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原爆症認定申請却下処分取消等請求事件
事件番号平成30(行ヒ)215
事件名原爆症認定申請却下処分取消等請求事件
裁判年月日令和2年2月25日
法廷名最高裁判所第三小法廷
裁判種別判決
結果破棄自判
原審裁判所名名古屋高等裁判所
原審事件番号平成28(行コ)74
原審裁判年月日平成30年3月7日
参照法条(1~3につき) 原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律10条1項, 原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律11条1項
裁判日:西暦2020-02-25
情報公開日2020-03-23 15:27:55
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平成30年(行ヒ)第215号
令和2年2月25日

原爆症認定申請却下処分取消等請求事件

第三小法廷判決

主文
原判決中,被上告人に関する部分を破棄する
前項の部分につき,被上告人の控訴を棄却する。
控訴費用及び上告費用は被上告人の負担とする。
理由
上告代理人舘内比佐志ほかの上告受理申立て理由について
1
本件は,長崎市に投下された原子爆弾の被爆者である被上告人が,原子爆弾
被爆者に対する援護に関する法律(以下法という。)11条1項に基づく認定(以下原爆症認定という。)の申請をしたところ,厚生労働大臣からこれを却下する旨の処分(以下本件処分という。)を受けたため,上告人を相手に,その取消し等を求める事案である。
原爆症認定をするには,法1条に規定する被爆者(以下同じ。)が現に医療を要する状態にあること(要医療性)と,現に医療を要する負傷又は疾病が原子爆弾の放射線に起因するものであるか,又は上記負傷又は疾病が放射線以外の原子爆弾の傷害作用に起因するものであって,その者の治癒能力が原子爆弾の放射線の影響を受けているため上記状態にあること(放射線起因性)を要するところ(平成6年法律第117号による廃止前の原子爆弾被爆者の医療等に関する法律8条1項に基づく認定につき,最高裁平成10年(行ツ)第43号同12年7月18日第三小法廷判決・裁判集民事198号529頁参照),論旨は,被上告人が申請疾病である慢性甲状腺炎に対して投薬治療等を伴わない経過観察を受けていることをもって要医療性が認められるか否かに関するものである。
2
原審の適法に確定した事実関係等(公知の事実を含む。)の概要は,次のと
おりである。(1)

法に基づく医療特別手当等に関する制度の概要
法は,放射線起因性が認められる疾病に罹患している被爆者に対する手当と
して,健康管理手当(27条),医療特別手当(24条)及び特別手当(25条)を規定している。上記被爆者のうちまだ要医療性が認められないものに対しては健康管理手当が支給されるところ,同手当は,原子爆弾の放射能の影響による障害を伴う疾病にかかり,健康上特別の状態に置かれて不安の中で生活している被爆者に対し,毎月定額の手当を支給することによって,精神的な安定,療養生活の安定を図り,その健康及び福祉に寄与することを目的とするものである。また,医療特別手当は,放射線起因性が認められる疾病に罹患している被爆者のうち要医療性が認められるとして原爆症認定を受けたものに対して支給されるものであり,健康管理手当と同様の趣旨・目的で支給されていた原子爆弾被爆者に対する特別措置に関する法律7条に基づく医療手当(昭和43年5月16日第58回国会参議院社会労働委員会会議録第14号32頁参照)と,要医療性が認められるという特別の生活上あるいは健康上の状態に対する手当として支給されていた同法2条1項に基づく特別手当(同31~32頁参照)が,後に一本化され,法に引き継がれたものであって,現に医療を要する状態にあることによって余儀なくされている入通院費雑費や栄養補給等の特別の出費を補うこと等により生活の面の配慮をするとともに,精神を慰安し,医療効果の向上を図ることにより,生活の安定に資することを目的とするものである。そして,特別手当は,一度は要医療性が認められ,原爆症認定を受けたものの,要医療性が認められなくなった被爆者に対して支給されるものであり,要医療性が認められなくなったとしてもなお精神的な不安の中で生活している被爆者に対し,原爆症の再発防止のため保健上特に配慮することにより,生活の安定に資することを目的とするものである(昭和49年4月25日第72回国会衆議院社会労働委員会議録第21号22頁参照)。
法に基づく健康管理手当,医療特別手当及び特別手当の額は随時改定されているところ,改定についての当初の考え方は,健康管理手当については老齢福祉年金と同額とし,医療特別手当については健康管理手当の4倍に2000円を加えた額とし,特別手当については健康管理手当の1.5倍の額とするものであった。これらの額は,現在では,いずれも物価スライド方式で改定することとされているが(法29条1項),上記の3つの手当の額にみられる上記の関係はおおむね変わっていない。

法10条1項は,原爆症認定を受けた負傷又は疾病につき要医療性が認めら
れる被爆者に対しては,必要な医療の給付を行う旨を定めており,当該被爆者の自己負担はないものとされている。そして,同条2項が,上記被爆者が受けられる上記医療の給付の範囲を定めているところ,同項1号は診察を,同項2号は薬剤又は治療材料の支給を,同項3号は医学的処置,手術及びその他の治療並びに施術を,それぞれ掲げている。これに対し,放射線起因性が認められる負傷又は疾病につきまだ要医療性が認められない被爆者,あるいは原爆症認定を受けた負傷又は疾病につき要医療性が認められなくなった被爆者は,当該負傷又は疾病につき,都道府県知事が法19条1項の規定により指定する医療機関から法10条2項各号に掲げる医療を受け,又は緊急その他やむを得ない理由により上記医療機関以外の者からこれらの医療を受けたときに,当該医療に要した費用の額(ただし,所定の法令の規定により医療に関する給付を受け,又は受けることができたとき等においては,当該給付の額を控除した額である自己負担金に相当する額を上限とする。)を限度として,一般疾病医療費の支給を受けることができるものとされている(法18条1項参照)。(2)

被上告人の被爆状況及び慢性甲状腺炎に対する経過観察等
被上告人は,昭和11年2月生まれの女性であり,同20年8月9日の原子
爆弾投下時(当時9歳5箇月),爆心地から約5.4㎞離れた長崎市戸町の自宅に在り,同日午後,爆心地から1.5~2㎞の地点まで行き,引き返した。被上告人は被爆者である。

被上告人は,昭和34年頃から徐々に体のだるさを感じ始め,やがて毎日午後には横になって休みながら家事をこなす状態になったが,原子爆弾に被爆したことを夫に隠していたため,医師の診察を受けることはなかった。
昭和62年に夫と死別した被上告人は,平成6年1月に名古屋市所在の総合病院で慢性甲状腺炎(橋本病)と診断された。被上告人は,同年だけでも5回にわたり同病院を受診するなどし,その後も,平成22年2月まで継続的に同病院で診察を受け,問診や触診による甲状腺の様子の観察のほかに必要に応じて甲状腺機能に関する検査を受けるなど,一貫して慢性甲状腺炎に対する経過観察を受けた。上記検査では,平成6年以降,抗TPO抗体(甲状腺の細胞成分であるTPOに対する抗体)は繰り返し陽性を示し,同18年7月以降は,FT3(甲状腺ホルモンであるトリヨードサイロニンのうち,遊離型のもの。甲状腺ホルモンの分泌が低下すると,FT3は低値となる。)についてもほぼ毎回基準値より低い値が検出されたが,甲状腺機能低下の有無の判断において重視されるTSH(甲状腺刺激ホルモン。血中甲状腺ホルモン濃度が低下すると,TSH値が上昇する。)及びFT4(甲状腺ホルモンであるサイロキシンのうち,遊離型のもの。甲状腺ホルモンの分泌が低下すると,FT4は低値となる。)については,同6年1月から同22年2月まで,異常値はみられなかった。
被上告人の主治医は,平成15年11月の診療録に,同年6月19日に実施したサイロイドテスト(抗サイログロブリン抗体の測定検査。サイロイドテストの陰性化は,抗サイログロブリン抗体の低下を意味する。)が陰性であることと,同年10月30日に実施した甲状腺エコー検査の結果を挙げて,

フォロー解除してもよさそう。

と記載し,慢性甲状腺炎についての今後の方針として,

被曝あるため甲状腺は被爆者健診でチェックのみとする。

とした。もっとも,主治医は,その後も診察の都度,甲状腺の弾性の硬軟について診療録に記したほか,平成16年7月24日の診療録には,同日の所見に基づき,

橋本病,尿潜血にて要観察とした。

と記載した。その後,被上告人は,頭のふらつき等の不調を度々訴え,被上告人の主治医が,平成18年12月頃,頭部症状が悪化したら精査する旨を診療録に記載したこともあった。もっとも,以上の経過観察を通じて,被上告人の慢性甲状腺炎に対して,投薬治療が行われることはなかった。

被上告人は,平成22年3月23日,慢性甲状腺炎を申請疾病とする原爆症
認定の申請をしたが,厚生労働大臣は,同23年5月27日付けで,これを却下する旨の本件処分をした。
上記申請に当たって添付された前記病院の医師による平成21年12月11日付け意見書には,現症所見として,甲状腺腫大はなく,TSH及びFT4は基準値の範囲内であるが,FT3は基準値を下回っている旨の記載と共に,必要な医療の内容及び期間として,3箇月に1回の定期通院を要する旨の記載がある。エ
被上告人は,上記申請後も,前記病院で慢性甲状腺炎に対する経過観察を受
けていたが,平成21年7月以降,遠方にある同病院への通院が困難となったために最寄りのクリニックも受診していたところ,同23年4月,同クリニックに転院することとなった。上記の転院の際に前記病院の医師が作成した診療情報提供書には,

これまでは3-6ヶ月毎の採血検査を行っておりました。橋本病は投薬なしで安定しております。

との記載がある。上記クリニックの医師は,何か問題がありそうであれば総合病院等に紹介できるよう診察の度に被上告人の甲状腺の様子を触診するなどして観察し,腫大が疑われるときはエコー検査を行った。その結果,平成23年6月と同25年9月のエコー検査では甲状腺の軽度腫大が確認された。
(3)

慢性甲状腺炎に関する医学的知見等
慢性甲状腺炎は,甲状腺における慢性の炎症性疾患であり,甲状腺に対する
免疫異常が生じ,甲状腺の細胞成分に対する抗体(甲状腺自己抗体)によって,甲状腺が徐々に破壊されて起こる自己免疫疾患であると考えられている。甲状腺自己抗体としては,抗TPO抗体や抗サイログロブリン抗体が挙げられる。慢性甲状腺炎の70~80%(文献によっては80~90%)は,甲状腺機能が正常であるが,甲状腺機能が低下していくと,最終的には甲状腺機能低下症に至る。甲状腺機能低下症の診断は,臨床所見として,無気力,易疲労感,眼瞼浮腫,寒がり,体重増加,動作緩慢,嗜眠,記憶力低下,便秘,嗄声等のいずれかの症状があり,検査所見として,FT4低値及びTSH高値を有する場合に行われる。甲状腺ホルモン検査では,FT3及びFT4を直接測定するのが一般的であるが,FT3の甲状腺機能の指標としての意義は,FT4に比べて小さい。イ
慢性甲状腺炎の合併症・続発症としては,一般に,甲状腺機能低下症のほか
に,甲状腺中毒症や無痛性甲状腺炎があり,高齢者については甲状腺リンパ腫があるほか,他の自己免疫疾患に随伴することが多い。
慢性甲状腺炎の予後については,10年間の経過観察で正常機能から永続性機能低下へと進行したものは対象全体の6%であったこと,一時点の甲状腺機能の状態のみではその後の経過を決定できないことを指摘する文献がある。また,45歳で慢性甲状腺炎と診断された後,25年間にわたって経過観察を受けてきた71歳の女性が,甲状腺原発悪性リンパ腫を発症した症例を紹介した文献がある。ウ
慢性甲状腺炎については,根本的かつ永続的に治療する確実な手段はまだな
いとされており,一般的には,甲状腺機能が正常であれば,1年に1回程度の定期検査で経過観察を行い,明らかな甲状腺機能低下症例では甲状腺ホルモンの補充療法を行うとされている。
3
原審は,被上告人の慢性甲状腺炎には放射線起因性が認められるとした上
で,上記事実関係等の下において,要旨次のとおり判断し,被上告人の慢性甲状腺炎については要医療性も認められるため,原爆症認定の申請を却下した本件処分は違法であるとして,これを取り消した。
要医療性は,疾病等が法10条2項各号に掲げる医療の給付を要する状態にあることをいうものと解すべきである。そうすると,経過観察は同項1号に掲げる診察が基本となるから,積極的な治療を伴うか否かを問わず,経過観察が行われていれば要医療性が認められるということができる。慢性甲状腺炎は,自然治癒することがなく,甲状腺機能低下症等様々な合併症や続発症を生ずるおそれがあり,長期にわたる経過観察によってこれらが発生している兆候の有無を見極める必要があるから,経過観察が行われている被上告人の慢性甲状腺炎については,要医療性が認められる。
4
しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次
のとおりである。
(1)

前記2(1)アのとおり,法は,放射線起因性が認められる疾病に罹患してい
る被爆者に対し,要医療性が認められない段階では,健康管理手当を支給し(27条1項),当該疾病につき要医療性が認められるに至った場合には,原爆症認定をするとともに,医療特別手当を支給し(24条1項),その後に要医療性が認められなくなった場合には,特別手当を支給する(25条1項,24条4項)という,要医療性の有無に対応した段階的な救済の制度枠組みを採っているということができる。
そして,要医療性が認められる場合にのみ支給される医療特別手当の額は,前記2(1)アのとおり,健康管理手当の額の4倍に2000円を加えたものとして随時改定することが予定されていたものであり,これは健康管理手当の額の1.5倍が相当とされた特別手当と比べても手厚い水準であるといえる。このような手厚い水準を維持することとしている法の趣旨は,上記の3つの手当がいずれも被爆者の精神的な不安に対する慰謝の目的を含むという点では共通しているものの,医療特別手当については,健康管理手当や特別手当とは異なり,現に医療を要する状態にあることによって余儀なくされている入通院費雑費や栄養補給等の特別の出費を補うこと等により生活の面の配慮をするという,特別の生活上あるいは健康上の状態に対して手当を支給する目的が含まれている点にあるものと解すべきである。そうすると,上記のような段階的な救済の制度枠組みにおいて,特に手厚い援護として法が位置付けている医療特別手当の支給を受けるための要件の1つである要医療性は,現実に医療行為を必要とする者に対してこれを支給するという,その支給の目的に見合う状態にあることをいうものと解するのが相当であり,これが認められるか否かについては,要医療性が認められる場合にのみ特に手厚い援護をすることとした上記法の趣旨や同手当を支給する目的,同手当が支給されることとなった経緯等に照らして判断するのが相当であると解される。このように解すべきであることは,前記2(1)イのとおり,法が,原爆症認定を受けた被爆者のうち要医療性が認められるものに対してのみ,医療の給付をするという特別の扱いをしていることとも合致するものであり,また,現に医療を要する状態にあるという法10条1項の文言の自然な意味内容とも整合するものである。
これに対し,原審は,要医療性は放射線起因性が認められる負傷又は疾病が法10条2項各号に掲げる医療の給付を要する状態にあることをいうものと解すべきであるとしているが,同項各号は,原爆症認定を受け,かつ,要医療性が認められる者に対して支給される医療の給付の範囲を定めているにすぎないから,単に同項各号に掲げる措置等が必要とされればそれだけで要医療性が認められると解することは相当でない。
(2)

以上を踏まえて,経過観察を受けている被爆者に要医療性が認められるべ
き場合について検討すると,経過観察は,その概念が多義的であって,様々な目的で行われるものであり,その中には単に治療適応時期を見極めるために行われているにすぎないもの等も含まれていることからすれば,医学的に必要かつ妥当な経過観察が行われているというだけで直ちに要医療性が認められるということはできない。そして,法が医療特別手当を支給することとした前記趣旨等に照らすと,経過観察を受けている被爆者が法10条1項所定の現に医療を要する状態にあると認められるためには,当該経過観察自体が治療行為を目的とする現実的な必要性に基づいて行われているといえること,すなわち,経過観察の対象とされている疾病が,類型的に悪化又は再発のおそれが高く,その悪化又は再発の状況に応じて的確に治療行為をする必要があることから当該経過観察が行われているなど,経過観察自体が,当該疾病を治療するために必要不可欠な行為であり,かつ,積極的治療行為(治療適応時期を見極めるための行為や疾病に対する一般的な予防行為を超える治療行為をいう。以下同じ。)の一環と評価できる特別の事情があることを要するものと解するのが相当である。
そして,上記特別の事情があるといえるか否かは,経過観察の対象とされている疾病の悪化又は再発の医学的蓋然性の程度や悪化又は再発による結果の重大性,経過観察の目的,頻度及び態様,医師の指示内容その他の医学的にみて当該経過観察を必要とすべき事情を総合考慮して,個別具体的に判断すべきである。(3)

これを本件についてみると,前記事実関係等によれば,慢性甲状腺炎は合
併症や続発症に至る場合があるとされているが,甲状腺機能低下症に至る割合は全体の10%に満たないとされている上,これに至ったとしても,直ちに重篤な結果が生ずることが一般的であるとまではうかがわれない。また,その他の合併症等に至る医学的蓋然性の程度については,これが類型的に高いと認めるに足りる具体的な事情はうかがわれない。被上告人に対する経過観察をみても,甲状腺機能低下症の診断における有力な検査所見であるTSHやFT4が異常値を示したことはなく,その状態が慢性甲状腺炎の診断から原爆症認定の申請までの約16年間継続していたのであり,同申請後の経過をみるとしても,甲状腺の軽度腫大が認められたことが2度あったものの,結局は,問題があるなどとして総合病院等に紹介されることもなく推移していることがうかがわれる。
また,慢性甲状腺炎については,根本的かつ永続的に治療する確実な手段はまだないとされており,一般に,1年に1回程度の定期検査で経過観察を行い,甲状腺機能が低下した場合に初めて甲状腺ホルモンの補充療法を行うとされているところ,被上告人の慢性甲状腺炎については,おおむね3箇月に1回の経過観察が必要との診断の下で経過観察が行われていたものの,その態様は,問診や触診による甲状腺の様子の観察を行い,必要に応じて,血液検査やエコー検査を行うというものにすぎず,その結果,平成6年に診断がされてから原爆症認定の申請に至るまでの間に投薬治療が必要とされることもなかった。そして,被上告人の慢性甲状腺炎については,平成15年11月時点で主治医が被爆者健康診断で確認すれば足りると判断するなどし,同16年7月には再び要観察とする方針とされたものの,主として被上告人の症状に異常がないかを観察する診察等が続けられ,症状が悪化した場合には精査するなどとされていたにとどまり,結局,主治医が何らかの慢性甲状腺炎の合併症や続発症の具体的な前兆を把握した上で被上告人の慢性甲状腺炎に対する積極的治療行為を行っていたものとはいい難い状況が継続していた。
以上の事情を総合考慮すると,被上告人の慢性甲状腺炎に対する経過観察は,当該疾病の悪化によって重大な結果が生ずる医学的蓋然性が高い状況であるために行われていたものとはいい難く,慢性甲状腺炎に対する積極的治療行為の一環というよりも,積極的治療行為を要する甲状腺機能低下症その他の合併症や続発症が発症していないかを確認するにとどまる行為であったとみるのが自然であるから,前記特別の事情があると認めることはできない。
以上によれば,本件処分に係る申請において申請疾病とされた被上告人の慢性甲状腺炎につき,要医療性が認められるとはいえない。
5
以上と異なる原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違
反がある。論旨はこれと同旨をいうものとして理由があり,原判決中,被上告人に関する部分は破棄を免れない。そして,以上に説示したところによれば,被上告人による本件処分の取消請求は理由がないから,これを棄却した第1審判決は正当であり,上記の部分につき被上告人の控訴を棄却すべきである。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。なお,裁判官宇賀克也の補足意見がある。
裁判官宇賀克也の補足意見は,次のとおりである。
1
私は,被爆者に対する手当の仕組みの在り方については様々な議論があり得
ると考えるが,現行法の解釈論としては法廷意見に賛成せざるを得ない。なお,法廷意見は,経過観察を受けている被爆者につき要医療性が認められるか否かについては,経過観察自体が,経過観察の対象とされている疾病を治療するために必要不可欠の行為であり,かつ,積極的治療行為の一環と評価できる特別の事情があるか否かを個別具体的に判断すべきとするものであって,慢性甲状腺炎に係る経過観察であれば,およそ上記の特別の事情があるとはいえないとするものではなく,被上告人についても,今後,疾病の状況の変化等の事情の変更により,上記の特別の事情があると認められる可能性を否定するものでも全くないことを強調しておきたい。
2
また,上告人は,健康診断(法7条に規定するものをいう。以下同じ。)で
行われる一般検査は,法10条2項1号の診察に当たり得るため,単に同項が定める医療の給付に相当する行為がされていれば要医療性の要件を充足すると解してしまうと,健康診断を受けるだけで要医療性が認定され得ることになりかねないと主張しているので,この点について,補足的に意見を述べることとする。法廷意見は,実質論から,被上告人が慢性甲状腺炎につき経過観察を受けている状態が法10条1項の現に医療を要する状態に当たるか否かを判断したものであるが,健康診断についていえば,たとえ,健康診断に際して既往症を告知して指導(法9条に規定するものをいう。以下同じ。)を受けることがあったとしても,それのみでは現に医療を要する状態に当たるとはいえず,健康診断の結果を踏まえた指導を受けて経過観察が行われた場合に,当該経過観察を受けている状態が現に医療を要する状態に当たるか否かを,法廷意見が示した基準に照らして判断することになると考えられる。
(裁判長裁判官
宮崎裕子

宇賀克也

裁判官


裁判官

戸倉三郎

道晴)
裁判官


景一

裁判官

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