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殺人、殺人未遂、銃砲刀剣類所持等取締法違反被告事件
事件番号平成30(わ)188
事件名殺人,殺人未遂,銃砲刀剣類所持等取締法違反被告事件
裁判年月日令和元年7月30日
裁判所名・部広島地方裁判所
判示事項の要旨統合失調症と診断され中等度の知的障害もある被告人が,誰からも相手にされないと感じて自暴自棄となり人を殺すことを決意し,自宅を出て最初に見かけた通行人の後をつけて行き,バス停につくと包丁を取り出し,殺意をもって,被害者の左背部等を多数回突き刺すなどしたが,加療約1週間を要する傷害を負わせたにとどまり,さらにバス停付近ですれ違った別の被害者に対し,殺意をもってその腹部を包丁で1回突き刺して死亡させた事案において,弁護人が心神喪失又は心神耗弱を主張したが,完全責任能力を認定して懲役27年に処した事例
裁判日:西暦2019-07-30
情報公開日2019-09-19 18:00:10
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令和元年7月30日宣告
第188号

殺人殺人未遂,銃砲刀剣類所持等取締法違反被告事件

主文
被告人を懲役27年に処する
未決勾留日数中280日をその刑に算入する。
広島地方検察庁で保管中の包丁3本(平成30年広地領第678号符号1から3)を没収する。
理由
(犯行に至る経緯)
被告人は,平成11年6月に統合失調症と診断されて精神科病院に入院し,A病院での長期間の入院治療により症状も安定し,平成20年には通院治療に移行し,デイケアを受けながら,アパートで単身生活を送っていた。平成27年1月からは,障害者の就労支援施設である施設Bに通いだしたが,施設長がA病院の診療方針を否定して,被告人に通院先を変更させた。平成29年5月頃,被告人は,好意を寄せていた施設Bの通所者Cに想いを告白したが,恋愛関係になることを断られ,この頃を境に,精神的に不安定になっていた。他方,施設長は,被告人を自宅に寝泊まりさせるなどして過剰に干渉し,被告人の知らないところで母親と連絡をとったり,さらに,市の指導を受けて自宅への宿泊や施設への夜間の電話を急に禁じたことから,被告人は不信や反感を強め,ついに施設Bをやめてしまった。精神状態が不安定になっていった被告人は,自殺を口にするようになった。このような中で被告人はCへの依存を強め,LINEを多数回送信するなどしていたが,被告人の依存が負担になったCからの応答が減り,被告人の精神的な不安は高まっていった。被告人は,平成30年1月14日,CからLINEの応答がないことに不安を募らせ,信頼を寄せていた施設Bの職員と会って話をした上,さらに,同日午後8時58分頃から1時間ほど電話して相談していたが,同人は話の途中で眠ってしまった。その後もCからのLINEの応答はなかった。このような状況に置かれた被告
人は,誰からも相手にされずしんどいという気持ちを抱き,自暴自棄となり,人を殺すことを決意した。そこで,被告人は,自宅にあった包丁3本を手提げかばんに入れ,自宅を出た。そして,被告人は,自宅を出て最初に見かけた被害者D(当時20歳)の後をつけて歩いて行った。
(罪となるべき事実)
被告人は,平成30年1月14日午後10時16分頃,広島市a区bc丁目d番e号先Eバス停付近において,
第1

Dに対し,殺意をもって,その左背部等を包丁(刃体の長さ約16センチメ
ートル。平成30年広地領第678号符号3)で多数回突き刺すなどしたが,同人に加療約1週間を要する左腰部及び背部刺創,右腰部切創,腰部挫傷の傷害を負わせたにとどまり,その目的を遂げなかった。
第2

Dを追いかけていた際にすれ違った被害者F(当時75歳)に対し,殺意を
もって,その腹部を前記包丁で1回突き刺し,よって,同日午後11時40分頃,同区fg丁目h番i号G病院において,同人を大動脈切開による失血により死亡させた。
第3

業務その他正当な理由による場合でないのに,前記包丁1本,刃体の長さ約
15.9センチメートルの包丁1本(同号符号1)及び刃体の長さ約12.6センチメートルの包丁1本(同号符号2)を携帯した。
(証拠の標目)
省略
(争点に対する判断)
1
争点の所在
被告人が本件各犯行を行ったことに当事者間に争いはなく,関係各証拠上も明ら
かに認められる。そして,被告人が統合失調症に罹患し,中等度の知的障害があることについても当事者間に争いはないが,これらが犯行に与えた影響について,当事者間に争いがある。検察官は,被告人の統合失調症は寛解状態にあり,統合失調
症による犯行への影響はなく,知的障害により事理弁識能力及び行動制御能力が低下していたものの,その著しい低下はないから,完全責任能力であると主張する。他方,弁護人は,被告人の統合失調症は悪化した状態で死ね殺せなどの幻聴があってこれに逆らうことができない状態にあったから,行動制御能力を欠き,少なくとも行動制御能力が著しく低下していたと主張する。
そこで本件の争点は,犯行当時の被告人に幻聴が認められるか,また,被告人の統合失調症及び中等度の知的障害が責任能力に影響するかという点にある。当裁判所は,被告人は完全責任能力であったと認めたため,その理由を補足して説明する。
2
犯行当時の幻聴の有無及び統合失調症の犯行に与えた影響について以下のとおり,H医師の証言や犯行前後の被告人の言動,犯行に関する被告人の
供述からすれば,犯行当時,少なくとも,本件犯行に影響を及ぼすような幻聴はなく,統合失調症が犯行に与えた影響はなかったものと認められる。⑴

H医師による鑑定について

H医師の鑑定の概要

統合失調症は治療によって病状が治まった寛解状態であった。施設Bでの被告人に対する不適切な介入で,被告人は精神的に不安定になっていたが,幻覚や幻聴,妄想等(以下幻聴等という。)はなかったと考えられる。
その根拠は,①平成20年にA病院を退院してから本件犯行に及ぶまでの間も,本件犯行後の捜査や鑑定留置の期間中も,統合失調症の病状に由来する言動が確認できないこと,②鑑定留置期間中に幻聴等がある旨訴えているが,その内容を具体的,詳細に話すことができず,幻聴等をうかがわせるおびえた態度等も見受けられなかったこと,③鑑定留置が始まった当初は幻聴等の存在を自ら否定しており,H医師が被告人に責任能力があると考えている旨を伝えた後で幻聴等を訴えるようになったこと等である。

H医師の鑑定の信用性

H医師は,精神鑑定の経験豊富な精神医学の専門家であり,その専門的知見に基づいて幻聴等がなかったと判断している。さらにその判断過程を見ると,約3か月にわたり鑑定留置を実施する中で可能な限り頻繁に被告人の様子を確認し,捜査記録や被告人が通院してきた病院のカルテや診療録等の確認に加えて,担当医師に直接話を聞くなどして,広範な鑑定資料に基づいて判断している。これらの事情からすればH医師の鑑定は信用できる。
これに対し,弁護人は,鑑定留置中にも幻聴等に関する言動があったはずであるし,H医師が鑑定留置開始から17日後という早い時期に被告人に対して責任能力があると思うと伝えた影響が大きいなどと主張する。しかし,被告人の統合失調症が犯行に与えた影響を判断するために被告人の言動を引き出す鑑定手法として,早い時期に責任能力について意見を被告人に伝えたことは,何ら不適切であったとはいえない上,被告人はH医師から意見を伝えられた後で幻聴等を訴えるようになったのであって,意見を伝えられたことによって幻聴等について話せなくなったとは考えられないから,弁護人の主張は採用できない。


被告人の犯行前後の行動との整合性

犯行前後の関係者とのやりとり

被告人は,犯行前,職員と電話をしていたが,そこでは人を殺して自分も死ぬなどと述べており,幻聴には触れていなかった。また,被告人は,犯行前にCにLINEでメッセージを送っているが,その中にも幻聴等に関する言及はない。そして,犯行直後,被告人はCへLINEでありがとうという言葉とスタンプを送っている(なお,被告人は,当公判廷で,犯行後じゃあねという思いを伝えるためにメッセージを送った旨供述する。)。さらにそのあと,被告人は,職員に電話をし,

とうとうやったよ。本当に刺したよ。

と述べた。仮に幻聴等が存在し,その影響で犯行に及んだのであれば,犯行前後の職員やCとのやり取りの中で幻聴等について言及しているはずであるのに,そのような言及が一切ないことは,幻聴等が存在しなかったことを裏付けるものといえる。

犯行時の合理的な行動

被告人は,包丁3本をそれぞれタオルでくるんで手提げ鞄に入れて自宅を出た。そのうち1本の包丁は,購入後包装されたままだったものを開封して準備したものである。そして自宅を出た被告人は,最初に見つけたDの後をつけていき,バス停についた後に犯行に及んでいる。
このように,被告人は,殺人を実行するために十分な準備を整えた上,時期を見計らって犯行に及んでおり,このような合理的な行動経過からすると,自己の意思,判断によって行動していることがうかがえ,幻聴等に支配されていたとは考え難い。⑶

被告人供述について

被告人は,当公判廷では,呪いの影響や殺せなどという幻聴があった旨述べるが,捜査段階の供述調書には,幻聴等をうかがわせる記載はなく,誰も相手にしてくれないと思って精神的にしんどいと感じ,もう死んで消えてしまいたいと思い,人を殺して死刑になろうと思った旨の記載がある。
被告人が,犯行当時,誰からも相手にされずにしんどいと思っていたという点は,被告人は当公判廷においても供述している。その内容は,当時の被告人の置かれた状況から自然なものであるし,CとのLINEや職員との会話とも整合しており,本件犯行に至った心情を述べるものとして,自然である。他方,死刑になろうと思ったという点については十分な裏付けがなく,被告人の真意を表したものであるかどうかは疑問が残るものの,誰も相手にしてくれないと思って精神的にしんどいと感じて犯行に及んだという点については,捜査段階の被告人供述が信用できる。⑷

小括

以上のようなH医師の鑑定の内容,被告人の犯行前後の行動や犯行時の行動からすれば,犯行当時,被告人には犯行に影響を及ぼすような幻聴等はなかったものと認められる。
そうすると,被告人の統合失調症が本件犯行に与えた影響はない。3
被告人の特性,性格等

H医師の証言によれば,被告人には人からの愛情がないと感じると不安になり,死ぬ人を殺すといった言葉で人の気を引いたり,精神的に不安定になると暴力行為に走る傾向があると認められる。
このような被告人の特性と,本件犯行に至る動機や経緯は整合している。4
中等度の知的障害の影響について
H医師の証言によれば,被告人は中等度の知的障害であるが,軽度知的障害に近
い知的レベルを有しており,本件犯行には,知的障害による想像力の弱さが影響していると認められる。
その上で,この中等度の知的障害の与えた影響の程度について検討すると,被告人は,本件犯行に当たり,人を殺すことの意味を深く考えたり,被害者や遺族の心情を推し量ったりすることが十分にできていなかったことがうかがえるものの,Cへ送信したLINEメッセージの内容等からすれば,少なくとも,殺人が重大な犯罪であり,許されない行為であることや,殺人を犯せば逮捕されたり,処罰されたりすることについては,明確に認識していたといえる。そうすると,物事の善悪を弁識する能力が大きく低下していたとはいえない。また,被告人が,誰にも相手にされなくなってしんどくなって犯行を決意した被告人が,現状を打開するより適切な手段を選択できず,犯行に及んだことには,知的障害による想像力の乏しさが影響した可能性があるが,上述のとおり合理的に犯行に及んでいることからすれば,自らの行動を制御する能力が大きく低下していたともいえない。
以上からすれば,中等度の知的障害が,被告人の是非弁別能力や行動制御能力に相当程度影響したとは認められるものの,そのいずれかを著しく低下させるほどに影響を及ぼしていたとは認められない。
5
結語
以上からすれば,被告人の本件犯行に統合失調症が与えた影響はなく,暴力的な
傾向があり,人の気を引きたいと考える傾向のある被告人が犯行を決意する判断過程に,中等度の知的障害が一定程度影響を及ぼしているに過ぎないから,被告人が
心神耗弱または心神喪失の状態にあったとは認められない。よって,被告人は,犯行当時,完全責任能力だったと認められる。
(法令の適用)
被告人の判示第1の所為は刑法203条,199条に,判示第2の所為は同法199条に,判示第3の所為は包括して銃砲刀剣類所持等取締法31条の18第3号,22条にそれぞれ該当するところ,各所定刑中判示第1及び第2の罪については有期懲役刑を,判示第3の罪については懲役刑をそれぞれ選択し,以上は刑法45条前段の併合罪であるから,同法47条,10条により刑及び犯情の最も重い判示第2の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役27年に処し,同法21条を適用して未決勾留日数中280日をその刑に算入することとし,広島地方検察庁で保管中の包丁1本(平成30年広地領第678号符号3)は,判示殺人の用に供した物で被告人以外の者に属しないから,同法19条1項2号,2項本文を,広島地方検察庁で保管中の包丁2本(平成30年広地領第678号符号1及び2)は,判示銃砲刀剣類所持等取締法違反の犯罪行為を組成した物で被告人以外の者に属しないから,刑法19条1項1号,2項本文をそれぞれ適用してこれらを没収し,訴訟費用は,刑事訴訟法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。
(量刑の理由)
1
被告人は,Dのあとについてバス停につくと,直ちに持参してきた包丁のうち1本を取り出し,その背後から同包丁で突き刺し,これから逃げるDを執拗に追いかけながら複数回突き刺してけがを負わせた。そして,Dを追いかけている際にすれ違ったFの腹部を強く1回突き刺し,死亡させた。
多くの人が利用するバス停において,たまたまバスを待っていた被害者らを無差別に狙った犯行であり,その態様は極めて危険なもので,一歩間違えばより多くの犠牲者が生まれる可能性もあったといえる。1名の命を奪い1名の命を危険にさらしたという結果が極めて重大であることはいうまでもない。誰もが被害者
となり得る通り魔的犯行により社会に対して与えた不安も大きい。2
被告人の殺意の程度についてみると,包丁を3本も用意した上で犯行に及んでいること,Dを執拗に追いかけ攻撃していたことや,Fの腹部を強い力で一突きしていることなどからすれば,強い殺意を抱いていたといえる。
さらに,犯行に至る経緯についてみると,被告人は,犯行直前の職員に対する電話やCからLINEの応答がないことなどから,誰からも相手にされていないと思い,犯行を決意した。このような動機は身勝手である。他方で,その背景には,精神的に不安定になった被告人に対して,精神医療の観点からは不適切な対応がなされて不安を高じさせることになったことや,中等度の知的障害が相当程度影響している。

3
以上のような犯罪事実に直接かかわる事情を中心として,刑の公平性の観点から,同種事案(単独犯による,通り魔・無差別あるいは被害者との関係がない殺人事件で,死亡した被害者が1名にとどまるもの)の量刑傾向とも照らし合わせて検討すると,本件は,犯行態様や結果,殺意の強さ等からすれば,重い部類に属するものとも考えられるが,施設Bの不適切な対応により精神的な不安定さが生じたことや中等度の知的障害の影響等の犯行に至る経緯を考慮すると,本件は同種事案の中でも重い部類から中間的な部類の間に属するものといえる。
4
その上で,被害者遺族が厳しい処罰感情を抱いているのも当然の心情として理解できる。被告人は当公判廷で遺族への謝罪や反省の弁を一切述べていないが,知的障害の影響がある可能性も否めない。他方,被告人は平成11年に統合失調症と診断されて以降,病院への入退院を繰り返してきたことや,前科前歴がないことなども併せ考慮した上で,被告人に対しては,主文の刑を科すのが相当であると判断した。

(求刑

懲役30年)

令和元年7月30日
広島地方裁判所刑事第1部

裁判長裁判官

冨田敦史
裁判官

水越壮夫
裁判官

光武敬志
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