判例検索β > 平成31年(う)第595号
強盗殺人、傷害、窃盗、覚せい剤取締法違反
事件番号平成31(う)595
事件名強盗殺人,傷害,窃盗,覚せい剤取締法違反
裁判年月日令和2年2月13日
裁判所名・部東京高等裁判所  第4刑事部
結果棄却
原審裁判所名千葉地方裁判所
原審事件番号平成29(わ)633
裁判日:西暦2020-02-13
情報公開日2020-03-26 16:00:29
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令和2年2月13日宣告

東京高等裁判所第4刑事部判決

平成31年(う)第595号
強盗殺人傷害窃盗,覚せい剤取締法違反被告事件
主文
本件控訴を棄却する
当審における未決勾留日数中300日を原判決の刑に算入する。

第1
1由
罪となるべき事実の概要,審理経過及び控訴の趣意
原判決が認定した罪となるべき事実の概要
原判決が認定した罪となるべき事実の概要は,被告人が,①Bと共謀の上,2回にわたり,千葉県松戸市内の駐車場において,普通乗用自動車各1台(時価合計約80万3000円相当)を窃取し(原判示第1,第2。以下,原判決に倣い第1事件ということがある。,

②B及びCと共謀の上,平成25年2月22日午前6時54分頃,同県柏市内の駐車場において,普通乗用自動車1台(時価約65万6000円相当)を窃取し,被告人が同所から同車を運転走行した際,前方に立ち塞がった同車の所有者である被害者(当時31歳)に対し,同車を取り返されることを防ぐとともに,逮捕を免れるため,殺意をもって,同車を前進させて同人に衝突させてボンネットの上に乗り上げさせ,さらに,同車を加速し,急制動を掛けて,同人をボンネット上から路上に放出する暴行を加えてその後頭部等を路面に衝突させ,よって,同人を頸髄損傷により死亡させて殺害したが,その際,共犯者らは,窃盗の犯意を有するにとどまっていた(同第3。以下,原判決に倣い第2事件ということがある。,③同市内の路上において,)
被害者(当時61歳)に対し,その顔面を拳で殴って後方に頭から転倒させ,上半身を起こした同人の顔面を足で蹴る暴行を加え,よって,同人に全治約1か月を要する鼻骨骨折等の傷害を負わせた(同第4),
④当時の被告人方において,覚せい剤を自己使用した(同第5),とい
うものである(以下,略称は原判決のそれによる。。

2
これまでの審理経過
被告人は,第2事件について,差戻前第1審から,被害車両を運転していたのは別の人物であり,自分は帯同車両の助手席に乗車していたとして,強盗殺人の犯人性を争った。
差戻前第1審は,被告人が被害車両を運転していたことが常識的にみて間違いないと認められるほどに証明されていないとして,窃盗の共同正犯が成立するにとどまる旨の判断をし,他の事実と併せて,被告人を懲役6年に処した。
これに対して検察官が控訴し,第1次控訴審は,本件B書簡(弁護人を通じ差し入れられたBからの2通の手紙)に対する被告人の返信等を取り調べた上で,差戻前第1審の判決を破棄し,本件を千葉地方裁判所に差し戻した。この控訴審判決に対し,被告人が上告したが,上告棄却決定,異議申立棄却決定がなされた。
原審は,改めて裁判員裁判で審理を行い,被告人とBとの間の手紙について,差戻前第1審及び同控訴審において取り調べられたもの以外も広く取り調べるなどし,第2事件について,被告人は被害車両を運転しており,殺意が認められるとして,強盗殺人罪の成立を認め,他の事実と併せて,被告人を無期懲役に処した。

3
本件控訴の趣意
本件控訴の趣意は,第2事件に関する事実誤認(被告人は窃取した被害車両を運転していないし,運転者に殺意もない。
)及び量刑不当の主
張である。

第2

第2事件(強盗殺人)の犯人性について
1
論旨は,要するに,被告人は共犯者らと自動車の窃盗をしたことは間違いないが,窃取した被害車両を運転しておらず,強盗殺人の犯人ではない,という。

2
原判決の判断の要旨
被害車両の運転者が被告人であることを認めた原判決の判断の要旨は,以下のとおりである。
本件では,被告人が被害車両を運転していたことを客観的に裏付
ける証拠は存在せず,直接証拠としてB及びCの供述が存在し,両名の供述を補強するDの供述が存在する。
差戻前第1審のB及びCの各供述は,被害車両を運転していたの
は被告人であるという点で合致している。しかし,Bには自己の犯罪を被告人に押し付けるために虚偽供述をする極めて高い動機がある上,C及びDも,暴力団員であるBとの関係に鑑みると,Bをかばい,被告人に責任を負わせる虚偽供述をする可能性がある。さらに,原審において,Bは,被害車両の運転者について自身であることを否定する以上に明言せず,Cもこの点を供述しない。しかも,Bは,捜査段階において,弁護人の協力を得て,被告人に対し,何らかの罪責を軽減する供述をするよう働き掛ける手紙を出している。このような本件の証拠構造の下では,B,C及びDの各供述の信
用性について慎重に判断する必要がある上,これらと被告人供述を単に対比して検討するだけでは信用性を決し難く,Bと被告人との間の手紙のやり取りの趣旨等について検討することが極めて重要となる。
本件B書簡の趣旨及び被告人の理解について

Bの置かれていた状況等からの検討
Bは,本件B書簡について,一連の自動車窃盗の首謀者の立場や
役割を被告人にかぶるよう働き掛けたものと述べている。Bは,
第2事件について窃盗罪の限度で起訴され,その後第1事件で勾
留されており,その関心は自動車窃盗での追起訴の見込みや,首
謀者としての立場や役割などの量刑事情にあったと考えられる。
一方,第2事件について強盗殺人罪で起訴された被告人には極め
て重い量刑が予想され,自動車窃盗に関する首謀者としての立場
等を舎弟分である被告人にかぶるよう働き掛けたというのは,合
理的で納得できる話であり,本件B書簡の記載と極めてよく整合
している。

被告人の手紙からの解釈
このような手紙の趣旨の解釈は,被告人からの手紙の記載によっ
ても裏付けられる。すなわち,Bの原審甲24手紙4(以下,原
審甲24にある手紙はその番号のみを示す。
)の被告人の返信であ
る手紙5には,明らかに自動車窃盗を念頭に置いていると解され
る記載があるし,被告人は,第1事件について,Bをかばう供述
を取調べでしていたのであり,その時期も考え併せると,Bと被
告人は,Bの自動車窃盗に関する追起訴をできる限り防ぐととも
に,Bの首謀者としての立場や役割を否定すべく,手紙でやり取
りしていたとみるのが自然である。


Bからの指示と被告人の行動との関係
本件B書簡に対する返信である被告人の手紙5及び7の作成時点
では,被告人は第2事件につきいまだ黙秘をしている状況にある
のに,自分は言われた条件をきちんとやりましたなどと記載して
いる上,被告人が一連の自動車窃盗の首謀者は自分であると捜査
機関に供述している旨も記載しているから,Bの身代わりとして
強盗殺人の犯人であると認めることを意味するとは考え難い記載
となっている。

被告人のB及びCに対する態度,本件自白に至った経緯について
の手紙の記載
しかも,被告人は,Bへの感謝を表す記載とともに,最初に捜
査機関に自供したことで被告人の強盗殺人罪による逮捕のきっか
けを作ったCに対する報復を示唆するBをなだめるような記載ま
でしていたにもかかわらず,Bが自身の公判で強盗殺人の犯人が
被告人であると供述したことが分かると,Bのことを責める記載
をした上で,Bがそのような供述をしてしまったことから,仕方
なく犯人性の否認から殺意の否認に方針変更することとし,検察
官の任意の取調べを受けることとした旨の記載をしている。Bか
強盗殺人の身代わりを依頼されていたのであれば,それを了承
していた被告人が,いわばその依頼どおりの供述を自らの公判で
したBのことを責めるというのは,非常に不自然な話である。さ
らに,実際に被告人がこの直後にこれに沿うように検察官に本件
自白をしたという経緯は,被告人の手紙の真実性を高めるととも
に,本件自白の信用性も高めるものである。


強盗殺人の身代わりの重さ
加えて,そもそも強盗殺人の犯人の身代わりを引き受けるとい
うこと自体,極めて重い罪責と見合うだけの見返りや人的関係が
ない限り,通常考え難い事態であるところ,当初から強盗殺人
重大な罪であることを十分に認識していたと認められる被告人が,Bに依頼した数百万円程度の見返りで引き受けたというのは到底
理解し難い話である。しかも,もし強盗殺人の犯人であればそれ
をかぶらせている被告人に弱みがあるはずのBが,被告人からの
依頼をにべもなく突っぱねていることからしても,およそ納得で
きるものではない。

小括
以上からすれば,本件B書簡の趣旨は,Bが述べるとおり,一
連の自動車窃盗の首謀者としての立場や役割を,強盗殺人罪で起
訴されていた被告人に負わせるべく働き掛けたものと認められ,
強盗殺人の犯人の身代わりを依頼されたものという疑いはない。
Bは,被告人が被害車両の運転者であり,強盗殺人罪で逮捕・起
訴されてしまったため,相当重い量刑が予想されるからこそ,一
連の自動車窃盗の首謀者の立場や役割をかぶっても大きな影響が
ないという発想から,被告人にそのような指示をしたと考えられ
る。そして,被告人もBの意図を本件B書簡の字義どおりに理解
し,その意図に沿った返信を記載するなど,互いに脈絡を保った
やり取りをした上で,一連の自動車窃盗の首謀者の立場や役割に
ついてBの働き掛けに沿った内容の供述を捜査機関にしていたと
認められ,被告人は自発的な判断により強盗殺人についての本件
自白に至ったと強く推認される。
B,C及びDの証言並びに被告人の本件自白の信用性について
以上によれば,Bが被告人に対し,本件B書簡により,一連の自動
窃盗の首謀者としての立場や役割をかぶるよう働き掛けたことは認められるが,被害車両の運転者という強盗殺人の犯人の身代わりになるよう働き掛けをしたという事実は認められない。また,本件B書簡や被告人の返信にみられる,最初に自供したCに対するBの反応やそれに対する被告人の態度等に照らせば,Cに対し,被害車両の運転者を被告人と供述するよう働き掛けていたとの疑いもない。そうすると,差戻前第1審のB証言に,Bが被害車両の運転者を被告人に押し付けているという疑いはなく,被害車両の運転者が被告人であったという供述の核心部分は,本件B書簡の趣旨及び被告人の理解や被告人のBへの手紙中の自認の記載等により強く裏付けられて,揺るぎなくその信用性が高められている。また,それと同旨のCの差戻前第1審の証言も,同様に信用性が揺るぎなく高められているほか,Dの証言の信用性も結果的にはその信用性が高められていると評価できる。そして,被告人のBへの手紙中の自認の記載や,被告人が実際に手紙の記載に沿うように本件自白をしたという経緯からすれば,被告人が被害車両の運転者であることを認める部分について,本件自白は,真実を自発的に語ったものとして信用できる。
結語
以上によれば,被告人が被害車両の運転者であったとの認定は揺るがず,被告人が強盗殺人の犯人であることが認められる。
3
このような原判決の認定に,論理則,経験則等に照らして不合理な点はみられない。以下,所論に鑑み,補足して説明する。
手紙による事実認定について
所論は,原審公判廷で取り調べられた手紙から事実認定をすることは危険であって,慎重でなければならない,と主張して,以下の点を指摘する。①手紙は,伝聞証拠そのものであって,非伝聞的利用を超えて事実認定に用いることは慎重でなければならない,②Bと被告人との間の手紙は,両者が本件(又は関連事件)で逮捕訴追されている中,自己の人生を左右する重大な局面において作成されており,作成者の作成意図を見誤る危険が極めて高い,③Bは,自己に有利な手紙だけを検察官に提出した可能性があり,そのような手紙で事実認定をすることは極めて危険である,④Bと被告人との間の手紙は,B及び被告人のそれぞれの当時の弁護人を介して交わされており,被告人に付いていた弁護人はBが費用を出していたことからすると,これらの弁護人が手紙以外にBの伝言を伝えないことは考え難い,⑤Bの手紙を信用性に疑義のあるB証言を前提に解釈し,その結果Bの手紙は信用でき,それに沿うBの証言も信用できるとするのは循環論法である,という。
しかし,Bが検察官に提出していない手紙があったとしても,Bと被告人の手紙は,互いに理解し合い,脈絡を保ったやり取りをしていると認められるから,取調済みの手紙の解釈を大きく変える内容の手紙が他に交換されていたとの疑いを抱かせる事情はない。同様に,当時の弁護人が手紙とは別に伝言をしていたとしても,その趣旨が手紙と大きく異なるBの依頼を伝えていた可能性は抽象的なものにとどまり,これを疑わせるような具体的事情はない。そして,原判決は,取り調べた手紙そのものを伝聞証拠として用いて被告人の犯人性を認定しているのではなく,その趣旨を検討した上で,Bから被告人への働き掛けは,一連の自動車窃盗の首謀者としての立場や役割を,強盗殺人罪で起訴されていた被告人に負わせるものだったとするBの証言の信用性を高め,強盗殺人の犯人の身代わりを依頼されたものとする被告人の供述の信用性を否定する事情として用いるとともに,被告人が強盗殺人の犯人であると自発的に自白したことを支える事情として用いたものである。また,原判決は,本件B書簡及び被告人の手紙の趣旨について,各手紙が作成された時期や記載内容及び被告人とBとの関係やそれぞれの置かれた具体的な状況などを踏まえて,様々な角度から検討した上で認定しているのであり,所論指摘の事情を踏まえても,その認定は揺るがない。結局,原判決は,本件B書簡の趣旨及びBの証言の信用性について,相互の整合性だけでなく,Bから独立した証拠である被告人の手紙等からも検討して認定しているから,所論は採用できない。
B証言について
所論は,B証言は信用できない,と主張して,以下の点を指摘する。①Bは,自身の強盗殺人の責任を逃れるため,終始被告人に罪責を負わせる方向で証言し行動している,②本件後,最も罪証隠滅行為を行ったのはBである,③Bは,被害者が被害車両から落下後,起き上がって追い掛けてきた旨の嘘の証言をするが,嘘の証言ができるのは,Bが運転しながら被害者の挙動を見ていたからである,という。
しかし,①については,本件B書簡及び被告人の手紙の記載内容及び作成時期等に鑑みると,Bが証言するとおり,Bから被告人への働き掛けは,一連の自動車窃盗の首謀者としての立場や役割を被告人に負わせようとしたものと認められ,弁護人が主張する点も,B証言に疑いを容れる事情とはならない。②については,原判決が説示するように,Bは,被害車両から落下した被害者がけがを負い,大事に発展する可能性があることや,被害車両の運転者以外も含め共犯者全員がその大事で捜査対象になる可能性も考えていたというのであるから,窃盗の首謀者として犯行に関与した自分に捜査の手が及ばないよう罪証隠滅を行う動機があったと認められる。③については,原判決が説示するように,Bは,被告人に殺意が認められず強盗致死罪になって有期懲役刑となることを望んでおり,そのために様々な計略を検討していたとうかがわれるから,そのような意味から被害者の挙動について虚偽供述をする動機があったといえる。
C証言について
所論は,Cは差戻前第1審で被告人が運転者であると証言したものの,原審では証言を拒絶し,その理由を偽証になるからと説明しているが,偽証になるとすれば真実はBが運転者だったということになるから,C証言も信用できない,と主張する。
しかし,Cの原審証言をみると,運転者が誰かについては証言したくないという態度を一貫して示しつつ,差戻前第1審では記憶したとおりを話したとも証言していること,当初は証言しない理由を答えないとしていたが,原審弁護人が前回の証言が偽証に当たる可能性がある場合も有罪判決を受けるおそれがある場合に当たると発言した直後に,偽証に当たる可能性があるからと言い出していること,法律に詳しくないので偽証になる範囲は分からないとも述べていることなどに鑑みると,Cは,運転者が誰かについての証言を避ける理由として偽証の可能性を述べたにとどまると解され,その証言からBが運転者だった趣旨を態度で示したものと解することはできない。
手紙の解釈について
所論は,原判決は各手紙の解釈を誤っている,と主張し,以下の点を指摘する。①本件B書簡には,
今回,Aひとりに大変重大な責任がのしかかってしまった事に対して,言葉には表現できない程の責任を感じているとの記載がある(手紙4-3)が,被告人が運転者であれば,Bが謝罪する必要はなく,この手紙は,被告人一人が強盗殺人で起訴されたために,現状維持で進んでもらうことを前提とした内容と読むべきである,②原判決は,このB書簡に対する被告人の手紙について,明らかに自動車窃盗を念頭においているとするが,自動車窃盗の余罪や首謀性の問題と運転者が誰であるかは両立する話であり,このような手紙があるからといって,運転者がどちらであるかについてやり取りしていなかったことにはならない,③Bは,手紙4の前に,被告人の承諾なく首謀性を被告人にかぶせる供述をしており,後になってわざわざ被告人に罪をかぶるよう手紙を出す必要はないから,手紙4は被告人に強盗殺人のことをしゃべらないよう黙らせるという別の意図で出されたものである,④被告人が作成した手紙5は,被告人が自動車窃盗の首謀性についてBの条件をのんだだけであるとすれば無駄に長い手紙である,⑤原判決は,被告人が,Cを攻撃しようとするBを止めようとしたり,身代わりを了承した被告人がBを責めたりするのはおかしいとするが,Bが被告人に強盗殺人の身代わりを求めたのは,既に起訴された捜査機関の見立てのまま現状維持で行ってくれという意味である。原判決は一つの解釈に従って手紙を検討しているにすぎない,⑥被告人が運転していることを前提とした記載は,Bの働き掛け以前には一切ないから,働き掛けを受け入れて,話を合わせるために記載したと解することも可能である,⑦原判決は,数百万円程度の見返りで強盗殺人の身代わりを引き受けることは理解できないとするが,被告人は現状維持を前提に少しでもBからの援助を得ようと持ち掛けたものであり,比較する対象や前提を誤っている,という。
しかし,①については,手紙4-3には,前記記載に続けて,柏の件に関しては,Cの供述の中に秘密の暴露が有り,Dの供述もあるので,私も公判では認めざるを得ませんでしたC,Dといった人間を使ったのは私の痛切な人選ミスなので,結果,Aの人生が大きく変わってしまったなどと記載されていることからすると,前記記載は,全体としてBが自らが人選したCやDが運転者は被告人だったと供述してしまい,被告人が強盗殺人の罪責を問われることになったことに責任を感じているという趣旨と解されるから,所論は当たらない。②については,原審記録をみても,被告人とBとの間で,手紙以外の手段で被害車両の運転者を誰とするかについてやり取りがされたような事情はうかがわれない。③については,手紙4の作成当時,Bは第2事件については窃盗罪の限度で起訴され,第1回公判期日でその公訴事実を認めており,被告人は強盗殺人罪で起訴されたものの黙秘を貫いていて,Bにとって強盗殺人罪に問われる危険が差し迫っていたわけではないことからすると,被告人が強盗殺人のことをしゃべらないようにさせる目的で手紙を送るとは考え難く,自動車窃盗に関する働き掛けをしたものであるとの原判決に誤りはない。このことは,手紙4に対する被告人からの返信である手紙5に,Bの事件が1件でも少なくなることを望んでいることや主犯が自分であると捜査機関に話しているなどの,自動車窃盗を念頭に置いた記載があることからも裏付けられている。④については,被告人からBに宛てた手紙には,他にも10枚を超えるような長いものが多数あることからすれば,無駄に長いとはいえない。⑤については,被告人がBから捜査機関の見立てのまま現状維持で行くことを依頼されていたとしても,それを了承していた被告人が,強盗殺人の犯人を免れることになるBがCに怒るのをなだめたり,Bが自身の公判で被告人に依頼したのと同じ趣旨の供述をしたことを責めるというのはやはり不合理である。⑥については,被告人は,本件B書簡を受け取る前の時点でも,共犯者の一人が自供したことは仕方ない,どれだけ下がっても強盗致死でそれでも20年から30年とか,車泥棒をやって強盗殺人になった自分に誰が手を差し出してくれるのか,死刑又は無期は怖いが,懲役に行くに当たり共犯者の誰にも後ろ指を指されることなく守ることは守ったなどと記載した手紙を作成し,Bも,被告人の刑期を何とか有期にしたいと考えているとか,強盗殺人の法定刑が死刑又は無期で,否認していると求刑が死刑になる可能性すらあり,自分が適当なところで折れて有期になるよう証言するしかないと思っているなどと記載した手紙を作成しており,被告人が強盗殺人の犯人であることを前提とした手紙のやり取りをしている。⑦については,所論が主張するように,強盗殺人で起訴された現状維持を受け入れ,それを前提に援助を持ち掛けたとしても,被告人は当初から強盗殺人を重大な罪と認識していたのであるから,その見返りとしてはやはり理解し難いというべきである。
4
第3

強盗殺人の犯人性に関する事実誤認の論旨は,理由がない。
第2事件(強盗殺人)の殺意について

1
論旨は,要するに,被害車両の運転者に殺意はない,という。

2
原判決の判断の要旨
原判決は,要旨,以下のとおり説示して,被害車両の運転者には殺意が認められるとした。
関係証拠から認められる事情を前提に,被害車両及び被害者の挙動を検討した。自動車工学の専門家であるEの証言等によれば,被害車両の運転者は,時速約11キロメートルの速度で前方に立っていた被害者に被害車両を衝突させ,被害者をボンネットに前かがみに倒れ込ませて前額部をグリルフロントフードに衝突させ,更にボンネットに乗り上げさせてしがみつくような体勢をとらせたまま,その後3秒間にわたって時速約40キロメートルまで被害車両を急加速し,被害者の転倒地点から約12メートル手前の地点で被害車両を急制動させて被害者を放出させたものと認められる。その鑑定の結論は正当である。これらの挙動を前提に運転者の殺意を検討する。自車前方に人が立っているのにそのまま進行し衝突させること自体,その人に重大な危害を与えかねない危険な行為である。そして,被害者の前額部に傷の跡がくっきりと残っており,被害車両のグリルフロントフードが粉々に破壊されていることからすると,その衝突はかなり強い衝撃であったと推認できる。さらに,被害者がボンネット上にしがみついていることを認識しながら,あえてわずか数秒で時速約40キロメートルまで加速して,更に急制動をかけた行為は,被害者がボンネット上から落下し,路面に頭を強く打ち付けたり,被害車両や対向車両にれき過されたりして死亡する危険性が十分にあることは明らかである。しかも,被害車両を進行させるのにブレーキを踏んで急制動をする必要はなく,そのような行為は,ボンネット上の被害者を振り落とそうとしたものとしか考えられない。そうすると,一連の被害車両の動向は,被害車両の運転者が,被害車両の取返しを防ぐとともに逮捕を免れて逃走するために,人が死ぬ危険性が十分にある行為をそれと分かってあえて行ったものと評価でき,被害車両の運転者には未必的な殺意があったと認められる。
3
このような原判決の認定に,論理則,経験則等に照らして不合理な点はみられない。以下,所論に鑑み,補足して説明する。
最初の衝突の態様について
所論は,最初の衝突の態様についてのE鑑定は一つの仮説にすぎず,他の可能性を十分に考慮していない,と主張し,以下の点を指摘する。①被害車両は,現場から持ち去られ,翌日ヤードに運ばれ,解体されているから,被害車両にみられるグリルフロントフード内のダクトの変形が,本件時に生じたのかは不明である,②グリルフロントフードと被害者の額の傷の関係をみても,傷の形状と重なり合うのは左額の斜めに走る傷の一辺程度であり,最初の衝突時に額をグリルフロントフードに打ち付けたという証拠はない,という。
しかし,①については,E鑑定において被害者の前額部の傷とグリルフロントフードの破損状況が一致しているとの認定に用いられている原審甲23資料4-12の番号36の破片は,本件路上に落ちていたものであるから,ヤードにおける解体の影響を考慮する必要はなく,所論の指摘は当たらない。②については,E鑑定は,グリルフロントフードの破片の形状と被害者の額の傷が一致していることのみならず,グリルフロントフードのボンネット上の位置や,破片の落下状況と被害車両の速度から推定される衝突状況等も併せ考慮して額の衝突を結論付けていると解されるから,原判決の認定に誤りはない。
走行中の被害者の姿勢について
所論は,走行中の被害者の姿勢についてのE鑑定は一つの仮説にすぎず,他の可能性を十分に考慮していない,と主張し,以下の点を指摘する。①被害者の衣服とダクト部分の生地痕の合致の点は,もともとの科学捜査研究所の鑑定は印象された可能性があるとい
うものにすぎず,一致が断定できるものではない,②被害者の左手の損傷は,ワイパーをつかんだためではなく,割れたグリルフロントフードをつかんで生じた可能性がある,という。
しかし,①については,被害者の左膝とダクトの衝突は,被害者の衣服とダクトの生地痕が同程度であることに加え,被害者のスラックスの左膝部分からボンネット部分の青色塗膜が検出されていることなどからも裏付けられているから,所論は当たらない。②については,被害者の左手の損傷状況を加味して推測したというのであって,特段不合理ではないし,そもそも仮に被害者が左手で割れたグリルフロントフードをつかんでいたとしても,被害者はボンネットに乗り上げた状態をしばらく維持していたのであるから,殺意の認定を左右するものにはならない。
被害者が路上に落下した原因について
所論は,被害者が路上に落下した原因についてのE鑑定は誤っている,と主張し,以下の点を指摘する。①E鑑定は,グリルフロントフードの破片が扇状に散乱していたことを根拠とするが,落下状況は扇状に散乱していたものとはいえない,②警察により押収された破片は,最初に車両から飛散して落下した地点から,近隣住民等により移動させられた可能性がある,③ボンネット上に乗った被害者の体勢は不明であり,被害者が危険を感じて飛び降りようとした可能性や,意図せず落下した可能性もあり,被害者の落下の原因は不明である,④Eは,カーナビゲーションに記録された数値から,時速約40キロメートルから約25キロメートルに急減速したと述べるが,同記録は3秒ごとにその前の1秒間の平均値を出すもので,四捨五入される仕組みになっていることから,実際には上下の幅が広い可能性があり,速度を特定することができない,という。
しかし,①については,Eが注目している被害車両の破片は,Eの原審証人尋問調書添付別紙4の39以降50までの色の付されたものと解されるところ,これらは,被害車両の進行車線の左端付近,同真ん中付近,同中央線寄り付近,中央線付近,反対車線の中央線付近と広がって落ちていたと認められるから,扇状という表現が適切かどうかはともかくとしても,鑑定の信用性を左右する事情とはならない。②については,被害車両の破片の位置が近隣住民等により移動させられた可能性は,数十センチメートル程度というにとどまるから,この点を考慮に入れても,被害者が被害車両から前方に放出されたとするE鑑定の結論は揺るがないとした原判決に誤りはない。③については,原判決が説示するように,被害者が,時速約40キロメートルまで加速していた被害車両から,アスファルトの路上に,しかも住宅の塀等が迫っている進行方向左側に自ら飛び降りたというのは甚だ不自然であるし,横に落ちる場合の体勢は致命傷の機序と必ずしも整合しないから,所論は当たらない。④については,原判決は時速約40キロメートルから約25キロメートルまで減速したかは定かでないと留保を付けながら,客観的事実関係を総合的かつ合理的に検討したものであるとして,E鑑定の信用性を評価しているから,所論の指摘は原判決を正しく論難するものとはいえない。
カーナビゲーションから判明した速度の推移に加え,被害者やグリルフロントフードのほとんどの破片にれき過の形跡がないことやその散乱状況なども踏まえると,ボンネット上の被害者は,加速した被害車両が急制動を掛けたことで,グリルフロントフードの破片とともに前方に放出されたと認定した原判決に論理則,経験則等違反はない。殺意について
所論は,被害車両に被害者が乗っかり,そのまま時速約39キロメートルまで加速した後,エンジンブレーキで生じる程度の減速をし,衝突から落下まで約6秒間被害者をボンネットに乗せたまま走行したことは確かであるが,運転者は,想定外の事態に混乱し,思わず加速してしまい,アクセルから足を離したことでエンジンブレーキによる若干(時速約5,6キロメートル)の減速をし,その間に何らかの要因で被害者が落下してしまったと説明することが可能であり,殺意は認められない,と主張する。
しかし,所論はE鑑定が信用できないことを前提とするもので,これまで検討したところからも明らかなように,採用できない。被害者をボンネット上に乗せた状態のまま加速し,急制動を掛けたという一連の被害車両の動きや道路状況から,ボンネット上の被害者を振り落とそうとした行為としか考えられず,かかる行為は,人が死ぬ危険性が十分にある行為をそれと分かってあえて行ったといえるから,未必的な殺意が認められると評価した原判決に論理則,経験則等違反はない。
4
第4
1
強盗殺人の殺意に関する事実誤認の論旨は,理由がない。
量刑不当の主張について
論旨は,予備的に,原判決の量刑の理由は,無期懲役という重い量刑を導くには余りにも不合理である,と主張するものと解される。

2
原判決は,量刑の理由について,要旨,以下の説示をした。
すなわち,量刑の中心となる強盗殺人について検討すると,被告人は,被害者の死亡を積極的に意図していたとまでは認められないが,低速とはいえ自動車を被害者に衝突させ,更にボンネットに乗り上げさせた状態で自動車を加速し,更に急制動をしており,被害者が死亡する危険性が十分に高いものであることは明らかである。立ち塞がる被害者を前にしながらためらうことなく危険な運転行為に及んだ意思決定は,生命軽視の姿勢の表れと評価せざるを得ず,人の生命より逃走等の自らの利益を優先する極めて身勝手な人格態度は,強い非難を免れない。被害者に何ら落ち度はなく,遺族が厳罰を望むのは当然である。被告人は,窃盗未遂罪を含む累犯前科2犯を有しながら,各犯行に及んでいることからも,規範意識の鈍麻が顕著で犯罪傾向を深化させていたと認められ,そうした思考傾向が自己の利益を生命より優先する意思決定に結び付いたと考えられるから,自動車窃盗の首謀者がBであることが殊更被告人の犯情を減ずることにはならない。加えて,窃盗傷害,覚せい剤使用の犯情も併せ考慮し,一般情状として,被告人が犯行後に自らの刑事責任を免れようと画策し,不合理な弁解に終始するなど反省の態度が不十分であること,強盗殺人以外は罪を認めていることも斟酌し,酌量減軽をする事情はないと判断して,無期懲役に処するのが相当であると判断した,とする。

3
このような原判決の量刑判断は,基礎とした事情及びその評価に不合理なところはなく,被告人を無期懲役に処した結論も含めて是認できる。
4
これに対し所論は,原判決は,強盗殺人について,①未必的な殺意しかないとの認定をしながら,確定的な殺意があったかのように量刑を判断している,②もとより窃盗の計画であり,被害者の死の結果も想定外の事態による不遇な面があり,強盗致死に限りなく近い事案である,と主張する。
しかし,①については,原判決は,被告人が行った行為は,被害者が死亡する危険性が十分に高いもので,そのような危険な運転行為に及んだ意思決定は,自らの利益を守るためならば人を死亡させることになっても構わないという生命軽視の姿勢の表れである,と説示しているから,被告人の殺意が未必的なものであることを前提としていることは明らかである。②については,被害者が自車の前に飛び出してきたことは想定外の事態であったとしても,被告人は,そのまま自車を被害者に衝突させ,ボンネットに乗り上げさせた状態で自車を加速し,更に急制動をするという,被害者が死亡する危険性が十分に高い行為をためらうことなく行っているのであるから,強盗致死に近い事案ということはできない。人の生命より自らの利益を優先する極めて身勝手な人格態度は強い非難を免れないとした原判決に誤りはない。所論はいずれも採用できない。

5
第5

量刑不当の論旨は,理由がない。
結論
よって,刑訴法396条により本件控訴を棄却し,刑法21条を適用し
て当審における未決勾留日数中300日を原判決の刑に算入し,当審における訴訟費用は,刑訴法181条1項ただし書を適用してこれを被告人に負担させないこととして,主文のとおり判決する。
令和2年2月17日
東京高等裁判所第4刑事部

裁判長裁判官

後藤
眞理子

裁判官

宮本孝文
裁判官

丸山哲巳
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