判例検索β > 平成30年(ワ)第14572号
損害賠償請求事件
事件番号平成30(ワ)14572
事件名損害賠償請求事件
裁判年月日令和元年10月2日
法廷名東京地方裁判所
裁判日:西暦2019-10-02
情報公開日2019-10-25 10:00:13
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令和元年10月2日判決言渡

同日原本領収

平成30年

損害賠償請求事件(以下第1事件という。)

第14572号

裁判所書記官

損害賠償請求事件(以下第2事件という。)
口頭弁論終結日

令和元年6月10日
判決主文1
原告らの請求をいずれも棄却する。

2
訴訟費用は原告らの負担とする。

第1

実及び理由
請求
被告は,原告らに対し,それぞれ50万円を支払え。

第2

事案の概要
第1事件原告ら及び第2事件原告は,いずれも,婚姻後の夫婦の氏として,夫は夫の氏,妻は妻の氏を称する旨を記載した婚姻届を提出しようとしたと
ころ,民法750条及び戸籍法74条1号の各規定(以下本件各規定という。)を根拠に婚姻届を不受理とされた者である。
本件は,原告らが,本件各規定が憲法14条1項,24条又は国際人権条約に違反することが明白であるにもかかわらず,国会が本件各規定について正当な理由なく長期にわたってその改廃等の立法措置を怠ったことにより,
婚姻をするについての自由を制約され,法律上の婚姻(以下法律婚という。)に認められる民法や税法等の法律上の権利・利益,事実上の様々な利益を享受できず,また,夫婦であることの社会的承認を受けることができない不利益を被り,それらにより多大な精神的苦痛を受けたとして,被告に対し,国家賠償法1条1項に基づき,慰謝料各50万円の支払を求める事案で
ある(以下,国会が本件各規定について改廃等の立法措置を執らないことを本件立法不作為という。)。

1
前提事実(争いのない事実及び後掲証拠等により容易に認められる事実。なお,証拠等を掲記しない事実は当事者間に争いがない。枝番を記載しない書証はすべての枝番を含む。)


当事者

第1事件原告らは,婚姻後もそれぞれの生来の氏を名乗り続けたいと考えている,法律婚を希望する男女である。同原告らは,婚姻の意思を有し,平成元年に披露宴を挙げた上で同居を始め,法律婚の夫婦と変わらない共同生活を営んでいる(以下,婚姻の届出をせずに法律婚の夫婦と変わらない男女の共同生活を営むことを事実婚という。)。(甲1の1・2,2,38,弁論の全趣旨)

同原告らは,平成30年2月27日,世田谷区役所において,同区長に対し,婚姻後の夫婦の氏欄の夫の氏及び妻の氏の双方の欄に
チェックを入れ,かつ,夫は夫の氏,妻は妻の氏を希望しますと明記して婚姻届を提出したが,受理されなかった。

第2事件原告は,婚姻後もそれぞれの生来の氏を名乗り続けたいと考えている,法律婚を希望する事実婚の夫婦の妻の立場にある者である。同原告は,平成14年10月1日に現在の事実婚の夫と婚氏を夫の氏とする婚姻の届出をしたが,平成15年4月1日に協議離婚の届出をし,それ以来事実婚を営んでいる。(甲1の3,2の2,96の1,弁論の全趣旨)同原告は,平成30年6月13日,文京区役所において,同区長に対し,
婚姻後の夫婦の氏欄の夫の氏及び妻の氏の双方の欄にチェッ
クを入れ,かつ,夫は夫の氏,妻は妻の氏を希望しますと明記して婚姻届を提出したが,受理されなかった。(甲3の2,4の2,弁論の全趣旨)


関係法令の定め等

民法750条

同条は,

夫婦は,婚姻の際に定めるところに従い,夫又は妻の氏を称する。

と定めている。同条は,婚姻の効力について定める民法第四編第二章第二節中に規定されている。

戸籍法74条
同条は,柱書で

婚姻をしようとする者は,左の事項を届書に記載して,その旨を届け出なければならない。

と規定し,その記載事項の一つとして,1号で夫婦が称する氏と定めている。

女子に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約(昭和60年条約第7号。以下女子差別撤廃条約という。)

1条
この条約の適用上,女子に対する差別とは,性に基づく区別,排
除又は制限であって,政治的,経済的,社会的,文化的,市民的その他のいかなる分野においても,女子(婚姻をしているかいないかを問わない。)が男女の平等を基礎として人権及び基本的自由を認識し,享有し
又は行使することを害し又は無効にする効果又は目的を有するものをいう。
2条
同条は,柱書で

締約国は,女子に対するあらゆる形態の差別を非難し,女子に対する差別を撤廃する政策をすべての適当な手段により,かつ,遅滞なく追求することに合意し,及びこのため次のことを約束する。

と規定し,その内容の一つとして,

女子に対する差別となる既存の法律,規則,慣習及び慣行を修正し又は廃止するためのすべての適当な措置(立法を含む。)をとること。

(同条⒡)と定めている。16条1項

同項は,柱書で

締約国は,婚姻及び家族関係に係るすべての事項について女子に対する差別を撤廃するためのすべての適当な措置をとるものとし,特に,男女の平等を基礎として次のことを確保する。

と規定し,その内容として,自由に配偶者を選択し及び自由かつ完全な合意のみにより婚姻をする同一の権利(同項⒝),

夫及び妻の同一の個人的権利(姓及び職業を選択する権利を含む。)

(同項⒢)とそれぞれ定めている。


市民的及び政治的権利に関する国際規約(昭和54年条約第7号。以下自由権規約という。)
2条1項
この規約の各締約国は,その領域内にあり,かつ,その管轄の下にあ
るすべての個人に対し,人種,皮膚の色,性,言語,宗教,政治的意見その他の意見,国民的若しくは社会的出身,財産,出生又は他の地位等によるいかなる差別もなしにこの規約において認められる権利を尊重し及び確保することを約束する。
2条3項

同項は,柱書で

この規約の各締約国は,次のことを約束する。

と規定し,その内容の一つとして,

救済措置を求める者の権利が権限のある司法上,行政上若しくは立法上の機関又は国の法制で定める他の権限のある機関によつて決定されることを確保すること及び司法上の救済措置の可能性を発展させること。

(同項⒝)と定めている。
3条
この規約の締約国は,この規約に定めるすべての市民的及び政治的権利の享有について男女に同等の権利を確保することを約束する。
17条1項
何人も,その私生活,家族,住居若しくは通信に対して恣意的に若し
くは不法に干渉され又は名誉及び信用を不法に攻撃されない。
23条

家族は,社会の自然かつ基礎的な単位であり,社会及び国による保護を受ける権利を有する。(1項)
婚姻をすることができる年齢の男女が婚姻をしかつ家族を形成する権利は,認められる。(2項)
婚姻は,両当事者の自由かつ完全な合意なしには成立しない。(3項)
この規約の締約国は,婚姻中及び婚姻の解消の際に,婚姻に係る配偶者の権利及び責任の平等を確保するため,適当な措置をとる。その解消の場合には,児童に対する必要な保護のため,措置がとられる。(4項)オ
自由権規約委員会の一般的意見
国際連合の自由権規約委員会は,自由権規約に関して以下のとおりの一般的意見を採択している。(甲18,19)
平成2年に採択した家族の保護,婚姻についての権利,及び,配偶者の平等(23条)に関する一般的意見19(以下一般的意見19という。)

一般的意見19では,自由権規約23条4項に関し,

各配偶者が自己の婚姻前の姓の使用を保持する権利又は平等の基礎において新しい姓の選択に参加する権利は,保障されるべきである。

とされている。平成12年に採択した男女の権利の平等(3条に関する一般的意見28)(以下一般的意見28という。)
一般的意見28では,自由権規約23条4項に関し,同項の義務を果たすために,締約国は,

夫妻の婚姻前の氏の使用を保持し,又は新しい氏を選択する場合に対等の立場で決定する配偶者各自の権利に関して性別の違いに基づく差別が起きないことを確実にしなければならない。

とされている。

2
争点


本件立法不作為の国家賠償法上の違法性の有無
原告らの損害及びその額

3
争点に関する当事者の主張
争点

(本件立法不作為の国家賠償法上の違法性の有無)について

(原告らの主張)

本件立法不作為が国家賠償法1条1項の適用上違法の評価を受けること
再婚禁止期間に関する最高裁大法廷の違憲判決(最高裁平成25

27年12月16日大法廷判決・民集69巻8
号2427頁。以下再婚禁止期間最高裁大法廷違憲判決とい
う。)によれば,法律の規定が憲法上保障され又は保護されている権利利益を合理的な理由なく制約するものとして憲法の規定に違反するものであることが明白であるにもかかわらず,国会が正当な理由なく長期
にわたってその改廃等の立法措置を怠る場合などにおいては,国会議員の立法過程における行動が個々の国民に対して負う職務上の法的義務に違反したものとして,例外的に,その立法不作為は,国家賠償法1条1項の適用上違法の評価を受けることがあるとされている。
また,国会が条約に違反する法律の規定の改廃等の立法措置を正当な
理由なく長期にわたって怠る場合も同様に国家賠償法1条1項の適用上違法の評価を受けると解すべきである。
選択肢なき夫婦同氏制(以下,単に夫婦同氏制という。)を
定める本件各規定は,下記のとおり,同氏を希望する者と別氏を希望する者との間に法律婚の可否という別異取扱いを生じさせているから憲法
14条1項に違反し,

第1023号同27年12

月16日大法廷判決・民集69巻8号2586頁(以下平成27年最大判という。)が憲法24条につき氏を含めた婚姻及び家族に関する法制度の在り方を検討するに当たって考慮すべき人格的利益であると認めた(氏の変更による)アイデンティティの喪失感,
他人から識別し特定される機能が阻害されない利益,婚姻前に築いた個人の信用,評価,名誉感情等を婚姻後も維持する利益等を合理
的な理由なく制約し,かつ,再婚禁止期間最高裁大法廷違憲判決が憲法24条1項の規定の趣旨に照らし十分尊重に値するものと認めた婚姻をするについての自由をも合理的な理由なく制約するものであるから,憲法24条に違反するものであることが明白である。
また,本件各規定が,婚姻に際しての姓の選択に関する夫婦同一の権
利ないし合意のみにより婚姻をする夫婦同一の権利を保障する女子差別撤廃条約に違反し,各配偶者が婚姻前の姓の使用を保持する権利を保障する自由権規約に違反していることも明白である。
そして,国会は,遅くとも法務省法制審議会が選択的夫婦別氏制を含む民法の一部を改正する法律案要綱を答申し,法務省が公表した平
成8年2月26日には本件各規定の違憲性を認識しており,それから既に約22年の時が経過したにもかかわらず,正当な理由なくその改廃等の立法措置を怠っているのであるから,かかる立法不作為が国家賠償法1条1項の適用上違法の評価を受けることは明らかである。

本件各規定が憲法14条1項に違反すること
夫婦同氏を希望する者と夫婦別氏を希望する者との間に信条による別異取扱いが存在すること
民法によれば,婚姻意思及び届出によって婚姻が成立するが,夫婦別氏を希望する者については,婚姻意思を有し,婚姻の届出を行っても,
本件各規定によって届出が受理されない。そのため,法的には婚姻が成立せず,法律婚の夫婦にのみ与えられている婚姻関係にあることの戸籍
による公証をはじめとする様々な法的権利・利益,事実上の利益及び夫婦としての社会的承認を享受することができない。すなわち,法は,個人が法律婚をするに際して夫婦同氏を希望するか夫婦別氏を希望するかによって,別異な取扱いを行っている。
氏名は,人が個人として尊重される基礎であり,その個人の人格の象徴であって,人格権の一内容を構成するものである(最高裁昭和563年2月16日第三小法廷判決・民集42巻2
号27頁)。特に,婚姻までの長期間の使用実績に裏付けられる生来の氏には,高い人格的利益が認められる。

夫婦双方が婚姻後も継続して生来の氏の継続使用を希望し,かつ互いのそうした希望を尊重しあう夫婦として生きるか,あるいは夫婦の一方が氏を変更することによって不利益を被る面があるとしても同氏であることに一体感を感じ同氏夫婦として生きるかは,夫婦としての在り方を含む個人としての生き方に関する自己決定に委ねられるべき事項であり,
憲法14条1項後段の信条に他ならない。
したがって,本件各規定は,信条によって夫婦同氏を希望する者
と夫婦別氏を希望する者を別異に取り扱っているものである。
なお,憲法14条1項後段は,前段の平等原則を例示的に説明したものであって,それらの列挙に該当しない場合でも不合理な差別的取扱い
は前段の原則によってすべて禁止されるところ(
1472号同39年5月27日大法廷判決・民集18巻4号676頁),本件各規定は,上記の夫婦としての在り方を含む個人としての生き方に関する自己決定に委ねられるべき事項に基づいて別異取扱いを行うものであることが明らかであるから,本件各規定による別異取扱いが信条
によるものであるか否かの厳密な検討は実益がない。
また,民法750条は,婚姻の効力として夫婦同氏を定めている

が,民法739条1項,742条2号の届出婚主義の下,戸籍法74条1号において夫婦が称する氏が婚姻届の必要的記載事項とされていることによって,婚姻の際に夫婦が称する氏を選択することは実質的には婚姻の要件となっている。民法750条を婚姻の効力と捉えた場合でも,本件各規定の存在により,夫婦同氏を希望する者のみが様々な法的権利・利益,事実上の利益及び社会的承認を享受し,夫婦別氏を希望する者がそれらを享受できておらず,本件各規定がそのような区別を生じさせていることは事実である。したがって,民法750条が婚姻の要件であるか効力であるかは,別異取扱いの存在の有無に影響を与えない。被侵害権利及び利益

a
婚姻をするについての自由の制約
本件各規定による信条に基づく別異取扱いにより,夫婦別氏
を希望する者は,法律婚自体をすることができない。したがって,再婚禁止期間最高裁大法廷違憲判決が憲法24条1項の規定の趣旨に照らし,十分尊重に値するものと判示した婚姻をするについての自
由を制約している。その結果,夫婦別氏を希望する者は,法律婚の夫婦にのみ与えられている婚姻関係にあることの戸籍による公証を受けることができないほか,次項以下のような様々な不利益を被っている。b
民法上の権利・利益
事実婚の配偶者は,法定相続人とされず,相続権が認められない
ので,遺言によらない限り相手方配偶者の遺産を相続することはできず,寄与分も遺留分も認められず,事実婚の配偶者の遺言書の検認立会権もない。
事実婚の配偶者は,相手方配偶者についての成年後見・保佐・補助
開始審判の申立権及び同開始審判の取消しの申立権を有しない。
事実婚の夫婦の間に子が出生する場合,子は嫡出推定を受けること
ができず,嫡出でない子となり,法律的な父子関係を形成するには父による認知が必要である。
父母双方との法律上の親子関係が形成されても,子の親権者には夫婦の一方しかなることができず,夫婦と子が家族として共同生活をしながらも子に対する財産管理権及び法定代理権等は夫婦の一方しか持
つことができない。また,そのことにより,未成年子名義の銀行口座を代理人として開設できるのは親権者である夫婦の一方のみであり,未成年子のパスポートの作成の申請権を有するのも未成年子の医療行為の同意権も,親権者である夫婦の一方のみにしか認められないといった不利益が生じる。さらに,単独親権者である親が死亡した場合,
他方の親に当然に親権が移行するわけではなく,家庭裁判所における親権者変更の手続が必要であるところ,親権者変更の手続の間に,親権者が不在の期間が生じる。
事実婚の夫婦には,特別養子縁組において養親になることができ
ないという不利益もある。

c
税法上の権利・利益
事実婚の配偶者には,所得税・住民税の配偶者控除及び障害者控
除を受けることが認められていない。所得税・住民税の医療費控除については,法律婚の夫婦については世帯で合算できるところ,事実婚
の夫婦ではそれが認められていない。
相続の際に,法律婚の配偶者であれば,遺産の2分の1までの相続ならばその額が高額であっても相続税が課せられないところ,事実婚の配偶者にはその優遇措置が認められていない。
事実婚の配偶者が相手方配偶者の遺産を相続するには遺贈の方法に
よるほかないが,法律婚の配偶者が法定相続人として相続する場合に比して,遺贈の場合は相続税額の2割加算が行われ,税額が高い。
法律婚の配偶者が相続によって取得した不動産の所有権移転登記の登録免許税は0.4%,不動産取得税は非課税であるのに対し,事実婚の配偶者は登録免許税が2%で,特定遺贈の場合は不動産取得税も課される。
相続税に関する死亡保険金・死亡退職金の非課税限度額,基礎控除,
障害者控除,相次相続控除,相続時精算課税についても,相続人ではないため優遇措置が認められない。
婚姻期間が20年以上の法律婚の夫婦間であれば,居住用不動産
又は居住用不動産を取得するための金銭の贈与が行われた場合,基礎控除110万円のほかに最高2000万円まで控除することができる
という特例が認められているが,事実婚の夫婦には認められない。d
その他の不利益
産科婦人科学会は,昭和58年の会告において不妊治療の対象を
法律婚の夫婦に限定していたところ,平成26年6月に同会告につき
社会通念上の夫婦においても不妊治療を受ける権利を尊重しなければならないと改訂したが,現在でも事実婚の夫婦に対して不妊治療を実施しない医療機関や,戸籍謄本等の資料の提出を患者に求める医療機関が存在する。さらに,平成16年に開始した国の不妊治療に関する助成金(最大30万円,2回目以降も最大15万円)は,事実婚
の夫婦を支給対象としていない。
多くの生命保険会社は,死亡保険金の受取人を配偶者か2親等以内の血族と限定しており,原則として事実婚の配偶者を受取人に指定できないと定めていることが多い。一定の要件のもとに事実婚の配偶者を受取人に指定できる場合であっても,各種の書類・証明書等の提出
を求められ,非常に手続が煩雑であり,審査の末に認められない場合もある。法律婚の配偶者ならば無条件に受取人に指定できることに比
して,著しく不利益な取り扱いが行われている。
事実婚の夫婦の居住不動産につき住宅ローンを連帯債務者として組むことを金融機関が認めない,クレジットカードの家族カードの作成ができないといったこともある。また,自宅住居につき賃貸借契約を締結する際,事実婚の配偶者は同居家族として認めてもらえない場合がしばしばあり,仮に入居可能であっても事実婚の配偶者の双方に保証人を付けることを求められることもある。
事実婚の高齢者夫婦に生じる問題として,一方の配偶者が認知症等になったときに,その配偶者の前婚の子が親を介護施設に入所させ,
他方の配偶者が面会すらできないように遮断し,面会がかなわないという事例もある。高齢になって夫婦の一方の意思能力が低下した際に受ける事実上の不利益は看過し難い深刻なものである。
事実婚の夫婦の一方の配偶者について,病気の治療や事故等による外傷に対する治療方針の選択,手術の同意,終末期における医療の選
択,療養場所の決定等につき,他方の配偶者が家族としての同意を行えるかについて,事実婚の夫婦の多くが不安を抱いている。医療以外の場面においても,事実婚の夫婦は,相手方配偶者に何らかの突発的な緊急事態が生じ,配偶者としての意思表示を求められたとき,法律婚をしていないので夫婦として認められず,必要な手続・決定を迅速
に行えないのではないかという不安を有しながら生活している。
平成30年1月に法務省法制審議会民法部会が公表した民法(相続関係)等の改正に関する要綱案(案)第1では,法律婚の配偶者に配偶者居住権を新設するとされているが,その案においても事実婚の配偶者にはそのような居住権は認められていない。また,同要綱案
第6では,相続人以外の一定の親族が介護などで被相続人に貢献した場合,遺産の相続人に対して金銭を請求できる制度を創設するとされ
ているが,その請求権者に子の法律婚の配偶者は含まれるが,子の事実婚の配偶者は含まれない。
e
夫婦であることの社会的承認
我が国では,国民の中にはなお法律婚を尊重する意識が幅広く浸
透しており,法律婚を行った夫婦が正式な夫婦であるとの認識が浸透
しているため,夫婦別氏を希望するために法律婚をすることができない者は,夫婦であることの社会的承認を得ることが容易でない状況にある。
f
以上のとおり,本件各規定による別異取扱いにより夫婦別氏を希望する者が被る権利侵害・不利益は,婚姻をするについての自由の制約
や民法上の権利・利益の不享受その他多岐にわたり,非常に大きいものである。
判断基準及び合理性判断の方法
a
憲法14条1項は,法の下の平等を定めており,事柄の性質に応じた合理的な根拠に基づくものでない限り,法的な差別的取扱いを禁止
している(

39年5月27日大法

廷判決・民集18巻4号676頁,
同48年4月4日大法廷判決・刑集27巻3号265頁等)。
夫婦同氏を希望とする者と夫婦別氏を希望する者との間の別異取扱いは,憲法14条1項後段の信条によるものであるから,かかる

別異取扱いが正当化されるか否かは疑わしき別異取扱いとして厳
格に判断されなければならない。仮にそのような別異取扱いが信条によるものではないとしても,重要な権利・利益についての差別
に該当するため,厳格な判断基準により判断されなければならない。b
本件各規定が定める夫婦同氏制は,夫婦別氏を希望する者を婚姻制度から排除するものであり,例外を許さない。そうであれば,夫婦を
同氏とすることに何らかの合理性があるというだけでは,そのような甚大な結果を正当化することはできない。
したがって,夫婦別氏を希望する者に対する本件各規定による別異取扱いが事柄の性質に応じた合理的根拠に基づくか否かの判断は,夫婦を同氏とすることに何らかの合理性があるか否かという観点からで
はなく,夫婦別氏という選択肢を認めず,夫婦別氏を希望する者を婚姻制度から排除することが,我が国における婚姻制度という事柄の性質に応じたものとして正当化され得るかという観点から判断されるべきである。
婚姻制度について

a
婚姻制度は,前国家的な婚姻の自由を最大限尊重することを前提とした上で,国家が家族の実態及び国民意識を踏まえて必要最小限の要件や方式を定め,それに沿う婚姻に法的承認を与え,そのような法律婚を特別に保護し,尊重し,推奨するものである。
個人の利益を否定するに足る合理的根拠ある強力な国家的ないし社
会的利益が存在しない限り,個人の婚姻の自由を制約することは許されない。
b
婚姻制度は,憲法24条2項の個人の尊厳と両性の本質的平等
に立脚するものでなければならず,その立法裁量の範囲はおのずと限定される。そのような立法裁量の範囲に収まった婚姻制度であるかは,
家族の実態や国民意識の変化を踏まえて判断される。
立法裁量の範囲を逸脱していること
a
昭和22年の民法改正により導入された夫婦同氏制は,共同生活をする者は同じ氏を称しているという当時の習俗や慣習を継続し,また,
当時の氏による共同生活の実態を表現したというものにすぎず,目的をもって導入されたものではない。

b
また,婚姻の要件や効力を定めるという国家の行為は,憲法24条2項の個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して行われなければ
ならないところ,現行の夫婦同氏制は,個人の尊厳にも両性の本質的平等にも反する。

c
平成27年最大判は,家族は社会の自然かつ基礎的な集団単位と捉えられ,その呼称を一つに定めることには合理性が認められるとするが,家族が社会の自然かつ基礎的な集団単位であることと,
呼称を一つに定めることとは直結しない。呼称を一つに定める合
理性とは,夫婦同氏を認めることの合理性であって,別氏という選択
肢を設けないことの合理的な理由たりえない。
平成27年最大判は,夫婦同氏制が有する公示識別機能として,
家族という一つの集団を構成する一員であることを,対外的に公示し,識別する機能を挙げるが,そのような公示識別機能は,同最大判の木内道祥裁判官の個別意見が

同氏であることは夫婦の証明にはならないし親子の証明にもならない。夫婦であること,親子であることを示すといっても,第三者がそうではないか,そうかもしれないと受け止める程度にすぎない。

と指摘するとおり,相当曖昧な機能にすぎない。
まず,社会からみた家族の一員であることの公示識別機能という観
点でいえば,現実の社会には,共に暮らしていても氏が同一ではない家族が例外的とはいえない割合で存在しており,同氏が家族の一員であることを公示する機能は弱い。また,婚姻前の氏の通称使用が既に少数とはいえない割合で広がっているところ,その家族は,第三者から見れば別氏の夫婦ないし親子である。さらに,今日の社会において
は,国家自体がマイナンバーで個人を管理・識別し,企業も住民票で家族の識別を行うなど,個人・家族の識別方法は多様化している。ま
た,個人の活動範囲,コミュニケーションの範囲は,民法750条が成立した昭和22年に比して膨大に広がっており,小さな村社会で妥当した氏による家族の公示識別機能は著しく低下している。
次に,国家・自治体からみた家族の一員であることの公示識別機能という観点からいえば,夫婦同氏制は,国や自治体との関係で夫婦や
親子であることを公示し識別する機能を著しく低下させている。具体的には,同制度は別氏での法律婚を希望する者が事実婚を選択せざるを得なくするものであるところ,別氏を希望する夫婦による婚姻の届出は受理されず嫡出推定もなされず,必ず認知が行われるわけではないから,国や自治体は,事実婚の夫婦と親子を婚姻の届出や戸籍によ
って把握することができない。夫婦親子が同一住居に居住したとしても,必ず同一の住民票に登録しているとは限らず,同一の住民票に登録される婚姻の届出をしていない男女が夫婦であるか否かは,当事者の任意の申告がなければ把握できない。事実婚の夫婦が単身赴任などの事情により別居せざるを得ない場合,別々の住民票となるが,この
場合には,当事者が望んでも夫(未届)妻(未届)等の続柄
を表示することはできず,事実婚であることの公的な証明手段は完全に失われる。
d
また,平成27年最大判は,夫婦同氏制が有する公示識別機能の一内容として,嫡出子であることを示すために子が両親双方と同氏である仕組みを確保する意義があると述べる。しかし,現代では離婚,再婚が増加しているところ,現実の社会には,嫡出子だが親子別氏で共に暮らしている例(離婚後復氏した母と子の例),嫡出でない子であるが親子同氏で共に暮らしている例は,例外的とはいえない割合で
存在し,親子の氏の異同は嫡出子であるか否かを識別する機能を全く持たない。また,嫡出子であることを示すことは,嫡出でない子を示
すことでもあり,そのような機能を評価・重視すること自体,婚外子に対する差別意識に根差すものであって,憲法24条2項の個人の尊厳の要請に真っ向から反するものである。こうした平成27年最大判の判断は,平成25年9月4日に最高裁大法廷が婚外子の相続分差別を違憲とした決定において,子にとっては自ら選択ないし修正する余地のない事柄を理由としてその子に不利益を及ぼすことは許されず,子を個人として尊重し,その権利を保障すべきであるという考え方が確立されてきていると判示した内容とも相反するものである。e
さらに,平成27年最大判は,夫婦同氏制の公示識別機能の記述の中で,夫婦同氏制の下においては,子の立場として,いずれの親とも等しく氏を同じくすることによる利益を享受しやすいとも述べるが,ここでいう利益の内容は全く明らかにされておらず,そのような不明確な利益なるものの存在が,夫婦別氏を希望する者に大きな不利益を被らせることを正当化し得るとは認められない。
f
その他,平成27年最大判は,家族を構成する個人が,同一の氏を称することにより家族という一つの集団を構成する一員であることを実感することに意義を見いだす考え方も理解できるとする。たしかに,同氏であることによって家族であると実感する者が一定程度存在するのは事実であるが,同氏であることが家族であることの実感に
つながらない者や,別氏であっても家族であると実感できる者もいるのであって,同氏であることによって家族の一員であると実感する者が一定程度存在することをもって,そうでない者を含むすべての夫婦について一律に同氏を要求することを正当化できるものでもない。g
以上のとおり,夫婦同氏制は,立法時に何らかの目的をもって導

入されたものではない上,個人の尊厳にも両性の本質的平等にも反し,平成27年最大判が夫婦同氏制の合理性の内容として述べるいずれの
点も,夫婦別氏を希望する者を婚姻制度から排除することを正当化しえない。
したがって,本件各規定が定める夫婦同氏制は,与えられた立法裁量の範囲を逸脱している。
法律婚の推奨という婚姻制度の目的に背く結果となっていること

以上に加えて,夫婦同氏制は,夫婦別氏を希望する者に対し,法律婚をすることを諦めさせ,回避させる結果を招来している。平成27年最大判の岡部喜代子裁判官の個別意見が,氏を改めることにより生ずる上記のような個人識別機能への支障,自己喪失感などの負担が大きくなってきているため,現在では,夫婦となろうとする者のいずれかがこれらの不利益を受けることを避けるためにあえて法律上の婚姻をしないという選択をする者を生んでいる。と指摘するとおりである。実際,平成9年の時点で既に,事実婚の夫婦に対する調査において,事実婚を選択する理由として夫婦別姓を通すためと回答した者の割合は,女性の89.3%,男性の64.0%であり,いずれも事実婚を
選択する理由の中で最も多い。したがって,夫婦同氏制は,別氏での法律婚を希望する者に法律婚を許さず,事実婚へと追いやるものであるから,法律婚の推奨という婚姻制度の目的を害し,婚姻制度を形骸化させるものである。
小括

以上のとおり,本件各規定による別異取扱いは,夫婦別氏を希望する者に重大な権利侵害・不利益を甘受させることが正当化され得る余地はなく,事柄の性質に応じた合理的な根拠に基づくものとはいえず,憲法14条1項が禁止する差別的取扱いに該当する。

本件各規定が憲法24条に違反すること
平成27年最大判が判示するとおり憲法24条が国会の立法裁量を限
定する指針となるという観点からみた場合,以下に述べるとおり,本件各規定は個人の尊厳と両性の本質的平等の要請に照らして合理性を欠き,国会の立法裁量の範囲を超える状態に至っており,憲法24条に違反している。
夫婦同氏制と憲法24条2項の個人の尊厳

a
氏名は,人が個人として尊重される基礎であり,その個人の人格の象徴であって,人格権の一内容を構成するものであり,また,氏は,名とあいまって,個人を他人から識別し特定する機能を有するほか,人が個人として尊重される基礎であって(平成27年最大判),重要な人格的価値を有する。

b
また,婚姻前に築いた個人の信用,評価,名誉感情等を婚姻後も維持する利益等は,憲法上の権利として保障される人格権の一内容とまではいえないものの,氏を含めた婚姻及び家族に関する法制度の在り方を検討するに当たって考慮すべき人格的利益であるとはいえるのであり,憲法24条の認める立法裁量の範囲を超えるものであるか否か
の検討にあたって考慮すべき事項である(平成27年最大判)。
c
平成27年最大判は,夫婦同氏制の機能として,家族の一員であることの公示識別機能と,家族の一員であることを実感する機能の2点を挙げるが,そのいずれも曖昧かつ抽象的な機能しか有しないことは
上記

のとおりであり,氏名ないし氏の人格的価値や婚姻前に築い

た個人の信用,評価,名誉感情等を婚姻後も維持する利益等という重要かつ具体的な人格的利益に優るものではなく,夫婦別氏の選択肢を認めない根拠たりえない。
同氏であることで夫婦とその間の未成熟の子という共同生活のまとまりを表すことに意義を見出す者もいることは否定しないが,氏の第一義的な機能は,個人の同一性識別機能であるはずであるし,第1事
件原告らは,いずれも学者として婚姻前に既に論文を発表しており,その実績を守るためには,婚姻により氏を変更することは考えられなかった。また,氏の変更は,婚姻前に築いた個人の信用,評価,名誉感情等を婚姻後も維持する利益を害するだけでなく,その者に,アイデンティティを失ったような喪失感をもたらすことがある。氏は,自
分の顔や体と同様に自分自身と一体になり自分の一部となっているのであり,人格的生存に深く関わるものであるから,個人の尊厳の
要請から氏を継続して使用できる利益を十分に尊重すべきである。d
夫婦別氏を希望する者にとって,夫婦別氏での法律婚ができないことは,個人の生き方・家族の在り方に関する自己決定に決定的な影響を及ぼす。他方で,夫婦別氏の選択肢を認めても,夫婦同氏の選択肢は存在する以上,夫婦同氏を希望する者の自己決定に影響はない。そのため,夫婦別氏の選択肢を認めれば,個人の生き方・家族の在り方に関する自己決定を自己の希望に沿った形でなし得る者の総数が
増えるのであり,それが個人の尊厳に資することは明白である。
夫婦同氏制と憲法24条2項の両性の本質的平等
夫婦同氏制の下で,平成28年現在においても約96%(95.95%)の夫婦において,妻が改氏をしている。
このような偏頗な割合が続いていることは,まさに自由な選択が実現
していない証左であって,平成27年最大判の岡部喜代子裁判官の個別意見が指摘するとおり,96%もの多数が夫の氏を称することは,女性の社会的経済的な立場の弱さ,家庭生活における立場の弱さ,種々の事実上の圧力など様々な要因のもたらすところであるといえるのであって,夫の氏を称することが妻の意思に基づくものであるとしても,その意思
決定の過程に現実の不平等と力関係が作用しているのである。こうした偏頗で不平等な結果は,女性の立場の弱さといずれか一方の氏を選ばな
ければならないという本件各規定の構造・在り方そのものがあいまって生じているものであり,女性差別撤廃条約が禁ずる間接差別そのものである。
社会の変化等(立法事実の変遷)
本件各規定は,以下のような社会・家族の変化,人々の意識の変化,
国際的動向等といた立法事実の変遷があり,既に合理性を失っている。a
夫婦同氏制の制定経緯
昭和21年の日本国憲法の公布に伴い,昭和22年12月22日,民法親族・相続編が全面改正され,家制度が廃止された。それに
より,氏は家の呼称ではなくなったが,夫婦同氏制は維持された。そ
の過程において,立法上の根拠として挙げられたのは,共同生活をする者は同じ氏を称するのが一般の習俗となっているということで
あったが,習俗といっても,家制度の下で法的な義務として
形成されたものにすぎない。
b
婚姻後も就労を継続する者の増加
昭和50年以降,我が国では,継続して女性の労働力率は上昇傾向で推移しており,婚姻後も働き続ける女性が増え続けている。平成9年には,共働き世帯数が片働き世帯数を上回り,平成28年には,片働き世帯が664万世帯であるのに対し,共働き世帯は1129万世帯となっている。その職業も,かつての家内的なものにとどまらず,
社会と広く接触する活動に関わる機会が増加している。平成27年に商業登記規則81条の2が新設され,商業登記簿における取締役及び監査役の氏名につき,婚姻前の氏の併記が認められるようになったのも,女性の経営者の増加を反映している。
c
初婚年齢の上昇・晩婚化
近年男女とも晩婚化が進み,平成28年における平均初婚年齢は男
性31.1歳,女性29.4歳であって,特に女性の晩婚化は,昭和25年当時のそれが23歳であることと比較すると顕著である。このように,女性の就業から婚姻時までの期間が長くなり,多くの女性が社会的なキャリアを既に重ねている段階で婚姻による氏の変更をすることは,積み重ねてきた実績・信用に断絶をもたらすこととなるため,
生来の氏の継続使用の必要性が極めて高くなっている。
d
再婚の割合の増加
平成28年における,いずれか一方が再婚である婚姻は10万6280組であり,婚姻全体の17.1%,双方が再婚である婚姻は5万9501組であり,婚姻全体の9.6%である。再婚では,初婚時よ
り婚姻年齢が高く,婚姻前の氏を使用した期間が初婚の場合よりも長いこと,自身の連れ子の氏と同一の氏を維持する要望もあることなどから,氏を継続使用する要請が高くなる。
e
社会のグローバル化,IT化
現在,社会のグローバル化やIT化が進行し,氏による個人識別の
有用性・重要性,氏の同一性を維持する必要性は増加している。婚姻に伴い氏を変更した場合,婚姻前の氏で第三者がインターネット上で検索を行ってもヒットせず,インターネット上ではいわば存在しないものとして扱われることになる。
第1事件原告らの職業分野である研究者の世界では,特に,氏によ
る個人識別の必要性・重要性が高い。論文はデータベースに搭載され,インターネットにより世界に拡散され,面識のない海外の学者とも論文を通じて交流し,あるいは直接の面識のない先行の研究者の研究を踏まえてさらに研究を発展させる。氏を変更することは,研究者生命に重大な影響を及ぼすものである。

f
男女共同参画と女性活躍推進の動き

我が国の政府も,上記のような家族や社会の変化に伴う施策の変更,男女共同参画社会の実現,女性活躍推進を進めようとしており,例えば,平成27年12月27日に閣議決定された第4次男女共同参画基本計画は,間接差別を廃し,多様な選択を認める社会の実現を提言している。

g
国民の意識の変化
平成24年の内閣府家族の法制に関する世論調査では,選択的
夫婦別氏制の導入について反対派が賛成派を上回っていたが,最新の平成29年12月の調査では,選択的夫婦別氏制を導入してもよいと考える者の割合は過去最高の42.5%,導入する必要はないと答え
た者の割合は過去最低の29.3%(特に年代別にみると,60歳未満では5割前後が容認,40歳未満では5割超が容認)であり,賛成派が反対派を上回った。特に,婚姻改氏の不利益を被る主な当事者である18歳から49歳の女性では,どの層でも改正に賛成する者の割合が50%を超えている。

h
国際的動向
国際的に見れば,かつて別氏の選択肢のなかったほとんどの国で,20世紀の間に女子差別撤廃条約等の影響を受けて夫婦別氏の選択肢をもうけるに至っており,現在では,我が国のように夫婦別氏の選択
肢を法律が認めない国は見当たらない。
また,国際連合の女子差別撤廃委員会は,我が国に対し,夫婦別氏の選択肢をもうける法改正を実施すべきことについて,再三にわたり勧告し続けている。憲法98条2項が日本国が締結した条約及び確立された国際法規は,これを誠実に遵守することを必要とすると規
定している以上,憲法24条2項によって国会に立法裁量が与えられているとしても,我が国が締結した条約に反する立法を行うことは許
されず,既存の法律が締結した条約に反する場合にはその法律を改廃する義務を負う。
通称使用では救済として不十分であること
平成27年最大判は,氏の変更による不利益は氏の通称使用が広まることにより一定程度は緩和され得るものであると述べる。しかし,
通称使用では不十分であることは,同最大判の岡部喜代子裁判官の個別意見が,通称は便宜的なもので,使用の許否,許される範囲等が定まっているわけではなく,現在のところ公的な文書には使用できない場合があるという欠陥がある上,通称名と戸籍名との同一性という新たな問題を惹起することになる。そもそも通称使用は婚姻によって変動した氏では当該個人の同一性の識別に支障があることを示す証左なのである。既に婚姻をためらう事態が生じている現在において,上記の不利益が一定程度緩和されているからといって夫婦が別の氏を称することを全く認めないことに合理性が認められるものではない。と適確に指摘するとおりである。

平成27年12月以降の事情変更について
なお,民法750条の規定は憲法14条1項,24条に違反しないとする平成27年最大判はそもそも不当なものであるが,以下のようなその後の事情の変化に照らすと,もはや平成27年最大判の正当性が失われていることは明らかである。
a
平成27年最大判に対する批判
平成27年最大判は,世論や学説の厳しい批判を受けている。

b
女性差別撤廃委員会の我が国に対する勧告
女子差別撤廃委員会は我が国に対し,平成15年及び平成21年に民
法750条の改正を勧告し,平成21年の勧告の際には,2年以内に勧告の実施に関する詳細な情報を書面で同委員会に提出することを要請し
た。しかし,その後も民法の改正がなされなかったことから,同委員会は,平成23年の見解において,再度1年以内の情報提供を要請し,平成25年の見解においても,民法改正法案を採択することについて講じた措置に関し,次回定期報告において追加的情報を提供するよう勧告していた。

しかし,法改正がなされないまま,平成27年最大判が民法750条を合憲としたため,同委員会は強い危機感を持ち,平成28年に実施された我が国の第7回,第8回定期報告書の審査についての2016年3月7日付総括所見(最終見解)において,2015年12月16日に最高裁判所は夫婦同氏を求めている民法750条を合憲と判断したが,この規定は実際には多くの場合,女性に夫の姓を選択せざるを得なくしているとし,女性が婚姻前の姓を保持できるよう夫婦の氏の選択に関する法規定を改正することを再び勧告した。さらに,同委員会は,最終見解のフォローアップとして特に3項目を抽出し,2年以内に勧告の実施に関する詳細な情報を書面で同委員会に対し提出することを要請
したが,その1つが民法750条を含む差別的規定の改正であった。この度重なる勧告は,同委員会が我が国に対し民法750条の改正を厳しく迫っていることを意味している。
c
我が国の社会及び国民の意識の変化
総務省統計局が実施した平成29年就業構造基本調査(以下平成29年基本調査という。)によれば,女性の有業率(15歳以上人口に占める有業者の割合)は全体で50.7%となっており,平成24年に実施された前回調査(以下前回調査という。)時の48.2%に比べると2.5%上昇した。中でも労働年齢である15歳から64歳の女
性の有業率は68.5%であり,前回調査時から5.4%上昇し,過去最高となった。また,年齢階級別にみると,女性の全ての年齢階級で有
業率が上昇し,特に,働き盛りに当たる25歳から29歳は81.2%,30歳から34歳は74.0%,35歳から39歳は72.9%,40歳から44歳は76.9%と,それぞれ5.8%ないし6.2%上昇した。また,平成29年基本調査によれば,平成29年の共働き世帯の割合は全国で48.8%と,前回調査時の45.4%と比べ3.4%上昇した。
平成29年基本調査によれば,出産,育児を理由に離職した者の人数は,前回調査に比べ,23万1000人減少し,育児をしている女性の有業率は,前回調査と比べると,全ての年齢階級で上昇した。

総務省統計局が実施した労働力調査によれば,平成28年の管理職に占める女性の割合は13.0%であり,平成26年の11.3%に比べても上昇傾向にあり,社会において,女性が重要な地位に就く機会が徐々に増えているといえる。
上記のとおり,平成24年の内閣府家族の法制に関する世論調査

では,選択的夫婦別氏制の導入について反対派が賛成派を上回っていたが,最新の平成29年12月の同世論調査では,賛成派が反対派を上回り,特に,婚姻改氏の不利益を被る主な当事者である18歳から49歳の女性では,どの層でも改正に賛成する者の割合が50%を超えている。また,内閣府が実施した家族の法制に関する世論調査において,

夫婦・親子の名字(姓)が違うと,夫婦を中心とする家族の一体感(きずな)に何か影響が出てくると思うかという質問に対して,家族の姓が違っても家族の一体感(きずな)には影響がないと思うと答えた者の割合は,平成8年には48.7%,平成13年には52.0%,平成18年には56.0%,平成24年には59.8%と,明らかに上
昇を続けてきた。そして,平成29年の調査においては,64.3%まで増加した。

内閣府が平成28年8月25日から同年9月11日の間に実施した男女共同参画社会に関する世論調査によれば,女性が職業を持つことについて,子供ができても,ずっと職業を続ける方がよいと回答した者の割合は54.2%であり,平成26年8月に実施された前回調査時の44.8%から大きく増加した。他方,平成28年に,子供ができたら職業をやめ,大きくなったら再び職業を持つ方がよいと回答した者の割合は26.3%(平成26年8月は31.5%),子供ができるまでは,職業を持つ方がよいと回答した者の割合は8.4%(平成26年8月は11.7%),結婚するまでは職業を持つ方がよいと回答した者の割合は4.7%(平成26年8月は5.8%)と,結婚や出産により女性が職業をやめた方がよいという回答者の割合は,いずれもわずか2年間で大きく減少した。
また,上記世論調査によれば,夫は外で働き,妻は家庭を守るべきであるという考え方について,賛成と回答した者の割合は40.6%
であり,平成26年8月に実施された前回調査の44.6%から下がった一方で,反対と回答した者の割合は54.3%と前回調査の49.4%よりも増加した。さらに,夫は外で働き,妻は家庭を守るべきであるという考え方について反対した理由に関しては,固定的な夫と妻の役割分担の意識を押しつけるべきではないから(平成28年52.
8%,平成26年48.5%),妻が働いて能力を発揮した方が,個人や社会にとって良いと思うから(平成28年46.8%,平成26年42.6%),男女平等に反すると思うから(平成28年38.4%,平成26年35.7%)という回答が,いずれも前回の平成26年の調査よりも増加した。

また,平成27年最大判以降,通称使用の可能な範囲が急速に広がってきている。このこと自体,婚姻前の氏の高い人格的価値が,社会にお
いてより広く認識されるようになったことを意味している。

本件各規定が女子差別撤廃条約2条⒡,16条1項⒝及び⒢に違反すること
女性差別撤廃条約は,昭和54年に国際連合総会で採択され,昭和5
6年に発効した条約である。我が国は昭和60年にこれを批准し,同条約は同年7月25日に我が国について発効した。したがって,同条約は,憲法98条2項により国内法的効力を有する。
女性差別撤廃条約は,女子に対する差別につき,

女子(婚姻をしているかいないかを問わない。)が男女の平等を基礎として人権及び基本的自由を認識し,享有し又は行使することを害し又は無効にする効果又は目的を有するもの

を含ませることで,女性差別を直接に目的とした行為だけでなく,そのような効果を持つもの(間接差別)を含ませている。すなわち,外形的には性中立的な基準,制度や取扱いであっても,女性に対して人権及び基本的自由の認識,享有,行使を害し又は
無効にする効果を生ずる場合には,女性差別の意図の有無にかかわらず,そのような基準,制度や取扱いは女性差別に該当し,締約国はその撤廃のために条約に従って適切な措置をとる義務を負う。
民法750条は,夫婦は夫又は妻の氏を称するものとし,文言上
は女性を差別しているわけではないが,現実には約96%もの夫婦が夫
の氏を称している。このことは,妻が改氏するのが当然であるという社会通念や社会的圧力を示すものである。このように,夫婦同氏制は,妻が改氏するという根強い慣習の存在とあいまって,女性が氏の選択権を享有し又は行使することを害する効果を有しており,同条約1条に定義される女子に対する差別に当たる。

また,女子差別撤廃委員会は,平成6年に婚姻及び家族関係における平等に関する一般勧告21を採択し,その中で,16条1項⒢につ
いて,パートナーは,共同体における個性及びアイデンティティを保持し,社会の他の構成員と自己を区別するために,自己の姓を選択する権利を有するべきである。法もしくは慣習により,婚姻もしくはその解消に際して自己の姓の変更を強制される場合には,女性はこれらの権利を否定されていると述べている。夫婦同氏制は同勧告のいう法もしくは慣習により,婚姻に際して自己の姓の変更を強制される場合に該当するため,婚姻に際して氏の選択に関する夫婦同一の権利(16条1項⒢)を侵害する。さらに,氏を変更せずに維持しようとすれば婚姻できないのであるから,合意のみにより婚姻をする同一の権利(16条1
項⒝)を侵害する。
したがって,夫婦同氏制を定める本件各規定は,女性差別撤廃条約2条⒡,16条1項⒝及び⒢に違反する。
被告は,条約に裁判規範性が認められるためには自動執行力が必要であると主張する。しかし,我が国では,批准・公布された条約は,憲法
98条2項により,何ら特別な法的措置を執らずとも自動的に国内法的効力を付与されるため,裁判所は,国内法上その条約解釈権限に特に制約がない限り,条約の規定に直接照らして法令や行政行為の合法性を判定することができる。
国際法の国内適用については,条約全体についての自動執行力の有無
ではなく,条約規定の明確性が基準となり,条約の内容が不明確なために適用に適さない場合や,執行に必要な機関や手続の定めを欠き不完全な場合には,直接裁判で適用することができないが,それ以外の場合には裁判規範性が認められる。具体的には,ある条約の規定が,ある事案において司法判断を行うに際して,条約規定自体に直接依拠して認定を
行いうる程度に明確で具体的であれば,条約規定を裁判規範として適用することができる。

本件訴訟において,原告らは,国会が女性差別撤廃条約2条,16条1項⒝及び⒢に違反して本件各規定を改正する措置を取っていないことにより損害を受けたとして国家賠償請求をしているものであり,同条約16条1項⒝及び⒢について,本件各規定がこれらの規定に違反するか否かの判断が可能な程度の明確性があれば,本件訴訟においてこれらの
規定は裁判規範たり得る。女性差別撤廃条約16条1項⒝は自由かつ完全な合意のみにより婚姻をする同一の権利,同項⒢は

夫及び妻の同一の個人的権利(姓…を選択する権利を含む。)

をそれぞれ規定しているが,本件各規定がこれらの規定に違反し,これらの規定によって原告らに保障される合意のみにより婚姻をする同一の権利,婚姻に際して氏の選択に関する夫婦同一の権利を侵害したか否かについて判断することが可能な程度の明確性に欠けるところはないから,本件訴訟において女子差別撤廃条約16条1項⒝及び⒢には裁判規範性が認められる。

本件各規定が自由権規約2条1項・3項⒝,3条,17条1項及び23条に違反すること
自由権規約は,昭和41年に国際連合総会で採択され,昭和51年に発効した条約である。我が国は昭和54年にこれを批准し,同条約は同年9月に我が国について発効した。したがって,同条約は,憲法98条
2項により国内法的効力を有する。
自由権規約委員会は,一般的意見19及び一般的意見28において,自由権規約23条4項の解釈を示し,同項は,婚姻の各配偶者が婚姻前の姓の使用を保持する権利を保障するものであることを明確にした。
自由権規約委員会の一般的意見は,同委員会が各締約国の報告審査を通
して得た経験を全ての締約国の利益に役立てることによって,締約国における規約の実施をさらに促進すること等を目的として公表しているもので
あり,同委員会の公式な条約解釈である。
そのような一般的意見において,各配偶者が婚姻前の姓の使用を保持する権利を保障されることが明示的に求められている。したがって,当該権利を保障していない夫婦同氏制を定める本件各規定は,自由権規約2条1項・3項⒝,3条,17条1項及び23条に違反している。

(被告の主張)

本件各規定が憲法14条1項に違反しないこと
本件各規定は,夫婦同氏を希望する者及び夫婦別氏を希望する者のいずれに対しても,婚姻をする場合には夫又は妻の氏を称するものとすることを定めているものであるから,そもそも,夫婦同氏を希望する者と夫婦別
氏を希望する者との間で別異取扱いをしているものではない。
したがって,本件各規定は,その文言上,夫婦同氏を希望する者であるか,夫婦別氏を希望する者であるかについて,法的な差別的取扱いを定めているわけではなく,本件各規定の定める夫婦同氏制それ自体に形式的な不平等が存在するわけではない。

よって,本件各規定は,平等原則を定めた憲法14条に違反するものではない。

本件各規定が憲法24条に違反しないこと
原告らの主張する婚姻をするについての自由については,平成27年最
大判において,民法750条は,婚姻の効力の一つとして夫婦が夫又は妻の氏を称することを定めたものであり,婚姻をすることについての直接の制約を定めたものではない。仮に,婚姻及び家族に関する法制度の内容に意に沿わないところがあることを理由として婚姻をしないことを選択した者がいるとしても,これをもって,直ちに上記法制度を定めた法律が婚姻をすることについて憲法24条1項の趣旨に沿わない制約を課したものと評価することはできない。と判示されているところである。
また,原告らの主張する,その他の制約される利益ないし被る不利益についても,平成27年最大判において,原告本人の個別損害として実質的に審理が尽くされており,同最大判は,婚姻によって氏を改める者にとって,そのことによりいわゆるアイデンティティの喪失感を抱いたり,婚姻前の氏を使用する中で形成してきた個人の社会的な信用,評価,名誉感情等を維持することが困難になったりするなどの不利益を受ける場合があることは否定できない。などとして,個別損害に関する主張を踏まえた上で,夫婦同氏制は,婚姻前の氏を通称として使用することまで許さないというものではなく,近時,婚姻前の氏を通称として使用することが社会的に広まっているところ,上記の不利益は,このような氏の通称使用が広まることにより一定程度は緩和され得るものである。と判示しているのであって,原告らの主張する上記利益ないし不利益は,平成27年最大判において審理の対象とされなかった新たな争点であるとはいえない。そして,憲法24条違反の主張との関連で,同判決後現在に至るまでの間に,原告の主張を裏付けるような事情変更があったとまでは認められな
い。
したがって,手続法である戸籍法74条1号について格別検討するまでもなく,本件各規定は憲法24条に違反するものではない。

本件各規定が女子差別撤廃条約に違反しないこと
締結された条約は,仮に当該条約が何らかの形で個人の権利義務に言及している場合であっても,それだけでは直ちに裁判所が個人の権利を認め,義務を課すための裁判規範として用いることができるものではなく,裁判規範性が認められるためには,当該条約が自動執行力を有することが必要である。

すなわち,国際法は,原則として国家間の関係を規律する法規範であり,直接に締約国内の個々人の権利義務を規律するものではないから,自動執
行力のない条約は,締約国が何らかの国内的措置を執るよう義務付けられる内容のものであっても,その具体的な措置は各締約国の国内法に委ねられている。したがって,条約は,それが自動執行力のあるものでない以上,各締約国の裁判所での裁判において,私人相互間や私人と国家機関との間の法律関係を規律するものとして適用することはできない。
条約に自動執行力が認められるためには,第1に,主観的要件として,私人の権利義務を定め直接に国内裁判所で執行可能な内容にするという締約国の意思が確認できること,第2に,客観的要件として,条約の規定において私人の権利義務が明白,確定的,完全かつ詳細に定められていて,
その内容を具体化する法令を待つまでもなく国内的に執行可能な条約規定であることが必要となる。
これを女子差別撤廃条約についてみると,同条約は実体規定(2条ないし16条)において,締約国は…適当な措置をとる等と規定しており,締約国に対して女子差別を撤廃するという目的を達成するために適当な措
置を執る義務を課している。また,同条約18条が締約国は…この条約の実施のためにとつた…措置及びこれらの措置によりもたらされた進歩に関する報告を,委員会による検討のため,国際連合事務総長に提出することを約束する旨規定していることからも,女子差別撤廃条約が,締約当事国に対し,女子差別を撤廃するという目的を達成するために適当な国内
的措置を執る義務を課すという内容の条約であることは明らかである。また,同条約の発効の経過における国会答弁において,同条約の国内における実施については,国内法制の整備を通じて行うことを前提とする答弁が繰り返し行われていることからすれば,我が国の立法府及び政府が,女子差別撤廃条約を自動執行力のない条約として理解していたことは明らかで
あるから,上記主観的要件を欠く。
さらに,原告らが主張する女子差別撤廃条約16条1項は,柱書におい

締約国は,婚姻及び家族関係に係るすべての事項について女子に対する差別を撤廃するためのすべての適当な措置をとるものとし,特に,男女の平等を基礎として次のことを確保する。

とし,⒝自由に配偶者を選択し及び自由かつ完全な合意のみにより婚姻をする同一の権利,

⒢夫及び妻の同一の個人的権利(姓及び職業を選択する権利を含む。)


規定するにとどまるところ,上記各規定において,私人の権利義務が明白,確定的,完全かつ詳細に定められているとはいえず,その内容を具体化する法令を待つまでもなく国内的に執行可能な条約規定であるとはいえない。したがって,女子差別撤廃条約16条1項⒝及び⒢は,自動執行力を有する条約とはいえず,我が国の国民に対して直接権利を付与するものでは
ないから,婚姻に際して氏の選択に関する夫婦同一の権利及び合意のみにより婚姻をする同一の権利が同条約によって保障されているとはいえない。

本件各規定が自由権規約に違反しないこと
自由権規約委員会の一般的意見は,法的拘束力を有するものではなく,
これに従うことを締約国に義務付けているものではない。
したがって,各配偶者が婚姻前の姓の使用を保持する権利が自由権規約により保障されているとはいえない。

小括
上記のとおり,本件各規定は憲法14条1項,24条に違反するものではなく,また,自由権規約及び女子差別撤廃条約に関する原告らの主張も理由がないから,本件立法不作為が国家賠償法1条1項の適用上違法の評価を受けることはない。
争点

(原告らの損害及びその額)について

(原告らの主張)
本件立法不作為によって,原告らは,婚姻をするについての自由を制約さ
れ,法律婚に認められる民法や税法上の法律上の権利・利益及び事実上の様々な利益を受けることができず,また,夫婦であることの社会的承認を受けることができない不利益を被り,それらにより多大な精神的苦痛を受けた。このような精神的苦痛を金銭的に評価すれば,各原告について少なくとも50万円を下回ることはない。

(被告の主張)
原告らの損害及びその額については争う。
第3

当裁判所の判断

1
本件立法不作為の国家賠償法上の違法性の有無)について


国家賠償法1条1項は,国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員が個々の国民に対して負担する職務上の法的義務に違反して当該国民に損害を加えたときに,国又は公共団体がこれを賠償する責任を負うことを規定するものであるところ,国会議員の立法行為又は立法不作為が同項の適用上違法となるかどうかは,国会議員の立法過程における行動が個々の国民に対して
負う職務上の法的義務に違反したかどうかの問題であり,立法の内容の違憲性の問題とは区別されるべきものである。そして,上記行動についての評価は原則として国民の政治的判断に委ねられるべき事柄であって,仮に当該立法の内容が憲法の規定に違反するものであるとしても,そのゆえに国会議員の立法行為又は立法不作為が直ちに国家賠償法1条1項の適用上違法の評価
を受けるものではない。もっとも,法律の規定が憲法上保障され又は保護されている権利利益を合理的な理由なく制約するものとして憲法の規定に違反するものであることが明白であるにもかかわらず,国会が正当な理由なく長期にわたってその改廃等の立法措置を怠る場合などにおいては,国会議員の立法過程における行動が上記職務上の法的義務に違反したものとして,例外
的に,その立法不作為は,国家賠償法1条1項の適用上違法の評価を受けることがあるというべきである(最高裁昭和53年

第1240号同60年1

1月21日第一小法廷判決・民集39巻7号1512頁,最高裁平成13年(行ツ)第82号,第83号,同年(行ヒ)第76号,第77号同17年9月14日大法廷判決・民集59巻7号2087頁,

第1

079号同27年12月16日大法廷判決・民集69巻8号2427頁(再婚禁止期間最高裁大法廷違憲判決)参照)。
また,上記各最高裁判決の趣旨に徴すると,我が国が締結し公布された条約に関しても,上記と同様に,仮に立法の内容が条約の規定に違反するものであるとしても,そのゆえに国会議員の立法行為又は立法不作為が直ちに国家賠償法1条1項の適用上違法の評価を受けるものではないというべきであ
り,例外的に,法律の規定が条約上保障され又は保護されている権利利益を合理的な理由なく制約するものとして当該条約の規定に違反するものであることが明白であるにもかかわらず,国会が正当な理由なく長期にわたってその改廃等の立法措置を怠る場合などにおいては,国会議員の立法過程における行動が個々の国民に対して負う職務上の法的義務に違反したものとして,
その立法不作為は,国家賠償法1条1項の適用上違法の評価を受けるものと解することも可能である。


そこでまず,本件各規定が憲法上保障され又は保護されている権利利益を合理的な理由なく制約するものとして憲法の規定に違反するものであることが明白であるか否かについて検討する。


原告らは,婚姻後もそれぞれの生来の氏を名乗り続ける夫婦別氏を希望する者であるが,夫婦同氏制を定める本件各規定によって法律婚をすることができず,婚姻をするについての自由を制約され,その結果,法律婚の夫婦にのみ与えられている婚姻関係にあることの戸籍による公証をはじめとする様々な法的権利・利益,事実上の利益及び夫婦としての社会的
承認を享受できず,夫婦同氏を希望する者との間で信条による差別的な取扱いを受けているから,本件各規定は憲法14条1項に違反し,また,
本件各規定は,氏の変更によるアイデンティティの喪失感を抱かない利益,他人から識別し特定される機能が阻害されない利益及び婚姻前に築いた個人の信用,評価,名誉感情等を婚姻後も維持する利益等の人格的利益並びに婚姻をするについての自由を合理的な理由なく制約するものであるから憲法24条に違反する旨主張している。


憲法14条1項後段の信条とは,宗教上の信仰のほか,政治や
人生に関する信念・主義・主張を含むものであるから,婚姻に際して婚姻後も夫婦別氏を希望することは信条に当たると考えられる。
また,氏は,名とあいまって,社会的にみれば,個人を他人から識別し特定する機能を有するものであるが,同時に,その個人からみれば,
人が個人として尊重される基礎であり,その個人の人格の象徴であっ
311号同63年2月16日第三小法廷判決・民集42巻2号27頁参照)。さらに,憲法24条1項は,婚姻をするかどうか,いつ誰と婚姻をするかについては,当事者間の自由かつ平等な意思決定に委ね
られるべきであるという趣旨を明らかにしており,婚姻をするについての自由は,同規定の趣旨に照らし十分尊重に値するものであって,憲法上保護されるべき人格的利益であると解される(再婚禁止期間最高裁大法廷違憲判決,平成27年最大判参照)。

憲法14条1項は,法の下の平等を定めており,事柄の性質に応じた合理的な根拠に基づくものでない限り,法的な差別的取扱いを禁止している
日大法廷判決・刑集27巻3号265頁等)。
民法750条の規定は,婚姻の効力の一つとして,夫婦が夫又は妻の氏を称することを定めたものであり,婚姻をすることについての直接の制約
を定めたものではない(平成27年最大判参照)。しかるところ,我が国の社会において夫婦となろうとする者には,進んで同規定の適用を受けて同氏になる者,単に制度として受け容れている者,不本意ながら同規定に従う者や夫婦同氏制を受け容れることができない者,その他このいずれにも分類されない者など様々な者がいるのであって,夫婦となろうとするすべ
ての男女について,夫婦同氏を希望する者と夫婦別氏を希望する者との二者に分類することができるものではない。民法750条の規定ぶりをみても,同規定は夫婦となろうとする者を夫婦別氏を希望する者と夫婦同氏を希望する者とに二分し,夫婦別氏の希望を指標として不利益的な取扱いを定めたものではない。同規定は,夫婦となろうとする者のうちの,夫婦同
氏を希望する者,夫婦別氏を希望する者,そのいずれにも属さない者のすべてに対し一律に,夫婦が夫と妻のいずれの氏を称するかの選択について,夫婦となろうとする者の間の協議に委ねるという均等の取扱いをしているのであって,法律婚に関し,同規定の法内容として,夫婦同氏を希望する者と夫婦別氏を希望する者との間でその信条の違いに着目した法的な差別
的取扱いを定めているものではないから,同規定の定める夫婦同氏制それ自体に夫婦同氏を希望する者と夫婦別氏を希望する者との間の形式的な不平等が存在するわけではない。
したがって,民法750条は憲法14条1項に違反せず(平成27年最大判),民法750条を受けて婚姻の届出の際に夫婦が称する氏を届書に
記載するという手続について規定した戸籍法74条1号もまた憲法14条1項に違反するものではない。

また,上記イのとおり,婚姻をするについての自由は,憲法24条1項の趣旨に照らし十分尊重に値するものであって,憲法上保護されるべき人
格的利益であると解されるが,婚姻を希望する者にとって,婚姻に関する法制度の内容に意に沿わないところがあることを理由として,法律婚をし
ないことを選択したり,法制度に適合しない婚姻の届出をしたために受理されなかったりしたとしても,そのことをもって,直ちに婚姻をするについての自由に対し憲法24条1項の趣旨に沿わない制約を課したものと評価することはできない。夫婦同氏制といった婚姻制度の内容により婚姻をすることが事実上制約される場合があることについては,婚姻及び家族に
関する法制度の内容をどのように定めるべきかという制度設計の具体的内容の問題として,国会の立法裁量の範囲を超えるものであるか否かの検討の場面で考慮すべき事項である(平成27年最大判参照)。

憲法24条2項は,婚姻及び家族に関する法制度の具体的な構築を第一次的には国会の合理的な立法裁量に委ねるとともに,その立法に当たっては,同条1項も前提としつつ,個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚すべきであるとする要請,指針を示すことによって,その裁量の限界を画したものである。
その要請,指針は,単に,憲法上の権利として保障される人格権を
不当に侵害するものでなく,かつ,両性の形式的な平等が保たれた内容の法律が制定されればそれで足りるというものではないのであって,憲法上直接保障された権利とまではいえない人格的利益をも尊重すべきこと,両性の実質的な平等が保たれるように図ること,婚姻制度の内容により婚姻をすることが事実上不当に制約されることのないよう
に図ること等についても十分に配慮した法律の制定を求めるものであり,この点でも立法裁量に限定的な指針を与えるものである。
そして,婚姻及び家族に関する法制度を定めた法律の規定が憲法13条,14条1項に違反しない場合に,更に憲法24条にも適合するものとして是認されるか否かは,当該法制度の趣旨や同制度を採用す
ることにより生ずる影響につき検討し,当該規定が個人の尊厳と両性の本質的平等の要請に照らして合理性を欠き,国会の立法裁量の範囲
を超えるものとみざるを得ないような場合に当たるか否かという観点から判断すべきものとするのが相当である(平成27年最大判参照)。カ
夫婦同氏制の下では,婚姻に伴い夫婦となろうとする者の一方は必ず氏を改めることになるところ,婚姻により氏を改める者にとって,
そのことによりアイデンティティの喪失感を抱いたり,従前の氏を使用する中で形成されてきた他人から識別し特定される機能,職務上又は生活上築き上げた個人の信用,評価,名誉感情等を維持することが困難になったりするなどの不利益が生じることがあり,特に,近年晩婚化が進んでいる上,再婚する夫婦も一定の割合を占めており,婚姻
前の氏を使用する中で社会的な地位や業績が築かれる期間が長くなっていることから,婚姻に伴い氏を改めることにより不利益を被る者が増加してきている。このようなアイデンティティの喪失感や氏を改めることにより生じる不利益を避けるため,法律婚をしないという選択をする者も一定の割合で存在しており,その者にとっては婚姻をする
について事実上の制約が生じていることは否定できず,また,法律婚をする際の氏の選択に関し,夫の氏を選択する夫婦が圧倒的多数を占めている現状からすれば,妻となる女性が上記の不利益を受ける場合が多い状況が生じているといえる。
他方で,婚姻に伴い夫婦が同一の氏を称する夫婦同氏制は,旧民法
(昭和22年法律第222号による改正前の明治31年法律第9号)の施行された明治31年に我が国の法制度として採用され,昭和22年に旧民法が現行の民法に改正された際に家制度が廃止された後も,夫婦の協議によって夫又は妻の氏を称する夫婦同氏制として修正を受けた上で我が国の社会に存続し定着してきたものであること,氏は家
族の呼称としての意義があるところ,現行の民法の下においても,家族は社会の自然かつ基礎的な集団単位と捉えられ,その呼称を一つに
定めることには合理性があること,夫婦が同一の氏を称することは,家族という一つの集団を構成する一員であることを対外的に公示し,識別する機能を有していること,夫婦がいずれの氏を称するかは夫婦となろうとする者の協議による自由な選択に委ねられており,自らの意思に関わりなく氏を改めることが強制されるものではないこと,夫
婦同氏制は,婚姻前の氏を通称として使用することまで許さないというものではなく,近時,婚姻前の氏を通称として使用することが社会的に広まってきていることにより上記の不利益は一定程度緩和され得ることなどの事情も認められる。
これらの点を総合的に考慮すると,民法750条の採用した夫婦同
氏制が,夫婦が別の氏を称することを認めないものであるとしても,直ちに個人の尊厳と両性の本質的平等の要請に照らして合理性を欠く制度であるとは認めることはできず,国会の立法裁量の範囲を超えるものとみざるを得ないような場合には当たらない。
したがって,民法750条は憲法24条に違反せず(平成27年最
大判),民法750条を受けて婚姻の届出の際に夫婦が称する氏を届書に記載するという手続について規定した戸籍法74条1号もまた憲法24条に違反するものではない。

平成27年最大判が示した民法750条の憲法14条1項適合性及び憲法24条適合性に関する憲法判断は,公正・平等の原理,法的安定性の観点から,後に同種の事案を取り扱う裁判所に対する先例として拘束性をもつと解される。これに対し,原告らは,平成27年最大判後の社会の動向として,女性が婚姻及び出産後も継続して就業する傾向にあること,女性が就業することについての社会の意識も高まっている傾向にある
こと,氏が家族の一体感につながるとは考えていない者の割合は増加傾向にあって,制度としても選択的夫婦別氏制の導入に賛成する者の
割合も増加傾向にあることなどを主張する。
そこで検討するに,証拠(甲11,14,39,43,47,48,50ないし53,79)及び弁論の全趣旨によれば,平成27年12月以降の社会の動向として,
の事実が認められる。

総務省統計局が実施した平成29年基本調査によれば,女性の有
業率(15歳以上人口に占める有業者の割合)は全体で50.7%となっており,平成24年に実施された前回調査時の48.2%に比べると2.5%上昇した。中でも労働年齢である15歳から64歳の女性の有業率は68.5%であり,前回調査時から5.4%上
昇し,過去最高となった。また,年齢階級別にみると,女性の全ての年齢階級で有業率が上昇し,特に,働き盛りにあたる25歳から29歳は81.2%,30歳から34歳は74.0%,35歳から39歳は72.9%,40歳から44歳は76.9%と,それぞれ5.8%から6.2%上昇した。また,平成29年基本調査によれ
ば,平成29年の共働き世帯の割合は全国で48.8%と,前回調査時の45.4%と比べ3.4%上昇した。
平成29年基本調査によれば,出産,育児を理由に離職した者の
人数は,前回調査に比べ,23万1000人減少し,育児をしている女性の有業率は,前回調査と比べると,全ての年齢階級で上昇し
た。
総務省統計局が実施した労働力調査によれば,平成28年の管理
職に占める女性の割合は,13.0%であり,平成26年の11.3%に比べて1.7%上昇した。
内閣府が平成28年8月25日から同年9月11日の間に実施し

た男女共同参画社会に関する世論調査によれば,女性が職業を
持つことについて,子供ができても,ずっと職業を続ける方がよいと回答した者の割合は54.2%であり,平成26年8月に実施された前回調査時の44.8%から9.4%増加した。他方,平成28年に,子供ができたら職業をやめ,大きくなったら再び職業を持つ方がよいと回答した者の割合は26.3%(平成26年8月は31.5%),子供ができるまでは,職業を持つ方がよい
と回答した者の割合は8.4%(平成26年8月は11.7%),結婚するまでは職業を持つ方がよいと回答した者の割合は4.
7%(平成26年8月は5.8%)と,結婚や出産により女性が職業をやめた方がよいという回答者の割合はいずれも減少した。

また,上記世論調査によれば,夫は外で働き,妻は家庭を守るべきであるという考え方について,賛成と回答した者の割合は40.6%であり,平成26年8月に実施された前回調査の44.
6%から下がった一方で,反対と回答した者の割合は54.3%と前回調査の49.4%よりも増加した。さらに,夫は外で働き,妻は家庭を守るべきであるという考え方について反対した理由(複数回答)に関しては,固定的な夫と妻の役割分担の意識を押しつけるべきではないから(平成28年52.8%,平成26年48.5%),妻が働いて能力を発揮した方が,個人や社会にとって良いと思うから(平成28年46.8%,平成26年42.6%),
男女平等に反すると思うから(平成28年38.4%,平成2
6年35.7%)という回答が,いずれも前回の平成26年調査よりも増加した。
内閣府が平成24年12月及び平成29年12月に実施した世論
調査において,婚姻をする以上,夫婦は必ず同じ名字(姓)を名乗るべきであり,現在の法律を改める必要はないと回答した者の割合は,平成24年が36.4%,平成29年が29.3%であり,
夫婦が婚姻前の名字(姓)を名乗ることを希望している場合には,夫婦がそれぞれ婚姻前の名字(姓)を名乗ることができるように法律を改めてもかまわないと回答した者の割合は,平成24年が35.5%,平成29年が42.5%,夫婦が婚姻前の名字(姓)を名乗ることを希望していても,夫婦は必ず同じ名字(姓)を名乗るべきだが,婚姻によって名字(姓)を改めた人が婚姻前の名字(姓)を通称としてどこでも使えるように法律を改めることについては,かまわないと回答した者の割合は,平成24年が24.0%,平成29年が24.4%であった。

また,内閣府が実施した家族の法制に関する世論調査におい
て,夫婦・親子の名字(姓)が違うと,夫婦を中心とする家族の一体感(きずな)に何か影響が出てくると思うかという質問に対して,家族の姓が違っても家族の一体感(きずな)には影響がないと思うと答えた者の割合は,平成8年には48.7%,平成1
3年には52.0%,平成18年には56.0%,平成24年には59.8%,平成29年には64.3%と上昇を続けている。
地方公共団体の議会が,地方自治法99条に基づき,国会及び内
閣に対し,選択的夫婦別氏制の導入を求める意見書を提出する動きが相次いでいる。

以上のとおり平成27年最大判後の社会の動向が認められ,原告らの主張するように,女性が婚姻及び出産後も継続して就業する傾向にあり,女性が就業することについての社会の意識も高まっている傾向にあり,氏が家族の一体感につながるとは考えていない者の割合は増加傾向にあって,制度としても選択的夫婦別氏制の導入に賛成する者
の割合も増加傾向にあることが認められる。
このような国民の意識を含めた社会状況の変化は,国会が婚姻及び
家族に関する法制度の内容を合理的な立法裁量により定めるに当たって踏まえるべき要因の一つであって,その裁量の範囲を限定する要素となり得るものであり,また,原告らの主張する上記各傾向は,平成27年最大判の前から徐々に進行していたところであって,その後も引き続き同様の傾向が拡大していることがうかがえる。

しかしながら,これらの点において,平成27年最大判の当時と比較して判例変更を正当化しうるほどの変化があるとまでは認められず,そのような社会の変化や選択的夫婦別氏制の導入に関する国民の意識の変化は,まさに,国民の意思を託された国会における立法政策として婚姻及び家族制度の在り方を定めるにあたり十分に考慮されるべき
事柄にほかならない。これらの点を考慮しても,民法750条の定める夫婦同氏制が憲法14条1項に違反せず,また国会の合理的な立法裁量の範囲を超えるものではなく憲法24条に違反しないとした平成27年最大判の正当性を失わせるほどの事情変更があったと認めることはできない。


以上によれば,本件各規定が憲法上保障され又は保護されている権利利益を合理的な理由なく制約するものとして憲法の規定に違反するものであることが明白であるとはいえないことから,本件立法不作為は,国家賠償法1条1項の適用上違法の評価を受けるものではないというべきである。

次に,本件各規定が条約上保障され又は保護されている権利利益を合理的な理由なく制約するものとして条約の規定に違反するものであることが明白であるか否かについて検討する。

原告らは,女子差別撤廃条約により,婚姻に際しての氏の選択に関する夫婦同一の権利及び合意のみにより婚姻をする夫婦同一の権利が保障されていると主張することから,以下検討する。

我が国において国会による承認を経て締結し公布された条約は,他に特段の立法措置を講ずるまでもなく,憲法98条2項,7条1号により我が国の法体系に受け容れられて国内的効力を有し,法律に優位するものであるが,一般に,条約は締約国相互において国際法上の権利義務を発生させる文書による国家間の合意であって,直接各締約国とこれに所属する個々の国民との間の権利義務を規律するものではないから,当該条約が個人の権利を保障する趣旨の規定を置いていたとしても,これにより個々の国民がその所属する締約国に対して当然に条約の定める権利を主張することが可能になるものではなく,締約国が相互に自らの国に所属する個々の国民
の権利を保障するための措置を執ることを義務付けられ,その内容を具体化するための国内法上の措置が講じられることによってはじめて権利行使が可能になる場合も少なくない。
上記のような条約の基本的性格のほか,我が国における司法と行政及び立法との権力分立や法的安定性の観点を踏まえると,我が国において,あ
る条約の規定が,その内容を具体化するための国内法上の措置を執ることなく,個々の国民に権利を保障するものとして,そのままの形で直接に適用されて裁判規範性を有するためには,第1に,主観的要件として,条約の内容をその公布により個々の国民の権利義務を直接に定めるものとするという締約国の意思が確認できることが必要であると解される。各締約国
は他国と交渉して条約を締結する権限を有しているのであって,当該条約の条項につき締約国内の法秩序において直接適用可能なものとして効力を生じさせるのか,締約国において具体化するための国内法上の措置を予定するのかについても自由に合意することが可能であるからである。第2に,客観的要件として,条約の規定において個々の国民の権利義務が明確かつ
完全に定められていて,その内容を補完し,具体化する法令を待つまでもない内容となっていることを要するものと解される。権力分立の原則によ
れば,法の定立は立法府の権限であり,そのまま国内的に適用できる程度の明確さを備えていない条約の規定を裁判所が直接適用すると,実質的に法を定立することになり,立法府の権限を侵害するとともに法的安定性も害することになるからである。また,条約の条項の執行のために必要な機関や手続についての定めがなければ,実際上直接適用されるのは困難だからである。
そこでまず,主観的要件についてみると,女子差別撤廃条約2条は柱書で

締約国は…次のことを約束する。

とし,⒡において,

女子に対する差別となる既存の法律,規則,慣習及び慣行を修正し又は廃止するためのすべての適当な措置(立法を含む。)をとること。

と規定されていること,同条約16条1項は柱書で

締約国は,婚姻及び家族関係に係るすべての事項について女子に対する差別を撤廃するためのすべての適当な措置をとるものとし,特に,男女の平等を基礎として次のことを確保する。

と規定し,その確保の対象として,自由に配偶者を選択し及び自由かつ完全な合意のみにより婚姻をする同一の権利(同項⒝),

夫及び妻の同一の個人的権利(姓及び職業を選択する権利を含む。)

(同項⒢)をそれぞれ定めていること,同条約18条が締約国は…この条約の実施のためにとつた…措置及びこれらの措置によりもたらされた進歩に関する報告を,委員会による検討のため,国際連合事務総長に提出することを約束するとされていることからすると,同条約は,一定の権利を確保することに言及しているものの,締約国の個々の国民に対し直接権利を付与するような文言になっておらず,いずれも締約国がその権利の実現に向けた積極的施策を推進すべき政治的責任を負うことを宣明したものであって,締約国が国内法の整備を通じてその権利を確保することが予定されていると
いえる。また,同条約の発効の経過における国会答弁において,同条約の国内における実施については,国内法制の整備を通じて行うことを前提と
する答弁が繰り返し行われていること(弁論の全趣旨)からすれば,我が国の立法府及び政府は,同条約がその内容を具体化するための国内法上の措置を待たずにそのままの形で直接に適用されて個々の国民に権利を保障するものであるとの認識を持っていなかったことがうかがえる。
次に,客観的要件については,同条約16条1項は柱書で

締約国は,婚姻及び家族関係に係るすべての事項について女子に対する差別を撤廃するためのすべての適当な措置をとるものとし,特に,男女の平等を基礎として次のことを確保する。

と規定し,その確保の対象として,同条約16条1項⒝及び⒢の各規定は,自由に配偶者を選択し及び自由かつ完全な合意のみにより婚姻をする同一の権利,

夫及び妻の同一の個人的権利(姓及び職業を選択する権利も含む。)

とそれぞれ規定するところ,これらの規定によって保障される権利の具体的な内容は一義的に明確ではない上に同条項の執行に必要な機関や手続についての定めを欠いていることからすると,これらにより個々の国民の保有する権利義務が明確かつ完全に定められているとはいい難く,その内容を補完し,具体化する法令の
制定を待つまでもなく,国内的に執行可能なものということはできない。したがって,女子差別撤廃条約の規定が,その内容を具体化するための国内法上の措置を執ることなく,個々の国民に権利を保障するものとして,そのままの形で直接に適用されて裁判規範性を有しているものと解することはできず,原告ら主張の各権利が同条約により直接に個々の国民に保障
されているとは認められない。この結論に反する原告らの主張は,いずれも採用することができない。

原告らは,自由権規約委員会の一般的意見19及び28を基に,自由権規約23条4項は,その内容として,各配偶者が婚姻前の氏の使用を
保持する権利を保障するものである旨主張することから,以下検討する。自由権規約は,原則として国内で直接に適用されて裁判規範性を有する
条約であるが,同条約に基づいて公式に設置された機関である自由権規約委員会の一般的意見は,条約解釈の指針ないし補足的手段となり得るものではあっても,締約国の国内的機関による条約解釈を法的に拘束する効力を有するものではなく,もとより我が国の裁判所による条約解釈を法的に拘束する効力を有しない。自由権規約23条4項の文理からすると,同項
が婚姻する各配偶者が婚姻前の氏の使用を保持する権利を具体的に保障しているものと解釈するのは困難である。
この点を措くとしても,一般的意見19は,①各配偶者が自己の婚姻前の姓の使用を保持する権利又は②平等の基礎において新しい姓の選択に参加する権利が保障されるべきであるとし,①と②とを選択的に述
べており,原告らの主張する前者(①)の権利又はこの双方(①と②)の権利が必ず保障されるべきことを求めるものではないと解する余地があり,①夫妻の婚姻前の氏の使用を保持する権利又は②新しい氏を選択する場合に対等の立場で決定する配偶者各自の権利に関して性別の違いに基づく差別が起きないことを確実にしなければならないとする一般的意見
28についても同様のことがいえる。
結局のところ,自由権規約23条4項により各配偶者が自己の婚姻前の氏の使用を保持する権利が保障されているものと一義的に解釈することはできず,これを前提とする原告らの主張は直ちに採用することができない。そして,自由権規約2条1項・3項⒝,3条,17条1項及び23条1
項ないし3項の文理をみても,それらの規定によって各配偶者が自己の婚姻前の氏の使用を保持する権利が保障されていることが具体的に定められているとはいい難いことから,夫婦同氏制を定める本件各規定が自由権規約の上記各規定に違反していることが明白であるとは認められない。ウ
以上によれば,本件各規定が女子差別撤廃条約又は自由権規約上保障され又は保護されている原告らの権利利益を合理的な理由なく制約するもの
として上記各条約の規定に違反することが明白であるとはいえない。⑷

まとめ
本件各規定は,上記説示のとおり,憲法14条1項又は24条に違反することが明白ではなく,また,女子差別撤廃条約又は自由権規約に違反することが明白であるともいえないから,本件立法不作為は,国家賠償法1条1項
の適用上違法の評価を受けるものではない。
2
結論
よって,その余の点につき判断するまでもなく,原告らの請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第5部

裁判長裁判官

大嶋洋志
裁判官

齊藤学
裁判官

上村
江里子

(別紙)原告ら代理人目録は記載を省略

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