判例検索β > 平成30年(ワ)第915号
事件番号平成30(ワ)915
裁判年月日令和元年11月29日
裁判所名・部京都地方裁判所  第7民事部
裁判日:西暦2019-11-29
情報公開日2020-06-04 22:31:08
裁判所の詳細 / 戻る / PDF版
主文
1被告は,原告に対し,55万円及びこれに対する平成27年3月30日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2原告のその余の請求を棄却する。
3訴訟費用は,これを4分し,その1を被告の負担とし,その余を原告の負担とする。
4この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
被告は,原告に対し,220万円及びこれに対する平成27年3月30日から
支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要等
本件は,覚せい剤使用の公訴事実で起訴されたものの,違法収集証拠が排除された結果,刑事裁判で無罪となった原告が,捜査に当たった京都府a警察署(以下
本件警察署
という。の警察官による違法な捜査により,

逮捕され,
その後,
無罪判決を受けるまで長期間に渡り勾留されたと主張して,被告に対し,国家賠償法(以下国賠法という。
)1条1項に基づき,慰謝料及び弁護士費用として
220万円及びこれに対する違法な捜査がされた日(不法行為日)である平成27年3月30日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の
支払を求めた事案である。
1前提事実
(争いのない事実並びに掲記の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認定できる事実)


当事者等

原告は,平成27年3月30日当時,京都市a区b町c番地所在のd(以下本件マンションという。
)に居住していた女性である。


被告は,京都府警察を置く地方公共団体である。

平成27年3月30日当時,Aは本件警察署の刑事課組織犯罪対策係の警部補,B及びCは同係の巡査部長,Dは同係の巡査であり,被告の公務員であった(以下,上記4名の警察官を氏と当時の階級をもって呼称し,同人らを総称するときは,
A警部補らという。。




A警部補らは,平成27年3月30日午前9時19分頃(以下,時間のみを示す場合には,その日付は平成27年3月30日を指すものとする。,被疑者)
を原告の元夫(以下Tという。,罪名を覚せい剤取締法違反,捜索すべき)
場所を本件マンション,
差し押さえるべき物を覚せい剤等とする捜索差押許可
状(以下,
本件捜索差押許可状という。
)に基づき,A警部補の指揮及び原
告の立会いの下,本件マンション内の捜索(以下,本件捜索差押許可状に基づ
く捜索を本件捜索という。
)を開始した後,午後1時40分,原告を覚せい
剤取締法違反(使用)の被疑者として緊急逮捕した(乙1,8)
(以下,この緊
逮捕を本件逮捕という。。



その後,原告は,京都府警察本部留置施設に勾留され,平成27年4月10日,覚せい剤取締法違反(使用)で京都地方裁判所に起訴された(乙12,弁
論の全趣旨)



京都地方裁判所は,平成27年12月4日,原告の覚せい剤取締法違反(使用)被告事件について,原告から採取した尿の鑑定書等が違法収集証拠であるとしてその証拠能力を否定して,原告を無罪とする判決を言い渡し,同日,原告は釈放された。同判決は,検察官が控訴することなく,確定した(甲1,弁
論の全趣旨)



原告は,
無罪となった覚せい剤使用の事実により身柄を拘束されていた期間(平成27年3月30日から同年12月4日までの250日間)について,刑事補償の請求をしたところ,京都地方裁判所は,平成28年8月10日,上記
期間の刑事補償として,原告に200万円(1日あたり8000円)を交付する旨の決定をした(甲6)

2争点及び当事者の主張


A警部補らの捜査及び逮捕の違法性(争点1)
(原告の主張)
A警部補らは,午前10時10分頃に本件捜索を終えた後,何ら法的根拠が
ないにもかかわらず,原告を本件マンションに留め置いた上,原告が弁護士の氏名や連絡先を確認するために知人に電話することを制止し,
原告を弁護士の
助言を受けることができない状態に置いた。このような留め置き及び電話の制止(弁護人への相談の妨害)は,国賠法上違法であるというべきである。さらに,A警部補らは,原告が,覚せい剤使用の有無を尋ねられた際に

前刑からは何回か使用した。

とは述べておらず,また,原告が

4日後に来てくれ。

と述べたのは覚せい剤の最終使用日を尋ねられたことを受けてのものではないにもかかわらず,捜査報告書に被疑者(原告)に対し覚せい剤使用の有無について質問したところ,『前刑からは何回か使用した。』旨供述し,さらに捜査員が覚せい剤の最終使用日について確認したところ,暫くの間考え込み『4日後に来てくれ』と返答し,使用日についてあやふやな回答を申し立てた。等と虚偽の記載をし,
当該捜査報告書を疎明資料として強制採尿令状の請求を
行い,同令状の発付を受けた上で,原告に対し,強制採尿令状が到着した旨述べて,任意採尿に応じさせた。このような虚偽の証拠により強制採尿令状の発付を受け,それを用いて原告に任意採尿に応じさせた行為は,国賠法上違法で
あり,これに基づく本件逮捕も違法である。
(被告の主張)
Tの覚せい剤使用に関する捜査経緯及び本件捜索での原告の言動等からすると,
Tの住居である本件マンションにTの覚せい剤使用に関する証拠物が存在する蓋然性があり,
本件マンションに対する詳細な捜索を行う必要があった

のであるから,本件捜索は,開始後1時間弱では終了しておらず,午後2時3分まで継続していたのであり,原告を違法に本件マンションに留め置いたものではない。
また,本件捜索に係るTの覚せい剤使用には,Tの他,その交際女性や前妻である原告が関係しているところ,本件捜索当時,その詳細は不明であり,原告がその他の関係者と連絡を取ることで,捜索妨害行為や証拠隠滅工作を図るおそれがあった。そのため,A警部補及びD巡査は,本件捜索中に外部と連絡
を取ろうとした原告に対し,刑事訴訟法222条1項,111条1項,112条1項や捜索差押許可状自体の効力に基づき,電話の目的及び相手方を確認しようとしたにすぎず,
原告を弁護士と接触することができない状況に置くこと
を目的として原告が知人に電話するのを制止したわけではないから,原告の弁護人選任権を侵害するものではない。

さらに,原告は,A警部補から前刑以降における覚せい剤使用の有無及び回数について質問された際,
1回も使ったことがないってことはないけど

1回だけってこともないけど等と述べたものであり,原告が前刑からは何回か使用したとの発言をしたとの捜査報告書の記載は何ら虚偽ではないし,原告が4日後に来てくれと発言した同報告書の記載についても,実際に,原
告はそのような発言をしており,その文脈上も何ら虚偽ではなく,違法に強制採尿令状の発付を受けたものではない。
したがって,A警部補らが原告の尿を取得した手続は,どの過程においても違法な点はなく,
適法な手続によって取得された原告の尿から覚せい剤の陽性
反応が出たことを主たる理由とする本件逮捕は,適法である。



原告の損害の発生及びその金額(争点2)
(原告の主張)

原告は,上記⑴の違法な捜査の結果,平成27年3月30日に逮捕され,
その後,同年12月4日に無罪判決を受けて釈放されるまでの間,250日間にわたる身体拘束を受け,通常一般人が味わうことのない精神的苦痛を味わった。
また,原告は,上記⑴の違法な捜査により,対人恐怖症となり,不眠,情動不安定,不安症状,過呼吸等の症状に苦しみ,現在も就労することができない状態が継続しており,原告が対人恐怖症にり患したことは,被告による違法行為と因果関係のある損害である。
前記身体拘束及び対人恐怖症による精神的苦痛を慰謝するには,少なくと
も200万円の慰謝料を要する。

加えて,原告は,被告に対し,前記慰謝料の支払を求めるに当たり,弁護士に委任せざるを得なくなったものであり,弁護士費用として,前記慰謝料の金額の1割に相当する20万円の損害を被った。

(被告の主張)


被告の捜査に違法な点はないから,そもそも原告に損害は発生していない。仮に,被告の捜査が違法なものであったとしても,原告の主張する対人恐怖症による症状は,
同人が本件逮捕後に診断された覚せい剤精神障害による
症状と同様なものであり,同人がかつて使用していた覚せい剤による精神障害が原因となっていることは明らかであるから,本件逮捕との間に因果関係
はない。



弁護士費用については否認ないし争う。
損益相殺(争点3)

(被告の主張)
原告は,刑事補償決定に基づき,250日間にわたる身体拘束について,1日あたり8000円,合計200万円の補償金の交付を受けているところ,刑事補償決定に基づき原告に支給された1日あたり8000円の金額は,原告がそれまでの清掃業及び生活保護給付により得ていた利益との関係でも高額であり,実質的には慰謝料的な要素が含まれているものといえるから,本件にお
ける損害との関係では,200万円の損益相殺がなされるべきである。(原告の主張)
原告は,本件逮捕に端を発する身体拘束を受けていなければ,就業による収入を得ることができたところ,原告の休業損害は178万6965円(=372万7100円(平成27年賃金センサス女性全年齢平均)×0.7(生活費控除率)×250日/365日)である。
以上に加えて,原告が,刑事補償金の交付を受けたことによって,既に支給
を受けていた生活保護費57万4334円を返還せざるを得なくなったことを併せ考慮すると,原告は,刑事補償金によって十分な補償を得られたとはいえないから,刑事補償金が損益相殺の対象となるとしても,原告が受けた損害のすべてが消滅するとはいえない。
第3争点に対する判断
1認定事実
前記前提事実に加えて,掲記の証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。


本件捜索に至る経緯
平成27年3月17日午前9時頃,Tが運転し,助手席に同人の交際相手で
ある女性が同乗する自動車が単独事故を起こし,T及び同人の交際相手である女性が病院に救急搬送されたところ,T及び交際相手の女性の尿からそれぞれ覚せい剤の陽性反応が出たことから,本件警察署の警察官は,両名を覚せい剤使用で通常逮捕した(乙12,弁論の全趣旨)

その後の捜査で,Tの住居が本件マンションである可能性が生じたことから,
本件警察署の警察官は,同月29日,京都簡易裁判所に本件捜索差押許可状を請求し,その発付を得た。
(乙1,12,弁論の全趣旨)


本件捜索の開始から本件逮捕に至る経緯

A警部補らは,平成27年3月30日午前9時19分頃,本件捜索を開始した。本件マンションは,別紙のとおり,西側に玄関,東側にバルコニーを配し,居住スペース一部屋に台所があるという,いわゆる1Kの部屋であるところ,玄関を入ってすぐ左手(北側)に流し台が設けられ,通路部分が台所となっており,台所の右手側(南側)には洗面所の扉があり,洗面所内の西側には便所,東側には洗面台,南側には浴室が配置されていた。また,台所東側が8畳ほどの洋室となっており,洋室の東側に掃き出し窓があり,掃き出し窓の外にバルコニーが設けられていた。さらに,洋室の中央にはテー
ブルが置かれており,テーブルの南側には寝具(ベッドマットの上に布団が敷かれたもの)があり,寝具の東側窓際(洋室南東隅)に,縦横高さがそれぞれ数十センチ程度で二段に仕切られたサイドボードが置かれており,サイドボードの下段の一部には書類等が保管されていた。洋室の南西側には押入れがあり,洋服等が収納されていた。床やテーブルの上には,ごみ箱等,若
干の物が置かれていた。
(乙2,5,12)

A警部補は,本件警察署で待機していたE(以下E警部補という。)に
対し,原告を立会人として本件捜索を開始した旨連絡したところ,E警部補は,原告に関する情報を照会した上で,A警部補に対し,原告に覚せい剤関係の前科及び前歴がある旨伝えた(乙12,14,証人A,証人E)。


捜索開始後,A警部補及びB巡査部長は,午前10時頃までの間,原告から,同人とTとの過去から現在に至る関係性,原告が本件マンションで生活している理由,本件マンションでの生活を開始した時期,原告の覚せい剤使用の有無等に係る事情を聴取し,原告の供述録取書を作成した。
その際,原告は,A警部補に対し,現在,原告がTから本件マンションを借
りて住んでいること,本件マンションにはTの荷物はないこと,Tとは現在ほとんど連絡をとっていないこと,前刑から覚せい剤を一度も使用したことはないこと等を述べた。
(甲8,11,乙12,証人A)

一方,D巡査は,A警部補及びB巡査部長が原告から事情聴取を行っている間,原告の動静を確認しつつ,C巡査部長とともに本件マンション内の捜索を実施していた。D巡査は,原告の衣類や下着,化粧品が置いてある箇所等の捜索を実施し,C巡査部長は,台所,洗面所,浴室,便所,サイドボード等の捜索を実施し,A警部補及びB巡査部長が原告の供述録取書を作成し終えた段階では,本件マンション内の捜索を一通り終えたが,いまだTの覚せい剤使用に関係する証拠物の発見には至っていなかった。
(乙13,
16,
証人A,証人D)


A警部補は,
本件マンションからTの覚せい剤使用に関係する証拠物が発
見されなかったことから,原告から任意で尿の提出を受け,原告の尿から覚せい剤の陽性反応が出なかった場合には,本件捜索を終了しようと考え,午前10時過ぎ頃,原告に対し,尿検査をするための尿の提出を求めた。これに対し,原告は,Tとは付き合いも関係もないのであるから尿を提出す
る必要はない旨述べ,尿の提出を拒否した。
(甲11,乙12,証人A,原告
本人)
その後,A警部補は,原告に対し,覚せい剤を使用していないのであれば尿を提出することはできるはずである旨説得して,引き続き尿の提出を求めたが,原告は,A警部補に対し,尿の提出を拒否しつつ,用事があるため帰
ってほしい旨述べた(甲11,乙11,12,証人A,原告本人)。

A警部補は,原告に対し,注射痕の有無を確認するため両腕を見せるよう求めたところ,原告は,着用していた服の両長袖をまくり上げ,両腕を前に突き出して,両腕の肘関節部の内側を出した後,両長袖を元に戻した。そのため,A警部補らは,原告の両腕の肘関節部の内側の写真を撮影することは
できなかった(甲9,11,乙16,原告本人)


A警部補は,原告に対し,引き続き尿を提出するよう説得し続けていたところ,原告は,A警部補に対し,弁護士に連絡したい旨,弁護士の連絡先及び氏名を確認するために知人に携帯電話で連絡したい旨述べたが,A警部補
及びD巡査は,
原告が知人に電話するのを制止した
(甲11,
乙11,
12,
証人A,証人D,原告本人)


A警部補は,その後も引き続き,原告に対し,尿を提出するよう説得し続けていたが,その際,同人に対し,早い人だと使用後4日程度で覚せい剤の陽性反応が出なくなることもある旨述べたところ,
原告は,
A警部補に対し,
それであれば4日経過したら尿を出してもよい旨の発言をした。さらに,A警部補は,原告に対し,尿を出してくれないのであれば,強制採尿令状の請
求をする旨を伝えた。
(甲11,乙12,13,証人A,証人D,原告本人)

A警部補は,D巡査に対し,本件警察署に状況を伝えて,原告に対する強制採尿の準備をしてもらうよう指示した(乙12,証人A,証人D)。
D巡査は,
A警部補の指示を受けて,
午前10時23分,
E警部補に対し,
電話で,
原告が,
覚せい剤の使用日時について確認された際,
前刑からは何回か使用した4日後に来てくれとあやふやな回答を繰り返した旨伝え,
た上で,
原告に対する強制採尿の準備をするよう要請した
(乙11
〔29頁〕

乙13,証人D)

さらに,A警部補は,原告とのやり取りから,原告が巧妙に覚せい剤や注射器などを隠匿している可能性が高いと判断し,他の捜査員に,再度,本件
マンションの捜索を行うよう指示した(乙12,13,証人A,証人D)。

E警部補及びF巡査部長(以下F巡査部長という。
)は,D巡査の要請
を受けて,原告の強制採尿令状請求の準備をした上で,京都地方裁判所裁判官に対し,
捜索差押(強制採尿)の必要性についてと題する捜査報告書

(以下本件捜査報告書という。
)等を疎明資料として,原告に対する覚せ
い剤取締法違反(使用)に係る強制採尿令状を請求した(乙3,14)。本件
捜査報告書には,
被疑者(原告のこと)に対し覚せい剤使用の有無について質問したところ,『前刑からは何回か使用した。』旨供述し,さらに捜査員が覚せい剤の最終使用日について確認したところ,暫くの間考え込み『4日後に来てくれ』と返答し,使用日についてあやふやな回答を申し立てた。等と記載されていた。
(甲5,乙3,14,証人E)

E警部補は,午前10時50分頃,A警部補の携帯電話に電話し,原告が過去にぬいぐるみの中やストーブの中,新品のティッシュケースの中等細かなところに覚せい剤を隠していたことがある旨の情報を伝えた(乙12,14,証人A,証人E)

A警部補は,E警部補からの情報提供を受けて,本件マンション内の捜索
を継続した(乙12,13,証人A,証人D)


F巡査部長は,午後0時42分,被疑者を原告,罪名を覚せい剤取締法違反(使用)とする強制採尿令状(以下本件強制採尿令状という。
)の発付
を受け,
午後1時頃,
本件マンションに本件強制採尿令状を持参した
(甲8,
乙4,11から14,証人A,証人D,証人E)


A警部補は,
原告に対し,
同人に対する強制採尿令状が到着した旨伝えて,
任意での採尿を求めたところ,原告は,これに応じ,午後1時9分から午後1時15分までの間,D巡査の立会いの下,任意採尿を行い,A警部補らに対し,尿を任意で提出し,A警部補らは,原告の尿を領置した(甲8,9,11,乙5から7,11から13,証人A,証人D,原告本人)



F巡査部長は,午後1時28分から午後1時38分までの間,原告の尿について,
尿中覚せい剤簡易予試験
(吸着チップ法)ユトラップMET検査及

びインスタントビュー検査を行ったところ,原告の尿から顕著な覚せい剤の陽性反応が出た(乙8)

上記の検査結果を踏まえ,A警部補らが原告に対し,覚せい剤の最終使用
日を確認したところ,原告は,A警部補らに対し,同日から3日か4日前に覚せい剤を注射した旨自白した(乙8)

そのため,
A警部補らは,
午後1時40分,
原告を覚せい剤取締法違反
(使
用)の被疑者として緊急逮捕した(本件逮捕。乙8)



本件逮捕後の経緯

A警部補らは,本件逮捕後の午後1時59分,原告の左腕前腕外側に注射痕が2か所確認されたため,その部分を写真撮影した上で,午後2時3分,本件マンションを退室して,原告を本件警察署へ連行した(乙11〔31,32頁〕。


原告の尿については,平成27年3月31日に京都府警察本部刑事部科学捜査研究所において鑑定が行われ,覚せい剤フエニルメチルアミノプロパン
を含有するとの鑑定結果が得られた(乙10)

2争点1(A警部補らの捜査及び逮捕の違法性)について


原告を本件マンションに留め置いたことについて

原告は,A警部補らが,平成27年3月30日午前10時頃以降,原告を本件マンションに留め置いたことは,法的根拠を欠く違法な行為である旨主張するので,以下,検討する。
前記認定事実によれば,
本件マンションは,
いわゆる1Kの間取りであり,
捜索範囲が広いわけではなく,家具もテーブルと小型のサイドボードしかなく,本件捜索当時,床上やテーブル上に物は散乱しておらず,サイドボード
にもその一角に書類が入れられていたにすぎないところ(前記認定事実⑵ア)D巡査及びC巡査部長は,

午前9時19分頃に本件捜索を開始し,
A警
部補及びB巡査部長が原告の事情聴取を行い,同人の供述調書を作成し終えた午前10時頃までの間には,手分けをして,一通り本件マンションの捜索を終え,
Tの覚せい剤使用に関係する証拠物を発見するには至らなかったこ
とが認められる
(前記認定事実⑵ウ,。
エ)このような本件マンションの間取
り及び部屋の状況,さらに,少なくとも2人の警察官が手分けをして,本件マンションにおいて捜索に当たっていたことからすると,
本件マンションの
捜索に多くの時間を要するとは考え難く,Tを被疑者とする本件捜索差押許可状に基づく本件捜索は,遅くとも午前10時頃には終了していたと認める
のが相当である。そうすると,A警部補らが,午前10時頃以降,原告を本件マンションに留め置いたことは,本件捜索差押許可状に基づく捜索が終了したにもかかわらず,原告を本件マンションに留め置いたものであり,合理的な根拠を欠いてなされたものといえ,警察官として要求される職務上の注意義務違反があり,原告の移動の自由を不当に制約するものとして,国賠法上も違法と評価することができる。

この点,被告は,本件捜索は,午後2時3分まで継続していたのであるから,
本件捜索の立会人である原告を本件マンションに留め置くことは何ら違法ではない旨主張する。
確かに,A警部補らは,午前10時頃以降においても,本件マンションの捜索を継続していたことは認められる(前記認定事実⑵ケ)。

しかし,前記アで説示したとおり,A警部補らは,午前10時頃には,一旦本件マンションの捜索を一通り終えており,その段階ではTの覚せい剤使用に関する証拠物を発見するには至っていなかった。
そして,
A警部補らが,
午前10時頃以降においても,本件マンションの捜索を継続したのは,A警部補が原告とのやり取りで,原告が巧妙に覚せい剤や注射器などを隠匿して
いる可能性が高いと考え,A警部補が,他の捜査員に再度,捜索を行うよう指示したためであるところ,A警部補は,本件捜索を開始した時点で,原告に覚せい罪関係の前科及び前歴があることを認識しており(前記認定事実⑵イ)
,その後,他の捜査員に再度,捜索を行うよう指示するまでに,任意に尿を提出するよう原告を説得し,説得に応じなければ,強制採尿令状を請求す
る旨伝えていること(前記認定事実⑵ク)からすると,A警部補は,原告に対する覚せい剤使用の強い嫌疑を抱いていたものといえる。
さらに,
その後,
E警部補からA警部補に,
原告が過去に細かなところに覚せい剤を隠してい
たことがある旨の情報が伝えられ,さらに捜索が続けられていること(前記認定事実⑵サ)をも踏まえると,午前10時頃以降における本件マンション
の捜索は,原告に対する覚せい剤使用の嫌疑を前提に,原告自身が覚せい剤を隠匿していると思われるところを中心に行われたものということができ,Tを被疑者とする捜索差押許可状に基づくものとはいえないことから,専ら原告を被疑者とした令状によらない捜索であると評価せざるを得ない。したがって,被告の主張を採用することはできない。


原告が知人に電話するのを制止したことについて
前記⑴で検討したとおり,本件捜索が午前10時頃に終了していたことから
すると,A警部補及びD巡査が,原告が弁護士の氏名及び連絡先を確認するために知人に電話をかけることを制止したことは,本件捜索に伴い行われたものということはできず,令状に基づかない捜索中に行われたものであり,合理的な根拠を欠いてなされたものであるといわざるを得ない。そして,原告は,知人に電話をかけ,
弁護士の氏名及び連絡先を確認しようとしていたことからす

ると,原告が知人に電話をかけることを制止したことは,結果として,同人が弁護士の助言を受ける機会を奪うことになるから,同人の弁護人選任権を侵害するものということができるところ,弁護人選任権は,被疑者に認められる権利として重要なものであることからすると,このような重要な権利を侵害する警察官の行為は,警察官として要求される職務上の注意義務に違反するもので
あり,国賠法上も違法である。


虚偽の証拠により取得した強制採尿令状を用いた任意採尿についてア
原告は,A警部補らが,原告が覚せい剤使用の有無を尋ねられた際に

前刑からは何回か使用した。とは述べておらず,

また,

4日後に来てくれ。



と述べたものの,
それは覚せい剤の最終使用日を尋ねられたことを受けての
発言ではないにもかかわらず,本件捜査報告書に被疑者(原告)に対し覚せい剤使用の有無について質問したところ,『前刑からは何回か使用した。』旨供述し,さらに捜査員が覚せい剤の最終使用日について確認したところ,暫くの間考え込み『4日後に来てくれ』と返答し,使用日についてあやふやな回答を申し立てた。等と虚偽の記載をしたと主張し,原告は,
これに沿う
供述をする。
他方,被告は,原告がA警部補から前刑以降における覚せい剤使用の有無及び回数について質問された際,
1回も使ったことがないってことはないけど1回だけってこともないけど等と述べたものであり,原告が前,刑からは何回か使用したとの発言をした旨の捜査報告書の記載は何ら虚偽ではないし,原告が4日後に来てくれと発言した同報告書の記載につい
ても,
その文脈上も何ら虚偽ではない旨主張し,
A警部補及びD巡査は,
各々
これに沿う証言をする。
そこで,以下,A警部補及びD巡査の証言並びに原告の供述の信用性について検討する。

前刑からは何回か使用した。

との発言についてA警部補及びD巡査は,原告が前刑後に複数回覚せい剤を使用したことを認める発言をしていた旨を,刑事公判廷(乙11,16)及び本件の証人尋問において供述する。
しかし,前記認定事実によれば,原告は,A警部補から覚せい剤使用の
有無について問われた際,当初,前刑から覚せい剤を使用していない旨述べており,さらに,A警部補から任意採尿を求められたときには,任意採尿を拒否していたのであるから(前記認定事実⑵ウ,オ),A警部補が,原
告に対し,再三任意での採尿を求めていた(前記認定事実⑵オ,キ,ク)としても,原告が,A警部補の質問に対し,突然,出所後に複数回覚せい
剤を使用したことを認めるような発言をするとは,通常,考え難い。刑事公判廷におけるA警部補の供述(乙11)を見ると,A警部補は,原告は自ら刑務所に行ったことがあるとの発言をし,その後,刑務所から出てきてから一回も使っていないのか確認したところ,原告は,そのようなことはないと回答し,さらに,一回だけなのか確認したら,そうではないと回
答した旨の供述をしているが,上記のとおり,原告が自らの覚せい剤使用を認めるような発言をすることが考え難い状況において,上記のようなやり取りのみで,原告が,自らの覚せい剤使用を認めた旨のA警部補の供述は,不自然であるといわざるを得ない。また,D巡査の刑事公判廷における供述(乙16)においても,A警部補がどのような質問をし,それに対し原告がどのような回答をしたのかという,原告の捜査を遂行する上で極めて重要な点について,D巡査は,A警部補の質問ははっきりと覚えていない旨,また,原告の回答内容についても曖昧な供述をしており,その信用性は必ずしも高いとはいえない。
D巡査は,
本件の証人尋問においては,
これらの点を明確に供述しているものの,刑事公判廷での証言は,平成27年9月4日であるのに対し
(乙16)本件の証人尋問は,

令和元年6月

21日に行われており,このように前回証言から数年以上経過しているにもかかわらず,D巡査の供述内容が明確になっている点も不自然といわざるを得ない。
そうすると,A警部補及びD巡査の刑事公判廷及び本件の証人尋問における各供述は,いずれも不自然な点や曖昧な点があるといわざるを得ず,
それぞれの供述の信用性は必ずしも高いものとはいえず,各供述に何らの客観的な裏付けもないことをも踏まえると,
A警部補及びD巡査の供述の
みによって,原告がA警部補に対し,

前刑からは何回か使用した。

旨述べていたとの事実を認めることはできない。
原告の供述の信用性について

他方,原告は,刑事公判廷における被告人質問及び本件の当事者尋問において,一貫して,A警部補に対し,前刑から覚せい剤を多数回使用した旨述べたことはない旨供述している。しかし,原告は,A警部補とのやり取りの中で,4日経過したら尿を出してもよい旨発言するなど,原告が自ら覚せい剤を使用していたとも受け取られかねない発言をしていること
が認められることからすると,前刑から覚せい剤を使用したことがある旨の発言をした可能性がないとはいえず,原告の供述のみをもって,原告が前刑から覚せい剤を使用したことがある旨の供述を一切していないとまで認めることはできない。
そうすると,A警部補及びD巡査の証言並びに原告の供述の信用性は,いずれも高いとはいえず,本件全証拠及び弁論の全趣旨によっても,原告が,A警部補の質問に対し,前刑から覚せい剤を多数回使用した旨の発言
をしたかどうかは判然としないといわざるを得ない。
したがって,本件強制採尿令状の請求の際,原告が

前刑からは何回か使用した。

と供述した旨を記載した疎明資料を添付し請求した点については,本件警察署の警察官において,虚偽の事実を記載して請求したとまでは認められないものの,客観的な根拠をもって記載して請求したものと
も認めることはできない。

4日後に来てくれとの発言について
前記認定事実によれば,原告は,A警部補から,覚せい剤を使用してから早い人だと使用後4日程度で覚せい剤の陽性反応が出なくなることもある
旨言われたことから,A警部補に対し,そしたら4日経過したら尿を出してよい旨の発言をしたことが認められ
(前記認定事実⑵ク)原告が

4日後に来てくれとの趣旨の発言をしたことは認められるものの,覚せい剤の最終使用日時を確認された際に4日後に来てくれと答えたわけではない(なお,前記認定事実によれば,A警部補が,原告に対し,覚せい剤の最終使用
日を確認したのは,
本件捜査報告書等を疎明資料として強制採尿令状の発付
を受けた後である(前記認定事実⑵ス))
。。
使用後4日程度で覚せい剤の陽性反応が出なくなることもあると言われたことに対して,それであれば4日経過したら尿を出してもよい旨の発言をしたのであれば,当該発言は,自らが使用したことをうかがわせる発言とも
受け取れる一方,原告が供述するように,会話の中で,相手方の発言を踏まえて冗談として発言したものであると捉えられる余地もあるところ,覚せい剤の最終使用日時を確認された際に4日後に来てくれと発言したのであれば,当該発言は,自らの最終使用日を踏まえて,覚せい剤反応が出なくなる時期を考えて発言したものと捉えられる蓋然性の高い発言ということができる。そうすると,本件捜査報告書の記載は,原告の発言を,原告が自ら罪を犯したことを認めているような方向に徒に誇張して記載したものとい
わざるを得ない。

以上によれば,本件強制採尿令状の請求書には,原告の両腕の注射痕の写真等の客観的な疎明資料は添付されておらず
(前記認定事実⑵カ)かつ,


明資料として添付された本件捜査報告書についても,原告が前刑からは何回か使用したことがあると述べたとされる部分については客観的な裏付けを
欠き,さらに,原告の4日後に来てくれとの発言については,その経緯を偽り,A警部補らと原告との間のやり取りを,原告の嫌疑が強まるように徒に誇張して記載し,
強制採尿令状の発付を受けているものということがで
きる。このような疎明資料に基づき,強制採尿令状を請求し,これを取得した本件警察署の警察官の行為は,
十分な合理的な根拠もないままに強制採尿

令状を請求したものといわざるを得ず,警察官として要求される職務上の注意義務に違反するものといえ,国賠法上,違法である。


任意採尿手続及び本件逮捕について
前記のとおり,A警部補らは,Tを被疑者とする捜索差押許可状に基づく本
件マンションの捜索終了後の午前10時過ぎから強制採尿令状が到着する午後1時頃まで約3時間にわたり,違法に原告を本件マンションに留め置いた上で,原告の弁護人選任権をも侵害している。そして,このような状況の下,違法に取得した強制採尿令状を提示し,原告は,任意での採尿に応じざるを得なかったものであるから,A警部補らによる任意採尿手続は,令状主義を没却す
る重大な違法性を帯びた行為といえる。
そして,
このような重大な違法性を帯びた証拠収集手続によって取得された原告の尿から覚せい剤の陽性反応が出たことを主たる根拠とする本件逮捕は,合理的な根拠を欠くものであり,国賠法上違法であるというべきである。3争点2(原告の損害の発生及びその金額)及び争点3(損益相殺)について⑴
慰謝料について

A警部補らが,
本件捜索終了後,
原告を本件マンションに留め置いたこと,
原告が弁護士の氏名及び連絡先を確認するために知人に電話をかけることを制止したこと及び本件警察署の警察官が,強制採尿令状を違法に取得し,これをもとに原告に尿を任意提出させ,原告を覚せい剤使用の被疑事実で緊急逮捕したこと(本件逮捕)は,それぞれ国賠法上違法であり,原告は,違法な本件逮捕に引き続き250日間にわたる不当な身体拘束を受け,よって,
身体の自由に対する侵害に伴う精神的損害を受けたことが認められる。他方,前記認定事実によれば,原告が本件逮捕に近接する日時に覚せい剤を使用していたことが認められ(前記認定事実⑵シ,同ス,⑶イ),違法な本
逮捕がなかったとしても,その後に適法な捜査手続によって相当期間の身体拘束を受けた可能性を否定することはできない。

このような事情を含め本件にあらわれた一切の事情を考慮すれば,原告が被った精神的苦痛を慰謝するには,100万円が相当であると認められる。イ
この点,原告は,本件逮捕に引き続く身体拘束によって,対人恐怖症にり患し,このような対人恐怖症のり患についても,本件逮捕と因果関係のある
損害である旨主張する。
しかし,証拠(甲3,4)によれば,原告は,本件釈放後の平成28年9月21日には覚せい剤精神障害で不眠,
幻覚・妄想,
情動不安定,
不安症状,
過呼吸,のどのつまり,易刺激性,自閉等の症状が見られると診断され,また,平成30年9月11日には抑うつ状態との病名の下,抑うつ気分と対人
恐怖及び強迫行為を認め,外出が困難な状態であると診断されたことが認められるところ,覚せい剤精神障害においても,幻覚・妄想や自閉等の症状が認められていること,本件逮捕に近接する日時に,原告が覚せい剤を使用したことが明らかであること(前記認定事実⑵シ,同ス,⑶イ)からすると,原告の対人恐怖症については,自らの覚せい剤使用が原因である可能性を否定することができず,本件逮捕との間に因果関係があるとは認められない。したがって,原告の主張を採用することはできない。



損益相殺について
前記前提事実によれば,原告は,平成28年8月10日,無罪となった覚せい剤使用の事実により身柄を拘束されていた250日間について,1日あたり8000円,合計200万円の刑事補償金の交付を受けたことが認められる。そして,刑事補償の制度の趣旨が,無罪となった事実により身柄拘束を受けた
期間中の休業補償及び精神的苦痛に対する慰謝にあること,
原告が本件逮捕
前に清掃業により一定の収入を得ていたこと(甲6,弁論の全趣旨)を併せ考慮すると,原告が交付を受けた200万円の刑事補償金のうち,150万円が休業補償の趣旨であり,
残りの50万円は精神的苦痛に対する慰謝料の趣旨で
あると解するのが相当である。そうすると,前記⑴の慰謝料100万円から刑
事補償金のうち慰謝料に相当する50万円を控除することになるから,原告の損害額は50万円となる。


弁護士費用について
原告が本件訴訟の提起及び追行を弁護士に委任して行ったことは当裁判所
に顕著な事実であり,
原告が要した弁護士費用のうち5万円を違法行為と相当
因果関係のある損害と認める。
第4結論
以上によれば,原告の請求は,55万円及びこれに対する平成27年3月30日(不法行為の日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金
の支払を求める限度で理由があるから,その範囲で認容すべきであるが,その余は理由がない。
よって,主文のとおり判決する。
京都地方裁判所第7民事部

裁判長裁判官

島崎邦彦
裁判官

松波卓也
裁判官

中村大喜
トップに戻る

saiban.in