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原爆症認定申請却下処分取消等請求控訴、同附帯控訴事件
事件番号平成30(行ヒ)191
事件名原爆症認定申請却下処分取消等請求控訴,同附帯控訴事件
裁判年月日令和2年2月25日
法廷名最高裁判所第三小法廷
裁判種別判決
結果破棄自判
原審裁判所名広島高等裁判所
原審事件番号平成27(行コ)19
原審裁判年月日平成30年2月9日
判示事項放射線白内障についてカリーユニ点眼液の処方を受けながら経過観察を受けている被爆者が原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律10条1項所定の「現に医療を要する状態にある」と認められるとはいえないとされた事例
全文
裁判日:西暦2020-02-25
情報公開日2020-03-23 15:27:54
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平成30年(行ヒ)第191号

原爆症認定申請却下処分取消等請求控訴,同附

帯控訴事件
令和2年2月25日

第三小法廷判決

主文
原判決中,上告人敗訴部分を破棄し,同部分につき第1
審判決を取り消す。
前項の部分につき,被上告人の請求を棄却する。
訴訟の総費用は被上告人の負担とする。
理由
上告代理人舘内比佐志ほかの上告受理申立て理由について
1
本件は,広島市に投下された原子爆弾の被爆者である被上告人が,原子爆弾
被爆者に対する援護に関する法律(以下法という。)11条1項に基づく認定(以下原爆症認定という。)の申請をしたところ,厚生労働大臣からこれを却下する旨の処分(以下本件処分という。)を受けたため,上告人を相手に,その取消し等を求める事案である。
原爆症認定をするには,法1条に規定する被爆者(以下同じ。)が現に医療を要する状態にあること(要医療性)と,現に医療を要する負傷又は疾病が原子爆弾の放射線に起因するものであるか,又は上記負傷又は疾病が放射線以外の原子爆弾の傷害作用に起因するものであって,その者の治癒能力が原子爆弾の放射線の影響を受けているため上記状態にあること(放射線起因性)を要するところ(平成6年法律第117号による廃止前の原子爆弾被爆者の医療等に関する法律8条1項に基づく認定につき,最高裁平成10年(行ツ)第43号同12年7月18日第三小法廷判決・裁判集民事198号529頁参照),論旨は,被上告人が申請疾病である放射線白内障に対してカリーユニ点眼液の処方を伴う経過観察を受けていることをもって要医療性が認められるか否かに関するものである。2

原審の適法に確定した事実関係の概要は,次のとおりである。
被上告人は,昭和19年8月生まれの女性であり,同20年8月6日(当時
11箇月),爆心地から約2.4㎞離れた広島電鉄己斐駅のプラットホームにおいて,母に背負われた状態で原子爆弾により被爆した。被上告人は被爆者である。被上告人は,平成4年頃(47歳頃)に両眼白内障と診断され,それ以降,通院してカリーユニ点眼液の処方を伴う定期的な経過観察を受けており,同8年4月以降は,両眼白内障により法に基づく健康管理手当の支給を受けている。被上告人は,平成20年3月18日,白内障を申請疾病とする原爆症認定の申請をしたが,厚生労働大臣は,同21年12月25日付けで,これを却下する旨の本件処分をした。
上記申請に当たって平成20年3月17日に作成された意見書及び健康診断個人票には,被上告人の現症所見として両眼水晶体混濁があり,視力低下があること,矯正視力は右眼が0.4,左眼が0.9であることや,両眼とも水晶体全体にわたる皮質混濁及び後嚢下混濁を軽度に認め,周辺には楔状混濁を認めるとの所見が記載されているが,被上告人の同24年6月27日の検査結果では,後嚢下混濁はあるが僅かであり,矯正視力は右眼が0.9,左眼が1.2であった。なお,原審口頭弁論終結日である平成29年7月7日においても,被上告人は白内障の手術を受けていない。
水晶体は,水晶体嚢と呼ばれる皮膜に包まれた両凸レンズである。水晶体は,嚢,上皮,皮質,核に大別され,このうち嚢は,水晶体全体を包む弾力性を有する上皮細胞の基底膜であり,赤道部(前面と後面の接する円形境界部分)よりも前方を前嚢,後方を後嚢という。上皮細胞の赤道部前方の部位で,生涯を通じて細胞分裂が行われ,分裂した上皮細胞は後方に押し出され,赤道部付近で線維細胞に分化し,細胞質が伸張して,水晶体内部に移動し,線維細胞となり,その一部が水晶体核や皮質となる。
白内障は,蛋白の異常や線維の膨化・破壊によって水晶体が混濁した状態をいい,後天性のものとしては,老人性のものや放射線性のものがある。放射線白内障で水晶体混濁が発生する原因は,最近では,放射線被曝によって,水晶体の上皮細胞のゲノムの遺伝子が損傷され,細胞分裂,細胞分化の異常が生じ,その結果,透明度を失い混濁・白濁した水晶体線維細胞が集積されるためであると考えられており,放射線白内障は,老人性白内障と異なり,多くは進展しない(停止性)とされる。
放射線白内障も老人性白内障も,治療は手術以外にはなく,その適応時期については,様々な意見があり統一されていないが,一般的に矯正視力が0.5以下で日常生活に不便を感じていれば手術適応になるという見解,視力低下の程度や混濁の程度で決まっているものではなく,患者自身が白内障のために日常生活が不自由になった時点とする見解等がある。白内障に対する手術のうち最も一般的に行われている術式は,水晶体超音波乳化吸引術及び眼内レンズ移植術であり,水晶体嚢を残し混濁内容を破砕,吸引除去した後,水晶体嚢内に人工の眼内レンズを移植することにより,白内障になる前の視力を回復できるというものである。手術に要する時間は約10~15分程度であり,日帰り手術がごく一般的である。老人性白内障の成因については,細胞内のアミノ酸であるトリプトファンの代謝異常の結果生じたキノン体が,水晶体を構成する水溶性蛋白の一つであるαクリスタリンに結合し,これを変性させ,不溶性蛋白に移行させることで,混濁が生ずるというキノイド説があったが,近時では,水溶性及び不溶性蛋白の総量変化,増殖帯における上皮細胞異常,遺伝要素,水及び電解質バランスの崩壊,抗酸化物質の減少による酸化障害等の多因子が複合することにより発症するといわれている。
カリーユニ点眼液は,一般名をピレノキシンといい,その添付文書では,効能・効果は初期老人性白内障と記載されているところ,その薬効は,老人性白内障の発生機序につきキノイド説を採ることを前提として,水晶体の水溶性蛋白との親和性がキノン体よりも強い薬剤を投与することにより,キノン体が水晶体の水溶性蛋白と結合するのを競合的に阻害して水晶体蛋白の変性を防止することで,老人性白内障の進行を抑止するというだけである。
3
原審は,被上告人の放射線白内障には放射線起因性が認められるとした上
で,上記事実関係の下において,要旨次のとおり判断し,被上告人の放射線白内障については要医療性も認められるため,原爆症認定の申請を却下した本件処分は違法であるとして,これを取り消すべきものとした。
被上告人は,平成4年頃に両眼白内障と診断されて以降,通院してカリーユニ点眼液の処方を伴う定期的な経過観察を受けているところ,放射線白内障は,進展しないものが多いとはいえ,最近の放射線白内障の発生機序に関する知見によると,進展する可能性を完全に否定することは困難であるし,放射線被曝の影響により発症した白内障が加齢により症状が悪化することは予想できる。
そうすると,被上告人の放射線白内障に対する定期的な経過観察は,白内障の悪化が予想され,悪化の状況に応じて的確に積極的な治療行為である手術を行うべく実施されているとみることができるから,放射線白内障の治療を目的としており,その治療のために必要不可欠な行為であり,要医療性の要件を満たす。4
しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次
のとおりである。
法の規定等に照らせば,経過観察を受けている被爆者が法10条1項所定の現に医療を要する状態にあると認められるためには,当該経過観察自体が治療行為を目的とする現実的な必要性に基づいて行われているといえること,すなわち,経過観察の対象とされている疾病が,類型的に悪化又は再発のおそれが高く,その悪化又は再発の状況に応じて的確に治療行為をする必要があることから当該経過観察が行われているなど,経過観察自体が,当該疾病を治療するために必要不可欠な行為であり,かつ,積極的治療行為(治療適応時期を見極めるための行為や疾病に対する一般的な予防行為を超える治療行為をいう。以下同じ。)の一環と評価できる特別の事情があることを要するものと解するのが相当である。そして,上記特別の事情があるといえるか否かは,経過観察の対象とされている疾病の悪化又は再発の医学的蓋然性の程度や悪化又は再発による結果の重大性,経過観察の目的,頻度及び態様,医師の指示内容その他の医学的にみて当該経過観察を必要とすべき事情を総合考慮して,個別具体的に判断すべきである(以上につき,最高裁平成30年(行ヒ)第215号令和2年2月25日第三小法廷判決参照。)。
これを本件についてみると,前記事実関係によれば,放射線白内障は,その多くが進展せず,一度手術適応があると判断されても,多くは日帰り手術で視力を回復することができるとされており,手術適応に至る医学的蓋然性が高いということはできず,悪化の結果が重大であるということもできない。現に被上告人の放射線白内障については長期間にわたって手術適応に至っていない。この点につき,原審は,放射線被曝の影響により発症した白内障が加齢により症状が悪化することが予想できるなどというが,放射線白内障の多くは進展しないとされていることは前示のとおりであり,現に長期間にわたって進展してこなかった放射線白内障が加齢により悪化することが予想されることを裏付ける科学的知見も見当たらない。また,白内障の治療が手術しかないことからすると,放射線白内障に対する経過観察も手術適応の有無を判断することを目的とするものと認められるところ,当該手術適応の有無の判断においては,日常生活における支障があるか否かという患者の主観的な側面が重視されていることからすれば,医師の診察によって定期的に進行の有無を確認することの医学的必要性は認められるとしても,これが放射線白内障に対する積極的治療行為の一環であるとまではいえないし,被上告人の放射線白内障に関する積極的治療行為の一環として経過観察が必要である旨の特別の指示が担当医からされたことをうかがわせる事情も見当たらない。
なお,被上告人は経過観察中にカリーユニ点眼液の処方を受けているが,前記事実関係によれば,カリーユニ点眼液は,老人性白内障の成因についてキノイド説を採ることを前提として,その進行を抑止する効果があるだけであり,放射線白内障の治療は手術以外にはないというのであるから,そうである以上,上記処方をもって,放射線白内障に対する治療が現に行われていると認めることはできず,他に前記事実関係からこれを認めることもできない。
以上の事情を総合考慮すると,被上告人の放射線白内障に対する経過観察は,定期的かつ継続的な診察によって,白内障が悪化しているか否か,ひいては治療適応にあるか否かを確認するにとどまる行為というほかなく,前記特別の事情があると認めることはできない。
以上によれば,本件処分に係る申請において申請疾病とされた被上告人の放射線白内障につき,要医療性が認められるとはいえない。
5
以上と異なる原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違
反がある。論旨はこれと同旨をいうものとして理由があり,原判決中上告人敗訴部分は破棄を免れない。そして,以上に説示したところによれば,被上告人による本件処分の取消請求は理由がないから,第1審判決を取り消し,同請求を棄却すべきである。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官
宮崎裕子

宇賀克也

裁判官


裁判官

戸倉三郎

道晴)
裁判官


景一

裁判官

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