判例検索β > 平成24年(ワ)第4398号
損害賠償請求事件
事件番号平成24(ワ)4398
事件名損害賠償請求事件
裁判年月日令和元年11月26日
裁判所名・部名古屋地方裁判所  民事第7部
裁判日:西暦2019-11-26
情報公開日2020-06-04 22:31:22
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令和元年11月26日判決言渡
平成24

同日原本領収

裁判所書記官

4398号損害賠償請求事件

口頭弁論終結日

令和元年9月13日
判決
(当事者の表示
主1文
原告の請求を棄却する。

2
省略)

訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由

第1

請求
被告は,原告に対し,1億2352万1365円及びこれに対する平成24年11月2日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2
1
事案の概要
本件は,航空自衛隊に所属していた原告が,イラク復興支援のためにクウェート国(以下クウェートという。)に派遣され,クウェートのアメリカ合衆国空軍(以下米軍という。)基地におけるマラソン大会中に米軍関連企業の大型バスに追突され傷害を負ったとして,被告である国に対し,⑴主位的に,①前記マラソン大会において参加者である原告の安全確保を怠ったこと,②前記事故で負傷した原告に対し,派遣先において適切な治療を行わず,原告の早期帰国を許さなかったこと,③原告に対し,帰国後に公務を免除して治療行為に専念させる等の配慮をせず,原告の病状に合わせた職務を与えなかったこと,④原告に関する公務災害の認定手続を遅らせたこと,⑤原告の公務災害の療養補償給付支給を強いて打ち切らせたこと,⑥新潟基地における,原告に対する一連の組織的ないじめやパワーハラスメント(以下パワハラという。)行為を行ったことが,被告が原告に対して負う安全配慮義務に違反し違法であるとして,⑵予備的に,⑥の個々のパワハラ行為につき,個別に違法性ないし安全配慮義務違反が認められると主張して,国家賠償法1条1項又は債務不履行に基づく損害賠償請求として,逸失利益及び慰謝料等合計1億3139万2150円の一部である1億2352万1365円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成24年11月2日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
2
前提事実(当事者間に争いがないか,掲記の各証拠(特に明記しない限り,枝番があるものは枝番を含む。以下同じ。)及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)


原告
原告は,平成3年4月3日,航空自衛隊に入隊し,平成23年10月31日に依願退職するまで,航空自衛隊員であった者である。原告は,航空自衛隊に2等空士として入隊した後,航空教育隊(山口県防府市)において第242期新隊員課程を,第4術科学校(埼玉県熊谷市)において第8期初級通信員基礎課程及び第30期初級通信員課程をそれぞれ履修し,平成3年12月19日付けで,航空自衛隊小牧基地(以下小牧基地という。)の基地業務群通信隊に配置され,平成18年4月にクウェートに派遣されるまで,小牧基地で勤務していた。(乙16)



イラクにおける人道復興支援活動及び安全確保支援活動の実施に関する特別措置法(以下イラク特措法という。)に基づく航空自衛隊のクウェートへの派遣(公知の事実)

平成15年7月26日,第156回国会において,4年間の時限立法であるイラク特措法(平成15年法律第137号)が可決成立し,同年8月1日,公布,施行され,同法に基づき,航空自衛隊は同年12月26日からイラク及びクウェートへ,陸上自衛隊は平成16年1月16日からイラクに派遣されるなどしていた。


イラク特措法は,この法律に基づく人道復興支援活動又は安全確保支援活動(以下対応措置という。)を適切かつ迅速に実施することにより,イラクの国家の再建を通じて我が国を含む国際社会の平和及び安全の確保に努めることを目的とするものである(1条)。対応措置は,基本方針等を定めた基本計画を閣議決定した上で実施されるものであり(4条1項),防衛庁(当時)長官は,基本計画に従い,対応措置として実施される業務としての役務の提供について実施要項を定め,これについて内閣総理大臣の承認を得て,自衛隊の部隊等にその実施を命ずることとなる(8条2項)。そして,内閣総理大臣及び防衛庁長官は,対応措置の実施に当たっては,イラク復興支援職員及び自衛隊の部隊等の安全の確保に配慮しなければならないとされている(9条)。

平成18年7月当時,航空自衛隊は,クウェートからイラクの首都であるバグダッド等へ物資及び人員の空輸活動を行っていた。



経緯(なお,所属や階級はいずれも当時のものである。)

平成18年4月7日,原告(当時3等空曹)はイラク復興支援隊の要員に指定され,同月10日付けで同隊勤務を命ぜられ,同月14日には日本を出国し,クウェートに派遣された。原告は,クウェートに到着後,イラク復興支援隊業務隊通信小隊員として勤務していた。A3等空曹(以下Aという。)は,原告と同じ小隊に所属し,同じシフト勤務(午前8時から午後5時までのデイ勤務,午後5時から翌朝8時前までのナイト勤務及び休日を繰り返す勤務形態)であった。(乙16,83,証人A)

クウェートのアリ・アル・サレム基地では,米軍主催のレクリエーションマラソン大会(以下本件マラソン大会という。)が定期的に開催されていた。
原告は,同年7月4日早朝に開催された本件マラソン大会に参加していたところ,走行中の米軍の契約業者の大型バス(以下本件車両という。)と接触し(以下本件事故という。),頸椎・左肩打撲等の診断を受けた。(乙7)
原告は,本件事故後も同年8月25日までクウェートでの勤務を行った。なお,イラク復興支援隊の医官は当初,B(以下Bという。)であり,同年7月11日にC(以下Cという。)に交替している。(乙43)

原告は,日本に帰国後,小牧基地の第1輸送隊に復帰したものの,首の痛み等が引かなかったことから,甲市民病院整形外科(以下,甲市民病院の場合,診療科名のみを記載することがある。)等に通院した。
同年11月7日,原告が甲市民病院でMRI検査を受けたところ,左側の顎関節の中の関節円板が前方にずれている状態であること,これの治療期間が3か月から6か月程度であることが判明した。(甲1,2,3,6,7,乙3,12)


平成19年3月13日,原告に対し新潟救難隊への人事異動の内示があり,同月30日,原告は新潟救難隊へ異動した。原告は,顎に痛みがあるとして,乙大学医歯学総合病院(以下乙大病院という。)や丙病院(以下丙病院という。)へ通院し,乙大病院で両側顎関節円板切除術を受けたこともあった。(甲8,乙12)


同年5月31日,原告は,本件事故による傷病(頚部捻挫,左肩挫傷,外傷性顎関節症)について公務災害の認定を受け,以降,療養補償の給付を受けられるようになったが,平成22年12月20日,原告の症状が治癒の状態にあると判断され,原告に対する療養補償の給付は終了した。(甲5,乙13)


平成23年6月29日,原告は後輩のD3等空曹(以下Dという。なお,原告とDは当時,いずれも新潟救難隊基地業務小隊通信班に所属していた。)と口論になったところを,同じく原告の後輩であるE3等空曹(以下Eという。)に止められるという出来事があった(以下本件トラブルという。)。本件トラブルの直後,原告は胸の痛みを訴えて丁整形外科を受診したところ,約2週間の休業,安静,加療を要する見込みの前胸部圧挫傷と診断された。
翌日,原告は,新潟救難隊長であったF1等空佐(以下Fとい
う。)ら7名と面談を行った際,本件トラブルについて警務隊を呼ぶなどと述べた。また,同日,原告は航空救難団飛行群司令のG1等空佐(以下Gという。)に本件トラブルの存在をメールで伝えた。本件トラブルを受け,原告は通信班から庶務班に配置替えとなり,庶務係長であったH空曹長(以下Hという。)の下で業務を行うこととなった。(甲14,乙12,70)

同年9月26日,原告は,原告の上司に当たる新潟救難隊小隊長のI1等空尉(以下Iという。)に対し,退職を申し出た。その後,Iから慰留されるなどしたものの,同年10月31日,原告は航空自衛隊を退職した。(甲16)

3
争点


国家賠償法1条1項に基づく請求の可否



被告が負うべき安全配慮義務の根拠及び概括的内容



マラソン大会への参加に関する義務違反



受傷後の適切な治療に関する義務違反



帰国後の適切な医療対応に関する義務違反



公務災害認定手続の遅延による義務違反



原告に対する治療の妨害行為及び療養補償給付支給の打切りによる義務違反


4
パワハラ行為の有無
損害の発生及びその数額
当事者の主張
争点

(国家賠償法1条1項に基づく請求の可否)について

原告の主張
被告は,原告に対する安全配慮義務に違背し,それにより原告に損害が生じた場合,債務不履行責任を負うのは当然であるが,その他に,国家賠償法1条1項に基づいても,損害賠償義務を負うというべきである。なお,被告は,安全配慮義務違反があったとしても,それをもって国家
賠償法1条1項に基づく請求を基礎付けることにはならない旨主張するが,国が公務員の生命及び健康等を危険から保護するよう配慮すべき義務に反した場合は,当然国家賠償法上の違法も認められるというべきであり,被告の主張は妥当ではない。
また,国家公務員が,職務上,他人に心理的負担を過度に蓄積させるような行為を行った場合は,原則として国家賠償法上違法な行為に当たり,例外的に,その行為が合理的理由に基づいて,一般的に妥当な方法と程度で行われた場合には,正当な職務行為として違法性が阻却される場合があるにすぎないというべきである。そのため,本件においても,原告に対し,直接的に加えられた暴行や暴言等のうち,原告に対し,心理的負担を過度に蓄積させるような行為については,前記の安全配慮義務違反を論じるまでもなく,国家賠償法上の違法性が認められ,被告はこれに対する国家賠償法1条1項に基づく損害賠償責任を負うといえる。

被告の主張
国家賠償法1条1項の違法性については,民法上の不法行為の違法性概念とは異なり,権利ないし法益侵害があることを前提とした上で,公権力の行使が,公務員の職務上の法的義務に違背するか否かで判断されるべきである。そして,法律による行政の原理によれば,違法性判断の前提となる公務員の職務上の法的義務は,原則として法令の根拠に基づいて特定されるものであり,原告が主張するような信義則上の安全配慮義務がこれに含まれないことは明らかである。
また,公務員が特定の者に対して国家賠償法上の違法を基礎付ける義務を負う場合,その具体的な内容や程度は,職務上の義務の根拠となる法令によって異なり,当該公務員が置かれた具体的状況によっても大きく異なるから,単にクウェートに派遣中であるとの事実をもって,派遣された自衛隊員に対してどのような状況においても一律に国家賠償法1条1項の違法性を基礎付ける職務上の義務となり得る安全保持義務が発生するものではない。
争点

(被告が負うべき安全配慮義務の根拠及び概括的内容)について

原告の主張
一般論
ある法律関係に基づいて特別な社会的接触の関係に入った当事者間において,当該法律関係の付随義務として,当事者の一方又は双方が相手方に対して,一般的に信義則上負う義務として,被告は,公務員に対し,被告が公務遂行のために設置すべき場所,施設もしくは器具等の設置管理又は公務員が国もしくは上司の指示のもとに遂行する公務の管理に当たって,公務員の生命及び健康等を危険から保護するよう配慮すべき安全配慮義務を負っているものと解するべきである。そして,当該安全配慮義務の内容としては,①労働に関連する物的環境を整備する義務,②労働者の人的配備を適切に行う義務,③労働者の安全教育・適切な業務指示を行う義務,④履行補助者により適切な整備・運転・操縦等をさせる義務,⑤安全衛生法令を実行する義務,⑥疾病防止段階における措置義務,⑦疾病増悪の回避段階における措置義務が挙げられる。自衛隊員の特殊性
また,当該安全配慮義務の内容は,公務員の職種,地位,及び具体的状況等によって異なるべきものであるところ,公務員の中でも,自衛隊員については,自衛隊法に基づき,隊員は~事に臨んでは危険を顧みず,身をもって責務の完遂に努め,もって国民の負託にこたえることを期するものとする(同法52条)という特別な職責を規定されており,自衛隊員がひとたび被告の注意義務違反により,生命・身体に対する危険にさらされる時は,一般の雇用関係に比してより重大な結果が生ずることになるといえる。また,上官の命令に服従する義務(同法57条)等の厳格な職務専念義務も負っている。これらの事実に鑑みれば,被告が自衛隊員に対して負う安全配慮義務の内容は,対等な契約当事者間の関係であることを前提とする雇用契約に付随する安全配慮義務よりも質的に高度であると解するべきである。すなわち,被告が負うべき安全配慮義務の内容は,単に死傷病事故を防止するための相当の配慮を尽くしたことでは足りず,自衛隊員の生命・健康を保護するため,不可抗力以外の死傷病事故等を防止し,かつ,負傷した場合には,症状の増悪を防ぐための万全の措置を講ずべき義務であるというべきである。イラク特措法9条に基づく安全配慮義務及び内容
さらに,原告のようにイラク特措法によって危険な海外の地へ派兵された自衛隊員に対しては,前記の信義則上の安全配慮義務に加え,被告は,イラク特措法9条に基づき,不可抗力以外での死傷病事故を防止するための万全の保護義務を負っていると解するべきである。すなわち,イラク特措法制定時,イラク共和国及びその周辺において既に十分に安全が確保されていない状況にあることが我が国官民の共通の認識になっていた。そして,そのような地域に自衛隊員等を派遣するのであるから,派遣された自衛隊員等の生命身体の安全確保は国の絶対的責任とされ,特別の安全配慮義務規定として同法9条が設けられた。また,同法制定を受けて防衛庁が定めた通達においても,通常の公務災害認定と異なる特別の基準を設け,公序良俗に反すると認められる行為による災害を除く全ての災害が公務上のものに該当するものと定められた。このような法制定時の情勢及び制定の経緯等を踏まえると,同法9条は,被告が,イラク特措法により派遣中の自衛隊員の生命及び健康等について,不可抗力以外のあらゆる死傷病事故から保護する特別の安全配慮義務を負うことを定める特別規定として設けられたものであることは明らかである。
本件について
本件においても,原告は,航空自衛隊の通信班に所属する自衛官であり,国家公務員法及び自衛隊法等に基づいて特別な社会的接触の関係に入った者であるから,かかる関係を前提として信義則上,被告は原告に対して,単に死傷病事故を防止するための相当の配慮を尽くしたことでは足りず,自衛隊員の生命・健康を保護するため,不可抗力以外の死傷病事故等を防止し,かつ,負傷した場合には,症状の増悪を防ぐための万全の措置を講ずべき安全配慮義務を負っているといえる。また,原告は,イラク特措法により派兵された者であるから,被告は,同法9条にも基づき,原告に対し,前記安全配慮義務を負っているといえる。イ
被告の主張
イラク特措法9条の解釈について
イラク特措法の立法過程において,同法9条が定める安全の確保
の具体的な表現として,我が国が独自に収集した情報等に基づき,現地の治安状況等を正確に把握しつつ,対応措置を実施する地域を指定するなどの措置を講ずることにより,対応措置の実施に当たる自衛隊員の安全を確保する旨の説明がされている。さらに,同法施行後,同法9条に定める安全の確保のために実施した措置の具体例として宿営地の警備並びに部隊の活動時及び移動時における警備に万全を期すこと等があげられ,その一方,同法の立法過程において,派遣される自衛隊員に対して不可抗力以外の死傷病事故を防止するための万全の保護をするために必要な措置を講じる旨の説明はない。そうすると,同法9条は,国に対し,自衛隊の部隊等が同法に基づく対応措置を実施するに当たって,主として宿営地や活動中の部隊への攻撃に対して安全を確保するために必要となる措置を同法9条が定める安全の確保として講ずる義務を課す趣旨であると解するのが素直であり,同条の安全保持義務は,前記の安全確保に必要な措置が講じられた基地内において,対応措置を実施していない状況にある自衛隊員の生活面に関する安全については,日本国内の基地において通常行われている安全への配慮以上の対応を要求するものではないと解される。したがって,イラク特措法9条を根拠として,被告に,派遣された隊員に対する不可抗力以外の死傷病事故を防止するための万全の保護義務がある旨の原告の主張は,独自の解釈に基づくものであり,到底認められない。
債務不履行としての安全配慮義務の内容及び程度について
債務不履行としての安全配慮義務の内容としても,被告が負う安全配慮義務とは,公務員に対し,国が公務遂行のために設置すべき場所,施設もしくは器具等の設置管理又は公務員が国もしくは上司の指示のもとに遂行する公務の管理にあたって,公務員の生命及び健康等を危険から保護するように配慮すべき義務であり,同義務の内容は,公務員の職種,地位及び安全配慮義務が問題となる当該具体的状況等によって異なるべきものであって,一般的かつ無制限の庇護義務的なものではないから,同義務の内容や程度は具体的状況に応じて適切に定められるべきものである。
安全配慮義務の内容は,国の公務員との間における公務の遂行ないしその方法に対する支配管理関係を基礎とし,公務を安全に遂行するという目的のもとにおいて,公務管理者として予測可能な危険を除去しうるに足りる人的物的諸条件を整えることに尽きると解される。そうすると,安全配慮義務の内容や程度については,具体的な状況を踏まえ,国と公務員との間における公務遂行に係る支配管理関係や公務遂行に係る国の危険予測可能性を考慮した上で判断されるべきであるから,原告が主張する同義務の具体的内容は本件において直ちに当てはまるものではない。


争点⑶(マラソン大会への参加に関する義務違反)についてア
原告の主張
具体的義務内容
原告が負傷する原因となったマラソン大会は,原告が個人的に招待されたものではなく,自衛隊を通じて参加の要請があり,小隊長の同意の下,自衛隊員として参加したものである上,隊員の安全が確保されるべき宿営地内で,公務に準じた状況下で開催されたものであるから,被告は,原告がマラソン大会に参加するにあたり,生命及び身体に対するすべての危険から原告を保護する義務を負っていた。
加えて,マラソン大会で使用されたコースでは,マラソン大会と同じ時間帯に大型バスが同じ路上を走行しており,マラソンコースにおいて,軍務用の車両等が参加選手とともにコースを走行することがあり得たのであるから,参加選手である自衛隊員の安全確保のためには,参加選手たちと車両の走行を適切に分離する等,十分な配慮が求められる状況下にあった。
義務違反
被告は,同マラソン大会では,競技が実施された時間帯に,その使用コースを米軍が委託した民間会社の大型バスが軍の用務で走行することを知り得たのであるから,その走行が参加した自衛隊員の安全を害することのないよう適切な規制その他の方策をとらなければならなかったのに,何らの方策も取らなかった。

被告の主張
対応措置の実施と何ら関連しないマラソン大会において,交通事故を防止するために交通統制措置を執るべき義務の根拠はない。また,マラソン大会は,米軍がレクリエーションを目的に開催したものであり,原告の課業時間外に開催されたものであって,部隊は,参加について推奨すらしていなかったことに加え,主催した米軍が参加者の安全の確保に留意しており,米軍が自衛隊に対して,マラソン大会の安全の確保のための支援を要請した事実もないから,被告が,参加する自衛官の安全確保のために,積極的かつ具体的な行動を取るべきであったと考える余地は全くない。
なお,マラソン大会への参加について公務災害の要件である公務遂行性が認められるとしても,それと被告が同大会において交通統制等の措置を執るべき義務の有無,その内容や程度とは関係がない。



争点⑷(受傷後の適切な治療に関する義務違反)についてア
原告の主張
事故直後の適切十分な治療義務を施す義務違反
a
具体的義務内容
イラクにおいては,平成17年5月末から6月にかけて,サマーワにて自衛隊への投石等が発生していたり,バグダッドの基地周辺でイギリスの輸送機が追撃されたりしており,政府・防衛省においては,平成18年7月から始まるバグダッドへの空輸活動で,航空自衛隊員の中でも負傷者が出ることを十分想定していたといえる。そうすると,空自衛生隊においては,復興支援中の事故や緊急事態における自衛官の負傷に備え,これに対処できる医療設備・器具を配備すること,隊内で対処できない場合に備え,適切な診療を施すことのできる病院を調査・把握し,負傷者を搬送できるよう準備しておくこと,負傷した自衛官を早期に帰国させて適切な治療を受けさせる等の義務があったことは明らかである。
b
義務違反
本件事故態様及び本件事故後の原告の症状に徴すれば,原告についてMRI検査やCT検査を実施し,入院の措置をとって治療に専念させる必要があったが,被告は,このような検査も入院治療も一切させなかった。原告が本件事故によって負傷した当時,空自衛生隊が原告に与えたのはコルセット及び安定剤1錠のみであり,治療といえる治療を何ら行わなかった。また,空自衛生隊が受診させた診療所では言語が通じず,原告の自覚症状を具体的に伝えることができない状態で,医師は原告の顎を無理矢理開けようとしたり,首を痛みが走る方向に曲げたりしたばかりではなく,原告の症状は頭等が痛くて動けない程の重傷であったにもかかわらず,前記医師が行った検査はレントゲン検査くらいであり,処方も頸椎コルセット及び内服薬のみであった。
さらに,原告が日本へ帰国したいと訴えていたにもかかわらず,それを許可せずに,適切な治療を受けさせないまま派遣期間の満了まで原告を放置した。
後送義務違反

a
具体的義務内容
国は,派遣地において自衛隊員が事故等に遭わないよう防止するために,必要な措置を採るべき義務があった。そして,派遣された自衛官が負傷をし,職務に従事できなくなった場合には,国は,①負傷時点における適切な医療的措置を講ずるとともに,②当該自衛官の状況に鑑み速やかに当該自衛官を帰国させる義務(後送義務)がある。また,そのような後送が可能になるよう,国は,後送のための適切な人的配備や規定の作成を行う必要がある。
航空自衛隊イラク復興支援活動措置計画の定める,負傷者を後
送すべき場合とは,①負傷状況が衛生隊の能力を超える場合(この場合は,イラク国内の情勢等が許せば,必ず後送しなければならない),②負傷状況が衛生隊により治療できるものであっても,患者の状況に鑑みて後送が適している場合を指している。
患者の状況とは,①衛生隊での処置があれば職務に従事でき,以後②派遣先にとどめても健康上の支障をきたさないことが明らかな状態であれば後送は不要であり,衛生隊が処置を行えたとしても職務に従事できない場合や,職務に従事できても,以後派遣先にとどめることで治療の遅れなどにより健康上の支障をきたす恐れがある場合は,後送しなければならないと解すべきである。
b
義務違反
原告は,事故直後は歩行も困難で寝起きする際の動作も困難で,事故後3週間後も長時間座っていることができず,事故後1か月経過後に至っても,肩や首の痛み,頭痛,顎の痛み,不眠などの強い症状を訴えていた。勤務時間中もソファで横になり,仕事は同僚に任せている状態であった。帰国時の航空機内で座っていることもできず2,3席を使って横になっている状態であった。
原告の当時の状況を踏まえると,原告の容態では職務に従事できなかったことは明らかであって,被告は,速やかに原告を帰国させるべきであった。また,仮に事故後,負傷による容態を経過観察するとしても,数日後には衛生隊の医療設備による治療能力を超えた負傷であることが明白となっており,クウェート基地にとどめれば更に健康上の支障をきたすであろうことが十分に予想された。それにもかかわらず,被告は,原告を帰国させず,長期間クウェート国内に漫然と留めていた。さらに,原告が日本へ帰国したいと訴えていたにもかかわらず,原告の上司らが,これを許可せずに,説得や励ましにより原
告の帰国希望を断念させた。

被告の主張
クウェートにおける医療体制は,空自衛生隊では対応できない傷病等が発生した場合に備えて,アリ・アル・サレム基地に所在する米軍衛生隊やクウェート国内の米軍病院,あるいはクウェート国内の医療機関において診察を受ける体制が整えられており,原告に対する治療は,本件事故直後においては,米軍衛生隊で適切に処置され,その後も,空自衛生隊及び戊クリニックへの通院治療を行わせるなど,原告の症状に沿った適切かつ妥当な治療が行われていた。
また,後送についても,体制が整えられており,後送の要否は患者の状況を考慮して判断されるものであるところ,原告の症状は重篤ではなかったし,当時の隊長や原告の上司は,原告に対し帰国もできる選択肢を与えていたが,原告は自らの判断で派遣期間満了まで任務を継続することを決め,派遣期間満了までクウェートに滞在したのである。
このように,被告は,クウェートにおける本件事故後の原告に対する治療について十分な措置を講じており,原告を早期に帰国させる必要は認められなかった。



争点⑸(帰国後の適切な医療対応に関する義務違反)についてア
原告の主張
具体的安全配慮義務内容
本件事故後の症状によれば,被告及びその履行補助者は,原告の健康を保護するため,原告の帰国後,原告を治療に専念させるなど,原告が必要かつ十分な治療を受けられるように配慮し,また,原告の病状に合わせた職務を与えるべき義務があったといえる。
義務違反
a
代休を使用しての通院の強制
航空自衛隊では,公務遂行中に負傷等した場合には,勤務時間内に通院をすることが認められている。本件事故により生じた症状は,明らかに公務遂行中に発生したものであるから,その治療のために,勤務時間内に通院することも当然認められるべきであった。しかし,J2等空尉(以下Jという。)が,原告に対し,派遣期間中の休暇を含めて治療に当たるように指示したため,原告は,甲市民病院への通院当初は,派遣期間中に取得した代休(休日に勤務した場合に与えられる休暇をいう。)を利用して通院していた。これは本来自由に利用できるはずの休暇を利用して通院することを強制したものであり,必要かつ十分な配慮があったとはいえない。

b
精神科での通院治療の妨害
原告は,本件事故が原因で発症した心因性うつ病,不眠症の治療のために精神科にも通院していたところ,Jが,原告に対し,

うつを直せ。

と言うとともに,

医師に(うつ病は)完治したと書いてもらえ。

と指示するようになった。このような指示が反復継続したため,原告は,平成19年1月24日の精神科通院時に,

アゴは公務障害は認められた。その後よく眠れる。

と述べた。それを受け,カルテには心因性うつ病,不眠症完治するとの記載がされ,以後,
甲市民病院精神科での通院治療は行われなくなった。しかし,原告は,公務災害補償を受けていない状況で,PKO保険の期間終了が迫り,治療費を自己負担しなければならなくなることに強い不安を覚えていたこと,平成19年1月24日時点では公務災害補償認定がされていないことによれば,原告の前記発言は,自衛隊で勤務し続けるためにJの指示に従ってされた虚偽の発言であることは明らかである。このように,Jの指示により,原告は,精神科への通院治療を,中断せざるをえなくなっており,被告が,原告の甲市民病院への通院に関し,必要かつ十分な配慮を行っていないばかりか,通院の妨害を行ったことは明らかである。
c
己外科内科への通院に対する配慮不足
原告は,リハビリのために毎日己外科内科リハビリテーション科への通院が必要であったところ,Jは,その必要性を認識していたにもかかわらず,原告が勤務時間中に己外科内科へ通院することや,己外科内科への通院のために休みを取ることを認めなかった。そのため,原告は,毎日勤務終了後に己外科内科へ通院せざるをえず,かえって負担となり,症状が悪化する原因となった。現に,己外科内科の医師は,平成18年10月1日付けの書面により,自衛隊に対し,原告のリハビリに関して,勤務時間等についての考慮を求める旨の報告を行っており,それによって,原告はようやく己外科内科にも勤務時間中に通院することが許されるようになった。このように,被告は,業務時間中に己外科内科に通院させたり,通院できるように業務量を減らしたりするなどの配慮を十分に講じておらず,原告の治療について必要かつ十分な配慮をし,原告の病状に合わせた職務を行わせるなどの配慮をしていたとは到底いえない。


被告の主張
自衛隊員が勤務中に通院する必要がある場合は,休暇を取得した上で通院するのが一般的であり,緊急な治療を要するような休暇取得手続きを経るのが困難と認められる場合ならば格別,そのような状況ではないのであれば,被告には,単に公務災害であるからといって,原告を勤務時間中に休暇を取得させることなく通院させる義務があるとは認められない。また,Jは,原告が甲市民病院精神科へ通院していた事実を全く承知していなかったのであるから,当然,原告の同精神科での通院治療を妨害したことはない。さらに,Jは,原告が通院のために休暇を取得することを認めなかったことはなく,原告が勤務時間終了後に通院していた期間において,原告の症状が悪化した事実は認められない。
むしろ,Jは,原告に対し,治療のための通院を勧め,派遣期間中に取得した代休なども使用して,完治を最優先とするようにと話し,原告がイラク復興支援隊の勤務となる以前に就いていた交代制での勤務に戻るのは原告の身体への負担が大きいと判断して,交代制勤務から常日勤へ勤務体系を変更し,自衛官としての体育訓練や基本教練等の各種訓練,朝礼時に実施していた自衛隊体操や持続走などに参加させないなどの配慮を行うなど,原告の治療や勤務に対して十分な配慮を行っており,そのような配慮は,職場全体として行われていた。


争点⑹(公務災害認定手続の遅延による義務違反)についてア
原告の主張
国家公務員災害補償法に基づく義務
国家公務員災害補償法によれば国家公務員法に規定する一般職に属する職員の公務上の災害又は通勤による災害に対する補償を迅速かつ公正に行い,あわせて公務上の災害又は通勤による災害を受けた職員の社会復帰の促進並びに被災職員及びその遺族の援護を図るために必要な事業を行い,もって被災職員及びその遺族の生活の安定と福祉の向上に寄与することを目的とするとされている。公務災害を認定するにあたっては,業務起因性の観点から客観的に判断し,補償打ち切りの判断においても,被災職員の疾病が治癒したのか否かが客観的に判断されなければならない。
イラク特措法9条及び通達に基づく義務
イラク特措法9条に基づき,被告は,原告に対し,その生命及び健康等を,不可抗力以外のあらゆる死傷病事故から保護する義務を負っていた。この義務は,治療費の負担を心配せずに十分な治療を受けられるよう速やかに公務災害認定手続を履践し,要件を充たせば公務災害の認定をすることを含んでいた。
人事院規則等に基づく義務
人事院規則によれば,国(その機関)は,公務上災害に該当するか否かの認定を速やかに行う義務を負う。また,航空自衛隊災害補償実施細則は,部隊等の長は,当該部隊等に所属する隊員等又は当該部隊等に入校中の隊員が公務上の災害に遭った場合には,速やかに,当該者を管轄区分とする基地業務担当部隊等の長に通知することを定め,基地業務担当部隊等の長は,前記通知を受けた場合その他管轄する隊員等について災害が発生したと認めた場合は,当該災害が公務上の災害であるかどうかを調査し,公務上の災害であると認められるときには,速やかに,当該者を管轄区分とする航空幕僚長又は航空総隊司令官等に,公務災害発生報告書により報告することを定めている。
K隊司令(以下Kという。)は,公務災害認定の結果,治療費を
負担した場合に,これを求償回収できなくなるかもしれないなどと言い募って本件事故を公務災害として扱うことを抑え,その認定を遅滞させた。すなわち,原告が所属する第9期イラク復興支援派遣輸送航空隊の責任者であったKは,基地業務担当部隊等の長として,公務災害発生報告書により本件事故を速やかに報告するべき立場にあったのにこれを怠り,航空自衛隊災害補償実施細則の定めに違反した。
その結果,原告は,旅行保険による治療費の支払が終了した平成19年1月以降,リハビリ通院ができなくなったうえ,甲市民病院への通院も減らさざるを得なくなり,満足な治療を受けられなくなった。

被告の主張
本件事故についての公務上の災害の認定の手続については,実施細則に基づき適正に行われており,何ら義務違反は認められない。なお,本件事故後,最終的に公務上の災害として認定されるまで約11か月が経過しているところ,これは,本件事故後の経緯や原告の症状の診断に関する経緯において特殊な事情があったからであって,手続が不当に遅延したわけではない。



争点⑺(原告に対する治療の妨害行為及び療養補償給付支給の打切りによる義務違反)について

原告の主張
具体的義務内容
イラク特措法9条に基づき,被告は,原告に対し,その生命及び健康等を,不可抗力以外のあらゆる死傷病事故から保護する義務を負っていた。この義務は,事故に遭った原告に対し,治療その他の適切な措置を施す義務のほか,障害等を残す可能性がある場合には,そのことに関する医療判断が正しくなされるよう原告の状況を十分に配慮して適切な対応をする義務を含む。また,一般的に,国は,公務員に対し,場合によっては勤務又は担当職務の変更を行う等適切な措置を講ずべき注意義務を負うとともに,国家公務員災害補償法に基づき,公務災害に基づく補償を適切になすべき義務を負う。
義務違反
原告が症状固定と診断された時点では,原告の症状は改善の見込みを残していた。しかし,被告の公務災害担当者らは,診断書の下書きまで準備して,症状固定の診断書の作成を依頼するなどし,原告の症状が固定しているという内容の診断書を作成するよう原告及び医療機関に働きかけ,その内容の後遺障害診断書を得て,これにより療養補償給付の支給を打ち切った。

被告の主張
公務災害補償担当者らは,原告に対して症状固定の同意を求める必要はなく,実際に求めてもいない。また,公務災害補償担当者らは,職務上の必要に応じて,原告に対し,症状固定の事実があるにもかかわらず,治療費を不正受給等した場合には求償される可能性がある旨を説明したにすぎない。
加えて,公務災害補償担当者らは,原告の同意を得て原告の各主治医と面談し,各主治医に原告の症状が症状固定に当たるか否かの判断を求めたところ,各主治医から原告の症状が症状固定と判断できる旨の回答を得たので,原告の症状固定に関する手続に必要な診断書の作成を各主治医に依頼したまでであり,原告が主張するような行為をしていないことは明らかである。
そして,公務災害補償担当者らは,各主治医が作成した診断書を踏まえて,原告の傷病は症状固定であるとして本件症状固定手続(原告の公務災害に係る療養補償給付の終了手続)をしたにすぎない。



争点⑻(パワハラ行為の有無)について

原告の主張
具体的義務内容
原告に対し直接的に加えられた暴行や暴言等で,原告に対し心理的負荷を過度に蓄積させるような行為については,安全配慮義務違反を論じるまでもなく国家賠償法上の違反が認められる。また,国ないし履行補助者は,業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負っており,これに違反する行為は国家賠償法上違法である。
パワハラが国家賠償法上違法となる要件
被告及び各自衛隊員の言動及び一連の行為が,不法行為及び安全配慮義務違反の行為として国家賠償法上違法となるか否かを判断するに当たっては,当該言動・行為が,同じ職場で働く者に対して,職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景に,業務の適正な範囲を超えて,精神的・肉体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為であったか否かが重要であり,国ないし履行補助者が当該行為を行った場合には,不法行為として国家賠償法上違法であり,また安全配慮義務にも違反する行為として国家賠償法上違法である。
①Jから,命令でマラソン大会に参加したわけではないので公務災害の認定はされないだろうという誤った見込みを説明されたこと,②乙大病院から退院後,十分な回復とリハビリを施す暇も与えられず,すぐに職場復帰するように命じられたこと,③平成22年9月10日から,隊員身上票に注意力の足りない隊員である印象があるとの記載がなされるなど,自衛隊内で原告を問題隊員とみなして邪魔者扱いするようになったこと,④平成23年6月29日,原告の後輩であるEから,嫌がらせの一環としてみぞおちを殴られる暴行を受け,全治2週間の前胸部圧挫傷を負ったこと,⑤Fら幹部7人が,Eによる暴行につき,一方的に原告の発言が原因であると決めつけ,幹部室に呼び出して罵声を浴びせたこと,⑥⑤の後,原告が執務する部屋の入口のパスワードが変更されたために原告が入室できず,さらに,通信班という航空自衛隊の要職に配属されていた原告を,基地業務小隊・庶務班という原告の能力をはるかに下回る部署に異動させ,かつ,異動先の上司であるHが部下いじめを常習していることを認識しつつ,あえてそのような上司のいる部署を選択して原告を異動させたこと,⑦Hは,原告の身体が不自由であることを分かっていながら,段ボールの片付け作業の指示や,

リハビリとして駆け足してこい。

といった,原告の身体状況に鑑み遂行不可能な,あるいは業務上の必要性が乏しい指示を原告に与えたほか,お前は一体何ができるんだなどと繰り返し発言し,原告に精神的・肉体的に苦痛を与えたこと,⑧飛行群司令であるGが,原告に示談書への署名と入間基地警務隊長への電話を強要して部屋から出さなかったこと,⑨平成19年,原告の意に反して小牧基地から新潟分屯基地への異動を命じられた上,平成23年3月末で小牧基地に異動させるとの内示を受けたにもかかわらず,実際に異動されることはなかったことは,いずれも原告に対する退職強要の一環としてされたパワハラ行為であり,違法である。

被告の主張
原告が自衛隊から退職することを決意したのは,本件事故等による負傷を原因として団体保険金と重度障害年金が給付されることを想定し,小牧市に住宅を構えて家族と生活を共にして療養に専念したいと原告自身が考えたためであり,パワハラがあったからではないし,そもそも小牧基地や新潟基地において,原告にパワハラと言われるような違法行為がなされた事実はない。



争点⑼(損害の発生及びその数額)について

原告の主張
後遺障害による損害
a
後遺障害慰謝料

2200万円

原告の症状は,最大開口量1mmまで減少し,流動食しか摂取することができない状態であるため,後遺障害等級3級の2咀嚼又は言語の機能を廃したものにあたり,前記金額が後遺障害慰謝料として相当である。
b
後遺障害逸失利益

8739万2150円

前記のとおり,原告の後遺障害は,後遺障害等級第3級の2に当たるため,労働能力喪失率は100%である。また,症状固定とされた平成22年12月当時,原告は39歳であり,就労可能年数67歳まで28年間の逸失利益を計算すると,586万5993円(平成22年の年収)×14.8981(就労可能期間28年間のライプニッツ係数)=8739万2150円となる。
慰謝料

1000万円

自衛隊を辞めさせられたことによる慰謝料,傷害慰謝料,帰国後に適切な医療対応を受けられなかったことによる慰謝料,公務災害認定手続の遅延による慰謝料,療養補償給付打切りによる慰謝料,パワハラないし違法な配置転換による慰謝料が含まれる。
弁護士費用

1200万円

被告の主張
後遺障害による損害
原告の最大開口量が1mmまで減少し,流動食しか摂取することができない状態となっているとの事実は不知。その余は否認ないし争う。慰謝料
否認ないし争う。
弁護士費用
争う。

第3

当裁判所の判断

1
認定事実
前記前提事実に加え,後掲証拠及び弁論の全趣旨によれば次の各事実が認められる。


本件マラソン大会について
本件マラソン大会は,米軍基地内の道路を利用するものであり,全長は5kmである。米軍は,本件マラソン大会の主催者として,支援要員を各所に配置し,走者を追尾して運行する車両に医療チームを乗せるなどの措置を採っていた。時間帯は午前6時スタートの場合と午後8時スタートの場合とがあり,航空自衛隊員は,午前6時スタートの場合は10名程度,午後8時スタートの場合は20名程度が毎回参加しており,状況によって更に10名以上の隊員が参加することもあった。隊員がマラソン大会に参加する場合,小隊長の同意を得れば足り,隊司令,業務隊長の同意までは不要であった。(乙3,11,21)


本件事故後,クウェートから帰国するまでの経緯

治療の経過
本件事故後,原告は米軍の医療施設に搬送され,レントゲン検査等を受けたところ,骨折箇所はないとの診断を受けたものの,首や肩に打撲があるとして鎮痛消炎剤と筋弛緩剤を処方された。
なお,原告は,本件事故後一時的に意識を失っていたが,Bが歯科医官と共に米軍の医務室で原告と面会した際には意識を取り戻しており,けがをした理由や状況に関するBの質問に答えていた。原告はBに対し,首や肩が痛いとは言っていたものの,顎の痛みを訴えることはなかった。(乙7,証人B)
平成18年7月5日,原告は首を動かすと痛みがあるとして,航空自衛隊衛生隊(以下,単に衛生隊という。)を受診したところ,ネックカラーの装着で様子を見ることとされた。この日は,陸上自衛隊の整形外科を専門とする医官が衛生隊を訪問していたことから,Bの依頼により当該医官が原告の診察を行った。(乙7,証人B)
同月8日,原告は,Bと共に,戊クリニック(クウェート所在の病院)を受診し,再度レントゲン検査を受けたものの,やはり骨には異常がなく,頸椎・左肩打撲という診断を受けた。戊クリニックの担当医は英語を用いており,英語が堪能なB(Cに交替してからはC)が原告の通訳を務めた。(乙1,証人B,証人C)
なお,イラク復興支援隊においては,隊員の傷病に対する初期治療を衛生隊において行っていたが,衛生隊にはレントゲン等の設備がなかったため,衛生隊の診療体制では対応できないような傷病等が発生した場合には,米軍衛生隊やクウェート国内の医療機関において診療を受けさせる態勢が整っていた。(乙6)
同月9日,原告は衛生隊を受診し,便秘の症状を訴えたところ,医官は原告に対し便秘薬を処方した。(乙7,証人B)
同月22日,原告はCとともに戊クリニックを受診し,左肩痛,頭痛,両顎関節の痛み及び不眠を訴えたところ,内服薬及び外用薬が処方された。また,原告は,同日から同月25日まで,連日衛生隊を受診し,不眠を訴え,22日,23日,25日の際は睡眠薬が処方された。(乙6,7,43,証人C)
同年8月5日,原告はCとともに戊クリニックを受診し,レントゲン検査の結果,特に異常は見られなかった。なお,同日に戊クリニックの医師によって作成された診断書には,頭痛,左肩及び頸椎疼痛が残存しており,これらの症状に対する治療が必要である旨が記載されている。また,原告は同日,衛生隊を受診し,睡眠薬を処方されている。(乙7,11,証人C)
同月14,16日及び21日,原告は衛生隊を受診し,不眠や頭痛を訴え,鎮痛剤及び睡眠薬が処方された。(乙7)
同月25日,Cは原告の元の任地である小牧基地の衛生隊に向けて診療情報提供書を作成した。当該診療情報提供書には,傷病名として頸椎捻挫不眠症頭痛,経過としてレントゲン上所見無く,処方およびカラーによる頸部固定にて様子見ておりました。その後2回通院しましたが,頭痛,不眠,左肩頸部痛持続しており,処方継続しております。8月5日にはレントゲン再検しましたが,やはり所見は無いようです。と記載されている。(乙87,証人C)イ
原告の状況等
本件事故後,原告はAに対し,食事の際に口を開けづらいなどと言い,さほど咀嚼を必要としないアイスクリームやデザートを食べることがあった。また,休日に同僚の隊員らと談笑していた際にも,

ちょっと首が痛いんだよ。

口が開けづらいんです。

などと言うことがあった。(証人A)
原告は,本件事故後もナイト勤務に就いていたものの,ほとんどは職場のソファに座って休むなどしていた。(証人A,原告本人)
原告は,本件事故の影響により体調がすぐれなかったことなどから,精神的に不安定になり,上司等に相談することもあったが,上司等からの励ましもあり,結局は派遣期間が終了するまで任務を継続することとした。(乙5)
なお,原告は本件事故の加害者(加害者の雇用会社を含む。)と慰謝料の損害賠償についての交渉を行ったものの,加害者側が事故の加害者であるという認識を有していなかったことなどから,損害賠償の支払には応じてもらえなかった。もっとも,同月16日には米軍から謝罪を受け,同月23日には加害者の雇用会社のマネージャーらから謝罪を受けることはできた。(乙5)



帰国後,新潟救難隊に異動するまでの経緯

治療の経過
原告は,同月27日,小牧基地の第1輸送隊に復帰した。(乙16)同月28日,Jは,原告と面談した際,原告から首の痛みが引かないこと,頭痛がすることを聞いたことから,原告に対し,クウェートへの派遣期間中に取得できなかった代休を取得して休養し,痛みが引かないようであれば早急に病院で診察を受けるように伝えた。なお,Jは病気休暇をとって通院するようにとは言っていないが,Jが代休を取得するように原告に伝えたのは,クウェートから帰国した隊員は通常,派遣期間中に取得できなかった代休を帰国後にまとめて取得していたからである。
なお,同日,原告は,甲市民病院整形外科を受診した際,問診票に7月4日から頭痛がひどいと記載した上,診察を受けたい部位として,首及び左肩に丸をつけている。(甲1,17,乙12,証人J,原告本人)
同年9月11日,原告は,開閉口時の顎関節部の疼痛,開口障害があるとして歯科口腔外科を受診した。また,同月21日には,精神科を受診し,強い不眠を訴え,同年10月11日付で,反復心因性うつ病,不眠症と診断された。(甲6,7,17)
原告は,甲市民病院のほか,己外科内科のリハビリテーション科にも通院していたところ,同年10月1日,己外科内科のL医師は,新潟救難隊の通信隊長宛てに,原告の勤務時間等について考慮する必要があり,特別の配慮をされたい旨の書面を作成し,原告に交付した。(甲18)
同年11月7日,原告が甲市民病院でMRI検査を受けたところ,左側の顎関節の中の関節円板が前方にずれている状態であること,これの治療期間が3か月から6か月程度であることが判明した。(甲2,3)同年10月18日,原告は精神科を受診し,担当医に対し,上司と対立している,外国旅行保険が1月に切れるなどと述べた。また,同年12月20日には公費はだめとなりそう,まだ眠れない,同月27日にはもうこれない,眠れないなどと述べた。もっとも,平成19年1月24日の診療録には,アゴは公務障害は認められた,その後よく眠れる,心因性うつ病,不眠症完治するとの記載がある。(甲6,17)イ
原告の状況等
原告は,医師から治療が長期間になる可能性があることを伝えられたことから,平成18年9月27日,Jに対し,海外旅行保険(公務外の第三者による行為に起因する事故であっても,派遣期間中に負った傷病に関する治療費については,事故発生日を含めて180日間,300万円を限度として帰国後も支給されるという内容であった。)の期限が翌年の1月に切れるため,公務災害の申請をしたい旨を伝えた。
Jは,公務災害認定の担当者から原告の公務災害の認定が難しいという見込みを聞いたことから,平成18年11月7日,原告に対し,公務災害の認定については難しいであろうと伝えた。(乙12,証人J)平成19年1月19日,小牧基地業務群人事班長が原告の状況について,群司令等に報告した。報告書には,原告の症状について

勤務等についても障害はなく,シフト勤務でも十分勤務できるまで回復している。

等の記載がある。(乙32)同年3月13日,原告に対し新潟救難隊への人事異動の内示があり,同月30日,原告は新潟救難隊へ異動した。なお,原告は,平成17年12月の頃から,異動先の希望として新潟を候補に挙げていた。(乙12)



新潟救難隊へ異動した後の経緯

治療の経過
平成19年4月20日,原告は顎に痛みがあるとして,乙大病院への通院を開始した。また,同年5月7日には,丙病院への通院も開始した。(甲8)
平成20年6月27日,原告は両側顎関節円板切除術を受けるために乙大病院に入院し,同年7月3日,手術を受け,同月28日に乙大病院を退院した。なお,原告は退院の前々日及び前日に約10時間外出している。
同年8月15日に乙大病院を受診した際の原告の開口量は45mmであった。(甲8,乙12,85)
同年8月24日,原告は庚病院を受診し,パニック障害と診断された。(甲9)
同月26日,原告は丙病院を受診した。その際,原告の開口量は2cmであった。(甲12)
同年11月21日,原告は,乙大病院の精神科を受診し,現在の症状の原因として,顎の手術が終わって退院した後,痛いのに体を動かせと言われるなど理解してもらえなかったこと,その他の原因として,原告の母親が子宮がんになったり,原告の妻が新潟に慣れずうつ病になったりしてしまったことを挙げた。(甲10)
同年7月17日,M1等空尉(以下Mという。)が乙大病院精神
科の医師に原告の現在の状況等を確認したところ,医師は,不安障害及び不眠症について,現在服用させている薬を継続し,当分の間様子を見る旨回答した。(乙12)
同年8月30日,原告が休日にバイクを運転中,対向者の運転手に難癖を付けられ,頭部をヘルメットで殴られるという事件が発生した。(乙12)
平成22年9月27日,原告は乙大病院を受診した。その際の原告の開口量は5mmないし8mmであった。(甲8)
翌日,原告は丙病院も受診したところ,その際の原告の開口量は0.8mmであった。(甲12)
同年10月6日,原告は帰宅途中にバイクで走行中,前方を走行していた自動車と接触する交通事故に遭い,救急車で乙大病院に搬送され,入院した。同年10月14日,原告が乙大病院において診察を受けたところ,その際の開口量は2mmであり,開口障害が増悪しているとの診断を受けた。その後,原告は同月15日にリハビリ施設がある丙病院に転院し,同月22日に丙病院を退院した。(甲8,乙12)

原告の状況等
原告は,平成23年7月4日に庶務班に配置替えされるまで,通信班で勤務していた。平成22年7月4日,原告は当時の通信班長であったMと面談した際,Mから,後輩隊員に金銭を借りてまでパチンコに興じていることを注意された。(乙12)
同月7日,原告は,新潟市内で実施されたN元航空自衛隊幕僚長(以下N元空幕長という。)の講演に航空自衛隊の制服で参加し,新潟救難隊を名乗って質問するなどして,後日,Mから叱責された。(乙12)
同年9月10日,通信班長がMからO2等空尉(以下Oとい
う。)に交替となり,同月22日,Oは原告と面談を行った。その際,Oは,原告について,真面目な隊員である印象を受けたが,過去の経緯を参照するに,注意力の足りない隊員であるとの印象を受けた。(乙12)
同年10月25日,Oは原告が2日前(丙病院を退院した翌日)に自転車で外出しているのを目撃したという報告を受け,原告に電話で状況の説明を求めたところ,原告は,その日は体の調子が良かったのでパチンコに出掛けたと述べた。Oは,原告の回答を受け,服務指導を行った。(乙12)
同年10月26日,Oが前日のパチンコに出掛けた件について原告に問い合わせると,原告は憤慨し,自衛隊を辞めるなどと言い出したが,隊長及び准曹士先任が説得し,自衛隊を辞めることについては考え直した。(乙12,原告本人)
平成23年1月20日,原告は民間人と口論になり,互いに暴力を振るったとして警察官の事情聴取を受けることとなった。原告は一方的に暴行を受けたと述べていたが,警察官は双方に非があると判断したため,原告は警察官に暴言を吐く等の行為に及んだ。そこで,Oは,原告に対して服務指導を実施した。(乙12)
同年2月3日,Oは,民間人から,

丙病院の待合室にて,携帯電話をいじりながらソファに横になっている航空自衛官を見た。自分の番はまだか,早くしろと大声で何度も受付に怒鳴っているのを目撃し,不快であった。

旨の苦情電話があったとの報告を受け,原告に確認したところ,事実であることの確認が取れたことから,原告に対して強く指導するとともに,自衛官としてのモラルをもった行動を心がけるように注意した。(乙12)


公務災害認定に関する経緯

本件事故による原告の損害については,原告の傷害が全治2週間程度であると診断されており,原告が加入していた海外旅行保険の適用範囲を超える治療が必要にはならないと思われていたこと,他方で公務災害認定により国費から医療費を負担した場合,被告にも損害賠償請求権が発生するが,クウェートの法体系及び法令順守状況等に不明な点が多く,被告が算定した請求額の全額を徴収できるかの見通しがつかなかったことから,海外旅行保険で対応するとの方針がとられた。しかし,原告が帰国し,通院を開始した後も症状の改善がおもわしくなく,治療の長期化が見込まれたことから,公務災害の認定手続が開始された。その結果,平成19年5月31日,原告は,本件事故による傷病(頚部捻挫,左肩挫傷,外傷性顎関節症)について公務災害の認定を受け,以降,療養補償の給付を受けられるようになった。
なお,公務災害認定の申立書には,本件事故当日は首から左肩にかけての痛みが酷かったこと,平成18年7月8日頃,顎に痛みが出始めたこと,3週間ほど経過すると,顎については痛みが多少和らぎ,不自由はあるものの口が開くようになったこと,他方で首,肩についてはほとんど動かない状況だったことなどが記載されている。(甲5,乙5,11,33)

平成21年2月20日,原告は,国家公務員災害補償療養の現状報告書(以下現状報告書という。)を提出した。現状報告書には医師が記載する欄があるところ,そのうちの今後の見込み欄には,投薬にて様子観察と記載されている。(乙39)平成22年2月頃にも,原告は現状報告書を提出しているところ,今後の見込み欄には,

開口練習により,改善の見込みがある。

,投薬による対症療法と記載されている。(乙40,41)ウ
同年11月16日,原告及びP2等空尉は乙大病院を訪れ,原告の主治医と面談した。その際,P2等空尉は,原告の主治医に対し,症状の改善がなければ症状固定として扱い,公費負担は中止したい旨を述べた。これに対し,原告の主治医は,開口量は以前と変わらず15mm前後のようであるが,原告がわざと開かないように見せている感じがあり,自己のリハビリが十分できなければこれ以上の改善は見込めないので,症状固定と判断してもよい旨を説明した。(甲8)


同月29日,公務災害認定業務を管轄する中部航空警戒管制団司令部(以下中警団司令部という。)のQ1等空尉ほか1名が新潟救難隊を訪れ,原告と面談して現在の症状を確認した。また,同月30日には,原告と共に丙病院を訪れ,原告の主治医と面談した。その際,原告の主治医から,乙大病院が症状固定の判断をした場合,丙病院としても症状固定と言わざるを得ない旨の説明を受けた。
なお,同月29日及び30日の面談結果を記載した文書には,原告の回答として

現在の状況から継続して治療することを望むが,説明の内容は理解したので,医師の診断結果に従うことに同意する。

との記載がある。(乙42)

同年12月20日,中警団司令部担当者は,乙大病院の原告の主治医から,原告の症状が固定している旨の診断書の提出を受け,原告の症状が治癒の状態にあると判断し,原告に対する療養補償の給付は終了した。(乙13)



本件トラブルに関する経緯

平成23年6月29日午後2時頃,原告が新潟基地内の通信局舎内通信室付近において,携帯電話を使用して業者と会話をしていたところ,Dから,通信局舎外で通話するように注意された。原告は,通信局舎外に出て会話を終えた後,通信局舎に戻り,Dに対し,

業者に電話しているのに,うるさいとは何事だ。

などと述べ,言い争いになった。原告とDの声を聞いたEは,原告とDの間に割って入り,Dの胸に右手のひらを,原告の胸に左手のひらを当て,両名の身体を両サイドに押して引き離した。その後,原告は,Eに対し,

お前押したよな。

などと言うとともに,胸の痛みを訴え始め,Oに

Eに胸を殴られていたいので通院したい。

と申し出た。Oは,まず総括班衛生係の診察を受けるように原告に指示した。
同日午後2時15分頃,Oは衛生係の隊員及び原告から原告の胸の痛みの状況について聞き取りをしたところ,衛生係の隊員から判断ができない旨の報告を受けた。そこで,Oは原告を最寄りの診療機関である丁整形外科に通院させることを了承し,R2等空曹(以下Rという。)に原告と同行するように指示した上で,原告を丁整形外科に向かわせた。診察の結果,約2週間の休業,安静,加療を要する見込みの前胸部圧挫傷と診断された。
同日午後4時頃,Oは,帰隊した原告から

レントゲン撮影を実施したところ,胸骨に1mmのヒビがある疑いがある。

との報告を受けた。(甲14,乙12,48ないし50,65,証人S,原告本人)

同月30日,新潟救難隊長であったFは,E及び原告から個別に聞き取りを行った。まずはEからの聞き取りを行い,原告とDを引き離す際に手の甲が原告に触れたことを聞いた。次に原告からの聞き取りを行い,その際,原告は警務隊(自衛隊内において警察に相当する組織であり,自衛官の犯した犯罪等について,司法警察職員としての職務を行う。)を呼ぶなどと述べたほかは,原告は悪くないと一方的に述べるのみであった。Fは,過去に所属していた部隊で警務隊による調査が行われたことで,隊員同士が疑心暗鬼に陥ったという経験を有していたことから,原告に対し,警務隊に通報すると自衛隊にいづらくなるのではないかという旨を伝えたが,原告の警務隊を呼ぶという意思は変わらなかった。Fは,原告の言い分を聞いた上で,新潟救難隊としても警務隊に通報することを決めた。なお,Eからの聞き取りはFが一人で行い,5分から10分程度で終了したのに対し,原告からの聞き取りは,副隊長,総括班長,業務小隊長,O,人事係長及び准曹士先任を同席させた上で行い,30分程度の時間を要した。原告からの聞き取りに際して副隊長ら6名を同席させたのは,以前に原告が民間人とトラブルになった際,原告からの聞き取りに苦慮したことから,複数名で対応することによって齟齬をなくし,情報を共有するためであった。(証人F,原告本人)


同日,原告は以前から面識のあったGに対し,メールで,新潟救難隊で,昨日障害事件が起きたのは,ご存知ですか?,

暴行を受けた隊員は肋骨にひびが入り全治2週間です。

などと伝えた。(乙68,70)エ
同年7月4日,原告は,通信班から庶務班に配置替えとなった。これに伴い,同日,通信局舎入口のテンキーロックの番号が変更された。(乙12,36,51)


同月11日から25日までの間,原告は年次休暇を取得し,自宅で休養した。(乙90)


同月13日,警務隊は本件トラブルに関し,立会人の指示説明の下,現場を確認した。(甲46)


同月23日,Gは,原告に対し,

25日から月,火と新潟に行くことになりました。Tは火曜日から出勤と聞いているので,火曜日にじっくり話そう。

という内容のメールを送信した。

同年8月1日,原告及びEは,G及びFの同席の下,示談書を取り交わし,示談が成立した(以下本件示談という。)。示談書には,示談の条件として,Eが原告の胸を押し,結果的に傷害を負わせたことについて謝罪すること,原告は,本件トラブルの原因を作ったことについてEに謝罪すること,原告の治療に要した費用は,Eが全額の5分の3,原告が全額の5分の2を支払うことが記載されている。また,原告は,警務隊長に宛てて,Eの処分を求める意思がない旨の文書を作成した。(甲15,乙49)
同月6日,原告はGに対し,この度は色々と御迷惑をおかけして,すみませんでした!のみと自分自身は,心が晴れて,すっきりし,後は前進ある考えています,

全部を含めて,自分自身心を入れ替え頑張って行く所存であります。

などと記載したメールを送信した。これに対し,Gは,今回は良く仲直りできて良かったね。今後は,誰ともトラブルは避けること。カッとなったらグッと堪えて少なくても1日考えること。将来の幸せのため全てをリセットしやり直そう。そしてけがと病気を確実に治す方向に向かわせることなどと返信した。(乙70)⑺

原告が航空自衛隊を依願退職するまでの経緯

同年9月26日,原告は,原告の上司に当たるIに対し,退職を申し出た。これに対し,Iは,退職後の生活プランを妻と再度確認し,その後手続に入るように指導したところ,同月29日には,原告から,原告の妻から退職の同意を得たことの報告を受けたため,その経緯等をFに報告した。(乙12)


同年9月2日,原告は,退職後の収入について共済障害年金を見込んでいたものの,見込んでいた金額を得られなくなったことから,Iに退職後の生活基盤について相談した。
同月7日,Iは原告の妻に電話で連絡し,原告が退職を望めば共済障害年金が認可されなくても退職に同意する旨を確認したことから,原告に対し,退職の意思が変わらないのであれば,退職希望日について原告の妻と話し合うように指導した。
同月13日,Iは,原告から,退職希望日については,共済障害年金認定後速やかにしたいが,認定までに長時間を要する場合には,先に退職し後から認定される形でも構わない旨を確認した。(乙12)


同年10月7日,原告は,Iに対して退職手続を申し出た際,退職希望日については10月末にしてほしい旨を述べた。なお,原告が作成した同月7日付の退職願の退職理由欄には,

退職後,愛知県小牧市で自宅を購入し,治療に専念したいため。

,退職後の予定欄には,

通院しながら妻の仕事のバックアップしたい。

と記載されている。(乙2)


同月25日,原告の退職日が同月31日に決定され,同日,原告は航空自衛隊を退職した。

2
事実認定についての補足説明
原告は,本人尋問において,前記認定事実において摘示した部分を除き,認定事実とは異なる供述をしているが,その供述は,次のとおり,いずれも信用できない。


原告は,本件事故直後に意識を失い,米軍の医務室で意識を取り戻した後,再び意識を失い,23時間ほど経過した後に再び意識を取り戻した,意識を取り戻した後,その日にBに対し,顎が痛むので満足に食事ができないこと,首,肩及び顎が痛いことを伝えたと供述する。
しかしながら,原告の前記供述は,カルテの記載(乙7)が本件事故の当日である平成18年7月5日から始まっていることや顎の痛みについてカルテに記載がないことと整合しない上,原告が同年12月20日に作成した申立書(乙5)に,本件事故当日の原告の行動として

救急車に乗って衛生隊に戻り,それから職場に行きました。その日は首から左肩にかけて痛みが酷かったので,小隊長の許可を得て居室に戻り休んでいました。

と記載されていることや,顎の痛みについて,同年7月8日頃から出始めたと記載されていることと整合しない。そして,これらの記載と整合しない点について原告は合理的な説明をしないのであるから,原告の前記供述は信用することができない(なお,原告は,事故後2,3日間食事をとることができなかったという経過がカルテに記載されていなかった点について,バグダッド等への空輸活動を行っていた日本政府にとって米軍との間で生じた本件事故が不都合であったことから,本件事故を隠すために記載されなかったという趣旨の供述をしている。しかしながら,本件事故を隠すのであれば,顎の痛みだけでなく,首や左肩の負傷も含めて本件事故に関する情報は一切記載しないはずであり,原告の供述はおよそ合理的とはいえない。)。



原告は,症状が改善せず,治療も全く受けることができない状態に不安を感じたため,上司に帰国させてほしいと願い出たが,U2等空尉から

今,帰国便がないから待ってくれ。

と言われ,帰国させてもらえなかった旨供述する。
しかしながら,原告は,衛生隊において診察を受けたり,医師と英語による意思疎通ができる者の通訳を受けつつ戊クリニックでの必要な治療等を受けたりしていたのであって,原告が治療を全く受けることができなかった状態にあったとは認めることができないし,これらの治療等では十分な治療効果が望めないといったような事実を認めるに足りる的確な証拠は見当たらない。さらに,原告の前記供述は,申立書(乙5)において

温かい励まし等により,派遣期間が終了するまで任務を継続することにしました。

と記載されていることと整合せず,整合しない理由について

あきらめて最後まで残ったっていうのが本来の趣旨です。

と述べるにとどまり,合理的な説明をしない。
したがって,原告の前記供述は信用することができない。


原告は,己外科内科から勤務時間に配慮を求める旨の文書(甲18)が出るまで,Jが,勤務時間中に己外科内科へ通院することや,己外科内科への通院のために休みを取ることを認めなかった旨の供述をする。
しかしながら,証拠(乙88)及びJの供述によれば,部外医療機関での診療の承認や休暇の許可をする権限を有するのは通信隊長であって,通信小隊長であったJは前記の権限を有していなかったのであるから,原告の供述はその前提において不自然である。また,己外科内科の文書はどのような意図で作成されたものか明らかではなく,勤務時間中の通院や通院のための休暇の取得が認められなかったという原告の供述を裏付けるものとはいえない。
したがって,原告の前記供述は信用することができない。



原告は,うつ病についても公務災害として認定してもらうべく,診断書(甲7)をJに渡した際,Jからうつ病が公務災害に当たるわけがないと言われた旨供述する。
しかしながら,Jに上記診断書を提出した理由について,陳述書(甲44)では自衛隊から通院証を発行してもらう必要があるためと供述していたのに,本人尋問においてはうつ病も公務災害に認定してほしかったからと供述を変遷させており,この点について原告は合理的な説明をしていない。また,原告はJに診断書を渡した根拠として,カルテに上司と対立していると記載されていることを挙げているが,上司がJを指していることはその記載から自明のこととはいえない上,対立している内容も明らかではないから,カルテの記載をもってJに診断書を渡したことが裏付けられているとはいえず,その他に原告がJに上記診断書を渡したことを裏付ける的確な証拠はない。
したがって,原告の前記供述は信用することができない。


原告は,Jから

うつを直せ。

うつ病は完治したと書いてもらえ。

と執拗に指示され,完治したという診断書を持ってくるように言われたため,平成19年1月24日に精神科を受診し,実際にはうつ病や不眠症は完治していなかったのに,担当医にうつ病や不眠症が完治した旨の記載をするように依頼し,担当医も虚偽であることを認識しながらカルテに心因性うつ病,不眠症完治する旨の記載をしたと供述する。しかしながら,原告の供述を前提とすると,担当医は,原告のうつ病や不眠症が完治していなかったにもかかわらず,原告の申告のみでそれらが完治した旨の虚偽の内容をカルテに記載したこととなるが,このような判断を医師が行うべき合理的理由は見当たらない。さらに,Jからうつ病が完治した旨の診断書を求められていたのであれば,担当医にその旨の診断書を作成してもらうはずであるが,カルテには上記の記載があるものの,そのような診断書が作成されたと認めるに足りる証拠はない。
したがって,原告の前記供述は信用することができない。



原告は,P2等空尉及びOから毎日のように,治療を継続すると遡って過去5年ないし10年に遡って公務災害の返金を求められるといった内容の説明を受けたため,まだ治療を受ける意思があったにもかかわらず,圧力によって症状固定の診断を受け入れざるを得なかった旨の供述をする。しかしながら,原告の供述は,医師の診断結果に従うことに同意する旨の面談結果の記載(乙42)と整合しない上,原告の供述に従えば,担当医は虚偽の診断書を作成したことになり不合理である。
したがって,原告の前記供述は信用することができない。


原告は,本件トラブルの際,Eが原告とDの間に割って入り,原告のみぞおちを思い切り強く押した旨供述する。
しかしながら,原告は,Eからみぞおちを突かれた後の原告の状況について,陳述書では2mほど後方に飛ばされて痛みでうずくまった旨供述していたのに,本人尋問では2,3歩後ずさりしたと供述しており,このように供述が変遷している点について何ら説明しておらず,原告の供述内容が真に体験した事実であるとするには疑問が残る。
したがって,原告の前記供述は信用することができない。



原告は,本件トラブルの後,Fら7名による聞き取りが行われた際,20分から30分の間,Fらから

今回の件はTが悪い。

などと罵声を浴びせられ,話をさせてもらえなかった,警務隊を呼ぶことを伝えると,Fから

自衛隊にいれなくしてやるからな。

などと言われた旨供述する。しかしながら,認定事実⑹クのとおり,後日作成された本件示談書は,Eが原告の胸を押して結果的に傷害を負わせた点について謝罪し,さらに,原告の治療に要した費用の負担割合について,Eが原告よりも多く負担する内容になっているのであり,原告に一方的に非があるとはされていないのであって,原告の供述はこの事実と整合していない。また,原告は,警務隊を呼ぶと言ったことでFから自衛隊にいられなくすると言われた理由について,警務隊を呼ぶことは自衛隊にとって不名誉であると供述するが,実際には新潟救難隊としても警務隊に連絡し,警務隊による調査が行われているのであって,原告の供述はこの事実と整合していない。したがって,原告の前記供述は信用することができない。


原告は,Hから,駆け足してこいなどと言われたり,腰や肩が痛いのに段ボール等の重たいものを持たされたり,草むしりを一人でやらされたりしたなどと供述する。
しかしながら,原告は,本人尋問において草むしりを一人でさせられたことがいちばん辛かったと供述しながら,陳述書(甲44)においては草むしりをさせられたことを供述しておらず,主張もしていなかった。その理由について,原告は,印象に残っていることが多く,同陳述書に記載するのを漏らした旨供述するが,一番印象に残っているはずの出来事について記載し忘れたというのは考え難い。また,Hが原告に対し段ボール等の重たいものを持たせたことや,駆け足してこいなどの指示をしたことを裏付ける証拠は見当たらない。
したがって,原告の前記供述は信用することができない。


原告は,Gから示談をするように圧力をかけられ,断ると何をされるか分からないという恐怖から,Gが用意した本件示談書にサインをした旨供述する。
しかしながら,認定事実⑹クによれば,本件示談の後,原告はGに対して示談につき感謝を示す内容のメールを送信しているのであって(乙70),原告の前記供述はこの事実と整合していない。
したがって,原告の前記供述は信用することができない。

3
争点⑴(国家賠償法1条1項に基づく請求の可否)について使用者は,その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し,業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負うと解するのが相当であり,使用者に代わって労働者に対し業務上の指揮監督を行う権限を有する者は,使用者の上記注意義務の内容に従ってその権限を行使すべきものであり,この理は,国と自衛隊員との間においても別異に解すべき理由はない(最高裁平成23年7月12日第三小法廷判決・集民237号179頁参照)。
国家賠償法1条1項に基づく請求は,公権力の行使に当たる公務員が,その職務を行うについて,故意又は過失によって違法に他人に損害を加えたことを要件とするものであるが,国の代理監督者に前記の義務違反があった場合には,当該代理監督者には同項にいう過失があるとともに,当該行為は同項にいう違法な行為であるというべきであるし,自衛隊員に対して業務上の指揮監督を行う公務員による当該権限の行使は公権力の行使に当たるというべきであるから,国は安全配慮義務に違反したとして国家賠償法1条1項に基づく責任を負うと解すべきである。
4
被告が負うべき安全配慮義務の根拠及び概括的内容)について
原告は,自衛隊員が特別な職責を担い,厳格な職務専念義務を負っていることや,イラク特措法9条がイラク特措法により派遣中の自衛隊員の生命及び健康等について,不可抗力以外のあらゆる死傷病事故から保護する特別の安全配慮義務を負うことを定める特別規定として設けられたものであるなどとして,被告は,単に死傷病事故を防止するための相当の配慮を尽くしたことでは足りず,自衛隊員の生命・健康を保護するため,不可抗力以外の死傷病事故等を防止し,かつ,負傷した場合には,症状の増悪を防ぐための万全の措置を講ずべき義務を負っていると主張する。しかしながら,イラク特措法9条は原告が主張するような高度の義務を国に課した規定とは解されない上,同条は対応措置を実施するに当たっての配慮を求める規定であり,対応措置を実施していない場合にまで,イラク特措法9条を根拠に特別な配慮を求めることはできないと解すべきである。原告の主張は独自の見解に基づくものであって採用することができない。

5
マラソン大会への参加に関する義務違反)について
原告は,自衛隊を通じて参加の要請があり,小隊長の同意の下,自衛隊員として参加したものである上,隊員の安全が確保されるべき宿営地内で,公務に準じた状況下で開催されたものであるから,被告は,原告が本件マラソン大会に参加するにあたり,生命及び身体に対するすべての危険から原告を保護する義務を負っていたと主張する。しかしながら,前提事実⑶イ及び認定事実⑴のとおり,本件マラソン大会は米軍が主催していたものであって,自衛隊が隊員に対して参加を要請したこともないのであるから,公務に準じた状況下にあるとはいえず,被告が参加する自衛官の安全確保のために何らかの方策を採るべき義務を負っていたとは認められない。
したがって,本件マラソン大会の実施に関して,被告に安全配慮義務違反があったとは認められない。
6
受傷後の適切な治療に関する義務違反)について


認定事実⑵ア及びイによれば,複数回行われたレントゲン検査によっても,原告の首には骨折等の異常所見はなく,顎についても,平成18年7月22日に戊クリニックで診察を受けた際には顎の痛みを訴えたことが認められるものの,それ以外に医師に対して顎の痛みを訴えていた事実はうかがわれない(なお,他の自衛隊員に対して自身の顎が不調である旨を伝えていたことは認められ,原告の顎に痛みがあったことまでは否定できないものの,他方で原告が帰国後に歯科口腔外科を受診したのは帰国してから約2週間経過した後であることなどを踏まえれば,派遣期間中の時点では治療が必要な程度の痛みがあったとまで認めることはできない。)。そうすると,当時の原告の主な症状としては,首及び左肩の痛み並びに不眠であって,これらの症状については,戊クリニック又は衛生隊からネックカラーの装着を指導され,内服薬等も処方されるなどしており,適切な治療が行われていたと認められる。
また,原告のこれらの症状は,直ちに帰国させなければならない程度のものであったというわけではなく,認定事実

によれば,原告自身も一時

的に上司等に不安を訴えていたことはあるものの,最終的には派遣期間終了まで任務を継続することを決断したのであって,これらの事情に照らせば,原告を直ちに帰国させなければならない状態にあったとは認められない。⑵

原告は,クウェートの医療設備では原告の症状を治療することが不可能であり,原告をクウェートにとどめると健康上の支障をきたすおそれがあったことを前提として,クウェートでの治療内容や原告を帰国させなかったことについて安全配慮義務違反があると主張する。しかしながら,⑴で述べたとおり,クウェートにおいても原告の症状に対する適切な治療が行われていたと認められるし,原告の症状がそもそも直ちに帰国させなければならない程度のものであったとは認められないのであるから,原告の主張はその前提を欠いており,採用することができない。

7
帰国後の適切な医療対応に関する義務違反)について


原告は,公務遂行中に負傷した場合には勤務時間内に通院することが認められていることを前提として,強制的に原告に代休を取得させた上で通院させたJの行為が安全配慮義務に違反すると主張する。しかしながら,認定事実⑶アによれば,Jは原告に対し,痛みが引かないようであれば早急に病院での診察を受けるように助言したにすぎず,強制的に代休を取得させたとは認められないし,代休中に通院するよう助言したからといって,その助言が社会通念上不相当とはいえず,ましてや通院のための休暇取得を妨げたと認めることは困難である。
したがって,この点に関する原告の主張は採用できない。



また,原告は,Jが原告に対して

うつを直せ。

うつ病は完治したと書いてもらえ。

などと指示し,精神科への通院治療を中止させたことが安全配慮義務に違反すると主張する。しかし,前記2⑸で述べたとおり,Jが原告に対し,

うつを直せ。

うつ病は完治したと書いてもらえ。

と発言したという原告の供述は信用することができないのであって,原告が供述する事実があったとは認められないのであるから,原告の主張は採用することができない。


さらに,原告は,Jが原告の己外科内科への通院を妨害したと主張するが,前記2⑶で述べたとおり,この点に関する原告の供述は信用することができず,その他に原告の主張を裏付ける証拠はないのであるから,この点に関する原告の主張も採用することができない。



以上のとおり,小牧基地における原告に対する医療対応について,被告に安全配慮義務違反があったと認めることはできない。

8
公務災害認定手続の遅延による義務違反)について
原告は,本件事故が公務災害に該当することは明らかであるにもかかわらず,現地で公務災害手続が取られず,原告に対する公務災害認定の手続が遅れ,その結果,本件事故から約11か月もの間公務災害認定がなされず,原告の治療に支障が生じ,原告の精神的苦痛が増大した旨主張する。また,認定事及び
たが,その期間・金額に限度があったことから,平成18年10月頃から同保険による治療が打ち切られることについて不安や不眠を訴えており,平成19年1月24日になって公務災害認定の見込みが得られたため,不眠が解消したという事実経過も認められる。
しかしながら,認定事実⑸アのとおり,原告の負傷の程度等に照らして,当初は海外旅行保険によって治療費が賄えるという見込みの下,海外旅行保険によって対応するという方針が採られていたのであり(海外旅行保険によって対応することは,原告も当初は了解していたものと認められる。),被告が公務災害認定を遅延させたと評価するのは相当でない。
したがって,この点に関する原告の主張には理由がない。

9
争点

(原告に対する治療の妨害行為及び療養補償給付支給の打切りによる義務違反)について
原告は,原告が乙大病院や丙病院から症状固定の診断を受けた時点では,まだ症状が改善する見込みがあったにもかかわらず,被告の公務災害担当者らが原告及び医療機関に働きかけ,症状固定の診断を受けさせ,療養補償給付の支給を打ち切ったと主張する。
しかしながら,認定事実⑸ウ及びエによれば,原告及びP2等空尉が平成22年11月16日に乙大病院を訪れた際,担当医が,原告がわざと開かないように見せている感じがあり,自己のリハビリが十分できなければこれ以上の改善は見込めないので,症状固定と判断してもよいと所見を説明し,その後,同月29日及び30日の面談の際に原告が担当医の診断に従うと同意をした上,担当医が原告の症状が固定している旨の診断書を作成したのであって,被告の公務災害担当者が医療機関に働きかけ,症状固定の診断をさせたという事実は認められない。また,原告自身が担当医による症状固定の診断に納得していなかったとしても,治療経過等を踏まえれば,担当医の上記症状固定の診断は医学的に相当なものというべきである(同診断が不相当なものであると認めるに足りる証拠はない。)。
したがって,この点に関する原告の主張は採用できない。
10


争点

(パワハラ行為の有無)について

原告は,公務災害の認定に関し,Jから認定は難しいだろうという誤った見込みを伝えられたことがパワハラである旨主張する。
認定事実

のとおり,Jが原告に対し,公務災害の認定は難しいだろ

うと伝えたことは認められる。このようなJの言動によって,原告が公務災害の認定を受けられないのではないかと不安を覚え,担当医に不安である旨を訴えたことも認められるが,Jの上記言動が業務上相当な範囲を超えたものとは直ちに認められないし,当時のカルテの記載によっても原告のうつ病や不眠症の症状が悪化した等の事情は見られず,Jの言動が原告に精神的苦痛を与えたとまでは認めることができない。
したがって,Jの言動がパワハラであり,被告に安全配慮義務違反があるという原告の主張は採用できない。


原告は,乙大病院から退院後,十分な回復とリハビリを施す暇も与えられず,すぐに職場復帰するように命じられたことがパワハラに当たると主張する。
しかしながら,退院後,原告がさらにリハビリを行うために休業を要する状態であったことは何ら立証されておらず,原告の主張は採用できない。


原告は,隊員身上票に注意力の足りない隊員である印象があるとの記載がなされるなど,自衛隊内で原告を問題隊員とみなして邪魔者扱いするようになったことがパワハラに当たると主張する。
認定事実

のとおり,原告の隊員身上票の平成22年9月22

日付の欄に注意力の足りない隊員である印象がある旨の記載があること,それ以降,原告がOから服務指導や注意を受けたという記載が複数回にわたってなされていることは認められる。しかしながら,注意力の足りない隊員である印象があるという記載については,通信班長がMであった時に,原告がパチンコに過度にのめり込んでいるとして注意を受けたことや,N元空幕長の講演に制服で参加したことについて注意を受けたという事実から受けた印象であると理解できる上,その他に原告が通信班長から指導や注意を受けたのは,いずれも指導や注意の原因となる事実があったからであり,前記のような記載があったことをもって原告が自衛隊内で邪魔者扱いされていたということにはならない。むしろ,認定事実

のとおり,原告

について真面目な隊員である印象と原告を好意的に評価する記載もあるほか,自衛隊を辞めると発言した原告に対し,隊長や准曹士先任が考え直すよう説得するなどしたという事実も認められるのであり,原告が自衛隊内で邪魔者扱いされていたとは認められない。


原告は,原告の後輩であるEが原告に対し,みぞおちを掌底で突くという暴行を行ったことは,イラク派兵の際に負傷して自衛隊のキズとなる負荷を背負ってしまった原告に対する嫌がらせ行為の一環である旨主張する。認定事実⑹アによれば,Eが原告とDを引き離そうとして原告の胸を左手のひらで押したこと,その直後に原告が胸の痛みを訴え,全治2週間の前胸部圧挫傷の診断を受けたことが認められ,Eの行為以外に原告がそのような怪我を負う原因となり得る事実は見当たらないから,Eの行為によって原告が前記傷害を負ったと推認できる。
もっとも,前記2⑺のとおり,Eが原告のみぞおちをめがけて掌底を食らわせたという原告の供述は信用することができず,結局のところ,口論をしていた原告とDを引き離そうとEが原告に触れた際に負傷したにすぎないのであるから,これを原告に対する嫌がらせ行為の一環であると評価することはできないし(しかも,Eは原告の後輩であるから,Eの行為は,優越的な関係を背景とした言動に当たるものでもない。),被告に安全配慮義務違反があったと評価することもできない。



原告は,Fら幹部7人が,Eによる暴行につき,一方的に原告の発言が原因であると決めつけ,幹部室に呼び出して罵声を浴びせたことがパワハラに当たると主張するが,前記2⑻のとおり,Fらが原告に対して罵声を浴びせたという原告の供述は信用することができず,その他に原告の主張を裏付ける証拠はないのであるから,この点に関する原告の主張には理由がない。


原告は,原告が執務する部屋の入口にパスワードが変更されたために原告が入室できず,さらに,通信班という航空自衛隊の要職に配属されていた原告を,基地業務小隊・庶務班という原告の能力をはるかに下回る部署に異動させ,かつ,異動先の上司であるHが部下いじめを常習していることを認識しつつ,あえてそのような上司のいる部署を選択して原告を異動させたことがパワハラに当たると主張する。しかしながら,庶務班が原告の能力をはるかに下回っているとか,Hが部下いじめの常習であるといった事実を認めるに足りる証拠はないし,通信班としての職を解かれた以上,原告が通信班室に入室できなくなることもやむを得ないといえる。
したがって,この点に関する原告の主張は採用することができない。⑺

原告は,Hが,原告の身体が不自由であることを分かっていながら,段ボールの片付け作業の指示や,

リハビリとして駆け足してこい。

といった,原告の身体状況に鑑み遂行不可能な,あるいは業務上の必要性が乏しい指示を原告に与えたほか,お前は一体何ができるんだなどと繰り返し発言し,原告に精神的・肉体的に苦痛を与えたと主張する。
しかしながら,前記2⑼のとおり,Hが原告の主張するような言動をしたという事実は認められないのであって,したがって,この点に関する原告の主張は採用することができない。



原告は,飛行群司令であるGが,原告に本件示談書への署名と入間基地警務隊長への電話を強要して部屋から出さなかったこと,Gにより示談の強要が行われたことがパワハラに当たると主張する。
しかしながら,認定事実⑹クのとおり,原告は本件示談が成立した後,Gに対してお礼のメールを送信しているのであって,Gに本件示談を強要されたという原告の主張は前記事実と全く整合しない。
したがって,この点に関する原告の主張は採用できない。



原告は,平成19年,原告の意に反して小牧基地から新潟分屯基地への異動を命じられた上,平成23年3月末で小牧基地に異動させるとの内示を受けたにもかかわらず,実際に異動されることはなかったことがパワハラであると主張する。
しかしながら,認定事実⑶イ

のとおり,小牧基地から新潟基地への異動

は原告も希望したものであった(希望通りであったことは原告も認めている。)。また,平成23年3月末,原告が小牧基地に異動するとの内示を受けたという事実を認めるに足りる証拠はない。
したがって,原告の主張は前提を欠いており,採用できない。

以上のとおり,原告が主張するいずれの行為も,全体で見ても個別で見てもパワハラであると認めることはできず,被告に安全配慮義務違反があったとも認められない。

11

文書提出命令の申立てについて
原告は,被告に対する文書提出命令(当庁平成29

423号)の申立

て(証明すべき事実は,原告に対するEの暴行行為)をしているが,前記10のとおり,原告に対するパワハラが認められないことやこれに関して被告に安全配慮義務違反があったと評価することができないことは現時点での証拠関係によっても十分明らかであるから,取調べの必要性が認められない。したがって,前記文書提出命令の申立てについては却下する。
12

なお,前記認定事実によれば,本件事故後,原告は肩や首の痛みや不眠に
悩み,帰国後にはさらに顎関節の痛みやうつ病,パニック障害等の症状にも悩まされるようになったのであり,本件事故が原告の人生にとって著しい悪影響を及ぼしていることは否定できない。しかしながら,本件事故あるいはその後の原告が主張する種々の事実について被告に責任が認められないことはこれまでに述べたとおりである。
第4

結論
以上によれば,その余の点を判断するまでもなく,原告の請求は理由がないと認められるから,原告の請求を棄却することとし,主文のとおり判決する。名古屋地方裁判所民事第7部

裁判長裁判官

前田郁勝
裁判官

寺田幸平
裁判官

餅田庄

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