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強盗殺人、有印私文書偽造、同行使、詐欺
事件番号令和1(う)526
事件名強盗殺人,有印私文書偽造,同行使,詐欺
裁判年月日令和元年12月12日
法廷名大阪高等裁判所
結果棄却
裁判日:西暦2019-12-12
情報公開日2019-12-27 12:00:09
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令和元

526号

令和元年12月12日

強盗殺人,有印私文書偽造,同行使,詐欺被告事件
大阪高等裁判所第2刑事部判決
主文
本件控訴を棄却する
当審における未決勾留日数中210日を原判決の刑に算入する。

第1


本件控訴の趣意等
原判決は,被告人が,①他人名義のパスポートの発給を受けるために同
級生であったA(以下被害者という。)を殺害して身分証を奪い,金品も奪おうと考え,被害者方において,被害者に対して,殺意をもって,その胸部,腹部等をペティナイフで多数回突き刺し,よって,その頃,被害者を殺害した上,現金及び物品を奪ったという強盗殺人1件(原判示第1),②不正に入手した被害者名義のクレジットカードを使用して,各店舗等において,承諾書等を偽造し,提出した上,ペットホテルでの飼い犬2匹の預託サービスの提供,ホテルでの大人2名の宿泊サービスの提供,衣料品店でのスカート等の交付を受けたという有印私文書偽造,同行使,詐欺3件(原判示第2から第4まで)の各事実を認定し,被告人を無期懲役に処した。
弁護人の控訴趣意は

被告人は,
各犯行当時,
心神耗弱の状態であっ

たのに,完全責任能力であったと認定した原判決には,判決に影響を及ぼ被告人を無期懲役に処した原判
決の量刑は,重すぎて不当である,というものである。
第2

事実誤認の控訴趣意について
原審記録を調査して検討する。

1
弁護人の主張の要旨等
弁護人は,原判決は,原審でのB医師(以下原審鑑定人という。)の鑑定等を一部曲解したり,恣意的に引用したりした上,結論を導いたものであり,鑑定意見の尊重を明らかにした最高裁判例に反するし,被告人の行動制御能力の程度を誤認し,
完全責任能力を肯定したものであっ
て,事実誤認がある旨主張している。そこで,初めに原審鑑定人の意見及び当時の被告人の行動を確認した上で,原判決の責任能力に係る事実認定の当否を検討することとする。
2
原審鑑定人の意見の要旨
原審裁判所は,被告人の精神鑑定を採用し,原審鑑定人は,原審公判において,
被告人の精神障害や,
その犯行への影響等について供述した。
原判決は,争点に対する判断第3の1において,原審鑑定人の供述内容を次のとおり要約した。
犯行に関する被告人の説明は,C(平成26年3月頃まで被告人と同居していた女性)が中国に帰ってから大胆で冷酷な自分がメインで考えているようだ,強盗殺人事件については1回刺している別の私を上から見ていることだけを覚えている,刺していたのは冷静で冷たい自分であり,それを見ていた弱い自分は止めることもできなかった,などというものである。
上記説明や被告人の生活歴等によれば,被告人は,本件犯行以前から,人格の交代,健忘,離人感などを体験させる解離性同一性障害の精神障害を有していた。解離性同一性障害の患者について,最も長い期間身体を支配している人格状態を主人格といい,それ以外の人格状態を別人格又は副人格という。主人格と別人格は患者の意思とは関係なく交代する。通常の解離性同一性障害は,主人格は別人格の経験を認識せず,そのため記憶も共有しないが,主人格と別人格が完全には解離しない症状もある。
被告人については,おとなしい自分が主人格であり,大胆で冷酷な自分が別人格であったと考えられる。被告人は,Cが中国に行った頃から,
主として別人格が行動を支配していたと考えられるが,
平成29年3月の取調べの頃まで,犯行の記憶などの主として別人格に行動を支配された時期の記憶を共有しており,犯行に関する健忘がないことから,
犯行時に,
主人格と別人格は完全には解離していなかっ
たと考えられる。
当時,被告人の主人格は別人格をコントロールすることができておらず,犯行に精神障害の影響はあったといえる。主として別人格が行動を支配している当時の精神状態において,被告人は,目的に従って合理的に行動しており,状況を正しく認識し,行動のコントロールができていたといえる。
3
当時の被告人の行動
原判決は,争点に対する判断第3の2において,被告人の捜査段
階の供述調書などの関係証拠によれば,強盗殺人の犯行は,以下の経緯で実行されたものと認められるとして,要旨,次のとおり,説示したところ,この説示はおおむね相当である。
被告人は,Cのいる中国に行きたいと考えていたが,日本での在留資格がない状態になっていたことから,他人名義のパスポートを取得して中国に行くため,一人暮らしでパスポートも取得していなかった被害者を殺害し,被害者に成り代わって,パスポートを取得することを考えた。
被告人は,事前に被害者の予定を確認し,パスポートを取得しているかどうかを確認しようとした上で,東京から大阪に出向き,凶器を準備した上で,被害者方に入った。
被告人は,被害者と話をしていたが,なかなか殺害を実行する決心がつかず,被害者から帰宅を促されたところで,先延ばしはできないと考えて,
被害者が動かなくなるまで被害者を何度も刺して殺害した。
被告人は,被害者を殺害した後,友人と会う約束をキャンセルし,ホテルに戻ってチェックアウトをした上で現場に戻り,被害者の源泉徴収票やクレジットカードなどを奪い,被害者の遺体を梱包し,現場の血を拭き取るなどした後,運送会社を使って被告人方に搬送した。4
責任能力についての原判決の説示
原判決は,前記2の原審鑑定人の意見の要旨,前記3の当時の被告人の行動の説示に次いで,被告人の責任能力について,要旨,次のとおり説示した(争点に対する判断第3の3ないし5)。
被告人の行動から被告人の当時の精神状態を検討してみると,被告人には,強盗殺人の犯行当時,被害者名義のパスポートを取得し,被害者になりすますという目的があり,被害者を殺害し源泉徴収票等を奪う行為は,目的に沿った行動であり,その後も状況に合わせて犯行の発覚を防ぐための行動を続けている。当時の被告人は目的達成のための合理的な行動ができていたといえるし,自らの行為の善悪の判断をした上で行動をしていたことも明らかといえる。
鑑定人も,
精神科医の立場から,
被告人の捜査段階の供述を前提に,
記憶の共有があることから,人格が完全には解離していないとした上で,当時の被告人の精神状態は,合目的的な行動ができ,行動のコントロールができる状態であったなどと述べており,この点の見解は採用できる。
これらによれば,強盗殺人事件当時,被告人の善悪の判断能力や行動の制御能力が著しく低下していなかったことは明らかといえる。鑑定人は,被告人が,自分が1回刺しているのを上から見ていた記憶しかない,弱い自分が止められなかったなどと説明していることを踏まえて,
当時の被告人は主人格からのコントロールができていなかっ
た旨考察している。
鑑定人のこの部分の考察は,その前提事実に問題があるとも考えられる。しかし,鑑定人のこの部分の考察は,主人格からのコントロールについて述べるものであって,当時の被告人の精神状態による行動のコントロールについての考察とは違った事柄についての考察である。鑑定人の見解は,主人格からのコントロールができていなかったと述べる一方で,
当時の精神状態は行動のコントロールができる状態であっ
た旨述べているから,主人格からのコントロールについて述べた鑑定人の見解は,善悪の判断能力や行動の制御能力が著しく低下していなかったという認定には影響しない。
弁護人は,当時,別人格が主として行動を支配しており,主人格からのコントロールができなかった旨の鑑定人の見解を踏まえて,被告人の主人格は,主として別人格が支配していた行動をコントロールできず,行動制御能力が著しく欠けていた疑いがあると主張している。鑑定人の見解を踏まえても,被告人の主人格や別人格の特性を確定すること自体が困難といえ,各犯行当時の被告人の人格の解離状態を考察するという方法で責任能力を検討することも困難といえるが,疑問のある状況を,被告人に不利に考察することはできず,主人格からのコントロールができなかった旨の精神医学的見解は排斥できない。しかし,責任能力は,犯行時の被告人の精神状態について,善悪の判断能力や行動制御能力を問題とするもので,その当時の精神状態に行動制御能力があると認められる以上,その状態を主人格という
ものが更に制御できるかという点を問題にする必要はないというべきである。鑑定人の見解を前提にすると,被告人は比較的長い期間別人格が主として行動を支配していたということになるが,既に検討したとおり,当時の被告人は,別人格が主となった状態であっても,主人格と記憶を共有し,状況を理解し,行動の制御ができていたのであるから,実質的に考えても,そのような状態で犯行を行ったことについては,そのような状況下で犯行の決断をした被告人の責任といえる。上記弁護人の主張は採用できない。
以上によれば,
強盗殺人の犯行当時,
被告人には完全責任能力があっ
たといえる。各有印私文書偽造,同行使,詐欺の犯行に関する責任能力も争われているが,これらの犯行は被告人が利得目的で行った犯行で,他人になりすますなどの合理的な行動もできており,これについての記憶もあり,鑑定人の見解を踏まえても,強盗殺人の行為時の精神状態と違いがあったとは認められないから,これらの各犯行についても完全責任能力が認められる。
5
原判決の説示の評価と弁護人の主張についての判断
原判決は,上記のとおり,原審鑑定人の意見及び当時の被告人の行動を踏まえて被告人の責任能力を判断したものであるが,
その説示は,
おおむね相当である。これに対して,弁護人は,原判決が,①原審鑑定人の意見の理解等,②鑑定の前提となる事実等の評価,③これらを踏まえた責任能力の判断のいずれにおいても誤りがあると主張して,原判決を論難するので,以下,検討する。
原審鑑定人の意見の理解等に関する主張について
弁護人は,原審鑑定人は,犯行時の被告人の精神状態は合目的的な行動ができ,行動のコントロールができる状態であったと供述をしているものの,他方で,その供述の前提として,被告人は解離性同一性障害にり患しており,複数の人格のうち,本件犯行時には別人格に支配されていた旨述べているのであるから,上記原審鑑定人の供述は,犯行当時における別人格の判断や行動について評価したものと捉えるべきであるのに,原判決は,原審鑑定人とは前提を異にしており,その供述を曲解し,恣意的に引用している旨主張する。また,弁護人は,原判決は,原審鑑定人の意見という精神医学的見解を合理的理由がないのに排斥しており,最二小判平成20年4月25日・刑集62巻5号1559頁に反する旨主張する。
検討するに,
確かに原審鑑定人は,
精神障害の犯行への影響に関し,
①被告人は,犯行当時,目的に従って合理的に行動しており,状況を正しく認識し,
行動のコントロールができていた,
と供述する一方で,
②犯行当時の被告人は,主として別人格が行動を支配しており,主人格は別人格をコントロールすることはできていない,とも供述している。この点についての原判決の説示を見ると,原判決は,犯行時に主人格からのコントロールができなかったとする精神医学的見解は排斥意見
として①だけでなく,②も前提として検討していることは明らかである。そして,原判決に,犯行当時被告人は主として別人格が行動を支配していたとの原審鑑定人の供述を否定する記載はなく,原判決の原審鑑定人の供述の理解に誤りがあることをうかがわせる点はない。その上で,
原判決は,
このような精神医学の専門家の意見を前提として,
犯行時の善悪の判断能力及び行動制御能力という法的問題について検討を進め,これらの法的問題に焦点化して見ると,原審鑑定人の②の意見は,犯行時の被告人の精神状態についての善悪の判断能力,行動制御能力には影響しないと判断したものと解される。
これらによれば,原判決がその法的判断の前提とした原審鑑定人の意見の理解に誤りはなく,これを曲解したものでも,恣意的な引用をしたものでもなく,もとより原審鑑定人の専門的知見に基づく意見を排斥したものでもない。したがって,原判決は,上記最高裁判例にも反しないというべきである。
鑑定の前提となる事実等の評価に関する主張について

弁護人は,原判決は,原審鑑定人が,被告人が1回刺しているの

を上から見ていた記憶しかない,
弱い自分が止められなかったなどと
説明していることを踏まえて,当時の被告人は主人格からのコントロールができていなかった旨考察していることについて,
被告人の上
記説明は,捜査段階における何度も刺した旨の説明と異なってい
ることなどから,
捜査段階の供述と同じ記憶に基づくものとは考えに
くく,前提となる説明に問題があるとも考えられると説示しているが,原判決が,このことをもって,弱い自分が止められなかった
という被告人の説明の真実性までを疑わしいとするのは無理がある旨主張する。
この点,原判決は,被告人の捜査段階の供述等によれば,被告人は被害者から帰宅を促されて殺害を決断して被害者を何度も刺し,
その
ことについての記憶が3年近く失われていなかったと認められるのであり,
1回刺した記憶しかないと言いながら,
弱い自分が止められな
かったとする鑑定の頃の被告人の説明は,
捜査段階の供述と同じ記憶
に基づくものとは考えにくいと説示し,
そのことから,
弱い自分が止
められなかったという説明を前提にした原審鑑定人の考察の部分に問題があるとも考えられる旨説示しているところ,
これらは,
客観的
な供述経過を検討した結果に基づく説示であり,
誤りがあるとはいえ
ない。そして,原判決は,結局のところ,犯行当時,主人格からのコントロールができていなかった一方で,
当時の精神状態は行動のコン
トロールができる状態であった旨の原審鑑定人の意見を排斥せず,む
しろこれを前提として,
被告人の責任能力を考察しているのであるか
ら,弁護人の主張は原判決に対する適切な批判になっていない。

弁護人は,原判決は,被告人が被害者を多数回刺したことについ
て,特に異常な行動といえるほどの意図的な残虐性は認められないと説示するが,このような犯行態様には,明らかに意図的な残虐性が認められる旨主張する。
この点,原判決は,原審弁護人(当審弁護人でもある。)の同様
の主張について,被告人にとっては,被害者がその場で確実に死亡することが必要であったのであるから,被害者が動かなくなるまで刺そうとしたことが異常とはいえないこと,被害者が受けた傷には浅い傷も多いことを指摘して,特に異常な行動といえるほどの意図的な残虐性は認められない旨説示する。この原判決の説示は,被告人が,検察官調書(原審乙4)において,最初に被害者の腹付近をナイフで刺し,被害者が倒れた後も,被害者がまだ動いていたことから,動かなくなるまで,被害者の胸や腹付近を何度も刺したと供述したことや,被害者の遺体の損傷状況(原審甲94)は,被害者の前胸部ないし腹部の傷の中には浅い傷や小さい傷も少なくないというものであることに裏付けられており,
誤りがあるとはいえない。

弁護人は,被告人が,原審鑑定人に対し,1回刺した記憶しかな

いと供述していることについて整合性をもって説明するには,被告人が1回刺した段階までは,主人格と別人格の記憶は共有できていたものの,その後は別人格が憑依し,主人格は別人格の記憶を共有できなくなったと見るべきであって,事件の詳細を語ることができた捜査段階の取調べにおいては別人格が支配していたと見るべきである旨主張する。
しかし,原審鑑定人は,被告人の主人格は,おとなしい自分
であり,別人格は,大胆で冷酷な自分であったところ,捜査段
階の取調べ時のDVDを見ると,面接している際の被告人とその態度,物の言い方,物腰は同じ印象を受けるから,捜査段階の取調べ時は,主人格であったといえると供述している。この原審鑑定人の供述は,精神医学の知見に支えられたものといえ,信用できる。そして,被告人が捜査段階において,被疑者ノートに,覚えていることは正直に話したなどと記載していることは,上記原審鑑定人の見方に親和的であり,
加えて,
捜査段階の供述調書の内容に照らすと,
主人格が支配していたと認められる捜査段階の被告人は,犯行について十分に記憶を保持していたと認められる。そうすると,主人格が別人格の記憶を共有しており,主人格と別人格は完全には解離していなかった旨の原審鑑定人の意見及びこれを前提とする原判決の説示に誤りはない。被告人が1回刺した後は別人格が支配するようになり,その段階では主人格は記憶を共有していないとの弁護人の見方は採用できない。
原審鑑定人の意見等を踏まえた責任能力の判断に関する主張について
弁護人は,原審鑑定人は,被告人による本件犯行時,解離性同一性障害という精神疾患の影響があったことが認められるとともに,そのとき,主人格は別人格の行動を止めることができなかったというのであるから,原審鑑定人の専門的知見によれば,本件犯行時,解離性同一性障害により別人格の状態にあった被告人について,行動制御能力が著しく失われていた疑いを否定することはできない旨主張する。確かに,原審鑑定人は,犯行当時,被告人について,主として別人格が行動を支配しており,被告人の主人格は別人格をコントロールすることができていなかったとしている。しかし,他方で,原審鑑定人の供述によれば,
精神医学においては,
解離性同一性障害にり患して,
人格が多数現れたとしても,
元々のその人の中に包摂されていない人
格が発現することはなく,
その人が本来持っているいろいろな側面が,
解離という精神状態を経て,際立った特徴を持った人格となって主として現れてくると考えられており,別人格といっても,いわば一人の人間の中の別の側面であると認められる。
さらに,
原審鑑定人によれば,被告人は,捜査段階において,犯行の記憶などの主として別人格に行動を支配された時期の記憶を共有しており,犯
行に関する健忘がないことから,一般的な解離性同一性障害の症状と異なり,犯行時に,主人格と別人格は完全には解離していなかったと認められる。
以上のような原審鑑定人の供述に基づく解離性同一性障害に関する理解及び被告人の具体的な症状を前提に検討するならば,原判決(前法的判断として,責任能力は,犯行時の被告人の精神状
態について善悪の判断能力や行動制御能力を問題とするものであるから,その当時の精神状態に行動制御能力があると認められる以上,その状態を主人格というものが更に制御できるかという点を問題に
する必要はないというべきであると説示する点については,被告人に対する刑事責任の判断方法として妥当なものといえる。この点に関する原判決の説示に誤りがあるとはいえない。
そして,

のとおり,原審鑑定人は,主として別人格が行動

を支配している当時の精神状態において,被告人は,目的に従って合理的に行動しており,状況を正しく認識し,行動のコントロールができていたといえると供述するが,これは,前記3の当時の被告人の行動とも整合し,信用できるものである。
そうすると,原審鑑定人の意見を踏まえて,各犯行当時,被告人の善悪の判断能力や行動の制御能力が著しく低下していなかったとした原判決の認定,判断に誤りはない。
なお,弁護人は,解離性同一性障害にり患しており,犯行時に心神耗弱の状態にあったとされた別の事件の判決を引用しながら,本件についても同様に判断されるべきである旨主張する。しかし,弁護人の主張によっても,上記事案は,本件とは,精神状態や,犯行の内容等が全く異なるものであるから,弁護人の主張は採用できない。
その余の弁護人の主張を踏まえて検討しても,各犯行当時,被告人に完全責任能力があったと認定した原判決に誤りはない。
6
第3

事実誤認の控訴趣意は理由がない。
量刑不当の控訴趣意について
原審記録を調査し,当審における事実取調べの結果を併せて検討する。
1
原判決は,量刑の理由の項において,要旨,次のとおり説示する。量刑の考察の中心となる強盗殺人事件は,被害者名義のパスポートの取得を最終的な目的とし,
凶器を用意するなどの計画的犯行である。
被害者を多数回突き刺すなど殺害意思が強かったが,被害者に苦痛を与えること自体を目的とするなどの意図的な残虐性は認められない。人を殺害して成り代わるという考えは,被害者に重大な結果が生じることを顧みない身勝手な考えであり,在留資格の問題は,重大な手段を選択したことに関する非難を軽くする事情とはいえない。また,責任能力に関する前記判断や,被告人が,被害者を殺害して成り代わる気持ちを持ち続け,準備をした上で強盗殺人を行っていることなどによれば,
解離性同一性障害の問題も大きく考慮することはできない。
被害者が命を奪われたという生じた結果は重大であり,被害者遺族の処罰感情が極めて厳しいが,その心情は理解できる。
有印私文書偽造,同行使,詐欺事件3件について,自己の利益のために犯行を続けている点も軽視できない。
被告人は捜査段階では最終的に自白しており,その当時は事件の重大性を理解し,反省の気持ちがあったと認められるが,最終的な自白までの供述経過からは深い反省があったとまでは評価できない。
これらによれば,被告人の責任は誠に重大であって,過去の強盗殺人の事例も参考に,行為の計画性,被害の重大性,残虐性の程度などを検討し,有期懲役刑とするために酌量減軽することを相当とするような事情は見当たらない本件については,被告人には,無期懲役刑を科すのが相当と判断した。
2
以上の原判決の説示はおおむね相当である。原判決が指摘する犯情の悪質さなどからすれば,酌量減軽をしないで,被告人を無期懲役に処した原判決の量刑が重すぎるとはいえない。
弁護人は,①被告人が解離性同一性障害にり患したのは,被告人の責任ではなく,酌むべき事情があるし,②被告人は,解離性同一性障害の影響で行動制御能力が著しくではないにしても,相当程度減
弱していたから,刑法66条を適用して刑を減軽すべきであった旨主張する。
しかし,まず,②の点について見ると,前記のとおり,被告人は,各犯行時,主として別人格に支配されていたとはいえ,その精神状態は,合目的的な行動ができ,行動のコントロールができる状態であったことからすると,証拠上,被告人の善悪の判断能力や行動制御能力は大きく低下していなかったということができ,本件は酌量減軽すべき事案であるとはいえない。そして,①の点については,確かに,被告人が解離性同一性障害にり患したことは,被告人の責任とはいえないものの,解離性同一性障害の影響により犯行時の被告人の善悪の判断能力及び行動制御能力が大きく低下してはいない以上,
その事情は,
考慮するにしても限度のある情状にすぎない。
弁護人は,犯行の動機について,信頼できる人物が就職を機に中国へ帰国することとなり,被告人が入国管理局の摘発を恐れ,孤立無援になり,追い詰められていたという点は考慮すべきであり,原判決の量刑は重すぎる旨主張する。
しかし,信頼できる人物が離れて孤独になったが,在留資格がないため,他人に相談できなかったなどの事情があったとしても,そのような事情と,人を殺害して成り代わるという身勝手な考えを持って実行に移したこととの間には,大きな飛躍がある。在留資格の問題は,このような重大な手段を選択したことに関する非難を軽くする事情とはいえないとする原判決の説示に誤りはない。
その余の弁護人の主張を踏まえて検討しても,原判決の量刑が重すぎて不当であるとはいえない。
3
さらに,当審において弁護人が立証した事情を踏まえて検討しても,原判決の量刑が重すぎて不当になったとはいえない。

4
第4

量刑不当の控訴趣意は理由がない。
適用した法令
控訴棄却について刑訴法396条,当審における未決勾留日数の算入に
ついて刑法21条
(裁判長裁判官三浦透,裁判官杉田友宏,裁判官近道暁郎)

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