判例検索β > 令和1年(う)第293号
殺人被告事件
事件番号令和1(う)293
事件名殺人被告事件
裁判年月日令和元年11月27日
法廷名名古屋高等裁判所
結果棄却
裁判日:西暦2019-11-27
情報公開日2019-12-25 18:00:07
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主文
本件控訴を棄却する
当審での未決勾留日数中70日を原判決の刑に算入する。
理由
本件控訴の趣意は,弁護人連名作成の控訴趣意書及び控訴趣意書訂正・補充書記載のとおりである。論旨は,事実誤認及び量刑不当の主張である(理由不備,訴訟手続の法令違反も主張しているが,その実質は事実誤認の主張に帰する)。
第1
1
事実誤認の主張について
原判決が認定した事実の要旨は,被告人が,当時12歳の長男の胸部を包丁で殺意をもって1回突き刺して殺害した,というものである。所論は,被告人は,被害者を包丁で突き刺しておらず,殺意もなかったから,これらの事実を認めた原判決には事実誤認があるという。

2
原判決は,要旨以下のとおり説示して,判示事実を認定した。
傷の状況とそこから認定できる事実
被害者の胸部右側には,
被告人が犯行直前に手に持っていた鋭利な包丁
(以
下本件包丁
)によって生じた刺し傷があり,傷の深さ約9㎝で,右心房前
壁を突き抜いていた。傷口及び傷の内部の形状は,乱れがなく整っていた。被害者の遺体を解剖したA医師は,
胸骨右縁が約0.9㎝切り込まれており,
凶器を刺したときに強い力が加わっていたと考えられる旨供述しているが,その内容は合理的である。切り込まれているのは胸骨ではなく肋軟骨であるとするB医師の供述は,説明内容の前提の正確性や判断の合理性に疑問がある。
以上によれば,本件包丁は,動いていない状態の被害者の胸部に,胸骨を切り込むほどの強い力で,約9㎝の深さまで一気に刺し入れられたと認められる。
犯行に至る経緯
被告人は,被害者に中学受験のための勉強を教えるにあたり被害者が反抗的な態度を見せたときに,これまでも,カッターナイフを向けたり,ペティナイフを見せ,あるいは机や教科書に刃を立てたり,さらに,本件包丁を示すなどして怖がらせていた。
犯行の前日,勉強態度について説教した際には,本件包丁を被害者の体に当て,足に浅い切り傷を負わせた。
犯行当日の状況について被告人は以下のように述べる。被害者の態度に苛立ち,包丁で床を叩いて被害者を近くに呼び寄せ説教した。さらに念押ししようと,被害者の背中に左腕を回してその左肩辺りをつかみ,右手に持った包丁を被害者の目の前にかざしたところ,被害者が泣き出したので,苛立ちを募らせ,左手で口を塞いだ。その後,被害者に呼ばれて近付くと,被害者の胸に穴が開いていた。被害者に本件包丁が刺さったことの記憶はない。犯行後の言動
被告人は,被害者を搬送した病院で,准看護師や警察官に自分が刺したなどと発言した。
検討
以上のことからすると,被告人が気付かないうちに本件包丁が偶然被害者に刺さった可能性や,被害者が自分で胸部を刺した可能性は考え難く,これに犯行に至る経緯や犯行後の被告人の言動も併せ考えると,被告人は,被害者の態度に激高し,本件包丁を被害者の胸部に突き刺したと推認される。自己の行為の危険性を認識できなかった事情は見当たらないから,殺意も認められる。
3
当裁判所の判断
傷の位置,形状,深さから,被告人の意図しなかった結果によるものである可能性や,被害者の意思による結果の可能性を否定し,犯行前,被告人が被害者の態度に苛立ちを募らせていたという経緯や犯行後に自分が刺したと周囲に述べたことを踏まえ,被告人が被害者の胸部を突き刺したこと,それが殺意によるものであったことを認めた原判決の判断過程は,論理則・経験則等に照らし正当である。原判決に事実の誤認はない。
所論の検討

所論は,切り込まれたのは肋軟骨であるのに,切り込まれたのはより硬い胸骨であるとし,胸骨を切り込むほどの強い力で刺したことを殺害行為の存在及び殺意の有無を推認するための間接事実の一つとした原判決を論難する。この点,原審では切り込まれたのが胸骨か肋軟骨かについて医師二名による証人尋問が行われているところ,切り込まれた場所が胸骨か肋軟骨かの違いは,そこに加えられた力の大きさの違いを推し測る事情とはなり得るものの,その余の諸事情から,刺したのは被告人であり殺意も優に認められる本件事案においては,有意性のある争点とはいい難い。所論は採用の限りでない。


所論は,被害者の血の飛沫状況,本件包丁が落ちていた場所,リビングのカーペットのずれなどに照らすと,被告人と被害者が激しく動き,当初の位置から窓の方へ移動し,揉み合う形になり,その際,被害者が前方に倒れ込んで本件包丁が刺さった可能性があるという。
しかし,犯行現場の写真を見ても,カーペットのずれはわずかで,揉み合いを推定するのは困難である。血の飛沫状況については,刺された被害者がその後動いて付着した可能性も考えられる。本件包丁が落ちていた場所も含め,結局,所論がいう可能性はいずれも抽象的な可能性に過ぎないといわざるを得ない。所論は理由がない。


その他所論は種々主張するが,いずれも理由がない。
事実誤認の論旨は理由がない。

第2
1
量刑不当の主張について
原判決は,保護者である被告人が当時12歳の長男を刺殺した結果は重大であること,受験指導の名の下,暴力的な言動からやがては包丁を体に当てるなど,独善的な行為をエスカレートさせ,何ら落ち度のない被害者に苛立ちを募らせた末に激高して犯行に及んだという動機・経緯は身勝手で厳しい非難に値すること,
積極的に死の結果を望んだわけでなく,
突発的犯行ではあるものの,
犯行態様は危険であることなどからすると,子に対する殺人の事案としては非常に重い事案であるとし,犯行直後に被害者を病院へ運び込んだこと,さしたる前科がないこと,後悔の弁を述べていること等も考慮し,懲役13年の刑が相当であるとした。
原判決は,
実父による子の殺害という事案の重大性,
動機・経緯の身勝手さ,
犯行態様の危険性を正当に評価しており,同種事案の中での位置づけを含め,その量刑判断は妥当である。
2
所論の検討

所論は,被告人が刃物を使って被害者を指導していたのは,被告人には特定不能の広汎性発達障害があり,そのため被害者の立場に立って心情を理解し,刃物を使う以外の指導法を考える柔軟な思考力が欠如していたためであるという。しかし,被告人に精神障害はないとする原判決の判断は専門家の知見を踏まえた合理的なものであって正当である。所論は前提を異にするもので失当である。


所論は,本件包丁を強い力で突き刺したとは認定できないのに,危険な犯行態様とした原判決は不当であるというが,人体の枢要部である胸部に9㎝もの深さで鋭利な包丁を突き刺す行為それ自体が危険であることは明らかである。所論は採用できない。

3
第3

量刑不当の論旨に理由はない。
結論
よって,刑訴法396条により本件控訴を棄却し,当審での未決勾留日数の算入について刑法21条を適用する。
令和元年11月28日
名古屋高等裁判所刑事第1部

裁判長裁判官

堀内
裁判官

山田
裁判官

大久満順保優子子
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