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過失運転致死傷被告事件
事件番号平成31(わ)26
事件名過失運転致死傷被告事件
裁判年月日令和2年1月10日
裁判所名・部札幌地方裁判所
判示事項の要旨深夜,激しい吹雪のため前方の見通しが困難な状態で自動車を運転し,道路脇の歩行者に衝突するなどして1名を死亡させ,1名に重傷を負わせた事故につき,被告人には,進路上に人が存在して衝突事故に至る予見が可能であり,一時停止はともかく,徐行すべき自動車運転上の注意義務があったが,これを怠った過失があるとして,過失運転致死傷罪の成立を認め,被告人に禁錮1年2月,3年間執行猶予を言い渡した事例
裁判日:西暦2020-01-10
情報公開日2020-06-04 22:30:07
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令和2年1月10日宣告
平成31年(わ)第26号

過失運転致死傷被告事件
主文
被告人を禁錮1年2月に処する
この裁判が確定した日から3年間その刑の執行を猶予する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は,平成30年2月21日午前0時48分頃,普通乗用自動車を運転し,北海道虻田郡a町字bc番地付近道路をd町方面からe町方面に向かい時速三,四十キロメートルで進行するに当たり,当時激しい吹雪のため前方の見通しが困難な状態になったのであるから,直ちに徐行をし,進路の安全を確認しながら進行すべき自動車運転上の注意義務があるのにこれを怠り,直ちに徐行をせずに,進路の安全確認不十分のまま漫然前記速度で進行した過失により,その頃,同郡a町字bf番地先道路において,折から道路左側を同一方向に向かって歩行中のA(当時21歳)に自車左前部を衝突させて同人を前方に跳ね飛ばし,その前方を歩行中のB(当時20歳)に前記Aを衝突させて両名を路上に転倒させ,よって,前記Aに外傷性くも膜下出血等の傷害を負わせ,同月24日午前2時22分頃,北海道小樽市所在のC病院において,前記Aを前記傷害に基づく蘇生後脳症により死亡させたほか,前記Bに全治約84日間を要する右中指末節骨骨折等の傷害を負わせた。(証拠の標目)省略
(争点に対する判断等)
1
争点
本件の主な争点は,①本件事故の予見可能性,具体的には,本件当時の状況にお
いて,被告人が,その運転する判示普通乗用自動車(以下被告人車両という。)
の進路上に人が存在して衝突事故に至ることを予見できたか,その上で,②被告人に一時停止又は最徐行すべき注意義務があったか,である。
当裁判所は,本件当時,被告人車両を運転していた被告人が,その進路上に人が存在することを予見でき,その上で,徐行すべき限度での注意義務があったにもかかわらず,同義務に反して被告人車両を時速三,四十キロメートルのまま進行させた被告人には自動車運転上の過失があると判断した。以下,その理由を説明する。2
認定事実
関係証拠によれば,以下の事実が認められる。


本件事故が起きた北海道虻田郡a町字bf番地先道路(以下本件現場と
いう。
)付近の道道g線(以下本件道路という。
)は,片側一車線で,歩車道の
区別のない幅員約7.9メートルの直線道路であり,最高速度は時速50キロメートルと指定されている。本件現場付近にはペンション等が点在しており,夜間に通行する歩行者が皆無というわけではなく,少ないながらも存在する。被告人は,通勤のため本件道路を頻繁に利用しており,深夜の時間帯に本件道路上に歩行者がいるのを見たことが複数回あった。
本件当時,本件道路の路面は中央部分を中心に除雪されて圧雪状態になっており,左右の道路端には道路外に向けて深さ二,三十センチメートル程度のなだらかなスロープ状の積雪があり,更にそこから道路外にかけては除雪された雪が小高く積み上がっていたため,平常時よりも通行可能な部分が狭い状態であった。本件当時,本件道路のうち圧雪状態になっていた部分の有効幅員は,約6.6メートルであった。


被害者A及び同Bは,大学のゼミ仲間であるD及びEとともに,本件道路沿
いの宿泊先コテージに向かうため,被告人車両の前方を同じ方向に進行し,本件道路の圧雪された部分の左端付近を,先頭からB,A,D,Eの順で歩いていた。Aは,Dのやや右斜め前方向へ,真後ろから見て最大で体の横幅分程度,道路中央側に寄った位置で歩いていた。Aの本件当時の服装は,茶系でフードから胸及び背部肩付近までが赤系の長袖上衣及びジーンズ様の青色長ズボンであった。本件事故発生の少し前から大粒の雪が強く降り,風も強く吹いたため,D及びEの視界は不良となり,本件現場付近に至った時点では,最後尾のEから約5メートル先の先頭のBまでは確認できるが,その先は物のシルエット程度しか分からず,D及びEが前記コテージ入口の目印にしていた標識のようなものの光が遠方上空に見える程度であった。


本件事故の直前,被告人車両の前方を走行していた別の車両が,Bら4人の
側方を直進走行して通過した。同車両は,Aの体に触れそうなくらいAの至近距離を走行したが,Aと接触することはなかった(以下,同車両を直前車両という。。



被告人は,本件事故発生の5ないし10分前に,同僚であるFを助手席に乗
せて,被告人車両(ダイハツ・アトレー7,平成12年式,車両重量1140キログラム(車両総重量1525キログラム)
,車高1.89メートル,車長3.76
メートル,車幅1.51メートル)を運転して自宅を出発した。被告人らが出発する前から雪は降り続いている状況で,出発してからは更に雪が強くなり,被告人は,下向きにしていたヘッドライトの明かりを頼りに進路前方の路面を見ながら被告人車両を運転していたが,進路前方に先行車両は見えなかった。その後,Fは,Aとの衝突地点から約186.5メートル手前の地点で,被告人は,同じく約126.9メートル手前である前記a町字bc番地付近道路の地点で,吹雪により進路前方が相当見えにくい状態であることを認識し,かかる天候や視界の状況は前記地点から本件現場に至るまでほとんど変わらなかった。このような状況の中,被告人は,被告人車両を時速三,四十キロメートルで運転し,本件道路をd町方面からe町方面に向かい走行していた。


被告人は,進路前方を見続けて運転していたところ,直前車両がBら4人の
側方を通過した直後頃,衝突地点から約12.2メートル手前の地点で,進行方向約11.1メートル先に吹雪の中で何か動いているものを発見したが,回避行動や制動措置をとる間もなく,すぐに,被告人車両を,前記⑵と同様にDのやや右斜め前にいたAに衝突させてAを跳ね飛ばすとともに,Aをその前方にいたBに衝突させて本件事故を起こした。
3
前記2の事実を認定した補足説明


衝突に至るまでの経緯や事故状況等に関するD及びEの各証言は,互いに食
い違う点がほとんどなく,その内容に不自然不合理な点も見当たらないから,おおむね信用できる。
弁護人は,AがDの真横を歩いていたと主張するところ,たしかに,そのように理解し得るEの証言もある。しかし,DはAが自らの右斜め前方を歩いていたことをはっきり証言している上,Eも,AがDのすぐ真横にいたというのは横の位置関係の趣旨であり,2人の体が重なるときもあった旨証言していることからすれば,前記2(認定事実)⑵の位置関係を認定できる。
また,弁護人は,視界の程度に関するD及びEの各証言が捜査段階と変遷していることを指摘するが,視界に関する表現はともかく,具体的に視認できたもの自体に変遷があるとは認められない上,歩行者から見えた視認状況と走行車両の運転者から見た視認状況とでは異なることも十分あり得るから,前記の指摘は被告人の視認状況に関する前記2(認定事実)⑷,⑸を左右する事情に当たらない。⑵

弁護人は,Aは,下肢の左側を損傷していることから,直前車両がBら4人
の側方を通過した後,Aが本件道路の中央側に移動し,被告人車両の接近に気づいて本件道路左端に回避しようとしたが間に合わず,被告人車両と衝突したことが認められると主張する。
しかし,Aの左下肢の損傷として,左ふくらはぎの背面側に2か所,左大腿部中ほどの背面やや外側に1か所,左大腿部付け根付近の外側やや後ろに1か所,左腰部側面に1か所の皮下出血が認められるところ,このような損傷部位からすれば,Aの左真横に被告人車両が追突したとは断定し難く,例えば,Aが右足を踏み出したときや左後方のDを振り向こうとしたときに被告人車両が後方から衝突したためにAの損傷部位が下半身の左側に生じたことも十分考えられる。また,弁護人が主張するような正に本件事故直前のAの挙動は,おおむね信用できるD及びEの各証言のいずれにも現れていない。そうすると,Aの損傷部位から,Aが弁護人の主張するような行動をとったとまではいえず,本件事故の状況に関しては,前記2(認定事実)⑸の限度で認定した。


弁護人は,甲3号証及び甲15号証の各実況見分調書につき,その作成者で
あるG警察官が,現場供述と異なる内容を記載した重大な違法捜査に基づいて作成したもので,違法収集証拠として証拠能力を欠くと主張する。しかし,G警察官並びにD,E及びFの各証言によれば,各実況見分調書に記載された各地点の特定は,いずれも現場における各立会人の指示に基づいてなされたと認められるから,前記の主張は採用できない。
4
争点①に対する判断
以上を踏まえ,被告人が,被告人車両の進路上に人が存在して衝突事故に至るこ
とを予見できたか,検討する。


前記2(認定事実)⑴によれば,深夜の時間帯にも本件現場付近の本件道路
上を通行する歩行者が存在し得ること,本件道路の左右の道路脇に積雪があり,本件道路の有効幅員が減少していることが認められる。そうすると,本件道路を通行する歩行者は,なるべく本件道路の端を歩こうとしても平常時よりも道路の中央側にやや寄った位置を歩かざるを得ないし,歩きやすい場所を選ぶなどの理由から,車両が走行できるように除雪され圧雪状態になっている部分の最も端より多少中央寄りを歩いていたとしてもおかしくなく,本件当時が深夜で吹雪の中であったことを考慮しても,本件道路を通行する者にとって,そのような歩行者が存在する可能性があることは容易に想定できる状況であった。被告人も前記のような本件道路の状況等を認識していたと認められるから,本件当時,被告人は,その運転する被告人車両の進路前方に歩行者が存在する可能性を予見することができ,かつ,これを予見すべきであったといえる。
そして,前記2(認定事実)⑷,⑸のとおり,本件当時の本件道路上は,吹雪等により断続的に視界不良となる天候状況であり,本件道路を走行していた被告人車両の運転席から見た視界は,少なくとも約11.1メートル手前にまで近付かなければ歩行者の存在を認識できない程度にまで大きく限定されていたことが認められる。
以上によれば,本件当時,被告人は,被告人車両を進行させるに当たり,その走行速度によっては,視界不良のため歩行者の発見が遅れて当該歩行者との衝突を回避できない事態が生じ得ることを予見することができ,かつ,これを予見すべきであったといえる。


これに対し,弁護人は,直前車両と衝突しなかったAが,被告人車両が直前
まで接近した時点で車両通行帯に飛び出してくるという想定外の行動をとったことが本件事故の原因であって,このような異常な行動をする歩行者がいることの予見可能性及び予見義務はなく,信頼の原則からも過失は否定されるべきであると主張する。
しかし,Aが車両通行帯に飛び出したとは認められないことは前記3⑵のとおりである。そして,Aが本件道路のより左端を歩行することが望ましかったとしても,前記2(認定事実)⑵で認定したAの歩行位置は,前記⑴のとおり,本件当時の本件道路の状況等からして歩行者が存在することが十分想定できる位置であり,予見可能性及び予見義務は十分に認められる。信頼の原則に関する主張についても,当時の天候や道路状況等からして,歩行者が車両通行帯に存在しないことを信頼すべき状況になく,信頼の原則を適用する前提を欠くといわざるを得ない。5
争点②に対する判断
次に,被告人車両を運転していた被告人に一時停止又は最徐行すべき注意義務が
あったか,検討する。


道路交通法70条において,車両等の運転者は,当該車両等のハンドル,ブ
レーキその他の装置を確実に操作し,かつ,道路,交通及び当該車両等の状況に応じ,他人に危害を及ぼさないような速度と方法で運転しなければならないと定められ,自動車運転者は,一般にこのような安全運転義務を負っている。もとより,その具体的内容は,運転時の具体的状況等に基づいて定まるものであるが,視界が不良の場合には,進路前方の障害物の発見が遅れるなどして,制限速度を遵守しているのみでは当該障害物に達するまでの距離内で自車を停止することができないこと,すなわち当該障害物との衝突が回避できないことも,容易に想定される。そのような場合においては,前記の回避措置を講じることのできる速度で自動車を進行させる義務があるというべきである。そして,前記の義務は,吹雪等による視界不良の場合についても当然に妥当するものであって,冬季にしばしば吹雪等により荒天となる北海道において,自動車運転免許取得時の講習等に際して地吹雪等による視界不良の際には減速して運転すべきであるとの指導がされていることが認められること(証人H)からも,通常の運転者に求められてしかるべき一般的な義務であるとの理解を妨げない。
本件についてみると,前記2(認定事実)⑸のとおり,本件現場付近の本件道路は,車両の運転者である被告人から見て,約11.1メートル手前に迫ってようやくBら4人のうちいずれかの者を目視することのできる程度に視界不良の状況であった。このような視界状況からすると,進路前方の障害物を発見してから制動措置を講じ,当該障害物に達するまでの距離内で停止するためには,直ちに停止することができる速度で進行していなければならなかった,すなわち徐行しなければならなかったというべきである。そして,このような視界状況にあったことは,被告人においても,少なくとも本件現場手前約126.9メートルの前記a町字bc番地付近道路の地点において認識しており,本件現場まで十数秒間は被告人車両をそのまま運転し続けていたと認められる上,同乗者Fによれば,同様の視認状況は更に手前の地点から生じていたというのであり,その間,視界の状況が改善することはなかったと認められる。加えて,本件当時頃は,天候が目まぐるしく変わる状況にあったことがうかがわれるものの,被告人が被告人車両を運転し始める前から雪が降り,その後,それが強まっていたことも併せ考慮すれば,遅くとも被告人が被告人車両を運転して前記a町字bc番地付近道路の地点辺りに到達した頃には,被告人に徐行すべき義務が生じていたと認められる。
なお,検察官は,被告人車両を運転していた被告人には直ちに一時停止又は最徐行すべき義務があったと主張するが,約11.1メートル先のものを発見できる程度の視界があったことからすれば,徐行により衝突を回避することは十分可能であることや,徐行とは別に最徐行という概念を定義し難いことから,検察官がいう一時停止又は最徐行すべき義務があったとまではいえないが,徐行義務は,その最徐行義務の趣旨に含まれて主張されていると理解されることから,前記のとおりの認定をした。


これに対し,弁護人は,視界不良時に被告人車両を減速させれば後続車両に
追突されることは明らかであり,かかる危険が伴う以上被告人に一時停止ないし最徐行義務はないと主張する。しかし,前記で認定した天候状況等に鑑みれば,後続車両にも同様の徐行義務が生じている上,後続車両との衝突は,尾灯を点灯させて後続車両に自車の存在を認識させることなどにより回避することができるから,そもそも被告人車両が徐行することにより後続車両に追突されることに当然になるものではない。関係証拠上も,本件において,被告人車両を徐行させることで後続車両と衝突するおそれが具体的にあったことはうかがわれず,衝突のおそれは抽象的なものにとどまる。
また,弁護人は,本件で被告人に求められるべき注意義務の内容は,同じ状況に置かれた運転者の大半が遵守することが確実といえなければならないとも主張する。しかし,前記徐行義務は,本件当時の具体的状況から容易に認識し得るものであり,事故には至らないと軽信する者が相応にいたとしても,そのことから本来なすべき運転行為の内容が左右されるとは認められない。
6
結論
以上によれば,被告人車両を運転していた被告人には,歩行者との衝突事故が発
生し得ることの予見可能性があり,これを回避するために徐行すべき注意義務があったと認められ,漫然と被告人車両を時速三,四十キロメートルで走行させた被告人には,前記注意義務違反の過失があると認められる。
(法令の適用)
被告人の判示所為は,被害者ごとに自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律5条本文に該当するが,これは1個の行為が2個の罪名に触れる場合であるから,刑法54条1項前段,10条により1罪として犯情の重い被害者Aに対する過失運転致死罪の刑で処断することとし,所定刑中禁錮刑を選択し,その所定刑期の範囲内で被告人を禁錮1年2月に処し,情状により刑法25条1項を適用してこの裁判が確定した日から3年間その刑の執行を猶予し,訴訟費用は,刑事訴訟法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。(量刑の理由)
本件は,深夜,吹雪により視界が相当不良であったにもかかわらず,被告人が徐行することなく時速三,四十キロメートルで自動車を走行させ続けた結果,同車を道路脇の歩行者に衝突させて跳ね飛ばし,更に同人を別の歩行者に衝突させて,1名を死亡させ,1名に重傷を負わせたという事案である。当時21歳という将来ある若者の命が一方的に奪われ,他の1名の被害者も一時重体に陥る重傷を負った。その結果が重大であることは論を待たないが,被告人は任意保険に加入しておらず,適正な賠償や慰謝の措置がされる見込みはほとんどない。このような結果をもたらした被告人の運転は,人通りの少なさから人身事故など起きないであろうとの安易な考えに基づく非難されるべきものといわざるを得ないが,本件同様の天候状況等となった場合における自動車運転者としての対応に関する周知状況等を踏まえると,居眠りや脇見,前方不注視など自動車運転上の基本的な注意義務に違反した事例に比して,被告人の過失が殊更に大きいものと評価することはためらわれる。そうすると,結果の重大性等を踏まえても,本件が直ちに実刑を科すべき悪質な事案であるとはいえない。
そして,被告人に前科がないこと,不十分とはいえ自賠責保険により一定の賠償がされる見込みであることなど,被告人に有利に酌むべき事情もある。そこで,被告人を主文の禁錮刑に処した上で,その刑の執行を猶予することとした。検察官岡田和人,私選弁護人吉田康紀(主任)
,齊藤弘毅,青木康之,長谷川亮一
各公判出席
(求刑・禁錮1年10月)
令和2年1月10日
札幌地方裁判所刑事第3部

裁判長裁判官

駒田秀和
裁判官

山下智史
裁判官

牧野一成
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