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覚せい剤取締法違反、関税法違反被告事件
事件番号平成31(わ)183
事件名覚せい剤取締法違反,関税法違反被告事件
裁判年月日令和元年12月13日
裁判所名・部札幌地方裁判所
裁判日:西暦2019-12-13
情報公開日2020-01-23 16:00:09
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令和元年12月13日宣告
平成31年(わ)第183号

覚せい剤取締法違反,関税法違反被告事件


被告人は無罪


第1


公訴事実

本件公訴事実は,被告人は,氏名不詳者らと共謀の上,営利の目的で,みだりに,平成31年2月24日(現地時間),マレーシア所在のa国際空港において,覚せい剤である塩酸フェニルメチルアミノプロパンの粉末約438.7グラムを隠し入れたスーツケース1個を持ってb空港行きの航空機に搭乗し,同月25日,北海道c市所在の同空港において,同空港に到着した同航空機から同スーツケースを持ったまま降り立って前記覚せい剤を日本国内に持ち込み,もって覚せい剤を本邦に輸入するとともに,同日,同空港内のd税関c税関支署入国旅具検査場において,同支署税関職員の検査を受けた際,前記覚せい剤を同スーツケース内に隠し持ったまま,その事実を申告せずに同検査場を通過しようとし,もって関税法上の輸入してはならない貨物である覚せい剤を輸入しようとしたが,同支署税関職員に発見されたため,これを遂げることができなかった。というものである。第2

争点

本件では,被告人が,Aを名乗る女性(以下Aという。
)から,スーツケー
ス(以下,被告人が日本に持ち込もうとし,b空港にて押収されたこのスーツケースを本件スーツケースという。
)の日本への運搬を委託されたこと,本件スー
ツケースに覚せい剤が隠匿されていたことに争いはなく,証拠上も明らかである。本件の争点は,被告人が本件スーツケースに覚せい剤を含む違法薬物が隠匿されているかもしれないと認識していたと認められるか(覚せい剤の知情性)である。当裁判所は,検察官の主張を踏まえてつぶさに検討しても,被告人が覚せい剤の知情性を有していたと認めるにはなお合理的な疑いが残るものと判断した。以下,その理由を説明する。
第3

争点に対する判断

1
関係証拠によれば,以下の事実が問題なく認められる。



被告人は,平成31(2019)年1月10日(以下の月日は同年のそれを
指す。また,日時は現地時間である。,Aから,携帯電話機のアプリケーションソ)
フトであるWhatsAppを通じ,同月13日出発の日本渡航に誘われ,旅費等がもらえることを確認した上で,これに応じる返事をした。その際,Aに対し,同行者はいるのか,会社を通じて行くための証明書等はあるのかなど,幾つかの質問をし,また,同月11日には出発直前なのに航空券を購入していないのかとも尋ねた。


Aは,同月13日,被告人に対し,WhatsAppを通じ,日本行きにつ
いては少し待ってほしい旨の第三者から受信した英文のメッセージを転送するとともに,航空券はまだ購入していない旨告げた。これを受け,被告人は,上記英文を読むとうそをつかれて黒い羊になっている
友人に話をしたら,ちょっとだけ否定的なことを言われたけど,君を信用しているタダだと聞いて友人や家族が変に感じている
彼らは嫉妬しているんじゃなくて,私を守ろうとしているんだ
などと返信した。すると,Aは,

友人に尋ねたらいつも“keldaidadah(ケルダイ・ダダー。マレー語で薬物の運び屋を意味する比喩)”と言われる。でも彼らは何も分かっていない

と応じた。これに対し,被告人が,そうだね
その言葉が聞きたかったと返事をすると,Aは,偽ブランド品が撮影された画像とともに,自分たちは偽ブランド品をマレーシアから日本へ持ち込み,日本でこれらを高く売っている旨説明した。


被告人は,2月21日,Aから,WhatsAppを通じ,再び日本渡航に
誘われ,これに応じるとの返事をした(以下,この日本渡航を本件渡航という。。

被告人は,同月23日,Aと本件渡航についての話をするためレストランで会ったが,その際,Aとは初対面である被告人の友人Bを同行させた。Aは,同レストランにおいて,被告人に対し,札幌(b空港)から入国して東京へ行くといった旅程やその間の交通手段及びその費用等を説明し,本件渡航に係るeチケットを手渡すとともに,ジーンズ,時計,衣類等の偽ブランド品を日本まで持っていき相手に渡してほしいとの依頼をした。被告人が,それは大丈夫なのかと尋ねると,Aは,違法ではあるが慎重にやれば問題は生じず,自らも日本に偽ブランド品を持っていったことがある,もし何か言われたら自分のものだと言えばよい,心配ならば荷物を確認してもよいなどと説明した(なお,被告人は,同レストランにおいて偽ブランド品を運ぶ委託を受けたかどうか定かではない旨供述しているが,Bの証言や,同月24日のWhatsAppに偽ブランド品の運搬を前提としたAとのやり取りがあることなどから,被告人が,上記レストランの席上で,Aから偽ブランド品数点を日本まで運搬する委託を受け,それを認識したことが疑いなく認められる。。)


Aは,2月24日,被告人に対し,WhatsAppを通じ,運搬する荷物
(ジーンズ1本,ストール2本,ハンドバッグ1個,財布1個及びロレックスの時計1個)の準備ができたことを伝えた。被告人が,ロレックスの時計は本物なのかと尋ねると,Aは,時計は本物ではないが日本で5000米ドルで売るものであり,それを相手に渡せば現金400米ドルがもらえると説明した。また,被告人が,キャリーケースを含めて全て渡すのかと尋ねると,Aは,日本で渡すのは荷物だけであると説明した。
その後,被告人とAは,共にa国際空港に向かい,同空港内のファストフード店において,被告人は,Aから,偽ブランド品の入った本件スーツケースを受け取るとともに,荷物や本件スーツケースについて税関で尋ねられた場合には自分のものであるとの虚偽の説明をするよう指示された。また,その際,被告人は,自ら持参したバックパックに入っていた衣服の一部を本件スーツケースのメインの収納部分に詰め替え,その在中物がAから事前に聞いていた偽ブランド品と一致することを確認するとともに,外側ポケット部分なども触るなどして本件スーツケース自体の確認をした。


Aは,被告人と別れた後の同日午後9時19分頃,被告人に対し,What
sAppを通じ,日本の友達に,偽ブランド品についてあなたは,そのluggage(かばん)と一緒に渡してと,本件スーツケースも一緒に渡すようそれまでとは異なる指示をした。これに対し,被告人はそのバッグ
OKとだけ返
信した。
被告人は,本件スーツケースを携え,同日午後11時30分出発予定の航空機に搭乗した。


被告人は,翌25日,b空港に到着した。また,携帯品・別送品申告書に他
人から預かった荷物はない旨記載し,これを税関職員に提出した上,税関職員からの直接の確認の際にも同様の回答をしたほか,本件スーツケースは自分のもので,6か月ほど前にマレーシアのミニマーケットで買ったなどと虚偽の説明をした。⑺

税関において,本件スーツケースの解体検査が行われたところ,その内部か
ら覚せい剤が発見された。覚せい剤は,本件スーツケースのメインの収納部分の内側に張られている布と外装内側との間に見えないように設置され,ねじ止めしてはめられた型枠の内部に詰め込まれており,解体しなければ取り出すことはもちろん,気付くこともできない態様で隠匿されていた。
2
検討



以上を前提に検討すると,被告人は,以前にもAからその勤務先から与えら
れた褒賞旅行の権利を譲り受けて日本に行くことを誘われたことがあった旨述べていることも加味すれば,平成31年1月にAから日本渡航に誘われた当初は,その渡航が同様の褒賞旅行であると信じていたとみられるが,団体旅行ではなく単身渡航であることや,直前になっても航空券が用意されず,予定当日に延期になるといった,その渡航の準備状況等が被告人が知る自己の勤務先における褒賞旅行とはかけ離れていたことなどから,被告人は,同日本渡航が褒賞旅行ではないと認識したか,少なくともその疑いを抱き,ひいては,自らが違法薬物の密輸を含む何らかの犯罪行為に加担させられることになるのではないかとの疑念を抱いたことが認められる。このことは,同月13日,自らがケルダイ・ダダーであることを否定するAからのメッセージに対し,恐れていたことを否定する答えを得られて安心したと理解できる返信をしていることからも裏付けられる。
しかしながら,Aが,上記メッセージの直後,偽ブランド品の画像及び自らが偽ブランド品の密輸に関与している旨送信していることや,これ以降Aとの間のWhatsAppのやり取りにおいてAが違法薬物に関係していることをうかがわせるものが全く存在しないことなどからすると,被告人は,Aが偽ブランド品の密輸に関与している者にすぎないと認識したことにより,自らの日本渡航によって何らかの不正に加担させられることがあったとしても,せいぜい偽ブランド品の密輸にすぎないと考え,違法薬物の密輸については想定しなくなった可能性を否定し難い。その後,被告人は,Aから,2月21日に本件渡航に誘われ,同月23日に偽ブランド品を日本に運搬するよう具体的に依頼され,同月24日には偽ブランド品の在中した本件スーツケースを受け取って,日本行きの航空機に搭乗しているが,その間に,本件渡航が違法薬物の密輸をその目的に含むものであるとの疑念が再燃するような事情や状況があったことは認められない。むしろ,被告人は,同月23日の本件渡航に関するAとの打合せにAとは初対面のBを同席させていることなどからすると,このときまで,自らが日本渡航の際に偽ブランド品の運搬を担わされることを含め,本件渡航に当たって何らかの犯罪に加担させられることを現実的なものとして受け止めていなかった可能性すら拭えない。
なお,Bは,同日にAの話を聞いて違法薬物の密輸に被告人が関与させられるのではないかと疑った旨証言する。しかし,被告人は,1月にはその可能性を念頭に置いていたものの,Aから違法薬物との関係を否定されて偽ブランド品の密輸に関与している旨の説明を受けているから,2月23日に初めて本件渡航の内容を聞いたBとは認識の前提が異なるし,B自身,Aから荷物を確認してもよいなどと説明を受けて違法薬物の密輸に関する疑いは解消したと述べていることも踏まえると,この時点で被告人が偽ブランド品を密輸する目的以外の可能性に思い至らなかったとしても不自然とまではいえない。
また,被告人は,本件スーツケースを受け取った際,外側ポケットを触るなどして本件スーツケース自体の確認をしているところ,この確認を本件スーツケースに何か隠匿されているのではないか疑ったものと考えることもできる一方で,Aから事前に伝えられた偽ブランド品以外のものが入っていないか確かめただけであるとの被告人の弁解を排斥することまではできない。したがって,被告人が本件スーツケース自体の確認をしたことが,本件スーツケースに覚せい剤を含む違法薬物が隠匿されている可能性の認識を抱いたことに基づくものとまでは認められない。そして,被告人は,航空機に搭乗する約2時間半前に,Aから,偽ブランド品を密輸するだけであれば不要なはずの本件スーツケース自体も引き渡す旨の指示を受けているが,前記のとおり本件スーツケースを確認した行動からは被告人が違法薬物がその内部に隠匿されている疑いを持っていたとは必ずしもいえない上,1か月以上前から密輸するものは偽ブランド品にすぎないと考えていた可能性が否定できないことからすれば,この指示から直ちに本来の渡航目的が本件スーツケースの引渡しにあり,その中に覚せい剤を含む違法薬物が隠匿されている可能性があると想起できなくとも不自然とはいえない。加えて,本件スーツケースは被告人にとって本件渡航に必要なものとはいえないことや,Aの上記指示への被告人の返信がごく簡潔であることからすると,被告人が本件スーツケース自体を引き渡す指示の意味について考えなかったとする被告人の弁解を排斥することまではできない。そうすると,被告人が,日本行きの航空機に搭乗するに当たり,やはりAが違法薬物関係者であるかもしれないとか,ひいては本件スーツケースに覚せい剤を含む違法薬物が隠匿されているかもしれないとの認識を抱いていたことについては,なお合理的な疑いが残るというべきである。


これに対し,検察官は,これまで検討してきた点のほか,①本件渡航は旅費
や報酬を被告人以外の第三者が負担するものであるが,運搬を委託された偽ブランド品の実勢価格は合計約10万円程度にすぎず,多額の費用をかけてまで他人にその運搬を委託する価値はないから,経済的に不合理なもので,被告人もそのことを認識していたこと,②自身が薬物関係者ではない旨のAのメッセージは何ら具体的な根拠を伴っておらず,被告人の疑念を解消するに足りるものではなく,現に被告人は本件渡航について母親を除く家族らに事前に話していないこと,③旅程の決定経緯や内容が不自然であること,④被告人がb空港の税関において本件スーツケースについて虚偽の説明をしていることなどを指摘し,これらによって被告人が覚せい剤の知情性を有していたことが根拠付けられると主張する。
そこで検討すると,まず,①について,被告人が偽ブランド品の実勢価格を把握していたことまでは認められず,かえってAから日本では偽物のロレックスの時計が5000米ドルで売れると告げられていたことからすると,被告人がこれを信じ,運搬する偽ブランド品に相応の価値があると考えていた可能性は否定できないから,旅費や報酬をかけてまで運搬することが経済的に見合わないと考えていたとは限らない。②についてみると,Aが,自らが薬物関係者であることを否定した直後,身の潔白を訴えるのではなく,敢えて偽ブランド品の画像等とともに,自身が関与しているのは偽ブランド品の密輸である旨伝えていることからすると,薬物の運び屋であることを否定するAの説明に全く根拠や説得力がないとはいえず,Aの言葉を疑わなかったことが不自然とまではいえない。また,被告人は,偽ブランド品の運搬も犯罪に当たると認識していたから,被告人が後ろめたさを感じて家族らに積極的に日本渡航の話をしなかった可能性も考えられる。③についても,本件渡航の目的に偽ブランド品の密輸が含まれると認識していた以上,旅程の決定に不自然な点があることなどをもって,本件スーツケースに偽ブランド品に加えて覚せい剤を含む違法薬物までもが隠匿されている可能性に思い至るとは限らない。最後に,④については,被告人は,Aが偽ブランド品の密輸を実行したことがあるにもかかわらず発覚することなくマレーシアに帰国していると認識していたとみられ,Aからの指示に従っていれば偽ブランド品の密輸の発覚を防げると考え,事前指示どおりの虚偽の回答を行ったとも考えられる。被告人が本件スーツケースにつき虚偽の説明をしたことから,覚せい剤に関する被告人の知情性を推認することはできない。そうすると,①から④までの事情にはいずれも検察官の意味付けとは異なる仮説を加えることが可能である。また,これまで検討した点全てを総合的に考察しても,本件スーツケース自体を引き渡す指示を受けた際,それまでのAとのやり取りを論理的に結び付けて,本件スーツケースに覚せい剤を含む違法薬物が隠匿されている可能性に思い至ることがおよそできないとはいえないが,他方でそれが容易とはいい難いから,やはり,被告人の覚せい剤の知情性を認めるにはなお合理的な疑いが残るというべきである。
第4

偽ブランド品の輸入に関する関税法違反の成否について

検察官は,公判前整理手続において,被告人に本件覚せい剤の輸入の故意が認められないとしても,被告人は商標権を侵害する物品である偽ブランド品を輸入する意思をもって本件覚せい剤を輸入しようとしたと認められるから,関税法上の覚せい剤輸入未遂と同法上の商標権を侵害する物品の輸入未遂(同法109条3項,2項,69条の11第1項9号)とが重なり合う範囲で,軽い後者の罪が成立し,訴因変更を経ることなく同罪を縮小認定すべきである旨主張していた。しかし,関税法上の輸入とは,
外国から本邦に到着した貨物(中略)を本邦に(中略)引き取ることをいうと定義されている(同法2条1項1号)から,その輸入行為の存否を判断する前提として,対象となる貨物について引取り行為があったと認められるか検討する必要がある。そして,前記のとおり,本件覚せい剤は,本件スーツケース内に収納されていたとはいえ,同スーツケースのメインの収納部分の内側に張られている布と外装内側との間に見えないように設置され,ねじ止めしてはめられた型枠の内部に詰め込まれており,解体しなければ取り出せないような状態で隠匿されており,被告人はその存在に気付いていなかった。この事実関係を前提とすると,本件スーツケース自体はともかく,その中に隠匿された本件覚せい剤自体は,被告人が管理し得る状態になく,その実力支配下にあったとは認められず,いわば所持罪における所持すら否定すべき状態であったというべきである。そうすると,実力支配下になく,所持すらしていない本件覚せい剤について,被告人がこれを引き取ったと評価することもできないから,被告人による(商標権を侵害する物品としての)本件覚せい剤の輸入行為があったと認めることはできない。したがって,本件の事案において,関税法上の覚せい剤輸入未遂につき,商標権を侵害する物品(偽ブランド品)の輸入未遂の限度で犯罪が成立すると認めることはできない。
第5

結論

以上によれば,本件の公訴事実については犯罪の証明がないことになるから,刑事訴訟法336条により,被告人に対して無罪の言渡しをする。
検察官岡田和人,同北野達也,国選弁護人芦田和真(主任)
,同林順敬

(求刑・懲役8年及び罰金300万円,覚せい剤1袋の没収)
令和元年12月13日
札幌地方裁判所刑事第3部

裁判長裁判官

駒田秀和
裁判官

山下智史
裁判官

牧野一成
各公判出

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