判例検索β > 令和1年(う)第368号
殺人、銃砲刀剣類所持等取締法違反、殺人未遂、公務執行妨害被告事件
事件番号令和1(う)368
事件名殺人,銃砲刀剣類所持等取締法違反,殺人未遂,公務執行妨害被告事件
裁判年月日令和2年2月17日
裁判所名・部名古屋高等裁判所  刑事第2部
結果棄却
原審裁判所名名古屋地方裁判所
裁判日:西暦2020-02-17
情報公開日2020-03-23 15:28:19
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主文
本件控訴を棄却する
当審における未決勾留日数中60日を原判決の刑に算入する。
理1由
本件控訴の趣意
本件控訴の趣意は弁護人坂井活広作成の控訴趣意書に記載されたとおりであり,
論旨は次のような事実誤認の主張である。
原判決は,被告人が完全責任能力を備えていたことを前提に,①男性に対する殺人(原判示第1),②臨場した警察官に対する殺人未遂,公務執行妨害(同第2)及び③果物ナイフの不法携帯(同第3)という罪となるべき事実を認定した。しかし,被告人には各犯行時に統合失調症による幻覚・幻聴症状が発生していた可能性があり,被告人は心神喪失の状態にあった合理的な疑いがあるから,完全責任能力を認めた原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認がある。2
原判決の判断
原判決は,争点に対する判断の第3で,概要,以下のような判断を示した。上記①及び③の各事実(以下,両事実を併せて第1事件という。)について
捜査段階で被告人の精神鑑定を行ったⒶ医師は,原審公判廷で,同精神鑑定の結果につき,被告人は,遅くとも平成27年12月頃に顕性発症した統合失調症に罹患していたが,犯行当時には,幻覚や妄想等の陽性症状は消褪し,感情の平板化,思考の渋滞あるいはストレス耐性の脆弱性といった陰性症状が軽度に認められたにとどまり,被告人の精神障害は,感情の平板化やストレス耐性の脆弱さという形で,犯行の動機形成に一定の影響を及ぼしていたものの,犯行全体に直接的で著しい影響を与えたとは考えられない旨証言しているところ,この鑑定の結果は十分信用することができる。また,上記②の犯行(以下第2事件という。)は,第1事件とほぼ同一機会に行われたものであるから,この精神鑑定の結果が第2事件にも妥当する。
そして,
同鑑定の結果を踏まえた上で,
関係各証拠により認定できる事実,

すなわち,各犯行の動機の形成過程に統合失調症による幻覚,妄想等の直接的な影響があったとは認められず,動機が了解不能であるとはいえないこと,被告人が,本件以前,約5か月間にわたって,全国各地を転々としつつ,一定程度の社会生活を自力で営むことができていたこと,犯行前後の状況をみても,被告人が,行為の違法性を認識しつつ,被害者を殺害するという目的に向け,周囲の状況を判断しながら冷静に行動していた様子が見て取れることなどを総合すると,被告人が各犯行当時,物事の善悪を判断する能力や,その判断に従って自分の行動をコントロールする能力を喪失していたなどとは到底認められず,また,これらが著しく減退していたなどとの評価も妥当する余地がなく,弁護人の主張や被告人の供述を勘案しても,この判断に合理的な疑いは生じない。
3
当審の判断
上記の原判決の認定及び判断について,論理則,経験則等に照らして不合理
な点は認められない。
これに対する所論は,概要,原判決が依拠したⒶ医師の精神鑑定の結果は,以下の①ないし③の事情に照らして信用できない,というものである。①

Ⓐ医師は,鑑定面接の際に,被告人に対して,被告人が第1事件の実行行為
時に責任能力を有していたという結論に沿う方向に不相当に誘導する質問や二者択一的な質問をし,これによって得た陳述を前提として,精神障害が犯行に与えた影響の有無とその程度及び機序について結論づけていることからすれば,Ⓐ医師は結論ありきで被告人との鑑定面接を実施したということができる。


被告人が事件当時統合失調症に罹患していたのに,鑑定面接の一部が,病気
の治療を目的とする病院でなく,被疑者や被告人の身柄を拘束するための施設である名古屋拘置所で実施されていることからすれば,鑑定面接で被告人が自由な意思に基づいて発言していたかについて疑問が残る。


被告人が以前通院していた精神科の元主治医であるⒷ医師が,
原審公判廷で,

被告人が平成28年4月上旬にラーメン店で夜勤したことにより,幻覚・幻聴症状
が再燃していたと証言していたところ,被告人は本件犯行日の1か月前である平成30年3月下旬から二,三週間程度岡山県に所在するキャバクラでボーイとして稼働しており,これにより被告人には幻覚・幻聴症状が再燃し,第1事件の同年5月17日当時にも幻覚・幻聴症状が発生していたものの,Ⓐ医師による鑑定面接が実施された同年7月4日までの2か月近くの間に被告人が統合失調症の急性期を脱した可能性がある。
そこで検討するに,まず,①については,所論が指摘する質問に関するやりとりをみると,その質問だけを形式的にみれば誘導や二者択一的な質問のように感じられなくはないものの,その前後のやりとりを含めてみれば,これらの質問が鑑定面接の方法として不相当なものということはできない上,実際に,これらの質問に対し,被告人は,自分自身の言葉で返答し,ときには質問内容を否定する応答もしていることからしてⒶ医師の質問に被告人が影響を受けたとみることはできないから,Ⓐ医師が自身の獲得しようとする特定の答えを得るために不相当に誘導したり二者択一的な質問を行ったりしたということは到底できず,その他,Ⓐ医師が,被告人が第1事件の実行行為時に責任能力を有していたという結論ありきで被告人との鑑定面接を実施したとする事情は全くうかがわれない。また,②については,鑑定面接は,被告人の犯行当時の精神状態とそれが犯行に与えた機序等を明らかにするための資料収集の一環として実施するものであり,病気の治療を目的とするものでないから,所論が鑑定面接は必ず病院で実施されるべきであるというのであれば,失当である上,その他の鑑定面接の際のやりとりをみても,名古屋拘置所で行われた鑑定面接の際に,被告人が自由な意思に基づかずに発言していた形跡はうかがわれない。そして,③については,Ⓐ医師は,所論指摘の可能性も十分に念頭に置いた上で,幻覚幻聴等の陽性症状がないこと,事件直前までインターネットを利用して求職活動をしていたこと,短期間であるが就労していたことなどを根拠として,犯行当時には,被告人の幻覚や妄想等の陽性症状は消褪し,感情の平板化,思考の渋滞あるいはストレス耐性の脆弱性といった陰性症状が軽度に認められたにと
どまると診断したものであって,その精神科医師としての判断は十分に尊重されるべきものであり,所論指摘の事情はⒶ医師の鑑定の結果の正当性を左右しない。所論はいずれも採用できない。
以上のほか,所論が指摘するその他の点を検討しても,Ⓐ医師がその学識及び経験に照らして鑑定人として十分な資質を備えていること,鑑定の前提条件や鑑定方法,結論に至った過程等について,鑑定の信用性に疑問を生じさせるような不合理な点が見当たらないこと,被告人の元主治医であるⒷ医師の原審証言と整合していることを根拠にⒶ医師による精神鑑定の結果が十分信用できるとした原判決の判断は,当裁判所も是認でき,これを踏まえた上で,第1事件及び第2事件のいずれの際にも被告人が完全責任能力を有していたと認めた原判決について,所論のような事実の誤認はなく,論旨は理由がない。
よって,刑訴法396条,181条1項ただし書,刑法21条により,主文のとおり判決する。
令和2年2月17日
名古屋高等裁判所刑事第2部

裁判長裁判官

鹿野
裁判官

後藤
裁判官

菱川伸二孝之
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