判例検索β > 平成30年(わ)第1683号
殺人、銃砲刀剣類所持等取締法違反、殺人未遂、公務執行妨害
事件番号平成30(わ)1683
事件名殺人,銃砲刀剣類所持等取締法違反,殺人未遂,公務執行妨害
裁判年月日令和元年10月11日
裁判所名・部名古屋地方裁判所  刑事第4部
裁判日:西暦2019-10-11
情報公開日2020-06-04 22:32:20
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主文
被告人を懲役24年に処する
未決勾留日数中270日をその刑に算入する。
押収してある果物ナイフ1本(令和元年押第15号の2)を没収
する。
理由
【犯罪事実】
第1

被告人は,平成30年5月17日午後8時23分頃から午後8時29分頃ま
での間,名古屋市(住所省略)甲店において,a(当時35歳)に対し,殺意をもって,持っていた果物ナイフ(令和元年押第15号の2〔刃体の長さ約12.6センチメートル〕)で,同人の顔面,頭部,頸部,胸部,背部等を多数回突き刺し又は切り付けるなどし,よって,同日午後9時28分頃,名古屋市(住所省略)乙において,同人を多発刺切創に基づく出血性ショックにより死亡させて殺害した。
第2

被告人は,同日午後8時29分頃,前記甲店において,刃物を持った人
が店内にいる,人ともみ合っている旨の通報を受けて同所に臨場した愛知県中警察署地域課勤務の巡査部長bが,前記果物ナイフを持った被告人の身体を両手で抑えて制止しようとした際,同巡査部長(当時37歳)に対し,殺意をもって,持っていた前記果物ナイフをその後頭部付近に向けて1回振り下ろす暴行を加え,もって同人の職務の執行を妨害したが,同人に押し倒されるなどして制止されたため,同人を刺切するに至らず,殺害の目的を遂げなかった。
第3

被告人は,業務その他正当な理由による場合でないのに,同日午後8時23
分頃から午後8時29分頃までの間,同所において,前記果物ナイフ1本を携帯した。
【争点に対する判断】
第1

争点
本件の争点は,①判示第2の事実(以下第2事件という。)について,
被告人が殺意をもって判示の果物ナイフ(以下,単に果物ナイフという。)を
b巡査部長(以下b警察官という。
)の頭部に1回振り下ろして同人が着用し
ていた制帽(令和元年押第15号の1の活動帽子。以下,単に帽子という。)
を果物ナイフで貫通させる暴行を加えたと認められるか否か,②判示全ての事実について,被告人に責任能力が認められるか否かの2点である。
当裁判所は,①の争点については,被告人が,果物ナイフをそのとき帽子に貫通させたとまでは認められないものの,果物ナイフをb警察官の後頭部付近に向けて1回振り下ろす暴行を加えた事実が認められ,その行為態様からすれば,被告人は殺意をもってその暴行に及んだと認められるものと判断した。また,②の争点については,被告人に完全責任能力があることに合理的な疑いはないと判断した。以下,その理由を説明する。
第2

争点①について

1
前提事実


関係証拠によれば,以下の事実が容易に認められ,当事者間にも争いがない。

b警察官とその相勤者であるc巡査長(以下c警察官という。
)は,刃物を
持った人が店内にいるなどとの通報を受け,本件の現場に駆け付けたところ,血を流して倒れているa(以下被害者という。
)を発見し,続いて,血の付いた服
を着て立っている被告人を発見した。このとき,被告人はb警察官らがいる北の方向を向き,右手に果物ナイフを逆手の状態で持っており,b警察官は被告人に向かって右,c警察官は被告人に向かって左に立っていた。b警察官は,被告人にタックルをして押し倒し,制圧しようと考え,後ずさりをする被告人に前方から近付き,通路の南西角付近で,被告人の身体を両手で抑え,姿勢を低くして頭を被告人の胸に付ける体勢でタックルを開始した。b警察官は,その体勢のまま被告人を押していき,通路の南西角から南東角に向かい,被告人が後ずさりをするような状態で移動して,最終的に,通路の南東角付近で被告人をうつぶせに押し倒して制圧した。⑵

また,b警察官は,公判廷において,被告人を制圧した後,通路の南東角
付近で帽子を発見し,被ろうと思い拾い上げた際,帽子に果物ナイフが刺さっているのに気付き,証拠保全のため帽子をそのまま元々落ちていた位置に戻した旨証言するところ,b警察官に特に虚偽を述べる理由や動機が見当たらないことからすれば,この証言は信用できる。これに,帽子の見分結果等を合わせると,被告人が制圧された後,帽子が通路の南東角付近に果物ナイフが刺さった状態で落ちていたこと,帽子には,検察官が論告で指摘するA,B,Cの3つの穴が開いており,果物ナイフはAの穴からBの穴に向かって貫通していたことが認められる。2
客観的に認められる被告人の行為
現場の店内フロアに設置された防犯カメラ映像には,本件当日午後8時29
分55秒頃から56秒頃にかけて,通路の南西角付近において,被告人と相対する警察官が頭を被告人の胸付近にまで下げて至近距離に近付いた際,あるいはその直後,被告人が右腕を振り上げて前方に振り下ろす状況が記録されており,これによれば,前記1⑴の前提事実とも合わせ,被告人は,b警察官が姿勢を低くして頭を被告人の胸に付ける体勢でタックルをしてきた際,果物ナイフを逆手に持った右腕を振り上げ,これを前方に振り下ろしたものと認められる。そして,防犯カメラ映像から見て取れる客観的な状況,取り分け被告人が一旦右腕を振り上げ,相応の力感をもってこれを前方に振り下ろしていることからすれば,これが被告人の何らかの意思に基づく意識的行為であったと認められることは明らかである。この点,弁護人は,b警察官がタックルをしてきたため,自ら果物ナイフに衝突したか,被告人が反射的に果物ナイフを振り下ろしてしまったにすぎないなどと主張し,被告人も,公判廷において,曖昧ながら,
反射的に考えて勝手に動いたという感じなどと供述するが,これらはいずれも防犯カメラ映像から見て取れる前記の客観的な状況と反しており,全く当を得ない。
なお,弁護人は,c警察官が公判廷において被告人が右腕を振り上げた場面を見ていない旨証言している点を捉え,これに依拠して縷々主張するけれども,前記のとおり,そのような場面が現にあった事実は防犯カメラ映像から客観的に明らかというべきであり,およそ前提に欠けるというほかない。
3
殺意の有無


そこで,次に,果物ナイフを逆手に持った右腕を振り上げ,これを振り下
ろした被告人の行為が,b警察官に対する殺意をもって行われたものと認められるか否か,すなわち,被告人が,b警察官が死亡する危険性の高い行為をそのような行為と分かって行ったと認められるか否かについて検討する。


この点,検察官は,b警察官が,公判廷において,被告人の胸に頭を付け
て押し倒そうとした際,一度だけ,後頭部に先端が尖ったような固いものが当たる痛みを感じた旨証言していることや,前記のとおり,果物ナイフが貫通した状態で帽子が現場に落ちていたことに照らせば,被告人の前記行為によって帽子に果物ナイフが貫通したものと認められ,このことは,翻って,被告人の前記行為がb警察官の頭部付近に果物ナイフが刺さりかねない危険な行為であったことを示すという。しかし,このb警察官の証言については,b警察官にけががなく,通院等もしていないこと,後頭部に当たったものの感覚につき,公判廷では先端が尖ったような固いものと述べる一方,捜査段階では手拳や木の棒のようなものと述べるなど,供述の変遷がうかがわれることなどにも照らすと,事後に果物ナイフが帽子に貫通しているのを見たことで,思い違いが生じている可能性も否定することができない。また,仮にb警察官のこの証言を前提としても,被告人の前記行為に起因してb警察官の後頭部に痛みが生じたと認めるに足りる証拠はない。
そして,確かに,検察官が主張するように,被告人の前記行為によって帽子に果物ナイフが貫通した可能性も認められるところではあるものの,他方で,これには少なからず疑問も残る。すなわち,関係証拠を検討しても,b警察官が頭を下げて被告人に向かっていく以前に,被告人が帽子に接触する場面があったとは認め難いところ,仮に,被告人の前記行為によって帽子に果物ナイフが貫通したとすれば,その貫通した2つの穴のほかに,帽子にもう1つ穴が開いていることの説明は困難といわざるを得ず,b警察官の頭部に傷がないことや,被告人が前記行為に及んだ位置と帽子が発見された位置がやや離れていることとも幾分整合性に欠けている。また,果物ナイフが帽子の正面から見て後頭部中央付近から右下方向に貫通している状況は,防犯カメラ映像から見て取れる被告人が右腕を振り下ろした方向と必ずしも十分整合しているとはいい難い。加えて,防犯カメラ映像からは,前記のとおり,午後8時29分55秒頃から56秒頃にかけて被告人が通路の南西角付近において,前記行為に及んだ状況を確認することができ,また,午後8時29分58秒頃から,通路の南東角付近において,被告人がうつ伏せに倒される状況を確認することができるものの,その間の午後8時29分56秒頃から58秒頃にかけての状況は,現場に設置されていたパーテーションの陰となりほとんど確認することができず,この間の被告人とb警察官らの動静は客観的には不明というほかないことからすれば,この間,被告人とb警察官らがもみ合う中で,帽子に果物ナイフが貫通した可能性もあながち否定することはできない。
そうすると,被告人の前記行為によって,帽子に果物ナイフが貫通したとは認められず,これをもって被告人の前記行為の危険性を判断することはできない。⑶

もっとも,被告人の前記行為は,b警察官が被告人を押し倒そうと頭を下
げて被告人に向かってきた際,果物ナイフを逆手に持った右腕を振り上げ,これを前方に振り下ろしたというもので,このとき被告人と頭を下げた姿勢のb警察官とは身体が触れ合うほどの至近距離にあり,被告人の胸付近にb警察官の後頭部が位置する状況にあったと認められることからすれば,この行為は,b警察官に向けて行われた暴行とみるのが相当であり,その暴行の態様は,b警察官に対し,果物ナイフをその後頭部付近に向けて1回振り下ろすというものであったと認められる。そして,かかる暴行の態様やその際の被告人,b警察官の体勢,位置関係等の事情に鑑み,被告人が振り下ろした果物ナイフがb警察官の頸部等を含む後頭部付近に刺さる可能性は高く,かかる暴行について,b警察官を死亡させる危険性の高い行為であったというべきは明らかである。被告人が振り下ろした果物ナイフが現実にはb警察官の身体に接触していないことを踏まえても,その評価は揺るがない。そして,前記のとおり,防犯カメラ映像から見て取れる客観的な状況に照らし,この被告人のb警察官に対する暴行は,被告人の意思に基づく意識的行為であったことが明らかであり,被告人は,b警察官が頭を下げて向かってくることを認識しつつ,かかる暴行に及んでいるのであるから,その行為の危険性の認識にも欠けるところはなかったというべきである。かくして,被告人が,b警察官が死亡する危険性の高い行為を,そのような行為と分かって行ったと認められることに合理的疑いを入れる余地はない。


なお,捜査段階において,突進してきた警察官の後頭部を狙って刺した旨
を内容とする被告人の供述調書が複数作成されている。判示第1及び第3の事実に関する供述調書を含め,被告人の供述調書は,一部問答体で録取され,被告人が黙秘した部分や訂正を申し立てた部分も存する上,被告人自身,公判廷において自己の意向に沿って供述調書が作成された旨述べていることからすれば,そこに記載された被告人の供述が任意になされたものであることに疑いはない。そして,突進してきた警察官の後頭部を狙って刺した旨の供述は,これまで検討してきた諸般の事実関係に沿うものであり,少なくとも,b警察官が死亡する危険性の高い行為を,そのような行為と分かって行ったという点で十分信用することができ,前記認定と整合する。
4
結論
以上によれば,判示第2のとおり,被告人は,b警察官に対し,殺意をもっ
て,果物ナイフをその後頭部付近に向けて1回振り下ろす暴行を加えたものと優に認定することができる。
第3
1
争点②について
鑑定結果について
判示第1,第3の各事実(以下,判示第1の事実を第1事件という。)
に関し,捜査段階で被告人の精神鑑定を行った鑑定人d医師(以下d医師という。
)は,公判廷において,同精神鑑定の結果について,被告人は,遅くとも平成27年12月頃に顕性発症した統合失調症に罹患していたが,犯行当時には,幻覚や妄想等の陽性症状は消褪し,感情の平板化,思考の渋滞あるいはストレス耐性の脆弱性といった陰性症状が軽度に認められたにとどまり,被告人の精神障害は,感情の平板化やストレス耐性の脆弱さという形で,犯行の動機形成に一定の影響を及ぼしていたものの,犯行全体に直接的で著しい影響を与えたとは考えられない旨証言する。
d医師は,その学識及び経験等に照らし,鑑定人として十分な資質を備えており,鑑定の前提条件や鑑定方法,結論に至った過程等について,鑑定の信用性に疑問を生じさせるような不合理な点は見当たらない。また,被告人が以前通院していた精神科の元主治医であるe医師は,公判廷において,平成30年3月29日の最終受診時において,被告人の統合失調症は寛解と判断できる状態にあった旨証言しており,d医師の鑑定結果はこれとも整合している。
そうすると,d医師による被告人の精神鑑定の結果については,十分信用することができる。また,第2事件の犯行は,第1事件及び判示第3の犯行とほぼ同一機会に行われたものであるから,この精神鑑定の結果については,第2事件の犯行にも同様に妥当する。
2
責任能力の検討


そこで,d医師による精神鑑定の結果を踏まえ,被告人の責任能力につい
て検討する。


関係証拠によれば,被告人は,かねて自分の気に入る仕事が見つからない,
携帯電話のWi-Fiがつながりにくいなどとの日常生活で受けるストレスからいらだちを募らせ,平成30年4月中旬頃には果物ナイフを購入し,その後これを所持していたところ,本件当日,入店した漫画喫茶の店内で,被害者が利用していたブースの方向から本のページをめくるような音がしてきたことが気に障り,ついにはいらだちが限界に達し,音を出している相手を殺そうなどと考え,第1事件の犯行に至ったものと認められる。この音について,被害者が本のページをめくる音であったと断定することはできないものの,d医師は,被告人がこの音につき被害的な意味付けや妄想的な解釈をしていないことを理由として,これが統合失調症による幻聴であった可能性は極めて少ないとの見解を示しており,これに被害者が利用していたブースで紙をめくる音を被告人の利用していたブースで聞くことができた旨の再現見分結果があることをも併せ考えると,このd医師の見解は信用できる。また,第2事件については,被告人は,b警察官の制圧から逃れるべく,憤激し,犯行に及んだものと認められる。
そうすると,各犯行の動機の形成過程に統合失調症による幻覚,妄想等の直接的な影響があったとは認められず,動機が了解不能であるとはいえない。また,被告人は,本件以前,約5か月間にわたって,全国各地を転々とし,ネットカフェ等に宿泊しながら,求職や就職,離職を繰り返しつつ,一定程度の社会生活を自力で営むことができていたものと認められる。さらに,犯行前後の状況をみても,被告人が,第1事件の犯行に及ぶ直前,自身のいらだちを抑えるためタバコを吸うなどの行動に出ていること,被害者の殺害を決意して被害者が利用していたブースに入った際,立ち上がった被害者を一旦座らせた上で犯行に及んでいること,現場に臨場した判示店舗の関係者が被告人と被害者の間に入り,被告人の攻撃を制止した際には,やみくもに同関係者を攻撃することはなく,
どけ。」と言うなどして同人が下
がるのを待ち,その上で被害者に最後の攻撃に及んだことが認められ,これら一連の言動からは,被告人が,行為の違法性を認識しつつ,被害者を殺害するという目的に向け,周囲の状況を判断しながら冷静に行動していた様子が見て取れる。これらの事情を総合すると,被告人が,各犯行当時,物事の善悪を判断する能力や,その判断に従って自分の行動をコントロールする能力を喪失していたなどとは到底認められず,また,これらが著しく減退していたなどとの評価も妥当する余地がない。


なお,弁護人は,かねて被告人は,医師から処方されていた抗精神病薬の
服用を怠っていたもので,各犯行当時,統合失調症の急性再燃期にあったと主張する。しかし,本件以前の被告人の生活状況や,犯行前後の状況をみても,被告人に統合失調症による幻覚や妄想等の症状があったことをうかがわせる事情は見当たらず,抗精神病薬を服用していない状況で行われたd医師による精神鑑定時においても,被告人は,d医師に対し,何ら幻覚や妄想等の症状を訴えていない。また,被告人は,公判廷において,曖昧ながら,本件当時,挑発されているイメージがあった,現実離れしていたためにd医師に話すことができなかったなどと供述するが,d医師に対し,過去の幻聴体験を語りつつ,犯行時の精神症状をあえて話さないのは不自然というべきである上,被告人が,挑発されているイメージにつき人の声ではないとも述べていることからすれば,被告人の言う挑発されているイメージとは,結局のところストレスによるいらだちが募った心理状態を被告人なりに表現した言葉にすぎないとも理解し得るところである。
そうすると,弁護人の主張や被告人の供述を勘案しても,前記⑵の判断に合理的な疑いは生じない。
3
結論
以上によれば,被告人は,各犯行当時,完全責任能力を備えていたものと優
に認められる。
【量刑の理由】
本件の量刑を検討するにあたって重視すべき第1事件の犯行をみるに,被告人は,必死に抵抗してその攻撃から逃れようとする被害者を,約6分間にわたり執拗に追いかけ,刃体の長さ約12.6センチメートルの果物ナイフで被害者の身体を多数回突き刺し,又は切り付けるなどし,挙句,床にうずくまって倒れ,血だらけで無抵抗となった被害者の姿を目の当たりにしながら,現場に駆け付けた者の制止する声を無視し,なおその被害者に対し,左耳付近の頸部をめがけ,無慈悲にも更に1回果物ナイフを突き刺して,被害者を死亡させたものである。被害者は,顔面,頭部,頸部,胸部,背部等に10か所以上もの刺切創を負っており,被害者の味わった苦痛や恐怖は計り知れず,それ自体,犯行の残忍さを物語る。被告人は,被害者を確実に死に至らしめるという強い殺意の下,被害者の身体の枢要部を執拗に攻撃し,更には無抵抗の被害者にとどめを刺しているのであり,一連の犯行態様はまさに残虐との一語に尽きる。被告人は,かねて日常生活を送る中でのストレスからいらだちを募らせていたところ,入店した漫画喫茶の店内で,被害者の方向から聞こえてきた物音に更にいらだちを募らせ,ついには被害者の殺害を決意し,犯行に及んだものと認められ,その動機,経緯はもとより身勝手極まりなく,特に酌むべきものはない。
被害者は,何ら落ち度がないにもかかわらず,理不尽にもかかる被害に遭遇し,突如として命を奪われ,平穏で満ち足りた生活の全てを絶たれたもので,愛する妻子ら家族を残し,絶命せざるを得なかったその無念は筆舌に尽くし難い。その結果が重大であることは言をまたず,また,被害者を失った遺族らの容易に癒えることのない喪失感や悲しみも如何ばかりのものかと察せられ,犯行が将来にわたって遺族らに与える影響も無視することはできない。遺族らへの慰謝の措置は未だ全く講じられておらず,そればかりか,被告人は,公判廷においても被害者や遺族らに対する謝罪や反省の弁を一切述べることはなく,社会復帰後の再犯の可能性すら否定していない。かかる被告人の姿に接した遺族らがやり場のない憤怒を吐露し,被告人に対する峻烈な処罰感情を示していることは至極当然と理解し得る。本件当時,被告人は統合失調症に罹患しており,これが犯行の動機形成に一定の影響を与えていることは否定することができない。しかし,前記のとおり,各犯行の時点で被告人に特に幻覚,妄想等の精神症状はなかったと認められることに加え,犯行態様の残虐性や結果の重大性等に照らすと,この点も被告人に有利な事情としてさして大きく酌むことはできない。
また,第2事件の犯行も,自身を取り押さえようとした警察官に憤激して犯行に及んだその動機に酌むべきものはなく,事の次第では重大な結果を生じさせかねない危険な態様の犯行であったというべきは明らかである。他方,第2事件の犯行は,突発的な犯行であり,幸い警察官にけがを負わせるには至っていないこと,被告人が捜査段階において各犯行を認めており,公判廷においても特段事実を争う姿勢をみせてはいないこと,被告人は23歳と若年で前科がないこと等,被告人のために酌むべき事情も認められる。
しかし,被告人のために酌むべきこれらの事情を考慮しても,第1事件に係る前記一連の犯情に照らせば,自ずとその考慮には限度があり,被告人は,主文掲記の刑を免れない。
令和元年10月24日
名古屋地方裁判所刑事第4部

裁判長裁判官

神田大助
裁判官

西澤恵理
裁判官

庄司真

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