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過失運転致死傷被告事件
事件番号平成31(う)159
事件名過失運転致死傷被告事件
裁判年月日令和2年2月14日
裁判所名・部福岡高等裁判所  第2刑事部
結果棄却
裁判日:西暦2020-02-14
情報公開日2020-03-23 15:29:52
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令和2年2月14日宣告

福岡高等裁判所第2刑事部判決

平成31年(う)第159号

過失運転致死傷被告事件

主文
本件控訴を棄却する
当審における未決勾留日数中260日を原判決の刑に算入する。
理由
本件控訴の趣意は,弁護人作成の控訴趣意書及び各控訴趣意補充書に各記載のとおりであり,これに対する検察官の答弁は検察官作成の弁論要旨記載のとおりであるから,これらを引用する。控訴理由は,事実誤認及び量刑不当である。第1
1
原判決が認定した罪となるべき事実と論旨の概要
原判決が認定した罪となるべき事実の要旨は次のとおりである。
被告人は,平成28年12月3日午後5時頃,福岡市a区bc番先の道路(以下本件走行開始地点という。)において,普通乗用自動車(トヨタプリウス。以下本件車両という。)を発進させて前方数mの位置の道路上に自車を停止させるに当たり,ブレーキを的確に操作して安全に停止すべき自動車運転上の注意義務があるのにこれを怠り,ブレーキを的確に操作せず,ブレーキペダルと間違えてアクセルペダルを踏み込み,自車を前方に加速進行させ,ろうばいの余り,アクセルペダルをブレーキペダルと誤認していることに気付かず,更にアクセルペダルを踏み込み,自車を時速約86kmまで加速させて同区de番f号のA病院(以下本件病院という。)東館付近道路まで進行させ,同館テラス付近において,自車を3名の被害者に衝突させ,更に自車を同館外壁に衝突させるなどしながら同館内ラウンジに突入させ,同ラウンジにおいて,自車を7名の被害者に衝突させるなどし,よって,上記3名を死亡させ,上記7名に傷害を負わせた。

2
論旨は,要するに,①被告人には過失がなく,原判決は審理不尽の結果判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認に至っている,②仮に被告人に過失が認められるとしても,被告人を禁錮5年6月に処した原判決の量刑は重過ぎて不当である,というのである。
そこで,記録を調査し,当審における事実取調べの結果も併せて検討する。第2
1
事実誤認の主張について
原判決は,以下の理由により,上記罪となるべき事実のとおりの被告人の過失を認めた。
関係証拠によれば,本件走行開始地点から北西に向かう道路の突き当たりにある本件病院東館までの間(同館外壁までの距離は約286.7m)には,信号機による交通整理の行われていない交差点が2か所あるところ(以下,その一つ目の交差点を第1交差点,二つ目の交差点を第2交差点という。),本件車両は,第1交差点を一時停止することなく,時速約41kmで通過し,その後,本件病院東館手前の道路標識柱及び被害者3名に衝突する(以下,この衝突を1回目の衝突という。)約4秒前に時速約66km,約3秒前に時速約74km,約2秒前に時速約76km,約1秒前に時速約86kmと加速して走行したこと,1回目の衝突時並びにその4秒前,2秒前及び1秒前の各時点においてアクセルペダルが押し込まれ,1回目の衝突時並びにその4秒前,3秒前,2秒前及び1秒前の各時点でブレーキがオフの状態となっていたことが認められる。
これらの事実に照らせば,被告人は,アクセルペダルを踏み,本件車両を加速させて本件病院東館まで進行し,遅くとも1回目の衝突の約4秒前以後はおおむねアクセルペダルを踏み込み,ブレーキペダルを踏むことなく1回目の衝突に至ったと判断するのが自然かつ合理的である。本件の証拠関係に照らすと,被告人が故意にアクセルペダルを踏み込んだとの疑いは存せず,そうすると,被告人は,ブレーキペダルと間違えてアクセルペダルを踏み込んだことが強く推認される。
関係証拠によれば,被告人は,本件走行開始地点から本件車両を発進させる際,本件車両の運転席側のドアが開いた状態で発進させており,その後,本件車両を走行させながらそのドアを閉めていること,被告人は,日頃から,アクセルペダル及びブレーキペダルを踏む際,いずれも,右足で床面にかかとを接地させずに踏み込むことが認められる。これらの事情によれば,被告人が,本件車両を発進させた当初,運転姿勢をしっかりととっておらず,ドアを閉めるなどの動作に注意を奪われ,ペダルの正しい操作に意識を向けることができず(被告人自身,踏み込んだペダルを目視で確認していないことを自認している。),誤ったペダルを踏み込んだものと考えられ,上記事情
弁護人は,被告人が本件走行開始地点で,一度アクセルペダルを軽く踏んだ後にブレーキペダルを踏もうとしたが,ブレーキペダルは全く踏み込めなかった。その状態でギアを動かしていたところ,本件車両が急加速した。アクセルペダルとブレーキペダルを踏み間違えていない。旨供述していることを前提に,次のとおり主張する。①
搭載されたエアバッグコンピュータASSY(以下本件EDRという。)の記録に正確性は認められない。すなわち,仮に被告人がブレーキペダルと間違えてアクセルペダルを踏んだのであれば,ブレーキが利かないと思い,直ちに全開までアクセルペダルを踏
度にとどまることは考え難い。②

本件車両は,その駆動系のコンピュータ

であるパワーマネジメントコントロールコンピュータ(以下本件PMCという。)が誤作動を起こし,加速の指示を出し続けたため,被告人がアクセルペダルを踏んでいないにもかかわらず急加速した。③
その状況の下,

被告人は,ブレーキを踏もうとしたが,本件車両のブレーキ部品の一部であるOリングの摩耗により,ブレーキ内部のピストンとマスターシリンダーの金属面が固着し,ピストンの摺動が妨げられ,ブレーキペダルを踏み込めなくなる現象(以下固着現象という。)が生じたため,ブレーキを踏み込めなかった。したがって,被告人にブレーキペダルと間違えてアクセルペダルを踏み込んだ過失はない。
しかし,①(本件EDRの記録の正確性)については,本件EDRの記録情報の読み出し及び分析の結果について,その信用性を阻害する事情を見出すことはできない。実際,関係証拠によれば,本件病院東館に設置された防犯カメラに録画された本件車両の2地点間の距離及び移動の所要時間を基に速度を算出したところ,本件EDRに記録された速度と一致したことが認められ,このことは本件EDRの記録情報の正確性を裏付けている。そして,ブレーキペダルと間違えてアクセルペダルを踏んで加速したとしても,通常,公道上を走行する際,直前の飛び出しなど急ブレーキを掛ける事態に直面しない限り,ブレーキ操作は徐々に行うものであり,被告人が本件車両を発進させた当初は,それほど速度が出ていなかったのであるから,必ずしも弁護人のいうように直ちに急ブレーキを掛けようと全開までペダルを踏み込むとは限らない上,上記のとおり,被告人は,本件車両を発進させる際,運転席側のドアを開いた状態にしており,発進した後に走行させながらそのドアを閉めていることに照らせば,被告人が,ドアを閉めるなどの動作に注意を奪われ,ペダルの操作に意識を向けることができなかったことも考えられる。
②(本件PMCの誤作動の可能性)については,ハイブリッド車である本件車両の駆動系の構造上,その一部のコンピュータ等に不具合が生じた場合には,本件車両は,高速走行ができない状態となり,減速する仕組みになっていることに照らすと,本件PMCに異常が生じたことにより,本件車両が急加速したとは考え難い。しかも,関係証拠によれば,平成28年12月14日に行われた本件車両の検証の際,駆動系のコンピュータやセンサー類に何らの異常もなかったことが認められ,弁護人のいう事態はなおさら想定し難い。
弁護人は,国土交通省自動車局審査・リコール課に,プリウスの不具合情報として,急加速ないし急発進した旨の事例が複数件挙げられていること,本件車両の取扱説明書に車両が止まらなくなった場合の緊急停止の手順が記載されていることを指摘して,本件PMCの不具合によって本件車両が急加速した可能性がある旨主張する。しかし,上記不具合情報については,車両の使用者が届け出た内容に基づいて記載されているものにすぎず,具体的な事実関係や原因については不明なものであるから,これをもって本件PMCの不具合により本件車両が急加速したとの具体的な疑いが生じるとはいえない。また,上記取扱説明書の記載の趣旨は,飽くまでブレーキペダルを踏んでも十分な制動力が得られない場合の対処法が記載されているものと解され,車両自体の不具合により,アクセルペダルを踏んでいないにもかかわらず急加速する事態を想定しての説明がされているものとは解し難い。
③(固着現象)については,関係証拠によれば,平成28年12月14日に行われた本件車両の検証の際,ブレーキペダルに異常はなく,その踏み込みに連動して制動灯が点灯し,制動力の数値は道路運送車両法の保安基準に適合していたこと,本件車両に搭載されたブレーキ部品であるハイドロブースターの鑑定の結果,三つのピストンに摺動を妨げるような異常はなく,また,特に二つのピストンに装着されたOリングに,僅かな変形,摩耗は認められたものの,いずれのOリングにも,摺動を妨げるような異常はなく,さらに,マスターシリンダー内の摺動面にも,僅かな擦過痕跡は認められたものの,摺動を妨げるような異常はなかったことが認められる。
弁護人は,Oリングの上記変形,摩耗により固着現象が生じたものであり,マスターシリンダー内の上記擦過痕跡がその証左である旨主張する。しかし,一旦生じた物理的な欠陥や損傷が自然に復旧することは考え難く,マスターシリンダー内の擦過痕跡も肉眼では気付かない程度のごく微細なものにすぎない。そして,Oリングは圧力を発生させるためにも必要であるところ,本件事故後の検証の結果,本件車両については道路運送車両法の保安基準に適合する制動力が確認されており,このことは,Oリングの摩耗がピストンの摺動を妨げるようなものでないことを裏付けている。
以上のとおり,弁護人の①ないし③の主張はいずれも採用できず,その他弁護人が種々

の認定は揺るがず,

被告人の供述中,同認定に矛盾する部分については信用できない。なお,被告人は,本件車両が第2交差点を過ぎた頃に意識を喪失した旨供述するが,1回目の衝突地点において,本件車両のアクセルペダルが踏み込まれていた旨の記録情報が存することに照らせば,被告人がその時点でアクセルペダルを踏み込むなどの操作を行っていたことは明らかである上,被告人が,事故後間もなく,自ら本件車両から降り,事故状況等を説明していたことも併せて考えると,弁護人が種々指摘するところを踏まえて検討しても,被告人が走行中に意識を喪失したとは考え難い。
2
原判決の上記認定判断は,論理則,経験則等に照らして不合理なものではなく,おおむね正当として是認することができる。以下,所論に鑑み,説明する。所論は,本件EDRの記録情報によれば,本件車両が1回目の衝突による衝撃を検知した時点(以下1回目の衝撃検知時という。)の4秒前から1回目の衝撃検知時までの,アクセルペダルの押し込みの程度を示す指令電圧は,4秒前に3.09V,3秒前に0.86V,2秒前に3.28V,1秒前に3.16V,1回目の衝撃検知時に3.13Vと記録されているが,他方で,アクセルペダルが押し込まれた状態の指令電圧は約3~4Vであるともされており,通常の成人男性が全力で踏み込むと4Vになるのであれば,被告人は本件で終始全力でペダルを踏み込んでいないことになり,通常の成人男性が全力で踏み込んでも数値が車両ごとに異なるのであれば,アクセルペダルの押し込みについての上記記録情報の数値そのものが概数にすぎず正確性を欠くことになるから,いずれにしてもこれらの数値を原判決の認定のよりどころとすることはできず,上記記録情報中,いずれの時点においてもブレーキがオフの状態になっていたとの記録部分の正確性も極めて低いことになる,という。
しかしながら,この点については,本件EDRの記録情報の解析を行った福岡県警察科学捜査研究所職員のBが,当審において,警察庁科学警察研究所での実証実験の結果,アクセルペダルを強く踏み込んだ場合,指令電圧の値が約3~4Vになったが,具体的な数値は,人によって,又は同じ人であっても,ばらつきが出た。1回目の衝撃検知時の4秒前から1回目の衝撃検知時までの上記各指令電圧は,3秒前のもの以外はアクセルペダルが強く押し込まれていることを意味する。旨説明しており,この説明は不合理なものではない。この説明に照らすと,上記記録情報の各指令電圧を前提として,原判決が,1回目の衝撃検知時並びにその4秒前,2秒前及び1秒前の各時点においてアクセルペダルが押し込まれ,かつ,3秒前を含めてブレーキがオフの状態となっていたと認定したことは不合理ではない。所論は採用できない。
所論は,本件EDRの記録情報によれば,1回目の衝撃検知時の3秒前におけるアクセルペダルの指令電圧は0.86Vと記録されており,これは,アクセルペダルが押し込まれていない状態と見られるものであるが,この時点において本件車両は見通しの悪い第2交差点へ進入する直前であり,そのような状況でブレーキペダルと誤認したアクセルペダルの踏み込みをやめるというのは余りにも不合理であるから,この記録情報は意識のある生身の人間が運転した結果とは考えられない,という。
しかしながら,そのような交差点に進入する直前であっても,それまでのペダルの踏み込みによってもブレーキが利かないと焦る中で,何とかブレーキを利かせようと一旦ペダルを踏む力を緩めて再度ペダルを踏み直すこともあり得ると考えられるから,1回目の衝撃検知時の3秒前に係る上記指令電圧の数値は,当時の本件車両の走行位置に照らしても,アクセルペダルをブレーキペダルと誤認している者の運転の結果として不自然なものではない。所論は採用できない。
また,所論は,本件EDRの記録情報によれば,1回目の衝撃検知時の2秒前から1回目の衝撃検知時にかけてのアクセルペダルの指令電圧が3.28Vから3.16V,更に3.13Vへと減少しており,アクセルペダルの踏み込みが徐々に弱まっていることになっているが,そのようにアクセルペダルの踏み込みを弱めるというのは,アクセルペダルをブレーキペダルと誤認した状態で衝突を目前にした運転者の行動として不自然不合理である,という。
しかしながら,この点についてBは,当審において,所論が指摘する各指令電圧の数値は余り変わらないものであり,指令電圧の数値が下がったように見えるが,全てアクセルペダルが押し込まれた状態と考えてよいと説明しており,この説明は不合理なものではない。この説明によれば,上記の各指令電圧の数値によっても,運転者がアクセルペダルの踏み込みを弱めていることには必ずしもならないのであるから,アクセルペダルをブレーキペダルと誤認した状態で衝突を目前とした運転者の行動を示す数値として不自然不合理ではない。所論は採用できない。
所論は,本件EDRの記録情報によれば,1回目の衝撃検知時の3秒前の時点における走行速度が4秒前の時点におけるそれよりも上昇しているから,アクセルペダルを踏み込んでエンジン回転数が上昇している状態であったと考えられ,このような状態の時にアクセルペダルの踏み込みをやめれば直ちにエンジン回転数が下降するはずであるが,同記録情報によれば,3秒前にアクセルペダルの踏み込みをやめたにもかかわらず,同時点におけるエンジン回転数が4秒前のそれから全く落ちていない(いずれも4000rpmすなわち1分間当たり4000回転)こととなっており,このことは本件EDRの記録情報の正確性に重大な疑義を生じさせる,という。
しかしながら,この点についてBは,当審において,本件車両のエンジン回転数は1分間当たり400回転ごとに記録されており,4000rpmとの記録の場合,1分間当たり4000から4399回転までを含むものである上,アクセルペダルの指令電圧の変化がエンジン回転数に同時に反映するものではなく,機械的な時間差があるため,エンジン回転数が1回目の衝撃検知時の4秒前と3秒前とで同じと記録されていても不自然ではないと説明している。この説明は不合理なものではなく,上記各時点の数値は本件EDRの記録情報の正確性に疑義を生じさせるものではない。
また,所論は,本件EDRの記録情報によれば,①1回目の衝撃検知時の3秒前から2秒前にかけてアクセルペダルを急激に踏み込んだにもかかわらず,2秒前におけるエンジン回転数は3秒前のそれから下降しており,②1回目の衝撃検知時の1秒前及び1回目の衝撃検知時のアクセルペダルの指令電圧の数値が,2秒前のそれよりも減少しているにもかかわらず,1秒前のエンジン回転数及び走行速度は上昇しており,これらも本件EDRの記録情報の正確性に重大な疑義を生じさせる,という。
しかしながら,アクセルペダルの指令電圧の変化がエンジン回転数に同時に反映するものではなく機械的な時間差があるというBの上記説明を踏まえて,所論が指摘する各数値を見ると,各数値の増減は本件EDRの記録情報の正確性に疑義を生じさせるものではない。
所論はいずれも採用できない。
所論は,原判決が,通常公道上を走行する際には,直前の飛び出しなど急ブレーキを掛ける事態に直面しない限り,ブレーキ操作を徐々に行うものであり,被告人が本件車両を発進させた当初は,それほど速度が出ていなかったのであるから,必ずしも弁護人のいうように直ちに急ブレーキを掛けようと全開までペダルを踏み込むとは限らないと判示するのに対し,自車のスピードが上昇し続け停止できない状態となっている本件の状況下で,その先に見通しの悪い交差点があるにもかかわらず,ゆるゆるとブレーキを踏むというのは不合理である,という。
しかしながら,原判決は,自車のスピードが上昇し続ける状況下におけるブレーキ操作のことを述べているのではなく,本件車両を発進させた当初の時点におけるブレーキ操作のことを述べているものと解されるのであり,原判決が,1

原審弁護人の主張を

排斥したことは不合理ではない。所論は採用できない。
その他,所論が,本件EDRの記録情報に関して原判決が判示する内容を論難する点は,いずれも本件EDRの記録情報の正確性を減殺させるものではなく,以上に見たところからすれば,原審裁判所が,本件EDRの記録情報の正確性を検証するために原審弁護人が求めた走行実験を内容とする検証等について,これらを不必要として却下したことも不合理ではない。所論は,本件PMCについて,いかなるメーカーの車両であっても,膨大なプログラミングを必要とするソフトウェアにあって,プログラム自体の誤作動も,使用環境による誤作動も起こり得ない,完全なるソフトウェアというものは存在しないこと,本件車両の型式に係る車両のPMCに係るリコール及び改善措置が本件事故後になされており,その前にも同一箇所についてのリコール及び改善措置がなされていたことからすれば,本件PMCについても誤作動があった可能性がある,という。
しかしながら,所論が指摘するリコールの内容は,本件事故時における本件車両の状態とは異なるものであり,当該リコールの存在が直ちに本件PMCの誤作動の疑いを生じさせるものではない。また,所論のその余の主張は,被告人が,本件走行開始地点に至るまで正常に本件車両を運転することができており,かつ,本件事故後に行われた本件車両の検証においても駆動系のコンピュータ等に何らの異常もなかったという事実がある中で,合理的な疑いを生じさせる具体的な根拠に基づかず,本件走行開始地点から発進するに際してのみ,突如本件PMCの誤作動が発生したという抽象的な可能性をいうにすぎないものである。所論は,審理不尽をいう点を含め採用できない。所論は,マスターシリンダー内の擦過痕跡について,固着現象の有無を判断するために,粗さ測定器を用いた鑑定を実施して,擦過痕の深度やピストンの入射角等々を解析すべきであったのに,原審裁判所がそのような鑑定を実施しなかったのは審理不尽である,という。
しかしながら,固着現象を否定する理由について1

のとおり原判決が判

示する内容は不合理なものではなく,弁護人が主張する内容の鑑定を実施しなかった原審裁判所の訴訟手続に審理不尽はない。所論は採用できない。弁護人が所論で主張するその余の点を検討しても,被告人の過失を認定した原判決の判断は左右されない。
事実誤認の論旨は理由がない。
第3
1
量刑不当の主張について
原判決は,量刑の理由において,要旨,次のとおり説示する。
量刑を定めるに当たりまず重視すべき事情は,本件により3名の被害者の尊い生命が奪われ,7名もの被害者が重軽傷を負って,身体的,精神的な苦痛を被り,うち1名は後遺症が残る重篤な傷害を負ったという結果の重大性である。何ら落ち度がないにもかかわらず突如家族を残して命を落とすに至った3名の被害者の無念さは察するに余りある。遺族らの悲しみは深く,被告人に対する厳重な処罰を望むのも当然である。
被告人は,ブレーキを的確に操作して安全に停止するという自動車運転者としての基本的な注意義務に違反し,ブレーキペダルと間違えてアクセルペダルを踏み込んだ過失により,約280mもの距離にわたって自車を加速走行させて本件事故を引き起こした。それ自体の危険性の高さに加え,被告人がドアを開けたまま発進させるなどせず,ペダルを目視で確認することもできたなど,過失行為に至る経緯や,結果を回避する可能性が十分存したことなどに照らしても,被告人の過失は重大というほかない。被告人が職業運転手であったことに照らしても,慎重さに欠ける運転行為によって重大な結果を生じさせた被告人は,厳しい非難を免れない。
以上の犯情に照らせば,被告人の刑事責任は,過失運転致死傷の事案の中でも特に重いといえ,相当期間の禁錮刑を科すのが相当である。
他方で,被告人が加入する任意保険を介して被害者らに相応の賠償金の支払がなされていること,被告人に前科はないことなどの一般情状事実も併せて考慮し,被告人を禁錮5年6月に処するのが相当と判断した。
2
以上の原判決の挙げる量刑事情及びその評価は,以下に指摘するペダルの目視確認の点を除き,不当なところはなく,原判決の量刑は相当であり,これが重過ぎて不当であるとはいえない。
所論は,被告人がドアを開けたまま本件車両を発進させたことは,ペダルの踏み間違いにつながったとは考えられず,原判決が,被告人においてペダルを目視で確認することもできたとするのは,被告人に不可能を強いるものであるから,これらを不利な情状として考慮した原判決の量刑は重過ぎて不当である,という。
確かに,自動車の運転中にペダルを目視で確認するとなると,その間前方左右を十分注視できない状態となることもあり得るから,そのような目視での確認を運転者に求めることは必ずしも現実的であるとは思われない。しかしながら,被告人は,ペダルを目視せずとも,足元の感覚や本件車両の動き等により,ブレーキペダルを的確に操作したり,ブレーキペダルと間違えてアクセルペダルを踏み込んでいると気付いたりすることで,事故の発生を回避することはできたといえるから,結果を回避する可能性が十分存したとの原判決の評価に誤りはない。また,ドアを開けたまま本件車両を発進させた点についての原判決の説示は,被告人が,本件の直前に運転への集中力を損なわせる行為に自ら及んでおり,少なくとも,過失行為に至る経緯において,被告人がブレーキペダルと間違えてアクセルペダルを踏み込んだことについて被告人のために考慮すべき事情が存在しないという意味で,過失の重大性が根拠付けられる旨説示したものと理解することができる。以上に照らすと,原判決が,被告人の過失が重大であると評価したことは不合理ではなく,原判決の量刑が重過ぎて不当であるとはいえない。
3
なお,当審における事実取調べの結果,原判決後に,被告人が加入する任意保険によって,死亡した被害者2名及び重傷を負った被害者1名について更に示談金ないし損害賠償金等が支払われた事実が認められるが,任意保険による追加の損害賠償等の可能性は原判決においても当然に考慮されているものと解され,上記支払の事実を踏まえても,原判決の量刑を変更すべきものとは思われない。
量刑不当の論旨は理由がない。

第4

結論
よって,刑訴法396条により本件控訴を棄却することとし,当審における未決勾留日数の算入につき刑法21条を,当審における訴訟費用を被告人に負担させないことについて刑訴法181条1項ただし書をそれぞれ適用して,主文のとおり判決する。
令和2年2月17日
福岡高等裁判所第2刑事部
裁判長裁判官

伊名波

宏仁
裁判官

武林仁美
裁判官

倉知泰

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