判例検索β > 平成30年(わ)第505号
死体損壊、死体遺棄、殺人、窃盗被告事件
事件番号平成30(わ)505
事件名死体損壊,死体遺棄,殺人,窃盗被告事件
裁判年月日令和元年12月6日
裁判所名・部大津地方裁判所
裁判日:西暦2019-12-06
情報公開日2020-01-31 12:00:12
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主文
被告人を懲役25年に処する
未決勾留日数中280日をその刑に算入する。
理由
(罪となるべき事実)
第1被告人は,平成30年8月6日から同月9日頃までの間に,滋賀県守山市(住所省略)所在の被告人経営に係るB又はその周辺において,殺意をもって,C(当時69歳。以下被害者という。)を何らかの方法で死亡させて殺害した。

第2被告人は,同月6日から同月9日頃までの間に,前記B又はその周辺において,被害者の死体の首,両腕,両足等を切断するなどして損壊した上,同県草津市(住所省略)の排水路に架かる農道aの橋付近において,その胴体部を同排水路に,同市(住所省略)のb川に架かるc橋付近において,その大腿部,右下腿部,左上腕部等を同b川法面に,同年8月6日から同年9月12日まで
の間に,同県守山市(住所省略)の排水路に架かる農道dの橋付近において,その頭部を同排水路にそれぞれ捨てるなどして遺棄した。
第3被告人は,不正に入手した被害者名義のキャッシュカードを使用して現金を窃取しようと考え,
1同年8月10日午前11時44分頃,同市(住所省略)所在の株式会社X銀
行E支店において,払戻し権限がないのに,同所に設置された現金自動預払機に被害者名義のキャッシュカードを挿入して同機を作動させ,同支店支店長Fが管理する現金30万円を払い戻して窃取した。
2同月12日午後0時4分頃,同市(住所省略)所在の株式会社X銀行E支店G出張所において,払戻し権限がないのに,同所に設置された現金自動預払機
に被害者名義のキャッシュカードを挿入して同機を作動させ,前記Fが管理する現金25万円を払い戻して窃取した。

3同月16日午前9時58分頃,前記株式会社X銀行E支店G出張所において,払戻し権限がないのに,同所に設置された現金自動預払機に被害者名義のキャッシュカードを挿入して同機を作動させ,前記Fが管理する現金14万7000円を払い戻して窃取した。
(証拠の標目)

《省略》

(事実認定の補足説明)
1判示各事実に関する争点等
⑴被害者が死亡し,その死体が何者かにより損壊・遺棄された事実及び被告人が判示第3の1ないし3のとおり被害者名義の預金口座から各払戻しを行った事実については当事者間に争いがなく,関係証拠からも容易に認められる。⑵本件の争点は,①被害者が,死に至る何らかの加害行為(以下,単に加害行為という。)により死亡したか,②加害行為及び死体損壊・遺棄を行った犯人が被告人であるか,③仮に被告人が犯人であった場合,加害行為は殺意に基づくものであったか,④被告人による判示各払戻しが権限に基づかないものであった
かという点である。
これらの争点につき,当事者双方は,要旨,次のとおり主張する。なお,以下において,平成30年の出来事等については暦年,滋賀県内の出来事等については県名の記載をそれぞれ省略する。また,株式会社X銀行をX銀行,現金自動預払機をATMと略称する。

ア検察官の主張
①被害者が加害行為により死亡したか
被害者の死体が損壊・遺棄された事実,被害者の死体に病死や事故死の痕跡がない事実,被害者の健康状態に問題がなく,自殺する事情もない事実からすれば,被害者が,何者かによる加害行為によって死亡したことは明らかである。
②加害行為及び死体損壊・遺棄を行った犯人が被告人であるか被告人が使用する車両(ホンダライフ・白色。以下本件ライフという。)
内に被害者の死体血が付着していたことや防犯カメラの映像等から認められる,被告人が本件ライフを用いて被害者の死体を運搬したという事実,被告人以外の者によって被害者の生存が最後に確認されたのが被告人経営に係る判示Bであり,同店内に被害者の血液が付着していたことから認められる,加害行為及び死体損壊行為が行われたのがB又はその周辺であるという事実に加え,被告人が被害者死亡後にその財産を領得した事実や,被害者死亡の前後を通じ,知人らに被害者の帰郷に関して嘘を述べた事実からすれば,被告人が犯人であることは明らかである。
③加害行為が殺意に基づくものであったか

被告人が,被害者の死亡以前から,知人らに被害者の帰郷に関して嘘を述べて被害者の死亡に関する偽装工作を行っていた事実,被害者の死亡に際し救命措置をとることなく,死体を損壊して複数箇所に遺棄した事実に加え,被害者の死体には偶発的な死因をうかがわせる痕跡がない事実からすれば,被告人による加害行為が殺意に基づくものであったことは明らかである。

④被告人による各払戻しが権限に基づかないものであったか被告人は,被害者を殺害した上,その意思に反してキャッシュカードを取得したもので,被告人に払戻し権限がなかったことは明らかである。
イ弁護人の主張
①被害者が加害行為により死亡したか

被害者の死体の解剖所見は死因不詳というもので,仮に窒息による急性死の可能性があるとしても,第三者の行為によるものか否かは不明である。被害者が加害行為により死亡したことについては,合理的な疑いが残る。
②加害行為及び死体損壊・遺棄を行った犯人が被告人であるか本件ライフに付着していた被害者の血液が死体血であるとする鑑定結果につい
て,その鑑定手法は確立したものとはいえない上,当該鑑定の判断が微妙で,主文自体も死体血の可能性が高いという趣旨のものにとどまるから,これによって
本件ライフに被害者の死体血が付着していたとするには合理的な疑いが残る。また,防犯カメラの映像については,撮影された車両が本件ライフであると断定できる程度のものではない上,仮にそれが本件ライフであったとしても遺棄行為とは無関係の走行である。これらの事実から,被告人が本件ライフで被害者の死体を運搬したなどということはできない。
そして,B店内に付着していた被害者の血液は,量も箇所も少なく,それ以外には犯行の痕跡が全く残っていない上,被告人は,被害者が殺害され,その死体が損壊されていたとされる8月7日及び翌8日もBを営業していた。これらの事情から,B及びその周辺が加害行為等の犯行現場であると考えるのは不自然であ
る。
被告人が,被害者の知人らに被害者の行方に関して嘘を述べた事実がない点も踏まえれば,被告人が犯人であるとするには合理的な疑いが残る。③加害行為が殺意に基づくものであったか
被害者の死因は解剖所見からは不明であるし,仮に窒息死であるとしても死に
至る具体的な態様は不明であり,この点から殺意を推認することはできない。また,救命措置をとらず,死体損壊・遺棄の行為に及んでいるとしても,殺意がない傷害致死の場合でも同様の行為に及ぶ可能性はあるから,これらの事実から殺意を推認することはできない。むしろ被告人には被害者を殺害する動機はないのであって,仮に,被告人による加害行為があったとしても,それが殺意に基づく
ものであったとするには合理的な疑いが残る。
④被告人による各払戻しが権限に基づかないものであったか被告人は,8月8日時点で,被害者に対し,計30万円を貸し付けていたほか,被害者の居室(H建設宿舎でいわゆる飯場の居室の1室。以下,同飯場を本件飯場という。)の家賃等4万円を立て替えていて,合計34万円の債権を有し
ていたところ,同日,被害者から,被害者名義の預金口座のキャッシュカードや通帳等の交付を受け,同預金口座から払戻しをして前記貸付金及び立替金の返済
に充てた上で,残りの財産を管理するよう依頼を受けていた。すなわち,被告人は,被害者から同預金口座につき払戻しをする権限を与えられていた。2前提事実
次の事実は関係証拠から明らかに認められ,弁護人及び被告人もこれらの事実を争っていない。
⑴関係者及び相互の人間関係
ア被害者は,高知県出身で昭和23年生(本件当時69歳)の男性である。遅くとも平成15年頃以降,滋賀県内において,I組の建設作業員として働き,I組の宿舎に居住していたが,3月頃,本件飯場に転居した。被害者は,本件当時無
職で,年金を受給して生活していた。
イ被告人は,滋賀県内に転入した後の平成15年頃から平成17年頃までH建設の建設作業員として働いた。被告人は,その頃,被害者と知り合った。被告人は,平成22年頃,Bの経営を開始し,本件当時もその営業を続けていた。ウJ,K及びLは,いずれも3月時点で本件飯場の各居室に居住していた者で,
うちJとLは被告人とも面識がある。
エMはBに出入りしていた客で,3月頃,被告人に被害者の転居先の確保につき相談をした者であり,NはBの東隣の飲食店で働き,Bにも出入りしていた者である。
⑵被害者が本件飯場に入居した経緯等

被害者は,3月頃,従前居住していたI組の宿舎を退去することとなった。I組関係者から被害者の転居先について相談を受けたMは,本件飯場の管理人を自称する被告人に対し,本件飯場への被害者の入居を依頼し,これを了承した被告人は,月額3万円の賃料で被害者が本件飯場に入居できるように手配した。その結果,被害者は,3月頃,本件飯場の自室に入居した。

⑶被害者の自転車運転中の事故
被害者は,6月25日,自転車運転中に転倒事故を起こし,右手小指掌側に出
血を伴う挫創,右肘擦過傷の怪我を負い,O病院に救急搬送され,挫創部分につき10針縫合の上,包帯等で保護する治療,擦過傷部分につき洗浄及び絆創膏による保護の治療を受けた。
⑷被害者による年金担保融資の申込み
被害者は,6月29日,被告人を伴ってX銀行E支店を訪れ,被害者が農機具購入資金を調達する目的で年金担保融資を受けたい旨の相談をし,同支店職員から説明を受けた。
その後の7月12日,被害者は,再度被告人を伴って同支店を訪れ,年金担保融資を申し込んだ。この間に,被告人は,手続に必要な書類として農機具等の見
積書を調達していた。
⑸8月6日の被害者の動向
被告人は,8月6日午後5時35分頃までパチンコ店で遊戯した後,本件ライフを運転し,本件飯場に赴き被害者を助手席に同乗させてBに連れ帰った。同日,被告人と被害者の他に,NとJがBに来店したが,午後9時頃にJ,次
いでNが退店し,この時点でB店内は被告人と被害者の2人だけとなった。年金担保融資の実行通知
X銀行E支店職員は,8月7日,被告人に電話をかけ,被害者に対して,58万1100円の年金担保融資の実行が決定した旨を連絡した。
c橋への被害者の血液付着

大腿部,右下腿部,左上腕部等が発見された判示b川法面に架かるc橋に,8月8日午後0時38分から同月9日午後5時4分までの間に,被害者の血液が付着した。
⑻被害者名義の本件口座の取引履歴
ア8月9日,前記年金担保融資が実行され,X銀行E支店に開設された被害者名
義の預金口座(以下本件口座という。)に融資金58万1100円が入金され,その結果,本件口座の預金残高は58万1209円となった。
イ被告人は,8月10日午前11時44分頃,判示X銀行E支店において,被害者名義のキャッシュカードを用いてATMを作動させ,現金30万円を払い戻した(以下第1出金ということがある。)。
ウ被告人は,8月12日午後0時4分頃,判示X銀行E支店G出張所において,被害者名義のキャッシュカードを用いてATMを作動させ,現金25万円を払い戻した(以下第2出金ということがある。)。
エ8月15日,被害者の2か月分の年金計11万6840円が本件口座に入金された。
オ被告人は,8月16日午前9時58分頃,判示X銀行E支店G出張所において,
被害者名義のキャッシュカードを用いてATMを作動させ,現金14万7000円を払い戻した(以下第3出金ということがある。)。この結果,本件口座の預金残高は941円となった。
⑼被害者の胴体部及び大腿部等の発見
ア8月11日午前8時頃,草津市(住所省略)排水路内において,被害者の死体
の胴体部が発見された。
イ8月11日午後6時10分頃,同市(住所省略)のb川法面において,被害者の死体の大腿部,右下腿部,左上腕部等が発見された。
ウ8月12日午前10時25分頃,前記b川法面において,被害者の死体の左手首が発見された。

⑽被告人による被害者方の確認
被告人は,8月14日,午前9時13分にLに電話連絡をした上で本件飯場に赴き,被害者方居室の状況を確認した。
⑾被告人の逮捕
被告人は,9月12日,判示第3の1ないし3の窃盗の被疑事実で逮捕された。
⑿被害者の頭部の発見
平成31年1月19日午後5時15分頃,守山市(住所省略)排水路内におい
て,被害者の死体の頭部が発見された。
3当裁判所の判断
⑴争点①(被害者が加害行為により死亡したか)についてア被害者の死体の遺棄状況等
関係証拠によれば,被害者の死体は,死後に少なくとも13箇所で切断され,排水路や河川法面等の少なくとも3箇所に遺棄されたことが認められる。ところで,死亡し又は瀕死の状態にある人を認めた者は,救急又は警察に通報することが最も想定される行動である。そのような行動をとらないばかりか,あえて死体を切断し遺棄する行為に及ぶことは,病死,事故死又は自殺といった,
自らの関与と無関係の人の死亡に接した際の対応として,想定できないものである。
すなわち,死体を多数の部位に切断して遺棄する目的としては,死体を遺棄しやすくするほか,死体が発見されること自体を困難とし,あるいは仮に死体が発見された場合でも,身元の特定や行為者との関わりが発覚することを困難にして,
当該死亡の事実等を隠ぺいすることが考えられる。とりわけ,遺棄に先立つ切断等による損壊は,時間的・労力的に手間がかかる上,通常,強い心理的抵抗を覚える行為であり,しかも,それが発覚した場合には,捜査機関から当該死亡への関与というあらぬ嫌疑をかけられる可能性が高い。したがって,まさに当該死亡につき何らかの関与をした者でなければ,このような行為に及ぶ動機があるとは
考えられない。
したがって,被害者の死体が少なくとも13箇所以上で切断され,複数箇所に分散して遺棄されている事実は,被害者が他人の加害行為により死亡したことを強く推認させるものといえる。
なお,年金受給者であると知る被害者が病死,事故死又は自殺により死亡して
いるのを発見した者が,被害者の年金を取得する犯意を新たに生じて,被害者死亡の事実を隠ぺいするために死体の損壊・遺棄行為に及んだといった可能性も検
討したが,被害者が当時受給していた年金額は,2か月当たり11万円余りであって,この程度の金額のために,前記リスクを乗り越えてまで,死体の損壊・遺棄行為に及ぶ可能性は乏しいと考えられる。
イ被害者の死体における病死,事故死の痕跡の有無等
発見された被害者の死体を解剖したP医師(以下,P医師の公判供述をP証言という。)は,被害者は急性死したものと考えられるが,被害者の死体には,急性死に繋がる病気の痕跡はなく,中毒死を来すような薬毒物は検出されなかったほか,外傷による失血死の可能性も否定できることから,頸部圧迫や鼻口閉塞により窒息死した可能性が高い,誤嚥等による偶発的な窒息については,肺の解
剖所見から否定されると証言する。
P医師は,法医学の知見を有し,死体の解剖・鑑定経験が豊富な教授であり,P証言は,その専門的な知見・経験に依拠して,同人が実際に解剖した被害者の死体の状況及びこれに基づき想定される死因等について客観的,合理的な根拠を示して説明する内容であって,その公平性等にも問題はないから,同証言は十分
信用できる。
もっとも,窒息死の可能性が高いとのP証言の結論は,窒息死を示す積極的な所見が得られたことに基づくものではなく,他の主要な死因の可能性を除外していった結果窒息死が残るといういわば消去法的な推論によるものであるし,死因の一つとして考えられる致死的不整脈についても,P医師自身,極めて稀である
と述べるにとどまり,その可能性を完全に否定しているわけではない。その上,被害者の死体については一部が未発見で解剖できていない部分があり,中でも窒息死の可能性を検討する上で重要となる頸部が発見されていないことや,発見された頭部については,遺棄後の時間経過により白骨化し,眼球や眼瞼が失われ,脳も屍蝋化していたのであって,解剖によって,十分な情報が得られたといえる
かについて若干の疑問が残る。
そうすると,前記のとおり,P証言が信用性の高いものであることを前提とし
ても,その判断の基礎となる情報自体に限界があることも踏まえて証言内容を吟味すると,同証言から,被害者の死因が窒息死であると認めることはできず,解剖に供された被害者の死体の部位から得られた所見として,病死や事故死の痕跡がなかったとの限度で事実を認めるべきである。
とはいえ,解剖された被害者の死体中には,病死や事故死の可能性を検討する上で重要な頭部と胴体部が含まれていたのであり,そのうち頭部については前記のとおり一定の情報が失われていたとみられることを踏まえても,これらの解剖の結果,病死や事故死の痕跡がなかったという事実は相応に重要なものといえ,被害者が他人の加害行為により死亡したことを推認させる事実といえる。
ウ被害者の健康状態や自殺に至る事情の有無等
被害者の健康状態について
関係証拠によれば,被害者は,平成25年頃に医療施設の内科等を受診し,肝機能障害や貧血症の疑い等の診断を受けた事実が認められるが,それらはいずれも深刻なものではなく,その後は,平成30年に前記2⑶の転倒事故による怪我
に関して整形外科等を受診しているほかは,前記各疾病に関連する受診歴はなかった。
そして,P証言において,肝硬変や劇症肝炎など,肝臓に関する致死的な病変の可能性は否定されているから,結局,被害者については,その健康状態に死亡に繋がり得るほどの重大な問題はなかったというべきである。

被害者の自殺の可能性について
関係証拠によれば,被害者は,5月頃,弟の一人と電話連絡を取り,その際,別の弟が亡くなっていたのを知ったことが認められ,また,I組の宿舎での生活に比べ,本件飯場での生活に不満を抱いていたと認められるところ,これらに起因する気分の落ち込みにより自殺を希求したことは抽象的には考えられなくもな
い。
もっとも,仮にそうであるとすると,被害者は,前記2⑷のとおり,6月以降,
年金担保融資を受けるための手続を進めていたところ,その実行後の融資金58万1100円に一切手を付けることなく自殺したことになる。自殺を考えている者が手間をかけて融資を受けようとしながら,目前の融資実行を待たずに自殺するのはやや不自然である。
また,被害者には,自殺の背景となるような精神疾患をうかがわせる受診歴はないし,被害者の知人らの供述内容においても,そのような精神疾患や自殺の動機をうかがわせるエピソードは見当たらない。
そうすると,被害者について,死亡の日時頃に,自殺を図る動機や自殺の背景となるような事情があったとは考え難い。

エ小括
以上検討してきたところをまとめると,本件において被害者の死体が損壊され,遺棄された事実自体が,当該損壊・遺棄行為に及んだ者において,被害者の死亡に関与したと強く疑われるという意味で,被害者が他人の加害行為により死亡したことを強く推認させるものといえるところ,さらに被害者の死体の部位の解剖
結果において,病死や事故死をうかがわせる所見がない点も踏まえると,被害者の死亡が病死や事故死であった可能性は著しく小さくなる。そして,以上に加え,被害者について,自殺を図る動機や背景といった事情があったとは考え難い点も併せ考慮すると,被害者が他人の加害行為により死亡したことについて,もはや合理的な疑いを差し挟む余地がなくなるから,被害者は,他人の加害行為により
死亡したと推認することができる。
⑵争点②(加害行為及び死体損壊・遺棄を行った犯人が被告人であるか)について
ア被告人による本件ライフを用いた被害者の死体の運搬等
本件ライフへの被害者の死体血の付着

a本件ライフから採取された被害者の血液について,それが死体血と認められるかとの鑑定事項で鑑定を行ったQ医師(以下,Q医師による前記鑑定をQ鑑定,公判供述をQ証言という。)は,本件ライフ内部の4か所から採取された被害者の血痕4点のうち,3点について死体血と考えて矛盾しない,残る1点について生体血か死体血かは不明であると結論付けたと証言している。もっとも,弁護人は,同鑑定結果について,鑑定手法自体が確立したものではないことから,これによって得られた結論に依拠すべきではないと主張するのに加え,Q鑑定における判定は微妙であるほか,鑑定主文自体も弱い表現であることから,これにより本件ライフに付着した血痕が死体血であると断定することはできない旨具体的に主張するから,鑑定手法自体の合理性及び実際に行われたQ鑑定の合理性の点については慎重に検討する必要がある。

b鑑定手法の合理性について
Q医師がQ鑑定において用いた手法は,R医師(以下,R医師の公判供述をR証言という。)が平成17年に国際的な法医学雑誌で発表した論文(以下R論文という。)に基づくものである。
R証言及びQ証言によれば,この鑑定手法により死体血を識別することができ
る理論的根拠は,要旨,次のとおりであると認められる。
⒜本鑑定手法は,血液中のDダイマー(血管内の凝固・線溶反応により生成される物質)の濃度に着目して,生体血と死体血を識別することを目的とする。⒝生体血においては,外傷や血栓が発生した場合等に凝固・線溶反応が生じるが,局所的なものにとどまるため,生体血に含まれるDダイマーの濃度は,通
常1μg/ml程度である。
死体血においては,死後,全身の血管内で急激に凝固・線溶反応が進行し,大量のDダイマーが生成されることから,死体血中のDダイマーの濃度は桁違いに上昇することとなり,R医師が死体血の検査試料を集めて実測した結果,335ないし2800μg/mlに上る。死体血につきDダイマーの濃度が上
昇することは,法医学界において,古くから知られている常識である。⒞生体中の血液について,Dダイマー量の上昇がみられる疾患として,播種性
血管内凝固症候群(DIC)が知られており,これは,急性骨髄性白血病や劇症肝炎あるいは敗血症等で発現しやすいとされているが,集中治療室での治療が必要な重症のDICであっても,血中のDダイマーの濃度は,30ないし40μg/ml程度であり,異常な高値が出た例として論文で報告されたものでも200μg/mlである。すなわち,異常値を含めても,生体血のDダイマー量は,死体血のそれと比べて,有意に低い。
⒟血栓の診断に用いられるラテックス凝集法によるDダイマー検査キットを用いると,検体に一定濃度のDダイマーが含まれている場合にはラテックス凝集反応がみられ,これにより,一定濃度以上のDダイマーが含まれているか否か
を判定することができる。そこで,血痕からガーゼ等で採取した血液(約1μlに相当)を希釈用液30μlに浸して浸出液20μlを採取し,これを検査試料として前記検査キットを用いた場合に,ラテックス凝集反応がみられるかを確認した。これによれば,生体血ではラテックス凝集反応は一切みられず,他方,死体血ではほぼ全ての検体で凝集反応がみられたが,死体血であっても,
Dダイマーの濃度が335μg/mlであった検査試料はラテックス凝集反応がみられなかった。そこで,他の検体や試薬等を用いて比較検討した結果,前記手法においてラテックス凝集反応が得られる閾値(検出限界)は,300ないし400μg/mlであった。
⒠生体血に含まれるDダイマー量は前記異常高値を含めても200μg/ml
以下であるところ,前記⒟の手法によってラテックス凝集反応がみられるのは,論理的に,当該血液が死体血であった場合に限られる。
⒡したがって,前記⒟の手法において反応が得られる閾値を踏まえると,死体血であったとしてもラテックス凝集反応がみられない可能性が残るため,ラテックス凝集反応がみられない場合には,死体血か生体血かは不明であるという
ことになるが,他方,ラテックス凝集反応がみられた場合には,当該血液は死体血であると確定的に判断できることになる。

前記鑑定手法を研究・発表したR医師及びこれに関与したQ医師は,いずれも法医学を専門とし,特に血液鑑定に関する分野について高い医学的知見を有しているところ,同人らが説明する鑑定手法についても,科学的,合理的な根拠が示されているというべきであるから,同鑑定手法は信頼性の高い合理的な内容であると認められる。
これに対し,弁護人は,この手法による鑑定実施例が少ない点を指摘するが,それは,移動させられるに際してその者が既に死亡していたか否かが他の証拠から特定できない事案など,この手法の活用が有効な場面が限られていることによるものと考えられ,実施例が少数にとどまることをもって,前記鑑定手法が合理
性を備えていないということはできない。
cQ鑑定の合理性について
Q証言によれば,Q鑑定についても,基本的にはR論文に依拠した手法を用いているとされているところ,それ自体妥当なものであることは前記のとおりである。

他方で,Q証言によれば,Q鑑定において鑑定した検体については,その血液の採取量が乏しいことや,ガーゼより抽出液が得にくい綿棒で採取したものであったことなどから,より希釈しなければ必要量の検査試料を得ることができなかったとされており,その意味で,R論文の手法を機械的に踏襲したものではない。もっとも,本来の手法に比べてより薄く希釈しているのであるから,これによ
って得られた検査試料に含まれるDダイマーの量も比例して少なくなるべきところ,それでもなおラテックス凝集反応がみられたのであれば,元々の血液自体に含まれていたDダイマーの量が,この手法による閾値である300ないし400μg/mlを上回るものであったことを示すものであって,より確実に死体血であったことを基礎付けているとみるべきである。

また,Q医師は,Dダイマー以外にラテックス試薬に反応する物質は現時点で発見されていないものの,検体に関し,そのような物質が含まれる可能性も考慮
して追加の検査を行った結果,今回の検体にそのような物質は含まれていないと認められたと述べているほか,ラテックス凝集反応の有無の判定についても,自身は実体顕微鏡を用いて慎重に確認した上で,法医学教室の講師及び大学院生の2名にも判断結果を知らせずに凝集反応の有無を確認させ,凝集反応がみられたとの結論が一致していたと証言する。
Q医師は,前記のとおり法医学者として十分な知見を有しているところ,鑑定手法は適切で何ら問題はないし,Q鑑定においても誠実かつ公平に鑑定を実施しているから,その鑑定結果は信用することができる。
なお,P証言によれば,被害者の死体を解剖した結果,血中のDダイマーの濃
度が上昇するような疾患が存在した痕跡はなかったというのであるから,被害者の血液については,生体血でありながら多量のDダイマーを含んでいた具体的可能性は乏しく,かかる点からもQ鑑定の結果の信用性は裏付けられている。弁護人は,Q鑑定の信用性が乏しい根拠として,鑑定主文の表現が弱い旨指摘するが,Q証言によれば,そのような表現にとどめた理由は,自身が血痕の付着
状況や採取状況を確認していない以上,断定的な表現はできないと考えたからであるというのであるから,むしろ医師としての科学的かつ慎重な態度の表れと評価すべきであり,これによって鑑定結果の信用性が損なわれるものではない。d被害者の生前にその血液が本件ライフに付着した可能性について被告人は,本件ライフに被害者の血液が付着する機会として,前記転倒事故の
翌日に被害者をO病院まで同乗させたことや,被害者が本件飯場において被告人による宿舎建物の解体作業を手伝った際,古釘が足に刺さる怪我をし,本件ライフの後部座席や荷室に腰かけて金づちで毒素を抜く処置をしたことなど,複数のエピソードを供述する。
もっとも,被害者を同乗させて病院に向かったのは,被害者が転倒事故により
怪我をした翌日であり,医師による治療後であったから,この機会に血液が本件ライフに付着することは考え難いし,解体作業を手伝った際に負った怪我の治療
の機会についても,仮にそのような出来事があったとしても,本件ライフの血液の付着箇所や量,付着状況等に照らすと,前記処置の際に付着したとは考え難い。この事実は,これらが死体血であるとするQ鑑定の前記結論を補強するものである。
e小括
以上によれば,本件ライフに付着していた被害者の血液は,死体血であると認められる。
本件ライフに類似した車両のBを起点とした各死体発見現場方向への走行事実a関係証拠によれば,①8月7日午後0時24分頃から午後1時31分頃にかけ
て,本件ライフに類似した車両(以下,便宜上,類似車両という。)が,B付近から胴体部発見場所及び大腿部等発見場所方面に向けて走行し,B付近に戻った事実(以下第1走行事実という。),②同日午後1時41分頃から午後2時20分頃にかけて,類似車両が,B付近から頭部発見場所方面に向けて走行し,B付近に戻った事実(以下第2走行事実という。),③同月8日午後9
時6分頃から午後9時34分頃にかけて,類似車両が,B付近から胴体部発見場所及び大腿部等発見場所方面に向けて走行し,B付近に戻った事実(以下第3走行事実という。)が認められる。b前記各走行事実のうち,第1走行事実については,類似車両がS店に立ち寄ったことが認められ,かつ,同店において被告人がコーヒーを購入した事実が認め
られることを踏まえると,被告人が,本件ライフを運転して走行したものであると合理的に推認できる。
他方で,第2及び第3走行事実については,類似車両が被告人が運転する本件ライフであると断定するには足りない。
この点につき,検察官は,車当たり捜査の結果,本件関係箇所周辺,すなわち,
守山市及び草津市全域並びに栗東市の一部において,本件ライフと特徴が一致する車両が発見されなかったことから,前記各走行事実における類似車両はいずれ
も本件ライフである旨を主張するが,この捜査においては,前記地域の圏外で登録されたものの,同地域内において使用されている車両には捜査が及んでおらず,本件ライフと特徴が一致する車両が偶然走行した可能性は否定し切れない。その上,第2走行事実及び第3走行事実(夜間)を裏付ける防犯カメラ映像には不鮮明なものが多く,本件ライフの特徴の一つであるタイヤホイールの形状を判別することは困難であって,撮影されている類似車両のそれが本件ライフのそれと同一であると断定することまではできない。
cしたがって,この点につき,第1走行事実については,被告人が,本件ライフを運転して走行したものであると認められるけれども,第2及び第3走行事実に
ついては,前記aの限度で,すなわち,本件ライフに類似する車両が,各日時頃に,B付近から死体の発見場所方面に向けて走行し,B付近に戻ったとの限度で事実を認めるのが相当である。
本件ライフの管理状況等
被告人は,公判廷において,8月7日及び翌8日は,本件ライフを他人に貸し
たことはない,同車両は,Bに近接して駐車する際はエンジンキーを差したままの状態にしていることが多かった旨供述しており,これによれば,被告人以外の者が被告人に無断で本件ライフを使用した可能性も完全には否定できない。他方で,被告人は,被害者から財産管理を依頼され通帳等を預けられたことを前提とするものではあるが,前記時期は,通帳等が同車両の車内に保管されていたこと
から施錠していたとも供述する上,普段から,施錠せずエンジンキーを差したままの状態でも支障が生じることはなかったというのであるから,この時期について,何者かが被告人に無断で本件ライフを使用した具体的可能性は想定し難い。総合考慮
前記のとおり,本件ライフに被害者の死体血が付着していたことが認められる
ところ,その付着箇所や付着状況に照らすと,何者かが被告人に罪をなすりつけるといった偽装のため故意に付着させた事態等は考え難く,被害者の損壊後の死
体を運搬している際に付着したものと考えるのが自然かつ合理的であって,そうすると,被害者の死体が本件ライフによって運搬されたことが合理的に推認されるというべきである。その上で,本件ライフ又はその類似車両が,3回にわたり,B付近を起点として死体発見現場方面に向けて走行し,B付近を終点として戻った事実が認められることも踏まえると,本件ライフを用いて,被害者の死体が遺棄現場まで運搬されたことを推認することができる。
以上に加え,本件ライフについては,被告人以外が使用した可能性は考え難い点も考慮すると,被告人が,本件ライフを用いて被害者の死体を運搬した事実が認められる。

イ被告人による被害者死亡に近接する時期の被害者財産の取得
関係証拠によれば,被害者が生前,自分で預金口座からの出金を行っていたことや,被告人が,被害者死亡後,被害者のキャッシュカードや実印,財布等をBで保管しており,そのうち,キャッシュカードや通帳については,木製棚の引き出しと側板の間の狭い隙間に保管していたことが認められるほか,前記2⑻イ,
ウ,オのとおり,被告人が,8月10日から同月16日にかけて,3日にわたり,本件口座から,口座残高のほぼ全額となる合計69万7000円を払い戻した事実(第1ないし第3出金)が認められる。
以上の事実によれば,被告人は,被害者の死亡直後から短期間のうちに本件口座から残高のほぼ全額を払い戻した上,そのために用いたキャッシュカードや通
帳については,容易には発見されない態様で保管していたということができる。そうすると,被告人が,被害者死亡後近接した時期に,不正に被害者の財産を取得した事実を推認することができる。
被告人が供述する経緯
これに対し,被告人は公判廷において,被害者に対し,8月8日時点で計30
万円(同日追加で貸し付けたという1万円を含む。)の貸金債権と計4万円の立替金債権を有していたところ,同日,被害者から,被害者名義の預金口座のキャ
ッシュカードや通帳等の交付を受け,本件口座から払戻しをして前記貸付金等の返済に充てた上で,残金を被告人において管理してほしいとの依頼を受けたものであって,この依頼に基づき,第1ないし第3出金を行ったものであるし,被害者のキャッシュカード等は他人の貴重品であるから,Bにおいて厳重に保管・管理していた旨供述する。弁護人も,同各出金について,被告人は被害者から払戻し権限を与えられていたと主張する。
そこで,以下,そのような合理的疑いが残らないかを検討する。
被害者が被告人に財産管理を依頼したかの点について
a関係証拠によれば,被告人は,9月12日時点で,Bにおいて,被害者の財布,
本件口座及びTに開設された口座の各通帳及びキャッシュカード,本件口座の届出印並びに実印を保管していた事実が認められ,さらに8月10日時点において,被害者の介護保険被保険者証を所持していた事実も認められる。
被告人の供述を前提とすれば,これらは,被害者が,被告人に対して金銭管理を依頼する際に預けた物品ということになるが,このうち,実印及び介護保険被
保険者証は金銭管理に直接関連するものではなく,これを預ける必要性を見出すことができない。加えて,前記Tの口座については,残高が380円であった上,入金も予定されていなかったというのであるから,その通帳及びキャッシュカードを金銭管理のために預ける必要性は見出し難い。
このように,被告人が,金銭管理のために預ける必要性がないか乏しい物品を
も所持していたことは,被害者から金銭管理を依頼されていた旨の被告人供述を前提としても,不自然である。しかも,前記認定事実によれば,被告人は,8月10日以降に,金銭管理のために被害者から預けられた被害者の介護保険被保険者証を紛失し又は処分したことになるが,これらの点に照らすと,そのような金銭管理の依頼の存在は相当に疑わしい。

bまた,被告人は,前記のとおり,3回にわたり,本件口座から預金残高のほぼ全額を払い戻しているところ,関係証拠によれば,被告人はこれを自分名義の2
つの預金口座に分けて入金していた事実が認められる。
通常,金銭管理のために通帳,キャッシュカード及び届出印を揃えて預託されたのであれば,依頼者の口座をそのまま用いて管理すればよいのであって,あえて依頼者の口座から自己の口座に金員を移動させる必要があるとは考え難い。また,仮にそのように預金を移動させる必要があったとしても,その場合には逐一記録を残すと考えられるところ,被告人は,メモさえ残しておらず,他人の預金の管理方法として不自然である。
この点について,被告人は,被害者から全ての財産を管理して欲しいと頼まれたため,被告人自身の考えで,自分名義の口座に金員を移動させたと述べるが,
不合理な説明であり,到底納得することができない。
c以上によれば,被告人が供述するような内容及び態様で,被害者が被告人に対して金銭の管理を依頼した事実はなかったものと認められる。
被告人の被害者に対する貸金債権等の存否及び額について
a被告人は,8月8日時点で,被害者に対して計29万円を貸し付けており,同
日に追加で1万円を貸し付けたことによって計30万円の貸金債権を有していたのに加え,7月分の本件飯場の家賃3万円及び前記2⑶の転倒事故に係る治療費1万円を立て替えており,被害者に合計34万円の債権を有していた旨供述する。b被害者が被告人から,数回にわたり少額の金員を借り入れたことは認められるが,関係証拠を精査しても,被告人が被害者に対して前記のような高額の貸付け
をしたことを示す客観的な資料はなく,被害者が居室に保管していたと認められる借用関係を記録したらしきメモ(以下被害者メモという。)や,被告人がBに保管していた確約書の余白欄及び同書面が在中していた封筒に記載したメモ(以下,併せて確約書メモという。)に被害者と被告人との間の貸付記録とうかがわれる記載が認められるにすぎない。そして,被害者メモ及び確約書メモ
に記載された金額をそのまま合算したとしても,8月8日時点ではその合計は10万円程度であり,被告人が供述する30万円という金額とは大きくかけ離れて
いる。
これに対し,被告人は,被害者に対する貸付けに際し,その都度被害者に借用メモを作成させて管理していたが,8月10日の第1出金に係る30万円が前記30万円の貸金債権に対する返済に充てられたことにより,被害者に対する貸金債権が完済されたことから,それらの借用メモを全て捨てたと供述するが,それらの借用メモは,被告人の被害者に対する貸金額及び貸付履歴を示すものであって,その重要性に鑑みれば,返済があったからといって直ちに捨てたというのは不自然である。
そうすると,被告人が供述する貸金債権額には,客観的な裏付けがないという
べきである。
cまた,確約書メモには,8月10日と同月12日,それぞれ5万円の入金があった旨が記載されているが,これは,8月10日に30万円が返済された旨の被告人の供述と整合しない。被告人は,これらの記載は,被害者に貸し付けていた金員がたんす預金を原資とするものであったから,被害者から返済を受けた金員
について,8月10日と同月12日にそれぞれ5万円ずつたんす預金に組み戻したことを意味すると述べるが,専ら被告人の財産の管理に関する事項を,被害者との金銭貸借についてのメモとして記載する理由がないし,8月10日と同月12日の2回に分けて組み戻す理由もなく,不合理である。
そして,c橋への血痕の付着時期に照らして,8月10日時点では,被害者は
既に死亡していたと認められることも踏まえると,8月10日と同月12日にそれぞれ5万円の入金があった旨の記載は,明らかに不自然・不合理なものである。そうすると,被告人は,あえて確約書メモに虚偽の記載をしたことになるのであって,確約書メモ全体の信用性が失われるのはもとより,30万円の貸金債権を有していた旨の被告人の供述も信用することができない。

dさらに,被害者の収入が2か月に11万円余りの年金収入しかなかったことからすると,30万円余りの借入れは,その家計規模に照らして明らかに過大であ
って,被害者が従前から年金収入で生計を立ててきた経過も踏まえると,半年足らずの期間で借入れが30万円余りに膨らむとは考え難い。これらの点を併せ考慮すると,被告人が供述するような高額の貸付けはなかったものと認められ,最大限被告人に有利に検討しても,被告人の被害者に対する貸金債権は,10万円程度であったと認められるにすぎない。なお,被告人と被害者との間で金銭貸借関係があったこと自体は認められるが,確約書メモのうち8月8日に1万円を貸し付けた旨の記載は,同日に被害者から金銭管理を依頼された事実がなかったと認められる以上,被告人により虚偽の記載がされたものと認められる。小括

以上によれば,被害者が被告人に対して財産管理を依頼した事実はなかったものと認められ,被告人が被害者に対して有していた貸金債権はせいぜい10万円程度であって,第1出金に係る30万円に見合う金額ではなかったと認められるところ,被告人による第1ないし第3出金が,貸金債権への充当及び財産管理の依頼に基づく出金として正当化される余地はない。

したがって,被告人が,被害者の死亡後早い時期に,不正に被害者の財産を取得した事実が認められる。
ウ被告人が被害者が居なくなった理由について嘘を述べていたことL,J及びMは,被害者が居なくなったことに関し被告人から聞かされた内容等として,公判廷において,それぞれ次のとおり供述する。

aL
8月10日又は翌11日頃,Bにおいて,被告人から,その日に,被害者の姉と弟が京都のホテルまで来ているから,被害者を守山駅まで乗せて行ったという話を聞いた。被告人の話では,被害者は二,三日で本件飯場に帰ってくるということであった。

8月13日頃,Bに被害者から番号非通知で電話があり,酔っ払っていて何を話しているのかわからなかったが,被害者は帰ってこないだろうという話を被告
人から聞いた。その際,被告人は,こんちきしょうあの野郎などと述べ,被害者に対する怒りの態度を示していた。
8月14日朝,被告人から電話があり,本件飯場の被害者の居室を確認したいと言われ,これに立ち会った。
bJ
7月末頃,Bにおいて,被告人から,被害者が地元の四国から出てくる姉弟と京都のホテルで会って被害者の今後について話し合うと聞いた。その話し合いは,被害者が四国に帰るという内容で,被害者名義の家を被害者の姉等の名義に変えて一緒に住むというものであり,被害者は話し合いの後は一旦本件飯場に戻ると
いうことであった。
8月9日頃,Bにおいて,被告人から,被害者が京都のホテルで姉弟と会って,そのまま四国に帰ってしまったと聞いた。
お盆休みの頃,被告人とLが本件飯場の被害者の居室を確認しに来た際,被告人から,被害者の姉弟は被害者の世話ができるような状態ではなく,被害者が四
国に帰ったという話は嘘であったと聞いた。
cM
7月下旬頃,Bにおいて,被告人から,被害者の姉弟が迎えに来て,被害者が本件飯場を出て故郷の高知に帰るという話を聞いた。被告人によれば,被告人が,被害者の古い携帯電話から被害者の姉弟の連絡先を見つけ,そこに電話して話を
つけたとのことであり,京都駅前のホテルで落ち合う予定になっているとのことであった。また,被告人は,本件飯場の被害者の部屋には荷物も残っているので,被害者は一旦は戻ってくるであろうと話していた。
8月の第1週頃,Bにおいて,被告人から,被害者の姉弟に連絡しても反応がなく,被害者は高知に帰ったまま戻ってこないだろうという内容の話を聞いた。
前記のとおり,L,J及びMの各証言内容は,被告人が,Lらに対し,姉弟が被害者に会いに京都に来たことや,被害者が姉弟と共に故郷に帰った旨を伝えた
という大筋で整合し,各内容も具体的である上,それぞれ別の機会に被告人から聞いた内容を供述していて,信用性は高いものと認められるから,被告人は各証人が供述するような発言をしていた事実が認められる。
そして,関係証拠によれば,姉弟が被害者に会いに京都に来た事実はなかったと認められるし,近接した時期に被害者がその姉弟と連絡をとっていた事実すらなかったと認められる(近年,被害者が姉弟と連絡をとったのは,5月24日,Lから借りた携帯電話機を使用して弟のUと通話した1回のみであり,この際には,互いの近況報告程度のやりとりが行われただけであった。)。そうすると,被告人がLらに話した内容は,いずれも事実に反するものと認められ,被告人が,
Lらに対し,被害者の帰郷に関連する虚偽の内容を伝えたことになる。これに対し,被告人は,Lらにそのような話をした事実を否定し,弁護人は,被害者は従前から高知に帰りたいと述べていたことなどから,Lらは,そのような被害者の話や,被害者から聞いた話を基にした被告人の話について,聞いた時期や趣旨等を勘違いした可能性がある旨主張する。

もっとも,姉弟が被害者に会いに京都のホテルに来るという話は客観的には存在しない事実であるところ,Lら3名は,そのように客観的には存在しない事実について,概ね合致する供述をしており,かつ,それらはいずれも異なる機会に被告人から聞いた内容である。そのように,異なる機会に被告人から聞いた内容について,各証人が偶然にも,同じような勘違いをすることは考え難く,各証人
の供述が,被告人から話を聞いた状況も含めて,相応に具体的なものであることも踏まえると,これらの供述内容が勘違いであるとは考えられない。以上の点に加え,L,J及びMが被告人を陥れるために口裏を合わせてまで,このような事実について虚偽の供述をする動機は想定できない点も踏まえると,被告人が,Lらに対し,被害者の帰郷に関連して虚偽の内容を伝えていた事実が
認められる(なお,被告人は,8月14日頃以降,被害者が帰郷する話は嘘であったようだとの,新たな話を開始しているところ,同月11日以降に,被害者の
死体部位の相次ぐ発見を認識したことがきっかけであると考えることができる。)。
エ総合考慮
以上の検討によれば,被告人が本件ライフを用いて被害者の死体を運搬した事実,被告人が被害者の死亡後近接した時期に不正に被害者の財産を取得した事実及び被告人が被害者の知人らに対し被害者の行方に関して虚偽の内容を伝えていた事実がそれぞれ認められる。
そして,被告人が被害者の死亡に関与していなければ,その死体を運搬する行動に出ることは考え難いところ,被告人が被害者の死亡直後の時期から被害者の
預金を払い戻して被害者の財産を領得し,被害者の知人に対して被害者の行方に関する虚偽を述べるなどして,被害者の死亡の事実の隠ぺいを図ろうとしていたことも併せ考慮すると,被告人自身が,被害者の死亡に関与していたと強く疑われる。
以上の点に加え,関係証拠によれば,被告人以外の者によって生存している被
害者が最後に確認されたのは,8月6日夜にBに被告人と2人で残ったときであると認められ,本件飯場の住人らの証言によれば,翌7日以降,被害者が本件飯場に戻っていないことが認められるほか,前記のとおり,本件ライフが被害者の死体を運搬する際にBを起点・終点として走行していた事実が認められるところ,被害者に対する加害行為及び損壊行為が行われたのはB又はその周辺であると強
く疑われ,これも前記犯人性の推認を補強するものである。
他方,弁護人は,Bに付着していた被害者の血液が微量であることや,8月7日及び翌8日,Bは通常通り営業していたことから,Bにおいて被害者が死亡し,損壊行為が行われていたとは考えられない旨主張する。しかしながら,前者の点については,損壊場所の床や壁をビニールシート等で養生するなどの方法で痕跡
を残さずに死体を損壊することは可能であるし,Bには業務用の冷蔵庫や冷凍庫が存在するところ,これを利用すれば,死臭が発生することも防止できると考え
られる。後者の点についても,Bの営業開始時刻が午後5時であり,客の来店が早くとも午後4時頃であると認められることに照らすと,予め準備を行い,8月7日夕方までに被害者の殺害と死体の損壊・遺棄の主要部分を終えることは可能であると考えられる。したがって,弁護人が指摘する各事実は前記推認を妨げるに足りるものではない。
以上のとおり認定した間接事実を総合考慮した結果,被害者に対する加害行為及び死体の損壊・遺棄行為を行った犯人は被告人であると推認することが相当である。本件ライフに被害者の死体血が付着していたことなどが認められる本件においては,認定した間接事実中に被告人が犯人ではないとしたならば合理的に説
明ができない(あるいは,少なくとも説明が極めて困難である)事実関係が含まれているものと認められる。
⑶争点③(被告人による加害行為が殺意に基づくものであったか)についてア関係証拠及び前記認定・説示によれば,被告人が,被害者の生前から,被害者が故郷の高知に帰る旨の虚偽を述べていたこと,被告人が被害者の死亡に際して
救命措置をとることなく,その死体を13箇所以上で切断して損壊した上で複数箇所に遺棄したことがそれぞれ認められる。
イそこで検討するに,被告人が,被害者の生前から,被害者が本件飯場を去って高知に帰る旨の嘘を広め,実際に被害者の死亡後には,被害者が高知に帰った旨の嘘を述べるなどし,被害者の死亡前後を通じて,一貫して被害者の死亡を隠ぺ
いするための偽装工作をしていた事実は,被害者がこの時期に死亡することを予期していたことを示すものであり,被害者を殺害する計画や予定が存在したことをうかがわせるものということができる。
そして,被害者の死亡に際して,その死体を単に運び出すだけではなく,損壊した上での遺棄に及んでおり,かつ,それを短期間のうちに完遂していることか
らすれば,切断・遺棄についても事前の計画ないし準備の存在がうかがわれるというべきである。被告人が,このような切断・遺棄の犯行に及んでいたと考えら
れる8月7日及び翌8日に,通常通りBを営業していたことについても,被害者の死亡が偶発的なものではなく,予定されたものであったことをむしろうかがわせる。
ウ以上のとおり,被告人は,予め被害者を殺害することを計画していたことが推認されるところ,被害者の死体に偶発的な死亡の所見がないことも併せ考慮すれば,被告人による被害者に対する加害行為は,殺意に基づくものであったと認められる。
なお,弁護人は,被告人には被害者との間にトラブルはなく,被害者を殺害する動機は存在しない旨主張するが,被告人と被害者には金銭貸借関係があったこ
とは被告人も認めるところであって,そうである以上,これに関連したトラブルは想定できるし,被告人が被害者の世話をする関係であったことも踏まえると,その経緯の中で苛立ちや不満を募らせたことも考えられる。そうすると,本件の事実経過においても何らかの殺害動機は想定できるから,弁護人の指摘は,前記推認を揺るがすものではない。

争点④(被告人が本件口座から払戻しを受ける権限を有していなかったか)について
被告人が被害者を殺害した事実及び被害者のキャッシュカードを被害者の意思に反して取得した事実が認められることは,前記⑵及び⑶のとおりである。そうすると,被告人が,本件口座から払戻しをする権限を与えられていたとみ
る余地はなく,第1ないし第3出金のいずれも,被告人が権限なく払戻しをしたものであることが明らかに認められる。
⑸結論
以上の次第で,被告人について,罪となるべき事実記載のとおりの各犯罪の成立を認めた。

(法令の適用)
(量刑の理由)

《省略》

1本件は,被告人が,計画的に知人を殺害しその死体を損壊して遺棄した上,被害者名義の口座から金員を窃取した殺人1件,死体損壊・遺棄1件,窃盗3件の事案である。
犯情評価の中心となる殺人とこれに連なる死体損壊・遺棄の各犯行態様は,被告人が全面的に無罪を主張し,死体に未発見部位もあるため細部に不明な点が残るものの,被告人が,自身経営に係る飲食店又はその周辺で,何らかの方法で被害者を殺害し,死体を切断した上で遺棄したというものである。殺害行為自体が極めて残虐で執拗なものであったとまでは認められないが,被害者を殺害するのみならず,死体を多数の部位に切断した上で排水路等の複数箇所に遺棄した点に
照らすと,被害者の尊厳を軽んじた,人間味の欠ける冷酷な犯行というべきである。また,被告人は,知人らに対し,被害者の生前から,被害者が不在となる理由に関する嘘を触れ回り,殺害後にも関連する嘘を続ける隠ぺい工作を貫く一方,犯行の痕跡を残さないよう努めながら,殺害後短期間のうちに被害者の死体の損壊・遺棄を遂げたもので,計画性の高い犯行である。生じた結果を見ると,突如
として生命を奪われた被害者の無念さは察するに余りあるものがあり,遺族の悲嘆も大きい。
窃盗の各犯行は,被害者死亡後の早い時期に,被害者名義の口座から合計70万円近い金員を窃取したもので,被害総額は少額とはいえず,軽視できる内容ではない。

被告人が本件一連の犯行に至った動機・経緯については不明な部分が残るものの,被告人と被害者の間に怨恨等の大きな軋轢があったことはうかがわれず,被害者殺害後の早い時期に各払戻しに及んでいる点や,被害者の所在に関する工作を始めとして犯行が高い計画性に貫かれている点を踏まえると,動機の中に金員取得目的が含まれる可能性は考えられる。そして,被告人に対する責任非難を抑
えるような経緯が考えられないかという観点から,被害者の言動等を理由とする被告人と被害者の人間関係悪化等が動機・背景の一端である可能性についても慎
重に検討したが,被害者を殺害することがやむを得ないといえるほどの事情は,本件の事実関係の下でおよそ想定することができなかった。そうすると,一連の犯行は身勝手なものと評価でき,被告人に特段同情すべき事情はないものと見ることが相当である。
以上を踏まえ,犯情評価の中心となる本件殺人をその社会的類型(単独犯,被害者:知人・友人・勤務先関係,計画的な殺人1件)の量刑傾向の中で位置付けると,同類型の中で,本件はより重い部類に属するというべきである。2次に,犯情以外の情状事実についてみると,被告人は,関係証拠から客観的に明らかな各払戻しを行ったことは認めるものの,全ての事実につき犯罪の成立を
否定し,公判廷では不合理な弁解に終始して,本件を反省していない。3そうすると,被告人にさしたる前科がないことなど,被告人に有利な事情を踏まえても,被告人の刑事責任は相当に重いというほかないから,被告人に対し,主文の刑を科すことが相当であると判断した。
(求刑-懲役28年)

令和元年12月9日
大津地方裁判所刑事部

裁判長裁判官

今井輝幸

裁判官

齊藤隆広

裁判官

進藤


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