判例検索β > 令和1年(ネ)第3621号
事件番号令和1(ネ)3621
裁判年月日令和2年1月15日
裁判所名・部東京高等裁判所
裁判日:西暦2020-01-15
情報公開日2020-06-04 22:30:06
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主文1
原判決を取り消す。

2
被控訴人は,控訴人に対し,1万1000円及びこれに対する
平成30年3月2日から支払済みまで年5%の割合による金員
を支払え。

3
控訴人のその余の請求を棄却する。

4
訴訟費用は,第1,2審を通じて,これを10分し,その1を
被控訴人の負担とし,その余を控訴人の負担とする。

5
この判決は,第2項に限り,本判決が被控訴人に送達された日
から14日を経過したときは,仮に執行することができる。ただ

し,被控訴人が1万1000円の担保を供するときは,その仮執
行を免れることができる。
事実及び理由
第1

控訴の趣旨

1
主文1項同旨

2
被控訴人は,控訴人に対し,15万円及びこれに対する平成30年3月2日から支払済みまで年5%の割合による金員を支払え。

第2
1
事案の概要
本件は,警視庁A警察署(以下A署という。
)所属の警察官に逮捕され,
同署所属の司法警察員に引致され,同署に留置された控訴人が,身柄拘束中に
食事が提供されなかったことが違法であるとして,被控訴人に対し,国家賠償法1条1項に基づき,
損害賠償金15万円及び違法行為のあった日である平成
30年3月2日から支払済みまで民法所定の年5%の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
2
原判決は,控訴人の請求を全部棄却したことから,控訴人が控訴し,前記第1に記載のとおりの判決を求めた。
3
前提事実(各項掲記の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)控訴人は,平成30年3月2日午後2時45分頃,東京都台東区内において,警視庁刑事部捜査共助課(以下,単に捜査共助課という。
)所属の警
察官から職務質問を受け,A署で捜査中の脅迫被疑事件の被疑者として逮捕状が発付されている者であることが判明したとして,最寄りの警視庁B警察
署(以下B署という。
)に同行するよう求められ,同日午後4時37分,
B署内において,A署所属の警察官により,通常逮捕された(乙4)。


控訴人は,B署からA署まで連行され,同日午後6時06分,同署組織犯罪対策課(以下,単に組織犯罪対策課という。
)所属の司法警察員に引致
されたところ,病院で診療を受けたい旨を申し出たことから,同署で取調べ
を受けるなどした後,同課所属の警察官が同行して東京都日野市内にあるC病院へ移動し,同日午後8時50分から午後9時10分までの間,同病院において診察を受け,同日午後9時40分頃,同署に戻り,同日午後10時06分,同署の留置場に留置された(乙4)

控訴人は,平成30年3月3日午前6時40分頃,A署の留置係所属の警
察官に対して,夕食をとれなかったことが同警察官の責任であるなどと苦情を申し立てた(乙5)

控訴人は,同日午前7時頃,朝食の提供を受けた(甲1)

4
争点
控訴人に食事を提供しなかったことの国家賠償法上の違法性の有無
損害発生の有無及び損害額
5
争点に関する当事者の主張
控訴人に食事を提供しなかったことの国家賠償法上の違法性の有
無)について


控訴人の主張
身柄拘束中の被疑者の取調べや留置を担当する警察官は,憲法,刑事訴訟法197条1項ただし書,警察官職務執行法1条2項,刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律
(以下
刑事収容施設法
という。

38条1号,同186条1項2号により,適切な時期に当該被疑者に食事をとらせる義務を負っているところ,A署所属の警察官はこれを怠り,平成30年3月2日午後2時45分頃から実質的に拘束状態にあった
控訴人に翌朝午前7時頃まで食事を提供しなかったものであるから,その不作為には国家賠償法1条1項の違法がある。
控訴人は,留置者の食事が通常午後5時前後に提供されることを知っており,平成30年3月2日午後4時37分頃,B署において,捜査共助課所属の警察官に対して食事の提供を申し入れたところ,同警察官か
らA署で食事が提供される旨伝えられたため,同警察官が同署の留置係所属の警察官に対して食事を手配するよう連絡しており,同署に連行されてから食事の提供がされるものと考え,同署に到着してからも留置場に留置されるまでの間,食事の提供を求めなかった。ところが,留置場に留置された後も食事が提供されることはなかったため,控訴人は同署
の留置係の警察官に対して,食事の提供を求めたが,夕食が提供されることはなかった。

被控訴人の主張
上記ア

法令は,警察官が留置前の被逮捕者に食事を提供すべき義

務を負う旨を定めたものではなく,他にその旨を定めた法令もない。警視庁においては,逮捕後留置前の被疑者の食事について,留置担当の警察官が,公費で食糧の買入れ等を行った上,これを当該被疑者に提供しているが,このような取扱いは運用により行われているにすぎず,留置前の被逮捕者である控訴人に食事が提供されなかったからといっ
て,控訴人の権利又は法益が現実に侵害されたということはできない。控訴人がB署において捜査共助課所属の警察官に対して,夕食の提供を求めたことはなく,同警察官が控訴人に対しA署において夕食が提供されるなどと説明したことはない。また,同署に到着してから留置場の居室内で就寝するまでの間も,控訴人が,同署の留置係又は組織犯罪対策課所属の警察官に対して,食事をとっていない旨,あるいは,食事をとりたい旨を申し出たことはなく,控訴人から平成30年3月3日午前
6時40分頃に同署所属の警察官に対して夕食をとっていないとの苦情があり,控訴人に夕食を提供していないことが判明した後,日課時限に従って午前7時に朝食を支給したのであって,同署所属の警察官が控訴人に夕食が提供されていない事実を認識しながら,その提供を拒否した事実はない。

控訴人から食事についての申出がなかったことから
すれば,控訴人は食事にこだわっていなかったものと認められるのであり,平成30年3月3日朝,起床後すぐに,

昨日の夜,飯食ってないんだけど。お前の責任だ。などと控訴人においてA署所属の警察官が食事

の提供を失念していることが分かっていることをうかがわせる発言を
していることからすれば,被控訴人に損害賠償義務を負担させるだけの実質的な理由があるとはいえないというべきである。
したがって,A署所属の警察官が,身柄拘束中の控訴人に対して,夕食を提供しなかったことについては,適切さを欠くものであったことは否定できないが,本件の事実関係の下では,それ以上に金銭をもって賠
償すべき理由はなく,国家賠償法上の違法はない。


控訴人の主張
慰謝料

5万円

身体拘束者にとって,食事が提供されないことは,自由な身分の者が一食抜くこととは比較にならないほどの苦痛であり,控訴人が被った苦痛を金銭に換算すれば,5万円を下回らない。
弁護士費用

10万円

控訴人は本件訴えの提起等につき弁護士を選任していたところ,被控訴人の違法行為と相当因果関係のある弁護士費用は10万円が相当である。


被控訴人の主張
争う。

第3
1
当裁判所の判断
当裁判所は,A署内で身柄を拘束されていた控訴人に対し夕食(食事)を提
供しなかったことは国家賠償法上違法であり,控訴人の請求は1万1000円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める限度で理由があり,その余は理由がないと判断する。その理由は以下のとおりである。
2
食事を提供しなかったことの国家賠償法上の違法性の有無)
に対する判断

逮捕された被疑者については,司法警察員の下で,直ちに犯罪事実の要旨を告げて弁解の機会を与えるなどした上,留置の必要がないと思料するときは直ちにこれを釈放し,留置の必要があると思料するときは被疑者が身体を拘束された時から48時間以内に検察官に送致する手続をしなければならないものとされている(刑事訴訟法203条1項)


このように,犯罪の嫌疑のある被疑者が逮捕されたときは,これに引き続いて行われる留置と併せてその身体を拘束することができ,身体及び移動の自由を制限するとともに,これに伴い日常生活における活動の自由を一定範囲で制限することが認められているといえる。一方,逮捕,留置の目的に反しない限り,身柄を拘束された被疑者には,生命・身体の維持に必要な活動
を行うことが保障されなければならず,また,逮捕,留置による身体の拘束に通常伴うものとはいえないような精神的・肉体的な苦痛を被疑者に与えることも許されないというべきであるから,これらに反する態様で行われた被疑者の身柄拘束は,逮捕,留置に伴い法律上許容された限度を超えて被疑者の自由を制限したこととなり,これを行った公務員はその職務上の義務に違反したものとして,国家賠償法上も違法になると解するのが相当である。⑵

ところで,刑事訴訟法の規定等により警察官等によって逮捕され,留置施設に留置されている者(以下被留置者という。
)には食事等を支給するも
のとされており,食事等の時間帯として,夕食については午後4時半から午後7時までの間で定めるものとし,これを被留置者に告知しなければならないものとされている(刑事収容施設法180条,184条,186条1項2
号,国家公安委員会関係刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律施行規則3条1号)

これに対して,逮捕後,留置されていない者について食事等を提供しなければならないことを直接定めた法令の規定は存在しないが,これは,逮捕された者であっても身体的拘束が長時間にわたらない間に釈放され,その後自
由に食事がとれるようになる場合もあるため,例えば1日の特定の時刻・時間帯に身柄拘束中であるという一事から常に食事を提供しなければならないとする必要性はなく,この場合に画一的に食事の提供を義務付けることは相当でないことが一つの理由になっているものと考えられる。
しかし,一般的な生活習慣に鑑み,通常食事をとることが想定される時刻
をまたいで被疑者の身体的拘束が相当な長時間継続した場合,あるいは,そうした継続が見込まれる場合にあっては,逮捕を行う者,あるいは,引致を受け取調べ等を行う者,さらに,留置業務に従事する者を問わず,被疑者と実際に接触し,その希望・意思を確認することができる警察官等において,被疑者から食事をとりたい旨の申出があったときはもちろんのこと,そうし
た申出がないときであっても,直近にとった食事の時刻を確認するなどした上で,食事の希望があるかどうかを確認し,その希望があれば食事を提供すべき義務を負うものと解するのが相当である。
なぜなら,食事をとることは生命,身体の維持に不可欠な活動であり,食事をとる機会が1回失われたからといって直ちに生命,身体に危険が生じるとまではいえないものの,身柄拘束中の被疑者にあっても,適切な時期に食事をとる機会は最低限保障されるべきものと考えられる上,その置かれた環
境・境遇に鑑みれば,空腹により大きな苦痛が生じる場合も少なくないと考えられ,さらに,食事をとっていないことやその希望があることを率直に警察官等に訴え出ることを躊躇することも考えられる反面,警察官等においてこの点を被疑者に確認することは極めて容易と考えられるからである。⑶

以上を踏まえて本件の経過をみれば,
前記前提事実
(第2の3)
のとおり,
控訴人は,平成30年3月2日午後2時45分頃に職務質問を受けB署に移動後逮捕され,さらに,A署に移動して司法警察員に引致され,取調べを受けるなどした後,病院に移動して診察を受け,同日午後9時40分頃に同署に戻り,同日午後10時06分に留置場に留置され,翌朝午前7時頃に朝食を提供されるまでの間食事をとっておらず,少なくとも逮捕後は引き続き身
体が拘束され,警察官等の監視の下に置かれており,自由に食事をとることができない状態にあったものと認められる。そうであるとすると,控訴人にあっては,通常食事をとることが想定される時刻をまたいで身体的拘束が相当な長時間継続していたというべきであるから,控訴人を直接監視し,接触していたA署所属の警察官において,食事の希望があるかどうかを確認し,
その希望に応じて食事を提供する義務があったというべきであり,同警察官はこれを怠ったものと言わざるを得ない。


被控訴人は,控訴人から食事の提供を求められた事実はなく,A署の警察官がこれを拒否した事実もない旨主張するが,被疑者から食事を希望する旨
の申出の有無にかかわりなく,身柄拘束が継続した時間・状況に応じて,警察官等がその希望の有無を確認し,食事を提供すべき義務を負うことは上記⑶のとおりであるから,上記各事実の有無は結論を左右しない。また,被控訴人は,
食事についての申出をしていない控訴人は食事にこだわっておらず,その発言からすると,A署所属の警察官が食事の提供を失念していることが分かっていたことがうかがえるなどと主張している。その趣旨は必ずしも判然としないところがあるが,控訴人が食事の提供が失念されている状況を認
識し,食事の提供を要求することもできたのに,事後的に責任を追及する意図の下にあえて要求をしなかったものであると主張するようにも理解できる。しかし,被控訴人が主張するように,仮に平成30年3月2日中は食事が提供されていないことについての不満や食事の要求が控訴人から一切されなかったとしても,それだけで被控訴人の主張するような控訴人の意図の存在が
推認できるものではない。被控訴人の指摘する控訴人の発言を踏まえても,こうした意図があったものと認めることはできず,他にこれを認めるに足りる証拠もないというべきである。
よって,A署所属の警察官が控訴人に食事を提供しなかったことは,公務員の職務上の義務に違反し,国家賠償法上違法といわざるを得ず,被控訴人
はこれにより控訴人に生じた損害の賠償義務を免れない。
3
争点⑵(損害発生の有無及び損害額)に対する判断身柄を拘束されていた控訴人は,夕食をとる一般的な時間帯から翌朝午前7
時まで食事をとることができなかったことにより相当程度の精神的苦痛を被ったものと認められ,その他の本件に表れた一切の事情を考慮すると,これに対
して1万円の慰謝料が支払われるべきである。
また,控訴人は一審の訴訟追行を弁護士に委任しているところ(当裁判所に顕著である。),その弁護士費用は1000円の限度で被控訴人の違法行為と相当因果関係のある損害と認めるのが相当である。
4
結論
以上のとおり,控訴人の請求は,1万1000円及びこれに対する違法な行為のあった日である平成30年3月2日から支払済みまで年5%の割合による遅延損害金の支払を求める限度で認容し,その余を棄却すべきところ,これと異なる原判決は相当でないから,これを取り消した上で,主文のとおり判決する。
東京高等裁判所第12民事部

裁判長裁判官

近藤昌
裁判官

渡邉左
裁判官

𠮷田昭千夫徹
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