判例検索β > 平成31年(ネ)第784号
損害賠償請求控訴事件
事件番号平成31(ネ)784
事件名損害賠償請求控訴事件
裁判年月日令和2年2月27日
裁判所名・部大阪高等裁判所  第1民事部
原審裁判所名大津地方裁判所
原審事件番号平成24(ワ)121
判示事項の要旨被控訴人らの子が中学2年で自殺したのは同級生である控訴人らのいじめが原因であるとする損害賠償請求につき,いじめ行為と自殺との間の相当因果関係を認めた上で,過失相殺の規定の適用及び類推適用により損害の4割を減額して請求を認容した事例
裁判日:西暦2020-02-27
情報公開日2020-03-30 18:00:23
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主文1
原判決を次のとおり変更する。

2
控訴人らは,被控訴人らそれぞれに対し,連帯して,201万9568円及びうち183万9568円に対する平成27年4月4日から,18万円に対する平成23年10月12日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3
被控訴人らのその余の請求をいずれも棄却する。

4
訴訟費用は,第1,2審を通じ,これを10分し,その1を控訴人らの負担とし,その余を被控訴人らの負担とする。

第1

実及び理由
控訴の趣旨

1
控訴人A


原判決中控訴人A敗訴部分を取り消す。



上記部分に係る被控訴人らの請求をいずれも棄却する。

2
控訴人B



原判決中控訴人B敗訴部分を取り消す。



上記部分に係る被控訴人らの請求をいずれも棄却する。

第2

事案の概要

1
要旨
本件は,中学2年生の時に自殺した亡D(以下亡Dという。)の両親で
ある被控訴人らが,亡Dの自殺の原因は,同学年の生徒であった控訴人A,控訴人B及びC(以下少年Cといい,控訴人らと併せて控訴人ら等という。)から受けたいじめにある旨主張して,控訴人らに対し,共同不法行為に基づき,被控訴人ら各自が亡Dから相続した死亡逸失利益及び慰謝料並びに被控訴人ら固有の慰謝料等の合計額3859万8578円から大津市が負担すべき部分であるとするその半額を控除した1929万9289円及びこれに対す
る不法行為の後である平成23年10月12日(亡Dの死亡の日の翌日。以下,平成23年中の出来事については,暦年の記載を省略し,歴月あるいは月日のみを記載することもある。)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の連帯支払をそれぞれ求める事案である。
原審裁判所は,亡Dの自殺について控訴人らに共同不法行為が成立することを認め,被控訴人らの請求を,各自1878万8684円及びうち1505万4942円に対する平成27年4月4日から支払済みまで年5分の割合による金員の連帯支払を求める限度で一部認容したため,控訴人らが,その敗訴部分を不服として,本件各控訴を提起した。
なお,被控訴人らは,原審において,少年Cや控訴人ら等の親又はその配偶者(以下,少年Cを含むこれらの者を原審共同被告らという。)に対しても,民法709条,714条1項等に基づき,前同様の請求をし,原審裁判所は,それらの請求をいずれも棄却したが,被控訴人らは,控訴しなかった。また,被控訴人らは,前記中学校の設置者である大津市についても,共同被告として国家賠償請求をしていたが,原審において,大津市との間で訴訟上の和解が成立した。
2
前提事実,争点及び争点に対する当事者の主張


前提事実,争点及び争点に対する当事者の主張は,後記⑵の過失相殺の規
定の適用及び類推適用の当否(当審において新たに加わった争点)に係る当事者の主張並びに後記第3の1⑵及び2⑴ウにおいて当裁判所の判断を示す当審における控訴人らの補充主張のほかは,原判決事実及び理由中の第2の2及び第3(当審において審理の対象とはなっていない原審共同被告らの責任及び控訴人らの責任能力の有無に係る部分を除く。なお,以下では,便宜上,争点番号は,原審のものによる。)のとおりであるから,これを引用する。


過失相殺の規定の適用及び類推適用の当否
(控訴人Aの主張)

仮に控訴人Aの行為が,亡Dに対する不法行為に該当するとしても,以下の

諸事情に照らすと,亡Dや被控訴人らに生じた損害に

ついて控訴人らが負担すべき額を決する上で,亡Dを含む被控訴人ら側の過失割合を8割から9割とする過失相殺の規定の適用及び類推適用がされるべきである。
そもそも,自殺は,亡Dの意思的行為であり,亡Dの自殺発生には,その心因的要因も寄与している。
また,亡Dは,G教諭に対し,控訴人らの行為について,大丈夫,ぼくもやっていると言い,また,いじめはないという趣旨の申
出も行っており,控訴人らの行為に対する打開策がとられる機会を自ら閉ざしている。
さらに,亡Dは,9月29日の体育祭での出来事においても,亡Dが自らはちまきで手を縛られることを申し出た上で,これが実行されており,また,蜂を唇の上に置かれた件についても,蜂を食べるという罰ゲームが明らかで,参加したくない者は参加しなくてもよい状態において,亡Dがこれに参加して,じゃんけんに負けたにもかかわらず,これを拒否したため,亡Dの唇の上に蜂が置かれたものであり,亡Dにおいて,控訴人らの行為を誘発したという落ち度がある。
加えて,亡Dの家庭環境は良好とはいえず,亡Dの自殺の発生について家庭環境が作用していることも否定できず,亡Dの両親である被控訴人らにおいても,亡Dの監護養育に係る注意義務を怠ったという落ち度がある。
そのほか,被控訴人Eが亡Dに対し,控訴人らを悪い友達であると決めつけ,控訴人らと亡Dとの間の友人関係を断ち切ろうとしており,控訴人らの亡Dに対する行為の発生原因として,被控訴人Eの上記行為が作用していた。

なお,過失相殺とは,発生した損害を加害者と被害者との間において公
平に分担させるという公平の理念に基づく制度であり,当事者間の公平を維持するためには,故意の不法行為でも減額を相当とする場合があり得るから,学説上,被控訴人らが主張するように,故意の不法行為について当然には過失相殺の対象から除外すべきものとはされていないし,裁判例でも,故意の不法行為であることをもって,直ちに過失相殺が否定されているわけではなく,各事案において認められる諸事情を考慮して,公平の観点から,過失相殺の当否が判断されており,いじめ自殺の事案でも,過失相殺を認める裁判例は多数存在する。
(控訴人Bの主張)
自殺は,様々な要因が複雑に絡み合って生じるものであり,本件において,控訴人らとの関係性の悪化が亡Dの自殺の原因の一つであったとしても,以下のアないしウのとおり,亡Dの心因的要因,家庭環境,被控訴人らの言動等も亡Dの自殺の要因として寄与していたことは明らかであり,損害の公平な分担という観点から,過失相殺の規定の適用及び類推適用により,控訴人らが負担すべき損害額が減額される必要があり,以下の諸事情に照らせば,亡Dを含む被控訴人ら側の過失割合(減額すべき割合)は9割を下らない。なお,裁判例において,故意行為であっても,過失相殺は認められているし,いじめ事案等においても,過失相殺は認められている。

亡Dの心因的要因ないし特性等の寄与
亡Dによる自殺行為は,亡D自身の意思に基づく行動であって,自殺に及ぶことには亡Dの心因的要因が大きく寄与している上,亡Dは,いじめの被害を担任であるG教諭や両親に打ち明けておらず,この点で,亡Dにも相応の責任がある。
また,亡Dについては,被控訴人Eが相談センターに亡Dのことを相談した際,軽度の発達障害の可能性を告げられているが,発達障害は若年者の自殺に関わる精神疾患の一つとして挙げられ,自殺を含めた問題行動の背景に,精神疾患が存在することがほとんどであるとされている(乙ハ69,70)ことからしても,亡Dの発達障害は,自殺に至る要因として大きく寄与したというべきである。
さらに,被控訴人Eによれば,亡Dは小さい頃から自動車にひかれそうになることが何度もあったというのであり,このような事故傾性は自殺の危険因子とされ(乙ハ43),亡Dが持っていた上記特性も自殺に至る要因として考慮されるべきである。

亡Dの家庭環境等の寄与
平成23年2月に被控訴人Fが自宅マンションを出て別居を開始してからは,被控訴人らの家族はばらばらの状態であり,その家庭は亡Dが安心して生活できる場ではなく,むしろ,被控訴人Fの警察官に対する供述調書(乙ハ44)に記載されているとおり,亡Dにとって,その家庭環境は居たくない劣悪なものであった。家庭は,特に思春期にある中学
2年生にとっては,安らぎを得るとともに,日々の悩みや不安を解消する場であるにもかかわらず,亡Dは,上記のような家庭環境に置かれていた。中学生の自殺の原因として親子関係の不和に起因するものの比率が高く,年齢が低い自殺ほど,家族的要因が強いことが指摘されていること(甲438)からしても,上記のような家庭の事情は,亡Dが自殺を決意する上で極めて大きな影響を与えていたことは明白であり,そのような家庭環境を作り出したのは,被控訴人らであって,この点について,被控訴人らに帰責されなければならない。特に,亡Dは,自殺する前日に被控訴人Fから,被控訴人らの離婚を示唆されており,思春期の子供にとって両親が離婚することは衝撃的な出来事であり,とりわけ被控訴人Fが自宅に戻ってくることを切望していた亡Dにとっては心理的に大きなショックを与え,亡Dが絶望的な気持ちになったことは容易に想像できる。亡Dがその翌日に自殺していることからしても,両親の離婚とそれによって母親不在の状況が将来にわたって継続することを知ったことは,亡Dの自殺の決断に大きな影響を与えたはずである。
また,亡Dは,被控訴人Fが自宅を出てからは,自宅での居場所を失い,祖父母宅に泊まりに行ったりするようになっていたが,9月中旬頃に,亡Dが祖父母宅から現金を窃取していることが発覚したことにより,被控訴人Eにより祖父母宅への出入りを禁止され,居場所を失ったことも,亡Dが自殺することに大きな影響を与えた。
さらに,亡Dは,被控訴人Eからしつけという理由で,度々叱責され身体的な暴力を加えられており,かかる身体的暴力により,自分はダメな子だ,自分がダメだから怒られているのだなどと自責の念を植え付けられるとともに,自己肯定感や自尊心を傷つけられていった。それに追い打ちをかけるように,祖父母宅からの窃盗が発覚した後,亡Dは,被控訴人Eから,自身を責める内容の反省文を連日のように書かされたことや,発達障害という病気であると告知されたことにより,生きる希望を失っていったものと考えられる。このような被控訴人Eの一連の言動は,当時15歳の亡Dが自殺を決意する上で極めて大きな要因となっていることは明らかであり,この点については,被控訴人Eに帰責されるべきである。

被控訴人Eの言動による亡Dと控訴人らとの関係悪化
仮に,亡Dの自殺の原因が,控訴人らと亡Dとの関係性にあったとしても,そのような関係性を作り出したのは,被控訴人Eの言動である。すなわち,被控訴人Eは,亡Dの心情や学校での交友関係について全く把握していなかったにもかかわらず,亡Dの金銭問題や無断外泊が発覚するや,それらに控訴人らが関与しているなどと決めつけ,亡Dの言い分も聞かずに,亡Dと控訴人らの交流を禁じた。このような被控訴人Eの一方的で過剰なまでの交友関係への介入により,亡Dと控訴人らとの関係が悪化していったのであり,控訴人らと亡Dの関係性には被控訴人Eの言動が大きく影響している。
(被控訴人らの主張)

故意の不法行為についての過失相殺の規定の不適用
控訴人らの亡Dに対する加害行為は,いずれも暴行,傷害などの重大な
犯罪行為に相当する故意の不法行為であり,しかも,嫌がる素振りを見せていた亡Dに多大な苦痛を与え,極めて悪質で執拗なものであったところ,このような故意の不法行為については,裁判例でも,故意の不法行為を予見し回避すべき被害者の義務が措定できないことや正義公平の観念等を理由として,過失相殺が否定され,学説上も,故意責任と過失責任の帰責原理の違い(故意責任は,権利及び利益に対する意図的な侵害行為に対する法的非難可能性を含む,積極的な帰責事由であるのに対し,過失責任は,個人の行動の自由を保障する観点から,少なくとも過失が認められない限り何人も法的に損害賠償責任を負わされないという,本質的に消極的な帰責事由である点で,帰責原理を異にする。)から過失相殺は否定されている。故意の不法行為の一種であるいじめ行為の事案でも,過失相殺を否定する裁判例や学説が多い。本件でも,控訴人らの行為が故意の不法行為である以上,過失相殺の規定の適用及び類推適用は認められるべきではない。イ
控訴人らの主張に対する反論
以下のとおり,控訴人らが指摘する事情は,いずれも,過失相殺の規定の適用及び類推適用を基礎付けるものではない。
亡D自身の過失について
自殺した生徒の性格等が生徒の多様性として通常の範囲内にある場合には,その性格等の当該生徒の自殺自体を理由として損害額を割合的に減じることは相当ではなく,否定されるべきである。
また,現在の精神医療では,自殺既遂者の多くが精神障害にり患しており,その大多数が精神科を受診せずに最後の行動に至っていることが判明しており,いじめ自殺について,その原因ないし背景として,当該生徒が過度のいじめにより心理的負担等が蓄積したことによる精神疾患・精神障害の発症やその心身症状が影響している可能性を否定することはできない。また,過度のいじめを継続的に受けた生徒が自殺に至る経緯について,心理学的分析により,徐々に危険な心理状態に陥っていくことにより自殺に追い詰められることが明らかにされている。これらのことからすると,自由な意思の介在を理由とする過失相殺については,これを主張する被告側が,被害者が完全に自由な意思によって自殺を選択したことについて立証すべきであるが,本件において,その立証はない。
さらに,過度のいじめの被害を受けた生徒が,周囲にその被害を申告したり,最後まで自殺念慮を表白したりしないことは,心理学的観点からも,当該生徒の心理的負荷の過度の蓄積からしてやむを得ないといえるから,過失相殺を基礎付ける事情として考慮すべきではない。
家庭環境等について
亡Dは,被控訴人らの別居により被控訴人Fと離れて暮らし,被控訴人Eから厳格な懲戒を受けたり,自殺前日の墓参りからの帰宅の際には被控訴人Fから離婚の考えを示されたりするなど,亡Dの家庭環境が複雑であるとしても,以下のとおり,それらの事情が,亡Dの自殺の発生に寄与しているとは考えられず,過失相殺の規定の類推適用を基礎付ける事情とはならない。
そもそも,被控訴人らが,学校内という閉鎖的環境で,控訴人らによって陰湿に実行された加害行為を具体的に知る由もなく,しかも,仮に被控訴人らが家庭環境を整えたからといって,控訴人らによる執拗で苛烈ないじめが抑止されることはなく,家庭環境が,損害の回避あるいは軽減に寄与する関係にあったとは考えられない。
また,被控訴人Fは,亡Dと別居しているといっても,自転車で往復5分程度の距離に住んでおり,亡Dは,両親の間を自由に行き来しており,これを妨げられることは一切なく,別居の事実が,亡Dに著しい苦痛を与える家庭的要因にはなり得ない。被控訴人Fから,離婚の考えがあることを告げられた際のやりとりでも,亡Dに変わった様子や衝撃を受けた様子などは一切見られなかったのであり,離婚の可能性は別居が継続した状態から容易に推測できることであるから,亡Dが,予想外の衝撃的な事実として受け止めたものとは考え難い。
さらに,亡Dは,被控訴人Fから離婚も考えていることを告げられた後も,自宅に戻り,被控訴人Eと3名で食事をとり,被控訴人Eへのみやげも一緒に賞味している。このように,被控訴人Fの元に身を寄せようとすることなく帰宅し,被控訴人Eと夕食を共にするなどしていることからしても,亡Dが,被控訴人Eとの家庭生活に不満を抱いたり,苦痛を感じたりしていたとは認められない。確かに,被控訴人Eは,9月15日,亡Dに対し,キャッシュカードの入手について詰問し,亡Dが事実と異なる説明や曖昧な説明をしたとして,激しく怒り,亡Dを怒鳴りつけて顔や頭をたたいたり,体を蹴ったりするなどした上,掃除用具の柄で亡Dのふくらはぎを複数回たたく懲戒を加えている。しかし,これは,亡Dと控訴人らとの交友関係が,親の承諾もなく外泊をしたり,金銭トラブルを引き起こしかねない遠出を繰り返したりするような不適切なものであったので,これを正そうとする親権者として当然の対応であって,何ら非難されるべき行為ではないし,そのような厳格な懲戒は,9月15日の1回にとどまり,時期的にも自殺があった日から約1か月ほど離隔しており,自殺という結果発生に寄与しているものとは考えられない。また,控訴人Bが主張するとおり,亡Dは,亡Dが発達障害であると思い込んだ被控訴人Eから,何度も同じことを繰り返すのは病気かもしれんのやでと告げられているが,障害を示唆された亡Dが自殺をほのめかしたり,激しいショックを受けたりするなどの言動に至ったことは,翌日亡Dから電話を受けて対応したG教諭によっても確認されておらず,亡Dは,G教諭に対し,自らの障害のことについて,何らの相談もしていないことからして,上記のような被控訴人Eによる病気の告知が,亡Dの自殺の発生に寄与していないことは明らかであるし,亡Dの心身の健康を憂慮し,専門的な所見を求めようとしたことに端を発する被控訴人Eの行動は,過失などと評価されるべきものではない。なお,控訴人Bは,被控訴人Eが亡Dに反省文を書かせたことを過失相殺を基礎付ける事情の一つとして指摘するが,亡Dの作成した反省文は,いずれも穏当かつ常識的な表現で書かれ,自虐的な内容,卑屈な内容,過度に自責的な内容は含まれていないし,死を連想させる表現も一切含まれておらず,被控訴人Eが亡Dに対して反省文の作成を指導したことが,精神的な圧迫を加えるもの,さらには,人を死に追いやるほどの苛酷なものであったとは到底いえない。
以上のとおり,亡Dの家庭事情は,亡Dの自殺という結果の発生に何ら寄与していない。
第3

当裁判所の判断

1
認定事実


認定事実は,次のとおり補正するほかは,原判決の事実及び理由中の
第4の1記載のとおりであるから,これを引用する。

原判決25頁12行目の甲302・を削除し,13行目の4通
を3通に改める。

原判決28頁20行目の乙ロ2を乙ロ6の2に改め,24行目
から25行目にかけての被告A1は,の次に平成23年10月25日に実施された本件中学校の教諭による事情聴取,同年11月16日に実施された警察官による取調べ及び平成24年11月10日に実施された警察官による取調べにおいて,を加える。

原判決29頁12行目の被告A1自身がの次に,平成24年9月19日に実施された警察官による取調べ,平成25年3月27日に実施された検察官による取調べ及び原審での本人尋問において,を加え,15行目から16行目にかけての供述していたの次ののであるを削除
し,17行目の被告B1は,の次に平成24年9月19日に実施された警察官による取調べにおいて,を加える。

原判決30頁6行目の105,を削除し,8行目の被告A1自身,の次に平成25年3月27日に実施された検察官による取調べにおいて,控訴人Aが亡Dの弁当を隠したことがあったかもしれない旨供述し,を,8行目から9行目にかけての被告B1もの次に,平成24年9月19日に実施された警察官による取調べにおいて,をそれぞれ加える。


原判決35頁2行目の7,の次に26,を加える。


原判決36頁10行目の心配を掛けて掛けてを心配を掛けてに
改める。


原判決37頁20行目のかけ続けたをかけ続け,その際,亡Dの体の同じ場所にかけ続けたため,亡Dは痛がって,やめてと言って抵抗していたに改め,21行目の12の4ないし7,を削除する。

原判決38頁14行目の乙ロ6の2を乙ロ6の3に改め,19
行目から20行目にかけての344,の次に345,を加える。


原判決41頁17行目の乙ニ406を乙ニ16に改める。

原判決42頁11行目の6の2を26に改める。


原判決49頁18行目の上記事実各を上記各事実に,19行目
から20行目にかけての警察官に対する供述を控訴人らに係る少年審判手続における証言にそれぞれ改める。

原判決51頁8行目の祖父母らを父方及び母方の祖父母らに改
める。


原判決52頁26行目の8,を削除する。


原判決55頁10行目の2・を削除する。


原判決56頁の4行目の次に,改行の上,以下を加える。
そのほかの関連事情

いじめ問題やいじめによる自殺に関する社会の動向等
いじめによる自殺についての報道の状況等
子供のいじめによる自殺については,昭和54年に初めて大きく
報道され,いじめ自殺という言葉が使われるようになった。そ
の後,昭和61年には,アイドル歌手の自殺やいじめによる自殺の後に複数の自殺が誘発されるという出来事があった。(甲409,438)
平成元年以降亡Dが自殺するまでの間,少なくとも,同年10月
に岡山県鴨方町で,平成3年9月に東京都町田市で,平成4年11月に北海道苫小牧市で,平成5年1月に愛媛県松山市で,同年3月に栃木県栃木市で,同年5月に秋田県合川町及び福岡県行橋市で,同年7月に北海道苫小牧市で,同年11月に滋賀県湖東町で,平成6年5月に岡山県総社市で,同年6月に愛知県安城市で,同年7月に東京都江戸川区で,平成6年7月に神奈川県津久井町で,同年8月に福島県相馬市で,同年9月に岡山県倉敷市で,同年11月に愛知県西尾市で,同年12月に愛知県岡崎市及び福島県石川町で,平成7年2月に茨城県で,同年4月に愛媛県松山市,福岡県豊前市,奈良県橿原市及び長崎県長崎市で,同年11月に新潟県で,平成8年1月に兵庫県,福岡県及び愛媛県で,同年4月に茨城県関城町で,同年9月に鹿児島県で,平成10年3月に千葉県で,同年12月に茨城県で,平成12年4月に福岡県太宰府市で,平成17年9月に北海道滝川市で,平成18年10月に福岡県で,平成19年7月に兵庫県神戸市で,平成20年5月に福岡県北九州市で,平成21年3月に三重県伊勢市で,平成22年8月に大阪府高槻市で,同年10月に群馬県桐生市で,平成23年8月に北海道札幌市で,それぞれ,いじめられていた,あるいは,その旨の遺書を残すなどした生徒や児童が自殺した旨の報道があった(甲6)。
子供の自殺やいじめ問題に対する政府の対応等
昭和52年以降平成19年まで,小中高校生の自殺者数は,毎年
300人前後で推移していた。また,平成10年以来,我が国の年間自殺者数は3万人を超え,深刻な社会問題となり,平成18年6月には,自殺対策基本法が成立した。(甲409)
文部科学省は,同年8月,児童生徒の自殺予防に向けた取組に関する検討会を招集し,同検討会は,平成19年3月,子どもの自殺予防のための取組に向けて(第1次報告)を発表したが,その中で,自殺の危険因子として,いじめ等の悩みが挙げられ,特に同世代の仲間からのいじめや疎外の及ぼす影響は強い旨,同世代の仲間からのいじめ,無視といった悩みは自殺につながりかねない状況をもたらす可能性がある旨指摘されている(甲408の2,甲441)。この間,文部科学省は,平成18年10月19日付けのいじめの問題への取組の徹底について(18文科初第711号
各都道府県教育委員会教育長ほか宛て文部科学省初等中等教育局長通知)を発出し,その中には,

いじめにより児童生徒が自らその命を絶つという痛ましい事件が相次いで発生していることは,極めて遺憾であります。

との記載がある(甲408の2)。その後も,文部科学省は,数次にわたり,いじめ問題等に関連する通知を発出しているが,その中の一つである平成19年2月5日付けの問題行動を起こす児童生徒に対する指導について(18文科初第1019号各都道府県教育委員会教育長ほか宛て文部科学省初等中等教育局長通知)には,

いじめにより児童生徒が自らの命を絶つという痛ましい事件が相次いでおり,児童生徒の安心・安全について国民間に不安が広がっています。

との記載がある(甲408の1・2)。

自殺一般に関する知見等
精神科医であり大学教授でもある高橋祥友が著した平成4年初版の自殺の危険臨床的評価と危機介入と題する書籍には,自殺に追

い込まれる人に共通する心理として,極度の孤立感,無価値感,強度の怒り,窮状が永遠に続くという確信,心理的視野狭窄,諦め,全能の幻想がある旨の指摘がある(甲426)。
文部科学省作成の平成21年3月付け教師が知っておきたい子供の自殺予防と題する書面には,自殺に追い詰められる子供の心理として,ひどい孤立感,無価値感,強い怒り,苦しみが永遠に続くという思いこみ,心理的視野狭窄が挙げられる旨の指摘がある(甲409)。
平成25年発行の日本精神神経学会精神保健に関する委員会編著の日常臨床における自殺予防の手引き平成25年3月版では,自

殺の危険因子として,絶望感,孤立感,トラウマや虐待の経験等が挙げられた上,危険因子の評価において考慮される過去の苦痛な体験の一つとしていじめが挙げられている(甲427)。

子供の自殺といじめとの関係に関する知見等
心理学専門家である菅野純が著した平成8年発行のいじめ子供の心に近づくと題する書籍では,子供の自殺は,子供の心が孤独感,無力感,無価値観などにとらわれている時に,死への誘因となる言葉や行為が加えられることで生じることが多く,現代のいじめの最大の特徴は,この孤独感・無力感・無価値観という自殺の条件をいじ
め側が短期間に整え,いじめの被害者を死に追いやってしまう点にある,いじめのターゲットとなった子供は誰も助けてくれないと孤立無援状態となり,いくら抵抗しても無駄だと強い無力感にとらわれてしまい,死ねといった言葉や暴力行為が執拗に容赦なく加えられる
ことで,どうせ自分なんて生きていてもしょうがないという無価値観にとらわれ自死に至る旨の指摘がある(甲425)。
イタリアの専門家A.C.Baldryらが平成15年に発表した自殺念慮の危険因子としての学校でのいじめ等についての研究論文では,学校でのいじめが原因で,若者が自殺念慮に至る可能性がある旨の指摘があるほか,平成12年から平成14年にかけて外国で発表された複数の研究論文を引用しつつ,いじめの被害者は,抑うつ症状や自己没入症状を呈し,親や教師とほとんど言葉を交わさなくなり,ますます絶望感を深め,学校で繰り返しいじめられると,自己評価が低下し,自尊心が薄れ,体調が悪化し,抑うつ状態がひどくなり,自殺念慮を抱く危険性が高くなる旨指摘されている(甲415)。
宮崎大学教育文化学部に在籍する研究者の岡安孝弘らが文部省の助成金を得て行った研究に係る中学校におけるいじめ被害者および加害者の心理的ストレスと題する平成12年発表の論文には,いじめの被害者はストレス症状のレベルが全般的に高く,高レベルの抑うつや不安は,長期化して重篤化すると不登校や心身疾患,自殺に結びつく可能性の高い反応である旨の指摘がある(甲423)。
京都大学大学院医学研究科講師の日高庸晴らが平成20年にインターネット上に公表したわが国における都会の若者の自殺未遂経験割合とその関連要因に関する研究と題する記事では,学校でいじめを受けた経験がある男性は,いじめを受けた経験のない男性と比較して,自殺未遂のリスクが5.33倍高かった旨報告されている(甲422)。
文教大学人間科学部講師の吉川延代らが平成23年に発表した中学生におけるいじめとストレスの関連性についての研究と題する論文では,平成10年に発表された外国の研究論文を引用しつつ,いじめの被害経験が子供に与える影響として,抑うつ反応,自信の喪失,自殺企図,不登校などがあり,子供の心身の健全な発達を長期的に阻害するとの指摘があることが紹介されているほか,いじめの被害を受けた15名の生徒との面接調査の結果,死にたいと思うことがあると回答した生徒は4割の6名に上った旨報告されている(甲424)。文部科学省が平成26年に公表した子供の自殺等の実態分析と
題する書面には,

学校は子供にとって生活時間の大半を過ごす場所であるため,友人関係のトラブルやいじめから孤立感を深めるといった状況が自殺の背景にみられる事例がある。

との記載がある(甲439)。
平成28年に翻訳(前記イの高橋祥友監訳),発行された外国文献(外国専門家のシェリル・A・キングらが著した十代の自殺の危険と題する書籍)では,平成16年から平成19年にかけて外国で発表された論文を引用しつつ,いじめが自殺念慮や自殺企図の危険を増すことを多くの研究が明らかにしてきた旨指摘されているほか,平成11年に外国で発表された論文を引用して,自殺未遂後に入院となった青少年を対象とした研究では,いじめが22%に認められたことが明らかにされたことが紹介されている(甲421)。


当審における控訴人らの補充主張について

控訴人Aは,本判決が引用する原判決は,控訴人らの否認する各事実を認定するに当たり,亡Dの多数のクラスメートが上記各事実を目撃した旨警察官に供述し,その内容も相互に符合していることを理由として,上記クラスメートらの警察官に対する供述調書などから,上記各事実を認定しているところ,上記クラスメートが誰であるかも不明で,控訴人らは反対尋問の機会も与えられておらず,しかも,上記クラスメートらは,問題視される控訴人らの行為当時,単なるふざけ合いとして違和感を感じていなかったものが,亡Dが自殺したことを知った後,その自殺の原因と結びつけようとする心理が働いた可能性もあるし,亡Dの死後警察官に対する上記供述までの間に,控訴人らが亡Dに自殺の練習を強いるなどといった事実無根のうわさが流れたり,マスコミによって,亡Dがいじめにより自殺したとの過熱した報道がなされ,それらの影響を受け,クラスメートらの上記供述の時点では,元々の認識が変容したり,記憶内容のすりかえや思い込みが生じたりしている可能性も非常に高く,その信用性について十分慎重に吟味する必要があるにもかかわらず,原判決がそのような慎重な吟味もせず反対尋問も経ないままクラスメートらの上記供述から控訴人らの否認する事実の存在を認定したことは,事実認定の方法を誤ったものであり,法令違反がある旨主張する。
しかしながら,控訴人Aの主張する記憶変容の可能性は一般的には存在するとしても,それは抽象的なものにとどまり,上記クラスメートらにおいて,事実に反する供述をする積極的動機もうかがわれず,しかも,多数の者が一致して事実に反する供述をすることは容易に想定することができない。そもそも,控訴人らは,前記認定事実⑷ウ(本判決による補正後のもの。以下,他の前記認定事実についても同じ。)及び同⒅ア記載のとおり,本件訴訟提起の前後に行われた本件中学校の教諭からの事情聴取や警察官による取調べの際に自認していた事実について,本件訴訟ではこれを否認し,その理由について何らの合理的説明もない上,後記2⑴イのとおり明らかにいじめと評価されるものについても,それがいじめであることを否定し続けている。このような不合理な控訴人らの応訴態度に照らせば,控訴人らの主張内容や供述内容は,全体としても信用し難いものといわざるを得ず,控訴人らの主張内容等と反対趣旨の多数のクラスメートらの供述等により控訴人らの否認する事実の存在を認定することは,反対尋問を経ていないことを考慮しても,事実認定の方法として何ら法令に違反するものではないし,事実認定を誤ったものということもできない。

控訴人Aは,少年審判手続も民事訴訟手続と同様,事実認定について刑事手続における厳格な証拠法則の適用はなく,裁判官の自由心証に委ねられており,同一の事案について少年審判と民事裁判とで判断が相互に大きく食い違うはずはないにもかかわらず,原判決は,控訴人Aに対する少年審判で認定されている事実以上の多数のいじめの事実を認定しており,このような判断の食い違いは,裁判所の事実認定についての国民の信頼を損なうものであって不当であるし,前記アのとおり,原判決の事実認定の方法には法令違反があるから,少年審判のように,控訴人Aが認めている事実のみをもっていじめ行為と認定すべきである旨主張する。
確かに,少年審判では,控訴人Aについて,亡Dに対する5件の暴行罪に該当する事実が認定され,控訴人Bとの関係で,そのうち3件について,共犯関係が認定されているほか,控訴人Bの単独犯として,亡Dに対する2件の器物損壊罪,1件の暴行罪,1件の窃盗罪にそれぞれ該当する事実が認定されるにとどまり(乙ロ2の2,乙ハ41,弁論の全趣旨),当審の前記認定事実においてもいじめ行為に該当する多数の事実が控訴人らの否認するものも含めて認定されていることと比較すると,少年審判において認定された控訴人らの非行事実の範囲は限定的である。
しかしながら,少年の健全な育成を期し,非行のある少年に対して性格の矯正及び環境の調整に関する保護処分を行うこと等を目的とする少年法の下で実施される少年審判手続と当事者間の権利義務の確定等を目的とする民事訴訟手続とでは,その目的,性質を異にするから,事実認定において必ずしも一致しなければならないということはできないし,事実認定の基礎となる資料が本件の証拠資料と同じであるかも明らかではない。加えて,前記アのとおり,前記認定事実の認定方法に法令違反はなく,控訴人Aの主張や供述内容が全体として信用性に欠けることをも併せ考慮すれば,控訴人Aの上記主張は,到底採用することができない。

前記認定事実⑺アのとおり,亡Dは9月25日の朝,父方の祖母に対し,希死念慮を吐露し,その原因が家庭ではなく学校にあることを示唆しているが,この事実は,そこで摘示した引用証拠,特に,大津市において設置された大津市立中学校におけるいじめに関する第三者調査委員会(以下第三者委員会という。)の平成25年1月31日付けの調査報告書(乙イ26。以下本件報告書という。)中の上記認定と同旨の記載から,これを認めることができる。
これに対し,控訴人らは,次の①ないし③の各事情を指摘して,上記のような亡Dの祖母への希死念慮の吐露及びその原因が学校にあるとの示唆があったとの認定は,誤りである旨主張する。


平成24年7月以降,亡Dの自殺がいじめによって生じたものであ
るとし,本件中学校や教育委員会,さらには大津市自身の対応をも非難の対象とするようなマスコミ報道が過熱し,大津市長自ら亡Dの自殺と控訴人らの行為との因果関係があることを認める趣旨の発言をする中で,亡Dの遺族側の意を受けて,遺族側が推薦する者が第三者委員会の委員として選任されており,第三者委員会は,その発足経緯からして中立性を欠くことが明らかである。第三者委員会が作成した本件報告書の内容も,被控訴人ら及び被控訴人らとの和解を目指す大津市の意向を踏まえて,亡Dが控訴人らのいじめにより自殺したとの結論先にありきで進められた調査に基づき,恣意的にまとめられ
たものである。


上記のような亡Dの祖母への希死念慮の吐露等の事実については,
第三者委員会がどのような証拠を基にこれを認定したのかについて,本件報告書では全く明らかになっていないし,本件訴訟において,その事実の供述者に対する反対尋問も経ていない。


亡Dは,9月21日,被控訴人Eに携帯ゲーム機を持っているのを
見とがめられ,控訴人Aから借りたものだと嘘をついたが,その嘘がばれないように控訴人Aに事前に協力を依頼し,控訴人Aも,その依頼に応じて,上記携帯ゲーム機の返却のため控訴人A宅を訪れた被控訴人Eからこれを受け取った上,翌日亡Dに返却していたほか,亡Dは,9月23日には控訴人らと共に控訴人B宅で宿泊することを予定していた。このように,亡Dは,控訴人らと親密な関係にあったものであり,亡Dが,控訴人らのいじめが原因で希死念慮を吐露するようなことはあり得ない。
a
まず,上記①の指摘については,第三者委員会は,平成24年8月
25日施行の大津市立中学校におけるいじめに関する第三者調査委員会設置要綱に基づいて設置されたところ(なお,その後,市議会において法令上の根拠について疑義が出され,同年10月11日に大津市附属機関設置条例と共に,大津市中学校におけるいじめに関する第三者委員会規則(以下委員会規則という。)が公布され,第三者委員会は,条例に基づき設置された市長の附属機関となった。),確かに,大津市長は,上記設置以前の同年7月10日に,報道陣の取材に応じて,亡Dの自殺の原因についていじめがあったためであると思っており,両者の間に因果関係があると思って調査し,第三者委員会の調査の結果,大津市に責任があるということになれば,亡Dの遺族らと和解する旨述べている(甲16,乙イ26,乙ハ10)。また,第三者委員会の委員6名のうち,3名(大学教授,弁護士)が亡Dの遺族側の推薦によって選任されている(弁論の全趣旨)。なお,残り3名は,大津市側が日本弁護士連合会や日本生徒指導学会に推薦を依頼し,そこから推薦された者(大学教授,弁護士)が選任されており,委員長には,元裁判官で大阪弁護士会に所属している弁護士が就任した(弁論の全趣旨)。
しかしながら,委員会規則5条において

第三者調査委員会は,調査によって明らかになっていく事実にのみ誠実に向き合うものとし,中立かつ公正に調査を行う。

と規定され,大津市附属機関設置条例上,委員の構成について,学識経験を有する者で,大津市と利害関係を有しないものと規定されている(甲16)。そして,文部科学省は,平成23年6月1日付けで児童生徒の自殺が起きたときの背景調査の在り方について(通知)(23文科初第329号各都道府県知事ほか宛て初等中等教育局長通知)を発しているところ,同通知においては,調査を行う際の留意事項として,遺族が学校又は教育委員会が主体となる調査を望まない場合等においては,具体的に調査を計画・実施する主体として,中立的な立場の医師や弁護士等の専門家を加えた調査委員会を早期に設置することが重要であり,調査の実施主体は,…調査委員会設置の場合はその構成等,…調査の計画について説明し,できる限り,遺族と合意しておくことが重要であると記載されており(甲17),このような通知内容に照らし,委員の中に被控訴人ら側の推薦によって選任された者が含まれていることが直ちに不適切であったということはできないし,上記のとおり,委員は,いずれも大津市,大津市教育委員会,本件中学校の関係者以外の外部委員によって構成されている。以上のように,委員会規則上,委員会による調査の中立性,公平性が明記され,第三者委員会が弁護士や大学教授といった外部委員によって構成されていることに照らすと,上記のような大津市長の発言があったとしても,第三者委員会の調査やその調査に基づき作成された本件報告書が,控訴人らのいじめと亡Dの自殺との因果関係を認めるとの結論ありきの前提で実施,作成されたものであったとか,遺族側の意向に沿った中立性,公平性を欠くものであったとは認め難い。なお,本件報告書では,マスコミ報道において大きく取り上げられた自殺の練習や葬式ごっこ等に関してはいじめ行為として認定されておらず,少年Cの行為についても,いじめ行為と認定されていないのであり(乙イ26),これらの事情からも,第三者委員会の委員らにおいて,外部的な影響を受けることなく,公正中立な立場から調査を実施し,本件報告書を取りまとめたことがうかがわれる。したがって,上記①の指摘
を裏付けるものではない。
b
上記②の指摘については,確かに,第三者委員会が亡Dの祖母への
希死念慮の吐露等の事実に関し,どのような証拠に基づきこれを認定したのかは,本件報告書上,必ずしも明らかではない。
しかしながら,第三者委員会は,委員会規則により,本件中学校の職員や生徒及びその保護者等から事実関係に関する陳述,説明等を求める権限が付与されているところ,委員は,62回にわたり,56名からの聞き取り調査を実施し,その聴取時間は約95時間に及ぶほか,第三者委員会は,その権限の行使を補佐するものとして,委員会規則に基づき,3名の弁護士を含む5名の調査員を選任し,これらの調査員は延べ調査日数111日にも上る調査を実施している(甲16,乙イ26,35,弁論の全趣旨)。このような調査活動の一環として,亡Dの父方祖母等から,上記事実について聴取し,これが本件報告書中の認定事実として記載されたものと推認される。そして,委員や調査員において,殊更,虚偽の事実をねつ造する動機はうかがえないし,上記認定事実自体,格別複雑な内容でもない。G教諭が作成した時系列に沿って事実を記録したメモ(乙イ12の1・4ないし7)の10月11日の午前9時7分の欄には,

山科の祖父母からここ数ヶ月の状況を聞く。

以前,本人が『死にたい』と話したことがあった。その時に『一緒におばあちゃんも死ぬで』と話した。何を冗談ゆうてんねんと微笑みかけられるかと思ったら,深刻そうな顔だったので,心配になったことがあった

と,亡Dが祖母に対して希死念慮を吐露したことを示す記載があり,このような事実からも,上記推認が裏付けられる。したがって,本件報告書の上記記載や上記のG教諭のメモ中の記載から,祖母が聞いた亡Dの希死念慮の吐露等の事実を認定することは,反対尋問を経ていないことを考慮しても,何ら不当である
るものではない。
c
上記③の指摘については,確かに,控訴人らが指摘する事情はある
(前記認定事実⑸イ)。
しかしながら,亡Dが9月21日に被控訴人Eへの嘘が発覚しないよう控訴人Aに協力を依頼し,控訴人Aがこれに応じたからといって,また,亡Dが9月23日に控訴人らと共に控訴人B宅での宿泊を予定していたからといって,それらのことが直ちに,亡Dによる希死念慮の吐露等があったとの前記認定を左右するものではない。すなわち,後記

のとおり,2学期に入って,いじめの萌芽ともみ

られる状況が現出し,9月中旬から下旬にかけて,その状態が明らかないじめへと変容,固定化していったものであり,控訴人Aの亡Dへの上記協力があった9月21日や亡Dが9月23日の上記宿泊を約束した当時は,上記のようないじめ関係の固定化への過渡期にあったものと認められ,そのような経緯に照らせば,かつて良好な友人関係を築き,上記のような関係の変容に戸惑い,苦悩しつつも,関係の修復を期待していた亡Dが控訴人Aに協力を求め,控訴人Aもこれに応じたり,控訴人らと外泊する約束をしたりすることも格別不自然ではないし,他方で,いじめる側(控訴人ら)といじめられる側(亡D)という関係が固定化していく中でそれを苦にした亡Dが希死念慮を抱き,これを祖母に吐露したとしても,格別不自然ではないというべきであ
い。
以上のとおり,上記①ないし③の指摘は,いずれも,控訴人らの上記それらの指摘を総合しても,その判
断に変わりはない。本件において,亡Dの祖母に対する希死念慮の吐露等に係る前記認定事実⑺アの認定を覆すに足りる証拠はない。エ
前記認定事実⒇のとおり,控訴人B及び少年Cは,10月8日午後3時頃,前触れなく亡D宅を訪問していることが認められるところ,この認定について,控訴人Aは,10月8日の控訴人Bと少年Cが亡D宅を訪問したのは,前日,亡Dから遊ぼうと誘われ,一旦は断ったものの,当日思い直して,遊びに行ったものであり,前触れなく訪問したと認定することは誤りである旨主張し,その主張を裏付ける証拠として,控訴人Bの平成24年11月7日付けの警察官に対する供述調書(乙ハ53)中の,控訴人Bは10月7日に亡Dから翌日遊ばないかと誘われたが,亡Dが被控訴人Eから外出を禁止されているのを知っていたため,その誘いを断った旨の記載を援用する。
確かに,上記供述調書には控訴人Aが援用する記載があるほか,控訴人Bは,原審での本人尋問において,上記供述調書中の記載と同旨の供述をする。
しかしながら,次姉の平成24年8月26日付けの警察官に対する供述調書(甲300)には,控訴人Bらが10月8日に尋ねてきた際,亡Dは,何しに来たんやろうと,嫌そうにつぶやいていた旨の記載がある。仮に,控訴人Bが供述するとおり,亡Dが,前日,控訴人Bを遊びに誘っていたのであれば,亡Dが次姉の供述調書記載のような反応を示すというのも不自然である。また,前日の誘いがあったのであれば,その誘いどおり,亡Dが,訪ねてきた控訴人Bらと一緒に遊びに出掛けるのがむしろ自然な流れであるが,控訴人Bの原審での本人尋問における供述によっても,一緒に外出して遊ぼうとした様子はうかがえず,むしろ,亡Dは,自宅に入ってもいいが,すぐに帰ってほしいとの意向を示したというのである。したがって,前日に誘いを受けていたとの控訴人Bの供述内容は,上記各事情に照らし,不自然であるといわざるを得ず,直ちに採用することができない。むしろ,前記認定事実⒇で認定したような控訴人Bや少年Cの亡D宅への入室後の傍若無人ともいえる振る舞い等に照らせば,亡Dを困惑させるために,学校でのいじめ行為の延長として,嫌がらせ目的で,前触れなく亡D宅を訪れたものと推認することができる。

亡Dは,10月9日の卓球大会からの帰路,
卓球部の友人に対し,翌日は控訴人らと遊ばなくてはならず,控訴人らが亡Dの自宅に呼びにくることや,控訴人らを自宅に入れると部屋の中を荒らされたり,物を盗られたりするかもしれないことを落ち込んだ様子で心配しながら話し,上記友人から,自宅を空けて留守にすればよいのではないかとのアドバイスを受けたことが認められるが,このような事実は,上記友人の平成24年10月7日付けの警察官に対する供述調書(甲299)中の同旨の記載からこれを認定することができる。
これに対し,控訴人らは,亡Dは10月10日に被控訴人Fと一緒に墓参りに行くことは,以前から既に予定されていたものであるから,亡Dにおいて,その前日の同月9日になって翌日に控訴人Aと遊ばなくてはならないと友人に告げるような事態は想定できず,しかも,控訴人らは,10月10日に一緒に遊んでいる時に,初めて亡Dも誘うということになったもので,事前に亡Dとの間で,同日に一緒に遊ぶ約束をしてはいなかったものであるから,上記友人が供述するような亡Dとのやりとりがあったとは考えられない旨主張する。そして,この主張を裏付ける証拠として,毎年お盆に被控訴人Fの家系の墓参りに行っていたが,今回はお盆に行けなかったので,10月のその連休に行こかってという話になり墓参りに行った旨の被控訴人Fの原審での本人尋問における供述や,控訴人Aの少年審判事件における供述調書(乙ロ20の1)中の

10月10日の日はD君の家に会いに行ったということはあるのかな。

との質問に対する控訴人Aのはい,えっと,Dも誘おうかみたいになって,Dのうちに行ったんですけど誰もいなくてとの供述を援用する。しかしながら,上記友人の供述調書中の供述は,その内容が具体的であり,出来事があった時期が,卓球大会からの帰路という比較的印象に残りやすい機会でもあるし,上記友人において,あえて,虚偽の事実をねつ造する動機もうかがわれず,信用性が高いものというべきである。そして,控訴人Aの少年審判事件における供述調書中の上記供述内容からは,控訴人らにおいて亡Dを遊びに誘うことがいつ決まったのかは必ずしも明らかではなく(本件において,その時期を明らかにする証拠はない。),10月8日の控訴人Bと少年Cの亡D宅訪問の後,同月9日の卓球大会の終了後亡Dが帰路に着くまでの間に,控訴人らが亡D宅の訪問を決め,それを亡Dに何らかの形で連絡した可能性も排除できない。また,控訴人らが引用する被控訴人Fの原審での本人尋問における上記供述内容からは,墓参りに行くことがいつ決まったのかは必ずしも明らかではなく(本件において,その時期を明らかにする証拠はない。),同月9日の卓球大会からの帰宅後に決まった可能性も排除できない。したがって,控訴人らの上記主張は直ちに採用することができず,本件において,前記認定を覆すに足りる証拠はない。
2
争点⑴(控訴人らによるいじめの有無,態様等及び共同不法行為の成否)に
ついて


控訴人らによるいじめの有無,態様等について

控訴人らは,控訴人らと亡Dは,互いに相手の家に行って遊び,時には家に泊まったりするなど,仲の良い友人同士であって,最後までその友人関係を保っていたものであり,亡Dはクラスの中でも,いじられ役を務め,控訴人らもふざけ合って,亡Dに技を仕掛けたり,ちょっかいを出すこともあったが,嫌がらせをしようとしたものではないし,互いに暴力を振るったことはあったものの,それは友人同士のけんかであって,控訴人らが亡Dに対し,いじめと評価されるような違法な行為は行っていない旨主張する。


しかしながら,前記1に認定した控訴人らの行為やこれに対する亡Dの反応等に照らせば,以下のとおり,控訴人らが,亡Dに対し,いじめ行為を行ったことは明らかである。
1学期の状況等
亡Dと控訴人らは,2年生で同じクラスになり,5月中旬以降,共通の趣味であるゲームを通じて次第に親しくなり,1学期のうちに,休み時間にこかし合いや首絞め,ズボンずらしに興じたり,放課後もその行動を共にしたりし,その後,昼食も一緒にとったり,休日にお互いの自宅を訪れるなど,その関係を深めていき(前記認定事実⑵ア),夏休みに入ると,亡Dが頻繁に控訴人B宅を訪れ,週に一,二回は宿泊を伴うようになり,控訴人らと一緒に花火大会やUSJに出掛けるなど,その関係を更に深めており(同⑶ア),少なくとも,1学期中は,互いに親密に交際する通常の友人関係にあり,控訴人らが亡Dを殊更いじめるような行為に出ていた様子はうかがわれない。
2学期当初の状況
上記のような3名の交流は,2学期に入っても継続したが,2学期に入ると,9月8日の綱引き予選の際には,控訴人Aが亡Dを倒して首絞めを仕掛けたり,控訴人Bがうつ伏せの亡Dの上にまたがって頚部を後ろから引っ張ったりし,同月半ば頃には,控訴人Aがこかし合いやヘッドロックで転倒した亡Dの上にまたがって押さえ込み,控訴人Bも,これに加勢したり,自らこれらの行為に及ぶようになったり,控訴人らが亡Dに肩パンをしたりして,亡Dを痛がらせたり苦しがらせたりするようになり,控訴人らが個別に又は協力して亡Dに行っていたズボンずらしも,下着や臀部が露出するまでに至るなど,1学期と比べて亡Dに対する行動が次第にエスカレートし,その様子について,亡Dが一方的にやられている,やりすぎではないかとの印象を抱く者が相当数存在するようになる一方,亡Dが控訴人らに対し同様の行為に及ぶことはなく,控訴人らの上記行為に対する亡Dの反応も乏しくなり,その結果,控訴人らの期待した反応と異なったため,同人らが苛立ちをみせるようなっていた(前記前提事実⑷ウ)。また,控訴人らが亡Dの文房具,弁当及び眼鏡を隠したりするなどの行為も見られるようになった(前同)。このように,2学期に入ると,控訴人らは,周囲から見てもやりすぎと思われるような行為に及び,しかも,それに対し,日頃は皆が笑うような態度で応じていた亡Dの反応が乏しくなることもあったのであり,亡Dが控訴人らの行為に対して困惑し,精神的にもこれを苦にし始めている様子がうかがわれる上,文房具,弁当及び眼鏡を隠すなどの行為は,控訴人らが亡Dに対し一方的に行っていたものであり,亡Dが控訴人らに対し同種の行為を行っていた様子はうかがわれない。これらのことからは,控訴人らと亡Dとの間で,仕掛ける側と仕掛けられる側,控訴人らの主張するようないじる側といじられる側という役割が固定
化した関係が徐々に構築され,控訴人らによる,仕掛ける行為やいじる行為が次第に強いものにエスカレートしていき,対等な友人間のふざけ合いといえない場面もしばしばみられるようになったものということができる。親しい友人同士の間で,時として,いじる側といじられる側が互いこれを許容しつつ(後者も自らの立場に不満,苦痛を感じることもなく),ふざけ合うといった関係が発生することがあることを考慮しても,そのようないじる側といじられる側といった
関係が,互換性のない一方的なものとなり,いじられる側がそれに苦痛を感じるようになれば,もはや親しい友人同士のふざけ合いの域を超えるものとして,いじめる側といじめられる側という関係の
萌芽ともいうべき状況が生じているものというべきであり,本件における上記のような状況は,そのようないじめの萌芽としての様相を呈しているものといわざるを得ない。
9月中旬から下旬頃までの状況
a
そして,9月中旬頃から下旬頃にかけて,控訴人Bにおいて,複数
回,控訴人Aらの眼前で,仰向けに寝た状態の亡Dにまたがって抵抗する同人の首を絞めたり,同様に亡Dにまたがって手で防御している同人の顔面付近を殴打したり,亡Dを足蹴にするなどし,控訴人Aにおいても,複数回,控訴人Bらの面前で,亡Dを床に倒し,その背後から羽交い絞めにする首絞めやヘッドロックをすることがあったほか,控訴人らにおいて,嫌がる亡Dの顔面に落書きをしたり,あるいは,控訴人ら各自において,複数回亡Dを足蹴にするという暴行に及ぶようになったものであり,この間,亡Dの金銭問題を契機に,被控訴人Eが同問題への控訴人らの関与を疑い,そのことが亡Dから控訴人らに伝えられ,その結果,控訴人らの亡Dに対する対応・行為がより厳しいものに変質していった様子がうかがわれる(前記認定事実⑸,⑹)。控訴人らの上記各行為は,もはやいじめの萌芽の段階を超えて,いじめる側といじめられる側という関係が徐々に固定化し,
控訴人らの亡Dに対する明らかないじめ行為を行うようになっていったということができ,いじる側といじられる側などという親
しい友人関係を前提にしたふざけ合いとは容易に認め難い。
また,9月下旬には,控訴人Bは,亡Dに仕掛けた遊びで同人が簡単に脱出したというだけで激高し(そのこと自体に控訴人Bの亡Dを格下と位置付ける意識が強く現れている。),亡Dを転倒させてその頚部を踏み付けた(前記認定事実⑻)ほか,亡Dのインクペンのインク芯を切断してインクを大量に筆箱に付着させたり(同⑼),亡Dのスポーツバッグをチョークの粉まみれにしたりした(同⒀)。また,控訴人らは,制汗スプレーを使い切るまで亡Dに吹き付け,その際,亡Dの体の同じ場所に吹き付け続け,亡Dに痛いと言わせたり(同⑽),亡Dのテスト成績カードを眼前で細かく破り捨てたりし,さらに,控訴人Bは,亡Dの英語の教科書や歴史の資料集の表紙等を引き裂いたりするなどしている(同⑾)。控訴人らの上記各行為のうち,頚部を踏み付ける行為や制汗スプレーを亡Dの体の一か所に吹き付け続ける行為は,亡Dの身体の安全を脅かすものであり,特に前者は頚部という人体の枢要部を対象とする暴行行為であって,生命の安全をも脅かしかねない危険な行為である(現に,控訴人Aも,控訴人Bの上記行為を止めに入っている。)。また,インクペンのインク芯を切断して大量のインクを筆箱に付着させたり,スポーツバッグをチョークの粉まみれにしたり,亡Dの教科書等の表紙を引き裂くというのも,相当に陰湿・悪質であるし,亡Dの成績カードを眼前で細かく破って捨てるという行為に至っては,それが生徒の試験の点数を保護者に知らせるためのものとして,重要な書類であることは明らかであり,しかも,保護者と学校との間でやりとりされ,1年間通じて使用されるものであって(同⑾),その行為当時,引き続き利用されることが明らかなものを,再利用不可能な状態にまで破損するものであって,極めて陰湿・悪質な行為といわざるを得ない。
さらに,同月29日に開催された体育祭において,控訴人らは,じゃんけん罰ゲームと称しながらじゃんけんを経ないまま,亡Dの口にガムテープを貼ってその手足を鉢巻きで緊縛したり,すねにガムテープを貼ってはがしたり,じゃんけん罰ゲームとは無関係に亡Dを足蹴にしたりしたほか,じゃんけん罰ゲームにおいてじゃんけんに負けた亡Dに,蜂の死骸を食べさせようとし,その口の上に蜂の死骸を乗せ,その様子を楽しむなどした(同⑿)が,他の参加者が受けた罰ゲームが,せいぜい,すねにガムテープを貼ってはがす,女子生徒に土下座するといった程度にすぎなかったこと(前同)を考慮すると,亡Dのみが著しく均衡を欠く罰ゲームを受けたことになる上,亡Dの様子を見た他の生徒や教諭が鉢巻きでの緊縛を制止し,あるいは,亡Dの死亡後に多数の目撃者が名乗り出るなど周囲に強烈な印象を残すような異常な状況に亡Dが置かれていたということができる。
b
他方,亡Dとしても,親しい関係を構築したはずの控訴人らから,上記a記載のような一連の暴行行為や悪質・陰湿ないやがらせ行為等を度々受けるようになり,控訴人らとの関係が悪化していくのを感じ,内心大いに不安を感じるとともに,日々大きな精神的苦痛を感じていたものと推認される。このことは,その間,亡Dが,通っていた塾において友人に対して1日に二,三回も力のない声で俺死にたいわ
などと告げ,友人が死ぬなよなどと声を掛けると,亡Dは分からんなどと応答することがあったこと(前記認定事実⒂)や,9月25日には祖母に

暗くて静かな山の中に行って死にたいねん。

などと希死念慮を吐露し,その原因が家庭ではなく学校にあることを示唆していた(同⑺ア)ことのほか,亡Dのクラス担任のG教諭が9月末頃から亡Dの表情が暗いと感じるようになっていたこと(同⒁)からも裏付けられる。
したがって,控訴人らの上記aの各行為は,友人間のいたずらの域を大きく逸脱するものであり,もはやいじめ行為以外の何物でもないといわねばならない。
10月の状況
その後も,控訴人Aは,10月3日から同月5日にかけて,亡Dの態度に苛立ちを覚えたなどという理由から,同人の顔面等を殴打するなどし(なお,少なくとも,同月3日及び同月5日の上記各暴行行為は控訴人Bの面前で行われた。),これらにより,亡Dが頬の痛みを訴えて保健室に行って処置を受けたり,周囲にいた生徒が制止しないと危険であると感じたり,亡Dの顔面にあざができるなど,亡Dに加えられる暴行はより強度を増していった(前記認定事実⒃ないし⒅)。そして,中間テスト最終日の同月7日には,控訴人Bが亡Dにおいて昼食として持参してきたパンを無断で食べたり,男子トイレで一緒にいた控訴人らのいずれかが,なんやねん,死ねやなどと亡Dに声をかけ,亡Dの顔面を殴ったり足を蹴るなどしており,ここに至り,亡Dは,1学期に昼食を共にしていたグループと共に昼食をとるなど,控訴人らとの関係からの離脱ともみられる行動に出ている(同⒆

)。それでも,

控訴人ら等は,被控訴人Eや亡Dに死ねと叫ぶなど,亡Dに対する攻撃を止めることはなく

,翌8日土曜日には,控訴人B及び少年C

が前触れなく亡Dの自宅を訪問し,亡Dの部屋に押し入って傍若無人ともいえる態度で振る舞い,亡Dの財布を机の後ろに隠したり,漫画本及び時計を持ち去ったりするなどし,亡Dが財布や漫画本の返却を求めてもこれに応じず,亡Dをひどく困惑させた(同⒇)。同日の行動は,その前日の亡Dの控訴人らとの関係からの離脱ともみられる行動を意識し,それに対するけん制としてされたとの疑いも否定できない。そして,同月10日には,控訴人Aも,控訴人Bや少年Cと共に,亡Dの自宅を訪問することを計画し,実際に亡Dの自宅を訪問したものの,亡Dが墓参りで外出し,不在であったため,会わずに帰っているが

,これ

も,控訴人Aが,控訴人Bらと示し合わせて,同月8日と同様の嫌がらせ行為を亡Dに行うため,わざわざ控訴人Bらと亡Dの自宅を訪問しようとした疑いが否定できない。亡Dは,翌11日に死亡したものである。このように,10月に入ってからも,控訴人らの亡Dに対する暴行行為や嫌がらせ行為等が続き,3日連続続いた暴行は亡Dの顔面にあざを残すなど,より強度を増すものであった。


訴人らの亡Dに対するいじめの延長として行われたものであり,しかも,それがエスカレートする状況にあったことがうかがわれるのであって,亡Dに対するいじめ行為と評価されるべきことは明らかである。
小括

亡Dに対するいじめ行為(以下本件各いじめ行為という。)を行っていたものである。
なお,いじめ防止対策推進法2条1項で,同法においていじめと
は,児童等に対して,当該児童等が在籍する学校に在籍している等当該児童等と一定の人的関係にある他の児童等が行う心理的又は物理的な影響を与える行為…であって,当該行為の対象となった児童等が心身の苦痛を感じているものをいう(上記児童等とは,学校に在籍する児童又は生徒をいう(同法2条3項)。)と規定されているところ,前示したところによれば,本件各いじめ行為が,同法にいういじめにも該当することは明らかである。

当審における控訴人らの補充主張について
控訴人らは,G教諭は,9月下旬か10月上旬頃に,亡Dに対するいじめがあるのではないかとの他の生徒からの申出を受けて,亡Dに対して確認したところ,亡Dは,大丈夫特に何も問題はないという趣旨の回答をし,10月5日のトイレでの控訴人Aとの出来事についても,亡Dは,G教諭に対し,今日はつらかった,嫌やったという話をする一方,G教諭と二人きりの場で,全く何とも思っていない,控訴人Aとは友達でいたいと話していたのであり,G教諭も,当時,亡Dについて,嫌そうな顔はしていたが,特段気になるような様子は見られず,2学期以降も,控訴人らと亡Dの間に上下関係があると感じたことはなく,対等の関係にあると認識していたものであり,このような亡DのG教諭に対する言動やG教諭の認識からしても,控訴人らにおいて亡Dをいじめるような状況にはなかった旨主張する。
確かに,G教諭も,原審での証人尋問において,控訴人らの上記主張に沿う証言をするほか,G教諭が時系列に沿って事実を記録したメモ(乙イ12の1・4・6・7)にも同様の記載がある。
しかしながら,中学2年生の亡Dが,そのプライド等のために,あるいは,教師に告げ口することにより,それを理由としていじめが更に悪化することをおそれるなどして,自らがいじめの対象となっていることをクラス担任のG教諭に告げず,むしろ問題がないかのように振る舞うことは十分考えられるところであり,控訴人らが指摘するような亡Dの言動をもって,控訴人らによる亡Dに対するいじめがあったことが否定されるものではない。控訴人らが主張するG教諭の認識についても,G教諭は亡Dのクラス担任として,クラスの生徒同士のいじめ問題について責任をもって対応すべき立場にあったところ,例えば,10月3日にH教諭から控訴人Aが亡Dの顔を殴ったこと等を告げられ,とうとうやりましたかと応答しており(前記認定事実⒃),この応答内容は,G教諭が,控訴人Aの亡Dに対する行動,態度に問題があることを従来から認識していたことを裏付けるものであり,それにもかかわらず,帰りの会で亡Dに事情を尋ねて,亡Dが控訴人Aの手が顔に当たっただけで,大丈夫,大丈夫等と述べたことを受けて,翌朝の2年生の教諭の打合せでは,大丈夫でしたと報告するにとどまる(前記認定事実⒃)など,その対応には,10月5日のトイレでの上記出来事への対応も含め,いじめの問題が顕在化するのを殊更回避しようとする姿勢がうかがわれる。そもそも,G教諭は,控訴人らの亡Dに対するいじめ行為があったとすれば,亡Dの自殺について責任を追及され得る立場にあり,その証言の中立性,客観性は慎重に判断する必要があるのであって,亡Dと控訴人Aとの間の出来事に対するG教諭の上記対応にも照らすと,G教諭が,その証言どおりの認識を本当に有していたかは疑問であるといわざるを得ず,その証言を直ちに採用することはできない。他に,控訴人らの上記主張を認めるに足りる証拠はない。
したがって,控訴人らの上記主張は,採用することができない。
控訴人Bは,体育祭での出来事について,亡Dの姿を目撃した次姉も亡Dが暴れたり,もがいたり等していなかったので,少年Cや控訴人Bとふざけているのだと思ったと供述しているほか,亡Dが控訴人らと一緒にいるところを目撃していた多くの生徒たちが,笑いながらふざけ合っていたと語っており,上記出来事における控訴人らの行為をいじめと評価すべきではない旨主張する。
確かに,次姉の平成24年8月26日付けの警察官に対する供述調書(甲124)中には,上記主張に沿う記載があるほか,体育祭での出来事を目撃した生徒の中には,警察官による事情聴取において,亡Dが控訴人らとじゃれあっていると思った旨,いじめられているとは思わなかった旨供述する者も複数名いる(甲117,乙ハ31,36,37)。しかしながら,亡Dには級友の笑いを誘うような目立った言動も見られ(前記認定事実⑴ア),いじめられる関係が固定化するまで,元々いじられキャラとしての役回りを演じていたとすれば,体育祭での出来事を目撃した者の中に,それを直ちにいじめとは感じず,従前どおり,いじられていると思ったとしても不思議ではなく,前記次姉や生徒の供述内容が直ちに前記認定を左右するものではない。体育祭における控訴人らの亡Dに対する行動は,その態様に照らし,度が過ぎたものといわざるを得ず,これをいじめと評価することが相当である。⑵

共同不法行為の成否について
上記⑴

のとおり,控訴人らは,各自,2学期に入ってから,

本件各いじめ行為を行い,これらによって,亡Dに精神的苦痛や肉体的苦痛を与えていたものであり,前記認定の行為態様や頻度に照らしても,社会的相当性を超えた悪質・陰湿かつ執拗ないじめ行為というべきであって,その結果,亡Dに対し,意図的に精神的苦痛や肉体的苦痛を与えたものとして,控訴人らには,自らのいじめ行為について,それぞれ不法行為が成立する。
そして,控訴人らが,級友として1学期中に亡Dも含む相互の友人関係を形成した後,2学期に入って,その友人関係を,亡Dとの間でいじる側といじられる側という関係からいじめる側といじめられる
側という関係に変容させて本件各いじめ行為を行い,その過程で,各自の行為を行う際には,前示のとおり,多くの場合,控訴人らが一緒に亡Dに対するいじめ行為をし,あるいは,他方のいじめ行為の際に居合わせながら,若干の例外を除き,これを制止しようとしなかったことがうかがわれること(一方が他方のいじめ行為を制止したのは,控訴人Aが,一度,殴打し続ける控訴人Bを制止したことがあった(前記認定事実⑹ア)ほか,控訴人Aが控訴人Bにおいて亡Dを転倒させた上その頚部を左足で強く踏みつけた際にこれを制止した(同⑻)程度である。)からすると,控訴人らは,各人のいじめ行為により亡Dに精神的苦痛を与え,その苦痛の程度を深化させていく中で,これを十分に認識していただけでなく,相互に意を通じてそのような状況を作出しようとしたものと認められ,控訴人らは,両名が行った前記⑴イ

いじめ行為全体(本件各いじめ行為)

によって亡Dが被った精神的苦痛や肉体的苦痛についての共同不法行為責任を負うものというべきであるし,さらには,その精神的苦痛等から派生して生じた結果・損害(本件の場合,亡Dの自殺に係るもの)についても,それが本件各いじめ行為と相当因果関係を有する限り,共同不法行為責任を免れないものといわざるを得ない。
なお,控訴人らは,9月中旬以降,亡Dから,被控訴人Eが亡Dの金銭問題に控訴人らが関与しているとの疑いを抱いていることを聞いて立腹し,D0月7日にトイレでの暴行の際,亡Dに対して「なんやねん,死ねやと亡Dに対する
いじめ行為の一環として行われたものという意味で,亡Dの精神的苦痛を招来しようとしたものであったということができるとしても,それ以上に,上記言動が,控訴人らにおいて亡Dの自殺を招来しようとする積極的意図を有していたことや本件各いじめ行為を原因として亡Dが自殺することを認識,認容していたことまでをも裏付けるものということはできない。本件において,本件各いじめ行為当時,控訴人らに上記積極的意図や亡Dの自殺に対する認識,認容があったことを認めるに足りる証拠はない。3
争点⑵(控訴人らの行為と亡Dの自殺との因果関係の有無)について⑴

事実的因果関係の存否について

まず,本件各いじめ行為と亡Dの自殺との間に事実的因果関係があるかについて検討する。
自殺に追い込まれる人に共通する心理として,孤立感,無価値感,無力感等が挙げられる旨指摘されている(前記認定事実

)。

そうであるところ,前記2⑴の本件各いじめ行為等に係る事実経過によれば,亡Dは,共通の趣味であるゲームを通じて親しくなった控訴人らとの間で友人関係を形成し,1学期から夏休みを通じてその関係を次第に深めていったが,2学期に入ると控訴人らが仕掛ける側(いじる側),亡Dが仕掛けられる側(いじられる側)という関係が固定化し,これが,控訴人らにおいて,亡Dを格下と位置付ける意識の形成につながり,控訴人らのこうした意識が亡Dに対する暴行などの厳しい対応となって現れ,もはや友人同士のふざけ合いの域を超え,いじめる側といじめられる側の関係へと変容し,その関係も固定化していく中で,亡Dの金銭問題への控訴人らの関与に係る被控訴人Eの疑いへの反発とも相まって,控訴人らの亡Dに対するいじめ行為が更にエスカレートしていったことが認められる。そして,こうした行為は,それ自体が亡Dに精神的苦痛,心理的負荷を与えることに加え,控訴人らとの友人関係の崩壊と上下関係の構築・固定化に伴い亡Dの強い孤立感・無価値感の形成に結び付いていったとものと推認される。亡Dは,こうした状況の中,祖母や塾の友人に希死念慮を吐露することがあり,その原因は学校に求められることも示唆していた。10月上旬には,亡Dは,控訴人Aから連日にわたって強く暴行されることになり,上記孤立感・無価値感はより一層深まっていたであろうことも推認に難くなく,ここに至り,控訴人らとの関係からの離脱ともみられる行動に出たが,その翌日の休日には,控訴人B及び少年Cが前触れなく自宅を訪問し強く困惑させられることとなったことから,自宅においても控訴人らとの関係から解放されないとの強い不安感や離脱が容易ではないとの無力感,閉塞感を抱くに至ったものと推認され(このことは,翌日に卓球部の友人に述べた心情に顕著に現れている。),どうしたらばれずに学校を休めるかといった長姉への相談からも明らかなとおり,本件中学校への登校自体を避けられないかを考えるようになっていった。こうした事実経過の中,亡Dは,3連休が明けた11日朝の登校時刻に自殺したのであるから,亡Dの自殺の主たる原因は,控訴人らの本件各いじめ行為及びそこから形成された亡Dとの関係性にあったと優に認めることができ,控訴人らの本件各いじめ行為と亡Dの自殺との間には事実的因果関係が認められる。
なお,控訴人らと亡Dとの関係に変化がみられるようになったのは2学期に入ってからであり,亡Dが自殺したのは10月11日であって,いじめの萌芽と見られる行為が始まった2学期当初から数えても,僅か1か月余り,明らかにいじめと評価し得る行為が行われていた9月中旬以降から数えれば,1か月にも満たない間に自殺に至ったことになる。この点については,青少年の自殺は,長い道程の準備状態を経た後に,何らかの直接の契機によって生じるとの指摘もある(甲441,乙ハ43)が,他方で,現代のいじめの事案では自殺の条件を加害者側が短時間で整えるという特徴があるとの指摘もあり

,本件においても控訴人ら
と亡Dとの関係が急速に変化し,亡Dに対する言動が短期間のうちにエスカレートしていったこと,子供の場合には,人間関係が家庭と学校を中心とした限られたものになるため,その中で問題が起こると,大人とは比較にならないストレスが生じると指摘されていること(甲409,439,乙ニ10)などを考慮すると,上記の期間の短さが亡Dの自殺の原因を本件各いじめ行為及びそこから形成された亡Dとの関係性に求めることの支障とはならないものというべきである。
また,亡Dは,自殺の前日に作成した父方祖父母に宛てた反省文中に

それでも,俺には,悪い友達は一人もいない。それだけは,わかってほしい。

と記載している(前記認定事実⒆イ)。しかし,これは,控訴人らが亡Dの金銭問題に関与していないことを示すもの,あるいは,控訴人らと交友関係に入り,これを深めたことが自らを追い詰めるような結果になったことを後悔しつつ,反面では,仲が良かった頃のことも忘れられず,控訴人らと交友関係に入ったという自己の行為を全否定したくない,肯定したいとの二律背反的な気持ちが複雑に絡み合う中で,後者の側面が上記のような行動となって表れたものなどと解釈することも可能であり,上記反省文中の記載も,亡Dの自殺の主たる要因が本件各いじめ行為及びそこから形成された亡Dとの関係性という学校の問題にあったとの前記判断を左右するものとはいえない。

これに対し,控訴人らは,被控訴人らが2月以来別居し,亡Dは被控訴人Eと生活していたところ,被控訴人Eは,亡Dに対ししつけと称して厳しい体罰を加えていた上,亡Dの発達障害を疑い,亡Dに対して病気であると告げるなどしていたほか,被控訴人Fは,亡Dの死亡の前日,亡Dに対して被控訴人Eとの離婚の可能性を示唆しており,これらの事情等が亡Dを精神的に追い詰めたものであり,被控訴人Eが亡Dに自殺当日の午前7時57分頃に電話をしてから10分余りした後に亡Dが自殺するに至っていることにも照らせば,亡Dの自殺は,その家庭環境等に原因があり,控訴人らの行為とは無関係である旨主張する。
確かに,児童生徒の自殺の原因は,学校における問題だけではなく,家庭の事情などの多様な要因が背景にあって,これらの要因が複雑に関連する旨,自殺の危険の背後には安心感の持てない家庭環境の存在がある旨,夫婦仲が悪く緊張感のある家庭では成長過程で受けるはずの愛情を十分に受けることができず,過干渉の場合には,愛情が歪んだ形でしか子供に届かないことが多く,家庭に居場所を見つけられなくなるところ,そのような子供が困難に直面したときに自殺の危険が高まる旨などの指摘がある(甲409,421,428,438,乙ニ10)。本件においても,被控訴人Fは,2月20日,被控訴人Eとの諍いを原因として自宅を出て,以来,亡Dら家族と別居し,その後,長姉も自宅を出て被控訴人Fと一緒に生活するようになったため,亡Dは,本件各いじめ行為当時,被控訴人E及び次姉と生活していた(前記認定事実。
そして,被控訴人Eは,亡Dが中学1年生の頃,他の生徒への不適切な言動について本件中学校から指導を受けた際,亡Dの頭部をたたいて叱り,翌日に亡Dの足に被控訴人Eの懲戒によって生じたと考えられるあざが確認されたり(前記認定事実⑴ア),亡Dが2年生になってからも,6月に担任の教諭が被控訴人Eに学校内のトラブルを伝えたところ,亡Dが被控訴人Eにたたかれたと申告したり

,9月15日

に亡Dの無断外泊やキャッシュカードによる金銭引出しをとがめた際にも,亡Dを怒鳴り,顔や頭をたたく,体を蹴る,掃除用具の柄でふくらはぎを数回たたいたりする(同⑸ア)など,被控訴人Eは,亡Dに対して体罰を加えることがあった。
また,被控訴人Eは,9月25日,亡Dが父方及び母方の祖父母宅で現金を抜き取っていたことが判明したため,相談機関に亡Dのことについて相談し,先方から発達障害の可能性を告げられ,同日,亡Dに何度も同じことを繰り返すのは病気かもしれんのやでなどと述べたところ,亡Dは,大変苛立った様子で病気であれば病気でよい旨一方的に言い放って,自宅を飛び出し,近隣マンションで一夜を過ごしている(前記認定事実⑺イ)。
さらには,亡Dが自殺の前日に別居中の被控訴人Fに対していつ戻ってくるのか尋ねたところ,被控訴人Eとの離婚を考えていると告げられている(前記認定事実

イ)。

このように,亡Dには,亡Dに安心感を与える家庭環境等が整っておらず,しかも,離婚によって母親不在という現在の状態が将来にわたって継続する可能性もあることを自殺の直前に知らされるなどしている。その意味で,亡Dの家庭環境等がその自殺の重要な一要因として作用したことは否定できない。
しかしながら,本件において,被控訴人Eの上記体罰が原因で,亡Dが自殺を考えるほど追い込まれるような心情に至っていたことをうかがわせる事情は認められない(なお,亡Dが小学校に在籍していた当時,被控訴人Eによる亡Dへの虐待に係る通告が相談センターにされたことがあるものの,結局,虐待事象が確認されないまま案件の係属が終結されており(同⑴ア),上記通報の事実をもって,小学校在籍当時を含め,被控訴人Eが亡Dを虐待したり,虐待に相当するような体罰を亡Dに加えたりしていたことまでは認められない。)。被控訴人Eの亡Dに対するしつけが厳格なものであったことは否めないが,亡Dが被控訴人Eの体罰や過干渉にうとましさ以上の感情を抱いていたことまではうかがわれない。被控訴人Eの上記体罰が,亡Dに同人への反発心を生じさせ,亡Dにおいて,家庭内に逃げ場を求めることができない状況に追い込んだという意味で,亡Dの自殺の発生において看過,軽視できない程度に寄与したことは否定できないものの,被控訴人Eから逃がれるため自殺を選ぶほどに,被控訴人Eの体罰やしつけが苛酷であり,かつ,亡Dに恐怖心,反発心を抱かせるようなものであったことを認めるに足りる証拠はない。そもそも,被控訴人Eによる上記体罰や厳格なしつけに対して恐怖心,反発心を抱くことがあったとしても,別居していたとはいえ,亡Dは,週に一,二回被控訴人Fの元を訪れ,被控訴人Fとの関係を維持していたのであり(前記前提事実⑴ア),いざとなれば,長姉と同様,被控訴人Fの元に逃げ場を求める余地もあったのであるから,被控訴人Eの体罰や厳格なしつけが,専ら自殺の原因になったものとは容易に認められない。
また,亡Dの発達障害を疑った被控訴人Eが,亡Dに病気の可能性を示唆した点についても,それにより亡Dが不安を感じたことは否定できないとしても,示唆されたのは自殺の約半月前のことであるし,単にその可能性を示唆されただけで,具体的に,検査も受けておらず,発達障害であるとの告知等も受けていない段階で,自殺の原因となるほどの精神的ショックを受け,その精神状態を維持していたものとまでは認め難い。
さらに,別居中の被控訴人Fが亡Dに離婚の可能性を示唆した点については,それにより円満な家庭の回復という亡Dの期待が実現せず,現状が固定化するおそれがあることにショックを受けたであろうこと,そして,その意味で,本件各いじめ行為によって精神的に追い詰められていた亡Dをより精神的に追い込む要因となったことは否定できない。しかしながら,いまだ確定的に離婚が決まったわけではないし,既に別居生活は続けており,それに寂しさを感じていたとしても,前示のとおり,被控訴人Fの元を時折訪れ,被控訴人Fとの関係は続いていたのであり,仮に離婚したからといって,そのような関係が途切れる可能性があったことをうかがわせる事情は認められない。以上の事情にも照らすと,離婚の可能性の示唆自体が,本件各いじめ行為とは無関係に,亡Dにおいて自殺を選択する直接の原因となったものとは認め難い。上記の被控訴人Eによる体罰や病気の可能性の告知といった事情を併せ考慮しても,その判断に変わりはない。
そのほか,被控訴人Eが亡Dの自殺の10分余り前に亡Dに対して電話していることも,その電話の内容は,パンの袋をテレビの後ろに放置原因となる
ようなものとは考えられず,上記の事情が,亡Dの自殺が被控訴人Eの言動にあることを裏付けるものともいえない。
結局のところ,控訴人らの本件各いじめ行為及びそこから形成された亡Dとの関係性という学校における問題がなければ,亡Dがあえて自殺に至ったとは到底認められない。亡Dは,控訴人らの本件各いじめ行為により精神的に傷つき,疲弊していたにもかかわらず,安息の場を家庭に求めることができなかったものであり,家庭の問題は,家庭環境が整い,上記安息の場を家庭に見いだすことができていたならば,自殺を避けられた可能性も十分に考えられるという意味において,亡Dの自殺の要因,背景事情として有意に作用したことは否定,軽視できないものの,それを超えて,控訴人らが主張するように,亡Dが,本件各いじめ行為とは無関係に,被控訴人Eの体罰や病気の可能性の告知,被控訴人Fによる離婚の示唆等の家庭環境のみを原因として自殺したものとは到底認められず,控訴人らの上記



主張は採用することができない。

そのほか,前記アの認定を覆すに足りる証拠はない。

相当因果関係の存否について

被控訴人らは,亡Dの自殺に係る損害は,本件各いじめ行為から通常生ずべき損害である旨主張するので,以下,検討する。
まず,本件各いじめ行為の態様等をその経緯に沿ってみると,前記2⑴イ及び前記⑴アのとおり,控訴人らの行為は,こかし合い,首絞め,ズボンずらしなどを亡Dに仕掛けることから始まったが,その後,こかし合いで亡Dを転倒させた後にその上にまたがって押さえ込んだり,肩パンをしたり,下着や臀部が露出するまでズボンをずらすなどエスカレートし,その結果,仕掛ける側と仕掛けられる側,いじる側といじられる側という役割の固定化を生じさせるに至った。そして,控訴人らは,被控訴人Eの控訴人らに対する疑念を聞かされた後,遊びという名の下に,亡Dを床に倒して首を絞めたり,顔面を殴打したり足蹴にしたり,顔面に落書きをするという行為に及ぶようになり,その後間もなく,亡Dを転倒させてその頚部を踏み付けたり,亡Dのインク芯を切断して亡Dの筆箱等をインクまみれにしたり,亡Dのスポーツバックにチョークの粉を大量にふりかけたり,制汗スプレーを亡Dに使い切るまで吹き付けたり,亡Dのテスト成績カード等を破ったりと,友人間のいたずらの域を大きく逸脱する陰湿・悪質な行為に及ぶようになった。さらに,控訴人らは,体育祭において,亡Dに対し,じゃんけん罰ゲームと称して口にガムテープを貼ってその手足を鉢巻きで緊縛したり,すねにガムテープを貼ってはがしたり,蜂の死骸を食べさせようとしたりするなど,周囲に強烈な印象を与える行為に及び,かつ,他のゲーム参加者との間に著しく均衡を欠く罰ゲームを亡Dに行った。そして,10月3日から同月5日及び同月7日には,控訴人Aが亡Dの顔面を殴打するなどして教諭らが介入するなどの事態が続き,同月8日に控訴人Bが少年Cと共に亡Dの自宅を前触れなく訪問して亡Dの財布を隠したり,漫画本や時計を持ち去ったりした。このように,本件各いじめ行為は,各個別行為それ自体,亡Dに対し,精神的苦痛を与えるものであることはもちろん,元々親密な友人関係にあったものがいじめる側といじめられる側という関係に変質し,亡D自身も,その変質に戸惑いながら,いじめ行為を止めることができず,むしろ,それが,10月には連日にわたる暴行や,自宅にまで押しかけて嫌がらせ行為に及ぶというように,悪質度を増す状況において,精神的に追い詰められていった様子がうかがわれ,以上のような本件各いじめ行為の過程で,亡Dは,自殺者に共通の心理とされる孤立感,無価値感を次第に深めるとともに,控訴人らとの関係から離脱することが容易ではないとの無力感,閉塞感を抱いたものと認められる。
本件各いじめ行為の個々の内容,態様だけでなく,その行為の累積による精神的負荷の大きさをも勘案すれば,本件各いじめ行為自体,亡Dに自殺を決意させたとしても何ら不思議ではなく(現に,亡Dは,祖母や友人に対し,希死念慮を吐露し,その原因が家庭以外にあることを示唆している。),本件各いじめ行為は,その態様及び頻度において,亡Dに上記のような孤立感,無価値感,無力感,閉塞感を抱かせ,自殺に追い込むほどに,悪質・陰湿かつ執拗なものであったといわざるを得ない。
また,子供の自殺といじめとの関係に関する一般的知見についてみると,我が国では,平成8年に発行された心理学専門家の書籍において,子供がいじめを受けることにより自殺するに至る機序が指摘され,平成12年に発表された研究論文でも,いじめが自殺に結びつく可能性が指摘され,平成20年にインターネット上で公表された研究記事では,学校でいじめを受けた経験がある男性は,いじめを受けた経験のない男性と比較して,自殺未遂のリスクが5.33倍高いとの報告がされ,平成23年に発表された研究論文でも,平成10年に発表された外国の研究論文を引用しつつ,いじめが自殺企図などを招来するとの指摘があることが紹介されるとともに,面接調査の結果,いじめの被害を受けた生徒の4割が自殺念慮を抱いた経験を回答していることが報告されている(前記認定事実

)。外国でも,平成15年に発表されたイタリアの

専門家の論文において,学校でのいじめが原因で,若者が自殺念慮を抱くに至る可能性が指摘されるとともに,平成12年から平成14年にかけて発表された外国での研究論文を引用しつつ,いじめにより自殺念慮の危険性が高まる旨指摘されており,平成28年発行の外国文献の翻訳書でも,平成16年から平成19年にかけて外国で発表された論文を引用しつつ,いじめが自殺念慮や自殺企図の危険を増すことを多くの研究が明らかにしてきた旨指摘されるとともに,平成11年に外国で発表された論文を引用して,自殺未遂後に入院となった青少年を対象とした研究では,いじめが22%に認められたことが明らかにされたことが紹介されている(前同)。
これらの研究成果等のほか,文部科学省の招集した児童生徒の自殺予防に向けた取組みに関する検討会が平成19年3月に発表した子どもの自殺予防の取組に向けて(第1次報告)でも,いじめが自殺の危険因子として挙げられている上,特に同世代の仲間からのいじめは,自殺につながりかねない状況をもたらす可能性があることが指摘されており

),上記研究成果等や文部科学省の上記各指

摘等についてこれを批判する証拠も見当たらないことからすると,外国のみならず,我が国においても,いじめが希死念慮の誘発要因となり,自殺の危険因子として働くこと,いじめによってその被害生徒が自殺に至ることがあることは,本件各いじめ行為が行われた平成23年当時,すでに学術的にも一般的知見として確立していたものと考えられる。そして,子供のいじめによる自殺は,昭和54年に初めて大きく報道され,いじめ自殺という言葉が使われるようになり,平成元年以降亡Dの自殺があった平成23年10月までの報道状況をみても,少なくとも40件を超えるいじめによる自殺についての報道があり,亡Dの自殺の直近5年間(平成17年以降平成22年まで)では,毎年報道されている(前記認定事実

)。このような報道状況に加え,文部科学

省が平成18年及び平成19年に発出した局長通知においても,当時,いじめによる自殺が相次いで発生しており,国民の間でも不安が広がっているとの認識が示されていること(同

)からすると,本件各いじめ

行為が行われた平成23年当時,社会一般に,いじめにより生徒,児童が自殺にまで至ることがあることは,広く認知されていたということができる。
この点については,いじめ防止対策推進法が平成25年6月28日に公布され,同年9月28日に施行されているところ,同法1条(目的)では,いじめが,いじめを受けた児童等の教育を受ける権利を著しく侵害し,その心身の健全な成長及び人格の形成に重大な影響を与えるのみならず,その生命又は身体に重大な危険を生じさせるおそれがあるものであることに鑑み,…いじめの防止等のための対策を総合的かつ効果的に推進することを目的とする。と定められ,ここにいう生命に重大な危険とは,自殺もその一つの顕現として想定されているものと解される。また,同法4条では,

児童等は,いじめを行ってはならない。

と定められ,同法15条2項では,学校の設置者及び学校は,当該学校におけるいじめを防止するため,当該学校に在籍する児童等の保護者,地域住民その他の関係者との連携を図りつつ,いじめの防止に資する活動であって当該学校に在籍する児童等が自主的に行うものに対する支援,当該学校に在籍する児童等及びその保護者並びに当該学校の教職員に対するいじめを防止することの重要性に関する理解を深めるための啓発その他必要な措置を講ずるものとする。と定められている。同法が公布,施行されたのは,本件各いじめ行為から約2年後ではあるが,上記のような内容を定める同法の公布,施行は,それ以前にも,文部科学省において,平成18年以来,いじめ問題等に関連する通知が数次にわたり発出されていること等をも併せ考慮すれば,本件各いじめ行為の当時も,既に,教育現場はもちろん,社会一般に,いじめ問題やいじめが自殺にも結び付きかねないことに対する認識が広く行き渡っていたことを示すものということもできる。

以上のとおり,本件各いじめ行為は,行われた期間が1か月程度と比較的短期間ではあるものの,亡Dを負傷させるような暴力行為や極めて陰湿・悪質な嫌がらせ行為を含むものである上,上記の間,頻回にわたり行われたものであり,その態様,頻度等は,亡Dをして自殺者に共通の心理とされる孤立感,無価値感を抱かせるとともに,控訴人らとの関係から離脱することが容易ではないとの無力感,閉塞感を抱かせる上で十分なほどに悪質・陰湿かつ執拗なものであったいえることに加え,その行為当時,いじめによりその被害者が自殺に至る可能性があることについて学術的にも一般的知見として確立し,いじめによる児童生徒の自殺に関連する報道等は決して珍しいものではなく,いじめによってその被害生徒が自殺することもあり得ることは社会一般に広く認知されており,行政の側でもその対策を模索し,平成25年にはいじめ防止対策推進法の成立にまで至っているという経緯をも併せ考慮すれば,本件各いじめ行為を受けた中学2年生の生徒が自殺に及ぶことは,本件各いじめ行為の当時,何ら意外なことではなく,むしろ,社会通念に照らしても,一般的にあり得ることというべきであり,亡Dの自殺に係る損害は,本件各いじめ行為により通常生ずべき損害に当たるものということができ,控訴人らの本件各いじめ行為と亡Dの自殺に係る損害との間には相当因果関係あるものと認められる。
4
争点⑸(損害額)について
当裁判所も,被控訴人らの損害賠償債権額(弁護士費用分を除く。)は,亡Dから相続したものを含め,それぞれ,3298万4231円となるものと判断するが,その理由は,原判決の事実及び理由中の第4の2⑶の第1段落記載のとおりであるから,これを引用する。
ただし,原判決71頁11行目の中間利息を控除するをライプニッツ方式により中間利息を控除するに改め,12行目の3936万8462円の次に

(1円未満切り捨て。以下同じ。)

を,16行目の損害賠償債権の次に

(弁護士費用分を除く。)

をそれぞれ加える。5
過失相殺の規定の適用及び類推適用の当否について



被控訴人らは,本件各いじめ行為のように,故意の不法行為には,過失
相殺の規定の適用や類推適用は認められるべきではない旨主張する。確かに,本件では,控訴人らにいじめ行為それ自体について故意があったことは明らかであるが,前記2⑵のとおり,控訴人らが,本件各いじめ行為による亡Dの自殺について,積極的意図を有していたことや,認識,認容していたことまでは認められず,亡Dの生命侵害という結果との関係では,控訴人らのいじめ行為を故意行為と評価することはできず,あくまでも過失行為としての側面があることを考慮すべきであり,本件各いじめ行為が故意行為であることを理由として過失相殺の規定の適用や類推適用を一律に否定すべきであるとする被控訴人らの上記主張は,採用することができない。


過失相殺の規定の適用やその類推適用を基礎付ける事情について

そして,自殺は,基本的には行為者が自らの意思で選択した行為であり,そのような選択がなければ,起こり得ないものであって,自らの死という結果を直接招来したものとして,そのような結果により生じた損害の公平な分担を考える上では,過失相殺を基礎付ける事情として,上記の点を無視することはできないものといわざるを得ない。
これに対し,被控訴人らは,現在の精神医療では,自殺既遂者の多くが精神障害にり患し,その大多数が精神科を受診せず最後の行動に至っていることが判明しており,いじめ自殺について,その原因ないし背景として,当該生徒が過度のいじめにより心理的負担等が蓄積したことによる精神疾患・精神障害の発症やその心身症状が影響している可能性を否定することはできず,自殺が亡Dの意思に基づくものであったことをもって過失相殺を基礎付ける事情として考慮することは相当ではない旨主張し,その主張を裏付ける証拠として,甲489の文献を援用する。確かに,同文献の13頁の注⑷では,世界保健機関(WHO)が平成12年に公表した自殺予防のための冊子のうち一般医のための手引きにおいて,先進国における調査でも開発途上国における調査でも,自殺した人の80ないし100%が生前に精神障害にり患していたことが明らかにされていることや,日本の専門家からも日本において同様の調査結果が出ているとの報告があることが紹介されている。しかし,内閣府の下で平成19年2月に開催された第5回自殺総合対策の在り方検討会の資料(甲428)の5枚目及び11枚目によると,上記自殺者の精神障害り患率は,専ら中高年の自殺の特徴として示されるものであり,青少年の自殺の特徴としては,大人と比べ,精神障害との関連性は低いことが認められる。したがって,上記自殺者の精神障害り患率をもって,中学2年生の亡Dについて,精神障害のり患が自殺の背景にあったとは直ちに認め難いし,本件において,亡Dが精神障害にり患していたことをうかがわせる証拠,事情は見当たらない。なお,被控訴人Eは,電話相談において,亡Dについて軽度の発達障害の可能性を告げられ(前記認定事実⑺イ),日頃から担任教諭として亡Dに身近に接していたと考えられるG教諭も,被控訴人Eから上記電話相談の話を聞いて,亡Dに発達障害がある可能性を否定できないと考えていること,発達障害は,若年者の自殺に関わる精神疾患の一つであるとの指摘もあること(乙ハ69,70)などにも照らすと,亡Dには自殺との関係で素因としての脆弱性があったものとうかがわれなくもない。仮に,亡Dがその脆弱性のために何らかの精神疾患にり患していて,これがその自殺に関与しているとした場合には,そのような素因自体が過失相殺の類推適用を基礎付ける事情として検討されることになると考えられる。

また,中学2年生といういまだ完全に親離れ,母親離れができていなかったであろう亡Dにとって,両親が円満に過ごす家庭環境は,学校でのいじめによって傷ついた心を癒す上で,非常に重要な役割を果たし得たはずであり,両親が別居し,甘えられる母親不在のために,後記のとおり被控訴人Eに反発心を有していたこととも相まって,心を癒す場所が家庭内になかったことが,亡Dが控訴人らの悪質・陰湿かつ執拗ないじめにより精神的に徐々に追い詰められ,希死念慮を抱くような事態にまで至った重要な要因,背景事情となったことは否定できない。特に,亡Dは,死亡前日,被控訴人Fから離婚の可能性を示唆され,母親が自宅に戻ってきて一緒に生活することを切望していたであろう亡Dとしては,母親不在の家庭環境が恒常化することに大きな不安を覚え,そのような現実からの逃避が自殺への誘因の一つとなったとしても不思議ではない。この点に関し,被控訴人らは,別居が継続していた状況の下での出来事であり,亡Dが予想外の衝撃的な事実と受け止めたものとは考え難い旨主張するが,亡Dは,当日,わざわざ,被控訴人Fにいつ戻ってくるか聞いているのであり,戻ってくることを前提にしていることからしても,離婚の可能性を告げられたことで相当なショックを受けたものと推認される。被控訴人Fも,平成24年11月4日の警察官からの事情聴取において,亡Dが自殺した原因について,いじめだけではなく,家庭内の問題も決して抜きにはできないと思っている旨供述しており(乙ロ3,乙ニ7),このような供述も,上記認定を端的に裏付けるものということができる。そして,親権者として亡Dを精神的に支えることが期待される被控訴人らにおいて,その家庭環境を適切に整えることができず,亡Dを精神的に支えられなかったことは,損害の公平な分担の見地からは,被害者側の過失として,過失相殺の類推適用を基礎付ける事情になるものといわざるを得ない。
加えて,

被控訴人Eは,亡Dが中学1年生の頃

に本件中学校から指導を受けた際や,亡Dが2年生になってからも6月に担任の教諭が被控訴人Eに学校内のトラブルを伝えた際,さらには,9月15日に亡Dの無断外泊やキャッシュカードによる金銭引出しをとがめた際に,それぞれ,亡Dに対して体罰を加えることがあった。体罰は,暴力を伴い,生命身体への安全を脅かすものとして,親といえども,本来的には避けるべきものであり,安易な体罰が,子の親に対する信頼感の喪失につながり,親に対する反発心等を生じさせる結果,本件のようないじめがあった場合,親という逃げ場をなくす要因の一つとなり得る。本件でも,亡Dは,9月15日の上記体罰の後,数日間,被控訴人Eとまともに口をきかなかったのであり(前記認定事実⑸ア),被控訴人Eに対し,強い反発心を抱いていたことがうかがわれる。被控訴人Eは,本件各いじめ行為により傷ついた亡Dの心を癒す相手とは到底なり得ず,妻との別居状態の下で亡Dと生活を共にする監護親として,本来であれば,亡Dが心を癒すことのできる家庭環境の創出に意を払うべき立場にあるにもかかわらず,体罰によって上記のような状況を生み出し,結果的に,亡Dを自殺に追い込む一要因を作出したものとみざるを得ない。また,被控訴人Eは,相談先から亡Dについて軽い発達障害の可能性がある旨告げられたことを受けて,9月25日,亡Dに対し,何度も同じことを繰り返すのは病気かもしれんのやでと告げ,これに対し,亡Dは,病気であれば病気でよい旨一方的に言い放って家を飛び出し,一晩,家に戻らないまま,近くのマンションのソファーで一夜を明かしている(同⑺イ)。発達障害をいつ,どのように子供に伝えるのかは,児童心理学の観点から,極めてデリケートな問題であることが指摘され,告知の方法として,唐突な本人告知は避けるべきことが指摘されている(乙ハ65,66)ところ,自らの行動が暗に精神的な疾患に基づくものであるかのような話をされれば,その相手方は不安や心理的負担を感じるであろうことは想像に難くなく,亡Dが被控訴人Eから病気の可能性を告げられた後の上記行動も,亡Dが不安を感じ,精神的に動揺していたことを裏付けるものであり,被控訴人Eの対応は,慎重さを欠いたものといわざるを得ない。以上のとおり,被控訴人Eは,その体罰のために,亡Dにとって,控訴人らによるいじめで傷ついた心を安らげる相手としての役割を果たし得なかったほか,慎重さを欠く病気の可能性の告知が,亡Dに不安や心理的負担を与えたものであり,亡Dが希死念慮を抱く上での要因,背景事情の一つとなったことは否定できない。したがって,被控訴人Eの亡Dに対する体罰や病気の可能性の告知も,過失相殺を基礎付ける事情の一つとして考慮することが相当である。なお,被控訴人らは,被控訴人らにとって学校内という閉鎖的環境の中で控訴人らにより陰湿に実行された加害行為を具体的に知る由もないし,仮に被控訴人らが家庭環境を整えたからといって,控訴人らによる執拗で苛烈ないじめが抑止されることはなく,家庭環境が,損害回避あるいは軽減に寄与する関係にあったとは考えられず,家庭環境を過失相殺の規定の適用や類推適用を基礎付ける事情とすることはできない旨主張する。確かに,本件各いじめ行為の回避,軽減それ自体に家庭環境が直ちに寄与し得たとは認め難いものの,上記のとおり,家庭環境は,亡Dが自殺を回避する上で重要な役割を果たし得たはずのものであり,家庭環境が整っていれば,亡Dの自殺は回避できた可能性も十分考えられるというべきであるから,被控訴人らの上記主張は,採用することができない。

そのほか,上記のとおり,亡Dの家庭環境は,亡Dにとって,控訴人らのいじめ行為により傷ついた心を癒せる場所ではなかったところ,亡Dは,従来から,自宅から自転車で行ける距離にある父方及び母方の祖父母宅へ出入りしており(弁論の全趣旨),上記のような家庭環境にあった亡Dにとって,祖父母宅は,数少ない安息の場であったものと推認される。それにもかかわらず,9月25日,亡Dは,祖父母宅から現金を窃取していたことを被控訴人Eに知られ,被控訴人Eから祖父母宅への出入りを禁止されており(前記前提事実⑺イ),これにより,上記のような貴重な安息の場を失ったことも,亡Dが自殺することに影響を与えたものと考えられる。したがって,亡Dは自らの違法行為により自らを逃げ場のない状態に追い込んだという点で落ち度があるから,このような事情も,過失相殺を基礎付ける事情の一つとして考慮すべきものと考えられる。


以上のとおり,亡Dには,自らの意思で自殺を選択したものである上,祖
父母宅からの金銭窃取という違法行為により自らを逃げ場のない状態に追い込んだ点で,被控訴人らには,家庭環境を適切に整えることができず,亡Dを精神的に支えられなかった点で,特に被控訴人Eにおいては,体罰や病気の可能性の不用意な告知により亡Dの反発心や精神的動揺を招くなど,同居する監護親として期待される役割を適切に果たし得なかった点で,過失相殺の規定の適用及び類推適用を基礎付ける事情があるというべきである。そして,上記の亡Dを含む被控訴人ら側の諸事情と控訴人らの本件各いじめ行為の内容,態様等のほか,本件に現れた一切の諸事情を総合考慮すると,過失相殺の規定の適用及び類推適用により,前記4の被控訴人らの損害賠償債権額について,4割の減額を認めることが相当である。
⑷ア

なお,控訴人Aは,亡Dがいじめ行為を受けたことを担任であるG教諭や両親に打ち明けておらず,むしろ,G教諭に対し,控訴人らの行為について,大丈夫,ぼくもやっていると言うなど,いじめはない
という趣旨の返事をして,控訴人らの行為に対する打開策がとられる機会を自ら閉ざしており,この点で,亡Dにも落ち度があり,過失相殺を基礎付ける事情として考慮すべきである旨主張する。
確かに,亡Dは,控訴人らによるいじめについて担任であるG教諭や両親には相談しておらず(弁論の全趣旨),10月3日に控訴人Aから殴打された後,G教諭から事情を尋ねられた際にも,控訴人Aの手が顔に当たっただけで,大丈夫,大丈夫と答えるなどしている(前記認定事実⒃)。
しかしながら,いじめの被害を受けて苦悩する被害者である亡Dの心情や本件各いじめ行為が1か月程度と比較的短期間に行われたこと等にも照らすと,いじめがあったことについて直ちに教師や両親に相談しなかったからといって,その対応を責めることは躊躇されるところであるし,いじめを行った控訴人らとの関係で,当該いじめを相談しなかったことにより減責を認めることは,損害の公平な分担の理念とも相容れないものがあるといわざるを得ない。したがって,控訴人Aの上記主張は,採用することができない。

また,控訴人Aは,亡Dは,9月29日の体育祭の出来事において,亡Dが自らはちまきで手を縛られることを申し出た上で,これが実行されており,また,蜂を唇の上に置かれた件についても,蜂を食べるという罰ゲームが明らかで,参加したくない者は参加しなくてもよい状態において,亡Dがこれに参加して,じゃんけんに負けたにもかかわらず,これを拒否したため,亡Dの唇の上に蜂が置かれたものであり,亡Dにおいて,控訴人らの行為を誘発している面がある旨主張する。
しかしながら,控訴人Aの上記指摘事情は,控訴人らのいじめを誘発しているとしても,自らいじめという問題行為に接近しているというものにすぎず,挑発行為のような非難可能性が強いものではないし,9月中旬以降10月8日(控訴人Bの亡D宅への訪問日)まで繰り返された一連のいじめ行為の中の,9月29日の体育祭でのいじめという限られた場面での出来事であり,それがその後のいじめの誘発につながったものとはうかがわれず,ましてや,上記誘発行為と亡Dの自殺との間に直接的な関連は認められないから,自殺に係る損害の公平な分担が問題となっている場面で過失相殺を基礎付ける事情として,これを考慮すべきものとは考えられない。

さらに,控訴人らは,被控訴人Eが,亡Dに対して控訴人らを悪い友達であると決めつけ,控訴人らと亡Dとの間の友人関係を断ち切ろうとしており,このような被控訴人Eの一方的で過剰なまでの交友関係への介入により,亡Dと控訴人らとの関係が悪化していったのであり,被控訴人Eの上記言動が控訴人らの亡Dに対する行為の発生原因として作用しており,これを過失相殺の類推適用を基礎付ける事情として考慮すべきである旨主張する。
確かに,被控訴人Eが,控訴人らにおいて亡Dに銀行口座から預金を引き出させているのではないかと疑い,これを亡Dに質しているところ,このように被控訴人Eが控訴人らを疑っていることが,亡Dを通じて,控訴人らに伝わり(前記認定事実⑸ウ),控訴人らの亡Dに対する対応が厳しいものに変わっていったことがうかがわれる(前記

a)。

しかしながら,仮に,被控訴人Eの上記疑いが根拠のないものであるとしても,だからといって,控訴人らにおいて亡Dをいじめることが正当化されるものではなく,被控訴人Eが亡Dの交友関係に疑いを抱き,これを亡Dに伝えたことが,格別,責められるべきものということはできないし,それが亡Dの自殺を招来した要因とは考え難く,過失相殺の規定の類推適用を基礎付ける事情として考慮することはできない。

そのほか,控訴人Bは,被控訴人Eが亡Dにおいて祖父母宅から金員を窃取したことにつき連日のように亡Dに反省文を書かせたことについても,亡Dを精神的に追い詰めたものであり,過失相殺の規定の類推適用を基礎付ける事情として考慮すべきである旨主張する。
しかしながら,亡Dの祖父母宅からの金員窃取は親として看過できない問題行為であり,これについて反省文の作成を求めることは,何ら問題のある行為ではないし,何回か書き直しを命じたとしても,その指導内容や態様が不適切で,亡Dを精神的に追い詰めるようなものであったことを認めるに足りる証拠はなく,被控訴人Bの上記主張は,採用することができない。
6
争点⑹(損害の填補の有無)等について
前記4の亡Dからの相続分を含む被控訴人ら各自の損害額3298万4231円(弁護士費用に係る損害分を除く。)について,前記5のとおり過失相殺の規定の適用及び類推適用により4割を減額すると,それぞれ,1979万0538円となる。
ところで,被控訴人らは,各自,平成25年10月9日に独立行政法人日本スポーツ振興センターから災害共済給付金1400万円の支払を,平成27年4月3日に大津市から和解金650万円の支払をそれぞれ受けている(前記認から,これらを上記損害額から控除する必要がある。そして,平成23年10月12日(亡Dの死亡の日の翌日であり,被控訴人らの遅延損害金請求に係る起算日)から上記災害給付金が支払われた平成25年10月9日までの1年363日分の遅延損害金は197万3631円であり,上記災害給付金1400万円を,まず,この遅延損害金に充当し,当該充当後の残額1202万6369円を上記損害額1979万0538円から控除すると,その損害残額は,776万4169円となる。さらに,この損害残額に対する平成25年10月10日から上記和解金が支払われた平成27年4月3日までの1年176日分の遅延損害金は,57万5399円であり,上記和解金650万円を,まず,この遅延損害金に充当し,当該充当後の残額592万4601円を上記損害残額776万4169円から控除すると,上記の災害給付金及び和解金を控除した後の被控訴人ら各自の損害額は,183万9568円となる。また,被控訴人らの弁護士費用に係る損害額は,事案の難易,訴訟の経緯,認容額その他諸般の事情を考慮し,それぞれ18万円が相当であると認められる。
そうすると,被控訴人らの請求は,控訴人らに対し,被控訴人ら各自について,201万9568円(=183万9568円+18万円)及びうち183万9568円に対する上記和解金支払の日の翌日である平成27年4月4日から,18万円に対する不法行為の後である平成23年10月12日からそれぞれ支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める限度で理由があり,その余は,理由がない。
7
結論
以上によると,被控訴人らの請求は,控訴人らに対し,被控訴人らそれぞれについて,201万9568円及びうち183万9568円に対する平成27年4月4日から,18万円に対する平成23年10月12日からそれぞれ支払済みまで年5分の割合による金員の連帯支払を求める限度で認容し,その余は棄却すべきところ,原判決中これと異なる部分は不当であって,本件各控訴の一部は理由があるから,原判決を上記の趣旨に従って変更することとし,主文のとおり判決する。
大阪高等裁判所第1民事部
裁判長裁判官

佐村浩之
裁判官

天野智子
裁判官西田隆裕は,転補のため署名押印することができない。
裁判長裁判官

佐村浩之
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