判例検索β > 平成31年(行ケ)第10006号等
審決取消請求事件 特許権 行政訴訟
事件番号平成31(行ケ)10006等
事件名審決取消請求事件
裁判年月日令和元年12月25日
法廷名知的財産高等裁判所
裁判日:西暦2019-12-25
情報公開日2019-12-26 14:00:27
戻る / PDF版
令和元年12月25日判決言渡
平成31年(行ケ)第10006号

審決取消請求事件(第1事件)

平成31年(行ケ)第10058号

審決取消請求事件(第2事件)

口頭弁論終結日

令和元年10月23日
判決
第1事件原告

杏林製薬株式会社

同訴訟代理人弁護士

高崎村島内山内田
同訴訟代理人弁理士

第2事件原告

仁大介務俊生
メルク・シャープ・アンド・
ドーム・コーポレーション

同訴訟代理人弁護士

窪田乾英介仁井優中岡起弥友鈴木佑堀内一本郎裕今
第1・第2事件被告

一阿代子子一郎成
東興薬品工業株式会社
同訴訟代理人弁護士

高山和也
同訴訟代理人弁理士

田村恭生田村坂田主啓啓司文1
原告らの請求をいずれも棄却する。

2
訴訟費用は原告らの負担とする。

3
第2事件原告に対し,この判決に対する上告及び上告受理申立
てのための付加期間を30日と定める。
事実及び理由

第1

請求
特許庁が無効2015-800166号事件について平成30年12月5日にした審決を取り消す。

第2
1
事案の概要(後掲証拠及び弁論の全趣旨から認められる事実)
特許庁における手続の経緯等
(1)

第2事件原告は,名称を気道流路および肺疾患の処置のためのモメタゾンフロエートの使用とする発明に係る特許権(特許第3480736号。平成7年1月26日出願。優先日平成6年1月27日(以下本件優先日という。),優先権主張国米国。平成15年10月10日設定登録。請求項の数3。以下,同特許権に係る特許を本件特許という。)の特許権者である(甲A44)。
(2)

被告は,
平成27年8月24日に特許庁に無効審判請求をし,
特許庁は上

記請求を無効2015-800166号事件として審理した。第1事件原告は,特許法148条3項に基づき同審判に参加した。
(3)

第2事件原告は,
平成30年7月23日,
特許請求の範囲について訂正請
求をした(以下本件訂正という。)。
(4)

特許庁は,平成30年12月5日,
特許第3480736号の特許請求の範囲を平成30年7月23日付け訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり,訂正後の請求項2~3について訂正することを認める。特許第3480736号の請求項1~3に係る発明についての特許を無効とする。との審決(以下審決という。)をし,その謄本は,同月20日,原告らに送達された。なお,第2事件原告については,出訴期間として90日が附加された。
(5)

第1事件原告は平成31年1月18日,
第2事件原告は平成31年4月1

8日,審決の取消しを求めてそれぞれ第1事件及び第2事件の訴訟を提起した。
2
特許請求の範囲の記載
本件訂正後の特許請求の範囲の記載は,次のとおりである。以下,各請求項に記載の発明を,請求項の番号に従って本件発明1などといい,本件発明1~3を本件発明と総称する。本件特許の明細書を,図面を含めて本件明細書という。また,本件明細書の図面は,別紙本件明細書図表目録記載のとおりである。
【請求項1】

モメタゾンフロエートの水性懸濁液を含有する薬剤であって,

1日1回鼻腔内に投与される,アレルギー性または季節性アレルギー性鼻炎の治療のための薬剤。
【請求項2】前記1日1回の投与量が100~200マイクログラムであり,未変化のモメタゾンフロエートの絶対的バイオアベイラビリティが約1パーセント未満である,請求項1に記載の薬剤。
【請求項3】

前記薬剤が,季節性アレルギー性鼻炎を処置するためのもので

あり,前記1日1回の投与量が200マイクログラムである,請求項1または2に記載の薬剤。
3
審決の理由の要旨
(1)

被告(請求人)は,本件発明について,①下記の甲1(以下甲1文献
という。)に記載の発明(以下甲1発明という。),甲2(以下甲2文献という。)及び技術常識に基づく進歩性欠如(無効理由1),②実施可能要件違反(無効理由2)を主張した。
審決の理由は,別紙審決書(写し)記載のとおりであり,要するに,本件発明の構成は,甲1発明に甲2文献及び技術常識を組み合わせることにより容易に想到することができ,本件発明の効果も当業者が容易に予測し得たものであるから,本件発明は進歩性を欠如するというものである。
甲1:特表平5-506667号公報
甲2:WangC-J.他,JournalofPharmaceutical&BiomedicalAnalysis,10巻7号,1992年,473~479頁
(2)

審決が認定した甲1発明及び本件発明との一致点及び相違点は次のとおり
である。

甲1発明

炎症状態を治療するための,フランカルボン酸モメタゾン一水和物の鼻腔投与用水性懸濁液。


本件発明1と甲1発明の対比
本件発明1と甲1発明は以下の[一致点]で一致し,
[相違点1],
[相
違点2]について相違する。

[一致点]
モメタゾンフロエートの水性懸濁液を含有する薬剤であって,鼻腔内に投与される,炎症状態の治療のための薬剤。
[相違点1]
薬剤の用法・用量につき,本件発明1では1日1回と特定されているのに対し,甲1発明では特定されていない点。
[相違点2]
治療の対象である炎症状態につき,本件発明1ではアレルギー性または季節性アレルギー性鼻炎と特定されているのに対し,甲1発明では特定されていない点。

本件発明2と甲1発明の対比
本件発明2と甲1発明は,上記[一致点]で一致し,
[相違点1],
[相
違点2]に加え,
[相違点3-1],
[相違点3-2]において相違する。

[相違点3-1]
本件発明2では前記1日1回の投与量が100~200マイクログラムであるとされるのに対し,甲1発明ではその特定がない点。[相違点3-2]
本件発明2では未変化のモメタゾンフロエートの絶対的バイオアベイラビリティが約1パーセント未満であるとされるのに対し,甲1発明では
その特定がない点。

本件発明3と甲1発明の対比
本件発明2と甲1発明は,上記[一致点]で一致し,
[相違点1],
[相
違点2],
[相違点3-1],
[相違点3-2]に加え,
[相違点4-1],
[相違点4-2]において相違する。

[相違点4-1]
本件発明3では
前記薬剤が,季節性アレルギー性鼻炎を処置するためのものであるとされるのに対し,甲1発明では
炎症状態を治療するための
とされる点。
[相違点4-2]
本件発明3では
前記1日1回の投与量が200マイクログラムである
とされるのに対し,甲1発明ではその特定がない点。
(3)

審決が認定した本件発明の効果は次のとおりである。
アアレルギー性鼻炎に対して,1日1回のモメタゾンフロエートの鼻腔内投与で,プラセボとの対比において,治療効果がある
(以下
効果①
という。。


経口溶液と比して,経口懸濁液及び鼻腔スプレー懸濁液の方が,モメタゾンフロエートの全身的な吸収が低く,モメタゾンフロエート自体が血漿中で定量限界以下しか存在しないという効果がある
(以下
効果②
という。。


ウプラセボとの対比において,HPA機能抑制に起因する全身性副作用がない(以下効果③という。)。
4
取消事由
(1)

第1事件原告主張の取消事由
取消事由1-1:相違点1の容易想到性の判断の誤り
取消事由1-2:効果の顕著性に関する判断の誤り

(2)

第2事件原告主張の取消事由
取消事由2-1:本件発明1と甲1発明の一致点及び相違点の認定の誤り取消事由2-2:相違点1の容易想到性の判断の誤り
取消事由2-3:相違点2の容易想到性の判断の誤り
取消事由2-4:相違点3-1及び3-2の容易想到性の判断の誤り取消事由2-5:相違点4-1及び4-2の容易想到性の判断の誤り取消事由2-6:効果の顕著性に関する判断の誤り

第3
1
原告ら主張の取消事由
取消事由1-1(相違点1の容易想到性の判断の誤り)について
(1)

審決は,相違点1の構成について当業者が容易に想到し得たと判断したが
誤りである。
(2)

1日1回という投与頻度について


ステロイド点鼻薬の作用・効果の持続性と投与頻度
点鼻薬の有効成分の多くが早期に嚥下または口腔から排出されるから,
ステロイド点鼻薬の作用・
効能に持続的な性質がなければ,患者は何回も薬
剤を投与しなければならない。また,本件優先日当時も現在も2日に1回の投与頻度とするステロイド点鼻薬は存在しておらず,1日1回投与はステロイド点鼻薬について採用され得る最も投与頻度の低い用法であった。イ
モメタゾンフロエートについての作用・効果の持続性と用量
(ア)

本件優先日当時,モメタゾンフロエートを経鼻投与した場合の作用・
効能の持続性については全く明らかでなかった。
(イ)

当業者は,本件優先日当時,モメタゾンフロエートの持続性の程度に
ついては,ステロイドの作用持続時間を示すものとして知られていた生物学的半減期から推測するはずである。すなわち,本件優先日当時のアレルギーとステロイド剤に関する基本的文献において,各ステロイドの作用持続期間は,各ステロイドの生物学的半減期に基づいて評価されている(甲A61・896頁の表)。ここにいう生物学的半減期は,HPA機能抑制作用が投与時点から半減する時間のことを意味し(甲51・表5),このような生物学的半減期と血中半減期には一定の相関関係があるから(同表),モメタゾンフロエートの生物学的半減期は血中半減期から推定することができる。
甲2文献によれば,モメタゾンフロエートの血中半減期は1時間程度と理解される。そうすると,甲51・表5に照らし,モメタゾンフロエートの生物学的半減期は,血中半減期が90分のヒドロコルチゾンの生物学的半減期8~12時間よりも短時間になると推定され,作用持続時間についても同様に推定される。
したがって,モメタゾンフロエートの作用持続時間は半日以下程度と理解されるから,その用法を設定するのであれば,最低でも1日2~4回程度となるはずである。
(ウ)

本件優先日当時,ステロイドについて構造と物性との間に一定の相関
があること(構造活性相関)が知られていたものの,構造活性相関によりモメタゾンフロエートの有する高い作用・効能の持続性を知ることはできなかった。また,本件優先日当時,1日1回投与と1日2回投与との薬効が同等であることが知られていたブデソニド及びトリアムシノロンアセトニドはアセタール構造を有していたが,モメタゾンフロエートはこれを有しないから,当業者が,1日1回投与を選択することはない。ウ
以上によれば,他のステロイドにつき投与頻度が1日1回とされているとしても,それを根拠に,単なる患者の好みやコンプライアンスの観点から1日1回という投与頻度を当業者が選択することはないから,審決の判断には誤りがある。

(3)

甲A6~8のステロイドについて
審決は,相違点1について容易想到であると判断するにあたり4種類のステロイドを挙げているが,このうち,1日1回投与と1日2回投与との比較がされているのは,ブデソニド
(甲A6)
,フルチカゾンプロピオネート
(甲
A7)及びトリアムシノロンアセトニド(甲A8)である。
(ア)

ブデソニドとトリアムシノロンアセトニドは,
化学構造やバイオアベ

イラビリティがモメタゾンフロエートと全く異なり,その投与頻度を参考にすることはできない。
(イ)

また,本件優先日当時,ブデソニドとトリアムシノロンアセトニドに
ついて,
皮膚に塗布した場合に副作用が生じることが報告されていた
(甲
57の1,ブデソニドについて甲A3のTable8)。このように副作用の点からもモメタゾンフロエートの物性は大きく異なっており,ブデソニドとトリアムシノロンアセトニドの投与頻度が参考にすることはできない。
(ウ)

フルチカゾンプロピオネートについては,
構造がモメタゾンフロエー

トと全く異なっており,モメタゾンフロエートがフルチカゾンプロピオネートと同等の持続的な作用・効能を奏すると当業者が予測する根拠はない。なお,審決は,フルチカゾンプロピオネートについて,1日1回投与と1日2回投与とで治療効果に差がないという前提に立っているが,本件優先日前の1992年,1日2回投与が1回投与に比して有意に優れていたことが確認されている(甲A64。なお,甲A42の3の実際の製剤における用法も同様。)。

以上のとおり,他のステロイドの投与頻度を根拠に甲1発明について1日1回投与とする理由はなく,審決の論理には誤りがある。

(4)

審決は,相違点1の容易想到性の判断を誤り,この誤りは,審決の結論に
影響を及ぼすものであるから,審決は取り消されるべきである。
2
取消事由1-2(効果の顕著性に関する判断の誤り)について
(1)

審決は,本件発明の効果①,
③は,
甲1発明の効果,甲2文献の記載から読

み取れる効果,及び,甲A6~8の記載から当業者が予測し得たものである,効果②は甲1発明との関係においては有利な効果となり得ないなどと判断したが誤りである。
(2)

本件発明の効果


本件明細書には,①モメタゾンフロエートの水性懸濁液の好ましい用量を投与する場合,単回投与または分割投与のどちらでも選択可能であること,②わずか1日1回の外鼻孔への服用でも,アレルギー性鼻炎(季節性アレル
ギー性鼻炎を含む。)を処置するのに安全かつ効果的であることが新たに見出されたことが記載されている
(本件明細書
(第10欄12~27行)。

本件明細書には1日1回投与と1日2回投与(一日量の2回分割投与)を比較した実験結果は記載されていないが,本件発明を実施した医薬品に関する審査報告書に,
1日1回投与と1日2回投与を比較した結果,効果が同等
であったことが記載されている(甲49・30頁)。
そして,1日1回投与はステロイド点鼻薬について採用され得る最も投
与頻度の低い用法であるから,本件発明の1日1回という技術事項は,モメタゾンフロエートの水性懸濁液がステロイド点鼻薬として本件優先日当時に望み得る最も高いレベルの作用・効能の持続性を有していることを示している。本件優先日後の知見であるが,現在では,モメタゾンフロエートの分子構造に鼻の粘膜部分のタンパク質と結合しやすい構造部分(以下フロエート部分という。)があり,これにより薬理効果を長時間発揮することが分かっている(甲A59・1292,1295頁)が,本件優先日当時はモメタゾンフロエートが上記の特徴的な性質を有することは全く知られていなかった。
モメタゾンフロエートの水性懸濁液が持続的な作用

効能を奏することは本件優先日当時の文献からは知ることのできない事柄である。
本件発明は,公知の成分であるモメタゾンフロエートの水性懸濁液の有する未知の性質(鼻に局部投与した場合の抗アレルギー効果の高い持続性)に着目した用法・用量を特徴とする発明(用途発明)であり,進歩性のある発明である。

また,
本件優先日当時,モメタゾンフロエートの鼻腔内投与水性懸濁液のバイオアベイラビリティは公知でなく,その他のステロイドのバイオアベイラビリティも,40%を超えるものばかりであった
(甲A591296頁)


したがって,当業者であれば,モメタゾンフロエートを経鼻投与した場合のバイオアベイラビリティについても,既知のステロイドの場合と同程度の40%以上と推測する。審決は,ブデソニド(バイオアベイラビリティ:102%)
やトリアムシノロンアセトニド
(バイオアベイラビリティ45%)

がモメタゾンフロエートの類薬としているから,これによれば,モメタゾンフロエートもこれらと同程度のバイオアベイラビリティと推測することになる。ところが,モメタゾンフロエートの水性懸濁液が鼻腔に投与された場合のバイオアベイラビリティは,0.16%未満であり(モメタゾンフロエートの水性懸濁液が鼻腔に投与された場合の全身性吸収は8%であり,かつ,全身性吸収されたものの98%以上が肝臓で代謝される(本件明細書・表2,第5欄38~40行)),顕著に低い。なお,モメタゾンフロエートでは,鼻腔スプレー懸濁液における平均血漿中濃度は経口水性懸濁液の濃度を下回り,
この性質も,本件発明の顕著な効果をさらに裏付けて
いる。
(3)

審決の効果の認定及び評価について
審決は,上記(2)のとおり,本件発明が1日1回投与の場合と1日2回投与の場合で効能に有意な差が無く,ステロイド点鼻薬として優先日当時に望み得る,最も高いレベルの作用・効能の持続的効果を奏すること,審決が類薬とする他のステロイドと比較して本件発明のバイオアベイラビリティが顕著に低いことを看過しており,
審決の効果の認定には誤りがある。
また,
非常に低いバイオアベイラビリティでありながら,本件発明が上記効果を奏することは,本件優先日当時驚くべきことであり,それ自体,本件発明の顕著な効果である。
審決は本件発明の効果の存在を看過したことにより,
当該効果の評価も遺漏しており,誤りがある。


審決は,甲1発明はモメタゾンフロエートの鼻腔投与用懸濁液であるから,効果②
(経口溶液と比して,経口懸濁液及び鼻腔スプレー懸濁液の方が,モメタゾンフロエートの全身的な吸収が低く,モメタゾンフロエート自体が血漿中で定量限界以下しか存在しないという効果)は本件発明の有利な効果の存在の根拠とならないと判断する。審決の判断によれば,公知物がある効果を客観的に奏するのであれば,優先日当時に当該効果の存在が当業者に知られていなくても,発明の効果の顕著性は,上記効果と比較して判断することになる。
しかし,用途発明は,既知の物質について新規な用途を発見したことを特徴とする発明であり,当該新規な用途を基礎づける物性は
(発見されていな
いだけで)
公知物自体にすでに客観的に備わっている。
したがって,公知物
に当該物性が備わっていることを理由に用途発明に顕著な効果を認定しないとすると,公知物に当該物性を発見したことを根拠とする用途発明については,およそ顕著な効果を根拠とする進歩性
(特許法29条2項)
はあり得
ないことになる。
したがって,
少なくとも用途発明の効果の顕著性は,優先
日当時の技術理解に基づき,公知物が奏すると当業者が予想する効果との比較で判断されるべきである。
審決は,優先日に公知となっていない効果との比較で顕著性を評価するもので,後知恵である。
(4)

審決は,効果の顕著性に関する判断を誤り,この誤りは,審決の結論に影
響を及ぼすものであるから,審決は取り消されるべきである。
3
取消事由2-1(本件発明1と甲1発明の一致点及び相違点の認定の誤り)について
(1)

審決は,本件発明1と甲1発明の相違点について[相違点1]及び[相違
点2]を認定したが,誤りである。
(2)

甲1発明について
医薬発明における審査基準2.2.2新規性の判断の手法(2)引用発明の認定には,刊行物等に何ら裏付けされることなく医薬用途が単に列挙されている場合は,当業者がその化合物等を医薬用途に使用できることが明らかであるように当該刊行物等に記載されているとは認められない。したがって,当該刊行物等に医薬発明が記載されているとすることはできない。と記載されている(甲A68)。

臨床上経鼻投与の方法が用いられたことのないコルチコステロイドの場合には,その治療効果は薬理試験を行わなければ予測できない。
(ア)

すなわち,コルチコステロイドを皮膚に塗布する場合,皮膚の角層は
強固なバリアーであるため,薬物の吸収は非常に遅く,
皮膚から吸収され
た薬物の血中濃度はほとんど測定できないほど低い。皮膚から吸収された(わずかな)薬物は,直接体内循環に移行するため,肝臓での初回通過効果(吸収された薬が最初に肝臓を通過し,代謝されること)を受けず,投与部位での代謝も非常に少ない(甲A34・328頁~330頁。なお,甲A34は,本件優先日以降に刊行されたものであるが,皮膚と鼻腔の組織等についての基本的な事項を述べたものであり,その記載内容は,本件優先日当時の当業者の認識と変わらない。)。
(イ)

これに対し,
コルチコステロイドを鼻腔に投与する場合,鼻の粘膜下

は薬物透過性が高い結果,鼻腔に投与されたコルチコステロイドは速く血管に吸収され,比較的短時間しか鼻の組織に滞留せず,
吸収された薬物の
血中濃度が高ければ全身性副作用を引き起こすおそれがある。鼻粘膜で吸収された薬物は直接体内循環に移行するため,皮膚への塗布と同様,肝臓での初回通過効果を受けない(甲A34・326頁)が,鼻腔内投与された薬剤の一部は飲み込まれてしまうため,副作用を考慮するにあたっては,食道を通過する薬剤の吸収や代謝も考慮する必要がある。
鼻から飲
み込まれた薬剤は,全身循環される前に肝臓に送られ,肝臓で代謝(初回通過効果)を受ける(甲A34・292~296頁,甲A59)。また,本件優先日当時,経口投与の場合には初回通過効果を受けるのに対し,鼻腔投与の場合には当該効果を受けることがなく,鼻粘膜は薬物透過に対するバリアー能が低いため,経口投与よりも鼻腔投与の方がバイオアベイラビリティが高くなることも知られていた(甲A60)。このように,鼻腔投与された薬物の副作用を検討するにあたっては,鼻粘膜で吸収された薬物と飲み込まれた薬物の両方による薬物の血中濃度や,その薬物に対する初回通過効果の影響を知る必要がある。
(ウ)

本件優先日当時,米国においては19種類ものコルチコステロイドを
含む皮膚疾患用抗炎症剤が承認されていたが,点鼻薬としても承認されていたものはわずか2種類のみであった。また,甲A3には,酢酸ジフロラゾン,ジフルプレドナート,ジプロピオン酸デキサメタゾン,ブデソニドが皮膚の炎症に作用を有することが記載されているが,このうち,点鼻剤として承認されたのは,ブデソニド(ただし本件優先日後)のみで,他の薬剤についてアレルギー性鼻炎に効果的であるとの文献も示されていない。さらに,本件優先日当時,チプレダンは皮膚では有効性を示したが,気道では効果がないことが知られていた(本件明細書2頁第3欄29~34行)ほか,局所性ベタメタゾン及びデキサメタゾンは,当初皮膚で,後に経鼻投与でも有効性を示したが許容しがたい副作用が生じ,研究が中止された。
シクレゾニド,ブチキソコートプロピオネート,クロプレドール,デフラザコートは喘息の治療に有効であるとされたが,いずれも鼻炎の治療用には開発されていなかった。
かかる事実からも,皮膚の抗炎症効果から
鼻炎の治療効果は予測し得ないことがいえるし,また,喘息の治療に有効であっても鼻炎の治療に有効であるとは限らないともいえる。
(エ)

このように,ある薬剤が皮膚に局所適用した場合に安全かつ有効であ
ったとしても,鼻腔スプレーで投与した場合の動態を知ることはできず,その安全性や有効性を推定することもできないし,より強い副作用が生じる可能性もある。

本件優先日当時,軟膏,クリーム及びローションの剤形のフランカルボン酸モメタゾンが湿疹,皮膚炎等の局所適用ステロイドであったことが知られていたのみであり,上記イによれば,モメタゾンフロエートの水性懸濁液の効果や,アレルギー性鼻炎の治療のために鼻腔投与した場合の安全性や有効性を推定することはできなかった。


甲1文献は,新規化合物であるフランカルボン酸モメタゾン(モメタゾンフロエート)
一水和物に関する発明
(甲1発明)
の公表特許公報であり,
懸濁液の形態で長期間保存される間に結晶が成長しにくい,新規化合物であるフランカルボン酸モメタゾン一水和物を報告するものである。そして,甲1文献にフランカルボン酸モメタゾンは,炎症状態の処置に有用であることが知られているとの記載があり,また,発明の名称として医薬組成物との文言が記載されているものの,モメタゾンフロエート一水和物の鼻腔投与用水性懸濁液について炎症状態の処置に対する有用性の程度や副作用の有無について何ら記載がないし,モメタゾンフロエートの薬理効果も,モメタゾンフロエートの水性懸濁液をアレルギー性又は季節性アレルギー性鼻炎のために投与した場合の薬理試験方法や薬理試験結果についても開示もない。
このように,
甲1文献には,炎症状態に有効という記
載しかなく,何ら裏付けがなく用途が記載されているにすぎないため,治療のための薬剤が開示されているといえないことは明らかである。オ
被告は,
甲A10の,
局所での抗炎症性ステロイドの分野では,皮膚疾患
の処置で実証された結果を有するコルチコステロイドは,喘息及び鼻炎の処置にも効果的である旨の記載から,皮膚疾患の処置で抗炎症作用を有することが知られていたモメタゾンフロエートについて,アレルギー性鼻炎に対する炎症効果を有することが理解できると主張する。しかし,このような技術常識はなく,本件優先日当時の当業者の認識とも異なる。
すなわち,上記事項がよく知られていたことやその後の基礎として受け入れられたことを示す証拠は甲A10以外に示されておらず,1つの文献にのみ記載された事実が技術常識であるとはいえないことは明らかである。また,被告の指摘する乙8の,ステロイドはその活性の発見当初から喘息患者に全身的に用いられてきたが・・・皮膚に対する非常に強力な抗炎症剤が発見されたことから,これらの化合物が肺の気道に対しても局所的に同等に有効ではないかという期待が持ち上がった。Beclomethasonedipropionate(24)が吸入できるエアゾールの形で用いられ大多数の患者の喘息発作の抑制に非常に有効であることが示された。・・・Becotideという商品名(Allen&Hanburys)でこの製品は特に目立った成功を収め,後に鼻腔内スプレーとして花粉症や同類の鼻アレルギーの治療にまでその用途が拡大した。との記載は,肺の気道についてのもので,鼻炎の処置には言及しておらず,
Beclomethasonedipropionateが喘息に効果的であり,その後,鼻アレルギーの治療に拡大したことを述べるだけであるから,
皮膚疾患の処置で実証された結果を有するコルチコステロイドは,鼻炎の処置にも効果的であると考えられていたことは何ら述べられていない。
皮膚と鼻腔に投与される薬剤の治療効果や安全性が同じであるとの知見はなく,このような知見は,皮膚と鼻腔投与の薬物動態の違いを無視するものであり,本件優先日当時の技術常識であるとはいえない。
(3)

本件発明1と甲1発明の相違点の認定の誤り
以上によれば,本件発明1と甲1発明の相違点は,次のとおりである。[相違点1’]
本件発明1は,モメタゾンフロエートの水性懸濁液の用法を
1日1回
に特定しているのに対し,甲1発明は特定していないこと
[相違点2’]
本件発明1は,
アレルギー性または季節性アレルギー性鼻炎の治療のための薬剤であるのに対し,甲1発明は,炎症状態の処置に有効であるとするにすぎないこと
(4)

審決は,
誤った相違点を前提として,
当該相違点に係る構成を容易に想到

し得たと判断したものであり,上記相違点の認定の誤りは,審決の結論に影響を及ぼすものであるから,審決は取り消されるべきである。
4
取消事由2-2(相違点1の容易想到性の判断の誤り)について
(1)

審決は,
相違点1の構成について当業者が容易に想到し得たと判断したが

誤りである。
(2)

甲1文献には甲A4~8記載のアレルギー性鼻炎の治療薬の用法用量を検
討する動機付けはないこと

前記3(3)のとおり,甲1文献には,フランカルボン酸モメタゾン一水和物の水性懸濁液をアレルギー性または季節性アレルギー性鼻炎の治療のための薬剤として使用することについての記載はない。したがって,甲1文献において,アレルギー性鼻炎の治療のためにその用法・用量を定めようとする動機付けはなく,
抗炎症活性という共通点のみから,甲A4~8
記載のアレルギー性鼻炎の治療薬の用法用量を参照する動機付けはない。・

イ審決は,モメタゾンフロエートの水性懸濁液がアレルギー性鼻炎の薬剤として使用されることを甲1文献に読み込んだ上で,組み合わせの容易想到性を判断したものといえる。甲1文献にはアレルギー性鼻炎についての記載はないから,
甲1文献に甲2文献を組み合わせた仮想的な公知例に基づき,
甲A4~8の用法・用量を組み合わせるものであり,いわゆる容易の容易に基づき進歩性を否定するものである。
(3)

甲A4~8について


審決は,甲A4~8に接した当業者は,1日1回の用法が最も好ましいことを理解し,甲1発明に1日1回の用法を採用することは容易であると判断した。
しかし,1日1回が患者の好みやコンプライアンスの観点から最も望まし
いことが知られていたとしてもそれは理想であって,実際に対象となる有効成分の薬剤が1日1回で所望の持続的な効果を有し,安全性を有することが大前提である。

甲A4,
5については,ジプロピオン酸ベクロメタゾンを1日4回投与す
ることを記載するものの,1日1回の用法についての記載はないから,相違点1とは関係がない。


甲A6~8には,アレルギー性鼻炎に対して,ブデソニド,フルチカゾンプロピオネート及びトリアムシノロンアセトニドを1日1回鼻腔に投与することが記載されている。
(ア)

審決は,モメタゾンフロエートは局所抗炎症活性を有するコルチコス
テロイドであり,上記3種のコルチコステロイドはモメタゾンフロエートの類薬であるとして,甲1発明にこれらの類薬の用法・用量を採用する動機付けがあった認定したが誤りである。
すなわち,
薬の投与量や投与回数は,その薬の対象疾患の治療効果の程
度と安全性に密接に関連するものであり,モメタゾンフロエートのような,臨床上,経鼻投与の方法が用いられたことのないコルチコステロイドの場合,独自の安全性評価が必要となる。前記3(2)イのとおり,ある特定のコルチコステロイドのアレルギー性鼻炎に対する治療効果から,別のコルチコステロイドの治療効果を予測することはできないから,アレルギー性鼻炎に対するある特定のコルチコステロイドの用法が
1日1回
であることをもって,別の種類のコルチコステロイドの用法も
1日1回
で足りるということはできない。
したがって,局所抗炎症活性を有するコルチコステロイドであるという一事をもって
類薬
と判断することも,これに基づいて動機付けを肯
定することも,あまりに単純化しすぎた考え方に基づくものであり,誤りである。
(イ)

本件優先日当時,ステロイドの構造と物性の間には一定の相関がある
ことが知られており
(構造活性相関)
,ステロイドの構造に結合する修飾
基をどのように工夫すれば所望の作用・効果を得ることができるかという研究も行われていた(甲A61,62)。
モメタゾンフロエートの構造は上記3種のコルチコステロイドの構造と大きく異なっているから,化学構造式の点からも,これらのコルチコステロイドの用法・用量を採用する動機付けはなかったといえる。(ウ)

本件発明の課題は,鼻腔に投与した際の血流への全身性吸収を実質的
に最小限としたうえ,低い全身性バイオアベイラビリティ及び低い全身性副作用を有しながらも,アレルギー性鼻炎等を効果的に処置する薬剤を提供することである。
これに対し,
甲A6~8には,アレルギー性鼻炎に対
して,ブデソニド,フルチカゾンプロピオネート及びトリアムシノロンアセトニドを1日1回鼻腔に投与した際に,症状がどの程度改善されたかの記載しかなく,これらを投与した際の血流への全身性吸収の程度,全身性バイオアベイラビリティの値及び関連する副作用については述べられていない。
したがって,
低い全身性バイオアベイラビリティで,血流への全
身性吸収及びこれに関連する副作用が実質的に存在することのない薬剤の提供を試みた場合に,全身性バイオアベイラビリティ等についての記載のない甲A6~8に基づいて,当業者が,これらの用法・用量を適用する動機付けはない。
なお,本件優先日当時,ブデソニドについては,全身性バイオアベイラビリティが102%であることが知られており(甲A63),かかる文献に接した当業者であれば,本件発明の課題のもと,ブデソニドの用法を参照することにはむしろ阻害要因があったといえる。
(エ)

本件優先日当時,鼻腔内吸入するアレルギー性鼻炎の治療薬として承
認されていたコルチコステロイドでは,1日1回よりむしろ,1日2回,1日3回等の用法も一般的に用いられていた。したがって,当業者は,
コルチコステロイドであるからといって当然に
1日1回で効果を有するとは考えず,むしろ,1日1回で効果を有するかどうかについては懐疑的であったといえる。
(オ)

フルチカゾンプロピオネート
(甲A7)
のみが現在日本で実際に販売

されているが,
フルチカゾンプロピオネートについては,本件優先日前の
1992年に用法・用量の確認のために57施設の耳鼻咽喉科で大規模な臨床試験が実施され,1日2回の投与が1回投与に比して有意に優れていたことが確認された報告書が作成され(甲A64),フルチカゾンプロピオネートを有効成分として含むフルナーゼは1日2回の用法が推奨されている(甲A42の3)。これによれば,甲A7文献の記載に接した当業者であったとしても,フルチカゾンプロピオネートの1日1回の用法・用量の効果について懐疑的であったといえる。
(カ)

以上のとおり,甲1発明に,甲A6~8に記載の1日1回の投与

方法を組み合わせる動機付けはないから,
相違点1に係る構成について,
容易に想到し得たとはいえない。
(4)

審決は,相違点1の容易想到性の判断を誤り,この誤りは,審決の結論に
影響を及ぼすものであるから,審決は取り消されるべきである。
5
取消事由2-3(相違点2の容易想到性の判断の誤り)について
(1)

審決は,甲2文献に,モメタゾンフロエートが喘息およびアレルギー性鼻
炎の鼻腔内吸入による治療のための有望な新薬候補であったことが示されているから,甲2文献に接した当業者は,甲1発明において,アレルギー性鼻炎または季節性アレルギー性鼻炎を選択することは容易に想到し得たと判断したが,誤りである。
(2)

相違点2の容易想到性について
甲2文献の記載
(ア)

甲2文献は,
モメタゾンフロエートの血漿濃度を測定するために新し

く開発された高感度測定法に関する報告であり,モメタゾンフロエートが喘息及びアレルギー性鼻炎の経口及び鼻腔内吸入による治療のための有望な新薬候補である旨の記載があるのみで,モメタゾンフロエートが有望な新薬候補であることを裏付ける実験結果も参考文献も示されておらず,かえって,モメタゾンフロエートの代謝,薬物動態及び毒物動態は評価されてこなかったとの記載(473頁左欄11~17行)がある。
(イ)

甲2文献の

モメタゾンフロエート(SCH32088)は,局所性抗炎症活性を有する一方,視床下部-下垂体-副腎(HPA)機能の抑制する可能性は最小限しか示さない,合成コルチコステロイドである。

との記載(473頁左欄3~8行)が想定しているのは,モメタゾンフロエートを皮膚に局所適用した場合である(甲2文献が引用する甲A69及び甲A70)。前記3(2)イのとおり,皮膚に局所適用した場合の全身性作用の程度から鼻腔吸入した場合の全身性作用の程度を推定することはできないので,上記記載に基づいて鼻腔内に投与したモメタゾンフロエートがHPA軸機能を抑制するかについて予測することはできない。皮膚に関する上記記載から,甲2文献にアレルギー性鼻炎の薬剤が開示されているとすることはできない。
(ウ)

一般的に
新薬候補
は医薬品の原料となる可能性のある化合物を意

味するが,
薬剤
は客観的な実験を通して医薬品としての安全性及び有
効性が確認された化合物を意味する。
甲2文献の開示する,
鼻腔内吸入によるアレルギー性鼻炎の治療のための有望な新薬候補としてのモメタゾンフロエートは,本件発明にかかるアレルギー性または季節性アレルギー性鼻炎の治療のための薬剤とは異なる。(エ)

以上によれば,甲2文献には,薬剤の治療の対象としてアレルギー性または季節性アレルギー性鼻炎が記載されているということはできない。

甲1文献の課題は,懸濁液の形態で長期間保存される間に結晶が成長しにくいフランカルボン酸モメタゾン一水和物を得ることであり,甲2文献の課題はモメタゾンフロエートの血漿濃度を測定する方法を得ることである。このように,甲1文献と甲2文献では課題が異なっている。また,両文献には,本件発明のアレルギー性または季節性アレルギー性鼻炎の治療に有効であり,かつ,鼻腔内投与によって投与されたときに,全身性バイオアベイラビリティが低く,全身性の副作用の発症が抑制された薬剤を提供するという課題のみならず,そもそも薬剤を提供するという課題すらない。審決は甲1発明において甲2文献を組み合わせる動機付けについて何ら述べておらず,甲1発明に甲2文献を組み合わせることができるとする審決の判断は誤りである。
(3)

審決は,相違点2の容易想到性の判断を誤り,この誤りは,審決の結論に
影響を及ぼすものであるから,審決は取り消されるべきである。
6
取消事由2-4(相違点3-1及び3-2の容易想到性の判断の誤り)について
(1)

審決は,
相違点3-1及び3-2に係る構成について容易に想到し得ると

判断したが,誤りである。
(2)

相違点3-1について
前記4(3)のとおり,
モメタゾンフロエートについて,
異なる他のコルチコ

ステロイドの用量を参照する動機付けはない。また,これらの用量をアレルギー性鼻炎について開示のない甲1発明に組み合わせる動機付けはない。なお,本件明細書には,1日に400マイクログラムを超えると,処置における改善は見出されない
ことが記載されているが,モメタゾンフロエートの
投与量がどの程度であれば,1日1回で効果を有し,安全性を有するものかは,薬理試験を行わなければ予測できない。相違点3-1にかかる,1日1回の100~200マイクログラムのモメタゾンフロエートが効果的であることは,甲1文献,甲2文献,甲A3~10から予測することができず,相違点3-1にかかる構成は容易に想到し得るものではない。
(3)

相違点3-2について
審決は,未変化のモメタゾンフロエートの絶対的バイオアベイラビリティが約1パーセント未満であることは,前記1日1回の投与量が100~200マイクログラムであることに伴って当然達成される効果であることから,相違点3-2は相違点3-1と実質的に異なるものではないと判断した。しかし,甲1文献,甲2文献,甲A3~10に,
未変化のモメタゾンフロエートの絶対的バイオアベイラビリティが約1パーセント未満であることは開示も示唆もない。前記1日1回の投与量が100~200マイクログラムであることを採用した場合に,
未変化のモメタゾンフロエートの絶対的バイオアベイラビリティが約1パーセント未満である効果を得られるとは予測できず,当然達成される効果であることは予測できない。
甲1文献には,アレルギー性または季節性アレルギー性鼻炎の治療に有効であり,かつ,鼻腔内投与によって投与されたときに,全身性バイオアベイラビリティが低く,全身性の副作用の発症が抑制された薬剤を見出すという本件発明2の課題がなく,甲2文献,甲A3~10にも,全身的な血流中への吸収が実質的に存在しないことを課題とするものはない。したがって,甲1発明
に甲2文献,
甲A3~10を組み合わせても,相違点3-2にかかる構成を容
易に想到することはできない。
(4)

審決は,
相違点3-1及び3-2の容易想到性の判断を誤り,
この誤りは,

審決の結論に影響を及ぼすものであるから,
審決は取り消されるべきである。
7
取消事由2-5(相違点4-1及び4-2の容易想到性の判断の誤り)について
(1)

審決は,
相違点4-1及び4-2に係る構成について容易に想到し得ると

判断したが,誤りである。
(2)

相違点4-1について
上記6(3)のとおり,甲1文献にも甲2文献にもアレルギー性または季節性アレルギー性鼻炎の治療のための薬剤の開示はなく,甲1文献と甲2文献の課題には共通性がなく,これらを組み合わせる動機付けはない。したがって,甲1発明に甲2文献を組合せることにより相違点4-1が容易に想到し得たとする審決の判断は誤りである。
(3)

相違点4-2について
前記4(3)のとおり,
モメタゾンフロエートについて,
他のコルチコステロ
イドの用量を参照する動機付けはなく,審決が挙げる他のコルチコステロイドの用量をアレルギー性鼻炎について開示のない甲1発明に組み合わせる動機付けはない。
本件明細書においては,第16欄3行のA.臨床的評価において,200マイクログラムのモメタゾンフロエートの臨床的効力および薬物代謝/臨床薬理学的研究により,
アレルギー性鼻炎に対して,1日1回のモメタゾンフ
ロエートの鼻腔内投与で効果的に処置でき,未変化のモメタゾンフロエートの絶対的バイオアベイラビリティが約1パーセント未満となり,モメタゾンフロエートの血流中への全身的な吸収が実質的に存在せず,所望しない全身性副作用を防げるという効果を確認している。
このような効果を有することは,試
験なくしては予測することができない。
1日1回の200マイクログラムのモメタゾンフロエートが効果的であることは,甲1文献,甲2文献,甲A3~10から予測することができず,相違点4-2にかかる構成は容易に想到し得るものではない。
(4)

審決は,
相違点4-1及び4-2の容易想到性の判断を誤り,
この誤りは,

審決の結論に影響を及ぼすものであるから,
審決は取り消されるべきである。
8
取消事由2-6(効果の顕著性に関する判断の誤り)について
(1)

審決は,本件発明の効果①,
③は,
甲1発明の効果,甲2文献の記載から読

み取れる効果,及び,甲A6~8の記載から当業者が予測し得たものである,効果②は甲1発明との関係においては有利な効果となり得ないなどと判断したが,誤りである。
(2)

本件発明の効果

ア本件発明の課題は,アレルギー性鼻炎の治療に優れた抗炎症効果を有しながら全身性副作用の少ない治療方法の開発というより広い課題として把握されなければならず
(本件明細書の第3欄50行~第4欄2行,同30~3
7行,第5欄30~34行),本件発明の効果は,次のとおりである。(ア)

アレルギー性鼻炎に対して,1日1回のモメタゾンフロエートの投与
で効果的に処置できること
(イ)

モメタゾンフロエートのバイオアベイラビリティが1%未満であり,
血流中への全身的な吸収が実質的に存在せず,所望しない全身性副作用を防げること

アレルギー性鼻炎に対して,1日1回のモメタゾンフロエートの投与で効果的に処置できることという効果(上記ア(ア))について
本件発明のアレルギー性鼻炎に対する優れた治療効果は,本件明細書に記載された201名の季節性アレルギー性鼻炎の患者を対象にした臨床研究(第14欄49行~第17欄39行)に記載されている。本件発明にかかるモメタゾンフロエートを有効成分とするナゾネックス®は日本においては2008年に発売が開始されたが(甲A18),それまで,1日2回の投与とされていた鼻噴霧用ステロイド薬とは異なり,1日1回で効果が十分持続する鼻噴霧用ステロイド薬として画期的なものであった(甲A16)。そして,上記の画期的効果は,モメタゾンフロエートのフロエート構造が薬理効果を長期間発揮する物性をモメタゾンフロエートにもたらすことによるものであるところ,本件優先日当時,上記の物性等は明らかになっていなかったから,当業者がこの画期的効果を予測することは不可能であった。


モメタゾンフロエートのバイオアベイラビリティが1%未満であり,血流中への全身的な吸収が実質的に存在せず,所望しない全身性副作用を防げるという効果(上記ア(イ))について
(ア)

本件発明は,
①血漿中コルチゾル濃度の測定
(本件明細書第13欄下

から2行~第14欄9行)
,②トリチウム標識モメタゾンフロエートを投
与することによる全薬物についての全身性吸収率の測定(第18欄11行~第26欄最終行,表2,19欄35~40行),③高速液体クロマトグラフィーを用いた代謝物分析(肝臓における一次代謝の割合)(第5欄34~46行,第18欄11~26行)という3つの実験から,上記の効果が得られたことを確認している。
すなわち,上記①の結果は,全身性副作用である副腎抑制がないことを示している。また,上記②及び③の結果は,モメタゾンフロエートの水性懸濁液が鼻腔に投与された場合の全身性バイオアベイラビリティが1%未満であること(②におけるモメタゾンフロエートの水性懸濁液吸収率8%
(代謝物含む)
×③における初回通過効果を回避する割合2%)
を示している。このように,本件発明は,全身性吸収が低く抑制されると同時に,わずかに吸収されたモメタゾンフロエートの大部分は代謝されることにより,血流に到達する親薬物は実質的に存在しないこととなり,モメタゾンフロエートの血流中への全身的な吸収は実質的に存在せず,所望しない全身性副作用を防げるという顕著な効果を有する。(イ)

このような効果は,次のとおり,本件優先日当時予測できるものでは
なかった。
a
モメタゾンフロエートの代謝,薬物動態及び毒物動態は解明されておらず(甲2文献),これらのデータなしに,鼻腔吸入した場合の全身効果の程度を知ることはできなかった。本件優先日当時,モメタゾンフロエートが少なくとも複数の推定代謝物を有し,その代謝物の多くがコルチコイドレセプターと強い結合親和性を有していたことが報告されており(甲A26・概要・141頁右欄13行~142頁2行),鼻腔投与された場合の薬物動態は複雑なものとなると考えられていたから,なおのことである。

b
甲1文献や甲2文献にはモメタゾンフロエートの水性懸濁液を鼻腔投与した際の全身バイオアベイラビリティについての記載がないから,このような効果を予測し得ない。
さらに,本件優先日後の文献によれば,
モメタゾンフロエートのバイオアベイラビリティが甲A6~8のブデソニド,トリアムシノロンアセトニド及びフルチカゾンプロピオネートのバイオアベイラビリティと比較して格段に優れており,このことからは,前者の優位性が予測し得なかったものであることが理解できる(甲A59の図5)。本件優先日後に,日本において鼻噴霧用ステロイド薬として使用されている主な医薬品のうち,バイオアベイラビリティが明らかとなっているものは,フルナーゼ
(1994年9月2日に日
本で販売開始)で1パーセント未満(甲A19・17頁),アラミスト(2009年6月19日に日本で販売開始)で平均0.5パーセント(甲A20・25頁),本件発明にかかるモメタゾンフロエートを有効成分とするナゾネックス
(2008年9月16日に日本で販売開始)
で0.2パーセント未満である(甲A18・1頁)。現在日本において小児アレルギー性鼻炎に使用されている鼻噴霧用ステロイド薬のうち,フルナーゼは4歳以下(甲19・32頁)について安全性が確立していないのに対し,ナゾネックスは3歳未満の幼児において安全性が確立していない(甲A18・39頁)とされ,ナゾネックスの方がより年齢の低い小児に安全性のある医薬品となっている(甲A17・686頁)。
c本件優先日当時,経口投与の場合には初回通過効果を受けるのに対し,鼻腔投与の場合には当該効果を受けることがなく,薬物透過に対するバリアー能が鼻粘膜は低いため,鼻腔投与の方が経口投与よりもバイオアベイラビリティが高くなるとの技術常識があった(甲A60)から,甲2文献のモメタゾンフロエート溶液を経口投与した場合の血漿濃度から水性懸濁液を鼻腔投与した場合のバイオアベイラビリティを予測することはできないことはより一層明らかである。
d
最終的にどの程度の薬物が吸収されるのかは,薬物が最終的に排出されるまでの経過を見なければわからないし,投与後24時間の間の血漿中コルチゾル濃度をみなければHPA機能が抑制されているかどうかはわからないから,甲2文献に示された血漿中の最大濃度(CmaxやTmax)
からHPA機能抑制の程度を予測することはできない。
甲2文
献の

モメタゾンフロエート(SCH32088)は,局所的抗炎症活性を有する一方,視床下部―下垂体―副腎(HPA)機能を抑制する潜在能力は最小限にしか示さない,合成のコルチコステロイドである。

(第473頁左欄3~8行)との記載は,モメタゾンフロエートを皮膚に塗布する場合であって,鼻腔吸入した場合のものではないところ,前記3(2)イのとおり,
皮膚に対する副作用から鼻腔投与の場合の副作
用を予測することはできない。

e
モメタゾンフロエートがアレルギー性鼻炎を効果的に処置しつつ,所望しない全身性副作用を抑制することができたのは,少なくとも一部はフロエート部分が有する機能であるが,これは本件優先日当時,知られておらず,予測することはできなかった。

(ウ)

甲1文献及び甲2文献からモメタゾンフロエートがアレルギー性鼻炎
に対して何らかの効果があると予測し得たとしても,その程度については不明であるし,他のコルチコステロイドが1日1回で効果を有すること及びその治療効果の程度から,本件発明の,1日1回のモメタゾンフロエートの水性懸濁液の投与でアレルギー性鼻炎を効果的に処置できるという格別顕著な効果を有することは予測し得ない。(3)

審決の判断について
効果①について
(ア)

前記3(2)イのとおり,皮膚局所適用について有効性が確認されてい
ても鼻腔吸入に有効であると限らないから,本件優先日当時,当業者が,甲2文献のモメタゾンフロエートがアレルギー性鼻炎に対して有望な新薬候補との記載に接しても,モメタゾンフロエートがアレルギー性鼻
炎に治療効果を有することを予想することはない。
また,甲2文献からは,
モメタゾンフロエートがアレルギー性鼻炎に治療効果を有することは読み取れない。
(イ)

武蔵野大学薬学部のA教授の意見書(甲A38の1・12頁)によれ
ば,当業者が甲2文献に接した場合にモメタゾンフロエート溶液の1日1回の投与では有効な治療効果を得ることができるとは予測できない。また,甲A6~8におけるモメタゾンフロエートとは異なるコルチコステロイドの用法が1日1回であることの記載があったとしても,モメタゾンフロエートについて1日1回の用法でアレルギー性鼻炎を効果的に処置できることは予測し得ない。
(ウ)

上記(2)イのとおり,フロエート部分の性質による効果も予測するこ
とはできなかった。
(エ)

よって,効果①について,甲1文献,甲2文献,甲A6~9の記載から
当業者が予測し得ると判断した本件審決が誤りであることは明らかである。

効果③について
(ア)

甲1文献,
甲2文献,甲A6~8のいずれにも,モメタゾンフロエート

の水性懸濁液を鼻腔投与した際に,HPA抑制機能に起因する全身性副作用がないことの記載はない。
(イ)

本件発明では,血漿中コルチゾル濃度の測定を行うことにより,モメタ
ゾンフロエートの水性懸濁液を鼻腔投与した際,HPA抑制機能に起因する全身性副作用がないという効果を確かめているのであり,
上記(2)ウに
よれば,
効果③について,当業者が予測し得ると判断した審決が誤りであることは明らかである。

効果②について
(ア)

審決は,効果②は甲1発明との関係では有利な効果の存在の根拠とな
り得ないと判断したが,これは,モメタゾンフロエートの水性懸濁液が開示されてさえいれば,本件優先日当時にその効果が知られていなくても,有利な効果としては参酌されないと判断したものといえる。
しかし,このような判断は,審査基準及び過去の裁判例に反する。特許発明の効果の顕著性は,優先日当時の技術的理解に基づき,公知物が奏すると当業者が予想する効果との比較で判断されるべきであり,審決のように,本件優先日当時に公知となっていない効果を比較するのは後知恵であり,許されない。
(イ)

審決は,経口溶液と比して,経口懸濁液及び鼻腔スプレー懸濁液の方が,モメタゾンフロエートの全身的な吸収が低く,モメタゾンフロエート自体が血漿中で定量限界以下しか存在しないことという効果②を認定したが,本件発明の効果は上記(2)アのとおりであり,誤りである。(4)

審決は,効果の顕著性に関する判断を誤り,この誤りは,審決の結論に影
響を及ぼすものであるから,審決は取り消されるべきである。
第4
1
被告の反論
取消事由1-1(相違点1の容易想到性の判断の誤り)について
(1)

相違点1について容易想到性を肯定した審決の判断に誤りはない。
(2)

第1事件原告の主張について


モメタゾンフロエートの化学構造を理由に相違点1の容易想到性を否定する第1事件原告の主張は,化学構造の相違により1日1回の用法を採用することが不可能ないし困難であるという技術常識が存在するわけではないから,失当である。第1事件原告は,モメタゾンフロエートの局所適用に際してモメタゾンフロエートの血中半減期に基づいて投与回数を定めると主張するが,血中半減期は,血中での薬物濃度であり,局所における作用に関する指標とはなり得ない。
第1事件原告は,皮膚に塗布した場合
のブデソニドとトリアムシノロンアセトニドの副作用や,特にブデソニドについては皮膚萎縮作用が知られていたのであるから,モメタゾンフロエートの投与頻度を検討する際に,ブデソニドやトリアムシノロンアセトニドの投与頻度を参考にすることはないなどと主張する。
しかし,皮膚での副作用
(皮
膚萎縮作用)が大きいブデソニドであっても1日1回投与が可能であったことに鑑みれば,むしろ,既に1日1回投与が可能であることが判明していたブデソニドと抗炎症作用が同程度でありながら皮膚での皮膚萎縮作用は小さいモメタゾンフロエートを含有する鼻腔内投与剤についても1日1回投与を試みることが動機付けられる。イ
審決は,フルチカゾンプロピオネート等の類薬(甲A4~8)から理解される事項
患者の好みやコンプライアンスの観点から,アレルギー性鼻炎に対するコルチコステロイドの鼻腔内投与頻度は,1日1~4回のうち1日1回が最も好ましいに照らして,当業者は,甲1発明において,1日1回(相違点1)とすることを容易に想到し得たと判断したものであり,相当である。

2
取消事由1-2(効果の顕著性に関する判断の誤り)について
(1)

効果の顕著性に関する審決の判断に誤りはない。

(2)

第1事件原告の主張について


第1事件原告が主張する,1日1回投与した場合と1日2回投与した場合とを比較した結果,効能に有意な差が無いことは本件明細書に記載さ
れたものではなく,当業者が本件明細書から読み取ることができるものでない。
仮に,第1事件原告が指摘する甲49のデータがそのような効果を裏付けているとしても,本件発明の進歩性を検討するにあたって斟酌されるべきものではない。

イ甲1発明はモメタゾンフロエートの鼻腔内投与水性懸濁液であるから,第1事件原告が主張するブデソニドの鼻腔内投与と対比した効果は,引用発明同士を組み合わせた場合に予想される効果と対比した効果ではないから,本件発明の有利な効果を認定する根拠となり得るものではない。また,第1事件原告の主張するモメタゾンフロエートの分子構造の未知の特性は,本件明細書に記載されたものでも,当業者が本件明細書の記載に技術常識を当てはめても読み取ることもできないものであり,本件発明の進歩性を検討するにあたって斟酌されるべきものではない。さらに,鼻腔スプレー懸濁液と経口水性懸濁液における平均血漿中濃度の違いについても,甲1発明はモメタゾンフロエートの鼻腔内投与水性懸濁液であるから,経口投与懸濁液と対比した効果は,本件発明の有利な効果の存在の根拠となり得るものではない。
3
取消事由2-1(本件発明1と甲1発明の一致点及び相違点の認定の誤り)について
(1)

審決の,本件発明1と甲1発明の一致点及び相違点の認定に誤りはない。
(2)

第2事件原告の主張について
①甲1文献に

フランカルボン酸モメタゾンは,炎症状態の処置に有用であることが知られている。

(1頁右下欄8~9行)と記載されていること,②モメタゾンフロエートが抗炎症作用を有し(乙1),モメタゾンフロエートを含有する薬剤が皮膚での抗炎症状態の処置に有用であることも周知技術であったこと(甲A3,12),③コルチコステロイドは,細胞レベルで炎症反応を抑制するため,局所でも抗炎症作用を有することが技術常識であったこと(乙
8・149頁下から10行~150頁15行,乙9・244頁3行~245頁10行,246頁6~16行),④皮膚(局所)で抗炎症作用を有するコルチコステロイドは,気道及び鼻腔(局所)
でも同様に抗炎症作用を有すると見込
まれていたこと(乙8・156頁1~11行),⑤皮膚疾患の処置で実証された結果を有するコルチコステロイドは,喘息及び鼻炎の処置にも効果的であると考えられていたこと(甲A10)といった技術常識などをふまえて,甲1文献の記載
フランカルボン酸モメタゾン一水和物,その製造法および医薬組成物(発明の名称)及びフランカルボン酸モメタゾン一水和物の鼻腔投与用水性懸濁液(3頁左下欄8行~右下欄9行)をみれば,甲1文献には,鼻腔での炎症状態(即ち鼻炎)を処置するためのモメタゾンフロエートの水性懸濁液を含有する
薬剤
が記載されているといえることは明らかである。
また,水性懸濁液とする剤型について,皮膚の炎症状態の処置で実証された結果を有するコルチコステロイドは,喘息及び鼻炎の処置にも効果的であると考えられていたのであるから(甲A10),皮膚の炎症状態の処置で極めて強い局所抗炎症作用を有する一方で,全身性副作用が弱いことが実証されたモメタゾンフロエートについて,甲1文献の

特に興味深いことは,フランカルボン酸モメタゾン一水和物の水性懸濁液組成物を,例えば鼻から投与することである。

との記載や,

フランカルボン酸モメタゾン一水和物の鼻腔投与用水性懸濁液を製造した。

との記載及び上記技術常識を踏まえると,甲1文献
には,モメタゾンフロエートの水性懸濁液を含有する薬剤が記載されていることが明らかである。
4
取消事由2-2(相違点1の容易想到性の判断の誤り)について
(1)

相違点1について容易想到性を肯定した審決の判断に誤りはない。
(2)

第2事件原告の主張について


本件特許の優先日当時に周知である用法
(1日1回~数回)
のうち,当業
者は患者の好みやコンプライアンスの観点から1日1回が好ましいと理解するのであるから
(甲A6~8)
,甲1文献においてアレルギー性鼻炎の治
療薬の用法用量を検討することはあり得ないとする第2事件原告の主張に理由はなく,当業者が相違点1の構成に容易に想到し得たとした本件審決に誤りはない。


審決は,甲1文献にモメタゾンフロエートが局所抗炎症活性を有するコルチコステロイドであることが開示されているとしたうえで,審決が認定するベクロメタゾンジプロピオネート,ブデソニド,フルチカゾンプロピオネート,トリアムシノロンアセトニドといった
アレルギー性鼻炎に対して用いられる局所抗炎症活性を有するコルチコステロイド局所抗炎症剤コとルチコステロイド局所抗炎症剤であるモメタゾンフロエートが類薬であるとしているのであって,容易の容易に基づく進歩性の否定などはしていない。

第2事件原告の主張する,アレルギー性鼻炎に対するある特定のコルチコステロイドの用法が「1日1回であることをもって,別の種類のコルチコステロイドの用法も1日1回で足りる,ということはできない」ということは,動機付け(患者の好みやコンプライアンスの観点から1日1回が好ましい)との関係で,いわゆる阻害要因となり得るか否かという観点から検討されるものであるところ,第2事件原告の主張は一般的な理由に過ぎず,当業者が,本件審決が認定した動機付けのもと,1日1回の構成を採用することがあり得ないとする事情にはなり得ない。


第2事件原告は,構造活性相関を理由に,
ブデソニド等のコルチコステロ
イドの用法・用量をモメタゾンフロエートに採用する動機付けはなかったなどと主張するが,化合物の構造と物性の関係は新薬の開発などにおいて一定の意味があるものではあるが,それは,
あくまでも一定以上の薬効の有
無を調査することを主目的とするものであって,用法用量を検討する場合・
に用いるような概念ではない。
用法・用量を検討する段階では,すでに当該
物質が一定以上の薬効を有することが前提とされていることから,構造活性相関を参照することはない。

オ審決は,甲1発明に甲A6~8記載の各発明を組み合わせて相違点1を容易に想到し得たとするものではないから,これを前提とする第2事件原告の主張に理由はない。
5
取消事由2-3(相違点2の容易想到性の判断の誤り)について
(1)

相違点2について容易想到性を肯定した審決の判断に誤りはない。
(2)

第2事件原告の主張について


刊行物等に薬理試験方法や薬理試験結果が開示されていない場合であっても,当業者がその化合物等を医薬用途に使用できることが明らかなように記載されている場合は,当該刊行物等に医薬発明が開示されているといえる。甲2文献には,モメタゾンフロエート(SCH32088)は,局所性抗炎症活性を有すること,及び視床下部-下垂体-副腎(HPA)機能の抑制する可能性は最小限しか示さないこと,及びSCH32088は有望な生物学的及び薬理学的活性をこれまで示してきたことが記載され,
前記3(2)を踏まえれば,甲2文献の

SCH32088は,端息及びアレルギー性鼻炎の経口吸入及び鼻腔内吸入による治療のための有望な新薬候補である。

(473頁左欄8~17行)との記載から,甲2文献は,モメタゾンフロエートを,アレルギー性鼻炎を処置する医薬用途に使用できることが明らかなように記載しているといえる。


甲1文献には,鼻腔での炎症状態を処置するための,モメタゾンフロエート水性懸濁液が開示され,甲2文献には,鼻腔での炎症状態であるアレルギー性鼻炎を処置するための,モメタゾンフロエートが記載され,
いずれもモ
メタゾンフロエートを鼻腔での炎症状態を処置することを課題とする点において共通している。両文献は課題に共通性があるから,甲1発明に甲2文献を組み合わせ相違点2を容易に想到し得たとした本件審決の判断に誤りはない。
本件優先日当時,鼻アレルギーに対して局所投与される副腎皮質
ホルモン/コルチコステロイドの一般的な剤型は懸濁液であったから(乙6)
,甲2文献の記載及び技術常識を踏まえれば,甲2文献には,アレルギー性鼻炎を処置する医薬用途に使用できることが明らかなモメタゾンフロエート懸濁液が記載されていると言え,両文献は,モメタゾンフロエート懸濁液を鼻腔での炎症状態を処置することを課題とする点で共通するともいえる。
6
取消事由2-4(相違点3-1及び3-2の容易想到性の判断の誤り)について
(1)

相違点3-1及び3-2について容易想到性を肯定した審決の判断に誤り
はない。
(2)

第2事件原告の主張について

ア審決でも指摘しているとおり,甲1発明の薬剤を実際に治療に使用するにあたって,適切な用法・用量を定めることは必要不可欠であり,モメタゾンフロエートを含有する鼻腔内投与剤の用法・用量について公知のものがない場合に,公知の類薬の用法・用量を検討することは,当業者が当然に行うことである。
そして,炎症状態を処置するために鼻腔に投与される局所抗炎
症性コルチコステロイドの適応症としては,アレルギー性鼻炎が最も一般的であったのであるから,アレルギー性鼻炎を処置するための鼻腔投与用の他のコルチコステロイド(甲A6~8)の用量を参照することは当業者の通常の創作能力の範囲の行為に過ぎない。
また,
甲1発明の薬剤を実際に治療に使用するにあたって,所望の効果を有し,安全性が確保されるかどうか薬理試験を行うことは当然のことであり,当業者が,その確認のための動機付けを有することは,明らかである。薬理試験を行わなければ結果が予測できないことは,当業者が,薬理試験を行って,所望の効果を有し,安全性を確保できるかを確認することが妨げられる事情となるものではない。

絶対的バイオアベイラビリティは,静脈注射時を基準として,血管内投与以外の投与経路(例えば鼻腔内投与)により得られる血漿中濃度曲線下面積を,静脈注射時と比較した割合であり(乙2・1520頁),投与した薬物の量や濃度に依存しない。未変化のモメタゾンフロエートの絶対的バイオアベイラビリティが約1パーセント未満である(相違点3-2)は,
モメタゾンフロエートの水性懸濁液を含有する薬剤を鼻腔内に投与することに特定している本件発明1において,すでに奏されていた作用で
あるから,本件発明1の従属形式請求項に係る本件発明2においても当然に達成される事項である。
したがって,本件発明1に相違点3-1を組み込んだ発明と,相違点3-2をさらに組み込んだ発明とが実質的に相違するものではないから,相違点3-2は,相違点3-1と実質的に異なる新たな相違点ではない。7
取消事由2-5(相違点4-1及び4-2の容易想到性の判断の誤り)について
(1)

相違点4-1及び4-2について容易想到性を肯定した審決の判断に誤り
はない。
(2)

第2事件原告の主張について
第2事件原告の主張については,前記4,6に述べたことが妥当する。
8
取消事由2-6(効果の顕著性に関する判断の誤り)について
(1)

効果の顕著性に関する審決の判断に誤りはない。

(2)

第2事件原告の主張について


効果①について
(ア)

薬剤は,一般に,動物実験等の手続を経て有効性や安全性を確認したう
えで,ヒトに適用することが通常である。そして,モメタゾンフロエートは,動物実験での薬物動態等の確認により,他のコルチコステロイドの血漿中濃度の検出には特に問題はなかった通常の測定法では,検出限界以下となるため,血漿中のモメタゾンフロエート濃度は測定できず,その親薬物濃度はpg

ml-1オーダーであると予想されていたところ,実際に,

そのことがヒトで確認され(甲2文献),全身循環血中に留まるモメタゾンフロエートの量は高くなく,しかも比較的短時間で消失することが理解される状況にあった。さらに,皮膚での薬物動態,有効性・安全性(甲A3での動物実験及び平成5年の薬物承認)も確認され,且つ,皮膚の炎症状態の処置で実証された結果を有するコルチコステロイドは,喘息及び鼻炎の処置にも効果的であるとの技術常識(甲A10)が存在した状況を踏まえて,甲2文献に,モメタゾンフロエートがアレルギー性鼻炎の経口吸入及び鼻腔内吸入による治療のための有望な新薬候補であることが記載されている。
これらの状況で示される技術水準及び甲2文献の記載からモメタゾンフロエートは,喘息及びアレルギー性鼻炎の経口吸入及び鼻腔内吸入によって,十分な治療効果を有するだけでなく,副作用についても実用化できる程度の小さいものであること,HPA機能を抑制するおそれが十分小さく,HPA抑制に起因する全身性副作用のおそれもまた少ないという効果を読み取ることができる。(イ)

本件明細書には,効果①について,単にプラセボとの対比しか記載され
ていない。
甲1発明は,モメタゾンフロエートの水性懸濁液の鼻腔内投与
が,炎症に対して有効であることが記載され,治療効果を有するといえるものである。そして,本件優先日当時,コルチコステロイドの1日1回のレジメンと1日2回のレジメンとが同等の効能を有することも周知だったのであるから(甲A6~8),効果①が,甲1発明の効果及び当該分野の技術水準(甲A6~8)から顕著なものとまで理解することはできない。
(ウ)

本件明細書には,フロエート部分に基づくモメタゾンフロエート自体
に局所抗炎症効果が長時間持続するという特性についても,その特性に基づく作用・効能についても記載はないから,フロエート部分に基づくモメタゾンフロエート自体の特性に基づく作用・効能は本件発明の進歩性を検討するにあたって斟酌されるべきものではない。
また,この点を措
くとしても,本件発明は,粘膜付着性基剤を用いた点鼻薬を排斥していないところ,本件優先日当時,ヒドロキシプロピルセルロース(HPC)などの粘膜付着性機能材/懸濁剤の添加によって,鼻腔内粘膜による繊毛運動によるその場からの排出作用に抵抗し,その局所での抗炎症作用を持続させるという製剤上の工夫が行われていたのであるから
(乙6),当業者
は,フロエート部分に基づくモメタゾンフロエート自体の特性の有無にかかわらず,適宜このような技術を用いて必要な特性を得ればよいのであって,第2事件原告主張のフロエート部分に基づくモメタゾンフロエート自体の特性は,なんら本件発明全体の進歩性を裏付けるものとはいえない。イ
効果③について
(ア)

難溶性コルチコステロイドを溶液としたものは,鼻粘膜からの吸収が
速やかで全身循環血中に入りやすく
(甲A38の1)
,副腎ホルモン作用
により全身性副作用に関する課題が周知であったのに対して,アレルギー性鼻炎(花粉症)の治療の分野において全身への影響を防ぐために難溶性コルチコステロイドを懸濁液とすることも周知技術であったのであるから(乙6),難溶性コルチコステロイド溶液の鼻腔内投与に比べて,難溶性コルチコステロイド懸濁液の鼻腔内投与の方が,全身吸収の程度が小さいことは予測できたことである。
また,副腎ホルモン作用によってHPA機能が抑制されることは周知であったのであるから,全身吸収の程度が小さいと予測される難溶性コルチコステロイド懸濁液の鼻腔内投与について,難溶性コルチコステロイド溶液の鼻腔内投与よりもHPA機能抑制の程度も小さくなることも予測できたことである。
(イ)

審決は,血漿中の最大濃度のみに基づいて,効果③が予測し得たとした
ものではなく,医薬分野において薬剤の有効性や安全性を調べる手続きが相当程度進んでいた甲2文献当時の技術水準を踏まえ,さらに皮膚での薬物動態,有効性・安全性が確認されていることを前提として,効果③が予測できたものとしたものである。
(ウ)

甲2文献全体の文脈を考慮すれば,HPA機能を抑制する潜在能力は
最小限にしか示さないとする甲2文献の記載は,皮膚への局所投与に限らず,鼻腔内投与を含む他の投与方法であっても,HPA機能を抑制するおそれが十分小さく,HPA抑制に起因する全身性副作用のおそれもまた少ないことを示すものと理解できる。
(エ)

審決は,本件明細書には血漿中コルチコステロイドプロファイルへの
影響について,
プラセボとの対比しか記載されていないのに対して,甲2
文献には,甲A6~9の記載を参照するまでもなく,モメタゾンフロエートがHPA抑制に起因する全身性副作用のおそれが小さいことが記載されていることを踏まえて,本件発明の効果③が,甲1発明の効果及び甲2発明の効果から予期し得ない顕著なものとまでは理解できないことを理由として,効果③は,当業者が予測し得たものであるとしたものである。ウ
効果②について
(ア)

本件の無効理由1において,引用発明はモメタゾンフロエートの鼻腔
投与用懸濁液であり,進歩性を検討する上で参照される効果は,引用発明(モメタゾンフロエートの鼻腔投与用懸濁液)と比較した有利な効果である必要があるとの審決の判断は,第2事件原告が指摘する審査基準に沿うものである。
(イ)絶対的バイオアベイラビリティが1%未満であるモメタゾンフロエートは,HPA機能の抑制を引き起こす可能性のある全身循環血中に入るモメタゾンフロエートに関係するものである。
そして,絶対的バイオア
ベイラビリティが1%未満であるモメタゾンフロエートによって生じるHPA機能抑制に起因する全身性副作用がないについては,すでに,効果③として審決において認定・判断されている。すなわち,絶対的バイオアベイラビリティが1%未満であるとの点は,効果③におけるHPA機能抑制
を引き起こす作用機序を示すものであり,効果③は当業者が,甲1発明の効果等により予測し得たものであるから,
絶対的バイオアベイラビリティが1%未満であるとの点は,審決においてすでに判断されている。
(ウ)

第2事件原告は,本件優先日当時に,経口投与と鼻腔投与とを比較した
場合のバイオアベイラビリティに関する技術事項
(甲A60)
に鑑みて,
甲2文献のモメタゾンフロエート溶液を経口投与した例から,モメタゾンフロエートの水性懸濁液を鼻腔投与した場合のバイオアベイラビリティは予期し得ないと主張するが,引用発明である甲1発明もモメタゾンフロエートの鼻腔投与用懸濁液を内容とするものであるから,本件発明と引用発明の効果の違いを判断するのに当たって,経口投与の場合との比較をするのは無意味であり,
効果②が,本件発明の有利な効果の存在の根拠
となり得るものではないことに変わりがない。
(エ)

甲A60から,本件優先日当時,経口投与の場合には初回通過効果を
受けるのに対し,鼻腔投与の場合には当該効果を受けることがなく,経口投与よりも鼻腔投与の方が,バイオアベイラビリティが高くなるとの技術常識が存在したなどとはいえない。
(オ)

第2事件原告が指摘する甲A59は本件優先日後の文献であるから,
本件発明の進歩性を検討するうえで,参酌されるべきものではないことは明らかである。
第5

当裁判所の判断
事案に鑑み,下記2以降において,取消事由2-1,取消事由2-3,取消事由1-2及び2-2,取消事由2-4,取消事由2-5,取消事由1-2及び2-6の順に判断する。

1
本件発明について
(1)

特許請求の範囲の記載
本件発明の特許請求の範囲の記載は上記第2の2に記載のとおりである。
(2)

本件明細書の記載
本件明細書には以下の記載がある(甲A44)。


発明の序論

本発明は,モメタゾンフロエートの血流への全身性吸収およびそのような全身性吸収に関連する副作用が実質的に存在することなく,上下気道流路および肺のコルチコステロイド応答性疾患(例えば,喘息またはアレルギー性鼻炎)を1日1回の服用で処置する薬剤を調製するためのモメタゾンフロエートの使用に関する。(1欄13行~2欄3行)モメタゾンフロエートは,局所的な皮膚への使用に対して認可されたコルチコステロイドであり,コルチコステロイド応答性皮膚病の炎症性および/またはそう痒の発現を処置する。・・・特定のコルチコステロイド(例えば,ジプロピオン酸ベクロメタゾン)は,鼻炎および気管支喘息のような気道流路および肺の疾患を処置するために市販されている。しかし,これらの技術は,局所的抗炎症活性を有する全てのコルチコステロイドが必ずしも鼻炎および/または喘息を処置することにおいて活性ではないことを教示している。さらに,局所的に活性なコルチコステロイドが,気管支喘息の処置時に活性を示し得るとしても,このようなステロイドの長期間の使用は,重篤な全身性の副作用(視床下部-下垂体-副腎(HPA)軸抑制を含む)の発症があるため,制限されている。・・・吸入によって投与される局所的に活性なステロイド・・・は,・・・大部分を,患者は飲み込んでしまう。特定のコルチコステロイドは,容易に生物学的に利用可能なので,服用量のうち飲み込んだ部分は,胃腸管を通って全身性循環に達し得,そして所望しない全身性副作用を引き起こし得る。喘息を処置することに対して現在認可されているいくつかのコルチコステロイドは,吸収用量のうちの10%を超える(ブテソニド)またはちょうど20%(トリアムシノロンアセトニドおよびフルニソリド)の,経口摂取後の全身性バイオアベイラビリティを有する。従って,容易に生物学的に利用され得ない局所的に活性なステロイドは,より系統的に生物学的に利用可能である他の局所的に活性なコルチコステロイドよりも治療上の利点を提供し,そしてその局所的に活性なステロイドは,経口嚥下(例えば,溶液,錠剤またはカプセル)によって経口投与される任意のコルチコステロイドよりも優れている。(2欄4行~3欄26行)

従って,・・・治療上有効であって,かつ,鼻腔内投与・・・によって投与されたときに,低いバイオアベイラビリティと低い全身性副作用とを示すコルチコステロイドを見出すことが望まれている。

(3欄44~48行)

発明の要旨

本発明は,アレルギー性鼻炎に対して効果的に1日1回の服用で鼻腔内を処置するための薬剤を調製するためのモメタゾンフロエート水性懸濁液の使用を提供する。ここで,このモメタゾンフロエートの血流中への全身的な吸収は,実質的に存在しない。(3欄50行~4欄4行)ウ
本発明の詳細な説明および好適な実施態様

コルチコステロイドは喘息のような気道流路疾患の処置に効果的であったが,このようなコルチコステロイドでの処置は,コルチコトロピン(ACTH)産生を低下させることにより視床下部-下垂体-副腎皮質(「HPA)軸機能の抑制のような全身性の副作用をしばしば引き起こし得るが,これは次に副腎によるコルチゾル分泌の低下に至る。本発明者らは,驚くべきことに,モメタゾンフロエートが,上下気道流路および肺の表面で作用することにより,実質的に最小の全身効果を有す一方で,喘息およびアレルギー性鼻炎のような気道流路疾患の処置に優れた抗炎症効果を示すことを発見した。鼻腔内または経口吸入により投与されるモメタゾンフロエートの全身効果の実質的な最小限化は,モメタゾンフロエートの血漿中放射能の高速液体クロマトグラフィー(HPLC)による代謝産物のプロファイルによって,肝臓におけるその実質的に完全な(>98%)一次代謝,およびコルチゾル分泌レベルにおける最小の低下により測定した。
モメタゾンフロエートが経口的に(すなわち,経口懸濁液として飲み込まれる)または経口吸入もしくは鼻腔吸入により投与される場合,モメタゾンフロエートの全身的な血流中への吸収は実質的に存在しない,すなわち,
胃腸管から血流へ到達する親薬物は本質的に存在しない
(実質的に1%
未満のモメタゾンフロエート)。経口または鼻腔吸入投与後,血流中に認められるいずれのモメタゾンフロエートも,既に肺および/または気道流路組織を通過している。それゆえ,
無駄な薬物・・・はない。従って,
モメタゾンフロエートは,喘息およびアレルギー性鼻炎のような気道流路および肺の疾患を処置するため理想的なである〔原文のまま〕。・・・本発明に従って,喘息およびアレルギー性鼻炎を患う患者へ投与されたモメタゾンフロエートにより示される優れた安全性プロファイルに加えて,モメタゾンフロエートはまた,喘息およびアレルギー性鼻炎処置に,優れた安全性プロファイルが示唆するよりも予想以上に高いレベルの効力を示す。」
(5欄23行~6欄19行)
モメタゾンフロエートは・・・水性懸濁液の形態で,・・・投与され得る。本発明の水性懸濁液組成物は,モメタゾンフロエートまたはモメタゾンフロエート一水和物(好ましくはモメタゾンフロエート一水和物)を水および他の薬学的に受容可能な賦形剤と混合することにより調製され得る。国際出願番号PCT/US91/06249,特にモメタゾンフロエート一水和物およびそれを含有する水性懸濁液の調製に関する実施例1~5を参照のこと。本発明の水性懸濁液,懸濁液1gあたり約0.01~10.0mg・・・のモメタゾンフロエート一水和物を含有する。・・・喘息またはアレルギー性または非アレルギー性鼻炎を処置するための上気道流路または下気道流路のアレルギー性,非アレルギー性および/または炎症性疾患の処置のために,水性懸濁液または乾燥粉末として投与され得る,実質的に非系統的な生物学的に利用可能なモメタゾンフロエートの量は,単回または分割用量において,約10~5000マイクログラム「m(cg)/日,10~4000mcg/日,10~2000mcg/日,25~1000mcg/日,
25~400mcg/日,
25~200mcg/日,
25~100mcg/日,または25~50mcg/日の範囲である。アレルギー性および非アレルギー性鼻炎を処置する場合,モメタゾンフロエートの水性懸濁液は・・・鼻腔内投与し得る。・・・効力は,一般的に,鼻腔の症状・・・の減少によって二重盲検の様式で評価される。・・・」(8欄26行~9欄37行)

効力の評価

モメタゾンフロエート(モメタゾンフロエート一水和物の水性懸濁液の形態で鼻腔内投与される)を,季節性アレルギー性鼻炎の患者を処置するのに使用した。・・・無作抽出〔原文のまま〕,第三者盲検,プラセボコントロールを用いる,上昇単回用量の安全性および耐性研究において,水性鼻腔スプレー懸濁液処方物を8名の健康な男性ボランティアに投与した。投薬を午後11時に行い,そして以後24時間の間,血漿中コルチゾル濃度を測定した。プラセボと比較して,1000mcg,2000mcg,および4000mcg用量におけるモメタゾンフロエートは,血漿中コルチゾルプロファイル曲線下の24時間領域(AUC0-24)に有意な影響を与えなかった。追跡多用量研究において,48名の正常な男性ボランティアを,・・・パラレルグループ研究に登録した。それぞれの4つのグループの12名のボランティアは,28日間以下の処置の1つを受けた:A)モメタゾンフロエート一水和物の水性鼻腔内スプレー懸濁液処方物,400mcg/日;B)モメタゾンフロエート一水和物の水性鼻腔内スプレー懸濁液処方物,1600mcg/日;C)鼻腔内へのプラセボ;D)経口用プレドニソン,10mg/日。すべての処置を毎朝1回の投与として行った。・・・プラセボと比較して,2つの用量のモメタゾンフロエート水性鼻腔スプレー処方物は,いずれもコルチゾル分泌における何らの変化とも関連しなかった。さらに,鼻腔スプレー処方物として200mcgの3H-モメタゾンフロエートを用いる単回用量の吸収,排泄および代謝研究を6名の正常な男性ボランティアで行った。全身的な吸収(尿排泄に基づく)3H-モメタゾンフロエートの静脈内投与された用量と比較した場を合,8%であった。血漿中放射能のレベルが定量限界より低かったため,代謝物プロファイリングによって親薬物の血漿中濃度を決定できなかった。これらのデータは,モメタゾンフロエートの実質的に1%未満のバイオアベイラビリティに一致する。本明細書中下記の表1および表2を参照のこと。用量変化の,安全性および効力研究において,モメタゾンフロエート水性鼻腔スプレー処方物を,50mcg/日,100mcg/日,200mcg/日,800mcg/日の用量で,またはプラセボを,季節性アレルギー性鼻炎の480名の患者へ4週間投与した。・・・統計的分析の結果は,すべての用量のモメタゾンフロエートはプラセボと比較して効果的であることを示した。これらの結果は,季節性アレルギー性鼻炎の患者への鼻腔スプレーとしてのモメタゾンフロエートの水性懸濁液の投与は有効であり,全身的な副作用の能力をほとんど有さず良好に耐性であることを示し,そしてこれらの結果は,モメタゾンフロエートの低い経口バイオアベイラビリティと一致する。(13欄43行~14欄48行)「アレルギー性鼻炎または季節性アレルギー性鼻炎の処置における作用の迅速な開始は,中程度の開始でモメタゾンフロエート鼻腔スプレーで処置したアレルギー性鼻炎の患者は,プラセボ鼻腔スプレーで処置したアレルギー性鼻炎患者の72時間と比較して,総鼻腔症状スコアが約3日(35.9時間)でベースラインから中度のあるいは完全寛解へ臨床的かつ統計的に有意に減少することを意味する。これらの結果は,無作為抽出,二重盲検,多施設の,プラセボコントロールを用いる,パラレルグループ試験において得られ,モメタゾンフロエート鼻腔スプレーの投与の開始と,季節性アレルギー性鼻炎の症状がある患者の総鼻腔症状スコアにより測定される臨床的効力の開始との間の期間を特徴付けた。研究は14日間継続した。201名の患者からのデータを分析に使用した。・・・
臨床的評価
・・・各患者に,モメタゾンフロエートの水性懸濁液またはプラセボのいずれかを含む計量鼻腔ポンプスプレーボトルを与え・・・患者に薬物(モメタゾンフロエート50mcg/スプレー)またはプラセボをそれぞれの外鼻孔へ1日1回2スプレーずつ,毎朝送達するように通知した。・・・結果
主要な効力の結果は,モメタゾンフロエート鼻腔スプレーグループおよびプラセボグループについての寛解の開始時間・・・の生存分析・・・に基づく。・・・
201名の患者からのデータを生存分析に用いた。モメタゾンフロエート鼻腔スプレーグループには101名の患者,およびプラセボグループには100名の患者がいた。・・・
生存分析の結果は,プラセボグループの72時間に比較して,モメタゾンフロエート鼻腔スプレーグループは35.9時間の寛解の中央の開始時間を有したことを示唆した・・・。2つのグループの生存分布のプロットから,プラセボグループにおいて増加する期間を伴う・・・やや寛解または寛解せずと報告した割合は,モメタゾンフロエート鼻腔スプレーグループと比較してより高かったことが認められた。対数-ランク(log-rank)を使用すると,データは,2つの処置グループの間の統計上の有意な差異を示した(p値<0.001)。
朝および夜の平均した日記データの分析は,モメタゾンフロエート鼻腔スプレーグループについてのベースラインからの鼻腔症状の総スコアの減少(15日間の平均について)は,プラセボグループでの減少よりも統計上有意に高いことを示した。」(14欄49行~17欄39行)

薬物代謝/臨床的薬理学的研究

各グループに6名の正常な男性ボランティアを有する6つのグループに,トリチウム標識モメタゾンフロエート(「3H-MF)を・・・投与することによって薬物代謝および臨床的薬理学的研究を実施した。血液および尿サンプルを,全薬物(代謝物を含む)の測定のために回収した。・・・これらの研究の目的は,溶液としておよび一水和物の水性懸濁液として経口嚥下による投与後,標準計量用量吸入器(MDI)および間欠装置を含有する計量用量吸入器(Gentlehaler)からの懸濁液として経口吸入による投与後,鼻腔スプレーユニットからのモメタゾンフロエート一水和物の懸濁液として鼻腔吸入による投与後,および溶液として静脈内注入による投与後の・・・3H-MF・・・の吸収,代謝,および排泄を測定することであった。・・・
研究デザイン
6つの処置グループのそれぞれにおける6名のボランティアは,表1に列挙される以下の3H-MF投与形態の1つを服用する。
血漿,尿,・・・および糞便のサンプルを回収し,そして放射能含量についてアッセイした。血漿中放射能についての定量限界値(LOQ)は,LOQが0.
025ng

eq/mlであった鼻腔スプレー処置を除いて,
0.103~0.138ng

eq/ml.の範囲であった。選択された

血漿,および糞便サンプルを,
尿,
代謝物プロファイルを対象に分析した。
結果・・・
薬物動態学-総放射能の平均血漿中濃度(n=6)を,まとめて図1に示し,
そして総血漿中放射能に由来する平均薬物動態学パラメータ
(n=6)
は,表2に示される。
血漿中放射能を有する種々処方後の図1および/または尿の排泄データに説明され,そして表2に示される血漿中放射能と静脈内への処置後の血3
漿中放射能との比較は,H-MFを溶液として経口投与した場合に,薬物

由来の放射能が完全に吸収されることを示した。対照的に,経口の懸濁液として,
または鼻腔スプレーの懸濁液としての3H-MF投与後の薬物由来放射能の全身的な吸収は,用量の約8%であった。・・・
放射能は,用量形態および投与の経路に関わりなく,糞便中に優先的に排泄される。尿中の放射能の排泄はそれぞれ,静脈および経口溶液処方物について約25%であり,・・・そして鼻腔スプレーおよび経口懸濁処方物の両方について2%以下であった。従ってこれらのデータは,溶液処方物として経口投与された場合,薬物が良好に吸収されるが,懸濁処方物として経口または鼻腔内に投与後は,僅かしか吸収されないことを示す。選択された血漿,尿,および糞便抽出物を,代謝産物プロファイルを決定するための放射線フローモニタリングを伴う・・・HPLC・・・により分析した。これらの分析の結果は,経口用溶液の投与後,血漿中放射能のほとんどは,・・・代謝産物と関連していることを示した。3時間の血漿中放射能の約1.5%は,広範な初回通過代謝,および肝臓による迅速な不活性化を示す親薬物に関連していた。対照的に,静脈内投与後,3時間の血漿中放射能の約39%は,親薬物に関連していた。・・・一般に,鼻腔および経口経路による懸濁液投与後の放射能の血漿中濃度は,低過ぎて代謝産物の性質付けは成し得なかった。・・・
これらの薬物代謝/臨床薬学的研究の結果は以下のことを示す:
3
1.H-MFを溶液として男性ボランティアに経口投与した場合,薬物由

来の放射能は,完全に吸収された。しかし,未変化のモメタゾンフロエートの絶対的バイオアベイラビリティは,広範な初回通過代謝のため極めて低い(約1%未満)。・・・
3
3.H-MFの鼻腔スプレーおよび経口懸濁処方物の投与後,
薬物由来の

放射能の吸収は約8%であった。
4.未変化のモメタゾンフロエートの血漿中濃度は,・・・鼻腔スプレーユニットからモメタゾンフロエート一水和物の水性懸濁液の鼻腔吸入,またはこの一水和物の水性懸濁液の経口嚥下による投与後には,決定され得なかった。何故なら,総放射能の血漿中濃度が代謝産物の性質付けには低すぎたためであった。
5.モメタゾンフロエートは,全ての経路の投与後,広範に代謝された。表2に示されるように,3H-MF由来の放射能は,全身的な吸収が,経口嚥下懸濁液または鼻腔内吸入懸濁液から(8%)よりも,経口嚥下溶液から(約100%)の方が高かったことを示唆する。モメタゾンフロエートは,静脈注入による薬物の投与,または溶液投与形態としての経口投与の後,・・・血漿中に検出可能であったが,経口または鼻腔懸濁液の投与後には,検出され得なかった。同様に,溶液処方物で投与した後の尿への放射能の排泄は,鼻腔スプレーまたは経口懸濁液で投与した後(2%)よりも大きかった(25%)。尿および糞便中の総回収率または放射能は,それぞれ87%および75%であり,放射能のほとんどは,糞便中に排泄されていた。静脈内投与後,排泄された総放射能は78%であり,24%が尿中に排泄されており,
そして54%が糞便中に排泄されていた。(1

8欄12行~26欄31行)
(3)

本件発明の概要
従来,鼻炎および気管支喘息のような気道流路および肺の疾患を処置するためコルチコステロイドが市販されているが,局所的抗炎症活性を有する全てのコルチコステロイドが,鼻炎および/または喘息を処置することにおいて活性ではないとされ,これらの疾患に活性を示し得るコルチコステロイドでも,
重篤な全身性の副作用
(視床下部-下垂体-副腎
(HPA)
軸抑制を含む)の発症があるため長期間の使用は制限されていた。

本件発明は,上記の技術課題に対して,アレルギー性鼻炎の処置に有効であるとともに,鼻腔内投与によって投与されたときに,低いバイオアベイラビリティと低い全身性副作用を示すコルチコステロイドを含有する薬剤を提供することを目的とするものであり,コルチコステロイドとして,モメタゾンフロエートを用い,1日1回投与の水性懸濁液を含有する薬剤としたことに技術的特徴を有するものである。

2
取消事由2-1(本件発明1と甲1発明の一致点及び相違点の認定の誤り)について
(1)

甲1文献の記載
甲1文献には,①発明の名称として,フランカルボン酸モメタゾン一水和物,その製造法および医薬組成物との記載(1頁),②

フランカルボン酸モメタゾンは,炎症状態の処置に有用であることが知られている。

との記載(1頁右下欄8~9行),③特に興味深いことは,フランカルボン酸モメタゾン一水和物の水性懸濁液組成物を,例えば鼻から投与することである。本発明の水性懸濁液は,1gの懸濁液中に0.1から10.0mgのフランカルボン酸モメタゾン一水和物を含みうる。との記載(3頁左上欄21~23行)がある。
また,④実施例3として,モメタゾンフロエート,懸濁剤であり粘稠性を与えるアビセルRC591(微晶質性セルロースとカルボキシメチルセルロースナトリウムの混合物),グリセリン等を成分とするフランカルボン酸モメタゾン一水和物の鼻腔投与用水性懸濁液の記載(3頁左下欄8行~右下欄9行)がある。
(2)

本件優先日当時の技術常識
モメタゾンフロエートについて
(ア)

本件優先日前の技術常識を示す甲A3(基礎と臨床,27巻9号,1
993年,3575~3591頁),甲A12(基礎と臨床,24巻4号,1990年,1985~2002頁),甲A39(フルメタ軟膏,フルメタクリーム,
フルメタローションの添付文書,
2015年11月)
によると,モメタゾンフロエートは,主作用として,極めて強い局所抗炎症作用を示す一方,副作用(全身作用,皮膚萎縮)は弱く,主作用と副作用の乖離
(主作用の相対力価を副作用の相対力価で除した治療係数)
は試験されたステロイド治療薬の中でも大きかったことが理解できる。(イ)

本件優先日当時,モメタゾンフロエートは,軟膏,クリーム,ローシ
ョンの形態で,通常1日1~数回,適量を患部の皮膚に塗布するという用法で用いられ(甲A39),モメタゾンフロエートクリーム0.1%は,
ステロイドの副作用による影響が懸念される小児
(甲A24,
乙8)
であっても,1日1回投与で皮膚疾患に安全かつ迅速な治療効果があった(甲A70)ことが知られていた。

局所活性ステロイドの鼻炎への適用について
(ア)

本件優先日前に頒布された乙7
(新バイオサイエンスシリーズ

花粉

症の科学-話題のアレルギー病を探る-120~127頁,136~139頁,1994年,株式会社科学同人)及び乙8(メディシナルケミストリー-創薬のための有機化学-,144~163頁,平成4年,株式会社廣川書店)によると,局所活性ステロイド製剤は,局所作用と全身作用を分離した製剤が望ましく,炎症組織に局所的にステロイドを使用してホルモンの全身的な濃度を低く抑える必要があることから,皮膚が最もたやすい標的であることが知られていた。
また,①本件優先日前に頒布された甲A10(RespiratoryMedicine,84巻(SupplementA),19~23頁,1990年)には,局所活性ステロイドに関し,皮膚疾患の処置で証明済みの値を有する化合物は,喘息及び鼻炎の処置にも効果的であるとの記載が,②乙1(IMMUNOPHARMACOLOGYANDIMMUNOTOXICOLOGY13(3),1991年,251~261頁)には,

極めて低濃度のモメタゾンフロエートによる炎症誘発性メディエータの産生の阻害は,このステロイドが様々な疾患に非常に有効であろうことを示唆している。,

強力なステロイドは,それらが皮膚疾患の治療に有用であるのと同じくらい,肺疾患の治療に有用であろう。

との記載が,③乙8には,ステロイドはその活性の発見当初から喘息患者に全身的に用いられてきたが,その使用には前述のような副作用のため限界があった。皮膚に対する非常に強力な抗炎症剤が発見されたことから,これらの化合物が肺の気道に対しても局所的に同等に有効ではないかという期待が持ち上がった。・・・Becotideという商標名(・・・)で,この製品は特に目立った成功を収め,後に鼻腔内スプレーとして花粉症や同類の鼻アレルギーの治療にまでその用途が拡大した。との記載がある。そして,鼻を含めた気道粘膜のアレルギー性疾患にステロイド局所療法を用いることも当業者に良く知られた事項であった(乙7,8)。米国,イギリス及び日本では,合計21種類の皮膚疾患用抗炎剤のコルチコステロイドのうち合計5種類が点鼻薬としても承認されていた(弁
論の全趣旨)。
(イ)

以上を総合すれば,
本件優先日当時,
皮膚疾患の処置で証明済みの値

を有する局所活性ステロイドについては,鼻炎を含む気道疾患の処置にも効果的であることが知られていたということができる。

鼻腔内投与における懸濁液の剤型について
本件優先日当時,鼻を含めた気道粘膜の疾患にステロイド局所療法を用いる際に,懸濁液とし,ヒドロキシプロピルセルロースなどで粘稠性を与えて流出を防ぎ,
ステロイドが必要とする有効濃度で長時間にわたって徐々
に鼻の粘膜にしみこむようにするなど,局所投与で全身への影響を防ぎつつ長時間にわたり気道粘膜にステロイドを送達するための製剤上の工夫が図られていた(甲48,乙6)。
他方,ステロイド治療薬を水性懸濁液の形態としたことにより,軟膏,クリーム及びローションの剤形で奏していた薬理効果が喪失する事象が生じるとされていたことなどは,証拠上,うかがわれない。

(3)

甲1発明,甲1発明と本件発明1との一致点及び相違点
上記(2)のとおりのモメタゾンフロエート,
局所活性ステロイドの鼻炎へ
の適用及び鼻腔内投与における懸濁液の剤型についての本件優先日当時の技術常識を踏まえれば,
上記(1)の甲1文献の記載に接した当業者は,
前記
第2の3(2)アのとおりの甲1発明(

炎症状態を治療するための,フランカルボン酸モメタゾン一水和物の鼻腔投与用水性懸濁液。

)が記載されていることを認識するということができる。


これによれば,甲1発明と本件発明1の一致点及び相違点は,前記第2の3(2)イのとおりであると認められる。

(4)

第2事件原告の主張について
第2事件原告は,皮膚疾患の処置で実証された結果を有するコルチコステロイドは,喘息及び鼻炎の処置にも効果的であることが記載されてい
るのは甲A10のみであり,乙8は鼻炎の処置には言及していないから,上記(2)イ(イ)の皮膚疾患の処置で証明済みの値を有する局所活性ステロイドについては,鼻炎を含む気道疾患の処置にも効果的であるとの技術常識は存在しないと主張する。
しかし,上記(2)イ(ア)記載の各文献の記載を総合すれば,本件優先日当時,当業者において,皮膚疾患の処置で証明済みの値を有する局所活性ステロイドについては,鼻炎を含む気道疾患の処置にも効果的であることが知られていたというべきである。

第2事件原告は,ある薬剤が皮膚に局所適用した場合に安全かつ有効であったとしても,鼻腔スプレーで投与した場合の動態を知ることはできず,その安全性や有効性を推定することができないところ,甲1文献には,フランカルボン酸モメタゾン一水和物の鼻腔投与用水性懸濁液についての薬理実験等の記載がないから,
甲1文献に
薬剤
の開示はないと主張する。
しかし,当業者がその化合物等を医薬用途に使用できることが明らかであるように当該刊行物等に記載されているといえるために,必ずしも薬理実験等の結果の記載が必須であるとはいえない。
上記(2)の技術常識を踏ま
えれば,甲1文献には医薬用途に使用できることが明らかにされているというべきであり,甲1文献に接した当業者は,その記載から,モメタゾンフロエート一水和物を含む鼻腔投与用水性懸濁液について,炎症状態を治療するための薬剤であると認識するというべきである。

(5)

以上のとおり,
審決における甲1発明の認定,
甲1発明と本件発明1の一

致点の認定並びに[相違点1]及び[相違点2]の認定に誤りはないから,第2事件原告の主張する取消事由2-1は理由がない。
3
取消事由2-3(相違点2の容易想到性の判断の誤り)について
(1)

甲2文献の記載(翻訳については,弁論の全趣旨)
甲2文献には,①ヒト血漿中のモメタゾンフロエート(SCH32088)の直接定量のための競合的エンザイムイムノアッセイ473頁表題)(

モメタゾンフロエート(SCH32088)は,局所的抗炎症活性を有しその一方で視床下部-下垂体-副腎(HPA)機能を抑制する潜在能力は最小限にしか示さない,合成のコルチコステロイドである。

(473頁左欄3~8行)〔判決注:なお,この記載部分は,参考文献として甲A69及び70を引用する。〕,③SCH32088は,喘息及びアレルギー性鼻炎の経口吸入及び鼻腔内吸入による治療のための有望な新薬候補である。SCH32088は有望な生物学的及び薬理学的活性をこれまで示してきたが,当該薬物の非常な低投与量療法によって必要とされる,十分に高感受性で且つ再現性のある分析方法がないために,その代謝,薬物動態学及び毒物動態学は評価されてこなかった。(473頁左欄8~17行)との記載がある。
(2)

相違点2の容易想到性について
甲1発明は,炎症状態を治療するための,モメタゾンフロエート一水和物の鼻腔投与用水性懸濁液であるところ,
甲2文献には,
上記(1)のとおり,
モメタゾンフロエートがアレルギー性鼻炎の鼻腔内吸入による治療のための有望な新薬候補であることが記載され,治療の対象としてアレルギー性鼻炎の記載があるといえる。


そして,甲1文献と甲2文献には,いずれも局所活性ステロイドであるモメタゾンフロエートを鼻腔内に投与することが記載されていると認められるところ,鼻の炎症には,急性鼻炎・慢性鼻炎等のほかアレルギー性鼻炎や季節性アレルギー性鼻炎が含まれる(弁論の全趣旨)ことをも考慮すれば,甲1発明の治療の対象である炎症状態を,アレルギー性または季節性アレルギー性鼻炎とすることは,当業者が容易に想到し得たものといえる。


したがって,甲1発明において,相違点2(治療の対象である炎症状態につき,本件発明1ではアレルギー性または季節性アレルギー性鼻炎と特定されているのに対し,甲1発明では特定されていない点。)に係る構成を採用することは,当業者が容易に想到し得たといえる。

(3)

第2事件原告の主張について
第2事件原告は,
①甲2文献には
新薬候補
と記載されているに過ぎず,
アレルギー性鼻炎の薬剤が記載されているとはいえないこと,②甲1文献と甲2文献は課題が異なり,これらを組み合わせる動機付けがないことを主張する。
しかし,
上記2(2)記載のとおりの,本件優先日当時のモメタゾンフロエートについての技術常識及び局所活性ステロイドの鼻炎への適用についての技術常識に照らせば,当業者は,甲2文献のアレルギー性鼻炎または季節性アレルギー性鼻炎の新薬候補との記載は,皮膚疾患の臨床試験結果に基づきアレルギー性鼻炎または季節性アレルギー性鼻炎を治療効果の期待できる対象として記載したもの理解するというべきである。そして,甲1発明と甲2文献の記載を組み合わせる動機付けがあることについては,上記(2)イに説示したとおりである。
(4)

以上のとおり,審決における相違点2の容易想到性の判断に誤りはなく,
第2事件原告の主張する取消事由2-3は理由がない。
4
取消事由1-1及び2-2(相違点1の容易想到性の判断の誤り)について(1)

相違点1の容易想到性について
本件優先日当時,
モメタゾンフロエートを含有する鼻腔内投与剤の用法

用量について公知のものはないところ,モメタゾンフロエート一水和物の鼻腔投与用水性懸濁液を用いて炎症状態を治療する場合に,その薬理効果や副作用等を考慮し,他の局所活性ステロイドの鼻腔内投与における投与回数及び投与量を参考にして,モメタゾンフロエートにとって最適な投与回数及び投与量を設定することは,製薬分野の当業者にとって通常のことであったということができる。


本件優先日当時,モメタゾンフロエートが極めて強い局所抗炎症作用を示す一方,副作用が弱いステロイドであることが知られ,また,モメタゾンフロエートについて,クリーム等の形態で,通常1日1~数回,適量を皮膚に塗布するという用法や,小児であっても1日1回の投与で安全かつ迅速な治療効果を与えたこと
(前記2(2)ア(ア)(イ))
が知られていた。
また,
本件優先日当時,鼻腔内投与によりステロイド局所療法を用いる際に,懸濁液とし,粘稠性を与えて,ステロイドが必要とする有効濃度で長時間にわたって徐々に鼻の粘膜にしみこむようにするなど,局所投与で全身への影響を防ぎつつ長時間にわたり気道粘膜にステロイドを送達するための製剤上の工夫が図られることも周知であった(前記2(2)ウ)。

また,次の点からすれば,本件優先日当時,鼻腔内投与される局所活性ステロイド薬には,1日1~4回の用法が存在し,患者の好みやコンプライアンスの観点から,
1日1回の投与が利点を有することは周知であった。
(ア)

本件優先日当時,
鼻腔内に投与される局所活性ステロイド薬とその用

法として,①ベクロメタゾン(1日4回。甲A4,5),②ブデソニド(1日1回又は2回。甲A6),③フルチカゾンプロピオネート(1日1回又は2回。甲A7),④トリアムシノロンアセトニド(1日1回。甲A8),⑤プロピオン酸ベクロメタゾン(1日2回又は4回。甲A75),⑥フルニソリド(1日2回。甲A75)などが知られていた。(イ)

また,甲A75(乙6)(耳鼻咽喉科薬物療法,平成2年,金原出版
株式会社,1991年)の表Ⅱ-12副腎皮質ホルモン剤の局所使用適応症および一回量には,局所使用の1回量,鼻腔内注入欄に一律の記載として1日1~3回と記載され,また,鼻腔の炎症状態として,アレルギー性鼻炎(花粉症),血管運動神経性鼻炎及び進行性壊疽性鼻炎が列挙されている。
(ウ)

さらに,1日1回の鼻腔内投与が,患者の好みやコンプライアンスの
観点から,1日2回に勝る利点を提供するとされている(甲A6)。エ
以上によれば,甲1発明の,炎症状態を治療するための,モメタゾンフロエート一水和物の鼻腔投与用水性懸濁液について,モメタゾンフロエートの薬理効果や副作用等を考慮して,鼻腔内に投与される局所活性ステロイド薬の用法として最適とされていた,1日1回投与の用法を選択することは,当業者が容易に想到し得たものといえる。

したがって,甲1発明において,相違点1(薬剤の用法・用量につき,本件発明1では1日1回と特定されているのに対し,甲1発明では特定されていない点。)に係る構成を採用することは,当業者が容易に想到し得たといえる。

(2)

原告らの主張について
第1事件原告の主張について
第1事件原告は,本件優先日当時の当業者は,モメタゾンフロエートの血中半減期からその用法について1日2~4回程度とするはずであり,患者の好みやコンプライアンスの観点から1日1回の構成を採用することはないと主張する。
しかし,上記(1)ウの各文献において,鼻腔内に投与される局所活性ステロイド薬の1日当たりの投与回数が,化学構造,血中半減期,生物学的半減期に基づいて設定されたことをうかがわせる記載はないし,甲2文献には経口投与された溶液の血中濃度の記載しかなく,これと鼻腔内投与された水性懸濁液の血中半減期の関係は不明であるから,本件優先日当時の当業者は,甲1発明について1日2~4回程度の用法とするということはできない。
また,第1事件原告は,甲A6~8のステロイドは,モメタゾンフロエートと構造やバイオアベイラビリティが異なることなどから,その投与頻度を参照することはできないと主張する。
しかし,甲1発明の用法を設定するに際し,技術常識に基づき,1日1回の構成とすることが容易であるのは上記(1)イのとおりであり,本件優先
日当時,1日1回の用法を採用することについて,個々のステロイドの構造やバイオアベイラビリティが問題となることをうかがわせる資料はない。

第2事件原告の主張について
第2事件原告は,甲1発明に甲A4~8のアレルギー性鼻炎の治療薬の
用法・用量を組み合わせることは,甲1発明に甲2文献のアレルギー性鼻炎の構成を組み合わせた仮想の公知例に,甲A4~8文献を組み合わせる,いわゆる容易の容易に基づくものであると主張する。
しかし,甲1発明の用法を設定するに際し,モメタゾンフロエートの薬理効果や副作用に加えて鼻腔内投与に関する技術常識に基づき,1日1回の構成とすることが容易であるのは上記(1)イのとおりであり,この判断は,
甲1発明にアレルギー性鼻炎を組み合わせた上で他のコルチコステロイドの1日1回の投与方法を組み合わせたものではないから,これを前提とする第2事件原告の主張は採用できない。
また,第2事件原告は,甲1発明に甲A6~8に記載の1日1回の投与方法を組み合わせる動機付けはなく,このうちのブデソニドについては,
バイオアベイラビリティの観点から阻害要因があったことを主張する。しかし,
技術常識を用いて
1日1回
の用法を採用することについて,
個々のステロイドの構造やバイオアベイラビリティが問題となることをうかがわせる資料がないのは,上記ア説示のとおりである。
(3)

以上のとおり,
審決における相違点1の容易想到性の判断に誤りはないか

ら,原告らの主張する取消事由1-1及び2-2は理由がない。
5
取消事由2-4(相違点3-1及び3-2の容易想到性の判断の誤り)について
(1)

相違点3-1及び3-2の容易想到性について
相違点3-1について
(ア)

上記4(1)アのとおり,モメタゾンフロエートの薬理効果や副作用等を考慮し,他の局所活性ステロイドの鼻腔内投与における投与量を参考にして,モメタゾンフロエートにとって最適な投与量を設定することは製薬分野の当業者にとって通常のことである。
(イ)

本件優先日当時,鼻腔内に投与される局所活性ステロイドとして,ベ
クロメタゾン(400μg/日)(甲A4),ブデソニド(400μg/日)
(甲A6),フルチカゾンプロピオネート(200μg/日)
(甲
A7),トリアムシノロンアセトニド(220μg/日又は440μg/日)
(甲A8),プロピオン酸ベクロメタゾン(400μg/日)
(甲
A75),フルニソリド(200μg/日)(甲A75)などが知られていた。
(ウ)

そして,
本件優先日当時,
モメタゾンフロエートは極めて強い局所抗

炎症作用を示す一方,副作用は弱く,主作用と副作用の乖離が大きい局所活性ステロイドであることが技術常識として知られていたから(前記2(2)ア),上記(イ)の鼻腔内に投与される他の局所活性ステロイドについて200~440μg/日といったオーダーの用量が用いられているといった情報を参考にしつつ,モメタゾンフロエートの1日当たりの用量としてそれより低い100~200マイクログラムを選択することは,当業者が容易に想到し得たものといえる。
(エ)

したがって,甲1発明において,相違点3-1(本件発明2では前記1日1回の投与量が100~200マイクログラムであるとされるのに対し,甲1発明ではその特定がない点。)に係る構成を採用することは,当業者が容易に想到し得たものといえる。

相違点3-2について
(ア)

絶対的バイオアベイラビリティとは,
血管内投与以外の投与経路
(例

えば鼻腔内投与)で得られる血漿中濃度曲線下面積と,静脈注射時の血漿中濃度曲線下面積とを比較することにより得られる割合(乙2)である
から,投与した薬物の量や濃度には依存しないものといえる。そうすると,未変化のモメタゾンフロエートの絶対的バイオアベイラビリティが約1パーセント未満は,モメタゾンフロエートの水性懸濁液を含有する薬剤を鼻腔内に投与した場合に現れる客観的な性質であって,甲1発明が備えた構成でもあると推認でき,これを否定する証拠もない。(イ)
(2)

したがって,相違点3-2は,実質的な相違点であるとはいえない。
第2事件原告の主張について
第2事件原告は,モメタゾンフロエートの用量の設定に際し,他のコルチ
コステロイドの用量を参照する動機付けはなく,また,1日1回の100~200マイクログラムのモメタゾンフロエート投与が効果的であることは甲1文献及び甲2文献,甲A3~10から予測することはできないことを主張する。しかし,当業者が甲1発明の用量を設定するに際し,モメタゾンフロエートの薬理効果や副作用を含む技術常識に基づき,相違点3-1に係る構成とすることが容易であるのは上記(1)アのとおりである。
さらに,第2事件原告は,いずれの文献にも未変化のモメタゾンフロエートの絶対的バイオアベイラビリティが約1パーセント未満であることの示唆はないから,投与量が100~200マイクログラムであるという構成を採用した場合に,未変化のモメタゾンフロエートの絶対的バイオアベイラビリティが約1パーセント未満であることは当業者に予測できないと主張するが,この点に関する判断は上記(1)イに説示したとおりである。(3)

以上のとおり,
審決における相違点3-1及び3-2の容易想到性の判断

に誤りはないから,第2事件原告の主張する取消事由2-4は理由がない。6
取消事由2-5(相違点4-1及び4-2の容易想到性の判断の誤り)について
(1)

相違点4-1及び4-2の容易想到性について
相違点4-1について
相違点4-1(本件発明3では前記薬剤が,季節性アレルギー性鼻炎を処置するためのものであるとされるのに対し,甲1発明では炎症状態を治療するためのとされる点。)については,前記3において,相違点2について述べたことが妥当し,甲1発明の炎症状態について,季節性アレルギー性鼻炎の構成とすることは,当業者が容易に想到し得たものである。

相違点4-2について
相違点4-2(本件発明3では前記1日1回の投与量が200マイクログラムであるとされるのに対し,甲1発明ではその特定がない点。)については,
上記5(1)アにおいて相違点3-1について述べたことが妥当
し,甲1発明において,1日1回の投与量が200マイクログラムであるという構成とすることは,当業者が容易に想到し得たものである。
(2)

第2事件原告の主張について
第2事件原告は,①甲1文献と甲2文献の課題には共通性がなく,これら
を組み合わせる動機付けがないから,相違点4-1に係る構成は容易に想到できたものではないこと,
②モメタゾンフロエートの用量を定めるについて,他のコルチコステロイドの用量を参照する動機付けはなく,1日1回の200マイクログラムのモメタゾンフロエート投与が効果的であることも,甲1文献及び甲2文献,甲A3~10から予測することができないから相違点4-2に係る構成は容易に想到できたものではないことを主張するが,この点については,前記3(3)及び5(1)に説示したところが妥当する。(3)

以上のとおり,
審決における相違点4-1及び4-2の容易想到性の判断

に誤りはないから,第2事件原告の主張する取消事由2-5は理由がない。7
取消事由1-2及び2-6(効果の顕著性に関する判断の誤り)について(1)

本件発明の効果

ア前記1(2)のとおりの本件明細書の記載によれば,
本件発明の効果として,
アレルギー性鼻炎に対して,1日1回の鼻腔内投与で,
プラセボとの対比に
おいて治療効果があり,かつ,モメタゾンフロエートのバイオアベイラビリティが約1%未満であり,
血流中への全身的な吸収が実質的に存在せず,
全身性副作用が存在しないことという効果が認められる。

これに対し,
審決は,
前記第2の3(3)のとおりの効果①~効果③を認定する。
しかし,本件明細書の

治療上有効であって,かつ,鼻腔内投与・・・によって投与されたときに,低いバイオアベイラビリティと低い全身性副作用とを示すコルチコステロイドを見出すことが望まれている。

(3欄44~48行)との記載及び本発明は,アレルギー性鼻炎に対して効果的に1日1回の服用で鼻腔内を処置するための薬剤を調製するためのモメタゾンフロエート水性懸濁液の使用を提供する。ここで,このモメタゾンフロエートの血流中への全身的な吸収は,実質的に存在しない。との記載(3欄50行~4欄4行)に照らせば,本件明細書における,経口溶液や経口懸濁液に関する数値やそれに対する比較は,本件発明の構成が備える効果として記載されているものとは認められない。したがって,効果②のように経口溶液及び経口懸濁液との比較を効果として認定すべきものとはいえない。

(2)

効果が予測できない顕著なものであるかについて
甲1文献には,炎症状態を治療するための,モメタゾンフロエート一水和物を含む鼻腔投与用水性懸濁液が記載されている。また,甲2文献(前記3(1))には,①モメタゾンフロエートが,皮膚に対して局所的抗炎症活性を有することを前提に,アレルギー性鼻炎の鼻腔内吸入の治療効果が見込まれ,鼻腔内吸入の方法を用いアレルギー性鼻炎に用いること,②モメタゾンフロエートが局所的抗炎症活性を有しその一方で視床下部-下垂体-副腎(HPA)機能を抑制する潜在能力は最小限にしか示さない合成のコルチコステロイドであることが記載されている。
本件優先日当時,①モメタゾンフロエートは,極めて強い局所抗炎症作用を示す一方,副作用(全身作用,皮膚萎縮)は弱く,主作用と副作用の乖離が大きい薬剤であること
(前記2(2)ア)②モメタゾンフロエートは,

皮膚疾患について1日1回の投与で小児でも安全かつ迅速な治療効果があること(同),③皮膚疾患の処置で証明済みの値を有する局所活性ステロイドについては,
鼻炎を含む気道疾患の処置にも効果的であること
(同イ)
が,技術常識として当業者に理解されていた。
また,本件優先日当時,鼻を含めた気道粘膜のアレルギー性疾患にステロイド局所療法を用いる際に,全身への影響を防ぐために懸濁液とし,粘稠性を与えるなどの気道粘膜に長時間にわたりステロイドを送達するための製剤上の工夫が図られていたことが知られ(前記2(2)ウ),甲1文献にも,このような工夫をした水性懸濁液が開示されていた(実施例3)。以上によれば,本件優先日当時の当業者は,技術常識並びに甲1文献及び甲2文献の上記記載により,副作用が低いモメタゾンフロエートの鼻腔投与用水性懸濁液につき,皮膚への局所投与と鼻腔への局所投与により薬物動態等の相違があるとしても,1日1回の鼻腔内投与でアレルギー性鼻炎に治療効果を有し,全身への吸収が低く,バイオアベイラビリティが優れていることも,予測できた範囲のものと認められる。

以上によれば,本件優先日当時の当業者は,本件発明の構成について,アレルギー性鼻炎に対して,1日1回の鼻腔内投与で,プラセボとの対比において治療効果があり,かつ,モメタゾンフロエートのバイオアベイラビリティが低く,血流中への全身的な吸収が実質的に存在せず,全身性副作用が存在しないという効果について,予測することができたというべきである。そして,バイオアベイラビリティが約1%未満であるとの数値についても,その程度が,本件優先日当時の技術常識に基づき予測できた範囲を超える顕著なものであることを認めるに足りる的確な証拠はない。
(3)

原告らの主張について
第1事件原告の主張について
(ア)

第1事件原告は,
本件発明が1日1回投与と1日2回投与とで効能に

有意な差がなく,
ステロイド点鼻薬として本件優先日当時に望み得る,最
も高いレベルの作用・効能の持続的効果を奏すること,また,非常に低いバイオアベイラビリティでありながら,本件発明が上記効果を奏することは,本件優先日当時驚くべきことであり,それ自体,本件発明の顕著な効果であると主張する。
しかし,第1事件原告が1日1回投与と1日2回投与とで効能に有意な差がないことの根拠として指摘する本件明細書の(3)吸入のための水性懸濁液については,単回投与又は分割投与において好ましい用量は・・・の範囲であるとの記載(第10欄12~14行)は,アレルギー性鼻炎の治療のための水性懸濁液の鼻腔内投与ではなく,気道および肺実質のアレルギー性および/または炎症性疾患,特に喘息,慢性閉塞性肺疾患,肺および下気道流路の肉芽腫性疾患,肺の非悪性増殖性疾患(例えば,特発性肺線維症,過敏性肺炎および気管支肺形成不全)のような疾患の処置のために吸入する場合についての記載であり,本件発明の構成について1日1回投与と1日2回投与の効果の異同について記載したものとは読み取れない。また,そもそも本件発明の構成によれば,1日1回の投与によって有効な治療効果をあげられることが予測し得たことは上記(2)で認定したとおりなのであるから,
それ以上に,
1日
1回の投与と1日2回の投与の効果を比較することに意味があるとは考えられず,これを予測し得ない効果の根拠とすることはできない。第1事件原告の主張するその余の効果については,結局は,アレルギー性鼻炎に対して,1日1回の鼻腔内投与で,
プラセボとの対比において
治療効果があり,かつ,モメタゾンフロエートの血流中への全身的な吸収が実質的に存在せず,
全身性副作用が存在しないことをいうに過ぎず,
この効果に関する判断は,上記(1),(2)に説示したとおりである。なお,第1事件原告は,本件発明は,後に判明したモメタゾンフロエートの構造(フロエート部分)についての未知の性質に着目した発明であり進歩性があるとも主張するが,本件明細書にこの点に係る記載はなく,また,本件発明の構成について,上記(1)アの効果は当業者が予測できた範囲を超える顕著なものといえないことは上記(2)説示のとおりであるから,フロエート部分の性質が後に判明したことは,本件発明の進歩性の判断に影響するものではない。
(イ)

また,第1事件原告は,審決の効果②の認定を前提として,経口溶液
との比較した全身的な吸収の低さが予測し得ないものであることについて言及するが,本件発明の効果の認定において,経口溶液との比較を考慮すべきでないことは,上記(1)イに説示したとおりである。

第2事件原告の主張について
(ア)

第2事件原告は,
①皮膚局所適用について有効性が確認されていても,
必ずしも,鼻腔吸入についての有効性があるとは限らないこと,②本件優先日当時,
モメタゾンフロエートの代謝,薬物動態及び毒物動態は解明
されていなかったこと,③モメタゾンフロエートの水性懸濁液を鼻腔内投与した際のバイオアベイラビリティは不明であったこと,④鼻腔内投与の方が経口投与よりもバイオアベイラビリティが高くなるのが技術常識であったこと,⑤鼻腔吸入の場合の全身性副作用の程度は不明であったことなどを主張する。しかし,甲1文献及び甲2文献の記載並びに技術常識に照らし,
上記(1)アの効果は当業者が予測できた範囲を超える顕
著なものであるといえないのは,上記(2)に説示したとおりである。さらに,第2事件原告は,本件優先日後の知見によれば,本件優先日後の製剤において,本件発明にかかる薬剤は他の薬剤より低い年齢の小児に対して安全性が確立していること,フロエート部分が有する優れた特性があることが明らかになったことを指摘するが,これらはいずれも本件優先日以降に判明したことで,本件明細書にはその記載もなく,本件発明の効果を認定するに際して考慮することはできない。
(イ)

第2事件原告は,
甲1文献及び甲2文献からモメタゾンフロエートが

アレルギー性鼻炎に対して何らかの効果があると予測し得たとしても,その程度については不明であるし,他のコルチコステロイドが1日1回で効果を有すること及びその治療効果の程度から,本件発明の,1日1回のモメタゾンフロエートの水性懸濁液の投与でアレルギー性鼻炎を効果的に処置できるという格別顕著な効果を有することは予測し得ないと主張する。
しかし,本件発明の構成とした場合に,1日1回のモメタゾンフロエートの水性懸濁液の投与でアレルギー性鼻炎を効果的に処置できるという効果を有することを予測できたといえるのは,
上記(2)のとおりで
ある。
(4)

以上のとおり,
審決における効果の認定には誤りがあるが,効果の顕著性

に関する判断に誤りはないから,原告らの主張する取消事由1-2及び2-6は理由がない。
8
まとめ
以上のとおりであるから,
原告らの主張する取消事由はいずれも理由がなく,
原告らの請求は棄却すべきであるから,主文のとおり判決する。

知的財産高等裁判所第3部

裁判長裁判官
鶴岡稔彦山門優高橋彩
裁判官

裁判官

別紙
本件明細書図表目録
表1

第1図

表2

トップに戻る

saiban.in