,強い恐怖心を与えるとともに,既に自我を持つ年齢となっていたBの人格と尊厳をも全否定するものであった。本件傷害致死の犯行は,その行き着く果てであったということができる。


一連の虐待を取り巻く状況と本件各犯行の経緯の評価


このような虐待がどうして長期間続いたのかについて目を向けてみる。
被告人は,Bが児童相談所に一時保護されても,自らの社会的体裁を取り繕うことばかりを優先し,児童相談所の職員に対して威圧的な態度を取ったり,Bに被告人から暴力を受けたことは嘘であった旨の書面を書かせてBの訴えを握りつぶしたり,Bと会わないという一時保護の解除の条件をなし崩し的に反故にし,果ては一方的に無視しBを自宅に連れ戻したりするなどした。また,Bのあざから虐待が露見するのを恐れて,もっともらしい理由を付けて学校を休ませたり,Bが助けを求めた被告人の実父母らにも虐待は一切ないなどと強弁し,Bを自ら引きとった後,戻さなかったりするなどしていた。さらには,家庭内においても,長期間にわたり,Aに対して行動を監視した上,暴力を振って支配してきた。とりわけ判示第4のとおり,Bに対する被告人の虐待を制止しようとしたAに対してもあからさまな暴行を加えたことは,Aに肉体的にも精神的にも重大な苦痛と打撃を与えたことは当然であるが,これにより,Aが被告人に逆らうことができなくなる要因になったとみられる。その結果,判示第4の犯行以降,Aは,被告人に同調し,Bに食事を与えないようにという被告人の指示にも従い,もはやBを助ける存在ではなくなっていた。

このような被告人の周囲への対応の仕方は,Bを自己の支配下に置くととも
に,積極的に社会や家族から切り離すものであり,Bへの虐待を発見し防止する社会の仕組みやBに対する救いの手を徹底的に排除するものであった。そして,その支配の対象はAも同様であり,これがBから唯一にして最後の救いをも奪い,Bを完全に孤立無援としたのであった。Aの虐待への関与は,まさに被告人による支配の結果というべきで,被告人と共同してBへの虐待を行ったと評価し得るものではない。
なお,本件においては,周囲の大人がどうしてBを被告人の虐待から救えなかったのか,児童を守る社会的なシステムがどうして機能しなかったのかなど,遺憾な点が皆無であったということはできないように思われる。しかし,それらが介入したり機能したりすることを困難にしたのは,上述のとおり被告人自身であって,虐待が長期にわたり,悲惨な結果をもたらしたすべての責任は,ひとえに被告人にあると断じざるを得ない。


結果の重大性

以上のような過程で,虐待が続いたことにより,心も身体もすり減っていく中,Bが助けを求めたいという気持ちを次第に失い,絶望感を深めていったことは想像に難くない。将来の夢を思い描き未来への希望を抱くであろう年代であるのに,社会からも身内からも助けてもらうことができないまま,本来愛情を注がれるはずの実父から理不尽極まりない虐待を受け続け,絶命したBの悲しみや無念さは察するに余りある。10歳の子供の死という結果が重大であることは言うまでもないが,今述べたような本件の痛ましさは,それにとどまらない衝撃を我々に与える。⑸

被告人の意思決定に対する非難

また,児童相談所による一時保護や,Bが被告人の実父母に助けを求めたこと,更にはAが身を挺して虐待を止めようとしたことなどは,被告人にとって自らの行いを省みて以後の虐待を止める機会となったはずである。ところが,被告人は,虐待を止めるどころか,前述のとおりその内容をエスカレートさせていった。Bの出生後約8年間離れて暮らしていたという事情もあり,既にBの人格は独立した個性に育っていて,被告人の思い通りになっていないという点もあったかもしれない。しかし,被告人は,親として本来はBが身心健全に育つよう監護・養育すべき立場にあった。Bにも,証拠上,特に養育する上で手を焼くような事情はうかがわれず,仮に百歩譲っても,力づくや恐怖によるしつけなど毛ほども必要とは見られないのである。また,常態化した激しい虐待は,子供への愛情が裏目に出て,はずみで暴行を加えたというようなものでもない。本件は,被告人の意固地なまでに融通のきかない独善的な考えと,単に自分の言うことを聞かせたいなどという理不尽な支配欲から,大人と子供,かつ,親と子という絶対的な力の差にものを言わせ,Bに虐待を加え続けたものと評するほかはない。
被告人の意思決定には,酌量の余地などみじんもなく,極めて強い非難が妥当する。
3
行為責任の評価

事案の性質に即し,処断罪を傷害致死罪,動機を児童虐待とする量刑傾向に加え,処断罪を保護責任者遺棄致死罪,動機を児童虐待とする量刑傾向も踏まえて,一連の犯行の行為責任を検討した。本件は,断続的とはいえ虐待の期間が特に長期間に及んでおり,中断したのも自発的なものではなく,児童相談所や実父母の介入等,外部の関与がきっかけとなったものである。加えて,Bが当時9歳ないし10歳という虐待行為に対し一定の抵抗をするだけの意思も能力もある年齢に達しており,実際他者に助けを求めるなどしたことがあったにもかかわらず,被告人が他者からの助けを排除し,徹底的な支配により,Bを肉体的にも精神的に追い詰め,死亡させたものである。さらに,経緯に当たる事実が,犯罪として立件されて具体的に立証されたことにより,処断罪である傷害致死罪についても,犯行態様の異常なほどの陰惨さとむごたらしさ,固着したとも評すべきBへの虐待意思等が浮かび上がっている。以上は,これまでの多くの先例と際立った特質となっており,本件は,上記量刑傾向を大きく超える極めて悪質性の高い事案であるといえる。死者1人の傷害致死罪全体の最も重い部類と位置づけられるべきである。
4
一般情状と結論

その上で,一般情状について見ると,被告人は,反省や謝罪の言葉を述べるものの,自己の責任をBやAに転嫁し,BやAの人格を貶める不合理な弁解に終始しており,およそ自らの罪に向き合っているとはいえず,反省というものは見られない。被告人は法廷で涙を流す場面もあったが,BやAへの謝罪に向けられたものではなく,後悔でしかないと思われる。そのような,被告人の法廷での態度は被害者参加人であるBの母方の祖母の感情を逆なでするものであり,公判に出席した同人が,被告人に対し極めて峻烈な処罰感情を述べたのも当然である。遺族であり被害者でもあるAや,Bに救いの手を差し伸べようとしていた関係者らにも深い悲しみを与えている。
その他,被告人には前科がないものの,社会的体裁を取り繕いながら,家庭内においてBやAへの虐待を繰り返していた。また,被告人やその両親の年齢等に鑑みれば,被告人の両親による監督にも多くを期待できるとは言い難い。したがって,これらの事情を量刑において大きく考慮することはできない。
よって,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官

前田巌,裁判官

福田恵美子,裁判官
井上寛基)

トップに戻る

saiban.in