判例検索β > 令和1年(う)第140号
強制執行妨害目的財産損壊等被告事件
事件番号令和1(う)140
事件名強制執行妨害目的財産損壊等被告事件
裁判年月日令和2年1月21日
裁判所名・部広島高等裁判所
結果棄却
原審裁判所名広島地方裁判所
原審事件番号平成31(わ)21
判示事項の要旨民事訴訟において損害賠償の支払を命ずる仮執行宣言付きの判決を言い渡された被告人が自己名義の普通預金口座から2回にわたり預金を払い戻した行為につき,強制執行を妨害する目的で財産を隠匿するものとして強制執行妨害目的財産損壊等罪(刑法96条の2第1号)が成立するとした第1審判決の判断に法令の解釈適用の誤りがないとされた事例
裁判日:西暦2020-01-21
情報公開日2020-03-23 15:31:33
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令和2年1月21日宣告

広島高等裁判所判決

令和元年(う)第140号

強制執行妨害目的財産損壊等

原審

広島地方裁判所

平成31年(わ)第21号
主文
本件控訴を棄却する
理1由
控訴趣意等
本件は,甲に対する7000万円の損害賠償の支払を命ずる仮執行宣言付きの判
決を言い渡された被告人が,強制執行を妨害する目的で,被告人名義の2つの普通預金口座から,それぞれ①1500万円(原判示1),②2回にわたり合計1510万円(原判示2)を払い戻し,強制執行を受けるべき財産を隠匿したという強制執行妨害目的財産損壊等(刑法96条の2第1号)の事案である。本件控訴の趣意は,弁護人小山雅男作成の控訴趣意書に記載されているとおりであるから,これを引用する。控訴趣意書において控訴理由として明示されているのは,原審弁護人が弁論で主張した点について原判決が判断を示していないのは理由不備又は理由齟齬に当たる,というものであるが,論旨は,実質的には,払戻金の使途等にかんがみると,前記各払戻しは刑法96条の2が定める強制執行を妨害する目的で,強制執行を受けるべき財産を隠匿する行為には該当しないから,同罪の成立を認めた原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令適用の誤り又は事実誤認がある,という趣旨を含むものと解される。そこで,記録を調査して検討する。
2
理由不備の論旨について
弁護人が弁論でした個々の主張に対し,判決中で明示的に判断をしていないとし
ても,これが理由不備に当たらないことはいうまでもない。所論は独自の見解を前提とするもので,失当である。
3
法令適用の誤り及び事実誤認の論旨について



本件の事実関係は,原判決が(事実認定の補足説明)の項で説示するとおり
である。同項第2の1⑷(原判示2の払戻し)に関し,若干補足すると,関係証拠によれば,
平成▲年▲月▲日,
A銀行X支店に開設された被告人名義の預金口座に,
被告人の勤務先(以下B社という。)の退職金である3174万5269円が送金され,同日,被告人は,A銀行Y支店において,同預金口座から合計1890万円を払い戻し(うち1880万円は窓口で払い戻されており,その払戻請求書には他行へ預金する為との記載がある。被告人は,そのうち380万円をB社に送金し,その残額1510万円のうち1300万円を貸金庫に入れ,210万円を自宅に持ち帰った。検察官は,この1510万円の払戻しを起訴したものと解される。),同払戻しとは別途,同預金口座の金員から合計1276万1885円を,借入金の返済としてB社に送金したことが認められる。


原判決は,その認定した事実関係の下で,原判示1の1500万円,同2の
1510万円
(前記1890万円からB社に送金した380万円を差し引いた残額)の各払戻し行為につき,隠匿とは,財産の発見を不能又は困難にするものをいい,預金を払い戻す行為は,債権者にとって,第三債務者である金融機関の認識・管理を介して,その存在が比較的容易に覚知し得る状態にある財産である預金債権を,その所在把握が困難となる現金に変更するものであるから,原判示の各行為は隠匿に当たるとした。そして,前記事実関係の下で,被告人は,強制執行を受けるべき財産である預金債権の一部の発見を困難にする意思があったことにほかならず,被告人には刑法96条の2にいう強制執行を妨害する目的があったことは明らかであるとして,
本件につき強制執行妨害目的財産損壊等の罪が成立するとした。
原判決の上記説示は,その前提とする預金からの払戻しが刑法96条の2第1号の隠匿に当たるとする法令解釈に誤りはなく,本件各払戻し行為が同罪に該当するとした事実認定についても,論理則・経験則等に照らし不合理な点はない。⑶

所論は,原判示1の1500万円の払戻しにつき,強制競売の対象となった
被告人の自宅(土地・建物)を妻が落札するための資金とし,結果的に強制競売を
申し立てた甲に配当金が支払われているから,同罪には当たらないと主張する。しかし,原判示1の払戻しについて,C弁護士に支払う報酬等の裁判費用が払えなくなる上,生活も困ることになり,現金で保管しておく方が差押えを受けることなく安全であるなどと考えたことによるものであるとする原判決の認定に誤りはなく,その目的が強制執行を妨害することにあったことは明らかである。仮に,所論がいうような目的が払戻し時点であったとしても,それは,甲が被告人所有の不動産につき申し立てた強制競売において妻名義での落札資金を確保するため,預金の差押えを回避することを意図したことにほかならず,その目的自体正当性はなく,強制執行を妨害する目的に該当することはいうまでもない。また,所論は,原判示2の1510万円のうち,1000万円を甲に対する損害賠償の支払いに充てており,その余の額も,前記弁護士費用や被告人及び家族の生活のためのものであるから,犯罪は成立しない旨を主張する。しかしながら,この1510万円も,老後の生活費も確保しておきたいから,・・・現金で保管しておく方が差押えを受けることなく安全であるなどと考えたことによるものであるとの原判決の認定に誤りはなく,
強制執行妨害の目的があったことは明らかである。
所論指摘のとおり,甲に対し1000万円を支払っている事実は認められるが,それは,原判示2の払戻しから1年1か月あまり後のことであり,事後的な事情から支払いをしたものであって,それにより,遡って払戻しの目的が正当化されることにはならない。所論がいう生活費の確保という点も,結局は,差押えを回避して自己及び家族のために使える金を確保しておきたいというにすぎず,そのような意図が強制執行妨害の目的に当たることはいうまでもない。更に,民事訴訟の弁護士費用支払いのための資金確保という点も,払戻しの時点で支払額が確定し,期限が到来していたといった事情はうかがわれず,被告人の公判供述によれば,最終的な勝訴を想定して主観的に1000万円程度ではないかと見込んだという程度のものであって,前記払戻しに近接して弁護士に対し支払われた形跡もないのであるから,被告人の前記供述によっても,強制執行妨害の目的の認定は左右されない。
なお,所論は,被告人が前記1890万円を払い戻した際に,B社に送金した380万円について検察官が犯罪の対象から除外して訴因を構成しているとして,その余の1510万円も,380万円と同様に使途として正当なものであるから,全体について犯罪不成立とすべきであると主張する。しかし,380万円は,B社に支払う相応の根拠があり,実際に払戻し後直ちに送金されていることが認められ,この支払いは,証拠上,隠匿又は強制執行妨害の目的には当たらない可能性があるとみて検察官は払戻額から差し引いたものと考えられる。1510万円については,既に検討したとおり,要するに,差押えを回避して自己資金として確保しておきたいという趣旨で払い戻したものであるから,380万円とは,その目的において異なるものである。
また,所論は,退職金は将来の生活資金に充てられるべきものであるから,預金口座に振り込まれた退職金の払戻しをすることが犯罪に当たるとすることは生存権を侵害するものであるとも主張する。確かに,退職金が,勤務先に対する退職金債権にとどまる限りでは,法定の差押禁止の規定が適用されるのに,それが差押え前に被告人名義の預金口座に振り込まれ,預金債権に転化した場合には,同規定が適用されないことになる。
しかし,強制執行において,執行裁判所は,申立てにより,債務者及び債権者の生活の状況その他の事情を考慮して,差押命令の全部もしくは一部を取り消すこと等ができるとされている
(民事執行法153条1項)本件のような場合において,

債務者(被告人)の生活の保障と債権者の権利実現との調整は,申立てを受けた執行裁判所の差押禁止債権の範囲変更に関する判断によってされるべきものと解される。所論は要するところ,このような法定の手段によらない生活資金の確保を許容せよというものに等しく,採用の限りではない。
この点に関し,所論は,本件において刑法96条の2を適用することは,生存権を害し憲法25条に違反するともいうが,原判決も説示するとおり,刑法96条の2の適用により,その生存権を侵害しないことは明らかであるから,所論は前提を
欠くものである。
論旨はいずれも理由がない。
4
結論
よって,刑訴法396条により本件控訴を棄却することとして,主文のとおり判
決する。
令和2年1月21日
広島高等裁判所第1部

裁判長裁判官


裁判官

裁判官

田隆史水落桃子廣和瀬裕亮
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