判例検索β > 平成22年(ワ)第207号
開門請求事件
事件番号平成22(ワ)207
事件名開門請求事件
裁判年月日令和2年3月10日
法廷名長崎地方裁判所
裁判日:西暦2020-03-10
情報公開日2020-03-23 18:00:20
戻る / PDF版
令和2年3月10日判決言渡

同日原本領収

裁判所書記官

平成22年(ワ)第207号,同第208号,同第209号,平成23年(ワ)第212号

開門請求事件

口頭弁論終結の日

令和元年9月24日
判決主文1
原告らの請求をいずれも棄却する。

2
訴訟費用は原告らの負担とする。

第1章

実及び理由
請求
被告は,原告らとの関係で,国営諫早湾土地改良事業によって建設された潮受堤防の北部及び南部に設置されている各排水門の開門に関し,諫早湾の海水を調整池内に流入させ,海水交換できるように開門操作をせよ。
第2章
第1

事案の概要等
事案の概要
本件は,被告が国営諫早湾土地改良事業(以下本件事業という。
)を行

い,諫早湾の湾奥部に諫早湾干拓地潮受堤防(以下本件潮受堤防という。)
を設置し,海洋を締め切るとともに,締め切った部分の内側を調整池(以下本件調整池という。
)として淡水化したところ,諫早湾内で漁業を営む原
告らが,前記締切りにより,諫早湾内の漁場環境が悪化し,原告らが有する漁業法(平成30年12月14日法律第95号による改正前のもの。以下同じである。
)8条1項所定の漁業を営む権利
(以下漁業行使権という。
)を
侵害されたと主張し,被告に対し,漁業行使権に基づく妨害排除請求として,原告らの漁業被害を回復させるため,本件潮受堤防の北部及び南部に設置され
ている各排水門について,本件潮受堤防により締め切られた本件調整池に海水を流入させ,海水交換できるように上記各排水門の開門操作をすること(以下
本件開門操作という。
)を求めている事案である。
第2

前提事実(争いのない事実並びに後掲各証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)

1
当事者等
原告らは,諫早湾内に漁業権を有する小長井町漁業協同組合(以下小長井町漁協という。,国見漁業協同組合(以下国見漁協という。)
)又は
瑞穂漁業協同組合(以下瑞穂漁協といい,小長井町漁協及び国見漁協〈合併前を含む。
〉と併せて本件3漁協という。
)の組合員であり,その
所属する漁協,正組合員・准組合員の別,加入時期等は,別紙4漁業行使権等目録のとおりである。なお,国見漁協は,平成20年4月1日,国見町神
代漁協と国見町土黒漁協との合併により設立された。
(甲A1,甲B41の
1,乙A2,本件3漁協に対する平成31年3月27日付け各調査嘱託の結果,弁論の全趣旨)
被告は,本件事業の事業主体であり,本件開門操作を行う権限を有する(争いがない。。


2
有明海及び諫早湾の概況
有明海及び諫早湾
有明海は,九州の西部にあり,福岡県,熊本県,長崎県及び佐賀県の4県に囲まれた,南から入り込んだ内湾であり,南西部において幅約5kmで東
シナ海と,南東部において幅約200mで八代海と通じている。有明海(本件調整池を含む。
)は,湾軸延長96km,平均幅18km,海域面積約1
700k㎡,容積約340億㎥,平均水深約20mである。湾口の幅が狭く,八代海と並んで閉鎖性が極めて高いことが特徴である。
諫早湾(本件調整池を含まない。
)は,有明海湾奥の西側にある支湾で,

水域面積は約75k㎡,容積約5億㎥であり,それぞれ有明海の4.4%,1.5%を占めている。本件潮受堤防により締め切られた面積は約36k㎡
である。
これに対し,本件調整池は,面積(管理水位標高マイナス〈以下-と表記する。
〉1m時)約20k㎡,容積0.29億㎥であり,それぞれ有明
海の1.2%,0.08%を占めている。
これらの位置関係は,別紙5図3-1有明海の全体位置
(乙C9[1

2頁])のとおりである。
(甲E1[3,13頁],甲E14[22,23頁],乙C9[12,13頁])有明海の潮汐による干潟の形成と干拓の歴史
有明海の潮汐は,我が国の他の海域に比べて大きく,有明海湾奥部で最大6mに及ぶ干満差があり,このため,湾奥部では,干潮時に海岸線から5ないし7kmの沖合まで干潟となる。有明海は,全国の干潟面積の約4割に当たる約207k㎡の広大な干潟を有している。
なお,本件事業によって消失した諫早湾の干潟面積は,約15.5k㎡であり,有明海の干潟面積の約7.5%に当たる。

有明海では,多いところでは1年に約5㎝の砂や泥(ガタ土)が堆積し,干潟が成長する。このため,河川の河口域や背後低平地に設置された排水樋門などの前面にガタ土が堆積し,年々,背後低平地からの排水が困難となり,排水不良の原因となる。そのため有明海沿岸域では,発達した干潟を干拓により干陸化し,新たな水路(水みち)を確保することで,ガタ土の堆積によ
る排水不良を解消してきた。有明海沿岸では古くから,このように干潟の発達に伴う背後低平地の排水不良を改善するため,併せて,干潟を農地として利用するため干拓が行われ,これまで有明海全体で260k㎡を超える面積の干拓が行われた。
諫早湾の湾奥部沿岸においても,江戸時代以前に干拓が始まり,排水改良
と農地造成という2つの目的を兼ねて,干拓を繰り返し,約35k㎡が農地となって諫早平野を形成した。

(甲E1[3,13頁],乙C10[3,5頁],乙E5[33頁],乙E10[4―6頁],乙E197[138頁])
有明海及び諫早湾に流入する河川
有明海の湾奥部には,筑後川,矢部川,六角川,塩田川など佐賀県と福岡県の比較的大きな河川から淡水が流入しており,有明海の中央部東側には,
菊池川,白川,緑川など熊本県の大きな河川から淡水が流入する。本件調整池には,本明川から淡水が流入しており,本明川を含む本件調整池の流域からの流入水量は,有明海全体の約1ないし2%である。(乙C9[14頁],乙E10[4-3]頁,乙E197[3頁])3
本件3漁協の漁業権及び原告らの漁業行使権
小長井町漁協所属の原告ら
漁業協同組合(以下,単に漁協ということがある。
)又は当該漁協を
会員とする漁業組合連合会(以下漁協等という。
)の組合員であって,
当該漁協が有する各特定区画漁業権若しくは共同漁業権等ごとに制定する漁
業権行使規則等で規定する資格を有する者は,当該特定区画漁業権等の範囲内において漁業行使権を有する(漁業法8条1項参照)ところ,小長井町漁協は,別紙6漁業権・漁業権行使規則対照表(小長井)№1ないし21のとおり,漁業権を有しており,漁業権行使規則を定めている(なお,南共第1号の共同漁業権は,本件3漁協の共有とされている。。漁業権の設定を)

受けようとする者は,都道府県知事に申請してその免許を受けなければならない(漁業法10条参照)ところ,同漁協が各漁業権を設定された日は,別紙6の各設定日のとおりであり,漁業権の期限は,別紙6の各免許期限のとおりである。
また,第1種共同漁業権は,藻類,貝類又は農林水産大臣の指定する定着
性の水産動物を目的とする漁業を営む権利であり(漁業法6条5項1号参照。以下同じ)
,第2種共同漁業権は,網漁具(えりやな類を含む。
)を移動しな

いように敷設して営む漁業であって定置漁業及び内水面等において営む漁業以外のものを営む権利であり(漁業法6条5項2号参照)
,第1種区画漁業
権は,一定の区域内において,石,かわら,竹,木等を敷設して営む養殖業を営む権利であり(漁業法6条4項1号参照)
,第3種区画漁業権は,一定
の区域内において営む養殖業であって,第1種区画漁業及び土,石,竹,木等によって囲まれた一定の区域内において営む養殖業である第2種区画漁業以外のものを営む権利である(漁業法6条4項3号参照)

原告らのうち,小長井漁協の組合員である別紙1原告目録の番号1ないし5,23ないし30の各原告は,別紙4漁業行使権等目録のとおり漁業行使
権を有している。
小長井町漁協に所属する原告らが有する漁業権の対象である南共第1号の範囲は,別紙7のとおりであり,小長井町漁協に所属する原告らに係る各区画漁業権の対象となっている各区域は,別紙8連南―1
(甲A154)
及び別紙9連南―2
(甲A155)のとおりである。

(甲A91,92,123ないし130,157ないし173,小長井漁協に対する平成31年3月27日付け調査嘱託の結果,弁論の全趣旨)国見漁協所属の原告ら
国見漁協は,別紙10漁業権・漁業権行使規則対照表(国見)の№1ないし9のとおり,漁業権を有しており,漁業権行使規則を定めている。同
漁協が各漁業権を設定された日及びその期限についても,別紙10のとおりである。
原告らのうち,国見漁協の組合員である別紙1原告目録の番号6ないし9の各原告は,別紙4漁業行使権等目録のとおり漁業行使権を有している。(甲A117ないし122,138ないし149,170,国見漁業に対す
る平成31年3月27日付け調査嘱託の結果,弁論の全趣旨)

瑞穂漁協所属の原告ら

瑞穂漁協は,別紙11漁業権・漁業権行使規則対照表(瑞穂)の№1ないし14のとおり,漁業権を有しており,漁業権行使規則を定めている(ただし,南区第2019ないし2021号における第1種又は第3種区画漁業権については,漁業権行使規則の存在及び内容が,証拠上明らかではない。。同漁協が各漁業権を設定された日及びその期限についても,別紙11)

のとおりである。
原告らのうち,瑞穂漁協の正組合員又は准組合員である別紙1原告目録の番号10ないし22,31ないし33の各原告は,別紙4漁業行使権等目録のとおり漁業行使権を有している。なお,瑞穂漁協に所属する原告らの各区画漁業権の対象となっている各区域は,別紙9(甲A155)及び別紙12
連南―3
(甲A156)のとおりである。
(甲A111ないし116,131ないし137,170,171,174ないし181,瑞穂漁協に対する平成31年3月27日付け調査嘱託の結果,弁論の全趣旨)
4
本件事業
本件事業の概要等
本件事業は,諫早湾の湾奥部に位置する長崎県北高来郡高来町(現在は同県諫早市である。
)と同県南高来郡吾妻町(現在は同県雲仙市である。
)との
間に長さ7050mの本件潮受堤防を築造して,諫早湾のうち奥部35.4
2k㎡を締め切り,海水の流入を止めるとともに,長さ約11kmの内部堤防を設置して本件調整池を造成し,本件潮受堤防に設置した各排水門(以下本件各排水門という。そのうち北部の排水門を北部排水門といい,南部の排水門を南部排水門という。
)を操作して,本件調整池の水位を
管理することで,背後の低平地における高潮,洪水,常時排水不良等に対す
る防災機能を強化し,併せて本件調整池を淡水化し,これを水源とするかんがい用水を確保し,大規模で平坦な優良農地を造成し,生産性の高い農業の
実現を目的とする事業である。
本件事業においては,海面の一部を本件潮受堤防で締め切り,本件調整池とし,その中に内部堤防を巡らせて干拓する複式干拓方式が採用されている。被告は,本件潮受堤防によって締め切られた区域内に内部堤防を築造して,中央干拓地及び小江干拓地(干陸地の面積合計約9.42k㎡,うち農地は約8k㎡)を造成し(以下,本件事業により造成された干拓地を併せて新干拓地といい,本件事業以前から存在した干拓地を旧干拓地といい,併せて単に干拓地ということがある。,約26k㎡を本件調整池とした。)
本件潮受堤防には,北部排水門(幅200m)及び南部排水門(幅50m)
が設けられ,これを操作することで,本件各排水門を通じて満潮時に本件調整池に海水が流入することを防ぐとともに,干潮時に河川から本件調整池に流入した淡水を諫早湾に排水し,本件調整池の管理水位を標高-1.0mに保っている(以下,本件潮受堤防の設置及び本件各排水門を開門しないことを本件潮受堤防の締切りという。。本件各排水門の管理方法等は,別紙)

13潮受堤防排水門の管理
(乙C64)のとおりである。
本件事業は,国営干拓事業(土地改良法87条の2第1項1号,2条2項4号参照)であるため,被告の農林水産省九州農政局(以下九州農政局という。
)は,本件事業に関し,土地改良事業計画(同法87条の2第1項参照)を定め,また,本件各排水門を含む本件潮受堤防は,本件事業により
設置されたダムその他のえん提及び用水施設
(同法87条の2第2項,
同法施行規則60条,54条の3参照)に当たるため,予定管理方法等(同法87条の2第2項参照)を定め,九州農政局は,平成20年4月1日,長崎県に対し,本件潮受堤防及び本件調整池の管理を委託した。
(甲C38[15頁],甲E1[1頁],乙C2[6頁],乙C10,乙C64,
乙C87,乙C177ないし180,弁論の全趣旨)
本件事業等の経緯

昭和61年12月2日

国営土地改良事業計画の決定・着工

平成元年度

本件潮受堤防試験堤工事着手(本件潮受堤防の
中央部約210mの基礎地盤改良工事)

平成2年度

本件潮受堤防のうち南端から南部排水門までの
約840m及び北端から北部排水門までの約38

0mの工事に着手
平成2年11月
平成3年度

採砂地において砂採取を開始

平成4年度

本件潮受堤防の排水門工事に着手

平成5年度

本件潮受堤防の基礎地盤改良工事に着手

平成6年度

本件潮受堤防の築堤工事に着手

平成9年4月14日

小江干拓地堤防工事に着手

瞬時締切方式(一枚扉体角落とし)による本件
潮受堤防の開口部1240m(潮止区間)の締切
り(以下,この時点の本件潮受堤防による諫早湾
の奥部の締切りを本件締切りという。


平成9年12月

中央干拓地堤防盛土試験工事に着手

平成11年3月

本件潮受堤防建設工事の完了(被告は,これ以
降,本件各排水門を操作し,本件調整池を管理水
位である標高-1.0mで管理)
,中央干拓地の
北部及び南部堤防工事に着手

平成11年12月14日

第1回計画変更(工期の延長)

平成12年度

有明海におけるノリ養殖業の不作

平成13年2月26日

農林水産省有明海ノリ不作等対策関係調査検討
委員会(以下ノリ第三者委員会という。
)の
設置

平成13年12月19日

ノリ第三者委員会が諫早湾干拓地排水門の開門調査に関する見解を発表し,短期・中期・長期開門調査の実施を提言
平成14年4月1日

短期開門調査開始(同年12月10日まで。こ
のうち海水導入期間は,同年4月24日から同年
5月20日)

平成14年6月4日

第2回計画変更(規模縮小)

平成14年7月

中央干拓地前面堤防工事に着手

平成16年8月26日

佐賀地方裁判所の工事差止仮処分決定により工
事停止

平成17年5月17日

福岡高等裁判所の決定により工事再開

平成19年11月20日

本件事業の完工式

平成20年4月1日

新干拓地における営農開始

(争いがない。

本件事業に関する環境アセスメント及び環境モニタリングの実施
被告は,本件事業を実施するに当たり,長崎県環境影響評価事務指導要綱
に基づいて,環境アセスメント(環境影響評価)を実施し,工事中及び事業完了後の周辺地域環境への影響の予測・評価を行うとともに,工事中及び事業完了後の環境保全が適切に図られるよう環境モニタリング計画(環境監視等)を定めた上で,工事を実施した。
環境モニタリングは,平成元年から継続して実施されており,気象,水質,
底質,水生生物などの項目について調査がされている。環境モニタリングにおける水質調査では,別紙14水質調査地点位置図(月1回調査)(甲E148,乙E26[3-2-61])の各地点において調査が行われた。(甲E148,乙E26)
5
漁業補償契約の締結等
漁業補償契約

被告(九州農政局長)は,昭和62年3月19日,長崎県知事を介し,当時の諫早湾内の12の漁業協同組合(高来町湯江漁業協同組合,小長井町漁協,小江漁業協同組合,深海漁業協同組合,諫早市長田漁業協同組合,諫早漁業協同組合,小野漁業協同組合,森山町漁業協同組合,吾妻町漁業協同組合,瑞穂漁協,国見町神代漁業協同組合及び国見町土黒漁業協同組合。以下湾内12漁協という。
)との間で,本件事業及び本件事業に伴い長崎県
が施行する城ノ下港整備事業(以下,併せて本件事業等という。
)の実
施に伴う漁業補償について,漁業補償契約(以下湾内漁業補償契約という。
)を締結した。
湾内漁業補償契約には,以下のような条項がある。なお,原告らが属する
本件3漁協は,本件潮受堤防外に位置する。

湾内12漁協及びその組合員は,本件事業等の実施に同意し,この契約締結後は,農林水産省及び長崎県は,いつでも本件事業等を実施することができるものとする(2条)



本件事業等の実施に伴う湾内12漁協及びその組合員に対する漁業補償の対象は,次のとおりとする(3条1項)

本件潮受堤防内に位置する漁協及びその組合員が,諫早湾内における全ての漁業権等(共同漁業権,区画漁業権,許可漁業,自由漁業及びこれらの行使権の全てを含む〈同条2項〉)を放棄することにより生ずる。

損失に対する補償(同条1項1号)
本件潮受堤防外に位置する漁協及びその組合員が,諫早湾内における漁業権等(1号と同じ。
)の一部放棄及び制限により生ずる全ての損失
に対する補償(同条1項2号)
3条1項の漁業補償の総額は,243億5000万円とする(4条1
項)

前項の補償金の組合別金額は,以下のとおりとする(同条2項)


a
40億7551万0000円

小江漁業協同組合

14億8691万8000円

d
深海漁業協同組合

36億1827万5000円

e
諫早市長田漁業協同組合

22億8716万1000円

f
諫早漁業協同組合

8億5857万3000円

g
小野漁業協同組合

24億1726万5000円

h
森山町漁業協同組合

18億2019万7000円

i
吾妻町漁業協同組合

36億3410万1000円

j
瑞穂漁協

13億0062万6000円

k
国見町神代漁業協同組合

4億1269万9000円

lエ
高来町湯江漁業協同組合

c
15億2573万5000円

b
小長井町漁協

国見町土黒漁業協同組合

9億1294万0000円

湾内12漁協及びその組合員は,この契約締結をもって,本件事業等に伴う漁業補償については,全て解決したものとし,長崎県に対し,今後一切異議,求償等を行わないものとする(5条)


(乙A2,弁論の全趣旨)
補償金の支払
被告は,諫早湾内の12漁協に対し,前記アの湾内漁業補償契約に基づく補償金を支払った。
6
本件事業に関連する調査研究等
ノリ第三者委員会による検討
平成12年度の有明海におけるノリ不作を契機として,農林水産省は,平成13年3月,ノリ第三者委員会を発足させた。同委員会は,有明海の漁業生産の不振の原因を究明し,今後の対策を提言することを目的として設置さ
れた委員会である(乙C9巻末資料3)

ノリ第三者委員会は,同年12月19日,諫早湾干拓地排水門の開門調査
に関する見解(以下ノリ第三者委員会見解という。
)をまとめた。ノリ
第三者委員会見解の概要は,本件事業が重要な環境要因である流動(潮位,流速,流向)及び負荷を変化させ,諫早湾のみならず有明海全体の環境に影響を与えていると想定され,開門調査はその影響の検証に役立つと考えられるところ,第1段階として2か月程度の開門調査,次の段階として半年程度の開門調査,さらにそれらの結果の検討を踏まえての数年間の開門調査が望まれ,最終的には水位変動の実現が期待されるが,その条件が整うまでの間も洪水・かんがい期以外は水位管理の条件を緩め,できるだけ毎日の水位変動を大きくし,干潟面積を増やすことが望ましいというものであった。
(乙C9)
九州農政局による開門総合調査
九州農政局は,平成14年度から平成15年度にかけて,ノリ第三者委員会見解の趣旨等を踏まえ,本件事業が有明海の環境に及ぼしているとされる影響についてできる限り量的に推定することを目的として,学識経験者から
なる諫早湾干拓事業開門総合調査運営会議の指導・助言の下,開門総合調査を実施した。
上記調査は,①短期開門調査,すなわち,本件調整池に海水を1か月程度導入し,本件調整池及び諫早湾の水質,潮位・潮流,底質,生物について調査を行うもの,②干潟浄化機能調査,すなわち,有明海に現存する諫早干潟
に類似した干潟での現地調査等から干潟の物質循環を再現する干潟生態系モデル(コンピュータによる数値シミュレーションモデル)を構築してコンピュータ解析を行い,かつての諫早湾の干潟での水質浄化機能を推定するもの,③流動解析等調査,すなわち,本件締切り前後における有明海の潮汐,水質,底質〈粒度〉の変化及び貧酸素水塊の形成等について,モデルを用いるなど
してコンピュータ解析を行うとともに,短期開門調査及び干潟浄化機能調査により得られる情報を活用し,本件事業による有明海の潮汐,水質及び底質
への影響を検討するという手法を総合的に組み合わせて実施するものであり,平成15年11月にその結果を諫早湾干拓事業開門総合調査報告書(乙
C9)にまとめた。
なお,上記短期開門調査は,平成14年4月1日から同月23日までの間,通常の排水門の管理を行った状態での観測(事前)を行った後,本件調整池の水位を標高-1.0mないし-1.2mの範囲で管理しながら,同月24日から同年5月20日までの間,本件調整池に海水約6600万㎥を導入し,その後の淡水への回復過程の事後調査を行い,同年12月10日に現地観測を終了した(甲E14)


(甲E14,乙C9)
有明海・八代海総合調査評価委員会による検討
有明海・八代海総合調査評価委員会(以下評価委員会という。
)は,
平成12年度の有明海のノリ不作を契機として,国民的資産である有明海及び八代海を豊かな海として再生させることを目的として制定され,平成14
年11月29日に施行された有明海及び八代海を再生するための特別措置に関する法律(以下特別措置法という。
)に基づき,平成15年2月に
環境省に設置された委員会である。
評価委員会の所掌事務は,国及び関係県の調査結果に基づいて有明海及び八代海の再生に係る評価を行うこと及びこれらの事項に関して主務大臣等に
意見を述べることであり,委員長を含め21名の学識経験者等が委員として選任された。さらに,評価委員会の所掌事務の効率的遂行に資するため,小委員会が設置され,小委員会は,評価委員会委員3名のほか,有明海,八代海沿岸各県の水産研究機関の長などの専門委員9名で構成された。評価委員会は,有明海及び八代海の両海域で実施されてきた各種調査の結
果等を踏まえて検討を重ね,平成18年12月に委員会報告(乙E5。以下平成18年委員会報告という。
)を行った。

(乙E5)
有明海・八代海等総合調査評価委員会による検討
評価委員会は,平成23年8月,特別措置法の改正の施行に伴い,有明海・八代海等総合調査評価委員会に改称し(以下,改称後も含めて評価委員会という。,同改正により,有明海及び八代海に隣接する海域として,)
橘湾及び熊本県天草市牛深町周辺の海面が対象海域に追加され,委員長を含め21名の学識経験者が委員として選任された。また,①生物・水産資源・水環境問題検討作業小委員会及び②海域再生対策検討作業小委員会が設置され,①は評価委員7名のほか,専門委員5名,②は評価委員6名のほか,専
門委員5名から構成された。評価委員会は,平成18年委員会報告以降の調査結果等に基づき検討を重ね,平成29年3月に委員会報告(乙E197。以下平成29年委員会報告という。
)を行った。
(乙E197)
特別措置法に基づく取組ないし中・長期開門調査に代わる取組
特別措置法では,被告及び関係県(有明海については,福岡県,佐賀県,
長崎県及び熊本県の4県である。
)が協力して,海域の環境の保全及び改善
並びに水産資源の回復等による漁業の振興を総合的かつ計画的に推進するため,被告が基本方針を策定し(同法4条参照)
,関係県が当該基本方針に基
づく計画を定め(同法5条参照)
,被告及び地方公共団体等が水質等の保全
(同法13条参照)
,漂流物の除去(同法14条参照)
,河川の流況の調整

(同法15条参照)
,森林の保全・整備(同法16条参照)
,水産動物の種苗
の放流(同法17条参照)
,酸処理剤の適正な使用(同法19条参照)など
に取り組むほか,調査研究と体制整備等として被告,関係県による調査研究の実施と体制整備,汚濁負荷量削減に資する措置等を行うこと(同法18条参照)などが規定されている。

また,

ノリ第三者委員会見解を前提として,平成15年3月に農

林水産省農村振興局長からの委嘱により設置された中・長期開門調査検討会
議では,開門総合調査の結果等を踏まえた論点整理が行われ,その後,被告は,中・長期開門調査の実施に当たっては,本件各排水門の開放により被害が生じることのないようにしつつ調査を行う必要があり,そのためには長い年月(最低でも10年)を要するが,その成果については必ずしも明らかではないとして,中・長期開門調査を実施するのではなく,これに代わる方策
として,有明海の環境変化の更なる解明のための調査等を進めていくこととした。
これらを受けて,被告は,平成17年から,特別措置法に基づく取組ないし中長期開門調査に代わる取組として,海域環境等の調査(貧酸素現象調査,赤潮調査,水質調査としての調整池排水拡散調査,潮流・潮位調査,低質環
境調査及び二枚貝類等生息環境調査)
,魚介類の増養殖技術の開発,漁場環
境改善のための現地実証,漁場環境の整備事業,有明海沿岸4県が協調した取組の推進等の施策を実施している。
(乙C5,乙F12,弁論の全趣旨)
7
公害等調整委員会による原因裁定
公害等調整委員会(以下公調委という。
)は,公害等調整委員会設置法
に基づいて設置された行政委員会であり,公害紛争処理法の定めるところにより公害に係る紛争についてあっせん,調停,仲裁及び裁定等を行う機関である(同法3条参照)


有明海で漁業を営む漁業者及び福岡県有明海漁業協同組合連合会等は,平成15年4月16日,公調委に対し,被告を被申請人として,漁業被害が本件事業において行われた工事が原因であるとの裁定を求める申請をした(公調委平成15年(ゲ)第2・3号。以下原因裁定事件という。。

原因裁定事件においては,4名の学識経験者が専門委員に選任され,平成1
6年4月以降の審問期日及び現地調査に参加するなどし,被告や県,学会等による有明海の環境・生物・漁業等に関する調査・研究について精査,検討し,
同年12月,その結果を専門委員報告書
(甲E1。以下専門委員報告書
という。
)にまとめた。
公調委は,平成17年8月30日,原因裁定事件について,申請人らの申請をいずれも棄却する旨の裁定(乙E1,乙E43)をした。
(甲E1,乙E1,乙E43)

8
関連訴訟等
本件事業における内部堤防工事の差止めを求める仮処分申立事件
有明海で漁業を営む漁業者等は,平成14年,佐賀地方裁判所に対し,国を債務者として本件事業における内部堤防の工事を仮に差し止める旨の命令
を求める申立て(佐賀地方裁判所平成14年(ヨ)第79号)をした。佐賀地方裁判所は,平成16年8月26日,一部の債権者による申立てを認める旨の仮処分決定をし,その後,同裁判所は,保全異議申立事件において,これを認可した。これに対し,債務者が,保全抗告をしたところ,福岡高等裁判所は,平成17年5月16日,上記仮処分決定を取り消し,申立てを却下
する旨の決定をした。さらに,債権者らが許可抗告をしたところ,最高裁判所は,抗告を棄却した。
(争いがない。

佐賀訴訟及び長崎第1陣訴訟

長崎県,佐賀県,福岡県及び熊本県の漁業者等は,佐賀地方裁判所に対し,国を被告として,本件事業に伴う工事の差止め等(最終的な請求は,
主位的に本件潮受堤防の撤去,予備的に北部排水門及び南部排水門の常時開放を求めるとともに,ノリ第三者委員会による短期・中期・長期の開門調査実施の提言にもかかわらず,中・長期開門調査を実施しないことにより,これらが実施されることについての期待権が侵害されたとして損害賠償金の支払を求めるもの)を求めて訴訟(佐賀地方裁判所平成14年(ワ)
第467号外。以下佐賀訴訟という。
)を提起した。佐賀地方裁判所
は,平成20年6月27日,被告に対し,諫早湾近傍場の一部の原告(4
9名)との関係で,判決確定の日から3年を経過する日までに,防災上やむをえない場合を除き,本件各排水門を開放し,以後5年間にわたってその開放を継続することを命じる判決を言い渡した。
(甲F18)
佐賀訴訟の原告ら及び被告の双方が控訴したところ,福岡高等裁判所は,平成22年12月6日,佐賀訴訟の控訴事件(福岡高等裁判所平成20年
(ネ)第683号)について,佐賀訴訟の原告らの控訴に基づき同判決を変更し,第1審判決において開門請求が棄却された9名の原告について,被告に対し,判決確定の日から3年を経過する日までに,防災上やむをえない場合を除き,本件各排水門を開放し,以後5年間にわたってその開放を継続することを命じ,その余の控訴をいずれも棄却する旨の判決(甲F
1。以下前訴判決という。
)を言い渡し,前訴判決は,同月21日,
確定した。
国は,前訴判決について,佐賀地方裁判所に請求異議の訴えを提起し,佐賀地方裁判所は,平成26年12月12日,被告適格を有しない者に対する訴えを却下し,漁業行使権に基づく開門請求権を失った一部原告との
関係で請求を一部認容したが,その余の請求を棄却した(甲C254)。
国は,これに対し,控訴したところ,福岡高等裁判所は,平成30年7月30日,原判決を取り消し,本件被告の請求を認容する旨の判決をした。漁業者らが上告したところ,最高裁判所は,令和元年9月13日,原判決を破棄し,福岡高等裁判所に差し戻す旨の判決をした。
(公知の事実)


諫早湾ないしその近傍で漁業を営む漁業者らは,長崎地方裁判所に対し,国を被告として,開門及び損害賠償を求める訴訟(長崎地方裁判所平成20年(ワ)第258号。以下長崎第1陣訴訟という。
)を提起した。
長崎地方裁判所は,平成23年6月27日,開門を求める請求を棄却し,
損害賠償を求める請求を一部認容する判決を言い渡した。
長崎第1陣訴訟の原告ら及び被告の双方がこの判決に控訴したところ,
福岡高等裁判所は,平成27年9月7日,その控訴事件(福岡高等裁判所平成23年(ネ)第771号)について,長崎第1陣訴訟の原告らの控訴を棄却し,同被告の控訴に基づき原判決を取り消し,同原告らの損害賠償請求を棄却する旨の判決を言い渡した(乙F10)
。これに対し,長崎第
1陣訴訟の原告らが上告したところ,最高裁判所は,令和元年6月26日,上告を棄却する旨の決定をした(乙F90)

開門の差止めを求める訴訟及び仮処分申立事件
開門に反対する諫早湾周辺の農業者,漁業者及び住民は,長崎地方裁判所に対し,国を被告として,開門の差止めを求める訴え(長崎地方裁判所平成
23年(ワ)第275号,平成26年(ワ)第151号,平成27年(ワ)第181号,同第236号事件。以下開門差止訴訟という。
)を提起す
るとともに,国を債務者とする開門差止仮処分の申立て(長崎地方裁判所平成23年(ヨ)第36号,平成24年(ヨ)第5号,同27号事件)をした。長崎地方裁判所は,平成25年11月12日,仮処分の申立てにつき,申
立ての一部を認容し,その余を却下する旨の決定(乙C88。以下別件仮処分決定という。)をした。これに対し,漁業者らである債務者補助参加
人が保全異議を申し立てた(長崎地方裁判所平成25年(モ)第1040号)ところ,同裁判所は,平成27年11月10日,別件仮処分決定の一部を認可し,その余を取り消した上で取消しに係る申立てを却下した(乙C294。
以下別件保全異議決定という。。

また,長崎地方裁判所は,平成29年4月17日,開門差止訴訟につき,同訴訟の原告らの一部との関係で,請求を認容する旨の判決を言い渡したところ,これに対し,漁業者らが独立当事者参加の申出とともに控訴をしたが,福岡高等裁判所は,平成30年3月19日,前記申出及び控訴を却下する旨
地方裁判所による前記判決は,最高裁判所が令和元年6月26日に上告を棄
却する旨の決定をしたことにより,確定した(乙F91)

間接強制申立事件
前訴判決と別件仮処分決定に関しては,佐賀地方裁判所及び長崎地方裁判所に対し,それぞれこれらに基づく間接強制の申立てがなされた。両裁判所はいずれも,間接強制の申立てを認容する旨の決定をした(甲F16,乙F
5)

これらに対する執行抗告事件につき,福岡高等裁判所は,佐賀地方裁判所に係る決定については平成26年6月6日,長崎地方裁判所に係る決定については同年7月18日,執行抗告をいずれも棄却した(甲F17,乙F6)。
これらに対する許可抗告事件につき,最高裁判所は,平成27年1月22日,
いずれも許可抗告を棄却する旨の決定をした(弁論の全趣旨)

9
開門に関する環境アセスメント
被告は,前訴判決が確定したことにより,本件各排水門を開門した場合,有明海にどのような変化や影響が生じるかについて調査,予測,評価を行い,必
要に応じてその影響を回避・低減する措置を検討するため,環境アセスメント(環境影響評価)を実施し,平成24年11月,諫早湾干拓事業の潮受堤防の排水門の開門調査に係る環境影響評価書を完成させた(乙C60,乙C72の1,乙C75の1及び2。以下,この環境アセスメントを開門アセスという。。


開門アセスでは,開門(本件調整池に海水を流入させ,海水交換できるように本件各排水門の操作をすること)の方法として,本件各排水門の開度や本件調整池の管理水位が異なる以下の

ないし

のケース1,ケース2,ケース3

-1及びケース3-2(以下,これらの開門方法を順に,
ケース1ケー,ス2ケース3-1ケース3-2という。


)という4つの方法を設定
し,開門方法毎に,海域,本件調整池及び背後低平地への環境影響評価を実施した(乙C60[6.1.1・120頁],乙C64)


ケース1
開門当初から本件各排水門を全開とする開門方法
ケース2
本件調整池の水位や本件各排水門近傍の流速を制限した開門方法から開始し,本件調整池への海水導入量及び本件調整池からの排水量を段階的に増加
させ,最終的には本件各排水門を全開とする開門方法

第1段階
本件調整池の水位を標高-1.0mないし-1.2mの範囲内で管理する,平成14年に実施した短期開門調査と同じ開門方法(ケース3-2と同じ)


第2段階
本件調整池の水位を標高-0.5mから-1.2mの範囲内で管理し,本件各排水門近傍の流速を1.6m毎秒(以下m/sと表記することがある。
)以下に制限した開門方法(ケース3-1と同じ)


第3段階
ケース1と同じ
ケース3-1
本件調整池の水位を標高-0.5mから-1.2mの範囲内で管理し,本
件各排水門近傍の流速を1.6m/s以下に制限した開門方法
ケース3-2

本件調整池の水位を標高-1.0mないし-1.2mの範囲内で管理する,平成14年に実施した短期開門調査と同じ開門方法
第3

争点

1
漁業行使権に基づく物権的請求の可否等

2
原告らの漁業行使権の前提となる本件3漁協が有する漁業権が,本件締切り後に免許された権利であることを前提として,本件事業や本件潮受堤防の締切
りによる漁業行使権侵害は生じ得るか。
34
本件事業(特に本件潮受堤防の締切り)の違法性

5
漁業行使権侵害の有無等及び本件潮受堤防の締切りとの因果関係の有無
湾内漁業補償契約の効力

6
原告らの本件請求は憲法29条等に定められた公共事業と私権との調整における憲法秩序に反するか。

7
第4
1
原告らの本件請求は公法秩序に反するものとして権利の濫用に当たるか。争点に関する当事者の主張
漁業行使権に基づく物権的請求の可否等

【原告らの主張】
漁業行使権に基づく物権的請求権の可否について
漁業権は,物権とみなされる(漁業法23条1項参照)から,物権的請求権を行使することができる。そして,前記前提事実3のとおり,漁協等の組合員は,当該漁協等の制定する漁業権行使規則において規定される一定の資
格を満たす場合には,当該漁協等の有する漁業権の範囲内において,漁業行使権を有するところ,漁業行使権は漁業権と不可分であり,かつ,これが具体化された形態であるから,漁業権と同様に物権的性格を有しており,漁業行使権を有する者は,これを侵害する者に対し,物権的請求権を行使することができる。

タイラギ潜水器漁業について
タイラギ潜水器漁業は,都道府県知事等の許可を必要とする許可漁業であるものの,本件3漁協は,タイラギ漁業について第1種共同漁業権を有しているから,漁業権を有していない者による許可漁業とは区別され,漁業権に基づく物権的請求権を行使し得る。

すなわち,タイラギ潜水器漁業は,知事による許可を要し,この許可は,漁業権を有していない者をも対象としているものの,潜水器漁業が許可漁業
とされているのは,潜水器が人力を超えた長時間かつ深度の深い潜水を可能とすることで制限なく資源を採取できることから,資源保護のため潜水器による採取を制限するためである。その結果,漁業権漁業としてタイラギ漁業を営む場合であっても,潜水器を使用するためには重畳的に知事の許可を要するが,このことは,タイラギ漁業の漁業権漁業としての性格を変じるものではないから,漁業行使権に基づく物権的請求権の有無に影響を及ぼすものではない。
そもそも,タイラギ潜水器漁業は,漁業法上は魚種に着目するタイラギ漁業という漁業権漁業と,漁法に着目する潜水器漁業という許可漁業を包含す
る概念であるところ,原告らは,
タイラギという魚種に対する侵害を訴
えているのであって,潜水器漁業という漁法に対する侵害を主張しているのではない。
【被告の主張】
漁業行使権に基づく物権的請求権の可否について

漁業権は漁協等に帰属するものであって(漁業法14条8項参照),組合
員は,漁業権そのものではなく,漁業行使権,すなわち,社員権的権利としての性格を有する漁業行使権を有するにすぎない。
そして,漁業行使権に基づく物権的請求の可否について,これを認めた明文規定や最高裁判例は存在しないが,漁業権は,特定の水面において特定の
漁業を独占的排他的に営み,利益を享受する権利であるところ,その利益の享受を第三者に対抗し得る権利である点において,性質において物権と同一の面があることから,物権とみなすこととされてはいる(同法23条1項参照)
。しかし,公益上必要があるときは,変更,取消し,又はその行使が停止されうるような極めて限定された権利であること(同法39条1項参照),

物権的請求権は物権の直接的支配に対する障害を排除する権利であることに照らすと,漁業行使権は組合員に一定の漁獲量のあることを担保する権利と
まではいえず,漁業行使権に基づく物権的請求権が認められるのは,漁業権に基づく排他的支配を侵害するような態様での直接的かつ具体的な侵害又は侵害のおそれが認められる場合に限られる。
本件事業における本件締切りによって原告らの漁獲量や漁業高の減少があったとしても,原告らがその漁業行使権を有する特定の漁場において,特定の漁業を独占的排他的に営むことができていることには変わりはないのであるから,漁業権に基づく排他的支配を侵害するような態様での直接的かつ具体的な侵害又は侵害のおそれが認められず,漁業行使権に基づく物権的請求権は認められない。

タイラギ潜水器漁業について
タイラギ潜水器漁業は,漁業法及び水産資源保護法に基づき定められた長崎県漁業調整規則第6条⑵サにおいて,知事の許可を要する漁業(許可漁業)とされている。許可漁業は,水産資源の保護,漁業調整の目的から自由に漁業を営むことを一般的に禁止し,行政庁が出願を審査して特定の者に禁止を
解除するものであって,本来の自由の回復であるので,他の漁業を排他して独占的に営む漁業権とはその性格を本質的に異にするものであり,漁業権という法的権利に基づく漁業ではない。したがって,許可漁業であるタイラギ潜水器漁業について,物権的請求権は発生しない。
この点に関し,タイラギ漁業は,共同漁業権の対象の一つとされているも
のの,漁業権の排他性は,特定の漁法に着目して付与されたものであり,共同漁業権に基づく漁業としてタイラギを採捕することができるのは,潜水器を用いない態様における場合に限られる。したがって,タイラギ潜水器漁業は,漁業行使権に基づく漁業(漁業権漁業)ではないから,タイラギ潜水器漁業について漁業被害が認められたとしても,漁業行使権に基づく物権的請
求権は認められない。長崎県漁業調整規則では,タイラギ潜水器漁業につき長崎県知事の許可を得られる者の範囲を,共同漁業権を有する漁協等に
所属する組合員に限定しておらず,組合員ではない者(したがって,漁業行使権を有しない者)も許可を得さえすればタイラギ潜水器漁業を営むことができるところ,共同漁業権の内容にタイラギ潜水器漁業をも含むとすれば,共同漁業権の排他性と矛盾することになることからも明らかである。2
原告らの漁業行使権の前提となる本件3漁協が有する漁業権が,本件締切り後に免許された権利であることを前提として,本件事業や本件潮受堤防の締切りによる漁業行使権侵害は生じ得るか。

【原告らの主張】
原告らが現在有する漁業行使権を基礎づける本件3漁協の漁業権は,いずれも本件締切りよりも後に,当時の漁場環境等を前提に免許されたものである。しかし,漁業権は形式的には一定の期間ごとに新しく免許されるものであるとはいえ,実質的には,同じ漁業権が継続して認められているのであり,このことは,漁業権から派生する権利である漁業行使権についても同様である。したがって,たとえ原告らの漁業行使権を基礎づける漁業権が本件締切りより後
に免許されたものであったとしても,本件事業への着工又は本件締切りより前に免許された漁業権を基礎とする漁業行使権と比較して,原告らの漁業行使権が侵害されているのであれば,原告らは,漁業行使権に基づく物権的請求権を行使できる。
【被告の主張】

原告らの漁業行使権を基礎づける本件3漁協の漁業権は,いずれも,本件締切りから16年余りもの年月が経過した平成25年9月1日以後に,当時の漁場環境等を前提に,新たに免許された権利であるから,本件事業や,本件各排水門を締め切り,これを開門しないことによる漁業権の侵害を観念することはできない。したがって,漁業権から派生する権利である漁業行使権についても,
本件事業や,本件各排水門を締め切り,これを開門しないことによる漁業行使権の侵害なるものを観念することはできない。なお,漁業権は,都道府県知事
の免許という一方的な行政行為によって設定される権利であるから,原告らが本件締切りや漁場環境の変化,漁獲量の減少等を認識していたか否かという事情によって,その権利の性質や内容が影響されるものではない。
3
漁業行使権侵害の有無等及び本件潮受堤防の締切りとの因果関係の有無
【原告らの主張】
漁業行使権侵害の意義について
原告らの漁業行使権に基づく妨害排除請求権が発生する根拠となる漁業行使権の侵害とは,漁業者が占有する漁場において円満な漁業を営むことを侵害されていることであり,具体的には,漁場環境の悪化,すなわち漁業者が
各漁場において従来の環境での漁業ができなくなったという事実である。漁獲量の減少は,漁場環境悪化の重要な判断要素の一つであり,各原告らの個別の漁獲量の減少は,漁業行使権侵害の有無において不可欠の要件ではない。また,漁業行使権を有する者は,漁業権が認められた一定の水面であればその全体を利用でき,漁業権の内容となった魚種であればそのすべてを漁の
対象とできるのであるから,漁業権の内容となっている魚種について漁場環境の悪化が生じれば,原告らが実際に当該漁場で当該魚種について漁業を営んでいるか否かに関わりなく,漁業被害が認められる。
漁業行使権侵害と本件潮受堤防の締切りとの因果関係について

総論
被告による本件事業及び本件潮受堤防締切りによって,本件調整池が諫早湾から分断され,有明海の支湾である諫早湾の奥部約35.42k㎡の海域(うち干潟15.50k㎡)が減少した。本件潮受堤防の締切り,すなわち,本件潮受堤防を設置し,本件各排水門を開門しないことが,被告による現在の侵害行為であり,原告らの現在及び将来の漁業被害(漁場環
境の悪化)と因果関係を有する行為である。
本件潮受堤防の締切りは,①本件潮受堤防の締切りによって諫早湾内の
潮流速が低下したことにより,成層化(塩分濃度の低い水や水温の高い水が上層を,塩分濃度の高い水や水温の低い水が下層を成し,互いに混合しない状態を指す。
)しやすくなったこと(海洋構造の変化)
,②本件調整池
から,水質が悪化した水が排水されることによる影響,③魚類の重要な産卵場所・成育場所であった諫早湾の干潟の喪失という環境の変化をもたら
し,このうち,前記①及び②は,諫早湾内において,ンの異常増殖)の発生,

赤潮(プランクト

貧酸素水塊(魚介類が生存できないほどに溶存

酸素濃度〈以下DOと表記することがある。
〉が低下した水の塊)の
発生,

底質環境の悪化という漁場環境の悪化(漁業被害)を生じさせて

おり,前記③はそれ自体が漁場環境の悪化に当たる。

諫早湾の環境変化について
潮流速の低下及び成層化について
a
本件潮受堤防の設置によって,諫早湾の約3分の1が締め切られ,湾内に出入りする海水の総量が減少したため,本件潮受堤防近傍では80%以上,湾央部では40ないし60%,湾口部でも20ないし3
0%程度潮流速が低下した。
b
潮流速が低下すれば,鉛直混合力(鉛直方向に海水を混合する力)が弱まるため,河川から流入した淡水及び雨水と海水が混ざりにくくなり,海域が成層化しやすくなる。また,本件潮受堤防の存在により
干潟の潮汐がなくなったという点でも混合力が低下し,本件調整池から排水された淡水が諫早湾の表層に拡散し,表層と底層の塩分濃度の差が広がることになり,このような成層化の傾向はより一層強められる。
本件調整池からの排水による影響について

本件調整池では,本件締切り後,水中の有機物等の量の指標となる化学的酸素要求量(以下CODと表記することがある。
)や,植物プ

ランクトンの含有量を示す指標であるクロロフィルa濃度が急激に上昇し,水質が悪化して大量の植物プランクトンが発生している。本件調整池からの排水により諫早湾内に放出されたこれらの植物プランクトンは,淡水性であることから海水の浸透圧に耐えきれず死滅し,沈殿して底層に大量の有機物を供給することになる。


漁場環境の悪化について
赤潮の発生
赤潮が発生すると,水質が悪化するほか,有機物が底層に供給され,貧酸素水塊の発生の原因となる。諫早湾では,平成9年の本件締切りま
では,赤潮の発生件数・日数ともに少なかったが,平成10年以降,著しく増加しており,シャットネラ属を含むラフィド藻を原因種とする赤潮も増加している。このような赤潮の増加は,次のとおり,本件潮受堤防の締切りによってもたらされたものである。
a
潮流速の低下
赤潮は植物プランクトンの増殖により生じるところ,潮流による拡
散力が植物プランクトンの成長速度よりも小さければ赤潮が発生し,大きければ分散されて赤潮は発生しない。前記

aのとおり,諫早

湾内の潮流速が低下したことで,潮流による拡散力が弱まり,植物プランクトンの成長速度に追い付かなくなるため,赤潮が発生しやすくなった。

b
本件調整池からの排水による影響
本件調整池内の水では,植物プランクトンが大量発生しており,本件調整池から植物プランクトンを大量に含む水が排水されることによって,諫早湾内の赤潮を増加させている可能性がある。

c
シャットネラ属の赤潮(以下シャットネラ赤潮という。
)につ

いて

諫早湾では,本件潮受堤防の締切り後,とくに,ラフィド藻の一種であるシャットネラ赤潮が増加しているが,後記

のとおり,本件潮

受堤防の締切りは貧酸素水塊の発生の原因となっているところ,貧酸素水塊の形成によって海域底層の底泥から鉄や栄養塩類が溶解し,貧酸素水塊の崩壊に際して窒素やリンと共に鉄が供給されることで,シ
ャットネラ赤潮の発生が促進されることが指摘されている。
また,本件調整池内では,本件締切り後,植物プランクトンの構成種に影響する無機態窒素と無機態リンの比(以下DIN/DIP比という。
)が,植物プランクトンの発生により大きく減少していると
ころ,このような相対的に無機態窒素(以下DINと表記するこ

とがあり,無機態リンをDIPと表記することがある。
)が少な
い水が本件調整池から排水されることにより,諫早湾内では,珪藻以外の植物プランクトン(シャットネラ属を含む。
)が増加しやすい環
境が形成されている。
d
以上に加えて,諫早湾内における赤潮の増加と本件締切りが時期的に一致していることに照らせば,本件潮受堤防の締切りと赤潮の発生との間には因果関係があるといえる。
貧酸素水塊の発生
貧酸素水塊は,漁業の対象となる生物が酸素を必要とすることから,
その生存に大きな打撃となり,また,生物の呼吸毒となる硫化水素を発生させる。諫早湾では,本件締切り後の平成9年6月から貧酸素水塊の発生が確認され,平成13年以降は毎年のようにその発生が報告されており,有明海の中でもとりわけ多くの貧酸素水塊が発生している海域となっている。このような貧酸素水塊の発生は,次のとおり,本件潮受堤
防の締切りによってもたらされたものである。
a
成層化

海域の成層化は,前記イ

潮流速の低下及び本件調整池

からの排水による成層化(塩分濃度の差による成層化であり,塩分成層である。と並行して,表層の水温が上昇することによる成層化

(水温成層である。
)が発生する夏季に深刻化し,表層の酸素が底層
に供給されにくくなる。

b
底層への有機物負荷
他方,前記

のとおり,本件潮受堤防の締切りにより発生した赤潮

(植物プランクトン)は,その終息後,沈殿して底層に大量の有機物を供給することになる。また,前記イ

のとおり,本件調整池からの

排水により諫早湾内に放出されたこれらの植物プランクトンは,沈殿
して底層に大量の有機物を供給することになる。赤潮及び本件調整池からの排水によって底層に供給された有機物は,好気性バクテリアによって分解されるが,この際,底層の酸素が消費される(特に夏季にはバクテリアの代謝活性が上がり,酸素消費量が増加する。。

c
以上のとおり,諫早湾の底層においては,表層からの酸素の供給が減る一方で好気性バクテリアにより酸素が消費されることになり,溶存酸素濃度が低下して貧酸素水塊が発生する。
底質環境の悪化

a
底質の泥化
前記

のとおり,①本件潮受堤防の締切りにより発生した赤潮の終
息及び②本件調整池からの排水に含まれていた淡水性の植物プランクトンの死滅によって,諫早湾の海底に大量の有機物が沈殿する。また,前記イ

aのとおり,本件潮受堤防の締切りによって諫早湾内の潮流

速が低下したところ,潮流速の低下は,底泥の移動量の減少,堆積量の増加を生じさせ,底質の泥化を進行させる。このような有機物(浮泥)の堆積は,底層に生息する生物にとって生存が困難な環境を形成
する底質環境の悪化を生ずる。諫早湾の底質環境が悪化していることは,本件締切り以降,諫早湾内の底質が細粒化していることによっても裏付けられている。
b
硫化水素の発生
さらに,前記

のとおり,本件潮受堤防の締切りによって底層にお

いて貧酸素水塊が発生するところ,嫌気性バクテリアである硫酸還元菌は,酸素が欠乏することにより活性化し,有毒な硫化水素を発生させる。硫化水素は生物にとって強烈な呼吸毒であり,底層に生息する生物の生存に深刻な影響を及ぼす。
魚類の産卵場所及び成育場所の喪失

a
産卵場所の喪失
産卵のために必要な条件は魚種ごとに決まっているから,産卵場所は魚種毎に特定の場所に決まっている。過去に諫早湾内を産卵場所としていた魚種は,本件潮受堤防の締切りによって諫早湾の湾奥部が干陸化されたことから,産卵場所の全部又は一部を喪失した。例えば,
諫早湾の湾奥部を産卵場所としていたムツゴロウ,ワラスボ,ハゼクチは全滅し,湾奥部以外を産卵場所としていたコノシロ,コイチについても産卵場所が減少した。産卵が行われない限り,魚類資源の増加はあり得ないから,産卵場所としての諫早湾干潟が消滅したことは,有明海における漁業資源減少の要因である。

b
成育場所の喪失
有明海においては,河川感潮域,河口域及び有明海湾奥部の浅海にわたる広い範囲の水深5m以浅が,様々な魚種の稚魚の初期成育場所として重要である。そして,その重要な成育場所の一つであった諫早
湾の湾奥部が,本件潮受堤防の締切りによって干陸化されたため,成育場所としての機能を喪失した。稚魚は,成長に伴って沖の深いとこ
ろに移動するから,このように成育場所の源というべき諫早湾の湾奥部が消滅したことは,諫早湾全体が魚類の成育場所としての機能を喪失し,或いは機能不全に陥ったことを意味する。
他の要因について
被告は,諫早湾における漁獲量の減少は,有明海と同様に漁獲量の長
期的な減少傾向がみられる八代海,瀬戸内海等の全国の漁場と,共通の要因により生じていると考えられる旨主張して,様々な他要因を列挙する。
しかし,漁場ごとに魚種や漁場環境は異なる(八代海や瀬戸内海といった閉鎖性海域という点では有明海と共通する海域であっても同様であ
る。
)のであるから,仮に他の漁場においても漁獲量の減少傾向がみられるとしても,それが有明海の漁獲量の減少と共通の原因に基づくなどということはできない。
また,被告の挙げる他要因の多くは,平成29年委員会報告において,漁獲量減少の原因として言及されていないか,漁獲量減少の原因である
ことを否定する方向で結論づけられており,いずれも諫早湾における漁獲量減少の原因とはなり得ない。

本件潮受堤防の締切りによる漁業種ごとの漁場環境の悪化及び漁業被害について

アサリ養殖業について
アサリは,海底に降り,着底した後ほとんど移動しないことから,その成育は稚貝が放流された場所の環境条件に大きく影響を受ける。アサリの成育に影響を与える要素としては,水温,溶存酸素,潮汐周期,風向風速,シャットネラ赤潮の発生状況等が挙げられるが,アサリの斃死
の中心要因は溶存酸素の欠乏である。なお,一般にアサリは,有酸素呼吸ができないときは,グリコーゲン等をエネルギー貯蔵物質として利用
し,コハク酸やプロピオン酸などの代謝産物を得る嫌気代謝に切り替え,無酸素でも一定期間生存できるが,その状態が3,4日程度続くと斃死する。また,貧酸素或いは無酸素環境下において,硫化水素や高水温の影響が加わると,アサリは短時間で死亡する。
前記ウ

おいて貧酸素水塊や赤潮が発生している。貧酸素水塊や貧酸素水塊の発生原因となる赤潮(特にシャットネラ赤潮)が発生すると,アサリ養殖場の漁場に酸素が供給されなくなるから,アサリは有酸素呼吸ができなくなって,その状態が継続した場合には死滅する。現に,本件潮受堤防の締切り後,後記a及びbのようなアサリの大量斃死が度々発生している。アサリの養殖業者らは,アサリの斃死を回避するために,種入れの時期を変更したり,底質環境改善のために砂を入れ替えたりするなどの漁業努力を行っているが,このような対策が必要になることや,対策をとったにもかかわらずアサリの大量斃死が発生していることは,アサリ
養殖業の漁場環境が悪化したことを裏付けている。
a
平成16年のアサリ大量斃死
平成16年8月12日,長崎県諫早市小長井町(以下小長井町
という。
)釜地区のアサリが全滅した。この大量斃死は,同月5日の
シャットネラ赤潮の発生後,シャットネラ属のプランクトンの呼吸や,
プランクトンが死後分解される際の酸素消費により,アサリが貧酸素ないし無酸素状態におかれ,嫌気代謝の最終段階で生成されるプロピオン酸が上昇し,それでも対応しきれなかったために発生したものと考えられる。なお,同地区において同月13日,底層水の硫化水素濃度を観測した結果,0.9mg-S/Lであり,無酸素に硫化水素の影
響が加わったことで,極めて短時間にプロピオン酸濃度が上昇して死亡したものと考えられる。

b
平成19年のアサリ大量斃死
平成19年8月中旬から同月下旬にかけて,小長井町地先のアサリが大量に斃死した。この大量斃死は次のような機序によって発生したものと考えられる。すなわち,底層に貧酸素水塊が発生した状況で本
件各排水門からの大量排水があると,底層の貧酸素水塊がエスチュアリー循環(一般に河川からの淡水が湾内に流入するときに起きるもので,本件では淡水が諫早湾に放流されると,放流水が海面の表層水を沖方向へ流出させ,それを補う形で底層水が本件潮受堤防へ向かって流れ,堤防にぶつかって表層に上昇し,沖側に流れるという循環を指
す。
)によって表層に運ばれ(このことは同月25日の表層の水温が
下がり,塩分が上昇したことからも示される。,アサリ漁場に至り,)
日射による30ないし32℃の高水温とこの貧酸素水塊によって,アサリの大量斃死が引き起こされた。
タイラギ漁業について

タイラギは,海中で孵化した浮遊幼生が30ないし40日間海中を浮遊し,着底した後は移動することなく砂地の底質に体の大半を潜らせて成長し,その成育には,①底質がタイラギの成育に適した砂地であること,②底層の酸素濃度がタイラギの成育に適したものであることが必要である。ところが,後記a及びbのとおり,本件潮受堤防の締切りによ
り,諫早湾内において浮泥(海底表面上に堆積した粒径の細かい懸濁物質)の堆積が進行して底質環境が悪化するとともに,底層において貧酸素化が発生し,その結果,タイラギ漁業の漁場環境が悪化した。諫早湾内のタイラギ漁業は,本件締切り前の平成3年から漁獲量が減少し,平成5年度の漁期からは,タイラギ資源の枯渇を理由に現在まで連続で休
漁となっているところ,このように,タイラギ漁業資源が激減している事実も,タイラギ漁業の漁場環境が悪化したことを裏付けている。
なお,タイラギの休漁は,本件締切りの前である平成5年度の漁期から連続しているが,本件締め切りの前の休漁は,タイラギ漁場における採砂,地盤改良工事におけるサンドコンパクションパイル打ち込み等の本件締切り前に行われた工事によって,ガタ土の堆積や濁りの発生が生じて底質環境が悪化し,また,タイラギの漁場が窪地になったことにより底層の貧酸素化が進行したことが原因である。タイラギは,元々漁獲量が年ごとに大きく増減し,一時期漁獲量が減じたとしても2,3年経てば回復してきた。それにもかかわらず,前記の工事が終了した後も漁獲資源に変化がなく,25年間にわたり休漁が続いているのは異常な事
態であり,これは,本件潮受堤防の締切りにより深刻な漁場環境の悪化が生じたからにほかならず,本件締め切りの前の原因とは異なるものである。本件潮受堤防の締切り以前からタイラギの漁獲がないことは,本件潮受堤防の締切りとタイラギ漁業の漁場環境の悪化との因果関係を否定するものではない。

a
底質環境の悪化
底質環境の悪化に関しては,単に砂の中央粒径が小さくなる細粒化ではなく,浮泥の堆積による泥化,ヘドロ化が問題となる。前記ウaのとおり,本件潮受堤防の締切りにより,諫早湾の海底に大量の有機物(浮泥)が沈殿するようになるとともに,潮流速が低下したことにより,浮泥の堆積が進行した。タイラギの幼生は,着底基質が浮泥
で覆われていると着底を阻害されることから,このような浮泥の堆積は,タイラギの成育を阻害するものといえる。
b
底層の貧酸素化
前記ウ

のとおり,本件潮受堤防の締切りにより,諫早湾の底層に

おいて貧酸素水塊の発生が増加しており,底層の貧酸素化が進行した。タイラギは,貧酸素状態の観測後に生残率が急激に低下する傾向が確
認されており,底層の貧酸素化が当該海域の生残率低下の主因であることが確認されていることから,底層の貧酸素化は,タイラギの成育を阻害するものといえる。
カキ養殖業について
諫早湾では,多くの漁業者の生計を支えてきたタイラギがとれなくな
り,本件締切りの頃から養殖アサリの水揚げも徐々に落ち込んでいった。そこで,平成11年頃から,海面に浮かべた鉄製若しくは竹製の筏からロープを海中に吊るし,そこに懸架したカキの稚貝を育成する養殖法であるカキの筏垂下式養殖を始めた。
このように,カキ養殖は,諫早湾において平成11年頃から徐々に広
まっていったが,毎年のように斃死が発生し,とりわけ,平成19年には8割ないし9割,平成24年には7割ないし8割が死滅するという壊滅的な被害が発生した。このような被害の原因としては,①溶存酸素の低下(貧酸素化)と②低塩分化があるが,後記a及びbのとおり,これらはいずれも本件潮受堤防の締切りにより生じたものであるから,本件潮受堤防の締切りにより,カキ養殖業の漁場環境が悪化しているといえる。
なお,被告は,カキ養殖業は本件締切り後の状況を前提として漁業が開始されたから,本件潮受堤防の締切りによる悪影響はないと主張する。
しかし,原告らは,タイラギ漁業,アサリ養殖業,漁船漁業など他の漁業種を営んでいたが,本件潮受堤防の締切りによって生活が成り立たなくなったため,徐々にカキ養殖業に移行した。しかし,移行したカキ養殖業でさえ,漁場環境悪化の影響による権利侵害を受けているのであり,カキ養殖業についても本件事業の悪影響があるのである。

a
貧酸素化
成貝期(4月末ないし5月上旬から11月末ないし翌年4月にかけ
ての育成期間)のカキの成育に適した溶存酸素濃度(DO)は,6.5ないし8.6mg/Lであるところ,諫早湾の別紙14(甲E148,乙E26[3-2-61])のB3地点では,夏季(7ないし9月)にDOが3mg/L以下となる貧酸素状態が毎年のように確認されており,平成19年8月26日から同年9月1日には,同地点における,
カキの垂下式養殖を行っている水深2.5mのDOが3mg/L以下となり,これに伴い,同海域において養殖されていたカキの8ないし9割が斃死した。このように,諫早湾内においては,カキの成育を阻害する貧酸素化が多発しているが,このような貧酸素化は前記ウ


とおり,本件潮受堤防の締切りによって生じている。

b
低塩分
成貝期のカキの至適塩分は,25.5ないし33.7psu(電気伝導度を測定して推定される海水の塩分を表すpracticalsalinityunitの略語)であるところ,諫早湾の別紙14(甲E148,乙E26[3-2-61])のB3地点では,平成19年7月8日から同月
10日にかけて,水深0.5mの塩分が8.9psuとなるなど,至適塩分を頻繁に下回る状態が生じている。このような低塩分は,本件調整池からの排水と諫早湾内の塩分低下が相関関係にあることに照らすと,本件調整池から大量の淡水が排水されることにより生じている。漁船漁業について

a
漁船漁業は,漁船及び刺網,カゴ等一定の漁具を用いて魚類を捕る漁業であるから,魚類の成育を阻害するような漁場環境の悪化があれば,漁業被害が認められる。そして,漁船漁業において必要とされる漁場環境は,①産卵場所の確保,②成育場所の確保,③成育場への仔
魚の移送を十全化する生息環境,④成魚の季節回遊を十全化する生息環境が挙げられるが,次の

ないし⒞のとおり,本件潮受堤防の締切

りによって,漁船漁業において必要とされる漁場環境が悪化しており,漁業被害が生じている。
産卵場所及び魚類初期成育場所の一部消滅
前記ウ

のとおり,本件潮受堤防の締切りによって,諫早湾の湾

奥部ないしその付近を産卵場所或いは初期成育場所としていた魚類
は,その産卵場所が消滅し,また,諫早湾の湾奥部は,初期成育場所としての機能を喪失した。


成育場への仔魚の移送機構の悪化
魚類の孵化後の大きさは5mm程度と非常に小さく,遊泳力が非
常に弱い(この状態の魚を仔魚という。ため,仔魚の産卵場所か


ら成育場所への移送には潮流が利用されている。本件潮受堤防の締切り後,諫早湾内において潮流や流向の変化が観測されている。仔魚は,ほんのわずかの流れの違いにより本来の成育場所へ移送されないことがあり,本来の成育場所へ移送されない仔魚は,成育条件が整ったところにたどり着けないことから,結局死んでしまい,魚
類資源の減少を来している。
また,前記ウ

のとおり,本件潮受堤防の締切りによって,シャ

ットネラ赤潮を含む赤潮が増加したところ,仔魚の移送経路に諫早湾がある場合,仔魚は,シャットネラ赤潮によって死んでしまう。⒞

成長後の季節回遊を十全化させる環境の悪化
魚類は,各生活史を送るに適した諸条件を備える場所を求めて,
産卵や越冬などをする季節回遊を行うところ,①餌生物の減少,②諫早湾内の水質環境と底質環境の悪化により,成魚の季節回遊を十全化する成育環境が悪化した。

すなわち,①本件潮受堤防の締切りにより,潮流や底質環境が変化し,魚類の季節回遊を支えてきた餌生物が減少した。そのため,
魚類が餌を十分に摂取することができないため,越冬できなかったり,十分に成長できなかったりするなど,資源量を決める大本である産卵に悪影響を及ぼす。また,②魚類の回遊経路に諫早湾が含まれるところ,諫早湾においては,前記

ないし

のとおり,本件

潮受堤防の締切りによって赤潮や貧酸素水塊が発生するとともに底
質環境の悪化が生じており,諫早湾を回遊する魚類に悪影響を及ぼしている。
b
本件潮受堤防の締切りによって,漁船漁業の漁場環境が悪化したことは,次のとおり,魚類の漁獲量が,本件事業への着工以後,有意に
減少していることによって裏付けられている。小長井町漁協の漁船漁業の漁獲量は,別紙15③小長井町漁協・魚類
(甲E102[4
頁])のとおりであり,本件事業着工後の平成6年には過去最低水準の76トン(昭和59年)を下回り,以後,これを上回ることなく漁獲量は低迷し,本件締切り後は,6ないし27トンと低迷している。
また,瑞穂漁協の漁船漁業の漁獲量は,別紙16瑞穂漁協
(甲E
103)のとおりであり,主力魚種のタイラギが本件事業着手後に採れなくなり,アサリや魚類の漁船漁業に転換せざるを得なくなったにもかかわらず,魚類の漁船漁業の漁獲量は上がっておらず,平成17年には19トンとなっている。国見漁協の漁船漁業の漁獲量は,本件
事業着手後に徐々に減少し,特に本件締切り後に激減した。
ノリ養殖業について
ノリの生育には,①栄養塩(窒素,リン,カリウム等を含む無機化合物)が供給されること,②ノリが排泄する老廃物質が,海水交換としての流れによって取り除かれること,③淡水の影響を受けないこと,④赤
潮の発生によって栄養塩が消費しつくされないことが必要である。ところが,次のaないしdのとおり,本件潮受堤防の締切りによって,諫早
湾内におけるノリ養殖業の漁場環境が悪化した。
a
栄養塩の減少
本件潮受堤防の締切り以前は,本明川を中心とする河川から栄養塩が供給され,それが潮流によって拡散されていた。しかし,本件潮受堤防の締切りにより,本明川は,直接諫早湾に流れ込むのではなく,
一旦本件調整池で滞留してから,排水により諫早湾に流れ込むことになった。そのため,栄養塩は本件調整池内の植物プランクトンに消費されてしまい,諫早湾内のノリ養殖場への供給量が減少して,ノリの生育が阻害されるようになった。また,前記イ

のとおり,本件潮

受堤防の締切りによって諫早湾内の潮流速が低下したことで,栄養塩
の拡散がかつてほど進まなくなった。
b
潮流速の低下
前記イ
流速が低下したところ,これにより,海水交換の作用が低下し,ノリが排泄する老廃物質の除去が滞って,ノリの生育が阻害されるように
なった。
c
本件調整池からの排水による影響
本件調整池からの排水は,諫早湾外の近傍場まで到達するため,その途中に位置する諫早湾内のノリ養殖場を通過する。これにより諫早湾内に流入する淡水は,河川から流入する淡水とは異なり,河口付近
で徐々に海水と混ざることなく一度に排水されるため,海水で生育するノリの養殖場に淡水が大量に流入することになり,ノリの生育が阻害されるようになった。
d
赤潮の発生
前記ウ
いて赤潮が増加したところ,赤潮は植物プランクトンの大量発生であ
ることから,ノリの生育に必要な栄養塩が消費されつくしてしまい,ノリの生育が阻害されるようになった。

原告らの個別の漁業被害
前記

のとおり,漁業行使権侵害(漁業被害)の立証としては,漁場環

境の悪化の事実だけで足りるが,原告らの個別の漁業被害は漁場環境の悪化を推認させる事実であり,この点についての原告らの主張は,別紙17個別の漁業被害の原告らの主張欄記載のとおりである。
【被告の主張】
漁業行使権侵害の意義について

漁業権及び漁業行使権の本質は,一定の期間・漁場において漁業を営むことにあり,権利の目的たる利益の性質は,経済的利益(財産権)である。このように漁業権ないし漁業行使権が財産権である以上,原告らが本件事業によって漁業行使権が侵害されているといえるためには,端的に原告らの経済的利益が損なわれていること,すなわち,個々の原告らが現に従事する漁業
について漁獲量の減少が生じていることを,原告らそれぞれについて個別に具体的数値をもって証明しなければならず,漁場環境の悪化のみでは足りない。
なお,原告らは,漁業権行使規則に定める資格を満たしさえすれば,現在行っていない種類の漁業についても,漁業被害が認められ得ると主張するが,
前記のとおり,漁業被害とは漁獲量の減少をいうのであるから,現在行っていない種類の漁業の漁業被害を観念することはできない。したがって,漁業行使権に基づく物権的請求権が認められ得るのは,原告らが現に行っている漁業に限られる。
また,本件3漁協への加入が本件潮受堤防の締切り後である原告らについ
ては,本件潮受堤防の締切りによる漁獲量の減少を観念することができず,本件潮受堤防の締切りによる漁業行使権の侵害もない。

漁業行使権侵害と本件潮受堤防の締切りとの因果関係について

総論
諫早湾においては,昭和50年代からの長期的な漁獲量の減少傾向がみられる。原告らが主張するように,本件潮受堤防の締切りによって原告らに漁業被害(漁獲量の減少)が生じたのであれば,本件3漁協の漁獲量の
統計において,平成元年の本件事業の着工や平成9年の本件締切り以降,漁獲量の減少傾向が強まるなどの傾向がみられるはずであるが,本件3漁協の漁獲量(魚類,タイラギ,アサリ,養殖カキ)の推移にはそのような傾向はみられない。環境モニタリング調査等によれば,本件締切りの前後で,諫早湾内の海域環境の変化は認められていないか,或いはほとんど変
化がなかったのであり,このような海域環境の変化によって,原告らの主張するような漁場環境の悪化が生じたとは認められない。むしろ,諫早湾における長期的な漁獲量の減少傾向は,本件潮受堤防の締切り以外の複数の要因により引き起こされた可能性が考えられるが,原告らはその可能性を排斥できていない。


本件潮受堤防の締切りによる諫早湾の環境変化について
海域環境の変化について
被告が平成元年から行っている環境モニタリング等の実証的な研究によって,本件締切り前後で諫早湾の海域環境に変化がなかったこと,或
いは,ほとんど変化しなかったことが明らかにされている。
具体的には,環境モニタリングの結果,諫早湾において,水質汚濁の指標となる化学的酸素要求量(COD)
,富栄養化の指標となる全窒素
(以下T―Nと表記することがある。
)及び全リン(以下T―P
と表記することがある。,底質の悪化の指標となる硫化物,底質の堆積)

状況の目安となる中央粒径値(Mdφ)
,水質や底質の環境変化を示す
バロメーターである水生生物や底生生物の種数は,本件締切りの前後で,
いずれも変化がないか,或いは,ほとんど変化がなかった。諫早湾における海域環境の変化がなかったか,あったとしても限定的であったことは,被告が平成20年3月に諫早湾干拓事業環境影響評価のレビューに加え環境モニタリングの結果等を踏まえて本件事業による諫早湾への影響を取りまとめた諫早湾干拓事業環境影響評価レビューのフォローアップ報告書(乙E26。以下フォローアップ報告書という。
)や,
平成29年委員会報告の潮汐,潮流及び底質環境の変化に係る報告においても,確認されている。
潮流速の低下及び成層化について
本件潮受堤防の締切りにより諫早湾内の潮流速が低下し,成層化しや
すくなったということはない。
a
潮流速に関し,これに影響を及ぼす潮汐の潮位差の減少傾向は,月の引力による潮位変動の振幅の減少が有明海においても諫早湾においても主な原因であり,本件締切りが潮流に与えた影響は,諫早湾内から島原半島沿いの限定された海域に限られ,その程度も極めて小さい
ものである。
b
成層化は,海水の入れ替わりが緩慢な閉鎖性海域においては,夏季を中心に大雨による河川流入量の増大及び晴天が続くことによる水温の上昇等の気象条件が重なることにより頻繁に発生するものであり,
諫早湾に限って発生する現象ではない。仮に本件潮受堤防の締切りによって成層化が引き起こされているとすれば,本件締切りの前後において,諫早湾の各層の海水密度に顕著な差がみられるはずであるが,このような変化は認められなかった。
本件調整池から諫早湾の表層に淡水が排水され,表層と底層の塩分
濃度の差が広がることにより,成層化が促進されたということもない。すなわち,本件各排水門からの排水拡散状況についての調査結果によ
れば,排水の影響による塩分濃度の低下は諫早湾湾奥部から湾央部までの限られた範囲においてしか生じず,それも排水終了後には解消するのであるから,本件調整池からの排水によって成層化が促進されることはない。
本件調整池からの排水による影響について

前記

のとおり,諫早湾においては,本件締切りの前後で,COD,

T―N及びT―P等の海域における水質汚濁の評価に利用される指標の測定値に特段の変化はみられなかった。また,本件調整池について同様の指標をみても,有明海に流入する河川等と比較して特段悪い状況にはないし,本件調整池におけるアオコの発生日数が他の大規模な淡水性湖
沼と比較して多いともいえない。したがって,本件調整池からの排水ないし本件潮受堤防の締切りによって,諫早湾内の水質が悪化しているとはいえない。

本件潮受堤防の締切りによる漁場環境の悪化について

か,あったとしてもほとんどなかったから,原告らの主張するような漁場環境の悪化を引き起こすほどのものではなかった。
次のとおり,赤潮の発生,貧酸素水塊の発生,底質環境の悪化という現象は,いずれもその存在が認められないか,仮に認められたとしても本件潮受堤防の締切りによって発生したものではなく,他の原因によるものである。
赤潮の発生について
a
本件潮受堤防の締切りにより赤潮が発生しやすくなったということはない。

まず,赤潮の発生件数の増加は,平成10年頃に,着色の認められない程度のものであっても赤潮として報告するよう検知方法の運用が
変更されたことに伴い,発見機会が増大したことによる可能性があることが指摘されている。
b
本件調整池内でDIN/DIP比やDIN濃度が減少したことにより,諫早湾内でシャットネラ赤潮が増加したともいえない。すなわち,DIN/DIP比やDIN濃度の減少が植物プランクトンの種類を変
化させると認めるべき科学的根拠は存在しないこと,本件締切り後に本件調整池内のDIN/DIP比やDIN濃度が減少傾向にあるとは認められないこと,本件調整池と諫早湾内のDIN/DIP比やDIN濃度は連動しておらず,諫早湾内に流入する栄養塩のほとんどは諫早湾外の有明海から流入したものであり,その起源は筑後川等の河川
水であること,シャットネラ赤潮の発生件数や時期とDIN/DIP比の推移に関連性は認められないことなどからすると,本件調整池からの排水によってシャットネラ赤潮が増加したとはいえない。
c
近年の人口及び産業の集中等に伴い,窒素,リン等の栄養塩類が海域へ流入し,富栄養化が進むことによって植物プランクトンが大量発生し,赤潮の発生が増加している。
諫早湾や有明海では,赤潮の増加傾向がみられるものの,本件事業への着手や本件締切りのあった年にも諫早湾の赤潮発生件数の著しい増加はみられず,本件締切りの後の平成15年以降に減少傾向に転じ
たこともある。また,八代海においても,同様に赤潮の増加傾向がみられる。そうすると,諫早湾や有明海における赤潮の発生の要因は八代海と共通の要因であると考えられ,赤潮の増加が本件潮受堤防の締切りの影響であるとはいえない。
以上によれば,諫早湾における赤潮の増加は,有明海全体や八代海
と共通する要因によって招来されたと考えるべきである。以上に加えて,赤潮の増加傾向の原因はいまだ解明されておらず,降雨,日射量
等の自然現象や諫早湾外からの栄養塩の流入という複数の他要因が指摘されていることを考慮すると,諫早湾における赤潮の増加が本件潮受堤防の締切りによって引き起こされたとはいえない。
貧酸素水塊の発生について
本件潮受堤防の締切りにより貧酸素水塊が発生しているとはいえない。すなわち,一般に,河川から流入するCOD(化学的酸素要求量)負荷の増大や赤潮の発生により異常に増殖したプランクトンが死滅して海底に沈降し,底質中のCOD,窒素,リン等の有機物が増加し,これらの有機物がバクテリアによって分解され,溶存酸素濃度が急激に低下す
ることにより発生するとされている。
しかしながら,貧酸素水塊の発生については,前記の点だけでは説明することができず,その発生機序や原因がいまだ解明されておらず,日射量,降雨,風向及び風量等の自然現象が重要な要因であることが指摘されていることや,有明海湾奥部において本件潮受堤防の締切りとは無
関係に発生した貧酸素水塊が諫早湾に移流し,諫早湾内で貧酸素水塊を形成することが確認されていることからすれば,諫早湾における貧酸素水塊の発生が本件潮受堤防の締切りによって促進されているとはいえない。
また,一般に,海水の入れ替わりが緩慢な閉鎖性海域では,河川から
の流入や降雨などによる淡水が表層に停滞しやすく,表層水の水温が上昇しやすいため,上層の海水密度が小さくなる傾向にあるところ,洪水時に大量の淡水が海域に流入したときや夏季の高温時に,広い範囲で表層とその下層の密度に差が生じる成層化が発生する。成層化が起こると,風波や潮汐による鉛直方向の海水の動きが底層まで伝わりにくくなるた
め,底層における海水流動が低下し,有機物が底質に堆積しやすくなり,低層における貧酸素水塊の発生の原因となり得る。成層化は,一度起こ
ると台風などによる強い鉛直方向の攪拌が起こらない限り,長期にわたって継続することから,貧酸素水塊が継続する要因として指摘されている。このような現象は,他の閉鎖性海域においても気象条件が重なることにより頻繁に発生しており,諫早湾を含む有明海に限って生じうる現象ではない。
底質環境の悪化について

環境に変化はなく,本件潮受堤防の締切りによって底質環境が悪化したということもない。
底質が細粒化すると,砂質を好む魚介類がその生息場所を移したり,底生生物の種が入れ替わったりするという変化が起こると考えられているが,底質の細粒化は,河川からの土砂供給が河川工作物の設置等により減少するとともに,海域からの河川感潮域へのシルト粘土の堆積が相対的に増加することなどを要因として生じていると考えられている。
また,内陸部の都市化,農薬使用等に伴う河川流入負荷の増大,赤潮により増殖した植物プランクトンが海底に沈降,堆積することにより底質中のCOD(化学的酸素要求量)
,窒素,リン等の有機物が増加する
こと,貧酸素水塊が発生し,底質が嫌気的環境になり硫化物が増加することが底質環境の悪化の一因であると考えられているが,これは,諫早
湾を含む有明海特有の要因ないし傾向ではない。
他の要因の存在
特定の結果発生につき,複数の要因が合理的に考えられる場合には,加害行為として主張されている要因以外の他要因の不存在もまた,因果関係の存在について立証責任を負っている原告らにおいて,高度の蓋然
性をもって立証しなければならない。漁獲量の長期的な減少傾向は,本件事業の着工以前から,有明海のみならず,八代海及び瀬戸内海等の全
国の漁場において一様にみられる現象である。その要因としては,次のとおり,全国的に共通する要因や有明海に特有の要因が指摘されている。また,原告らが本件潮受堤防の締切りにより生じた漁場環境の悪化として主張する赤潮,貧酸素水塊及び底質環境の悪化等については,他の閉鎖性海域においても確認されている現象であり,本件潮受堤防の締切り以外の閉鎖性海域に共通する原因によって生じたと考えられる。
a
過剰な漁獲圧(乱獲)
全国的に過剰な漁獲圧(乱獲)が指摘されており,諫早湾を含む有明海においても,漁獲圧の問題が危惧されている。

b
温暖化による海水温の上昇
海水温は,0.1℃変化しただけで海洋生態系に大きな影響を与えるとされており,アサリは水温が上がると繁殖力が落ちるとの指摘がされている。そして,全国的にみても温暖化による海水温の上昇傾向がみられるところ,有明海においても年平均水温は長期的に高くなる傾向を示している。

c
貝類特有の減少要因(ナルトビエイ,ウイルス,寄生虫,漁獲圧等)貝類特有の減少要因としては,海水温の上昇に伴って生息域を拡大させたナルトビエイによる食害や,ウイルス及び寄生虫の影響が指摘されており,とくにナルトビエイによる食害は,アサリやタイラギ資源の減少の大きな要因の一つであるとされている。また,タイラギに
ついては,過剰な漁獲圧が主因であるとされている。
d
有明海特有の減少要因(ノリの酸処理剤,河口堰,熊本港の新設,廃坑の陥没,漁業者数の減少等)
有明海特有の要因としては,ノリの酸処理剤(ノリの葉体や網に付
着する珪藻類や細菌類などの雑物を除去するため,有機酸が主成分の酸処理剤を,pH2.0ないし2.5になる程度に海水で薄め,これ
にノリ網を5ないし10分間漬け込むことで,ノリの健全度や品質の向上を図っているが,過剰な使用がされた場合,底質の富栄養化の原因となる可能性がある。
)のほか,河口堰による河川感潮域の環境変
化,新設の熊本港による潮流の遮断,廃坑となった炭坑の落盤による有明海湾奥部の浅海底の陥没が指摘されている。

また,本件3漁協の正組合員数は,平成9年度末から平成30年度末までの間に,231名から151名まで減少しており,このような漁業者数の減少も漁獲量の減少に影響していると考えられる。

本件潮受堤防の締切りによる漁業種ごとの漁場環境の悪化及び漁業被害について
アサリ養殖業について
本件潮受堤防の締切りにより諫早湾内で貧酸素水塊や赤潮が発生した結果,アサリの斃死が発生したということはなく,本件潮受堤防の締切りによってアサリ養殖業の漁場環境が悪化したこともない。

すなわち,前記

のとおり,本件潮受堤防の締切りによって赤潮が

増加したとは認められない。この点を措いても,仮に赤潮がアサリの斃死を生じさせているのであれば,赤潮の発生日数が増えればアサリの漁獲量は減少するはずであるところ,赤潮(シャットネラ赤潮を含む。)
の発生日数とアサリの漁獲量及び被害額との間には相関関係がない。また,原告らが本件潮受堤防の締切り後に発生したアサリ大量斃死の事例として挙げる平成16年及び平成19年のアサリの斃死については,後記a及びbのとおり,これらはいずれも本件潮受堤防の締切りによって生じたものではない。そもそも,アサリは貧酸素耐性を有しており,アサリの斃死原因としては貧酸素化以外にも様々なものがあると指摘さ
れているところであって,アサリ斃死の原因は科学的データ及び知見の得られる一部の事例を除きいまだ解明されていないことに照らせば,本
件潮受堤防の締切りによってアサリ養殖業の漁場環境が悪化したとはいえない。
a
平成16年のアサリ斃死事例について
平成16年のアサリ斃死事例においてアサリが斃死した場所は,小長井町漁協のアサリ漁場の中でも,本件潮受堤防からもっとも遠い釜
地区であり,風,潮汐,赤潮,塩分濃度差による密度流等の自然条件が影響し合って斃死が発生したものである。本件潮受堤防の締切りがこのような自然条件に影響を与えたということはできないから,本件潮受堤防の締切りによって平成16年のアサリ斃死が生じたものとはいえない。

シャットネラ赤潮が貧酸素化を引き起こしたことがアサリ斃死の原因であるということもない。なぜなら,シャットネラ赤潮は単独でアサリ斃死をもたらすものとはされておらず,自然条件による影響が伴ってはじめてアサリの成育に影響を及ぼすものであるからである。b
平成19年のアサリ斃死事例について
エスチュアリー循環は,常時相当量の河川水が海域に流れ込む河口域で生じ得る現象とされている。本件潮受堤防のように,適時に一定量だけを排出する場所においてエスチュアリー循環という現象が生じるのか,仮に生じるとしても,底層の水塊が表層まで上昇した後に湾
口部に向かって移流することがあるかは全く不明であるが,約350万トンの排水がされた際にもエスチュアリー循環がみられなかったことに照らせば,平成19年8月25日昼頃に約460万トンの排水がされた際にもエスチュアリー循環が生じたとは考え難い。むしろ,平成16年のアサリ斃死事例と同じく,自然条件が影響し合って斃死が
発生した可能性が高く,本件潮受堤防の締切りによって平成19年のアサリ斃死が生じたものとはいえない。

タイラギ漁業について
本件潮受堤防の締切りによって,底質環境の悪化,すなわち浮泥の堆積が進行したことや,底層の貧酸素化が進行したことにより,タイラギの成育が阻害され,タイラギ漁業の漁場環境が悪化したということはない。すなわち,後記a及びbのとおり,本件潮受堤防の締切りによって底質環境の悪化や底層の貧酸素化が進行したとは認められない上,タイラギ漁獲量減少の原因となり得る要因としては,底質環境の悪化や貧酸素化以外にも様々なものがあると指摘されているところであって,漁獲量減少の原因はいまだ解明されていないことに照らせば,本件潮受堤防
の締切りによってタイラギ漁業の漁場環境が悪化したとはいえない。また,本件3漁協におけるタイラギの漁獲量の推移は,本件事業着工後の平成2年にそのピークを迎えていること,タイラギの漁獲量がピークを迎えた後にほとんど漁獲がなくなるという現象は,有明海全体に共通するものであること,増減を繰り返しつつ長期的に減少していくとい
う漁獲量の傾向は八代海においてもみられることに照らすと,諫早湾におけるタイラギ漁獲量の減少は,本件潮受堤防の締切り以外の,有明海全体や八代海と共通する要因によって引き起こされたものと考えるのが自然である。
なお,本件締切りの前である平成5年度の漁期からタイラギ漁が休漁
となっていることの原因が,採砂,サンドコンパクションパイル打ち込み等の本件締切り前に行われた工事によるガタ土の堆積や濁りの発生という底質環境の悪化及び底層の貧酸素化である旨の原告らの主張について,サンドコンパクションパイルの打ち込みによってガタ土が堆積したことを示す客観的根拠はない上,打ち込み工事のあった平成元年の翌年
の平成2年には小長井漁業地域で過去最高の豊漁を記録していることに照らせば,同工事によって底質環境が悪化したとは認められない。また,
タイラギは,濁りへの耐性が強く,そもそも諫早湾では自然現象により日常的に水中の濁度が上昇していることに加え,被告は,採砂工事に当たり,できる限り濁りが出ないような工法をとり,濁りの拡散防止を実施した。さらに,採砂地で窪地ができ,貧酸素水塊が発生したという点については,科学的データないし知見に基づくものではないし,環境モニタリングの結果等によれば,採砂地が特段貧酸素化しやすいとか,貧酸素水塊の主要な発生場所になっているとはいえない。
a
底質環境の悪化について
本件潮受堤防の締切りにより底質の泥化が進行したことによって,
タイラギの成育が阻害され,漁場環境が悪化したとはいえない。すなわち,環境モニタリング調査の結果によれば,本件締切りの前後で諫早湾の底質の中央粒径値(Mdφ)に変化はみられないから,諫早湾の底質が泥化したとはいえないし,仮に泥化が進行していたとしても,それは数十年以上前から有明海全体にみられる傾向であり,しかも,
その原因は筑後川からの流入物質の変化にあると考えられているのであるから,本件潮受堤防の締切りによって生じたとはいえない。さらに,泥分率が極めて高い海域でタイラギの豊漁が確認されていることや,わずかでも底質に砂粒等が残っていればタイラギの生存は可能であるとされていることに照らせば,中央粒径値や含泥率によって評価
される泥化が直ちにタイラギの斃死を生じさせるとはいえない。
原告らは,底質環境の悪化に関しては,単に砂の中央粒径が小さくなる細粒化ではなく,浮泥の堆積が問題となると主張するが,浮泥厚,すなわち,海底表層部分にある極めて密度が細かく流動性の高い海底に沈降するが圧密していない状態のものの厚さは,6mmを超えると
タイラギの成育に影響すると指摘されているところ,浮泥厚の分布状況は調査の時期によって全く異なること,浮泥厚は筑後川から流入す
る懸濁物質の量に影響を受けているとの調査結果が出されていることに照らすと,本件潮受堤防の締切りと浮泥の堆積とは何ら関連性がない。
b
底層の貧酸素化について
本件潮受堤防の締切りにより底層の貧酸素化が進行したことによって,タイラギの成育が阻害され,漁場環境が悪化したということもない。前記ウ

のとおり,本件潮受堤防の締切りによって貧酸素化が生

じたとはいえないからである。
カキ養殖業について
小長井町漁協では平成11年度から,瑞穂漁協では平成14年度から,カキ養殖業に取り組み始めたものであり,これらのカキ養殖業が本件締切り後に,その状況を前提として開始されたことからすれば,本件潮受堤防の締切りが原因となって,小長井町漁協及び瑞穂漁協のカキ養殖業における漁獲量の減少が生じたという関係にはない。

この点を措いても,長崎県有明海区のカキ収穫量は,平成11年から平成18年までほぼ右肩上がりに増大しているのであり,原告らが主張するように毎年のように斃死が発生しているとはいえない。また,二枚貝の養殖においては,貧酸素或いは低塩分の状況にない場合であっても,成長に伴う減耗を原因とする斃死が一定の割合で不可避的に生じるもの
である上,平成19年に減少したカキの漁獲量はその後回復しており,本件潮受堤防の締切りとは全く無関係に増減していること,平成24年の斃死の原因は不明というほかないことに照らせば,本件潮受堤防の締切りによってカキの大量斃死が生じているなどとはいえず,貧酸素化或いは低塩分によってカキの漁場環境が悪化しているとの原告らの主張も,
後記a及びbのとおり理由がない。長崎県有明海区におけるカキの漁獲量が長崎県全体の漁獲量と極めて似通った推移で増減していることを考
慮すると,諫早湾におけるカキの漁獲量の増減は,長崎県全体に共通する要因によって生じていると考えるのが自然である。
a
貧酸素化について
前記ウ

のとおり,本件潮受堤防の締切りによって諫早湾内におい

て貧酸素化が進行したとはいえないから,本件潮受堤防の締切りによ
って,諫早湾内において貧酸素化が進行し,カキの大量斃死の原因となっているということはない。
b
低塩分について
本件調整池からの排水によって,諫早湾においてカキの至適塩分を
下回る低塩分が発生している旨の原告らの主張について,原告らが主張する25.3ないし33.7psuという数値がカキの適塩分域ないし至適塩分域として定説となっているものではない。また,仮に原告らの主張する至適塩分を前提としても,排水終了直後にはカキの至適塩分に回復していることが認められる上,湾内の塩分の低下の原因
としては,降雨やそれに伴う有明海湾奥部からの低塩分水の流入が挙げられるから,原告らの主張は当たらない。なお,カキの斃死については,高水温の影響も指摘されているが,原告らの主張は,これらを一切論じておらず,恣意的である。
漁船漁業について

本件3漁協の漁獲量は昭和50年以降長期的な減少傾向にあり,増減を繰り返しつつ緩やかに減少していたところ,本件締切りのあった平成9年から平成11年までは増加傾向を示していたこと,各漁協の個別の漁獲量の推移を見ても,漁獲量の減少は本件事業の着工以前から生じているか,本件締切り後にも本件締切り前と同程度かそれ以上で推移して
いることからすれば,本件締切りによって,漁船漁業の対象となる魚類に被害をもたらしたとはいえない。

本件潮受堤防の締切りによって,産卵場所及び魚類初期成育場所の一部消滅,成育場への仔魚の移送機構悪化,成長後の季節回遊を十全化させる環境の悪化という漁船漁業の漁場環境の悪化が生じた旨の原告らの主張について,その根拠とするFの供述は,調査や分析が不十分であったり,漁獲量統計の見方が偏っているなど,科学的知見としての信用性を欠いている。また,原告らが,魚類の成長後の季節回遊を十全化させる環境が悪化したと主張するに当たり前提とする,赤潮の増加,貧酸素水塊の発生,諫早湾の底質環境の悪化という漁場環境の悪化が本件潮受堤防の締切りに起因するものではないことは,前記ウのとおりである。ノリ養殖業について

ノリの生育に影響を与える要素は気象条件,海象条件等の多岐にわたり,特に気象条件による影響が大きい。栄養塩の供給等の海象条件は気象条件の微妙な違いによって大きく変化することからも,気象条件に関する精緻な検討を経ることなく,ノリ養殖業の収穫量の減少を本件潮受堤防の締切りに起因するものと結論付けることはできない。原告らは,本件潮受堤防の締切りによってノリ養殖業の漁場環境が悪化したと主張するが,次のとおり理由がない。
a
栄養塩の減少について
本明川から供給される栄養塩が本件調整池内で消費されることで,
諫早湾の栄養塩が減少した旨の原告らの主張について,諫早湾に流入する淡水ないし栄養塩の大半は,本件調整池からの排水ではなく,有明海から流入するものであり,その供給源は筑後川等の河川水にあるから,前提とする事実が誤っている。また,ノリ養殖が行われる10月頃から3月頃までは,有明海湾奥部の水が有明海湾央部を介して諫
早湾に流入するところ,有明海湾奥部の栄養塩濃度は,筑後川等の河川からの流入負荷量の増減のほか,珪藻類による赤潮や佐賀県及び福
岡県におけるノリ養殖によっても増減するものであるから,これらの点について精緻な検討を経ることなく,栄養塩の減少を本件潮受堤防の締切りに起因するものと結論付けることはできない。さらに,本件調整池内の栄養塩が経年的に減少しているとの傾向は認められず,本件調整池と諫早湾の栄養塩濃度の変動に関連性も認められないから,
本件調整池内の栄養塩が減少したことにより諫早湾内の栄養塩が減少したなどとはいえない。
b
潮流速の低下について
本件潮受堤防の締切りによって諫早湾の潮流速が低下したことで,海水交換の作用が低下し,ノリの生育が阻害される旨の原告らの主張
について,本件潮受堤防の締切りによる潮流速への影響は同一の海域内でも一律ではなく,ノリ養殖場の立地,地形条件,出水の有無,潮汐等によって異なってくるものであるところ,原告らのノリ養殖場の立地も明らかではなく,当該養殖場における潮流速の具体的な変化やそれがノリの生育にいかなる影響を及ぼすものであったかも明らかで
はないから,潮流速の低下によってノリの生育が阻害されたとはいえない。
c
本件調整池からの排水による影響について
本件調整池から排水される淡水がノリの養殖場に流入することでノ
リの生育が阻害される旨の原告らの主張について,ノリ養殖には通常の外海の塩分濃度よりもやや低い塩分濃度が適しており,本件調整池からの排水による淡水の流入は,河川水に含まれる栄養塩が供給されることも相まって,むしろノリ養殖にとって良い影響を与えるものである。この点を措いても,原告らのうち,現にノリ養殖業を営む者の
漁場は諫早湾湾央部に位置するところ,本件調整池からの排水は湾央部に到達するまでに下げ潮と上げ潮によって海水と混合されることか
ら,湾央部で営まれるノリ養殖業に影響を与えることはない。
d
赤潮の発生について
本件潮受堤防の締切りによって増加した赤潮により,ノリの生育に必要な栄養塩が消費しつくされてしまう旨の原告らの主張について,前記

のとおり,本件潮受堤防の締切りによって諫早湾における赤

潮が増加したとはいえないから,前提を欠く。

原告らの個別の漁業被害について
原告らは,個別の漁業被害の発生を具体的に立証できていない。この点に関する原告らの各陳述録取書は,客観的裏付けを欠いている上,本件3漁協からの調査嘱託回答書に記載された原告らの個別の漁獲量の記録や本
件3漁協の漁獲量の推移(平成元年の本件事業の着工や平成9年の本件締切り以降に漁獲量の減少傾向が強まるなどの傾向はみられない。
)とも矛
盾しているため,信用性の低いものである。
4
本件事業(特に本件潮受堤防の締切り)の違法性

【原告らの主張】
違法性の考慮要素及び判断枠組みについて

違法性及び公共性の位置付け並びに主張立証責任について
人の生命,身体及び健康等の身体的人格権の侵害の場合には,被害の程度や侵害行為の態様の如何を問わず差止請求が可能とされているところ,
漁業行使権は,漁業を営む権利である以上,漁業に基づいて生きていくことまでその内容としており,身体的人格権の側面ないし生活の基盤を維持する権利としての平穏生活権の側面も含まれている。そして,本件潮受堤防の締切りによる漁業行使権の侵害は,前記のとおり漁業行使権の内容であるところの原告らの身体的人格権ないしは平穏生活権にまで及んでいる
のであるから,本件においては公共性を違法性判断の要素として考慮すべきではない。

仮に,公共性が違法性判断の要素となるとしても,物権的請求権は権利の円滑な実現が妨げられただけで当然に発生するものであるから,違法性要件は,物権的請求権の成否の問題ではなく行使要件(違法性阻却事由)の問題となるのであり,その主張立証責任は被告が負う。

違法性の判断枠組みについて
本件において,物権的請求権の行使要件として公共性を含めた利益衡量を行う場合,その判断は,①本件事業(特に本件潮受堤防の締切り)が地域住民の日常生活の維持存続に必要か,②一部周辺住民が本件事業(特に本件潮受堤防の締切り)によって利益を受けているとしても,その利益とこれによる被害との間に,後者の増大に必然的に前者の増大が伴うという
ような彼此相補の関係があるか,③被告において,本件事業(特に本件潮受堤防の締切り)が周辺住民(漁業者)に及ぼす影響を考慮し,当初から対策を講じた場合,当該対策がいかなる効果を上げているかという要素について,被告が主張立証責任を尽くしているかという観点から慎重に検討し,尽くされていない場合には違法であると判断すべきである。

違法性について

被侵害利益の性質及びその内容について
前記⑴アのとおり,漁業行使権は,漁業を営む権利として,生命,身体及び健康等の身体的人格権の側面ないし生活の基盤を維持する権利として
の平穏生活権の側面も含まれている。また,漁業行使権は,歴史的にみて,漁民自らが獲得してきた固有性,不可侵性を有しており,単なる財産権や経済的利益として評価できるものではない重要な権利である。原告らは,平成9年に行われた本件締切り以降,日々このような重要な権利を侵害されており,原告ら以外にも漁業を廃業した者もいるが,新干拓地における
営農者は漁業者に比して従事者数も従事期間も少ない。また,原告らの損害と本件事業及び本件潮受堤防の締切りによって得られる利益との間に,
そもそも前者の増大に必然的に後者の増大が伴うというような彼此相補の関係もない。

本件事業,とくに本件潮受堤防の締切りに公共性ないし公益上の必要性がないことについて

ケース1の場合であっても,本件開門操作を実施しないことに公共性はなく,ケース3-2の場合は,防災機能にも何らの影響もない上,営農とも両立するものであるから,本件潮受堤防の締切りの公共性ないし公益上の必要性は皆無である。
本件潮受堤防の果たす防災機能及び本件事業の営農効果について
本件事業,とくに本件潮受堤防の果たす防災機能及び本件事業の営農
効果は,限定されたものであり,本件潮受堤防の締切りには高度の公共性ないし公益上の必要性はない。
a
本件潮受堤防の果たす防災機能について
高潮時の防災機能及び洪水時の湛水被害軽減機能について

本件潮受堤防が高潮時の防災機能を有するとしても,高潮の襲来
は事前に予測できるから,高潮の襲来が予測される場合に本件各排水門を閉門すれば足り,本件各排水門を常時閉鎖しておく必要はない。
また,諫早水害誌は,諫早市街地等における過去の降水記録等か

ら本明川計画高水流量を求め,河口において1450㎥/sの流量と算出した上で,同流量では,本明川河口から2km遡った地点の水位は,河口の潮位にかかわらず一定としている。したがって,本明川河口から3.5km以上離れている諫早市街地の本明川水位は,洪水時にも河口(諫早湾)の潮位の影響を受けないため,本件潮受
堤防は,諫早大水害で多くの死者が出た諫早市街地における洪水被害防止とは関係がない。諫早市街地における洪水被害の防止は河川
の治水対策(河川の氾濫防止)によるほかなく,本明川河口から2km上流までの地域の洪水被害防止も,基本的には治水対策によって行われるべきものである。

常時排水効果及び排水施設の管理作業軽減機能について
背後低平地においては,本件潮受堤防の締切り以前も,平常時
(晴天時ないし災害には至らない降雨時)には湛水被害は生じていなかったのであるから,本件開門操作を実施しても平常時の排水に支障を来すことはない。そして,非常時(洪水時)において,本件調整池の水位管理は,大雨の初期にこそ旧干拓地の排水を容易にす
る効果が認められるものの,大雨が続くとむしろ湛水被害を増加させる可能性がある。すなわち,本件調整池の水位よりも本件潮受堤防外側の潮位が高い場合には本件調整池の水を外海へ排水することができないから,大雨が続くと本件調整池の水位が高くなり,旧干拓地は雨水を本件調整池に排水することができないどころか,逆に
本件調整池の水が旧干拓地に逆流することになる。加えて,本件各排水門の延長が250mしかなく,本件調整池から外海への排水に時間がかかるため,潮位が下がって排水が可能となってもなかなか本件調整池の水位が下がらず,湛水被害が長引く要因となり,実際に,本件潮受堤防の締切り前の15年間では湛水被害が7回しか発
生しなかったのに,本件潮受堤防の締切り後の11年間で17回も発生している。背後低平地における洪水時の湛水防止は,本件開門操作を実施するか否かに関わらず,排水機場を設置して排水を行うほかない。
また,被告は,本件潮受堤防により,排水施設の管理作業(水み

ちの確保)が大幅に軽減されたと主張するが,仮に本件開門操作を実施することにより排水樋門の前面にガタ土が堆積することがある
としても,定期的に重機で取り除けば背後低平地の常時排水に何ら支障はない。
b
営農に与える効果について
次のとおり,新干拓地は優良農地ではなく,本件事業に高い営農効
果はない。
農業用水に使用する本件調整池の水質が劣悪である上,自由な使
用を制限されていること
本件調整池の水質は,水質汚濁の指標となる化学的酸素要求量
(COD)
,浮遊物質量(SS)
,全窒素(T―N)及び全リン(T
―P)の数値について,基準を下回っており劣悪であり,水域の富
栄養化の指標生物であるユスリカやホテイアオイが異常発生して繁殖し,有毒なミクロシスチン等を含むアオコが毎年発生していることからも明らかである。アオコが発生した水をレタスやキャベツなどの農作物の栽培に使用すると,農作物に有毒物質が吸収され,残留するところ,水質の劣悪な本件調整池の水を農業用水として用い
るには,個々の営農者において水のろ過,希釈等を行うなど水質浄化の負担が発生する。さらに,かんがい用水の利用については,圃場内で散水順を決めるローテーション方式が採用されていることから,営農者らは本件調整池の水を自由にかんがい用水に使用することすらできない状況にある。



排水不良が生じていること
新干拓地では,その土壌が細粒灰色低地土壌であることから,暗
渠排水が必要であるが,当初設置された暗渠排水管の管径が小さく,補助暗渠も設置されていなかったことなどにより,平成20年の営
農開始以降,圃場の排水不良が生じ,これまでに暗渠排水管の補完整備や排水路の拡張工事,暗渠排水管の逆流防止弁設置等の実施を
余儀なくされ,その間,地盤沈下によるさらなる工事も必要となった。新干拓地は,畑作地であるが,排水性の悪い土地は畑作には適さない。


カモ食害
新干拓地の営農者らは,平成20年以降,本件調整池に集まるカ

モにより,新干拓地の農作物について大規模な食害を被っている。カモ食害は,本件調整池がカモの生息場になっているものの,本件調整池自体にはカモ類の餌がないことにより,カモが隣接する新干拓地の作物を餌とすることにより発生しているものである。


冷害及び熱害について
干拓地が属する諫早湾の沿岸地域は,本来は,夏に涼しく,冬に
暖かい気候であったのに,本件調整池により農地が海から隔てられたため,海による気候の緩和作用が遮断された上,本件調整池が,夏には熱を,冬には冷気をため込むことによって,寒暖差を増強さ
せたことにより,ダイコン,レタス及びブロッコリー等に冷害が生じ,白ネギに熱害が生じている。
リース方式や多額の補助金によって成り立ち,計画通りに進行し
ていないこと
新干拓地は,大量の税金を投入してリース方式を採用し,入植す

る営農者の負担を軽くすることによって入植者を集めることができたのであり,そのほかにも複数の経営体に多額の補助金が交付されていることに照らすと,リース方式や補助金なしには成り立たない程度のものである。

とから,代表的な作物の収量や生産額が営農計画で試算された収量や農業粗生産額を達成できていない。複数の経営体でリース料の滞
納が発生していることや,多くの経営体が撤退していることも,新干拓地営農の収量や生産額が低調であることを裏付けている。
本件開門操作の実施による防災機能及び営農効果に対する影響について
本件開門操作を実施した場合,次のとおり,防災機能に問題が生ずる
ことはなく,営農と両立する。
a
防災機能に対する影響について
原告が本件訴訟で求めている本件開門操作は,段階的開門,すなわち,第1段階はケース3-2に準拠し,第2段階では徐々に海水導入
量を増加させ,様々な条件下でテストを行いながら本件調整池の水位を標高-1mから徐々にあげていき,第3段階で常時開門(常時全開門又は制限的開門と全開門を組み合わせる方法)を実現するというものであるところ,第1段階であるケース3-2では本件調整池の管理水位は現状と変わらないから,防災機能に何ら影響はない。また,ケ
ース1の場合であっても,次のとおり,本件開門操作を実施したところで現在の防災機能は失われず,被告の主張するような防災上の支障が生じることもない。
高潮及び洪水に対する防災機能や常時排水効果への影響

本件各排水門を閉門すれば足りること,本件潮受堤防は洪水時の諫早市街地における湛水被害防止とは無関係であること,背後低平地における洪水時の湛水被害対策には本件開門操作を実施するか否かに関わらず排水機場を設置するほかないことに照らせば,本件開門操作を実施することによって,現在の防災機能が失われることはな
い。

切り以前も,平常時には湛水被害は生じていなかったのであるから,背後低平地の排水悪化防止のための常時排水ポンプは不要である。また,洪水時排水ポンプは,本件開門操作を実施するか否かに関わらず必要なものである。被告が必要であると主張する事前対策には,本件潮受堤防の締切りによる防災機能に対する評価が過大であるた
めに,本来不要なものや,本件開門操作の実施とは無関係に必要になるものが含まれている上,工事費用が過大に見積もられている。⒝

堤防の安定性への影響

本件潮受堤防
本件開門操作を実施した場合の本件各排水門の基礎部における

洗掘及び本件調整池への海水導入時に本件各排水門で強制振動に
よる本件各排水門の安全性に対する影響について,短期開門調査
時には,毎秒5.2mもの潮流が生じていたにもかかわらず洗掘
が生じず,本件各排水門の安全性に影響を生じるような振動は生
じなかったのであるから,本件各排水門の開度を拡大して本件開

門操作を実施しても,洗掘や本件各排水門の安全性に影響を生じ
るような振動が生じるとは考えられない。

既設堤防
本件開門操作を実施した場合の既設堤防(旧干拓地ないし背後
低平地に設置されている堤防)の損壊部分や止水が不可能な樋

門・樋管からの海水の浸入による浸水のおそれについて,既設堤
防のクラックの補修,老朽化した樋門及び樋管の補修の事前対策
より,防止することが十分可能である。

新干拓地の内部堤防
新干拓地の内部堤防の法面の浸食について,降雨によっても浸
食は発生していないのであるから,本件開門操作を実施したとし

ても,本件調整池の水位変動により浸食が発生するとは考えられ
ない。仮に浸食が発生した場合には,堤防が損壊する前に補強工
事を行えば足り,法面の浸食によって損害し,新干拓地等の湛水
被害は生じるということはない。


その他の防災上の支障
本明川系の河川整備計画及び防災対策の立て直しについて,これ
らは,本件開門操作を実施するか否かに関わらず定期的にその再策定が予定されているものであるから,本件開門操作の実施による防災上の支障として考慮することは相当でない。また,本件開門操作を実施した場合の橋梁等に塩害が発生するおそれについて,塩害が
発生すると考えるべき根拠は存在しないし,飛来塩分による塩害の発生は本件開門操作の実施とかかわりなく全国の沿岸で生じている問題であり,本件開門操作の実施による防災上の支障として考慮することは相当でない。
b
営農効果に対する影響について
干拓地における水源の確保
国営諫早湾土地改良事業変更計画書(干拓)における用水計画で
は,新干拓地の消費水量として年間492万㎥を予定し,そのうち330万㎥を本件調整池から確保するとされているが,過大な見積
りであり,実際の取水実績は計画用水量を大きく下回っている。
そして,実際の取水実績を前提とすれば,被告が本件調整池に代
わる代替水源として採用していた海水淡水化施設の造設のほか,①ため池を設置する方法,②下水処理施設の処理水を利用する方法,③本明川の河口付近に堰を設置する方法,④仁反田川や小江川等の
河川の余剰水を利用する方法及びこれらを組み合わせる方法により十分対応が可能である。具体的に,即時の本件開門操作の実施のた
費用は約13億円である。
なお,被告は,旧干拓地で使用する農業用水の喪失も本件開門操
作による弊害であると主張する。しかし,本件潮受堤防の締切りによる本件調整池の淡水化は,旧干拓地への農業用水の供給を事業の
目的としたものではないから,旧干拓地の農業用水喪失を開門による影響として考慮することは相当でなく,この点を措いても,前記代替水源案①ないし④を講じれば,新干拓地同様,十分に対応可能である。


塩害について
短期開門調査の際の塩害対策として被告が講じた対策は,排水樋
門に土のうや簡易木製ゲートを設置するといった簡単なもののみであった。それにもかかわらず,ほとんどの潮遊池では塩化物イオン濃度の上昇は回避できており,塩化物イオン濃度が上昇した一部の潮遊池についても,塩害は一切生じていないのであるから,本件各
排水門の開度を拡大して本件開門操作を実施しても塩害は生じない。また,干拓地の標高が朔望平均満潮位より低いとしても,同様の
条件の農地の広がる佐賀平野において,海岸保全事業の一環としての堤防の補強によって海水浸透はほぼ防ぐことができているのであるから,干拓地においても,通常の技術による工事によって海水浸
透を防ぐことが可能である。


潮風害について
短期開門調査期間中の飛来塩分量は,おおむね1ないし10mg
/㎡程度にとどまっており,本件調整池の塩化物イオン濃度の上昇
に伴い飛来塩分量が増加するという相関は示されていないし,被告は,短期開門調査期間中に何ら潮風害対策を講じていないが,潮風
害は一切報告されていないのであるから,本件各排水門の開度を拡大して本件開門操作を実施しても潮風害は生じない。なお,台風の場合は,海水の飛散域は広くなるから,本件調整池が淡水であるかどうかは潮風害の発生とは関係がなく,干拓地において受忍すべきものである。

c
漁業への影響について
被告は,事前対策を施さずに本件開門操作を行えば,本件各排水門の近傍で生じた速い流れや,それに起因して洗掘が生じ,底質が巻き上げられることによって,漁業被害が生じると主張する。しかし,本件各排水門から大量の排水がされている現状においても,被告の主張
するような速い流れ,洗掘及び底質の巻き上げは発生していないのであるから,本件開門操作を実施してもこのような現象が発生するとは考えられない。
仮に,底質の巻き上げが発生するとしても,短期開門調査でされたのと同様に,本件各排水門からの導排水量を徐々に増やしていく方式
を採用すれば,本件調整池内で巻き上げられた濁りは海水の凝集効果によって沈降するため最小限度に抑制され,開門初期の濁りの拡散による周辺海域への悪影響も抑えられる。
d
生態系等への影響について
被告は,本件開門操作を実施すれば,本件潮受堤防の締切りにより形成された生態系が失われるなどと主張する。しかし,本件潮受堤防の締切りにより,干潟を消滅させ豊かな生態系を破壊しておきながら,その後に形成された生態系や地域住民の憩いの場としての価値を主張することなど到底認められない。

被告の主張に対する反論
被告は,関係自治体及び地元関係者の強硬な反対や事前対策費用が過
大であることにより,必要な事前対策を行うことができないため,本件開門操作を実施すれば防災機能や営農効果の喪失,漁業被害の発生等の被害が避けられず,公共性ないし公益上の利益が著しく損なわれると主張する。
しかし,事前対策が必要なことは前訴判決の時点で明らかであって,
被告は,これを行おうと思えば直ちに実施できたにもかかわらず,意義に乏しい環境アセスの実施に固執し,関連自治体等の反対や別件仮処分決定によって開門の禁止が命じられたことを口実として自ら事前対策を怠ったといえる。また,別件仮処分決定等及び別件保全異議決定は事前対策を実施することを禁止するものではない。

また,事前対策のための費用は,被告が不要な事前対策や本件開門操作の実施とは無関係に行われるべき事前対策に要する費用を計上したことにより,過大なものとなっている。すなわち,被告は,佐賀訴訟の控訴事件の審理中には,常時開門の対策工事費用として631億円程度と主張していたことからすれば,本件においてケース1の場合について,
被告が主張する費用は,そもそもその算定根拠は客観的な根拠を欠く恣意的なものである。また,ケース3-2の場合についても,開門アセスの段階では82億円であったのに,その後,被告が本件開門操作の実施に伴う被害を誇大に見積もったために,200億円以上の金額となっているが,不要な費用が含まれている。

以上の事情からすれば,事前対策やその費用を,違法性を否定する事情として考慮すべきではない。
小括
以上のとおり,本件潮受堤防の締切りに公共性ないし公益上の必要性はない。


本件開門操作の効果について

総論
原告らは,本件潮受堤防の締切りにより,前記アのとおり,漁業行使権という重要な権利を侵害されているところ,本件開門操作を実施した場合,次のとおり原告らに対するもののみにとどまらない大きな効果が得られる。
漁場環境に対する効果
諫早湾内の漁場環境の悪化(赤潮,貧酸素水塊の発生,底質環境の悪
締切りによって諫早湾内の潮流速が低下し海域の成層度が強化されたこと,本件調整池から水質の悪い水が排水されること,魚類の産卵場所,成育場所が失われたことにあるところ,本件開門操作の実施はこれらの原因を除去ないし緩和するものである。本件開門操作の実施により,諫早湾内の潮流速が回復して海域の成層化が弱まり,赤潮や貧酸素水塊の発生が抑制され,本件調整池内に二枚貝が回復し,底質環境が改善し,
ひいては漁業資源の回復につながることは複数の研究者によって指摘され,科学的根拠によって裏付けられており,開門の効果について被告の主張の根拠となる開門アセスにおいてさえ,ケース3-2の開門がされれば漁業資源が回復すること(本件調整池が特定魚種の生育場所になること)が予測されている。

現に,短期開門調査の結果,本件調整池の水質改善,諫早湾内の潮流速の回復,干潟の生態系回復が確認され,翌年度のアサリやタイラギの漁獲量が増加するなど漁業資源も回復しているのであり,わずか1か月足らずの開門であっても,漁場環境改善効果を有することが実証されているといえる。

また,本件開門操作を実施することにより,有明海奥部海域の潮流速の分布が変化して,同海域における赤潮や貧酸素水塊の発生が抑制され
ることが明らかになっており,漁場環境に対する効果は諫早湾内及びその近傍場にとどまらない。
営農に対する効果
本件開門操作の実施は,営農と両立するばかりか,むしろ営農に利するものである。
a
干拓地における水源の確保

式により制限されているところ,本件開門操作を実施したうえで,前
方が,甚大な漁業被害に比べわずかな費用で対策を取ることが可能で
あり,本件調整池の劣悪な水質の水を使用しないでよいことになり,営農に利する。
b
カモ食害に対する効果
カモは,広大で静穏な水域である本件調整池に集まるのであるから,本件各排水門を開放して潮流を本件調整池内に導入することにより,
カモが集まりにくくすることができ,また,本件調整池の干満差を復元し,干潟を復活させることにより,カモの餌を新干拓地外に確保することができることになり,新干拓地の農作物に対するカモ食害を防止することができる。
c
冷害及び熱害に対する効果
本件各排水門を開放し,本件調整池に海水を入れることにより,海による気候の緩和作用を取り入れることになり,農作物への冷害及び熱害は解消することができる。

d
排水不良対策
干拓地における排水不良についても,被告が提案する漁業振興基金案の財源を利用して,排水路の拡張工事,地盤沈下の原因究明及び暗
渠排水設備の改善などの排水不良対策を行う方が営農に利するものである。
小括
以上のとおり,本件開門操作の実施について,漁場環境に対しても営農に対しても効果が高いことからすれば,ケース3-2については,こ
れを実施することこそが本件事業の違法性を阻却するものである。エ
被害防止措置の有無,内容及び効果について
被告が,これまで有明海全体の漁場資源回復のために取り組んできたと主張する①開門総合調査や,②特別措置法に基づく取組ないし中・長期開門調査に代わる再生事業について,①は,単なる侵害行為の原因ないし結
果の調査と調査結果の考察にすぎず,被害の防止又は軽減を目的とした措置ではない。また,②についても,12年間にわたり,1000億円近い国費が投じられ,貧酸素水塊及び赤潮の発生の抑制,本件調整池の水質改善及び種苗放流の拡大等様々な取組が実施されてきたにもかかわらず,現に発生している漁場環境の悪化を抑制ないし除去し,改善するような成果
は上げることができていない。したがって,これらの取組は被害防止に関する措置には当たらず,違法性の判断に当たり考慮することはできない。そして,多額の費用をかけた被告の取組によっても漁業被害を防止し得ないことが明らかになった以上,被害の根本原因を取り除くことが不可欠であり,その唯一の方法が本件開門操作の実施である。


漁業補償について
原告らは,漁業権等の一部放棄及び制限に対して漁業補償を受けたものの,本件潮受堤防の締切りにより,漁業補償に際して予測されていた漁業被害を大幅に超える被害をこれまで受け,現在も受け続けているから,湾
内漁業補償契約の締結と漁業補償金の支払は,原告らの開門請求権を否定するものではない。したがって,違法性を判断する上でこれらの事実を考
慮すべきではない。
【被告の主張】
違法性の考慮要素及び判断枠組みについて

違法性及び公共性の位置付け並びに主張立証責任について
漁業行使権に基づく物権的請求である本件請求が認容されるためには,
要件として違法性(一要素として公共性を含む。
)が認められることを要
し,その主張立証責任は原告らが負う。そして,本件請求のような妨害排除請求等を認容すべき違法性があるかを判断するに当たっては,公共性の要素は,損害賠償請求における違法性の判断における場合とは異なり,種々の事実によってその評価が減殺されることのない,より大きな位置付
けを与えられるべきである。

違法性の判断枠組みについて
本件事業のような国の行う公共事業が第三者に対する関係において違法な権利侵害ないし法益侵害となるかどうかを判断するに当たっては,侵害行為の態様と侵害の程度,被侵害利益の性質と内容,侵害行為の持つ公共
性ないしは公益上の必要性の内容と程度等を比較検討するほか,被害の防止に関してとりうる措置の有無及びその内容,効果等の事情をも考慮し,これらを総合的に考察して決すべきである。そして,本件のような開門という作為請求については,現状の固定にとどまる不作為を求める差止請求と異なり,相応の費用負担や労力を伴うことは避けられない上,施設の供
用方法及び海域環境の現状を変更させることを当然に含むなど,強力すぎる効果を持つものといえるから,違法性判断における利益衡量は,差止請求における場合と比べても,より一層慎重に行われる必要がある。違法性の有無について

被侵害利益の性質及びその内容について
前記2【被告の主張】のとおり,そもそも本件潮受堤防の締切りによ
る原告らの漁業行使権侵害は観念できないこと,②被告は,本件3漁協に対して適切に補償を行っていること,③本件請求は,限られた地域の少数の漁業者に帰属する経済的利益に対する侵害を訴えるにすぎないものであることを考慮すれば,原告らが被侵害利益として主張する原告らの漁業行使権は,本件潮受堤防の締切りの違法性を根拠付ける事情とはならない。

侵害行為の態様と程度について
原告らの請求が本件各排水門の本件開門操作であることからすれば,侵害行為は,本件各排水門を締め切り,本件開門操作をしないことと解されるが,開門アセスによっても開門した場合の漁獲量を増加させる効果があるかどうか不明であるとされており,仮に何らかの漁場環境の改
善がみられるとしても,海域環境の変化の程度及びその海域の範囲が限定的であることに照らすと,その改善効果も極めて小さなものであると考えられる。そうすると,上記の侵害行為による侵害の程度は大きいとはいえず,かえってごく小さいものであるといえる。
本件3漁協に属する漁業者の中には,本件締切り後の漁場環境を前提
として新たにカキ養殖業を開始し,これによって生計を立てている者がいることからすれば,侵害があるとしてもその程度も大きいものではない。
以上によれば,開門しないことによる侵害もあるかどうか不明であり,あったとしても限定的なものである。


本件潮受堤防の締切りの公共性ないし公益上の必要性について
本件潮受堤防の果たす防災機能及び本件事業の営農効果について
本件事業は,本件潮受堤防の締切りにより高潮や洪水の被害から諫早市民等の生命や身体,財産を保護する防災機能を有するとともに,本件
調整池の貯留水を農業用水に利用することによって,先進的で生産性の高い大規模環境保全型農業を実現する営農効果があり,高度の公共性な
いし公益性の必要性がある。
a
防災機能について
高潮時の防災機能及び洪水時の湛水被害軽減機能
本件潮受堤防は,背後低平地等から本件調整池への流入量を考慮
しつつ,海域水位が本件調整池の水位を下回る範囲で本件各排水門
を開け,背後低平地等からの流入水を安全に海側に排水するとき以外は閉じておくことによって,高潮被害を防止する機能を果たしているところ,近時の海面水位の上昇傾向により,このような高潮時の防災機能の重要性はより一層高まっている。
また,本件潮受堤防は,本件各排水門の開閉操作によって本件調

整池の水位を標高-1.0mないし-1.2mに維持し,洪水時においても潮の干満に影響されることなく流域からの流入水を一旦本件調整池に貯留することで,洪水時に流入水を安全に処理し,湛水被害を軽減する機能を果たしているところ,近時の予測困難な短時間強雨の増加傾向や,本明川の河川整備が進展した結果,降雨時に
河川水が堤防を越えて河川の周囲に溢水する可能性が低下した一方,河川水が従前よりも直接的に本件調整池に流入するようになったことにより,標高が低い位置に存在する旧干拓地や背後地の湛水被害を防止するために,本件調整池の水位を低く保つことが必要であり,本件潮受堤防の締切りによるこのような洪水時の防災機能(湛水被
害の軽減機能)の重要性はより一層高まっている。


背後地の常時排水効果及び排水施設の管理作業軽減機能
本件潮受堤防の締切り以前は,低平地である本件調整池の周辺で
は,潮汐の干満に合わせて通常時において1日2回の排水が行われ
ていたが,小潮時の潮位によっては,干潮時であっても排水を行うことができないことがあった。ところが,本件潮受堤防の締切り後
は,本件調整池の水位が標高-1.0mないし-1.2mに維持されるようになったことにより,潮汐の干満に影響されることなく,常時排水が可能となった。
また,本件潮受堤防の締切り以前は,排水施設の管理作業として,排水樋門前面に堆積したガタ土を除去して水みちを確保することや,
潮の干満に応じて1日4回,人力で排水樋門の開閉操作を行うことが必要であったが,本件潮受堤防の締切り後は,ガタ土の堆積が解消され,排水樋門の開閉操作も降雨の状況に応じて行えば足りるようになった結果,排水施設の管理作業が大幅に軽減された。
b
営農効果について
本件事業によって造成された大規模で平坦な農地である新干拓地では,平成28年3月時点で39の経営体が農業を営んでおり,大規模経営(平均経営規模が全国の都府県平均の約8.6倍)という特徴を生かし,大型農業機械等への設備投資が盛んにおこなわれた結果,農
業生産額が営農開始後間もない平成21年度から平成27年度までの6年間で約150%近く増加しており,高い耕地利用率(平成28年度は長崎県全体の田畑の平均の約1.75倍)を維持している。また,新干拓地の農業者は,全員が,持続性の高い農業生産方式の導入の促進に関する法律4条に基づく認定農業者(エコファーマー)であり,
長崎県知事が定めた適正農業規範(GoodAgriculturalPractice)に取り組むとともに,営農開始後5年以内に長崎県特別栽培農産物又は有機栽培農産物の認証取得を目指し,環境と調和した先進的な農業を推進することとされている。このように,新干拓地においては先進的で生産性の高い大規模環境保全型農業が実現されているところ,同所
における農業用水は,淡水化した本件調整池からの取水によって確保されている。

また,旧干拓地の一部の背後低平地(湯田川地区,釜ノ鼻地区,白浜地区,湯江・宇良地区)においても,本件調整池の推移が標高-1.0m以下で管理されることで常時排水が改善されるとともに,潮風害のおそれもなくなったことにより,湿害や塩害・潮風害に弱いものの収益性の高い農作物の栽培が可能となり,新たに収益性の高い農業が
進展しているほか,本件調整池の淡水化に伴い淡水化した潮遊地(排水路)の水を農業用水として循環利用することが可能になった。
本件開門操作の実施による防災機能及び営農効果に対する影響について
仮に,事前対策を実施せずに本件開門操作を行った場合,甚大な被害
が生じることとなり,本件事業の公共性ないし公益上の必要性が著しく害される。
a
防災機能への影響について
必要な事前対策を行わずに本件開門操作を実施した場合,防災機能
への影響が生じ,本件潮受堤防の締切りの有する公共性ないし公益上の利益が著しく損なわれる。なお,原告らは,原告らが本件で求めているのはケース3-2から開始して徐々に開門の幅を広げていく段階的開門であるところ,ケース3-2では本件調整池の水位が現状と変わらないから防災機能に影響が生じるはずはないと主張するが,被告
としては,原告らが請求において限定をしていない以上,全開門を前提とした主張をするものである。
高潮及び洪水に対する防災機能や常時排水効果への影響
本件開門操作を実施すれば,本件各排水門を開閉することで本件
調整池の水位を調整することができなくなる(ただし,本件調整池
の管理水位が現状よりも高くなるケース1又はケース3-1を前提a⒜のとおりの高潮,洪水及び湛水防

止機能や常時排水効果が失われる。また,諫早湾の潮位に連動して本件調整池の水位が排水樋門等の敷高を上回っている場合には,本件調整池からの水の流入を防ぐために排水樋門等を閉じざるを得なくなり,その結果,旧干拓地にたまった雨水や河川水を本件調整池に自然排水することができず,湛水被害が生じるおそれがある。



堤防等の安定性への影響

本件潮受堤防及び本件各排水門
本件各排水門が解放されると,その近傍で最大毎秒4ないし5
mの速い潮流が生じるところ,底泥の洗掘に対する許容速度を超
えるため,本件各排水門近傍で洗掘が発生する可能性がある。こ

のような洗掘は既設の護床工周辺部で生じるため,仮に事前対策
を施さずに本件開門操作を実施した場合,護床工の構造が維持で
きず,本件各排水門の安定性に影響を生じて本件潮受堤防の高潮
時及び洪水時の防災機能が維持されなくなるおそれがある。
また,本件各排水門のゲートの本件調整池側に設けられた電気

防食棒が本件調整池の塩水化により早期に溶出したり,本件各排
水門の開度によっては,本件調整池への海水導入時に強制振動が
発生するなどして,本件各排水門の安全性に影響が生じるおそれ
がある。

既設堤防
既設堤防の法面には多数のクラックが認められており,本件開
門操作の実施に伴い本件調整池が塩水化されれば,このクラック
から既設堤防内部の土質材料が外部に流出するなどして,同堤防
の安全性に影響が生じる可能性がある。また,既設堤防に設けら

れた樋門・樋管の一部は,老朽化等のため,事前対策を施さなけ
れば止水が不可能な状態にある。仮に事前対策を施さずに本件開

門操作を実施した場合,既設堤防の損壊部分や止水が不可能な樋
門・樋管から旧干拓地及び背後低平地に浸水が生じることとなり,大潮の満潮時に,旧干拓地及び背後低平地の広い範囲で湛水が生
じるおそれがある。

新干拓地の内部堤防
新干拓地の内部堤防の法面は,通常時に水と接することを想定
しておらず,植生による保護措置が講じられているにすぎない。
そのため,仮に事前対策を施さずに本件開門操作を実施した場合,本件調整池の水位の連日の変動により浸食等を受ける可能性が高
く,仮に法面の浸食が促進され内部堤防が損壊した場合には,新

干拓地等に湛水被害が生じるおそれがある。


その他の防災上の支障
そのほか,本件開門操作を実施した場合,本件潮受堤防の締切り
を前提に策定された本明川水系の河川整備計画及び防災対策の立て直しが必要になる,本件調整池を含む河川に塩水が遡上したり,塩
水化した本件調整池から塩分が飛来するなどして,本明川の塩水遡上区間にある橋梁等に塩害が生じるなどの防災上の支障が生じるおそれがある。


必要な事前対策

防止するためには,背後低平地の排水悪化防止のための常時排水ポンプの設置,湛水被害の拡大を防止するための洪水時排水ポンプの設置,本件調整池の水位管理を前提として河川整備が実施された二反田川における常時排水ポンプの設置,堤防補修,ゲート補修,空洞部充填及びフラップゲートの設置,水位変動による堤防の浸食防止のための内部堤防の法面保護及び堤防天端の越波防止のための波
返の設置等の事前対策を講じる必要があり,これらの対策には,合計約588億円の費用を要する(なお,以上はケース1の場合であるが,ケース3-2の場合であっても,背後地排水悪化防止のための常時排水ポンプの設置費用約16億円,既設堤防及び樋門の補修費用約3億円の合計約19億円の費用を要する。。


b
営農効果への影響について
必要な事前対策を施さずに本件開門操作を実施した場合,干拓地で営まれている農業経営の実施が事実上不可能となって,営農効果が失われ,本件潮受堤防の締切りの有する公共性ないし公益上の利益が著
しく損なわれる。
農業用水の喪失
前記

のとおり,新干拓地及び旧干拓地・背後低平地の一部地

区においては,淡水化された本件調整池又は潮遊池から農業用水を確保しているところ,本件開門操作を実施すれば,本件調整池及び潮遊池に海水が混入して塩水化し,農業用水に用いることができな
くなる。したがって,本件調整池及び潮遊池に代わる代替水源を確保するための事前対策を施さずに本件開門操作を実施すれば,新干拓地及び旧干拓地・背後低平地において農業用水が確保できず,営農に著しい支障を生じる。


塩害
事前対策を施さずに本件開門操作を実施すれば,前記a⒝のとお
り,既設堤防の法面に生じたクラックや排水樋門・樋管から塩水が浸入したり,内部堤防や既設堤防の安定性に影響が生じて損壊し,塩水による湛水被害が生じることにより,干拓地において農作物に
塩害による被害が発生するおそれがある。仮にこのような事態に至らないとしても,本件調整池及び潮遊池(ないし排水路)を介して
土壌に塩水が浸入し,農作物に塩害による被害が発生するおそれがある。
干拓地等に塩害が生じた場合,再びこれを農地として使用するた
めには,農地に十分な量の真水を湛水させ,その浸透水により土壌中の塩分を排除することを繰り返すという復旧作業が必要となり,
相当の月日と費用を要することになる。


潮風害
仮に事前対策を施さずに本件開門操作を実施した場合,本件調整
池及び潮遊池が塩水化するため,干拓地において,農作物に潮風害による被害が発生するおそれがある。



新干拓地における農業生産に対する信頼性の失墜

における農業生産の安定性が損なわれるおそれがあるところ,このことが世間に知れ渡れば,取引先からの信用が低下して契約栽培の契約更新や新規契約締結等が困難になったり,実際に被害が生じた
場合に契約不履行に陥って取引先からの信用を失うなどして,農業者の経営に甚大な被害を生じさせるおそれがある。
必要な事前対策

に防止するためには,海水淡水化施設の設置,堤防から潮遊池への
塩水浸入を防止する鋼矢板の打設,潮風により飛来塩分が農作物に蓄積するおそれがある中央干拓地における多孔ホース等の設置等の事前対策を講じる必要があり,これらの対策には,合計約200億円の費用を要する(なお,ケース3-2の場合であっても,同様の事前対策が必要であり,同額の費用を要する。。


c
漁業への影響について

開門による影響
仮に事前対策を施さずに本件開門操作を実施すれば,諫早湾内の
漁場環境について,次のような変化が生じることが予測されている。ⅰ
本件潮受堤防設置前は,諫早湾湾奥部においては約7000m
の開口部をゆっくりと潮が満ち引きしていたのに対し,本件潮受

堤防設置後に本件各排水門を常時開門した場合,わずか250m
の本件各排水門の幅から潮を出し入れすることになることから,
非常に速い流れが生じる

ⅰにより,本件各排水門近傍における潮流速が顕著に増加する
ため,底質の巻き上げが発生して,諫早湾全域で濁り(SS濃度)
が上昇する。

本件各排水門前面ではⅰの早い潮流により洗掘が生じ,北部沿
岸,本件潮受堤防中央前面付近及び湾央部から湾口部ではⅱの巻
き上げられた底質が流入して堆積が生じるなど,地形の変化が生
じる。



開門による漁場環境の変化がカキ養殖業等に与える影響
諫早湾内の漁業者は,本件潮受堤防の締切り後,その漁場環境に
応じた漁業を実施するため,カキの垂下式養殖を開始し,生産実績を増加させ,全体的に増加傾向を示しており,また,品質について
もブランドカキとして取引されるなどし,生産額が増加している。また,諫早湾の漁業者は,本件潮受堤防の締切り後,アサリ養殖のための養殖場の整備を行ってきたほか,収益性の高い垂下式養殖によるアサリ養殖の取り組みが行われている。
しかし,本件各排水門が開門された場合に生じると考えられる前
境に応

じて新たに発展し,軌道に乗っているカキ養殖業や他の漁業に影響
を及ぼすおそれがある。具体的には,濁りの上昇によりカキの摂取餌活動が低下して成長に悪影響を与えること,カキ養殖用のロープが早い潮流に流されてカキの稚貝が脱落すること,巻き上げられた底質の堆積や濁りの上昇によりアサリの生息環境が悪化することなどが予測され,諫早湾内の漁業に多大な被害を与えるおそれがある。


必要な事前対策

るためには,底泥の巻き上げや洗掘を防止するために,洗掘が発生するおそれがあると予測され,既設の護床工がなく,かつ限界流速約1.6mを超える約147haの範囲で,新たに護床工を設置し,
濁りの拡散防止のための汚濁防止膜を設置する必要があり,これらの対策には,合計約401億円の費用を要する(なお,以上は,ケース1の場合であるが,ケース3-2の場合であっても,護床工の実施は不要であるものの,汚濁防止膜の設置費用約6億円及び本件各排水門の電食対策費用約2億円の合計約8億円の費用が必要であ
る。。

d
生態系等への影響について
本件開門操作を実施すれば,本件潮受堤防の締切りにより形成された生態系等にも重大な影響を及ぼすことになる。すなわち,開門アセ
スにより,本件開門操作を行った場合,諫早湾内の濁りの上昇や,本件調整池の水位の上昇,塩分の増加等により,湾内の水生生物や本件調整池及びその周辺に生息する水生生物・陸生生物の生息状況が影響を受けることが明らかになっている(なお,本件調整池及びその周辺では,開門アセス後に,より多様で多量の生態系が形成されている。)

また,本件調整池及びその周辺は,市民の憩いの場として活用されているところ,本件開門操作が実施されれば,これらが失われることに
なる。
事前対策の実施が不可能であること

⒞の各事前対策が必要であるが,これらの対策は現時点
において不可能である。
被告は,前訴判決の確定後,事前対策の準備等を進めるために関係自治体及び地元関係者の理解を得るべく,開門アセスの手続において,また,その後も,意見聴取を実施し,丁寧な回答を行い,関係自治体の長ほか関係者らと面会し,地元住民に対する説明会や戸別訪問を実施し,
関係者の理解を得るための真摯な努力を続けてきたが,関係自治体及び地元関係者は一貫して強硬な反対の姿勢を崩さず,協力や協議を一切拒絶した。
被告は,事前対策の実施に必要な予算を確保した上で(ケース3-2の場合を前提として,平成24年度ないし平成26年度について,事前
対策工事,調査費用及び海水淡水化施設に関する費用として合計362億円余りの予算を計上した。,工事請負業者を選定し,契約締結まで至)
っていたにもかかわらず,関係者の阻止行動により,工事の実施はおろかその準備としての調査にすら着手することができず,長崎県は関係する河川法上の協議にも応じなかった。

被告が,平成25年11月12日の別件仮処分決定により本件各排水門の開放禁止義務を負うことになった後,関係自治体及び地元関係者の反対姿勢はより一層強固なものとなった。くわえて,開門アセス手続の過程において,関係自治体や地元関係者の懸念等が反映され,事前対策の実施に要する費用が過大なものになった(合計約1189億円。但し
ケース1の場合である。
)という事情も相まって,事前対策の実施はお
よそ不可能となっており,本件開門操作を行った場合,前記の被害が発
生して公共性ないし公益上の利益が著しく損なわれることは避けられない。
小括
以上によれば,本件事業ないし本件潮受堤防の締切りは,高度の公共性ないし公益上の必要性を有するといえる。


本件開門操作の効果
本件開門操作を実施したとしても漁場環境が改善するか否かは不明であり,仮にあるとしてもその効果は極めて小さなものである。
すなわち,開門アセスの結果,本件各排水門が開門された場合,本件各排水門近傍では潮流速の顕著な増加がみられ,諫早湾内及び島原沖でも潮
流速がわずかに増加する(ケース1の場合。ケース3-1ないしケース3-2の場合には,潮流速の増加はより狭い範囲に限られ,その程度も小さい。
)ものの,その他の海域においては潮流速に変化は生じない上,潮流速の増加に伴い諫早湾内で濁りが増加するほかは,海域環境について大きな変化はないものと予測されている。そして,そのような限定的な海域環
境の変化による漁業資源の回復については,その有無や程度も含めて可能性が指摘されているにとどまり,具体的な改善の程度については不明であるといわざるを得ない。
また,開門アセスでは,本件各排水門を開門した場合における干潟の形成は,ケース1であっても限定的であると予測されていることに加え,本
件調整池内の自然干陸地には低木群落が多数生育しているところ,このような自然干陸地において,ガタ土の堆積による干潟が形成されるかは不明であって,開門により本件調整池内に干潟が形成される可能性も大きくない。

漁業補償
被告は,前記前提事実5のとおり,本件事業を実施するに際して湾内漁
業補償契約を締結し,本件3漁協を含む湾内12漁協及びその他の近隣漁協等に対し,これらの漁協が有する漁場の一部(南共第1号共同漁業権の一部)が本件潮受堤防内に存在することから,本件締切り後にその漁場の一部が消滅することに伴う漁業権等の一部消滅に対する補償,漁業権等の制限に対する補償及び工事に伴う汚濁による影響補償等として適正な補償
金を支払った。そして,本件3漁協に支払われた漁業補償金は,組合員である原告らに配分されるべきものであって,仮に原告らに何らかの漁業被害が発生していたとしてもそれを防止ないし回復,軽減させるものであるから,以上の事情は,違法性の判断において考慮されるべきである。カ
被害防止措置の有無,内容及び効果
被告は,前記前提事実

平成14年度から平成15年度に

かけて,有明海全体としての環境改善の方策を講ずるための総合的な調査の一環として,開門総合調査を実施した。また,
り,平成17年度から現在まで,特別措置法に基づく取組ないし中・長期開門調査に代わる取組として,多額の費用を拠出して,有明海沿岸4県やその漁協等と連携しながら,海域環境等(貧酸素現象,赤潮,水質,潮流・潮位,底質環境,二枚貝類等生息環境)の調査(費用約38億円),
魚介類の増養殖技術の開発(費用約58億円)
,漁場環境改善のための現
地実証(費用約59億円)
,漁場環境の整備事業(費用約193億円)
,有

明海沿岸4県が協調した取組の推進など,有明海全体の漁業資源回復のための様々な施策を実施してきた。これらの施策は,近年,有用二枚貝類(アサリ,タイラギ等)の稚貝が大量発生するなど,着実かつ具体的にその成果が上がってきており,有明海全体の漁業資源の回復が進んでいるといえる。このような事情は,仮に原告らに何らかの漁業被害が発生してい
たとしても,それを防止ないし回復,軽減させるものであるから,違法性の判断において考慮されるべきである。

5
湾内漁業補償契約の効力

【被告の主張】
被告は,本件事業を実施するに当たって,原告らが所属する本件3漁協を含む湾内12漁協との間で,湾内12漁協が本件事業に同意し,本件事業に伴う漁業補償については,全て解決したものとし,今後一切異議,求償等を行わないこと,本件事業により将来生じうる全ての損害を受忍すること(漁業権の一部放棄及び制限)と引換えに漁業補償を受けるとの約定の下,湾内漁業補償契約を締結し,被告は同契約に基づいて漁業補償を行った。
そして,原告らの漁業行使権は,漁協の漁業権の範囲内において認められる,
いわば社員権的な権利であって,その属する漁協の漁業権に存立の基礎を置く以上,その所属する漁協が漁業補償契約を締結し,本件事業に同意して物権的請求権を行使しない旨約した上で漁業補償を受けた場合,各組合員は,漁業補償契約の効力により,物権的請求権の行使として本件開門操作の実施を求めることは許されない。

【原告らの主張】
湾内漁業補償契約の第5条は,この事業に伴う漁業補償については,すべて解決したものとし,長崎県に対して今後一切異議,求償等を行わないものとすると規定しているとおり,同契約はあくまで損失補償としてなされる漁業補償に対して異議,求償等を行わないというものであり,各組合員の漁業
行使権を放棄するものではない。また,湾内漁業補償契約における補償は,本件3漁協を含む本件潮受堤防外に位置する漁協及びその組合員については,漁業権等の一部放棄及び制限
(3条1項⑵)に対するものであり,本件潮
受堤防内に位置する漁協が漁業権等をすべて放棄することに対して補償を受けるのと異なり,漁協の組合員は,同契約後も漁業行使権を有するから,物
権的請求権を行使できる。仮に,湾内漁業補償契約の効力により,原告らにいかなる被害が発生しても漁業行使権に基づく物権的請求ができないと解さ
れるとすると,漁業を継続できるとする事前の説明とも異なり,同契約の文言とも異なる強力な制約を漁業者に課すこととなるから,そのような解釈は認められない。
原告らは,漁業補償に際して予測されていた漁業被害を大幅に超える被害をこれまで受け,現在も受け続けているから,湾内漁業補償契約の締結によ
って,原告らの物権的請求権が否定されることはない。
6
原告らの本件請求は,憲法29条等に定められた公共事業と私権との調整における憲法秩序に反し,許されないものであるか。

【被告の主張】
憲法29条2項及び3項ないしそれに基づく損失補償制度の下では,公共の目的のために私有財産に対し特別の犠牲を強要することが当然に予定され,公益と私益の調節を図り,法的安定性を保つことが憲法秩序として要請されている。そのため,一旦,公共事業において私有財産に対し適法に制約が加えられ,特別の犠牲が強要された場合,当該私有財産に基づき,当該公共事業の目的に
反するような権利行使をすることは,公益と私益の調節を阻害し,法に基づく損失補償制度の趣旨を没却し,憲法秩序に反するものであるから許されない。また,本件事業は,前記前提事実

土地改良法に基づく土地改

良事業であるところ,同法は,事業を円滑に遂行するために,事業遂行手続に対する不服申立ての機会及び方法を限定し(同法87条の3第6項,87条6項ないし10項参照)
,漁業権者の財産権侵害については,上記不服申立ての
手段を除き,損失補償により解決することとしている(同法122条1,2項,9条1項参照)
。特に,本件事業のような大規模な土地改良事業においては,
利害関係者が多数である上,災害防止や農業生産力の向上という事業の公共性も高いのであって,行政行為としての事業の安定性を図る必要性が高い。そう
すると,本件事業によって財産権である漁業行使権が収用又は制限されたとしても,その制約は土地改良法に基づく適法な制約であって,その制約に対する
救済としては,損失補償の問題が生じるにすぎない。
被告は,原告らの所属する本件3漁協に対し,本件事業により生じうる損失の補償として漁業補償を実施している。仮にこのような漁業補償が正当な補償(憲法29条3項参照)として不十分であれば,さらなる補償請求の成否が問題となるにすぎず,公共のために整備された本件潮受堤防の社会基盤とし
ての機能を破壊するような原告らの本件請求は,憲法29条等に定められた公共事業と私権との調整における憲法秩序に反するものであり,許されない。【原告らの主張】
憲法の本質は,公権力による人権侵害から国民の権利を守ることにあり,その憲法の人権規定を,国である被告が,国民である原告らの権利を不当に制限
する根拠として主張すること自体,到底認められるものではない。また,被告と漁協が湾内漁業補償契約において約した内容は,前記前提事実5のとおり,漁業に影響を与えることに対する損失補償であって,漁業権を喪失させるものではないから,原告らの本件請求が憲法29条等に反することはない。

さらに,被告は,土地改良法87条6項ないし10項,122条を引用して,行政不服審査手続の方法と損失補償以外には,争うことができないと主張するが,これらの規定は物権的請求権の行使を否定しているものではない。これまでに人格権や財産権等の権利の侵害を根拠に公共事業の差止等の妨害排除を請求した事案についての判決が多くあり,損失補償を行ったことを含め,公共事
業が適法な手続に従って行われたことのみをもって,民事上の請求自体を否定するものはない。
したがって,原告らの本件請求は,憲法29条等に定められた公共事業と私権との調整における憲法秩序に反することはない。
7
原告らの本件請求は,公法秩序に反するものとして権利の濫用に当たるか。
【被告の主張】

本件各排水門を含む本件潮受堤防の管理は,前記前提事実
土地改良法及びその関係法令に基づき,土地改良事業計画及び本件潮受堤防に係る予定管理方法等(以下事業計画等という。
)に従って行われるとこ
ろ,事業計画等は,国有の土地改良財産の管理に係るものであること,土地改良法及びその関係法令が公法であることから,公法秩序を構成するものと
いえる。本件事業の事業計画等においては,本件各排水門を本件調整池に海水を流入させるような方法で操作することは一切予定されていないのであるから,漁業行使権に基づく物権的請求権として本件各排水門の開門を求めることは,本件事業の事業計画等に反しており,公法秩序を害するものであって許されない。

【原告らの主張】
被告の主張は,公共事業が事業計画等に従って行われるものである限り,当該公共事業によって国民の財産がどれだけ侵害されても救済されることはないというに等しく,到底認められるものではない。被告が主張する事業計画等の内容や本件潮受堤防及び本件調整池が果たす機能などは,違法性(公
共性)の判断において考慮されるべき要素である。
第3章
第1

争点1(漁業行使権に基づく物権的請求の可否等)について

1
当裁判所の判断

漁業行使権に基づく物権的請求権の可否について


漁業法8条1項は,漁協の組合員(漁業者又は漁業従事者であるものに限る。
)であって,当該漁協等がその有する各特定区画漁業権若しくは共同漁業権又は入漁権ごとに制定する漁業権行使規則又は入漁権行使規則で規定する資格に該当する者は,当該漁協等の有する当該特定区画漁業権若しくは共同漁業権又は入漁権の範囲内において漁業を営む権利(漁業行使権)を有す
る旨規定する。これは,特定区画漁業権若しくは共同漁業権又は入漁権に関しては,漁協等はいわば形式的な権利者としてその管理に当たる一方,漁協
等の定める資格をもつ組合員によって実質的,具体的な権利行使がされるのが原則であることを明らかにしたものであると解される。そうすると,漁協の組合員が有する漁業行使権は,漁業権そのものではないものの,漁業権から派生し,これを具体化した権利として,漁業権が物権とみなされる(漁業法23条1項)のと同様に,物権的性格を有すると解することができる。
したがって,漁業行使権を有する者は,第三者が漁業行使権の行使の円満な状態を侵害するときには,漁業行使権に基づく妨害排除請求として侵害行為の除去を求めることができるものと解するのが相当である。
これに対し,被告は,漁業行使権に基づく物権的請求権が認められるのは,漁業行使権に基づく直接的排他的支配を侵害するような態様での直接的かつ
具体的な侵害又は侵害のおそれが認められる場合に限られ,単に漁獲量が減少したというだけでは認められないと主張する。しかし,漁業行使権に基づく物権的請求権が認められる場合を前記のような場合に限定すべき理由はなく,侵害行為の態様ないし程度といった事情は,侵害行為の違法性に関わる事情の一つとして,具体的な事案において物権的請求権の成否を判断するに
当たり考慮すべきものといえる。
したがって,被告の前記主張は,採用することができない。


前記前提事実

のとおり,原告らは,本件3漁協のいずれかの組

合員であり,各々の所属する漁協の有する漁業権の全部又は一部の範囲内において漁業行使権を有していると認められるから,これらの漁業行使権を第
三者に侵害された場合には,当該第三者に対し,妨害排除請求権を行使し得る。
2
タイラギ潜水器漁業について
被告は,タイラギ潜水器漁業は許可漁業であって,他の漁業を排他して独
占的に営む漁業権漁業とは性格を異にすることから,漁業行使権に基づく物権的請求権は発生しない旨主張する。

タイラギ漁業は,漁業法6条5項1号所定の貝類に該当し,第1種共同漁業権の対象である。他方で,同法65条1項は,都道府県知事は,漁業取締りその他漁業調整のため,特定の種類の水産動植物であって規則で定めるものの採捕を目的として営む特定の漁業の方法であって規則で定めるものにより営む漁業について,規則で定めるところにより,都道府県知事の許可を受けなければならないとすることができるとし,水産資源保護法4条1項も,水産資源保護培養のために必要があると認めるときは,漁業法65条1項と同様に,都道府県知事の許可を受けなければならない旨定め,長崎県漁業調整規則6条本文は,漁業法第65条第1項及び水産資源保護法第4条第
1項の規定に基づき,潜水器漁業にあっては,当該漁業ごとに知事の許可を受けなければならない旨定め,長崎県漁業調整規則6条ただし書は,漁業法第8条1項の規定により当該漁業を営む権利を有する漁業協同組合の組合員が当該漁業協同組合の有する漁業権の内容たる当該漁業を営む場合は許可を要しないとする漁業を定めるものの,この中に潜水器漁業を挙げていない
(乙A9)

長崎県漁業調整規則6条によれば,タイラギ潜水器漁業については,漁業権を有する漁協の組合員がこれを営む場合であっても,知事の許可を要することになるが,このように,タイラギ潜水器漁業について知事の許可を要するものとした趣旨は,タイラギという魚種に対する漁業については漁業法に
よる共同漁業権漁業の対象となっていることを前提としつつも,漁業取締りその他漁業調整(漁業法65条1項)及び水産資源の保護培養(水産資源保護法4条1項)の必要から,潜水器漁業という特定の漁法についてのみ,重畳的に知事の許可に係らしめることとしたものと解される。そうすると,このような規制は,タイラギ漁業に係る共同漁業権やそれに基づく漁業行使権
の物権的性格を否定ないし制限するものではないと解するのが相当である。この点に関し,被告は,長崎県漁業調整規則上,共同漁業権を有する漁協
等に所属する組合員以外の者も許可を得さえすればタイラギ潜水器漁業を営むことができるのであるから,共同漁業権の内容にタイラギ潜水器漁業をも含むとすれば,特定の海域において特定の漁業を独占的排他的に営む権利である共同漁業権の排他性と矛盾することになる旨主張する。しかし,漁業行使権に基づきタイラギ潜水器漁業を行う漁協の組合員と,タイラギ潜水器漁
業の許可を得た組合員以外の者が,仮に,同じ海域でタイラギ潜水器漁業を行うという事態が発生した場合には,両者の調整の問題が生ずるにすぎず,権利の性質に影響を与えるものではないというべきである。
したがって,タイラギ潜水器漁業について,漁業行使権に基づく物権的請求権は発生しない旨の被告の前記主張は,採用することができない。
なお,弁論の全趣旨によれば,原告らの一部が,流し網漁業及び一本釣漁業をも営んでいることが認められるところ,これらの漁業は,いずれも漁業法6条に定める漁業権の対象ではない。他方,長崎県漁業調整規則6条によれば,流し網漁業は知事の許可を受けなければならないとされており,許可漁業であり,また,弁論の全趣旨によれば,一本釣漁業は,自由漁業である
と認められる。流し網漁業及び一本釣漁業が漁業権漁業でない以上,これらについて漁業行使権は観念できず,物権的請求権は発生しない。
第2

争点2(原告らの漁業行使権の前提となる本件3漁協が有する漁業権が,本件締切り後に免許された権利であることを前提として,本件事業や本件潮受堤防の締切りによる漁業行使権侵害は生じ得るか。
)について

1
前記前提事実3のとおり,本件3漁協の漁業権は,いずれも本件締切りよりも後である平成25年9月1日以後に新たに免許されたものである。原告らは,新たに免許される前の漁業権及びこれに基づく原告らの漁業行使権と,同日以後に新たに免許された漁業権及びこれに基づく漁業行使権は,実
質的に同じ漁業権が継続して認められており,漁業権から派生する漁業行使権についても同様であるから,本件事業への着工又は本件締切りより前に免許さ
れた漁業権に基づく漁業行使権と比較して,原告らの漁業行使権が侵害されているのであれば,漁業行使権に基づく物権的請求権を行使できる旨主張する。2
証拠(甲A1ないし21,59ないし71,91ないし122,157ないし181)によれば,別紙6,10及び11の本件3漁協の有する漁業権は,
小長井漁協の南区第2501号の第3種区画漁業権及び瑞穂漁協の南区第2019号ないし2021号の各第3種区画漁業権を除き,共同漁業権については存続期間が10年であることから平成15年9月1日に,区画漁業権については,存続期間が5年であることから平成20年9月1日に(漁業権の存続期間について漁業法21条1項参照)
,同一の漁業の種類を対象とする同一の免許

番号の漁業権の設定を受けていたこと,これらについて,平成25年9月1日に存続期間が経過した後,同日のうちに,従来の内容と同内容の免許がされたことが認められる(なお,再度の設定がされなかったものもある。。また,証)
拠(甲B1ないし5,甲B7ないし13,甲B15ないし17,甲B19,20及び22,甲B26ないし28,甲B32,33,36,39,40,42
及び43〈枝番をすべて含む。)及び弁論の全趣旨によれば,原告らのうち,〉
本件締切りの前から,自己が本件3漁協の組合員として,本件締切り及び本件潮受堤防の締切り後に従事した漁業と同一の漁業に従事していた者がいることが認められ,第3種区画漁業権について,時期によってその対象となる区画の一部が異なる(ただし,位置は大きくは移動しない。
)ことはあったものの,

本件3漁協の有する漁業権は,平成15年9月1日より前の時点においても,同日において有していたものと同じ内容のものであったと推認することができる。
以上の各事実によれば,本件3漁業に設定された漁業権については,存続期間が経過した後,特段の事情がない限り,直ちに従来の漁業権と同じ内容の漁
業権が再度免許され,これが反復継続されてきたものと認められるところ,従来の漁業権及びそれに基づく漁業行使権と,存続期間経過後に改めて免許され
た漁業権及びそれに基づく漁業行使権との間で,性質や内容に変化が生じると解するべき合理的な理由は存在せず,実質的に同一のものということができる。そうすると,本件3漁協が現在有している漁業権が,本件締切りの後である平成25年9月1日より後に免許されたものであるとしても,本件締切りより前から実質的に同一の漁業権が存続しているものといえ,これに基づく組合員
らの漁業行使権も,それより前から存続していると評価し得るから,本件締切りや本件潮受堤防の締切りによる侵害を観念する余地はあるというべきである。3
これに対し,被告は,本件3漁協の漁業権が,いずれも本件締切りよりも後である平成25年9月1日以後に免許されたものであるから,これらの漁業権やそれに基づく原告らの漁業行使権は,同日当時の諫早湾の漁場環境を前提に
設定されたものであり,本件事業や本件締切りによる権利の侵害を観念することはできない旨主張する。しかし,前記のとおり,同日前後において,漁業権及び漁業行使権は実質的に同一のものと認められる。したがって,被告の前記主張は採用することができない。
第3

争点3(漁業行使権侵害の有無等及び本件事業との因果関係の有無)について1
漁業行使権侵害の意義について
原告らは,漁業被害について,原告らが漁業行使権を有している漁場について漁場環境の悪化が認められれば,それ自体が漁業被害に当たるのであり,
原告らの個別の漁獲量が減少していることまでは要しない旨主張する。しかし,漁業とは,水産動植物の採捕又は養殖の事業をいう(漁業法2条1項参照)ところ,経済的利益の獲得を目的として営まれるものであること,通常,漁業者は漁獲物を市場等において売却することで経済的利益を得るものであることに照らすと,経済的利益の源となる漁獲の量的又は質的な低下
を漁業被害と捉えるのが自然であるし,漁場環境の悪化が認められる場合であっても,それによって漁獲の量的又は質的な低下が生じていないのにもか
かわらず漁業被害を肯定することは不合理である。また,原告らは,漁場環境の悪化に当たる事実として,赤潮の発生や貧酸素水塊の発生など,複数の現象を主張しているところ,どの現象が,どの程度発生した場合に漁業被害を肯定するかについて明確な基準を設けることは困難である。
以上によれば,漁業被害は,漁獲の量的又は質的な低下をその内容とすると解するのが相当であり,かつ,漁獲の多寡や質は,気象条件等の自然現象や,個々の漁業者の経営規模及び漁業努力の多寡などによっても左右されるものであることを考慮すると,個々の漁業者について,従来と同程度の漁業努力を行っても量的又は質的に従来より有意に低い漁獲しか得られない状態
になった場合に,漁業被害を肯定することができると解するのが相当である。そして,その被害が,漁業権漁業について生じたものであって,かつ,第三者の行為に起因するものと認められる場合,すなわち,本件においては,本件事業による本件潮受堤防の締切りによって生じたと認められる場合に,漁業行使権に対する侵害を肯定することができるというべきである。なお,漁
場環境の悪化は,漁業被害が,本件事業による本件潮受堤防の締切りによって生じたといえるか否かの因果関係の有無の判断に必要な事項であり,これが認められない場合には,漁獲の量的又は質的な低下が認められたとしても,本件潮受堤防の締切りと漁業被害との因果関係は否定されることになる。これに対し,原告らは,漁業被害を個々の漁業者の漁獲の量的又は質的な
低下ととらえることは,原告らに不可能ともいうべき不当に高度な立証を強いるものである旨主張する。
しかし,漁業行使権が個々の漁業者に帰属する権利であること,前記のとおり,漁獲の多寡や質は個々の漁業者の経営規模等によっても左右されること,本件では,諫早湾内の環境が変化したことによって漁業被害が生じたか
否かが争われているところ,環境の変化による影響は,その性質上,湾内の漁業者全てに一様に生じるようなものではなく,影響の有無及び程度は個々
の漁業者ごとに異なってくるものと考えられることに照らせば,漁場環境が悪化しているというその一事から,原告らに漁業被害が生じていると認定することは困難であり,個々の漁業者の漁獲について検討することは不可欠である。他方,原告ら自身が営む漁業の漁獲について主張立証を求めるものであること,漁業上の権利利益の侵害を理由に損害賠償請求を行う訴訟等にお
いては,個々の漁業者の漁獲の減少について主張立証するのがむしろ通常であると考えられることに照らせば,本件において,原告らに対し,それぞれの漁獲の量的又は質的な低下について主張立証を求めることも酷であるとまではいえない。
したがって,原告らの前記主張は採用することができない(ただし,原告
オのとおり,原告らの個別の漁業被害について
も主張している。。

原告らは,さらに,漁業権の内容となっている魚種について漁場環境の悪化が生じれば,実際に当該漁場で当該魚種について漁業を営んでいるか否かに関わりなく漁業被害が認められる旨主張する。

来の漁獲との比較によって判断されるものと解されるところ,原告らが本件事業の前に実際に営んでいなかった漁業については,そもそも従来の漁獲自体が存在しないのであるから,漁業被害の発生を認める余地はないというべきである。したがって,少なくとも本件事業の前に営んでいた漁業であるこ
とが前提となるというべきであり,原告らの前記主張は採用することができない。
2
漁業被害と本件事業(特に本件潮受堤防の締切り)との因果関係について因果関係の判断基準について

訴訟上の因果関係の立証は,一点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく,経験則に照らして全証拠を総合検討し,特定の事実が特定の結果発生
を招来した関係を是認し得る高度の蓋然性を証明することであり,その判定は,通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るものであることを必要とし,かつ,それで足りるものと解するのが相当である(最高裁判所昭和50年10月24日第二小法廷判決・民集29巻9号1417頁参照)


前記1

のとおり,漁業被害は,漁獲の量的又は質的な低下をその内容と

するというべきところ,本件では,原告らの主張する侵害行為は,本件事業に伴う本件潮受堤防の締切りであり,原告らは,これによって,諫早湾内の漁場が悪化したと主張しているから,本件事業に伴う本件潮受堤防の締切りと原告らの漁業被害,すなわち漁獲の量的又は質的な低下との因果関係を判
断するに当たっては,前記のとおり,本件事業に伴う本件潮受堤防の締切りによって,諫早湾内の漁場環境が悪化したといえるかどうかが問題となる。したがって,まず,本件潮受堤防の締切りに起因する諫早湾の環境変化の有無及び程度や,環境変化があるとした場合,これに起因する漁場環境の悪化の有無及び程度について,前記の判断基準に照らして検討する。なお,原告
らが主張する環境変化のうち,魚類の産卵場所及び成育場所であった諫早湾の干潟の喪失については,漁船漁業の漁場環境と密接に関連するため,後記の本件潮受堤防の締切りに起因する環境変化が漁業種ごとの漁場環境に与えた影響において検討することとする。


本件潮受堤防の締切りに起因する諫早湾の環境変化の有無及び程度についてア
潮流速の低下とこれに伴う成層化について
原告らは,本件潮受堤防の締切りにより,潮流速が低下し,成層化した旨主張する。
潮流速の低下について

a
後掲各証拠によれば,次の各事実が認められる。

専門委員報告書
同報告書は,3次元密度流数値シミュレーションにより,小潮・
上げ潮時,小潮・下げ潮時,大潮・上げ潮時,大潮・下げ潮時それぞれの表層及び底層の潮流速の変化率を計算したところ,その計算結果は,別紙18潮流速差図
(甲E1[37ないし40頁])の

とおりであり,諫早湾内及びその周辺のみならず,対岸の熊本県沿岸や有明海中央部南側海域等にまで及ぶ広い範囲の海域において,潮流速の低下が生じているとした上,諫早湾内及びその周辺では,本件潮受堤防の締切りによって潮流振幅が大きく減少していることは,現地データ及び前記の数値シミュレーションの結果からみて明
らかであり,これらの海域における潮流速の低下に関しては,本件潮受堤防の締切りによって直接的な影響があったとほぼ断じてよいとまとめている。
(甲E1[28ないし34,37ないし40,10
6頁])


フォローアップ報告書
九州農政局は,別紙19調査位置図
(乙E26[3-2-40
頁])記載の湾内(本件調整池を含まない。
)及び湾外の11の観測
地点において,平成元年及び平成10年から平成19年までの各1月(平成15年を除く。
)に潮流調査を実施し,この調査結果を,

フォローアップ報告書において,他のモニタリングの結果等とともに,別紙20地点別平均流速の締切前後比較
(乙E26[3-2
-41頁])として示した。
上記比較においては,本件締切りの前後で,湾奥部(St.1,
2,7及び10)では,平均流速の平均値が約20cm/sから約
5cm/sに大きく低下しており,湾央部(St.6)においては,約20cm/sから約10cm/sに半減しており,他方で,湾口
部(St.3ないし5)及び湾外(St.12ないし14)については,湾口部でわずかに平均流速の低下がみられるものの,湾外では大きな変化は認められないとされている。
フォローアップ報告書においては,諫早湾内の本件締切り後の潮
流は,本件締切り前に比して,湾奥部や湾央部では流向の変化や潮
流速の低下を示したものの,湾奥部から湾口部にかけて,その変化の程度は小さくなっており,湾外では一様な変化の傾向は認められていないとまとめられた。
(乙E26[3-2-40ないし3-2-59,3-2-203頁])⒞

平成29年委員会報告
同報告では,有明海の潮流に全体的な影響を及ぼす要因として,
干拓・埋立て,海岸線の人工化(護岸化)
,港湾等の人工構造物の構
築及びノリ網の敷設による海水面積の減少並びに地形の変化,東シナ海全体の平均潮位の上昇に伴う有明海湾内の平均潮位の上昇,外
洋の潮汐振幅の減少を挙げている。
潮流速に影響する有明海の潮汐に関し,月と太陽の引力から生じ
る異なる周期を持つ分潮で構成される潮汐のうち,有明海の最も大きな分潮成分である主太陰半日周潮であるM2分潮について,月の軌道の昇交点の周期変動により振幅に18.6年周期の変動があり,
昭和54年頃と平成7年頃に極大となった後,平成19年にかけて減少し,平成27年頃に再び極大を迎えると考えられるが,M2分潮振幅は,過去約40年間で減少しているとする。その原因について,本件締切りによる地形変化を挙げる報告もあるものの,東シナ海に近い口之津と有明海の西部である大浦(諫早湾より北に位置す
る。
)とでM2分潮振幅の増幅率に明らかな変化はみられなかったと
の報告もあり,大浦におけるM2分潮振幅の減少について,前記の
潮流速に関するのと同様に,有明海内の海水面積の減少,平均潮位の上昇,外洋の潮汐振幅の減少等が挙げられているが,その影響度合いに関しては,見解によって異なり,本件締切りの影響を10ないし20%とする見解もあれば,過去80年間ではM2分潮振幅減少の大部分は干拓等の海岸線の変化ではなく,外海のM2分潮振幅の減少であるとする見解もあるとする。
また,平均流(潮流を除く恒流である。
)については,有明海で
は河川水の流入量の変動や風の影響が大きく,湾奥部では全体として反時計回りの環流がみられるほか,河川流入水の影響について,
淡水が流入すると鉛直方向に流れの変化が生じ,夏期を中心に上層で流出,下層で流入のエスチュアリー循環(密度流)が発達し,上層では湾奥部から湾口部,下層では湾口部から湾奥部への流れとなっているとする。
本件潮受堤防の締切りによる諫早湾内における潮流速への影響及

び有明海の潮流速については,次のとおりの知見があるとしている。ⅰ
平成元年及び平成10年から平成16年までの期間に実施され
た諫早湾内の潮流調査の実測結果から,諫早湾の湾奥部及び湾央
部では本件締切り後に潮流速が低下し,湾口部でも,湾奥部や湾
央部ほど顕著ではないものの,潮流速が低下する傾向がみられた。また,シミュレーションによると,下げ潮時の潮流速は本件潮受

堤防設置により湾口部北側の一部海域で増加し,湾内から島原半
島に沿った広い領域では減少するとの結果が得られた。

諫早湾内の表層での本件潮受堤防がない場合とある場合の潮流
速の変化量を数値シミュレーションにより解析した結果,本件潮

受堤防による諫早湾の容量の減少により潮流速が全体的に減少し,下げ潮最強から干潮にかけて,島原半島沿いに帯状の増速域と減

速域がみられた。

シミュレーションの結果,諫早湾干拓(本件事業)に伴う地形
変化により,諫早湾内で潮流速は20ないし60%低下し,有明
海中央部では5%低下するとの結果が得られた。


数値シミュレーションの結果,本件事業による潮流への影響は,
諫早湾から島原半島沿いに限られ,有明海湾奥部においては,1
900年頃以降本件事業前に行われた干拓によって潮流速が大き
く減少しており,湾奥部に関して本件事業による流速の変化は,
月の昇交点運動による潮汐振幅の変動の影響に比べて非常に小さ
いことを示している。

なお,平成18年委員会報告も,潮流速に関し,平成29年委員
会報告とおおむね同じ内容を指摘している。
(乙E5[24ないし26,64頁],乙E197[47ないし74頁])


宇野木早苗による文献河川事業は海をどう変えたか
(平成1
7年)
宇野木早苗(日本海洋学会名誉会員)による前記文献は,潮流の
観測はデータが少ないこと,地形の影響を受けて局地性が強く,密度成層の影響を受けるため現象が複雑であることから,本件事業に
伴う潮流の減少の実態は十分に解明できていないものの,農林水産省の大潮時における潮流観測データに基づいて減少の割合を計算したところ,本件潮受堤防の締切り後,本件潮受堤防の前面では80ないし90%潮流速が低下し,湾口部でも10ないし30%低下したとしている(甲E21[67頁])


田井明らによる潮汐・潮流および成層強度の長期変化に関する最新の研究(平成21年)

平成21年10月31日に開催された第21回沿環連ジョイン
ト・シンポジウムで報告された田井明(九州大学大学院)らによる上記論文では,上記⒞ⅳと同旨の内容が報告された(甲E26[21ないし26頁])

b
上記aで掲げた証拠のうち,専門委員報告書(甲E1)
,平成18
年委員会報告(乙E5)及び平成29年委員会報告(乙E197)は,争点3における問題点の大部分に関係する証拠であるから,その信用性について検討する。
証拠(甲E1,甲E

100,甲E101,甲E110ないし112,甲E127,甲E139,甲E157,乙E5,乙E197,乙E200及び201,乙E213ないし218〈枝番をすべて含む。,乙E232ないし23〉
6〈枝番をすべて含む。,乙E242,証人D)及び弁論の全趣旨を〉
総合すると,専門委員報告書は,原因裁定事件において,専門委員と
して選任された4名の大学教授及び研究者が,審問期日及び現地調査に参加し,当事者双方の主張,申請人本人や参考人の陳述等を聴取し,14回の検討会を開催し,検討の上,平成16年12月にとりまとめたものであること,平成18年委員会報告について,評価委員会は,国及び関係県の調査結果に基づいて有明海及び八代海の再生に係る評
価を行うことを目的とし,委員会は26回にわたり,小委員会は9回にわたり,開催され,国,県及び大学等による調査結果の報告,関係者からのヒアリング,各種調査研究文献の報告等を行った上,平成18年にとりまとめられたものであること,平成29年委員会報告書について,評価委員会は,国や地方公共団体が行った有明海や八代海の
調査結果やその他学識経験者による論文について,再生のための評価を行うことを目的としていたこと(開門の是非や本件事業による影響
は対象に含まれていなかった。,小委員会ごとに,関係する分野の研)
究者や大学教授等の専門家から論文等の功績などを考慮して選任したこと,候補者について,水産庁や環境省から推薦を受けることはあったものの,他省庁からの推薦を要件とはしていなかったこと,選任に当たって開門の是非に対する意見は考慮しなかったこと,平成23年
10月以降,評価委員会が14回,各小委員会がそれぞれ17回開催され,平成18年委員会報告を前提とし,その間に蓄積された知見も踏まえ,検討が重ねられたこと,その内容は,逐語で記載された議事録により公開されたこと,その結果とりまとめられた報告案について,パブリックコメントの手続に付され,個人及び団体から寄せられた意
見を踏まえ,作成されたことが認められる。
以上の各事実によれば,専門委員報告書,平成18年委員会報告及び平成29年委員会報告は,その作成に関与した者及び作成過程に照らし,各作成時点における関係分野の専門家が,調査結果や研究に加え,関係者の意見をも聴取した上でとりまとめたものと認められ,い
ずれも基本的に信用することができる。ただし,その作成時期及び関与した専門家の数に照らせば,三者の比較においては,平成29年委員会報告が最新かつ最も幅広い知見を踏まえたものであるといえる。c
前記aで認定した各事実によれば,潮流速について,観測データが少なく,また,潮汐や地形等の他に影響を与え得る様々な要因があることから,本件潮受堤防の締切りによる影響についての正確な実態の把握は困難であることが認められるが,正確な割合は不明であるとしても,数値シミュレーションによって本件潮受堤防の締切りにより,諫早湾内の潮流速が低下したことが示され,実測が行われた範囲でそ
の結果とも合致していることが認められるから,本件潮受堤防の締切りにより,諫早湾内の潮流速が低下し,その低下の程度は諫早湾の湾
奥部においてもっとも顕著であり,湾央部から湾口部へと向かうにつれて低下の程度が小さくなると認められる。
成層化について
a
後掲各証拠によれば,次の各事実が認められる。
専門委員報告書

同報告書は,諫早湾内及びその周辺における潮流速の低下によっ
て鉛直混合が弱まることにより,成層度は増大している可能性が高く,塩分成層度の本件締切り前後の差に関する数値シミュレーションの結果にもその傾向が表れているが,諫早湾内については水深がかなり浅いこともあって,本件締切り後の成層度の強化を明瞭に示
す直接的なデータはないことを指摘したほか,諫早湾内の成層度を変化させるメカニズムとしては,潮流速の低下が主要なものと考えられるが,そのほかにも,他海域からの河川起源低塩分水の諫早湾への流入が本件潮受堤防の締切りによって強化されることによる成層度の変化についても可能性としてあり得るとしている(甲E1

[35,53ないし55,106,132頁])



平成29年委員会報告
同報告は,有明海湾奥部及び諫早湾の貧酸素水塊は潮汐混合の影
響を強く受けており,潮流が弱い小潮時に発達しやすく,潮流が強
い大潮時に緩和或いは解消することが多いが,これは,潮流が弱まる小潮時に成層が発達するため貧酸素水塊が発達することによるとしている(乙E197[127頁])

また,3次元シミュレーションによる解析によって,諫早湾の本
件潮受堤防建設による鉛直混合能の変化が塩淡成層の発達に対して
与えた影響は,大潮期では顕著であるが小潮期では小さいこと,その影響は,諫早湾内と島原半島沿岸で強く,有明海北部ではほとん
どないことも指摘している(乙E197[61頁])



平成2年から平成16年までの環境モニタリングにおいて調査さ
れた別紙14(甲E148,乙E26[3-2-61])の諫早湾湾央部のB3地点の表層と中層における水温及び塩分の観測データによって,本件締切りの前後の海水密度の平均値を比較したところ,本
件締切り前は,表層が21.1σt,中層が21.7σtであり,本件締切り後は,表層が20.8σt,中層が21.4σtであり,いずれも表層と中層の海水密度の差は0.6σtであった(乙E46[2,3頁]。



開門アセスのための平成19年度における鉛直連続観測の結果,
同年8月上旬の降雨に伴い,本件調整池からの排水以外の河川水量の増大に伴い,諫早湾湾口部北部や湾央部でも大きな塩分低下が生じていることが確認された。
また,平成15年に海岸工学論文集第50巻に掲載された鯉渕幸
生(東京大学)らによる有明海における水質変動の支配要因と

題する論文(平成15年。以下鯉渕論文という。
)では,同人
らが,平成13年以降,諫早湾沖において観測を行い,河川水の侵入過程を検討した結果,諫早湾における栄養塩の約85%が筑後川をはじめとする有明海に流入する河川から供給され,残り15%が本件調整池からの排水によってなされると推定したとしている。

(乙C72の1[6.2.3-15ないし19],乙E79[262頁]

b
前記a

の各事実に,証拠(甲E19[54頁],甲E26

[31頁],証人E〔以下Eという。)を総合すると,潮流速が低〕
下すると,鉛直混合力,すなわち,海水を攪拌する力が弱まることにより成層化が進行するという現象は,一般に承認された科学的知見で
あると認められる

のとおり,本件潮受堤防の締切り

によって諫早湾内における潮流速が低下したこと自体は認められるこのとおり,数値シミュレーションの結果にも,諫早湾内
及びその周辺において,潮流速の低下によって鉛直混合が弱まることにより成層度が増大する傾向が表れていることを考慮すると,少なくとも,潮流速の低下の程度の大きい諫早湾の湾奥部及び湾央部においては,その程度は別として,本件潮受堤防の締切りによって成層化が進行したと認められる。
c
これに対し,被告は,仮に本件潮受堤防の締切りによって諫早湾
における成層化が進行しているのであれば,本件締切りの前後で,各層の海水密度の平均値に差が拡大しているはずであるが,このような変化はみられないのであるから,本件潮受堤防の締切りによって成層化が進行したとは考えられない旨主張する。
前記a⒞の事実は,被告の前記主張に沿うものではあるが,前記

観測データは,湾央部の1地点の表層と中層におけるデータにすぎず,複数の地点で表層と底層との海水密度の差に締切り前後で変化がみられないことまで示すものではないから,潮流速が低下すると鉛直混合力が弱まることにより成層化が進行するという一般に承認されている科学的知見による現象の発生を否定するものであるとは
いえない。
もっとも,仮に諫早湾において成層化が著しく進行していたとす
れば,湾奥部ほど潮流速の低下の程度が大きくない湾央部においても,表層と中層の海水密度の差が拡大するのが自然であると考えられるところ,前記のとおり,本件締切りの前後で湾央部の表層と中
層における海水密度の差に変化はみられないことに照らせば,本件潮受堤防の締切りにより諫早湾における成層化が進行しているとし
ても,その程度は小さなものにとどまると認められる。
d
他方,原告らは,本件調整池から諫早湾の表層に淡水が排水され,表層と底層の塩分濃度の差が広がることによって,成層化が進行する旨主張し,証人Eは,

本件潮受堤防があることにより,本件調整池

からの排水は,諫早湾の海面の塩分濃度の高い海水に,いわば淡水が投げ入れられることになり,かつ,本件潮受堤防の存在により鉛直混合力も低下し,成層化が進行する旨,また

作成に係る諫早湾潮受け堤防の締切りが諫早湾および有明海奥部海域の環境と生態系に及ぼす影響(甲E144。以下E論文という。
)における佐賀市
の日降水量及び本件調整池からの排水量と諫早湾の表層及び底層の塩分濃度の推移の対照(甲E144[添付図2])を前提として,強い雨が降ると本件調整池から排水がされ,表層の塩分濃度が顕著に低下し,かつ,塩分濃度の低下は1か月近く継続する旨の前記主張に沿う証言をする。

しかし,E

証拠(乙E57[5-1-

1ないし5-1-14頁])によれば,平成17年7月5日に実施された調整池排水拡散調査及び同年10月27日から同月31日にかけて実施された自動昇降式観測装置による観測の結果,排水による塩分濃度の低下が生じるのは諫早湾湾央部辺りまでにとどまり,排水が終了すると塩分濃度も回復することが認められ,証拠(乙C72の1[6.2.3-15ないし19])によれば,開門アセスのための平成19年度における鉛直連続観測の結果,排水後の塩分低下は湾奥部において顕著であるが,それも排水後には回復したことが認められ,これらの各事実に照らし,直ちには採用することができない。この点に
関し,原告らは,前記の自動昇降式観測装置による観測は,観測期間が短い上,水温差によって鉛直混合が起こることにより成層化が発生
しにくい10月に実施されたものであるから,本件調整池からの排水による成層化の進行を否定するものではない旨主張するが,証拠(乙E57[5-1-12頁])によれば,平成17年10月27日から同月31日の観測結果が抽出されたのは,降雨やそれに伴う河川水等による塩分濃度の低下と区別するために,前後に降雨がない排水日として選定されたからであることが認められ,これによれば,時期の選定が恣意的であるとはいえず,また,前記のとおり,平成17年7月に実施された調整池排水拡散調査及び平成19年度の開門アセスのための鉛直連続観測においても排水終了後に塩分濃度の低下範囲が縮小し
ていく傾向が確認されていることに照らしても,原告らの前記主張によって,証人Eの前記証言の信用性が高いということはできない。なお,原告らは,調整池排水拡散調査に関し,諫早湾干拓事業環境影「響評価レビューのフォローアップ報告書に対する環境省の見解について」と題する文書において,環境省が否定的な見解を示している旨
主張するが,証拠(甲E2の2)によれば,前記文書は,排出水に伴う負荷量(水質,排出量等)について調査を実施し,検討すべきであるとしていることが認められ,拡散調査の実施方法又は結果自体に問題があることを指摘しているものとはいえない。
前記a⒟の事実によれば,本件調整

池からの排水量よりも筑後川等からの流量の方がはるかに多量であると認められるところ,この事実に,証拠(乙E228の1及び2)を総合すると,強い雨が降った後には,雨水が湾内に直接降りこむ上,増水した筑後川等の河川からの流入量も増加すると認められ,本件調整池からの排水により塩分濃度が低下し,これが継続する旨の証人E
の前記証言は採用することができない。
他に,本件調整池からの排水による塩分濃度の低下が諫早湾の成層
化を進行させていると認めるに足りる証拠はない。
e
以上によれば,本件締切りにより,潮流速が低下して鉛直混合力が低下した結果,少なくとも諫早湾の湾奥部及び湾央部においては,成層化が進行した可能性があると認められるが,その進行の程度は小さなものにとどまると認められる。


本件調整池からの排水による影響について
原告らは,本件調整池から,水質が悪化した水が排水されることが,諫早湾の環境を悪化させている旨主張する。
本件調整池の水質について

証拠(甲E1[84頁],甲E19[77頁],甲E25,甲E36[添付図2],甲E144[添付図3,4])によれば,本件調整池における化学的酸素要求量(COD)及びクロロフィルa濃度(Chla)の推移は,それぞれ,別紙21及び22調整池の水質(St.B1)(甲E144[添付図3,4])のとおりであり,CODは,平成8年までは,
平均値(別紙21の黒い丸)及び標準偏差(別紙21の黒い丸から上下に伸びる線の幅)ともにほぼ横ばいであったが,平成9年から標準偏差が大きくなるとともに,平成9年から平成10年にかけて平均値が増加し,その後も増加傾向にあり,クロロフィルa濃度も,平成9年以降に標準偏差が大きくなり,平均値が増加傾向にあったことが認められる
(別紙22参照)

COD及びクロロフィルa濃度のこのような変化は,本件締切り(平成9年)と時期を同じくしていること,締め切られた本件調整池における有機物や植物プランクトンの含有量を変化させるような要因が他に認められないことに照らせば,本件潮受堤防の締切りによって生じたもの
と認められる。
本件調整池からの排水による影響が及ぶ範囲について

証拠(乙E57[5-1-1ないし5-1-14頁])によれば,22回にわたって実施された外縁追跡調査の結果確認された排水量と最大到達距離との関係は別紙23排水量と最大到達距離の整理
(乙E57
[5-1-10頁・表5-1-2])及び排水量別外縁分布の比較(乙E57[5-1-10頁・図5-1-7])のとおりであり,本件調整池からの排水による濁りの影響は,大規模な排水の場合においても,本件潮受堤防から約6kmの範囲内にとどまったことが認められる。また,証拠(乙E57[5-1-15ないし5-1-20頁])によれば,本件調整池に由来する珪藻プランクトンの中の優占種である汽水性
珪藻プランクトンの殻(珪酸質)の分布状況を調査した結果,本件調整池からの排水に含まれている殻(珪酸質)の大部分が湾奥部において沈降・堆積していたことが認められ,この事実によれば,本件調整池からの排水による湾内の底質に対する影響は,ほぼ諫早湾湾奥部の範囲内にとどまったと認められる。
諫早湾の底質の有機物含有量について

a
後掲各証拠によれば,次の各事実が認められる。
専門委員報告書
同報告書は,平成10年以降,諫早湾湾奥部,湾央部及び湾口部
の別紙14(甲E148,乙E26[3-2-61])のB4地点の
CODについては,本件調整池とほぼ同様の濃度レベルと経年的傾向を示しているが,湾口部のB6,S10及びB5は,横ばいないしゆるやかな上昇傾向にあるとし,前者について,本件調整地内で淡水性の植物プランクトンが高濃度に増殖し(CODの内部生産),
陸起源粒子を含むデトリタス(有機物砕片)などとともに排出され,
その多くは本件各排水門近傍に沈降することを指摘した(甲E1
[83,84,116頁])




平成18年委員会報告
同報告は,平成元年及び平成12年の底質調査の結果,諫早湾湾
奥部から湾央部の測点で底質のCODが増加傾向を示していること,有明海湾奥部から諫早湾にかけて,表層堆積物中の有機炭素量が有明海湾奥部西側や諫早湾で高い値を示し,これらの海域ではクロロ
フィルa値も大きく,また,有機炭素安定同位体比から,表層堆積物中の有機炭素量は植物プランクトン起源の有機物の影響を強く受けていると推測されるとし,潮流速の低下が認められる海域において,有機物を含むより微細な粒子が沈降・堆積しやすい状態が生じたことが推察されるとしている(乙E5[69,70頁])




フォローアップ報告書
九州農政局は,本件事業に係る環境モニタリングの一環として,
別紙14(甲E148,乙E26[3-2-108頁])記載の湾内の11の観測地点(本件締切り前については9地点)において,平
成元年度から平成18年度にかけて年4回,海域底質のモニタリングを実施した。その調査結果は,CODの推移として別紙24ないし26CODの経年変化
(乙E26[3-2-117ないし11
9頁])のとおりであり,湾奥部北側(S1,S7地点)
,湾奥部南
側(S6,S8地点)
,湾央部(B3地点)及び湾口部北側(B4

地点)の全ての地点において,本件締切りの後CODが上昇傾向にあり,締切後平均値が締切前平均値を上回っていたが,他方で,湾口部北側以外の湾口部(B5,B6,S10)では,本件締切りの前後で有意な変化はみられなかった。
フォローアップ報告書は,CODは湾奥部のほか,湾央部及び湾

口部北側で増加がみられ,その原因としては本件調整池からの排水中のCODの増加,流速低下による有機粒子の沈降などが考えられ
るとしている(乙E26[3-2-108,115ないし119,205頁])



環境省は,平成13年6月上旬から同年9月上旬にかけて,浮泥
の堆積状況等に係る現地調査をした結果,諫早湾の湾口南部では浮泥はほとんど堆積していなかったが,湾奥部で約25ないし30c
mの,湾央部で約20ないし30cmの,湾口北部では10ないし20cmの浮泥の堆積を確認したと報告した(甲E87)

九州農政局は,平成21年度の柱状採泥調査結果によれば,筑後
川の河川流量及び濁度が高くなる同年7月下旬から同年9月上旬に,筑後川沖及び塩田川沖等の海底水道西側斜面に浮泥が厚く分布し,
その後,河川流量が少なくなる同年10月以降は浮泥厚が全域で薄くなる傾向があったとした(乙E195)



平成29年委員会報告
同報告では,環境モニタリングの結果,諫早湾の別紙14(甲E
148,乙E26[3-2-61])のB3地点における底質のCO
Dは,本件締切り後増加傾向にあったものの,平成14年頃以降平成23年頃までは減少傾向にあったことを指摘している(乙E197[346頁])

b
前記

のとおり,本件調整池においては本件潮受堤防の締切りによ

って有機物等の含有量が増加したこと,前記

のとおり,本件調整池

からの排水は,諫早湾内の濁りや底質に影響を及ぼすものの,その影響の範囲はほぼ湾奥部までに限定されていること,前記

⒜ないし

⒟のとおり,本件締切り後に諫早湾湾奥部及び湾央部の底質においてCODの値が上昇傾向にあり,しかも,底質中の有機物は,本件調整池からの排水に含まれていた植物プランクトンに由来するものと認められることや,平成18年委員会報告が,潮流速の低下が認められる
海域において,有機物を含むより微細な粒子が沈降・堆積しやすい状態が生じたことが推察されるとしているところ,実際に諫早湾の湾奥部及び湾央部で浮泥の堆積が確認されたことを総合すれば,諫早湾の湾奥部及び湾央部では,本件潮受堤防の締切りによって潮流速が低下したことにより,本件調整池からの排水に含まれる有機物等が沈殿し
ているものと認められる。
もっとも,前記ア

a⒟のとおり,筑後川から有明海に流入する

栄養塩を含んだ河川水の流量は,本件調整池から排水される水量よりもはるかに多量であることに,


合すると,諫早湾の底層に堆積する浮泥(有機物)は,本件調整池
からの排水に含まれていたもののみならず,河川水に含まれていたものもあり,かつ,後者が占める割合が相当に大きいものと推認できる。
したがって,本件調整池からの排水による影響は,諫早湾の湾奥
部から湾央部にかけて生じていると認められるものの,これが重大
なものであるとは認められない。
諫早湾の環境変化に起因する漁場環境の悪化の有無及び程度についてア
赤潮の発生について
原告らは,本件潮受堤防の締切りにより,諫早湾の環境が変化し,赤潮
の発生が増加した旨主張する。
赤潮の発生件数及び日数について
証拠(甲E144[添付図16],乙E5[38,39頁],18,69,74,132,133,197[148頁])によれば,有明海,八代海及び諫早湾における赤潮の発生件数及び日数の推移は,それぞれ別紙2
7及び28(乙E133[2,3頁])のとおりであり,諫早湾における赤潮の発生件数及び日数は,平成9年から平成10年にかけて大きく増
加しており,その後も,平成18年に減少したほかは,発生件数及び日数のいずれも,平成9年以前に比して顕著に高い数値を維持していること,諫早湾におけるラフィド藻赤潮の発生日数も,年によって増減するものの全体としては増加傾向にあること,他方,有明海(諫早湾を含む。
)においては,平成9年以降,平成14年にピークを迎えるまで,発生件数,日数共に一貫して増加を続けており,その後平成18年まで減少が続くも,平成19年には再度増加に転じたこと,また,八代海においても,平成9年から平成10年にかけて発生件数,日数共に大きく増加しており,その後は増減を繰り返すも,おおむね,平成9年以前よ
り顕著に高い数値を維持していることが認められる。これらの事実によれば,諫早湾における赤潮の発生件数及び日数は,いずれも平成9年以降増加傾向にあるが,有明海及び八代海についても同様の増加傾向にあるといえる。
なお,証拠(甲E143,乙F22)によれば,赤潮の定義について,
平成8年に開催された赤潮に関する研究協議会では,海水中で微小な生物(主に植物プランクトン)が異常に増殖して,そのために海水の色が変わる現象とされたが,赤潮有害種として知られるシャットネラ類が海水1mLに1細胞観察されるだけで,海水が赤く着色していなくても赤潮として判断する行政上及び学術上の取扱いもあることが認められ,確
立されていない状況にあると認められる。
赤潮の性質,発生機序及び発生要因について
後掲各証拠によれば,次の各事実が認められる。
a
専門委員報告書
同報告書は,諫早湾では,本件潮受堤防の締切りにより潮流速の低
下が起きたことは確実であり,これによって鉛直混合が起こりにくくなったと考えられること,諫早湾には,締切りによって湾外の筑後川
などからの河川起源低塩分水がより多く輸送されるようになった可能性があることが数値シミュレーションの結果から示されており,それによっても成層度は上昇し得ること,鉛直的に安定した水塊では,日周鉛直移動により底層の栄養塩を利用できる鞭毛藻の成長に有利となることが,諫早湾における夏期を中心とした鞭毛藻赤潮の発生頻度の
著しい増加の理由であると考えられることを指摘しているほか,浮泥の厚さが増していることから,底からの栄養塩の溶出が赤潮発生を促した可能性が大きいとしている(甲E1[129頁])

b
平成18年委員会報告
同報告は,有明海における赤潮全般に関する問題として,次の

とおり検討した(ただし,次の⒞のうち貧酸素水塊は,シャ
ットネラ赤潮に関してのみの検討である。
)上,
解明すべき課題と
して赤潮発生の増加,植物プランクトンの増殖に関するメカニズムを掲げている。


水温の上昇
一般的に水温の上昇により植物プランクトンの増殖速度は増加す
ることが知られている。水温上昇の影響は種類ごとに異なり,主要な赤潮プランクトンに関し,水温と成長速度のモデル式が作成されており,有明海の水温の長期的変化をこのモデル式に入れて計算す
ると,増殖速度は季節によって一定程度増加する結果となった。実際に,冬季の珪藻赤潮の発生日数を見ると,モデル式では佐賀県・福岡県海域より増殖速度が低い熊本県海域で赤潮発生日数が大きく増加しており,また,冬季以外の季節においても珪藻赤潮の発生日数に増加傾向がみられた。水温上昇は,赤潮の増加要因の一つであ
る可能性があるとは考えられるが,水温上昇以外の要因も大きく影響している可能性がある。



透明度の上昇
透明度の上昇は,光制限を緩和し,植物プランクトンの増殖に有
利に働くと一般的には考えられている。有明海の平均透明度は,ほとんどの海域で上昇が認められ,特に海域では熊本県海域の,季節では冬季における上昇率が高い。また,有明海では透明度の上昇率
の大きい海域(佐賀県沖や熊本市沖)において,赤潮の発生日数が増加していることから,透明度の上昇は赤潮の発生の増加の要因の一つであると考えられる。

富栄養化,貧酸素化
降雨等による淡水及び栄養塩類の流入が珪藻赤潮の発生につなが
るとされているが,有明海に流入する主要河川の流量に明確な傾向は認められず,負荷量も昭和50年代に高い傾向がみられたが,その後は減少傾向にある。また,水質の栄養塩濃度(DIN及びDIP)についても,近年増加傾向はみられない。淡水や栄養塩の流入
と珪藻赤潮の長期的な増加との関係については,現在ある情報では判断ができず,陸域からの影響を大きくする他の要因(成層化等)を含めた検討が必要と思われる。
シャットネラ赤潮は,富栄養化した流速の低い海域における貧酸
素水塊の形成,底泥からの栄養塩の供給と関係すると考えられ,ま
た,鉄がシャットネラ属の増殖を促進することが知られている。有明海の湾奥西部海域や諫早湾湾奥部では底層環境の悪化が推測されているが,これらの海域においては,貧酸素水塊の形成によって底泥から鉄や栄養塩類が溶解し,貧酸素水塊の崩壊の際に窒素やリンと一緒に鉄が供給されてシャットネラ属の増殖を促進していると考
えられ,貧酸素水塊の発生がシャットネラ属の赤潮の増加の一因となっているものと思われる。



浄化能力の低下
平成2年以前の二枚貝による一日当たりの濾水量(夏季)は,4
ないし10億㎥であり,大潮時の干潟への海水交流量に匹敵し,アサリの最盛期における濾水量は4ないし6億㎥に達するとの推定がされている。アサリ等の二枚貝の減少は,懸濁物の除去能力を低下
させ,海域の浄化能力の低下を招き,赤潮を増大させる要因の一つと考えられる。


潮流の低下・潮位差の減少
一般的に,流動が弱まり,海水が滞留しやすくなると,植物プラ
ンクトンの集積が促され,赤潮が発生しやすくなる。有明海におい
ても,小潮時にシャットネラ赤潮の発生が多いことや,クロロフィルの増加がみられることが報告されている。有明海では長期的な潮流速の低下や潮位差の減少が生じている可能性が高く,赤潮発生を増加させる要因の一つと考えられる。
(乙E5[71ないし74頁,80頁])

c
平成29年委員会報告
同報告は,有明海における赤潮について,次のとおりとしている。⒜

赤潮は,主に微細藻類が異常増殖することにより海水が変色する
現象を総称する。赤潮の発生そのものは自然現象であるが,その発
生頻度や規模は,海域の富栄養化の進行に伴って変化することが指摘されている。
有明海における海域への直接負荷量を含めた汚濁負荷量(COD,T―N及びT―P)は,昭和50年度ないし昭和55年度は,平成21年度ないし平成25年度と比較して高く,赤潮発生件数の増加
時期である1990年代後半から減少して現在は横ばいとなっており,汚濁負荷量と赤潮発生件数の間に長期的な連動性はみられない。


赤潮生物は,種類によってその生理的・生態的性質や水産生物へ
の影響が異なる。
珪藻は,昭和59年から平成27年までの全期間を通じ有明海に
おける赤潮の構成種数の半数程度を占めるが,河川から栄養塩が供
給されて塩分が減少し,強い照度を与える晴天が続くと底泥中の珪藻の休眠期細胞が発芽,増殖して赤潮となる。海水の透明度の上昇は,珪藻の発芽を促進して赤潮発生の原因となると考えられる。小型珪藻は,ノリ漁期に赤潮を形成すると,色落ちを引き起こす場合がある。また,気象や海象等,特殊な環境条件が整うと,秋季から
冬季に大型珪藻による赤潮が発生し,ノリの色落ちによりノリ養殖業に甚大な被害を与える。
ラフィド藻赤潮は,有明海においては昭和63年頃までほとんど
確認されなかったが,その後徐々に増加している。ラフィド藻赤潮の一種であるシャットネラ赤潮は,魚類へ被害を与えるほか,発生
時にアサリやサルボウ等の大量死が発生したことがあり,有明海湾奥部や諫早湾で発生頻度や規模が顕著である。一般的にラフィド藻赤潮の発生には休眠胞子からの発芽,富栄養化や貧酸素水塊の発生,競合する珪藻の衰退等が関係している。また,シャットネラ赤潮の発生時は,海底への有機物負荷が増大することにより,海域の貧酸
素化が急速に進行することが知られている。さらに,遊泳能力を有しており,夜間海底近くへ沈降することが可能であるため,底層からの栄養塩の溶出はシャットネラ赤潮の栄養源となっている。
渦鞭毛藻は,有明海の赤潮の構成種数において珪藻に次ぐ割合を
占め,一部の種が赤潮を形成するものの,大きな漁業被害や貧酸素
水塊の誘発はほとんどみられない。
(乙E197[147ないし164頁])

d
松岡數充による諫早湾における赤潮原因プランクトンの最近の変化(以下松岡論文という。

平成15年4月に月刊海洋に掲載された松岡數充(長崎大学)による上記論文には,諫早湾の赤潮原因種は,珪藻,渦鞭毛藻及びラフィド藻であったが,それぞれ原因種が多様化していること,夏季に出現
する貧酸素水塊は,好気性底棲生物の生息を妨げるとともに,有機物に富んだ浮泥から窒素やリンの溶出を促進することから,富栄養化が進行し,植物プランクトンの増殖に適した環境が出現していること,海外の研究により,潮流速の低下により,鞭毛を用いて鉛直移動を行う渦鞭毛藻類やラフィド藻類は,下層での栄養塩摂取が可能であるが,
珪藻類は自力移動ができないため,珪藻類は,海水の攪拌が強く,栄養塩が豊富な環境で増殖が促進され,渦鞭毛藻類やラフィド藻類は,栄養塩類が豊富で海水の攪拌が弱い成層化した環境で優勢となるとされていることなどが掲げられている(甲E23)

e
市川敏弘による諫早湾調整池内外の栄養塩とクロロフィルa濃度の変化(以下市川論文という。

平成18年に海洋と生物28巻6号に掲載された市川敏弘(鹿
児島大学)による上記論文では,本件調整池は珪酸の濃度が高く,高濃度の珪酸を含んだ水が海水によって供給されると,珪藻プランクトンの増殖を促し,珪藻赤潮の発生を加速しているとされている(甲E
25)

f
磯部雅彦らによる連続観測による有明海の水環境の現状把握
(以下磯部論文という。

平成16年8月に日本海洋学会沿岸海洋研究部会が刊行した沿岸海
洋研究に掲載された磯部雅彦(東京大学大学院)らによる上記論文では,諫早湾口に近い有明海の1地点における水質の連続観測結果を中
心に,有明海における赤潮の発生と貧酸素化について考察したところ,栄養塩,特に窒素が蓄積され,ある程度の濃度になること,日射が高レベルで安定することが極めて重要であることが明らかになり,栄養塩の供給には降雨が支配的であり,また,移流や鉛直混合をはじめとする流れに対する風の影響が大きいことも含めて年度ごとの赤潮や貧
酸素化などの水環境を支配するのは気象条件であるとされている(乙E70)

検討
a
前記

のとおり,諫早湾における赤潮の発生件数及び日数は,平成

9年以降いずれも増加傾向にある。

b
潮流速の低下による影響について
前記

cのとおり,本件潮受堤防の締切りにより,諫早湾内,

特に湾奥部及び湾央部において潮流速が低下したところ,前記
b⒠のとおり,平成18年委員会報告は,有明海における赤潮発
生の要因の一つとして,潮流の低下・潮位差の減少を挙げ,一般的に,流動が弱まり海水が滞留しやすくなると,植物プランクトンの集積が促され,赤潮が発生しやすくなるとしており,潮流速の低下は,赤潮発生の原因となり得るといえる。また,専門委員報告書及び松岡論文は,前記

a及びdのとおり,本件潮受堤防の締切

りによって成層化が進行したことで,鞭毛藻の成長に有利な環境が作られ,鞭毛藻赤潮の頻発化が生じた可能性を指摘しているところ,のとおり,本件潮受堤防の締切りにより,諫早湾の湾
奥部及び湾央部において成層化が進行した可能性があることに照らせば,本件潮受堤防の締切りにより諫早湾において鞭毛藻等の成長
に有利な環境が作られ,鞭毛藻赤潮が増加した可能性はあると認められる。

しかし,平成18年委員会報告は,潮流速の低下は,あくまでも,赤潮発生の増加の原因の一つとして挙げているにすぎず,潮流速の低下が有明海の赤潮発生の主な原因であることを示しているものではない。また,専門委員報告書及び松岡論文で言及されている鞭毛藻赤潮の増加について,

本件潮受堤防の締

切りによる成層化の進行の程度は小さなものにとどまることに鑑みると,増加の主な原因であるということはできない。
かえって,前記

のとおり,有明海においても八代海におい

ても各種の赤潮の発生が増加しているところ,前記
c⒝のと

おり,平成29年委員会報告においては,有明海における赤潮の構成種数の半数程度を占める珪藻に関し,河川から栄養塩が供給されて塩分が減少し,強い照度を与える晴天が続くことによって赤潮となる旨指摘されていることに加え,前記

fのとおり,赤潮の

発生に必要な栄養塩の供給には降雨が支配的であって,移流や鉛直混合をはじめとする流れに対する風の影響が大きいことも含めて,年度ごとの赤潮発生等を支配するのは気象条件であるとされていることを考慮すると,諫早湾内において潮流速が低下したことによって赤潮が増加しているとまでは認められない。
この点に関し,証人Eは,有明海では,本件潮受堤防の締切りに

より,上げ潮時に,諫早湾に満ちるはずの潮流の行く手が遮断され,行き場を失った海水が,有明湾奥部から諫早湾方向へ移流する上げ潮に押されて,結果的に有明海奥部海域の西側へ移流する潮流に合流するしかなくなり,その結果,有明海奥部海域では,反時計回りの恒流が減少し,その結果,有明海に対する河川水等からの負荷が
減少しているにもかかわらず,赤潮の発生が増加しているとして本件潮受堤防の締切りにより有明海の流速にも影響が生じている旨の
証言をし,E論文及び同人による長崎地裁の尋問を踏まえた追加意見書(甲E166)にも同旨の記載がある。しかし,前記
a⒞の事実に照らせば,有明海奥部海域において反時計回りの還流があることは認められるが,本件潮受堤防の締切りによって有明海奥部海域において反時計回りの恒流が減少したという点及びその結
果,赤潮の発生が増加しているという点については,前記

a
とおり,有明海湾奥部に関して本件事業による流速の
変化は,月の昇交点運動による潮汐振幅の変動の影響に比べて非常に小さいとする見解があることに照らしても,また,本件事業による潮流速に対する影響が生じたとは認められない八代海においても
赤潮発生が増加していることに照らしても,直ちには採用することができない。
c
本件調整池からの排水による影響について
前記

のとおり,本件調整池内の水質は,本件潮受堤防の締切

りによってCODの値及びクロロフィルa濃度が上昇している。また,前記

eの市川論文の内容は,本件調整池からの排水が珪藻赤潮

の発生を増加させているとするものである。
しかし,

a⒟のとおり,諫早湾における栄養塩の約8

5%は筑後川をはじめとする有明海に流入する河川によって供給されていると推定されていることに加え,証拠(乙E26,196)によれば,平成29年委員会報告(乙E197[90頁])及びフォローアップ報告書(乙E26[3-2-78ないし82,3-2-103ないし107頁])において,諫早湾の水質(表層,中層及び下層)は,本件締切りの直後にCODが一時的に上昇したほかは,本件締切りの
前後で諫早湾内におけるCODの値やクロロフィルa濃度について有意な変化はなかったとされたことが認められる。さらに,前記

の赤潮の発生件数について,珪藻類による赤潮が恒常的に多いとか,増加傾向にあるとも認められず,このことは,市川論文の内容とは整合しない。また,前記

c⒜のとおり,有明海全体に関する報告

であるとはいえ,汚濁負荷量と赤潮発生件数の間に長期的な連動性はみられない旨指摘されていることに照らせば,本件調整池からの排水
が諫早湾における赤潮を増加させているとは認められない。
d
原告らは,ラフィド藻赤潮の一種であるシャットネラ赤潮について,①本件潮受堤防の締切りが貧酸素水塊形成の原因となっているところ,貧酸素水塊の形成により海域底層の底泥から鉄や栄養塩類が溶解し,
貧酸素水塊の崩壊に際して窒素やリンと共に鉄が供給されることでシャットネラ赤潮の発生が促進されている旨,②本件調整池から,DIN/DIP比が低い,すなわち,相対的にDIN(無機態窒素)が少ない水が排水されることにより,諫早湾内で珪藻以外の植物プランクトン(シャットネラ属を含む。
)が増加しやすい環境が形成されてい

る旨主張する。
原告らの主張のうち①に関し,前記

b⒞のとおり,平成18年委

員会報告において,諫早湾湾奥部では底質環境の悪化が推測されており,貧酸素水塊の形成によって底泥から鉄や栄養塩類が溶解し,貧酸素水塊の崩壊の際に窒素やリンと一緒に鉄が供給されてシャットネラ属の増殖を促進していると考えられる旨の指摘がされている。そして,前記

c⒝のとおり,平成29年委員会報告では,有明海においては

シャットネラ赤潮が増加しており,特に諫早湾で発生頻度が顕著であると指摘されていること,前記

のとおり,諫早湾におけるラフィド

藻赤潮の発生日数も,年によって増減するものの全体としては増加傾向にあること,後記イのとおり,本件潮受堤防の締切りにより,諫早湾の湾奥部及び湾央部において貧酸素化が進行したと認められること
に照らせば,本件潮受堤防の締切りによる貧酸素化の進行がシャットネラ赤潮の発生に影響を与えている可能性があると認められる。しかし,後記イのとおり,本件潮受堤防の締切りは,貧酸素化の進行の一因にすぎず,その寄与の程度も大きなものとは認められないこと,前記
のとおり,有明海及び八代海,とりわけ八代海においてもラ

フィド藻類による赤潮が増加していることに鑑みると,前記の可能性は大きいとはいえず,本件潮受堤防の締切りによってシャットネラ赤潮が増加したとまでは認められない。
また,原告らの主張のうち②については,前記
dのとおり,

諫早湾における栄養塩の大部分が筑後川をはじめとする有明海に流入する河川によって供給されていること,証拠(乙E65,67)によれば,諫早湾湾央部(別紙14〈甲E148,乙E26[3-2-61]〉のB3地点)におけるDIN/DIP比及びDIN濃度は,平成13年及び平成14年頃に顕著に減少しているものの,本件締切り
の前後で有意な変化はみられず,本件調整池内(B1地点)のDIN/DIP比及びDIN濃度と連動して推移しているとも認められないことをも考慮すると,本件調整池からの排水によって諫早湾内のDIN/DIP比及びDIN濃度が減少したとは認められない。また,証拠(甲E81[33,34頁])によれば,長崎第1陣訴訟における
証人C

の有機態リンに対する有機態窒素の割合(ON/OP比)について,平成13年以降数値が増加したことは,窒素を多く必要とするシャットネラ属が増加したことを示すというものである。しかし,
あくまでもシャットネラ属による赤潮が増加したという現象を示すも
のにすぎず,また,

前記

dの松岡論文の内容

をも考慮すると,前記DIN/DIP比の変化(DIN濃度の減少)によって増加が促進される種類には,珪藻以外の鞭毛藻及びラフィド藻であることになり,シャットネラ属だけが増加することを説明することができない。したがって,前記証言によって,本件調整池からの
排水がシャットネラ赤潮を増加させているとは認められず,原告らの前記主張は採用することができない。
e
以上によれば,結局,諫早湾における赤潮の増加については,具体的な要因が特定されるには至っていないといわざるを得ず,現に,平
成29年委員会報告においても,なお解明すべき課題として赤潮発生と増殖に係る各種要因の解明が掲げられている(乙E197[552頁])

原告らは,諫早湾における赤潮の増加と本件締切りが時期的に一致していることから,本件潮受堤防の締切りと赤潮の発生との間には因
果関係がある旨主張する。前記

のとおり,諫早湾における赤潮の発

生件数及び日数は,本件締切りが行われた平成9年以降に大きく増加しているものの,平成10年頃からの赤潮の増加傾向は,諫早湾のみならず,有明海全体や,海域自体が異なっており,本件潮受堤防の締切りによる潮流速に対する影響が及ぶとは認められない八代海においてもみられることに加え,証拠(甲E19[105頁])によれば,有明海や八代海のような閉鎖性海域については,一般に,海水交換が悪く海水が停滞しやすいがために赤潮が発生しやすいとされていることが認められることをも考慮すると,本件締切りと赤潮の増加の時期が一致していることのみから,諫早湾における赤潮の増加が本件潮受堤
防の締切りに起因するものと認めることはできず,むしろ,諫早湾を含む有明海全体や八代海に共通する本件潮受堤防の締切り以外の他の
要因によって,これらの海域で赤潮が増加している可能性が否定できない。したがって,原告らの前記主張は採用することができない。f
以上によれば,本件潮受堤防の締切りによって諫早湾における赤潮が増加したとは認められない。


貧酸素水塊の発生について
原告らは,諫早湾の底層においては,①本件潮受堤防の締切りによって潮流速が低下したこと及び本件調整池から淡水が排水されることにより,成層化が進行して表層から底層への酸素の供給が減ると同時に,②本件調整池からの排水に含まれる植物プランクトンや本件潮受堤防の締切りによ
って増加した赤潮が底層に沈殿して,好気性バクテリアに分解され,その際に酸素が消費されることで,溶存酸素濃度(DO)が低下して貧酸素水塊が発生していると主張し,証人Eもこれに沿う証言をする。
諫早湾等における貧酸素水塊の発生状況等について
後掲各証拠によれば,次の各事実が認められる。

a
貧酸素水塊の定義は一義的には定められてはいないが,水塊の溶存酸素量が2.0ないし3.0mg/L以下である場合には貧酸素水塊とされる。また,水質汚濁に係る環境基準(昭和46年環境庁告示第59号)では,生息段階又は再生産段階において,水生生物(貧酸素耐性が低いものを除く。
)が生息でき,又は再生産できる場を保全・
再生する水域は,底層溶存酸素量の基準値が3.0mg/L以上とさ
れ,生息段階又は再生産段階において,貧酸素耐性の高い水生生物が生息若しくは再生産できる場を保全・再生する水域又は無生物域を解消する水域は,底層溶存酸素量の基準値が2.0mg/L以上とされている。
(甲E19[88頁],乙E70[28頁],乙E197[124,133頁])

b
平成29年委員会報告では,有明海内の6つの観測地点において,
昭和47年以降実施されている浅海定線調査(基本的に毎月1回大潮満潮前後に実施)の結果及び諫早湾において平成14年以降実施されている底層溶存酸素量の調査(毎月1回大潮期に実施)の結果を整理しており(これらの観測地点は,別紙29底層溶存酸素量の結果整理を行った地点(乙E197[121頁・図3.6.1])のとおり
である。,その内容は,別紙30回帰分析結果:有明海

(乙E1
97[120頁・表3.6.1])及び別紙31底層溶存酸素量の経年変化[有明海](年間最低値)(乙E197[122頁・図3.6.2])のとおりであり,諫早湾における底層溶存酸素量の大潮期の年
間最低値は,平成18年,平成22年,平成23年については2.0mg/Lを下回っている(なお,有明海における底層溶存酸素量は小潮期に低くなる傾向があるとされている。。また,平成29年委員会)
報告では,諫早湾において平成18年以降実施されている底層溶存酸素量の連続観測(有明海貧酸素水塊広域連続観測)の結果を示してお
り,その内容は,別紙32底層溶存酸素量の経年変化[有明海:連続観測](日平均値の年間最低値)(乙E197[123頁・図3.6.3])のとおりであり,諫早湾においては,連続観測の結果,平成18年から平成27年までの全ての年で,日平均値の年間最低値が水質汚濁に係る環境基準の基準値とされている2.0mg/L以下の値で
あった。
他方で,別紙30のとおり,有明海の他の海域においても,大潮期の年間最低値についても,有明海湾奥奥部及び湾奥西部では2.0mg/Lを下回る年が複数ある上,有明海湾奥西部及び湾央部では長期的な減少傾向を示しており,また,平成29年委員会報告では,有明
海湾奥部において平成16年以降実施されている底層溶存酸素量の連続観測(有明海水質連続観測調査)の結果について,別紙33有明海湾奥部の定点P6の海底上0.2mにおける溶存酸素量の変動の経年変化(乙E197[132頁・図3.6.11])のとおり示して
いるところ,連続観測の結果,平成16年から平成27年までの12年間のうち11年は最低値が2.0mg/Lを下回っていた。
(乙E197)

c
九州農政局が,平成6年から平成8年にかけて,各8月末に行った底層水質の調査では,海底直上約0.5mにおける溶存酸素量は,平成6年が2.8から7.3mg/L,平成7年が4.1から6.0mg/L,平成8年が4.4から5.8mg/Lであった。ただし,平成6年の最低値は,小潮の最干潮時の値であった。
(甲E159[22

ないし25頁])
d
環境省による有明海水質等状況補足調査の結果,溶存酸素に関し,平成13年8月に諫早湾の定点の底層で1.3mg/Lという低い値が観測されたほか,財団法人日本自然保護協会が行った調査では,同時期に諫早湾内の広い海域で1mg/L以下の溶存酸素を記録した
(甲E1[79,80頁],甲E87,144[添付図10],乙E197[132頁])
。また,平成29年委員会報告では,以上に加え,平
成15年にも有明海湾奥部で貧酸素水塊を観測したことが報告されたとしている(乙E197[132頁])

貧酸素水塊の発生機序等について

後掲各証拠によれば,次の各事実が認められる。
a
専門委員報告書
同報告書は,前記

c及びdのうち有明海水質等状況補足調査の結

果に関する事実を挙げながら,本件締切り前には諫早湾底層の溶存酸素の測定が行われていないため直接比較することはできないものの,このような極度の貧酸素水塊の形成が従前からあれば,水産資源に大
きな影響を与えていたはずであるが,平成3年度以降のタイラギの漁獲量の激減を除けばそのような報告が見当たらないことや,平成6年ないし平成8年に行われた調査によって確認された貧酸素水は小潮期の最低で2.8mg/Lであって,しかも,貧酸素水が観察された調査点とタイラギ現存量が減少した調査点は一致しないとされているこ
とに照らすと,諫早湾内では本件締切り後に貧酸素化が進行した可能性が大きい旨指摘している(甲E1[79頁])

また,本件調整池からの排水には,高いSS(浮遊物質量)とCOD(淡水植物プランクトンとデトリタス〈有機物砕片〉など)が含まれており,これらが本件各排水門から直接湾内に放出されるが,本件
潮受堤防前面では,鉱物粒子は海水に接して凝集し,有機物の一部を取り込んで沈降すること,本件潮受堤防やその沖合に沈降した有機物は無機化される過程で酸素を消費するが,攪拌を受けることによる酸素の溶け込みがない沖合域では,特に成層期において底層水の貧酸素化が進み,底質の還元化が起きることをも指摘している(甲E1[1
12頁])

b
平成29年委員会報告
同報告は,有明海における貧酸素化について,次のとおり整理している。



有明海における主要な貧酸素水塊は,夏期に有明海湾奥部と諫早
湾の2か所で別々に発生する。このうち有明海湾奥部における貧酸素水塊の発生の機序は次のとおりである。

出水によって大量の淡水が供給されたり,小潮時に潮汐混合が
弱まって沖合いから海底に沿って高密度水が進入すると,密度成
層が発達する。


密度躍層が発達すると,表層から躍層以深への酸素供給が減少

する。

躍層の上ではしばしば赤潮が発達し,赤潮が終息すると大量の
有機物が底層に供給され,底泥・底層水の酸素消費が増大する。
さらに,底生動物が斃死することで,底質悪化と貧酸素化が進行
して無酸素状態となる。


潮汐によって,発生した貧酸素水塊が移動する。
沖合域(水深10m以深)では,潮汐による鉛直混合の影響は
浅海域と比べて弱くなり,成層が形成されると底泥・底層水の酸
素消費により徐々に貧酸素化し,台風等の擾乱が起きるまで底層
溶存酸素量が低い状態が持続する。沖合域では,浅海域に遅れて

貧酸素化が起きることが多い。


海域の酸素消費が大きく,酸素供給を上回るようになると,貧酸
素化が進行する。底層水中の酸素消費には底泥と海水それぞれによる酸素消費が影響するが,有明海湾奥部の場合,底泥に比べて海水による酸素消費の寄与が大きく,海水による酸素消費の中では,懸
濁物質による酸素消費が大きい。酸素消費とSS濃度(浮遊物質量〈濁りの指標〉
)に良い相関があること,海域起源の有機物量が多
いほど酸素消費速度が大きくなることが報告されており,これらは,有明海の貧酸素水塊発達に対しては,植物プランクトン等海域で生産された有機物分解の影響が大きいことを示している。また,有明
海湾奥西部・諫早湾では,浅い海域ほど表層堆積物中の有機物含量が多く,浅海域で貧酸素水塊が発達する原因の一つと考えられる。⒞

底層溶存酸素量の経年変化については,数値実験によって,19
30年代,1977年,1983年,1990年及び2001年を
対象に有明海を取り巻く経年的な環境変化と貧酸素水塊の発生との関係性が検討された結果,有明海湾奧西部及び諫早湾の両海域では,
1983年から1990年の間に溶存酸素量が2.0mg/L以下の貧酸素水塊の容積(年間累積値)が増加しており,諫早湾では1990年から2001年にかけても増加している。このような増加の原因の一つは,モデル内で計算された鉛直拡散係数(上層と下層の混ざりやすさ)とエリアごとの水平方向の流入出流量の変化であ
り,有明海湾奧西部における1977年以降のこれら要因の変化は,地形の改変等の影響よりも,外海潮位振幅(M2分潮の18.6年周期で振幅する係数であるF値)の自然変動の影響を強く受けていると報告されている。また,貧酸素水塊の経年変化に影響するもう一つの原因は,生化学的な酸素消費量の変化であり,水中の酸素消
費量が増加すると貧酸素化が促進されるところ,有明海湾奥西部における1930年代の酸素消費量は2001年の半分以下であり,これは,二枚貝の減少によって一次生産起源の有機物が利用されず,酸化分解へ移行する割合が増加した結果,酸素消費が増大したためと報告されている。

(乙E197[127,128,131ないし135頁])
c
木元克則による有明海奥部における貧酸素水塊の発生状況
(平
成19年。以下木元論文という。

木元克則(水産総合研究センター西海区水産研究所)による上記論
文は,近年,有明海奥部の底層において溶存酸素が低下する現象が認められるところ,有明海における貧酸素水塊の発生機構として,湾奥部の干潟縁辺域で,成層が形成される夏季の小潮期に,潮流が低下して成層が強化され,滞留した水中の有機懸濁物と底泥の酸素消費により急速に貧酸素化する型と,成層が形成される夏季に,表層からの酸
素供給が低下して底層で徐々に酸素消費が進行して貧酸素化する型の2つの型があると推察されるとしているほか,貧酸素水塊の発生には
有機懸濁物を生産する赤潮の発生も大きく関わっていると考えられるとしている(甲E20)

d
貧酸素水塊の移流に関する知見
磯部論文及び鯉渕論文においては,諫早湾における平成13年及び平成14年の夏季の貧酸素のうち,先行する赤潮は見られない場合に
ついて,直前から南寄りの風が連吹し,水温躍層の位置も深くなっていることから,風に伴う海水の移流が起こり,これが別の場所で形成された貧酸素水塊を運び込んだ可能性,すなわち,南寄りの風は表層で東向きのエクマン輸送(ある程度同じ方向に風が吹き続けると,慣性力〈転向力〉により,北半球では風の流れに対して直角右向きに海
水が移動すること)をもたらすが,これが底層での西向きの移流を引き起こして有明海中央部の貧酸素の底層水が諫早湾側に移流し,低い溶存酸素濃度の原因となった可能性があるとしている。
また,農林水産省農村振興局は,平成17年度の調査によれば,有明海湾奥と諫早湾の貧酸素現象は,ほぼ同時期に発生することが確認
されたとしており,九州農政局は,平成16年から平成19年にかけて観測したところ,有明海湾奥部において発生した貧酸素水塊は,潮流により南下し,諫早湾湾奥部において発生した貧酸素水塊は,潮流により東方向へ移流し,諫早湾湾口部の別紙14(甲E148,乙E26[3-2-61])のB6地点では,これら2つの潮流により複雑
な水塊構造になっていると考えられるとしている。
(甲E90,甲E91,乙E70[29頁],乙E79[259,260頁],乙E82)
検討
a
前記

b及びdのとおり,諫早湾においては,本件締切り後にしば

しば貧酸素水塊が観測されている。また,前記

d及び

b
のとおり,本件潮受堤防の締切りによって,諫早湾の湾奥部及び湾央部においては,いずれもその程度は小さなものではあるものの,成層化が進行すると同時に,本件調整池からの排水に含まれる有機物等が沈殿していると認められる。ただし,前記アのとおり,本件潮受堤防の締切りによって諫早湾において赤潮が増加しているとは認められな
いから,原告らの主張のうち,本件潮受堤防の締切りによって発生した赤潮が,終息した後に沈殿し,底層に有機物を供給しているという点は事実と認めることはできない。
そして,前記

a及びbのとおり,平成29年委員会報告では,有

明海の貧酸素水塊に係る報告であるとはいえ,成層化の進行による表
層から底層への酸素供給の減少及び有機物が底層に供給されることによる底層における酸素消費の増大が,貧酸素化を進行させる旨指摘されており,専門委員報告書では,本件調整池からの排水に含まれる有機物等が底層で無機化される際に酸素が消費され,特に成層期において貧酸素が進む旨指摘されている。証拠(甲E23[263頁],甲E
26[6,31,33頁],証人E)によれば,他の文献等においても同旨の指摘がされていることが認められ,これらの事実を総合すると,諫早湾の湾奥部及び湾央部においては,本件潮受堤防の締切りによって,成層化が進行すると同時に本件調整池からの排水に含まれる有機物等が沈殿することにより,貧酸素化が進行したと認められる。

b
もっとも,前記

b及び

cのとおり,貧酸素水塊は有明海の他の

海域,とりわけ有明海湾奥部においても観測されており,諫早湾に特有の現象ではない。また,前記

dの事実によれば,諫早湾で観測さ

れる貧酸素水塊の中には,他の海域で発生した後に移流してきたものが含まれている可能性があること,前記
塊は,赤潮もその原因となることや,前記

ⅲのとおり,貧酸素水
c及びdの各事実に証拠

(甲E23[261ないし265頁],乙E70[32頁],乙E85)を総合すると,諫早湾及び有明海の貧酸素化は,日射,降雨,風量等の気象条件によっても影響されることが認められる。以上によれば,諫早湾と有明海湾奥部に共通する他の要因によって貧酸素水塊が発生している可能性や他の海域から移流してきた貧酸素水塊の存在の可能性を否定することはできず,本件潮受堤防の締切りは,諫早湾湾奥部及び湾央部における貧酸素化の原因の一つにとどまるものと認められる。
以上に加えて,

のとおり,本件潮受堤防の締切りによ

る成層化の進行の程度は小さなものにとどまると考えられること,前記
dのとおり,底層に堆積する浮泥には河川水に含まれる有機

物由来のものが占める割合が大きいことをも考慮すると,本件潮受堤防の締切りが貧酸素化の進行に寄与する程度は,大きなものとは認められない。
なお,証人E

bのとおり,本件潮受堤防の締切り

により有明海の潮流速にも影響が生じている旨証言し,これが有明海における貧酸素水塊の発生にもつながっている旨をも証言するが,前記のとおり,本件潮受堤防の締切りにより有明海の潮流速にも影響が生じているという点について,直ちには採用することができない。
また,平成26年に海の研究に掲載された松川康夫らによる有明海奥部の貧酸素と諫早湾干拓事業の因果関係の検証(甲E137)
では,筑後川を始めとする有明海最奥部に流入する負荷が,地球自転の効果と潮流の非線形効果によって佐賀県沿岸寄りに南下し,か
なりの部分が諫早湾に流入し,これに含まれる栄養塩や有機物が諫早湾の干潟・浅海域生態系によって利用され,浄化されていたと考
えられ,諫早湾は,本明川等の流域河川からの負荷の浄化の場であっただけでなく,有明海奥部流域から流入する負荷の浄化の場であったとしてい

とおり,有明

海湾奥部に関して本件事業による流速の変化は,月の昇交点運動による潮汐振幅の変動の影響に比べて非常に小さいとする見解がある
ことに照らしても,また,前記

,有明海に占

める諫早湾の容積が1.5%であり,本件調整池の容積が0.0
8%であり,有明海奥部流域から流入する負荷の浄化の場であったとするには,諫早湾の有明海に対する容積比が僅少に過ぎることに照らしても,直ちには採用することができない。

c
以上によれば,本件潮受堤防の締切りによって,諫早湾の湾奥部及び湾央部において貧酸素化が進行したと認められるが,本件潮受堤防の締切りは貧酸素化の進行の一因にすぎず,その寄与の程度も大きなものとは認められない。


底質環境の悪化について
底質の泥化について
a
原告らは,①本件潮受堤防の締切りにより発生した赤潮の終息及び②本件調整池からの排水に含まれていた淡水性の植物プランクトンの死滅により,諫早湾の海底に大量の有機物が沈殿し,本件潮受堤防の締切りによって潮流速が低下したことが加わってこれらの有機物が浮
泥として堆積して,諫早湾の底質の泥化が進行すると主張し,証人Eもこれに沿う証言をする。
b
堤防の締切りによって潮流速が低下したことにより,本件調整池からの排水に含まれる有機物等(浮泥)が沈殿していると認められる。こ
mの,湾央部では約20ないし30cmもの浮泥の堆積が確認されていることによっても裏付けられている。また,証拠(甲E19,乙E5,乙E26)によれば,諫早湾及び有明海において,調査方法及び観測点によってばらつきはあるものの,泥分が上昇していることが認められる。

しかし,

点に関し,赤潮の終息により海底

に大量の有機物が沈殿するという点については,赤潮が植物プランクトンであるから,これが終息した場合に大量の有機物が沈殿するという点は,合理的であり,事実と認められるが,前記ア

fのとおり,

本件潮受堤防の締切りにより赤潮が発生したという点は,これを事実
と認めることができないから,主張の前提を欠くというべきである。
本件調整池からの排水に含まれていた淡水性の植物プランクトンの死滅により,諫早湾の海底に有機物が沈殿したことは認められる。しかし,同時に,湾奥部及び湾央部の底層に堆積する浮泥(有機物)は,
本件調整池からの排水に含まれていたもののみならず,河川水に含まれていたものもあり,かつ,後者が占める割合が相当に大きいと認められることに照らせば,原告らの前記主張は事実とは認められない。硫化水素の発生について
a
原告らは,諫早湾の底層において,本件潮受堤防の締切りにより貧酸素水塊が発生することで,嫌気性バクテリアである硫酸還元菌が活性化し,有毒な硫化水素を発生させると主張し,証人Eもこれに沿う証言をする。

b
後掲各証拠によれば,次の各事実が認められる。
フォローアップ報告書は,底質中の硫化物は,本件潮受堤防の締
切り前後で,諫早湾湾奥部の3地点(別紙14〈甲E148,乙E
26[3-2-61]〉のS1,S6,S8)で平均値が増加し,湾奥部の残る1地点(S7)では減少したが,その他の地点(湾央部,湾口部)については同程度であったとし,湾奥部の硫化物の増加は,潮流速の低下に伴う底層水への酸素供給量の減少によることが推定されるとしている(乙E26[3-2-135ないし139頁,3
-2-205頁])



平成18年委員会報告は,諫早湾湾奥部の底質中の硫化物に増加
傾向がみられる旨指摘し,また,諫早湾では,植物プランクトン由来の有機物の沈降が増加し,有機物分解に伴う底層の貧酸素化,嫌気的環境下での硫化物の増加などの底質環境の悪化が生じている可
能性がうかがわれるとしている(乙E5[70頁])



平成18年度に設置された研究者及び農林水産省等の関係者から
成る今後の閉鎖性海域対策に関する懇談会では,一般に,貧酸
素水塊が,海底で嫌気性菌である硫酸還元菌により無酸素状態で有機物を分解が進行すると硫化水素を発生させ,底生生物の大量斃死
の原因となる旨を指摘している(乙E16[6頁])



石松将武らによる諫早湾における春季の底生動物の分布と底質の物理化学的環境要因の対応関係(甲E150)
平成29年に日本ベントス学会誌に掲載された上記論文には,諫
早湾の9つの調査地点において,酸揮発性硫化物含水率等について
定量調査を行ったところ,本件潮受堤防前面では泥分が高い結果が得られたほか,底質の酸揮発性硫化物についても他の海域と比較して高い傾向が見られたとしている(甲E150[7,8頁])

c
,⒝及び⒟の各事実によれば,本件締切り後に,諫早湾湾
奥部の底質において硫化物が増加したことが認められる。
また,前記イのとおり,本件潮受堤防の締切りによって,その程度
は大きなものではないとしても湾奥部底層の貧酸素化が進行したと認められるところ,前記b

の各事実に照らすと,本件潮受

堤防の締切りによって,諫早湾湾奥部において,貧酸素化,すなわち酸素供給量の低下により,嫌気的環境下での硫化物が増加したと認められる。もっとも,前記イのとおり,本件潮受堤防の締切りは,湾奥
部における貧酸素化の進行の一因にすぎず,その寄与の程度も大きくないことを考慮すると,湾奥部における硫化物増加の原因がもっぱら本件潮受堤防の締切りであるとは認められない。

小括
以上によれば,本件潮受堤防の締切りによって,諫早湾内の潮流速が程
度は不明であるものの低下し,成層化がその程度は小さなものにとどまるものの進行したことにより,諫早湾内の湾奥部及び湾央部の貧酸素化及び底質における浮泥の堆積の進行の一因となっており,湾奥部においてはこれに加えて硫化水素が発生していると認められるが,いずれもその寄与の程度は大きなものとは認められない。

本件潮受堤防の締切りによる漁業種ごとの漁場環境の悪化及び漁業被害について

アサリ養殖業について
原告らは,本件潮受堤防の締切りにより諫早湾内で貧酸素水塊や貧酸素
水塊の原因となる赤潮(特にシャットネラ赤潮)が発生し,アサリ養殖場の漁場に酸素が供給されなくなった結果,アサリが斃死しており,アサリ養殖業の漁場環境が悪化した旨主張し,平成16年及び平成19年のアサリの大量斃死は,本件潮受堤防の締切りによるものである旨主張する。アサリ養殖業,漁獲量の推移及び大量斃死事例について
後掲各証拠によれば,次の各事実が認められる。

a
アサリ養殖業

アサリは,干潟及び浅海域に生息し,アサリの漁場は,主に内湾や河口域に形成され,富栄養化した海域において生産性が高いとされる。また,アサリの漁場は,自然発生した稚貝のみに依存して生産する天然発生漁場と,稚貝を移流放流して生産する種苗放流漁場に分けられるところ,諫早湾内においては,主に後者に当たるアサリ養殖業が
干潟で行われている。
(甲E12,弁論の全趣旨)
b
原告らによるアサリ養殖業
原告目録の番号1ないし5,11,14,17,18,24,25,27,30,31の原告は,本件3漁協のうちのいずれかの組合員と
して,本件締切りの前から,諫早湾内においてアサリ養殖業を営んできた。
(甲B1の1,甲B2の1及び2,甲B3ないし5の各1,甲
B7及び8の各1,甲B10の1,甲B13の1,甲B16の1,甲B20の1,甲B27及び28の各1,甲B33の1,原告A2本人)c
本件3漁協の漁獲量の推移
本件3漁協における昭和50年から平成27年までのアサリ類の漁獲量の推移は,別紙34上図アサリ類の漁獲量の推移
(乙E19
6[2頁])のとおりであり,本件3漁協におけるアサリ類の漁獲量は,昭和54年に期間内では最大の1330tを達成した後,増減を繰り返し,平成5年には昭和54年に迫る1246tに達しているが,平
成8年以降はおおむね減少傾向にある(乙E196)

d
小長井町漁協の漁獲量の推移
小長井町漁協における昭和50年から平成18年までのアサリ類の漁獲量の推移は,別紙35上図小長井漁業地域の漁獲量の推移(アサリ類)(乙E47[2頁])のとおりであり,小長井町漁協におけるアサリ類の漁獲量は,昭和58年以降から平成7年頃までは,増減を
繰り返しつつも,おおむね増加傾向にあったが,平成8年から減少に転じ,平成12年,平成14年及び平成15年に一時的に増加しているものの,その後は平成18年まで減少傾向にある(乙E47)

e
瑞穂漁協の漁獲量の推移
瑞穂漁協における昭和50年から平成18年までのアサリの漁獲量
の推移は,別紙16瑞穂漁協
(甲E103)のとおりであり(単
位はt〈トン〉,瑞穂漁協におけるアサリの漁獲量は,昭和56年ま)
では昭和52年を除き毎年増加を続けたが,翌昭和57年からは減少に転じ,昭和61年に200tを下回ってからは平成18年まで100t前後で推移しており,特に平成元年ないし平成4年及び平成14
年ないし平成16年にはほとんど漁獲がない状態であった(甲E103)

f
平成16年8月上旬に,小長井町釜地区干潟のアサリ養殖場(諫早湾湾口部に位置する。)において,養殖アサリが全滅した(甲E12,39)


g
平成19年8月下旬に,小長井町漁協地先において,養殖アサリの斃死が発生した(甲E13)


h
全国,瀬戸内海区,有明海区及び八代海区における昭和60年から平成20年までのアサリ類の漁獲量の推移は,別紙36〈アサリ類>
(乙E131[4頁])のとおりである。全国におけるアサリ類の漁獲量は,昭和60年は13万tを上回っていたものの,以後減少傾向にあり,平成7年以降5万tを下回るが,平成13年以降は微増傾向である。瀬戸内海区では,昭和60年から平成3年にかけて激減し,以後緩やかに減少している。有明海区では,昭和61年以降激減したも
のの,平成3年以降はおおむね数千tから1万tの範囲で増減を繰り返している。八代海区では,昭和60年の3000tから平成元年に
かけて激減したものの,平成5年や平成20年には2000tに増加したこともある。
(乙E131)
アサリ資源の減少を生じさせる要因について
後掲各証拠によれば,次の各事実が認められる。
a
平成18年委員会報告
同報告は,有明海のアサリ資源の減少要因として,過剰な漁獲圧,底質環境の変化,ナルトビエイによる食害,有害赤潮,マンガンの影響を挙げた上,資源管理を行っている地域ではアサリの漁獲量が回復傾向にあることから,アサリ資源の減少には漁獲圧が大きく影響していると思われること,ナルトビエイによる食害は近年のアサリ資源の
減少の一因と考えられること,シャットネラ赤潮の発生によってアサリの斃死が確認されており,シャットネラ赤潮が近年増加傾向にあることからアサリ資源に影響している可能性があること,底質に関するデータの収集・整理を図り,アサリの初期減耗との関連について検討を進めていくべきであること,マンガンについてはその影響の有無を
判断するためにクリアにすべき点があることを指摘している(乙E5[49ないし51頁])

b
平成29年委員会報告
同報告は,諫早湾におけるアサリ漁獲の減少に関係する要因として,
漁場の縮小,底質の変化,ナルトビエイによる食害,有害赤潮の影響を挙げた上で,諫早湾は海水の滞留性が高く,元々泥質干潟が広がる海域であるためアサリの生息には厳しい環境であるが,覆砂の実施や秋期に稚貝を移植する等の人為的取組等により漁獲量の減少が有明海湾奥東部や有明海中央東部の海域と比べやや緩やかであること,ナル
トビエイによる食害は近年のアサリ資源の減少の一因と考えられること,シャットネラ赤潮はアサリの濾水活動を顕著に阻害するものの,
赤潮密度での斃死等は室内試験によっても確認されていないことから,直接アサリ資源に影響している可能性は考えにくいことを指摘している(乙E197[349頁])

c
日向野純也らによるアサリの代謝生理からみた貧酸素の影響とその対策(甲E12。以下日向野ら論文という。


平成21年4月1日に刊行されたアサリと流域圏環境―伊勢湾・三河湾での事例を中心としての6章に掲載された日向野(独立行政法人水産総合研究センター養殖研究所)ら論文は,次のとおり指摘している。


貧酸素水塊は成層下の底層に形成されるが,潮汐や風の作用によ
りアサリの生息する干潟・浅海域に到達することがあり,アサリ漁場に貧酸素水塊が来襲した場合,時に個体群を壊滅させる程の死をもたらすことがある。



一般的にアサリを含む二枚貝は,干出や無酸素環境下など有酸素
呼吸ができないときには,嫌気代謝に切り替えることにより,比較
的長期間生存することが知られている。


実験結果によると,アサリは,水温が25℃以下であれば溶存酸
素濃度(DO)が1mg/Lを下回る貧酸素でも数日間の生存が可能であるといえ,アサリの貧酸素耐性は水温に大きく影響される。


貧酸素又は無酸素環境下でアサリの生存を脅かす共存物質として
硫化水素の影響が懸念される。

(甲E12[87ないし92頁])
d
日向野純也による貧酸素・硫化水素・浮泥等の環境要因がアサリに及ぼす影響(乙E87。以下日向野論文という。


平成16年に発表された日向野論文は,二枚貝はアンモニアを尿として排泄するため,生息密度が高い場合などに生息場周辺におけるア
ンモニア濃度が高くなるおそれがあり,二枚貝に対するアンモニアの毒性は,96時間半数致死濃度でNH3として数mg/Lが報告されていること,アサリは貧酸素や硫化水素にかなりの耐性を示すため,長期間無酸素状態が継続するような場合を除いて現場でみられる斃死を単一の要因でのみ説明することは難しい場合が多いことを指摘して
いる(乙E87)

検討
a
前記

bのとおり,原告らの中には,本件締切りの前から,本件3

漁協のいずれかの組合員として,諫早湾内でアサリ養殖業を営んできた者がいるから,これらの者に関しては,因果関係の有無に関し,本
件潮受堤防の締切りによってアサリ養殖業の漁場環境が悪化したかどうかが問題となる。
b
アサリの斃死事例の要因について


平成16年のアサリ斃死について
原告らは,前記

fの大量斃死は,本件潮受堤防の締切りによっ

て発生したシャットネラ赤潮に由来する無酸素状態に,硫化水素の影響が加わったことで発生した旨主張する。
証拠(甲E12,39)によれば,平野慶二(長崎県総合水産試
験場)らによる諫早湾内の小長井町釜地区干潟の貧酸素化について(平成17年。甲E39。以下平野論文という。
)は,平成
16年のアサリの大量斃死に関し,それまで,諫早湾の干潟域の貧酸素化については報告されていなかったものの,同年8月11日から同月14日の間に干潟域において酸素飽和度10%以下となる貧酸素化が観測された旨,干潟域の貧酸素化は,風が弱く(台風等に
よる強い風が吹かない。,赤潮(特にシャットネラ赤潮)が発生し)
た時の小潮時に発生することが推定される旨,同年8月には干潟の
すぐ沖の浅瀬で一気に生じた貧酸素水が干潟に移動したものと推定される旨,アサリの大量斃死を招くのは高水温型の貧酸素と考えられる旨指摘していること,日向野ら論文でも,同年7月後半から同年8月上旬にかけて晴天が続き,静穏な海象で赤潮が発生したため,アサリ養殖場のある干潟のすぐ沖側前面の底層で小潮時に極めて短
期的に無酸素層が発達し,潮時が小潮から大潮に向かうに従って
徐々に干潟に接岸したと思われるとしていること(甲E12[97頁])が認められる。
以上によれば,平成16年のアサリ斃死の主たる要因は,赤潮に
由来する貧酸素化に高水温の影響が加わったことにあると推認でき
る。


平成19年のアサリ斃死について
原告らは,前記

gの斃死は,本件各排水門からの排水によって

エスチュアリー循環が生じ,底層の貧酸素水塊を表層のアサリ養殖場に運んだことにより発生した旨主張し,長崎第1陣訴訟における証人Cの各尋問調書(甲E81[36,37頁],82[38ないし45頁]。以下,これらを併せてC尋問調書という。
)はこれに
沿うものである。
他方,証拠(乙E90)によれば,九州農政局による平成19年

8月の諫早湾の別紙14(甲E148,乙E26[3-2-61])のS1地点における連続観測結果によれば,同月25日12時から同日15時頃にかけて,北部排水門から約460万㎥の排水が行われたこと,湾奥部(S1地点)の表層(海面下0.5m)の溶存酸素濃度が同日深夜から翌26日の昼頃まで0ないし25%であった
こと,同月25日の排水後から同月26日の昼頃までの間において,水温は,表層で30℃前後から27℃前後まで低下し,低層で2

8℃から26℃まで低下したこと,塩分は,表層で排水直後に26psuであったところ,28psu余りまで上昇し,低層で29psuから微増傾向であったこと,クロロフィルaは,表層で排水後しばらくしてから25μg/Lまで上昇したものの,その後はおおむね10μg/L前後であり,低層では0μg/Lに近い値であっ
たことが認められる。また,証拠(乙E57[5-1-5ないし9,5-1-13頁])によれば,九州農政局による排水後の外縁追跡調査及び自動昇降連続観測による観測の結果,平成17年7月5日に約350万㎥の排水が行われた際にも,排水後に表層と底層の塩分が同程度になったり,表層の塩分が底層の塩分を追うように推移
する経時変化は確認されなかったことが認められる。
C尋問調書では,エスチュアリー循環は数時間から十数時間継続
するとしているところ(甲E82[42頁])
,仮にエスチュアリー
循環が生じていたのであれば,表層には底層の水塊が移動していることになるから,表層と底層の水温,塩分,クロロフィルa濃度等
は,同じ時間に同程度になるか,或いは表層の数値が底層の数値を追うように推移すると考えられるが,前記の九州農政局による連続観測結果及び平成17年7月5日の排水の際の前記各調査の結果も,エスチュアリー循環が生じたことと整合せず,これらの各事実を考慮すれば,C尋問調書によって,平成19年のアサリ斃死がエスチ
ュアリー循環による底層からの貧酸素水の流入によって発生したと認めることはできず,他にこれを認めるに足りる証拠はない。


前記⒜のとおり,干潟域の貧酸素化には赤潮(特にシャットネラ
赤潮)の発生が必要である旨指摘されており,実際に平成16年の
アサリ斃死は赤潮発生に伴う貧酸素化が主たる要因であると考えられること,前記

a及びbのとおり,アサリ資源の減少を生じさせ

る要因として有害赤潮が挙げられていることに,証拠(甲E11の1ないし13)を総合すると,有害赤潮及びこれに伴う貧酸素化は,アサリを斃死させ,アサリ資源の減少を生じさせる要因となり得ると認められる。
他方で,諫早湾でアサリの養殖が行われる干潟域において,成層
化の進行という,一定の水深があることを前提とすると考えられる現象が発生するとは考えられないこと,前記

c⒜のとおり,底層

で形成された貧酸素水塊が潮汐や風の作用により干潟・浅海域に到達することがある旨指摘されているものの,前記
及び日向野ら論文に

cの木元論文を総合すると,貧酸

素水塊が干潟域に到達したのは,干潟域に接する浅海域で赤潮が発生した場合と認められ,成層化の進行に伴う貧酸素化は,前記の赤潮発生に伴う貧酸素化とは区別されるものであって,干潟域における貧酸素化は,赤潮発生に伴うものであると認められる。
また,前記

bのとおり,シャットネラ赤潮について,赤潮密度

での斃死等は室内試験によっても確認されておらず,直接アサリ資源に影響している可能性は考えにくい旨の指摘があること,前記
c⒝及び⒞のとおり,アサリは貧酸素耐性を有しており,その耐性は水温に大きく影響される旨の指摘があること,同⒟のとおり,貧酸素又は無酸素環境下でアサリの生存を脅かす共存物質として硫化水素の影響が懸念される旨の指摘があること,前記

のとおり,

アサリの大量斃死を招くのは高水温型の貧酸素水と考えられる旨の指摘があることに照らせば,アサリの斃死は,赤潮発生に伴う貧酸素化のみを要因として生じるものではなく,水温や硫化水素の発生といった他の要因が複合的に作用して発生するものと認められる。そうすると,前記

アのとおり,本件潮受堤防の締切りによって

赤潮(シャットネラ赤潮を含む。
)が発生したものとは認められず,
前記

イのとおり,諫早湾湾奥部及び湾央部で成層化に伴い進行し

た貧酸素化は,アサリ斃死の要因であるとは認められないから,諫早湾内におけるアサリの斃死が,本件潮受堤防の締切りに起因するものとは認められない。なお,前記

の締切りによって,湾奥部の底層において硫化水素が発生したと認められるものの,本件潮受堤防の締切りが硫化物増加に寄与した程度は大きなものではないと認められること,湾奥部の底層で発生した硫化水素が干潟域にあるアサリ養殖場に影響を及ぼすと認めるべき根拠は存在しないことに照らせば,本件潮受堤防の締切りによっ
て発生した硫化水素がアサリの斃死の要因であるとは認められない。したがって,原告らの前記主張は採用することができない。
c
原告らは,アサリの斃死対策が必要になることや,対策を施したにもかかわらずアサリの斃死が発生していること自体が,アサリ養殖業
の漁場環境が悪化したことを裏付けている旨主張し,原告A14本人もこれに沿う供述をし,原告らの陳述録取書(甲B1の1,甲B2の1,甲B4の1,甲B36の1)にも同旨の記載がある。
しかし,前記

cの本件3漁協の漁獲量の推移によれば,平成8年

以降はおおむね減少傾向にあるものの,本件締切り後の平成10年,平成12年,平成15年は600tを上回っており,本件締切り前の昭和57年から平成3年までの間の漁獲量と比較して明らかに低いとはいえず,また,前記

hの事実によれば,長期的にアサリ類の漁獲

量が減少していく傾向は,有明海区全体においても,また,瀬戸内海区においても,全国においてもみられるものである。
及びbに,証拠(甲E38)を総合すると,アサリ資源の減少を生じさせる要因として,有害赤潮以外にも,漁場の縮小,過剰な漁獲圧,
底質環境の変化,ナルトビエイによる食害,マンガンの影響等が指摘されていることが認められる。これらの点を考慮すると,諫早湾におけるアサリ資源の減少は,有明海全体,或いは他の海域にも共通する,本件潮受堤防の締切り以外の要因によって生じている可能性を否定することができず,アサリの斃死対策が必要になることや,対策をとっ
たにもかかわらずアサリの斃死が発生していること自体が,アサリ養殖業の漁場環境が悪化したことを裏付けるということはできない。d
以上によれば,本件潮受堤防の締切りによって生じた環境変化がアサリ養殖業の漁場環境を悪化させたと認めることはできない。


タイラギ漁業について
原告らは,本件潮受堤防の締切りによる底質環境の悪化や底層の貧酸素化により,タイラギの成育が阻害され,タイラギ漁業の漁場環境が悪化した旨主張する。
タイラギ漁業及び漁獲量の推移について
後掲各証拠によれば,次の各事実が認められる。

a
タイラギは二枚貝であり,砂地の底質において成長し,嫌気状態に置かれた場合,速やかに呼吸経路を切り替えることから,貧酸素耐性が高いとされ,また,濁りに耐性があるとされている。諫早湾における従来の漁場は湾口部であった。
(甲E1[97頁],甲E36[別添資
料1],甲E41,乙E23[95頁],乙E91,弁論の全趣旨)
b
原告らによるタイラギ漁業
原告目録の番号2,4ないし9,11,12,14,17,18,22及び31の原告は,本件3漁協のうちのいずれかの組合員として,本件締切りの前から,諫早湾内においてタイラギ漁業を営んでいた
(甲B2の1,甲B4及び5の各1,甲B16及び17の各1,甲B20の1及び2,甲B27及び28の各1,甲B32及び33の各1,
甲B39及び40の各1,甲B42の1,甲B43の1及び2,原告A9本人)

c
長崎県(有明海区)の漁獲量の推移
長崎県(有明海区)における昭和49年から平成18年までのタイラギの漁獲量の推移は,別紙37有明海区の漁獲量の推移(タイラギ)(乙E71)のとおりであり,昭和54年に期間内で最大の約5000tに達した後,昭和55年から昭和56年にかけて激減し,昭和59年から昭和61年までと昭和63年から平成2年頃までには一時的に回復したものの,平成5年以降はほとんど漁獲がない(乙E71)


d
本件3漁協の漁獲量の推移
本件3漁協における昭和60年から平成27年までのタイラギの漁獲量の推移は,別紙34下図その他の貝類及びタイラギの漁獲量の推移(乙E196[2頁])のとおりであり,昭和60年から平成2
年頃までは増減を繰り返しつつも,おおむね増加傾向にあり,平成2
年には期間内で最大の3311tに達しているが,翌平成3年には漁獲量が半減し,平成4年及び平成5年にも大きく減少して,平成5年以降はほとんど漁獲がない(乙E196)

e
小長井町漁協の漁獲量の推移
小長井町漁協における昭和60年から平成18年までのタイラギの
漁獲量の推移は,別紙38下図小長井漁業地域の漁獲量の推移(タイラギ)(乙E47[1頁])のとおりであり,昭和61年には約1000tであり,平成2年には期間内で最大の約1800tに達しているが,平成3年に漁獲量が激減し,平成5年以降はほとんど漁獲がない(乙E47)


f
瑞穂漁協の漁獲量の推移

瑞穂漁協における昭和50年から平成18年までのタイラギの漁獲量の推移は,別紙16瑞穂漁協甲E103)のとおりであり

(単位はt〈トン〉,昭和59年までは漁獲がなく,昭和60年から)
平成5年までは大きく増減し,昭和60年及び昭和63年ないし平成2年には約700tの漁獲量があったが,その間の昭和61年及び昭
和62年には大きく減少しており,平成3年から平成5年にかけても漁獲量が激減し,同年以降はほとんど漁獲がない(甲E103)

g
他の海域におけるタイラギの漁獲量
福岡県,熊本県及び佐賀県の有明海区における昭和49年から平成18年までのタイラギの漁獲量の推移は,別紙37のとおりであり,
昭和54年頃には2万4000tに達する程度であったが,昭和56年にかけて激減し,以後,何度かにわたり,1万tに満たない範囲で一時的に増加したものの,その後低迷し,平成11年以降は700tに届かない範囲であり,100tに届かない年もあった。また,八代海区における昭和53年から平成20年までのタイラギの漁獲量の推
移は,別紙39下図八代海区の漁獲量の推移(タイラギ)(乙E131[3頁])のとおりであり,昭和55年までに漁獲量が激減し,平成11年からはほとんど漁獲がない。
(乙E71,131)
タイラギ資源の減少を生じさせる要因について
後掲各証拠によれば,次の各事実が認められる。

a
専門委員報告書
専門委員報告書においては,近年,夏期に有明海の北東部漁場において,斃死殻が海底に立ったままで残る立ち枯れと呼ばれる現象
が現出しており,有明海沿岸の4県,西海区水産研究所,養殖研究所,
長崎大学水産学部が原因究明の共同調査を実施中であるが,現段階ではいまだその原因は解明されていないこと,この原因を研究中である
佐賀県有明水産振興センターは,立ち枯れ斃死をおこす貝は低酸素の環境下で酸素供給量を維持する機能などに何らかの障害が起きていた可能性があることを指摘していることが報告されている(甲E1[99,100頁])

b
平成18年委員会報告
平成18年委員会報告においては,有明海北部海域に関するものではあるが,タイラギ資源の長期的な減少要因及び近年の減少要因(北東部漁場の大量斃死等)について次の⒜ないし⒞のとおり整理されている。他方で,長崎県海域におけるタイラギの減少要因については,
明らかにされておらず今後解明していくべきであるとまとめられている。


タイラギ資源の長期的な減少は,有明海北部海域の西側から中央
海域における底質環境の悪化(泥化の進行,有機物・硫化物の増加,貧酸素化)によってタイラギの着底期以降の生息場が縮小したことが主な要因と考えられ,その他の要因としては,漁獲圧,ナルトビ
エイ等の食害,ウイルス,化学物質が想定されるが,漁獲努力量はタイラギの資源量に応じて増減させてきたこと,ナルトビエイ等による食害やタイラギの大量斃死は過去に確認されていないこと,
中・西部漁場のタイラギのみが化学物質等の影響を大きく受けるとは考えにくいこと等を考慮すれば,これらがタイラギ資源の長期的
減少の主たる要因である可能性は低いものと考えられる。


近年のタイラギ資源の減少要因としては,平成12年以降に有明
海北東部漁場で確認された成貝の大量斃死(立ち枯れ斃死)の発
生が挙げられる。大量斃死は,タイラギ稚貝の着底から1年以降の
5月ないし8月及び秋季にタイラギの大きさに関係なく発生しており,衰弱個体は軟体部が萎縮し,鰓や腎臓にウイルス様粒子が確認
されている。酸素消費量を指標としてタイラギの活力を見ると,着底後3か月後(11月ころ)には既に活力の低下(酸素消費量の低下)が確認されている。成貝の活力低下時にウイルス感染の影響が認められるが,この活力低下の原因は明らかにされていない。また,大量斃死の発生が最初に確認された時期(平成12年7月10日,
平成13年6月1日)の水温はそれほど高くなく,底層が貧酸素状態になっていたとは考えにくい。有明海北東部漁場で近年発生しているタイラギの大量斃死のメカニズムについては現時点では不明である。


近年,ナルトビエイによる食害が春から初夏に認められる。ナル
トビエイの資源量は明らかにされていないが,漁業者からの聞き取り等によると,近年増えてきているとの指摘があり,タイラギの造成漁場,天然漁場において,タイラギ生息数の減少にかなりの影響を与えていることが推測される。

(乙E5[44ないし48頁])

c
平成29年委員会報告
平成29年委員会報告においては,諫早湾内のタイラギ資源について,1970年代以降の長期的なタイラギ資源の減少と貧酸素水塊や底質との関係は不明であり,平成13年以降長崎県で生息調査が行わ
れているが,原因の特定には至っていないと報告されている。
また,有明海の各海域におけるタイラギを含む有用二枚貝の減少の原因・要因を考察する中で,減少要因として,貧酸素水塊,底質の泥化(浮泥の堆積)
,エイ類による食害,浮遊幼生の減少等を挙げてい
る。このうち,有明海全体に共通する要因として,エイ類による食害
や浮遊幼生の減少等を挙げ,エイ類による食害について,次のとおり整理している。

ナルトビエイやアカエイ等,一部のエイ類は,昭和45年頃と比較して生息数が増加したと考えられている。ナルトビエイは,タイラギ,アサリやサルボウ等の貝類のみを摂食するエイであり,ナルトビエイをはじめとしたエイ類の捕食圧は資源変動に無視できない影響を与えていると推定されている。平成20年ないし平成26年の調査により,
有明海に来遊するナルトビエイの資源量は年変動があるものの数万ないし50万尾強と推定されており,胃内容物の精査結果から,少なくとも二枚貝に対する捕食圧は多い時には年間3000tを超えると推定されているが,平成24年にかけて漁獲量に対する食害量推定値の割合には減少傾向がみられる。実際に,有明海の一部海域では,移植
されたタイラギが突然消滅し,付近にかみ砕かれたタイラギの殻が散乱することが頻繁に観察されているため,ナルトビエイ等の食害を受けて減少していると推定されており,タイラギの移植試験の結果によれば,ナルトビエイを含めたエイ類と推定される食害は無視できない。また,多くのアサリ漁場等でもナルトビエイによる食害痕が多数認め
られ,これらは被覆網を施すことで生存率の向上が認められることが知られている。
(乙E197[348,366ないし369頁])
d
諫早湾漁場調査結果報告書
九州農政局諫早湾干拓事務所が平成14年1月にまとめた同報告書
は,諫早湾におけるタイラギ資源の減少原因を明らかにするために平成5年ないし平成8年にかけて調査した結果等に基づき,タイラギ資源減少に関し,次のとおりまとめている。
近年の諫早湾におけるタイラギ資源の減少は,これまでとは性質
を異にする現象ではないかと考えられる。



今回の調査では,諫早湾内において,浮遊幼生が佐賀県海域での

調査結果以上の密度で観察され,着底も広い範囲で確認されており,幼生の供給は佐賀県と同程度にはあるものと推察できる。


着底稚貝は時間の経過とともに激減し,0ないし1才貝はみられ
ても,2才貝になる以前に大きく減耗し,その時期は7月ころと推察された。着底稚貝の減耗が大きい点は佐賀県海域でも同様である
が,諫早湾の場合には減耗が稚貝にとどまらず,幼・成貝にまで継続して起こることから,これらの減耗が諫早湾におけるタイラギ資源減少の大きい原因と思われた。

低酸素水は,タイラギの斃死に直接影響が及ぶと思われる環境因
子であるが,低酸素水が観察された調査点とタイラギ現存量が減少した調査点は一致していないこと,低酸素水が認められたのは平成6年及び平成7年の一部の調査点のみであり,認められなかった平成8年においてもタイラギは斃死していることなどから,諫早湾全域において継続して発生しているタイラギ斃死との因果関係を説明
することはできなかった。
泥分が多い海底でみられた底質の細粒化は,タイラギの斃死に直
接結びつくとは思えないが,もし細粒化がタイラギの成育にとって重要な意味を持つ底質の安定性を欠いた結果として生じたものであれば,タイラギの斃死原因に結びつく可能性が考えられる。この時
期に諫早湾で底質の不安定化が起きるとすれば,平成4年度からの本件事業の影響が考えられる(なお,同報告書では,本件事業は平成元年に試験堤防工事が行われ,平成2年度には,北部排水門から北の部分及び南部排水門から南の部分の工事が開始され,平成3年度から砂採取工事が開始され,平成4年度後半に本件潮受堤防及び
本件各排水門の本格的な工事が開始され,平成8年度まで行われたとされている。
)が,工事に伴う濁りの発生と本件採砂地周辺にお

ける底質の細粒化は本件事業の着手以前から予想されたため,これを防ぐ目的で,グラブ浚渫工法の採用及び工事船の運航航路や時間の規制等の対策が施され,その結果,採砂工事の影響は最小限に抑えられたが,運搬船の通過後に濁りが発生するという漁業者の指摘等から資材運搬船の運航による影響について懸念があった。平成6
年から底層水中のSS(浮遊物質量)とVSS(浮遊物質量の強熱減量〈試料を蒸発乾固したときに残る物質をさらに灰化したときに揮散する物質量〉
)を調べ,両者の割合,年や場所による変化等に
ついて検討したが,場所による特徴や年による増加等に一定の傾向は認められず,運搬船の運航と濁りの発生との関係とともに,泥分
の多い地点での底質の細粒化,ひいては底質の不安定化が起こったかどうかも明らかにすることができなかった。
(甲E159[55,56頁])
e
荒巻裕らによる有明海佐賀県海域で2010年夏季に発生したタイラギ1歳貝の大量斃死について(甲E116)

平成23年に佐有水研報に掲載された上記論文には,平成22年6月から同年8月にかけて有明海佐賀県海域で発生したタイラギの斃死について,降雨により大量の淡水が海域に流れ込み,最干潮時に海底が相当の低塩分となり,タイラギにとって生理的に厳しい状況となり,大量斃死し,残ったタイラギについて,降水量が少なく,気温が高く,
風が弱い日が続いたことにより,表層と底層の水温,塩分濃度差が大きくなり,底層で貧酸素状態が続いたことにより,斃死したと分析している(甲E116)

f
古賀秀昭らによる佐賀県有明海におけるタイラギ漁業の歴史と漁業形成要因―特に2009年度漁期の豊漁要因についてのいくつかの考察―(甲E117)

平成25年に佐有水研報に掲載された上記論文では,タイラギの幼生は,着底の際に,干潟泥や海水だけでは着底場所にとどまることができず,砂粒等の付着基質が必要であること,浮泥は,海中に懸濁した場合はタイラギに対して飼料効果を示すが,大量に堆積した場合はタイラギの栄養状態を低下させ,死亡させる可能性があること,浮泥
厚が5ないし6mmに着底できるか否かの境界があると思われること,砂粒径の小さいことは必ずしも漁場形成の制限要因とはなっていないが,泥質海域では,底泥中の付着基質となる砂粒や貝殻細片が台風や漁業活動などにより鉛直方向に移動しないと,タイラギが付着できないことなどに言及している(甲E117)


g
杉野浩二郎らによる有明海福岡県地先におけるタイラギ斃死要因に関する研究Ⅱ(乙E91)
平成21年に刊行された杉野浩二郎(有明海研究所)らによる上記論文は,福岡県先の有明海においてタイラギ斃死の要因を探るために環境調査と斃死状況調査を実施したところ,秋季の斃死には夏季の貧
酸素による活力の低下が,春季の斃死には冬季の長期間の硫化物暴露が影響している可能性が示唆されたものの,いずれの現象についてもそれだけでタイラギの斃死を十分に説明することはできず,複数の要因が複合して起こっていると考えられるとしている(乙E91)

検討

a
前記

bのとおり,原告らの中には,本件3漁協のうちのいずれか

の組合員として,本件締切りの前に,諫早湾内において,タイラギ漁業を営んでいた者がいるから,これらの者に関しては,因果関係の有無に関し,本件潮受堤防の締切りによってタイラギ漁業の漁場環境が悪化したかどうかが問題となる。

b
底質環境の悪化について

原告らは,本件潮受堤防の締切りによって,諫早湾の海底に大量の有機物(浮泥)が沈殿し,これが,潮流速が低下したことにより底層に堆積することで,タイラギ幼生の着底を妨げ,タイラギの成育を阻害している旨主張する。
この点,前記

cのとおり,諫早湾を含む有明海においては,タイ

ラギ漁獲量の長期的な減少傾向がみられるほか,前記

a及びbのと

おり,有明海北東部漁場ではタイラギの大量斃死(立ち枯れ斃死)が発生している。そして,前記

aないしc,fのとおり,このような

長期的な減少傾向及び大量斃死を引き起こす要因のひとつとして,泥化の進行,有機物・硫化物の増加等の底質環境の悪化が挙げられているところ,前記

のとおり,諫早湾の湾奥部及び湾央部において

は,本件潮受堤防の締切りによって浮泥の堆積が進行したことが認められる。
しかし,タイラギ漁獲量の減少や斃死を引き起こす要因として,前記
b,c,e及びgのとおり,他にも,漁獲圧,ナルトビエイ等に

よる食害,ウイルス,有明海に共通する浮遊幼生の減少等,様々なものが挙げられている上,タイラギ資源の減少は複数の要因が複雑に絡み合って生じているとされている。また,諫早湾における長期的なタイラギ資源の減少については,前記
b,c及びdのとおり,平成1

4年1月の諫早湾漁場調査結果報告書及び平成18年委員会報告においてもその要因が明らかにされておらず,平成18年委員会報告以降の調査結果等に基づき検討を重ねた結果である平成29年委員会報告においても,なお原因の特定には至っていない旨報告されている。そうすると,諫早湾におけるタイラギ資源の減少の要因は,いまだ解明
されていないといえ,この点に照らすと,直ちに本件潮受堤防の締切りによる浮泥の堆積によってタイラギ資源が減少したと認めることは
できない。
以上に加えて,
からの排水よりも筑後川等からの河川水に由来するものの割合が大きく,また,本件締切りによる潮流速の低下も湾口部ではその程度が小さいところ,前記

aのとおり,諫早湾におけるタイラギ漁場は,湾

口部に位置することによれば,この部分には本件潮受堤防の締切りによる浮泥が堆積しているとは認められず,タイラギの成育を阻害してタイラギ漁業の漁場環境を悪化させているとまでは認められない。したがって,本件潮受堤防の締切りによる底質環境の悪化によって,タイラギ漁業の漁場環境が悪化したと認めることはできない。

c
底層の貧酸素化について
前記

aないしc,e,gのとおり,有明海におけるタイラギ漁獲

量の長期的な減少傾向及びタイラギの大量斃死を引き起こす要因のひとつとして貧酸素化が挙げられているところ,前記⑶イのとおり,諫早湾の湾奥部及び湾央部においては,本件潮受堤防の締切りによって貧酸素化が進行していることが認められる。しかし,前記aのとおり,諫早湾におけるタイラギ資源の減少の要因はいまだ解明されていないこと,前記

dのとおり,諫早湾において貧酸素水が観察された調査

点とタイラギ現存量が減少した調査点は一致していないこと,前記aのとおり,タイラギは貧酸素耐性を有するとされていること(ただし,前記

eのとおり,貧酸素状態が続く場合は斃死するとされてい

る。,諫早湾におけるタイラギ漁場は湾口部に位置することを総合す)
ると,本件潮受堤防の締切りによって進行したと認められる貧酸素化が,タイラギの成育を阻害してタイラギ漁業の漁場環境を悪化させているとまでは認められない。
したがって,本件潮受堤防の締切りによる底層の貧酸素化によって,
タイラギ漁業の漁場環境が悪化したと認めることはできない。
d
原告らは,タイラギの漁業資源が激減していることが,本件潮受堤防の締切りによってタイラギ漁業の漁場環境が悪化していることを裏付けている旨主張し,原告A9本人もこれに沿う供述をし,原告らの陳述録取書(甲B2の1,甲B5の1,甲B11の1,甲B17の1,
甲B20の1及び2,甲B22の1,甲B28の1,甲B32の1,甲B40の1,甲B43の1)にも同旨の記載がある。
しかし,前記

のとおり,本件潮受堤防の締切りに起

因する湾奥部及び湾央部における貧酸素化の進行や浮泥の堆積は,いずれも本件締切り後に進行したものと認められるところ,前記

cの

とおり,本件3漁協におけるタイラギの漁獲量は本件締切りより前の平成3年から減少し,平成5年度の漁期から休漁となっていることに照らせば,タイラギの漁獲量の減少ないしタイラギ資源の減少は,本件潮受堤防の締切りによってタイラギ漁業の漁場環境が悪化したことを裏付けるものとはいえない。

e
原告らは,さらに,本件締切り前には,タイラギ漁場における採砂,サンドコンパクションパイル打ち込み工事,運搬船による巻き上げ等によって浮泥が堆積し,濁りが生じたほか,採砂によって生じた窪地が貧酸素水の発生源となるなど,本件締切り後とは別の要因によって
底質環境の悪化や底層の貧酸素化が進行した旨主張し,前記

dのと

おり,本件3漁協の漁獲量は,平成3年から平成5年にかけて大きく減少し,平成5年以降にほとんど漁獲がないという推移であるが,これは,

前記

ら,本件事業のうち本件潮受堤防及び本件各排水門の本格的な工事が開始されたとされていることと時期としてはおおむね重なるものである。また,原告らの前掲各陳述録取書の中にも,本件事業に関する工
事後にタイラギ漁場にヘドロ状のものが増えた旨の記載があるほか,伊東史郎(佐賀県水産課)による「有明海異変
,特にタイラギ資源
の減少と今後」
(平成18年。甲E41)もこれに沿う内容である。
しかし,上記論文は,本件事業のための採砂が諫早湾湾口部のタイラギ漁場の消失につながっているとしているものの,同時に,情報が少なく,長崎県海域におけるタイラギ資源の減少要因について言及することはできないとしており,これによって,タイラギ資源の減少が本件事業に起因して生じたと認めることはできない。また,前記
のとおり,諫早湾漁場調査結果報告書は,本件事業がタイラギに影響
を及ぼす可能性を懸念し,対策を施した上,漁業者から指摘のあった運搬船の通過による濁りについて,本件事業に関する工事が継続中の平成6年から底層水のSSとVSSを調べ,検討したが,運搬船の運航と濁りの発生との関係も,底質の細粒化及び不安定化が起こったかどうかも明らかにすることができなかったとしていることに加え,本
件事業に関する工事は平成元年度に開始されたが,本件3漁協の漁獲量は,平成2年に昭和60年以降では最高値であったことをも考慮すると,平成3年以降の漁獲量の減少の推移と本件事業に関する工事の時期がおおむね重なることによって,直ちに,本件事業に関する工事等に起因してタイラギ漁場の底質環境が悪化したと推認することはで
きず,また,タイラギの漁獲量の減少が本件事業に関する工事によるものと推認することはできない。
原告らの主張のうち貧酸素水に関する部分についても,証拠(乙E72[138頁])によれば,採砂後である平成9年6月4日の底層水の溶存酸素飽和度の分布をみても,採砂地付近から貧酸素が広がって
いるとは認められないところ,この点に照らせば,本件締切り前に実施された工事等によって底質環境の悪化や底層の貧酸素化が進行した
とは認められない。
さらに,前記

gのとおり,福岡県,熊本県及び佐賀県の有明海区

におけるタイラギの漁獲量についても,本件3漁協における漁獲量と共通する推移がみられ,本件潮受堤防の締切りによる影響が及ぶとは認められない八代海区においても,昭和55年以降にタイラギ漁獲量
が減少し,平成11年からはほとんど漁獲がないことに照らすと,諫早湾におけるタイラギ漁獲量の減少は,これらの海域に共通する本件潮受堤防の締切り以外の要因によって生じている可能性を否定することができず,諫早湾におけるタイラギ漁獲量の減少ないしタイラギ資源の減少という事実から,本件潮受堤防の締切りによってタイラギの
漁場環境が悪化したことを推認することはできない。
f
以上によれば,本件潮受堤防の締切りによって生じた環境変化がタイラギ漁業の漁場環境を悪化させたと認めることはできない。


カキ養殖業について
原告らは,本件潮受堤防の締切りによって,カキ養殖業の漁場環境が悪化した旨主張する。
カキ養殖業及び収穫量の推移について
後掲各証拠によれば,次の各事実が認められる。
a
原告らによるカキ養殖業
小長井町漁協においてカキ養殖業が開始されたのは,平成11年度
であり,瑞穂漁協でカキ養殖業が開始されたのは平成14年度である。なお,国見漁協ではカキ養殖業は行っていない。
(甲B2及び3の各
1,甲B5の1,甲B9ないし11の各1,甲B16及び17の各1,甲B20の1及び2,甲B22の1,甲B27の1,甲B33の1,甲E96[43頁],甲E104,乙E147,弁論の全趣旨)

b
長崎県(有明海区)の収穫量の推移

長崎県(有明海区)における平成11年から平成25年までのカキ養殖業の収穫量の推移は,別紙40平成11年ないし平成25年の養殖かきの漁穫量(乙E193の2)のとおりであり,平成11年
から平成21年までは,平成16年及び平成19年にそれぞれ前年よりも減少したほかは,一貫して増加を続けており,平成21年から平
成24年まで3年連続で減少しているものの,平成25年からは再び増加傾向に転じている(乙E193)

c
本件3漁協の収穫量の推移
本件3漁協における平成12年から平成27年までのカキ養殖業の収穫量の推移は,別紙41養殖カキの収穫量の推移
(乙E196

[3頁])のとおりであり,平成12年から平成21年までは,平成16年及び平成19年にそれぞれ前年よりも減少したほかは,一貫して増加を続けており,平成21年から平成24年まで3年連続で減少しているものの,平成25年からは再び増加傾向に転じている(乙E196)


d
小長井町漁協の収穫量の推移
小長井町漁協における平成12年から平成18年までのカキ類の漁獲量の推移は,別紙35下図小長井漁業地域の漁獲量の推移(養殖業(カキ類))(乙E47[2頁])のとおりであり,平成16年に減

少しているほかは毎年増加し続けており,平成18年には約200tの漁獲を上げている(乙E47)

カキの生態及びカキ資源の減少を生じさせる要因について
証拠(甲E96[43ないし46,50頁],乙E192)によれば,水産庁増殖推進部によるカキの生息環境における問題点と環境改善技術有明海漁場造成技術開発事業・二枚貝漁場環境改善技術導入のた(めのガイドライン)において,カキの生態及びカキ資源の減少を生じ

させる要因に関し,次のとおり指摘されていることが認められる。a
小長井地先では,平成11年からマガキ(以下では単にカキと
いう。
)の筏垂下式養殖を行っており,その収穫量は,平成11年か
ら増加傾向を示し,平成20年には300tに達したが,平成16年には小規模な斃死が,平成19年には大規模な斃死が発生し,収穫量
は一時期約100tまで落ち込んでおり,必ずしも安定していない。b
カキの生活史は,産卵期,卵・浮遊期,稚貝期,成貝期に分けられ,成貝期の至適溶存酸素濃度は,6.5ないし8.6mg/Lである。成貝期のカキは,貧酸素状態では3週間以上生存(水温25℃)し,その耐性は他の二枚貝に比べて極めて高い。そのメカニズムとして,
周囲が無酸素状態となると,アラニン等の複数の嫌気最終産物を蓄積し,グリコーゲンのグルコース単位当たりのATP収率を上げることにより高い無酸素耐性を得るとされている。
また,至適塩分は,卵が23.5ないし32.5psu,浮遊期が27.2ないし33.7psu,成貝期が25.5ないし33.7p
suであるとされているところ,諫早湾内(B3)の水深0.5m地点では,平成19年7月8日ないし同月10日に,塩分が8.9psuとなった。
c
カキの大量斃死は,様々な要因により生じ,代表的なものとして,高水温,低塩分,有機物による水質汚染,底質悪化,寄生虫その他動
物の食害,疾病及び硫化水素の発生などがあるとされている。
検討
a
前記

aの事実によれば,小長井町漁協及び瑞穂漁協でカキ養殖業

が開始されたのは,いずれも本件締切り後である。そうすると,そもそも本件潮受堤防の締切り以前の漁場環境自体が存在しない以上,カキ養殖業の漁場環境が,本件潮受堤防の締切りによって悪化したとは
認められない。
これに対し,原告らは,タイラギ漁業,アサリ養殖業,漁船漁業など他の漁業種が本件潮受堤防の締切りによって立ち行かなくなったため,カキ養殖業に移行したのであり,その移行したカキ養殖業でさえ,漁場環境悪化の影響を受けているのであるから,カキ養殖業について
も本件潮受堤防の締切りの悪影響を論じることができる旨主張する。しかし,他の漁業種が本件潮受堤防の締切りによって立ち行かなくなったのであれば,その漁業種について,漁場環境の悪化及び漁業被害を問題とすべきであって,少なくとも,本件締切り前に漁場環境が存在しなかったカキ養殖業について,漁場環境の悪化が問題になるとい
うことはできない。よって,原告らの前記主張は採用できない。
b
仮にこの点を措くとしても,次のとおり,本件潮受堤防の締切りによってカキ養殖業の漁場環境が悪化した旨の原告らの主張は,これを事実と認めることができない。
貧酸素化について

原告らは,本件潮受堤防の締切りによって諫早湾において貧酸素
化が進行し,カキの成育に適した溶存酸素濃度を下回ることで,カキの成育が阻害されている旨主張する。
この点に関し,前記
イのとおり,本件潮受堤防の締切りによっ

て,諫早湾の湾奥部及び湾央部において貧酸素化が進行したと認められる。しかし,本件潮受堤防の締切りは貧酸素化進行の一因にすぎず,その寄与の程度も大きなものではないと認められること,前記
bのとおり,カキは他の二枚貝類と比しても高い貧酸素耐性を

有すること,前記
cのとおり,カキの斃死の要因としては,貧酸

素以外にもさまざまなものが指摘されていることに照らすと,本件潮受堤防の締切りによって貧酸素化が進行したことにより,カキの
斃死が発生したり,カキの成育が阻害されているとまでは認められない。
したがって,原告らの前記主張は採用することができない。


低塩分について
原告らは,本件調整池から淡水が大量に排水されることで,諫早

湾の塩分が低下し,カキの成育に適した塩分を下回ることで,カキの成育が阻害されている旨主張する。
この点に関し,前記

bのとおり,諫早湾湾奥部(B3)の水深

0.5m地点の塩分は,平成19年7月8日から同月10日にかけて8.9psuとなり,成貝期のカキの至適塩分とされている25.
5ないし33.7psuを下回っていたことが認められる。しかし,前記⑵

のとおり,塩分濃度の低下には,排水以外にも降雨や

河川水等の流入による影響が大きいと考えられることに照らすと,前記の塩分の低下が本件調整池からの排水によると認めることはできない。また,仮に本件調整池からの排水によるものであるとして
塩分濃度は排
水が終了すると回復することに照らすと,カキの斃死を引き起こすとは考えられない。したがって,原告らの前記主張は採用することができない。

漁船漁業及び魚類の産卵場所・生育場所であった諫早湾の干潟の喪失について
原告らは,本件潮受堤防の締切りによって,諫早湾の干潟が喪失し,産卵場所及び魚類初期成育場所の一部消滅,成育場への仔魚の移送機構悪化,成長後の季節回遊を十全化させる環境の悪化といった漁船漁業の漁場環境
の悪化が生じた旨主張する。
漁船漁業及び漁獲量の推移について

後掲各証拠によれば,次の各事実が認められる。
a
原告らによる漁船漁業
原告目録の番号1ないし12,14,16ないし18,22,25,27,31ないし32の原告は,本件締切りの前から,本件3漁協のいずれかの組合員として,諫早湾内で漁船漁業を営んできた(甲B1
の1,甲B2の1及び2,甲B3ないし5の各1,甲B8の1,甲B10の1,甲B15ないし17の各1,甲B20の1及び2,甲B26及び27の各1,甲B28の1及び2,甲B32及び33の各1,甲B36の1,甲B39及び40の各1,甲B42の1,甲B43の1及び2,原告A2本人,原告A9本人,原告A14本人,原告A2
2本人)

b
長崎県(有明海区)の漁獲量の推移
長崎県(有明海区)における昭和47年から平成24年までの魚類の漁獲量の推移は,別紙42②長崎県(有明海区)・魚類(甲E1
02[3頁])のとおりであり(単位はt〈トン〉,昭和47年頃には)

3500t前後あり,昭和51年には5000tを超え,昭和61年頃までは増減を繰り返しつつもおおむね4000tから5000tの間で推移していたが,昭和62年以降はおおむね減少傾向が続いている(甲E102)

c
本件3漁協の漁獲量の推移
本件3漁協における昭和50年から平成27年までの魚類の漁獲量の推移は,別紙43魚類の漁獲量の推移
(乙E196[1頁])の
とおりであり,昭和50年代中頃までは400tを超えていたが,増減を繰り返しつつも,おおむね減少傾向が続き,平成14年以降は漁
獲量が100tを切って,その後も減少を続けている状態にある(乙E196)


d
小長井町漁協の漁獲量の推移
小長井町漁協における昭和50年から平成18年までの魚類の漁獲量の推移は,別紙38上図小長井漁業地域の漁獲量の推移(魚類)(乙E47[1頁])のとおりであり,昭和52年に大きく増加したが,翌昭和53年以降長期的な減少傾向を呈しており,平成8年頃からは
ほとんど漁獲がない状態にある(乙E47)

e
瑞穂漁協の漁獲量の推移
瑞穂漁協における昭和50年から平成18年までの魚類の漁獲量の推移は,別紙16瑞穂漁協
(甲E103)のとおりであり(単位
はt〈トン〉,昭和50年から昭和60年頃までおおむね減少傾向に)

あり,昭和61年から昭和63年にかけて一時的に回復するも,平成元年には再び22tまで減少し,その後,平成18年まで100tを超えることなく横ばいに推移している(甲E103)

f
他の海域における漁獲量の推移
全国,瀬戸内海区,有明海区及び八代海区における昭和60年から平成20年までの魚類の漁獲量の推移は,別紙44〈魚類〉(乙E131[2頁])のとおりである。全国における魚類の漁獲量は,昭和63年に1000万tに達する程度であったところ,その後,減少し,平成11年以降は400万tを下回っている。また,瀬戸内海区の漁
獲量は,昭和61年には35万tを上回っていたが,以後減少傾向にあり,平成12年以降は,20万tを下回っている。有明海区の漁獲量は昭和63年まで1万3000tを上回っていたが,以後減少傾向にあり,平成5年以降1万tを下回り,平成14年以降5000tを下回っている。八代海区の漁獲量は,平成5年以降減少傾向にあり,
1万t程度である年が多かったものの,平成19年から増加し,平成20年には1万5000tを上回った。
(乙131)

魚類等の減少要因について
後掲各証拠によれば,次の各事実が認められる。
a
平成18年委員会報告
同報告は,有明海における魚類等の減少要因について,次のとおり
としている。


有明海においては,漁獲努力量等の資源評価に係る情報が整備さ
れていないが,漁獲量の動向を資源変動の目安と考えることはできる。検討の基礎とした統計資料の性格上,個別の魚種の増減の詳細を論議することは避け,傾向としての検討を行った。
有明海の主要魚種の大半は底生種であり,そうした種の漁獲量が

減少しているが,特にウシノシタ類,ヒラメ,ニベ・グチ類,カレイ類及びクルマエビの漁獲量は1980年代後半から減少を続け,1990年代後半に過去の漁獲統計値(昭和51年以降)の最低水準を下回って減少している。


魚類等については,現時点において必ずしも十分な情報がない中
で,専門的知見を有する委員の考察により,以下のとおり原因・要因が整理された。今後,有明海の魚類等に関するデータについて収集・整理を図っていく必要がある。
シログチは,有明海中央から湾口部の底層で産卵し,仔稚魚は湾

奥部に出現するが,近年,他魚種に比べて減少の程度が大きい。漁獲が減少しているクルマエビもシログチと類似した再生産の特性を持つ。中央部又は奥部の深場で産卵し,仔稚魚が奥部の浅海域で成育する魚種は多く,それらの仔稚魚は,流れにより浅海域に運ばれて成育することから,輸送経路に当たる海域の環境変化(貧酸素化
など)
,潮流変化,成育場の減少等の影響を受ける可能性がある。
魚類資源は初期(卵から仔稚魚)減耗が大きく,その程度によって
資源量が決まることから,このような魚類の資源変動を考える場合,初期減耗にどのような要因が関与しているかという検討が必要である。
このほか,エツなどの有明海の特産魚類は,河口域,感潮域を仔
稚魚の成育場として利用しており,取水による淡水域の縮小や,護
岸構造物の設置,人為的な流量操作,採砂などが複合的に影響する可能性があると考えられる。また,有明海の代表的な魚類であるコイチは,有明海湾奥部と諫早湾で産卵し,その仔稚魚は有明海湾奥部沿岸の浅海域から河口域に多く分布することから,感潮域,河口域,干潟域の減少が影響を及ぼす可能性があると思われる。



魚類資源の減少に関与する可能性のある要因については,①生息場(特に仔稚魚の成育場)の消滅・縮小,②生息環境(特に底質環境や仔稚魚の輸送経路)の悪化に整理できる。
生息場の消滅・縮小に関しては,魚類資源の初期減耗がその資源

量に大きく関与することを考えれば,仔稚魚の育成場である干潟・藻場や感潮域の消滅・縮小が魚類資源の減少の一因になる可能性がある。
生息環境の悪化については,貧酸素水塊の発生(沈降有機物の増
加等による。
)やベントスの減少(底質の泥化による。
)が挙げられ

る。これらは,底棲魚類が生息する底層環境(餌料環境も含む。

を悪化させるとともに,それらの仔稚魚の輸送経路に当たる海域において影響を及ぼすことも推測され,魚類資源の減少の一因になる可能性がある。
また,潮流・潮汐の変化による影響については,潮流の変化が仔

稚魚の輸送状況を変える可能性があり,また,潮汐の減少は仔稚魚の成育場である干潟の減少につながる。

その他に考えられる魚類資源の減少要因としては,漁獲圧が挙げ
られるが,有明海において魚類への漁獲圧が大きく増加したとは考えにくい。また,ノリ酸処理剤については,魚類への影響試験結果を考慮すると,酸処理剤が適正に使用されていれば,その影響は少ないと考えられる。このほか,外来種の影響,人為的なコントロー
ル(種苗放流,駆除等)
,海底地形の変化,化学物質の影響につい
ては,関連情報がないため,判断できない。
(乙E5[53ないし55頁])
b
平成29年委員会報告
同報告では,有明海における魚類等の減少要因について,次のとお
り整理されている。


有明海では魚類資源に関する研究が少なく,漁獲努力量等の資源
評価を行うための基礎資料が整備されていないため,以下では,漁獲量の動向を資源変動の目安と考える。
魚類の漁獲量は,昭和62年をピーク(1万3000t台)に減

少傾向を示し,平成11年には6000tを割り込んだ。有明海の主要魚種の大半は底生種であり,そうした種の漁獲量が減少しているが,特にウシノシタ類,ヒラメ,ニベ・グチ類及びカレイ類の漁獲量は,1980年代後半から減少を続け,1990年代後半に過去の漁獲統計値(昭和51年以降)の最低を下回っている。また,
クルマエビも同様の傾向を示している。その後も減少傾向が続いているが,魚類の漁獲量がもっとも多かった長崎県の漁獲量の減少程度が大きく,平成17年以降は熊本県が長崎県を上回ることが多くなった。


資源の減少が著しい種や有明海を代表する種について,卵や仔魚
の輸送機構,輸送経路,初期生態,産卵場や成育場の特定等を行っ
た結果,かつて漁獲量がもっとも多く,近年資源量の減少が著しいシログチ,デンベエシタビラメ等をはじめとする有明海の底魚魚類の再生産機構は,別紙45(乙E197[392,393頁])のとおりであることが分かった。有明海のシログチは,産卵場と成育場がかなり離れており,卵や仔魚が成育場まで輸送されるという有明海に特徴的な再生産の仕組みを持ち,他にもコウライアカシタビラメやクルマエビがこのような再生産の仕組みを持つ。有明海のシタビラメ類は,
クチゾコ或いはクッゾコと呼ばれ,その一種
であるデンベエシタビラメの仔魚は,産卵場である有明海湾奥部及
び諫早湾に広く出現し,稚魚も同様に有明海湾奥部及び諫早湾の浅海域に広く分布する。変態直前の仔魚から着底後の稚魚は,潮間帯から河口域にも出現することが分かっている。このように全生活史を有明海湾奥部に依存する種には,他にコイチ等が挙げられる。これまでに明らかになった成果に基づき,産卵場や成育場等各種の生
活史ステージにおける海域利用について海域区分に従って記すと,産卵場は有明海湾口部,仔魚の輸送経路は有明海湾奥西部及び有明海湾央部,仔魚の成育場は有明海湾奥東部及び有明海湾奥西部,稚魚の成育場は有明海湾奥奥部であることが分かった。コウライアカシタビラメ等が同様の海域利用を示すことが判明している。

これらの生活史を持つ底生魚類の減少要因を考察すると,底質や
底質環境の変化等に加え,卵から仔稚魚期までを過ごす成育場の環境変化や卵仔魚の輸送に関わる流れの変化等が初期減耗を高めている可能性もある。有明海の特産魚類は河口域,感潮域を仔稚魚の成育場として利用しており,護岸構造物の設置,人為的な流量操作,
採砂等が複合的に影響する可能性があると考えられる。また,有明海の準特産魚種であるコイチやデンベエシタビラメ等は,有明海湾
奥部で産卵し,その仔魚は有明海湾奥部沿岸の浅海域を成育場とすること,さらに河口域が稚魚の成育場となっていることが明らかとなっている。このように,感潮域,河口域,干潟・浅海域の減少や環境悪化が初期減耗を高め,資源減少を引き起こしている可能性がある。

また,現時点では資源の減少要因の特定には至っていないものの,有明海湾奥部における貧酸素水塊の発生状況に加え,成育場の餌環境,成育場である有明海湾奥部への仔魚の輸送の成功の可否は,初期の生残や成長を規定し,資源の増減に大きな影響を及ぼすものと推定される。



水産資源の減少要因の一つに有明海生態系構造の変化,すなわち
種組成の変化が挙げられる。有明海では,1990年代後半から,エイ類が増加しており,餌生物を同じくする底生魚類(競合種)の減少を引き起こした可能性も考えられる。



有明海では,夏期にラフィド藻等の有害赤潮が頻発している。特
に有害なシャットネラ赤潮については,平成10年,平成16年,平成19年ないし平成22年及び平成27年に赤潮発生規模が大きくなっており,どの程度漁獲量の減少に影響を与えたのか不明であるが,魚類等へ幅広く毒性を示すことが既に知られており,天然魚類の斃死を引き起こしている。

(乙E197[389ないし402頁])
c
Fの指摘
長崎大学水産学部教授であったF(以下Fという。
)は,佐賀
訴訟の証人尋問において,本件事業によって起こり得る魚類資源減少
の原因は,①産卵場所の一部消滅,②魚類初期成育場の一部の消滅,③成育場への仔魚の移送に及ぼす影響,④成長後の季節回遊に及ぼす
影響である旨証言した(甲E30の11,甲E31[12頁])

また,Fは,①については,本件潮受堤防の締切りにより,諫早湾湾奥部を産卵場所としていたムツゴロウ,ワラスボ及びハゼクチが絶滅し,コノシロ,コイチ及びアカシタビラメにも影響を与えたことを,②については,諫早湾湾奥部はコノシロ,コイチ,ハゼクチ,スズキ,
マハゼ,ムツゴロウ,コウライアカシタビラメ,ワラスボ,シマフグ等の稚魚の成育場であったが,これが消滅し,諫早湾湾央部や湾口部の成育場としての機能が低下したことを,③については,仔魚は潮流で産卵場所から成育場所に移動するところ,潮流や潮向が変化すれば仔魚が所定の成育場所に移送されず,漁獲資源が減少することを,④
については,コノシロ,コイチ,シログチ等の魚類は,季節回遊をする魚類であるが,潮流の変化により移動に影響を受け,回遊経路にある底質環境の悪化や貧酸素化による影響を受けることになることを指摘した。
(甲E29,甲E30の12,19,甲E31)

検討

a
前記

aのとおり,原告らの中には,本件締切りの前から,本件3

漁協のいずれかの組合員として,諫早湾内で漁船漁業を営んできた者がいるから,これらの者に関しては,因果関係の有無に関し,本件潮受堤防の締切りによって漁船漁業の漁場環境が悪化したかどうかが問題となる。

b
前記

a⒞のとおり,平成18年委員会報告においては,魚類資源

の減少に関与する可能性のある要因として,生息場(特に仔稚魚の成育場)の消滅・縮小と生息環境(特に底質環境や仔稚魚の輸送経路)の悪化を挙げた上で,①生育場の消滅・縮小に関しては,魚類資源の初期減耗の観点から,仔稚魚の育成場である干潟・藻場や感潮域の消滅・縮小が魚類資源の減少の一因になる可能性がある旨,②生息環境
の悪化に関しては,沈降有機物の増加等による貧酸素水塊の発生や底質の泥化によるベントスの減少が,底棲魚類が生息する底質環境(餌料環境も含む。
)を悪化させるとともに,それらの仔稚魚の輸送経路
に当たる海域において影響を及ぼすことも推測され,魚類資源の減少の一因になる可能性があると指摘され,さらに,③潮流・潮汐の変化による影響について,潮流の変化が仔稚魚の輸送状況を変える可能性があること,潮汐の減少は仔稚魚の成育場である干潟の減少につながることが指摘されている。他方,本件潮受堤防の締切りによって,前記前提事実2⑵のとおり,諫早湾の干潟面積は,約15.5k㎡消失
していること,前記⑵

のとおり,諫早湾における潮流速の低下

等により,湾奥部及び湾央部における貧酸素化の進行,浮泥の堆積等の漁場環境の悪化が,その程度は措いても生じていることが認められるところ,これらは,平成18年委員会報告において指摘されている魚類資源の減少に関与する可能性のある要因に該当するというべきである。
しかし,前記

a⒜及び⒝のとおり,有明海では魚類資源に関する

研究が少なく,漁獲努力量等の資源評価を行うための基礎資料が整備されておらず,魚類等については現時点において必ずしも十分な情報がなく,今後,有明海の魚類等に関するデータについて収集・整理を図っていく必要があるとされていることに照らすと,平成18年委員会報告において挙示された魚類資源の減少要因は,あくまで全て考えられる可能性について論じているにすぎず,これらの要因に当たる事情が発生すれば必ずそれによって魚類資源が減少したと評価できるような性質のものではないといえる。

また,前記

b⒝のとおり,平成18年委員会報告以降の調査結果

等に基づき検討を重ねた結果である平成29年委員会報告においても,
①感潮域,河口域,干潟・浅海域の減少や環境悪化が初期減耗を高め,資源減少を引き起こしている可能性があること,②底質や底質環境の変化等に加え,卵から仔稚魚期までを過ごす成育場の環境変化や卵仔魚の輸送に関わる流れの変化等が初期減耗を高めている可能性があることが指摘されているところ,このような指摘は,平成18年委員会報告における魚類資源の減少要因に係る指摘と同じ趣旨のものである。しかし,前記

b⒜及び⒝のとおり,有明海では魚類資源に関する研

究が少なく,漁獲努力量等の資源評価を行うための基礎資料が整備されていないこと,現時点では資源の減少要因の特定には至っていないことが指摘されていることに照らすと,平成29年委員会報告においてもなお,前記のような魚類資源の減少要因に係る指摘は,考えられる可能性について論じたものにとどまると認められる。
そして,原告らがその主張の根拠とするFの指摘も,諫早湾を含む有明海における魚類資源の減少要因について,可能性を示すものとは
いえるものの,魚類資源の減少が前記

cの機序によって生じている

ことを具体的な根拠をもって説明するものとはいえない。
原告A14本人は,本件締切り後,潮流がなくなり,網が流れなくなったり,網が汚れたりして,スズキやイイダコなどが獲れなくなった旨供述し,原告らの各陳述録取書(甲B8の1,甲B17の1,甲B19の1,甲B20の1及び2,甲B26及び27の各1,甲B33の1,甲B36の1,甲B40の1)にも,漁船漁業の漁場環境の悪化に関する記載がある。しかしながら,これらによって,本件締切り後に漁獲量等が減少したことは認められるものの,原告らが掲げる変化が本件締切りによるものであると認めることはできない。

以上によれば,前記

で認定した諫早湾における魚類の漁獲量の減

少ないし魚類資源の減少を生じさせている要因については,明らかで
はないといわざるを得ない。そして,前記

fのとおり,有明海区の

みならず,全国的にも,また,瀬戸内海区においても,魚類の漁獲量は昭和60年頃から長期的な減少傾向にあることに照らすと,諫早湾における漁獲量の減少は,本件潮受堤防の締切り以外の,全国的に共通する要因によって生じている可能性が否定できない。そうすると,
本件潮受堤防の締切りによって生じた環境変化が漁船漁業の漁場環境を悪化させたと認めることはできず,原告らの前記主張は理由がない。オ
ノリ養殖業について
原告らは,本件潮受堤防の締切りによって,ノリの生育が阻害されノリ
養殖業の漁場環境が悪化した旨主張する。
ノリ養殖業及び収穫量の推移について
後掲各証拠によれば,次の各事実が認められる。
a
原告らによるノリ養殖業
原告目録の番号17,18,22及び31の原告は,本件締切りの前,瑞穂漁協の組合員として,諫早湾内において,ノリ養殖業を営ん
でいたが,同目録の番号22の原告A22(以下原告A22とい
う。
)以外の者は,本件締切りの前後に,最も遅い者でも平成10年
頃までに,ノリ養殖業を止めた(甲B27及び28の各1,甲B32の1及び2,甲B33の1)

b
有明海におけるノリ収穫量の推移
有明海における昭和50年から平成25年までのノリの収穫量の推移は,別紙46有明海の漁業・養殖業生産量
(乙E197[179
頁])のとおりであり,増減を繰り返しつつも,増加傾向にある(乙E197[179頁])


c
原告A22のノリ収穫量の推移
原告A22の平成15年から平成24年までのノリ収穫量の推移は,
別紙47漁業種類別漁獲量,水揚高(海苔養殖)(甲A151[7頁])の漁獲量(枚)のとおりであり,平成15年から平成21年まで約26万枚から約78万枚の間で増減を繰り返し,平成22年には大きく増加して約154万枚に達したが,翌平成23年には約53万枚まで激減し,翌平成24年には再度約120万枚まで回復するとい
う推移である(甲A151,瑞穂漁協に対する平成26年2月18日付け調査嘱託の結果)

ノリ養殖業に漁業被害を生じさせる要因について
後掲各証拠によれば,次の各事実が認められる。
a
専門委員報告書
同報告書は,ノリ養殖は気象等環境要因に左右される部分が大きく,基本的には海藻の光合成であるのでその要素である光と栄養塩が問題となるところ,時に植物プランクトンとの間で競争が生じること,有明海においては1990年代から赤潮発生件数及び継続日数が増加し,特に,秋から冬の赤潮の増加が目立つが,これはノリの生産の時期で
あり,赤潮が起こると栄養塩を奪われ,色落ち等が生じてノリの生産が阻害されることを指摘している(甲E1[96,97頁])

b
平成18年委員会報告
同報告は,平成12年度漁期に有明海でノリの色落ち被害が生じ,
生産枚数が大きく落ち込んだことについて,同年11月の集中豪雨の後,極端な日照不足で小型珪藻が発生せず,同年12月初旬に栄養塩を大量に含む高塩分海水が持続する条件下で,高い日照条件が重なって大型珪藻が大発生して赤潮を形成し,栄養塩を吸収してノリの色落ち被害につながったと考えられるとしている。

また,秋芽網の生産量と水温との関係については,負の相関が示唆されており,秋季から冬季の水温上昇が秋芽網期におけるノリの生産
に影響を及ぼす要因の一つである可能性が示唆されるとしている(乙E5[58,59頁])

c
平成29年委員会報告
同報告は,有明海におけるノリ養殖業について,安定したノリ養殖
の生産を阻害している要因としては,あかぐされ病,壺状菌病,スミ
ノリ症等に代表される病害,色落ち,水温上昇に伴う漁期の短縮等が挙げられると指摘している。このうち,色落ちについて,ノリ葉体の細胞中における色素や色素たんぱく質の生成阻害,葉緑体の縮小等によって,色調が黒色から茶褐色に変化する現象を指し,そのメカニズムの全容は明らかとされていないが,海水中の栄養塩濃度の低下が重
要な役割を果たしていると考えられていること,秋期から冬期の有明海湾奥部における海水中の栄養塩濃度の低下をもたらす要因の一つとして,珪藻類による赤潮の発生が挙げられることを指摘している(乙E197[378ないし380頁])

また,ノリの採苗時期は水温や潮汐等の海況条件を踏まえ関係者が
協議して決定するところ,有明海では,1990年代後半以降採苗時期が遅れる傾向にあること,ノリは採苗直後の幼芽の段階で水温25℃以上の高水温にさらされると様々な生育障害が生じることから,秋期水温の上昇はノリの採苗に多大な影響を及ぼすところ,有明海のノリ漁場周辺海域における秋期(10月)水温は1990年代後半以
降高めで推移していること,したがって,秋期水温の上昇が採苗時期の遅れやそれに伴う冷凍網期の開始の遅れ等につながっており,ひいてはノリ養殖の生産にも影響を及ぼしていると示唆されることを指摘している(乙E197[386,387頁])

検討

a
前記

aのとおり,原告らの中には,本件締切りの前,ノリ養殖業

を営んでいた者がいるから,これらの者に関しては,因果関係の有無に関し,本件潮受堤防の締切りによってノリ養殖業の漁場環境が悪化したかどうかが問題となる。
b
栄養塩の減少について
原告らは,諫早湾には本明川を中心とする河川から栄養塩が供給さ
れてきたが,本件潮受堤防の締切りによって,河川水が本件調整池を介して諫早湾に流入するようになったことにより,河川から供給される栄養塩が本件調整池内で消費され,諫早湾内のノリ養殖場への栄養塩供給量が減少した旨主張する。
しかし,

a⒟のとおり,諫早湾における栄養塩の大部分

は筑後川をはじめとする有明海に流入する河川によって供給されていると認められるところ,証拠(乙E197)によっても,有明海への河川等による栄養塩の流入負荷量は,別紙48有明海への流入負荷量の経年変化(乙E197[13頁])のとおりであり,筑後川流域
からの流入負荷量が本件締切りの前後を通じて大きな割合を占めてお
り,本件締切り前の本明川流域からの流入負荷量はわずかな量にとどまること,本明川流域からの流入負荷量(平成7年まで)と本件調整池からの排水による流入負荷量(平成8年から)には有意な差がみられないことが認められる。
したがって,本明川からの河川水が本件調整池を介して諫早湾に流
入するようになったことによって,諫早湾への栄養塩の供給量が減少したとは認められないから,原告らの前記主張は採用することができない。
c
潮流速の低下について
原告らは,本件潮受堤防の締切りによって諫早湾の潮流速が低下したことで,海水交換の作用が低下し,ノリの生育が阻害される旨主張
し,原告A18の陳述録取書(甲B28の1)にも同旨の記載がある。また,証拠(甲E141)によれば,元福岡県有明水産試験場長であったGが,有明海のような潮流の早い漁場では,海水の交換率が高く,速い潮流はノリ養殖にとって栄養補給と同時に,生理的代謝に伴ってノリ葉体から排出される老廃物質の排除に有効であることは否定
できないと指摘していることが認められる。
しかし,この指摘によっても,潮流速がどの程度低下すれば,ノリ葉体の老廃物質の排除に支障をきたし,ノリの生育を阻害するようになるのかは明らかではない上,前記

aないしcのとおり,平成29

年委員会報告等において有明海におけるノリの漁業被害の原因が検討
される中でも,潮流速の低下による影響について言及がないことをも考慮すると,原告A18の陳述録取書及びGが指摘する内容によって諫早湾における潮流速の低下がノリの生育を阻害していると推認することはできない。
したがって,原告らの前記主張は採用することができない。

d
本件調整池からの排水による影響について
原告らは,本件調整池から排水される淡水がノリの養殖場に流入することでノリの生育が阻害される旨主張し,原告A22の陳述録取書(甲B32の1)にも同旨の記載がある。

しかし,証拠(甲B32の1,原告A22本人)及び弁論の全趣旨によれば,原告A22のノリ養殖場は,諫早湾湾央部南側に位置しており,ノリ養殖業を営んでいたその他の原告らのノリ養殖場も,長崎県雲仙市瑞穂町先であり,湾央部南側であったと推認できるところ,前記⑵

dのとおり,排水による塩分濃度の低下が生じるのは諫早

湾湾央部辺りまでにとどまり,排水が終了すると塩分濃度も回復すること,前記

cのとおり,判明している範囲において,原告A22の

ノリ収穫量は,本件締切り後,減少傾向が継続するのではなく,増加することもあったことに照らせば,本件調整池から排水される淡水がノリの生育を阻害していると認めることはできない。
したがって,原告らの前記主張は採用することができない。
e
赤潮の発生について
原告らは,本件潮受堤防の締切りによって増加した赤潮により,ノリの生育に必要な栄養塩が消費しつくされてしまう旨主張する。
しかし,前記⑶アのとおり,本件潮受堤防の締切りによって赤潮が増加したとは認められないから,原告らの前記主張はその前提を欠き,理由がない。

f
前記

cの原告A22のノリ収穫量に照らしても,必ずしも減少傾

向にあるということもできず,この点において漁場環境が悪化しているといえるかどうかに疑問がある上,以上のとおり,漁場環境に関する原告らの主張はいずれも採用することができず,本件潮受堤防の締切りによって生じた環境変化がノリ養殖業の漁場環境を悪化させたと
は認められない。

本件潮受堤防の締切りによって生じた諫早湾の環境変化が漁場環境に与えた影響についての結論
以上のとおり,本件潮受堤防の締切りによって,諫早湾内の潮流速が低
下し,成層化が多少なりとも進行し,これが,その寄与の程度が大きなものとは認められないものの,諫早湾内の湾奥部及び湾央部における貧酸素化及び底層における浮泥の堆積の進行の一因となっていると認められ,湾奥部においてはこれに加えて硫化水素が発生しているものと認められるが,個々の漁業種ごとの漁場環境についてみると,これらの環境変化が,原告
らの営むアサリ養殖業,タイラギ漁業,カキ養殖業,漁船漁業及びノリ養殖業の漁場環境を悪化させたと認めることはできない。

そうすると,原告らの個別の漁業被害の有無について検討するまでもなく,本件潮受堤防の締切りによって,原告らの漁業行使権が侵害されているとは認められない。
第4

結論
以上のとおり,本件潮受堤防の締切りによって,原告らの漁業行使権が侵害
されているとは認められないから,その余の点について判断するまでもなく,原告らの請求は理由がない。
よって,本訴請求をいずれも棄却することとし,訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
長崎地方裁判所民事部

裁判長裁判官

田瑞佳
裁判官

堀田秀一
裁判官

武佐野東吾目次
第1章

請求………………………………………………………………………………1
第2章

事案の概要等……………………………………………………………………1
第1

事案の概要………………………………………………………………………1
第2

前提事実(争いのない事実並びに後掲各証拠及び
弁論の全趣旨により容易に認められる事実)…………………………………2
1
当事者等…………………………………………………………………………2
2
有明海及び諫早湾の概況………………………………………………………2⑴


有明海の潮汐による干潟の形成と干拓の歴史……………………………3

有明海及び諫早湾……………………………………………………………2
有明海及び諫早湾に流入する河川…………………………………………4
3
本件3漁協の漁業権及び原告らの漁業行使権………………………………4⑴

小長井町漁協所属の原告ら…………………………………………………4


国見漁協所属の原告ら………………………………………………………5


瑞穂漁協所属の原告ら………………………………………………………6
4
本件事業…………………………………………………………………………6⑴

本件事業の概要等……………………………………………………………6


本件事業等の経緯……………………………………………………………8


本件事業に関する環境アセスメント及び環境モニタリングの実施……9
5
漁業補償契約の締結等…………………………………………………………10⑴


漁業補償契約…………………………………………………………………10補償金の支払…………………………………………………………………11
6
本件事業に関連する調査研究等………………………………………………12⑴


九州農政局による開門総合調査……………………………………………12


有明海・八代海総合調査評価委員会による検討…………………………13


有明海・八代海等総合調査評価委員会による検討………………………14


ノリ第三者委員会による検討………………………………………………12
特別措置法に基づく取組ないし中・長期開門調査に代わる取組………14
7
公害等調整委員会による原因裁定……………………………………………15
8
関連訴訟等………………………………………………………………………16⑴

本件事業における内部堤防工事の差止めを求める仮処分申立事件……16


佐賀訴訟及び長崎第1陣訴訟………………………………………………16


開門の差止めを求める訴訟及び仮処分申立事件…………………………18


間接強制申立事件……………………………………………………………19
9
第3

争点………………………………………………………………………………21
第4
開門に関する環境アセスメント………………………………………………19
争点に関する当事者の主張……………………………………………………21
1
漁業行使権に基づく物権的請求の可否等……………………………………21
【原告らの主張】……………………………………………………………………21⑴

漁業行使権に基づく物権的請求権の可否について………………………21


タイラギ潜水器漁業について………………………………………………22
【被告の主張】………………………………………………………………………22⑴

漁業行使権に基づく物権的請求権の可否について………………………22


タイラギ潜水器漁業について………………………………………………23
2
原告らの漁業行使権の前提となる本件3漁協が有する漁業権が,
本件締切り後に免許された権利であることを前提として,本件事業や本件潮受堤防の締切りによる漁業行使権侵害は生じ得るか。……………24
【原告らの主張】……………………………………………………………………24【被告の主張】………………………………………………………………………253
漁業行使権侵害の有無等及び本件潮受堤防の締切りとの因果関係
の有無………………………………………………………………………………25
【原告らの主張】……………………………………………………………………25⑴

漁業行使権侵害の意義について……………………………………………25


漁業行使権侵害と本件潮受堤防の締切りとの因果関係について………25ア
総論…………………………………………………………………………26

諫早湾の環境変化について………………………………………………26潮流速の低下及び成層化について……………………………………26本件調整池からの排水による影響について…………………………27

漁場環境の悪化について…………………………………………………27
赤潮の発生………………………………………………………………27貧酸素水塊の発生………………………………………………………28底質環境の悪化…………………………………………………………29魚類の産卵場所及び成育場所の喪失…………………………………30他の要因について………………………………………………………31

本件潮受堤防の締切りによる漁業種ごとの漁場環境の悪化
及び漁業被害について………………………………………………………31アサリ養殖業について…………………………………………………32タイラギ漁業について…………………………………………………33カキ養殖業について……………………………………………………35
漁船漁業について………………………………………………………37ノリ養殖業について……………………………………………………39オ
原告らの個別の漁業被害…………………………………………………40
【被告の主張】………………………………………………………………………40⑴

漁業行使権侵害の意義について……………………………………………40


漁業行使権侵害と本件潮受堤防の締切りとの因果関係について………41ア
総論…………………………………………………………………………41

本件潮受堤防の締切りによる諫早湾の環境変化について……………41海域環境の変化について………………………………………………41潮流速の低下及び成層化について……………………………………42
本件調整池からの排水による影響について…………………………43ウ
本件潮受堤防の締切りによる漁場環境の悪化について………………43赤潮の発生について……………………………………………………44貧酸素水塊の発生について……………………………………………45
底質環境の悪化について………………………………………………46他の要因の存在…………………………………………………………47

本件潮受堤防の締切りによる漁業種ごとの漁場環境の悪化
及び漁業被害について………………………………………………………48アサリ養殖業について…………………………………………………48タイラギ漁業について…………………………………………………50カキ養殖業について……………………………………………………52
漁船漁業について………………………………………………………54ノリ養殖業について……………………………………………………54オ
4
原告らの個別の漁業被害について………………………………………56
本件事業(特に本件潮受堤防の締切り)の違法性…………………………56
【原告らの主張】……………………………………………………………………56⑴

違法性の考慮要素及び判断枠組みについて………………………………56ア
違法性及び公共性の位置付け並びに主張立証責任について…………56

違法性の判断枠組みについて……………………………………………57


違法性について………………………………………………………………57ア
被侵害利益の性質及びその内容について………………………………57

本件事業,とくに本件潮受堤防の締切りに公共性ないし
公益上の必要性がないことについて………………………………………58本件潮受堤防の果たす防災機能及び本件事業の営農
効果について………………………………………………………………58a
本件潮受堤防の果たす防災機能について…………………………58
b
営農に与える効果について…………………………………………60本件開門操作の実施による防災機能及び営農効果

に対する影響について……………………………………………………62a
防災機能に対する影響について……………………………………62
b
営農効果に対する影響について……………………………………64
c
漁業への影響について………………………………………………66
d
生態系等への影響について…………………………………………67被告の主張に対する反論………………………………………………67小括………………………………………………………………………68

本件開門操作の効果について……………………………………………68総論………………………………………………………………………68
漁場環境に対する効果…………………………………………………68営農に対する効果………………………………………………………69小括………………………………………………………………………70エオ
被害防止措置の有無,内容及び効果について…………………………70漁業補償について…………………………………………………………71
【被告の主張】………………………………………………………………………71⑴

違法性の考慮要素及び判断枠組みについて………………………………71アイ
違法性及び公共性の位置付け並びに主張立証責任について…………71違法性の判断枠組みについて……………………………………………71


違法性の有無について………………………………………………………72ア
被侵害利益の性質及びその内容について………………………………72

侵害行為の態様と程度について…………………………………………72

本件潮受堤防の締切りの公共性ないし公益上の必要性について……73本件潮受堤防の果たす防災機能及び本件事業の

営農効果について…………………………………………………………73a
防災機能について……………………………………………………73
b
営農効果について……………………………………………………74本件開門操作の実施による防災機能及び営農効果

に対する影響について……………………………………………………75a
防災機能への影響について…………………………………………75
b
営農効果への影響について…………………………………………78
c
漁業への影響について………………………………………………80
d
生態系等への影響について…………………………………………81事前対策の実施が不可能であること…………………………………82小括………………………………………………………………………83

漁業補償……………………………………………………………………84
カ5
本件開門操作の効果………………………………………………………83

被害防止措置の有無,内容及び効果……………………………………84
湾内漁業補償契約の効力………………………………………………………85
【被告の主張】………………………………………………………………………85【原告らの主張】……………………………………………………………………856
原告らの本件請求は,憲法29条等に定められた公共事業と
私権との調整における憲法秩序に反し,許されないものであるか。………86
【被告の主張】………………………………………………………………………86【原告らの主張】……………………………………………………………………877
原告らの本件請求は,公法秩序に反するものとして権利の濫用
に当たるか。………………………………………………………………………88
【被告の主張】………………………………………………………………………88【原告らの主張】……………………………………………………………………88第3章
第1

争点1(漁業行使権に基づく物権的請求の可否等)について……………89
1
漁業行使権に基づく物権的請求権の可否について…………………………89
2
当裁判所の判断…………………………………………………………………88
タイラギ潜水器漁業について…………………………………………………90
第2

争点2(原告らの漁業行使権の前提となる本件3漁協が有する
漁業権が,本件締切り後に免許された権利であることを前提として,
本件事業や本件潮受堤防の締切りによる漁業行使権侵害は生じ得るか。
)について……………………………………………………………………92
第3

争点3(漁業行使権侵害の有無等及び本件事業との因果関係の
有無)について……………………………………………………………………93
1
2
漁業行使権侵害の意義について………………………………………………93漁業被害と本件事業(特に本件潮受堤防の締切り)との因果関係
について……………………………………………………………………………96⑴

因果関係の判断基準について………………………………………………96


本件潮受堤防の締切りに起因する諫早湾の環境変化の有無及び
程度について……………………………………………………………………97ア
潮流速の低下とこれに伴う成層化について……………………………97潮流速の低下について…………………………………………………97
成層化について………………………………………………………103イ
本件調整池からの排水による影響について…………………………108本件調整池の水質について…………………………………………108本件調整池からの排水による影響が及ぶ範囲について…………109諫早湾の底質の有機物含有量について……………………………109


諫早湾の環境変化に起因する漁場環境の悪化の有無及び程度
について………………………………………………………………………112ア
赤潮の発生について……………………………………………………113赤潮の発生件数及び日数について…………………………………113赤潮の性質,発生機序及び発生要因について……………………114
検討……………………………………………………………………119イ
貧酸素水塊の発生について……………………………………………125諫早湾等における貧酸素水塊の発生状況等について……………125貧酸素水塊の発生機序等について…………………………………128検討……………………………………………………………………132

底質環境の悪化について………………………………………………134
底質の泥化について…………………………………………………134硫化水素の発生について……………………………………………136エ

小括………………………………………………………………………137本件潮受堤防の締切りによる漁業種ごとの漁場環境の悪化

及び漁業被害について………………………………………………………137ア
アサリ養殖業について…………………………………………………138アサリ養殖業,漁獲量の推移及び大量斃死事例について………138アサリ資源の減少を生じさせる要因について……………………140検討……………………………………………………………………142

タイラギ漁業について…………………………………………………147タイラギ漁業及び漁獲量の推移について…………………………147タイラギ資源の減少を生じさせる要因について…………………150検討……………………………………………………………………156

カキ養殖業について……………………………………………………160カキ養殖業及び収穫量の推移について……………………………161
カキの生態及びカキ資源の減少を生じさせる要因について……162検討……………………………………………………………………163エ
漁船漁業及び魚類の産卵場所・生育場所であった諫早湾
の干潟の喪失について……………………………………………………165漁船漁業及び漁獲量の推移について………………………………165
魚類等の減少要因について…………………………………………167検討……………………………………………………………………172オ
ノリ養殖業について……………………………………………………175ノリ養殖業及び収穫量の推移について……………………………175
ノリ養殖業に漁業被害を生じさせる要因について………………176検討……………………………………………………………………178

本件潮受堤防の締切りによって生じた諫早湾の環境変化が
漁場環境に与えた影響についての結論…………………………………181
第4

結論……………………………………………………………………………181
トップに戻る

saiban.in