判例検索β > 平成30年(わ)第53号
殺人被告事件
事件番号平成30(わ)53
事件名殺人被告事件
裁判年月日令和元年11月8日
法廷名札幌地方裁判所
裁判日:西暦2019-11-08
情報公開日2019-12-04 14:00:09
戻る / PDF版
令和元年11月8日宣告
平成30年(わ)第53号

殺人被告事件
主文
被告人を懲役19年に処する
未決勾留日数中500日をその刑に算入する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は,平成28年11月4日午後9時頃から同日午後10時頃までの間,札幌市所在の集合住宅の一室であるA方において,A(当時23歳)に対し,殺意をもって,表面が平滑で長さ約31.5センチメートル以上のもので頸部を絞め付けた上,絞頸により仮死状態になったAを浴槽内の水中に溺没させ,よって,その頃,同所において,Aを絞頸及び溺水による窒息により死亡させて殺害した。(証拠の標目)省略
(争点に対する判断)
第1
1
本件の争点等
証拠上容易に認められる事実

被告人は,遅くとも平成28年10月半ば頃(以下の日時は,全て平成28年のものである。)には自身及び妻と職場が同じAと不倫関係となった。11月4日午後6時過ぎ頃にもAと落ち合ってA方近隣のそば店へ行き,2人でかしわそば大盛りと豚そば大盛りを食べた後,午後7時頃にA方へ行った。その後,早くとも午後9時50分頃にA方を立ち去って,午後10時8分頃,A方近隣の駐車場から車を出庫させて帰宅した。被告人がA方にいる間に他にA方を訪れた者はいなかった。他方,Aは,何者かにより,A方において,判示の方法により殺害されたが,その遺体は,同月6日午後2時20分頃,被告人とともにA方を訪れた被告人の妻によって発見された。これらの事実は,当事者間に争いがなく,関係証拠により容易に認められる。
2
争点

本件の争点は,被告人が犯人であると認められるかであり,その前提として,Aの死亡時刻が争われている。検察官は,①Aの死亡時刻が11月4日午後9時頃から午後10時頃までの間であり,②被告人には動機となり得る事情や犯人であることに沿う行動が認められる一方,③第三者が犯人の可能性はないことから,犯人は上記死亡時刻頃Aと一緒にいた被告人以外に考えられないと主張する。これに対し,弁護人は,Aの死亡時刻が同月5日未明である上,上記②及び③の事実はなく,被告人がA方を去った後に他の何者かがAを殺害したのであって,被告人は犯人ではないと主張している。
以下では,検察官の主張する間接事実を順次検討した上で被告人の犯人性について判断していく。
第2
1
Aの死亡時刻について
A方の生活痕跡

(1)A方の物音・人の声等
A方隣室の住人Bの証言によれば,同人は,11月4日午後8時45分頃から午後9時頃までの間に,A方から,あなたのためにいろいろしてきたなどと怒気を含み相手方を非難する内容の女性の声と,それをなだめるような男性の声を聞いたことが認められる。そして,その女性の声はAのものであり,Aは,少なくとも同日午後9時頃までは生存していたものと認められる(最終生存確認時刻)。他方,この事実から,直ちに,声が聞こえなくなった同日午後9時頃にAが殺害されたとまでは推認できない。
(2)11月4日午後10時頃以降のAの電気・携帯電話の使用状況等関係証拠によれば,①11月4日午後10時頃からAの遺体が発見された同月6日午後2時20分頃までのA方の30分ごとの電気使用量が,冷蔵庫の霜取りヒーターの作動による一時的な上昇とみられる部分を除き,おおむね±0.01キロワットアワーの僅少な範囲内で推移していること,②Aの携帯電話のLINEアプリの操作が11月4日午後9時47分で途絶えていることが認められる。これらによれば,Aが同日午後10時頃以降に生活していた積極的な痕跡はないとはいえる。しかし,①については,30分ごとに累積使用量の差を0.01キロワットアワー未満の数値を切り捨てて電気使用量として記録するというスマートメータの仕様上,電化製品の使用時間や使用電力量によっては,電化製品の使用状況に変化があっても記録上差異が現れるとは限らない。②については,LINEアプリ以外の操作の有無が明らかでない。また,そもそも,生存していたとしても仮睡等のため電化製品の大半を使用せず,LINEアプリの操作をしていない状況が想定できる。これらの点を踏まえると,①及び②の事実から,Aの死亡時刻が同日午後10時頃までであると推認することまではできない。
2
消化状況等からのA死亡時刻の推定

(1)C医師及びD医師の各証言

C医師は,E医師を鑑定受託者及び執刀医として11月7日に実施されたA
の司法解剖に助手として関わったF大学の法医学者である。C医師は,解剖時におけるAの消化管の状況について,胃には麺類等の食物片を多く含む白色内容約700ミリリットルの内容物が,十二指腸にはその麺類とほぼ同一性状の白濁した約70ミリリットルの内容物がそれぞれあり,空腸の上方までは消化物と認められる乳白色の粘稠液があったが,そこから先の回腸には粘液のみで消化物は存在しなかったと証言する。そして,最後の食事から死亡までの経過時間につき,食後約1時間から6時間以内であることは確実であるが,食後約1時間以内であれば,胃内容物はこのように全体が白く濁った状態にまで至っておらず,食物の形もよりはっきり残っている一方,食後三,四時間程度経過していれば,固形物が識別できるほどには残っておらず,胃からの排出や小腸への進行もより進んでいるから,Aは,食後約2時間から3時間以内に死亡した可能性が高いと証言する。また,胃内容物のうち識別可能な固形物には,麺類,とり肉片,ねぎ,野菜の葉があり,後者の3つは,Aが同月4日夕方に食べたそばの具材であったとり肉,長ねぎ,みつばと考えて矛盾せず,麺類も,これらがほぼ同一のものでその太さや性状,同時に存在した固形物から判断してそばと考えて矛盾せず,加えて,薄い豚肉だけは先に消化されて識別できなかった可能性があることから,この胃内容物が同日夕方にAが被告人と食べたかしわそば又は豚そばと考えて矛盾しない旨証言する。これらを踏まえ,そばを食べ終えたのが同日午後7時とするとAの死亡推定時刻は同日午後9時頃から午後10時頃という可能性が高い旨証言する。
このC証言は,法医学に関する十分な知識や経験に基づき,Aの実際の解剖所見を踏まえたもので,かつ,消化の進行の度合いについても標準的な医学書の記載とおおむね整合しており,不合理な点は指摘できない。Aの最後の食事内容及び食後経過時間に関するC証言は,基本的に信用できる。弁護人は,Aの胃内容物が保存されていないこと等を論難するが,胃内容物を保存する習慣はなく,写真で十分と考えた旨のC証言が不合理とは認められず,他の弁護人の指摘もC証言の信用性を否定するものとはいえない。

D医師は,G学会の会長などを務めたこともある消化器病学等が専門の臨床
医である。D医師は,消化の一般論として,胃の運動障害を起こすような病気などがない限り,人種,性差を問わず,食物は,食べ始めから約15分経過して約10ないし30分間胃に蓄えられた後(初期遅滞時間),その種類にかかわらず,1分間に2.5ないし3キロカロリーずつ胃から定常的に排出されることが世界各国の研究によって判明していると証言する。そして,初期遅滞時間を30分と仮定し,Aが食べた可能性のあるかしわそば大盛り又は豚そば大盛りのカロリー量を基に,Aの胃内容物の消化割合をその写真から3ないし5割と推測し,上記一般論に加え,定常排出する時間に±10パーセントの調整も施して,95パーセント以上の者を網羅するようにそれぞれ計算した結果として,消化運動が停止した死亡時のAの胃内容物は,食べ始め15分後から起算して,1時間16分ないし2時間54分経過した状態であり,Aの死亡推定時刻は11月4日午後7時51分頃から午後9時29分頃の間になる旨証言する。
D証言は,胃の消化運動に関する豊富な知識や経験を踏まえたもので,食物の消化状態から経過時間を割り出す手法自体について不合理な点はなく,その計算結果は,Aにその一般的な計算方法が妥当しない病気等はなかったと認められることも踏まえると,おおむね信用できる。もっとも,胃内容物の消化割合が写真に基づくおおよその推測にすぎないことのほか,Aがいずれのそばをどの程度食べたか不明であること,初期遅滞時間の開始時期には幅があることなどに照らせば,その計算結果及びこれに基づく死亡推定時刻は厳密なものとまではいえない。とはいえ,前記方法による計算によってカバーされる確率は高く,また,豚そば大盛りの消化割合が6割になっても排出時間はせいぜい約29分延びる程度であり,11月4日中には全量が消化される計算になることを踏まえると,食物排出時間がD証言より長いものであった可能性があるにしても,その伸び幅が大幅なものになる可能性は低く,また,伸び幅に応じてそのような時間であった可能性は低減していくものと考えられる。

以上のとおり,C医師及びD医師の各証言は,おおむね信用できるところ,
A死亡までの食後経過時間に関し,解剖所見に基づく法医学の見地からのC医師の判断結果と胃の消化運動の機序に基づきD医師が導いた計算結果が,おおむね重なり合っていることは,この点に関する両者の証言の信用性を互いに補強するものといえる。
(2)H証言
これに対し,H医師は,東京都の監察医等の経歴を有する法医学者である。H医師は,Aの胃内容物は食後せいぜい1時間以内の消化状態であるが,Aは11月4日夕方にそばを食べて1時間後には生存していたから,同日午後10時以降にパスタ等のそば以外の麺類を食べ,その後1時間以内に死亡した可能性がある旨証言する。
このH証言は,司法解剖前に撮影されたAのCT画像で小腸が一様に灰白色に写っているのは胃から小腸全体までにかけて消化物が充満していたためであって,小腸には夕方に食べたそばが存在していると考えられることを根拠にしている。しかし,これは,実際に司法解剖を行ったC医師が述べる小腸内の状態に明らかに反する。C医師及びD医師の各証言によれば,小腸に消化物が詰まっていなくても腸管がしぼんで折り畳まれているためCT画像上灰白色に写っても何ら不合理でないと認められる一方,小腸内が空のときには黒く写る根拠としてH医師が引用するCT画像は,重篤患者の小腸内に気体を送り込んだと思しき異常な状態のものと認められる。そうすると,上記のAの小腸のCT画像は,H証言を支える根拠とならない。また,H医師は,消化の進行度合いについて,Aが食べたかしわそば大盛り又は豚そば大盛りのうち3時間以内にそばだけは先に胃から全量排出される旨かなり断定的に述べる一方,野菜,肉は排出まで4ないし6時間かかるとしている。しかし,食物残渣図鑑に食物は3時間前後でほとんど胃から小腸に移行する旨の消化に関する一般的記述等があることからそばだけが3時間以内に排出されるとしている点には疑問がある。また,食物によって消化のしやすさに違いがあるにせよ,胃内容物全体が消化されていくという消化の機序から見て,常に具材ごとに胃での消化を終えて十二指腸への排出が完了するタイミングが大きく異なるとしている点にも疑問がある。さらに,H医師は,十二指腸に移行した消化物は胃で小さく消化されて徐々に排出されたものであるにもかかわらず,胃と十二指腸の内容物の量を単純比較していることや,死後に食物が発酵して生じたガスが胃内にたまることがあり得るにもかかわらず,Aの司法解剖前に撮影したCT画像上の胃のうち内容物が占める面積割合を消化割合と捉えている点などで,その判断の合理性に疑問がある。加えて,そもそも,A方台所にパスタの乾麺はあっても,これをゆでるなど調理した形跡やそのために必要なざるなどの調理器具が証拠上見当たらない。以上によれば,Aの最後の食事及び食後経過時間に関するH医師の証言は信用できず,Aが死亡する約1時間以内にパスタ等のそば以外の麺類を食べた可能性はないと認められる。
3
小括
以上を踏まえると,C医師及びD医師の各証言から,Aは,そばを食べた11月4日午後6時台半ばから起算して大体2ないし3時間程度経過した時間帯に死亡した可能性が高いこととなるが,A方の物音等から同日午後9時頃までAの生存が確認できることも踏まえると,同日午後9時頃からおおむね午後10時頃までの間に死亡した可能性がかなり高く,それより後に死亡した可能性は,時刻が遅くなるのに応じて低くなるものといえる。
第3
1
被告人の犯行動機及びAの死亡以降の被告人の行動
被告人の犯行動機

遅くとも10月半ば頃以降不倫関係となった被告人とAは,その間柄が徐々に深まっていき,11月1日には被告人が離婚に関する書籍を購入したことが関係証拠から認められる。また,B及びA方直下の住人Iの各証言によれば,A方から相手を非難する女性とこれをなだめる男性の声や物音が,同月4日午後8時台に少なくとも45分間にわたり,断続的に確認されている。これらを踏まえると,Bらが聞いた男女の声等は,その内容等から,被告人とAとの間の不倫関係の継続又は解消を巡る何らかのもめ事が生じていたことを示すものと推測でき,そのもめ事がAを殺害する動機となったとみて不自然ではない。
2
Aの死亡以降の被告人の行動

関係証拠によれば,被告人は,11月4日午後9時34分より後にAの携帯電話に対して何らかの連絡をしたことは一切なく,同月5日午後7時前後,Aの上司から,無断欠勤をしたAと全く連絡が取れず,事件に巻き込まれていないか心配している旨の切迫した内容のLINEトークを受け取ったにもかかわらず,Aに対して全く連絡していないばかりか,同月6日午後2時20分頃に至り,Aに連絡しないまま,妻を伴って直接A方を訪ねたことが認められる。
その上で,被告人とAとの関係性や,同月4日夜,Aが大声を上げて被告人を非難する内容のもめ事が生じていた事実も踏まえれば,被告人がAに対してその安否を気遣う内容の連絡を取らないことは著しく不自然であって,被告人が,Aの上司から連絡を受けた時点以降もなおAに対して全く連絡を取らなかったことは,Aの身に生じている事態のため連絡を取ることが意味を成さないと知っていたことを強くうかがわせる。そして,遅くともその時点までにはAが既に殺害されていたと認められることも併せみれば,被告人がAを殺害した犯人であることを相当程度推認させるといえる。
第4

第三者による犯行の可能性

関係証拠によれば,何者かがA方に無理やり侵入したり金品を物色したりした形跡はなく,下着や財布・通帳等も無造作に残されており,Aに致命傷以外の目立った外傷や性的行為が加えられた痕跡も存在しないことが認められる。また,A方は,集合住宅3階の一室であり,偶然立ち寄るような場所でもない。そうすると,本件犯行は,金品等の窃取目的やわいせつ目的の末に,Aとの面識が全くない第三者が犯したものとは考え難い。
そして,生前のAと接点のあった合計8名の男性についてみると,まず,インターネット掲示板を通じて連絡を取ったことのある6名については,Aを殺害する動機を有する者は見当たらず,11月4日夜から翌朝にかけてのアリバイが存在するなどの理由により犯人である具体的な疑いはない。次に,同月3日夜に別れ話をした元交際相手の男性は,同月4日午後9時43分頃及び翌5日午前3時45分頃にJ駅付近のカラオケ店内の防犯カメラに映っており,その間に一緒に来ていた友人を置いて,防犯カメラに映らないようにしてA方に赴くことは考え難い。また,8月頃にAと男女関係を持った整体師の男性についてみると,11月4日午後9時42分頃にJ駅付近の自宅マンション1階エントランス防犯カメラに帰宅する様子が撮影されてから翌5日午前11時57分頃に同カメラに映り込むまで自宅から外出しなかったことを裏付ける証拠はないものの,Aとの連絡状況等からしてAを殺害するような動機はうかがわれない。元交際相手及び整体師が犯人である可能性も低いと考えられる。
第5

積極的間接事実の総合判断
これまでの検討を踏まえると,①Aが死亡した時間帯は,11月4日午後9時頃からおおむね午後10時頃までの間である可能性がかなり高く(前記第2の3),被告人はその頃Aと2人きりでA方にいたことからすれば,それだけで被告人が犯人である可能性が相当程度推認される上,②被告人には動機となり得る事情があっても不自然ではなく,被告人が,Aの上司からAの安否を気遣うLINEトークを受け取ってもなおAに対して全く連絡を取らなかった(前記第3の1及び2)という被告人の犯人性を推認させる別の事情も認められる。これに対し,③現場の状況から想定される犯人像,動機やアリバイの面から見て被告人以外の第三者が犯人である可能性は考え難い(前記第4)。低いながらも可能性が残る元交際相手と整体師が犯行可能なのは被告人がA方を去ってから間もない時間帯に限られ,Aが死亡した時刻がその頃である可能性は相当程度低いこと(前記第2の3)も考慮すれば,この2人のいずれかが犯人である可能性も,常識に照らして否定できる。それぞれの間接事実が異なる観点から検討された結果であることも踏まえてこのような事実関係を総合すれば,被告人がAを殺害した犯人であることが極めて強く推認される。第6

被告人供述

他方,被告人は,要旨次のとおり供述し,Aとの間で殺害の動機となるようなもめ事はなく,Aを殺害しておらず,その後Aと連絡を取らなかったことなどには相応の理由がある旨述べる。
すなわち,11月4日,Aは,A方洋室にいたときに突然泣き出し,前日(同月3日)に別れ話をした元交際相手が忘れられないとの話をし始めた。被告人がこれをなだめ,よりを戻すよう提案すると,Aは,それはできない旨述べるなどして窓から飛び降りようとした。これを制止した被告人は,一緒になりたいと述べるAに対し,妻が大切であるとしてこれを拒んだ。すると,Aは,暴言を吐くなどして当たり散らしたが,被告人が自分を傷付けないようこれまで必死に止めていたがずっと一緒にいることはできないなどと説明したところ,冷静さを取り戻した。そのような状況の中で,被告人は,妻にAとの不倫関係を打ち明けて謝罪し,妻としっかり向き合おうと考えるようになった。その後,被告人は,A方から帰ることとし,玄関から外へ出る前に居間にいるAとの間でLINEトークのやり取りを交わし,忘れ物を取りに戻って再びAと話をした後,午後9時50分頃にA方を去った。翌5日未明,夜勤中の妻にAとの不倫関係を打ち明けるLINEトークを送り,その後直接話もした。同日夜に受け取ったAの上司からのLINEトークについては,相談した妻から連絡する必要はないと言われたこともあり,妻を気遣ってAに連絡を取ることはしなかった。
そこで,被告人の供述を検討すると,これを積極的に裏付ける証拠があるものではない。11月4日午後9時34分に送信されたAから被告人へのLINEトークの存在も,A方の床上にAの携帯電話のパスコードが記載された紙が携帯電話会社の封筒に入った状態で発見されていることなどを踏まえれば,被告人自身が送信した可能性もあるから,やはり被告人供述の裏付けとして十分ではない。そして,被告人によれば,Aは,大声を出して暴れるなどした後,僅か30分程度のうちに冷静になり,しかも被告人との不倫関係を終えることも受け入れたということになる。Aに精神的に不安定な面があったことや被告人に対して強い好意を抱いていたことが関係証拠からうかがえることに照らせば,このようなAの心境の変化は,急激に過ぎ,不自然である。また,被告人の述べるところによっても元交際相手への不満を度々述べていたAがふと見せた元交際相手への未練を即座に受け入れ,よりを戻すよう促したという被告人の心境の急激な変化も,にわかに信じ難い。さらに,被告人は,前夜にAによる自殺を図る行動を直接目撃していたにもかかわらず,Aの安否を気遣う上司からのLINEトークを受け取ってもなお,Aに対して一切の連絡を取っていないことは,大いに不自然である。妻を気遣ったとの被告人の述べる理由も,結局妻を伴ってA方に赴いていることとそぐわない。このとおり,被告人の供述内容には不合理な点がいくつも指摘できる。
以上によれば,被告人の供述は,十分な信用性を有しないものと認められる。第7

結論
以上を踏まえると,積極的な間接事実を総合するとAを殺害した犯人が被告人であることが極めて強く推認される一方,犯行動機がないことやAの死亡以降の被告人の行動の意味合いについて弁解し,A殺害を否定する被告人供述は信用できず,上記推認を妨げるようなものではない。そうすると,被告人が本件の犯人であることは常識に照らして疑いを差し挟む余地なく認めることができ,その犯行時刻は,11月4日午後9時頃から午後10時頃までの間であることも疑いなく認められるから,判示のとおり認定した。
(法令の適用)
被告人の判示所為は刑法199条に該当するところ,所定刑中有期懲役刑を選択し,その所定刑期の範囲内で被告人を懲役19年に処し,同法21条を適用して未決勾留日数中500日をその刑に算入し,訴訟費用は,刑事訴訟法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。
(量刑の理由)
本件犯行は,薬物の影響で昏睡状態に陥り,抵抗することのできない状態の被害者に対し,その頸部を索状物を用いて3分から5分の間,強い力で絞め続けた上,仮死状態となった被害者を全裸にして浴槽の水中に溺没させ窒息死させたというものである。絞頸の態様のみをみても,致命傷を与えるに十分な時間強い力で絞め続けるという強固な殺意に基づく犯行であることは明らかで,それにとどまらず,被害者をわざわざ全裸にして溺没させるというその尊厳を踏みにじるむごい方法でとどめを刺しており,極めて悪質かつ残忍な行為である。被害者には殺されるべき何らの落ち度も認められず,突如として家族を失った遺族が峻烈な処罰感情を有することも当然である。詳細な動機は明らかでないが,被害者との間の不倫関係のもつれが原因とみられ,計画性はないものの,身勝手極まりない犯行というほかない。その他の事情を精査しても,被告人に酌むべき事情は一切なく,本件の犯情は,経緯に男女関係があり,ひも類を用いて相手方を殺害した同種類似の事案の中でもかなり重い部類に位置付けられ,被告人は,相当長期間の服役を免れない。その上で,被告人が終始犯人性を否認して反省の態度が皆無であることなどをも考慮し,被告人には主文の刑を科すのが相当であると判断した。
検察官小林靖正,三田村朝子,私選弁護人江﨑一平(主任),岡本麻美,安藤良各公判出席
(求刑・懲役20年)
令和元年11月8日
札幌地方裁判所刑事第3部

裁判長裁判官

駒田秀和
裁判官

山下智史
裁判官

牧野一成
トップに戻る

saiban.in