判例検索β > 平成30年(ワ)第1029号
損害賠償請求事件
事件番号平成30(ワ)1029
事件名損害賠償請求事件
裁判年月日令和元年10月29日
裁判所名・部京都地方裁判所  第2民事部
裁判日:西暦2019-10-29
情報公開日2020-01-17 16:00:41
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主文
1本件につき京都地方裁判所平成29年(損)第5号事件の仮執行宣言付損害賠償命令を認可する。
2異議申立後の訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
主文同旨
第2事案の概要
本件は,Aの子である原告らが,Aが被告に殺害されたと主張して,被告に対し,それぞれ不法行為に基づく損害賠償金2018万7986円(Aの逸失利益237万5972円及び死亡慰謝料2800万円の相続分各2分の1並びに原告ら各人固有の慰謝料500万円の合計額)及びこれに対する上記不法行為の日である平成25年9月20日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

原告らは,被告のAに対する殺人等を公訴事実とする刑事被告事件(京都地方裁判所平成26年(わ)第1589号等。以下,上訴審も含め本件刑事事件という。において,

被告に対し,
それぞれ不法行為に基づく損害賠償金2018
万7986円及びこれに対する上記不法行為の日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める損害賠償命令の申立てを行った。
本件刑事事件の第1審裁判所は,被告に有罪判決を言い渡すとともに,原告らの刑事損害賠償命令の申立てに対し,各人につき,1321万2791円及びこれに対する平成25年9月20日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求める限度で請求を認め,その余の請求を棄却する決定をした。被告は,この判断を不服として,異議を申し立てた。

1前提事実(⑴~⑶の事実は,争いがないか,各項末尾に記載した書証及び弁論の全趣旨により認められる。⑷の事実は,顕著な事実である。)


当事者等
原告B1及び原告B2は,いずれもA(生年月日省略)の子である。(甲22)



Aの死亡経過
Aは,平成25年9月20日午後7時7分頃,C県D市(以下省略)に所在
するE
(以下本件飲食店という。
)の店内駐車場に駐車中の自動車内に
おいて,意識を失い,同日午後7時53分頃,F病院(以下本件病院という。
)に緊急搬送された。同日午後8時57分頃,本件病院において,Aの死亡が確認された。
(甲23,71)



本件刑事事件

被告は,平成27年9月30日,Aに対する殺人の公訴事実により起訴され,平成29年11月7日,有罪判決を言い渡された。


被告は,この判決を不服として控訴した。しかし,控訴審である大阪高等裁判所は,令和元年5月24日,被告の控訴を棄却した。

(甲72ないし74,乙2)


消滅時効の援用
被告は,原告らに対し,原告ら代理人弁護士が平成29年12月19日に受領した,同月20日付け相手方第1準備書面において,原告らの被告に対する損害賠償請求権について民法724条に基づく消滅時効を援用する旨の意思
表示をした。
(顕著な事実)
2争点

被告がAを殺害したか(争点1)



損害の有無及びその額(争点2)



被告の責任能力の有無(争点3)


消滅時効の成否(争点4)



債務承認の有無(争点5)

3争点に対する当事者の主張

争点1(被告がAを殺害したか)について
(原告らの主張)

被告は,Aを殺害しようと考え,平成25年9月20日午後7時頃,本件飲食店の店内において,同人(当時75歳)に対し,殺意をもって,致死量のシアン化合物を服用させ,その頃,同店駐車場に駐車中の自動車内において,同人を青酸中毒に陥らせ,よって,同日午後8時57分頃,C県(以下省略)内の病院において,同人を青酸中毒により死亡させた。


事件性について
Aは,血圧,脈拍及び血中酸素濃度が正常であったにもかかわらず,意識障害や呼吸障害を発症し,その約2時間後に死亡した。この死亡に至る経過は,シアン中毒による症状と合致する。また,Aの死因として,外傷によるもの,病死及び他の薬物によるものが考えられるが,いずれも本件の死亡経
過に沿わないか,
これらの死因をうかがわせる事情がない。
さらに,
被告は,
Aの死亡当時,病院側から解剖要請を受けたにもかかわらず,Aの遺族に連絡することもなく,上記要請を拒否した。これらの事情に照らすと,Aの死因は,シアン中毒である。
そして,何者かが,Aに対し,シアン化合物を服用させ,同人をシアン中
毒に陥らせ,死亡させた。

犯人性について
平成26年8月,被告が破棄したプランターの土の中から,シアンを含んだチャック式ビニール袋入りの物質が発見された。被告は,その頃,それと
同種のビニール袋を所持していた。また,被告は,平成25年9月20日当時,シアン化合物を所持し,Aの内妻として一緒に行動していたから,Aにシアン化合物を服用させる機会を有していた。さらに,被告は,本件刑事事件において,印刷工場を経営していた際に,毒を入手して,シアン化合物が入ったカプセルをAに飲ませた旨供述していた。これらの事情に加えて,被告が,A以外に少なくとも3名を,Aに対するのと同種の手口で,殺害又は殺害しようとしたことが,本件刑事事件の第1審判決及び控訴審判決で認定
されていることに照らすと,被告が,Aが死亡した際に,シアン化合物を所持し,Aに服用させたといえる。
したがって,被告は,Aを殺害した犯人である。
(被告の主張)

Aが何者かに殺害されたこと及びその犯人が被告であることは否認する。

事件性について
Aの遺体からシアン化合物又はシアン化物イオンが検出された旨の証拠はない。Aが内窒息状態にあったことの直接的な資料はないうえに,救急搬送時の酸素マスクの着用や上記搬送時の救急隊員の証言が信用できないことなどに照らすと,内窒息状態にあったとはいえず,シアン中毒を認定する
前提を欠くといえる。また,Aには,シアン中毒に特徴的な症状(死斑が紅色,鮮紅色になる,瞳孔散大,アーモンド臭,嘔吐及びけいれん)がみられなかった。
加えて,Aの死因として,外傷によるもの,病死(肺がん,心臓疾患,脳疾患等)及びシアン化合物以外の薬物(硫化水素,一酸化炭素,アジ化ナト
リウム等)その他の様々な原因が考えられ得るが,その可能性が排斥されたとはいい難い。
これらによれば,Aの死因をシアン化合物の服用によるシアン中毒と認定できないから,事件性があるとはいえない。

犯人性について
被告は,Aが死亡した際に,シアン化合物を所持していなかった。また,被告は,Aにシアン化合物を服用させたこともなかった。
したがって,被告は,Aを殺害した犯人ではない。


争点2(損害の有無及びその額)について
(原告らの主張)


Aの損害
死亡慰謝料(2800万円)
Aは,死亡当時,独居の高齢者で,信頼していた被告に裏切られて殺害された。事件の悪質性や残虐性を考慮すると,慰謝料は,増額されるべきである。また,被告の慰謝料に関する後記の主張は,通常の交通損害関係訴訟の事案を前提としているものと解されるが,故意の殺人事件と過失に
よる交通事故とでは,考え方が根本的に異なる。
これらを踏まえて,Aの死亡慰謝料は,2800万円を下回らないというべきである。
逸失利益(237万5972円)
Aは,被告から殺害されなければ,下記計算式のとおり,237万59
72円(小数点以下切上げ)の逸失利益を得ることができた。
(計算式)
109万7700円(年金受給額)×4.329(平均余命までの5年に対応する中間利息の控除に関するライプニッツ係数)×(1-0.5
〔独身であったAの生活費控除率〕=237万5972円

(小数点以

下切上げ)

原告ら固有の損害
(原告B1及び同B2の近親者慰謝料
〔各人500万円〕

父であり,かつ,疎遠な関係ではな
かったAを,被告に殺害され,精神的苦痛を受けただけでなく,本件事件に
よって,マスコミに執拗に付け回されて私生活上の平穏を乱されるなど,Aが殺害されたことによるのとは異なる精神的苦痛を受けた。
原告ら各人の固有の慰謝料として相当な額は,500万円を下回らない。(被告の主張)
いずれも否認ないし争う。

慰謝料(Aの死亡慰謝料及び原告らの近親者慰謝料)について
損害賠償の訴訟実務,とりわけ交通損害関係訴訟においては,死亡慰謝料
と近親者慰謝料は,別個の項目としてではなく,その総額が,一定の額になるように,定められるのが通常である。そして,Aが独居生活であったこと及び原告らがAと生前疎遠であったことなどを考慮すると,Aの死亡慰謝料及び原告らの近親者慰謝料は,総額で2000万円を上回らないというべきである。


逸失利益について
争う。とりわけ,原告らの主張するAの生活費控除率を50パーセントとする点は,不当である。
Aの年金受給額は,年額109万7700円であり,介護保険料を控除した月額を,手取り金額に引き直すと,8万8725円である。この程度の金
額であれば,その全額が生活費で支出されると考えられるから,Aの逸失利益は,認められない。


争点3(被告の責任能力の有無)について
(被告の主張)

平成24年2月以降,被告の前頭葉,頭頂葉及び側頭葉の脳萎縮,これらの部位の血流の低下が発症し,徐々に進行していた。また,被告は,平成26年5月頃,認知症を疑われ,脳外科を受診していた。
これらの事実によれば,被告は,平成25年9月20日当時,認知症にり患していて,
これによって自己の行為の責任を弁識する能力を欠く状態にあった
から,責任能力を有していなかった。
(原告らの主張)
被告の精神鑑定を担当したG医師の鑑定結果に加えて,被告が,本件訴訟において,特別代理人の選任や成年後見制度を利用せず,自らの意思で弁護士を選任していることに照らすと,被告は,平成25年9月20日当時,責任能力を有していた。


争点4(消滅時効の成否)について
(被告の主張)
原告らは,遅くとも平成25年12月28日の直後には,被告がAを殺害したのではないかという認識を有しており,被告に対する損害賠償請求を行うことが事実上可能であった。
そうすると,原告らの請求については,いずれも消滅時効が完成したから,
被告は,本件訴訟において,上記時効を援用する。
(原告らの主張)
原告らは,
平成25年12月28日が消滅時効の起算点である旨主張するが,同日当時,Aの死因が病死とされていただけでなく,捜査機関も,事件性を認めていなかった。そうすると,被告が消滅時効の完成に関して主張する事実を
踏まえても,原告らが,上記の時点において,被告に対する損害賠償請求を行うことが可能な程度の認識を有していたとはいえない。


争点5(債務承認の有無)について
(原告らの主張)

被告は,本件刑事事件の捜査の際に,Aの殺害を自白しているだけでなく,平成29年9月26日に行われた本件刑事事件の第1審の公判期日において,金銭目的で,Aを含め,被害者とされる者を殺害したことを認めるなど,Aに対しても損害賠償義務を負うことを前提としている旨の供述をした。上記公判期日が公開されており,原告ら代理人弁護士も傍聴していたことを
踏まえると,被告による債務承認があったといえるから,消滅時効の中断があったといえる。
(被告の主張)
争う。
第3争点に対する判断
1争点1(被告がAを殺害したか)について
被告は,後記⑶のとおり,本件刑事事件及び先行する捜査において,記憶がな
いかのような供述をしながらも,また,毒の名称が明らかでないことを含め,あいまいな部分がありながらも,被告がAにカプセルに入れた毒を服用させた旨供述した。しかし,上記内容,被告が本件刑事事件の鑑定人との面接において供述を変遷させたこと(3⑴エ)及び本件事案の性質を考慮すると,その信用性については,慎重な配慮が必要といえる。先に,被告の上記供述以外の証拠を用い,事件性,被告の犯人性の順に,検討する。


事件性について

Aの死因について
前提事実⑵に加えて,証拠(甲15,23,53ないし55,61)に
よれば,Aが,平成25年9月20日午後7時7分頃,本件飲食店内の駐車場に駐車された自動車内で意識を失い,119番通報がされたこと,当時のD市消防士長,H消防士(以下Hという。
)及びI救急隊長(以下
Iという。
)が,同日午後7時14分頃,本件飲食店駐車場に到着した
こと,上記両名が,それ以降,Aの呼吸回数が少なく(1分間に12回),

苦しそうな呼吸状態(下顎呼吸〔正常の呼吸よりも換気量が低く,空気を充分に取り込めない呼吸状態〕
)にあるのを確認したことが認められる。
証拠(甲61,62)によれば,一般には,このように呼吸状態が悪い場合,肺に十分な酸素が取り込めなくなる一方で,細胞内でエネルギーを作ろうとして酸素が消費されるから,血中の酸素濃度が低下すると認められ
る。しかしながら,証拠(甲23,53ないし55)によれば,同日午後7時14分頃に上記HやIら救急隊員が到着して以降,Aの血中には高い数値の酸素濃度(SpO2)が保たれていた上に,血中の酸素が不足した場合に生じるチアノーゼ(体内の酸素が不足している場合に,唇が紫色に変色する現象)もなかったことが認められる。これらの事情及び証拠(甲61,62)によれば,Aは,平成25年9月20日午後7時14分頃当時,内窒息状態であったことが認められる。
これに対し,被告は,要するに,Aの救急搬送当時の血中酸素濃度が高かったのは,
酸素マスクが当てられ大量の酸素を吸入していたためと考え
られるから,Aが内窒息状態にあったとは認定できない旨主張する。まず,救急隊員による搬送時のAの呼吸数についてみると,証拠(甲6
1,乙1)によれば,呼吸数が1分間に12回というのは,正常範囲の最下限付近でかなり少ないといえることが認められ,また,証拠(甲53ないし55)によれば,Aが,本件病院到着時には,下顎呼吸の状態で,シーソー様の苦しそうな呼吸状態でもあったことが認められる。これらの事情に照らすと,Aの呼吸状態が悪かったと推認するのが相当である。
また,証拠(甲23,53ないし56)によれば,Aが,上記Hら救急隊員により救急搬送された際,酸素マスクを装着させられ,一定量の酸素を送り込まれていたが,
Aの血中酸素濃度は高い数値を示していた一方で,
Aの苦しそうな呼吸状態は改善せず,本件病院に到着した直後の時点で,下顎呼吸の状態にあり,救急車から初療室に搬入されてきたときから呼吸
の形は不規則で,
シーソー様の苦しそうな呼吸をしていたことが認められ
る。これらの事情に照らすと,既に説示したとおり,Aが内窒息の状態にあったというべきである。
なお,被告は,J医師(甲44,62)及びH(甲54)などの各証言の信用性を争う旨主張するが,その理由として挙げる内容は,いずれも信
用性を揺るがすものとはいえない。また,内窒息の認定に関する被告の種々の主張は,
いずれも結論を左右しないから,
採用することができない。
次に,内窒息に至るAの死因について検討する。
Aの死因については,想定され得る原因を判断する方法で検討する。まず,外傷による可能性について検討する。証拠(甲55,57)によれば,Aが救急搬送された当時(平成25年9月20日午後7時14分頃以降)
,同人には外傷がなかったことが認められるから,外傷により内窒息に至った可能性は,考え難い。
次に,肺がんによる可能性について検討する。証拠(甲58,61,62)によれば,Aが平成10年に左上葉の肺がんを,平成24年に左下葉の肺がんを患っていたが,前者については,平成10年に左上葉切除の手
術を受け,その5年後に完治し,後者についても,平成25年7月には放射線治療によりほぼ完治していたうえに,同年9月17日(死亡3日前)に行われたAの外来診療を担当していた医師による問診では,Aの体調や様子に格別変わった点もみられなかったこと,このことからすると,Aの死因が肺がんやその合併症等とは,医学的にみて,考え難いことが認めら
れる。また,証拠(甲58,61,62)によれば,Aの平成25年の腫瘍が肺動脈に隣接するものであったが,肺動脈の出血があった場合には,血圧が急激に低下して,意識消失を引き起こすが,Aが救急搬送された当時,血圧が正常であったし,意識を消失していたこと,このことからすると,
医学的にみて,
肺動脈からの出血は考え難いことが認められる。
また,

証拠(甲61)によれば,肺梗塞等の呼吸器系疾患も,Aの救急搬送当時の酸素飽和度(SpO2)が高い数値であったことに照らすと,医学的にみて,その可能性も考え難いことが認められる。
これに対し,弁護人は,肺がんの機序が多数あることなどを理由に,肺がんの可能性が否定しきれない旨主張する。
確かに,(甲55,
証拠
58)

によれば,Aが肺がんで死亡した可能性を完全に否定することができる医学的根拠はないことが認められる。しかしながら,証拠(甲58)によれば,Aは,主治医のもとで,死亡する3日前に診察を受けたこと,その段階では特段の異常がなかったこと,肺がんの患者は,通常,衰弱するとしても,徐々に衰弱し,肺がんの患者が急に亡くなるという症例があまりないことが認められる。そうすると,Aが肺がんにより死亡した可能性は,合理的な疑いを生じさせるに足りるものとはいえない。
さらに,心臓疾患による可能性について検討すると,証拠(甲59,61,62)によれば,心臓疾患の場合,血流が途絶えて,血圧や脈拍に異常が発生し,その後,意識障害が発生するという機序になるが,Aの血圧や脈拍は,
本件病院到着時まで,
正常であったこと,
このことからすると,

医学的にみて,心臓疾患の可能性は考え難いことが認められる。加えて,脳疾患による可能性についても,証拠(甲60ないし62)によれば,医学的にみて,上記のとおり,Aに外傷がなかったから,外傷性の脳損傷による脳疾患が考え難いし,また,脳疾患の場合,発症してから死亡に至るまでの時間が一般的には長く,Aの意識障害から死亡に至るまでの経過と
整合しないうえに,さらに,重篤な脳出血やくも膜下出血では,短時間で意識消失をして,死亡に至ることがあるが,その場合,瞳孔散大や対光反射が無くなるなどの状態が見られるが,Aには,これらの特徴がなかったから,その可能性も考え難いことが認められる。
そして,証拠(甲61,62)によれば,医学的にみて,その他に死因
となり得る病気や内窒息を引き起こす病気は,Aの症状からして考え難いことが認められるから,
Aは薬毒物中毒に陥ったと考えられることが認め
られる。この認定を左右し得る証拠はない。
証拠(甲61,62)によれば,中毒物質のうち,内窒息を発生させる中毒物質の主なものとして,①シアン,②硫化水素,③アジ化ナトリウム
及び④一酸化炭素などがあることが認められる。
先に,②硫化水素について検討すると,証拠(甲54,57,61,62)によれば,硫化水素による中毒死の場合,死後に緑色に変色するだけでなく,独特の腐卵臭があることが認められる。しかし,本件全証拠によっても,前記

救急隊員が本件飲食店の駐車場に到着(平成25年9月

20日午後7時14分頃)して以降,このような変色があったことは,認められない。また,証拠(甲54)によれば,Aの体や衣服などには異臭がなかったことが認められ,この認定を左右し得る証拠はない。そうすると,硫化水素による可能性は,考え難い。
③アジ化ナトリウムについて検討すると,証拠(甲61,62)によれば,アジ化ナトリウムは,毒性が弱く,中毒に至るためには,極めて大量
に服用する必要があるだけでなく,
異常な味がすることが認められ,
Aが,
意識を消失してから約2時間で死亡に至ったことに照らし,
医学的にみて,
その可能性も考え難いことが認められる。
④一酸化炭素中毒について検討すると,証拠(甲57,61,62)によれば,一酸化炭素は,硫化水素と同様にガス体であり,それだけを吸入
するのが困難であるうえに,一酸化炭素中毒によって死亡した場合,死斑がいわゆる鮮紅色になるが,Aの死斑は暗紫赤色であったこと,このことから,医学的にみて,その可能性も考え難いことが認められる。
その他の薬毒物中毒を検討しても,証拠(甲54,57,61,62)によれば,Aが発見された当時の状況,体温,血圧,脈拍,血中酸素濃度
等の点からみても,その可能性を完全に排除できるわけではないが,医学的にみて,後記のシアン中毒についての検討に鑑みれば,考え難いことが認められる。
そこで,①シアンについて検討する。
原告らがAに投与されたと主張するシアン化合物は,毒物及び劇物取締
法(昭和25年12月28日法律第303号)によって,同法で許可等された者でなければ,所持はもちろん,譲渡等を受けることもできないこととされているものであり,被告も,そのことを前提に,Aがシアン中毒によって死亡したことや被告がAにシアンを服用させたことを争っているものと解される。
証拠(甲43,44,61,62)によれば,上記のようなシアン化合物には,シアン化カリウムやシアン化ナトリウムなどがあり,通常,前者は青酸カリウム,後者は青酸ソーダと呼ばれていること,シアン化合物を服用し,体内に吸収されると,細胞内のミトコンドリアがシアンと化合することによって酸素を取り込めなくなり,内窒息状態に陥り,その結果,脳機能や呼吸筋に障害が生じて,意識障害や呼吸障害が発生し,短い時間
で死亡することが認められる。そして,前記

のとおり,Aは,血圧,脈

拍,血中酸素濃度は正常でありながら,急に意識を失い,あえぐような呼吸となって,
約2時間で死亡したところ,
証拠
(甲61,
62)
によれば,
これをシアン中毒によるものと考えても,医学的に矛盾なく説明できることが認められる。
これに対して,
被告は,
Aには,
死斑が紅色,
鮮紅色になる,
瞳孔散大,
アーモンド臭,
嘔吐及びけいれん等シアン中毒に特徴的な所見が一つもな
いし,内窒息ではなかったなどと主張する。しかし,証拠(甲62)によれば,シアン中毒であったとしても,その特徴的な所見が認められない場合もあり得るし,Aの陥った内窒息自体が,シアン化合物の性質上発生す
るシアン中毒の特徴的な所見であるといえることが認められる。その他,被告は,種々の主張をするが,いずれも結論を左右しない。したがって,シアン中毒に関する被告の主張は,いずれも採用できない。
以上によれば,Aの死因がシアン中毒以外である可能性は極めて低いというべきである反面,Aの死因がシアン中毒によるものと考えても,医学
的に矛盾なく説明できるといえる。
これらのことからすれば,
Aがシアン中毒によって死亡したと認めるの
が相当である。この認定を左右し得る証拠はない。
そして,証拠(甲43,44,57,62)によれば,一般に,シアン化合物を口から直接服用した場合,唇周辺の粘膜のただれが見られるが,Aの口腔にはびらんが見られなかったこと,一般に,シアン中毒が,シアン化合物の服用から2,30分以内に発生することが認められる。これら
のことからすれば,医学的にみて,Aは,平成25年9月20日午後7時頃,
カプセル又はオブラート等に入った固体のシアン化合物を服用したと推認できることが認められる。上記推認の正当性を否定し得る証拠はないから,上記推認のとおりの事実を認めるのが相当である。

Aの死因が他殺であること
まず,
事故の可能性について検討すると,
証拠
(甲43,
45)
によれば,
シアン化合物は,
メッキなどのために使用されるが,
国内ではK株式会社
(以
下Kという。
)のみが製造,販売する毒物で,Kでも厳重に管理されてい
ることが認められる。そうすると,小規模のメッキ業者で,管理がずさんな
者から譲渡されるなどの,限定された例外的な場合を除いて,一般の消費者には流通し得ないものといえる。また,証拠(甲63,65)によれば,Aが職業上シアン化合物と接点を有していなかったことが認められるし,本件全証拠によっても,Aが,職業以外の場面において,シアン化合物との接点を有していたことをうかがわせる事実は,
認められない。
そうすると,
Aが,

平成25年9月20日午後7時頃,事故で,カプセル又はオブラート等に入った固体のシアン化合物を服用したとは考え難い。
次に,自殺の可能性について検討すると,前記

のとおり,Aの肺がん

の治療経過が良好であったなどからすると,健康面に問題があったとはいえないし,また,証拠(甲32)によれば,Aが,平成25年9月当時,多額の預貯金や不動産等を有していたことが認められ,経済面での問題があったともいえない。そして,証拠(甲27)によれば,Aが被告に対し平成25年8月11日に末永く歩んでいきたい旨のメールを送り,これに対し,被告がうれしいなどの旨の返信のメールをしたことが認められるから,被告との
交際関係に問題があったともいえない。これらの事情に加えて,Aが自殺を企図していたことやその原因となり得る事実を認め得る証拠がないことを踏まえると,Aが,自殺をしようと企図して,平成25年9月20日午後7
時頃,
カプセル又はオブラート等に入った固体のシアン化合物を服用したとも考え難い。

小括
以上によれば,何者かが,平成25年9月20日午後7時頃,カプセル又はオブラート等に入った固体のシアン化合物をAに服用させ,その結果,A
がシアン中毒に陥り,死亡したと認定するのが相当である。


犯人性について

被告によるシアン化合物の所持
証拠
(甲19,
46ないし49)
によれば,
被告が,
平成26年8月頃に,

便利屋を経営していたLに対し,
被告の夫であるM方の植木鉢
(プランター)
の処分を依頼したこと,その土の中から,シアン化物イオンを含む茶色の物質(シアン化ナトリウム,植物細胞,でん粉などの混在物が数か月にわたって土の中に埋められ,吸湿したことにより着色,粘液化したものと推察されている。
)が入ったチャック付きビニール袋(以下本件ビニール袋とい

う。が発見されたことが認められる。

前記

のとおり,
シアン化

合物は,その法規制状況等に照らして入手が困難な毒物であるうえに,上記植木鉢が置かれていた状況などを踏まえると,M及び被告以外の者が本件ビニール袋を埋めたとは考え難い。また,本件全証拠によっても,M及び被告以外の者がこれを埋めたことをうかがわせる事実及びMがこれを埋めたことをうかがわせる事実は,認められない。
加えて,証拠(甲47,49,66ないし70)によれば,被告が,平成26年1月ころ,N1府N2市内にあるマンションに居住し,そこから,M方と行き来をしていたこと,平成26年11月19日に,上記マンションから,本件ビニールとその模様,形状が同種のチャック付きビニール袋が発見されたこと,被告自身も,本件刑事事件において,平成18年より前に,印刷工場を経営していた際に毒を入手していた旨を供述したことが認められ
る。
これらを総合すると,被告が,遅くとも平成18年頃から,シアン化合物を所持していたものと認められる。

被告が犯行機会を有していたこと
証拠(甲15,23,25,27,34,39,53ないし55)によれば,被告が,Aの内妻で,Aの自宅に宿泊したり,食事をともにしたりするような親密な関係にあったうえに,
以前からAにカプセル入りの健康
食品を送っていたことが認められる。
この事実と,前記アで認定した事実とを併せて考慮すると,被告が,本
件事件当時,Aに対し,健康食品を装って,シアン化合物入りのカプセルを服用させることが可能であったといえる。
加えて,証拠(甲15,22,39,40,52,54,70,74,乙2)によれば,被告が,平成25年9月20日午後7時頃に,意識を失っていたAに付き添い,119番通報をし,救急隊員や救急搬送先の医師
に対し,直前までAと本件飲食店で食事を一緒にしていた旨を供述していることが認められる。前記

のとおり,シアン化合物を服用してから

シアン中毒を発症するまでの時間が2,
30分以内であることを踏まえる
と,被告は,Aがシアン化合物を服用したと推定される前後の時間帯に,行動をともにしていたといえる。なお,証拠(甲66~70)によれば,被告自身,本件刑事事件において,その際,事件に関わる第三者がその場にいたとは全く供述していないことが認められるほか,被告の供述以外の証拠をみても,事件にかかわる第三者がその場にいたことを認めるに足りる証拠はない。

犯行前後の特異な言動
証拠(甲28ないし32,34,35,37,39ないし41,54,55,64,70)によれば,被告が,Aの肺がんの治療経過だけでなく,A
に子どもがいることを認識しながら,救急隊員や救急搬送先の医師に対し,Aが末期の肺がんであり,子どもも親族もいない旨虚偽の供述をしていること,Aが,平成25年9月2日(Aが死亡した日の18日前)
,その有する全
財産を被告に遺贈する旨の公正証書遺言をしたこと,被告が,Aに対し,同月16日(Aが死亡した日の4日前)
,A方の合鍵を作り,被告に渡すこと

や,
上記公正証書遺言や預金通帳などを金庫で施錠して保管しておく旨依頼したこと,被告が,Aが死亡して数日の間に,業者に上記金庫の解錠を依頼し,同年10月から平成26年3月までの間に,預貯金や証券会社に対する資産の取得を行っていることが認められる。
これらの事情は,不自然な行動といえ,被告が,Aが死亡する以前から,
Aの遺産を取得する目的を有していたことが推認される。

小括
以上を総合すると,Aにシアン化合物を服用させたのは,被告であると認定することができる。



被告の自白
証拠(甲38ないし40,70)によれば,被告が,本件刑事事件及びこれに先行する捜査段階(平成27年9月頃)において,記憶がないかのような供述をしながらも,また,毒の名称が明らかでないことを含め,あいまいな部分がありながらも,Aの遺産を取得する目的で,平成25年9月20日午後7時
頃に,本件飲食店の店内において,健康食品のカプセルに毒を入れ,それを通常の健康食品と偽ってAに渡し,服用させた旨供述したことが認められる。そして,
上記供述が捜査官による誤導や強制などによるものと認めるに足りる証拠はない。本件全証拠によっても,被告の平成25年9月20日当時の記憶力に問題があったとは認められない。記憶違いがあったことを認めるに足りる的確な証拠もない。そうすると,被告の上記供述の信用性が認められ,このことからみても,被告がAにシアン化合物を服用させ殺害したと認定するのが相当
である。
2争点2(損害の有無及びその額)について


Aの損害(合計2342万5582円)

死亡慰謝料(2200万円)
本件犯行に至る経緯や態様,Aの年齢その他本件に顕れた一切の事情に鑑
みると,
Aが死亡したことによる慰謝料としては2200万円が相当である。イ
逸失利益(142万5582円)
証拠(甲2)によれば,Aは,死亡当時,年額109万7700円の年金を受給していたことが認められる。そうすると,平均余命に相当する5年間について,年金収入を基礎収入とする逸失利益を認めるのが相当である。
ただし,上記年金受給額に加えて,証拠(甲34)及び弁論の全趣旨によれば,死亡当時,Aの収入が年金収入のみであったことを踏まえると,年金の全額が生活費に充当されているとまではいえないが,Aの年金収入の70パーセントを生活費として控除するのが相当である。
そうすると,Aの逸失利益は,下記計算式のとおり,142万5582円
となる。
(計算式)
109万7700円(基礎収入である年金受給額)×4.329(平均余命5年に対応する中間利息控除に関するライプニッツ係数)(1-0.×
7〔Aの生活費控除率〕
)=142万5582円(小数点以下切り捨て)


原告らの相続分(各自1171万2791円)
原告らは,
いずれもAの子であり
(前記前提事実⑴)前記ア及びイの各損

害について,法定相続分に従い,それぞれ2分の1ずつ相続した。原告らの各相続分は,
下記計算式のとおり,
1171万2791円である。
(計算式)
{2200万円(死亡慰謝料)+142万5582円(逸失利益)}×1

/2(原告らの各法定相続分)=1171万2791円


原告ら固有の損害
(原告B1及び同B2の近親者慰謝料
〔各自150万円〕

原告らの父であるAが被告により殺害されたことその他本件に顕れた一切の事情を考慮すると,原告らが受けた精神的苦痛の慰謝料として,それぞれ150万円が相当である。



小括
以上のとおり,原告らの損害は,各自1321万2791円(=1171万2791円〔前記⑴ウ〕+150万円〔前記⑵〕)と認められる。

3争点3(被告の責任能力の有無)について


被告の責任能力に関する事実
これまで認めた事実,証拠(甲25ないし33,78)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。

被告は,内容を理解して,メールのやり取りなどをしていた。被告は,AやD公証役場の公証人に対し,電話やメールをするなどして,公正証書遺言の作成に関するやり取りを行い,平成25年9月2日に,Aの自宅などの全
財産を被告に遺贈する旨の公正証書遺言を作成した。

被告は,平成26年5月29日,認知機能検査(MMSE)を受けた。この検査は,30点満点で,23点以下で認知症が疑われるが,被告の検査結果は,29点であった。


被告は,平成26年11月19日,Mを殺害したとの被疑事実により,逮捕され,以後,身柄を拘束され続けている。被告は,平成27年6月26日に,
長谷川式簡易知能評価スケール及び認知機能検査を受け,
前者は23点,
後者は24点であった。長谷川式簡易知能評価スケールでは,20点以下で認知症を疑うとされる。このような検査では,実際の能力と対比して,低い点数が出ることはあっても,点数を高くすることはできない。

本件刑事事件の第1審において,G医師が,裁判所から被告の精神鑑定を命じられ,精神鑑定を行った。
G医師は,平成28年5月から9月にかけて,被告と,計13回,1回あたり1時間から2時間,面接をしたほか,被告の頭部に関し,CT検査,MRI検査及び脳血流シンチグラフィー検査(SPECT)等諸検査を実施した。

被告は,
上記面接において,
Aを殺害したと言ったり,
犯行を否認したり,
供述内容を変転させたが,G医師と会った記憶は毎回保持していた。G医師は,上記面接において,その記憶をもとに,被告との関係性を築くことができた。鑑定人がした被告の頭部の検査によれば,脳萎縮があり,委縮している部位の脳の血流が低下していた。

本件刑事事件の鑑定において,複数回の長谷川式簡易知能評価スケールによる検査が行われ,21点のときもあれば,26点のときもあった。オ

認知症は,進行性の病気である。認知症には,国際的な診断基準がある。G医師は,前記アないしオの事実等を前提に,鑑定書を作成したうえ,本
件刑事事件の証人尋問において,要旨,次のとおり証言した。
被告には,平成27年頃から記憶障害が認められ,被告は,上記鑑定時点(平成28年5月から同年9月までの間)において,アルツハイマー型認知症にり患していた。ただし,その程度としては,アルツハイマー型認知症と診断するか迷うぐらいの軽症であった。

しかし,被告は,平成25年12月の時点において,特に,認知症を含む精神疾患にり患していなかった。被告は,平成24年に,画像検査を受けているが,その結果には,特に問題がなかった。
時期は,逮捕勾留後の平成27年ころと推測される。

G医師は,精神科専門医で,O病院精神科医長を務めているうえに,豊富な精神鑑定の経験を有している。



責任能力の有無に関する判断
前記⑴アの事実は,それ自体で,被告の計画性を推認させ,さらに,平成25年9月20日における被告の知的能力に問題がなかったことを推認させるといえる。前記⑴イないしエの事実も,それ自体で,平成25年9月20日における被告の認知能力に問題がなく,逮捕以後にも,認知能力が低下したもの
の,大きな低下がみられないことを推認させるといえる。G医師が,前記⑴アないしオの事実等を前提に,
鑑定意見を形成したこと,
本件全証拠によっても,
G医師が依拠する精神医学的知見に問題があるとは認められないこと,前記⑴キのG医師の学歴,経歴及び業績などに照らし,G医師が,精神鑑定の鑑定人として十分な資質を備えているといえることからすると,
G医師の上記鑑定意

見は高い信用性を備えているというべきである。
以上によれば,被告が,同月20日当時,認知症にり患していたとは認定できない。被告が,上記の時点で,責任能力を欠いていたとはいえず,被告の主張は,
採用できない。
この判断を左右し得る事実を認めるに足りる証拠はない。
4争点4(消滅時効の成否)について

前記1で認定した被告のAに対する殺害行為の態様に加えて,証拠(甲1,57,71)によれば,Aが,死亡当時,肺がんによって死亡した旨診断され,事件性がないと判断されたことが認められることに照らすと,原告らが,Aの死因や被告の言動などに不信を抱いていただけでなく,平成25年12月28日以降,被告による別件事件などでマスコミに追い回されていたなどの被告の主張を踏
まえても,原告らが,少なくとも被告がAに対する殺人事件で逮捕された平成27年9月9日までの間に,被告がAを殺害した加害者であることを,損害賠償が事実上可能な程度に認識し得たとは認定できない。そして,原告らが,平成29年8月25日に,本件刑事事件において,被告に対し,それぞれ不法行為に基づく損害賠償金2018万7986円及びこれに対する上記不法行為の日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める損害賠償命令の申立てを行ったことは,記録上明らかであるから,同時点において,上記原告らの損害賠償請求権の消滅時効が中断したといえる。
したがって,被告の主張は,採用することができない。
第4結論
以上によれば,その余の点を判断するまでもなく,原告らの各請求は,いずれ
も,
1321万2791円及びこれに対する不法行為の日である平成25年9月20日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。
よって,京都地方裁判所平成29年(損)第5号刑事損害賠償命令事件の仮執行宣言付き損害賠償命令を認可することとして,主文のとおり判決する。
京都地方裁判所第2民事部

裁判長裁判官


裁判官


裁判官

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